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3 平面上の線形変換
行列は数を長方形の形に並べたものであるが,単なる数字の表に止まらず,空間から空間への写像という意味を持つ.すべての線分を線分か点に移し,すべての面を面か線分か点に移す線形写像と呼ばれる写像を行列は表現する. この章では,まず,基本的な線形変換に対応する 2 次正方行列を紹介する.ついで,線形写像の合成から行列やベクトルの積が必然的に導入されることを解説し,図形を変換するという意識の下で行列の計算を行う.
3.1 平面から平面への写像
≪写像と変換≫ 2 つの集合 X と Y において,X の 1 つ 1 つの要素に Y の要素を 1つずつ対応させる規則を X から Y への写像という.X と Y が一致するとき,写像のことを変換ともいう.
この章では,平面から平面への変換(
xy
)→
(x′
y′
)を考える.たとえば,
(x′
y′
)=
2x
1
2y
(3.1)
は,x 方向は 2 倍に拡大し,y 方向は半分に縮小する変換である.また,(x′
y′
)=
(1
2(x + y)
y
)(3.2)
は,x 座標と y 座標の平均を新しい x 座標にする変換である.
例題3-1 (3.1) によって平面上の点の列を
(x1
y1
)=
(a
b
),
(xn+1
yn+1
)=
2xn
1
2yn
(n = 1, 2, 3, · · · )
と定義する.すると,xn = a,yn = b となる.a 6= 0 ならば
limn→∞
|xn| = であり,任意の b に対して limn→∞
yn = である.
®
©ª課題3-1 (3.2) によって平面上の点の列を
(x1
y1
)=
(a
b
),
(xn+1
yn+1
)=
(1
2(xn + yn)
yn
)(n = 1, 2, 3, · · · )
27
と定義する.すると,yn = (n = 1, 2, · · ·)である.一方,xn+1 − =1
2(xn − ) から,xn = (a− ) + となる.以上より,任意の a,b に
対し limn→∞
xn = , limn→∞
yn = である.
≪エノン(Henon)写像≫ (3.1),(3.2) の右辺は x と y の 1 次式であるが,2
次の項が現れる例として,(x′
y′
)=
(1 − px2 + qy
x
)(ただし,p = 1.4,q = 0.3) (3.3)
を考える.エノン写像と呼ばれるこの変換は y 軸に平行な直線 x = c(c は定数)を x 軸に平行な直線 y = c に写像し,その他の直線を放物線に写像する.たとえば,直線 x = 0,y = 4x,y = −4x は,それぞれ,Figure 3.1 の直線,上側の放物線,下側の放物線に写像される.
-2
-1.5
-1
-0.5
0
0.5
1
1.5
2
-1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
x
y
Figure 3.1: 直線 x = 0,y = 4x,y = −4x の像
-1.5
-1
-0.5
0
0.5
1
1.5
-1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5
x
y
Figure 3.2: エノン(Henon)写像のストレンジ・アトラクター
例題3-2 エノン写像 (3.3) によって直線 y = rx はどのような図形に写像
されるか.ベクトル方程式を求めよ.
(解答例) 直線 y = rx のベクトル方程式(
xy
)=
(trt
)(t は実数)を (3.3)
に代入すれば(x′
y′
)=
(1 − pt2 + qrt
t
)=
1 +q2r2
4p0
−
(p(t − qr
2p)2
−t
)(t は実数)
となる.Tidbit: 楕円,双曲線,放物線のベクトルを利用した表現(p. 18)に例示したようにこの方程式は x 軸を対称軸とする放物線を表す.
28
Tidbit: ストレンジ・アトラクター¶ ³エノン写像 (3.3) によって平面上の点の列を(
x1
y1
)=
(ab
),
(xn+1
yn+1
)=
(1 − pxn
2 + qyn
xn
)(n = 1, 2, 3, · · · )
と定義する(p = 1.4,q = 0.3).Figure 3.2 は種々の a,b に対して上の点
の列を計算して,(
x10000
y10000
)をプロットしたものである.比較的単純そうな
式 (3.3) からこのようなストレンジ・アトラクター(フラクタル性を持つアトラクター)が現れることは数理現象の奥深さを示す一例である.µ ´
3.2 線形変換の基本的性質
≪線形変換≫ (3.1),(3.2) は行列を用いて,それぞれ,(x′
y′
)=
(2 00 1/2
)(xy
),
(x′
y′
)=
(1/2 1/20 1
)(xy
)
とも表現される.y 軸に関する対称移動(
x′
y′
)=
(−xy
)も行列を用いて
(x′
y′
)=
(−1 00 1
)(xy
)(3.4)
と表される.このように 2 次の実正方行列 A =
(a bc d
)によって
(x′
y′
)= A
(xy
)(3.5)
と表される変換は平面上の線形変換と呼ばれる.
