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69 服薬アセスメントシート作成による 自己管理能力評価の試み ── 高齢者の服薬管理自立度を入院前後で低下させないために ── 町立中標津病院・看護部長 佐々木 由美子 町立中標津病院・看護師 佐久間 町立中標津病院医療安全推進室感染管理部門・看護部係長 真奈美 北海道大学大学院医学研究科医学教育推進センター・学術研究員 貴久子 抄録 高齢者の服薬治療は,慢性疾患の併存疾患数に対する多種多剤薬の処方,加齢に伴う身体的,心理 的,社会的特性を背景とした複合的な要素を含む課題である.本研究では,入退院により服薬自立レ ベルが入院前より低下しないこと,退院後も正確な服薬行動が継続できるような支援を目指し,入院 早期より服薬リハビリを実施するため,服薬行動の自立度を評価するツールを作成しその利用可能性 を検討した. 既存の服薬能力判定試験を参考に,高齢者の特性要因を加えて総合的に評価するアセスメントシー トを作成した.病棟での試用の結果,より簡便に利用できるツールであることが望ましく,改良を加 え服薬リハビリチェックリストを作成した.この総合点の判定に基づき服薬リハビリを開始した結果, 自己管理可能群と不可能群間に有意な差を認め,高齢者の服薬管理自立程度を弁別するツールとして の利用可能性を示した.今後は高齢者の在宅での薬物管理へも応用できることを目指し,入院医療と 在宅療養間の連携した高齢者の服薬サポートを実現するための取り組みへと発展させていく. Ⅰ.はじめに 先進国で65歳以上の患者の約30%に5剤以上 の薬物が処方される現状(Scott 2015)において, 高齢者の服薬治療は,慢性疾患の併存疾患数に対 する多種多剤薬の処方,加齢に伴う身体的,心理 的,社会的特性を背景とした複合的な要素を含む 課題である. 特に慢性疾患を併存する高齢者の服薬治療は, 維持療法薬と予防的薬物が処方されており,病態 の増悪を予防するためにも正確な服薬が求められ る.しかしながら,在宅における服薬順守状況は, 薬物数の多さや同居家族の有無により違いがある ことが指摘(葛谷2015)されるように,高齢者 の特性と家族要因による影響を受けることが明ら かとなっている.また,慢性疾患を抱える高齢者 が,何らかの理由で症状の悪化や他の要因により 入院を余儀なくされた場合,入院中は一般的に薬 剤師,看護師等の医療職者による厳重な服薬管理 を受けるが,退院と同時に自己管理へと移行する. このような背景を考慮し,入院中から退院後の在 宅療養を見据えた服薬リハビリの必要性は述べら れているものの,多職種,専門職の連携不足(葛 谷2015)や入院期間の短縮(厚生労働省2005) により十分に態勢が整わないまま退院することと なる. 入院は高齢者にとって身体的な影響だけでなく, 安静に伴う運動機能や ADL の低下,リロケーシ ョンに伴う生活環境の変化は心理的にも多大な影 響を与える(中西2012)とされ,入院前より退

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服薬アセスメントシート作成による自己管理能力評価の試み

──高齢者の服薬管理自立度を入院前後で低下させないために──

町立中標津病院・看護部長 佐々木 由美子町立中標津病院・看護師 佐久間 靖 子

町立中標津病院医療安全推進室感染管理部門・看護部係長 東 后 真奈美北海道大学大学院医学研究科医学教育推進センター・学術研究員 武 冨 貴久子

抄録高齢者の服薬治療は,慢性疾患の併存疾患数に対する多種多剤薬の処方,加齢に伴う身体的,心理的,社会的特性を背景とした複合的な要素を含む課題である.本研究では,入退院により服薬自立レベルが入院前より低下しないこと,退院後も正確な服薬行動が継続できるような支援を目指し,入院早期より服薬リハビリを実施するため,服薬行動の自立度を評価するツールを作成しその利用可能性を検討した.既存の服薬能力判定試験を参考に,高齢者の特性要因を加えて総合的に評価するアセスメントシートを作成した.病棟での試用の結果,より簡便に利用できるツールであることが望ましく,改良を加え服薬リハビリチェックリストを作成した.この総合点の判定に基づき服薬リハビリを開始した結果,自己管理可能群と不可能群間に有意な差を認め,高齢者の服薬管理自立程度を弁別するツールとしての利用可能性を示した.今後は高齢者の在宅での薬物管理へも応用できることを目指し,入院医療と在宅療養間の連携した高齢者の服薬サポートを実現するための取り組みへと発展させていく.

