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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002 第5回 医事刑法研究会 報告書 (主催:慶應義塾大学法学部教授 加藤久雄) ~ 触法精神障害者対策の現状とその問題点 ~ 開催日時:2002年1月20日(日) 1 3:00~18:00 開催場所:慶應義塾大学三田キャンパス・研究練7階法学部共同研究室

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

第5回 医事刑法研究会 報告書 (主催:慶應義塾大学法学部教授 加藤久雄)

~ 触法精神障害者対策の現状とその問題点 ~

開催日時:2002年1月20日(日) 13:00~18:00

開催場所:慶應義塾大学三田キャンパス・研究練7階法学部共同研究室

第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

参加者自己紹介(途中参加者は除く;順不同)

加藤久雄( 慶應義塾大学法学部教授;以下,加藤 [ 久 ] ):

ほとんどの方は何度も来ておられるとは思いますけれども,初めに簡単な自己紹介を御願いしたいと思いま

す。

(自己紹介については,省略)

山上晧( 東京医科歯科大学難治疾病研究所;以下,山上 ):

服部功( 静岡県立こころの医療センター;以下,服部 ):

浜谷真美( 読売新聞社社会部記者;以下,浜谷 ):

五十嵐禎人( 東京都精神医学総合研究所;以下,五十嵐 ):

武井満( 群馬県立精神医療センター院長;以下,武井 ):

井上俊宏( 厚生労働省精神保健福祉課;以下,井上 ):

渡辺弘( 東京医科歯科大学大学院博士課程;以下,渡辺 ):

北潟谷仁( 弁護士;以下,北潟谷 ):

小川忍( 朝日俊弘民主党参議院議員秘書;以下,小川 ):

林幸司( 雁の巣病院・司法精神科医;以下,林 [ 幸 ] ):

澤口聡子( 東京女子医科大学医学部法医学教室;以下,澤口 ):

田口寿子( 都立松沢病院;以下,田口 )

吉田敏雄( 北海学園大学法学部教授;以下,吉田 ):

安部哲夫( 獨協大学法学部教授;以下,安部 ):

小林寿一( 警察庁科学警察研究所;以下,小林 ):

藤井千枝子( 慶應義塾大学看護医療学部専任講師;以下,藤井 ):

矢野恵美( 慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程;以下,矢野 ):

加藤:

あと,法務省の方から,加藤俊彦先生他が参加される予定です。

フランスのUMD(処遇困難者施設)について

田口:

それでは,今日は,フランスの触法精神障害者に関するシステムについて,御説明したいと思います。

私は,過去の研究会で,イギリスやドイツのシステムについて,非常に詳しく説明して下さった先生方とは違いまして,

専門的に,そのことを研究しているわけではありません。また,そういう趣旨で留学して勉強したという経験もありません。

主に,文献と,知人の司法精神医学者からの話や学会等で聞いた話をまとめて,非常に外郭的な話をしたいと思いま

す。今まで治療処分と処分施設の双方を備えたドイツ,イギリスの御話が主であったところへ,治療処分制度はもって

いないけれども処遇困難者施設や行刑施設内に精神医療施設をもっているフランスの制度を紹介するわけです。フラ

ンスの制度は,ある意味,両者の制度・施設,共に持っていない日本と,両方を持っているドイツ,イギリスの中間に位

置しています。そういった独自のシステムで動いている国としてフランスのシステムは非常に面白いのではないかなと,

私自身は思っておりまして,その点を中心に少し話したいと思います。

フランスの触法精神障害者システムの大きな特徴の第1点は,今,言ったように「治療処分」という制度は,有していな

いということです。1994 年に,刑法改正がなされたときに,フランスでも治療処分導入をするかしないかに関して,非常

に激しい議論が闘わされたという経緯があるようです。ただ,フランスの精神科医が,その導入について,反対致しまし

た。精神障害をもっている者については,その者が犯罪を犯したか否かに関わらず,精神障害者として医療施設で治

療されるべきであるという考え方のほうが優勢だったようです。そういった意味で,精神保健法を含めて,法律的には,

やはり精神障害者の人権を守る……司法は,その人権を守る側に立つといった基本姿勢が非常に強いというふうな印

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象をもっております。

第2点については,フランスの精神保健法は,精神保健医療システムとして,割と日本に似通っているということです。

例えば,入院制度も,日本の措置入院に相当するものと,知事の命令による強制入院と,日本医療保護入院に相当す

る「第三者の要請に基づく入院」,最後に,任意入院に相当する「単純入院」という制度があります。入院に至る手続も,

非常に日本に似通っています。例えば,措置入院に相当するものについては,知事の命令に基づいて行われる医者

の診断により,その者の居住地域の公立病院に入院させる手続をとります。ただ,日本では,2人の資格を有する精神

科医の診断ということになっておりますが,フランスでは1人の精神科医の診断で充分である。但し,触法精神障害者

に関しては,2人の精神鑑定医……司法システムに関するフランス語をどう訳してよいか分からないのですが,“Cour

d’appel“ ( 控訴院)というところに精神鑑定医が登録されます。そこに登録をされている鑑定医(司法精神医学の専門

医)が,2 名別々に鑑定をして,その結果措置入院が必要であるという鑑定を下した場合,日本の措置入院に相当する

ことができるというシステムになっています。

医療保護入院に相当する「第三者の要請による入院」は,日本の場合,主に,家族の要請なのですけれども,フラン

スの場合は,それが,友人であっても,或いは,ケースワーカーであっても構わない。但し,その人のその後の処遇に

関する責任は,一切,その要請した者が受け持つということになっています。特に,家庭裁判所の手続等を経る必要は

ないようです。

「単純入院」は,本人の意思に基づく入院で,これは,日本では,任意入院に当たります。日本の場合,精神保健福

祉法に基づく自分の意思による入院ですけれども,やはり,他の一般の入院形態とは異なるわけです。けれども,フラ

ンスでは,他の内科や外科に入院するのと全く同じ入院という形態になっております。

このように,医療システム自体は,非常に,似通っているのです。しかし,大きく違うところは,入院後の対応が,日本

よりも非常に,厳格であるという点です。例えば,措置入院にしても,第三者の要請に基づく入院にしても,24 時間以

内に入院先の医師が,この入院は妥当であったか否か(強制入院は必要であったか否か)に関する証明を出さなけれ

ばいけない。そして,2 週間後に,また,同様の証明を出さなければいけない。更に,1ヶ月後にも出さなければいけな

い……徐々に,期間が,少しづつ空いてきますが,その後は,各1ヶ月毎というようにおかれるようです。このように,措

置入院の場合には,1ヵ月毎に,「まだ,措置が必要であるか否か」ということについて,医学的な証明書を出さなけれ

ばいけない。これに対して,日本では,医療保護入院に関しては年に 1 回,措置入院に関しては,措置解除に至るま

で,或いは,確か……当事者の方から,精神医療審査会の方に,異議申立てがない限り,そういった証明を出す必要

性はないわけです。そういった意味で,強制入院させられた側の患者に対する人権に対する配慮という点に関しては,

日本と比べて,フランスは,非常に手厚くなっております。

もちろん,入院した側から,この入院は不当であるといったような申立てがなされた場合……日本における精神医療

審査会に相当するコミッションがありまして,直ちに,そちらのコミッションが動いたり,或いは,知事の方から,そのこと

について,医師に証明を求めるといったようなことが随時なされているようです。

以上が,フランスにおける基本となる一般の精神科診療のシステムです。

皆様に,御渡ししました文書で,1つ……フローシートになっているものがあると思います。

この表は,フランスの司法精神医学の教科書にございました。主に,強制施設に入った人達が,どのように評価され

ていくかということを示した表です。左頁が原文で,右頁は私が邦訳したものです。この表は,触法精神障害者全体の

処遇の流れというものを把握するのに役立つかなと思いまして,提出させて頂いた次第です。

犯罪を犯した精神障害者について,最初に,どのような処遇がなされるかといいますと,まず,逮捕といいますか,警

察官がそこに介入して,保護するわけです。その時点で精神障害が疑われた場合は……フランスの場合,軽罪と重罪

が,刑法上,区分されているそうですが……軽罪の場合は,その人が居住する地区のセクターの病院に,直ちに,入

院させられるということになっています。一切,司法的な流れには乗らないということです。

重罪を犯した場合には,検察庁に当たるところが,精神鑑定を,登録されている精神鑑定医の方に依頼します。フラ

ンスには,日本の留置所のような代用監獄がありません。未決というか,勾留中に当たる人達は,皆,”Maison

d’arrêts”……これは,矯正施設の一部で,未決勾留中の者と1年未満の刑期の犯罪者が,両者,一緒に,収容されて

いるところですけれども……そこに,留置されて,その留置中に,精神鑑定を受けることになります。

その留置中なのですが,”Maison d’arrêts“という施設には……その全部では,ありませんが……フランス国内で,約

20 のそういった矯正施設に,精神科部門があります。表中の SMPR というものが,主な矯正施設にありまして,そこの精

神科医が,留置中から,そういった人の治療にあたるということになっています。例えば,その精神科がない場合は,同

じ所属地域の中にある SMPR の医師が,その人の治療にあたるということになっています。

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そして,精神鑑定書が提出され,フランス刑法第 122 条に,心神喪失における責任無能力,心神耗弱の限定責任能

