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83 日手会誌(J Jpn Soc Surg Hand),第 26 4 301-3042010 舟状骨偽関節による DISI 変形の矯正と臨床成績は舟状 骨への移植骨の大きさで決まる Key words: 【緒 言】 舟状骨偽関節は dorsal intercalated segmental in- stability (以下,DISI)変形を高頻度に合併する.舟 状骨が humpback deformity という屈曲変形を生じ, 舟状骨の近位骨片に靭帯結合した月状骨が舟状骨近 位骨片と共に背屈することが原因とされている. したがって,舟状骨偽関節の治療では DISI 変形 を改善することが手関節の可動域制限,握力低下, 疼痛などの臨床症状の発現や変形性関節症の発症を 予防すると報告されている 3.その治療として Fer- nandez 4は舟状骨の掌側に楔状骨移植を行うこと で舟状骨の屈曲変形を矯正し月状骨の背屈が改善で きることを報告した. それに基づき我々は,より大きな骨を移植し舟状 骨の屈曲変形や舟状骨長軸長の改善を大きくすると 手根骨のアライメント変化,すなわち DISI 変形が より改善し,手関節可動域,握力の改善もより大き くなるのではないかと仮定した. 本論文の目的は,舟状骨への骨移植術により DISI 変形の矯正と臨床成績が如何に関連するかに ついて検討することである. 【対象と方法】 対象は舟状骨偽関節に対して舟状骨の掌側より展 開し,移植する腸骨の皮質骨が掌側に位置し,背側 に海綿骨の先端を持つ楔状骨移植と螺子内固定を施 行し,術後 12 カ月以上経過観察が可能であった 24 例とした.内訳は,男性 23 例,女性 1 例,手術時 年齢は平均 256 歳(1751 歳),右 15 手,左 9 であった. 調査項目は,全 24 例の術前,術後の単純 X 線に よる側面像の radiolunate angle (以下,RLA),sca- pholunate angle (以下,SLA),interscaphoid angle (以 下,ISA)と,正面像の舟状骨長,carpal height ratio (以下,CHR)を計測し 5,各項目における術前,術 後の値の差を変化量として算出した. ここで,レントゲン指標として舟状骨変形指標を ISA 変化量,舟状骨長変化量とし,手根骨配列指標 RLA 変化量,SLA 変化量,CHR 変化量と定義し た. また,全 24 例のうち,臨床成績が調査可能で あった 14 例の術前,術後の手関節背屈,掌屈可動 域,握力を対健側比として算出し,術前,術後の値 の差をそれぞれ背屈変化量,掌屈変化量,握力変化 量と定義した. 検討項目は,各項目の術前,術後の値を t 検定し た.また,レントゲン指標における関連は,舟状骨 変形指標(ISA 変化量,舟状骨長変化量)と手根骨配 列指標(RLA 変化量,SLA 変化量,CHR 変化量)の 両者の相関について検討した.さらに,レントゲン 指標(舟状骨変形指標,手根骨配列指標)と臨床成績 (背屈変化量,掌屈変化量,握力変化量)の相関につ いても検討した.統計処理は SPSS を用いて行い, 危険率 5%未満を有意差ありとした. 【結 果】 術前,術後の ISA は平均 30.5°(1745°)から 21.6° 1437°)と舟状骨の屈曲変形が改善し(P受理日 2009/9/11 かたやま たけし *,小 ひろ **,古 ふる かずひこ **,面 おもかわ 川庄 しょう へい ***,矢 じま ひろ **** 舟状骨偽関節,手根背屈変形,骨移植,scaphoid nonunionDISI deformitybone graft * 奈良県立医科大学高度救命救急センター 634-8522 奈良県奈良県橿原市四条町 840 **国保中央病院 ***医真会八尾総合病院 ****奈良県立医科大学

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―  ―83

日手会誌( J Jpn Soc Surg Hand),第 26 巻 第 4 号 301-304,2010

舟状骨偽関節による DISI 変形の矯正と臨床成績は舟状骨への移植骨の大きさで決まる

Key words:

【緒 言】

舟状骨偽関節は dorsal intercalated segmental in-stability(以下,DISI)変形を高頻度に合併する.舟

状骨が humpback deformity という屈曲変形を生じ,

舟状骨の近位骨片に靭帯結合した月状骨が舟状骨近

位骨片と共に背屈することが原因とされている.

したがって,舟状骨偽関節の治療では DISI 変形

を改善することが手関節の可動域制限,握力低下,

疼痛などの臨床症状の発現や変形性関節症の発症を

予防すると報告されている3).その治療として Fer-nandez ら4)は舟状骨の掌側に楔状骨移植を行うこと

で舟状骨の屈曲変形を矯正し月状骨の背屈が改善で

きることを報告した.

