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第2章 物質中の電場(Chapter 4 Electric
Fields in Matter)
2.1 分極(4.1 Polarization)2.1.1 誘電体(4.1.1 Dielectrics)
この章では物資中の電場について学ぶ.一口に物質と言っても,固体,液体,気体,金属,木,ガラスなど様々であるが,多くの物質は導体(conductors)か絶縁体(insulators)に分類される.絶縁体は誘電体(dielectrics)とも呼ばれる.導体中では,電子は原子から離れて自由に動き回ることができるのに対して,絶縁体(又は誘電体)では電子はすべて原子や分子に強く結びつけられている.電子は原子,分子の内部ではある程度移動することができるが,そこから離れることはできない.このような電子のミクロな変位の累積が誘電体としてのマクロな性質をもたらすことになる.
2.1.2 誘起双極子(Induced Dipoles)
電気的に中性な原子を電場 Eの中に置くと,何が起こるだろうか?原子は帯電していないので電場は何の効果ももたらさず「何も起こらない」と思いがちであるが,それは正しくない.原子は全体として電気的に中性であっても,それを構成しているのは正電荷を持つ原子核と負電荷を持つ電子である.それぞれの電荷は電場によって影響を受ける.つまり,原子核は電場の方向に力を受け,電子は反対向きに力を受ける.もしも電場が非常に強ければ,電子を原子から完全に引き離して「イオン化」してしまうであろう.それほど強い電場でなければ,電子雲の中心が原子核の間にずれが生じる.ずれの大きさは,電子と原子核の間の引力と,電場による力のつり合いによって決まる.このような現象を原子分極(atomic polarization)という.原子はこのとき電場 Eと同じ方向を向いた双極子モーメント pを持つ.電場が弱ければ,誘起された双極子モーメントは電場に比例する.
p = !E (2.1)
定数 !を原子分極率(atomic polarizability)という.分極率は原子の詳細な構造に依存する.表 2.1に,実験的に決められた原子の分極率を示す.
H He Li Be C Ne Na Ar K Cs
0.667 0.205 24.3 5.60 1.76 0.396 24.1 1.64 43.4 59.6
表 2.1 原子の分極率(!/4"#0[10!30m3])出典:Handbook of Chemistry and Physics, 79th ed.
(Boca Raton: CRC Press, Inc., 1997)
例題(Example 4.1):中性原子を図 2.1(a)のように,正の点電荷+q(原子核)と,点電荷を中心とする半径 aの球内に一様な密度で分布する!qの負電荷(電子雲)からなるものとみなす.このような簡単な原子モデルについて,分極率を求めよ.
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(a) (b)
図 2.1: 原子分極率を計算するための,簡単な原子モデル.
解答:電場のもとでは図 2.1(b)のように原子核は右向きに変位し,電子雲は左向きに変位するであろう.(電子雲は密度一様の球形を保つものと仮定する.)電子雲の中心が原子核から距離 dだけずれたとする.Prob.2.12
の結果より,一様に分布した電荷 !qによって電荷 qの位置に作られる電場は
Ee =1
4!"0
qd
a3(2.2)
であり,この電場の向きは外部からの一様電場 Eと逆向きである.原子核に働く力がつり合うための条件はqEe = qE であるから,
E =1
4!"0
qd
a3(2.3)
よってこのときの双極子モーメントの大きさは
p = qd = (4!"0a3)E (2.4)
である.これより分極率は# = 4!"0a
3 (2.5)
となる.ところで,量子力学で学ぶように,水素原子の基底状態(最低エネルギー状態)では電子雲の広がりは Bohr半径 a0 = 5.29" 10!11mで与えられる.そこで球の半径 aとして a0 を用いると
#/4!"0 = 0.148" 10!30m3 (2.6)
を得る.これは表 2.1に示される実験的に決められた水素原子の分極率とは完全には一致しないが,桁は合っている.原子の分極率を正確に計算するためには量子力学を用いなければならない.