Ⅰ.はじめに

先進国で65歳以上の患者の約30%に5剤以上の薬物が処方される現状(Scott2015)において,高齢者の服薬治療は,慢性疾患の併存疾患数に対する多種多剤薬の処方,加齢に伴う身体的,心理的,社会的特性を背景とした複合的な要素を含む課題である.特に慢性疾患を併存する高齢者の服薬治療は,維持療法薬と予防的薬物が処方されており,病態の増悪を予防するためにも正確な服薬が求められる.しかしながら,在宅における服薬順守状況は,薬物数の多さや同居家族の有無により違いがあることが指摘(葛谷2015)されるように,高齢者の特性と家族要因による影響を受けることが明ら

かとなっている.また,慢性疾患を抱える高齢者が,何らかの理由で症状の悪化や他の要因により入院を余儀なくされた場合,入院中は一般的に薬剤師,看護師等の医療職者による厳重な服薬管理を受けるが,退院と同時に自己管理へと移行する.このような背景を考慮し,入院中から退院後の在宅療養を見据えた服薬リハビリの必要性は述べられているものの,多職種,専門職の連携不足(葛谷2015)や入院期間の短縮(厚生労働省2005)により十分に態勢が整わないまま退院することとなる.入院は高齢者にとって身体的な影響だけでなく,安静に伴う運動機能や ADLの低下,リロケーションに伴う生活環境の変化は心理的にも多大な影響を与える(中西2012)とされ,入院前より退

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70 2014年度 ジェロントロジー研究報告

院後の生活能力が低下することが考えらえる.そのため,入院による服薬行動の自立度を低下させることなく,退院後も長期的かつ正確に服用を継続できるような取り組みは急を要するものであり,入院後に状態が落ち着いた時点で,(入院中から)服薬を自己管理へ移行することが望ましいと指摘(加藤2008)されている.そのためには,高齢入院患者の服薬が自己管理可能かどうかを見極めることが必要である.高齢者の服薬自立レベルが入院により低下することを懸念し,われわれは入院早期から退院に向けた服薬リハビリに取り組んでおり,高齢者の服薬自立レベルが入院前より低下しないこと,退院後も正確な服薬行動が継続できる支援を目指している.本研究では,患者の服薬能力を判定するツールである服薬能力判定試験(JapaneseRegimen Adherence Capacity Tests;J-RACT,黒野2012;塩見ら1997a;1997b)を参考に,入院高齢患者の服薬自己管理能力を評価する服薬アセスメントシートを作成し,その利用により入院中から服薬リハビリを実施した結果を報告する.

1.研究実施地域の背景当院は(町が運営する公)町立病院であり,北海道東部地域のセンター病院として中核的役割を担っている.全病床の数は15診療科199床で,そのうち19床の療養病棟を有する.療養病棟への入院患者は他診療科において急性期の治療を終えたあと,退院までの療養加療を受ける.患者は自宅または在宅扱いの施設へ退院する場合が多く,身体機能のリハビリテーションのみならず,退院後も続く療養や在宅治療を見据え生活背景を考慮した退院指導を含む看護ケアを提供している.当病棟入院患者の平均年齢は,80.2歳と高齢者が多い.2012年における近隣の高齢者率は,中標津町19.7%,別海町23.3%,羅臼町23.5%,標津町24.9%であったが,2035年にはすべて30%を超えると予測(総務省統計局2012)され,入院患者の高齢化は今後も続く傾向と予測される.

また,2015年度の北海道の単身高齢世帯の割合は推計で35.2%,夫婦のみ高齢世帯は37.7%とされており,全国平均を上回る.このように高齢者の独居や老々介護などの社会問題が深刻化する状況下で,自宅で生活する高齢者は慢性疾患コントロールのため,多種多様な内服の管理を自身の責任で行っていかなければならない.

