36
第4章 公立大学設置団体及び公立大学への訪問調査 145 まとめ 訪問調査は、いずれの設置団体、公立大学においても、きわめて丁寧な対応を持って迎 えられが、17 の訪問先で合計 22 時間に及ぶインタビューが実現した。今後の公立大学政 策に関して前向きな姿勢の設置団体と、設置団体政策に対してどのような取組みが可能か 日頃より問題意識の高い公立大学の姿勢の表れと理解したい。 前項に掲載した調査結果の概要は、インタビュー終了後まとめた記録ノートを要約した 上で「特色」を項目出ししたものであるが、インタビューで語られた様々な事項のなかか ら、調査者において重要と判断した 23 点の事項を、言わば主観的にトピックスとして 抽出しているものにとどまることに留意しなければならない。 さて、こうして要約したトピックスにはそれぞれ簡単な小見出しを括弧書きで示してき たので、まとめとしてはそれを表 4-5 に一覧にした。その上で、前章で述べたアンケート 調査において、設置団体の公立大学の活用について PDCA サイクルの考え方を援用して 4 つの段階の枠組みで整理しているので、これらトピックスの小見出しについても、各調査 間の比較の便宜上、同じ枠組みで表 4-6 で整理を試みた。 ここについても、多岐に渡る内容をこの枠組みにおさめることは難しく、あくまでも仮 の分類であることをお断りしておく。 4-4 整理の枠組み PDCA のP 公立大学政策に関わる中長期的な政策ビジョン PDCA のD 活用の実績 PDCA のC 活用の評価とコミュニケーション PDCA のA さらなる活用に向けての改革・改善への支援

17 22 2 3 4-5 PDCA 4 4-62014/05/19  · PDCA のD 活用の実績 PDCA のC 活用の評価とコミュニケーション PDCA のA さらなる活用に向けての改革・改善への支援

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第4章 公立大学設置団体及び公立大学への訪問調査

145

3 まとめ

訪問調査は、いずれの設置団体、公立大学においても、きわめて丁寧な対応を持って迎

えられが、17 の訪問先で合計 22 時間に及ぶインタビューが実現した。今後の公立大学政

策に関して前向きな姿勢の設置団体と、設置団体政策に対してどのような取組みが可能か

日頃より問題意識の高い公立大学の姿勢の表れと理解したい。 前項に掲載した調査結果の概要は、インタビュー終了後まとめた記録ノートを要約した

上で「特色」を項目出ししたものであるが、インタビューで語られた様々な事項のなかか

ら、調査者において重要と判断した 2~3 点の事項を、言わば主観的にトピックスとして

抽出しているものにとどまることに留意しなければならない。 さて、こうして要約したトピックスにはそれぞれ簡単な小見出しを括弧書きで示してき

たので、まとめとしてはそれを表 4-5 に一覧にした。その上で、前章で述べたアンケート

調査において、設置団体の公立大学の活用について PDCA サイクルの考え方を援用して 4つの段階の枠組みで整理しているので、これらトピックスの小見出しについても、各調査

間の比較の便宜上、同じ枠組みで表 4-6 で整理を試みた。 ここについても、多岐に渡る内容をこの枠組みにおさめることは難しく、あくまでも仮

の分類であることをお断りしておく。 表 4-4 整理の枠組み

PDCA のP 公立大学政策に関わる中長期的な政策ビジョン

PDCA のD 活用の実績

PDCA のC 活用の評価とコミュニケーション

PDCA のA さらなる活用に向けての改革・改善への支援

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第4章 公立大学設置団体及び公立大学への訪問調査

146

表 4-5 訪問調査結果で要約した事項の小見出しの一覧

設置団体 大学

大分県 ふるさと団地の元気創造推進事業

大学 COC事業への協力

市民協働のまちづくり

辺縁部の公立大学の役割

看護科学大学設置の経緯

県の長期総合計画

県の関連事業への活用

新たな政策実現のための財政措置

大学の理念、教育目標

設置団体との協議事項

地域貢献(COC)の取組み

拠点としての看護研究交流センター

国保連との連携

設置団体担当部長との直接対話の実現

同窓会の活性化の狙い

兵庫県 附属学校、博物館での接点

大学と設置団体の関係

震災復興と教育

県立大学の位置付け

「大学課」の存在

設置団体と大学との対話

統合と法人化

政策ツールとしての大学

法人運営における県のリーダシップ

県の政策実行に関する費用負担

大学 COC事業への採択

新見市 大学との信頼関係

設置団体としての責任

市の政策課題との連携

学長任期の課題

小規模公立大学法人の質保証

施設管理の方法

事務局長の役割

東京都 公立大学法人首都大学東京設立の経緯

都の中長期計画への協力

大学と都の連携

都の長期計画「2020年の東京」への対応

研究者の研究課題とのマッチング

連携のための信頼関係の醸成

都留市 大学の町

学生による行政課題への協力

全国から集まる学生

交付税と運営費交付金

奈良県 県内唯一の医科大学

県の医療政策全体との関係

トップとのコミュニケーション

COCへの採択と法人化

法人化後の質保証

設置団体の強い意向の反映

地域貢献の充実と COCの採択

知事とのキャッチボール

小規模大学の法人化

卒業生の地元定着

県のオーダーと大学への配慮の両立

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第4章 公立大学設置団体及び公立大学への訪問調査

147

表 4-6 訪問調査結果で要約した事項の小見出しの仮分類

設置団体 大学

PDCA の

P

看護科学大学設置の経緯

公立大学法人首都大学東京設立の経緯

県立大学の位置付け

県内唯一の医科大学

県の長期総合計画

震災復興と教育

県の医療政策全体との関係

大学と設置団体の関係

辺縁部の公立大学の役割

大学の町

大学の理念、教育目標

大学と都の連携

市の政策課題との連携

政策ツールとしての大学

設置団体の強い意向の反映

法人運営における県のリーダシップ

PDCA の

D ふるさと団地の元気創造推進事業

市民協働のまちづくり

県の関連事業への活用

都の中長期計画への協力

大学 COC事業への協力

大学 COCへの採択と法人化

附属学校、博物館での接点

都の長期計画「2020年の東京」への対応

国保連との連携

学生による行政課題への協力

卒業生の地元定着

地域貢献(COC)の取組み

拠点としての看護研究交流センター

地域貢献の充実と COCの採択

COC事業への採択

全国から集まる学生

PDCA の

C 設置団体と大学との対話

トップとのコミュニケーション

大学との信頼関係

法人化後の質保証

知事とのキャッチボール

県のオーダーと大学への配慮の両立

設置団体との協議事項

設置団体担当部長との直接対話の実現

連携のための信頼関係の醸成

学長任期の課題

小規模公立大学法人の質保証

PDCA の

A 設置団体としての責任

新たな政策実現のための財政措置

「大学課」の存在

県の政策実行に関する費用負担

交付税と運営費交付金

小規模大学の法人化

統合と法人化

施設管理の方法

事務局長の役割

研究者の研究課題とのマッチング

同窓会の活性化の狙い

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第4章 公立大学設置団体及び公立大学への訪問調査

148

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149

第5章 海外における設置者と大学との関係

―メリーランド州・オハイオ州における事例調査報告―

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第5章 海外における設置者と大学との関係

150

1 訪問先・調査項目の設定

(1)訪問先の選定

本委託事業受託以来、公立大学協会では「地方自治体と公立大学に関する有識者会議」

(以下、有識者会議とする)を設置して海外大学への訪問調査の実施を検討してきた。検

討にあたっては、「アメリカ州立大学における管理と経営」(丸山、2008)及び『大学経営

危機への対処』(国立大学財務・経営センター編、2005)等の先行研究を調査した。丸山

から、アメリカの州立大学の管理・運営には、州の関与の度合いにより概ね 4 つの形態・

パターンが存在していることが分かった。すなわち、①「州立大学が州の一機関である場

合」、②「州が管理する大学」、③「州の援助する大学」、④「法人モデル」である(丸山、

2008、p.20)。①から④にかけて、大学への州の関与が強い順と考えてよいだろう。さら

には、州立大学の管理に直接関与するのは理事会であり、そこにも①各州立大学におかれ

る場合、②大学の集合体である大学システムにおかれる場合、③州におかれた理事会が、

州内のすべての州立大学を管理する場合という 3 つのケースがあるという(同、p.17)。そこで有識者会議ではこの理事会等の、いわば設置者と大学の媒介組織に着目し、媒介組