分子の分極を考える場合,原子の場合に比べて状況は少し複雑になる.なぜなら多くの場合分子の分極率は異方的である(方向によって異なる)からである.図 2.2に示すような二酸化炭素(CO2)の場合,軸方向の分極率は #|| = 4.5" 10!40C2m/Nであるが軸に垂直な方向の分極率は #" = 2" 10!40C2m/Nである.一般の方向にかけられた電場に対しては,双極子モーメントは
p = #"E" + #||E|| (2.7)
で与えられる.ここで E" は電場の軸に平行な成分,E" は軸に垂直な成分である.二酸化炭素は分子の中でも単純な構造を持っているが,より一般に全く対称性を持たない分子の場合,誘起双極子モーメント pと電場 Eの関係は
px = #xxEx + #xyEy + #xzEz
py = #yxEx + #yyEy + #yzEz
pz = #zxEx + #zyEy + #zzEz
!"#
"$(2.8)
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で与えられる.ここで !ij は分極率テンソルとよばれる.!ij の値は軸の選び方に依存する.うまく主軸(principal axis)を選ぶことによって非対角項(!xy,!yz, · · ·)をゼロにして対角項 !xx,!yy,!zz のみを残すことができる.
図 2.2: 二酸化炭素(CO2)の分子モデル.
2.1.3 極性分子の配向(Alignment of Polar Molecules)
図 2.3: 水分子(H2O)の構造と電気双極子モーメント
前節で議論した中性原子はもともとは双極子モーメントを持たず,pは外部電場によって誘起されたものであった.しかし,分子がはじめから双極子モーメントを持っている場合もある.例えば,水の分子は図 2.3のような形をしており上下非対称であるため,電子分布は少し下に片寄っている.その結果として水分子は上向きの双極子モーメント(p = 6.1! 10!30C ·m)を有する.このような分子を極性分子(polar moleculde)とよぶ.極性分子を電場中に置くと何が起こるだろうか?
簡単のため,極性分子が図 2.4のように二つの点電荷±qからなるものとしよう.双極子全体に働く力は正電荷に働く力 F+ = qE(r+)と負電荷に働く力 F! = "qE(r!)の和で与えられる.
F = q[E(r+)"E(r!)] (2.9)
ここで r± はそれぞれ点電荷 ±q の位置ベクトルであり,双極子の中心を原点にとれば r± = ±d/2である.もしも電場 Eが空間的に一様であれば,正電荷に働く力 F+ = qEと負電荷に働く力 F! = "qEは打ち消し合い F = 0となるので,双極子に正味の力は働かない.しかし,この場合でも双極子にはトルクが働く.
N = (r+ ! F+) + (r! ! F!) = [(d/2)! (qE)] + [("d/2)! ("qE)] = qd!E (2.10)
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図 2.4: 外部電場中の極性分子の模式図
したがって一様電場 Eの中に置かれた双極子 p = qdにはトルク
N = p!E (2.11)
が働く.このトルクNは双極子モーメント pを電場 Eの向きにそろえるように働く.したがって,自由に回転できる極性分子は電場がかかると電場の方向を向くのである.もしも電場が一様でなく空間変化していれば,F+と F!は打ち消し合わないので双極子に働く力 (2.9)は
ゼロにならない.F = q[E(r+)"E(r!)] = q(E+ "E!) (2.12)
ここで E± = E(r±) = E(±d/2)である.もしも dが非常に小さければ,
E+ "E! # (d ·$)E (2.13)
とすることができるので,F = (p ·$)E (2.14)
となる1. ただし上式で Eは双極子の中心における電場を表す.以上の議論を一般の電荷分布 !(r)の場合に拡張するのは容易である.双極子に働く力は
F =
!!(r)E(r)d" (2.15)
ここで電荷分布が原点付近に局在していて,!が 0でない領域では電場がゆるやかに変化すると仮定すると,Eを原点付近で展開できて
E(r) % E(0) + (r ·$)E (2.16)
となる.これより
F = E(0)
!!(r)d" +
"#!r!(r)d"
$·$%E = QE(0) + (p ·$)E (2.17)
となる.電荷の総和がゼロである場合,第一項が消えて双極子モーメントからの寄与のみが残り,F = (p ·$)E
となる.また,一様電場中でのトルクは
N =
!r" ! !(r")Ed" " =
#!r"!(r")d" "
$!E = p!E (2.18)
となる.1今のように一つの双極子に働く力を考えている場合は (2.14)式は F = !(p ·E)と書くこともできる.しかし,後に分極した物質
を考える場合は双極子モーメントも位置 r の関数と見なされるため,上の表式では都合が悪い.よって,(p ·!)p の形で書いておいた方がよい.
