16

2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。
Page 2: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

2 3D Simulation Guide

数値解析によって Maxwell 方程式を解くときは、どの解析法も空間をサブドメインに分割します。シンプルな例としてモードマッチング法による導波管システムの解析では、既知の特性を有する区間に分割し、各区間の接続部の領域における場をモーダル拡張計算によって求め、全体の応答を計算しています。またモーメント法では、金属表面パッチのグリーン関数の数値積分によってアンテナの遠方界を求めます。ボリュームを 3 次元のまま離散化する手法では、上記をさらに徹底させた「総当たり(brute force)」方式を採ります。すなわち空間を小さいセルに分割し、そのセルの 1 つ 1 つに Maxwell方程式を立て、その解を(通常は大きな)連立方程式に統合して問題全体の解を求めます。解析法は、時間領域と周波数領域のどちらで計算を行うかによって大きく 2つに分類することができます(図 1)。図 1 に示した手法は、構造の表面だけを離散化するモーメント法以外はどれも空間を離散化する解析法です。

現実の問題を数値解析法で解くには、現実の構造を解析モデルに置き換える必要がありますが、この過程でまったく誤差を生じないモデリング手法は無く、したがって、シミュレーションの結果と測定の結果が一致しないリスクは、どの解析法にも常にあります。以下ではライトアングル同軸コネクタを例に挙げ、モデルの設定について説明します(図 2)。

まず構造モデルを作成します。これにはソフトウェアに内蔵されたモデラーで作成する方法と、CADツールから形状データをインポートする方法があります。データをインポートする方がモデルを作成する手間は省けますが、一口にインポート機能と言ってもその質はさまざまです。ただ、CAD ツールからのインポートについて詳述するのはこのガイドの範囲を超えますので、以上の記述に留めます。

このガイドは、開発設計に携わる技術者向けに電磁界の数値解析法を説明したものです。数値解析は初めてという方にも理解していただけるように、主要な電磁界シミュレーションツールが採用している解析法を取り上げ、理論や歴史はひとまずおいて、専ら概念を丁寧に解説しています。数値解析について、このガイドの後さらに読み進める場合は、文献 [1] と [2] をおすすめします。どちらの文献も、数値解析法の開発設計と共にシミュレーションソフトウェアのユーザーサポートに豊富な経験を持つ著者による論文です。 

受動部品の設計は Maxwell 方程式の解がすべてといっても過言ではありませんが、手計算には限界があり、複雑な問題の微分方程式などは到底解けません。そのような場合は、たとえば回路素子を使用してシステムを抽象モデルに置き換えて問題を簡略化するのが定法です。しかし抽象モデルには周波数範囲などの特定の有効範囲があり、それをうっかりしがちなのが厄介です。

以下で説明するボリュームベースの 3 次元数値解析法には、応用範囲に関する物理的制限が非常に少ないという特長があります。3 次元電磁界シミュレーションは回路シミュレーションに比べ時間もコンピュータ資源も多くを要しますが、結果としてそれに十分見合う充実した内容の情報が得られます。

受動部品の開発設計において 3 次元電磁界シミュレーションが重要な役割を占めることは、今日では広く知られています。ハードウェアプロトタイプを作製し測定するよりも、バーチャルプロトタイプでシミュレーションを行う方がコストを低く抑えることができます。設計サイクルにかかる時間を考えると、シミュレーションはいっそう割安です。また、電磁界シミュレーションツールが無くては、最適化計算は非常に困難になるでしょう。たとえば今日のアンテナ設計は、グラフィカルな電磁界分布プロットや自動最適化計算無くしてはほとんど考えられないほどです。

とはいえ、3 次元電磁界シミュレータを導入しさえすれば即座に万事解決するわけではありません。

以下では、代表的な解析法を取り上げそれぞれの長所と短所について説明します。また、実際にシミュレータを使用するときに役立つヒントも併せて解説します。

Maxwell 方程式の解法

モデルの作成

図 1: 主な 3 次元数値解析法

時間領域の手法

 ・FIT (有限積分法) [3] [4]  Finite Integration Technique

 ・FDTD 法 [5] [6] [7] [8]  Finite Difference Time Domain

 ・TLM [9] [10]  Transmission Line Matrix Method

周波数領域の手法

 ・FIT (有限積分法)   Finite Integration Technique

 ・有限要素法 [11] [12]  Finite Element Method

 ・モーメント法 [13]  MoM: Method of Moments

Page 3: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

3D Simulation Guide 3

現実のデバイスとの比較を有効にするためには、寸分違わぬ形状でモデル化する必要があります。これがそれほど容易ではない、というのも設計上の公差がありますし、また、モデル化の際に省いた微細要素がマイクロ波や RF では重要だった、というのもよくあることです。

この他にも材質の問題があります。例示のコネクタには PTFE(テフロン)や銅が使われています。精度の高いシミュレーションを行うためには材質の設定を正確に行う必要がありますが、材質データは、通常は入手困難です。

ボリュームベースの解析法では計算領域の大きさが計算負荷に影響を与えます。(大気中などの)無限の環境下にある問題の場合であっても、この計算領域は必ず有限でなくてはなりません。計算領域の境界面にそれぞれ電気壁や自由空間、周期的などの境界条件を定義します。ただしこの例のコネクタの場合は、電磁界の浸透が実質

的にゼロであることが経験的に分かっているので、計算領域内で構造モデルが占める領域以外の空間を完全導体材質として定義し、境界条件はそれほど重要ではなくなります。

最後に、モデルにはポート(ports)を定義する必要があります。ポートから励起信号を入力します。また、ポートにおいて数値データを採り、それに基づいて伝送や反射を計算します。理想的なポートは、その存在がシミュレーションの結果に影響を及ぼすことはありません。 

現実の構造を構造モデルとしてソフトウェア環境に設定したら、次はシミュレーションを実行するための手順に進みます。まず空間を離散化します(mesh)。今日の商用ソフトウェアではこの過程の大半が自動化されてい

シミュレーションの実行

 有限積分法は、積分形式の Maxwell 方程式を離散化することからその名が付いた解析法です。離散化したメッシュのエッジの電圧 e とメッシュ面の磁束 bを未知数とします。 ファラデーの法則をメッシュ面で離散化すると(1)、左辺は電界(電圧)を面の境界で線積分した値となります。この値は、エッジの未知数の和で表すことができます。右辺は面を通過する磁束の時間微分です(ドットで表す)。 なお、空間をメッシュ化することによる離散化誤差はありますが、定義されたメッシュにおける方程式の離散の過程では誤差は生じません。e と b を未知数とすることにより、(1)から(2)への移行は積分の数学的な性質のみに基づく移行となり、すなわち連続から離散への移行に起因する誤差はありません。ただし材質特性の離散化においては、方程式の離散化誤差の生じる可能性があります。 代数和の係数 +1 と -1 をまとめて行列 C

