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11 千葉看会誌 VOL.21 No.2015.KEY WORDS the experiential learning cyclelifestyle- related disease prevention30s males Ⅰ.背 景 生活習慣病予防の対策として実施され,40歳から74までを対象とする特定健康診査・特定保健指導の評価が なされる中で,30歳代を含む若年層への支援の必要性が 指摘されている 。しかし,現行の制度において30歳代 には特定健康診査・特定保健指導に準じた支援が一部の 市町村 や企業 でのみ行われ,十分な支援が行われ ているとは言い難い。 30歳代は徐々に検査結果の値に影響がでてくるものの 仕事や子育て等に忙しく,自身の健康に意識を向けるこ とが困難な世代である。30歳代のうち,男性は27.6%女性は4.4%がメタボリックシンドローム(以下 MetSの疑いがある とされる。30歳代男性は生活習慣をか月以内に改善する気のない状態である無関心期にある 者が,食習慣では47.3%,運動習慣では41%と最も高く 占めている 。また,「男性」「年齢が比較的低い」「勤 務」あるいは「自営業」は,運動を除く健康行動を実行 しにくい要素 であることが示されている。 以上より30歳代勤労男性は MetS が疑われながら食習 慣や運動習慣を改善する気のない状態にある,健康行動 においてリスクの高い集団と考えられ,30歳代勤労男性 への生活習慣病予防のための支援が必要と考えられる。 著者は,先行研究において30歳代男性の MetS 該当 者・予備群の健康に対する価値観を記述する中で,対象 者らが,自分自身の症状の伴う病気等の日々の生活の中 での出来事や,家庭を持つというライフイベントを通し て,生活を振り返り見直すことにより,価値観の変化が 生じていることを示した 。この健康に対する価値観の 変化の過程は,健康や生活の新たな意味を発見する過程 であり,「新しい体験を豊かな過去の体験と関連付けて いくことにより意味づけがなされていく」 成人学習に 重なるものと考えられた。つまり30歳代 MetS 該当者・ 予備群の男性は,日々の生活の中での出来事を振り返り 新たな意味を見出す学習を行うことで健康に対する価値 観を変化させ,生活習慣を形成していると考えられた。 成人学習者の特徴の一つとして,経験が学習へのきわ めて豊かな資源になること が述べられている。また 40歳以上の勤労男性の生活習慣改善のプロセスにおいて 過去の生活習慣改善の経験が生活習慣改善の決意につ 受理:平成2731日 Accepted : 7. 15. 2015. 原 著 30歳代男性勤労者の健康学習サイクルの構造 鈴 木 悟 子(千葉大学大学院看護学研究科博士後期課程) 宮 﨑 美砂子(千葉大学大学院看護学研究科)       本研究の目的は,生活習慣の改善を継続している30歳代男性勤労者の健康学習サイクルの内容を明らかにし,その構造を 検討することで,30歳代男性の生活習慣病予防のための支援の示唆を得ることである。健康学習サイクルはKolb の経験学 習サイクルの要素である「具体的な経験をする」「内省する」「教訓を引き出す」「新しい状況に適用する」の視点から検 討した。 研究方法は,食生活,運動,喫煙,飲酒習慣において健康維持・回復に不適切な行動を望ましいものに改善し,か月以 上改善を継続した30歳代勤労男性名に対し,個別に半構造化インタビューを行った。各事例において,語られた内容から 上記の要素にあたる言動を読み取り,記述した。 その結果,「具体的な経験をする」は,【生活の中で環境や体の変化を感じた】等のカテゴリーに集約された。「内省す る」は,【生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける】等のカテゴリーに集約された。「教訓を引き 出す」は,【体の変化を改善するために生活習慣を改善する必要がある】等のカテゴリーに集約された。「新しい状況に適 用する」は,【自分なりに生活習慣の改善に取り組む】等のカテゴリーに集約された。 以上のことから,30歳代男性勤労者の生活習慣病予防のための支援では,日々の生活の中で感じている変化の経験を生活 習慣の必要性の認識や生活習慣を変えることへの肯定的な認識へとつなぎ合わせ,対象者が負担を感じない行動を起こすこ とを促すことが重要と考えられた。

30歳代男性勤労者の健康学習サイクルの構造 - …opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900119042/13448846_21-1_11...検討することで,30歳代男性の生活習慣病予防のための支援の示唆を得ることである。健康学習サイクルはKolbの経験学

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11千葉看会誌 VOL.21 No.1 2015.9

KEY WORDS:the experiential learning cycle,lifestyle-related disease,prevention,30s males

Ⅰ.背 景生活習慣病予防の対策として実施され,40歳から74歳までを対象とする特定健康診査・特定保健指導の評価がなされる中で,30歳代を含む若年層への支援の必要性が指摘されている1)。しかし,現行の制度において30歳代には特定健康診査・特定保健指導に準じた支援が一部の市町村2)や企業3)でのみ行われ,十分な支援が行われているとは言い難い。30歳代は徐々に検査結果の値に影響がでてくるものの仕事や子育て等に忙しく,自身の健康に意識を向けることが困難な世代である。30歳代のうち,男性は27.6%,女性は4.4%がメタボリックシンドローム(以下MetS)の疑いがある4)とされる。30歳代男性は生活習慣を6か月以内に改善する気のない状態である無関心期にある者が,食習慣では47.3%,運動習慣では41%と最も高く占めている5)。また,「男性」「年齢が比較的低い」「勤務」あるいは「自営業」は,運動を除く健康行動を実行しにくい要素6)であることが示されている。

以上より30歳代勤労男性はMetSが疑われながら食習慣や運動習慣を改善する気のない状態にある,健康行動においてリスクの高い集団と考えられ,30歳代勤労男性への生活習慣病予防のための支援が必要と考えられる。著者は,先行研究において30歳代男性のMetS該当

者・予備群の健康に対する価値観を記述する中で,対象者らが,自分自身の症状の伴う病気等の日々の生活の中での出来事や,家庭を持つというライフイベントを通して,生活を振り返り見直すことにより,価値観の変化が生じていることを示した7)。この健康に対する価値観の変化の過程は,健康や生活の新たな意味を発見する過程であり,「新しい体験を豊かな過去の体験と関連付けていくことにより意味づけがなされていく」8)成人学習に重なるものと考えられた。つまり30歳代MetS該当者・予備群の男性は,日々の生活の中での出来事を振り返り新たな意味を見出す学習を行うことで健康に対する価値観を変化させ,生活習慣を形成していると考えられた。成人学習者の特徴の一つとして,経験が学習へのきわめて豊かな資源になること8)が述べられている。また40歳以上の勤労男性の生活習慣改善のプロセスにおいて過去の生活習慣改善の経験が生活習慣改善の決意につ

受理:平成27年3月31日 Accepted : 7. 15. 2015.