Ⅱ.研究方法

【研究1:服薬アセスメントシートの作成と服薬リハビリ介入】1.服薬アセスメントシートの作成服薬能力判定試験 J-RACTは,聴力,視力の確認,服薬理解評価スケール(Regimen Compre-

hension Scale;RCS)と服薬作業能力評価スケール(Regimen Manual Dexterity Scale;RMDS)から構成される判定試験である.RCSは面接法で5つの用法の異なる薬袋を患者にみせ,その回答の合計得点により服薬理解能力を判定し,10点満点に満たない場合は注意を要すると判定し,主に薬袋の理解を評価する試験である(黒野ら1997).RMDSは患者の母指と示指で丸をつくるOKサイン試験と握力測定により,患者の服薬作業能力を判定(黒野ら1998)する.これらを参考に高齢者の特徴に応じた ADL自立度,認知の状況を見極める項目を加え,服薬アセスメントシートを作成した(表1).項目は,①ADL自立度(座位保持の可否),②名前がいえる,③薬袋の内容理解,④RCS,⑤内服薬開封作業状況,⑥聞こえる,⑦質問に対する受け答えができる,⑧薬袋の項目が読めるとし,各1点合計8点とした.加えて個人背景を考慮するため,属性(年齢,性別),家族背景(同居家族),入院期間,日常障害高齢者の寝たきり度(厚生省老人保健福祉部1992,表2),帰来先の情報を収集した.「ADL自立度」は服薬行動と関連づけ,他者やギャッジアップ等の支えの有無にかかわらず座位が保持できるか否かで判定した.「名前がいえる」

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服薬アセスメントシート作成による自己管理能力評価の試み 71

RCS

分類 項目 点数 結果 合計点数

ADL自立度 自力で座位保持できるかどうか 1

認知度 自分の名前がいえる 1

自分で飲んでいる薬の内容を理解している 1

1 朝ご飯を食べた後に飲む薬の入っている袋を全部教えてください

朝・昼食後(1)朝・昼・夕食後(1)朝・夕食後(1)朝食後と寝る前(1)朝・昼食前(-1)該当なし(-4)

2 昼ご飯を食べた後に飲む薬の入っている袋を全部教えてください

朝・昼食後(1)朝・昼・夕食後(1)朝・夕食後(-1)朝食後と寝る前(-1)朝・昼食前(-1)該当なし(-2)

3 夕ご飯を食べた後に飲む薬の入っている袋を全部教えてください

朝・昼食後(-1)朝・昼・夕食後(1)朝・夕食後(1)朝食後と寝る前(-1)朝・昼食前(-1)該当なし(-2)

4 寝る前に飲む薬の入っている袋を全部教えてください

朝・昼食後(-1)朝・昼・夕食後(-1)朝・夕食後(-1)朝食後と寝る前(1)朝・昼食前(-1)該当なし(-1)

5 昼ご飯を食べる前に飲む薬の入っている袋を全部教えてください

朝・昼食後(-1)朝・昼・夕食後(-1)朝・夕食後(-1)朝食後と寝る前(-1)朝・昼食前(1)該当なし(-1)

*1~5項目8割以上で満点1点 1~5項目の合計点:1=4点満点 2=2点満点3=2点満点 4,5=まちがえたら1点

内服作業状況 開封ができる(道具使用含む) 1

聴力(会話)

聞こえる(補聴器含む) 1

質問に対して受け答えができる 1

読める 薬袋の項目が読める 1

段階A:8点 自己管理可能B:7~6点 自己管理訓練必要C:5点以下 自己管理できない

点数

段階

生活自立 ランクJ

何らかの障害を有するが,日常生活はほぼ自立しており独力で外出する.1.交通機関等を利用して外出する.2.隣近所なら外出する.

準寝たきり ランクA

屋内での生活はおおむね自立しているが,介護なしには外出しない.1.介助により外出し,日中もほとんどベッドから離れて生活する.2.外出の頻度が少なく,日中も寝たきりの生活をしている

寝たきり ランクB

屋内での生活は何らかの介助を要し,日中もベッド上での生活が主体であるが,座位を保つ1.車いすに移乗し,食事,排泄はベッドから離れて行う2.介助により車いすに移乗する.