(離散化した curl 演算子)とし、電界と磁界の未知数をそれぞれベクトル e と bと記述すると、ファラデーの法則を微分形式で表したものに良く似た式が得られます:curlE

→=-B

 同様にして FIT ですべての Maxwell方程式を離散化し、コンパクトな行列式に表すことができます。

 行列演算子 C、C~(もう 1 つ別の curl 演算子)、S、

S~( も う 1 つ 別 の divergence 演算子)は、1、-1、0のみを要素とする位相行列です。直交グリッドでは、FDTD と FIT は等価となります [4]。今日的な観点では FEM も、離散化した Maxwell 方程式(6)と同一の形式を用いており [11]、今日の FEM と FIT の相違点は材質特性関係の離散化のみとなっています。

有限積分法(FIT)とは

Page 4: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

4 3D Simulation Guide

ますが、高度に自動化されていたとしても、より精度の高い結果を求めるにはやはりメッシュをチェックし、必要に応じて手動で調整する必要があるでしょう。 その次にソフトウェアは、グリッドの形状と Maxwell方程式の近似法に基づき、システム行列を生成します。すべての行列を生成して整理すると、次の手順である有限代数系の解を求める計算を実行します。例示のコネクタでは、受動部品の最も一般的な特性指標である S パラメータを計算します。 周波数領域の計算は、1 回のシミュレーションごとに1 周波数の S パラメータを計算する直接的なプロセスです(図 3 右)。特定の周波数範囲における S パラメータは、周波数点の間を補間することにより求めることになりますが、特別な補間アルゴリズムが働き、設定された精度を満足する計算を最小限のシミュレーション回数で実行できます。例示のコネクタについて 0 から 8GHz までの周波数範囲で精度基準を 1% に設定した計算では、10回のシミュレーションで基準を満たすことができました。 時間領域の計算方法は、上記の周波数領域のそれとはまったく異なります(図 3 左)。ユーザーが周波数範囲を(0~8GHz などと)指定すると、この周波数範囲をカバーするガウシアン信号 X( f ) をソフトウェアが定義します。フーリエ逆変換によってこのスペクトラムを時間領域に移し、ガウスエンベロープのある時間信号 x (t)

を得ます。この時間信号によって、入力ポートにおいてモード電磁界が励起され、構造を伝搬します。反射と伝送の時間信号 y (t) を計算し、シミュレーションの終了後にこれをフーリエ変換してスペクトラムY( f )を得ます。

このスペクトラムを励起スペクトラムで除することにより、指定した周波数範囲にわたる S パラメータが得られます。 現実の構造を簡略化したシミュレーションモデルにはおのずから精度の限界があり、シミュレーションの結果と現実の特性が完全に一致することはありません。シミュレーションから得られた Sパラメータが果たして真の S パラメータと言えるのか、判断するのは難しいですが、ただ、構造の詳細部分や効果がモデルに漏れなく表現されており、メッシュの分割が十分に細かければ、どの解析法も現実の解に収束します。メッシュを細分化する過程を何回か実行して、結果に大きな違いが見られなくなったとき、解は収束に達しています。同じ問題を解析法を変えて解く、たとえば時間領域と周波数領域でそれぞれシミュレーション

を行い、結果を比較すると、収束の様子がいっそうよく分かります(図 4)。解析法の切り替えが可能なソフトウェアなら、この検証が容易に行えます。 図 4 では、時間領域と周波数領域で同じ結果が示されています。結果のほかにパフォーマンスも大切な要素です。シミュレーションのパフォーマンスは、シミュレータが精度基準に達するまでに要した時間で定義できます。例示のコネクタでは、FIT 時間領域ソルバー(1 分)と FIT–FEM 周波数領域ソルバー(1.5 分)の間にそれほど大きな違いはありませんが、問題によっては計算時間の差が大きくなる可能性があります。 特定の問題について、シミュレーションのパフォーマンスが最も良くなる解析法を知るには、それぞれの解析法について詳しく知る必要があります。以下では、時間領域と周波数領域、MOR、モーメント法について、それぞれの特長を少し詳しく説明します。

 ここで取り上げる FIT と FDTD、TLM は、いずれも直交グリッド(または直並行六面体または円筒座標)と陽解法の時間積分スキームによる時間領域解析法です。直交グリッドと時間積分スキームには密接な関係があります。直交する座標グリッドはシステムマトリクスのバンド構造と関連しており、Leap Frog アルゴリズムの適用が可能です [5]。伝搬する電磁界のマトリクスベクトルに対し時間ステップを乗じますが、この時間ステップが大きいほどシミュレーション時間は短くなります。時間ステップの上限値はクーラン条件(Courant-Friedrich-Lewy criterion)によって決まります [14] [27] が、基本的

図 2:ライトアングル同軸コネクタのシミュレーションモデル。白色で表示された周囲空間は完全導体(PEC)、その他の色はそれぞれ異なる材質を表す(青:空気、橙:テフロン、黄:ゴム)。ポートも定義されている(赤色の面)。説明にはこのモデルを用いている。

時間領域解析

Page 5: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

3D Simulation Guide 5

に、最も小さいメッシュセルを光が通過する時間が上限になります。「時間ステップ内に、情報がメッシュセルから隣のメッシュセルに達するための要件がクーラン条件である」と言った方が分かり易いかもしれません。計算に必要なメモリ容量とシミュレーション時間は、メッシュポイントの増加に比例して増加します。以上の性質ゆえに、時間領域シミュレーションは、電気的なサイズが大きい構造や微細部分を多く含む問題の解析に適しています。何十億もの未知数を扱った事例もあります(図18 の応用例参照)。

 時間領域解析には、上記の陽解法以外にも、非直交グリッドの時間領域解析 [28] や陰関数の時間積分スキームがあります。陰関数アルゴリズムでは、時間ステップごとに連立方程式を解く必要がありますが、時間ステップを大きめに取ることができます。 さて、フーリエ変換によって時間領域信号から周波数領域のデータを取得するのと同じように、トランジェント広帯域シミュレーションから 3 次元定常電磁界データを抽出することができます。広帯域信号を励起信号とすることにより、1 回のシミュレーション計算からさまざ