  原 著

30歳代男性勤労者の健康学習サイクルの構造

鈴 木 悟 子(千葉大学大学院看護学研究科博士後期課程)宮 﨑 美砂子(千葉大学大学院看護学研究科)      

本研究の目的は,生活習慣の改善を継続している30歳代男性勤労者の健康学習サイクルの内容を明らかにし,その構造を検討することで,30歳代男性の生活習慣病予防のための支援の示唆を得ることである。健康学習サイクルはKolbの経験学習サイクルの4要素である「具体的な経験をする」「内省する」「教訓を引き出す」「新しい状況に適用する」の視点から検討した。研究方法は,食生活,運動,喫煙,飲酒習慣において健康維持・回復に不適切な行動を望ましいものに改善し,6か月以上改善を継続した30歳代勤労男性6名に対し,個別に半構造化インタビューを行った。各事例において,語られた内容から上記の4要素にあたる言動を読み取り,記述した。その結果,「具体的な経験をする」は,【生活の中で環境や体の変化を感じた】等の3カテゴリーに集約された。「内省す

る」は,【生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける】等の3カテゴリーに集約された。「教訓を引き出す」は,【体の変化を改善するために生活習慣を改善する必要がある】等の3カテゴリーに集約された。「新しい状況に適用する」は,【自分なりに生活習慣の改善に取り組む】等の2カテゴリーに集約された。以上のことから,30歳代男性勤労者の生活習慣病予防のための支援では,日々の生活の中で感じている変化の経験を生活習慣の必要性の認識や生活習慣を変えることへの肯定的な認識へとつなぎ合わせ,対象者が負担を感じない行動を起こすことを促すことが重要と考えられた。

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ながる認識に影響する9)ことが示されている。しかし,どのような経験がどのように生活習慣改善につながるのかについては示されていない。生活習慣を形成する学習において,成人の経験は重要な役割を果たすと考えられることから,Kolbの経験学習論に着目した。

Kolbの経験学習論は学習をプロセスとして捉え,具体的な経験(Concrete Experience:CE)をし,内省(Reflective Observation:RO)をし,教訓(Abstract Conceptualization:AC)を引出し,新しい状況に適応Active Experimentation:AE)する学習サイクルが知られている10),11)。生活習慣の改善を継続している者は健康についての学習サイクルを自ら進展させることにより,生活習慣の改善を行い,継続できているものと考える。以上により,30歳代勤労男性が生活習慣病予防に関連する健康についての学習をどのように行っているのかをKolbの学習サイクルの視点から明らかにすることで,学習サイクルに基づいた自ら学習を行っていくための支援への示唆とする。

Ⅱ.研究目的本研究では,生活習慣の改善を継続している30歳代男性勤労者の健康学習サイクルの内容を明らかにし,特徴および構造を検討する。

Ⅲ.用語の定義健康学習サイクル:健康に関係する過去の経験と新しい経験を関連づけて,新しい意味づけを生活の中で見出していく過程である。具体的な経験:生活習慣の改善のきっかけとして語られた出来事。それに関連する意思や行動を含む。内省:経験を意味づけていくプロセスとする。教訓:内省を通じて得たり,再確認したりした,具体的な新しい経験を方向付ける見方・考え方とする。新しい状況への適応:教訓により方向付けられた意思や行動とする。意味づけ:ある物事が他との連関の中で,価値や重要であるという認識を付加され,組織化された内容。

Ⅳ.研究方法1)調査対象調査対象者は,生活習慣の改善を継続している30歳代男性勤労者とした。生活習慣の改善を継続している者の選定条件として,食生活,運動,喫煙,飲酒習慣において健康維持・回復

に不適切な行動を望ましいものに改善し,6か月以上継続した者とした。6か月以上生活習慣の改善を継続している者は,Transtheoretical Modelの行動変容ステージの一つである維持期12)に該当し,健康学習サイクルを進展させていると考えられる。調査対象者の選定のため,産業看護の雑誌の文献検討や研究者のネットワーク,産業看護分野における有識者の紹介から,30歳代に健診後の保健指導を行っている企業を選定した。その企業に所属する保健指導者に,上記選定条件を示し,条件を満たす対象者の紹介を受けた。2)調査期間2014年10月~2015年3月

3)調査方法30歳代男性勤労者が対象であるため,インタビュー調査は,原則30分程度を1回とした。短時間で目的に達するに十分な内容が得られるよう

に,インタビューガイドを作成し,可能な限り事前に対象者に配布した。インタビューガイドには,①行った生活習慣の改善の内容,②そのきっかけとなった経験,③その経験に対する思い,④その経験を通して得た生活習慣の改善に対する考え方,⑤その経験から影響を受けた行動について等を尋ねる質問を含めた。インタビュー内容は承諾を得た上で ICレコーダーに録音し,フィールドノートに記録した。調査終了後,速やかに逐語録を作成し,逐語録の内容を精読し,1回目の面接で不足している部分やより詳しく聞きたい部分を抽出した。逐語録を本人に送付し,削除や修正したい箇所がないかの確認をメールまたは郵送で行った。その際,本人の同意が得られれば,不足している部分やより詳しく聞きたい部分について聴取した。4)分析方法分析は,Kolbの学習サイクルの「具体的な経験をする」「内省する」「教訓を引き出す」「新しい状況に適用する」の4つの要素の視点と,健康学習サイクルのパターンの2つの視点で行った。(1)健康学習サイクルの4要素個別分析として,各事例の逐語録から「具体的な経験をする」「内省する」「教訓を引き出す」「新しい状況に適用する」に当てはまる認識や言動等が記述されている箇所を特定し,4要素がそろったものを一つの健康学習サイクルと捉えた。4要素それぞれに当てはまる認識や言動等をその意味内容が変わらないように簡潔な一文で示した。個別分析を行った後に,全体分析を行った。全体分析は,各事例から得られた健康学習サイクルの

