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1 11 ゲージ対称性 11.1 ゲージ原理の幾何学的解釈 ゲージ あるが、 じよう すく る。こ によれ しれ いし、 トピック 題を する ある。 ゲージ原理: ラグランジアンが大域 ゲージ対 たす き、す わち ψ e iα ψ, ψ ψe iα (11.1) *1) ある き( :ディラックラグランジアン L = ψ(x)(γ μ iμ m)ψ(x) )(ゲージ ) ゲージ対 たさ けれ い。す わち ψ e iα(x) ψ(x), ψ(x) ψ(x)e iα(x) (11.3) ラグランジアンが けれ い。こ ために えて し、 μ μ + iqA μ (x) (11.4) かつ、ゲージ変 にベクトル A μ (x) A μ (x)= A μ (x)+ 1 q μ α(x) (11.5) めるこ により る。こ ようにして するこ をゲージ する いう。 11.1.1 重力の幾何学的解釈 アインシュタイン によれ をする。 体が する める (より 確に ) がるように える ( 11.1 )するニュートン 学に えた ある。こ れを するに がった する がある。 * 1) ψ 1 ψ 2 を、ある におけるベクトル ψ 1 ψ 1 = cos αψ 1 + sin αψ 2 ψ 2 ψ 2 = sin αψ 1 + cos αψ 2 ψ = ψ 1 + iψ 2 = e iα ψ (11.2) わち位 2 ベクトル しい。

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第11章 ゲージ対称性

11.1 ゲージ原理の幾何学的解釈

ゲージ理論は数学的にはかなり難解であるが、重力と同じような幾何学的解釈が可能で直観的に理解しやすくなる。この解釈は超弦理論によれば事実かもしれないし、最先端のトピック余次元問題を理解する上にも有用である。

ゲージ原理: ラグランジアンが大域的ゲージ対称性を充たすとき、すなわち

ψ → e−iαψ, ψ → ψeiα (11.1)

の変換*1) で不変であるとき(例:ディラックラグランジアンL = ψ(x)(γµ i∂µ −m)ψ(x) )、電磁場 (一般的にはゲージ場)との相互作用は、局所ゲージ対称性を充たさなければならない。すなわち

ψ → e−iα(x)ψ(x), ψ(x) → ψ(x)eiα(x) (11.3)

の変換でラグランジアンが不変でなければならない。このためには、微分を共変微分に置き換えて電磁場との相互作用を導入し、

∂µ → ∂µ + iqAµ(x) (11.4)

かつ、ゲージ変換にベクトル場の同時変換

Aµ(x) → A′µ(x) = Aµ(x)+

1q

∂µα(x) (11.5)

を含めることにより可能となる。このようにして相互作用を導入することをゲージ化するという。

11.1.1 重力の幾何学的解釈

アインシュタインの一般相対性理論によれば、質点は常に空間で直線運動をする。物体が存在すると物体は周りの空間を歪めるので、質点の直線 (より正確には測地線)軌道が曲がるように見える (図 11.1

参照)。重力作用を物体間の力学現象とするニュートンの錨像を空間の幾何学に置き換えたのである。これを理解するには、曲がった空間での直線を定義する必要がある。

* 1) 複素場の実部 ψ1と虚部 ψ2を、ある種の空間におけるベクトル成分と見なすと、

ψ1 → ψ′1 = cosαψ1 +sinαψ2

ψ2 → ψ′2 = −sinαψ1 +cosαψ2

∴ ψ′ = ψ′1 + iψ′

2 = e−iαψ

(11.2)

すなわち位相変換は 2次元平面でのベクトルの回転に等しい。

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第 11章 ゲージ対称性 2

図 11.1:左図 (a) 空間はあたかもぴんと張ったゴム膜に似ている。物体の存在しない自由空間は平らで、直交直線 (デカルト)座標系を設定できる。質点 Aの運動は等速直線運動である。 (b) 引力中心の物体 Bが存在すると空間は歪み、デカルト座標系は存在し得ない。物体はこの空間での直線 (測地線)

