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3段階読解モデル構想における接続関係の体系化
伊 藤 洋 子
1.はじめに
本稿の目的は、高校生が一人の読み手主体となって読解に困難を覚える評論文に向き合う場面を想
定し、その読解を支援する方法の1つとして、明示的なテキストの読解過程モデルを提示し、概観す
ることにある。
本研究では、大学入試センター試験の評論問題文(1990~2006年度本試験)を研究の対象として取り
上げる。というのも、大学入試センター試験の評論文は、まさに高校生にとって読解に困難を覚える
レベルのものであり、1つの論旨にまとめるための読解過程モデルを必要とするテキストと思われる
からである。
本研究の方法論として特に記すべき点は、前景性/背景性などのように事態の把握において認知科
学的に普遍性の高い概念を、読解という認知活動に援用することによって、できるだけ無理あない自
然な読解過程を明示化しようとする点が挙げられる。併せて、国語科教育論や文章論の研究成果のほ
か、理論言語学で用いる概念も必要に応じて援用することにする。
本稿の構成は、以下の通りである。次の第2節で、本研究が想定する「3段階読解モデル」の概要
を示す。第3節では、テキストの中の連続する2つの文の間の非対称性を想定した上で、第4節では、
そのような非対称的な2つの文の問の関係を処理するため「接続関係」という概念を導入する。第5
節では「接続関係」を具体的に例証するとともに、読解活動を促進するため「メタ言語」という概念
を導入する。こうしたツールを踏まえ、第6節で、形式段落の要約過程を例示する。
2.3段階読解モデル
この第2節では、独自の「3段階読解モデル」を提示し、その概要を説明する。
本研究が提案する「3段階読解モデル」は、文レベル、形式段落レベル、意味段落レベルの3段階
で文章を要約する過程をモデル化したものであり、次の図1において右から左の方向に積み上げてい
くモデルである。
第3段階 第2段階
r一一ヘー一へ r一一ムー一一、
文章 意味段落 形式段落
第1段階
文と文 文
統合←要約←3分割← 要約←中心文← 前景的な文←接続関係←意味内容←表現形式
図1 3段階読解モデルの全体像
第1段階は形式段落の中心文を探る段階であり、第2段階は、形式段落の中心文を特定し、それを拠
一54一
点として形式段落を要約する段階である。第3段階は、形式段落ごとの要約を統合して、意味段落レ
ベルの要約を作る段階であり、この段階で文章全体の論旨を把握することができるように、あらかじ
め意味段落レベルの分割と構成をトップダウン的にスキーマ化しておくという操作が加えられる。
まず、第1段階は、形式段落の中心文を探る段階である。形式段落の中心文を探り当てることがで
きれば、それを拠点として形式段落を要約することができるからである。中心文の特定は、連続する
2つの文における先行文と後続文の「重要性」を比較する操作をボトムアップ式に繰り返すことによ
って可能になる。本稿では、連続する2つの文の先行文と後続文の「重要性」を比較するために、先
行文と後続文の「接続関係」をツールにして、それぞれの前景性/背景性を見分けるという操作を行
う。次に、第2段階は、形式段落の中心文を特定し、それを拠点として形式段落を要約する段階であ
る。先行文と後続文の「接続関係」をツールにしてそれぞれの前景性/背景性を見分ける操作をボト
ムアップ式に繰り返すと、結果的に1つの形式段落の中で最も前景性のある文を1ないしそれ以上特
定することができる。本稿では、それを中心文と呼ぶことにする。形式段落内に中心文が1つの場合
は、中心文に他の文を統括させて形式段落を要約する。形式段落内に2つ以上の中心文がある場合は、
まずそれらの中心文に他の文を統括させた上で複数の中心文を統合して形式段落を要約する。最後に、
第3段階は、形式段落ごとの要約を「文章構成の型」にあてはめながら3つ(または4つ)の意味段落
に分割する操作をトップダウン式に行い、「文章構成の型」に則して意味段落ごとの要約を統合し文
章全体の要約を完成する段階である。以上のように3段階を踏んで文章を要約する過程をモデル化し
たものが「3段階読解モデル」であり、「3段階読解モデル」に則して文章を要約する過程をとおして、
テキストを具体的かつ明示的に体系化することが可能になる。
以下の論述では、先行文と後続文の前景性/背景性を見分けるツールとなる「接続関係」に絞って、
その仕組みを詳述したい。
3.2文閥の非対称性
3段階読解モデルの中で略述したように、第1段階~第2段階では形式段落レベルで要約を作るこ
とが目標となる。形式段落の要約を作るということは、当然のことながら、原テキストを分量的に縮
小させることであり、その大部分を消去することになる。このとき、どの部分を残し、どの部分を消
去するかという判断を支援するためのツールとして、前景性/背景性という概念を援用し、要約過程
の中で使用可能な状態に手続き化することを試みたい。
前景性/背景性という概念を取り上げる前に、「要約」という概念に触れておきたい。一口に、「文
章を要約する」といっても、複数の文から部分的に語句を取り出して、それを足し併せて新しい文を
作るという方法もあるだろうし、その文章の中から特に注目すべき文を1つまたは2つ選択して、そ
の文を中心に短文を作るという方法もある。本稿の「要約」も、文章全体とは、後者の方法に近いも
のであるが、原則として、形式段落レベルでは連続する2つの文を局所的に処理するところに特徴が
あり、およそ「2つの文のうちの一方を拠点として残し、同時に他方を消去または必要最低限度の意