織を通した設置者と大学との関係についてアメリカの事例を調査することとした。

図 5-1 高等教育に関する州理事会の権限(2002年)

図 5-1は、高等教育関係理事会の権限によってアメリカの州等を分類したもので、『大学

経営危機への対処』に掲載されているものである(国立大学財務・経営センター編、2005、p.224)。本表については、上記丸山(2008)が以下のように解説している。やや長くなる

が、本委託事業の海外調査対象選定の手助けとなったものであるので、そのまま引用する。 「州の大学に対する権限が最も大きいのは、①州に一つの委員会(Consolidated

Governing Board)しかない場合で、それが州のすべての公立高等教育機関の管理をし

ている(Hawaii)。②次に 2 つの委員会があり、大学とコミュニティカレッジを別々に

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第5章 海外における設置者と大学との関係

151

管理している場合が次に続く(Wisconsin)。調整委員会(Coordinating Board)は、2種類に分けられる。教育課程認可権のある委員会と、それがなく単に監督や助言勧告す

るだけの委員会である。課程認可権のある委員会には、③予算作成する場合(Tennessee)、④予算の監督と助言の場合(Connecticut)、⑤州法上予算に関与できない場合(New York)がある。教育課程認可権のない場合は、⑥まず予算作成する場合が考えられるが、この

ケースの州は見当たらない。⑦予算の監督と助言の場合(California)。最後に権限の小

さい委員会として⑧計画・サービス局(Planning/Service Agencies)が挙げられる。こ

れは州法上予算や教育課程認可を行わないと規定されている(Michigan)。」 本委託事業の趣旨やアプローチ方法(技術提案書に記載)から鑑みるに、大学の自主性・

自律性を考慮しつつ、公立大学の設置者の政策をどのように反映されているかという点が

本海外調査においても最も重要で視点と考えらえる。よって、上記引用文①②のように極

端に州の関与が強いと考えられるケースや、⑧のように極端に州の関与が弱いと考えられ

るケースは、今回の調査対象からは除外してよいと考えられる。次に調整委員会

(Coordinating Boards)の中で、教育課程認可権があるかどうかであるが、我が国の公

立大学の場合、大学の教育課程認可権を設置者及び関係団体が持つということは現状では

考え難い。よって、⑦の「予算の監督と助言だけが行われる場合」が興味深い州の事例と

なると思われるが、我が国とアメリカにおける国(連邦)の教育への関与の在り方の相違

を考えれば、⑦は我が国における私立大学への姿勢に似ているように思われる(また、ア

メリカにおいても 3 州しかなく、特殊事例にあたるようである)。 そこで、調整委員会の中で教育課程認可権を持つ州、中でも最も多くの州が取り入れて

いるタイプである「③予算作成する場合」から訪問先を選定することが最善と考えられた。

「③予算作成する場合」の中で、メリーランド州、オハイオ州を候補地として選び、調査

依頼を行った。なお、メリーランド州についてはメリーランド州高等教育委員会

(Maryland Higher Education Commission、以下MHEC とする)に、オハイオ州につ

いてはオハイオ大学への訪問調査を依頼した。前者は州側から、後者は大学側から設置者

と大学の関係をヒアリングすることが目的である。なお、オハイオ大学は、有識者会議の

佐々木主査、及び海外訪問調査リーダーである渡部特任准教授が所属する岩手県立大学と、

特に震災以降連携関係のある大学であり、技術提案書「公立大学と既に連携関係がある大

学の中から、地方政府の大学活用による地域連携に関し実績のある大学を選び、地域連携

の状況に関する訪問調査を行う。」という訪問先選定の方針とも合致している。オハイオ大

学はオハイオ州の中で最も歴史の長い州立大学であり、州との関係も深いと考えられたの

も選定の重要な理由である。 調査依頼の結果、MHEC には 2 月 25 日、オハイオ大学には 2 月 27~28 日に調査でき

ることとなった。メリーランド州・オハイオ大学への訪問の具体的な調査対象と日程、及

び訪問メンバーは以下の通りである。

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第5章 海外における設置者と大学との関係

152

2 月 25 日:メリーランド州 9:30-10:40 MHEC 10:40-11:20 University System of Maryland(以下、USM) 11:20-12:00 Maryland Association of Community Colleges(以下、MACC)

2 月 27 日: 16:30-17:10 Dr. Ryan Lombardi (Vice President for Student Affairs)

2 月 28 日:オハイオ大学 8:30-9:00 Dr. Howard Dewald (Associate Provost for Faculty and Academic

Planning) 9:00-11:00 Dr. Peter Mather (Secretary to the Board of Trustees) 11:00-11:30 Dr. Robert Frank (Dean of College of Arts & Sciences) 13:00-14:00 Dr. Joseph Shields (Vice President for Research and Dean of the

Graduate College) 訪問メンバー: 岩手県立大学:渡部芳栄特任准教授、佐々智将講師、関屋一博主幹 公立大学協会:杉浦洋典事務局員

(2)質問項目

本委託事業の趣旨、及び国内訪問調査での質問項目を参考に、メリーランド州とオハイ

オ大学にそれぞれ以下のような調査項目を作成し、事前に送付した。合わせて、当日配布

された資料一覧を付す。 ① MHEC への質問項目 ・貴州における高等教育の全体像について(Overall picture of Higher education in the

State) ・貴州における大学と州―特に州知事・議会・委員会―について(The relationship

between the university and State (especially Governor, General Assembly and Council)

・地域貢献の事例について(Example of universities that contribute to local communities)

当日の配布資料 <Maryland Higher education commission> ○MHEC Overview Slides(プレゼンテーション資料) ○College Affordability in Maryland <University System of Maryland>

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第5章 海外における設置者と大学との関係

153

○2013-14PROFILE ○QUICK POINTS OF EXCELLENCE 2014 <MACC> ○MACC パンフレット

② オハイオ大学への質問項目

・州知事や議会は、オハイオ州大学理事会に対してどんな要求をしてきますか。また、

その要求はどの程度強いものでしょうか。(What does the governor or the General Assembly request to the Ohio Board of Regents? How strong are their requests?)

・オハイオ州大学理事会は、州知事や議会、各大学理事会からの要求や要望を調整して

いるのでしょうか。(How does the Ohio Board of Regents coordinate the requests/demands from the governor, the General Assembly and individual boards of trustees in the University System of Ohio?)

・現在、オハイオ州大学理事会で最も重要な問題となっているのは何でしょうか。(What are the most important issues of the Ohio Board of Regents now?)

・オハイオ州の個々の高等教育機関は、それぞれ異なった役割が期待されていると思っ

ているのでしょうか。(In general, do the respective higher education institutions (HEIs) in the University System of Ohio have different roles?)

・オハイオ州の高等教育機関はどのように地域貢献を果たしているのでしょうか。また、

具体的な事例があったら教えてください。(How do the HEIs in the University System of Ohio contribute to the society? And please tell us good examples.)

・高等教育機関の諸活動は、誰によってどのように評価されているのでしょうか。また、

特に財政面に関して、大学の諸活動によって何か影響があるものでしょうか。Who are the HEIs’ activities evaluated by? And how? Especially, is funding affected by HEIs’ performance?

