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基本編 1

1部 - Nikkan...第1章 注目素材のナノセルロースと日本の政策展開 20 木材をなす部分である樹木の木 もく 部 ぶ は、多糖類である「セルロース」「ヘミセ

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基本編1第 部

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注目素材のナノセルロースと日本の政策展開 第 1章

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木材をなす部分である樹木の木もく

部ぶ

は、多糖類である「セルロース」「ヘミセルロース」と、ベンゼン環を有し疎水性で複雑な構造の「リグニン」の 3 つの主成分からなる。そのうち、セルロースは主成分の約 50%を占め、セルロース分子に次ぐ最小構造体として、直鎖状のセルロース分子 30 ~ 40 本が規則的に束になった、幅約 3 nm の「セルロースミクロフィブリル」を形成している。セルロースミクロフィブリルはさらに集合してフィブリルの束を形成し、さらに、幅 0.02 ~ 0.04 mm で、長さ数 mm の植物繊維を形成している。植物繊維間はリグニンによって強固に接着され、植物繊維集合体を形成している。木材中の植物繊維を機械的、あるいは化学的作用によって 1 本 1 本に分離した繊維が「パルプ」であり、紙の原料となる。

植物繊維は中心が空洞の微小なパイプのような構造で、根から吸収した水を、このパイプを通し、重力に逆らって樹木の先端の葉まで送り、二酸化炭素を吸収して光合成し、酸素を放出する。樹木の細胞壁はリグニンの疎水性と、鉄筋のような高強度ナノファイバーであるセルロースミクロフィブリル、そしてセルロースミクロフィブリルとリグニンの間隙を埋める非晶性のヘミセルロース成分によって、天然の分子からナノレベルの複合体として高強度で疎水性の細胞壁を形成し、その集合体として生物の攻撃、重力、風雨から樹体を守り支えている。

セルロースミクロフィブリル間は直接、あるいはヘミセルロース、リグニン成分を介して無数の水素結合を形成して強固に結合しており、簡単にはセルロースミクロフィブリルを分離することはできない。ナノセルロースとは、このセルロースミクロフィブリル単位、あるいはその集合体として幅が数十 nm 以下にまで分離・分散した植物由来のナノ素材である。

樹木から効率的にナノセルロースを調製する方法や装置は 1980 年代から検討され、一部実用化されてきた。さらに今世紀に入って、ナノファイバーの製

1  ナノセルロースとは注目素材の ナノセルロースと 日本の政策展開

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造効率を格段に向上させるための新しい解繊装置や、解繊に要する消費電力を低減するために、原料となるパルプやセルロース繊維に対する様々な前処理方法が見出されてきた。さらに、得られたナノセルロースの複合化の研究を通じて、従来の材料に見られない、多くの優れた特性が見出されてきた。また、ナノテクノロジーの発展に伴い研究されてきたカーボンナノチューブなどに次ぐ、あるいはそれを超える可能性のある、バイオマス由来の新規ナノ素材として注目されている。

ナノセルロースには形状に基づき、①長さ 150 nm 以下の棒状あるいは紡錘形をしたセルロースナノクリスタル(CNC、あるいはナノ結晶性セルロース:NCC)と、②ミクロンレベルの長さを含む繊維状のセルロースナノファイバー(あるいはセルロースナノフィブリル:CNF、またはナノフィブリル化セルロース:NFC)に大別される。 (磯貝 明)

【参考文献】Isogai, Journal of Wood Science , 59, 449 (2013); 磯貝明 , 現代化学 , 525(12), 44 (2014); 磯貝明 , 高分子 , 64, 85 (2015).

樹木 単繊維(パルプ)単繊維表面

ミクロフィブリルの束

セルロース分子

セルロースミクロフィブリル

幅:20 ~ 30 µm長さ:1 ~ 3 mm繊維集合体

単繊維

幅> 15 nm 幅0.4 nm長さ500 nm

幅3 nm長さ2 ~ 3 µm結晶化度70 %セルロース分子30 ~ 40本

樹木セルロースの階層構造

使う作る 知る

階層構造

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注目素材のナノセルロースと日本の政策展開 第 1章

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高圧下、高速で狭い流路(オリフィス)に牛乳を通すと、脂肪球が微細化し、後の乳製品加工における不必要な成分分離が抑制される。このような処理を目的とする均質化処理装置(ホモジナイザー)の工業生産は、1909 年にマントンゴーリン社(現 APV 社)により開始された。同社はその後も装置の改良を重ね、1982 年に「ゴーリンホモジナイザー」を開発した。