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電気双極子のエネルギー外部電場 E(r)の中におかれた電気双極子のエネルギーを求めよう.電気双極子を構成する電荷の分布が
!(r)で与えられているとすると,エネルギーは(双極子そのものを構成するために必要なエネルギーはここでは含めない.)
U =
!!(r)V (r)d" (2.19)
ここで,電荷が分布している領域でポテンシャルがゆるやかに変化していると仮定して V を原点付近で展開すると
V (r) ! V (0) + r ·"V (2.20)
よってU ! V (0)
!!(r)d" +"V ·
!r!(r)d" = QV (0)# p ·E(0) (2.21)
ここで電荷の総和がゼロである場合を考えると,
U = #p ·E (2.22)
を得る.
r
q
r!
p1
p2
図 2.5: 二つの双極子の相互作用
双極子-双極子相互作用図 2.5のように二つの電気双極子 p1 と p2 が距離 r離れて置かれているときのエネルギーを求めよう.こ
のとき双極子 p1 が双極子 p2 の位置に作る電場は (1.218)式より
E =1
4#$0
1
r3[3(p1 · r̂)r̂# p1] (2.23)
よって二つの双極子のエネルギーは (2.22)より
U =1
4#$0
1
r3[p1 · p2 # 3(p1 · r̂)(p2 · r̂)] (2.24)
となる.これを双極子-双極子相互作用という.
2.1.4 分極(4.1.4 Polarization)
これまでは一つの原子または分子に対する外部電場の効果を考えて来た.それでは,多数の原子や分子から構成される誘電体を電場の中に置くと,何が起こるだろうか?まず,物質が電気的に中性な原子から構成されてる場合を考える.(図 2.6)電場がなければ,もともと個々
の原子は双極子モーメントを持っていない.電場は各々の原子に小さな同じ向きの双極子モーメントを誘起する.次に誘電体が極性分子から構成されている場合を考える.(図 2.7)物質中では分子は無秩序な熱運動
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E = 0
E
図 2.6: 中性原子から構成される誘電体に対する外部電場の効果
E = 0
E
図 2.7: 極性分子から構成される誘電体に対する外部電場の効果
をしているから,電場がかかっていないときは双極子モーメントの向きはお互いにばらばらであり,平均すると打ち消し合う.そこに電場がかかると,トルクによって双極子は電場の向きに揃う傾向を示す.上記の異なる二つのメカニズムは基本的には同じ結果をもたらす.つまり,物質中では多数の小さな電気
双極子が同じ方向に揃っている.このような状態を,物質が分極している,という.この効果を特徴付ける指標として分極(polarization)
P !単位体積あたりの双極子モーメント (2.25)
を定義する.原子や分子の分極と区別するために,誘電分極(dielectric polarization)と呼ぶこともある.N 個の電気双極子モーメント pi (i = 1, 2, ·N)が体積!V 中に存在するとき,分極 Pは
P =
!Ni=1 pi
!V(2.26)
で与えられる.今後は,物質を分極させるメカニズムが上記二つのうちのどちらであるか,ということは区別しないことにする.実のところ,分極のメカニズムはそれほど単純では無い.例えば,極性分子の場合でも電荷分布の変化による分極がある.(一般には電荷分布を変化させるよりも分子を回転させる方が容易であるため,分子の回転による分極が主要なメカニズムになる.)また,ある種の物質では分極を「凍結させる (freeze
in)」ことも可能である.この場合,電場を取り除いても分極が残る.しかし,分極を引き起こす原因については一旦忘れることにして,Sec.2.2では分極した物質が作る電場について調べることにしよう.Sec.2.3では分極 Pを作り出すもととなった電場と分極 Pによって作られた電場を合わせて考える.
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