22
- 59 - 1.はじめに 経済協力開発機構(以下、OECD という。)の「国民 経済計算に関する作業部会」(Working Party on National Accounts。以下、WPNA という。)は、OECD 加盟各国 及び加盟候補国、関係強化国等の国民経済計算担当部局 の統計家、さらには OECD を含む各種国際機関の事務 局が一同に会し、国民経済計算に関する各国の経験を共 有するとともに、新たな統計上の課題について議論を行 うために、年一回、秋にパリの OECD 本部において開 催されているものである。 その最新の会合は 2014 11 4 日から 7 日に開催さ れ、OECD 加盟 34 か国の大宗に加え、ロシアやコロン ビア、コスタリカといった非加盟国、欧州統計局(以下、 Eurostat という。)、欧州中央銀行(以下、ECB という。)、 国際通貨基金(以下、IMF という。)、世界銀行、国際連 合統計局(以下、UNSD という。)等が参加した。我が 国からは、内閣府より筆者のほか、WPNA と合同で開 催された「金融統計に関する作業部会(以下、WPFS いう。)に出席するため日本銀行調査統計局から一名が 参加した。 今回の WPNA 開催のタイミングは、日本など数か国 を除いて、OECD 加盟国の多くが最新の国民経済計算の 国際基準である 2008SNASystem of National Accounts 2008)、ないしその欧州連合(EU)用の基準である ESA2010European System of National and Regional Accounts 2010)への対応を終えた後となった。特に、 EU 加盟国は 2014 9 月にほぼ一斉に ESA2010 への対 応を終えたばかりということもあり、今回の WPNA 合においては、英国やフランスなど数か国から、自国に おける最新の国際基準への対応に関する総論的ないし各 論的な報告が行われることとなった。 各国の最新の国際基準の導入状況については、各国政 府の統計局や Eurostat のウェブサイト等を閲覧すれば情 報収集することは可能であるが、各国の情報を横串で包 括的に紹介している文献は限られており、その全容を把 握することが必ずしも容易ではない 1 。そこで、本稿では、 2014 年の WPNA 会合の出張報告 2 も 兼 ね る 形 で、 OECD 諸国の 2008SNA ないし ESA2010 の導入状況につ いてできる限り包括的に紹介することを主たる目的とす る。さらに本稿では、今回の WPNA 会合における議論 で明らかとなった国民経済計算の国際基準に関する議論 の最新の動向等についても紹介する。具体的には、①年 金受給権に関する発生ベースでの記録、②いわゆるグロ ーバル生産に係る国民経済計算上の記録、そして③今後 の国民経済計算の国際基準の在り方、に関する議論の状 況に触れることとする。 本稿の構成は以下のとおりである。第 2 節では、各国 2008SNA ESA2010 の導入状況について、国内総生 産(GDP)水準への定量的なインパクトを中心に説明す る。各国の国際基準導入は、大規模な基礎統計を反映し たり、各種の推計方法を改善したりする包括的な改定(日 本の SNA で言うところの「基準改定」)と合わせて行わ れており、こうした国際基準導入要因以外の GDP 水準 への影響についても概観する。第 3 節では、上記のとお り、今回会合で議論された、国際基準の修正・改善・発 展に向けたいくつかの論点について簡単に整理する。第 4 節は、2014 WPNA 会合で議論されたその他の論点 のうち各国の四半期制度部門別勘定の整備に係る取組に ついて簡潔に紹介する。第 5 節はまとめとする。 各国の2008SNAESA2010導入状況と国際基準に関する国際的な動向 2014 11 月開催 OECD WPNA 会合出張報告に代えて- 内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部企画調査課長 多田 洋介 本稿作成に当たっては、内閣府経済社会総合研究所の酒巻哲朗国民経済計算部長をはじめとする国民経済計算部の職員から有益なコメ ントをいただいた。なお、本稿の内容は、筆者が属する組織の公式の見解を示すものではなく、内容に関しての全ての責任は筆者にある。 1 ただし本号刊行の途上で Van de Ven2015)が公表され、ある程度包括的なレビューが行われている。本稿では、筆者自身のサーベイ を中心としつつ、同文献からも適宜補完する。 2 1 年前の 2013 10 月開催の WPNA 会合の出張報告については、増田・多田(2014)を参照。

各国の2008SNA ESA2010導入状況と国際基準に関 …-60- 2.各国の2008SNA /ESA2010 の導入状況 (1)国民経済計算の最新の国際基準とOECD 諸国の対

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- 59 -

1.はじめに

経済協力開発機構(以下、OECD という。)の「国民

経済計算に関する作業部会」(Working Party on National

Accounts。以下、WPNA という。)は、OECD 加盟各国

及び加盟候補国、関係強化国等の国民経済計算担当部局

の統計家、さらには OECD を含む各種国際機関の事務

局が一同に会し、国民経済計算に関する各国の経験を共

有するとともに、新たな統計上の課題について議論を行

うために、年一回、秋にパリの OECD 本部において開

催されているものである。

その最新の会合は 2014 年 11 月 4 日から 7 日に開催さ

れ、OECD 加盟 34 か国の大宗に加え、ロシアやコロン

ビア、コスタリカといった非加盟国、欧州統計局(以下、

Eurostat という。)、欧州中央銀行(以下、ECB という。)、

国際通貨基金(以下、IMF という。)、世界銀行、国際連

合統計局(以下、UNSD という。)等が参加した。我が

国からは、内閣府より筆者のほか、WPNA と合同で開

催された「金融統計に関する作業部会(以下、WPFS と

いう。)に出席するため日本銀行調査統計局から一名が

参加した。

今回の WPNA 開催のタイミングは、日本など数か国

を除いて、OECD 加盟国の多くが最新の国民経済計算の

国際基準である 2008SNA(System of National Accounts

2008)、ないしその欧州連合(EU)用の基準である

ESA2010(European System of National and Regional

Accounts 2010)への対応を終えた後となった。特に、

EU 加盟国は 2014 年 9 月にほぼ一斉に ESA2010 への対

応を終えたばかりということもあり、今回の WPNA 会

合においては、英国やフランスなど数か国から、自国に

おける最新の国際基準への対応に関する総論的ないし各

論的な報告が行われることとなった。

各国の最新の国際基準の導入状況については、各国政

府の統計局や Eurostat のウェブサイト等を閲覧すれば情

報収集することは可能であるが、各国の情報を横串で包

括的に紹介している文献は限られており、その全容を把

握することが必ずしも容易ではない 1。そこで、本稿では、

2014 年の WPNA 会合の出張報告 2 も兼ねる形で、

OECD 諸国の 2008SNA ないし ESA2010 の導入状況につ

いてできる限り包括的に紹介することを主たる目的とす

る。さらに本稿では、今回の WPNA 会合における議論

で明らかとなった国民経済計算の国際基準に関する議論

の最新の動向等についても紹介する。具体的には、①年

金受給権に関する発生ベースでの記録、②いわゆるグロ

ーバル生産に係る国民経済計算上の記録、そして③今後

の国民経済計算の国際基準の在り方、に関する議論の状

況に触れることとする。

本稿の構成は以下のとおりである。第 2 節では、各国

の 2008SNA / ESA2010 の導入状況について、国内総生

産(GDP)水準への定量的なインパクトを中心に説明す

る。各国の国際基準導入は、大規模な基礎統計を反映し

たり、各種の推計方法を改善したりする包括的な改定(日

本の SNA で言うところの「基準改定」)と合わせて行わ

れており、こうした国際基準導入要因以外の GDP 水準

への影響についても概観する。第 3 節では、上記のとお

り、今回会合で議論された、国際基準の修正・改善・発

展に向けたいくつかの論点について簡単に整理する。第

4 節は、2014 年 WPNA 会合で議論されたその他の論点

のうち各国の四半期制度部門別勘定の整備に係る取組に

ついて簡潔に紹介する。第 5 節はまとめとする。

各国の2008SNA/ESA2010導入状況と国際基準に関する国際的な動向

- 2014 年 11 月開催 OECD / WPNA 会合出張報告に代えて-

内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部企画調査課長 多田 洋介*

          * 本稿作成に当たっては、内閣府経済社会総合研究所の酒巻哲朗国民経済計算部長をはじめとする国民経済計算部の職員から有益なコメ

ントをいただいた。なお、本稿の内容は、筆者が属する組織の公式の見解を示すものではなく、内容に関しての全ての責任は筆者にある。1 ただし本号刊行の途上で Van de Ven(2015)が公表され、ある程度包括的なレビューが行われている。本稿では、筆者自身のサーベイ

を中心としつつ、同文献からも適宜補完する。2 1 年前の 2013 年 10 月開催の WPNA 会合の出張報告については、増田・多田(2014)を参照。

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2.各国の 2008SNA / ESA2010 の導入状況

