8
August 2010 ボイラ研究 第362号 -(11)- 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし, ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ イラーで発生した蒸気の送気配管や送気した先の 機器の保全さらに省エネルギーや節水の観点か ら,清浄な蒸気凝縮水の回収・再利用も次第に要 求されるようになった。これらの要求から,給水・ 蒸気復水系統での腐食防止の処理が重視されるよ うになった。 本稿では,軟化水給水・イオン交換水給水のそ れぞれについて,給水・蒸気復水系統での腐食に よるボイラー・蒸気設備への影響,その対応策と してのアンモニアによる処理とその代替となるア ミン処理を比較して述べる。 2.給水系統・蒸気復水系統での腐食の特徴とボ イラー設備の運転・保全への影響 (1)軟化水補給水のボイラー設備での腐食の特徴 原水およびその軟化水を補給水とする給水を使 用すると,給水中の酸消費量(pH4.8)(主に炭 酸水素塩)はボイラー内で熱分解して二酸化炭素 を発生させる (1) 2NaHCO 3 →Na 2 CO 3 +CO 2 +H 2 O (1) Na 2 CO 3 +H 2 O→2NaOH+CO 2 (2) この二酸化炭素は,ボイラーから発生する蒸気 によって蒸気の送気配管や蒸気利用設備に移行 し,送気配管内や蒸気利用設備(熱交換器など) で発生する蒸気凝縮水に溶解して炭酸となる。 CO 2 +H 2 O⇄H 2 CO 3 (3) H 2 CO 3 ⇄H + +HCO 3 (4) HCO 3 ⇄H + +CO 3 2- (5) 蒸気凝縮水のように,溶解塩類を含まない水は pH緩衝作用が小さいため,炭酸のような弱酸が 溶解してもpHは容易に低下する。図1に,イオ ン交換水に溶解した二酸化炭素の濃度とpHの関 係を示す (2) 上式で生成した炭酸は,次式に示す反応で鉄を 溶解(腐食)し,酸化鉄(Fe 2 O 3 )を生成する。 アンモニアの代替有機アミンについて 栗田工業㈱      佐 藤 隆 敏 Substitute Organic Amines for Ammonia Treatment in Steam Generating Systems by Takatoshi Sato 論  文 図1 二酸化炭素のイオン交換水への溶解濃度と pHの関係

2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

  • Upload
    dangbao

  • View
    217

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

August 2010 ボイラ研究 第362号-(11)-

1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボイラーで発生した蒸気の送気配管や送気した先の機器の保全さらに省エネルギーや節水の観点から,清浄な蒸気凝縮水の回収・再利用も次第に要求されるようになった。これらの要求から,給水・蒸気復水系統での腐食防止の処理が重視されるようになった。 本稿では,軟化水給水・イオン交換水給水のそれぞれについて,給水・蒸気復水系統での腐食によるボイラー・蒸気設備への影響,その対応策としてのアンモニアによる処理とその代替となるアミン処理を比較して述べる。

2.給水系統・蒸気復水系統での腐食の特徴とボイラー設備の運転・保全への影響

(1)軟化水補給水のボイラー設備での腐食の特徴 原水およびその軟化水を補給水とする給水を使用すると,給水中の酸消費量(pH4.8)(主に炭酸水素塩)はボイラー内で熱分解して二酸化炭素を発生させる(1)。

  2NaHCO3→Na2CO3+CO2+H2O (1)  Na2CO3+H2O→2NaOH+CO2 (2)

 この二酸化炭素は,ボイラーから発生する蒸気によって蒸気の送気配管や蒸気利用設備に移行し,送気配管内や蒸気利用設備(熱交換器など)

で発生する蒸気凝縮水に溶解して炭酸となる。

  CO2+H2O⇄H2CO3 (3)  H2CO3⇄H++HCO3- (4)  HCO3-⇄H++CO32- (5)

