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1 生物化学V 2009年 2.生物物理、物理化学への統計力学の応用(続き) 2-2.物理化学への応用(束一的性質)90分 最初は生物物理の最後で書いたパラドックスからはじめます。そ の次に統計力学で物理化学を見てみましょう。特に新しい事をする わけではありません。主に束一的性質に絡んだお話をします。浸透 圧、沸点上昇、凝固点降下を考えます。 2-2-1:浸透圧 理想気体と同様に考えれば、ファント・ホッフの法則が統計力学的 に出せる事にはもう説明は必要ない事でしょう。 浸透圧Π 外力ーΠ 溶媒に浸されたシリンダー 上の絵が頭に浮かべば、あとは自明だと思います。 ただし、これまではラウールの法則 μ v μ v *+R T ln x v から導出していた筈です。それも思い出してみて下さい。 (復習なので例によって細字で、、、各自予習の事。) 浸透圧をΠとすると希薄溶液ではファント・ホッフの法則 ΠV=nkT が近似的に成り立ちます。ここで、V は溶液の体積、n V の体積の中にある溶 質分子の数、k はボルツマン定数、T は絶対温度である。溶質の数濃度 c は、n/V で与えられる。 左図を参考にしながらμ v (x v ,P) の平衡について考察する事で、ファント・ホッ フの式を導出してみよう。圧力 P のかかっている純溶媒の化学ポテンシャルが μ* v (1,P)であるのに対して、圧力 P+Πがかかっている希薄溶液側の化学ポテン

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生物化学V 2009年2.生物物理、物理化学への統計力学の応用(続き)

2-2.物理化学への応用(束一的性質)90分 最初は生物物理の最後で書いたパラドックスからはじめます。その次に統計力学で物理化学を見てみましょう。特に新しい事をするわけではありません。主に束一的性質に絡んだお話をします。浸透圧、沸点上昇、凝固点降下を考えます。 2-2-1:浸透圧

理想気体と同様に考えれば、ファント・ホッフの法則が統計力学的に出せる事にはもう説明は必要ない事でしょう。

浸透圧Π 外力ーΠ

溶媒に浸されたシリンダー

上の絵が頭に浮かべば、あとは自明だと思います。

ただし、これまではラウールの法則              μv=μv*+R T ln xvから導出していた筈です。それも思い出してみて下さい。(復習なので例によって細字で、、、各自予習の事。)浸透圧をΠとすると希薄溶液ではファント・ホッフの法則

                ΠV=nkT が近似的に成り立ちます。ここで、Vは溶液の体積、nは Vの体積の中にある溶質分子の数、kはボルツマン定数、Tは絶対温度である。溶質の数濃度 cは、n/Vで与えられる。

左図を参考にしながらμv(xv,P)の平衡について考察する事で、ファント・ホッフの式を導出してみよう。圧力 Pのかかっている純溶媒の化学ポテンシャルがμ*v(1,P)であるのに対して、圧力 P+Πがかかっている希薄溶液側の化学ポテン

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シャルμv(xv,P+Π)は、次の様に見積もられる。   μv(xv,P+Π)=μ*v(1,P+Π)+RT ln xv ここで、右辺第1項のμ*v(1,P+Π)は、ギブス自由エネルギーの圧力依存性の計算法を思い出せば、

となります。ここで、Vvは純溶媒のモル体積です。

希薄溶液を考えて xvは、1に近いとすると、ln xv =ln (1-xu ) ~ -xuなので、

が得られる。P’の積分の範囲が十分狭く Vvが、圧力変化に対してほぼ一定であ

ると見なせば、

       

µV (xv,P +Π) = µV* (1,P) +VvΠ− RTxu

が得られるが、この溶液側の溶媒の化学ポテンシャルは、半透壁を挟んでいる

ので、純溶媒相の溶媒の化学ポテンシャルμ*v(1,P)と平衡の条件から等式で結ぶ事が出来る。よって、

          μ*v(1,P)=μ*v(1,P)+VvΠ-RTxu

となり、ファント・ホッフの法則ΠV=NRTになる。

2-2-2:沸点上昇

ラウールの法則からやはり導出する事ができます。次のμ―T 図を使えば、定性的に議論できることと思います。その結論は          ΔT=kxu Tbv2 / ΔvapHですが、導出は物理化学の教科書で調べて下さい。復習:ラウールの法則からの導出方法を調べておく事。

µV* (1,P +Π) = µV

* (1,P) + VvP

P +Π

∫ d ′ P

µV (xv,P +Π) = µV* (1,P +Π) + RT ln xv = µV

* (1,P) + VvP

P +Π

∫ d ′ P − RTxu

P P+Π

半透壁

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温度T

固体

液体(純溶媒)

気体

溶液

溶液の

凝固点

凝固点 沸点 溶液の

沸点

さて、これを統計力学的に考えてみます。次の問題を解けば良いでしょう。

問題:このファイルの最後の図 a、bを参照する事。体積変化の無い容器の中に、気相と液相が共存している場合を考える。図 aの様に純溶媒の液相と純溶媒の気相が共存している場合と、図 b の様に溶液相と純溶媒の気相が共存している場合の沸点をそれぞれ Tbvと T とし、その差をΔT = T-Tbvとした場合に、ΔT=K’bxu が成り立つ事を示せ。ただし、K’b=R Tbv2 / ΔvapE とする。ここで、ΔvapE は、蒸発の際のエネルギー変化である。