味内容だけを残して削除すること」を指す。要約とは、いわば、文書の「リストラ」といってよい。
以下の論述では「一方の文を残す」という用語法を、同時に「他方を消去または必要最低限度の意味
内容だけを残して削除すること」を含意するものとして用いることにする。
さて、前景性/背景性という概念は、人が対象を捉えるときの知覚的な特性であり、文章に関して
いえば、「2つの文が並んでいるとき、どちらがより重要か」を見比べる観点である駐D。例えば、
文章を要約する作業の中で、その文章の途中に次のような文書があったとしよう。
一55一
(1)①こうした日本の空間にみられる特性は、従来、気候条件や生産方式によって説明されてき
た。②それも、もちろん妥当な説明である。③しかし、日本の空間には、身体的な快適さ
や技術にあわせて、境界を明確にしないほうがよいとする価値観がある。④そうした美学
が日本の空間の諸形式を決定してきたと思われる。
(1)は、1990年度センター評論問題文の一部に、説明の都合上、若干のアレンジを加えたものである。
ここに含まれる4つの文に対し、できるだけ短い要約を作るとき、どれが相対的に重要で、どれが相
対的に重要でないかを見分けなければならない。そのさい、連続する2つの文ごとに相対的な重要度
の差異を見分けるというのが本研究のアプローチである。(1)のケースで言えば、まず、①と②を比
べ、そのうちの重要度の高い方の文(前景的な文)を見極めた上で、その文と③を比較して、そのうち
の重要度の高い方の文(前景的な文)を見極める。今度は、その文と④を比較して、最終的に最も重要
度の高い方の文(最も前景的な文)を見極めるという手順で、(1)の要約を図るというものである。
一般に、前景性/背景性の分化が文レベルに適用される場合、次の3つの可能性が想定できる。
(ア)後続文に前景性がある
(イ)後続文に背景性がある
(ウ)後続文に前景性/背景性がない
この3つの可能性を記述するのに、後続文を基準に前景性/背景性を規定したのは、一方(後続文の相
対的地位)が決まればもう一方(先行文の相対的地位)が自動的に決まる関係にあるからであり、説明
の便宜上、後続文を選んだに過ぎない。その上で、もし、(ア)~(ウ)の選別ができたなら、要約の作
業は次のステップに進むことができ、具体的には、次のような関係が想定される。
表1 後続文の前景性/背景性と「要約」の型
後続文の前景性/背景性 「要約の型」
(ア) 前景的 i後続文を残す(イ) 背景的 ii先行文を残す
(ウ) なしhi先行文と後続文のどちらか一方を残す
iv先行文と後続文の両方を残す
(ア)の「後続文が前景的な場合」は、当然2つの文を1つの文に要約するとき、後続文を要約の拠点
として残し、先行文を消去または必要最低限度の意味内容だけを残して削除することになる。(イ)の
「後続文が背景的な場合」は、当然、先行文を残すことになる。注意を要するのは、(ウ)「後続文に
前景性/背景性がない」場合であり、残し方について2通りに分かれる。すなわち「iii先行文と後続
文のどちらか一方を残す」か「iv先行文と後続文の両方を残す」かのどちらかということにな
る(注2)。
このモデルを実際に運用するために必要になるのは、前景性/背景性を判断する方法である。先行
文と後続文の前景性/背景性を見分けるにあたっては、言うまでもなく先行文と後続文の意味内容の
接続関係こそが判断基準になる。そのとき問題になるのは、難易度の高い文章では2つの文の意味内
一56一
容の把握自体が困難な場合がある点である。その場合、2つの文の前景性/背景性を示す具体的な表
現形式を探さなければならない。もし、具体的な表現形式が顕在しているならば、それを手がかりに
して、2つの文の前景性/背景性を把握することが容易になるだろう。すなわち、このモデルを実際
に運用するためには、2つの文の前景性/背景性を、意味内容と表現形式の両方から判断する方法が
必要になる。そこで、先行文と後続文の意味内容及び表現形式と、「接続関係」について、次の第4
節で検討することにする。
4。接続関係の概要
本節では先行文と後続文の前景性/背景性を見分けるための「接続関係」を概説する。
接続関係という概念は、研究者によって定義や運用も一様でない。市川(1978)のように、微妙に定
義は異なるものの「連接関係」という用語を用いる先行研究もあるが、接続関係の研究で、おそらく
最も良く知られているのは大西(1981)の研究であろう。大西(1981:121-147)のいう接続関係は、文と
文の間の意味内容に焦点をあてたものであり、要約の拠点となる文を「柱」と呼び、柱の文が他の文
を包合するという形で要約するところに特色がある。大西(1981)の考え方は、文と文の問の論理関係
から文章を要約するという点で、本稿のアプローチと基本的に共通するものではあるが、少なくとも
次の2つ点で問題を指摘しなければならない。1つは、要約の拠点となる「柱」の文が先験的に与え
られる形になっており、ボトムアップ的に文と文を比較しながら特定するというものでないために、
読み手によっては「柱」の文の特定に困惑する可能性が高いという点である。もう1つは、文と文の
問の接続関係を把握するのに、その手がかりとなる具体的な表現形式が体系的に記述されていないた
めに、実際の運用において読み手が困難を覚えることが予想される点である。こうした問題を克服し
ながら構築したのが本稿の読解モデルであり、まず、接続関係を用いる言語レベルを狭く限定し、
〈連続する2つの文〉に適用することとした上で、連続する2つの文(先行文と後続文)の意味内容と