 蒸気凝縮水のように,溶解塩類を含まない水はpH緩衝作用が小さいため,炭酸のような弱酸が溶解してもpHは容易に低下する。図1に,イオン交換水に溶解した二酸化炭素の濃度とpHの関係を示す(2)。 上式で生成した炭酸は,次式に示す反応で鉄を溶解(腐食)し,酸化鉄(Fe2O3)を生成する。

アンモニアの代替有機アミンについて

栗田工業㈱     

佐 藤 隆 敏

Substitute Organic Amines for Ammonia Treatment in Steam Generating Systems

by Takatoshi Sato

論  文

図1 二酸化炭素のイオン交換水への溶解濃度とpHの関係

Page 2: 2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

アンモニアの代替有機アミンについて

ボイラ研究 第362号 August 2010-(12)-

  Fe+2H2CO3→Fe(HCO3)2+H2 (6)  2Fe(HCO3)2+1/2O2   →Fe2O3+4CO2+2H2O (7)

 また,この蒸気凝縮水中に溶存酸素が共存する場合には,アノード反応とカソード反応によってさらに腐食が進行する(3)。

 (アノード反応)Fe→Fe2++2e- (8) (カソード反応)1/2O2+H2O+2e-→2OH- (9)

 この時,炭酸は腐食反応に直接関与しないが,蒸気凝縮水中に遊離の炭酸として存在することでpHを低下させて,鉄の腐食生成物の溶解度を高めてアノード反応部から水中へ除去されやすくし(式(6)),腐食を間接的に促進している。 図2(1)に,蒸気凝縮水のpH・溶存酸素濃度と炭素鋼の腐食速度の関係を,図2(2)に,同じく銅の腐食速度の関係を示す(4)。 蒸気凝縮水と接する蒸気送気配管・機器に使用される炭素鋼の腐食によって,直接の障害として

配管の減肉・破孔による蒸気や水の漏れが発生する。写真1に,蒸気凝縮水回収配管での腐食・破孔の発生事例を示す(1)。 また,間接的な障害としては,ボイラー給水として回収・再利用される蒸気凝縮水に腐食が進行中の蒸気配管や機器から腐食生成物が溶存してボイラー内に持ち込まれ,沸騰伝熱面上でのスケール付着量の増加やボイラー底部などでのスラッジ堆積量の増加の原因となる。

図2 溶存酸素(DO)濃度,pHと腐食速度の関係

写真1 蒸気復水配管での腐食・破孔発生例

Page 3: 2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

アンモニアの代替有機アミンについて

August 2010 ボイラ研究 第362号-(13)-

(2)イオン交換水補給水のボイラー設備での給水 ・復水系統での腐食の特徴 一方,常用運転圧力が2MPaを超える中・高圧クラスのボイラーでは,補給水としてイオン交換水が使用され,給水の加熱脱気もされるため,給水中の二酸化炭素や溶存酸素の濃度は低く,蒸気配管や蒸気使用機器の腐食速度は小さい。ただし,腐食速度は小さいとはいえ,給水や復水系統の配管や機器から溶出した腐食生成物(主に酸化鉄)がボイラーへの給水によってボイラー内に持ち込まれ,伝熱面上でのスケール付着量の増加やスラッジ堆積量の増加の原因となる。中・高圧クラスのボイラーでは,ボイラーの運転圧力とそれに対するボイラー水温度が高く,蒸発管の沸騰伝熱面で伝熱面負荷量も大きいため,少量のスケール付着速度でも数年間の連続運転によって伝熱阻害が徐々に増大して蒸発管のメタル温度が上昇し,膨出・噴破などの損傷の原因となる。このように,復水・給水のpHの制御は,給水中の鉄濃度の増減につながるため,非常に重要である(図3)(1)。また,給水のpHは最近着目されているエロージョン・コロージョンあるいはFAC(Flow Accelerated Corrosion:流動加速腐食)と呼ばれる給水系の

配管や機器での減肉障害の重要な化学的要因のひとつでもあり,適正な管理が必要である。

3.アンモニアと中和性アミンの比較(1)アンモニアと有機アミンの比較 蒸気系統配管や送気先の蒸気利用機器の鉄系材の腐食の抑制には,蒸気凝縮水のpHを高く保持管理することが重要である。その制御に用いられる薬剤としては,一般的に表1に示す揮発性のあるアンモニアあるいは分子量60~100前後の低分

