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1.はじめに 我が国では、一部のダム貯水池において、カビ臭物 質(ジェオスミン、2-メチルイソボルネオール「以下、 2-MIB」)の発生による異臭味現象により、飲用水利用 に多大な被害を及ぼす事象が度々発生している。ダム 貯水池における異臭味現象の原因は、多くの場合カビ 臭を産生する藍藻類の増殖によるものと考えられてい る。そのため、カビ臭を発生させる藍藻類の増殖を抑 制することを目的とした各種水質保全対策が実行され ている。これら水質保全対策により、藍藻類の増殖抑 制及びカビ臭物質の減少といった一定の効果が認めら れる事例も数多く報告されている一方で、異臭味現象 の根本的な解決に至っていない現状にある。 本報で対象としている釜房ダム貯水池(国土交通省 東北地方整備局所管、宮城県柴田郡川崎町)は、ダ ム完成直後からPhormidium tenueに代表される藍藻綱 ユレモ目の産生する 2-MIBが原因と考えられるカビ臭 が発生しており、その対策に曝気循環設備を導入した 結果、2-MIBピーク濃度の低減が観察されている 1) しかし、曝気循環施設導入後もPhormidium tenueほぼ 1 年を通じて観察されており、その上Phormidium tenueの細胞密度と2-MIB濃度の変動は一致していな い。加えて、Phormidium tenueの細胞内に保持されて いると考えられる懸濁態2-MIB(以下、P-2-MIB)が検 出されていないのにも関わらず、細胞外へと放出され たと考えられる溶存態2-MIB(以下、D-2-MIB)のみが 増加する異臭味発生イベントも度々確認されている。 調査研究 1-1 貯水池浅場上の底泥がカビ臭現象に 与える影響に関する調査研究 Research on the effects of mud of shallow waters in the reservoir has on the musty odor problem 研究第一部 研究員 小澤和也 研究第一部 研究員 木村文宣 釜房ダムでは、ダム完成後から発生しているカビ臭問題に対して、水質保全設備の導入・改善を進めるこ とにより、その発生抑制に努めている。その結果、昭和50年代のような強いカビ臭現象の発生は少なくなっ たものの、依然としてカビ臭物質が検出されている。釜房ダム貯水池のカビ臭発生現象の要因の一つとして、 ダム貯水池内に広く分布している浅場底泥からの Phormidium tenue を含む藍藻綱若しくは 2-MIB の直接供 給が考えられた。 このことから、本研究では釜房ダム貯水池水塊および貯水池内の浅場底泥において Phormidium tenue 等藍 藻類のバイオマス及び 2-MIB 濃度を調査し、貯水池浅場底泥が貯水池水塊に及ぼす影響を評価した。その 結果、Phormidium tenue 等藍藻類若しくは 2-MIB は、浅場底泥から供給されている可能性があることが示さ れた。 キーワード:カビ臭障害、底泥、2-メチルイソボルネオール、Phormidium tenue It is working to improve the musty odor problem that is generated from the dam completed by the introduction of water conservation facilities in Kamafusa dam. As a result, the occurrence of strong musty odor like just after completion of the dam was decreased, musty odor is still detected. One of the factors of the problem musty odor of Kamafusa dam reservoir, the mud of shallow waters that are widely distributed within the reservoir of Kamafusa dam is supplying 2-MIB or cyanophyta including Phormidium tenue was considered. In this study, we investigated the 2-MIB concentration and biomass of cyanophyta such as Phormidium tenue in the mud of shallow water reservoirs and water reservoirs of Kamafusa dam, we evaluated the effect of reservoir shoal bottom mud on the reservoir water mass. As a result, we have shown that 2-MIB or cyanophyta may have been supplied from the shoal sediment in the reservoir. Key words:musty odor problem, mud of shallow waters,2-MIB, Phormidium tenue