まな周波数の電磁界データを導き出すことができます。2 つの代表的な応用例を簡単に紹介します。1 つはデュアルリッジの広帯域ホーンアンテナです。100 個の周波数の遠方界を 1 回のシミュレーションで計算し、広帯域利得を求めました(図 5)。もう 1 つは携帯端末のマルチバンドアンテナと人体頭部モデルです(図 8)。この例では、人体組織の周波数依存特性を正確にモデリングすることも重要なポイントになります。 時間領域解析では構造のトランジェント特性が得られますが、そのときに、先述のガウシアンパルスに限らず任意の信号を入力信号とすることができます(正弦関数信号を与えて高調波の結果を得る方法はやや旧式です)。

図 3:受動部品の S パラメータを時間領域と周波数領域で求めるシミュレーションの概略を示す。時間信号を用いて TDR 解析も可能である。

図 4:コネクタの S パラメータ赤:四面体メッシュ周波数領域ソルバー FD-TET(15 万メッシュ)緑:六面体メッシュ時間領域ソルバー TD-PBA(70 万メッシュ)青:階段状メッシュ時間領域ソルバー TD-Staircase(1700 万メッシュ)赤と緑がほぼ一致している。

Page 6: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

6 3D Simulation Guide

シミュレータのなかには、バーチャルな TDR 測定器のように、伝送路の遅延時間と信号減衰を自動的に出力できるものがあります。 時間領域解析では、信号のほかに電磁界過渡応答も調べることができます。UWB の分野では特にトランジェント遠方界の重要性が増しています。マルチポート構造に関しては、ポートをそれぞれ異なる時間信号で励起し、それぞれ電磁界を計算することができます。  

Approximation® )[20] は、階段状近似の短所を補う手法です。FDTD[6] のメモリ効率の良さを損なうことなく形状表現を改善します。この手法により、メッシュセルの数が低減されるとともに小さいメッシュが不要となります。これにより時間ステップが大きくなり、シミュレーションのパフォーマンスに目覚ましい効果をもたらします(図 6 参照)。メッシュの細分化によって計算結果が収束することがこの図から分かります。PBA の方は、安定的かつ早期に収束に至っています(図 6 左)。明らかに、メッシュが微細になるほど結果精度が向上してい

57sec (CPU Time) 15min (CPU Time)

 従来の FDTD 法と TLMでは、六面体メッシュは 1種類の材質で占められ、したがって形状は階段状近似となります。その一方で現実の構造には曲面形状を含むものが大半であり、階段状近似で正確に近似するのは難しく、精度を高めるためには非常に微細なメッシュが必要になります。 PBA(Perfect Boundary

図 6:コネクタにおける S パラメータの収束。PBA(左)では微細なメッシュほどよく収束する。階段状メッシュ(右)では PBA ほど滑らかで一様な収束にならない。また、PBA と同じ PC で同じ収束に至るまでに 15 倍の時間を要する。収束した結果の比較は図 4 を参照。

 

図 5:デュアルリッジホーンアンテナの広帯域シミュレーション [22]。広帯域時間領域計算により 100の周波数の遠方界を 1 回のシミュレーションで導き出している。

時間領域解析の形状近似

Page 7: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

3D Simulation Guide 7

ます。それに比較すると階段状メッシュの収束プロセスは緩慢で不安定です(図 6 右)。 直交グリッドにおける形状近似は、近年とみに改善されています。たとえば有限の厚さの金属膜は、従来の FDTD 法では極小のメッシュセルサイズが生じ、時間ステップが小さくなって計算時間が増大したものですが、現在は PBA が適用できるようになっています。TLM では、さらに進んだコンパクトモデル機能が備わり、スロットやベント(多孔板)、ケーブルなどの微細要素をマクロモデルに置き換えることができます。この方法によると、微細部分をメッシュ化することなく計算を実行でき、特に EMC への応用に有効です(図 7)。 標準的な FDTD グリッドは構造化されており、メッシュラインは計算領域の一方の境界から反対側の境界まで貫通します。したがってメッシュを局所的に細分化したくてもその外側のメッシュまで細分化されてしまい、

メッシュセルの数が不要に増加することになります。この余分な増加が生じないようにするのがサブグリッディングアルゴリズムの狙いです。サブグリッディングはメッシュセルのサイズを局所的に小さくする仕組みです。微細部分を含む領域のメッシュセルだけを微細にし、メッシュレベルごとに時間ステップを変えることで、シミュレーションをさらに高速にします。なお、発表されているサブグリッディングアルゴリズムの多くには、解析の不安定性の問題、いわゆる「long time instability」([15]参照)があります。 図 8 は階層的サブグリッドによるメッシュ低減の効果を示したものです。このサブグリッドのアルゴリズムについては、安定性が数学的に証明されています [16]。この図のシミュレーションでは、計算時間は 9.5 分の 1 に短縮されています。

 周波数領域解析は陰解法を用いることを特徴とした解析法で、通常は大規模な連立線形方程式を解くことになります。したがって、ベースとするグリッドが構造化されているか否かを問わず、ひとつの周波数の解を得るためには逆行列計算を要します。商用アプリケーションの周波数領域解析法としては、四面体グリッドの FEM[12] が最もよく知られています。四面体は、ボリュームを表現する要素単位としては最もシンプル形状であり、さまざまな構造を近似するのに都合の良い柔軟性を備えていますが、その一方で、四面体の「質」が非常に重要な問題となります。たとえば、四面体のなかに極端に扁平なものが含まれていると、代数的な解法が困難になり計算の速度と精度が損なわれるおそれがあります。 FEM で離散化した連立線形方程式には、直接法と反復法という 2 つのまったく異なる解法があります。直接法を用いるダイレクトソルバー(direct solver)は、離散化により導き出された連立方程式を直接解きます。このソルバーの最大の特長は、複数の励起を同時に並行計算できることにありますが、その反面、大容量のメモリを必要

図 8:サブグリッディングはメッシュポイントの数を減少させる。この例ではメッシュノード数 35e6(左)に対し 1.75e6(右)と 1/20 になっている。

図 7:コンピュータの筺体のベントにコンパクトモデルを適用した例。3D 構造をメッシングした比較対象(上)とコンパクトモデル表現(下)。コンパクトモデルはメッシュセルの数を大幅に削減し、ほぼ 1/10 にしている。