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4要素をそれらの性質の共通性から分類整理し,要素ごとにカテゴリー,中カテゴリー,大カテゴリーと抽象度を上げ,分類整理した。大カテゴリーについては,内容を簡潔に示した名称と記号で示した。(2)健康学習サイクルのパターン各事例より得られた各健康学習サイクルの4要素に対し,健康学習サイクルの4要素の分析から得られた大カテゴリーの記号をつけ,各要素のつながりを矢印で示し,健康学習サイクルのパターンとして記述した。記述した健康学習サイクルのパターンを分類整理し,サイクルの性質を簡潔な一文で示し,図示した。図示したサイクルパターンの共通性について,各要素のつながりに着目し,検討した。5)倫理的配慮本研究は,千葉大学大学院看護学研究科倫理審査委員会の承認を得た上で行った。対象者には研究の趣旨や人権の遵守に関する約束等を書面と口頭で説明した上で協力の同意を得た。

Ⅴ.結 果1)事例概要研究の対象となった事例は2事業所からの6名であ

り,全員が既婚者であった(表1)。A企業は健診後の結果により保健指導を実施しており,B企業は健診後に結果に関わらず全員への保健指導を行っていたが,全事例において,各事業所に所属する保健指導者から保健指導を1回以上受けていた。2)健康学習サイクルの4要素健康学習サイクルは6事例において,90サイクルあった。具体的な経験は,3つの大カテゴリー(【CE】で示す)に統合された。それらは,【CE1:生活の中で環境や体の変化を感じた】【CE2:生活習慣の変化について話すことで自分の生活習慣を周囲の人と比較した】【CE3:生活習慣を改善しようとすることで生活習慣の変化を意識した】であった(表2)。

【CE1:生活の中で環境や体の変化を感じた】には4つの中カテゴリー(〔〕で示す)があり,それらは〔自分や身近な存在である親が症状のある病気になったり,生活に支障が生じた〕〔生活の中で,体の変化を感じた〕といった体の変化を含むものや〔仕事や結婚,子どもが生まれたことにより生活が変わった〕といった生活そのものの変化が含まれた。また〔今の生活習慣を続けることの不利益を知った〕といった予想される変化が含まれた。〔自分や身近な存在である親が症状のある病気になったり,生活に支障が生じた〕を得た事例Bの語りの一部を以下に記述する。「タバコを吸ったことにより,親も早くに病気で亡くなってしまって,タバコが一つの絶対的な原因かどうかはわからないんですけど,そういうのがなければ,もしかしたら,もっと長く生きてた,もっと長く生きられてた,っていう可能性もやっぱりあるということで,考えたので。私自身も家族を養う立場にあるので,そういったことがないように,少しでもタバコを吸わないようにして,健康の維持改善に努めていきたいなと」【CE2:生活習慣の変化について話すことで自分の生活習慣を周囲の人と比較した】には,3つの中カテゴリーが含まれ,それらは〔周囲の人から,生活習慣の改善をすることを求められた〕〔自分を重ね合わせることのできる身近な人の生活習慣を自分の生活習慣と比べた〕〔周囲の人に生活習慣の改善を妨げられた〕が含まれた。【CE3:生活習慣を改善しようとすることで生活習慣の変化を意識した】には4つの中カテゴリーが含まれ,それらは〔生活の中で生活習慣の改善方法を意識した〕〔生活習慣の改善を試してみた〕〔今まで行っていた生活習慣の改善ができなくなった〕〔取り組んだ生活習慣の改善の成果がなかった〕であった。内省は,3つの大カテゴリー(【RO】で示す)に統

合された。それらは,【RO1:生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける】【RO2:生活

表1 事例概要

事例 A B C D E F取り組んだ生活習慣の改善

減量(運動,食生活)減酒,禁煙

禁煙,食生活,運動 減量(食生活) 減量(食生活,

運動),禁煙 運動,食事,睡眠 禁煙

同居家族 妻 妻,子 妻,子 妻,子 妻,子 妻職種 会社員 会社員 会社員(営業) 会社員 会社員(営業) 会社員事業所 A企業 B企業a事業所 B企業b事業所 B企業c事業所 B企業d事業所 B企業e事業所

健康学習サイクルの数 27 16 8 18 14 7

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千葉看会誌 VOL.21 No.1 2015.914

習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える】【RO3:生活習慣の改善に取り組むことを成果や楽しみ,課題と結びつける】であった(表3)。【RO1:生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける】【RO2:生活習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える】はそれぞれ大カテゴリーと同じ内容の中カテゴリーが1つ含まれた。【RO3:生活習慣の改善に取り組むことを成果や楽しみ,課題と結びつける】には5つの中カテゴリーが含まれ,それらには〔生活習慣の改善に成果や楽しみを結び付ける〕〔生活の改善に取り組んだことで,さらに改善した方がよいことを見つける〕〔生活習慣の改善に成功したことを他の生活習慣の改善をする自信へとつなげる〕〔生活習慣は周囲から影響されるものと捉える〕〔生活習慣を改善することを利益が見いだせないものと捉える〕が含まれていた。〔生活習慣の改善に成果や楽しみを結び付ける〕を得た事例Eの語りの一部を記述する。「だから例えば,無理しないで30分だけ走るとか,そういうちょっとした運動をやるだけでも,結構自分の体調が変わったっていうのは,自分でもわかるので。 例えば,同じ時間寝たとしても,朝起きたとき,わぁ,疲れたな,頭重いなと思いながら起きるんじゃなくて,あ,