ランクC

1日中ベッド上で過ごし,排泄,食事,着替えにおいて介助を要する1.自力で寝返りをうつ2.自力では寝返りもうてない

表1 服薬アセスメントシート

表2 障害高齢者の生活自立度(寝たきり度)判定基準

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72 2014年度 ジェロントロジー研究報告

については,調査担当看護師が患者に姓名を尋ね,フルネームで答えてもらった.「処方薬の内容理解」については,自身の処方薬の薬効等について理解ができているかで判断した.「RCS」は,B5サイズのテスト用薬袋を5種類患者に提示し,口頭で指示を伝え選んでもらった.8割以上の正答があれば1点としそれ以下は0点とした.「内服薬開封作業状況」の判定は,One Dose Package

(ODP),Press Through Pack(PTP),散剤の異なる3包装の開封状況を看護師が目視で確認した.「聴力」は,補聴器の使用も含め,看護師とのやりとりなど自然な場面におけるコミュニケーション場面から判定した.薬袋に表示された文字は,高齢対象者の理解度に視力の影響を最小限とするため,薬剤師の協力を得て文字フォントサイズを2×2cmから3×3cmへと変更し,表示を簡素化した.「RCS」テストと同時に「みえる」かの判定をした.判定する看護師により判定に差異が生じないよう,基準を設定した.①麻痺の有無については,内服動作に影響を与える部位に限定した.②胃ろう造設患者は麻痺の有無にかかわらず,寝たきり度が高く自己管理できないため,自己管理不可能とした.③入院前の自己管理について,‘時々忘れる’や‘誰かの介助が必要’ならば不可とした.④内服開封作業状況はできる,または道具(はさみ等)を使用により可能な場合,「できる」とした.⑤帰来先は社会的情報になるため,得点化からは除外し,‘Nsとのコミュニケーションが図れる’へ変更した.⑥内服作業の可否は,J-RACTでは OKサインで評価しているが,当研究では開封作業(シート,一包化,散剤)の開封状況を看護師が目視により確認した.⑦利き手について,左右の確認がとれなかったものに関しては‘不明’とした.上記のほか,処方薬物情報(内服薬物数と処方種類数),認知症の既往,今後の自己管理に向けた意欲や支援者の存在による依存度などが結果に影響を及ぼすのかどうかの判断材料として,入院

前の服薬管理状況を,機能的な問題が服薬行動を困難にさせる要因となっていないか,麻痺の有無と部位,利き手はどちらか,また言語障害による意思疎通の問題がないかを情報収集した.

2.対 象 者2013年7~10月に当療養病棟に入院した60歳以上の全患者26人で,前半群とした.

3.判定方法判定は対象患者の入院翌日に行った.服薬アセスメントシートの各項目を点数化して加算した.総合点は8点満点で点数が高いほど対象者の服薬自己管理能力が高い.点数に応じて,A:自己管理可能(8点),B:自己管理訓練必要(7~6点),C:自己管理不可能(5点以下)と分類した.

4.服薬支援方法A:自己管理可能,または B:自己管理訓練必

要群の患者は,看護師と話し合いのうえ,以下の与薬方法を選択した.服薬支援の方法は,自立度に応じた以下の与薬方法で配薬(図1)し,内服の確認は担当看護師が行った.自己管理開始日は環境変化への適応や一定の安静期間を考慮し,療養病棟入院後3日目以降とした.①1日自己管理:1日分の内服薬を食後(朝・昼・夕)と眠前に分けたケースに入れ朝患者に手渡した.②週間自己管理:1日分の内服薬を食後(朝・昼・夕)と眠前に分け,1週間分セットしたトレーを定期処方曜日の翌朝患者に手渡した.③薬袋自己管理:処方された薬物は,定期処方

曜日に薬袋のまま患者に手渡し,患者自身で自己管理を行った.最終的に内服の確認は看護師が行った.