の軌跡を描くが、元のデカルト座標系で見ると曲線を描き、物体 Aが物体 Bの引力を受けて曲がったように見える。

ゲージ力もまた重力と同じような幾何学的解釈が可能である。ゲージ変換を受ける複素場の各成分を内部空間に設定した座標系における各成分、ゲージ変換を内部空間での座標回転と見なし、実空間と内部空間を合わせた超空間を考える。力の源は電荷であるから物体の存在が実空間を歪めるように、電荷の存在が内部空間を歪めるので、場が超空間に描く測地線の実空間への投影が曲がって見えると解釈する。

図 11.2:直線に沿って移動すると (a)デカルト座標系では、各点での x,y軸に対する角度は一定。 (b)極座標系では各点での r,θ軸にする角度が、直線に沿って変わる。直線を定義するには各地点での座標軸の傾きを知って補正する必要がある。”接続”がこの役目を担う。(c) A点 (x)でのベクトル VAを、B点(x+dx)点迄平行移動すると、基準系が傾くので成分が変わる。

平行移動 重力の幾何学的解釈を数学的に扱うには、平行移動の概念を理解する必要がある。平行移動とはベクトルの方向を変えずにベクトルの基点を移動する操作である。そこでまず直線を局所的に定義することを考えよう。デカルト座標系では、ベクトルの位置座標を微小位置ずらしたときに方向が変わらないという表現、すなわち座標位置の時間微分 (速度)が一定ということで直線が定義できる (図 11.2(a))。

デカルト座標系での直線の定義: dvdt

= 0 (11.6)

しかし、曲線座標系を使う場合はこの表現に修正が必要である。それを見るために極座標系を眺めてみよう。極座標系は、r=一定と θ =一定で刻みを入れた座標系である。極座標系では、座標軸に対する

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第 11章 ゲージ対称性 3

傾きか各点で変わるので、直線を定義するにはその情報を入れて、各点毎に座標軸に対する傾きを補正しなければならない (図 11.2(b))。極座標系でベクトルを平行移動する時の表式を求めてみよう。A点 (x)でのベクトル VAはデカルト座標で (Ax, Ay) = (Acosφ, Asinφ)なる座標を持つ。今この地点での極座標(Ar , Aθ)も同じ値を与える様にベクトル Aを設定した。しかし、直線上を平行移動して B点 (x+dx)に持って行ったとき、ベクトル VBの座標成分はデカルト座標では変わらないが、極座標では基準系が dθだけ傾いているため

A∥ r ≡VBr = Acos(φ−dθ) ≅ Acosφ+dθAsinφ = Ar +dθAθ

A∥ θ ≡VBθ = Asin(φ−dθ) ≅ Asinφ−dθAcosφ = Aθ −dθAr

(11.7)

すなわち、極座標系では平行移動をすると座標成分が変わる。一般に平行移動をする対象は実空間のベクトルで4成分あるので、平行移動したベクトルの変化分を指定するには、移動先のベクトル、元のベクトルに移動方向 (dxµ)を指定しなければならないので、指標を3つ必要とし次式で表される。変化分をコントロールする量 (Γ)を接続と言う。

pλ∥(x+dx) = pλ(x)−Γλ

µ ν dxµ pν (11.8)

 この時、変化分は元のベクトルの線形変換で得られ、微小距離ならば移動量にも比例するという仮定している。平行移動とは、元のベクトルを新しい地点に投影して、そこでの基準座標系で書き直すことを意味する。デカルト座標系では各地点での基準系が同じ方向を向いているから、成分はどこでも同じ、言い換えると接続は全領域でゼロである。 極座標系は、平らな平面上の座標系であるので元のデカルト座標系に戻すことができる。つまり全平面で接続係数をゼロにする座標変換が存在する。次に球面上に設定する緯度と経度を考察しよう (図 11.3)。

図 11.3:空間が曲がっているときの例: 東京とサンフランシスコを結ぶ大圏コース (測地線)から見ると、各地点に設けた基準座標系 (緯度と経度による局所直交座標系)が回転するように見える。

緯度と経度に基づく座標系は各地点で直交基準座標系を構成するものの広域的に見ればデカルト座標系ではない。東京とサンフランシスコを結ぶ測地線 (大圏コース)は各地点に設けた基準座標系から見れば各地点ごとに回転している様に見えるから、測地線の満たすべき式を緯度と経度で表す場合には、接続係数は球面という空間の持つ性質と緯度経度という設定座標系の性質を知った上で、各地点ごとに違う回転角を与えて調整し表現しなければならない。球面上ではデカルト座標系は成立しないから、この曲線座標からデカルト座標系へ移ることはできない。すなわち、適当な座標変換により全領域で接続係数を消すことはできない。明らかに接続は空間の性質を内蔵している。