周波数領域解析

Page 8: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

8 3D Simulation Guide

とします。必要なメモリ量は、四面体メッシュの数に対して二次関数的に増加します。反復ソルバー(iterative solver)は連立方程式を別の連立方程式に移し、特定のアルゴリズムにしたがって演算を繰り返し適用して解きます。ダイレクトソルバーとの比較で言えば、反復ソルバーでは 1 つ 1 つの励起に対して反復アルゴリズムを実行する必要がありますが、必要なメモリ量はずっと少なくて済みます。周波数領域のどちらのソルバーも、計算時間は、解析周波数範囲におけるサンプリングの間隔(サンプルの密度)に依存します。これは、時間ステップが小さいとシミュレーションのステップ数が多くなる時間領域解析と同様です。 周波数領域ソルバーでは、位相差やスキャンアングルを設定した周期的境界を定義することができ、フェーズドアレイや周波数選択性サーフェス(FSS)、フォトニックバンドギャップ構造(PBG)などの無限の周期性を持つ問題を解くのに適しています。Floquet モードのポート機能も、周波数領域ソルバーの便利な機能で、平面波を使用して偏波や RCS を記録し、またフェーズドアレイのメインローブ/グレーティングローブを決定することができます。 

 周波数領域ソルバーは、それ自体、共振性の強い問題に適したソルバーですが、さらにフィルターのシミュレーションに対象を絞ったのが MOR ソルバー(modal order reduction solver)[17] です。四面体と六面体グリッドのどちらも使用でき、PBA の適用も可能です。電磁界は計算しませんが、マトリクスの基本モードに直接アクセスし、次数を下げる置換を行います。この置換により、目的の情報を保存したまま行列の大きさを大幅に縮小し、S パラメータを速やかに求められるようにします。目的に適った場合、汎用のソルバーの 100 倍ほども早く結果が得られます。 Modal ソルバーも、共振性の強い構造の解析に適したソルバーです [18]。このソルバーは、計算した固有値を基に補間を行って電磁界を求めます。汎用の周波数領域ソルバーに比べ 10倍ほど高速です。

 モーメント法 [13] は、ボリューム全体を離散化するのではなく、構造の表面だけを離散化します。電気的なサイズが小さく、大部分が金属

図 9:電気的サイズの大きい問題は、MLFMM のような積分法による効率のよい解法でなくては解けないことがある。図は 1.5GHz の平面波で照射した全長約 130m の船舶について計算した金属表面の電流分布図。この問題の電気的サイズは 650波長にもなる。

材質で占められる構造の解析に有効です。また、この解法では自由空間をモデリングする必要が無いため、計算領域に占める構造の割合が小さい場合にいっそう効果的です。 システム行列が帯行列ではなく全体に密な行列となるモーメント法は、基本的にメモリを多く必要とする解法です。すべての要素が保存される必要があるため、応用はシンプルな形状の構造に限られます。 モーメント法を拡張した解法のひとつに MLFMM 法(Multilevel Fast Multipole Method)があります [19]。

MLFMM 法は、航空機の RCS や船舶のアンテナ位置問題ような非常に規模の大きい問題のシミュレーションを可能にする解法で(図 9)、モーメント法と同じ離散化法を用いながら、要素をグループ化することによって、使用メモリを節減します。ただし、MLFMM 法は、非常に周波数が高い問題に限り有効な解法です。 

 シミュレーションツールを使用するといろいろな疑問が湧いて来ますが、そのなかでも次の 2 つがとりわけ重要です:  • シミュレーションの精度  • 正確な解を得るまでに要する時間 シミュレーションで精度の高い解を得るためには、いくつかの要件をクリアする必要があります。下記はそのなかでも特に重要な事柄です:  • 現実を正確にモデリングすること  • メッシュを十分に細分化すること  • 離散化した連立方程式の解の数値的精度が保証さ   れていること 

MoM–MLFMM

シミュレーションの表ワザと裏ワザ

MOR ソルバーとモーダル解析

Page 9: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

3D Simulation Guide 9

励起 モデルにポートを定義し、そこでモードを励起します。現実の構造にソースを接続するのと同じ場所にポートを定義しますが、通常は導波路やマイクロストリップなどの伝送線路のどこかに定義します。 ポートには主にディスクリートポート(discrete port)とウェイブガイドポート(waveguide port)の 2種類があります。ディスクリートポートは単純に集中定数素子の電圧源または電流源で、内部インピーダンスやアドミタンスを持ちます。ポートの集中定数素子は、完全導体ワイヤでモデルに接続されます(図 10 左)。ワイヤのインダクタンスと長さは線形関係にあり、ワイヤが長いポートでは解に与える影響が大きくなります。この寄生インダクタンスを低減したものがフェイスポート( face port)です(別名デルタギャップポート(delta-gap port))。フェイスポートの電圧源は金属面の小ギャップに沿って分布するので(図 10 右)自己インダクタンスははるかに小さくなります(たくさんのワイヤインダクタンスが並列接続されたと考えてください)。 ディスクリートポートやフェイスポートを使用した数値解析では、ポートの定義位置の電磁界に僅かな摂動が生じます。伝送線路を無限長まで伸ばせば、反射を封じ、摂動を完全に除去できますが、無限の構造を数値的なモデルで表すことはできません。代わりに、摂動が生じない特別なポートであるウェイブガイドポートを使用して、無限長の伝送線路を終端します。

図 10(左):ディスクリートポートは、励起源の中心を通るワイヤでモデルに接続される。(右):フェイスポートでは、励起源が赤線に沿って分布する。

 ウェイブガイドポートのポート面は、伝送線路に対して垂直です。このポート面において、伝送線路を伝搬するモードが計算され、そのモードに対応する電磁界分布がシミュレーションの励起源となります。具体的には、ポート面で 2 次元固有値問題を解いてモードを求め、どのような伝送線路についてもモード計算が正確に行われるようにしています。 ウェイブガイドポートの場合は、ポートの寸法が解の精度に影響を与える重要な要素になります。中空導波管や同軸導波管の解析の場合は、ポート面が導波管の断面に一致するように定義すればよいので簡明ですが、その他のマイクロストリップ、ストリップラインなどの伝送線路の場合は、適切な大きさを見計らって設定する必要があります。このような伝送線路では、周囲に電磁界分布の広がりを持つ TEM モードや quasi-TEM モードが伝搬します。図 11 は、経験則に基づくポート寸法の目安を示します。 時間のかかる 3 次元シミュレーションを始める前に、ポートのテストを行い、寸法が適切であることを確認することができます。ポートモードの計算だけを行い、ポートの電磁界、特にポートの境界域の電磁界をチェックし、強度が無視できるほど小さい状態であれば、ポートは適切な寸法に定義されています。境界の電磁界値が大きい場合はポートの寸法を大きくします(図 12)。   高精度シミュレーションの黄金律: シミュレーションの前にポートモードのチェックを!