5.分析方法収集した対象患者情報をデータベース化し,集計した.服薬アセスメント総合点による A,B,

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服薬アセスメントシート作成による自己管理能力評価の試み 73

1日自己管理 週間自己管理 薬袋自己管理

C群間の要因の比較は,一元配置分散分析,χ2

検定を行った.服薬管理支援介入後に,自己管理できたかどうかで「自己管理可能」群,「自己管理不可能」群に分類し,患者背景や服薬アセスメント得点の比較を行った.統計学的有意水準は5%とし,分析には JMP ProⓇ12を用いた.

【研究2:服薬アセスメントシートの見直しと検討】1.服薬アセスメントシート簡易版(服薬リハビリチェックリスト)の作成(表3)研究1の実施に際し,特に RCSは対象者1人当たりの判定に30~40分を要するなど負担が大きく,改良の必要を感じた.そこで,アセスメント要素は変えず,①質問に対して受け答えができる(指示により姓名をいえる)1点,②聴力(補聴器使用も可)1点,③視力(薬袋の文字が読める)1点,④座位保持ができる(ギャッジアップや他者の支えも可)1点,⑤自身が内服している薬の内容を理解している1点,⑥薬をパッケージから取り出せる1点,⑦入院前は自己管理できていた1点,これら7項目をすべて加点し7点満点の服薬リハビリチェックリストへと改編した.

2.対 象当療養病棟に入院した60歳以上の全患者で,

2013年7~10月に入院した26人(前半群)および2015年10月~2016年2月に入院した28人(後半群).

3.分析方法研究1同様,患者情報をデータベース化し服薬アセスメントシートと服薬リハビリチェックリストで評価した前半群の対象者情報を比較した.また前半・後半群の全対象者を「自己管理可能」群,「自己管理不可能」群に分類し,患者背景や服薬リハビリチェックリスト得点の比較を行った.

4.倫理的配慮研究目的や服薬アセスメントシートの面接試験の説明を本人と家族に行い,参加することに承諾,

患者名 様 転棟日 年 月 日

質問に対して受け答えができる(指示を受けて,姓名を述べることができる)

聞こえる(補聴器可)

飲んでいる薬の内容を理解している

薬袋の文字が読める(みえる)

座位保持ができる(支え・ギャッジアップ可)

開封し薬を出せる(道具の使用可)

入院前は自分で服薬を管理していた

聞き取り日 年 月 日看護師

メモ

図1 服薬自己管理方法

表3 服薬リハビリチェックリスト

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74 2014年度 ジェロントロジー研究報告

書面で同意を得た.また,データは本研究での使用に限定し,個人が特定できないよう配慮した.

Ⅲ.結 果

1.研 究1前半群対象者26人の背景情報は表4に示す.

寝たきり度による分類では,生活自立群(ランクJ)5人,準寝たきり群(ランク A)4人,寝たきり群(ランク B/C)17人であった.うち2人は,寝たきり度ランク Cから Bへと入院中に変化した.家族構成は,独居4人,夫婦のみ世帯11人,同居家族の家族員数2~6人であった.当療養病棟への入院期間は,平均33.4±29.9日(範囲:7-146)であった.入院中の1日の処方薬物数は,1-35剤で,処方薬は ODPで供給された.1日の処方薬種類数は,1-19剤であった.服薬アセスメントシートによる平均総合点数は6.8±1.6(範囲3-8)で,Aグループ8人(30%),Bグループ10人(40%),Cグループ8人(30%)に分類された.対象者26人の薬服自己管理可否別グループの背景は表5に示す.Aグループ(8人)のうち5人は自己管理ができた.その内訳は,「週間自己管理」2人,「薬袋管理」が3人であった.服薬