≪線形変換はすべての直線を直線か 1 点に写像≫ 平面上に相異なる 2 点 P1 =(x1
y1
),P2 =
(x2
y2
)をとる.線形変換 (3.5) によって P1,P2 は,それぞれ,
P1′ = AP1,P2
′ = AP2 に写像され,線分 P1P2 を t : 1 − t に内分する点P = (1 − t)P1 + tP2 は
P′ = AP = A((1 − t)P1 + tP2
)に写像される.A
((1 − t)P1 + tP2
)はまとめ:行列の積(p. 25)の (3) と (1)
によって
A((1 − t)P1 + tP2
)= (1 − t)(AP1) + t(AP2) = (1 − t)P1
′ + tP2′ (3.6)
29
1 t−1 t−
tt
1P
1P ′
2P
2P ′
PP′
A
A
A
となる.すなわち,右の図のように,線分 P1P2 を t : 1 − t に内分する点は P1
′P2′ を t : 1− t に内分する点に
写像される.性質 (3.6) があるからこそ (3.5) は線形変換と呼ばれる.
P1,P2 は任意の相異なる 2 点であるので,線形変換はすべての直線を直線か 1 点に写像する.P1 6= P2
であっても P1′ = P2
′ となる場合があり,このとき,P1,P2 を通る直線は 1 点に写像される.
例題3-3 行列 A =
(1 11 1
)が
表す線形変換によって直線はどのような図形に写像されるか調べよ.(解答例) 直線のベクトル方程式を(
xy
)=
(cd
)+ t
(ab
)(t は実数),
(ab
)6= 0 (3.7)
とする.この直線は A によって(x′
y′
)= A
(xy
)=
(1 11 1
){(cd
)+ t
(ab
)}=
(c + dc + d
)+ t
(a + ba + b
)(t は実数)に写像される.このことは,a + b = 0(傾きが −1)ならば 1 点(
c + dc + d
)に写像され,a + b 6= 0(傾きが −1 ではない)ならば
(c + dc + d
)を通
る傾きが 1 の直線に写像されることを示す.
例題3-4 行列 A =
(1 11 2
)が表す線形変換はすべての直線を直線に写像
することを示せ.(解答例) ベクトル方程式 (3.7) で与えられる直線は A によって(
x′
y′
)= A
(xy
)=
(1 11 2
){(cd
)+ t
(ab
)}=
(c + dc + 2d
)+ t
(a + ba + 2b
)(t は実数)に写像される.a + b,a + 2b の少なくと一方は 0 ではない(両方
とも 0 ならば a = b = 0 となり,(
ab
)6= 0 という前提に矛盾)ので,このベク
トル方程式は直線を表す.以上より,A が表す線形変換はすべての直線を直線に写像することが分かった.
®
©ª課題3-2(TAチェック) 行列A =
(1 −1−1 1
)が表す線形変換によって
1 点に写像される直線をすべて求めよ.
30
®
©ª課題3-3(TAチェック) 行列 A =
(1 11 0
)が表す線形変換はすべての
直線を直線に写像する.向きが(
ab
)である直線がどのような向きの直線に移
るかを調べよ.
3.3 いろいろな線形変換
≪拡大・縮小,反転≫ Figure 3.3 に縦・横の 拡大・縮小や縦・横の反転を表す
1 0
0 1
1 0
0 1
−
1 0
0 2
1.5 0
0 2
1 0
0 1
− 1 0
0 2
− 1.5 0
0 2
− −
0.5 0
0 1
Figure 3.3: 拡大・縮小,反転を表す行列
行列の例を示す.これらはすべて(
a 00 d
)の形の行列であり,これによって表
される線形変換は (x′
y′
)=
(a 0
0 d
)(x
y
)=
( )と書ける.したがって,|a| が横(x 軸)方向の拡大率,|d| が縦(y 軸)方向の拡大率を表し,a < 0 ならば横(x 軸)方向に反転され,d < 0 ならば縦(y
軸)方向に反転される.なお,単位行列(
1 00 1
)は恒等変換(何も動かさない
変換)に対応する.