なんかもうすっきりしたって起きられる」教訓は,3つの大カテゴリーに分類された。それらは,【AC1:体の変化を改善するために生活習慣を改善する必要がある】【AC2:生活習慣の改善のための方法を調整する必要がある】【AC3:生活習慣を改善することは,利益につながる】であった(表4)。【AC2:生活習慣の改善のための方法を調整する必要がある】には,6つの中カテゴリーがあった。そのうちの1つである〔生活の改善は無理をせず,できそうなことをする〕を得た事例Aの語りを以下に記述する。「高脂血症の対策として,これは食べない方がいいとか,いろんな品目のリストを見ると,ほとんど何も食べれない。最初のうちは我慢してたんですけど,やっぱり,続かなくて。だから,なんかこれは食べちゃいけないっていう制限はあまりかけない」新しい状況への適用は,2つの大カテゴリーに統合された。それらは,【AE1:自分なりに生活習慣の改善に取り組む】【AE2:生活習慣改善の方法を実行しない】であった(表5)。【AE1:自分なりに生活習慣の改善に取り組む】には10の中カテゴリーが含まれ,それらは〔生活習慣を改善する具体的な方法を検討する〕〔無理なくできる効果が出そうな方法に取り組む〕等があった。

表2 具体的な経験大カテゴリー 中カテゴリー カテゴリー

CE1:生活の中で環境や体の変化を感じた

自分や身近な存在である親が症状のある病気になったり,生活に支障が生じた

自分を重ね合わせることのできる親が症状のある病気になった/今までできていたことができなくなった/20歳代にできた飲食の仕方や徹夜ができなくなった

生活の中で,体の変化を感じた 体を動かすときに,体が重いと感じた/体調への不安や疲労があった/体の変化を家族や職場の人に指摘された/健診結果に異常がでるようになった/喫煙をすることを面倒と感じた

今の生活習慣を続けることの不利益を知った 今の生活習慣を続けることの不利益を知った

仕事や結婚,子どもが生まれたことにより生活が変わった

仕事や結婚,子どもが生まれたことにより生活が変わった

CE2:生活習慣の変化について話すことで自分の生活習慣を周囲の人と比較した

周囲の人から,生活習慣の改善をすることを求められた

家族から生活習慣を改善することを求められた/周囲の人から,生活習慣の改善をしていないことを指摘された

自分を重ね合わせることのできる身近な人の生活習慣を自分の生活習慣と比べた

親しい職場の人や仲間が生活習慣の改善に取り組んでいることを知った/職場の人や仲間と同じ生活習慣を行った

周囲の人に生活習慣の改善を妨げられた 周囲の人に,喫煙を勧められた

CE3:生活習慣を改善しようとすることで生活習慣の変化を意識した

生活の中で生活習慣の改善方法を意識した 健康のためにできることを探した/健康のために一人でできる運動を探した

生活習慣の改善を試してみた 体調が悪くても,生活習慣の改善を行った/減量のために食事量の制限を行った/検査結果を改善するために食生活を見直した/通勤時間が短くなったので,朝食をとるようにした/運動量を増やすために,過去にやっていた運動をした/減量のために新しく運動を始めた/定期的に楽しくできる運動を行った/減量のために運動のやり方を工夫した/自分なりのペースで禁煙に取り組んだ/毎日体重を測るようにした/生活習慣の改善をすることで,体への良い影響があった/生活習慣の改善をすることで苦痛の緩和や体の動きの変化があった/運動をし始めて人と話をした/生活習慣の改善をした成果を人に褒められた

今まで行っていた生活習慣の改善ができなくなった 今まで行っていた生活習慣の改善ができなくなった

取り組んだ生活習慣の改善の成果がなかった 禁煙をすることで,体重が増えた/運動することで,怪我をした/生活習慣の改善をしても健診結果が改善しなかった

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表3 内省大カテゴリー 中カテゴリー 小カテゴリー

RO1:生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける

生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける

生活の中で感じた体の変化を年齢によるものと結び付け,生活習慣を改善する必要性を認識する/健診結果から自身の体の生活習慣病に対する脆弱性と,生活習慣を改善する必要性を認識する/体重の増加と生活の中での体の変化を結び付け,減量が必要だと感じる/自分自身の症状を伴う病気や今までできていた生活ができなくなることを体の変化と結び付け,生活習慣を改善する必要性を認識する/今の生活を続けていくことの不利益に気付き,生活習慣を改善する必要性を感じる/家庭や仕事での自分の役割の変化から,健康を維持する重要性に気付く

RO2:生活習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える

生活習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える

生活習慣を改善するための具体的な方法を効果があることと捉える/生活習慣を改善するための具体的な方法を自分が無理せず取り組めるものと捉える/生活習慣を改善する利益と不利益を考え,不利益を受け入れられるものと捉える/生活習慣を改善するための具体的な方法を自分が楽しめるものと捉える/過去の経験から生活習慣改善の具体的な方法は継続できることが良いと捉える

RO3:生活習慣の改善に取り組むことを成果や楽しみ,課題と結びつける

生活習慣の改善に成果や楽しみを結び付ける 取り組んだ生活習慣の改善に,自分にとっての成果を結び付ける/生活習慣の改善を自身の楽しみと結びつける/生活の改善ができなくなったことから,生活習慣の改善と体調が良くなることを結び付ける

生活の改善に取り組んだことで,さらに改善した方がよいことを見つける

生活の改善に取り組んだことで,さらに改善した方がよいことを見つける

生活習慣の改善に成功したことを他の生活習慣の改善をする自信へとつなげる

生活習慣の改善に成功したことを他の生活習慣の改善をする自信へとつなげる

生活習慣は周囲から影響されるものと捉える 生活習慣は周囲から影響されるものと捉える

生活習慣を改善することを利益が見いだせないものと捉える 

生活習慣の改善を効果がないものと捉える/生活習慣の改善をすることの不利益を感じる

表4 教訓大カテゴリー カテゴリー

AC1:体の変化を改善するために生活習慣を改善する必要がある

体の変化を改善するために,生活習慣の改善をしなければならない/生活習慣を改善し,健康を維持する必要がある

AC2:生活習慣の改善のための自分にあった方法を調整する必要がある

生活の改善のために,より成果の出る方法に取り組む/年齢による体の変化に合わせた生活習慣の改善が必要である/生活習慣の改善は無理をせず,できそうなことをする/取り組んだ生活習慣の改善を継続する/生活習慣は周囲の影響を受ける/生活習慣の改善をしないことには利益がある