図3 給水のpHと鉄濃度の関係の例(純水給水ボイラー)

表1 アンモニアと主なアミンおよびその特性

アミンの種類 化 学 式解離定数(KB値)(25℃)

二酸化炭素1mgCO2/Lの中和(pH=5.5→7.0)に要する添加量(mg/L)

二酸化炭素10mgCO2/Lの中和(pH=5.2→7.0)に要する添加量(mg/L)

分配比(注)

(圧力1MPa)

アンモニア NH3 1.76×10-5 0.32 3.15 7.9シクロヘキシルアミン

C6H11NH2 3.39×10-4 1.83 18.3 20

モルホリン C4H8ONH 2.09×10-6 1.69 16.9 1.02-アミノエタノール NH2CH2CH2OH 3.15×10-5 1.14 11.4 0.141-アミノ-2-プロパノール

NH2CH2CH(OH)CH3 5.25×10-5 1.39 13.9 0.26

2-アミノ-2-メチル-1-

プロパノールCH3C(CH3)(NH2)CH2OH 5.62×10-5 1.65 16.5 0.59

注) 分配比=

蒸気中のアミン類の濃度       水中のアミン類の濃度

Page 4: 2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

アンモニアの代替有機アミンについて

ボイラ研究 第362号 August 2010-(14)-

子量の有機アミンが使用されている(3)。これらのアミンは,給水・蒸気凝縮水のpHの上昇を目的として使用されているので,中和性アミンと呼ばれている. アンモニアは,低価格でかつ給水・蒸気復水の中和には少量の添加で済み,また,熱的・化学的に安定であるため,非常に有用な中和剤である。この長所によって,亜臨界圧・超臨界圧クラスの事業用火力発電設備を中心に,中・高圧ボイラーの給水・蒸気復水のpH調整・腐食防止剤として広く使用されてきた。 しかし,低圧の蒸気発生用ボイラー設備では,以下の問題がある。 ①蒸気の送気先のプロセス熱交換器などの伝熱

管に多く使用される銅合金のアンモニア腐食による破孔を起こしやすい短所がある。

 ②製造プロセスの製品や室内加湿用に直接蒸気を噴霧する場合は,蒸気に付く臭気が弱いことが要求される。

 また,産業用火力発電設備では,以下のようなところに銅合金を採用している場合が多い。 ・発電用蒸気タービンからの抽気蒸気あるいは

排気蒸気の送気先のプロセス熱交換器などの伝熱管類

 ・蒸気タービン復水器の冷却管 ・給水加熱器管 これらの銅合金もアンモニア腐食によって比較的短期間での減肉・破孔による障害の発生が懸念されるため,非常に精密な水質監視・制御が要求されている。写真2に,蒸気タービン復水器での

冷却管の腐食・破孔事例を示す(1)。復水タービンの復水器冷却管が破孔した場合,冷却水の復水・給水への漏れ込みによるボイラー内の伝熱面・過熱器・蒸気タービンへのスケール付着や腐食による障害の発生が懸念される。 図4に,アンモニアとアミンの銅に対する腐食性試験結果を示す(1)。アンモニアは銅に対する腐食性が高いが,モルホリンを始めとするアミン類は銅に対する腐食性が低い。 また,薬品注入タンクへの補充投入作業時には,アンモニアの強烈な刺激臭が作業の障害となっている。さらに,屋内に薬注タンクが設置されている場合には,タンクから漏れ出るアンモニアの刺激臭が作業環境を悪化させ,室内での他の作業の妨げとなる場合がある(表2参照)(2)。 したがって,低圧クラスの蒸気発生ボイラーと中・高圧クラスの発電用蒸気タービン・製造プロセス用の熱交換器群に併せて蒸気を供給する一般産業用火力発電用ボイラーは,いずれも給水・蒸気凝縮水のpH調整用にアンモニアの代替えの薬剤として銅や銅合金に対する腐食性が低く,取り扱いの上で臭気が弱いアミンを使用している例が非常に多くある。 なお,表1には中和性アミンの重要な特性である分配比も挙げているが,分配比とはある圧力下における蒸気中のアミン濃度と水中のアミン濃度の比である。分配比が大きいアミンは蒸気へ移行