≪座標軸に沿ってずらす変換≫ Figure 3.4 には座標軸に沿って ずらす変換の例
31
1 1
0 1
1 1
0 1
−
1 0
1 1
−
1 0
1 1
Figure 3.4: 座標軸に沿ってずらす変換を表す行列
を示す.これらは(
1 b0 1
)か
(1 0c 1
)の形である.
(1 b0 1
)が表す線形変換は
(x′
y′
)=
(1 b
0 1
)(x
y
)=
( )
であるから,y 座標の値を保ちつつ,x 軸に沿ってずらす変換を表す.一方,(1 0c 1
)はつぎのように x 座標の値を保ちつつ,y 軸に沿ってずらす変換を
表す. (x′
y′
)=
(1 0
c 1
)(x
y
)=
( )
≪回転移動≫ 原点のまわりに図形を θ だけ回転させると,Figure 3.5 に図示し
たように,点(
10
)は
(cos θsin θ
)に,点
(01
)は
(− sin θcos θ
)に移動する.したがっ
て,一般の点(
xy
)= x
(10
)+ y
(01
)は
x
(cos θ
sin θ
)+ y
(− sin θ
cos θ
)=
( )(x
y
)
に移動する.このことから,原点のまわりに図形を θ 回転させる変換を表す行
列は
( )であることが分かる.Figure 3.6 にリニアーくんを原
点のまわりに −π
6,
π
4,
π
2,
5π
6回転した結果を示す.
32
O x
y
1
1θ
θ
cos
sin
θ
θ
sin
cos
θ
θ
−
Figure 3.5: 原点のまわりの回転
6
πθ = −
5
6
πθ =
2
πθ =
4
πθ =
cos sin
sin cos
θ θ
θ θ
−
Figure 3.6: 回転移動を表す行列
3.4 合成変換
≪合成変換と行列の積≫ 原点のまわりにπ
2だけ回転する変換および y 軸方向
に 2 倍する変換を表す行列を A,B とすれば,原点のまわりにπ
2だけ回転し
た後に y 軸方向に 2 倍する変換はどのような行列で表されるだろうか.行列A,B は
A =
(cos(π/2) − sin(π/2)sin(π/2) cos(π/2)
)=
(0 −11 0
), B =
(1 00 2
)(3.8)
であった.したがって,点(
xy
)を原点のまわりに
π
2だけ回転した点を
(x′
y′
),
それをさらに y 軸方向に 2 倍した点を(
x′′
y′′
)とすれば
(x′
y′
)= A
(xy
)=
(−yx
),
(x′′
y′′
)= B
(x′
y′
)=
(x′
2y′
)である.右側の式に左側の式を代入すれば(
x′′
y′′
)=
(x′
2y′
)=
(−y2x
)=
(0 −12 0
)(xy
)= (BA)
(xy
)が得られるから積 BA が求める行列と一致する.一般に
(xy
) A=
0
@
a bc d
1
A
−−−−−−−→(
x′
y′
) A′=
0
@
a′ b′
c′ d′
1
A
−−−−−−−−−→(
x′′
y′′
)と続けて変換されたときには(
x′
y′
)= A
(xy
)=
(ax + bycx + dy
),
(x′′
y′′
)= A′
(x′
y′
)=
(a′x′ + b′y′
c′x′ + d′y′
)33
である.したがって(x′′
y′′
)=
(a′(ax + by) + b′(cx + dy)c′(ax + by) + d′(cx + dy)
)=
((a′a + b′c)x + (a′b + b′d)y(c′a + d′c)x + (c′b + d′d)y
)=
(a′a + b′c a′b + b′dc′a + d′c c′b + d′d
)(xy
)= (A′A)
(xy
)となる.したがって,A による変換と A′ による変換を続けた合成変換は行列の積 A′A によって表現される(AA′ ではないことに注意せよ).逆の視点からは,行列の積 AB はB による変換に A による変換を続けた
変換を表現するように定義されていることが分かる.