平成24年度 水源地環境技術研究所 所報2-MIBの直接供給が影響している可能性があることを 示した。2.釜房ダム貯水池の状況 (1)釜房ダム概要

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1.はじめに

我が国では、一部のダム貯水池において、カビ臭物

質(ジェオスミン、2-メチルイソボルネオール「以下、

2-MIB」)の発生による異臭味現象により、飲用水利用

に多大な被害を及ぼす事象が度々発生している。ダム

貯水池における異臭味現象の原因は、多くの場合カビ

臭を産生する藍藻類の増殖によるものと考えられてい

る。そのため、カビ臭を発生させる藍藻類の増殖を抑

制することを目的とした各種水質保全対策が実行され

ている。これら水質保全対策により、藍藻類の増殖抑

制及びカビ臭物質の減少といった一定の効果が認めら

れる事例も数多く報告されている一方で、異臭味現象

の根本的な解決に至っていない現状にある。

本報で対象としている釜房ダム貯水池(国土交通省

 東北地方整備局所管、宮城県柴田郡川崎町)は、ダ

ム完成直後からPhormidium tenueに代表される藍藻綱

ユレモ目の産生する2-MIBが原因と考えられるカビ臭

が発生しており、その対策に曝気循環設備を導入した

結果、2-MIBピーク濃度の低減が観察されている1)。

しかし、曝気循環施設導入後もPhormidium tenueはほぼ1年を通じて観察されており、その上Phormidium tenueの細胞密度と2-MIB濃度の変動は一致していな

い。加えて、Phormidium tenueの細胞内に保持されて

いると考えられる懸濁態2-MIB(以下、P-2-MIB)が検

出されていないのにも関わらず、細胞外へと放出され

たと考えられる溶存態2-MIB(以下、D-2-MIB)のみが

増加する異臭味発生イベントも度々確認されている。

調査研究 1-1

貯水池浅場上の底泥がカビ臭現象に

与える影響に関する調査研究Research on the effects of mud of shallow waters

in the reservoir has on the musty odor problem

研究第一部 研究員 小 澤 和 也研究第一部 研究員 木 村 文 宣

釜房ダムでは、ダム完成後から発生しているカビ臭問題に対して、水質保全設備の導入・改善を進めるこ

とにより、その発生抑制に努めている。その結果、昭和 50 年代のような強いカビ臭現象の発生は少なくなっ

たものの、依然としてカビ臭物質が検出されている。釜房ダム貯水池のカビ臭発生現象の要因の一つとして、

ダム貯水池内に広く分布している浅場底泥からの Phormidium tenue を含む藍藻綱若しくは 2-MIB の直接供

給が考えられた。

このことから、本研究では釜房ダム貯水池水塊および貯水池内の浅場底泥において Phormidium tenue 等藍

藻類のバイオマス及び 2-MIB 濃度を調査し、貯水池浅場底泥が貯水池水塊に及ぼす影響を評価した。その

結果、Phormidium tenue 等藍藻類若しくは 2-MIB は、浅場底泥から供給されている可能性があることが示さ

れた。

キーワード:カビ臭障害、底泥、2-メチルイソボルネオール、Phormidium tenue

It is working to improve the musty odor problem that is generated from the dam completed by the introduction

of water conservation facilities in Kamafusa dam. As a result, the occurrence of strong musty odor like just after

completion of the dam was decreased, musty odor is still detected. One of the factors of the problem musty odor of

Kamafusa dam reservoir, the mud of shallow waters that are widely distributed within the reservoir of Kamafusa

dam is supplying 2-MIB or cyanophyta including Phormidium tenue was considered. In this study, we investigated

the 2-MIB concentration and biomass of cyanophyta such as Phormidium tenue in the mud of shallow water

reservoirs and water reservoirs of Kamafusa dam, we evaluated the effect of reservoir shoal bottom mud on the

reservoir water mass. As a result, we have shown that 2-MIB or cyanophyta may have been supplied from the shoal

sediment in the reservoir.