それに基づき我々は,より大きな骨を移植し舟状

骨の屈曲変形や舟状骨長軸長の改善を大きくすると

手根骨のアライメント変化,すなわち DISI 変形が

より改善し,手関節可動域,握力の改善もより大き

くなるのではないかと仮定した.

本論文の目的は,舟状骨への骨移植術により

DISI 変形の矯正と臨床成績が如何に関連するかに

ついて検討することである.

【対象と方法】

対象は舟状骨偽関節に対して舟状骨の掌側より展

開し,移植する腸骨の皮質骨が掌側に位置し,背側

に海綿骨の先端を持つ楔状骨移植と螺子内固定を施

行し,術後 12 カ月以上経過観察が可能であった 24例とした.内訳は,男性 23 例,女性 1 例,手術時

年齢は平均 25.6 歳(17~51 歳),右 15 手,左 9 手

であった.

調査項目は,全 24 例の術前,術後の単純 X 線に

よる側面像の radiolunate angle(以下,RLA),sca-pholunate angle(以下,SLA),interscaphoid angle(以

下,ISA)と,正面像の舟状骨長,carpal height ratio(以下,CHR)を計測し5),各項目における術前,術

後の値の差を変化量として算出した.

ここで,レントゲン指標として舟状骨変形指標を

ISA 変化量,舟状骨長変化量とし,手根骨配列指標

を RLA 変化量,SLA 変化量,CHR 変化量と定義し

た.

また,全 24 例のうち,臨床成績が調査可能で

あった 14 例の術前,術後の手関節背屈,掌屈可動

域,握力を対健側比として算出し,術前,術後の値

の差をそれぞれ背屈変化量,掌屈変化量,握力変化

量と定義した.

検討項目は,各項目の術前,術後の値を t 検定し

た.また,レントゲン指標における関連は,舟状骨

変形指標(ISA 変化量,舟状骨長変化量)と手根骨配

列指標(RLA 変化量,SLA 変化量,CHR 変化量)の

両者の相関について検討した.さらに,レントゲン

指標(舟状骨変形指標,手根骨配列指標)と臨床成績

(背屈変化量,掌屈変化量,握力変化量)の相関につ

いても検討した.統計処理は SPSS を用いて行い,

危険率 5%未満を有意差ありとした.

【結 果】

術前,術後の ISA は平均 30.5°(17~45°)から

21.6°(14~37°)と舟状骨の屈曲変形が改善し(P<

受理日 2009/9/11

片かたやま

山 健たけし

*,小お

野の

浩ひろ

史し

**,古ふる

田た

和かずひこ

彦**,面おもかわ

川庄しょう

平へい

***,矢や

島じま

弘ひろ

嗣し

****

舟状骨偽関節,手根背屈変形,骨移植,scaphoid nonunion,DISI deformity,bone graft

* 奈良県立医科大学高度救命救急センター 〒634-8522 奈良県奈良県橿原市四条町 840 **国保中央病院 ***医真会八尾総合病院****奈良県立医科大学

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舟状骨偽関節による DISI 変形の矯正と臨床成績は舟状骨への移植骨の大きさで決まる・片山 健302

0.001),舟状骨長は平均 21.1 mm(15~26 mm)から

22.0 mm(15~28 mm)と長さが回復した(P<0.001).RLA は平均-9.29°(-26~0°)から 7.25°(0~15°)と月状骨の背屈位が改善し(P<0.001),SLA は平均

49.7°(35~66°)から 43.0°(31~58°)と舟状骨の掌屈

が改善した(P=0.001).これらに統計学的有意差を

認めた.また,CHR は平均 55.45%(50.0~61.6)から 55.47%(50.0~61.0)と大きくなった(P=0.937)が統計学的有意差を認めなかった.

背屈は対健側比平均 67.6%(33.3~88.9%)から

89.8%(50.0~100%)と改善(P<0.001),掌屈は対健

側 比 平 均 72.4%(21.4~100%)か ら 87.2%(62.0~100%)と改善(P=0.002),握力は対健側比平均

76.9%(41.1~98.0%)から 90.9%(79.1~97.8%)と改

善(P=0.008)し,それぞれ統計学的有意差を認めた.

レントゲン指標における舟状骨変形指標と手根骨

配列指標の関連は,ISA 変化量と RLA 変化量の相

関係数が 0.646(P=0.001),および舟状骨長変化量

と RLA 変化量の相関係数が 0.519(P=0.009)と統計

学的に有意な相関を認めた.