Tidbit: 線形変換の合成と行列の積¶ ³n 次元の実ベクトル全体からなる集合を n 次元空間といい,Rn で表す.(3.5) のように平面 R2 から R2 への線形変換は 2 × 2 行列によって表現される.同様に R3 から R3 への線形変換は 3× 3 行列によって表される.また,R2 から R3 への線形写像は 3 × 2 行列によって,R3 から R2 への線形写像は 2 × 3 行列によって表現される. 一般に,Rn から Rm への線形写像はx1
′
...xm
′
=
a11 · · · a1n...
. . ....
am1 · · · amn
x1
...xn
のように m× n 行列によって与えられる.m× n 行列 A,p× q 行列 B による線形写像
Rm ←−−−A
Rn, Rp ←−−−B
Rq
を考える.すると,n = p の場合に B による写像に A による写像を続ける
Rm ←−−−A
Rn ≡ Rp ←−−−B
Rq
ことが可能になる.この線形写像の合成に対応して,n = p の場合に積 ABが定義される.µ ´≪再び積の非可換性(AB 6= BA)≫行列 Aによる変換に行列Bによる変換を続けた合成変換を表すのが積 BAであるという観点は,積の非可換性(AB 6= BA)をより明確にするだろう.Figure 3.7 は積の非可換性をビジュアルに示すものである.A,B はそれぞれ (3.8) の原点のまわりの
π
2回転,縦方向の 2 倍拡大
を表す行列であり,図の上の流れは回転してから縦拡大する変換(BA),下の流れは縦拡大してから回転する変換(AB)を表す.行列の積は一般には非可換(AB 6= BA)であるが特別な行列同士は可換
(AB = BA)になることがある.
34
縦
縦
回転
回転
0 1
1 0A − =
0 1
1 0A − =
1 0
0 2B =
1 0
0 2B =
Figure 3.7: <回転してから縦拡大>と<縦拡大してから回転>
例題3-5 x 軸に沿ってずらす変換同士は可換であり,y 軸に沿ってずら
す変換同士も可換である.ただし,x 軸に沿ってずらす変換と y 軸に沿ってずらす変換は可換ではない.実際,(
1 b0 1
)(1 b′
0 1
)=
(1
0 1
),
(1 0c 1
)(1 0c′ 1
)=
(1 0
1
)
であるから,(
1 b0 1
)と
(1 b′
0 1
)は可換であり,
(1 0c 1
)と
(1 0c′ 1
)も可換で
ある.一方,(1 b0 1
) (1 0c 1
)=
(b
c
),
(1 0c 1
)(1 b0 1
)=
(b
c
)
だから 6= 0 のとき(
1 b0 1
)と
(1 0c 1
)は可換ではない.
®
©ª課題3-4 原点のまわりの回転を表す行列同士は可換であることを,原点
のまわりに α だけ回転する変換を表す行列と β だけ回転する変換を表す行列の積を計算することによって示せ.®
©ª課題3-5(TAチェック) すべての 2 次正方行列と可換な 2 次正方行列
A =
(a bc d
)を求めよ.
Solution:X =
(1 00 0
)に対して AX − XA =
( )= O であるか
ら = 0 かつ = 0 である.また,X =
(0 10 0
)に対して AX − XA =
35
( )= Oであるから d = である.逆に,aを任意の数,A =
(a 00 a
)とすれば,すべての 2 次正方行列 X =
(x yz w
)に対して
AX =
( ), XA =
( )
であり AX = XA が成り立つ.以上より,A = a
(1 00 1
)(a は任意の数)が
求める行列である.なお,この形の行列はスカラー行列と呼ばれる.