図 11:ポートサイズの経験則:(a)マイクロストリップ (b) グラウンド無しコプレーナ(c) グラウンド有りコプレーナ

正確なモデリング

Page 10: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

10 3D Simulation Guide

境界条件 先に述べたように、シミュレーションでは、現実には無限である領域をどこかで打ち切り、有限の領域について数値計算を行います。この打ち切った領域の境界において正しく計算を行うために、現実の構造に即した処理を設定する必要があります。それが境界条件(boundary conditions)です。 たとえば金属筺体の中にある構造を解析する場合は、すべての境界に電気的(electric)境界条件を与えることで、接線方向の電界成分をゼロにできます。無限に広がるグラウンドプレーンも電気的境界条件でモデル化することができます。 アンテナのように開放空間にある構造の場合は、放射境界または吸収境界と呼ばれる条件を与えます。この境界に到達する電磁波は、反射することなく透過して行くように処理されますが、アンテナの周囲に自由空間を忘れずに設けてください。PML(Perfectly Matched Layer)境界 [21] の場合は、この自由空間は 1 波長の何分の 1 かあればよいのですが、その他の吸収境界の場合は 1 波長以上が必要です。多くの場合、吸収境界条件は

図 12:マイクロストリップポートの電界(絶対値、対数スケール表示) (左):小さ過ぎるポート。境界域の電磁界の振幅が大きく、解の精度が低下する要因となる。 (右):マイクロストリップの上方と横幅を拡張したポート面。境界域の電磁界はゼロ(緑色)になっている。

他の境界条件より多くのコンピュータ資源を要しますから、本当に必要なところにのみ使用します。  無 限 周 期 構 造は、周期的境界条件(periodic boundary conditions)を 適 用したモデルで表すことができます。また、構造と励起の両方が

対称形をしているシミュレーションには対称条件を適用し、未知数を半分にすることでシミュレーションの時間を半減させることができます。

材質 モデルに使用されているすべての材質の特性、すなわち誘電率や透磁率、導電率などは、解の精度に重要な役割を果たします。特性が周波数に依存する場合は、依存性を正確に定義するほど正確な解が得られます。周波数領域ソルバーではもちろん、時間領域ソルバーでも先進の機能を備えたシミュレータであれば、この依存性を考慮した計算を容易に行うことができます。 なお、使用されることが多い constant tangent deltaモデルは、架空の材質であることに注意が必要です。損失正接が DC から数 GHz まで一定である材質は、現実には存在しません。FR4 のような一般的な材質でも、もう少し複雑な分散を示します。FR4 の場合は、1 次Debye モデルを使用して、十分に正確なモデリングが可能となっています。

図 13:同軸ケーブルの六面体メッシュと四面体メッシュ。(左):階段状メッシュでは曲面の表現が不完全となり、十分な表現とするにはメッシュを非常に細分化する必要がある。(中央):コンフォーマルメッシングは、形状の精度を維持しながらメッシュの数を低減する。

(右):四面体メッシュでは、曲面構造がセグメント化されて形状近似が劣化する場合がある。

Page 11: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

3D Simulation Guide 11

構造のメッシング  メッシュはどの程度まで細かくすれば十分と言えるのでしょうか。まず、形状を正確に表現できていることが大切です。その上で、電磁界が急激に変化する箇所があれば、その部分のメッシュを十分に細かくする必要があります。 ほとんどの時間領域シミュレータは、六面体メッシュによる離散化を行い、境界は階段状になります。したがって形状を正確に表現するためにメッシュをかなり細かくする必要があります(図 13 左)。先進のコンフォーマルメッシング技術は、メモリ効率に優れた六面体メッシュを適用するかたわら、曲面形状の材質境界に特別なアルゴリズムを適用します(図 13 中央)。 このコンフォーマルメッシング技術によってメッシュの数をかなり低減することができます。四面体メッシュは原理的に形状近似に優れたメッシュで、現実の構造を離散化する場合はその特性が発揮されます。しかし円形構造を離散化する場合は、メッシュ生成機能によっては、セグメント化を行い結果的にポリゴン近似になるものがあります(図 13 右)。 メッシュにおける電磁界分布については、問題がさらに複雑になります。時間領域シミュレーションでは、六面体メッシュのメッシュセルの大きさを 1/8 波長以上にしないことが先験的なルールとなっています。 ここで言う波長とは、解析周波数範囲の上限の周波数における 1 波長を指します。メッシュセルの大きさは、経験的に、1/10 または 1/15 波長にすると良いことが知られています。周波数領域 FEM ソルバーは、二次有限要素をベースとし、初期メッシュを 1/4 波長とするのが良い見当です。モデルには複数の材質が含まれているのが普通で、波長は材質特性に依存しますから、メッシュセルの大きさはメッシュを満たす材質に依存します。均一メッシュ(計算領域のメッシュの大きさが均一)しか生成しないプログラムではメッシュセルの数が極端に多

くなってしまう可能性があるのは、まさにこの理由によります。 損失がある材質には、表皮深さに 2 ~ 3 本のメッシュラインを入れる必要があります。ただし高周波において導体にこのルールを適用すると、極めて小さいメッシュセルが生じ、シミュレーション時間が大幅に増加します。そうならないように、先進のシミュレーションソフトウェアのなかには特別な表面インピーダンスモデルによって、メッシュで表現しなくても表皮深さを考慮できる機能を備えたものがあります。 次に特異点について述べます。エッジやコーナーなどの構造要素によって電磁界が急激に変化する特異点をメッシュで表現するには、2 通りの方法があります。ひとつは、このような構造要素を自動検出し、シミュレーションプロセスのなかでエッジ/コーナー補正アルゴリズムを適用する演繹的な方法、もうひとつは「メッシュ適応化(adaptive meshing)」と呼ばれる帰納的な方法です。いずれの方法も、時間領域と周波数領域のどちらでも用いることができます。 以上で説明したメッシュ生成の原理は、一見、非常に込み入っていて、習熟したユーザーでなくては優れたメッシュを作り出すのは無理そうに思われるかもしれません。しかし、心配は要りません! 先進のシミュレーションソフトウェアは、ユーザーに代わって高品質なメッシュを生成する機能を備えています。波長あたりのステップ数など、いくつかの項目を入力するだけで、あとはプログラムが形状と材質プロパティ、コーナーやエッジを考慮しながら初期メッシュを生成します。その後は自動適応化機能が、収束に至るまでメッシュを細分化してくれます。 ちなみに、ユーザーが初期条件を少し設定することにより、早期にメッシュを最適化させ、コンピュータの計算時間を削減することもできます。たとえば基板の厚さには 2 メッシュセル以上、ストリップの幅には 2 ~ 4 メ

