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― 146 ― P15- 4 【 目的 】大畑によると、歩行障害に対する歩行トレーニング の目標は「歩行を獲得する」「歩行を改善する」「歩行を実 用化する」の 3 段階に分類される。脳卒中片麻痺患者におけ る杖歩行には、2 動作歩行と 3 動作歩行がある。歩行トレー ニングの目標からすると 3 動作歩行から獲得を目指すのが定 石である。諸家の報告によると、3 動作では麻痺側荷重量が 少ない、スピードが遅いなどが挙げられ、2 動作では、リズ ミカルな歩行から central pattern generator の役割を増加 させて自動歩行の再獲得に繋がる、エネルギー効率が高まる、 麻痺側荷重が高まるといった点が挙げられている。よって、 2動作歩行の方が実用性に長けているといえる。しかし、2 動作前型の歩行を獲得できるのは随意性の高い患者であるこ とは異論のないことであろう。 今回、年齢(30 代、50 代)、病期(生活期、急性期~回復期)、 ブルンストロームステージ(以下、BRS)Ⅱ~Ⅲと重度な片麻 痺を呈した 2 症例が、介入後約 2 か月間で 2 動作前型歩行を獲 得した経験を紹介し、その要因について考察を述べる。 【 症例紹介 】 症例 A:延髄梗塞を発症し、急性期より当院へ入院した 50 代男性。病前の ADL は自立。装具療法開始時の BRS:上 肢Ⅰ・手指Ⅱ・下肢Ⅱ、歩行動作は全介助レベル。 症例 B:5年前に脳出血を発症した生活期の症例。急性期、 回復期を経て在宅生活での移動は車いすレベルであった。当 院入院時の BRS:上肢Ⅱ・手指Ⅰ・下肢Ⅱ、歩行動作は 4 点 杖・Shoe horn brace を使用して近位見守りレベルであった。 【 説明と同意 】症例報告を行うにあたり、患者に対してヘル シンキ宣言に従い報告する内容を説明し、同意を得た。 【 経過 】 症例 A:装具療法開始より約 2 週間でプラスチック長下肢装 具(以下:PKAFO)を装着して、2動作前型歩行での平行棒 内歩行自立。装具療法開始より約 2 か月でロフストランド杖 PKAFO を装着して、10 m 歩行 8.2 秒となり、2 動作前型 での実用歩行獲得となった。その時点での BRS:上肢Ⅱ・ 手指Ⅲ・下肢Ⅲであった。 症例 B:当院での装具療法開始後、約 2週間で PKAFO を 装着して平行棒内での 2 動作前型歩行を獲得、約 2 ヵ月にて ロフストランド杖と PKAFO を装着して、10 m 歩行9.7秒 となり、2動作前型での実用歩行獲得となった。その時の BRS に変化はなかった。 【考察】今回紹介した 2 症例ともに、PKAFO を装着して平 行棒内歩行の自立獲得に要した期間が約 2 週間、ロフストラ ンド杖と PKAFO を装着しての 2 動作前型での実用歩行獲 得に要した期間が約 2 ヶ月間であった。 この結果は当院で用いている PKAFO 特性が、脳卒中片麻 痺患者における随意運動障害と 2 動作前型歩行での運動課題 に適合しやすく、効率の良い運動学習を行えていると考えた。 高草木によると、予期的姿勢調節には皮質網様体脊髄路が 関与しており、随意運動を行う場面では、随意運動の指令が 外側皮質脊髄路を介して伝達されるより先行して皮質網様体 脊髄路により姿勢制御が発動し、随意運動が成り立っている とある。脳卒中片麻痺患者に置き換えると、非麻痺側先行で 歩き始める事により、麻痺側下肢の支持は随意的にではなく 自動的に行われるといえる。この時の装具としては、従来用 いられている金属支柱付長下肢装具など長下肢装具の機能が 必要と考えられる。しかし、才藤は、長下肢装具では遊脚相 に、短下肢装具では立脚相に課題が残るトレードオフが生じ るとしている。すなわち、立脚相の安定性確保という課題を 達成できたとしても、遊脚相では阻害因子となる。 PKAFO の機能特性としては、立脚相では安定性保持、 遊脚相では二重振り子の機能を可能にしている。これは梅田 らの報告によると、足背屈・膝伸展制動と大腿前面カフによ り立脚相の抗重力伸展位を誘導させる。大畑によると足関節 背屈角度を制限すれば膝軸のモーメントアームが小さくなる ので、膝屈曲方向への外的モーメントが減少するとある。 よって足・膝関節の制動の調整や大腿前面カフにより、床反 力ベクトルに対するアライメント調整を学習する事が重要で あると考えた。また、遊脚相においては膝の固定はないため、 片麻痺患者の歩行動作における遊脚時での課題を減らす事が でき、立脚相への促通を強化することが可能となる。よって、 運動制約のみでの運動課題の単純化ではなく、運動制約と自 由度確保を共有したなかでの運動課題の単純化を可能にする ことができた。そして、平行棒内自立となり、歩行は歩行に よって練習するのが最も転移性が高く(才籐、2010)、効率 的な運動学習がなされていたと推測できた。 【 理学療法研究としての意義 】課題の適切化に伴い、短期間 での歩行再建を可能にすることで、最終目標を立案しやすく することができる。また、回復期における算定上限日数期間 内での FIM 効率にも有用となると考えられる。 脳卒中片麻痺患者の実用歩行獲得に至る要因の考察 2 カ月間で 2 動作前型歩行獲得に至った症例を通して~ ○中西 康二 ( なかにし こうじ ) ,梅田 匡純,大江 寿 京丹後市立弥栄病院 Key word:実用性歩行,プラスチック長下肢装具,運動学習 ポスター第 15 セッション  [ 神経 2( 症例報告 )