(1)国民経済計算の最新の国際基準と OECD 諸国の対

応の経緯

ここではまず、国民経済計算の最新の国際基準である

「2008SNA」について、改めて簡単に確認しておく 3。

2008SNA は、2009 年初の国連統計委員会において合意

された国際基準であり、従前の国際基準である

1993SNA の改定・拡張版と位置付けられるものである。

1993SNA については、それ以前の基準であった

1968SNA に比べ、勘定体系の再構成を含む抜本的・包

括的な改定が行われたのに対し、2008SNA については、

1993SNA からの変更事項の数が計 63 項目と多岐にわた

る一方、体系としては 1993SNA に立脚しながら、1990

年代以降の経済・金融環境の変化を織り込むというスタ

イルの改定を多く含んだものとなっている。なお、2013

年に公表された EU 版の国際基準 ESA2010 は基本的に

は 2008SNA と同様の内容となっている。

こうした 2008SNA における 1993SNA からの変更とし

て勧告されている事項は、主に以下の 4 つの分野に集約

される 。第一は、非金融(実物)資産の範囲の拡張等

であり、具体的には、研究開発(R&D)や兵器システ

ムへの支出の総固定資本形成、並びにそれらのストック

の固定資産への計上、所有権移転費用の範囲の明確化や

記録方法の精緻化等を含む。第二は、金融セクターのよ

り精緻な記録であり、具体的には、雇用者ストックオプ

ションの記録、非生命保険における巨大災害に係る保険

金の記録の精緻化や、債務保証のうち事故率に大数の法

則が働くような保証(定型保証)に係る記録、確定給付

型の企業年金等に係る年金受給権の発生主義に基づく記

録等が掲げられている。第三は、経済のグローバル化へ

の対応であり、国際的な分業等企業の経済活動のグロー

バル化が進行する中で、国際収支の記録に係る最新の国

際基準である国際収支マニュアル第 6 版(以下、BPM6

という。)と整合的な形で、財貨の輸出入の記録につい

て所有権移転原則を徹底する等の変更が行われている。

第四は、一般政府や公的企業に係る取扱いの精緻化であ

り、政府関係機関の一般政府や公的企業への分類基準の

明確化とともに、一般政府と公的企業との間の例外的な

資金の受払の取扱い等が含まれている。

次に、OECD 諸国の 2008SNA(ないし ESA2010)へ

の対応状況を総論的に確認する。OECD 加盟国は 2014

年現在で 34 か国あるが、そのうち 31 か国が 2014 年末

時点で国民経済計算の最新の国際基準である 2008SNA

ないし ESA2010 に対応していることとなった。国際基

準策定後の各国導入の順序は図表1のとおりであり、オ

ーストラリアが 2008SNA 導入後いち早く対応したほか

は、2012 年秋以降徐々に対応が行われているが、EU 加

盟国やその他の欧州各国が一斉に ESA2010(ないし

2008SNA)に対応した 2014 年に 26 か国と急激に対応済

国が増えたことが分かる。なお、日本を含む残りの 3 か

国 4 は 2016 年頃までに 2008SNA に対応する予定となっ

ており、それまでには OECD の全ての国が新基準への

          3 以下の説明は、内閣府(2014a)に基づく。4 他にチリ、トルコ。なお、日本では、2011 年度に行われた国民経済計算の「平成 17 年基準改定」の際、①政府関係諸機関について、

2008SNA で明確化された分類基準に沿って、一般政府や公的非金融法人企業、公的金融機関への格付けが行われたとともに、② 2011年 3 月の東日本大震災に係る地震保険金について保険者たる金融機関部門から保険契約者の属する制度部門(家計、非金融法人企業等)

への資本移転として扱うこと 、③ FISIM について、2008SNA で計測対象とされている金融資産・負債の範囲に沿って推計・導入した

こと等、2008SNA に一部対応している。R&D 資本化を含むその他については、2016 年度中を目途に行う国民経済計算の基準改定に際

して対応することを予定している。5 ESA2010 が EU 規制として公表されたのは 2013 年 6 月。6 カナダでは、2012 年には R&D 資本化や兵器システム資本化に対応した。2015 年~ 2016 年に年金受給権の記録方法の変更を含む残り

の勧告への対応を行う予定7 OECD 加盟でかつ EU 加盟国であるのは、ドイツ、フランス、英国、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、オーストリア、

スウェーデン、フィンランド、デンマーク、アイルランド、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハ

ンガリー、スロベニア、エストニア。

図表1 OECD 加盟国の新たな国際基準への対応状況

年 国名 備考

2009年 オーストラリア 2008SNAについて国連で合意

2010年 ESA2010の策定5

2011年2012年 カナダ(部分的導入6)

2013年 米国、メキシコ、イスラエル

2014年 韓国、EU加盟国(21か国)7、ノルウェー、スイス、ア

イスランド、ニュージーランド

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対応を完了することとなる。

(2)改定による名目 GDP 水準への影響

次に、2008SNA ないし ESA2010 の導入に伴う、各国

SNA の計数上の影響について見る。ここでは、まず

SNA 上最も重要な指標である GDP の名目水準への影響

を考察する。ここで、冒頭に述べたとおり、各国ともに

新たな国際基準に対応するにあたっては、数年に一度し

か作成されない大規模な基礎統計を反映させるとともに、

各種の推計方法の改善を図るなどの改定を行っている。

また、国によっては、2008SNA への対応を図る一環と

して、その前身の基準である 1993SNA で初めて勧告さ

れた内容についても新たに対応しているケースがある。

このため、各国の比較をわかりやすくするため、図表2

においては、Eurostat(2014)に倣い、GDP 水準への影

響として (1) まず国際基準導入要因とその他の各種統計

的要因をまとめた改定全般によるインパクトを記載する。

その上で、その内訳として、(2)「国際基準対応要因」

図表2 OECD 加盟国における SNA 改定の名目 GDP 水準への影響

(単位:%)

(出所) Van de Ven (2015)、Eurostatや各国統計局資料等より作成(アイスランド、イスラエル、メキシコについてはVan de Ven (2015)に拠る)。EU28ヶ国のうちOECDに加盟していないのは、ルーマニア、ブルガリア、クロアチア等の7ヶ国。網掛けはEU諸国。

(備考)OECD 平均は単純平均。

国名GDP影響

対象年導入年

GDP水準への影響(1)国際基準対応要因(2)

統計的要因(3)うちR&D

アイスランド 2010年 2014年 5.5 1.4 1.4 4.1アイルランド 2010年 2014年 4.2 3.6 3.5 0.6イスラエル 2012年 2013年 6.4 2.3 2.2 4.1イタリア 2010年 2014年 3.4 1.5 1.3 1.9

英国 2010年 2014年 4.9 2.3 1.6 2.6エストニア 2010年 2014年 1.2 1.4 0.9 -0.2

オーストラリア 2007-08年度 2009年 4.4 1.7 1.4 2.7オーストリア 2010年 2014年 3.2 3.7 2.3 -0.6

オランダ 2010年 2014年 7.6 1.7 1.8 5.9カナダ 2010年 2012年 2.5 1.7 1.3 0.8韓国 2010年 2014年 7.8 5.1 3.6 2.7

ギリシャ 2010年 2014年 1.8 1.3 0.6 0.6スイス 2011年 2014年 5.7 3.5 3.2 2.2

スウェーデン 2010年 2014年 5.5 4.4 4.0 1.1スペイン 2010年 2014年 3.3 1.6 1.2 1.7スロバキア 2010年 2014年 1.9 1.8 0.6 0.1スロベニア 2010年 2014年 2.1 2.0 1.9 0.1

チェコ 2010年 2014年 4.3 3.1 1.2 1.2デンマーク 2008年 2014年 2.5 2.7 2.6 -0.2

ドイツ 2010年 2014年 3.3 2.7 2.3 0.6ニュージーランド 2010年 2014年 1.2 1.3 1.1 -0.1

ノルウェー 2011年 2014年 1.5 1.7 1.4 -0.2ハンガリー 2010年 2014年 1.6 1.6 1.2 0.0フィンランド 2010年 2014年 4.7 4.2 4.0 0.5

フランス 2010年 2014年 3.2 2.4 2.2 0.8米国 2010年 2013年 3.2 3.1 2.5 0.1

ベルギー 2010年 2014年 2.8 2.5 2.4 0.3ポーランド 2010年 2014年 1.5 1.2 0.5 0.2ポルトガル 2010年 2014年 4.1 2.1 1.3 2.0メキシコ 2008年 2013年 0.9 1.5 1.4 -0.6

ルクセンブルグ 2010年 2014年 0.2 1.6 0.5 -1.4OECD平均 - - 3.4 2.3 1.9 1.1レンジ - - +0.2~+7.8 +1.2~+5.1 +0.5~+4.0 -1.4~+5.9

EU28ヶ国平均 2010年 2014年 3.7 2.3 1.9 1.4

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という形で、2008SNA / ESA2010 勧告項目への対応と