AC3:生活習慣を改善することは,利益につながる

生活習慣を改善することは体を健康にすること/生活習慣を改善することは楽しいこと/生活習慣を改善することは楽しみであり,健康に良いこと/生活習慣を改善することは,役に立つこと/生活習慣を改善することは,楽しみであり,負担がないこと/生活習慣の改善をすることは人から褒められること/生活習慣を改善することは,家族のためになること

表5 新しい状況への適応大カテゴリー 中カテゴリー 小カテゴリー

AE1:自分なりに生活習慣の改善に取り組む

生活習慣を改善する具体的な方法を検討する 健康のためにできることを探す/無理なくできる自分なりの減量方法を探す/減量効果のありそうな運動を探す/一人でできる楽しめる運動を探す/生活の合間に体を動かす方法を探す/自分にとって現実的な減量の目標を立てる/体の症状と検査結果を結び付け,検査結果を意識する

無理なくできる効果が出そうな方法に取り組む

楽して痩せられる方法に取り組む/無理な制限をしない程度に食生活を意識する/減量効果が得られそうな体を動かす機会を増やす/体調を維持できるように,生活習慣を整える

効果が出そうな方法に取り組む 高脂血症の原因になる食べ物を食べないようにする/不調を改善するために水をたくさん飲む/運動や水を飲むことで尿酸値を下げようとする

無理なくできそうな方法に取り組む もともと好きな食事をすることを生かした食生活の改善をする/学生時代にやったことのある運動を行う/自分のペースで禁煙に取り組む/禁煙の決意をせず喫煙をしなくなる

楽しみにつながりそうな方法に取り組む 楽しみのために,食生活の改善に取り組む/周囲の人が楽しんでいる一人でできる運動をする

無理なくできる生活習慣の改善を継続する 無理なくできる食生活の改善を継続する/無理なくできる喫煙しない状態を続ける

楽しむことのできる運動を継続する 楽しみである運動を継続する/楽しめ,自分のペースでできる運動を継続する

効果を感じた生活習慣の改善を継続する 効率的である通勤時に歩くことを継続する/効果を感じた禁煙を続ける/減量をもっとやろうとやる気になる/効果を感じた生活習慣の改善を継続する

より効果がでそうな生活習慣の改善に取り組む

より減量効果が得られそうな食生活の制限をする/他の取り組めそうな生活習慣の改善に取り組む

負担なくできる別の生活習慣を改善する方法を探す

楽しめない運動をやめ,別の運動量を増やす方法を探す/別の生活習慣を改善する方法を探す/負担なくできる運動に取り組む

AE2:生活習慣改善の方法を実行しない

生活習慣改善の方法を実行しない 取り組んだ生活習慣改善の方法を中断する/取り組んだ生活習慣改善の方法を継続しない/勧められた生活習慣改善の方法には取り組まない

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千葉看会誌 VOL.21 No.1 2015.916

【AE2:生活習慣改善の方法を実行しない】には1つの中カテゴリーが含まれ,それは〔生活習慣改善の方法を実行しない〕であった。〔生活習慣改善の方法を実行しない〕を得た事例Cの語りを以下に記述する。「それ(食生活の改善)以外で何かやったかといわれると,あまりないですよね。継続してできているものは。簡単な運動だったりとか,やっぱり,続かない。結局運動するにも,やっぱり家族といる時間が減るんで,そこに気を使いますよね。自分は運動するのは嫌いじゃないんだけども,それをしてる時間は家にいないんで。そっちを考えると,そういうことで気を遣うのはめんどくさいしなっていうような」3)健康学習サイクルのパターン健康学習サイクルのパターンを具体的な経験の3つの大カテゴリーから分類整理した(表6)。【CE1:生活の中で環境や体の変化を感じた】から開

始されたサイクルは8種類に分類された。それらは[環境や体の変化から生活習慣を改善する必要性を意識し,無理がないように試みる][環境や体の変化から生活習慣を改善する必要性を意識し,自分に合った方法を調整する][環境や体の変化から生活習慣を改善する必要性と自分にとっての利益を感じ,取り組む]等があった。【CE2:生活習慣の変化について話すことで自分の生活習慣を周囲の人と比較した】から開始されたサイクルは7種類に分類された。それらは,[生活習慣について話すことで自身の体の変化と生活習慣の改善の必要性を結びつけ,生活習慣の改善に取り組む][生活習慣について話すことで,自分にあった生活習慣改善の方法を見つけ,取り組む][生活習慣について話すことで,生活習慣を改善するための方法を肯定的に捉え,自分に合ったように調整する]があった。【CE3:生活習慣を改善しようとすることで生活習慣の変化を意識した】から開始されたサイクルは7種類に

表6 健康学習サイクルのパターン分類 サイクルの流れ サイクルの性質 該当事例

CE1

開始

CE1→RO1→AC1→AE1 環境や体の変化から生活習慣を改善する必要性を意識し,無理がないように試みる A,B,C,D,E

CE1→RO1→AC2→AE1 環境や体の変化から生活習慣を改善する必要性を意識し,自分に合った方法を調整する A,E

CE1→RO1→AC3→AE1 環境や体の変化から生活習慣を改善する必要性と自分にとっての利益を感じ,取り組む C,D,E,F

CE1→RO2→AC1→AE1 環境や体の変化に応じた,生活習慣を改善するための方法を肯定的に捉え,取り組む D

CE1→RO3→AC1→AE1 環境や体の変化から,生活習慣を改善することの成果や楽しみ,課題を見出し,自分に合った方法を調整する A

CE1→RO3→AC2→AE2 環境や体の変化から,生活習慣を改善することの成果や楽しみ,課題を見出し,自分に合わない生活習慣を改善する方法には取り組まない B

CE1→RO3→AC3→AE1 環境や体の変化から,自分にとっての生活習慣を改善することの利益に気づき,取り組む E

CE1→RO3→AC3→AE2 環境や体の変化から,生活習慣を改善する方法の自分にとっての利益を考え,取り組まない B

CE2

開始

CE2→RO1→AC1→AE1 生活習慣について話すことで自身の体の変化と生活習慣の改善の必要性を結びつけ,生活習慣の改善に取り組む B,D

CE2→RO1→AC2→AE1 生活習慣について話すことで,自分にあった生活習慣改善の方法を見つけ,取り組む A

CE2→RO2→AC2→AE1 生活習慣について話すことで,生活習慣を改善するための方法を肯定的に捉え,自分に合ったように調整する A,D,F

CE2→RO2→AC3→AE1 生活習慣について話すことで,生活習慣を改善するための方法を肯定的に捉え,生活習慣の改善が自分にとって利益になることだと実感し,取り組む D,E