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第 11章 ゲージ対称性 4

幸いなことにこれから考慮する場は、内部空間のベクトルではあっても実空間ではスカラーであるから接続係数の指標は一つでよい。場の平行移動を

ψ∥(x+dx) = ψ(x)− iqAµdxµψ(x) (11.9)

で定義すれば Aµ が接続係数となり、この役目をベクトルポテンシャルが担っていることが判る。ベクトルポテンシャルが接続係数の役割を担っているのであれば、ゲージ変換の位相 (回転角)もまた各地点毎に変えないと場の方向を見失い調整できなくなる。

空間の曲率 接続係数の役割を考えると、接続係数は空間の歪み具合の情報を内包していることが判る。そこでその情報を引き出すことを考える。平らな空間でのベクトルの平行移動は直観的に把握しやすいが、曲がった空間でのベクトルの平行移動を理解するには多少の努力が必要である。球面上で平行ベクトルがどのように動くかは、平らな平面に平行な矢印を沢山墨で書いておいて、その上で玉を転がすことにより見当がつけられる。曲がっている空間の特徴はベクトルを平行移動して、元の地点に戻った時、方向は元に戻らないことである (図 11.4)。この差を余剰角という。

図 11.4: (a) 白抜きのベクトルを北極 (イ)から平行移動して赤道 (ロ、ハ)を通り再び子午線に沿って元に戻すと余剰角 π/2が生じている。これをイロハの囲む面積で割れば平均曲率 1/R2を得る。緯度 30◦

の線は大円でないから緯度線に沿って平行移動するとベクトルは回転し一周したときやはり余剰角が生じる。この様子は緯度線に接する円錐 (b)を切り開いて展開面 (c)を作ってみればよく判る。

曲がりが大きいほど余剰角が大きくなる。余剰角をその領域の全曲率、領域の面積で割ったものを平均曲率と言う。ある地点の曲率は、領域の大きさを微小にした平均曲率として得られる。場が dxµdyν で定義される微小ループを一回りして ψ → ψ+δψになったとしよう。

δψ = −iqI

Aµdxµ ≅−iqFµ ν dxµdxν , Fµ ν = ∂µAν −∂ν Aµ (11.10)

このときの回転角 ∆αは

e−i∆αψ = ψ+δψ ≅ (1− i∆α)ψ ∴ ∆α = iδψ/ψ (11.11)

で与えられるから、曲率は∆α

dxµdxν =iδψ/ψdxµdxν = qFµ ν (11.12)

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第 11章 ゲージ対称性 5

すなわち電磁場はこの超空間における曲率そのものである。接続係数から微分操作により空間の持つ性質情報を引き出したのである。マクスウェルの方程式

∂µF µ ν = q jν (11.13)

は電荷の存在とその分布が空間の曲率を決める式と解釈できる。これを一般相対論方程式と比べてみよう。

Rµ ν −gµ ν R= 8πGTµ ν (11.14)

Gは万有引力定数である。左辺の Rµ ν および R(= gµ ν Rµ ν )は曲率を表す項で、リーマンの曲率テンソルを縮約して得られる。リーマンの曲率テンソルは接続係数から (11.10)と同じ操作により得られる*2) 。右辺はエネルギーテンソルであるから、一般相対論方程式はエネルギー分布が空間の曲率を決めると言う式で、全く同じ構造をしていると言える。

共変微分 ベクトルの平行移動が定義できれば、ベクトルの微分が定義できる。ベクトルの微分は、x

地点と x+dx地点でのベクトルの引き算であるが、この計算は x+dx地点で行われるからx地点のベクトルを x+dx地点での基準座標系で表すことが必要である。これがx地点のベクトルを x+dxまで平行移動することの意味である。この意味での微分を共変微分と言う。

Dµ =Dψdxµ ≡ lim

dxµ→0

ψ(xµ +dxµ)−ψ∥(xµ +dxµ)dxµ =

dψdxµ + iqAµ(x)ψ = (∂µ + iqAµ)ψ (11.15)