図 14:六面体メッシュで平面構造をメッシングするときのルール(灰色:メタル、桃色:基板)(左):マイクロストリップの離散化(右):メタルシートのギャップの離散化

ッシュセル以上、放射ギャップには 2 メッシュラインが必要です(図 14)。金属エッジの周辺では、フリンジングする電磁界を捉えるためにメッシュを細かくする必要があります。もしソフトウェアが有限の厚さの金属をサポートしていない場合は、マイクロストリップの高さも離散化する必要があります。

Page 12: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

12 3D Simulation Guide

高精度の解 周波数領域シミュレーションでは、周波数点ごとに連立線形方程式を解きます。たとえば極端に扁平な四面体のメッシュが一部に含まれているためにシステム行列の条件数が大きい場合は、解の精度が著しく低くなるでしょう。反復ソルバーでは反復回数が非常に多くなります。 それに対し、時間領域シミュレーションでは行列の条件数は重要ではありません。時間領域シミュレーションの精度に関して最も重要となるのは、時間信号から周波数領域のパラメータを得るためのフーリエ変換に関する事柄です。つまり、精度の良い周波数領域パラメータを得るには、時間信号がゼロで始まりゼロで終わることが重要です。特に、Q 値の高い構造のように、励起が終った後も時間信号の振動が長時間続く場合は注意が必要です(図 15)。時間領域シミュレータのなかには、シミュレーションの終了基準をユーザーが定義できるものがあります。 共振周波数は計算の比較的早期に判明し、シミュレーションを(時間信号が減衰し終わる前に)早めに停止させた場合でも周波数値は正確です。それに対し、S パラメータの絶対値は、時間信号が十分に減衰していなくては正確な値を求めることができません。その場合は、自己回帰フィルタ(autoregressive filter)のような、減衰しない信号を予測によって求めるアルゴリズムを用いることにより、シミュレーション時間を大幅に短縮することができます。

メッシュ適応化と収束      シ ミ ュ レ ー シ ョ ン の 精 度 は、 収 束 ス タ デ ィ(convergence study)によって確かめることができます。収束スタディでは、メッシュセルの数を段階的に増加させることを、結果(通常は S パラメータ)がほとんど変化しなくなるまで続けます。収束スタディは、シミュ

結果に差異がほとんど見られなくなるまで、このプロセスを繰り返します。 収束スタディとメッシュ適応のプロセスはどちらも結果の精度を高める同じようなアプローチに見えますが、実際の内容は異なります。収束スタディは、メッシュの細分化によって構造の形状近似と結果の両方を、解析周波数範囲の全帯域にわたって連続的に改善します。 周波数領域ソルバーは特定の周波数点でメッシュ適応を行います。適応が行われる周波数は、通常はただ 1 つの周波数であり、多くの場合は解析周波数範囲で最も高い周波数(適応周波数)ですが、フィルタなどのように構造によっては最高周波数ではない周波数が重要な場合があります。しかし、その重要な周波数をあらかじめ知ることはできません。また、マルチプレクサやマルチバンドアンテナのように、周波数によって電磁界分布が大きく変わる可能性がある構造があります。その場合は適応周波数が 1 点のみでは十分ではなく、周波数範囲をいくつかの帯域に分け、それぞれにシミュレーションを行うか、または、周波数範囲を分けずに複数の適応周波数を定義してシミュレーションを行う必要があります。 より正確な結果を得るためには、可能な限り現実に忠実なモデルをグリッド上に表現する必要があります。四面体グリッドの周波数領域ソルバーの場合は、メッシュ適応プロセスでは形状近似を改善するのではなく、初期メッシュの四面体を小分割することにより電磁界のサンプリングがよりよく行われるように動作するものがあります(図 16)。したがって、結果は、入力したモデル自体ではなく形状の初期近似にしたがって収束します。シミュレーションを行う前に形状をセグメント化すると、その影響が結果に顕著に現れます(図 17)。 これに対し時間領域では、メッシュ適応を広帯域で行うことができます。さらに、メッシュ適応のステップごとにメッシングプロセスの全工程を実行するため、メッシュを細分化すると同時に形状近似も改善します。

図 15:時間信号の例。(左):シミュレーションが終了した時点の信号の振幅が大きく、周波数領域の結果(S パラメータなど)が不正確であることが推測される (右):シミュレーション終了時点において十分に減衰している信号。正確な結果が得られる。

レーションプロジェクトに欠かせないプロセスです。 多くのシミュレーションソフトウェアは、メッシュ適応化(mesh adaptation)を自動実行する機能を備えています。この機能は、シミュレーションした電磁界を調べ、大きな変化のある箇所のメッシュを細分化し、再度シミュレーションを実行します。計算

精度

Page 13: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

3D Simulation Guide 13

図 16:同軸ケーブル(部分)に対しメッシュ適応化プロセスを実行した後のメッシュ。(左):形状にスナップしないメッシュ適応 (右):形状にスナップしたメッシュ適応。右の方が形状をよく近似しており、より正確な結果が得られる。

図 17:メッシュ適応と収束。メッシングを行う前に、コネクタの円柱形状をセグメント化した場合。図のコネクタモデルは、6 セグメント(左)と 12 セグメント(右)のものを示す。それぞれにメッシュ適応を行い、S パラメータは収束している。

四面体メッシュと異なり時間領域のグリッドは、メッシュラインを増減させたりメッシュ密度を調整したりしてユーザーが容易に制御することができます。メッシュ適応機能が生成した最終的なメッシュも、ユーザー制御による再現がほぼ可能です。

精度のためのチェックリスト • ポートは現実の構造に従って正しくモデル化されて  いるか • ポートモードとインピーダンスは予測値と合致して  いるか • 材質パラメータは周波数範囲の全帯域で正しく設定  されているか • メッシュは適切で、十分に細分化されているか • 時間領域シミュレーションでは、時間信号の出力が  ほぼゼロにまで減衰しているか • 収束スタディを実行したか • モデルは現実の構造と同じ寸法か(数字や単位の誤入

力は意外に多いものです)