当日の配布資料 <オハイオ大学> ○University governance in Ohio(プレゼンテーション資料) ○Ohio university – The Spirit of a Singular Place-(200 周年記念誌) ○Perspectives(卒業生の活動紹介などが掲載された広報誌。3 冊) ○Innovation center(パンフレット) ○Ohio University Organizational Structure(オハイオ大学組織図) ○Fifth report on the condition of higher education in Ohio : Advancing Ohio’s

Innovation Economy(システムが作成した産学官連携の報告書)

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第5章 海外における設置者と大学との関係

154

○Ohio University : Educating students , Impacting Communities – Executive Summary on OHIO’s Economic Impact(オハイオ大学が地域に与える影響の概要)

本章では、訪問調査内におけるプレゼンテーション及び質疑応答内容や当日の配布資料

から、第 2 節でメリーランド州訪問調査報告を、第 3 節でオハイオ大学訪問調査報告を行

った後、第 4 節でまとめを行う。

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第5章 海外における設置者と大学との関係

155

2 メリーランド州における高等教育と関連団体の状況―主に州側の視点から

メリーランド州は、人口 588 万人、平均(中間)所得 7 万 2 千ドルである。初中等教育

(K-12)の在学者数が 854,086 人であるのに対し、大学数 58、大学在学者数 373,359 人

である。学位保持率は 45.5%(全米 9 位)、これを 2025 年までに 55%にまであげようと

いう目標を設定している。初中等教育がメリーランド教育省(Maryland State Department of Education)の所管であるのに対して、中等後教育(postsecondary education)は MHEC の所管である。

図 5-2 MHEC監視機関

MHEC が具体的に監視(oversight)している機関は、図 5-2の通りである。州立の大学

としては、4 年制の 11 大学と研究所からなる USM、USM に入っていない 4 年制大学で

あるMorgan 州立大学、メリーランド St. Mary’s 大学、16 のコミュニティ・カレッジがあ

る。その他に、高等教育への進学機会が恵まれていない地域には地域高等教育センターが

8 つ作られている。州立以外では、29 の私立大学・171 の私立職業教育学校が存在する。 MHEC は州機関(Cabinet level State agency)の 1 つである。コミッションの 11 人の

メンバー(学生メンバー1 人含む。)は州知事によって任命され、毎月会議を行っている。

その役割は、①中等後教育システムを調整すること、②州レベルの政策と優先順位を考え

実行すること、③行政府・立法府・高等教育・初中等教育・ビジネス界他に対し、重要な

州レベルの情報源となること、④客観的な情報を提供し、中等後教育の重大な政策課題を

特定することである。 その役割を果たすために持つ法的な責任は、①設置認可、②建学の理念や教育プログラ

ムの認可、③経常的・資本的ファンディング水準や州レベルのファンディング政策の勧告、

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第5章 海外における設置者と大学との関係

156

④高等教育に関する補助金プログラムの管理、⑤毎年 1 億ドル超の学生経済支援の管理、

⑥私立職業教育学校の統制である。さらには、中等後教育に関する州レベルのデータを収

集し、研究分析結果を提供したり、高等教育と初中等教育・ビジネス界等とのギャップを

埋めたりする役割をも果たしているという。 また、『大学経営危機への対処』(国立大学財務・経営センター編、2005)にもあったよ

うに、メリーランドは中等後教育財政に関しても様々な権限を有している。経常的な予算

に関しては、USM・Morgan 州立大学へは「ファンディング・ガイドライン」に沿って、

メリーランド St. Mary’s 大学、コミュニティ・カレッジ、私立機関へは法定の公式に沿っ

て、地域高等教育センターへはセンターの要求や MHEC の政策に沿って州知事に要望

(recommendation)することである。なお、メリーランド St. Mary’s 大学以外の 4 年制

州立大学に適応される「ファンディング・ガイドライン」は、3 年ごとに選ばれる「peer institutions」によって毎年改定されるようである。当ガイドラインは、「peer institutions」間の比較によって高等教育の経常ファンディングが妥当かどうかを評価するためのもので

あるという(以上、MHEC プレゼンテーション資料より)。 先に述べたように、Morgan 州立大学とメリーランドSt. Mary’s 大学を除く州立 4 年制

大学は USM を形成しているのに加え、16 のコミュニティ・カレッジは MACC を形成し

ている。USM はその運営のために Board of Regents を、 MACC は同様に Board of Directors を持っている。USM の理事会(Board of Regents)は州知事から任命された 17名(学生 1 人含む。)の評議員(Regent)から構成され、USM の教学・管理・財政運営

を監視している。また、USM の長(Chancellor)と各大学・機関の学長(President)を

任命する権限を持っている(USM プレゼンテーション内容及び配布資料より)。一方の

MACC 自体は、コミュニティ・カレッジを監視するためのものではなく、Association とい

う名前の通り、各コミュニティ・カレッジの学長その他 1 名の計 32 名によって構成され

るボランタリーな組織のようである(ただし、コミュニティ・カレッジ全体の方向性などを

話し合うことは使命に掲げられている。MACC 配布資料より)。その他に、各大学(4 年

制大学、コミュニティ・カレッジとも)には個々の大学理事会(Board of Trustees)を持

っている。コミュニティ・カレッジは、地域(郡:county)にも一定程度管理されている

という話であったが、今回の調査の中では、個々の理事会に相当の自律性が付与されてい

ることがUSM 関係者・MACC 関係者の双方から聞くことができた。例えば、コミュニテ

ィ・カレッジでは、授業料額を設定するのも個々の理事会ということであった(MACC プ

レゼンテーション及び質疑応答内容より)。

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第5章 海外における設置者と大学との関係

157

メリーランド州の州立高等教育機関について、権限関係をまとめると図 5-3 のようにな

るだろう。具体的にMHEC がどのように調整しているのかについては、「code」などとい

った回答があったことから、立法府との連携を取り、州民の代表の意向という形で大学側

へ議会の決定を伝えること、その中で優先順位をつけ、政策決定をしていること、下位組

織としてのUSM・MACC は、州の機関での決定事項(State Plan)の中でどのようにそ

れを実現していくのかを自律的に決定していることなどの特徴があると言えよう。

MHEC との質疑応答の様子

MACC のプレゼンテーションの様子

図 5-3 MHEC・USM・MACCと各大学との関係

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第5章 海外における設置者と大学との関係

158

3 オハイオ州における高等教育と関連団体の状況―主に大学側の視点から

オハイオ大学は、1804 年に設立された歴史の長い州立大学であり、1807 年設立のマイ

アミ大学(オックスフォード市)、1870 年設立のオハイオ州立大学(コロンバス市)など

とともに同州のトップ大学の 1 つである。 Peter Mather 氏への調

査の内容を中心に州と大学

との関係をまとめたのが図

5-4である。メリーランド州

の USM と同様に、州には

州 理 事 会 ( Board of Regents)が、各大学には

大学理事会( Board of Trustees)が置かれている。

州理事会のメンバーは州知事から任命される 9 名で構成されるが、それ自体は立法府との

連絡役という程度で公的な権限はなく、他に州知事から任命される長(Chancellor)への

助言を行う組織である。(超越的な州知事令を除き)上院・下院両院の同意を経て政策が州

理事会のほうにおりてくるが、実権力の行使は長が行うということである。長の役割とし

ては、①大学の調査の実施、②大学の設置認可、③プログラムや学部・学科の許認可など

が挙げられる。また、大学側の要求を立法府や州知事に取り次ぐのも長の役目である。そ

の他、授業料額の設定に関する話の中でも長が登場した。具体的には、各大学は授業料の

設定希望額を要求するが、最終的に承認するのは立法府である。希望額が現在の値上げ幅

のシーリングである 2%の中に収まっていれば問題はないが、シーリングを超える場合に

は立法府に対して意見を述べるのも長の役割だということである。

図 5-4 オハイオ州における知事・理事会・長の関係

Governor

Board of Regents Chancellor

appoint

appoint

advice

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第5章 海外における設置者と大学との関係

159

図 5-5 オハイオ大学の組織図の概略

図 5-5は、オハイオ大学の組織図(管理職)の概略を示したものである。Peter Mather氏は図の最上位に位置する大学理事会の事務官(Secretary)であり、Howard Dewald氏は図下部左側に記載した副Provost(統括副学長)、Ryan Lombardi氏・Joseph Shields氏は図下部中央に記載した副President(学長)、Robert Frank氏は図下部右側に記載した

Dean(学部長)である(ただし、Joseph Shields氏はVice PresidentとDeanを兼務i)。2014年 2 月に出された「大学のガバナンス改革の推進について」(審議まとめ)に倣いii、ここ

ではProvostの訳語に「統括副学長」を充てているが、学務関係(学部・学科のプログラム、

FDなど)を中心に活動している副学長とそのオフィスのようであった(Howard Dewald氏への調査内容より)iii。オハイオ大学の場合は、現在ProvostとExecutive Vice Presidentを同一人物が兼務しており、結果的には総括副学長のような役目を果たしているものと思