具体的な表現形式に焦点をあてることで、最終的には読み手が独力で文章を要約できるようになるこ
とを目的に、独自に10類型の接続関係を提案する。大西(1981)の接続関係が4類型であったのと異な
り、本稿が提案する接続関係は10類型であり、前節で挙げた「要約の型」に対応させながら整理すれ
ば、次の表2のように類型化される。なお、表の中のPは先行文を示し、Qは後続文を示す。
表2 接続関係の概要
後続文の前景
ォ/背景性
「要約の型」 典型的な表現形式 接続関係
i後続文を残す
pダカラQ
^シカニPシカシQ
①帰結・順接
@帰結・逆接(ア) 前景的 pソレハQダ ②コメント
PッマリQ ③同等・一般化
PナゼナラQカラダ ④理由
(イ) 背景的 ii先行文を残す PモットモQダガ ⑤補足
Pの一部を詳述する ⑥解説
iii先行文と後続文
@のどちらか一方
PッマリQ
o言イ換エルトQ
⑦同等・詳述化/概略化
@同等・視点の変更
57
(ウ) なし を残す PタトエバQ 同等・具体例
Pマタ同様二Q ⑧類似iv先行文と後続文
@の両方を残す P一方Q ⑨対比
PソシテQ ⑩積上
表3の右端の欄に、「①帰結」「⑩積上」などの名前が付いているのは、10の接続関係に、理解促進の
ための「ラベル」を付けたものである(注3)。なお、本稿でいう「前景性のある文」が大西(1981)の
「柱(の文)」に相当する。
これらの接続関係を、もう少し詳しく説明したものを一覧にすれば、次の表3のようになる。
表3 接続関係の内容
接続関係 内容
①帰結・順接
@帰結・逆接
先行文から順当に導かれる帰結を述べる
謐s文から.逆接的に導かれる帰結や、逆接的見解を述べる
②コメント 先行文に対する見解を述べる
③同等・一般化 先行文の意味内容を押し広げ、一般化する
④理由 先行文に理由を補う
⑤補足 先行文に付加的内容を補う
⑥解説 先行文の意味内容の一部に詳しい説明を補う
⑦同等・詳述化
@同等・概略化
@同等・視点の変更
@同等・具体例
先行文と同等の内容を詳述的な表現に換えて述べる
謐s文と同等の内容を概略的な表現に換えて述べる
謐s文と同等の内容を視点を換えて述べる
謐s文の内容に属する具体例を取り上げる
⑧類似 先行文と共通点によって並ぶ
⑨対比 先行文と相違点によって並ぶ
⑩積上 先行文に何らかの内容を加える
本節の冒頭で述べたように、この10類型の接続関係は、大西(1981)の弱点を補強する形で作られたも
のであり、大西(1981)が扱っていなかった「表現形式」という新しい手がかりを加えた点で、より具
体性の高いものになったと思われる。
なお、本稿の接続関係に近い概念として、市川(1978)が8類型の「連接関係」を提唱していること
はよく知られているが、本稿が敢えて新たな10類型を提示したのは、前景性/背景性という基準で分
類するとき、市川(1978)の8類型には、異質のもの(後続文が前景的な場合と背景的な場合)が1つの
連接関係に混在してしまっているものが見られるからである。
以上、本節では、10類型の接続関係の概略を示した。
5.10類型の接続関係
本節では、前節の表4に挙げた10の接続関係を個別に説明する。説明の手順として、用例にはa、
b、cという3つの例文を挙げている、 aの文が直接の考察対象で、 bと。は、 aを要約したもので
ある。aを要約したbと。のうち、どちらが相対的に適切かを考えながら、接続関係の性質を説明し
一58一
ていきたい。なお、例文中の波線部は、接続関係を把握する手がかりになる接続表現である。
まず、次の(1)と(2)が、それぞれ[帰結・順接]と[帰結・逆接]を例示したものである6
(1) a.
b.
C.
太郎は、よく努力した。だから、合格した。
太郎は、よく努力した。
太郎は、合格した。
(2) a.
b.
C。
職、次郎は、よく努力した。鳳、合格しなかった。
次郎は、よく努力した。
次郎は、合格しなかった。
(1)の後続文は、先行文の「よく努力した」ことを踏まえて、そこから順当に導かれる「合格した」
という帰結を述べている。(2)の後続文は、先行文の「よく努力した」を踏まえて、そこから逆接的
に導かれる「合格しなかった」という帰結を述べている。(1)でも(2)でも、このような関係で後続
文が先行文に接続している場合、先行文と後続文のどちらか一方を消去して要約するならば、明らか
に、(1c)や(2c)を残すのが適当であり、(1b)や(2b)を残したのでは要約にならない。このことが、
[帰結・順接][帰結・逆接]という接続関係において後続文に前景性のあることの経験的な根拠である。
このような、[帰結・順接]や[帰結・逆接]を示す典型的な表現形式として、それぞれ〈PダカラQ>
やくタシカニPシカシQ>があり、こうした顕在的な形式があれば、[帰結・順接]や[帰結・逆接]の
把握は容易であろう(注の。
②の[コメント]に該当する例に次のようなものがある。
(3) a.
b.
C.
ここに花子の作品がある。燃、見事友。
ここに花子の作品がある。
ここにある花子の作品は、見事だ。
(3)の後続文は、先行文の中の「花子の作品」に対して、ある種の評価を述べている。本稿が考察対
象とするセンター評論問題文に関する限り、後続文が先行文に対して評価を述べる場合、(3c)のパタ
ンで要約することで適当であった。その限りにおいて、[コメント]では後続文が前:四国ということに
なる。[コメント]の典型的な表現形式について説明をしておきたい。このような〔コメント]の典型的
な表現形式にくPソレハQダ〉がある。
③の[同等・一般化]は、次のように例示される。
(4) a.
b.