ともに、1993SNA 勧告項目への対応による名目 GDP 水

準への影響も含めることとし、(3) その他の要因を「統

計的要因」として示すこととする。なお、GDP 水準へ

の影響の計測対象年としては、国によって公表している

年が異なる。例えば、米国や英国、カナダ、オーストラ

リアといった国では、遡及可能な複数年のインパクトを

示している一方、多くの欧州諸国では 2010 年などある

基準となる一時点の影響のみ示している模様である。こ

のため、ここでは、断りがない限り、基本的にはある単

年を対象とするインパクトを示すこととした。

こうした前提の下、図表2を見ると、国際基準への対

応を含む全体効果 (1) としては、OECD31 か国の平均で

名目 GDP を 3.4%ポイント押し上げ、その内訳としては、

国際基準対応要因 (2) で平均 2.3%ポイント、その他統

計的要因 (3) で平均 1.1%ポイントの押上げ効果があっ

たことがわかる。これは、EU 加盟 28 か国について

Eurostat が調査した、(1)3.7%ポイント、(2)2.3%ポイント、

(3)1.4%ポイントとほぼ同等である(統計的要因 (3) が

EU 諸国で相対的に大きい点については後述)。

ただし、GDP 水準への影響の最小値と最大値のレン

ジでみると、全体効果 (1) は+0.2 ~+7.8%ポイントと

広がりがある。このうち国際基準対応要因 (2) は+1.2

~+5.1%ポイントと比較的幅が狭いのに対して、その

他統計的要因 (3) は-1.4 ~+5.9%ポイントと、マイナ

スからプラスへとレンジが広くなっていることがわかる。

後に述べるように、国際基準対応要因 (2) については、

その内容の大宗が、2008SNA / ESA2010 における「研

究開発(R&D)の資本化」による効果であり、大雑把

にいえば、R&D 投資の GDP 比が大きい国ほど、傾向的

に GDP 押上げ効果も大きくなっていると言える。一方、

その他の統計的要因 (3) のレンジが広い点としては、大

規模基礎統計の反映の効果を含んでいることから、その

性質上、各国それぞれで GDP への影響の符号の大きさ

も異なるという背景があると思われる。これに加えて、

後述するように、(3) の中には EU 諸国で対応した「非

合法活動(illegal activities)」の把握による GDP 水準へ

の影響が含まれているという点にも注意が必要である。

すなわち、米国やカナダといった国ではこうした非合法

活動の捕捉は明示的には行っていないことから、統計的

要因 (3) による GDP 水準押上げ効果は EU 加盟国の方が

大きく出やすいという特徴がある。

こうした状況を視覚的に捉えるため、GDP 水準の押

上げ効果の大きい順(降順)にグラフ化したものが図表

3、このうち国際基準対応の要因 (2) のみを抽出したも

のが図表4である。図表3を見ると、全体効果 (1) とし

て GDP 水準への影響が大きい上位国は、韓国、オランダ、

イスラエル、スイス、スウェーデン、英国、フィンラン

ド、オーストラリアといった国となっているが、その要

因にはバラツキがあることがわかる。すなわち、オラン

ダ、英国、オーストラリアといった国では、国際基準対

応要因 (2) よりもその他の統計的要因 (3) の方が大きく、

全体効果の過半を占めている一方、韓国、スイス、スウ

ェーデン、フィンランドいった国では逆に国際基準対応

要因 (2) が過半となっている。図表4で国際基準対応要

因による GDP 水準押上げ効果の上位国を見ると、韓国、

スウェーデン、フィンランドなどが上位に位置している

ことが確認できるが、これらは研究開発投資の GDP 比

が 比 較 的 大 き い 国 と 言 わ れ て お り、2008SNA /

ESA2010 における「R&D の資本化」の勧告への対応の

影響が大きくなっている 8。

(3)国際基準対応が GDP 水準に与えた影響

① R&D の資本化

次に、国際基準対応要因 (2) について若干掘り下げ

て分析を行う。繰り返しになるが、国際基準対応要因

の大宗は「R&D の資本化」への対応による影響である。

R&D の資本化が GDP 水準に与える影響のメカニズム

としては Eurostat(2014)や内閣府(2014b)に詳し

いが、市場生産者による R&D に絞って簡単に言うと

以下のとおりである。

すなわち、①研究を主業とする機関の R&D サービ

スの産出額については、需要先としては、従前の

1993SNA / ESA95 9 では各産業が中間消費すること

となっていたが、2008SNA / ESA2010 では総固定資

本形成として記録されることから GDP 水準が押し上

げられることになる。また、②企業内の自己勘定によ

る R & D サービスの産出分については、1993SNA /

ESA95 の下でも、これが明示的に計測されていた場

合もされていなかった場合もありうるが 10、仮に後者、

          8 また、性質上 R&D 集約的な医薬品産業が強いとされるアイルランドも比較的上位にある。9 ESA2010 の前身の基準。1993SNA に対応している。10 Eurostat(2014a)によれば、少なくとも ESA95 の下では、市場生産者による自己勘定の R&D の産出額はそれ自体としては計測されて

いなかった模様である。

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図表3 OECD 加盟国における SNA 改定による GDP 水準への影響(全体効果)

図表4 OECD 加盟国における SNA 改定による GDP 水準への影響(国際基準対応要因)

2.0

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

10.0

GDP

(%)

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0(%)

(出所)図表3、4ともに図表2より作成。

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すなわち R&D サービスの産出としては計測されてい

なかった場合、SNA 上はそれにかかった費用(雇用

者報酬や中間消費、固定資本減耗等)のみが各産業の

生産費用として計測されていたことになる。一方、

2008SNA / ESA2010 の下では、自己勘定による R&D

の産出額が、それにかかった生産費用の合計 11 とし

て明示的に計測され、需要先では総固定資本形成が新

たに計測されることにより、GDP 水準が押し上げら

れることになる。

こうした R&D 資本化の影響は、上述したように、

大まかに言えば研究開発投資の GDP に占めるシェア

が高いほど大きいと考えられる。この点を、縦軸に図

表2より引用した R&D 資本化による名目 GDP 水準

押上げ効果、横軸に OECD の国際比較データベース

より引用した研究開発投資の名目 GDP 比をとった図

表5で確認すると、概ね各国ともに 45 度線の周囲に

分布しており、両者が密接に関係していることが分か

る。特に、韓国、スウェーデン、フィンランドといっ

た国際基準対応要因の大きかった国は R&D 投資の

GDP 比、R&D 資本化による GDP 押上げ効果もとも

に大きいことが確認できる 12。

次に参考として、各国の R&D 資本化による GDP

押上げ効果を縦軸に、国際基準対応を含む SNA の改

定以前の各国の一人当たり名目 GDP(市場為替レー

トによる米ドル換算)を横軸にとった図表6を見る。

これによると、ここでのサンプル(28 か国)では両

者に明確な相関はないが、ルクセンブルクとノルウェ

ーという一人当たり GDP(米ドル換算)で見た上位

二か国を除くと緩やかな正の相関が確認され、一人当

たり GDP 水準が高い国ほど、R&D の投資・蓄積が盛

          11 2008SNA / ESA2010 では、市場生産者について生産費用合計として R&D 産出額を計測する際、それに要した資本に係る収益分(営業

余剰(純)分)を加算することされている。12 図表5をみるとアイルランドは 45 度線よりも大きく上に外れている。こうした乖離が起きる要因としては、R&D 投資の対象範囲が何

らかの理由で狭いこと、SNA において R&D として計測する対象が広げられていることなど、統計の性質の違いも考えられるが、例え

ば政府等の非市場生産者の R&D が大きい場合、当該 R&D の資産から発生する固定資本減耗分が大きく GDP 押上げに影響することに

なることから、仮に直近のフローの R&D 投資が小さくても、過去の R&D 投資の蓄積分から発生する固定資本減耗が大きければ、こう

した現象は生じうる。

図表5 R&D 資本化による GDP 押上げ効果と R&D 投資の関係

KOR

SWE FIN

IRL

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0

R&D GDP %

R&D GDP %

(出所) 縦軸は図表2より、横軸は、OECD データベースより。 横軸は縦軸に合わせた年値としているが、オーストラリアは対応する年値(2007-08年度)がないため、2006-07 年度とした。

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- 65 -

          13 米国については、1996 年に行われた自国の統計(NIPA 統計)の改定に際して既に兵器システムの資本化に対応済。なお、GDP 水準に

影響を与える兵器システムの固定資本減耗は、2010 年時点で名目 GDP の 0.5%とのことであり、他国に比べても一段大きいインパクト

を持っていることがわかる。

図表6 R&D 資本化の GDP 水準押上げ効果と一人当たり GDP

KOR

NLD

CHE

SWE

GBR

FIN

AUSCZE

IRL

PRT ITA

GER

ESP

AUTFRA

USABEL

CAN

DEN

SVN

SVK GRC

HUNNOR

POL

ESTNZL

LUX

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 120,000

R&D GDP %

GDP

んという関係がある程度成り立っていることを示して

いる(ただし、この図は因果関係を説明するものでは

ない)。上の 2 ヶ国のうち、ルクセンブルクについては、

欧州の金融センターの一つであり、昼間労働人口が

GDP を押し上げている一方、人口にはこれら昼間労

働人口が含まれないため、一人当たり GDP が大きく

なっていると言われており、一人当たり GDP で測っ

た生活水準と R&D 活動に関係性が見られないものと

推察される。一方、韓国等は、一人当たり GDP 水準

に比して R&D の GDP 押上げ効果が相対的に大きい

が、これはこれら諸国が成長戦略の観点から R&D 投

資を国策として推進していることを示唆していると考

えられる。

② R&D 資本化以外の国際基準対応による影響

ここでは、国際基準対応要因のうち、R&D 資本化

以外の要因について主要な国の状況を概観する。図表

7は、国際基準対応要因の内訳について比較的詳しい

情報が入手可能な 7 か国(及び EU 加盟 28 か国全体)

について、主要な要因と GDP 押上げ効果を示したも

のである(参考までに国際基準対応要因の GDP への

影響の全体と R&D 資本化の効果も併記している)。

これによると、米国以外 13 の各国に共通して表れ

る要因は、「兵器システムの資本化」による GDP 水準

押上げ効果である。兵器システムの資本化が GDP 水

準を押し上げるメカニズムについても Eurostat(2014)