Key words:musty odor problem, mud of shallow waters,2-MIB, Phormidium tenue

� �

したがってこれらの現象は、釜房ダム貯水池におけ

る2-MIB濃度の変動は、貯水池内のPhormidium tenueの増殖が関係しているものの、この関係以外の原因が

存在していることを示唆していると言える。この問題

に対しては、貯水池系外もしくは貯水池内の水塊以外

からの2-MIBの供給の可能性が考えられる。これらの

うち、既往検討2)においては系外からの2-MIBの供給

の可能性に着目した調査を行った結果、釜房ダム上流

域からのカビ臭原因藻類および2-MIBの直接供給が、

貯水池内で発生しているカビ臭現象に影響を及ぼす可

能性は極めて低い事が明らかとなった。

本報では、釜房ダム貯水池における2-MIB濃度の変

動に影響を与える原因について、貯水池内の水塊以外

からの供給源として釜房ダム貯水池内に広く分布して

いる浅場底泥に着目し、浅場底泥における原因藻類と

貯水池におけるカビ臭現象について検証を行った。そ

の結果、貯水池浅場からのカビ臭原因藻類もしくは

2-MIBの直接供給が影響している可能性があることを

示した。

2.釜房ダム貯水池の状況

(1)釜房ダム概要

釜房ダムは、名取川水系碁石川に建設(昭和45年竣

工)された総貯水容量45.3×106m3の多目的ダムであ

る。

貯水池には、太郎川、北川及び前川の3河川が流入

しており、それぞれの流末には堆砂対策として貯砂ダ

ムが設置されている。また、水質保全施設としてダム

サイト付近には散気式曝気施設が10基、底層嫌気化

対策として深層曝気施設(高濃度酸素水注入型)が1基

設置、運用されている。(図-1参照)

(2)釜房ダムにおけるカビ臭発生の経緯

釜房ダム貯水池では、ダム管理開始翌年の昭和46

年から藍藻類Phormidium tenueが産生すると想定され

るカビ臭物質(2-MIB)による異臭味現象が発生し、活

性炭処理を要する等、上水道に深刻な問題を及ぼして

きた。そのため、水質保全対策として昭和59年より

「間欠式空気揚水筒(6基)」が設置され、その運用によ

り異臭味問題は一旦収束した。

しかし、平成9年1月から異臭味現象が再発したた

め、平成16年に循環能力のより高い「散気式曝気循

環施設」が導入(4基新設、6基は間欠式空気揚水筒の

改良)された。

これにより、釜房ダム貯水池における2-MIBのピー

ク濃度は若干低減したものの、現在も季節を問わず異

臭味現象が発生する状況が継続している。

(3)釜房ダムのカビ臭現象に関する既往知見

これまでに蓄積された釜房ダム貯水池におけるカビ

臭現象に関する知見を以下にまとめる。

・Phormidium tenueと同定されるユレモ目藍藻類は、

貯水池内水塊中で1年を通じて確認される。

・カビ臭の原因となる2-MIBは、1年を通じて不定期

に発生(目立った季節性はない)している。

・Phormidium tenueが確認されるのと同時期に2-MIB

が確認される場合とされない場合があり、両者の関

係性は明らかではない。

・水質保全施設を導入した平成16年以降、2-MIB濃度

は低減したものの、根絶はされていない。

・水質保全施設導入による2-MIB濃度の低減効果は、夏

季の成層期間中を中心に発現しているようである3)。

・過去の流域調査2)により、釜房ダム上流域(水田)

