13
164 2* 潟 地 方 別 にみた地下水 m 3 /d/m とかなり良好な水文地賀状況を示 している(図 2-2-43) 。鮭川層よ り上位の諸層から採水している井戸の中では,舟形屈が加わる場 合は揚水量;も多くなるようである。新庄丸魚(株〉の井戸は舟形層から柴倉山, 本合海周を経て八 向層まで到達しているよう である。この井戸の揚水量は 2 000m 3 /d (比湧出量 120m 3 {d/m) であ る。一方,柴倉山居からも 1 440 m 3 /d (比湧 出盆 247m 3 {d{m) とかなり多量な揚水をして いる。しかし, 比湧出量からみた場合,かな り小さいも のもあり ,同一地層でもかなり 検 nUAU ntun4 水位降 ilk 10 (m) 5 3 2 16 u 50 方 向 で の 岩 相 変化 があり, 透水性にも差異が 出て, このような結果になっているものと考 えられる(図 2-2-43) 地下水の利用状況は, 1955 年に 80 井に過 ぎなかった井戸が, 1974 年には 1 137 井に達 した。しかし, その 85%に当る 967井が農 業用で, 1974 年 の地 下 水 の 日 揚 水量: 46 m 3 のうちの 85% に当る 40 m 3 が農業用で ある。多少の例外はあるが,そのほとんどが 10m以浅で,伏流水的な地下水である。 農業用を除いた深度別の井戸本数を 1974 年の調査でみると, 30 m 以浅のものが 55 井, 150 m のものが 42 井と 浅層部 の沖, 洪積層と比較的深層部の第三紀庖(鮮新世〉の地下水利用 に 二分されている。 地下水によるかんがいは,新庄地区農業水利事業による地表水利用に転換するもところが多く なり ,地下水利用はかなり減少するものと思われる。一方,消雪用の地下水利用は近年増加の傾 向にあり,冬期間にはかなりの水位低下を生じている。採水の対象となる鮮新世の地周は粘土, シノレ ト屈がかなり挟在してきているので,脱水圧密による地盤沈下の可能性が十分考えられる。 松岡功1 100 200300500 100020003000500010000 7 1<五k( rrf/dl 2-2 -4 3 比湧出量一覧図 (第三紀鮮新世の地層からの揚水井戸) 参考文献 (1) 皆川信弥ほか (1978) :新庄盆地の水現地質 , 日本地下水学会誌, 20 NO.1 (2) 中川久夫ほか(1 971) :新庄盆地の第四紀地殻変動,東北大地質古生物研邦報, NO.71 (3) 大沢穣 ・角 清愛 (1961):5 万分の 1 地質図,同説明書「羽前金山J ,地質調査所 (4) 仙台通商産業局 (1975) :新庄市周辺地域地下水利用適正化調査報告訟: (5) 田口一雄 (1967):5 万分の l 地質図,同説明書「新庄J ,山形県商工労働部 (6) 東北農政局計画部 (1978) ・山形県水文地質図集 11. 山形盆地 (1) 地形・地質 かつて山形盆地は地下水に非常に恵まれた地域て d あった。 山形市街地は馬見ケ崎川扇状地の上 にあって,生活用水として扇状地の豊富な地下水が利用されてきた。また s 水団地帯は馬見ケ崎

164 2* 内外 を示すものが 3 井 もあり ,比湧出量;も …166 第 2編地方別にみた地下水 近年,人口の増加,商工業の発展に 1~ こい, 上水道用水の需要が増加し,その水源とし

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164 第 2*潟地方別にみた地下水

内外を示すものが 3 井 もあり ,比湧出量;も 106 ~ 248 m3/d/m とかなり良好な水文地賀状況を示

している(図2-2-43)。鮭川層よ り上位の諸層から採水している井戸の中では,舟形屈が加わる場

合は揚水量;も多くなるようである。新庄丸魚(株〉の井戸は舟形層から柴倉山, 本合海周を経て八

向層まで到達しているよう である。この井戸の揚水量は 2,000m3/d (比湧出量 120m3{d/m)であ

る。一方,柴倉山居からも 1,440m3/d (比湧

出盆 247m3{d{m)とかなり多量な揚水をして

いる。しかし, 比湧出量からみた場合,かな

り小さいも のもあり ,同一地層でもかなり検nUAU

ntun4

水位降

ilk 10 (m)