写真2 復水器冷却管のアンモニア腐食による破孔の状況        

0

0.7

0.6

0.5

0.4

0.3

腐食減量 (mg/cm2 )

0.2

0.1

2 3 4 5

HCI

モルホリン

シクロヘキシルアミン

アルカノールアミン

アンモニア

6 7 8復水pH (at25℃)

9 10 11 12 13 14

図4 復水pH,pH調整剤の種類と銅の腐食量の関係(条件:常温,静置,48時間)

破孔箇所

Page 5: 2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

アンモニアの代替有機アミンについて

August 2010 ボイラ研究 第362号-(15)-

しやすいが,蒸気が放熱して凝縮する際に蒸気から凝縮水へは移行し難い。一方,分配比が小さいアミンは蒸気へ移行し難いが,蒸気が放熱して凝縮する際に蒸気から凝縮水へは移行しやすい。この分配比の違いを利用して,分配比が大きいアミンと小さいアミンを適度な比率で配合して,蒸気の送気配管が長い場合にボイラーから近い距離から末端までの間で配管内で発生する凝縮水に適度な濃度で移行させて,凝縮水のpHを適切に維持するようにしている。

(2)低圧クラスのボイラーでのアンモニアとその代替であるアミンによる腐食防止

1)中和性アミンによる腐食の抑制 図2(1)に示したように,蒸気凝縮水のpHを高く維持すると,蒸気凝縮水と接する蒸気配管や機器に使用されている鋼材の腐食を抑制することができる。これは,pHを高くすることでOH-イオン濃度を高めて,式(9)のカソード反応を抑制し,同時に腐食生成物の溶解度も低く抑えて式(6)に示す鉄の溶出反応を抑える作用による。 なお,図5にイオン交換水中のアンモニアと,主なアミンのそれぞれ単独による濃度とpH曲線を示す(1)。 水のpHを9.0に上昇させるには,アミンの必要量は一般にアンモニアの3倍程度,さらにモルホ

リンは16倍程度と多くなる。 また,表1に示したアンモニアと主なアミンの特性では,二酸化炭素の中和に必要な量はアンモニアが最少であり,一方アミンはアンモニアの3~4倍の量となる。2)皮膜性アミン 低圧クラスのボイラーには,中和性アミンの他に皮膜性アミンも使用される。皮膜性アミンとしては,一般式:R-NH2(ただし,RはC10~C22)で示されるアルキルアミンである。この中で最も多く使用されているのは,C18のオクタデシルアミン(以下,ODA)である。ODAは水に難溶性であるが,乳化剤を用いて水中で乳化分散状となるように製剤し,ボイラー給水に容易に添加できるようにして使用している。ボイラー給水に添加したODAは,ボイラー内で揮発して蒸気に移行する。 皮膜性アミンの作用機構は,図6の皮膜性アミンの吸着モデル(1)に示すように,アミノ基(-NH2)が金属表面に吸着して,単分子層あるいは多分子層のち密な皮膜を形成する。この吸着皮膜は,配管や熱交換器などの機器内の蒸気凝縮水が発生する金属面上に形成され,アルキル基(-R)の水との親和性が低いため,凝縮水の金属表面への直接の接触を妨げて,凝縮水に溶存する二酸化炭素や酸素による腐食の発生と進行を抑制する。

表2 アンモニア,主な揮発性アミンとその臭気特性

アミンの種類 臭気 嗅覚閾値(注)