や内閣府(2014b)に詳しいが、簡単に言えば以下の

とおりである。つまり、1993SNA / ESA95 の下では、

政府が製造業者から購入する軍艦や戦闘機等の兵器シ

ステムは政府の中間消費として記録され、政府の産出

額を通じて政府最終消費支出に反映されていた。これ

に対して、2008SNA / ESA2010 の下では、政府によ

る兵器購入分は、中間消費には記録されず、同額分だ

け政府の産出額、最終消費支出を押し下げる一方、同

額分だけ政府の総固定資本形成を押し上げる(消費か

ら投資への振替え)。これに加えて、政府が過去より

投資として蓄積してきた兵器システムの資産から発生

する固定資本減耗分が、政府の産出額を押し上げ、政

府最終消費支出に反映されるため、GDP 水準が押し

上げられることになる。

(出所) 縦軸は図表2より、横軸は、OECD データベースより。作成時点で情報が得

られた国を対象としている。 横軸は、市場為替レート換算。国際基準対応を含む改定前の値をとっている。

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各国の兵器システム資本化による GDP 水準押上げ

効果は大雑把にいえば兵器システム資産がどれくらい

整備されているかに依存するため、韓国、英国、フラ

ンスといった防衛支出が相対的に大きいと言われる国

で GDP 水準押上げ効果が高くなっていることが理解

できる。

このほかの要因は、国によってそれぞれ異なる。例

えば、米国では、R&D 資本化に次いで二番目に大き

い要因として、「芸術作品の原本(artistic original)の

資本化」が挙げられている。これは厳密には

1993SNA 時点で勧告されていた内容であり、これへ

の対応は各国により異なるが 14、米国は R&D 資本化

等を行う 2013 年の包括的な改定と合わせて対応した

(BEA(2013))。具体的には、映画・テレビ番組 15 や

音楽、小説、さらにはグリーティングカードのデザイ

ンといった娯楽・文学・芸術作品について、その原本

          14 例えば、カナダ、日本は対応していない。15 ニュースやスポーツ番組は除き、ドラマ等の寿命が相対的に長い番組を含む。

図表7 各国における国際基準対応要因の内訳

国・地域 対象年 GDP水準への影響の要因と効果

オーストラリア 2007-08年度

国際基準対応要因計

 R&Dの資本化

 兵器システムの資本化

1.7%1.4%0.1%

カナダ 2010年

国際基準対応要因計

 R&Dの資本化

 政府の固定資本減耗の計測変更

 兵器システムの資本化

1.7%1.3%0.4%0.1%

米国 2010年

国際基準対応要因計

 R&Dの資本化

 芸術作品の原本の資本化

 所有権移転費用の拡張

 年金受給権の発生ベース化

 FISIMの計測変更

3.1%2.5%0.5%0.3%0.2%-0.4%

韓国 2010年

国際基準対応要因計

 R&Dの資本化

 加工用財貨、仲介貿易

 兵器システムの資本化

5.1%3.6%1.1%0.3%

英国 2010年

国際基準対応要因計

 R&Dの資本化

 年金受給権の発生ベース化

兵器システムの資本化 

2.3%1.6%0.4%0.2%

フランス 2010年

国際基準対応要因計

 R&Dの資本化

 兵器システムの資本化

 データベースの資本化

2.4%2.2%0.2%0.1%

ドイツ 2010年

国際基準対応要因計

 R&Dの資本化

 少額投資財の資本化

 兵器システムの資本化

2.7%2.3%0.2%0.1%

EU諸国(28か国) 2010年

国際基準対応要因計

 R&Dの資本化

 兵器システムの資本化

 少額投資財の資本化

2.3%1.9%0.2%0.1%

(出所)各国統計局、Eurostat 資料より。

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の資産価値を計測し、一年間の原本への投資分を総固

定資本形成として計上しようというものである。また、

米国では、「所有権移転費用の拡張」として、従前は、

住宅について不動産仲介手数料のみを総固定資本形成

として扱っていたところ、2013 年に行われた改定に

際して、住宅にかかるその他の所有権移転費用(登記

費用や司法関係者への手数料等)も総固定資本形成の

範囲に含め始めている 16。

また、英国では R&D 資本化の次に「年金受給権の

発生ベース化」が挙げられている(米国でも 4 番目に

表れている)。これは、雇用関連の年金制度のうち、

勤続年数や平均余命等からある種のフォーミュラによ

り将来の年金給付額が決まる「確定給付型」について、

年金受給権を年金数理計算により発生ベースで記録す

るとともに、雇主企業の社会負担についても、実際の

掛金負担ではなく、「ある期間(例えば一年間)雇用

者が追加的に勤務したことにより、どの程度年金受給

権が増加したか」という「現在勤務増分」をベースに

記録すること等を内容とする 17。英国(や米国)の場

合は、こうした発生ベースによる記録を行う確定給付

型の雇用関連年金制度の対象範囲に、政府雇用者(公

務員)の年金制度を含めているため、上記の記録方法

の変更により、政府雇用者の雇用者報酬(具体的には

内訳である「雇主の社会負担」)が改定され 18、これ

が政府部門の産出額を通じて、政府最終消費支出を変

化させた模様である。

次に、韓国で二番目に挙げられている「加工用財貨、

仲介貿易」について簡単に触れる。2008SNA /

ESA2010 における貿易関係のこれらの勧告は、基本

的に、国際収支統計の国際基準である BPM6 と整合

的な形で、財貨・サービスの輸出入を所有権移転時に

記録するという原則を徹底するためのものである 19。

加工貿易を例にとれば、1993SNA / ESA95 の下では、

二国間で、加工依頼国であるA国から加工前の財貨(素

材)が加工請負国である B 国に送付され、B 国で加

工され、A 国に加工後の財貨(完成品)として戻って

くるような場合、これらの加工前財貨、加工後財貨の

送付を財貨の輸出入として記録することとされてきた

が、2008SNA / ESA2010 の下では、こうした取引で

は財貨の所有権は A 国が持ち続けているため、財貨

の輸出入は記録せず、B 国による加工サービスに対す

る対価を A 国から B 国に支払う(サービスの輸入)

ものと扱うようになった 20。これは、基本的には、財

貨の輸出入とサービスの輸出入の振替えであり、GDP

水準には概念的に影響がないものである。事実、他の

諸国ではこれらの勧告への対応による GDP 水準の改

定を報告している例はない 21。一方、現実には、ベー

スとなる基礎統計の違いによって、上記の例でいえば、

「A国の加工前財貨の輸出-A国の加工後財貨の輸入」

と、「- A 国の加工サービスの輸入」は必ずしも一致

しない。詳細は不明であるが、韓国の SNA を推計し

ている韓国銀行(中央銀行)によれば、「計測手法が

異なるため、財貨・サービスの収支や GDP 水準に影

響があった」とのことであり、自国の SNA、国際収

支統計を新たな国際基準に対応させる中で、過去に遡

って、財貨・サービスの純輸出の変化を厳密に計測し

て、過去の分も含めて、GDP 水準の改定に反映させ

ているものと推測される。

最後に、米国で GDP 水準押下げ要因として示され

ている「FISIM の計測変更」と、ドイツで GDP 水準

の押上げ要因の二番目(そして EU の三番目)に表れ

ている「少額投資財の資本化」について概要を述べる。

          16 非居住用資産については、従前どおり不動産仲介手数料のみを資本化の対象としている。また GDP への影響には関係がないが、住宅

の所有権移転費用に係る固定資本減耗についても、償却期間を従前の住宅と同じ使用年数である 80 年から、住宅の予想保有期間であ

る 12 年に変更するなどの改定を行っている。17 2008SNA における本勧告の概要については、内閣府(2014c)や多田(2013)に詳しい。18 英国では、従前は、雇主(政府部門)による実際の掛金負担のみが「雇主の社会負担」に記録されていたが、「現在勤務増分」を記録

することにより「雇主の社会負担」が増加し、雇用者報酬が上方改定された模様である。つまり、英国では、実際の掛金負担等では、

公務員の将来の年金給付に必要な金額を賄えていない、ということを示している。19 2008SNA の勧告概要については、内閣府(2014a)が詳しい。20 このほか、韓国では、A 国が B 国ないし第三国から加工前財貨を調達し(A 国の通関を通らない)、B 国に加工を依頼した場合はその

調達を「財貨の輸入」に、また B 国で加工された加工後財貨を A 国ではなく第三国に販売した場合(A 国の通関を取らない)、その販

売を「財貨の輸出」として記録している。21 参考情報であるが、今回 WPNA 会合では、フランス代表の説明の中で、加工用財貨について、財貨別に加工前後の輸出入が把握され