5

3

2 16 u

50

方向での岩相変化があり, 透水性にも差異が

出て, このような結果になっているもの と考

えられる(図 2-2-43)。

地下水の利用状況は, 1955年に 80井に過

ぎなかっ た井戸が, 1974年には 1,137井に達

した。しかし, その 85%に当る 967井が農

業用で,1974年の地下水の日揚水量:46万 m3

のうちの 85% に当る 40万 m3 が農業用で

ある。多少の例外はあるが,そのほとんどが

10m以浅で,伏流水的な地下水である。

農業用を除いた深度別の井戸本数を 1974年の調査でみる と, 30 m以浅のものが 55井, 121~

150 m のものが 42井と浅層部の沖,洪積層と比較的深層部の第三紀庖(鮮新世〉の地下水利用に

二分されている。

地下水によるかんがいは,新庄地区農業水利事業による地表水利用に転換するもところが多く

なり ,地下水利用はかなり減少するものと思われる。一方,消雪用の地下水利用は近年増加の傾

向にあり,冬期間にはかなりの水位低下を生じている。採水の対象となる鮮新世の地周は粘土,

シノレ ト屈がかなり挟在してきているので,脱水圧密による地盤沈下の可能性が十分考えられる。

〈松岡功〉

1 100 200300 500 1000 200030005000 10000

揚71<五k(rrf/dl

図2-2-43 比湧出量一覧図

(第三紀鮮新世の地層からの揚水井戸)

参考文献

(1) 皆川信弥ほか (1978):新庄盆地の水現地質,日本地下水学会誌, 20, NO.1

(2) 中川久夫ほか (1971):新庄盆地の第四紀地殻変動,東北大地質古生物研邦報, NO.71 (3) 大沢穣 ・角 清愛 (1961):5万分の 1地質図,同説明書「羽前金山J,地質調査所

(4) 仙台通商産業局 (1975):新庄市周辺地域地下水利用適正化調査報告訟:

(5) 田口一雄 (1967): 5万分の l地質図,同説明書「新庄J,山形県商工労働部

(6) 東北農政局計画部 (1978)・山形県水文地質図集

11. 山形盆地

(1) 地形・地質

かつて山形盆地は地下水に非常に恵まれた地域てd あった。 山形市街地は馬見ケ崎川扇状地の上

にあって,生活用水として扇状地の豊富な地下水が利用されてきた。またs 水団地帯は馬見ケ崎

第 2~f 東北地方の地下水 165

I a 現河床面 Ib 旧河跡

n a~d 低位段丘と扇状地

中位段丘

高位段丘

最高位段丘

新期酸川泥流

旧期酸川泥流

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u~ヨ am~b J1J ~a lV昌 b

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図2-2-44 山形盆地地形区分図 〈東北必政局(12)による〉