のカビ臭原因藻類若しくは2-MIBは、貯水池に流下

する過程で段階的に希釈されることが確認されてお

り、上流域からの直接供給が、貯水池で発生するカ

ビ臭現象に関して影響を及ぼす可能性は低い。

以上に示した通り、釜房ダムにおけるカビ臭現象は、

長年に渡り多くの調査・検証がなされてきたが、その

発生源やメカニズムは未だに不明な点が多い。この原

因の一つとして、貯水池水塊およびダム上流域以外か

らの原因藻類若しくは2-MIBが供給されている可能性

が考えられる。本研究では、これらの知見を踏まえて、

ダム貯水池内に広く分布している浅場に存在する底泥

からの原因藻類若しくは2-MIBの釜房ダム貯水池への

供給過程を検証し、貯水池水塊中の2-MIB濃度の挙動

に与える影響について検証した。

貯水池

●:散気式曝気施設○:深層曝気施設

前川貯砂ダム

北川貯砂ダム

太郎川貯砂ダムダム堤体

図-1 釜房ダム貯水池形状及び水質保全施設位置等

� �

3.調査・検討方法

(1)貯水池浅場調査

1)調査目的

釜房ダム貯水池ダムサイトにおけるPhormidium属と

されてきた藻類種と2-MIB濃度の時系列変動について

は、定期的な調査が実施されているが、両者には明

瞭な関係が認められず、ダム貯水池水塊中における

Phormidium属の増殖が2-MIB濃度の変動に及ぼす影響

を検証することができない。

この原因として、近年、従来の藍藻類の分類体系で

はPhormidium属の中にカビ臭産生能の異なる複数種が

混在していることが報告されている。

そこで、ダムサイト表層のカビ臭原因藻類と2-MIB

の動態を把握することを目的に、ダムサイト表層から

採取した試水中の藍藻類についてKomárekらの分類体

系に従い詳細な分類調査を実施した

2)調査時期および調査方法

ダムサイトにおいて、平成24年3月~平成25年

3月間に月1回の頻度で表層水を採取し、2-MIB濃度

(T-2-MIB、D-2-MIB、P-2-MIB〔P-2-MIB=T-2-MIB-

D-2-MIB〕)の分析に加えて藍藻類の同定を実施した。

なお、各調査で採取したサンプル中の2-MIBおよび

藍藻類は、表-1の方法に従い定量分析を行った。

(2)貯水池浅場調査

1)調査目的

釜房ダム浅場底泥上におけるカビ臭原因藻類の繁殖

とそこからの2-MIBの供給の可能性が考えられる。そ

こで、釜房ダム貯水池におけるカビ臭現象に及ぼす浅

場域の影響を評価するため、貯水池全体の浅場域を網

羅するように設置した調査地点において採水・採泥調

査を行った。

2)調査時期および調査方法

平成24年7 ~ 11月に計7回、貯水池内で浅場が発

達している4側線(図-2参照)に対して表層水の採取

を行うとともに、貯水池内の面積変化率(m2/10cm)

が高いEL141~143m付近の5地点の底泥を採取した。

底泥はダイバーによる潜水作業により透明アクリル

パイプを用いて柱状底泥試料(図-3参照)を採取し、そ

の表層1cmを分析試料とした。

採取した表層水のサンプルについては、全時地点の

採水サンプルの2MIB濃度(T-2-MIB、D-2-MIB)の分析

を行い、底泥のみ2-MIB濃度(T-2-MIB、D-2-MIB)の

分析に加えて藍藻類の同定を実施した。

分析項目 分析方法

T-2-MIB

採水した試料は冷暗状態で分析室に搬入し

た。分析は試料100mLにNaCl 10gを加え30分

間静置した後、PT-GC-MSで分析した。

(「河川水質試験方法(案) 植物プランクトンに

含まれる2-MIB測定に関する前処理方法検

討」を参考とした。)

D-2-MIB

採水した試料は冷暗状態で分析室に搬入し

た。分析は試料100mLについて河川水質試験

方法カビ臭物質標準法に従いパージアンド

トラップ-ガスクロマトグラフィ質量分析計

(以下、PT-GC-MS)により定量した。

植物

プランクトン

採水した試料はグルタルアルデヒドで固定

し(最終濃度2%)、冷暗条件で分析室に搬入

した。植物プランクトンの分類と計数は、カ

ビ臭原因藻類を含む藍藻類についてのみ実

施し、種の同定はKomárek and Anagnostidis

が提唱する分類体系に従った。

表-1 分析項目と分析方法

図-2 調査地点一覧

図-3 浅場底泥のコア抜き状況

� �

4.調査結果

(1)貯水池水塊調査

1)調査結果

過去の報告では、釜房ダムでは2-MIB濃度とその原

因藻類とされるPhormidium属の細胞密度の関係が一致

しないことが多く、その中には2-MIBを産生するタイ

プとしないタイプが混在するものと考えられてきた。

しかし、必ずしも発臭するとされるタイプの細胞密度

と2-MIB濃度に明確な関係は認められていない。

そのため、本調査では新しい藍藻類の分類体系

(Komárek and Anagnostidis)に基づき、発臭タイプ(赤色)