われる。 そのため、州からの要求が大学理事会を通してまず下りてくるのは Provost のオフィス

とのことである(Howard Dewald 氏への調査内容より)。近年の州レベルの政策動向とし

ては、グローバル化に対応する人材の育成・輩出、即戦力や現在の労働市場との人材のマ

ッチング、新しいビジネスの創造、卒業年限の短縮(4 年から 3 年へ)、卒業率の上昇など

の要求がある一方で、資金面では州からのファンディング額が減少しているということで

ある(Peter Mather 氏、Ryan Lombardi 氏、Joseph Shields 氏への調査内容より)。特

に、州からのファンディングについては、以前は 80%が在学者数・20%が卒業率で決めら

れていたということであるが、現在は在学者数 50%・卒業率 50%と変化しており、アウ

トプットに重点を置くようになっているという(Ryan Lombardi 氏・Howard Dewald 氏

への調査内容より)。この点に関連して、以前と比較して計画に基づいて責任ある実行と予

算請求をするというシステム(responsibility centered management system)に変わって

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第5章 海外における設置者と大学との関係

160

きているということであった(Robert Frank 氏への調査内容より)。 州から来るものの多くは命令ではなく要求という性格(Robert Frank 氏への調査内容

より)であり、最終的な決定権は大学側にあるとのことであるが、州の要求に従わない場

合には、時に予算凍結という結果を生むこともあり得るようである(Peter Mather 氏への

調査内容より)。また、州知事が変わるとポリシー全体が変わってしまう危険性がある

(Ryan Lombardi 氏への調査内容より)という点は、我が国の公立大学が持つ性格に似て

いると思われた。

Ohio Universityのキャンパス

インタビューの様子

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第5章 海外における設置者と大学との関係

161

4 まとめ

『大学経営危機への対処』(国立大学財務・経営センター編、2005)によれば、今回訪

問したメリーランド州・オハイオ州はともに教育課程認可権を持つ調整委員会を有してい

る州であった。1 つ(メリーランド州)は州側から、もう 1 つ(オハイオ州)は大学側か

らヒアリング調査をしたという違いもあるが、2 つの州においてやや異なる面も見られた。

以下、共通点と相違点をまとめる。 ①共通点 ・州理事会(Board of Regents)と大学理事会(Board of Trustees)とがあること。 ・州理事会のメンバーは、州知事によって任命されること。 ・大学理事会や大学には、一定の自律性が認められていること。 ・州理事会がChancellor を選んでいること。 ②相違点もしくは共通性が確認できなかった点 ・州理事会の位置づけ(メリーランド州はさらに上位のコミッションがある)。 ・上記と関連して、州の機関(Cabinet level State agency)かどうか。 ・4 年制大学とコミュニティ・カレッジ、私学の全てを監視しているかどうか。 ・各大学のPresident を選ぶ主体はどこか。 2 州への調査後に上記のように共通点・相違点をまとめた上で、今後の課題を述べる。

第 1 に、4 年制・2 年制、公私立の別なく全ての中等後教育に責任を持っているMHECのような組織が、オハイオ州でも存在するのかどうかである。Webサイトivを見る限り、オ

ハイオ州の大学システム(the University System of Ohio)には 23 のコミュニティ・カ

レッジと 14 の州立大学が存在しているようであるが、州理事会(the Ohio Board of Regents)が私立の高等教育機関を監視しているかどうかは確認できなかった。また、オ

ハイオ大学システムがメリーランドで聞かれた「Cabinet level State agency」かどうかも

残された疑問である。第 2 に、メリーランドの場合はあくまでもUSMに限定される話であ

るが、ChancellorとPresidentの役割が 2 つの州でどう異なるか、それとも同じなのかと

いう点もあいまいなままである。アメリカ内でもキャンパス長のことをPresidentと呼んだ

り、Chancellorと呼んだりする場合があるようである(Trow, 2010, p.436)。ただ、今回

訪問した 2 つの州においてはUSMあるいはオハイオ大学システムの方向性を検討するの

が州理事会であり、執行者あるいは州理事会への情報提供者がChancellorであるように思

われた。ただし、USMに属する大学のPresidentはBoard of Regentsが任命するのに対し、

オハイオ大学システム内の各機関のPresidentはBoard of Trusteesが任命するvようであり、

ChancellorとPresidentの責任と権限の範囲も自ずと異なりそうである。これらの点は、引

き続き他の州や他の国との比較も検討しながら、明らかにしていかなければならない。

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第5章 海外における設置者と大学との関係

162

最後に、我が国の公立大学と設置者との関連について比較の観点から考察してみたい。

まず、我が国の都道府県・市町村とアメリカの州の違いのほとんどは、高等教育行政にど

れほど責任を有しているかに起因すると言ってよい。高等教育を含め教育の責任と権限が

州にあるアメリカと異なり、我が国の場合、1 つの自治体がアメリカの州のように多数の

公立大学を持つことはあり得ない。 ほとんどの公立大学法人は、法令上設置義務はないとは言え、形式上は個々の役員会(理

事会)を持っている(法人化していない大学を除く)。これがアメリカの大学理事会(Board of Trustees)と同義かどうかはともかく、その上位のレベルの理事会(Board of Regentsもしくは Commission)は存在しない。特に MHEC では、高等教育に関係するあらゆる

データを収集・分析をしているとのことであったが、日本においてはそれに対応する組織

がないため、個々の大学が IR(という呼び方をしているかはさておき)の一環として行っ

ているのが現状であろう。こうした情報収集・分析と結果の大学への提供は、一定の範囲

(都道府県別・より広範な地域別・分野別など)で共有できるものであると考えられるが、

個々の大学がそれを行わなければならない現状は効率の良いものとは思えない。現在公立

大学の全国組織である公立大学協会が行っている「公立大学実態調査」等の情報収集活動

を、設置者団体の組織である全国公立大学設置団体協議会と協力して発展させながら、広

域的 IR 機能(Regional Research と呼んでもいいかもしれない)を地道に充実させていく

ことが重要であろう。 <参考文献・資料> 中央教育審議会大学分科会、2014、「大学のガバナンス改革の推進について」(審議まとめ)。 岩崎保道、2009、「大学コンソーシアム機能における施設相互利用の実態と課題」『大学教

育年報』(5)、pp.12-21。 国立大学財務・経営センター編、2005、『大学経営危機への対処』国立大学財務・経営セ

ンター。 丸山文裕、2008、「アメリカ州立大学における管理と経営」『大学財務経営研究』(5)、

pp.17-28。 宮崎正寿、2003、「公立大学の政策と財政」『IDE』(451)、pp.17-21。 高橋寛人、2009、『20 世紀の公立大学』日本図書センター。 高野篤子、2012、『アメリカ大学管理運営職の養成』東信堂。 Trow, Martin, 2010, “Comparative reflections on leadership in higher education,”

Burrage, Michael Ed., Twentieth Century Education: Elite to Mass to Universal (pp. 435-61). Baltimore, MD: The Johns Hopkins University Press.

渡部芳栄、2013、「公立大学法人の制度と財務分析」広島大学高等教育研究開発センター

編『大学財政・財務の動向と課題(特別教育研究経費「21 世紀知識基盤社会における

大学・大学院改革の具体的方策に関する研究」(平成 20 年度―24 年度)』、pp.25-47。

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第5章 海外における設置者と大学との関係

163

i オハイオ大学では、Graduate College の Dean とVice President を兼務する歴史が長く

続いているという(Joseph Shields 氏への質疑応答内容より)。 ii 「審議のまとめ」の中では、「大学全体の予算、人事、組織改編の調整権を持ち、学長を

統括的に補佐する副学長(総括副学長)」(p.18)とある。 iii 高野(2012)においても、「教育・研究に関する事項を統括する副学長を“Provost”と

称し、それ以外の副学長は“vice president”と呼ぶ場合が多い。」(p.57)とある。 iv https://www.ohiohighered.org/trustees 参照。 v 同上。