CE2→RO3→AC1→AE1 生活習慣について話すことで,生活習慣の改善に取り組むことを成果や楽しみ,課題と結びつけ,取り組むことの必要性を実感する D

CE2→RO3→AC2→AE2 生活習慣について話すことで,生活習慣の改善に取り組むことの成果や楽しみ,課題を考え,自分にとって合わない生活習慣改善の方法には取り組まない B,C

CE2→RO3→AC3→AE1 生活習慣について話すことで生活習慣の改善に取り組むことの成果や楽しみ,課題を考え,生活習慣の改善が自分にとっての利益になることを実感し取り組む B,D

CE3

開始

CE3→RO1→AC1→AE1 生活習慣の改善を試みることでの体の変化から必要性を実感し,継続する A,C

CE3→RO1→AC2→AE1 生活習慣の改善を試みることで,その必要性を実感し,自分に合った方法に調整する A

CE3→RO2→AC2→AE1 生活習慣の改善を試みることで,取り組んだ方法を肯定的に捉え,調整しながら継続する A,B,C,D,F

CE3→RO2→AC3→AE1 生活習慣の改善を試みることで,取り組んだ方法が自分にとって利益を与えるものだと気づき,継続する F

CE3→RO3→AC2→AE1 生活習慣の改善を試みることで見出した成果や楽しみ,課題から,具体的な方法を調整し,取り組む A,B,D,E

CE3→RO3→AC2→AE2 生活習慣の改善を試みることで見出した成果や楽しみ,課題から,試みた方法を継続しない A,B,C

CE3→RO3→AC3→AE1 生活習慣の改善を試みることで見出した成果や楽しみ,課題から,生活習慣の改善が自分の利益になると実感し,継続する A,B,C,D,E

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分類された。それらは,[生活習慣の改善を試みることでの体の変化から必要性を実感し,継続する][生活習慣の改善を試みることで,その必要性を実感し,自分に合った方法に調整する][生活習慣の改善を試みることで,取り組んだ方法を肯定的に捉え,調整しながら継続する]等であった。これらの22種類のサイクルパターンをそれぞれに図示し,共通性を検討した結果,異なる具体的な経験の大カテゴリーから開始しながら,共通する流れをもつサイクルがあったため,それを図示した(図1)。3つの具体的な経験の大カテゴリーから開始し

【AE1:自分なりに生活習慣の改善に取り組む】につながったサイクルは,【RO1:生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける】内省から【AC1:体の変化を改善するために生活習慣を改善する必要がある】教訓を得たサイクル,【RO1:生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける】内省から【AC2:生活習慣の改善のための方法を調整する必要がある】教訓を得たサイクル,【RO3:生活習慣の改善に取り組むことを成果や楽しみ,課題と結びつける】内省から【AC3:生活習慣を改善することは,利益につながる】教訓を得たサイクルの3種類であった。【CE2:生活習慣の変化について話すことで自分の生活習慣を周囲の人と比較した】【CE3:生活習慣を改善しようとすることで生活習慣の変化を意識した】の2つの具体的な経験の大カテゴリーから【AE1:自分なりに生活習慣の改善に取り組む】へとつながった共通するサイクルは,【RO2:生活習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える】内省から【AC2:生活習慣の改善のための方法を調整する必要がある】教訓を得たサイ

クルと,【RO2:生活習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える】内省から【AC3:生活習慣を改善することは,利益につながる】教訓を得たサイクルの2種類だった。また3つの具体的な経験の大カテゴリーから【AE2:

生活習慣改善の方法を実行しない】につながったサイクルは,【RO3:生活習慣の改善に取り組むことを成果や楽しみ,課題と結びつける】内省から【AC2:生活習慣の改善のための方法を調整する必要がある】教訓を得たサイクル1種類であった。

Ⅵ.考 察1)30歳代男性の健康学習サイクルの特徴本研究の目的は,健康学習サイクルの内容を明らかにし,30歳代男性の健康学習サイクルの特徴と構造を検討することであった。結果から得た健康学習サイクルの要素とそのサイクルパターンをもとに,以下の30歳代男性の健康学習サイクルの特徴を考察した。(1)20歳代とは異なる体の変化を感じる経験を積み重ねることで生活習慣改善の必要性を認識し無理しない取組を行う高波らは40歳以上の勤労男性の生活習慣改善の決意に影響を及ぼす要因として生活習慣改善の願望があり,それには健診結果改善の必要性の認識や体調不良の認識等が含まれることを示した9)。30歳代男性にとっても〔生活の中で,体の変化を感じた〕経験によりその認識が生じていると考えられる。一方で,体調不良とまではいかない〔体を動かすときに体が重いと感じた〕などの小さな経験を繰り返すことによって,20歳代とは体が変わってきたことを認識し,それを改善したいという思いから生活習慣改善の必要性を認識していると考えられる。林らは40歳代以上の勤労男性の減量成功の原因条件として危機感と義務感13)をあげている。30歳代男性においては【RO1:生活の中で感じる変化と生活習慣を改善する必要性を結び付ける】であり,危機感という切迫感を伴うものではなかった。そのため【RO2:生活習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える】ことが重要になり,【AE1:自分なりに生活習慣の改善に取り組む】といった無理をしない取組をすると考えられた。(2)生活習慣改善の小さな取組から,自身にとっての楽しみを見出し,生活習慣改善の方法を模索する[生活習慣の改善を試みることで見出した成果や楽しみ,課題から,具体的な方法を調整し,取り組む]サイクルパターンは6事例中4事例に見られた。これは,【AE1:自分なりに生活習慣の改善に取り組む】や図1 共通するサイクルパターン