精度の目標  どの程度の精度を目標とするかは、シミュレーションの目的とともに、シミュレーションがデザインプロセスのどのフェーズにあるかによって決まります。 目的の最適化デザインまでまだ遠い道のりのある初期の段階では、精度を追求して設計をいろいろに変えても徒労に終わります。粗めのメッシュを設定し、シミュレーションの時間も短くて十分でしょう。 デザインプロセスの終盤に入りデザインゴールに近付くにつれ、コンピュータ資源と時間を十分に費やして精度の高い解を求める意味が増します。メッシュを細分化し、時間領域シミュレーションではシミュレーションの終了基準を時間信号がゼロ近くに減衰するまでとし、周波数領域シミュレーションでは連立線形方程式の誤差基準を低く設定します。測定結果や解析結果を検証するためには、精度の設定を非常に高くする必要があります。

 これまで見て来ましたように、時間領域では、シミュレーションで S パラメータを求めるプロセスがやや複雑ですが、多くの利点がある解析法です。まず、広帯域の結果を 1 回のシミュレーションで求めることができます。また、フーリエ変換の性質を活かして、次の事柄が可能です:ナイキスト・シャノンの定理により、帯域を限定した信号の周波数分解能であるスペクトラムの Δf と時間領域の信号の長さ tmax に対し、次の式が成立します:Δf = 1/(2tmax)[25]。時間領域シミュレーションでは、シミュレーション終了時の信号は理想的にゼロに減衰するので、

tmax を大きくするには、単に信号にゼロを付加して延長すればよいのです。このことはすなわち、任意の周波数分解能でスペクトラムを計算できることを、さらにはその計算が、コンピュータ資源を重ねて消費することなく可能であることを意味します。周波数領域とは異なり、時間領域シミュレーションでは、指定したスペクトラムの範囲のなかで急峻な共振を捉え損なうことは実際上あり得ません。 時間領域シミュレーションでは、構造モデルに信号が入り、出て行く必要があります。例に使用したコネクタには共振が無く、広帯域の伝送線路に似た特性を示すと考えられ、したがってシミュレーションは短時間で終了します。共振のある構造では、時間信号によって共振が生

時間領域 vs. 周波数領域

Page 14: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

14 3D Simulation Guide

じ、励起信号が消えた後も振動は続き、エネルギーは構造の Q 値にしたがって減衰します(図 15 左)。時間領域シミュレーションは、定常状態に到達した時点で停止させるほかに、ディジタル信号処理技術で信号を予測し、予測がついた時点で停止させることもできます。周波数領域シミュレーションではこのような問題は生じません。ただし Q 値の高い構造の共振周波数を求めようとすると、膨大な回数のシミュレーションを要することがあります。 金属の有限の厚さが重要となる場合があります。大半のソルバーではこの厚さを考慮することができず、たとえば FEM では金属エッジの四面体の数が非常に多くなるか、または質が低下します。標準の時間領域解析法ではメッシュセルで厚さをサンプリングする必要があります。このためにメッシュの数が大幅に増えることはありませんが、クーラン条件にしたがって、極めて小さいメッシュは時間ステップを小さくし、シミュレーション時間を増大させます。FIT と PBA を併用するコンフォーマルメソッドでは金属の厚さをメッシュセルの内部で考慮し、時間ステップに影響を与えないため、シミュレーション時間が長引くことはありません。誘電膜のシートについては、計算効率の良いサブセルモデルを使用できます [26]。 このほか、構造の電気的な大きさも重要な事柄です。これまで述べてきた高周波ソルバーは、1/1000 ~ 1000波長の大きさの問題を効率良く解く能力があります。この範囲の下の方、1/1000 波長程度の問題では周波数領

 最適なシミュレータを選ぶのは容易ではありません。間違いのない選択を期すには、精度の良さや計算速度の速さ、価格などのすべての要素を睨み合せる必要があります。そうしたなかで、シミュレータの選定基準はおそらく次のような式の Q 値で表すことができるでしょう:

Q = Accuracy/Effort したがって、まずは所定のシミュレーション時間なり、価格なり、RAM なり、あるいはこれら 3 つの要素を組み合わせたもの(= Effort)を考慮して選考を行い、選び出したシミュレータのなかから最も精度の良いものを採れば間違いが少ないでしょう。 または、たとえば精度を最も重視するならば、最短時間と最小メモリで目的の精度が達成できるプログラムを選ぶのも一法です。ソフトウェアをデザインフローに組み入れる労力も、もちろん忘れてはならない要素でしょう。高水準の処理を自動化する機能と優れたユーザーインターフェイスも、目立たぬながら、技術者の貴重な時間とコストを浪費しないための大切な事柄です。 ハードウェアの助けを借りて力ずくで解く方法、たとえば「クラスタで解くプログラム X は抜群の速さ」云々には注意を要します。優れたアルゴリズムはいかなるハードウェア環境でも高速ですし、高速 PC、クラスタ、ハードウェアアクセラレータ環境のもとでは一層速くなります。優れたアルゴリズムを組み合わせ、利用できる限り最良のハードウェアを選択することで、問題に最適な計算速度が得られます。

図 18:IBM パッケージのフルレイアウト [23] のフルウェイブ解析 SI 解析例。8 つの金属レイヤと 40,000 の形状要素を含むレイアウトを MW STUDIO にインポートし、その一部について、時間領域ソルバー(2,700 万メッシュノード)と周波数領域ソルバー(530万四面体メッシュ)でそれぞれベンチマークを行った。さらにパッケージ全体を対象とする解析では、時間領域ソルバーのメッシュセル数が 6 億 4,000 万、未知数は 37 億に上った [24]。このレベルの解析は、周波数領域ソルバーでは不能となる。

域ソルバーの効率が勝りますが、問題が大きくなるにしたがって大容量のメモリが必要になるのが足かせとなります。 標準的なワークステーション(8GB RAM)で解けるのは、時間領域ソルバーでは 40 波長立方、FEM では 10 波長立方の空間です。特に大規模な問題向けのソルバーである MLFMM ソルバーは、これらを超える大きさの問題を解くことができます。 時間領域解析法は、周波数領域解析法に比べメモリ必要量が少ないため、詳細部分の多い、密な構造を解くことができます(図 18)。シミュレーション速度の高速化やモデル規模の拡張をハードウェアレベルで図ることも可能ですが、それについてはこのガイドブックの趣旨を超えるので、以上の記述に留めます。

まとめ

Page 15: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

3D Simulation Guide 15

 あらゆる問題に最適な万能のソルバーは存在しません。問題が複雑になるほど、複数のソルバーを駆使して解く必要が生じるでしょう。そのときに、インターフェイスの中でソルバーを切り替えながら使用できれば、たとえば複数のソフトウェアを使い分けるよりも便利です。もしソフトウェア自身が最適なソルバーを選択してくれたら、さらに便利に違いありません。    

[1] Daniel G. Swanson, Jr. and Wolfgang J.R. Hoefer, Microwave

Circuit Modeling Using Electromagnetic Field Simulation. Norwood, MA: Artech House, 2003.