る貿易統計と、財貨別の情報はないが全体として加工サービスの受払が把握される国際収支統計との間で必ずしもデータが整合的でな

いという問題があるが、フランスでは、国際収支のサービス輸出入を「真値」として、これを制約条件として貿易統計の情報により財

貨別に分けた推計を行うという手法を採用した、との発言があった。このため、財貨・サービスの輸出入及び GDP 水準には改定前後

で変化がないと考えられる。

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前者については、間接的に計測される金融仲介サービ

ス(FISIM)のうち、借手側 FISIM、すなわち、銀行

の貸出(他部門の借入)、つまり貸付利率と参照利子

率の率差に貸出残高を乗じた金融サービス分について

は、2013 年の改定に際して、いわゆる信用リスクプ

レミアムを控除することとした 22。このため、借手側

FISIM のうち最終消費支出に反映される家計向け等の

FISIM が 2010 年時点で GDP の 0.4%分縮小した。次に、

「少額投資財」とは、500 ユーロ未満の少額の財につ

いては、たとえ生産に一年以上にわたり使用されるも

のであっても、ESA95 の下では総固定資本形成でな

く中間消費とされていたのに対し 23、ESA2010 では

こうした下限を撤廃し、少額であっても 1 年以上生産

に使われる財貨は総固定資本形成として扱うこととな

った。このため、この要因により EU 各国で GDP 水

準が相応に押し上げられていると考えられるが、特に

ドイツではその影響が相対的に大きかった模様であ

る。

(4)その他統計的要因の概要-非合法活動の計測-

上述したように、OECD 諸国が 2008SNA ないし

ESA2010 という新たな国際基準を取り入れるにあたっ

ては、数年に一度の大規模な基礎統計の反映や、各種の

推計方法の改善等を行っている。後者について、例えば

英国では、対家計民間非営利団体(NPISH)の範囲や推

計方法を見直したほか 24、総固定資本形成や在庫品増加

の推計方法の見直しを行っている。また、フランスでは、

電気通信業の実質産出(数量測度)の推計方法を変更し、

従前は消費者物価指数(CPI)を用いた実質化により数

量指数を導出していたのに対し、この手法では新規参入

者による低価格競争の影響が適切に反映されないという

問題意識から、一部の通信サービスについて規制当局等

から得られる数量指標を直接活用するアプローチに変更

したとのことである 25。

こうした統計的な変更に加え、ほとんどの EU 諸国に

おいては、先述のとおり、ESA2010 を機に、麻薬取引

や売春等のいわゆる「非合法活動」を新たに把握し、こ

れが図表2の統計的要因 (3) に含まれているのである。

非合法活動の把握は、2008SNA 並びに ESA2010 でも詳

しく説明されてはいるものの、実はその前身の

1993SNA / ESA95 から提唱されてきたものである。非

合法活動を捕捉する問題意識としては、経済の取引をで

きる限り「包括的に余すところなく(exhaustive)」に捉

えるべきというものがある。

こうした非合法活動の捕捉の範囲について、比較的開

示情報が多い英国やオランダの状況をみたものが図表8

である。両国ともに非合法ドラッグ、売春を範疇に含め

ているほか、オランダではさらに盗品売買や違法賭博な

          22 FISIM から信用リスクプレミアム分を控除するかどうかについて国際的なコンセンサスはできておらず、他の国ではこうした対応は行

っていない。23 ESA95 における独自の基準であり、1993SNA 等にはこうした閾値は示されていない。24 この変更だけで、英国の 2010 年の名目 GDP 水準は 1.6%上方修正されており、これは R&D 資本化に匹敵する大きさである。25 2014 年の OECD / WPNA 会合においてフランス代表が説明していた内容より。なお、同じく WPNA で説明のあったニュージーランド

の事例では、従前は数量指標を直接活用していたが、必ずしもカバレッジが十分でなく数量指数を過小評価しているとの指摘があった

ため、税収データから得られる名目売上を PPI(品質調整済)でデフレートするアプローチに変更したとの説明があった。このように

両国のアプローチはある意味、価格ありきか数量ありきかということで、反対方向のものであるが、両国ともこれまでよりも電気通信

サービスの数量指数が上方修正(価格指数は下方修正)され、より実態が捕捉できるようになったという同様の影響がみられたとのこ

とである。

図表8 英国、オランダにおける非合法活動捕捉の範囲

英国 オランダ

非合法ドラッグ

コカイン(固形及び粉末)、ヘロイン、大麻、XTC、アンフェタミン

売春

非合法ドラッグ

 ヘロイン、大麻、XTC

売春

盗品売買

違法賭博

違法コピー

密輸

(出所)Abramsky and Drew(2014)、オランダ統計局資料より。

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ど広範な活動を対象としている 26。

こうした非合法活動の捕捉が、各国の名目 GDP 水準

にどのような影響を与えたかをみる(図表9)。EU 諸

国全体では、2010 年の GDP 水準を 0.4%押し上げる影

響があり、英国では 0.6%ポイント程度、オランダでも

0.4%ポイント程度 27 となっている。因みに、イタリア

やスペイン等もこうした非合法活動の把握により GDP

水準が 1%ポイント程度大きく増加したとされる一方、

ドイツでは 0.1%ポイントと比較的僅少となっており、

またフランスでは敢えて新たな非合法活動の捕捉は行わ

なかったとみられるなど 28、各国で対応や影響の程度は

まちまちである。

では、性質上、基礎統計の利用可能性に限界があると

みられる非合法活動について、対応した各国ではどのよ

うな推計方法がとられているのであろうか。ここでは

Abramsky and Drew(2014)から、英国の事例について

簡単に整理する。まず、大麻やコカインといった非合法

ドラッグについては、基礎統計が比較的充実している

2003 年の取引額をベンチマークに前後を延長するとい

う手法をとっている。2003 年の販売額については、内

務省(Home Office)が行った一回限りの調査に基づく。

ここで、非合法ドラッグの供給元として、大麻の半分が

国産品、残り半分が輸入品とし、その他の非合法ドラッ

グは全て輸入品と仮定している。また非合法ドラッグの

需要先は全て家計最終消費支出と置いている。輸入ドラ

ッグについて、小売価格は国連の「World Drugs Report」

を用い、販売額をこの価格で除すことで輸入数量を求め、

これに警察資料等から「純度」調整 29 を行っている。

この純度調整後の輸入数量に国連から得られる卸売価格

を乗じて輸入額を推計し、販売額と輸入額の差を商業マ

ージンとしている。一方、国産大麻については、産出額

=国産大麻販売額とし、生産のための中間投入は電力と

種子・樹木のみと仮定し、農産物全体の産出/中間投入

比率から、各中間投入額を求めている。2003 年をベン

チマークとした延長・遡及推計については、イングラン

ド・ウェールズの犯罪統計から得られるドラッグ使用者

数(スコットランドなど英国一国全体に膨らまし処理を

行う)と、上述の国連の価格情報等を用いている。

次に、売春については、2004 年について産出額と中

間投入(被服、避妊具、住宅賃貸サービスと仮定)等を

推計し、これをベンチマークとし前後に外挿するという

手法を取っている。2004 年値については、各種の先行

研究等をもとに売春者数を把握した上で、別途、一人当

たり顧客数、一年間の労働週数、顧客当たりの支払額に

ついても各種先行研究から設定し、これらを乗じること

により、2004 年の産出額を求めている。中間投入につ

いては、オランダ統計局資料より売春者一人当たりの各

中間投入額を仮定の上、売春者数を乗じることで計測し

ている。2004 年前後の延長・遡及については、売春者

数は 16 歳以上の英国男性人口(市場規模に連動すると

          26 イギリスでは密輸等については今後の課題と整理されている(Abramsky and Drew(2014))。また、オランダでは一部のドラッグ等は合

法であり、他の国では非合法活動に含まれるものでも、従前の SNA 統計に含まれていたという特徴がある。27 オランダ統計局の資料では、GDP の 0.6%と読める記述があるが、ここでは Van de Ven(2015)の情報を引用した。28 INSEE(2014)によると、たばこの密輸については従前から計測しており、今回改定の際に新た再推計を行った結果、2010 年時点で

GDP を 0.03%程度押し上げる程度の影響があったとしている。29 数量の動きとして同一の財貨をトレースする観点から、ドラッグの純度の調整をおこなっている。具体的には、2 つの年で物量が同じ