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第5章 海外における設置者と大学との関係

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第6章 考察

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第 6 章 考察

166

1 本調査全体の振り返り

本調査研究―地方自治体の政策ビジョン実現のための公立大学の積極的活用に関する調

査研究―においては、第1章で提示した手順に沿って調査を実施し、その結果を第2章から

第5章において示してきた。本第6章―考察では、調査の全体を考察し、本調査研究の総括

とする。

調査の内容を改めて一覧形式に整理すると、表6-1の通りとなる。

本調査研究では、まず、予備調査を行い、設置団体と公立大学の問題意識の所在を概括

することを通じて本調査研究の焦点を絞った。それを踏まえて設置団体及び公立大学への

訪問調査を実施し、特徴のあるモデル事例を収集しアンケート調査Ⅰ「設置団体における

公立大学の活用」の調査項目及び回答例作成の参考とした。

アンケート調査Ⅱ「公立大学の設置運営に関する詳細」の項目においては、設置団体の

設置運営についての詳細な情報を把握して公立大学の積極的活用の条件を考察した。あわ

せて、米国における設置者と大学との関係を調査し、わが国における設置団体と公立大学

の今後の関係について参考となる示唆を得ることとした。

以上の調査の構成は図6-1のように枠組みとして示した。

図 6-1 本調査の構成

設置団体における

公立大学の活用

自治体の中長期的ビジョン・計画等における公立大学に関する記述内容

P

D

C

A

10の政策分野ごとの公立大学の活用実績

活用の評価と大学とのコミュニケーションの方法

公立大学の活用等に関する今後の改革・改善に向けての支援策

設置団体の視点から

問題意識の所在

予備調査

■設置団体教育振興基本計画策定の内容

■設置団体担当者

設置団体協議会総会の協議議題

■公立大学

公立大学協会アンケート

米国における設置者と大学との関係 海外訪問調査

公立大学の設置運営

公立大学法人法人運営運営費交付金法人評価

地方交付税措置

その他

アンケート調査項目及び回答例の作成

調査研究の焦点を探る

公立大学活用の条件を考察

設置団体と公立大学の今後の関係を考える上で示唆を得る

アンケート

調査

モデル事例の収集 訪問調査

州側の視点から

アンケート

調査

公立大学の視点から

大学側の視点から

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第 6 章 考察

167

表6-1 本調査を構成する要素

区分 課題 調査対象としたこと

問題意識の所在

(予備調査)

設置団体の問題意識 教育振興基本計画の策定の有無とそ

の内容

設置団体担当者の問題意

全国公立大学設置団体協議会総会の

協議議題

公立大学の問題意識 公立大学協会アンケート「設置団体と

の連携について」

設置団体における

公立大学の活用

(アンケート調査Ⅰ)

PDCAサイクルにおけるP

に相当する部分

自治体の中長期的ビジョン・計画等に

おける公立大学に関する記述内容

PDCAサイクルにおけるD

に相当する部分

10の政策分野ごとの公立大学の活用

実績

PDCAサイクルにおけるC

に相当する部分

活用の評価と大学とのコミュニケー

ションの方法

PDCAサイクルにおけるA

に相当する部分

公立大学の活用等に関する今後の改

革・改善に向けての支援策

公立大学の設置運営

に関する詳細

(アンケート調査Ⅱ)

公立大学法人

(法人運営)

法人化の経緯、組織改革、中期目標の

策定手順、職員の採用・人事等

公立大学法人

(運営費交付金)

予算要求の仕組み、運営費交付金の算

定、効率化係数、目的積立金等

公立大学法人

(法人評価)

評価委員会の構成・運営、認証評価の

踏まえ方、評価の改善、研修

地方交付税措置 基準財政需要額の額、単位費用の運営

費交付金への反映

その他の事例等 課題、意見、照会したい事例等、自由

に記述

設置団体における公

立大学の活用に関す

るモデル事例の収集

(訪問調査)

設置団体の視点から 設置の経緯・理念、公立大学の活用、

政策誘導と支援

公立大学の視点から

設置団体との対話、政策へのかかわり

米国における州と州

立大学との関係

(海外訪問調査)

州側の視点から メリーランド州における高等教育と

関連団体の状況

大学側の視点から オハイオ州における高等教育と関連

団体の状況

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第 6 章 考察

168

このような構成を踏まえ、本考察においてもアンケート調査Ⅰで採用したPDCAサイク

ルの考え方を援用した枠組みを再掲し、それに従って各調査を総括していくこととする。

表 6-2 考察の枠組みと対象となる調査結果(下線部は、再掲に際して補った部分)

1.公立大学政策に関わる自治体の中長期的な政策ビジョン(PDCA のP)

① 予備調査結果(教育振興基本計画における設置団体の公立大学政策)

② 設置団体に対するアンケート調査結果(公立大学政策に関わる中長期的な政策ビジョン)

③ 設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果

2.公立大学の活用の実績(PDCA のD)

① 設置団体に対するアンケート調査結果(活用の実績)

② 設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果

3.公立大学活用の評価と設置団体・公立大学間のコミュニケーション(PDCAのC)

① 予備調査結果(設置団体との連携に関する公立大学長の問題意識)

② 設置団体に対するアンケート調査結果(活用の評価とコミュニケーション)

③ 設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果

4.公立大学のさらなる活用に向けての改革・改善への支援(PDCA のA)

① 予備調査結果(公立大学政策に関する設置団体担当者の問題意識)

② 設置団体に対するアンケート調査結果(さらなる活用に向けての改革・改革への支援)

③ アンケート調査結果(Ⅱ 公立大学の設置運営に関する詳細)

④ 設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果

⑤ 海外訪問調査結果

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第 6 章 考察

169

2 調査結果の考察

1.公立大学政策に関わる自治体の中長期的な政策ビジョン(PDCAのP)