例題3-6 (3.4) で扱ったように y 軸に関する対称移動は行列(−1 00 1
)によって表され,
(1 00 −1
)が x軸に関する対称移動を表す.では,原点を通る
一般の直線に関する対称移動を表現する行列はどのようなものであろうか.直
O
x
y
O
x
y
O
x
y
O
x
y
θ
θ
x
Figure 3.8: 原点で x 軸の正の向きと角 θ で交わる直線に関する対称移動
接計算することもできるが,ここでは単純な線形変換を合成することによって作成する.直線が x 軸の正の向きとなす角を θ とする.θ +nπ(n = 1, 2, · · ·)も直線と x 軸の正の向きがなす角になるがどれを選んでもよいし,0 ≤ θ < π あるいは −π/2 ≤ θ < π/2のように範囲を限定してもよい.Figure 3.8に示したように,まず直線と図形(リニアーくん)を一緒に原点のまわりに −θ だけ回転す
る(右上).これを表す行列は
(cos( ) − sin( )
sin( ) cos( )
)=
(cos θ sin
− sin cos θ
)である.回転の後,直線は x 軸と一致するので,この直線に関する対称移動は(
0
0
)によって表される(右下).最後に,直線と図形を一緒に原点のま
わりに θ だけ回転すれば,直線は元に戻り図形は対称移動後のものとなる(左
36
下).この回転を表す行列は
(cos − sin
sin cos
)である.以上より,原点で x
軸の正の向きと角 θ で交わる直線に関する対称移動はつぎの行列によって表される.(
cos θ − sin
sin cos θ
)(0
0
)(cos sin
− sin cos
)
=
( )=
(cos sin
sin − cos
) (3.9)
®
©ª課題3-6 直線 y = − 1√
3x が x 軸の正の向きとなす角を求めよ.さらに,
この直線に関する対称移動を表す行列を求めよ.
®
©ª課題3-7 ベクトル方程式
(xy
)= t
(−1√
3
)(t は実数)で与えられる直線
が x 軸の正の向きとなす角を求めよ.さらに,この直線に関する対称移動を表す行列を求めよ.®
©ª課題3-8 a 実数とする.直線 y = ax が x 軸の正の向きとなす角を θ
(−π/2 ≤ θ < π/2)とし,cos θ,sin θ 求めよ.さらに,この直線に関する対称移動を表す行列を求めよ.®
©ª課題3-9(TAチェック) a 実数とする.Figure 3.9 のように,原点で x
軸の正の向きと角 θ で交わる直線に沿って a 倍する変換を表す行列をつぎの単純な線形変換の合成によって求めよ.(1) まず直線と図形を一緒に原点のまわりに −θ だけ回転する.
O
x
y
θ
Figure 3.9: 一般の直線に沿った拡大
(2) 回転の後,直線は x 軸と一致するので,x 軸方向に a 倍する.(3) 最後に,直線と図形を一緒に原点のまわりに θ だけ回転させる.こうすれば,直線は元に戻り図形は直線に沿って a 倍したものとなる.
37
3.5 図形の拡大率と逆行列
≪拡大・縮小率と行列式≫ 2 次正方行列による線形変換の前後で図形の大きさ(面積)はどのように変わるだろうか.Figure 3.6 にも示されているように回転しても図形の大きさは変わらないし,Figure 3.4 のような座標軸に沿ってずらす変換を受けても図形の大きさは変わらないように見える.また,Figure 3.3
に描かれているように,行列(
a 00 d
)によって縦や横に拡大・縮小されたり反
転されたりすると面積は |ad| 倍になる.
θP
QR
O
1
1
x
y
Pa
c
′
Rb
d
′
Qa b
c d
+ ′ +
Figure 3.10: 面積拡大率
一般の 2 次正方行列 A について拡大率を計算しよう.多くの図形はさまざまな大きさの正方形の和集合となるので,面積が 1 の正方形がどのような面積の図形に写像されるか
を調べる.A =
(a bc d
)によって,
Figure 3.10 の原点 O は O に,点
P
(10
),Q
(11
),R
(01
)はそれぞれ
P′(
ac
),Q′
(a + bc + d
),R′
(bd
)に移さ
れる.したがって,(3.6) より正方形OPQR は平行四辺形 OP′Q′R′ に写像される.この平行四辺形の面積 S
は三角形 OP′R′ の 2 倍であるから,角 P′OR′ を θ (0 ≤ θ ≤ 2π)とし,(2.4) を用いれば,
S = |OP′||OR′| sin θ = |OP′||OR′|√
1 − cos2 θ =
√|OP′|2|OR′|2 − (
−−→OP′,
−−→OR′)2
=√
(a2 + c2)(b2 + d2) − (ab + cd)2
=√
a2d2 + b2c2 − 2abcd =
(3.10)
となる.したがって,Aによる面積拡大率は である.なお,ここに現
れる ad−bcは行列 A =
(a bc d
)の行列式と呼ばれ,det A,|A|あるいは
∣∣∣∣a bc d
∣∣∣∣で表される.また,
∣∣∣∣a bc d
∣∣∣∣ = であって,一般には∣∣∣∣a bc d
∣∣∣∣ 6= |ad − bc|
であることに 注意しよう.