アンモニア 刺激臭 0.15mL/m3

シクロヘキシルアミン

アミン臭 0.20mL/m3

モルホリン アミン臭 1.03mL/m3

2-アミノエタノール 微かなアミン臭 15mL/m3

1-アミノ-2-プロパノール

微かなアミン臭 7.25mL/m3

2-アミノ-2-メチル-1-プロパノール

微かなアミン臭 4.3mL/m3

注) 嗅覚閾値:何の臭いか感知できる最小濃度  (認知閾値) 図5 アンモニア・各種アミンの濃度・pH曲線

Page 6: 2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

アンモニアの代替有機アミンについて

ボイラ研究 第362号 August 2010-(16)-

写真3に,皮膜性アミンの吸着によって蒸気配管の内面に形成された皮膜の撥水性を示す(1)。 ODAの防食効果は吸着皮膜の安定性とち密性に依存するので,皮膜をより安定かつち密に形成し維持するには,以下のことが有効な方法である。 ①ODAの添加量を多くする。 ②凝縮水のpHを上げて,結合を強めて吸着を

安定化する。 ③凝縮水の温度を低くして,結合を強めて吸着

を安定化する。 また,金属面に接触しようとする凝縮水中に溶存する腐食性因子である二酸化炭素と酸素の濃度が低い方が腐食速度を低くできるので,給水の前処理と脱酸素処理によって,以下のことも当然有効な方法である。 ①蒸気中の二酸化炭素の発生源である酸消費量(pH4.8)成分の濃度を低くする。

  ※中和性アミンを併用して,二酸化炭素を含有する凝縮水のpHを引き上げる方法も有効であ

る。この方法を中和性アミン・皮膜性アミン

の併用処理と呼ぶ。

 ②酸素濃度を低くする。 なお,ODAの添加量を過剰に多くし過ぎると,特に処理を開始した初期時に蒸気凝縮水配管の内面や機器の接水面上に付着していた腐食生成物が剥離して,過剰なODAと混合して粘性のあるガム状の剥離物として,ストレーナの詰まりやスチームトラップの動作不良の原因となる場合があるので,少量ずつの増量が望ましい。

(3)低圧クラスのボイラーでのアミンの安全性・臭気などの特性

 運転圧力が2MPa前後までの低圧クラスのボイラーは,その発生蒸気を主にプロセス加熱(直接・間接)や空調機での空気加熱,室内加湿(直接・間接)などの用途に使用している。また,この圧力クラスのボイラーでは給水は軟化水が多く,酸消費量(pH4.8)成分の熱分解によって発生する蒸気中の二酸化炭素の中和に多くの量のアンモニアやアミンの添加を要する。 したがって,添加するアンモニアやアミンは安全性が要求され,また,強い臭気の発生を避ける必要がある。この点から,刺激臭の強いアンモニアの使用は避けられ,アミンを使用する場合にも臭気の弱いものを選定し使用されている(表2参照)。 表3に,アンモニアとアミンの主な安全性データを示す(14)。 臭気の強弱や安全性を考慮して,低圧クラスのボイラーでは,一般に1-アミノ-2-イソプロパノールや2-アミノ-2メチルプロパノールが使用されている。 なお,食品製造プロセスなど食品に接触する可能性のある蒸気に添加できるアミンとしては,日本の国内法規での規定はないが,米国食品医薬品局(FDA)※等の規定や制限を準用している。※FDAでは,食品製造プロセスに使用できる化学物

質の種類とその使用上の制限(蒸気中濃度の上限。

ただし,いずれのアミンも牛乳および乳製品に接

触する蒸気には使用できないこと)を規定してい

る(5)。この中で,中和性アミンとしてシクロヘキ

シルアミン・ジエチルエタノールアミンおよびモ

ルホリン,皮膜性アミンとしてオクタデシルアミ

ンを指定している。

写真3 蒸気配管内面に形成された    皮膜性アミンによる撥水性

図6 皮膜性アミンの金属表面への吸着状態

Page 7: 2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

アンモニアの代替有機アミンについて

August 2010 ボイラ研究 第362号-(17)-

(4)中高圧クラスのボイラーでのアミンの熱安定性

 運転圧力が2MPaを超えるボイラー,特に5MPaを超え,蒸気タービンが設置されている発電設備には過熱器が設置され,また,蒸気が復水となり繰り返しボイラー給水として使用される。このような火力設備での水・蒸気の回路内の温度条件では,アンモニアは十分に安定であり,分解することはない。一方,アミンは繰り返し200℃~最高560℃の高温に曝されると徐々にあるいは急速に熱分解して,アミノ基はアンモニアに,その他の構造は一部が酢酸やギ酸のような低分子の有機酸あるいは二酸化炭素に分解する。この熱分解に対する耐性(耐熱性)はアミンの種類によって異なり,表1に挙げたアミン種は,オートクレーブを用いて実施した試験では,モルホリン,シク