運動方程式は微分の多項式で表されるが、微分の代わりに共変微分で書いておけば、任意の座標系に移っても同じ形を保つことが保証される。すなわち一般座標変換に対する共変性が満たされる。これが一般相対性原理である。

等価原理 等価原理とは、重力を加速系における慣性力と見なすことである。慣性系では重力が存在しないから質点の運動方程式は慣性の法則を満たす。微分を共変微分に置き換えれば、慣性系から加速系に移っても方程式は同じ形を保つから (共変的)、加速系 (重力の存在する系)での運動方程式となる。

慣性系の運動法則  曲がった空間での運動法則dpdτ

= 0 (τは固有時) =⇒ Dpdτ

= 0

すなわち曲がった空間での質点の描く軌跡は測地線である。これが言えるためには慣性系の存在を証明する必要があるが、物理的に考えればエレベーターに乗り、支え綱を切れば自由落下をし、エレベーターの中は無重力地帯となるので、慣性系は確かにある。数学的には接続係数を少なくもある一点でゼロにする一般変換が存在するという言い方になる。接続係数がゼロと言うことは、デカルト座標系の存在すなわち慣性系の存在を意味するからである。ある一点と言うことは、局所的にしか無重力状態を実* 2) 一般相対論では、時空の計量を ds2 = gµ ν (x)dxµdxν で定義し、ds2を不変にする一般座標変換を扱う。クリストッフェルの接続係数は

Γλµ ν (x) =

12

gλρ (∂µgρν +∂ν gρµ −∂ρgµ ν

)

で定義される。行列 [Γµ]ρσ = Γρσµ を定義すると、リーマンの曲率テンソル Rρ

σµ ν とリッチの曲率テンソル Rµ ν は、

Rρσµ ν = −[∂µΓν −∂ν Γµ +(ΓµΓν −Γν Γµ)]ρσRµ ν = Rρ

µρν , Rµ ν = gµρgνσRρσ, R= Rµµ = gµρRρµ

で定義される。

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第 11章 ゲージ対称性 6

現できないと言うことを意味する。 等価原理を場の方程式に適用しよう。電荷が存在しない空間では場は自由場の方程式を満たす。これを共変微分で書き直せば、曲った空間すなわち電荷の存在する空間での方程式が得られる。従ってゲージ原理を再現する。

電荷の存在しない自由場の運動方程式  (電荷が存在して)曲がった空間での運動法則

Λ(∂µψ(x)) = 0 =⇒ Λ(Dµψ(x)) = 0

Λ(x)は xの多項式を表す。

11.1.2 カルーツァ・クライン理論

上記で行ったゲージ理論の幾何学的解釈は厳密とは言えないが、偶然の産物ではない。第一に、内山は 1956年に重力理論はゲージ理論の一形態であることを証明した。すなわち一般相対性理論とゲージ理論にはかなりの共通点がある。第二に、1921年のカルーツァ・クライン理論がある。カルーツァとクラインは5次元空間での重力理論を4次元空間に投影すると通常の重力と電磁力が得られることを示した。ただし、第5の次元方向は無限に広がっているのではなく円筒状に巻き込まれていて有限であり、その座標移動操作がゲージ変換になる。ベクトルポテンシャルは、通常次元と第5次元を結ぶ計量として現れる。電荷は第5方向の運動量に比例する量である。 重力を除く三つの力、弱い力、電磁力、強い力が、いずれもある種の対称性をゲージ化して得られるように、重力もまた超対称性をゲージ化して得られ、これを超重力理論 (Supergravity)と言う。ただし、重力理論を量子化する方法はまだ見つかっていない。現在有望と考えられているのは、素粒子が質点ではなく紐と考え (弦理論)、そして重力は超対称性をゲージ化して得られる (超重力理論)という超弦理論である。これを10次元空間で考えて、4次元空間に投影すると重力、電弱強の全ての理論が得られると予想する (拡張型カルーツァ・クライン理論)。余分の次元が最初カルーツァ・クライン理論で予測した様に、観測不可能なくらい小さく巻き込まれているのか、観測可能なくらいに大きく広がっていて、我々の4次元空間は10次元空間の中の膜 (Brane world)とみなせるのか、ホットなトピックである。