C。
太郎が合格した。つまり、何事もやってみないと分からないということだ。
太郎が合格した。
何事もやってみないと分からない。
[同等・一般化]は、後続文が先行文の意味内容を押し広げ一般化(普遍化)する接続関係である。(4)
における後続文は、先行文の「太郎が合格した」という特殊な事柄を押し広げ、一般化した帰結を述
べている。このような接続関係を要約する場合、(4b)のように先行文を残す要約では不適切で、(4c)
59
のように後続文を残す要約でなければならない。この[同等・一般化]を表す典型的な表現形式として
〈PツマリQ>がある。
ここまでが、表6において(ア)として整理した「後続文に前景性がある関係」である。続いて、
(イ)として整理した「後続文に背景性がある関係」として、④[理由]、⑤[補足]、⑥[解説]の3つを
例示したい。
④の[理由]に該当する例に次のようなものがある。
(5) a. 花子は、遅刻した。なぜなら、寝坊したからだ。
b. 花子は、遅刻した。
c. 花子が寝坊した。
(5)の後続文は、先行文の「理由」を補っている。このような場合、要約は(5b)が適当であり、(5c)
は不適当になる。このような[理由]の典型的な表現形式には〈PナゼナラQカラダ〉がある。
⑤の[補足]に該当する例に次のようなものがある。
(6) a. 今回の作品はよくできている。麟、少し手直しが必要だが。
b. 今回の作品はよくできている。
c. 少し手直しが必要だ。
(6)では、後続文が先行文に付加的に内容を補っている。この場合、要約は(6b)のような姿が適当で
あり、(6c)は不適当である。このような[補足]の典型的な表現形式には〈PナオQ>がある。
⑥の[解説]に該当する例に次のようなものがある。
(7) a. その棚の杢を取ってください。赤い表紙の李です
b. その棚の本を取ってください。
c. 赤い表紙の本です。
(7>において、後続文には「赤い表紙の」という修飾が加えられており、これが先行文の中の「本」
に対して詳しい説明を補う形になっている。このように、先行文(の一部)を後続文の中に持ち込んで、
それに説明を加えたものが[解説]であり、要約する場合は、(7b)のように、先行文だけを残せば良く、
(7c)のように後続文を残した形では要約にならない。このようなE解説]を表す典型的な表現形式には
〈Pの一部をQに持ち込み説明を加える〉がある。なお、この[解説】と先述の[コメント]の異同につ
いては、両者とも、後続文の指示語や語句によって、先行文の一部を持ち込んでいるという点で共通
するものの、先述の[コメント]が見解を述べるのに対し、この[解説]が説明を補うという点に求めら
れる。
ここまでの3つが、(イ)の「後続文に背景性がある関係」であった。次に、表6の中で(ウ)として
整理した「後続文に前景性/背景性がない」関係を取り上げよう。後続文に前景性/背景性がない場合、
「要約の型」は、「iii先行文と後続文のどちらか一方を残す」型と「iv先行文と後続文を両方残す」
型の2通りに牙かれる。それぞれに対応する接続関係を挙げると、まず、「iii先行文と後続文のどち
らか一方を残す」型に対応する接続関係として、⑦[同等・詳述化][同等・概略化][同等・視点の変
一60一
更][同等・具体例]がある。次の例において、(8)と(9)が、それぞれ、[同等・詳述化]と[同等・概
略化]の例示である。
(8) a.
b.
C.
天候をみて判断する。つまり、晴れなら運動会を行い、雨なら延期する。
天候をみて判断する。
晴れなら運動会を行い、雨なら延期する。
(.9) a.
b.
C.
晴れなら運動会を行い、雨なら延期する。つまり、天候をみて判断する。
晴れなら運動会を行い、雨なら延期する。
天候をみて判断する。
(8)において、先行文と後続文は、ほぼ「同等」の内容を表している。このことが[同等]という名称
の所以である。(9)も同様で、先行文と後続文がほぼ「同等」の内容を表している。一方で、(8)と
(9)は大きく異なる点もあり、(8)では、先行文から後続文に進むにつれて内容が詳しくなっている
(詳述化)のに対し、(9)では、先行文から後続文に進むにつれて内容が大雑把になっている(概略化)。
いずれの場合も、(8a)(9a)を要約するのに、先行文と後続文のどちらか一方を消表して要約するなら
ば、(8b)(9b)でもよいし(8c)(9c)でもよい(注5)。簡潔さという点で概略的な文を要約の拠点として残
す場合もあるし、情報の詳しさや確かさという点で、詳述的な文を要約の拠点として残す場合もある。
このような[同等・詳述化]や[同等・概略化]を表す典型的な表現形式に〈PツマリQ>がある。
次に、[同等・視点の変更]に該当する例に次のようなものがある。
(10) a.
b.
C。
太郎は無神経だ。曇い えると、天真燗漫だ。
太郎は、無神経だ。
太郎は、天真燗漫だ。
(10)においても、後続文は先行文と、ほぼ同等の内容を表しているが、同時に、視点が代わっている。
これが[同等・視点の変更]である。この場合も、要約は(10b)でも(10c)でもよい。このような[同等
・視点の変更]を表す典型的な表現形式に〈P言イ換エルトQ>がある。
次に、[同等・具体例]に該当する例に次のようなものがある。
(11) a.
b.
C.