ロヘキシルアミンや2‒アミノエタノールが熱分解率が低く,耐熱性が高いアミンと言える(1)。 したがって,中・高圧クラスのボイラーに対しては,熱安定性の高いモルホリン,シクロヘキシルアミンおよび2‒アミノエタノール,あるいはこれらの混合品を使用している例が多い。 この他にも,これらのアミンに準じる耐熱性や適切な解離定数・揮発度のアミンが見出されて使用されている。 なお,皮膜性アミン(ODA)は250℃以上で熱分解を起こすために,蒸気の飽和温度が250℃を超える中・高圧クラスのボイラー設備では使用していない(1)。さらに,常用運転圧力2MPa以下の低圧クラスのボイラーでも,蒸気タービン向けの過熱器の設置されたボイラーでは,過熱蒸気の温度が250℃を上回るため使用していない。

表3 アンモニアと主なアミンの急性毒性データおよび許容濃度

アミンの種類急性毒性

(経口LD50)

許容濃度

OSHA(*) ACGIH(**)日本産業衛生学会

アンモニアoral-rat350mg/kg

50ppmTWA:25ppmSTEL:35ppm

17

シクロヘキシルアミン

oral-rat710mg/kg

未設定 TLV-TWA:41 未設定

モルホリンoral-rat1,050mg/kg

PEL-TWA:71 TLV-TWA:71 7.5

2-アミノエタノールoral-rat2,100mg/kg

PEL-TWA:6 TLV-TWA:7.5 未設定

1-アミノ-2-プロパノールoral-rat4,260mg/kg

未設定 未設定 未設定

2-アミノ-2-メチル-1-プロパノールoral-rabitLDLo

1,000mg/kg未設定 未設定 未設定

(単位等) - mg/m3 mg/m3 mg/m3

注) (*) OSHA: Occupational Safety & Health Administration U.S Department of Laborの定める許容濃度 PEL:Permissible exposure limit (**)ACGIH: American Conference of Governmental Industrial Hygienistsの定める許容濃度 TLV:Threshhold Limit Value TWA:時間加重平均,STEL:短時間曝露限度

Page 8: 2010 08 No362 2010 -(11)- ボイラ研究 第362号 1.はじめに 従来,ボイラーの水処理の目的はボイラー本体 の腐食防止とスケール付着防止であった。しかし,ボイラー設備の保全のみに限らず,給水系統やボ

アンモニアの代替有機アミンについて

ボイラ研究 第362号 August 2010-(18)-

4.まとめ 以上,アンモニアの有機代替アミンについて概説した。 ボイラー設備,特に熱交換器や復水器などの蒸気利用設備の保全上の必要性とアンモニアに比較して臭気が弱い,銅に対する腐食性が低いなどの特長から,安全性も考慮した上で,有機代替アミンが広く使用されている。 これからも安全性を一番に考慮した上で,ボイラーの運転条件,蒸気の用途や温度条件に応じてpH上昇能力・分配比・熱安定性などの特性から適切なアミンが選び出されて,使用され続けていくと考える。

参考文献(1) 栗田工業㈱,薬品ハンドブック(2) 栗田工業㈱資料(3) ㈳日本ボイラ協会編,ボイラーの水管理<知

識と応用>(4) ㈳日本ボイラ協会編,ボイラーの水管理用語

解説(5) 海外技術資料研究所編,「4万2千種化学薬

品毒性データ集成(1975)」(6) CFR21 173.310「ボイラー添加物」

URL http://www.jbanet.or.jp/menu/qsc.htm