力の場合という,日本の刑法39条と全く同じ規定がありまして,そこで,心神喪失・心神耗弱と判断された場合,責任無

能力であれば,公訴は棄却され,釈放されて無罪になったりする人もいます。そして,治療が必要と判断された場合に

は,知事に通報されます。通報されると,知事が行政命令を出して,措置入院の診察を行うという……これは,日本の

制度と全く同様です。その結果,措置入院が必要であると判断された場合,(ここからは,日本と違うのですけれども)

その人が住んでいるセクターの公立精神病院への入院か,或いは(これについては,後からお話します),非常に犯

罪性が高いとか,危険性が高い,ということが予測される場合には,処遇困難施設(UMD)への入院が決定されます。

所属セクターの公立精神病院についてですが,フランスでは 1960 年代頃から……公立病院が,全病院数の 80%以

上なのですけれども……各公立精神病院は,それが,おかれている地域の患者のみを診るということが非常に徹底し

ています。つまり,患者さんの側からいえば,公立病院に関しては,選べないということになります。例えば,東京のある

地域に住んでいれば松沢病院とか,墨東病院というようにして,指定されてしまっています。これは,主に,治療の継続

性ということを主眼にした制度です。つまり,入院したり,通院したりする病院が,常に同じである。再入院しても常に同

じであるといったような形態で,「セクター制」というものを導入しています。そのため,触法精神障害者に関しても,そ

の人が居住しているセクターの公立病院に入院するというような形になっています。フランスの病練は,開放化が非常

に進んでいますので,そういった中でも,強制入院,措置入院を受け入れられる病棟……閉鎖病棟で,強固な保護室

があるというような病棟に入院するという形になります。

UMD に関しては,後でまた説明したいと思います。

このように,刑法 122 条で無罪になった場合は,そういった公立の精神病院で治療を受けて,普通に入院した精神障

害者の人と同様に,その症状が良くなれば退院ということになるわけです。

これも,フランスの触法精神障害者医療の1つではあるのですけれども,先ほど言いました SMPR という,刑務所内に

ある精神科治療施設が非常に中心的な役割を占めております。先程,言いましたように,精神鑑定のため留置されて

いる人,或いは,刑が決まって,限定責任能力であれ,完全責任能力であれ,矯正施設に入っている人。そういった方

達の精神科治療については,自傷他害のおそれがなくて,治療契約を結べるという条件を満たす限りにおいて,全て

これは SMPR というところで行われます。

SMPR についてですけれども,別に御配りしました性犯罪者に関する精神医学の取組みの方に少し出ています。

1986 年に,SMPR は設置されました。実は,それ以前に,第2次世界大戦後から,別の名称で受刑施設内に精神科治

療施設はございました。しかし,1986 年の法改正の際に SMPR といわれるようになりまして,これは,フランス保健省の

管轄下に置かれています。日本の医療刑務所が法務省の管轄下にあるのとは異なっておりまして,治療と医療に関す

ることは,フランスでは,全て保健省の管轄下にあります。ここには,医師の他に,多くの co-medical が勤務しておりま

す。チーム医療を行って,刑務所内の精神医療に従事している。

1994 年から,SMPR には,そのセクター担当の公立病院,”Maison d’arrêts”が設置されているセクター担当のスタッフ

が配属されるということになりました。服役中から治療を開始して,出所後にも治療を継続するといったような「継続性」

ということを重要視しまして,セクターの病院が,そういった者に対する治療を担当するということが法律によって定めら

れるようになりました。こういった施設は,地域の一般精神医療と矯正医療の架け橋の場となっています。

このように触法精神障害者は,治療を受けていくわけです。その途中の段階で,服役中にも,収監者が,精神異常の

状態……これは,精神異常といっても非常に攻撃性が高いとか,いわゆる自傷他害の可能性が高いというニュアンス

で使われているのですけれども……そういった場合,刑事訴訟法第 398 条という条文に,矯正施設から知事に通報し

て,強制的に精神科治療を施せる施設にその収監者を移送するというような規定があります。それは,刑務所の医師

の診断書……これは,必ずしも精神科の医師に限らないそうなのですが……によって,知事への通報が可能になりま

す。通報された方は,先程の措置入院の手続と全く同様です。この場合でも,扱いは触法精神障害者になりますので,

精神鑑定医が,2 名別個に診断をして強制入院が必要である,危険性が高くて必要であると判断する必要があります。

この場合,UMD に移送される場合とセクターの公立病院に入院する場合と両方あるそうなのです。危険性の程度によ

るのか……ちょっと分かりません。そういったような制度があります。

ここでも,矯正施設と,処遇困難施設と,セクターの公立病院との間に,非常に密接な連携関係ができています。個

別に,各々が別ルートで仕事をするのではなくて,必要に応じて協力関係にあるというような状況になっています。

刑事訴訟法第 398 条に基づく患者については,UMD の方に入院したとしても,セクターの方の病院に入院したとし

ても,入院期間中に,刑期が終了した場合,そこから退院することができます。精神症状が改善した段階で,刑期が残

っている場合には,SMPR ないしは通常の服役の方に戻るという形態になっています。そこに戻って,刑期を終え,出

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所という段階になっていくわけです。

更に,SMPR 自体の機能というものも,非常に多種多様な機能を持っています。必ずしも矯正施設内に,入所中の方

達の治療だけではなくて,出所した人達の刑期終了後の治療というものも行っております。もちろん,これは,自由な契

約に基づく治療ですので,本人が,きちんと通うということが前提になっているわけです。公立病院のスタッフは,SMPR

の方にも勤めているので,同じスタッフ,或いは,同僚達が,彼らが出所した場合に,今度は,公立病院の方でその人

の継続治療を行うというような形になっています。

このように,SMPR というものが,かなりフランスの触法精神障害者の医療に関して,中心的な役割を果たしています。

論文等を読んでも,ここでの実践に関する論文が,かなり数が多いようです。

それとは別に,矯正施設の中でも,UMD だけではなくて,精神病質者の人達だけを特殊に収容する行刑施設があり

ます。そのようなものとして,2つの病院がございます。そちらでは,薬物依存の人と性犯罪者,人格障害者の治療を主

に引き受けて行っています。

以上が,フランスにおける触法精神障害者の対応に関する大体の大きな流れです。

続いて,いわゆる UMD といわれる処遇困難者施設は,一体,どういうものか,ということに関して御説明致します。

この施設の沿革については,歴史的には,非常に古くて,20 世紀の初頭,「保安精神科病棟」というのが,”Henri

Colin”というフランスにおける司法精神医学の創始者のような人によって,Villejuif という Paris の郊外に造られたのが,

最初といわれています。これは,精神障害のある犯罪者を何処に収容するかを巡って,長年,精神病院と刑務所との

間に確執があったというような経緯がありまして,その解決手段として,そういった専門施設が造られたとされています。

配布資料に挙げてありますように,現在に至るまで 4 施設が設置されております。大体,フランスの各地域に分散して

置かれています。全体で 500 床程度で,女性に関しては,40 床程度というふうにいわれております。

1986 年に,新しい法律によって名称が「保安精神科病棟」ではなくて,「処遇困難患者施設」というふうに変更されま

した。先程,申し上げたように,保健省(日本の厚生労働省にあたる)の管轄下に置かれています。ただ,建物自体は

刑務所と,ほとんど同じような建物であるということで,ハード的には,やはり非常に「保安」という側面を重視しているよ

うです。

UMD については,新法になってからではなくて,「保安精神科病棟」の時代から,触法精神障害者だけではなくて,

一般病院における治療困難患者,ないしは,処遇困難患者の治療も実質的には行っていたということだそうです。法

改正によって名称も,「そういった患者も受け入れます」というように,実体に近づけたということだそうです。

UMD に関しては,数も少ないですし,それ以外の理由もあって,セクター制をとっていません。例えば,Villejuif は,

特定の地域の患者だけを受け入れるということではなくて,適宜,必要に応じて対応しているそうです。私が,個人的に

聞いた範囲なのですけれども,やはり,そういう重大な犯罪を行った犯罪者の場合,その者の匿名性というようなことを

考えたとき,「ここで,起きた事件ならば,あそこに入るだろう」というようなことが分かってしまうと処遇がやり難いケース

というのがあるそうです。そういうことで,むしろ何処へでも行けるというような形にしておく方が望ましいというケースもあ

るということを聞きました。そういったようなことも含めて,セクター制ではないということです。

統計で,1996 年 1 月から 1997 年 6 月までの 18 ヶ月間に,新規に UMD に入院したのは,282 名という報告がありま

す。これは,ある学会で発表された UMD で働いている先生からの報告です。大体,どういったポピュレーションなのか

ということを,把握して頂くために,ここに出したのです。

ベッド数も圧倒的に男性が多いので当然ですが,男性が84%,女性が16%となっています。一般病院からの処遇困

難患者と治療困難患者に関しては 45%を占めています。「治療困難」と「処遇困難」とのを分けて言っているのは,「治