支援開始後から退院までに自己管理が確立できた.そのうち「週間自己管理」で開始した1人は管理能力が向上し,退院前に「薬袋管理」へとレベルアップした.別の1人は入院期間が短く確立には至らず.2人は飲み忘れや取り出す際の混乱などが続き,認知症状の出現と進行によりナース管理へと変更した.Bグループ(10人)のうち自己管理できた患者は4人で,支援方法は薬カート管理3人と薬1日管理1人であった.自己管理できなかった6人中3人は入院前より家族が内服管理を行っていた.その他の3人は,基礎疾患に伴う身体機能低下やパーキンソン病や脳梗塞後遺症による麻痺や筋力低下があり自己管理ができる状態ではなかった.Cグループ(8人)で自己管理不可能(5点以下)の2人は,内服自己管理ができなかった.寝たきり度でランク Cに該当した6人は,服薬アセスメントシートでも ADL自立度や認知度,内服作業状況,聴力(会話),帰来先などの項目で点数が0点となり総合5点以下となるため自己管理は困難との判断に至った.つまり,対象者26人中,服薬アセスメントシ

ート判定により内服自己管理が可能だったのは A,Bグループのうち9人,内服自己管理が不可能だったのは A,B,Cグループのうちの17人であ

A:自己管理可能(n=8)

B:自己管理訓練必要(n=10)

C:自己管理不可能(n=8)

p値(ANOVA)

年齢(歳):平均±SD(範囲) 74.5±7.4(61-87) 77.9±5.7(68-88) 83.0±7.4(70-94) 0.0606性別:男性(人)割合(%) 2(25.0%) 5(55.6%) 6(75.0%)寝たきり度ランク J(人) 3 2 0ランクA(人) 2 2 0ランクB(人) 3 4 1ランクC(人) 0 2 7

在院日数(日):平均±SD(範囲) 43.0±48.8(7-146)29.7±10.6(12-51)28.5±22.8(8-80) 0.5701内服薬物数(剤):平均±SD(範囲) 17.4±9.5(6-31) 16.0±10.3(5-35) 11.3±5.3(1-18) 0.3572内服薬種類数(種):平均±SD(範囲) 11.5±3.1(5-15) 11.6±4.0(7-19) 9.6±4.9(1-17) 0.5438RCS合計点 9.6±0.7(8-10) 6.9±3.6(1-10) 3.3±4.2(0-8) 0.0161服薬アセスメント総得点* 8 6.4±1.1(5-8) 3.5±0.7(3-4) <0.0001

表4 服薬アセスメント総合点による判定別対象者比較

*8点満点,A:8点,B:7~6点,C:5点以下

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服薬アセスメントシート作成による自己管理能力評価の試み 75

った.その背景は表5に示す.入院中に自己管理できた患者のほとんどが寝たきり度ランク B1以上であった.自己管理不可能群は自己管理可能群と比較し,平均年齢が有意に高かった(p=0.0159).

2.研 究2後半群対象者28人の情報は,前半群と比較し表6に示す.寝たきり度は,生活自立群(ランクJ)3人,準寝たきり群(ランク A)8人,寝たきり群(ランク B/C)17人であった.家族構成は,独居5人,夫婦のみ世帯13人,同居家族の家族員数2~6人であった.前半・後半2群間の属性や服薬リハビリチェッ

クリスト合計点に統計学的な差はみられず,同じ母集団として取り扱いが可能であることを確認し分析を行った.全対象者54人を自己管理可能群と不可能群に分け比較した結果を表7に示す.自己管理不可能群の男性割合は,半数を超えており自己管理可能群と比べ有意に高かった(p=0.0300).また服薬リハビリチェックリストの平均合計点は,自己管理可能群が不可能群より有意に高かった(p=0.0075).

Ⅳ.考 察

本取り組みでは,入院早期から服薬行動自立を

自己管理可能(n=9) 自己管理不可能(n=17) p値(t検定)

年齢(歳):平均±SD(範囲) 73.7±7.3(61-87) 80.9±6.3(70-94) 0.0159性別:男性(人)割合(%) 3(33.4%) 10(58.8%) 0.2162*寝たきり度ランク J(人) 2 3ランクA(人) 2 2ランクB(人) 5 3ランクC(人) 0 9

在院日数(日):平均±SD(範囲) 34.8±42.4(7-146) 32.7±22.3(8-87) 0.8705内服薬物数(剤):平均±SD(範囲) 16.0±9.6(6-31) 14.4±8.7(1-35) 0.6723内服薬種類数(種):平均±SD(範囲) 10.6±2.3(7-14) 11.2±4.7(1-19) 0.7150RCS合計点 8.6±2.5(3-10) 6.6±4.0(0-10) 0.2132服薬アセスメント総得点 7.1±1.2(5-8) 6.5±1.8(3-8) 0.3605