例題3-7 縦や横に拡大・縮小したり,座標軸に関して反転する線形変換
を表す行列(
a 00 d
)の行列式は ,面積拡大率は である.
38
®
©ª課題3-10 座標軸に沿ってずらす変換を表す行列
(1 b0 1
),
(1 0c 1
)や
原点のまわりの回転を表す行列(
cos θ − sin θsin θ cos θ
)の行列式と面積拡大率を求
めよ.
例題3-8 つぎの行列が表す線形変換によって Figure 3.10の正方形 OPQR
がどのような図形に移されるかを調べよ.また,行列式と面積拡大率を求めよ.
(1)
(1 22 −2
) (2)
(1 21 2
)
(解答例) (1) 正方形 OPQR は O,
(2
),
(0
),
(−2
)を頂点とする
平行四辺形に移される.行列式は = ,面積拡大率は である.
(2) 正方形の頂点 O,P,Q,R は,それぞれ,O,
( ),
( ),
( )に
移される.したがって,この正方形は
(0
)と
(3
)を結ぶ に移さ
れる.行列式は = ,面積拡大率も である.
®
©ª課題3-11 つぎの行列が表す線形変換によって Figure 3.10 の正方形
OPQR がどのような図形に移されるかを調べよ.また,行列式と面積拡大率を求めよ.
(1)
(1 21 0
) (2)
(2 1−1 0
) (3)
(1 −2−1 2
)
≪行列式の符号≫ 行列式の絶対値は面積拡大率であるが,その符号はどのような意味を持つだろうか.Figure 3.3 には8種類の行列による変換後のリニアーくんが描かれている.右上,左下,下のリニアーくんは時計回りの向きであるが,他の5つは反時計回りである.この事実と呼応して,右上,左下,下の変換を表す行列の行列式は負であるが,他の5つは正である.また,Figure 3.6 やFigure 3.4 に現れる行列の行列式はすべて正であり,変換後のリニアーくんは反時計回りである.このように行列式が正ならば向きが保たれ,負ならば逆向きになることが分かる.
3.6 逆変換・逆行列
≪座標軸に沿ってずらす変換の逆変換≫ 行列(
1 b0 1
)が表す x 軸に沿ってず
らす変換は点 P
(xy
)から P′
(x′
y′
)=
(x + by
y
)への写像である.この対応関係
39
を逆の変換,P′ から P への写像として考えよう.すると,(
x′
y′
)=
(x + by
y
)という関係を
(xy
)について解けば
(xy
)=
(y′
)=
(0 1
)(x′
y′
)
となる.したがって,(
1 b0 1
)が表す線形変換の逆変換は行列
(0 1
)に
よって与えられる.同様に,(
1 0c 1
)が表す y 軸に沿ってずらす変換の逆は(
1 0)が与える.
≪回転,拡大・縮小,座標軸に関する反転の逆変換≫ 課題2-12(p. 23),課題3-4からも分かるように,原点のまわりの θ だけの回転の逆変換を表
す行列は
(cos(−θ) − (−θ)
(−θ) (−θ)
)=
(cos θ
−
)である.また,
ad 6= 0 のとき,(
a 00 d
)による縦や横の拡大・縮小や座標軸に関する反転の逆
変換を表す行列は
(0
0
)である.
≪逆行列≫ x 軸に沿ってずらす変換とその逆変換を表す行列 A =
(1 b0 1
)と
B =
(1 −b0 1
)の間には
BA = AB =
(1 00 1
)= I (I:恒等変換を表す単位行列)
という関係がある.一般に,行列 A に対して
BA = AB = I (3.11)
を満たす行列 B を A の逆行列といい,B = A−1 と表す.行列 A,B,I を数a,b,1 に置き換えると (3.11) は
ba = ab = 1
に対応する.上式が成り立つとき b を a の逆数といった(b = 1/a ≡ a−1).したがって,数の世界における逆数という概念を行列の世界まで拡張したものが逆行列である.数 a の逆数は a 6= ならば存在した.では,行列の場合はどうだろうか.