塵ト

麗覇Os

川,立谷川扇状地および乱川扇状地末端部から低地にかけて広がり ,かんがい用水として地表水

のほかに扇端部より湧出する大量の湧泉, 自l噴水(ドッコン水)が利用されてきた。

166 第2編地方別にみた地下水

近年,人口の増加,商工業の発展に1~1こい, 上水道用水の需要が増加し,その水源として扇状地

の地下水が盛んに利用された。この影響で扇端の自噴帯は西 側に後退し,自噴水(ドッコン水〉

も次第に澗渇し始めた。そのため, 1952年頃から農業用の深井戸が掘削されるようになり ,1955

年, 1958年の干ばつを契機にその数はさらに増加した。一方,1960年頃の高度経済成長に伴い,

商工業の発展がめざましく,地下水に対する依存度もますます増大し,深井戸が急増した。

1967年頃から, 山形市北西部において農業用深井戸の抜け上がり現象がみられ始め,地盤沈

下が発生した。 1980年 11月現在, 1974年 11月からの累計沈下立で最大 280mm,累計沈下量

20mm 以上の地盤沈下面積は約 5,330haと広範囲に及んでいる。

.@ 1 基盤に到達している深刻戸及び番号

自 50., r J 2 :基盤上面等高線」ノ 数字は標高m

A 3:基iJlllζ,"11迷していない深:JI戸②⑤は同一地点

o 1 2 3 km 』ーー--"-ーー~

図2-2-45 第四系基底蘭等高線図

本 丘陵の高さのよく そろった面。

山形盆地は,奥羽山脈

と出羽丘陵の聞に形成さ

れた,南北 35km,東西

15kmの細長い舟底形の

盆地である。

盆地内には,奥羽山脈

から西流する乱川, 立谷

川,馬見ケ11崎川などによ

り,それぞれ大型の扇状

地が形成されている。地

形的に周辺丘陵に発達す

る斉頂丘陵面*それに

接続する高位面,中位商,

低位面,現河床面と大別

される。盆地の主面は上

記扇状地を包含する低

位面で,広い範囲に分布

しており,中位面,高位

面の分布は狭い(図 2-2-

4の。

山形盆地をとりまく 山

地,丘陵の地質は,大部

分が新第三紀層からなっ

ている。基盤は先新第三

紀の花商岩類で,その上

位に変朽安山岩,火山岩

およびその砕屑岩などか

らなるいわゆる緑色凝灰

第 2主主 *北地方の地下水 167

岩 (グリー ンタフ〕が重なっている。その上位の地層は,奥羽山脈側では主として火山岩,火山砕

屑性の地層からなり ,一方,出羽丘陵側は主と して堆積岩類で構成されてい る。それらの上位に

は,新第三紀鮮新世の地層が局部的に分布している。盆地下に知られる新第三紀層はほ とんどが

中新世の地層である。新第三紀j習を被覆して,第四紀のj践王火山l噴出物, 葉/1/. 白府火山l噴出物

が分布する。

地質構造は, 奥羽,出羽山系と も主としてほぼ南北性の摺曲構造を呈し,数次の摺曲を経て新

第三紀屑は盆地下に傾下している。盆地下の椛造は複向斜帯本を形成し,数条の向斜部の存在が

推定されている。

① 第四紀層基底の形態……基盤に到達した深井戸資料を 中心に,各種物理探査の結果を参考

にして盆地下の第四系基底面等高線図を作成したのが図 2-2-45で ある。現在の盆地中央部には

南北方向の細長い凹地帯があり , とくに盆士山南部には標高 -250m以下の凹地が存在する。南の

上山盆地および、北の尾花沢盆地はそれぞれ分離独立してお り,盆地境界付近には基盤の隆j包帯が

考え られる。また,山形盆地の南部と北部で深さの差異があるのも ,おそらく基盤の隆起立の差

に起因する もの と考え られる。

盆地の東縁には扇状地の発途が著しいが,その基底面は浸食谷の形態を示 し,扇頂部に延びて

いる。 この谷地形の延長方向は,馬見ケ崎川扇状地では東西,乱川扇状地では北東一南西である。

これら の方向は,盆地南部に存在する深い凹地形と関連 している可能性がある。

② 堆積物の層相,区分……第四紀層の層相は,盆地内に数多く 存在する深井戸資料によっ て

EL 200m

150

100

50

-50

o 0.5 lkm '---L--J

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-100

-150

1.砂E悪質相, 2. 泥質相, 3. ~I'戸お よび番号

図2-2-46 地質断面図

-200

いくつもの摺曲が集まってその摺曲波面が 1つの向斜構造をつくっているもの。

168 第2編地方別にみた地下水

- 深井戸

⑥ 試掘井

No.l~4 観測井(山形県)

o 1 2 3 km I---L一一.I..--J

図2-2-47 地質柱状断面線位置図

知ることができる。盆士山東縁の扇状地の扇頂部から扇央3 扇端を経由して低地に至る地質断面図

(図2-2-46)を概観すると,以下のようである。

扇頂部から扇央部にかけては,乱堆積状の巨1凍混り砂l擦が厚く分布する。これらの唯積物は,

下流側の扇端,低地へ移行するにつれて粗粒から細粒の堆積物へと変化し,次第に泥質相が優勢

となる。これらの厚い堆積物は薄い泥賀層の挟みを鍵庖 として区分することが可能である。盆地

中心部の低地では,泥質層が優勢なので,逆に挟在する砂磯,砂などの粗粒堆積物で側方向に追

跡可能なものが有力な鍵層となる。

盆地中心部の堆積物には,組粒堆積物に始まり,次第に細粒堆積物へと分放的に進行し,泥質

EL

150

1凹

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-50

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① o 0.5 lk111 --1却

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図 2-2-48 地質柱状態rr蘭図 (B-A)