であっても、純度が 1 年後のものが半分であれば、数量は 50%減少したと計測される。

図表9 EU 諸国の非合法活動の捕捉による GDP 水準への影響

国・地域 2010年の名目GDP水準の押上げ

EU諸国 0.4%

イタリア 1.0%

スペイン 0.9%

英国 0.6%

オランダ 0.4%

ドイツ 0.1%

(出所)各国統計局、Eurostat 資料、Van de Ven (2015)より。

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の仮定)、一人当たり顧客数や労働週数は一定、一件当

たりの支払いは個人サービス(風俗業を含む)のデフレ

ーター、各中間投入は各種価格指数(衣服等)を用いて

いる。このように、少なくとも英国における非合法活動

の計測は、仮定に基づく推計の程度が相応に大きいと言

える。

参考までに、このように推計された英国の非合法活動

の規模を金額と名目 GDP 比(改定前の GDP)で見たも

のが図表 10 である。英国においては、非合法活動が

GDP 水準に影響を与えるメカニズムについても

Abramsky and Drew(2014)で整理されており、活動に

よって異なるチャネルが示されている。すなわち、①ド

ラッグのうち輸入品については、(a) 生産側では小売業

の産出(マージン)の増加、(b) 支出側では家計最終消

費支出の増加 30、(c) 分配側では混合所得の増加、②ド

ラッグのうち国産品については、(a) 生産側では医薬品

製造業の付加価値の増加、(b) 支出側では家計最終消費

支出の増加、(c) 分配側では混合所得の増加、そして③

売春については、(a) 生産側ではその他の個人サービス

業の付加価値の増加、(b) 支出側では家計最終消費支出

の増加、(c) 分配側では混合所得の増加、を通じて GDP

水準が増加すると整理されている。いずれの場合も、非

合法活動は制度部門としては個人企業(家計)が担って

おり、雇用者報酬が記録されない(分配所得は全て混合

所得に記録)ことに特徴がある。

なお、非合法活動を GDP に含めるべきかどうかとい

う点については否定的な観点も含めて議論が多い。例え

ば、経済厚生を表す指標としての GDP の中にこうした

反社会的な非合法活動の価値を含めるのは問題ではない

か、という倫理的な観点があるほか、EU 圏内はともか

くとして、米国や韓国など欧州圏外の多くの国ではこう

した活動の捕捉を行っていないため、主国全体としての

GDP 等の国際比較可能性が損なわれるという意識があ

る。また、財政収支の名目 GDP 比という点では、非合

法活動が政府の収支には関係がないので、GDP が増加

した分、例えば財政赤字の GDP 比が縮小することにな

るが、果たしてそうした改定による「改善」に意味があ

るのかという議論もありうる。WPNA 会合でも、当の

英国からは、今回の自国の SNA の改定の中では、R&D

資本化等の ESA2010 の導入よりも、非合法活動の GDP

効果の方がメディアにセンセーショナルに取り上げられ、

統計ユーザーへのコミュニケーションという点は反省点

も多かったという発言も見られた。

(5)GDP の成長率への影響

ここまで、R&D 資本化等を含む SNA の改定により、

          30 英国ではドラッグについて海外への輸出はないものとしている。他方、オランダでは輸出が記録されている。

図表 10 英国における非合法活動の規模

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

GDP

%

(出所)英国統計局(ONS)資料)より。

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各国の名目 GDP 水準がどの程度変化したのか、という

点について、ある一時点の「定点観測」という形で説明

してきた。ここでは、GDP の「水準」ではなく、時系

列的な影響、そして「成長率」という点に若干目を向け

ることとする。図表 11 は、米国と EU(28 か国)につ

いて、改定前後の名目 GDP 水準の動きをプロットした

ものである。ここで、「改定」という場合には、上記の

ように国際基準対応要因も、その他統計的要因も含む全

体的な改定を意味している。これを見ると、いずれにお

いても、時系列を通じて名目 GDP 水準は、改定によっ

て上方にシフトしていることが確認できる。

次に、名目 GDP の成長率について、同じように米国

と EU の改定前後の動きをみたものが図表 12 である。

米国では若干の動きがあるが、EU では、成長率には改

定前後でほとんど変化がないことが分かる。すなわち、

多くの国について、今回の改定、特に大きな要因である

国際基準対応は、GDP の水準を上方に押し上げる一方、

成長率には大きな影響はない、ということが確認される。

図表には示していないが、実質 GDP 成長率についても

同様のことが当てはまる。なお、米国では 2012 年につ

いて成長率に若干大きな乖離があるが、これは、米国

BEA(商務省経済分析局)によると「統計的要因」が大

宗である。具体的には、2012 年値は、2008SNA 対応を

含む「包括改定」が行われた 2013 年 7 月に初めて「年

次推計値」として公表が行われており、改定前の計数は

四半期速報時点のものである。一般に年次推計では、用

いる基礎統計がより詳細なものとなるので、2012 年の成

長率については改定前後の差が大きいということになる。

図表 11 米国、EU における改定前後の名目 GDP 水準

図表 12 米国、EU における改定前後の名目 GDP 成長率

0.0

2,000.0

4,000.0

6,000.0

8,000.0

10,000.0

12,000.0

14,000.0

16,000.0

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

ESA2010

ESA95

10 EU

0.0

2,000.0

4,000.0

6,000.0

8,000.0

10,000.0

12,000.0

14,000.0

16,000.0

18,000.020

02

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

10

8.0

6.0

4.0

2.0

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

10.019

98

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

ESA2010

ESA95

EU

3.0

2.0

1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

% %

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- 72 -

3.SNA の国際基準の修正・改善・発展に向け

た議論の動向

ここでは、2014 年の WPNA 会合の議論で明らかにな

った、SNA の国際基準に係る今後の修正、改善、発展

に関する論点について述べる。

(1)年金受給権の記録に関する議論の進展

2013 年の WPNA 会合報告(増田・多田(2014))で

述べたとおり、2008SNA における年金受給権の記録の

変更に関する勧告については、現在もその改善に向けた

議論が継続しており、その論点は大きく 2 つに分かれる。

第一は、2008SNA の中では、年金受給権に関する補

足表として、企業年金から社会保障年金に至るまで、「社

会保険制度」の側に着目し、家計に対して負っている年

金受給権残高やその年間の変動の要因を示す Table 17.10

の作成が推奨されている 31 が、これに加えて、「家計」

の側に注目して、社会保険制度のみならず、生命保険や

税制優遇型の個人年金(例 米国における個人退職勘定

(IRA))等も含めて、「家計の退職後資源(Household

Retirement Resources)」の残高とその年間の変動の要因

を示す観点から新たな補足表を作成しようというもので

ある 32。2013 年の WPNA 会合では、新たな補足表の素

案が示されたが、2014 年 WPNA 会合では、各国の意見

も踏まえ、さらにこれを精緻化した案が示された。現時

点の補足表案については、現時点の巻末の参考図表1の

とおりであるが、表の基本的な構造は以下のとおりであ

る。

・ 列側には、大きく、①社会保険以外の制度として、生命

保険会社の提供する年金保険(annuities)や、その他の

生命保険契約、税制優遇型個人勘定、その他の各国特有

に規定する退職後資源33、②社会保険制度の一部とし

て、政府以外の確定拠出型(DC)企業年金、確定給付型

(DB)企業年金、政府の運営するDC年金、政府雇用者の

DB年金(a)、③社会保険制度の一部として、政府雇用者

のDB年金(b)、社会保障年金、社会扶助制度、と大きく

制度ごとに分ける。ここで、③はSNAの本体系ではい

わゆる発生ベースで年金受給権が記録されない制度を

示しており、「補足表」としてのみ、他の制度と合わせて

発生ベースの記録を行うために用意されている34。な

お、政府雇用者のDB年金が②と③の二か所に表れてい

るが、これは国によって、政府雇用者年金について本体

系において発生ベースで記録するかどうかに柔軟性が

あることに起因する。

・ 行側には、家計にとっての期首の資産残高に始まって、

取引、その他のフロー、期末の資産残高への流れを示し

ている。ここで、「取引」には、雇主や家計による社会負

担(支払)、社会給付(受取)のほか、制度間の移転、交渉

(negotiation)による年金受給権の変動や、上記①(社会

保険以外)の資産への積増し、取崩しを含む。

・ 行、列ともにヘリの部分には、居住者家計が海外に対し

て保有している退職後資産を加え、非居住者家計が国

内に対して保有している退職後資産を控除し、居住者

家計の退職後資産に調整するためのセルが用意されて

いる。

年金受給権に係る第二の論点は、米国 BEA がこれま

で提唱してきた、雇用関連の確定給付型年金について、

年金管理者(スポンサー)である雇主企業部門から年金

基金への「年金受給権の積立不足分に係る財産所得の支

払」を帰属的に記録すべきかどうかという点である。こ

の点に関し、本 WPNA 会合に先立って 2014 年 9 月に行

われた、SNA に関する国際機関事務局間作業グループ

(ISWGNA)の諮問機関である AEG(Advisory Expert

Group)の会合において、こうした年金管理者の年金基

金に対する債務に係る「帰属的な財産所得(imputed

property income)を明示的に記録するという点について

合意がなされ、今後は、どのような分類の下で記録すべ

きかについて議論が行われることとなった。これは、

2008SNA における年金受給権の記録方法に係る勧告内

容の一部修正につながりうるものである。つまり、

2008SNA においては、企業年金を運営する年金基金は、

所得支出勘定の中で、①家計(雇用者)から社会負担(雇

主及び家計)X=A+B+C+D を受け取るとともに、②年金

資産の運用により市場から財産所得(利子や配当等)G

          31 2008SNA における Table17.10(補足表)の形式については、多田(2013)も参照。32 この議論は、2013 年 4 月に開催された OECD とオーストラリア統計局共催の「年金に関するワークショップ」で初めて提唱された。

同ワークショップの詳細は、多田(2013)に詳しい。33 この項目は、各国独自に記録に柔軟に記録を行えるよう準備されており、WPNA 会合では、潜在的には、持ち家資産も含みうるとの議

論がおこなわれた。34 こうした考え方は、2008SNA に既存の Table 17.10 という補足表も同様。

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          35 これを①のフローの中で、家計が年金基金に対して「家計の追加年金負担」として支払う(迂回処理)。

を受け取る一方、③家計に対して、(a) 年金受給権に係

る投資所得 D として期首の年金受給権残高に割引率を

乗じた額(いわゆる過去勤務増分)35 と (b) 社会給付 E

を支払い、④社会負担と社会給付の差額を「年金受給権

の変動調整」A+B+C+D-E として家計に支払う、という

構図になっている(図表 13 上段)。このため、年金基金

図表 13 年金受給権の記録方法(2008SNA と現在の議論)

2008SNA

12

F)

AB

ABCD

D

E

G

AB

ABCD

D

E

G

G-D+A+B+C+D-E-(A+B+C+D-E) = G-D

A+B+C+D-E

G-D+(D-G)+A+B+C+D-E-(A+B+C+D-E) = 0

A+B+C+D-EH(=D-G?)