療困難」というのは薬物療法が効かない患者という意味で使っているようです。そういった場合に UMD に送るということ

だそうです。どうして薬物が効かない患者について,一般病院で,更に別の治療を受けられないのか,良く分からない

のですけれども,そういった人達を「治療困難」と呼んでいます。治療スタッフに対して暴力を振るうとか,規則を守らな

いといった「処遇困難」患者とは区別されています。その中でも「処遇困難」患者が,36%を占めているということなので,

圧倒的に,「処遇困難」患者が多いということだと思います。

触法精神障害者は,その残り 55%です。その 55%の者の内の,84%が,刑法 122 条,つまり,心神喪失,ないし,心

神耗弱と判断されたということで,刑事的な処分を受けたのではなくて,精神保健システムに入ってきた人達であるとい

うことです。

SMPRでの治療の段階で,強制的な治療が必要であるという判断がなされてUMDに移送された人が,全体で16%と

いうことです。この配布資料の「未決者」というのは,先程,申しましたように,裁判で判決が下る以前から SMPR の治療

が開始されますので,そういう人達の中から処遇困難ということで UMD の方に送られてくるというケースもあるということ

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です。

そういった人達の既往を見てみると,圧倒的に,精神科での治療歴,特に,入院歴のある人が 86%もいます。犯罪歴

のある人が 40%,その中で,既に,以前に UMD に入院歴がある人が 25%ということでした。診断症状については,そ

の統計報告の前提として,非常に,多彩な診断がなされたいうことではあったのですけれども,それでも,精神分裂病

の患者が 64%と,最も多くなっています。それ以外の診断症状は,薬物中毒であったり,感情傷害であったり,それほ

ど,大きな差が見られるわけではありません。

続いて,「処遇困難者施設」の問題点として,幾つか挙げられています。非常に,歴史がある病棟であるということもあ

りまして,社会の偏見というものは根強いものがあります。刑務所よりも恐い人達が入っている場所であるという偏見が

あり,犯罪を犯した人達からも刑務所よりも厳しくて辛い所であるというような認識があるというように言われています。確

かに,全く精神医療に関する知識の無い人達でも,Paris 周辺に住んでいて Villejuif というと,「ああ,あそこは本当のキ

チガイが入っている所ね」というようなことを言います。それは,間違った認識ではあるのですけれども,そういった精神

障害者の中でも危険性の高い,恐い,重症の人達が入っている場所であるというスティグマがあるということが指摘でき

ます。ここに入所歴のある人ということになると,特定のレッテル貼りがなされるということが,どうしてもあり得るということ

だそうです。

一般の病院の先生も,或いは,UMD の側の先生も一番の問題点として挙げていらっしゃるのは,入院依頼が,非常

に多いことです。担当していて,常に,待機者が 100 人以上いる。ですから,場合によっては,本当に,SMPR であって

も一般病院であっても,処遇困難で早く UMD に入れないと困るというような人達に対する迅速な対応ができない時が

あるということが問題点として挙げられています。500床ですから,多いのか少ないのか……そういう現状からいうと少な

いと言えるのかもしれないのですけれども……こういった病床があるからこそ,処遇困難者がどんどん送られるというこ

ともあり得ますので,その辺の病床数に関する評価というのは難しいかと思うのですが……いずれにしても現状として

は待機者が多い。

また,入院してくる人の診断症状が,多彩で充分な治療手段が無いということが,現場の先生からの報告で,1つ挙

げられていたことでした。

個々の UMD が,現在は,独立に機能していて連携に乏しい。今後,治療とか,処遇について,どうやっていったらい

いのかと,そういった意味で実務だけでなく,研究も含めて協力体制をとっていくことが必要であるという指摘がなされ

ておりました。

細かいところでは,1998 年に新しい法律が制定されました。この法律は,「性犯罪の予防と撲滅,未成年者の保護に

関する法律」というものです。これは,いわゆる「治療処分」をも有していないフランスが,性犯罪者に関してだけ治療処

分を行うという制度を,3 年前に導入したというものです。部分的に性犯罪者に関してだけは,司法的フォローによって,

服役中から治療を進める。治療を進めるといっても,治療を受けなければ服役が長くなるとか,治療を受ければ刑期が

短くなるといったプレッシャーをかけながらやるものなので,かなり命令的なものなのですけれども……出所してからも,

性犯罪者については,各セクターの方で継続治療を命じられるといった制度ができました。ヨーロッパでは,1990 年代

に,非常に,深刻な性犯罪が続発したという経緯がありまして……ドイツに関しては加藤先生が充分に御話下さったの

ですが,フランスでも非常に性犯罪が激増したという背景があります。「このままではいけない」,「性犯罪者に対しての

治療の手段が幾つかある」ということで,そういった精神科治療を性犯罪者に強制するというような対策が採られた結果,

制定された法律です。

加藤:

どうも有難うございました。

ドイツの場合には「社会治療処分」を復活させて,治療処分を使う……或いは,「保安監置」という保安処分中の保安

処分を使う……いずれにしろ,そういった制度を使う場合には,「社会治療施設」に入れなければいけない。しかしな

がら,保安監置の場合には 10 年以上は監置施設に収容することができないということで,かなり法改正がなされても,

その処遇については,具体的な治療方法如何に,かかってきているのですけれども……フランスの場合には,「佐川」

が入っていた有名なところがありますよね……ただ,こういう制度だけ,御紹介して頂きますと,ごもっともなのですけれ

ども……それが,現在,問題になっておりますような意味で,保安病院といいますか……最後に,御紹介したいと思い

ますけれども,日本では,そういった法改正に対する動きについては,大きな違いがあるのではないかと思います。

先程の問題点のところでも,患者からも恐れられている施設という……集中管理方式で,ものすごい処遇,或いは,

部屋も鍵をかけて監禁しているといったようなこともあります。そういった点については,また,後半に御願いします。

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山上:

SMPR から UMD への流れを,誰が責任をもって判断して,それをきちんと進めていくのか。そして,その中に入った

処遇困難な患者が,どの程度の期間治療を受けて社会復帰までになっていくのか。

その辺りが,あまり見えてこないのですけれども,どうでしょう?

田口:

治療のことは,よく分からないのですが,ただ UMD に患者を移送するにあたっても,かなりチェックが厳しい。患者が

処遇困難の場合,処遇困難性の問題は,何処から生じているのか,について,かなりフランス人というのは,その辺の

人権意識が強いので,かなり細かいチェックがあります。本当に,UMD に移送する必要がある人なのかどうかということ

の検討について,UMD の側が主導権を持っていて,決定権も持っているということがあるようです。

UMD にいる人についても,高度の危険性が,薬物治療なり何なりで改善次第,元の矯正施設なり SMPR なりに,直ぐ

に帰すというようなことになっています。そういうところで多分,調整がなされているのではないかと思います。

実際に依頼があって強制入院が出た段階でも,医者が,現在その人が入院しているところまで行って,面接なり何な

りして診て判断して,「この人は,まだ,入院の必要がないだろう」というような緊急性の判断というのは,そういった形で

かなり UMD のイニシアティヴでなされている部分があるようです。

ですから,必ずしも UMD に行ったら,行ったきりで長期に滞在するというようなことではありません。そういう人達もい

るかもしれないのですが,かなりの数の人達は,濃厚な治療が施されることによって,そういった処遇困難性,危険性

みたいなものが,ある程度に治まったならば,措置入院の病院に戻ったり,刑務所内の施設に戻ることになります。一

般病院から社会に出ていくのとは異なるクッションがあるので,移送というのは,割合,頻繁に行われているという印象

を持っています。そして,そういったレギュレーションは,UMD の側のスタッフがやっているようです。

山上:

SMPR は,UMD から帰ってきたものを引き受けて社会復帰まで支援する可能性があるのでしょうか?

そういった連携で,面倒をみきれなかった人達を一般の精神病院で受け入れられるのかどうか。その辺について,一

体,何処が主翼を担っているのかイメージし難いのです。

田口:

社会復帰まで面倒をみるという点については,普通の公立病院から移送された人であれば,ある程度の処遇困難性

の改善が戻れば,後は公立病院で行うわけです。

そうではなくて,公立病院に戻れずに長期的に UMD にいるという人については(数字的には不明だが),そのまま

UMD から退院するというケースももちろんあります。ただ,UMD から退院した後の退院後の治療は,セクター制になっ

ていないので,どういったようにそれを保障しているのかは,分からないです。

フランスの触法精神障害の処遇システムで,一番,問題になっているのは,そこだと思うのです。結局,治療命令で

はないので,出所後,或いは,退院後の治療というのは,本人と医師との間の自由契約に基づく医療行為になってくる

わけです。

ただ,唯一の例外である「性犯罪者」に関しては,病院から,通院証明をもらって,ちゃんと判事に提出するとか,そう

いった司法的な拘束があるので,本人の勝手な気ままな意思だけで決まるわけではないと思います。

山上:

確認ですが,SMPR というところは社会復帰まで,そこで診る可能性がある施設なのでしょうか?