ダイエットにはいろいろある。1裂戴、玄米ダイエットがある。
ダイエットにはいろいろある。
玄米ダイエットがある。
(11)の後続文は、先行文の「いろいろなダイエット」の中から「玄米ダイエット」という具体例を取
り出している。このような場合、要約は(11b)でもよいし(11c)でもよい。後続文が先行文に具体例を
補っていると捉えるならば要約は(11b)になる。また、後続文が先行文の内容を取り出し焦点化して
いると捉えるならば要約は(11c)になる。この判断の確定は、当然のことながら、全体の文脈の中で
行うものであり、先行文と後続文の2つの文の接続関係による判断はデフォルト的判断である(注6)。
その上で、要約は(11b)でもよいし(11c)でもよい。このような[同等・具体例]の典型的な表現形式に
一61
〈PタトエバQ>がある。
ここまでに挙げた⑦[同等・詳述化][同等・概略化][同等・視点の変更][同等・具体例]の4つが、
(イ)の「iii先行文と後続文のどちらか一方を残す」型に対応する接続関係であった。なお、[同等・
詳述化]と[同等・具体例]の異同については、両者とも、同等の内容を述べるという点で共通する
ものの、[同等・詳述化]が「より詳しく言い換えるもの」であるのに対して、[同等・具体例]は
「具体例を取り出すもの」という点で明確に異なる。両者は、典型的な表現形式においても相違があ
り、前述したとおり、[同等・詳述化]の典型的な接続表現は〈PツマリQ>であったのに対し、[同
等・具体例]の典型的な接続表現は〈PタトエバQ>である。
さて、次に、表6の(ウ)にあたる「後続文に前景性/背景性がない」関係については、⑧[類似]と
⑨[対比]⑩[積上]の2つがある。このうち、⑧の[類似]に該当する例に次のようなものがある。
(12) a. この机は、幅1メートルだ。また百、に、その机衷幅1メートルだ。
b. この机は、幅1メートルだ。
c. その机は、幅1メートルだ。
(12)では、先行文は「この机」について述べ、後続文は「その机」について述べている。つまり先行
文と後続文は別の内容を述べている。同時に、先行文と後続文は、「幅1メートルだ」という共通点
によって対等に並んでいると捉えることができる。このような場合、先行文と後続文のどちらか一方
を消去して要約することは困難であり、(12b)も(12c)も不適当である。したがって、要約は「iv先行
文と後続文の両方を残す」型になる。このような[類似]の典型的な表現形式に〈Pマタ同様二Q>が
ある。
⑨[対比]に該当する例に次のようなものがある。
(13) a. この机は幅1メートルだ。1ご友、その机は幅1.5メートルだ。
b. この机は幅1メートルだ。
c. その机は幅1.5メートルだ。
(13)の後続文は、先行文とは異なる話題を取り上げており』、相違点によって対等に並んでいると捉え
ることができる。このような場合、先行文と後続文のどちらか一方を消去して要約することは困難で
あり、(13b)も(13c)も不適当である。したがって、要約は「iv先行文と後続文の両方を残す」型にな
る。このような[対比]の典型的な表現形式には〈P一方Q>がある。
最後に挙げるのは、⑩の[積上]である。
(14) a. リンゴを食べた。瓢、ミカンを食べた。
b. リンゴを食べた。
c. ミカンを食べた。
(14)の後続文は、先行文と関連性の強い内容を加えている。このような場合、先行文と後続文のどち
らか一方を消去して要約することは困難iであり、(14b)も(14c)も不適当である。したがって、要約は
「iv先行文と後続文の両方を残す」型になる。このような[積上]の典型的な表現形式にはくPソシテ
一62一
Q>がある。この[積上]に関して補足しておきたいのは、[積上]には、(15)に例示されるような特殊
なケースがあるという点である。
(15) a. その件については後で話そう。ところで、母さんは元気か。
b. その件については後で話そう。
c. 母さんは元気か。
(15)の後続文は先行文とは関連性の弱い内容を加えることによって、結果的に、先行文を転じる関係
をつくっている。このようなものも[積上]という類型に分類することを確認しておきたい。
以上、本節では、平易な例文を挙げながら、①~⑩類型の接続関係を説明した。
6.メタ言語の導入
本稿の提示する10類型の接続関係は、先行文と後続文の関係性を把握することを意図して類型化し
たものであり、実際の読解過程において、効果的に運用することに意味がある。そこで、メタ言語を
導入することよって、接続関係という抽象的な概念を具体的な言語表現に変換し、明示化して用いる
ことを試みる。
メタ言語は、一般に「言語について語る言語」と定義され、田野村(1996)は、この定義に関する限
り、どの文献も用法に特に違いはないという。本稿も当然この定義に従うが、本研究は、文章読解の
モデルを提案するものであることから、主に「文と:文の間の関係を明示的に述べる文」あるいは「段
落と段落の間の関係を明示的に述べる文」というレベルでメタ言語を活用することになる。
ところで、文と文の接続関係を表すという意味で、市川(1978)が連接関係の説明で用いている「接
続語句」は、たしかに典型的なメタ言語といっていいかもしれないが、その「接続語句」を、本研究
のモデルにも、そのまま採用することはできない。ここで、市川(1978)の「接続語句」のほかに、新
たなメタ言語を導入する必要性を以下に2つ述べておきたい。
まず、第1は、いわゆる接続語句には多義的なものが多いという点である。例えば、連接関係の
胴列型」を示すのに「つまり」という接続語句が指標として設定されているが、この語句は、本稿