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の貯蓄としては、G-D+A+B+C+D-E-(A++B+C+D-E)=G-D

が残ることになる。これは、仮に、D > G(発生ベース

の投資所得の方が、現実の運用収益より大きい)であれ

ば、年金基金の貯蓄はマイナスになることを意味する。

これに対して、米国の提案の趣旨は、年金基金はいわ

ば導管体であり、貯蓄は基本的にはゼロとなるべきであ

り、雇主企業が年金基金に対して積立不足分の負債(年

金基金の対年金責任者債権)を負っているのであれば、

その負債に見合う財産所得を擬制し、雇主企業から年金

基金に支払形とすべきである、というものである(図表

13 下段)。このためには、年金基金が雇主企業から D-G

ないしそれに近い財産所得(帰属計算)を受け取るとい

う記録を行うことが考えられるというわけである。実際、

2014 年 1 月に刊行された国連と ECB の「SNA における

金融産出、フロー、ストックに関するハンドブック」(UN・

ECB(2014)における DB 企業年金の記録方法の説明は

既に D-G を財産所得のフローとして記録するというも

のとなっている(これを簡単に、年金基金、雇主企業、

家計の所得支出勘定等の様式としてまとめたものについ

ては参考図表2を参照)36。

(2)グローバル生産に関する議論の進展

企業活動のグローバル化、これに伴う交易関係やグロ

ーバル・サプライ・チェーンの複雑化という観点では、

2008SNA やこれと整合的な BPM6 においても、加工用

財貨や仲介貿易の記録の変更等が取り入れられた。こう

したグローバル生産活動に係る国民経済計算上の記録方

法についてのより実務的なガイドラインを提示するとと

もに、2008SNA では必ずしもカバーできていないグロ

ーバル化関連のイシューを検討するため、2011 年秋に

欧州統計家会議(CES)の下に「グローバル生産に関す

るタスクフォース(TFGP)」が設置され、「グローバル

生産の計測に関するガイド」の作成が進められている。

2014 年 WPNA では、この「ガイド」に関して、グロ

ーバル・サプライ・チェーンの発展とともに顕著になっ

ている米国 Apple 社に代表されるような、いわゆる「工

場を持たない財の生産者(Factoryless Goods Producers。

以下、FGP)」の SNA 上の記録の在り方に関する議論の

状況について紹介があった(FGP が関わるグローバル

な生産過程のイメージは図表 14 参照)。2013 年の

WPNA 会合で議論されたように、こうした FGP は、現

行の国際標準産業分類(ISIC)上では、物質的な投入財

を供給・所有しなければ「商業」に分類され、必ずしも

実態を反映しているとは言えない状況となっているが、

TFGP の検討では、物質的な財でなくとも投入財として

知的財産生産物(IPP)を供給・所有するような場合に

は「製造業」に分類されるよう概念整理が行われている。

今回は、これを前提に、より具体的な記録方法の在り方、

FGP と類似する貿易形態である加工貿易や仲介貿易と

の峻別の在り方についての現時点での整理案が示された。

まず、FGP の「産出」というものは、概念として、商

業マージンなのか、これに原価も含めた財貨のフル価格

(full price)ベースの売上なのかという点である。これ

については、FGP は上記のとおり、卸売・小売業では

図表 14 FGP のイメージ

FGPB

A

(出所)TFGP「グローバル生産の計測に関するガイド」案より。

          36 帰属的な利子の計上の方法としては、この他、DB 年金の積立不足に何らかの割引率を乗じるというものがある。

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なく、製造業の特殊ケースという点に鑑みれば、その産

出は「マージン」ではなく完成品という「財貨」であり

(図表 14 における A)、請負生産者からの製品の納品は

中間消費となる(図表 14 における B)。

次に、請負生産者の方の産出が「財貨」なのか(輸出

品の生産なのか)、「サービス」なのか(加工貿易のよう

に委託加工サービスなのか)という点については、請負

生産者が所有する財の経済的所有権の在り方等によって

両論ありうるが、請負生産者は投入物の価格や在庫保有

のリスクを持つこと等に鑑みれば「財貨」と見るべき、

という考え方が成り立つ。

また、FGP と請負生産者との間の財貨の国際貿易が、

FGP にとって「一般商品」の輸入か、「仲介貿易商品」

の負の輸出のどちらなのかという点である。これは、

2008SNA と整合的な BPM6 において、「仲介貿易の主体

(merchant)がグローバルな製造プロセスを組織する場

合、販売価格は企画、経営、特許、その他のノウハウ、

マーケティング、資金調達をもカバーするものとなる」

(パラ 10.42)という記述があり、仲介貿易の主体= FGP

とも受け取れるからである。ただし、当該財貨が仲介貿

易商品であるすると、既に述べたように、請負生産者の

産出を財貨として記録することとの整合がとれないこと

から、一般商品として扱うことが適当であるとする 37。

関連して、ある主体が、FGP か仲介貿易者であるか

の線引きについては、当該主体が知的財産生産物にかな

りの程度投資しており、その付加価値の過半が知的財産

生産物やイノベーション等に関係している場合は FGP

であるとする。さらに、ある主体が、FGP か加工貿易

の委託者であるかの線引きについては、製造プロセスに

入る前の段階で当該主体が物理的なインプット(投入財)

を所有していない場合は FGP であるとされる(逆に言

うと、加工貿易の依頼者である場合は、請負生産者が製

造加工プロセスに入る前の段階で、依頼者が加工前財貨

(すなわち投入財)を有している)。

以上が TFGP による FGP の SNA 上の取扱に関する提

案の概要であるが、実務上は、FGP とその他の生産者

を区別することの難しさもあることから、今後は事例分

析を進めつつ、事項について検討が継続されることとな

っている。

(3)SNA の国際基準の将来に関する議論

2014 年の WPNA(及び WPFS との合同会合)におい

ては、初めての試みとして、数か国の代表による特定テ

ーマに関するパネルディスカッションが行われた。

WPNA と WPFS の合同会合では、SNA の研究課題や、

国際基準の今後の在り方について、米国(BEA)、英国(統

計局)、フランス(INSEE)、豪州(統計局)、Eurostat に

よる討論が行われた。議論は基本的にはフリーディスカ

ッションであり、将来のワークプログラムに関する特定

の方向性が示されたわけではないが、主な内容は以下の

とおりであった。

・ 将来のSNAに関する研究課題の候補として挙げられた

ものは、①所得の定義の再検討(所得に保有利得・損失

を含むべきかどうか)、②グローバル化への対応(グロ

ーバル・バリュー・チェーン、FGPの取込みの在り方

(上述))、③生産・資産境界のさらなる拡充の可能性(組

織資本、人的資本等)、④自然資源の採掘とGDPの関係

等であった。

・ 国際比較可能性の観点でより発展が必要なテーマとし

ては、環境経済勘定(SEEA)、非市場生産者を含むサー

ビス分野の産出の計測の在り方や生産性計測の在り方、

SNAを用いた所得格差等を分析する分布統計、グロー

バル化の中での適切な統計単位の在り方等が挙げられ

た。

・ SNAの国際基準の今後の発展については、進歩

(evolutionary)と革命(revolutionary)という二つの考え

方が示されたが、基本的に「進歩」のアプローチが支持

された。また、2008SNA / ESA2010の実施プロセス

がまだ途上にあり、OECD域外では依然として

1968SNAに依拠している国もある中で、拙速に新たな

基準を目指すよりは、これまでの経験に基づきつつ、

2008SNA / ESA2010 の妥当性を評価する必要性もあ

る(不必要になった勧告はないかも含めて)との意見も

あった。また、研究者の領域では経済理論との関係を

踏まえ、さらなる国際基準の拡張が求められる中で、ユ

ーザーサイドではより「安定性」(時系列の連続性を含

む)が選好される傾向があることにも留意する必要が

あるとの意見もあった。

・ このほか、SNAの推計方法に関しては、公的統計への

依存が回答者負担の観点からますます難しくなってい

る中、ビッグデータやIT技術の活用の可能性について

も関心が寄せられた。さらに、主要な厚生指標として

の国民純生産(NNI)の重要性や、月次GDPの重要性に

ついても議論があった(月次GDPについてはユーザー

          37 TFGP によると、BPM6 の記述は、FGP に当てはまるものではないと整理される。

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サイドでは重要視される一方で、メーカーサイドでは

必ずしも優先事項ではないという意見もあった)。さ

らには、地域別勘定の充実(表章内容、周期性の在り方

等)へのニーズも大きいとの指摘もあった。

SNA の今後の在り方については、引き続き議論が行

われることが想定され、その一環として、2015 年 4 月

には OECD 本部において、OECD と国民所得・国富学

会との合同カンファレンス(“W(h)ither the SNA?”38)が

開催される予定となっている。

4.各国おける四半期制度部門別勘定の作成の

取組

本節では、今回の WPNA の議論のうち、四半期別の

制度部門別勘定の作成に関する各国(オーストラリア、

カナダ)の取組について紹介する。吉田・多田(2013)

でも述べたとおり、国際的には、2008 年秋のリーマン

ショックに起因する世界金融危機の教訓という観点から、

経済・金融・財政分野等におけるより高い周期性と適時

性をもった統計データの整備に向けた取組が進められて

おり、そのためのガイドラインとして、国際通貨基金

(IMF)と金融安定化理事会(FSB)が 2009 年の G20 財

務大臣・中央銀行総裁会合に提案した「G20 データギャ

ップ・イニシアティブ(G20-DGI)」39 やこれを敷衍し

た IMF の「特別データ公表基準プラス(SDDS プラス)」

が作成され、各国に対してこれらに対応することが推奨

されている。このうち、G20-DGI においては、18 ある

勧告のうち、「勧告 15」として、貸借対照表を含む一連

の制度部門別勘定の整備が挙げられている。その問題意

識は、四半期別などよりタイムリーな形で制度部門別勘

定の動向を観察することで、2008 年秋の金融危機につ

ながったような過剰なレバレッジなどの不均衡の蓄積が

ないかを検知するということにある。

(1)オーストラリアにおける取組

オーストラリア統計局からは、現時点(2014 年 10 月)

では、四半期の制度部門別勘定に関しては、金融資産・

負債の取引や残高(資金循環統計)は整備されているも

のの、それ以外では、①所得支出勘定は一国全体、一般

政府、家計(個人企業と対家計民間非営利団体(NPISH)