公立大学政策に関わる自治体の中長期的な政策ビジョンを考察するためには、以下の3

つの観点が考えられる。

一つには、自治体の政策ビジョンが、見える形で社会に示されているかどうか、2点目

としては、示された政策ビジョンの中に公立大学を活用する方策が含まれているかどうか、

さらに3点目としては、公立大学の活用のためにその機能強化するなどの振興策が講じら

れているかである。

① 予備調査結果(教育振興基本計画における設置団体の公立大学政策)について

予備調査では、設置団体の教育振興基本計画における設置団体の問題意識について参照

した。予備調査のまとめで述べたように、各設置団体においては、教育基本法の定めに従

い、教育振興基本計画の策定については順次行われている。

しかし、その内容においては高等教育への言及は一定程度あるものの、公立大学の振興

等に関して言及がある計画は全体の3割程度しかなく、設置団体の行う「教育振興」の対

象に公立大学の設置行為がそもそも含まれていない状況がある。このことは、言及の無い

計画において、例えば「国立・私立の学校及び県立大学で行われる教育内容や学校経営等

については、各校の独自性から、本計画には含んでおりません」としているものや、教育

振興基本計画の中で「主な関連計画等」として法人の中期目標を挙げることで公立大学に

関する施策を譲ったとしているものがあることからも読み取れる。

そうした自治体では、教育振興基本計画ではなく、自治体の総合計画等で公立大学につ

いて言及されているケースが多い。資料編に掲載した各設置団体の教育振興基本計画等の

状況を参照すれば、例えば東北地方では岩手県、秋田県、山形県他が総合計画の中に公立

大学に関する積極的な記述を置いている。

② 設置団体に対するアンケート調査結果(公立大学政策に関わる中長期的な政策ビジョン)について

上の予備調査結果により、公立大学に関する施策を教育振興基本計画に記述している設

置団体が無いわけではないが、総合計画等に記述している設置団体も多く、それぞれの団

体の方針で様々な対応が採られていることが分かったので、アンケート調査では各設置団

体に対し、公立大学政策を実施するにあたり、どのような中長期的な計画を踏まえている

のかを尋ねた。

結果としては、「⑤公立大学法人の中期目標等」を3分の2の設置団体が選択した。法人

を設置する設置団体ではその割合はさらに高まり、約8割に上る。中期目標は公立大学法

人を設置すれば定めることが法令上規定されている(地方独立行政法人法第 25 条及び第

78条)ものであることから、このような結果が得られたことは当然である。一方で、公立

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第 6 章 考察

170

大学法人を設立している団体のうち札幌市や秋田県など 16 団体は中期目標以外の目標を

単独であるいは中期目標とともに選択した。

言うまでもなく、地方独立行政法人法(地独法)に基づく公立大学の法人化とは、公立

大学に独立した法人格が与えられ、設置団体から独立することである。それと引き換えに、

設置団体は、地独法に基づいて公立大学の中期目標を設定する責任を有するようになり、

公立大学の果たすべき役割を、従前より明示的に社会に対して示すこととなった。そのよ

うな積極的な側面がある一方、公立大学に関する政策目標と自治体全体の政策目標が有機

的な連携がはかられないまま、それぞれ独自に定められたことで、公立大学の存在が自治

体政策から外れたところに置かれてしまう傾向も懸念される。

実際に計画に言及されている事項を参照すると、公立大学法人の中期目標は、中期目標

以外の計画等に比べ、例えば「地域課題等」への言及がきわめて少なく、一方で、中期目

標以外の計画等においては、大学の地域貢献活動にやや積極的な記述がみられるものの、

大学の教育内容や大学への支援に関する言及は必ずしも多いとは言えない。

中期目標が設置団体全体の総合計画等を踏まえ、逆に総合計画は公立大学の中期目標を

達成させるための支援策について方向性を定めているといった相互関係は全体状況として

は読み取れない。上位計画・下位計画が連動しない、あるいは行政分野毎の計画が縦割り

化している恐れがないか、今後十分に注視する必要がある。

③ 設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果について

一方で、実際に設置団体あるいは公立大学を直接訪問し、時間をかけて対話を行った訪

問調査からは、公立大学の積極的な活用が設置団体の政策ビジョンをしっかりと踏まえて

行われている状況が浮かび上がってきた。

全体として平成以降に新たに開学・改組した大学では、開学・改組の経緯そのものが政

策ビジョンとされている状況があった。専門学校を基盤に県立看護科学大学を設立した大

分県では、「長期総合計画」(平成 23 年度改定)の中に看護科学大学の教育研究や大学運

営の在り方だけでなく、施設整備の充実等の支援や自治体や企業との連携についても明示

し、その記述は地域における「知の拠点」としての役割に及んでいる。複数の大学を統合

して新大学を設置した兵庫県においては、教育委員会の策定した教育振興基本計画である

「ひょうご教育創造プラン」(平成 21 年度策定)において、大学統合の意義と大学の高い

目標について詳しく記述がなされている。東京都は都全体のアクションプランにおいて、

首都大学東京の都市課題解決の役割を明記している。短大を設置する法人に大学を新たに

設置した新見市の計画には、特段の記述を見出すことはできなかったものの、市長が自ら

の言葉で語る政策ビジョンがインタビューの中で確認できた。

さらに、歴史のある大学を設置している奈良県では「主な政策集」(平成 25 年度策定)