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【AE2:生活習慣改善の方法を実行しない】ことにより生じていると考えられ,生活習慣改善の方法を意識的に取り組む,またはやめることにより,生活習慣改善を自身の生活に取り入れていくと考えられた。これは40歳代以上の勤労男性の生活習慣改善の定着化アプローチの段階における効果やメリットの認識9)と共通するが,30歳代においては生活習慣改善に取り組むことを自身の楽しみに結びつけることが特に重要になると考えられる。(3)自身を重ね合わせることのできる身近な存在との対話で,認識を強める〔周囲の人から,生活習慣の改善をすることを求められた〕は,40歳代以上の男性において生活習慣改善に影響しているとされる保健指導者や家族,職場からの支援9),13)

に共通すると考えられる。30歳代男性は,〔自分を重ね合わせることのできる身近な人の生活習慣を自分の生活習慣と比べた〕といった日常会話の中での経験が,生活習慣改善の必要性の認識につながっていた。30歳代男性は自身の健診結果に異常が出始めているが,自身を重ね合わせることができる身近な存在との対話により,他者の経験を自身の生活習慣を意識する経験へとつなげていると考えられる。

(4)生活習慣改善の方法を実行しない状態は,別の変化を意識する経験を経ることで,次の学習へと影響する事例Aは,健診結果で異常が出た〔生活の中で,体の変化を感じた〕経験から高脂血症対策として食事制限に取り組み,一度中断していたが,昨年のズボンがはけなくなる〔自分や身近な存在である親が症状のある病気になったり,生活に支障が生じた〕経験により,前述した〔生活の改善は無理をせず,できそうなことをする〕教訓を得,無理をしない食事制限に取り組んでいた。【AE2:生活習慣改善の方法を実行しない】に至った学習サイクルは,他の【CE1:生活の中で環境や体の変化を感じた】等の経験を経ることで,過去の生活習慣改善の経験として次の学習サイクルへと影響していると考えられた。30歳代男性では,変化を感じる経験を繰り返すことで,過去の生活習慣改善の経験は,成功経験だけではなく,中断した経験もまた生活習慣の改善の具体的な方法の選択へと影響していると考えられる。2)30歳代男性の健康学習サイクルの構造以上の考察を踏まえ,30歳代男性の健康学習サイクルの構造を図示した(図2)。この30歳代男性の健康学習サイクルは,7つの要素か

図2 30歳代男性の健康学習サイクルの構造

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ら構成されると考えられた。それらは,《変化を意識する経験》《変化からの生活習慣改善の必要性の認識》《生活習慣改善と価値の結合》《生活習慣改善への志向》《生活習慣改善の方法の調整》《生活習慣改善の肯定》《無理をしない取組》であった。《変化を意識する経験》では,30歳代男性が自ら【CE1:生活の中で環境や体の変化を感じた】経験と,【CE3:生活習慣を改善しようとすることで生活習慣の変化を意識した】経験があり,これらはサイクルが回転することに進んでいくと考えられた。また【CE2:生活習慣の変化について話すことで自分の生活習慣を周囲の人と比較した】経験により,【CE1:生活の中で環境や体の変化を感じた】や【CE3:生活習慣を改善しようとすることで生活習慣の変化を意識した】が影響をうけ,変化を感じ,生活習慣を意識する体験が促されると考えられた。《変化を意識する経験》での経験は,《変化からの生活習慣改善の必要性の認識》《生活習慣改善と価値の結合》することが行われ,【RO2:生活習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える】はそれらに影響するものと考えられた。《変化からの生活習慣改善の必要性の認識》《生活習慣改善と価値の結合》により,《生活習慣改善への志向》が導き出され,さらに《生活習慣改善の方法の調整》《生活習慣改善の肯定》へと進んでいくと考えられた。それにより,例えば喫煙は健康に良くないといった知識が自身の価値観として取り入れられると考えられた。《無理をしない取組》では,新たな状況において,負担を感じないように取り組むことで,次の学習サイクルへとつなげていると考えられた。これらのサイクルの中心には「ありたい自分」と「周囲の人々との対話」があると考える。「ありたい自分」は,20歳代のときの自分の体の状態であるといった語り等に含まれるものであり,その人らしく日々の生活を営むことができるように意思や行動を方向付ける見方・考え方,意味づけの基準となる見方・考え方である健康に対する価値観7)により,示されると考える。「ありたい自分」が明確になることと周囲の人々との対話が行われることで,健康学習サイクルが進展すると考えられた。3)健康学習サイクルに基づいた支援30歳代勤労男性への健康学習サイクルに基づいた支援では,対話を行うことにより《変化からの生活習慣改善の必要性の認識》《生活習慣改善と価値の結合》を行うことを促し,《生活習慣改善への志向》《生活習慣改善の方法の調整》《生活習慣改善の肯定》へと移行すること

が重要と考える。30歳代男性の多くが含まれる無関心期での支援では,

「体について考える」「普段の行動について考える」等の支援14)が示されている。健康学習サイクルに基づくことにより体や普段の行動の中でも《変化を意識する経験》についての語りを促し,《変化からの生活習慣改善の必要性の認識》《生活習慣改善と価値の結合》につながるような考えを引き出すことが,30歳代勤労男性への支援として考えられる。また40歳代以上と比べると自身の健康に対する危機感が少ないと考えられる30歳代では,《変化からの生活習慣改善の必要性の認識》において《変化を意識する経験》での変化を意識する経験を複数結び合わせることにより,生活習慣を改善する必要性を高めることが重要となる。30歳代男性が,生活の中で感じた変化をどのように捉えているかを受け止めながら,その変化の経験を生活習慣の改善の必要性に結び付けていく支援が生活習慣の改善へと取り組む学習サイクルへとつながっていくと考えられる。【RO2:生活習慣を改善するための具体的な方法を肯定的に捉える】において,具体的な方法に,対象者自身にとって有効であり,楽しみにつながり,取り組みやすいと感じられるといった肯定的な捉え方ができるような支援をすることで,《生活習慣改善への志向》《生活習慣改善の方法の調整》《生活習慣改善の肯定》へと移行すると考える。そのためには,対象者が生活習慣を改善する具体的な方法に取り組むことでどのような効果を期待するのか,どのようなことが我慢することになるのか,楽しみにつながるものなのかを対話を通じて,支援者と対象者が共有することが重要と考える。《生活習慣改善への志向》《生活習慣改善の方法の調整》《生活習慣改善の肯定》への移行には,30歳代男性の周囲にいる人との対話が影響する。30歳代男性有職者にとって,一日の多くを過ごす職場での交流の影響は大きいと考えられ,【CE2:生活習慣の変化について話すことで自分の生活習慣を周囲の人と比較した】の中カテゴリーである〔周囲の人から,生活習慣の改善をすることを求められた〕や,〔周囲の人の生活習慣と自分の生活習慣を比べる〕等からも,推測される。高波は,行動変容に取り組んだ対象者の職場環境の社会文化的な特徴の一部として【健康に関する日常的な会話】や【健康行動への積極的な是認】を示し,健康を支援する社会文化的環境の形成の必要性を述べている15)。30歳代男性個人だけではなく,職場環境への体の変化や生活習慣の改善について日常的に話し,生活習慣の改善を肯定する支援