第 222 東北地方の地下水 169

県庁

① E工2曲 m

1田

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協図図口圃団団】目白図口@〆/

一回

山 1田

~ 1 井戸名 2 位置番号

3 :孔内電珂並居曲怠 トm4:;えトレーナー

-1田

堆積物で 1輪廻が完了するという堆積!ji命廻が認められる。 このような傾向は,盆地内のかな り広

い範囲にわた って追跡される。そ こで,主として粗粒堆積物の基底面をもって層序単元を区分す

ると図 2-2-47~ 2-2-52に示すようになる。ただし, m層と NJ習は花粉分析,古地磁気測定結果

によ って追跡すると ,この基本的サイクノレとはやや異なる区分になる。

③ 堆積物中の徽化石,古地磁気分析 …・・成安試掘井 (深度 300m)のポーリングコアについて,

花粉化石,けい藻化石,古地磁気 14C年代をそれぞれ分析および測定 した。その分析,測定の

結果は図 2-2-53にとり まとめである。

主主地下の第四紀土佐積物は, 上記の測定結果を総合する と第四紀更新世中期以降のもの と考えら

れる。花粉化石分析の結果, 11帯の分帯が可能で,温暖,寒冷期のサイクノレがかなり明瞭である。

そのうち, NC帯 (深度 16-44m)は “ウノレム氷期最盛期円相当の寒冷期に, NH 帯〔深度 162-

218 m)は“最終間氷期n 相当の温暖期に,それぞれ相当する。古地磁気測定の結果 5層準に

逆帯磁が認められ,国内および外国から報告されているもの と対比す る と A層準 Laschamp

Event (0.8万年B.Pふ B層準 MungoEvent (3万年B.P.),猿 内E層下部 (3.4万年B.Pふ C

層準 Blake Event (10.8 -11.4万年B.P.),塚原居中部, D層準 Biwa1 (17.6-18.6万年B.P.),

170 第 2編地方別にみた地下水

①E.L 200m

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-200

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-.200

図2-2-49 地質柱状断面図 (D-A)

(注〉 凡例は図 2-2-48に同じ

E層準 BiwaII (29.2 -29.8万年 B.P)という対応が考えられる。けい藻化石分析の結果からみ

た盆地中央低地における堆積環境は,すべて淡水域を示し1"古山形湖」と呼べるような時期は,

2万年 B.P.前後の“ウノレム氷期最盛期日相当の時期に短期間存在しただけで,それ以外の大部

分の時期は,後背湿地的様相を呈していたと考えられる。

(2) 地下水

地下水の賦存形態は,すでに述べたような地質条件に左右されている。図 2-2-46の砂磯質相

優勢部が帯水層として重要な役割を果たしている。扇頂部から扇央部にかけては巨磯混りの砂磯

層を中心に,粘土, シノレト混り砂磯,薄い粘土, シノレ ト周が挟在している。扇頂部は浅層からの

171

100

50

東北地方の地下水第 21詳

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150

o 0.5 1札m--50

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図2-2-50 地質柱状断面図 (Iζ'-K)

(注〉 凡例は図 2-2-48に同じ

-200

398.6

-て7二冒泥岩訴'1Ji.三日、元i.5

図2-2-51 地質柱状断面図 (B-G)

(注〉 凡例は図 2-2-48に同じ

300 EL(m) 200

150

東沢公園

温泉試掘井

二日町(消雪用)

村山市

i

(

消雪用)②d

村山市楯岡地内

河一芳クy1ト側

村山製作所、υノ

田村電気附

fu

河島山最

上川

浪泉試掘井「5

碁点橋

伏流水取水が多く,扇央部では 100m 程

度の深度からの被圧水地下採取が多い。扇

端部から低地にかけては,泥質音jl分が多く

なり砂磯層は薄く挟在する形となる。した

がっ て,ス トレーナー も数多くの個所に設

置 し, 収水 して いる。深度も 100-150m

深い ものでは,350m

を超すものがある。揚7.k量も , 2,000-

3,000 m3fdとかなり多量の揚水が可能であ

る。 地質条件 からみて容易に圧密

程度のものが多く ,

しカ〉 し,

-50

o 0.5 lkm 」ーーム一一」

図 2-2-52 地質柱状断面図(L'-L)

(注〕 凡例は図 2-2-48に同じ

601

172 第 2編地方別にみた地下水

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礁土炭州

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4・にd

11浮遊生粧が仮占

12酸性水域指標13逆f11磁14 :1人JlJがI'X<磁イむの

ìniI立が5j~jv、箇所

図 2-2-53 成安試掘弁 (300m)ポーリ ングコアの分析結果一党図

〈分析者:古地磁気 ・真鍋3 花粉 ・竹内,珪藻 ・阿久津,

東北農政局(12)に よる。〕

第 2章東北地方の地下水 173

1号観担『井(学校給食センター)