40
例題3-9 例題3-8に現れたつぎの行列の逆行列が存在するか否かを調べ,
存在するなら求めよ.
(1)
(1 22 −2
) (2)
(1 21 2
)
(解答例)(1)存在を仮定して,求める逆行列を(
x yz w
)と置く.
(x yz w
)(1 22 −2
)=
I より (x + 2y 2x − 2yz + 2w 2z − 2w
)=
(1 00 1
)である.したがって{
x + 2y = 12x − 2y = 0
,
{z + 2w = 02z − 2w = 1
⇐⇒
{x = 1/3
y =,
{z =
w = −1/6
となる.こうして得られた行列1
6
(2
−1
)については
(1 2
2 −2
)1
6
(2
−1
)=
I も成り立つ.したがって,これが求める逆行列である.
(2) 存在を仮定して,求める逆行列を(
x yz w
)と置く.
(x yz w
)(1 21 2
)= I
より(x + y 2x + 2yz + w 2z + 2w
)=
(1 00 1
)⇐⇒
{x + y =
2x + 2y = 0,
{z + w = 0
2z + 2w =
でなければならないが,このようなことはありえない.したがって(
1 21 2
)の
逆行列は存在しない.
≪逆行列が存在するための条件と計算方法≫ 逆行列が存在する行列を正則行列と呼ぶ.一般の 2 次正方行列が正則であるための条件と逆行列の計算方法を
考えよう.A =
(a bc d
)の逆行列 X =
(x yz w
)が存在したと仮定する.する
と,XA = I より(ax + cy bx + dyaz + cw bz + dw
)=
(1 00 1
)⇐⇒
{ax + cy = 1bx + dy = 0
,
{az + cw = 0bz + dw = 1
となる.まず det A = ad − bc 6= 0 の場合を考える.このときは,上の x と y
の連立 1 次方程式と z と w の連立 1 次方程式を解いて
X = A−1 =1
ad − bc
( )(3.12)
である.つぎに det A = 0 の場合を考える.上の x と y の連立 1 次方程式からy を消去すると (ad − bc)x = d となるから d = 0 でなければならない.また,
41
x を消去すると (ad − bc)y = −b となるから b = 0 でなければならない.だが,b = d = 0 は bz + dw = 1 と矛盾する.したがって det A = 0 のとき A は正則
ではない.以上より,A =
(a bc d
)は det A = ad − bc 6= 0 の場合に限り正則
であり,逆行列は (3.12) で与えられる.つぎに示すように,A も B も正則であるとき積 AB も正則であり,その逆
行列は (AB)−1 = B−1A−1 となる.
(B−1A−1)(AB) = B−1(A−1A)B = B−1IB = B−1B =
(AB)(B−1A−1) = A( )A−1 = A A−1 = AA−1 =
®
©ª課題3-12 課題3-11に現れたつぎの行列の逆行列が存在するか否か
を調べ,存在するなら求めよ.
(1)
(1 21 0
) (2)
(2 1−1 0
) (3)
(1 −2−1 2
)
®
©ª課題3-13 つぎの行列について逆行列が存在するか否かを調べ,存在す
る場合にはそれを求めよ.
(1)
(1 21 1
) (2)
(1 2
1/2 1
) (3)
(1 2−1 0
)
®
©ª課題3-14 つぎの行列についてどのような数 a に対して逆行列が存在す
るかを調べ,逆行列も求めよ.
(1)
(a −1−3 2
) (2)
(a a3
1 1
)
3.7 ベクトルの線形独立性と行列のランク
≪線形独立なベクトル≫ v をベクトルとするとき,集合
av (a は実数) (3.13)
はどんな図形を表現するだろうか.2.4 ベクトルによる図形の表現(p. 15)で紹介したように,v 6= 0ならば (3.13)は原点を通る方向 v の直線であり,v = 0
ならば原点のみからなる集合である.線形独立性はベクトルの組に対して定義される概念であるが,単一のベクトルに適用すれば,ベクトル v が線形独立(1
次独立ともいう)であるとは (3.13) が直線になることである.線形独立ではないベクトルは線形従属であるといわれる.もちろん,零ベクトルだけが線形従属であり,他のすべてのベクトルは線形独立である.