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が必要と考えられる。クラークらは,ノールズの経験学習とナラティブの考え方を結び付け,前言語的なものである経験を言語化すること,つまり経験を語ることを通じて,経験に近づき,振り返り,理解をするとし,成人は語ることで学ぶと述べている16)。保健指導者が健康学習サイクルを意識し,対象者の語りを促すことは,30歳代男性の健康学習サイクルを進展させ生活習慣の改善へとつながると考える。

Ⅶ.研究の限界と課題本研究の対象者は全員が既婚者であり,職場で保健指導を受けた経験があった。そのため,健康に対する意識が高く,職場や家族からの支援を得やすい対象と考えられる。本研究の事例数は6事例と少ないものの,複数の生活習慣改善の内容について聴取し,90の学習サイクルを得られたことから,保健指導を受けた経験のある既婚の30歳代男性の健康学習サイクルの内容と特徴,構造としては一定の見解を出したものと考える。しかし,職場や家族からの支援を受けることが難しい独居や未婚の非正規労働者等,今回調査協力を得られなかった30歳代男性へのさらなる調査が必要と考える。

謝 辞お忙しい中,本研究に快くご協力くださいました調査協力者の皆様,関係者の皆様に深く感謝しております。この研究における利益相反はありません。

引用文献1) 鈴木志保子,佐野喜子:成果につなげる特定健診・特定保

健指導ガイドブック(監修津下一代),初版,中央法規出版,2014.

2)波田地梢,仲居小百合,草苅洋子:30歳からの生活習慣病予防,平成22年千葉県保健活動業務研究集録,64-66,2011.

3)鎌田光郎:健康イキイキ職場,安全と健康,10(12):82-84,2009.

4)国民健康・栄養調査(平成24年),http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kenkou_eiyou_chousa.html (2015/6 /10)

5)神崎 匠,木村裕美:労働者における健康診断結果と行動変容ステージおよび生活習慣との関連,日本農村医学会雑誌,61(1):55-66,2012.

6)別所遊子,出口洋二,長谷川美香,日下幸則,出口博美,谷崎美香世,木下里美:壮年期地域住民の健康行動パターンの分析,北陸公衆衛生学会誌,26(2):56-62,2000.

7)鈴木悟子,石丸美奈,宮﨑美砂子:30歳代男性メタボリックシンドローム該当者・予備群の健康に対する価値観と変化要因,千葉看護学会会誌,20(1):11-19,2014.

8)マルカム・ノールズ:成人教育の現代的実践,初版,鳳書房,2002.

9)高波利恵,佐藤しのぶ,松尾太加志:労働者の健康的な生活習慣への改善のプロセス,看護科学研究,9(2):30-41,2011.

10) David A. Kolb: Experiential Learning, first edition, FT Press, 1983.

11)松尾 睦:経験からの学習,初版,同文舘出版,2006.12) James O. Prochaska, John C. Norcross, Carlo C. DiClemente: チェンジング・フォー・グッド,初版,法研,2005.

13)林 芙美,赤松利恵,蝦名玲子,西村節子,奥山 恵,松岡幸代,中村正和,坂根直樹,足達淑子,武見ゆかり:特定保健指導対象の職域男性における減量成功の条件とフロー,日本公衆衛生雑誌,59(3):171-182,2012.

14)桑原ゆみ:トランスセオレティカル・モデルを適用した地域住民の運動と栄養に関する行動変容を促す保健指導内容の文献検討,北海道医療大学看護福祉学部紀要,14:65-74,2007.

15)高波利恵,佐藤しのぶ,松尾太加志:健康を支援する職場の社会文化的環境の特徴とその関連要因,産業看護,2(5):462-469,2010.

16)マーシャ・ロシター,M.キャサリン・クラーク:成人のナラティブ学習,初版,福村出版,2012.

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STRUCTURE OF HEALTH LEARNING CYCLES OF MEN IN THEIR 30S

Satoko Suzuki* , Misako Miyazaki*2*0: Doctoral Program student, Graduate School of Nursing, Chiba University *2: Graduate School of Nursing, Chiba University

  KEY WORDS :the experiential learning cycle, lifestyle-related disease, prevention, 30s males

This study aimed to clarify the content and structure of health learning cycles of men in their 30s, which can aid in the development of support methods for preventing lifestyle diseases in these men. The health learning cycles were evaluated using the four elements of Kolb’s experimental learning cycle: concrete experience (CE), reflective observa-tion (RO), abstract conceptualization (AC), and active experimentation (AE). Data were collected through semi-structured interviews with six employed men in their 30s who had maintained a lifestyle change for more than 6 months. Behaviors fitting the four elements of Kolb’s experimental learning cycle were identified from the interview data of each case. Then, the four elements were grouped according to their similarities among the four cases. The results showed that CEs could be classified into three main experiences (e.g., “he felt changes in his environ-ment and body”). ROs could be classified into three observations (e.g., “he linked changes in his life with the need to improve his lifestyle), while ACs could be classified into three conceptualizations (e.g., “he needed to change his current life for health reasons”). Finally, AEs could be classified into two behaviors (e.g., “he improved his life”). Thus, to support lifestyle disease prevention among men in their 30s, it is important to encourage them to link changes in their lives with the need to improve their lifestyles. A positive perception of lifestyle change and taking action without strain should also be encouraged.