田口:

そうです。

五十嵐:

フランスの触法精神障害者に関して,フランスは,やはり,刑法改正の際に,いわゆる「治療処分」みたいなものをとら

なかったわけですけれども……その結果,どういうことが起こったかというと,責任能力の基準は,法文上は変わらなく

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て……確か,心神耗弱のところの規定が少し変わりましたけど……責任無能力でなくても,精神障害があった場合に

は,判決は,そのことを考慮しなければならないということになりましたが……結局,精神喪失の基準が非常に厳しくな

ってしまった。なかなか精神喪失という決定が出ない。医者もそういう鑑定を行わないし,裁判所も,あまりそういう鑑定

を重大事件に関してはあまり用いない。精神病の患者に関してすら,どうもそうらしい。結局,そういう人達は,精神障

害はあっても,心神喪失ということではないけれども,そのことを考慮して,多少減刑をするとか……そういう事態が生じ

たような感じを受けました。

それまでは,明らかに精神病の患者の場合には,心神喪失の基準を甘くとって,例えば,無罪にするとか……フラン

スの場合は,予審裁判というところで,日本の起訴の決定みたいなことが行われているのですけれども……その段階

で起訴しない,正式の裁判を起こさないといった決定されることが多かった。そういった処理がなされていた部分が,精

神病を伴いながら犯罪を起こした人として,かなり刑務所に送られるようになった。

その結果,SMPR というところは,先程の話にありましたように,基本的に本人が同意しない限りは治療を行えない,強

制的な治療を行えない所ですから,病識のない人は SMPR では御手上げになります。

如何に精神病の症状があっても,御手上げ。

それで,フランス刑訴法 398 条の方で,移送しようという需要が非常に高まってくる。ところが,UMD の施設の方は,

基本的に決定権が UMD の方にありますから,なかなか受け取らない。要するに,精神病で治療が必要でありながら,

本人が治療を拒否している人が多くなって,なかなか UMD にも移せないし治療もできない,しかも,待機の時間が長

い。そういった人達が,そのまま刑務所の体制の中に残っているというのは,本人にとっても不利益であると同時に,周

りで本人をケアする側においても非常に危険性が高くなってくる。

それで,結局,最近,どういうことを考えているかというと……聞いた話ですと,昨年の夏ぐらいに,司法省の委託を受

けた専門家が,こういう状況について報告したのだそうです。そこの中でどういうことが提案されたかというと……要する

に,SMPR というのは刑務所の中に医療機関が出張している形態の保健省管轄の病院です。そういう特殊なところは,

法務省管轄で,セキュリティを保った病院を刑務所の中につくって,そこで強制的な治療をしたら良いではないかと。

そういう提案が起こされたようです。

例えば,現在,日本でも,こういった問題というのは,特別な処遇施設をつくらないで,責任能力の判定を,きちんと

やれば,そういう問題は起きないだろうという議論があると思うのです。けれども,結局,責任能力のハードルを厳しくす

ると,今まで,病院に行っていた人が来なくなる。そういった部分の人達が,刑務所に沢山,送られるようになって,そ

の結果,刑務所が非常に困ることになる。

それが,今のフランスの現状なわけです。

フランスを見学したときに,”Service Henri Colin”という UMD の中でも,1番古い病練に行きました。ここの治療体制と

いうのは,建物の外側が動物園みたいで,堀が掘ってあって,「ここからは人は逃げられませんよ」と言われるようなとこ

ろで,4 病棟くらいに分かれていて,基本的には個室です。最重症のところでは,人手が少ないですから 15~16 人くら

いを 4 人か 5 人の看護士で面倒を見ている。そうすると,どういうことが起こるかというと,患者は1つの同じ部屋に集め

られている。食事のときは食堂だけを使い,そこだけで皆が過ごす。中庭に出るときには,皆,中庭にいる。教室にいる

ときは,皆,教室にいるというような形で,病棟の中で行動の自由はない。

例えば,一番,重症のところでは,それこそ普通の食器は凶器になるので使わせてもらえない。非常に刑務所チック

な所なのです。一番,社会復帰に近いようなところでも,夜は鍵をかけて……個室なのですけれども,個室の中にトイ

レ・洗面所があって,中の雰囲気はあまり分からないが,私物が持ち込めるような雰囲気ではないところです。

イギリスの特殊病院も 94~95 年くらいまでは,同じように夜の 9 時から朝の 9 時くらいまで,鍵をかけて自分の部屋か

ら出られないようにしていました。それと同じことを,その病棟の中で社会復帰直前の人が入るような病棟でも行ってい

るのです。

ですから,UMD という施設は,言ってみれば,そういう所で面倒をみなければいけないような人を集中して集めたよう

な所だと思います。現在の治療は……少なくとも,私が見学した印象では……そこで社会復帰して,外来で維持する

というところまで視野に入った治療をしていないと思います。

さすがに,施設自体も古いので,いま建替えの計画が上がっているそうです。建替えると,もう少し全体のレベルも変

わってくるのではないかと思うのですけれども……他に,ヨーロッパでは,ドイツやフィンランドを回って見せて頂いた

のですけれども,やはりそこがいちばん保安的であまり治療的な雰囲気が見られないところでした。

結局,これは,私がはっきりと調べたわけではないのですけれども……要するに,フランスの刑法改正のときに精神

科医が反対したというのは,「犯罪を起こすのは精神障害者ではあるまい,犯罪者なのだから,それは司法的な制裁を

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

受けろ」と。要するに「病院で面倒をみる必要はない」という意識が,非常に強かったのではないかと思うのです。しかし

ながら,基本的には,医療も必要だし,場合によっては司法的な枠組みも必要だと考えながら,フランスの制度は,どう

もそこのところがあまり上手くできていない。司法と医療の両方が,分断された形態でいる。そういうところが,日本の現

状に近いというか……日本の現状で,責任能力の判定を厳格にすると,フランスで起こっていることと同じことが起こる

のではないかという印象を受けました。

田口:

今の五十嵐先生の御話に関連して……

確かに,フランスのシステムで維持されていることの1つとして,かなり精神科医が,裁判における鑑定について,保

安という面に関するところに踏み込んで……これは,御渡しした性犯罪の方の配付資料にあることなのですけれども

……精神鑑定の鑑定事項に,鑑定人が,「危険である」とか,「刑罰を科すことが可能か」とか,「矯正の可能性がある

かどうか」,とか……そういったような,かなり精神医学的なこと以上に犯罪学的な判断というものが問われるようになっ

てきています。その辺で,社会的な対策,社会的な危険性ということが,非常に重要視されていて,例えば UMD であ

れ何処であれ,触法精神障害者の事例に関しては,そういった施設から出る時には必ず精神鑑定を依頼されるという

ことなのです。その時に,やはり,そういった保安面に関することをすごく問われて……例えば,精神分裂病等にしても,

病気としては治っているけれども,危険性としては,犯してきた犯罪歴を見る限りにおいて,それを全く排除できないと

いうことになった場合,やはり退院ができないというようなケースもあるらしいのです。

危険性の判断とか,犯罪学的な予後というものについて,精神科医が判断できるのかということについても,すごく議

論があります。精神学的危険性と犯罪学的危険性というものを,どういうふうに見極めるかという議論などもなされてい

るようなのです。そういった役割を,フランスの精神科医は,かなり担っていて,それは本来,司法が行うべきことを精神

科医がやっているというような部分もあるのではないかなと思っています。

先程の,Villejuif の話で,全部個室であったということですが……実態は,私自身は見てきたことがないので分からな

いのですが……そこで働いている人の話では,必ずしも個別に対応する病棟だけではない。やはり UMD で,かなりき

ちんと治療すると,それまで一般病院なり SMPR で刺激を受けやすかった人達が落ち着いてくるといったようなプラス

面もあるということだそうです。UMD のスタッフに聞くことと,外から見る認識というのはかなり違う。スタッフも努力してい

るわけですから,治療効果が上がっていないというようなコメントに敏感に反応するようなところはあるようです。ハード

面では,刑務所と同じくらいがっちりしているけれども,実際に,中の雰囲気は,やはり他の病棟と同じ治療的な雰囲気

であるといったようなことを強調して書いていらっしゃる人もいます。その辺は見る人の立場によって違うのではないか

なというふうに感じました。

加藤:

医師による「再犯の危険性」を考慮した鑑定……特に,外来治療に移るときに医師が鑑定しなければいけない,その

意味における鑑定について,先程,田口先生がおっしゃった点ですが……

そのときに,ドイツで何をやったかというと,そういった鑑定ができるような人材の養成を行った。一般病棟にいる精神

科医ではなくて,司法精神科医というものを育てていく。そのトレーニング・コースには,そういった専門施設で働いて

いる医療従事者達があたる。そういう若手のいわゆる「危険性」の判定ができる人材を育てるという解決方法を採用して

います。

ドイツは,10 年くらい前からそれをやって,1 年に 10 人程度の若手を育てています。

田口:

先程,言いましたように,裁判所に登録してある医者が,フランスにも 700 人程おります。フランスにも司法精神医学

の教育課程というのがありますし,専門の教育というのはやっているようです。ですから,フランスでは鑑定は,精神科

医ならば誰でもできるわけではありません。登録するにあたっては,今まで鑑定の経験があるとか,勉強してきたとかと

いったようなことが考慮されます。たぶん,そういった方が,フランス全国で 700 人くらいいるということだと思います。

五十嵐:

フランスでは,司法精神医学は,一応……専門の教授というかどうか分からないですけれども……司法精神医学を

専門にやっている人がトレーニングを受けているということはあるのですね。

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

ただ,そういった鑑定が行えるためのリストに載るかどうかという場合には,要するに,最終的には,検察側が,かなり

の部分を担っているらしいです。本当かどうかは知りませんが,向こうの御医者さんが言っていたのは,かなり政治的な

ことも考慮して登録するかどうか決めるそうです。

この登録リストに関しては,精神鑑定……確か,措置入院の……特に,触法精神障害者の措置入院の場合に関して

は,事実上の退院制限がついていまして……これは,要するに,治療者とは独立して,検事のところにあるリストに載っ

ている2人の鑑定医が危険性がなくなったという診断をしなければならない。それから,例えば,日本では成年後見に

関する鑑定というような,そういう鑑定に関しても,検察官のところにリストがあって,やはりリストに載っている人が鑑定

の意見を書かなければいけないという形で……そのリストに載るかどうかが,事実上鑑定するための専門の資格である

と言われています。何しろ,ある程度実務をやっている人でないと載らないそうですけれども,細かくどういう資格が必

要かは,ちょっと分かりませんが……おそらく,この 700 人という数字は,そこで言われているようなリストに載っている

精神科医の数が 700 人なのだろうということでしょう。

加藤:

治療に対応しているというのは,その 700 人を母体として? それとも一般の?

五十嵐:

一般の医療機関です。要するに,例えば,性犯罪者についても,セクター制をとっていますから,一般の医療機関の

医者が実際は,治療するわけです。特に,コミュニティのケアに関しては,一般の医療機関の医者がやることになりま

す。そうすると,そういう今まで治療を行ったことがないのに,治療命令だけ出されても,受け入れる側としては困る。そ

れは,全くその通りで,治療しようがない人を責任だけ推しつけられても困るということが生じてきます。

山上:

フランスのような精神障害犯罪者の制度,或いは,施設,治療のシステムを採用すると,そのようなことになるのでは

ないかと思います。

~ 休憩 ~

加藤:

あと 3 時間弱ありますけれども,最初に,武井先生の方から少し御発言を頂きたいと思います。

精神保健福祉法 24 条通報の問題について

武井:

精神保健福祉法 24 条の判定を誰がやっているかとか,同じく 24条に基づく通報で,警察官が,直接,病院にかけつ

けたりするわけですけれども……こういったことの実際は,どうも話がよく分からないのですね。

犯罪白書を見ると,全部,検察庁に上がってきている事件が,統計として問題とされているわけですけれども,それ以

前に処理されている沢山のケースがあるのに,その点については,何処にも取り上げてられていない。

この点に関して,精神保健福祉法上の通報制度が,大変,重要な意味を持っているわけですけれども,この辺の話

を良く整理しておかないと,問題が見えなくなるので,もう一回ここで整理したいと思います。

今,24条通報のことが,1つ問題になっています。まず,違法行為をした人は,「保護」か,「逮捕」のどちらかになるわ

けですが,ほとんどは保護なのです。或いは,何もしないで説諭して帰してしまう。保護については,警察が関与して

いるけれども,警察は受け皿機関ではないわけですから,その後の処理方法は3通りしかないわけです。1つはそのま

ま,説諭して帰す。もう1つは,犯罪として立件して検察庁へ送るが,これは御存じのように,大変な手続と手間がかか

る。もう1つは,「他害」という概念で,精神保健福祉法 24 条を適用して,精神病院に送る。世の中において,犯罪行為

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

を犯した精神障害者に対して,この 3 通りの処理方法しかないわけです。

大体,事件として問題とされているのは,犯罪として立件された検察庁に上がってきたものですけれども,実は,その

背景に,警察から保健所を介して精神病院へ送られてくるケースがたいへんな数であるわけです。大阪池田小事件の

宅間容疑者も,何回かこうして精神病院に来ているわけです。そこを見てもらわないと,この問題は見えないのです。

警察から検察庁に上がったケースは,御存じのように起訴前鑑定が必要なので,精神病院で,それを行います。25

条通報の場合も精神病院に送られるわけです。今,言ったように,24 条通報で精神病院へ送られる,25 条通報で精神

病院へ送られる,そうでなかった人は,起訴されて裁判にかかる。けれども,この裁判で100%有罪ということはありませ

ん……ここで,有罪になれば,精神病院へ送られることはないのですけれども,しかし矯正施設に入った後,刑期が終

われば,精神障害者ということだと……26 条通報があって,また,精神病院……つまり,ありとあらゆるケースが,最終

的には精神病院へ送られてくる。そういった精神病院は,どういう病院かというと,民間の精神病院でない公立病院。

治療は,診療報酬でやっている。そこには,普通の患者も触法精神障害者の患者も,みんな,一緒に入っている。極

端なことをいえば,隣に殺人した精神障害者がいて,隣は普通の病気の人……こういう構図なのです。

しかも,そういった治療は診療報酬で行っていますから……県立病院というのは,基本的に公営企業で,「受益者負

担の原則」が働きます。

こういうシステムを考えると,如何に精神病院が過剰な負担を負わされているか……しかも,この精神病院というのは,

事実上,民間病院は,ほとんど触法精神障害者の治療をやらないですから,基本的に公立病院が行っていることにな

る。とてもじゃないけど,それでは,やりきれないことは分かっています。だけれども,赤字を覚悟で行うしかない。

24 条通報の場合,例えば,夜間とか,休日に,精神障害者が問題を起こして,警察の通報により,我々が,診察する

わけですけれども……普通の事件の場合,検察庁へ流れる者が,全部,こちらの精神病院へ流れてくる。御存じのよう

に,あまりに 24 条通報が増えてしまってやりきれないところがある。例えば,栃木で,救急の診察をやりだしたならば,

あっという間に 24 条通報の件数が増えて,年間 250 件。私達の群馬県でも,救急でない普通の医療としてやっている

ものでも,200 件に昇ります。こんな数では,とても処理しきれないと。

非常に微に入り,細に入りな方法で,滅多なことでなければ起訴はできないようなことが,この問題の背景にあるわけ

です。これは,日本の刑事司法のシステムに関わることなのです。この場合,治療を,きちんとやっていたら経営的に

都合が合わなくなってしまう。それに,他の一般の患者にも迷惑をかける。当然,そうなるわけです。

この問題と関連してですけど……犯罪件数の統計を見直してみたのですけど……これは,平成 12 年度の統計です

けど,交通違反を除いた犯罪件数が31万人。その中で,検察庁に上がってきた数字ということだと思うのですけど……触法精神障害者に関する数字として,711 人は「精神障害」,1161 人が「精神障害の疑い」,そのうち不起訴となった者