図2-2-54 観測井における地下水位変動

〈山形市(10)による,位置は図 2-2-47参照〉

脱水を惹起しやすく地盤沈下の原因となっている。

地下水面の形態は,扇状地の部分では地形に沿って急勾配を示すが,低地部では緩い勾配で西

側に傾下している。地下水は扇状地部で緬養され,低地中央部へと長い時間をかけて流動してい

ると考えられる。

地下水位の変化は扇頂部とそれ以外の地域では異なる。扇頂部は降水量の多い夏期に地下水位

は上昇し,以後徐々に低下し,冬期に最低を示す という年変動を示している。一方,扇央~低地

にかけての地域は,かんがい用水や冷房用水利用の多い夏期に低下し, 11~ 12月が最高となる。

また,冬期の凍結が影響 し, 2月に再び若干低下する。その後,融雪水が地下浸透するため,か

んがい用水その他の揚水の始まる 5月初旬まで上昇するという周期を繰り 返している(図 2-2-54)。

山形市における地下水の利用状況は,山形県条例 (1976年制定〉に基づく揚水機の吐出口径 2.5

cmを超える井戸の届出により知ることができる。また, 1980年には, 山形地域地下水利用実

態調査が行われている。それによると, 1980年の地下水の年間揚水量は 3,132万 m3 に達して

いる。そのうち,浅井戸からの揚水は,60万 m3 弱で全体の 2%にも満たず,ほとんどが深井戸

による揚水である。揚水量の用途別構成は,農業用地~ 1,175万 ma,非農業用が 1,957万 m3であ

174 第2編地方別にみた地下水

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2728 30 32 3'l 36 描岨 42 <14 46 '18 50 52 54"55 年(1955) (l田5) (1975)

図2-2-55 山形市の地下水利用の経年変化(山形県(9) 山形市(10)から作成)

る。各月別の利用状況は,非農業用は季節を通

じてほとんど変化がないが, 農業用は 5 ~ 9 月

のかんがい期に年間揚水量の 90% が集中し,

全体揚水量の 60% に相当する。なお,農林水

産省の最上川中流農業水利事業により,最上川

から山形盆地に導水する水路トンネノレが 1980

年に完成し, 1981年から一部用水の供給を開

始しており ,将来農業用地下水の利用は激減す

る予定である。

地下水利用の推移は,図 2-2-55に示しであ

る。当初は,農業用水の補給水として,1952

年頃から深井戸が掘削され始め, 1955, 1958

年の干ばつを契機に揚水能力の大きい井戸が掘

削されるようになった。さらに,相前後して,

上水道や商工業の深井戸も多数掘削されるよう

になった。揚水量は, 1952年に 72万 m3f年程

度であった ものが, 1975年には, 3,400万 m3f年となり, 50倍近くも増加した。しかし, 1974

年のオイノレショック以後,1975年をピークとして低下の傾向にある。また,条例の設定 による

規制の影響も現われている。

(3) 地盤沈下

山形市の西北部の見崎,今塚,中野のほぼ中間地点の服部付近を中心として,1967年頃から農

業用深井戸の抜け上がり現象が認められるようになった。 1973年頃には,数十本の農業用深井戸

に抜け上がりがみられ,最高で 46cm と測定 され,その範囲は山形市域の低地部の広範囲に及

んだ。この地盤沈下の進行は,地下水揚水量の急激に増加した時期と一致している。

1974年 11月から山形市では,数トヵ所の測点を設けて水準測量を実施し,精密な地盤沈下量

を測定している。その結果,1980年 11月現在,服部地点 (No.15)で累計沈下量で最大 280mm

に達していることがわかった。沈下の面積は,累計沈下量 20mm以上の範囲で約 5,330haに及

んでいる(図 2-2-56)。

地盤沈下調査は, 山形県および山形市が 1974年から実施しているが,農林水産省もその後,

水田地帯の地提沈下が深刻化する事態に備えて, 1978 ~ 1981年の 4年間にわたる調査を実施し

た。その調査の中で,前述のような盆地の第四紀層の堆積状況を把握するとともに,地史の解明

も行った。そのほかに,各種資料を調査 または収集し,盆地のシミュレーショ ンモデノレ(疑似模型〉

を作成し,そのモデノレに将来想定される地下水揚水案を代入して地下水頭や地盤沈下量を予測す

る試算も実施した。その結果によれば,現状どおりの揚水を継続した揚合は,今後 10年間でさ

らに現在までの沈下量程度の沈下が見込まれること,農業用地下水をとりやめ,他種用地下水の

増加を見込んだ揚合は 10mm程度の沈下が見込まれる ことなどが試算されている。定量的 には,

代入されるパラメ ータの精度により可変的であるが,その傾向については将来の動向を示唆して

+5

0 (mm)