と非発臭タイプ(橙黄色)に含まれる藻類の同定を行っ

た。その結果、発臭タイプはPseudanabaena catenataと

Pseudanabaena limnetica、非発臭タイプはGeitlerinema nematodesとLeptolyngbya属に該当した。

2)水塊中におけるカビ臭原因藻類の増殖の検証

ダムサイト表層の2-MIBおよびカビ臭原因藻類の時

系列変化(図-4参照)から以下の特徴が示された。

・貯水池水塊調査におけるダムサイト表層のT-2-MIB濃

度とP-2-MIB濃度は、4~6月にかけて増加傾向を示し

た後、6~7月下旬にかけて次第に減少した。

・また、9月上旬をピークとしてD-2-MIBが7月下旬

~11月まで微量ながらも継続して検出された。

・しかし、この間のカビ臭原因藻類の消長をみる

と、2-MIBの原因生物と考えられるPseudanabaena catenataとPseudanabaena limneticaは3~7月下旬の間

でのみ観察され、D-2-MIBのみが検出された7月下

旬以降には観察されていない。

これらについて、4 ~ 7月下旬までの2-MIB濃度の

時系列変動は、貯水池水塊中におけるカビ臭原因藻類

(Pseudanabaena catenataとPseudanabaena limnetica)の

増殖によって説明できるが、7月下旬から9月上旬に

かけてのD-2-MIBの上昇は、水塊中にP-2-MIBが存在

していないことから、カビ臭原因藻類の増殖ではなく、

貯水池水塊以外からの供給が示唆される。ただし、既

往報告のとおり、貯水池上流域からのカビ臭原因藻類

及び2-MIBの流入が貯水池水塊中の2-MIB濃度に影響

を及ぼす可能性は低い。

したがって、7月下旬から9月上旬にかけてのD-2-

MIBの上昇は、残された発生源である浅場底泥からの

D-2-MIBの供給に起因する可能性が高い。そこで、次

節で浅場底泥からの2-MIBの供給の可能性について、

貯水池浅場発生源調査において検証を行った。

0

50

100

150

200

250

2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月

流量(m

3/s)

125

130

135

140

145

150

標高(EL.m)

流入量 放流量 貯水位

0

5

10

15

2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月

2-MIB濃度(ng/L) T-2-MIB D-2-MIB P-2-MIB

T-2-MIB D-2-MIB P-2-MIB

ダムサイト(表)

取水塔付近(表)

1.E+00

1.E+01

1.E+02

1.E+03

1.E+04

2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月

細胞密度(cells/mL)

Pseudanabaena catenataPseudanabaena limneticaGeitlerinema nematodesLeptolyngbya (sub. Leptolyngbya)

1.E+00

1.E+01

1.E+02

1.E+03

1.E+04

2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月

フォルミディウム

(糸状体100μm/mL)

フォルミ総数(表層)

図-4 貯水池水塊調査結果

� �

(2)貯水池浅場調査

1)底泥中2-MIB濃度の経時変化

貯水位が安定していた7月上旬~中旬に実施した浅

場調査では底泥中のP-2-MIB濃度の増加傾向が確認さ

れた一方で、貯水位が大きく低下した8月下旬にはそ

の濃度は大きく低下していた。

この結果は、7月上旬~中旬に蓄積された底泥中

2-MIBは貯水位の低下に伴い水中へと供給され、ダム

サイトにおけるD-2-MIB濃度の増加の一因となってい

た可能性が考えられる。

一方、貯水位が再び安定した10月中旬以降に実施

した浅場調査では、採泥標高EL.143m以浅に位置す

る底泥から高いP-2-MIB濃度が度々検出されたが、水

塊中の2-MIB濃度は減少傾向を示した。なお、測線

直上水及び湖水の2-MIB濃度が上昇傾向を示してい

ないことから、10月中旬以降に蓄積された底泥中の

2-MIBは現状ではまだ水中へと供給されていないもの

と想定され、その大部分は未だに底泥上に保持されて

いる可能性がある。

0.000

0.100

0.200

0.300

0.400

0.500

1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5

1 2 3 4

側線

2-

MIB濃度 

(ng/

cm

2)

P-2-MIB

D-2-MIB

2012年7月4-5日 (El. 144.49-143.96m)

0.000

0.100

0.200

0.300

0.400

0.500

1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5

1 2 3 4

側線

2-

MIB濃度 

(ng/

cm

2)