でいう[同等・一般化][同等・詳述化][同等・概略化][同等・視点の変更]という4つの「接続関係」
を表すときの典型的な表現形式として用いられるため、「つまり」という語句で表示されたとき、4
つのうちの、どの接続関係を示しているのか判然としない。このような多義的な状態を解消すること
が、文という大きな単位のメタ言語を導入する第1の理由である。第2は、文という表現形式をとる
ことによって、複合的な関係を表すことが可能になる点である。例えば[同等・具体例]という接続関
係は、後続文が先行文の内容を具体例を示すと同時に、先行文を論証するというようなケースがある。
接続関係でいえば、胴等・具体例]と[補足]が複合した接続関係をつくるといってよい。このような
とき、「例えば」という接続語句では、[同等・具体例]と[補足]の両方の接続関係を同時に表すこと
ができない。複数の接続関係を同時に表す必要があるときには、語句よりも大きな単位が必要であり、
このことが、文という単位でメタ言語を設定する理由である。実際、〈ナオ次ノヨウナ具体例ヲ
補ウ〉というメタ言語を導入すれば、[同等・具体例]と[補足]という2つの接続関係を同時に表すこ
とが可能になるのである。
このような2つの理由によって、市川(1978)のいう「接続語句」のほかに、新たなメタ言語を導入
するというのが本稿のスタンスであるが、具体的に、上述の10種類の「接続関係」にメタ言語を対応
63
させる形式で表示すると、次の表4のようになる。
表4 メタ言語による接続関係の明示
接続関係 メタ言語を導入した1文
①帰結・順接
@帰結・逆接
コレニヨッテ次ノヨウニナル5
Rレニ反シテ次ノヨウニナル(次ノヨウニ考エル)。
②コメント コレニ対シテ次ノヨウニ考エル。
③同等・一般化 コレラ一般化スルト次ノヨウニナル。
④理由 コレニ次ノヨウナ理由ヲ補ウ。
⑤補足 ナオコレニ次ノヨウナ付加的内容ヲ補ウ。
⑥解説 コレニ次ノヨウナ解説ヲ補ウ。
⑦同等・詳述化
@同等・概略化
@同等・視点の変更
@同等・具体例
コレラ次ノヨウニ詳シク言イ換エル。
Rレラ次ノヨウニ大マカニ言イ換:エル。
Rレラ次ノヨウニ視点ヲ換エテ述べル。
Rレノ中カラ次ノヨウナ具体例ヲ取り上ゲル。
⑧類似 コレト同様二次ノヨウデアル。
⑨対比 コレノー方デ次ノヨウデアル。
⑩積上 コレニ次ノヨウナコトヲ加エル。
表4では、メタ言語が1文:(one sentence)の形になっており、この形で、連続する2つの文の接続関
係が具体的、かつ、ほぼ一義的に把握できるようになっている。このとき、メタ言語が一義的に理解
できるものでなければならないという条件は決定的に重要である。それが、先に市川(1978)の「接続
語句」を批判した根拠だったからである。
7.形式段落の要約過程
本節では、文章読解と要約の第2段階である形式段落の中心文を特定し要約する段階について、例
文を用いて説明する。第2節で概説したように、本稿において中心文とは、1つの形式段落の中の連
続する2つの文の(先行文と後続文の)前景性/背景性をボトムアップ式に比較することによって特定
される最も前景性のある文のことである。したがって、1つの形式段落に1つないしそれ以上の中心
文を特定することになる。形式段落に中心文が1つあるときは、それを要約の拠点とし、他の文を消
去または必要最低限度の意味内容を残して削除して要約する。形式段落に2つ以上の中心文があると
きは、まずそれぞれの中心文に他の文を統括させた上で、複数の中心文を統合して要約する。
ところで、第3節から第6節では、3段階モデルの中で「要約」のために必要な諸概念を導入し、
説明してきたが、ここで全体を整理すると、次の表5のようになる。
表5 後続文の前景性/背景性、「要約の型」、接続関係、記号表示
後続文の前景性
^背景性
「要約の型」 接続関係 記号表示
(ア) 前景的 i後続文を残す
①帰結・順接
@帰結・逆接 P→皇
一64一
1 ②コメント 1
③同等・一般化
④理由
(イ) 背景的 ii先行文を残す ⑤補足P←Q一
⑥解説
(ウ) なし
iii先行文と後続文
フどちらか一方
�cす』
⑦同等・概略化/詳述化
@同等・視点の変更
@同等・具体例
且≒Q
o≒且
G≒皇⑧類似 且≒皇iv先行文と後続文
フ両方を残す ⑨対比 エ⇔且
⑩積上 上皇
この表の中で注意が必要な部分は、⑦に挙げた[同等・概略化/詳述化][同等・視点の変更][同等・具
体例]の3つの接続関係である。これら3つは、』後続文に前景性/背景性がなく、「要約」にあたって
「先行文と後続文のどちらか一方を残す」とされているものである。このとき、実際に先行文と後続
文のどちらを残すかは、読み手の裁量に委ねられるが、読み手が「残す」と判断した文が結果的に前
景的な文ということになる。また、どちらを残すかの判断を保留する場合もあり、その場合は、暫定
的に両方を前景性のある文として扱うことになる。もう一つ注意が必要なのは、⑩の[積上]であり、
[積上]には、特に矢印や近似値記号(≒)記号を付けず、先行文と後続文の両方に前景性を表すマーク
(下線)のみを記すことにする。
さて、上述の手続きは、読み手が先行文と後続文の接続関係が「分かる」と判断する場合の手続き
であるが、一方で、読み手が先行文と後続文の接続関係を「分からない」と判断する場合もある。そ
の場合は、デフォルト的に先行文と後続文の両方に前景性がある(両方とも前景的)と扱うこととする。
では、接続関係をもとに形式段落を要約する過程を例証するため、次の(16)を見ていただきたい。
(16) このバッグは、デザインが新しい。そして、手頃な値段だ。だから、確かに入気がある。し
かし、私は好きになれない。どこが嫌だというわけではないが。したがって、買わない。