[2] F. Gustrau and D. Manteuffel, EM Modeling of Antennas and RF Components for Wireless Communication Systems. Springer-Verlag, Berlin 2006.

[3] T.Weiland, “A discretization method for the solution of Maxwell's equations for six-component fields,” Electronics and Communication, (AEÜ), vol. 31, no.3, p. 116, 1977.

[4] T.Weiland, “Time domain electromagnetic field computation with finite difference methods,” International Journal of Numerical Modelling, vol. 9, no.4, pp. 295-319, 1996.

[5] K.S.Yee, “Numerical solution of initial boundary value problems involving Maxwell’s equations in Isotropic media,“ IEEE Antennas and Propagation, vol. 14, no.5, pp.302-307, 1966.

[6] Allen Taflove and S.C. Hagness, Computational Electrodynamics: The Finite-Difference Time-Domain Method, 3rd edition. Norwood, MA: Artech House, 2005.

[7] F. Zheng, Z. Chen, and J. Zhang, ”A finite-difference time-domain method without the Courant stability conditions,” IEEE Microw. Guided Wave Letters., vol. 9, no. 11, pp. 441-443, 1999.

[8] E.P. Li, I. Ahmed, and R. Vahldieck, “Numerical dispersion analysis with improved LOD-FDTD method,” IEEE Microwave & Wireless Components Letters, vol. 17, no. 5, pp.319-321, May 2007.

[9] P.B. Johns and R.L. Beurle, “Numerical solutions of 2-dimensional scattering problems using a transmission-line matrix,” Proceeding of the IEE, vol. 118, no. 9, pp. 1203-1208, 1971.

[10] Christos Christopoulos, The Transmission-Line Modeling Method: TLM. Piscataway, NJ: IEEE Press, 1995.

[11] A. Bossavit, Computational Electromagnetism. Variational Formulations, Complementarity, Edge Elements. New York: Academic Press, 1998.

[12] J. Jin, The Finite Element Method in Electromagnetics, (second edition). Piscataway, NJ: IEEE Press, 200.2

[13] R.F. Harrington, Field Computation by Moment Methods. New York: Piscataway, NJ: IEEE Press, 1993.

[14] A. Taflove and M.E. Brodwin, “Numerical solution of steady-state electromagnetic scattering problems using the time-dependent Maxwell’s equations,” IEEE Trans. Microwave Theory Tech., vol. 23, pp. 623-630, Aug. 1975.

[15] K.M. Krishnaiah and C.J. Railton, “A stable subgridding algorithm and its application to eigenvalueproblems,” IEEE Trans. Microwave Theory Tech., vol. 47, No 5, pp. 620-628, 1999.

[16] P. Thoma and T. Weiland, “A consistent subgridding scheme for the finite difference time domain method,” Int. J. Num. Model., Electron. Network, Devices Fields, vol. 9, no.5, pp. 359-374, 1996.

[17] W.H. Schilders, H.A. van der Vorst, and J. Rommes, Model Order Reduction: Theory, Research Aspects and Applications (Mathematics in Industry / The European Consortium for Mathem). New York: Springer-Verlag, 2008.

[18] G. Conciauro, M. Guglielmi, and R. Sorrentino, Advanced Modal Analysis. New York:Wiley, 2000.

[19] W.C. Chew, J.-M. Jin, E. Michielssen, and J. Song, Fast and Efficient Algorithms in Computational Electromagnetics. Norwood, MA: Artech House, 2001.

[20] B. Krietenstein, R. Schuhmann, P. Thoma, and T. Weiland, “The perfect boundary approximation technique facing the challenge of high precision field computation,” in Proc. of the XIX International Linear Accelerator Conference (LINAC’98), Chicago, 1998, pp. 860-862.

[21] J.P. Berenger, “A perfectly matched layer for the absorption of electromagnetic waves,” J. Comput Phys., vo.114, no.2, pp. 185-200, 1994.

[22] L. Foged, A. Giacomini, L. Duchesne, E. Leroux, L. Sassi, and J. Mollet, “Advanced modelling and measurements of wideband horn antennas,” in Proceedings of the 11th International Symposium on Antenna Technology and Apply Electromagnetics (ANTEM 2005), pp. 105-108.

[23] IBM, Thomas J. Watson Research Center, Yorktown Heights, NY, private communications, A. Deutsch.

[24] E. Gjonaj, M. Bender Perotoni, and T. Weiland, “Large Scale Simulation of an Integrated Circuit Package,” in Proceedings of the 15th Topical Meeting on Electrical Performance of Electronic Packaging (EPEP 2006), October 23, 2006, pp. 291-294.

[25] C.E. Shannon, “Communication in the presence of noise,” in Proc. Institute of Radio Engineers, Jan. 1949, vol.37, no.1, pp. 10-21. Reprint as classic paper in: Proc. IEEE, vol. 86, no. 2, Feb. 1998.

[26] J. G. Maloney and G. S. Smith, “The efficient modeling of thin material sheets in the FDTD method,” IEEE Trans. Antennas Propagat., vol. 40, no.3, pp. 323-330, 1992.

[27] R. Courant, K. Friedrichs, and H. Lewy, “Über die partiellen Differenzengleichungen der mathematischen Physik,” Mathematische Annalen, vol. 100, no.1, 32-74, 1928.

[28] R. Schuhmann and T. Weiland, “Stability of the FDTD algorithm on nonorthogonal grids related to the spatial interpolation scheme,” IEEE Transactions on Magnetics, vol. 34, no.5, pp. 2751-2754, 1998.

[29] All simulation pictures created with CST MICROWAVE STUDIO®, except Figure 7 created with CST MICROSTRIPES™

(このガイドは、Darmstadt 工科大学理論電磁気学研究所のThomas Weiland ならびに CST の Martin Timm と Irina Munteanuによる IEEE Magazine 寄稿文を日本語訳したものです。)

参考文献

Page 16: 2 3D Simulation Guide - 株式会社エーイーティー · PDF file2 3D Simulation Guide 数値解析によってMaxwell方程式を解くときは、ど の解析法も空間をサブドメインに分割します。

本冊子記事の無断転載を禁じます

©2013 AET, Inc. All rights reserved.

C-SO113-003

 2009年 9月  初版第1刷発行

2011年 4月 第 2 版第1刷発行

2013年 9月 第 2 版第2刷発行

始める前に読む!電磁界シミュレーションの基礎知識