これを受け、1983 年に ITT 社(現レヨニヤ社)は、木材パルプの水分散液を処理して得られる微細化された繊維「Microfibrillated cellulose(ミクロフィブリル化セルロース、微小繊維状セルロース:MFC)」を開発した。処理条件の概要は、原料スラリー濃度 4 ~ 7%、オリフィス径 0.4 ~ 6 mm、処理圧力 34,450 ~ 55,120 kPa(オリフィス通過線速約 750 km/h)、オリフィス通過回数 1 ~ 80 回である。この処理によって繊維径 6 ~ 100 µm、繊維長 1 ~ 4 mm の木材パルプは微細化され、繊維径 0.02 ~ 0.06 µm(20 ~ 60 nm)、繊維長数 µm(数千 nm)の MFC が得られる。

MFC の繊維径はナノオーダーのため、これを「ミクロ」フィブリル化セルロースと呼ぶのは不正確かもしれない。この命名は ITT 社の先駆者らを踏襲したもので、彼ら同様ゴーリンホモジナイザーか類似の原理で、同様程度まで微細化されたセルロース繊維が一般的に MFC と呼ばれている。

叩解度や樹種に応じて木材パルプが 50 ~ 100%の保水率を示すのに対し、MFC は繊維が微細化され、比表面積が増大していることから 300 ~ 400%もの保水率を示し、ゲルのような外観・感触を呈する。1990 年、ダイセル化学工業(現ダイセル)が「セリッシュ」の商標で MFC の工業生産を開始した。その高い比表面積や特異な粘弾性を活かして、セリッシュはろ過助剤や食品添加物として利用されている。 (島本 周)

2  ミクロフィブリル化セルロースの開発と実用化

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【参考文献】Pandolfe, et al., 米国特許4,352,573 (1982); Herrick, et al., 米国特許4,374,702 (1983); Lavoine, et al., Carbohydrate Polymers, 90, 735-764 (2012); 早川幸男ら,社団法人 菓子総合技術センター、食品新素材有効利用技術シリーズ、微小繊維状セルロース (1995).

食品産業におけるセリッシュの利用例

物 性 特 徴

水産

 練製品

食肉

 加工品

・ソース

・レトルト食品

・菓子

・パン・麺類

・あん・ジャム

・ゼリー

・乳加工品

・冷菓

油脂

 加工品

粘 性

・サッパリした粘性 ○ ○ ○ ○・経時安定性 ○ ○ ○ ○・熱温度変化安定性 ○ ○ ○ ○・酸、塩等安定性 ○ ○ ○ ○・他増粘剤との調和 ○ ○ ○ ○

保水性

・離水冷凍離水防止 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○・ドリップ防止 ○ ○ ○ ○・ジューシー感、シットリ感 ○ ○ ○・乾燥防止、鮮度保持 ○ ○ ○ ○

保型性

・ゼリー強度向上 ○ ○ ○ ○・煮くずれ防止寸法安定性 ○ ○・割れ、崩壊防止 ○ ○ ○・付着防止、離型性 ○ ○ ○ ○ ○ ○

分散安定性・沈降防止 ○ ○ ○ ○・組織成均一化 ○ ○ ○

オリフィス

ゴーリンホモジナイザーの概要図

知る使う作る

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注目素材のナノセルロースと日本の政策展開 第 1章

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高度フィブリル化セルロースは、その保水性、保形性、粘性、付着性など様々な特性が着目され、各種産業で利用されてきた。当然、製紙業界でも製紙用添加剤として応用が検討され、添加効果として無機粉体で紙の不透明度の向上、白色度の向上目的で添加される填料の歩留り向上、紙力増強、透気度増加、表面平滑化など多くの効果が報告されている。これらの効果は、セルロースのフィブリル化の程度に依存することがわかっており、例えば、填料の歩留り向上効果や透気度の増加効果は、フィブリル化を進めたセルロースほど効果が大きくなることが報告されている。

以下に、高度フィブリル化セルロースの製紙への応用例を挙げる。まず、強度増強効果を利用した製紙への応用例として、スピーカーの振動板

への利用が挙げられる。抄紙振動板は、その軽さや後加工のしやすさ、音の温かみなどの特性から高級スピーカーに多く用いられているが、その剛性が小さいことに起因する音速不足という課題を抱えている。この課題を克服するために、高度フィブリル化セルロースが剛性向上の目的で用いられている。その他にも含浸加工紙や新聞用紙、印刷用紙へ利用することにより、強度を改善できるという報告が挙がっている。

次に、歩留り向上効果を利用した例としては、高度フィブリル化セルロースによって、多量の吸着物質をパルプシートに定着させた化学物質吸着シートが挙げられる。製紙業界で一般的に利用される合成高分子系歩留り向上剤は、分析対象とする試料との相互作用が懸念されるため、化学物質吸着シートへの利用には適さない。そこで、それら合成高分子系歩留り向上剤の代わりに、高度フィブリル化セルロースが歩留り向上を目的として用いられている。

また、高度フィブリル化セルロースは、自己接着性のない合成繊維や無機繊維のバインダーとしても利用されている。例えばセラミックス繊維のバインダーとして利用すると、一般的に用いられるアクリル系バインダーと比較して添

3  高度フィブリル化セルロースの製紙への応用