P-2-MIB

D-2-MIB

2012年7月17-18日(El. 144.47-144.46m)

0.000

0.100

0.200

0.300

0.400

0.500

1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5

1 2 3 4

側線

2-

MIB濃度 

(ng/

cm

2)

P-2-MIB

D-2-MIB

2012年8月24日 (El. 142.19m)

枠内の地点は大気中に露出していた調査地点を示す。

0.000

0.100

0.200

0.300

0.400

0.500

1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5

1 2 3 4

側線

2-

MIB濃度 

(ng/

cm

2)

P-2-MIB

D-2-MIB

2012年9月6-7日 (El. 141.85-141.84m)

0.000

0.100

0.200

0.300

0.400

0.500

1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5

1 2 3 4

側線

2-

MIB濃度 

(ng/

cm

2)

P-2-MIB

D-2-MIB

2012年10月9-10日 (El. 144.1-144.06m)

0.000

0.100

0.200

0.300

0.400

0.500

1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5

1 2 3 4

側線

2-

MIB濃度 

(ng/

cm

2)

P-2-MIB

D-2-MIB

2012年10月29-30日 (El. 143.66-143.18m)

0.000

0.100

0.200

0.300

0.400

0.500

1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5

1 2 3 4

側線

2-

MIB濃度 

(ng/

cm

2)

P-2-MIB

D-2-MIB

2012年11月13-14日 (El. 143.97-144.11m)

図-5 貯水池浅場発生源詳細調査結果

� �

2)底泥中のカビ臭原因藻類の生育状況

本調査で採取したサンプルから75検体を抽出し、

浅場底泥中のカビ臭原因藻類の検鏡・計数を行った。

サンプル抽出にあたっては、7月~ 11月の調査結果

で浅場底泥中2-MIB濃度のピーク値及び変動の大き

かった測線1及び測線2を中心に選定した。以下、そ

の結果を測線毎に纏めた結果を示す。

[測線1]

測線1から採取した浅場底泥試料中からカビ臭

原因藻類として、2-MIBの産生能が報告されている

Pseudanabaena catenataとPhormidium tergestinumの2種

が観察された。

Pseudanabaena catenataは7月から10月までの調査

で確認され、7月17 ~ 18日の調査では地点①~⑤、

El.143.5mから135.0mまでの全ての浅場底泥から確

認された。

Phormidium tergestinumは10月29 ~ 30日 と11月

13 ~ 14日の調査で確認され、El.143.5mと143.0m

でのみ観察され、それ以深の浅場底泥からは観察す

ることができなかった。また、Phormidium tergestinumが観察された浅場底泥には、陸化した際に生育した

草本植物遺骸があった。このことから、Phormidium tergestinumは草本植物遺骸の根幹に絡まることで、波

や風による撹乱を受ける浅瀬でも剥離・流出せず繁茂

できた可能性がある。

[測線2]

測線2から採取した浅場底泥試料中からカビ臭

原因藻類として、2-MIBの産生能が報告されている

Pseudanabaena catenataとPhormidium tergestinumの2種

が観察された。

Pseudanabaena catenataは7月17 ~ 18日と10月29

~ 30日の2回の調査で確認され、7月17 ~ 18日の

調査ではEl.143.5mから142.0mまでの底泥から確認

され、それ以深のEl.139.0mに位置する地点④と⑤か

らは観察されなかった。

Phormidium tergestinumは9月6 ~ 7日 か ら11月13

~ 14日までの調査で確認され、El.143.5mと142.5m

でのみ観察され、それ以深の浅場底泥からは観察す

ることができなかった。また、Phormidium tergestinumが観察された浅場底泥には、陸化した際に生育した

草本植物遺骸があった。このことから、Phormidium tergestinumは草本植物遺骸の根幹に絡まることで、波

や風による撹乱を受ける浅瀬でも剥離・流出せず繁茂

できた可能性がある。

1.E+02

1.E+03

1.E+04

1.E+05

7月4-5日 7月17-18日 8月24日 9月6-7日 10月9-10日 10月29-30日 11月13-14日

調査日時

Phor

mid

ium

terg

estin

um細

胞密

度(

cells

/cm

2) 地点①

地点②

地点③

地点④

地点⑤

1.E+02

1.E+03

1.E+04

1.E+05

7月4-5日 7月17-18日 8月24日 9月6-7日 10月9-10日 10月29-30日 11月13-14日

調査日時

Pseu

dana

baen

aca

tena

ta細

胞密

度(

ce

lls/

cm

2) 地点①

地点②

地点③

地点④

地点⑤

採泥標高(El. m)