しかし,ISA 変化量と SLA 変化量の相関係数は

0.247(P=0.244),ISA 変化量と CHR 変化量の相関

係数は-0.099(P=0.644),舟状骨長変化量と SLA変化量の相関係数は 0.194(P=0.363),および舟状

骨長変化量と CHR 変化量は-0.163(P=0.447)と統

計学的に有意な相関を認めなかった.

さらに,レントゲン指標と臨床成績の関連は表 1に示す通りである.ISA 変化量と握力変化量の相関

係数が 0.293(P=0.309),RLA 変化量と握力変化量

の相関係数は 0.253(P=0.383),舟状骨長変化量と

背屈変化量の相関係数は 0.304(P=0.290),RLA 変

化量と背屈変化量は 0.347(P=0.224)と弱い相関を

認めたものの統計学的に有意な相関ではなかった.

【考 察】

舟状骨偽関節の治療は骨癒合を得るだけでなく,

舟状骨の形態と手根骨の配列異常を正常化すること

が必要である3).Amadio ら1)は舟状骨の屈曲変形の

程度と臨床症状との関連を検討したところ ISA が

35°をこえる舟状骨の屈曲変形が残存すると疼痛,

可動域制限の臨床症状や変形性関節症の頻度が有

意に増加するとした.また Nakamura ら6)は DISI 変形の程度が握力低下と手関節可動域制限に関連す

るとしている.実験的にも Burgess ら2)は月状骨が

15°背屈すると手関節背屈可動域が 30°損失すると

報告している.

したがって,ISA と DISI 変形の矯正が必要であ

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舟状骨偽関節による DISI 変形の矯正と臨床成績は舟状骨への移植骨の大きさで決まる・片山 健 303

るということは明らかであるが,舟状骨偽関節に対

して骨移植を行った際に舟状骨変形と DISI 変形の

矯正が如何に関連し,臨床成績である握力や手関節

可動域変化との関連について検討された報告は少な

い.

今回の検討では,舟状骨への骨移植により舟状骨

の背側凸変形と掌屈が改善し,舟状骨長が増加し

た.この舟状骨変形の改善により術前の DISI 変形

が術後に矯正され月状骨が正常の掌屈位になった.

CHR は統計学的には有意差は認めなかったが大き

くなる傾向にあった.

また,レントゲン指標の関連は,ISA 変化量と

RLA 変化量,および舟状骨長変化量と RLA 変化量

に相関を認めた.したがって,より大きな骨移植を

行うことで舟状骨の屈曲変形と長さの改善が得ら

れ,月状骨の背屈位の改善も大きくなることが示さ

れた(図 1-a,b).このことから,術後の RLA を正常にすることと,

Amadio ら1)の報告をふまえ術後の ISA を 35°以下に

することを前提とし,術前に RLA 変化量すなわち

DISI 変形の矯正程度を決定すれば ISA 変化量と舟

状骨長変化量が決まり舟状骨への移植骨の大きさを

推測できると考えられる(図 2).さらに,レントゲン指標と臨床成績との関連は,

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舟状骨偽関節による DISI 変形の矯正と臨床成績は舟状骨への移植骨の大きさで決まる・片山 健

ISA 変化量,RLA 変化量と握力変化量,および舟状

骨長変化量,RLA 変化量と背屈変化量に弱いなが

らも相関を認めた(図 3-a,b,c,d)ことから,より

大きい移植骨を使用することで舟状骨変形を矯正す

れば,DISI 変形が改善し,手関節背屈可動域,お

よび握力の改善がより大きくなることが示された.

結語

舟状骨への骨移植を大きくし舟状骨変形を矯正す

れば,DISI 変形が改善し,握力と背屈可動域がよ

り改善する.

【文 献】

1) Amadio PC, et al.: Scaphiod malunion. J Hand Surg, 14-A: 679-687, 1989.

2) Burgess RC, et al.: The effect of a simulated scaphoid malunion on wrist motion. J Hand Surg, 12-A: 774-776, 1987.

3) Cooney WP, et al.: Scaphoid nonunion: Role of anterior in-terpositional bone grafts. J Hand Surg, 13-A: 635-650, 1988.

4) Fernandez DL, et al.: A technique for anterior wedge-shaped graft for scaphoid nonunions with carpal instability. J Hand Surg, 9-A: 733-737, 1984.

5) 片山 健ほか:舟状骨偽関節による DISI 変形の矯正は

舟状骨への移植骨の大きさで決まる.骨折,31-1: 154-157, 2009.

6) Nakamura R, et al.: Reduction of the scaphoid fracture with DISI alignment. J Hand Surg, 12-A: 1000-1005, 1987.

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