(16)は、非常に短く、内容的にも決して評論文といえるものではないが、例示のためのサンプルとし
て、これが1つの形式段落をなすという仮定で説明することとすれば、本節の目的は(16)という形式
段落の要約を例示することである。この形式段落を要約するために中心文を探り出すが、その中心文
を探り出すために、接続関係を手がかりに形式段落を要約する、というのが大雑把な流れである。(1
6)の文章は、6つの文からできているので、作業過程は6つということになる。6つの過程を通して、
2つの文の問の前景性/背景性を見分けることで相対的に前景性の高い方の文を探ることになるが、
それぞれの過程に「その時点での最も前景的な文」があり、これを「暫定的な中心文」として作業を
進める。最終的に得られた「最も前景的な文」が、その形式段落の中心文ということになる。では、
母初の文と2番目の文を比べるところ(第1過程)から説明を始めよう。
第1過程では、第1文と第2文を比較し、第1文に対する第2文の前景性/背景性を見分ける。
図2
一65一
Ω ①このバッグはデザインが新しい。
[積上]
② ②撫手頃な値段だ。
第1文と第2文の接続関係を把握するのに、意味内容のほか、「そして」という接続表現を手がかり
にすれば、第1文が「バッグ」の属性を説明し、第2文も「バッグ」の属性を説明していることが分
かる。この2つの文は、10類型の接続関係のうち、①~⑨のどの関係にも該当しないことから、⑩の
[積上]を適用する。このとき、2つの文の間に前景性/背景性に差異(非対称)が認められないので、
第1文と第2文の両方が「この時点での最も前景的な文」であり、図2の文番号に下線を施して明示
する。
次の第2過程は、第1過程の(暫定的な)中心文に対する第3文の前景性/背景性を見分ける過程で
ある。
図3
≒ [類似]
色 ↓ [帰結・順接]
③一
①このバッグは、デザインが新しい。
②:撫、手頃な値段だ。
③だから、蹴人気がある。
第3文は、当然のことながら、テキストの流れの中では第2文の直後にある。しかし、第1過程で第
1文と第2文の問に非対称性を認めなかったことから、第1文と第2文は対等の関係にあり、したが
って、第3文は、第2文とのみ接続するのではなく「第1文と第2文字両方」に接続するものとして
扱うのが当然である。その上で、意味内容のほか、「だから」という接続表現から、第3文は〈第1
文+第2文〉というまとまりが表す「バッグの属性」から導かれる順当な帰結を述べていることが判
断できる。そこで、接続関係を[帰結・順接]とする。接続関係が[帰結]と判断できれば、前節の表5
から、後続文の方が前景的という判断も出来るので、第3文が第2過程における暫定的な中心文とい
うことになる。
第3過程では、第3文に対する第4文の前景性/背景性を見分ける。
図4
⑤≒ [類似]
色 ↓ [帰結・順接]
③
↓[帰結・逆接]
④
①このバッグは、デザインが新しい。
②撫、手頃な値段だ。
③撫、麟人気がある。
④鳳、私は好きになれない。
66一
意味内容を読み解くほか、「たしかに~しかし」という表現形式から、後続文は先行文「バッグに人
気がある」という事実に対する逆接的見解を述べていることが分かる。そこで、接続関係を[帰結・
逆接]とする。接続関係を[帰結・逆接]と判断できれば、後続文の方が前景的であることが分かるの
で、第3過程においては第4文が暫定的な中心文ということになる。
第4過程では、第4文に対する第5文の前景性/背景性を見分ける。
図5
⑤≒ [類似]
色 ↓ D希結 ・凡頁接]
③
↓[帰結・逆接]
↑[補足]
⑤
①このバッグは、デザインが新しい。
②撫、手頃な値段だ。
③だから、勲に人気がある。
④.燃、私は好きになれない。
⑤どこが嫌だというわけでばないが。
このケースでは、第5文が第4文に対し付加的に内容を補っていることが分かる。そこで、接続関係
を[補足]とする。接続関係が[補足]の場合、前節の表5により、先行文に前景性があるということが
分かるので、第4過程における暫定的な中心文は第4文と判断できる。
第5過程では⑤に対する⑥の前景性/背景性を見分け、形式段落の中心文を決定する。
図6
⑤≒ [類似]
② ↓ [帰結・順接]
③
↓[帰結・逆接]
⑤ ↑[補足]
⑨ ↓ [帰結}
⑥
①このバッグは、デザインが新しい。
②:撫、手頃な値段だ。
③だから、残蕊人気がある。
④↓戯、私は好きになれない。
⑤どこが嫌だというわけではないが。
⑥↓榔、買わない。
第6文は、言うまでもなく、テキストの流れの中で第5文の直後にある。第5過程において第5文は
第4文に対する背景的な文として処理したことから、第5文は、いわば第4文に対して従属的な文に
すぎず、第5文は第4文とセットにして扱われるべきものである。したがって、第6文と比較される
べきはく第4文+第5文〉というまとまりでなければならない(注7)。その上で、〈第4文+第5文〉
一67一
に対する第6文の前景性/背景性を見分けるとき、意味内容のほか、「したがって」という接続表現か
ら、第6文は、〈第4文+第5文〉の「バッグが好きになれない」という条件から順当に導かれる帰
結を表していることが判断できる。そこで、接続関係を[帰結]とする。接続関係が[帰結]の場合、後
続文の第6文に前景性が認められるので、第6文が第5過程における暫定的な中心文と判断される。
この第5過程が、(16)の読解における最終過程であるから、第6文が(16)という形式段落の(最終的
な)中心文ということになる。
その上で、もう1つ過程を加えなければならない。すなわち、中心文を柱にして形式段落を要約す
る過程である。形式段落に中心文が1つの場合は、その中心文に他の文を統括させて要約すればよく、