11.2 真空の相転移

11.2.1 対称性の自発的破れ

対称性の良い運動方程式には、同じ対称性を持つ解が存在するが、これが安定とは限らない。例えば、長く細い棒を地面に垂直に立てて真上から力を加える場合、棒の周りの回転対称性は成り立つが、真っ直ぐに縮む解は不安定でどこかの方向にたわむ。成立した解では回転対称性は破れている。しかし、どの方向にたわんでも同じエネルギー状態という意味で対称性の名残がある。

 場の理論に応用できる例として強磁性体の自発磁化がある。通常は熱運動でスピンの向きはバラバラの方向を向いているが、磁場を掛けるとスピンの方向がそろって磁化される。これは外部磁場という、回転対称性を破る項を人為的に加えた結果生じる現象である。キューリー温度以下の低温状態では、外部磁場が無くても磁化の方向がそろい強磁性体となる (図 11.5)。これは、隣合うスピンにはスピン・ス

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第 11章 ゲージ対称性 7

図 11.5:磁区 左図 (a)高温では電子スピンはバラバラの方向を向く。(b)キューリー温度以下ではスピンの向きがそろう。右図:磁区の写真

ピン相互作用による引力が働いていて、スピンをそろえる方がエネルギーが低く、熱運動に勝つからである。このとき磁化すべき特定の方向は存在しないが、実現した基底状態では磁化はある一定の方向を向いている。どの方向を向いてもエネルギーは同じなのでこの基底状態は無限に縮退している。しかし、スピンを持つ電子の数は非常に大きいので、方向を変えて他の真空状態に移るには多量のスピンに同時にエネルギーを与えねばならず事実上方向を変えることはできない。つまり、自由度が大きい場合いったん選んだ基底状態は固定される結果、元々は存在した回転対称性が破れる。これを対称性の自発的破れという。

南部・ゴールドストーンボソン しかし、場の一部を、部分的 (局所的)に別の基底状態に移すことは可能である。強磁性体の場合、一部のスピンにゆらぎを与えることは可能であり、そのときスピン相互作用により、ゆらぎが次々に伝播するので波動が生じる。この波動は長波長の極限でもとの真空を静的に再現するから、波数 k → 0で ω → 0、すなわち質量ゼロの粒子の発生である。これを南部・ゴールドストーンボソンという。場の理論は自由度が無限大なので、基底状態 (真空)を少し動かすにも無限大のエネルギーを必要とする。すなわち、一旦選んだ真空は固定されるので、自発的に対称性の破れた真空状態では、元々の対称性は見えなくなる。対称性が自発的に破れると質量ゼロのボソンが発生するということは、南部・ジョナラジニオが最初にフェルミオン対の凝縮体として πメソンが発生すると提案し、その後ゴールドストーンが一般的に定式化したものでゴールドストーン定理という。このように巨視的に多数の粒子を含む系が、ある温度を境に一つの秩序状態に移行する現象は、物性の世界では日常的に観察されていて、相転移と呼ばれる。以上のような相転移は、系のポテンシャルエネルギー Vが次のような形をしていると実現できる。

V(φ) = µ2|φ|2 +λ|φ|4 µ2 = A(T −Tc), λ > 0 (11.16)

Tcは相転移の起こる温度である。φは物性では秩序パラメターと呼ばれる量で、強磁性体の場合は磁化の強さである。高温 (T > Tc)では、µ2 > 0でエネルギーは φ = 0の時に最低値を取る。しかし、低温では µ2 < 0となり、ポテンシャルはW字形となり、エネルギーが最低値をとる φ の値は有限になる (図11.6)。つまり基底状態における秩序パラメターの値 (量子力学では場の期待値)は有限値を取る。場の理

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第 11章 ゲージ対称性 8

論では真空の期待値がゼロでない値をとる。最低エネルギーを与える φの値は

∂V∂φ

∣∣∣∣φ=v

(11.17)

の条件から決まり

|φ| = v√2, v =

√−µ2

λ(11.18)

となる。

図 11.6:対称性の自発的破れ:  (a)高温 µ2 > 0では、|φ| = 0が真空状態となる。 (b)低温 µ2 < 0では、|φ| = vが真空状態となる。この真空は無限に縮退しており、全て同じエネルギーを持つが、一つの真空方他の真空には移動できない。一つの真空は φ1,φ2空間での回転角もしくは複素場 ϕの位相で指定される。すなわち、対称性が自発的に破れると、位相 (ゲージ)が固定される。