42
≪線形独立なベクトルの組≫ 2 つのベクトル v1 =
(ac
),v2 =
(bd
)に対して,
集合a1v1 + a2v2 (a1,a2 は実数) (3.14)
を考える.v1 = v2 = 0 ならば (3.14) は原点のみからなる集合である.また,一方が零ベクトルではなくとも他方が零ベクトルであったり,v1 と v2 が平行な場合には (3.14) は直線になる(Figure 3.11 の左図参照).v1 も v2 も零ベクトルではなく,かつ,互いに平行ではないとき (3.14) は平面を表すが,このようなときに v1,v2 は線形独立であるという(Figure 3.11の右図参照).線形独立ではないときは線形従属であるという.点 R1,R2 を
−−→OR1 = v1,
−−→OR2 = v2
x
y
x
y
O O
1R 1
R
2R
2R
1v
1v
2v
2v
Figure 3.11: 線形従属であるベクトル(左)と線形独立であるベクトル(右)
となるように選ぶ.すると,(3.14) が平面を表すのは,3 点 O,R1,R2 が一直線上にないとき,いいかえると,三角形 OR1R2 の面積が零でないときである.
(3.10) で計算したように,この三角形の面積は1
2|ad − bc| である.したがって,
det(v1 v2
)= ad− bc 6= 0 の場合に限り v1 =
(ac
),v2 =
(bd
)は線形独立で
ある.
≪ 2 次正方行列のランク≫ 2 次正方行列 A =
(a bc d
)の列ベクトルを v1 =(
ac
),v2 =
(bd
)とする.すると A によって平面全体は
A
(xy
)=
(v1 v2
) (xy
)= xv1 + yv2 (x,y は実数) (3.15)
に写像される.(3.15) が平面(2 次元空間)のとき A のランクは 2 であるといい,直線(1 次元空間)のとき A のランクは 1 であるといい,原点のみ(0 次元空間)のとき A のランクは 0 であるという(A のランクは記号 rankA で表す).(3.15) は (3.14) の a1,a2 を x,y で取り替えたものであるから,
v1,v2 が線形独立ならば rankA = ,
v1 6= 0,v2 = 0ならば rankA = ,v1 = 0,v2 6= 0ならば rankA = ,
43
v1 6= 0,v2 6= 0 が平行ならば rankA = ,
v1 = v2 = 0 ならば rankA =
である.
例題3-10 例題3-8,例題3-9に現れたつぎの行列が平面全体をど
のような図形に写像するかを調べ,ランクを求めよ.
(1)
(1 22 −2
) (2)
(1 21 2
)
(解答例) (1) det
(1 22 −2
)= 6= だから,この行列によって平面全体
は に写像され,rank
(1 22 −2
)= である.
(2) この行列によって平面全体は(1 2
1 2
)(x
y
)= (x + 2y)
( ) (x,y は実数)
に写像される.この集合は x + 2y = z と置けば
z
( ) (z は実数)
と同じであるから, を通る傾き の である.また,このことか
ら rank
(1 21 2
)= である.
®
©ª課題3-15(TAチェック) 課題3-11,課題3-12に現れたつぎの
行列が平面全体をどのような図形に写像するかを調べ,ランクを求めよ.
(1)
(1 21 0
) (2)
(2 1−1 0
) (3)
(1 −2−1 2
)
®
©ª課題3-16(TAチェック) ランクが 0 である 2 次正方行列をすべて求
めよ.
®
©ª課題3-17 課題3-13の行列のランクを求めよ.
®
©ª課題3-18(TAチェック) 課題3-14の行列のランクを求めよ.
44
®
©ªまとめ:ベクトルの線形独立性・ランク・面積拡大率・行列式・逆行列¶ ³
2 次正方行列A =
(a bc d
)=
(v1 v2
)についてつぎが成り立つ.
v1,v2 は線形従属 v1,v2 は線形独立
m mrankA < 2 rankA = 2
m mA は平面全体を 1 直線か 1 点に写像 A は平面全体を平面全体に写像
m m面積拡大率は零 面積拡大率は正
m mdet A = 0 det A 6= 0
m mA の逆行列 A−1 が存在しない A の逆行列 A−1 は存在するµ ´
45