を含む)、海外のみを作成する一方、②資本勘定 40 は一

国全体、非金融法人合計、金融機関、一般政府、家計(同

上)、海外について作成していた(非金融法人企業や一

般政府の内訳を作成していなかった)。これに対し G20-

DGI を踏まえ、制度部門別勘定をより包括的なものとす

べく作業が進められ、2014 年末以降公表を開始する予

定との説明があった(実際、2014 年 7-9 月期のデータ

が 2014 年 12 月に公表された。整備前後の勘定の公表範

囲については図表 15 を参照)。

こうした拡充された四半期制度部門別勘定の推計に際

し、基盤となる統計データは政府財政統計(GFS)、国

際収支統計(BOP)であり、例えば GFS から得られる

図表 15 オーストラリアにおける四半期制度部門別勘定の整備状況

部門 所得支出勘定 資本勘定

一国全体 ○ ○

非金融法人企業 ● ○

民間非金融法人企業 ● ●

公的非金融法人企業 ● ●

金融機関 ● ○

一般政府 ○ ○

中央政府 ● ●

州・地方政府 ● ●

家計(個人企業、対家計民間非営利団体含む) ○ ○

海外 ○ ○

(備考)○は、従前から整備されていた部分、●は、2014 年末から整備された部分。

          38 SNA は今後どこに向かうのか(whither)と、SNA は重要性が失われてしまうのか(wither)、というテーマを表している。39 The Financial Crisis and Information Gaps40 貯蓄と資本移転の純受取を源泉として、非金融資産の取得・処分を記録し、バランス項目として純貸出/純借入を導出する勘定(日本

の SNA で言う資本調達勘定(実物取引))。

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一般政府の支払側データの詳細から、取引相手方である

制度部門別の受取を推計するといったアプローチ

(counter-party model と呼ばれる)を採用しているとのこ

とである。なお、非金融非生産資産の取得・処分につい

ては、GFS と BOP からまず政府、公的企業、海外が把

握され、一国全体との差額で民間非金融法人企業を推計

し、家計はデータ制約からゼロと仮定しているとのこと

である。また、配当については、海外部門や政府・公的

部門の受取・支払はやはり GFS や BOP から推計し、相

手方の支払・受取は、直近年度の分割比率で求める一方、

民間法人企業(金融、非金融)から他の部門への配当支

払は規制当局のデータや主要企業の財務諸表をもとに、

直近年度値から延伸し、相手方の受取は直近年度の分割

比率を用いているとのことである。

このように利用可能な基礎統計を駆使して四半期勘定

の整備を進めているものの、オーストラリア統計局によ

れば、推計方法が粗い面も多く、本来概念的には一致す

る純貸出/純借入の実物面と金融面の不突合は相応に存

在しているとのことである。また、不突合をできるだけ

小さくするために、金融取引の勘定の中で最も弱い部分

(その他の金融資産・負債等)で調整を図るなどの取組

も行っているとのことであった。

(2)カナダにおける取組

カナダ統計局からは WPNA の場において、自国の四

半期勘定の経緯や現状について説明があった。具体的に、

カナダは現時点では四半期ベースの勘定としては、支出・

分配側 GDP(一国計)に加えて、制度部門別の所得支

出勘定、資本勘定、金融勘定、貸借対照表が作成・公表

されており、かなり包括的な整備が行われていると言え

る。こうした勘定の作成においては統計局内の各部署(マ

クロ経済部局と各種基礎統計部局の間、さらにマクロ経

済部局の中で、産業別勘定、SNA、BOP、GFS との間)

でデータの検証など緊密に連携を図りながら行っている

とのことである。

四半期制度部門別勘定の推計のための基礎データとし

ては、①非金融法人企業は財務諸表情報に係る企業ベー

スの四半期調査 41 等、②金融機関は各種規制当局によ

るクエスチョネアから得られる業態別のデータ、③家計

は家計調査や小売統計、各種業界統計(自動車登録等)

の組み合わせ、④一般政府は各種の月次収支データや関

係機関の財務諸表が用いられている模様である。なお、

⑤ NPISH は最も制約が大きく、その動向を最も代表す

る雇用・賃金データや、政府関連の基礎資料から得られ

る移転関係のデータを組み合わせるなどの工夫を行って

いるとのことである。なお、オーストラリアに見られる

純貸出/純借入の実物・金融の不突合については、やは

り課題ではあり、推計方法や基礎統計に係る問題の所在

の分析に活かしているという説明があった。

カナダ統計局によれば、将来的には、(a) 基礎統計の

精査・拡充と精度の向上、(b) 現在は作成していない調

整勘定とその内訳の開発、(c) 現在は四半期では取り込

めていない自然資源の部門別推計の導入 42 等を視野に

入れているとのことである。

5.結びにかえて

本稿では、2014 年の OECD / WPNA 会合に係る出張

報告という形をとり、SNA の新たな国際基準への各国

の対応状況や、国際基準の修正・改善・発展に向けた最

新の議論の動向等を紹介した。また、国際的な統計の整

備状況という観点で、G20 のイニシアティブに沿った四

半期制度部門別勘定に係る各国の取組事例についても述

べた。

国際基準への対応という点では、我が国は、OECD 加

盟国のうち現時点で 2008SNA に対応していない 3 か国

のうちの一つであり、現在目標としている 2016 年度中

の我が国 SNA の基準改定に際して、2008SNA への対応

を確実に達成することが重要である。また、2008SNA

移行に際しては、移行状況に関する国際比較を容易とす

るよう、GDP 水準等について改定要因を可能な限り丁

寧に示していくことが統計利用者の利便性に資すると考

えられる。また、本稿で明らかにしたように、2008SNA

の勧告のうち年金受給権の記録については、若干の修正

が行われる方向で議論が進んでおり、我が国が本勧告に

対応する場合には、こうした議論を踏まえることが重要

であろう。さらに、将来的にはグローバル生産の適切な

記録が SNA 上の主要な課題の一つとなっており、グロ

ーバル・バリュー・チェーンの一角を担う我が国製造業

の状況を的確に統計に反映させるための検討も必要にな

ってくるものと考えられ、国際的な議論の最新の動向を

ウォッチしていくことがますます重要になるであろう。

本稿が、こうした我が国 SNA の改善に向けた検討の一

助となることを期待したい。

          41 日本でいう「法人企業統計」(財務省)に相当すると思われる。42 2013 年の OECD / WPNA 会合において作業の方向性が紹介され、2015 年以降導入していく方向となっている(増田・多田(2014)参照)。

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(参考図表1)現在議論されている家計退職後資源に係る補足表案

AB

CD

E=A

toD

FG

HI

JK

LM

N=Et

oMO=

D+N

PQ

R=O-

P+Q

1

2=2.1

2.52.1

-2.5

2.1 2.2n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.

2.3 2.46.1

+6.2

2.5

3n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.n.

a.

4

5=2+

3-4 6 7 8 9 10 11 12 13

14=1

1-12

+13

annuities

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(参考図表2)国連・ECB のハンドブックに従った年金受給権の記録

0

F

1

A B

D-G

DG

D

D-G

0-A

-B-D

+G

2A

+B+D

A B

AE

AE

B C D-A

-B-D

+G

B C DF

-C+E

+FF

A+B

+C+D

-E-F

F

A+B

+C+D

-F-E

-A-B

-D+G

A+B

+C+D

-F-E

A+B

+D-F

B+D

-GA

+B+C

+D-F

-EB

D-G

A+B

+C+D

-F-E

-A0

-C+E

A+G

+C-E

-F-A

-B-D

+GA

+B+D

-F

-A-B

C)

F)A

帰属

的な

利子

(受

取)

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Eurostat(2014a) “Manual on the Changes between ESA95 and ESA2010”

Eurostat(2014b) “First Estimation of European Aggregates Based on ESA2010,” Eurostat News Release

Institut National de la Statistique et des Études Économiques (INSEE)(2014) “Les Comptes Nationaux Passent en Base 2010”

Van de Ven, Peter (2015) “New Standards for Compiling National Accounts: what's the impact on GDP and other macro-economic indications 7,” OECD Statistics Briet

Stapel-Weber, S. (2014) “GDP is Changing,” Eurostat ウェブサ

イト上のプレゼンテーション資料

United Nations and European Central Bank(2014) “Financial Production, Flows and Stocks in the System of National Accounts”

多田(2013a) 「SNA における確定給付型企業年金の発生主

義の記録に関する考察」(季刊国民経済計算 No.151)多田(2013b) 「オーストラリア出張報告」(季刊国民経済計

算 No.152)多田・増田(2014) 「2013 年 10 月開催 OECD 国民経済計算

に関する作業部会に係る出張報告」(季刊国民経済計算

No.153)田原・須賀(2015) 「所有権移転費用に係る 2008SNA 勧告

への対応に向けて」(季刊国民経済計算 No.156)内閣府(2014a) 国民経済計算次回基準改定に関する研究

会第 10 回資料 3 http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/seibi/kenkyu/setsumei_top.html

内閣府 (2014b) 統計委員会国民経済計算部会第 14 回資料 1

http://www5.cao.go.jp/statistics/sna/sna_14/siryou_1.pdf内閣府 (2014c) 統計委員会国民経済計算部会第 15 回資料 1

http://www5.cao.go.jp/statistics/sna/sna_15/siryou_1.pdf吉田・多田(2013) 「我が国国民経済計算における四半期税

収等の発生主義による記録について」(季刊国民経済計

算 No.152)