全体(n=54) 前半(n=26) 後半(n=28) p値(t検定)

年齢(歳):平均±SD(範囲) 79.0±7.5(61-96) 78.4±7.4(61-94) 78.1±9.5(67-94) 0.6038性別:男性(人)割合(%) 25(46.3%) 13(50.0%) 12(42.9%) 0.5694寝たきり度ランク J(人) 8 5 3ランクA(人) 12 4 8ランクB(人) 16 8 8ランクC(人) 18 9 9

在院日数(日):平均±SD(範囲) 39.7±38.9(7-159)33.4±29.9(7-146)45.6±43.7(7-159) 0.0858内服薬物数(剤):平均±SD(範囲) 15.6±8.1(1-35) 15.0±8.8(1-35) 16.2±7.6(5-34) 0.5905内服薬種類数(種):平均±SD(範囲) 9.6±3.8(1-35) 11.0±4.0(1-19) 8.3±3.2(3-15) 0.0108服薬リハビリチェックリスト合計点 6.0±1.1(3-7) 6.2±1.1(4-7) 5.9±1.2(3-7) 0.4380

表5 自己管理可能,不可能群別対象者比較

*χ2検定

表6 期間別(前半群・後半群)対象者比較

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76 2014年度 ジェロントロジー研究報告

サポートするために高齢入院患者の服薬自立度を判定するツールの開発とその利用可能性について検討した.服薬自立度を判定する要素は,J-RACTを参考とした.J-RACTは患者の服薬能力を的確に判定し,その結果から服用の管理や指導を適切に行うことができるものとして外来等で利用されていた.しかし,握力測定器などの道具が必要であることや,時間を要する複雑な判定試験であるため,病棟で簡便に使える方策を模索した.研究1では,J-RACTに準じた服薬アセスメントシートを作成し,その判定の妥当性を検討した.その結果,自己管理可能群と判定されたうち8割超の患者が,与薬方法を工夫することで自己管理を行うことができた.自己管理可能の判定を8点と設定した判断は,ほぼ妥当だったと考える.自己管理訓練必要群では,自己管理できた患者が4割で,残り6割は自己管理の受け入れ状態になかったことや入院期間が短かったことが原因と考えられた.自己管理不可能群でも RCS合計点は高い場合もあり,高齢者の認知能力だけでなく,心理的要因,入院前の自立程度,家族のサポート状況など総合的な観点から考慮する必要性を見いだした.竹内ら(2007)は「内服行動の現状を把握し,病識,内服薬および内服の必要性の理解,退院後の予測される生活状況など多角的な視点で評価することが重要である」と述べており,ADL

自立度,特に座位を保持できるかどうか,認知度,内服作業状況,聴力,帰来先は自己管理能力を評価するために不可欠である.前半群の A・Bグループでは RCSテスト点数の違いが大きく,薬の内容理解,薬袋の適切な選択に差が生じることがわかった.そのため,Bグループでは薬袋管理ではなく週間自己管理や1日自己管理から自己管理の導入を開始した.一方,自己管理ができなかった患者は入院前の薬の管理は家族が行っており,内服管理支援者への依存傾向が強く,入院前の服薬状況が服薬自己管理に転換できるかどうかの貴重な情報であることが再確認できた.また週間自己管理を行っていた患者でも,入院期間が長くなることに伴い認知症状が進行し自己管理を中断した患者も現れた.鳥羽(2009)は高齢者の長期入院は抑うつや認知機能の低下を引き起こすと指摘しており,ひいては内服の自己管理能力に影響することが考えられる.そのため,入院中の高齢者の状況は変化していくことを前提に定期的な評価が必要である.研究2では,より簡便な評価法として7項目からなる服薬リハビリチェックリストを作成した.その合計平均点は,対象者の自己管理可能群と不可能群で有意な差を認め,高齢者の服薬管理自立程度を弁別するツールとしての利用可能性を示した.これまで看護師個々の価値観や経験から独自