15 [ 神経2(症例報告) ] P15 4 脳卒中片麻痺患者の実用 ...kinki56.umin.jp/pdf/abstract/P15-4.pdfとなり、2動作前型での実用歩行獲得となった。その時の

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P15-4

【目的】 大畑によると、歩行障害に対する歩行トレーニングの目標は「歩行を獲得する」「歩行を改善する」「歩行を実用化する」の3段階に分類される。脳卒中片麻痺患者における杖歩行には、2動作歩行と3動作歩行がある。歩行トレーニングの目標からすると3動作歩行から獲得を目指すのが定石である。諸家の報告によると、3動作では麻痺側荷重量が少ない、スピードが遅いなどが挙げられ、2動作では、リズミカルな歩行から central pattern generator の役割を増加させて自動歩行の再獲得に繋がる、エネルギー効率が高まる、麻痺側荷重が高まるといった点が挙げられている。よって、2動作歩行の方が実用性に長けているといえる。しかし、2動作前型の歩行を獲得できるのは随意性の高い患者であることは異論のないことであろう。 今回、年齢(30代、50代)、病期(生活期、急性期~回復期)、ブルンストロームステージ(以下、BRS)Ⅱ~Ⅲと重度な片麻痺を呈した2症例が、介入後約2か月間で2動作前型歩行を獲得した経験を紹介し、その要因について考察を述べる。 【症例紹介】 症例A:延髄梗塞を発症し、急性期より当院へ入院した50代男性。病前のADLは自立。装具療法開始時のBRS:上肢Ⅰ・手指Ⅱ・下肢Ⅱ、歩行動作は全介助レベル。症例B:5年前に脳出血を発症した生活期の症例。急性期、回復期を経て在宅生活での移動は車いすレベルであった。当院入院時のBRS:上肢Ⅱ・手指Ⅰ・下肢Ⅱ、歩行動作は4点杖・Shoe horn braceを使用して近位見守りレベルであった。 【説明と同意】 症例報告を行うにあたり、患者に対してヘルシンキ宣言に従い報告する内容を説明し、同意を得た。 【経過】 症例A:装具療法開始より約2週間でプラスチック長下肢装具(以下:PKAFO)を装着して、2動作前型歩行での平行棒内歩行自立。装具療法開始より約2か月でロフストランド杖とPKAFOを装着して、10 m歩行8.2秒となり、2動作前型での実用歩行獲得となった。その時点でのBRS:上肢Ⅱ・手指Ⅲ・下肢Ⅲであった。症例B:当院での装具療法開始後、約2週間でPKAFOを装着して平行棒内での2動作前型歩行を獲得、約2ヵ月にてロフストランド杖とPKAFOを装着して、10 m歩行9.7秒となり、2動作前型での実用歩行獲得となった。その時のBRSに変化はなかった。

【考察】 今回紹介した2症例ともに、PKAFOを装着して平行棒内歩行の自立獲得に要した期間が約2週間、ロフストランド杖とPKAFOを装着しての2動作前型での実用歩行獲得に要した期間が約2ヶ月間であった。 この結果は当院で用いているPKAFO特性が、脳卒中片麻痺患者における随意運動障害と2動作前型歩行での運動課題に適合しやすく、効率の良い運動学習を行えていると考えた。 高草木によると、予期的姿勢調節には皮質網様体脊髄路が関与しており、随意運動を行う場面では、随意運動の指令が外側皮質脊髄路を介して伝達されるより先行して皮質網様体脊髄路により姿勢制御が発動し、随意運動が成り立っているとある。脳卒中片麻痺患者に置き換えると、非麻痺側先行で歩き始める事により、麻痺側下肢の支持は随意的にではなく自動的に行われるといえる。この時の装具としては、従来用いられている金属支柱付長下肢装具など長下肢装具の機能が必要と考えられる。しかし、才藤は、長下肢装具では遊脚相に、短下肢装具では立脚相に課題が残るトレードオフが生じるとしている。すなわち、立脚相の安定性確保という課題を達成できたとしても、遊脚相では阻害因子となる。 PKAFOの機能特性としては、立脚相では安定性保持、遊脚相では二重振り子の機能を可能にしている。これは梅田らの報告によると、足背屈・膝伸展制動と大腿前面カフにより立脚相の抗重力伸展位を誘導させる。大畑によると足関節背屈角度を制限すれば膝軸のモーメントアームが小さくなるので、膝屈曲方向への外的モーメントが減少するとある。よって足・膝関節の制動の調整や大腿前面カフにより、床反力ベクトルに対するアライメント調整を学習する事が重要であると考えた。また、遊脚相においては膝の固定はないため、片麻痺患者の歩行動作における遊脚時での課題を減らす事ができ、立脚相への促通を強化することが可能となる。よって、運動制約のみでの運動課題の単純化ではなく、運動制約と自由度確保を共有したなかでの運動課題の単純化を可能にすることができた。そして、平行棒内自立となり、歩行は歩行によって練習するのが最も転移性が高く(才籐、2010)、効率的な運動学習がなされていたと推測できた。【理学療法研究としての意義】 課題の適切化に伴い、短期間での歩行再建を可能にすることで、最終目標を立案しやすくすることができる。また、回復期における算定上限日数期間内でのFIM効率にも有用となると考えられる。

脳卒中片麻痺患者の実用歩行獲得に至る要因の考察~2カ月間で2動作前型歩行獲得に至った症例を通して~

○中西 康二 (なかにし こうじ) ,梅田 匡純,大江 寿 京丹後市立弥栄病院

Key word:実用性歩行,プラスチック長下肢装具,運動学習

ポスター第15セッション [ 神経2(症例報告) ]