場の理論に焼き直すには複素スカラー場が存在し、ラグランジアンが

L = (∂µφ)†(∂µφ)−V(φ) (11.19)

で与えられるケースを考えればよい。このような場をヒッグス場と呼ぶ。このラグランジアンは、内部座標 φ1, φ2の回転に対し、または同じことであるが、φ → e−iθφ, φ† → φ†eiθ の連続位相変換に対し不変である。µ> 0の時は

L = (∂µφ)†(∂µφ)−µ2|φ|2−λ|φ|4 (11.20)

である。ポテンシャルの第一項はスカラー場の質量項であり、第2項は自己相互作用を表す。ポテンシャルは φ = 0でエネルギーが最低になる。しかし、µ2 < 0のときは質量項の意味を失い、V全体をポテンシャルと見なさねばならない。真空はエネルギーの最低状態として定義されるが、φ1,φ2空間内の円周上どこでも良く無限に縮退している。真空を |φ| = v/

√2, φ2 = 0に選ぶと新しい場は

φ1 = v+φ′1, φ2 = φ′

2 < φ′1 >=< φ′

2 >= 0 (11.21)

となるが改めて φ′1, φ′

2を φ1, φ2と置いてラグランジアンを書き直すと

LG =12(∂µφ1∂µφ1−2λv2φ2

1)+12(∂µφ2∂µφ2)−

[λvφ1|φ|2 +

λ|φ|4

4

], |φ|2 = |φ1|2 + |φ2|2 (11.22)

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第 11章 ゲージ対称性 9

第一項は質量が√

2λvを持つ場 φ1、第2項が質量ゼロを持つ場 φ2、第3項が相互作用を表す。φ2がゴールドストーンボソンである。比喩的に言えば、φ1はポテンシャルの坂を上らねばならないのに反して、φ2はポテンシャルの平らなところを動く自由度であるから抵抗力はなく質量がゼロとなる。 新しい場を

φ =1√2(v+φ1)ei φ2

v (11.23)

の様に表しても数学的に同等である。この場合 φ2は位相場と呼ばれるが、真空からの摂動が小さいとき(|φ1|, |φ2| ≪ v)は

1√2(v+φ1)ei φ2

v =1√2(v+φ1)(1+ i

φ2

v+ · · ·) ≅ 1√

2

[v+φ1 + iφ2 + · · ·

(|φ|V

)の高次の項

](11.24)

となり、先の式を再現する。この変換でのラグランジアンは

LG =[

12(∂µφ1∂µφ1−2λv2φ2

1)−{

λvφ31 +

λ|φ1|4

4

}]+

12(∂µφ2∂µφ2)

(1+

φ1

v

)2

(11.25)

となる。この形は次のヒッグス機構を考慮する際便利な形となる。

11.2.2 ヒッグス機構

ゲージボソンの質量: 自然界にはゲージ粒子の他は質量ゼロの粒子は存在しないので、対称性が自発的に破れると考えるには難があった。ところがゴールドストーン定理には抜け穴があり、長距離力 (ゲージ場)が存在するときにはこの定理が成立しない。真空期待値がノンゼロということは、状態がボーズアインシュタイン凝縮を起こして基底状態に非常に沢山の粒子があり古典的な場になっていること、各量子の位相がそろって巨視的な量子状態が実現されていることを意味する。この時は遠くに離れている粒子が協同して働く遮蔽効果が現れる。クーロン力の場合はプラズマ振動という縦波の音波が出現し、クーロン力を短距離力に変える。質量ゼロのフォトンが有限質量のプラズモンに変身するのである。超伝導状態ではフェルミ面付近で、運動量、スピン成分が反対のクーパー対の間に引力が発生しボーズアインシュタイン凝縮を起こす。このクーパー対カレントにより引き起こされる誘導電流は強力で、超伝導体から磁場を完全に排除するマイスナー効果が発生する。磁場は超伝導体に λ ≅ 10−6cm程度にしか侵入できない。本来長距離力であった電磁力が到達距離 λ程度の短距離力に変わるのである。(11.19)のヒッグス場のラグランジアンに電磁場を付加して、微分を共変微分に変えることにより相互作用を取り入れたものは、超伝導を記述するランダウ-ギンツブルグの自由エネルギーの表式を相対論的に表したものに等しい。