の中で、2 つの大学それぞれに関し戦略が明示されているほか、都留市では「第 5 次都留

市長期総合計画」(平成 17 年度策定)において、大学と共に歩む自治体であることを示す

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第 6 章 考察

171

「教育首都つる」というすでに歴史的に定着した方向性が示されるなど、自治体全体の政

策と公立大学との関係が強調されていた。

④ 課題

かつての公立大学の設置団体は長きに渡り、大学の自主性・自律性という特性に任せて、

大学に関する政策方針を定めることがほとんどなかった。ところが平成期に入り、新たに

大学を設置することとなった際には、その意義やメリットについて住民や議会への説明責

任を果たす必要が生じた。また、公立大学を法人化する際には「公立大学法人が設置する

大学における教育研究の特性に常に配慮」(地方独立行政法人法第69条)しつつも、設置団

体自身が公立大学法人の中期目標を定めなければならず、設置団体として自らの高等教育

政策を社会に明示していく責任を負うことになった。これらのことを通じて、設置団体は

公立大学に関し積極的に責任を果たすこととなり、様々な意味でその政策の活性化が図ら

れた。

しかしこの先、設置団体は、公立大学の新設・改組・統合や法人化等、大きな制度的節

目がない中で、10年、20年先を見通しながら公立大学政策を推進していくこととなる。し

たがって、公立大学の振興と活用を期するためには、自治体全体の政策目標の中で、大学

の教育・研究の特性を踏まえた適切な政策目標設定を行っていく必要がある。

訪問調査では、担当者との掘り下げた対話の中で、様々なビジョンの下での政策が確認

できた。設置団体と公立大学間でも対話の中で見えてくるビジョンやそのためにとり得る

政策が模索できるだろう。

2.公立大学の活用の実績(PDCAのD) 設置団体による公立大学の活用の実績については、様々な事例を参考とすることができ

るが、ここでは設置団体に対するアンケート調査と設置団体と公立大学に対する訪問調査

によるインタビューの記録に基づいて、今日の公立大学の活動の姿をかいつまんで確認す

る。

① 設置団体に対するアンケート調査結果(活用の実績)について

アンケート調査の結果については、まず政策分野別の活用状況を自治体の種別で集計し

たレーダーチャートグラフを参照する。

自治体種別毎に活用実績の記載数を比較してみると、総合的には都道府県よりも市・組

合において積極的に活用される傾向がみられた。

活用の分野については、自治体の種別で異なる傾向が見える。特に指定都市では、自然

環境を除くすべての分野について、6 割を超える設置団体で公立大学が活用されている。

また、3 団体と少数であるので傾向とまでは言えないが、地方公共団体の組合では、「安全」

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第 6 章 考察

172

「生活」「自然環境」分野で活用された実績はない一方で、「健康・福祉」「産業・経済」「都

市基盤」分野ではすべての設置団体において公立大学が活用されている。

一方で、「健康・福祉」及び「地域活性化」については、種別に関係なく、活用されてい

る割合は総じて高く、公立大学設置の背景としての保健医療系の大学の設置、地域活性化

のための大学設置からは当然のことと理解できる。

実績として具体的に挙げられた事項では、政策分野全体を通じて設置団体の各種審議会

等への教員の参加の例は多数見られた。また、地域の政策課題や大学のシーズに応じて、

調査研究の委託、公開講座・イベントの開催、講師派遣など、大学の個別の教員専門性を

活用する事例が多く示された。

② 設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果について

アンケート調査の事例では個々の教員の持っているシーズを活用する事例が多く示され

たが、訪問調査においては、大学全体と設置団体との戦略的連携の事例を数多く聞くこと

ができた。特に大学COC事業に関わる設置団体において、大学全体との取組みが強調して

説明された。

例としては、大分県では、設置する県立看護科学大学が立地する大分市との間で行う連

携の取り組みに着目しながら、県の地域保健政策への将来的な活用を指向する事例があっ

た。また、分野の異なる2つの大学を県の様々な政策に組織的に活用している奈良県や「ス

タートアップ調査制度」等の連携の仕組みをシステマチックに構築している東京都。さら

に市内の初等中等教育改善の柱として大学を活用している都留市。そのほか全県に広く立

地しているキャンパスを戦略的に活用している兵庫県や小規模自治体の医療政策に大学を

組み込んでいる新見市などの例がインタビューの記録から見て取れる。

③ 課題

調査結果からは様々な積極的な事例を得ることができたが、予備調査の公立大学協会ア

ンケートから課題をいくつか拾ってみる。

一つ目として、これまでの多くの連携が自治体の各部局と教員の個人的なつながりに留

まっていて、大学の組織的な対応がされていないことについての指摘があった。これは大

学COC事業が大学全体の取組みを要件にしていることなども考慮すれば、今後の展開の中

では、大学全体で取組みを進めなければならない課題である。

次に留意すべきこととして、公立大学は設置団体だけでなく、大学のキャンパスが立地

する自治体、さらに隣接する自治体との関係の中でも、様々な対応が求められる。この際、

例えば運営費を負担する立場の設置団体が、それらの対応をどのように評価するのかにつ

いては、公立大学との間で十分に意思疎通を図る必要があるだろう。

3点目としては、近年、国立大学、私立大学も地域貢献の積極的な展開に取組み始めて

いるが、設置団体が公立大学の持つ本来的な役割を明確にしながら、地域の様々な大学と

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第 6 章 考察

173

の関係を構築していく必要があることが挙げられる。東京都が、都内に立地する無数の大

学の中で、埋もれない存在として首都大学東京を支えていこうとしている例も参考にしな

がら、設置団体と公立大学が共に考えて行くべき課題である。

3.公立大学活用の評価と設置団体・公立大学間のコミュニケーション(PDCAのC) このテーマについては、公立大学側から特に設置団体と公立大学間のコミュニケーショ

ンについて積極的に課題が提示されている。

① 予備調査結果(設置団体との連携に関する公立大学長の問題意識)について

公立大学協会のアンケートからは、設置団体の首長と大学の学長の言わばのトップ同士

の協議の必要性が強調されている。トップ同士の協議の場が持ちにくいという指摘もあれ

ば、持ったとしても会談が形骸化し、実際の施策の改善に結びつかないという指摘もあり、

多くの公立大学において悩ましい課題であると考えられていることがわかる。もっとも、

協議が十分果たせていると評価している意見もあり、それぞれの設置団体において状況は

大きく異なる。

また、設置団体の行政担当者と大学の事務担当者との定期的な協議も欠かせないことで

あるが、これに関しては大学 COC 事業の申請過程を通じて、これまでにない関係強化を

はかることができたという指摘や、市からの派遣職員が設置団体との意思疎通に大きな役

割を果たしているという積極的意見も寄せられている。

地域貢献への評価等に関しては、大学本来の教育研究に対する責任について十分に考慮

しないまま、極端に地域貢献への指向を求める評価が行われることへの懸念も示されてい

る。

② 設置団体に対するアンケート調査結果(活用の評価とコミュニケーション)について

アンケート調査においては、設置団体首長と大学学長のトップ同士の定期的なコミュニ

ケーションが行われている状況について、尋ねている。結果としては、市及び組合におい

ては半数近い設置団体で首長と大学との定期的な協議の場が設けられている。一方で、都

道府県においては、首長と学長の定期的な協議の場を設けている設置団体は、2 割程度に

留まっている。担当者レベルの定期的な協議は 6 割以上の設置団体に存在しており、定期

的ではないが随時協議しているとした事例も含め、多くの設置団体において公立大学との

定期的な協議は行われている。

公立大学政策や設置妥当性の検証は、4分の1程度の設置団体で実施されているものの、

住民へのアンケートなどが実施されている例はごく少数であった。設置団体政策を自己評

価する積極的な展開は読み取ることができなかった。公立大学設置の経済効果等の測定や、

コンサルタントの活用については、全体の一割程度で行われていた。

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第 6 章 考察

174

③ 設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果について

訪問調査を行った中で、設置団体と公立大学間のコミュニケーションにおいて、比較的、

設置団体のイニシアチブが強いと感じられたのは奈良県、兵庫県であった。大学も設置団

体側からの働きかけを積極的に大学の活性化につなげようと工夫して取り組んでいる様子

が見て取れた。

また東京都では、前述した「スタートアップ調査制度」など多様な仕組みを用意して、

都と大学の双方向の組織的なコミュニケーションを構築している。大分県は、設置団体と

の対話が大学 COC 事業等をきっかけにして本格化している。また設置団体の職員が設置

団体と派遣先の大学をつなぐ上で日常的に特に大きな役割を果たしているのが新見市、都

留市といった小規模市である。

④ 課題

個々の公立大学(法人)と設置団体間のコミュニケーションとして有効に機能させたい

ものとして法人評価がある。法人評価は法定事項であり、確実に実施されるからだ。しか

しながら、一般に法定事項は、とにかく実施しなければならないことから、かえって内容

が形式化・形骸化しがちである。同じく法定事項である認証評価とともに、その実質化が

公立大学にとって急務である(奥野・中田、2013)。これに関しては、公立大学協会の公

立大学政策・評価研究センターにおいて、まず大学側の内部質保証に着目した試行的な取

組み(大学評価ワークショップ等)が始まっているので(中田、2013)、その成果も参照

しながら、法人評価の実質化の方法論について設置団体と公立大学全体で議論することも

考えられる。ほとんどの地方独立行政法人評価委員会が公立大学法人の評価等に特化した

委員会である(渡部、2013)ことを考えれば、評価委員会を公立大学振興のための重要な

中間組織として機能させることも今後の可能性としては考えられる。

序論で述べたように、公立大学はその財政構造から、国の高等教育政策が及びにくいの

で、設置団体と公立大学が責任をもって、公立大学の振興策について対話を行っていく必

要がある。

4.公立大学のさらなる活用に向けての改革・改革への支援(PDCAのA) 自治体が、公立大学の積極的活用をこれまで以上に展開させていくためには、自治体自

身の政策を進化させて行くことに加えて、大学の意識改革や機能充実を支援していく必要

がある。設置団体担当者の問題意識等を踏まえた上で、支援の実践状況を設置団体に対す

るアンケート結果と、設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果で参照する。

① 予備調査結果(公立大学政策に関する設置団体担当者の問題意識)について

予備調査では、設置団体担当者の問題意識、関心事項を知る手がかりとして、全国公立

大学設置団体協議会における協議議題を参照した。

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第 6 章 考察

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協議議題においては、まずは法人運営事務に関する細かな取扱事項が多くを占めている。

公立大学にとって重要な大学運営支援に関しては、新学部設置や授業料免除等の項目が少

数挙がっているだけとなっており、支援の具体策が担当者の中で大きな関心事となってい

る状況が読み取れないことは、公立大学にとっては厳しい状況である。一方で「全国公立

大学設置団体協議会の在り方について」に焦点を絞って集中的に協議を行っている年度も

あり、設置団体担当者の在り方を全体として考えたいという問題意識も存在する。

② 設置団体に対するアンケート調査結果(さらなる活用に向けての改革・改革への支援)について

設置団体に対するアンケートの回答に多く寄せられたのは、施設・設備の整備計画であ

り、半数の設置団体が有と回答してきた。設置団体各部局のニーズや大学のシーズの把握

については、設置団体担当者が大学に出向いて重要課題を説明する機会を設けている設置

団体があるなど、先進事例もみられるが一部にとどまっている。

財政面等での支援については、大学地域の課題に対応した取組みに対して運営費交付金

を特別枠で加算したり、補助金を措置したりするなどして工夫を行っている設置団体もあ

った。

③ 設置団体に対するアンケート調査結果(Ⅱ 公立大学の設置運営に関する詳細)について

今回、補完的に行ったアンケート調査(Ⅱ 公立大学の設置運営に関する詳細)からは、

多くの大学ではその法人化に際し、組織及び人事に関して何らかの改革が行われたことが

把握できた。法人化と同時に全学を横断的にカバーする運営組織を設置するなど、学長の

リーダーシップ強化に取り組んだ事例も見られた。

公立大学では事務局体制の弱さがしばしば指摘される(上杉、2014)。公立大学法人の

職員については、中期計画等で派遣職員から法人採用職員に切り替える方針を明示してい

る設置団体がある一方で、慎重な設置団体もある。設置団体との連携を図るために、事務

局長等の役職者については派遣職員をあてる形を継続する設置団体は多い。法人化し、独

自の職員採用が可能となってから 10 年を経て、中堅以上の職員の育成も課題となってき

ているが、大学の職員人事には設置団体の考え方が大きく作用するので、職員育成の課題

は設置団体と公立大学間における重要な協議事項となる。

また、運営費交付金の措置については、その算定までのプロセス、算定の内容に関して、

当事者間同士での議論には限界もあり、大学の特性や地方財政支援の考え方を整理した合

理性のある資料を用いた議論が可能なよう、国からの支援も必要と考えられる。

公立大学法人評価については、9 つの設置団体で大学担当部局と法人評価担当部局が異

なっており、その場合大学運営に関する知識や情報の共有の手間がさらに大きくなること

が予想される。アンケートの回答には、評価作業の効率化のための意見交換・情報共有の

場の設定や共通の作業マニュアルやガイドラインの作成を望む意見があり、公立大学全体

としての支援策を考える必要がある。

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第 6 章 考察

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④ 設置団体及び公立大学に対する訪問調査結果について

設置団体及び公立大学に対する訪問調査においても、設置団体の支援の課題が話題とな

った。公立大学を活用するための積極的な財源支援の動きが東京都、兵庫県、新見市など

で確認できた。奈良県は法人の中期目標のパンフレットに県の役割を明記して県の支援体

制もはっきりと打ち出すようにしている。大分県は「大学 COC 事業」採択事業の実績を

評価の上、今後の県の事業につなげることができるかどうか活動状況を見守っている。都

留市では小規模市として大学を設置し続けるための運営費交付金のルールについて大学と

申し合わせをしている。

それぞれ、公立大学活用のための支援に関しての参考となる取組みを見出すことができ

た。

⑤ 海外訪問調査結果について

海外訪問調査では、米国における州と州立大学との関係を中心に調査したが、この結果

を参照する際は、我が国の都道府県・市町村とアメリカの州の高等教育に関わる状況が大

きく異なることに留意しなければならない。その違いは、高等教育行政にどれほど責任を

有しているかに起因している。わが国の公立大学法人は理事会(あるいは理事長)を持つ

が、ほとんどの設置団体において 1 法人あるいは、少数の法人しか存在しないため、米国

の州立大学のように、法人同士で上位のレベルの理事会を組織して設置団体と交渉したり、

高等教育に関係するデータ収集・分析を行ったりすることはない。このことが我が国の公

立大学の設置団体に対する交渉力を著しく弱いものにしている可能性がある。

⑥ 課題

公立大学のさらなる活用に向けての改革・改革への支援については、個々の設置団体の

取組みとともに、公立大学全体としての支援体制が必要であることが上記の調査結果から

も見えてきている。

例えば、設置団体別の大学情報収集について見よう。国・私立の場合は、文部科学省、

大学評価・学位授与機構、私立学校振興・共済事業団など、国レベルの機関がおこなって

いる。公立大学の場合は、大学団体である公立大学協会が毎年度実施し、これに基づいて、

長年にわたり基本的な情報を蓄積し、公立大学の広域的 IR 機能を果たして来た。しかし

ながら、設置団体の全国組織である全国公立大学設置団体協議会における情報の収集やそ

の蓄積は必ずしも十分とはいえず、また、公立大学協会と全国公立設置団体協議会のこの

面における連携も確立していない。

このように、公立大学の場合には、大学の基本情報の収集・蓄積をはじめ、評価のあり

方の検討、将来を見据えた改革支援など、全国レベルにおける支援体制がなお未熟であり、

国立大学・私立大学に伍してその発展を期するためには、設置団体側と大学側、すなわち、

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現行の全国組織で言えば、公立大学設置団体協議会と公立大学協会において支援の取組み