1 143.52 143.03 142.04 136.05 135.0

側線 地点

1

この期間にPhormidium tergestinumは観察されず

図-6 貯水池浅場発生源詳細調査におけるカビ臭原因藻類の時系列変化(測線1)

1.E+02

1.E+03

1.E+04

1.E+05

7月4-5日 7月17-18日 8月24日 9月6-7日 10月9-10日 10月29-30日 11月13-14日

調査日時

Phor

mid

ium

terg

estin

um細

胞密

度(cells

/cm

2) 地点①

地点②

地点③

地点④

地点⑤

1.E+02

1.E+03

1.E+04

1.E+05

7月4-5日 7月17-18日 8月24日 9月6-7日 10月9-10日 10月29-30日 11月13-14日

調査日時

Pseu

dana

baen

aca

tena

ta細

胞密

度(cells

/cm

2) 地点①

地点②

地点③

地点④

地点⑤

採泥標高(El. m)

① 143.5② 142.5③ 142.5④ 139.0⑤ 139.0

側線 地点

2

この期間にPhormidium tergestinumは観察されず

図-7 貯水池浅場発生源詳細調査におけるカビ臭原因藻類の時系列変化(測線2)

� �

5.考察

今回の報告では、ダム貯水池水塊におけるカビ臭原

因藻類の増殖、及び浅場からのカビ臭原因藻類の供給、

若しくは2-MIBの溶出の可能性について評価した。

[貯水池水塊調査]

貯水池水塊調査では、貯水池水塊中にカビ臭原因藍

藻類であるPseudanabaena limnetica及びPseudanabaena catenataの存在が確認された。したがって、釜房ダム

におけるカビ臭現象は、これらのカビ臭原因藻類の水

中での増殖に伴う2-MIB濃度の上昇(水中生産型)が

寄与しているものと推察される。

しかし、水中にカビ臭原因藻類が観察されない期間

であってもD-2-MIBが増加しており、水中生産型以外

の2-MIBの供給源の存在が示唆された。また、湖水中

のカビ臭原因藻類の細胞密度は低く維持されていたこ

とから、現在の水質保全施設の運用によって水中での

カビ臭原因藻類の増殖は十分に抑制されているものと

考えられた。

[貯水池浅場調査]

貯水池浅場では底泥上からカビ臭原因藻類である

Pseudanabaena catenataとPhormidium tergestinumが確認

された。Pseudanabaena catenataは比較的広い標高範

囲から確認されたのに対して、Phormidium tergestinumは沿岸付近の浅瀬からのみ観察された。

これらの浅瀬に繁茂したカビ臭原因藻類の細胞密度

の変動は貯水位と密接な関係が認められたことから、

貯水位の変化が浅場におけるカビ臭原因藻類の増殖と

剥離、流出状況に影響を及ぼしている可能性が考えら

れる。

6.まとめ

以上の研究成果より、釜房ダムにおけるカビ臭現

象には、貯水池浅場からのカビ臭原因藻類もしくは

2-MIBの直接供給が影響している可能性があることが

示された。しかしながら、これらは限られた調査結果

より得られた可能性の一つであり、今後とも継続して

調査を実施し、実証を得る必要がある。

参考文献

1)国土交通省東北地方整備局:平成20年度ダム等管理フォ

ローアップ委員会釜房ダム定期報告書,2008

2)木村文宣,本間隆満,前田充典,松川正彦:上流域からの

カビ臭物質および原因藻類の流入がダム貯水池のカビ臭現

象に及ぼす影響,ダム工学,Vol.23No.1,39-49,2013

3)木村文宣,田中靖,本間隆満,松川正彦,前田充典:曝気

循環施設によるダム貯水池カビ臭対策の効果評価,第39回

土木学会関東支部技術研究発表会,Ⅶ-46,2012