実際、形式段落(16)の中心文は1つしかないので、第6文を簡潔な形に整理すれば、(16)の要約は、
次の(17)のようになる催8)。
(17)私はこのバッグを買わない。
ここで扱っている(16)のような単純な文章であれば、(17)のような要約を作ることは比較的容易で、
本稿で論じているような手続きを必要とすることはないかも知れないが、本稿の冒頭で述べたように、
センター試験レベルの評論問題文を読むにあたっては、このような具体的なモデルが必要であり、本
研究はそのための基礎研究に他ならない。
(16)に関して補足的に付け加える点として、第2過程や第5過程に見られるように、後続文の前景
性/背景性を見分ける過程で複数の文のまとまりが前景性/背景性の対象になる場合がある。本稿の第
6節で導入したメタ言語に「コレ」や「次」という語を用い、決して「前ノ文」や「次ノ文」という
語にしなかったのは、「コレ」や「次」という語の指示対象が前後の1文だけでなく、複数の文のか
たまりを指し得ることを示唆しての措置であった。メタ言語に「コレ」や「次」は、複数の文のかた
まりを指し得ることを確認して、メタ言語に関する補足としたい。
8.結語
本稿は、評論文の読解を支援する方法の1つとして、テキストの読解過程モデルを提示し、その内
実と簡単な運用例を示した。本稿での議論は、次のように要約できる。
[i]前景性/背景性のように、対象の把握や理解に汎用性の高い諸概念を援用し、これを読解と
いう認知活動に援用することで、できるだけ自然な読解過程を明示的にモデル化した。
[ii]文と文の接続関係を10類型に整理するとともに、ここにメタ言語を導入して運用上の利便向
上を図った。
[iii] [i]と[ii]に基づいて、形式段落内の要約過程を例証した。
これらの成果の教科指導における有効性は、現実に指導過程に運用することによって検証されなけれ
ばならない。本稿が提示した3段階読解モデル構想は、具体的な読解過程を明示したものであり、本
モデルは、有効性に関する反証可能性を備えた理論である。
注
(1)この「前景性/背景性」という概念は、山梨(1995:1145)がいうように、認知科学や認知言語学の研究にお
一68一
いて、対象をどのように捉えるかという作用を説明するのに不可欠の概念であり、もともと知覚心理学の原
理(図地分化の原理)に由来する。この観点に立って先行文と後続文の関係性を捉えることは、できるだけ人
間の知覚特性に即した無理のない自然な読解過程を構想しようとする本研究の立場である。
(2)(ウ)のケースで、iiiになるのかivになるのかという点に関する問題は、接続関係を把握することで解消され
る。この点についての詳細は別稿に委ねたい。
(3)このように、抽象的な概念に明示的な名称(ラベル)を与えることを認知科学や心理学の弔語で「ラベリング
(labeling)」という。ラベリングによって、学習や記憶に影響を及ぼすことは良く知られており、これを
「ラベリング効果(labeling effect)」という。言うまでもなく、本項でいうラベリングは、社会学におい
て「(独断的に)他人にレッテルを貼る」という意味で用いられる「ラベリング」とは異なる。
(4)もちろん、(帰結・順接)や(帰結・逆接)の場合に、先行文を残すべきケースもあるのではないかという疑問
ももたれるかも知れない。ただ、本稿が考察対象とするセンター入試の評論問題に関する限り、(帰結・順
接)や(帰結・逆接)において先行文を残すべきケースは一切なく、すべて後続文を残す措置で読解できたと
いうのが現実であり、この点に関する修正作業は、実践的な検証の時まで待つこととしたい。
(5)「詳述性(specificity)/概略性(schematicity>」とは、およそ「同一の事物や状況に対して、どの程度詳細
な情報を入れて言語化するかに関する相対的な概念」というものであり、きわめて平明な言い方をすれば、
「同じ事物を記述するのに、どれくらい詳しく記述するか、あるいは、どれくらい大雑把に記述するかを指
す観点」である。この用語は、たしかに一般的な語ではなく、理解に困難を感じる人もいるかもしれないが、
その内実から見て、ほかに適当な語が見当たらなかったため、本稿では、この用語を用いることとした。な
お、この概念そのものは理論言語学からの援用であり、詳細については辻(2002)を参照されたい。
(6)「デフォルト的」とは、認知科学の用語で、およそ「実際の値が確定されるまで、経験的に妥当なものを暫
定的に代入するさま」をいう。
(7)このとき、第6文と比較すべき対象を第4文のみと考えることも可能ではないかという疑問もあるかも知れ
ないが、このような〈まとまり〉は幾つかのパタンで出現することから、取り扱いを単純化するため、〈ま
とまり〉を比較の対象とすることにする。
(8)形式段落に2つ以上の中心文があるときは、まず、それぞれの中心文に他の文を統括させた上で、複数の中
心文を統合させて要約することになるが、詳細については割愛する。
参考文献
市川 孝
大西忠治
下村邦彦(編)
田野村忠温
辻 幸夫(編)
山梨正明
1978『国語教育のための文章論概説』教育出版.
1981r説明的文章の読み方指導』明治図書出版.
1981『新版 心理学事典』平凡杜,
1996「メタ言語とは何か」『日本語学』第15巻・第11号(1996年10月号),pp.11-18.
2002『認知言語学キーワード事典』研究社.
1995『認知文法論』ひつじ書房.
教学社出版センター(編)
2006『2007年度版 大学入試センター試験過去問研究 国語』教学社.
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