L =14

F µ ν Fµ ν +(Dµφ)†(Dµφ)−V(φ) (11.26)

これに (11.23)のような変換を施して、自発的に対称性を破ると

L =14

F µ ν Fµ ν +12

(∂µφ†

1∂µφ−2λv2φ21

)− λv4

4

+(qv)2

2

(Aµ −

1qv

∂µφ2

)(Aµ − 1

qv∂µφ2

)(1+

φ1

v

)2 (11.27)

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第 11章 ゲージ対称性 10

第 1行第 3項の定数は、新しい真空のエネルギーレベルを表すが、ここを基準点にとることにすれば、無視して良い。そこで新しいゲージ場を

Bµ = Aµ − 1qv

∂µφ2 (11.28)

で定義すれば。F µ ν

B = ∂µBν −∂ν Bµ = ∂µAν −∂ν Aµ = F µ ν (11.29)

であるから、ラグランジアンは

L =14

F µ νB FBµν +

m2B

2BµBµ

(1+

φ1

v

)2

+12

(∂µφ1∂µφ1−m2

Hφ21

)(11.30a)

mB = qv, m2H = 2λv2 (11.30b)

これは質量mBを持つベクトルボソンと質量mH を持つスカラー場、および両者の相互作用を記述するラグランジアンである。ゴールドストーンボソン φ2はどこにも現れない。このようにゴールドストーンボソンがゲージ場に吸収されて、ゲージ場が質量を持つベクトルボソンに変形するからくりをヒッグス機構、このスカラー場をヒッグス粒子と言う。フェルミオンの質量: カイラル対称性の成り立つ世界ではフェエルミオンは質量を持てない (第 9章弱い相互作用)。そこでフェルミオン質量もまたヒッグス場との相互作用により生まれると考える。ヒッグス場はスカラー場であるからフェルミオンとの相互作用は湯川型である。

L f ermion−higgs= gHψLψRφ+h.c.(エルミート共役) (11.31)

カイラル変換で例えば φ → φ−iα, ψL → ψLe−iαとすれば、カイラルゲージ対称性を充たす。対称性が自発的に破れて位相場は左巻きフェルミオンに吸収されるものとすれば*3) 、

L f ermion−higgs→ gHψLψR1√2(v+φ1)+h.c. =

(mf +

gH√2

φ1

)(ψLψR+ψRψL)

mf =gHv√

2

(11.32)

となって質量項を得る。しかし副産物としてフェルミオン場とヒッグス場の相互作用も導入せざるを得なかった。

隠されたゲージ: 質量を持たないフェルミオン場をゲージ化して相互作用を導入した場合、ラグランジアンはゲージ不変性とカイラル対称性を充たす。これをゲージセクターと呼ぼう。これに式 (11.26)

と式 (11.31)(ヒッグスセクター)を導入して対称性を自発的に破れば、ゲージ場とフェルミオン場の質量項を得る。対称性が破れたという表現は正確には正しくない。ゲージセクターとヒッグスセクターは共にゲージ不変性を充たすことに注意しよう。対称性が自発的に破れたと言うことは、ゲージを固定したと言うことであり、現象の物理解釈をそのゲージで行うことを意味する。現象的には対称性が破れたように見えるが、数学的にはどのゲージで固定するかは任意であり (物理的解釈は難しくなる)、ゲージ対称性は依然として保たれている。しかし、質量項のみを取り出してゲージセクターに含め、残りを無視するとゲージ対称性が破れる。ヒッグスを含めた残り全体 (フェルミオンやゲージ場とヒッグス場の相互

* 3) 右巻きフェルミオンのハイパーチャージをゼロとした。ゲージ変換を受けることとハイパーチャージを持つことは同じである。

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第 11章 ゲージ対称性 11

作用)も考慮すれば、ゲージ対称性は保存されている。ゲージ対称性は破れたのではなく隠されたと言うのが正しい。 トリー近似 (摂動の最低次)で反応の遷移確率を計算する場合、ヒッグスの生成崩壊を議論するのでない限り、ヒッグス場を必要としない。しかし、高次効果を計算する場合は、ヒッグス場との相互作用を含めないとゲージ対称性が破れ、従って繰り込み不可能となる。実際の計算でこれらヒッグス場との相互作用が無限大発散の相殺に重要な役割を果たすことが示された。