-5 地晶君

主-10

hk -15

(mm}

-20

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第 2掌東北地方の地下水 175

境問~ I2号一観iJilUI'

1976年 1977~1三 1978年 1979ip 1 980ip

図 2-2-56 地盤沈下等量級図 (単位 mm) と地盤沈下観測井の記録

(1974年11月-1980年11月,山形市(10)による〉

176 第2編地方別にみた地下水

いる ものと考えられる。なお,前述のように,今後,最上川中流農業水利事業の完成に伴って,

農業用地下水は,非常な干ばつ年以外はほとんど利用 されない計画になっている。したがって,

他種用水の適正な地下水利用が今後とも継続されるとすれば,地盤沈下を伴わない健全な地下水

利用は可能であろうと考えられる。

(松岡功〉

参考文献

(1) 藤原健三 (1967):山形盆地の地形発達,地理学評論,40

(2) 広岡公夫 (1977):第四紀後期の地磁気変化,第四紀研究,16

(3) ニ|じ村信 (1963): グリ ーンタフ地域における第三紀造桃運動,化石, NO.5

(4) 其鍋健一 (1974)・福島県小高町の上部更新統中の地戚気逆転について,第四紀研究,13

(5) J~鍋健一 ・ 吉田 義 (1979):ウノレム氷期の地磁気変化, 日本地質学会第86年学術大会講演要旨

(6) 中川久夫 (1961):本邦太平i$沿岸地方における海水準]¥1,的変化と第四紀編年,東北大地質古生物研

邦報, NO.54

(7) 出林省 ・仙台農地事務局 (1962):山形県村山(乱)11)扇状地地区調査報告

(8) 山形県企画部 (1975)・山形盆地地下水賦存状況調査報告書

(9) 山形県地下水人工酒養調査会 (1979):地下水人工酒君主に関する報告書一馬見ケ崎川扇状地を主とし

てーー

(10) 山形市 (1980)・環境汚染調査報告書

(11) 東北農政局計画部 (1978):山形県水文地質図集

(12) 東北農政局計画部 (1982):山形盆地地区地盤沈下調査報告書

12. 米沢盆地

(1) 地形・地質

米沢盆地は,山形県の南部にあり, 最上)11水系における盆地群の最も上流部を占める。北西に

隣接する長井盆地とあわせて置賜盆地と も称される。

米沢盆地はs 南北およそ 27km,東西が盆地中央で 1 5 ~16 kmの南から北に向かつて半開状

のやや狭い扇形を示す。最上川の本川(松)11)は,南の吾妻連峯から北流し,盆地の南端で扇状おもの

地を形成する。その扇端付近に米沢市街地が発達している。支川 として鬼面)11,羽黒川,天王川,

屋代川,吉野川,犬川,黒川などがあり,大小の扇状地ないし扇状地的地形がみられる。北東部

および諸河川の合流する中央部は低地帯となっており ,前者は白竜湖を中心とするおよそ 1,000

haに及ぶ泥炭地帯となっている。また,後者には,河川の著しい蛇行がみられる。

盆地の北,東,南には,それぞれ若松山,豪土山,兜山の基盤岩類(主として花商岩〉が露出し,

これらの間を埋めるように新第三紀の緑色凝灰岩類が分布し,南部にはさらに吾妻火山の第四紀

火山岩類が標高 2,000m に及ぶ山嶺を形成している。 また,西には新第三紀鮮新世の手ノ子層,

中原屈と,これを不整合に患う第四紀更新世の玉庭屈とが分布し平坦な丘陵をなしている。玉庭

丘陵をはじめ,盆地周辺の高位段丘商には古赤色土の分布が知られている (図2-2-57)。

盆地内の地質は,イノ戸井柱状図のほか,通産省や県,市の設けた観測井の柱状図によると,磯,

砂,粘土などの互層からなり,掘削地点ごとに層相の変化がはなはだしい。代表的な断面を図 2-

2-58に招Iffる。