解答:まず、純溶媒の系について考えます。図にある様に、気相の体積は、格子1つあたりの体積を v として、Ngv とします。また液相の体積も同様に Nlv とします。系の温度を Tbv とすると、液相の溶媒分子が気相に一つ放出された場合の系の自由エネルギー変化は、        ΔF=Ff-Fi=ΔvapE-TbvΔS=0です。ここで、液相から気相に溶媒分子が1つ移動した場合のΔSを計算します。まず、液相ですが、溶媒分子でピッタリ埋め尽くされているため、場合の数は1と考えて、エントロピー変化を考える必要が無くなります。しかし、気相の方は、体積がNgv から(Ng+1)v

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に増加し、また溶媒分子数が ng から1つ増えるので、エントロピー変化は、

と計算できます。最初の式から、ΔvapE=TbvΔSg である事を指摘しておきます。さて、同じ事を、溶液の場合について考える事にする。この場合、         ΔF=Ff-Fi=ΔvapE-TΔS=0です。希薄溶液であれば、溶媒分子が溶質分子の近くにある事は滅多に無いので、純溶媒のときのΔvapE をそのまま使って良いと考えられます。また、溶液の場合も気相の部分に変化は無いので、ΔSgは、純溶媒の場合と共通になります。異なっているのは液相の部分のエントロピー変化ΔSl です。これは、溶媒分子の液相から気相への移行に際して、溶質分子数に変化が無いので、

となります。ここで、nl /Nl <<1 としました。また、xu は溶質の体積分率なので。従って、ΔvapE=T(ΔSg+ΔSl)= T(ΔSg-kxu)であるが、純溶媒の場合のΔvapE=TbvΔSgを用いてΔSgを消すと、

       ΔvapE= T(ΔvapE/Tbv-kxu)

となる。Tbvと T は、あまり大きく違わないので、

ΔSg = k lnW+1g − lnW0

g( ) = k lnW+1g

W0g

= k lnNg +1( ) !

ng +1( ) ! Ng +1− ng +1( )( )!⋅ng! Ng − ng( )!

Ng!= k ln

Ng +1ng +1

ΔSl = k lnW+1l − lnW0

l( ) = k lnW+1l

W0l

= k lnNl −1( )!

nl! Nl −1− nl( )!⋅nl! Nl − nl( )!

Nl!= k ln Nl − nl

Nl

= k ln 1− nlNl

~ −k

nlNl

= −kxu

1Tbv

−1T

=T −TbvT Tbv

~ ΔTTbv

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を考慮すれば、ΔT=kxu Tbv2 / ΔvapE を得る。これをモルあたりに変換すると、kxu は、Rxu となる。従って、ΔT=K’bxu が得られた事になります。(解答終わり。)従って、定積のシステムを考えていたので、ΔvapEになりましたが、目指すものが出たと考えて良いでしょう。

2-2-3:凝固点降下

 凝固点降下は、沸点上昇を考えた時にある“半透膜”を考えていたのですが、それをどのように凝固点降下の状況に読み替えるか?がポイントです。そこに気づけば、本質は同じです。

議論:束一的性質の本質は統計力学的には何だったのか?

どれも、露(あらわ)に存在するか、仮想的存在かは兎も角として、“半透膜”で隔てられた、2つの相の間の溶媒の平衡に関する事です。希薄溶液では溶質間相互作用が無視できるため、2相間の溶液側の溶媒分子の平衡からのずれに関しては、配置のエントロピーでカタがつくと考えて良いと思います。だから、溶質の種類によらないで、溶質の重量モル濃度によって決まった訳です。(もちろん溶媒依存性はあります。) まず、ボルツマンの原理からラウールの法則を統計力学的に手に入れて、通常の熱力学に寄る方法を用いて考えると言う手もあります。気が向いた人は計算してみると良いかもしれません。 ところで、電解質例えばNaClを溶かした場合の沸点上昇はどのようになるのでしょうか?気の利いた高校ではやっていると思いますが、2つに解離する場合は、2倍になります。もっとたくさんに解離する塩もあります。CaCl2なんかでやると、実はおもろいです。(ただし、非常に危険なので注意して下さい。) しかし、ここには、ちょっとした落とし穴があります。実は2つに電離する場合は2倍から少しずれます。なぜでしょうか?ここに

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は、アーレニウス、オストワルド、ビエルム、そしてデバイ・ヒュッケルの苦闘と勝利の歴史があります。時間があれば、定量的な議論はやりませんが、定性的なお話だけしようと思います。ちなみに、かの有名なデバイ・ヒュッケル理論の論文のタイトルは、イオンの分布という言葉は含まれていなくて、『電解質理論 I 凝固点降下および関連現象』(ドイツ語)です。 課題:沸点上昇を中学生にも分かる様に統計力学の考え方から解説せよ。(時間があればヒントを述べます。)

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図(物理化学) 

    格子模型

    a.液相(純溶媒)と気相(純溶媒)

    b.溶液と気相(純溶媒)

a b