自己管理可能(n=19) 自己管理不可能(n=35) p値(t検定)

年齢(歳):平均±SD(範囲) 78.5±9.3(61-96) 78.4±5.9(68-94) 0.7471性別:男性(人)割合(%) 5(26.3%) 20(57.1%) 0.0300*寝たきり度ランク J(人) 5 3ランクA(人) 8 5ランクB(人) 6 10ランクC(人) 0 18在院日数(日):平均±SD(範囲) 28.4±29.4(7-146) 49.0±42.9(7-159) 0.0737内服薬物数(剤):平均±SD(範囲) 15.3±8.2(6-31) 16.7±8.47(5-35) 0.5638内服薬種類数(種):平均±SD(範囲) 9.2±3.3(3-15) 9.8±3.9(4-19) 0.6132服薬リハビリチェックリスト合計点 6.5±0.7(5-7) 5.6±1.2(3-7) 0.0075

表7 服薬リハビリチェックリスト合計点による評価:自己管理可能・不可能群の比較

*χ2検定

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服薬アセスメントシート作成による自己管理能力評価の試み 77

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村井敦志,松本光弘ほか(1992)老年科外来患者の他科受診と多剤服用の実態.日老医誌,30:208‐211.中西一葉(2012)高齢患者の自宅退院における「予測外」のダメージ;リロケーション第四形態の存在と要因.北星学園大学大学院論集,3:39‐54.奥野純子,柳 久子,戸村成男(2001)在宅要介護高齢者における薬剤供給方法と薬剤知識・服薬コンプライアンス.日本老年医学会雑誌,38:644‐650.

の基準で判断していたが共有のツールを利用することで視点のずれが生じることなく患者の服薬能力を判断でき,患者の状態に応じた指導ができるものとして,今後の自己管理リハビリ導入に有用であると考えられる.本研究対象者の平均処方薬物数は15剤を超え,

70歳以上の慢性疾患患者における平均処方数5.1剤(村井ら1992)と比べ3倍以上であった.薬物有害事象のリスクは1剤で10%増加し,特に6剤以上がハイリスク(秋下2009)とみなされ,誤薬や飲み忘れの要因になると考えられる.慢性疾患患者の再入院を予防するためにも,退院後の正確な服薬の継続は重要である.高齢者は比較的アドヒアランスが高く(上島ら1992),処方薬を残さず服用する(奥野ら2001)ともいわれており,まちがえた用法での服薬を続けるケースも考えられる.正しい服用のためにも,入院中から正しい服薬行動に慣れておく機会を提供することも重要であり,この取り組みは重要な意味をもつと考える.自宅への退院という一見肯定的な変化とみられるなかにもリロケーションダメージの可能性がある(中西2012)ことが指摘されており,入院中の ADL低下を踏まえた身体的なリハビリだけでなく,服薬リハビリの必要性は高い.状態の安定した入院期間を有効な服薬リハビリの機会ととらえ今後も継続していくことに意義があると考える.

Ⅴ.結 論

(1)看護スタッフが統一した指標で服薬能力を判定できる服薬アセスメント用のツールは,高齢者の服薬自己管理指導に有用である.(2)長期入院では管理能力が変化していくことから,定期的に再評価し服薬状態のアセスメントが必要である.(3)生活背景や家族背景を考え,退院後の生活を想定した介入や指導が必要である.

Ⅵ.おわりに

当病棟は高齢者の患者が多く,急性期病棟からの転棟時は90%の患者の内服管理を看護師が行っていた.そこで,退院に向け服薬自己管理の援助方法を探った結果,服薬アセスメント用ツールで服薬管理能力を判断し服薬自己管理に向けたリハビリを実施することが有用であると示唆を得た.今後は,高齢者の在宅での薬物管理の実態についても明らかにし,入院医療と在宅療養間の連携した高齢者の服薬サポートを実現するための取り組みへと発展させていくことが重要である.

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78 2014年度 ジェロントロジー研究報告

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【参考文献】秋下雅弘(2009)多剤服用の問題と対処法.老年医誌,

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