を強化することが求められているのである。

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第 6 章 考察

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3 関係組織の連携

(1)各設置団体と公立大学の連携

① 「大学ガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」における言及

本報告書の 終まとめを行っている 中の平成26年2月、中央教育審議会の大学分科会

は、「大学ガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」を報告した。その中で、「公立大

学における経営組織と教学組織の関係」という見出しを付した上で、公立大学と設置団体

の関係について踏み込んだ言及を行っている。

(公立大学における経営組織と教学組織の関係)

◯ 公立大学では,設置主体としての地方自治体(首長,議会)の意向が教学面に大

きく働く傾向がある。

◯ 公立大学は,当該地域のニーズに応じて設立されたという経緯があるため,学部・

研究科のみならず,大学そのものも自治体のイニシアティブの下で見直しが図られ

る場合も少なくない。

しかしながら,地域の学生を教育し,地域に役立つ研究を機動的に行う組織であ

る公立大学が,安定的に教育研究活動を行うことは重要である。

◯ 大学の経営側も,これまでの強みを生かそうとする教学側の考え方を十分聞きな

がら,互いの理解と調和の下で,学長がリーダーシップを取りやすいよう支えてい

くことが必要である。

平成26年2月「大学ガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」31頁

これまで、公立大学に関する設置団体政策の特徴や課題について、国の審議会の答申等

が言及することはほとんどなかったので、このような指摘が行われたことに驚いた公立大

学関係者も多い。ここでは、公立大学に対する設置団体の意向の及ぼす影響の大きさを指

摘した上で、なおかつ安定的な教育研究活動の重要性を述べ、そのために大学の経営側と

教学側の互いの理解と調和の必要性を訴えている。この行間に、設置団体と公立大学(経

営側・教学側双方を含む)の互いの理解の調和が必要であることを読み取ることも不可能

ではない。

② 全国公立大学設置団体協議会及び公立大学協会の役割

設置団体と公立大学の「理解と調和」を図るためには、公立大学に関する2つの団体、

すなわち全国公立大学設置団体協議会及び公立大学協会の役割が重要となる。

全国公立大学設置団体協議会は、例年、総務省・文部科学省への要望事項をまとめ、総

会を開催し、喫緊の課題について協議を行うほか、公立大学の視察を行っている。さらに、

勉強会を開催し、総務省・文部科学省の講演をもとにグループディスカッションを行うな

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第 6 章 考察

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ど、設置団体担当者の専門性を深めていく努力を行っている。しかしながら、その活動は、

全国 83 の公立大学の設置者としての責任を担っている全国組織としての責任の重さを考

えれば、なおも多くの課題を残している。

一方、公立大学協会においては、繰り返しになるが、公立大学政策・評価研究センター

を平成 25 年 5 月に新たに設置し、公立大学の政策上の課題や評価のあり方について精力

的に検討を開始している。しかしながら、その検討は緒に就いたばかりであり、設置団体

関係者へその取組みの成果をしっかりと伝えられる体制にまでは至っていない。

この 2 つの団体が、まず、双方の取組みを支え合うことが、これからの設置団体政策の

充実と、公立大学の機能の充実双方にとって不可欠であることを両団体で確認する必要が

あるだろう。

(2)文部科学省と総務省の連携

① 公立大学の支援組織の欠如

上の二つの団体に関しては国の支援も極めて重要である。なぜならば、国公私立大学の

うち、公立大学だけが国レベルの支援組織を欠いているからである。

やや繰り返しになるが、国立大学に対しては、法人に対する低利の貸付、経営指導、国

立大学相互の財産管理、及び国立大学の財務情報を収集分析することを目的として「国立

大学財務・経営センター」が設置されているほか、ほとんどの国立大学の認証評価を実施

し、国立大学法人評価の実務や国立大学の教育情報に関するデータベースの運用を行う「大

学評価・学位授与機構」が国立大学(法人)の経営・教学を支えている。

また、私立大学においては、「日本私立学校振興・共済事業団」が、私学助成の配分、校

舎改築等のための融資、経営指導、学校法人基礎調査を通じたデータベースの構築などを

行っているほか、大学団体の附属研究所や、関係の深い認証評価機関が様々な情報提供を

行っている。

一方、公立大学に関しては、大学団体である公立大学協会が数名のスタッフによりデー

タベースづくりを行うなど自ら支援を行っているが、既に述べたようにその体制はきわめ

て脆弱である。評価に関しては、認証評価は 3 評価機関に、法人評価に至っては 60 近く

の評価委員会に経験が分散しそれを集約することが難しい。

文部科学省と総務省によって新たな支援組織を今すぐ構築することが現実的でないこと

を考えれば、両省による全国公立大学設置団体協議会及び公立大学協会に対する支援につ

いて、何らかの取り組みが開始されることが求められる。

② 文部科学省と総務省の政策連携

現在、文部科学省は高等教育全体の振興の観点から地方自治体の果たす役割を重視する

流れとなっている。「大学COC事業」がその具体的な事業にあたり、これについては本報

告書の中でも、たびたび言及してきた。総務省においても、予算規模は極めて小さいと言

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第 6 章 考察

180

わざるを得ないものの、地方自治体を主役に立てる形で、大学との連携に対し「「域学連携」

実践拠点形成モデル事業」を通じて支援するとともに、活動に要した負担分に対して特別

交付税措置が行われている。これら総務省の政策も、自治体の所管官庁の政策として、設

置団体政策に大きな影響力がある。この二つの政策は大学側を支援する取組みと自治体側

を支援する取組みとして、理念的には呼応関係にあり、両省の目指す方向が一致している。

かつて地方独立行政法人法の制定の過程においては、文部科学省と総務省とが、全国公

立大学設置団体協議会及び公立大学協会と共に積極的に協議を重ね、公立大学法人の法制

度の在り方について検討を行ってきた。

それから10年余を経た今、再度公立大学に関し、今回はその機能の充実に焦点をあてて、

両省が連携する新たな機運が芽生えているのではないか。

③ おわりに

公立大学とその設置団体の姿は様々であることから、この報告書で挙げた事例や指摘し

た考え方は、すべての設置団体や公立大学でそのまま適用できるとは限らない。しかし、

個々の設置団体や公立大学が自身の状況との違いを注意深く分析すれば、これらの事例等

は参考モデルとして有効であり、全国公立大学設置団体協議会や公立大学協会等における

様々な議論の材料とすることは可能である。さらにこれらの事例等は、設置団体や大学の

生の声を伝えるものとなっており、制度的な課題について文部科学省や総務省に対し根拠

のある提案を行う基礎資料ともなり得る。

この報告書が関係者の対話において活用されることで、設置団体政策や公立大学改革が

進む方向を照らすものとなり、公立大学振興を考えるための共通基盤となることを願うも

のである。

<参考文献・資料>

奥野武俊・中田晃、2013、「公立大学の特徴と認証評価に関する課題」、公益財団法人大

学基準協会編『大学評価研究』第 12 号

中田晃、2013、「連載・公立大学の質保証の課題と展望」、『文部科学教育通信』(No.315

~No.326)

渡部芳栄、2013、「公立大学法人の制度と財務分析」広島大学高等教育研究開発センター

編『大学財政・財務の動向と課題(特別教育研究経費「21 世紀知識基盤社会における

大学・大学院改革の具体的方策に関する研究」(平成 20 年度―24 年度)』、pp.25-47。

上杉道世、2014、「国公私立大学法人のガバナンス上の課題」、『大学マネジメント』2014

年 3 月号、pp.16-22