が 735 人となっているわけですけど……実際に,この数字は,全部,検察庁に上がってきた話だと思うのです。実は,

その背景に,24 条通報の件数が多大にあるはずです。

それに,精神病院の中でも,事件が,沢山,起こっているわけです。傷害事件,殺人事件もあります。そのほとんどに

ついて,警察は,事件として扱っていないわけです。そういった事件は,「無かった」ことになっているから……実際は,

裏で行われているのに,警察は立件しない。

ちなみに,こういった 24条通報については,どのくらいの数字があるのかというのを推定しますと,人口100万人当た

りで,大体 100 件くらいだと思います。そうすると単純計算で 1 万人に 1 件。

それと,全国に,精神病院は 1700 あるわけですけど……1ヶ所に年に,1回以上,傷害事件は起こっていると思う。そ

れから,僕の精神病院も,大体,保護室に1人は入っている。殴った,刺した,迷惑をかけた。そういう人が,1人は大体,

どこの病院でも入っていて……そうすると,おそらく1ヶ所の病院に,年に事件が1回ということはないと思うのです。そう

いうことを考えて,そういった数字を,ここに足すと,実は,膨大な数になる。しかし,実際には,精神病院の中で,責任

無能力者がやっていることだから,関係ないとされている。

宅間容疑者は,このルートに,一度,乗って,精神鑑定で責任無能力になっている。そして,そのまま,戻ってきてし

まっているわけです。このルートに乗る数字をちゃんと換算しないで統計をとっているから,精神障害者の犯罪は少な

いということになるわけですけど……24 条通報の件数と病院内の事件を加えたら,決してそういったことはない。そして,

711 人の精神障害と 735 人の不起訴処分者は,大体,こちらの精神病院へ送られてくるわけです。こういった事実が,

全然,知られていないのです。

精神障害者は,そんなに事件を起こしていないと言われているけれども,それは,裏で行われていることが分かって

いない。そのことを,ちゃんとおさえていないと……

自分の立場から物事を言ってしまうのですけれども……大変,苛酷な状況にあるということを理解して頂きたいので

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

す。

先日,山上先生からの提案で,それを,私なりに踏まえて案をつくってみたのですけれども……

基本法を,あまりいじらないで,何とか良い方法が考えられないかと……例えば,配布した資料の中の表でいうなら

ば……現行法の 24 条通報は,抜け道として存在しているわけです。だから,「司法精神医療審判所」というところが判

定して,起訴させるようにする。当然,様々な状況が出てくるわけです。地域で,問題を起こしたので,起訴されるべき

だとか……そういうとき,今の制度だと,現場の警察官が,「これは起訴した方がいい」,或いは,「病院へ連れていった

方がいい」ということを判別しているのです。「通院できないか」,「治療できないか」ということで,警察官は,病院に通

報してくる。ここのところを整理しておかないと,折角,警察が関与して頑張ったって,問題は解決しない。

それに,警察は,触法精神障害者の受け皿機関ではないのですから,保護房すらないところもあるのです。群馬県

の20ヶ所の警察のうち,あるのは16ヶ所。しかも,使っていないのです。「暴れている」,「何か変なことを言っている」,

「子どもが危ない」,そういうことになれば,警察が精神病院へ,触法精神障害者を連れてくるに決まっているわけで

す。

そこで,こういった制度のポイントとして,24 条通報を行う場合でも,何らかの基準がないとまずいと思うのです。

それに,「司法精神医療審判所」が設置されるとなると,検察官の起訴便宜主義が崩れます。「司法精神医療審判

所」が,「これは起訴すべきだ」ということができるわけです。そうすると,今度は,そういった者の受け皿が,問題になり

ます。今,言ったように,現状では,一般の公立精神病院しかないわけですよね。そうであるならば,公立病院といえど

も,それを機能分化して,「司法精神医療施設」をつくるべきことになる。このような施設は,当然に,必要だと思う。そう

すると,受け皿として治療できる機関としては,刑法犯については医療刑務所……民間病院のように,診療報酬で,経

営を考えるところには,任せられない……残る受け皿としては,「司法精神医療施設」と公立精神病院。公立精神病院

も,現行では,絶対に無理。

受け皿の医療機関として,これら3つを,どういうふうに組み合わせてやるかという……その対象をどうするか,各々の

枠付けをどうするか。刑法犯の問題になると医療刑務所でひきとる。触法関係の問題については,「司法精神医療施

設」と公立病院が,どういったことをやるのかと……こういったことに,話がいかざるを得ないのです。

もちろん,「司法精神医療施設」を国が設置するならば,僕は,当然,それは必要だと思うのです。中央に患者を集め

ておいて,治療の地域性をなくすのならば,当然,そういった施設は必要になる。それで,あと触法精神障害者が地域

に戻ったときに,関係省庁が関与して施設をつくる。こういった制度の流れが,日本の現状を考えたときに必要になる

のではないか。

後,もう1つの問題は,24 条通報に関してです。検察庁が,現行の精密な裁判なり,司法を維持するなると,とても触

法精神障害者は処理しきれないケースが出てきます。これをどうするのか。検察官起訴便宜主義を何とかしないと,こ

の問題は解決しない。

受け皿の医療については,医療刑務所では,刑期内の範囲で行う。「司法精神医療施設」については,入院期間の

制限を外すかどうかして,本格的な医療をする。それから,公立病院では,地域医療中心。

専門の司法精神科医が,何らかのかたちで育成できたとしても,触法精神障害者に対する一般の精神科治療は,当

然に,必要になってきます。そういった時には,私達の公立病院側の立場でいえば,診療報酬制度の適用を外すべき

です。赤字医療では,絶対に,駄目なわけです。例えば,50 床の受け皿をつくったときに,現行のシステムでは,大体,

2 億円かかるのです。その内,人件費が 1 億 9 千万円程度かかるのです。そういったところに,5 億円程度,補助してく

れれば,大分,違ったものになる。国が行うべきことを明確にすれば,それに応じて,公立病院も研究ができる。

しかしながら,あまり現行制度を,滅茶苦茶に変えるということもできないと思います。

加藤:

どうも有難うございました。

この研究会の一番の趣旨は,先生のように,いろいろな制度の御提案があればということで,期待していたのですけ

れども……最初に,こういう案を御示し頂いて有難うございました。

質問があるのですけれども。先生の御提案になった制度によりますと,施設内収容といいますか……刑務所内にしま

しても,病院にしましても……そこからの退所・退院後のアフターケアといいますか,その後の外来の場合は,どういう

ふうになっているのでしょうか。例えば,その後の外来治療中に,犯罪があったときに何処に帰すのか。元のところに帰

すのか,また,違う病院に帰すのか。

また,それが通報制度と,どういうふうに関係していているのか。また,通報者のところまで,それに関する情報を流す

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

のか,或いは,通報から退院まで一貫して誰かがウォッチングをしている,そういう一貫性を持った制度が 必要なのか。

その辺のところの構想といいますか,先生の御考えが,もしありましたら。

武井:

まだ,考えただけの段階ですけれども……要するに,「司法精神医療審判所」が振り分け機関としての性質を有する

わけです。精神鑑定を含めて,ここが,そういったこと行うわけですけれども……現実的にいえば……例えば,群馬県

の人口 200 万人に対する態勢については,触法患者の治療が必要な事案は,私達の公立病院でやる。但し,とてもこ

れは駄目だというのは,精神鑑定をして検察庁へ……しかし,現行では,起訴便宜主義の問題があって,「こんなのは,

とても起訴できない」とされている。

僕らには,病院の医療と患者を守らなければならないという義務があります。それ以上のことは,司法側の責任で考

えて下さいと,問題を投げかけているわけです。そして,そういったことは,検察制度の改変だけでもできないと思うの

です。そういう意味で「司法精神医療審判所」を設置して鑑定もするし,いろいろなところに働きかける。そういう制度に

するためには,ちゃんとした受け皿がないとできないわけです。受け皿がないことには,おかしなことになりますから。

そういうところをうまく整理して,一応,触法精神障害者が,医療と司法の側を行ったり来たりできる制度が,ちゃんと実

施されるようにするべきである。おそらく,そういった受け皿として,地域に密着した公立病院が重要な役割を担うことに

なると思うのです。結局,何処かの段階で,地域に帰すことになるわけですから。

加藤:

地域ケアのところは,医療と司法の双方向性をもって実施するということでしょうか。

武井:

要するに,触法患者でも,治療が終われば,コミュニティに帰る。そこには普通の患者もいる。ですから,触法関係専

門のスタッフが必要で,例えば,僕だと,月に 1~2 回しか見回れないのですけれども,毎日,行ったってよいわけです。

実際に,公立病院の周辺に集まってきてしまいますから,最終的には民間病院の一部が,そういったことを行うべきで

ある。

もう1点。図表中,2本線で結んであるのは,実際,私の病院でやっていることです。どういうことかといいますと,24 条

通報がなされると,今までは,全部,自動的に措置診察ということにしてしまっていたのです。本当は,保健所に通報し

て,よく調査した上で,本当に必要ならば措置診察ということになっています。だけれども,実際には,夜間には保健所

の職員もいない。本当は保健所が決定権を持っているのですけれども何も調べないで,ただ病院に連れてくる。医者

側も,そういった事情は分からないから,「はい,分かりました」といって措置診察を行ってしまう。こういったことをやって

いると,とてつもない数の患者が入ってきてしまいます。そこで,去年,「移送制度」を立ち上げて,実際に,24 条通報

があると,そこに保健婦が行って調べて,不適切な場合は「措置入院の対象ではありません」と押し返すわけです。そ

のために,情報センターがつくってあります。例えば,「覚醒剤で,幻覚をもつ状態」といった情報が来ると,「それは,

尿検査をしてから連れてくるように。それ以外は措置診察をしません」ということを告げる。こういったことをしないと,24

条通報は,制度として,滅茶苦茶になってしまうと思います。

情報センターの設置は,地域の精神科医療にとっては非常に重要だけれども,これは一銭もお金にならないから,

行政は簡単に設置しません。

山上:

質問があります。全体の構造を変えたとしても,現行の 24 条通報の運用で生じてしまった問題が,医療側に,依然と

して繋がっているのではないか……例えば,検察で不起訴と一旦決める,或いは,裁判所で一旦無罪と決めて,「司

法精神医療審判所」に送られた場合,その段階で「司法精神医療審判所」が受け入れの施設を確かめてみて,とても

受け入れられないというとき,患者の処遇が宙に浮いてしまうことがあるわけです。私はできる限り,検察の処分,或い

は,裁判所の決定のときに同時に,審判の機能として,受入れ先の所まで決定なされないとしても(イギリスでは,決定

されていると思いますが),施設としては,受け入れざるを得なくなるというようなことも起きるのではないかという懸念が

あるのです。

武井:

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

この問題は,基本的に犯罪を犯した人について,医療が必要か必要でないかと,そういう視点で考えるべきです。責

任能力を,そこに持ち出して議論すると話が曖昧になってしまいます。日本の場合は,責任能力の拡大解釈というか

濫用に近いものがあります。そういう意味で,裁判所がきちんと判断しないとまずいと僕は思うのですけれども……イギ

リスは,確か,治療処分があって,治療処分をすると決めたときに,その受け皿が必要だということで,HIS とか HS とか

ができた。そういうように,きちんと責任をもって,いかにして日本の安全を守るか,或いは,患者の人権を守るかという

視点から,機構をつくってもらいたい。

現在,「審判」は,合議でやるとか,いろいろ意見が出ていますけれども,最終的には裁判所なり,司法側にもってい

かないといけないと思います。医療というのは,最終的には,患者の社会復帰というより,市場原理という考え方が基本

のサービス業なのです。

現行の精神保健福祉法 24 条を,残すとするならば,情報センターみたいなものを設置して,現場の警察官の便宜で,

何でもかんでも精神病院に,事案を持ってこないようにしてもらわないといけない。

五十嵐:

犯罪に相当する行為をしている場合でも,精神障害という要素があるときに,日本の場合は,どういう犯罪をしている

かということをあまり考慮せずに,精神障害ということで,必ず警察の段階で病院に送られてくるということがあるわけで

す。それは,一般の自殺未遂をした患者と,まるっきり同じ法手続で送られてくる。

イギリスの場合も,”Price of Safety”という考え方はあります。けれども,例えば,殺人をした人を,日本のような手続で

もってきて,そこで御終いにするということはない。殺人を……例えば,幻覚妄想状態でした人は,治療が必要な精神

障害者であることは確かであるけれども,その者について裁判所の治療処分とか正規の手続を経ないで最終処分を下

すことをしない。そこのところが大きな違いなのです。そういった点が,日本よりも非常に厳格になされている。例えば,

通行人を幻覚妄想状態で殴ってけがをさせたという程度の人も,基本的に,正規の手続を経ないで病院に移送してし

まうのはよろしくないとされている。

もちろん,その間,最終処分ではない形で治療するということは可能な状態になっています。そこのところが,イギリス

の制度の柔軟でよいところだと思うのです。

治療の受け皿に関しては,イギリスの治療処分は,必ず病院側で,この人は治療が必要な人でその治療を引き受け

るという前提がないと,治療処分は下せないというふうになっているので,「受け皿がない」ということはない。そこのとこ

ろが,逆に人格障害の人に関しては,ハードルが高すぎると,批判されるところではあります。

日本の場合,責任能力概念云々ということを全くなくすというわけにはいかないと思います。判決として心神喪失で無

罪となった人達に関して,「司法精神医療審判所」の方から差し戻すとかそういうことは,まず法理論上からも考えられ

ないでしょう。それに,判例を見てみますと,裁判所の責任能力の認定自体,非常に,厳しくなっています。ですから,

事実上,裁判所が,現行と同じような基準で,責任能力を認定する限りにおいては,おそらくその人達は明らかに精神

病で治療が必要な人達なのだろうと思われるのです。その部分はあまり大きな変更を加えることなくても問題がないだ

ろうと思います。そういう患者さんについて,例えば,現在よりも,ハードウェアとか,人員を整備した病棟を造ったとして

も,その行き先がなくて宙に浮くというようなことはあまり考えられないのではないかというふうに思うのです。

最近の司法の手続というのは,期限が決まっているようで,その期限に合ったかたちで運用しないといけないというと

ころがあります。そういった期限に多少の余裕をもたせる施策がより現実的ではないかと思うのです。

受け皿の問題については,やはり検察官の段階で不起訴になる人達でしょう。これに関しては,事実上,武井先生の

案でも,「司法精神医療審判所」が,かなり鑑定の責任をもつような形になっているわけですけれども……責任能力の

判定とか,治療の必要性とかを考えて,的確に運用することによって,受け皿がないということはなくなるのではないか。

「司法精神病棟」とか,そういった制度が必要だと言っているのも,別に,現行制度では,そういう治療の必要な患者を

受け入れられないという意味で,決して言っているわけではない。ただ,やはり同じ精神障害という名のつくものの中で

も,例えば,幻覚妄想状態にある精神分裂病の人と,アルコール依存症とか薬物依存症があって一時的に責任能力

に問題が生じているような人では,やはり違うのだろうと思いますし,その時における治療の必要性というのも明らかに

違うのですね。一過性で……例えば,覚醒剤で幻覚妄想状態になったとする……確かに,その時に判断能力はない

かもしれないけれども,その人が幻覚妄想状態……これは場合によっては精神科的治療を受けなくても自然に消退し

てしまうこともあります。その後に残る覚醒剤依存という精神障害に対しては,今のところの精神医学の段階では本人が

治療なんか必要ないと拒否している場合は,どういうふうにしても我々は治療することはできないわけです。そういう人

に対して安易に新しいシステムを設けて精神医療の方へ流すと,外国でよく言われているような「治療なき拘禁」という

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

ことが起こることになります。ですから,そういったことの問題を整理しておかなければいけない。

実際に,殺人事件くらいになれば,警察とか検察を通すかたちで運用しているのでしょうけれども,もっと軽い恐喝と

かいったレベルだと,今では,全て 24 条通報で送られてきてしまうということがあります。そのことが,かなり医療機関側

に負担になっているところでもあるので,やはり運用上変えていく必要はある。そういうように実務を変えていく上で,

「司法精神医療審判所」が,単純に責任能力の有無だけを考えるのではなくて,治療の必要性を含めた総合的な判断

して行うべきである。それによって,大分,その辺の問題が解消できるのではないかというふうには思うのです。

そういった医療の必要性に関しては,医者の意見を取り入れてもらわないと,やってもうまくいかないと思うのです。た

だ,医者が「治療の必要がない」と言った場合に,勾留処分に戻せる制度設計にしておいて頂く必要性はあると思いま

す。

もう1つ,こういう触法精神障害者の患者については,場合によって,本人の医療上の必要性以外の理由から,本人

の自由を制限せざるを得ないところがあります。そういったことが,正当化されるのは,やはり本人が重大な犯罪行為に

相当することをやっているというところに基づくものであって,そこのところの事実とか,そういうものがきちんと認定され

なければならない。そこのところは,やはり司法権によって行われるしかないのだと思うのです。そういった意味で,例

えば,従来の措置制度とかでなくて,司法権が絡んだ形のシステム設計がなされていなければいけないというふうに思

われるところなのです。

加藤:

できるだけ全員の方に話して頂きたいと思いますので……

どうぞ,林先生。

林:

日本の現行制度では,責任能力一本で制度を動かしていく他はないわけです。なので,結局,鑑定する場合には,

その鑑定によって,触法精神障害者が……鑑定は,純粋に医学的な判断ですけれども……その後,何処で治療を受

けられるのか,或いは,受けるべきなのかというところまで考えなければいけないようになっています。そういったことを

考えるならば,鑑定結果が左右されるということも,決してあり得ないことではないと思います。

田口:

24 条通報のことなのですけれども……情報センターの段階で,却下されているケースがあります。しかしながら,逆

に,それは警察では判断できなかったという問題が生じているようなケースでもあるのです。沢山,24 条通報が発動さ

れて困るというような部分は別にして,警察官に治療が必要な精神障害かどうかの判断まで求めることができないという

場合もあります。実際に,冷静なのに,あまりに,あがり方が激しいので精神障害ではないかというので,連れてこられ

たというケースもあるのです。

ですから,緊急セクターを立ち上げてしまった以上,ある程度そういうケースに遭遇せざるを得ない。その場合,病院

側でオリエンテーションをつけて,警察に戻す。これは逮捕すべきであるとか,精神障害ではないということで,必ずし

も全部が全部,措置入院になるわけではありません。やはり,仮に,何か起こったらどうしようみたいなところで,24 条通

報する必要がなかったケースでも送られてきてしまうことが,ある部分やむを得ないところがある。その時に,精神科医

が,ある程度,今後について,意見みたいなものを言っていかざるを得ないところもあると思うのです。

重大事件で,全く検察庁の関与がなされずに,処分されてしまうというケースというのは……例えば,被害者が家族

だった場合ですね。鬱病の子殺しとか,精神分裂病者が親を殺してしまうとか……通常は,起訴される犯罪で,それも

問題といえば問題なのですけれども……そんなに,沢山あるのかなと思ったのですが,もう少し具体的に教えて頂きた

いと思います。

武井:

同じ人について1日に 2 回通報があったり,同じような事件でも警察によって全然,対応が違う。もう1つ,例えば,家

族が被害を受けた場合だと,それが相当に大きくても,送検しない場合がある。僕等が,相当厳しく送検するように言っ

ているので,警察は,かろうじて送検するようにしているけれども……もし,そこをきちんと言わなければ,止めどもなく

なるだろうと思います。

こういうことは,病院側でしっかりと考えをもって対処しなければ,警察の言いなりになってしまうと思います。情報セン

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

ターを設置したのですけれども,医者がしっかりしていれば,判断がぴしっとできるからいいのです。しかし,やはり行

政の立場からいえば,困るようなことがあれば「病院に送るより仕様がない」ということになる。相当,歯止めはかけてい

ると思いますけれども,やはり現場の医者がしっかりしないと……

例えば,現場の警察官が,責任逃れで検察庁に送る場合もあります。だから,送検すること自体に余り意味がないの

です。現に,警察が,そう言っているのです。これは,明らかに起訴便宜主義の弊害です。

裁判官について言えば,何もこの問題には触れることがない。

宅間容疑者だって,24 条通報で送られたことがあるみたいです。こういった構造を変えないと,どうしようもないと思い

ます。検察庁も,裁判所も,こういう触法精神障害者がいるのだから,それをどう対処するのだと,社会問題として考え

ないとどうしようもないと思います。

24 条通報で病院を行き来する内に,最初は,傷害でも段々重大な犯罪に行うようになるのです。そのうちに本当に殺

人をするようにまでなる。

加藤:

田口先生の御提案なり,御意見なりを聞かせて頂けると面白いと思うのですけれども。

田口:

私は,そこまで深くは考えていないのですけれども……

ただ,フランスは,通報制度ということは無いと思うのです。警察そのものに精神科の診断する場があって,精神障害

を疑われる人は必ずそこへ送られます。そこで,振り分けられていく。刑法そのものが軽罪と重罪に分かれているので,

軽罪のものに関しては,その後,司法手続を通らずにそのまま直ぐに病院へ送られるということがあります。重罪に属

する犯罪に限っては,司法の側にまわるという……そういう意味では,非常に,はっきりとカテゴライズされている部分

があると思います。

私自身は,本来は犯罪を犯しているという事実を重要視して,起訴できるものならば起訴した方がよい。特に,重大な

ものならばそうだと思うのですが……それに,現実問題として,沢山,起訴して裁判を行うということができるのかという

問題があります。それだからこそ,起訴便宜主義が機能しているわけです。所詮,公判を維持できない,有罪にならな

いということが分かっている以上,起訴はしないということは,非常に,実際的な判断だと思うのですけれども……

それと同時に,精神科医の人材不足ということもあります。例えば,今回の改正問題で「司法精神医療審判所」が,必

要なのだろうと思いつつも,仮に,そういうものができたとして,現在の日本の精神科医がどこまで,イギリスやドイツや

フランスでなされているような触法精神障害者に対するケアということができるのか。それだけの人材がいるのかどうか

ということも,どうだろうかと思うのです。それは,司法の側にとっても言えることなのではないかという気がします。提案

というよりも,その辺の問題は解決していかないと,制度ができても結果としては機能しないようなことが起こり得るので

はないかなというふうに思います。

武井:

群馬県では人口 200 万人のうち,30 名くらいの患者は,つききりで診なくてはいけなくて……

こういった問題は非常に深刻なのですが,我々,公立病院に診療報酬の範囲内でやれといって,治療が課されてい

るわけです。それを少ない人数のスタッフでやらなければいけない。イギリス等は 3 倍も 5 倍も人員がいるわけです。こ

っちだって,5 倍くれたらなんでもできますよ。

そういった患者を受け取った以上は,患者が死ぬまで,ずっと病院で看なくてはいけないことになる。

田口:

今,先生がおっしゃったことの中で,問題が2つあると思うのですけれども……

結局,患者が死んでもらうしかないというのは,精神医療がそういう方達には無力だということですね?

武井:

最終的な決着は,そういったかたちでしかつけられないということなのです。

田口:

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

現在,日本の精神科医療の中で,そういう危険性がある触法精神障害者に対しての管理は本当に必要だと思います。

しかし,そういった人達の危険性を減弱させる方向に……社会復帰できるような方向に,今の現場が,治療を本当に行

っているかといったら,私はやはりしていないと思います。

管理はしています。薬を飲ませたり,問題を起こさないようにということで……

管理はしていますけれども,本当にその人の犯罪性を減らすとか,そういった病理をも含めて,日本では治療が行わ

れていない。管理しかやっていないと思います。そういう現状がある中で,「司法精神医療病棟」をつくるということに関

しては……それに異論は無いですけれども……それと同時に治療の質ということを,もっと真剣に考えていかないと,

結局,ただ管理する場所だけをつくることになる。触法精神障害者の治療という部分の問題点は残されたままになる。

武井:

精神科医の数が足りないのですよ。こんな少ない数では無理。

山上:

治療の問題と人材の問題なのですけれども……

それは,やはりイギリスとドイツの司法精神医療のレベルと比べれば,今,日本で行われていることは非常に僅かだと

思います。ただ,人材が育たないというのは,そういうフィールドがないからです。ドイツやイギリスでは,彼らが鑑定し

たケースをちゃんと追跡して,適切な治療を行い,社会復帰まで何年もかけて人格障害の治療を行い,そのようにして

社会復帰を目指してサポートするところまでやってきている。そのようなところから,そういう医療に関われる人材が育っ

てきているわけです。

日本では,人格障害等の治療の力量をもっているところは少ないです。しかし,武井先生のところの病院とか,幾つ

かの公立病院では,適切にそれをやっている。今,非常に乏しい人材や経費の中でも,そういう人達を育て始めてい

るのです。そういう精神科医療をちゃんと応援するような形で,きちんと設備を造るべきだと思う。そういう制度をつくら

ない限りは,そういった患者は治療の可能性がない,治療の適応もないというふうに医者が感じる状況のままにあると

思うのです。そういう状況,そういう施設を造り,治療の勉強のチャンスを与え,そして,学んでいくものだと思います。

そういう前向きな制度をつくるべきだと,私は思います。

加藤:

24 条通報の問題ですが……この間の医事刑法研究会の時の先生の御話でもそうでしたし,この間の大宰府の研究

会のときでもそうでしたし,今日の先生の御話でもそうでしたが……法律家の立場から考えますと,ある意味では,「信

じられない」,「どうしたのだろうか」という印象です。

この間の大阪池田小事件の時もそうだったのですけれども……おっしゃる通り,現場の警察官の処理もそうだし,検

察官の処理もそうだったのですが……日本では,刑事訴訟法で,ちゃんと微罪処分以外は,検察を関与させて,そこ

で,不起訴処分にするなり,起訴猶予処分にするなり,起訴するなりを判断しなければいけない。そのように,ちゃんと

刑事訴訟法 246 条に書いてある。その但書で微罪処分の場合は,警察の本部長会議で処理はできる。しかし,その場

合でも,やはり検事正が,「こういう犯罪については上げてくる必要がない,現場でやりなさい」と指定する。交通事犯に

おける罰金と反則金の違いみたいなもので,交通事犯についても,軽いものについては警察本部長で処理しても宜し

いということが,きちんと法律で書いてある。それが,放火とか殺人といった重大事件について,24 条通報で,いきなり

現場から,先生方の病院に送られてくるといったことは,ある意味では,ちょっと信じられない。しかも,検察は,そのま

ま,うやむやで病院に任せきりだという。

先生の案ですが……24 条については,限定を加えて,軽い犯罪については……私も,全ての事件を刑法で処理す

る必要はないと思いますので……そういう軽い犯罪については,勿論,治療が優先されるべきだと思う。しかし,重大

な犯罪については,これは,やはり起訴便宜主義的な方向性を少し修正して,オランダのように,起訴法定主義にする

という形でやっていかないといけない。こういう案を作るときには,そういったことを,きちんとした枠組みで統計的に詰

めて構成すれば現場の混乱もないだろう。

先程の田口先生の御話ではないですけれども,一体,「社会的危険性」というものは,どのように判断しているのでし

ょうか?

犯罪結果からなのか,それとも,その人が精神科医のところにいたときの状況なのか,その人のもっているキャリアか

ら類推してしまうのか,この点が,非常に曖昧なのです。そういう意味の曖昧性を低減していくという点でも,もう少しき

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

ちんとした判断基準を設けて,この基準をベースに起訴便宜主義を制限していく。或いは,施行規則みたいなところで

そういった実施基準を,きちんと明記していくようなことをやっていかないと……なかなか,現場の裁量に御任せすると

いうことは難しい。先程から出ているように,精神科医としての立場と法律家としての立場の観点が違いますから,そう

いう問題が生じてくることになるのではないかなという気がします。

五十嵐:

幾つかあるのですけれども……1つは,24 条通報で殺人をした人が,病院に送られてくる。これは,現実にあることで

すけれども,多くの殺人事件の場合は,書類上,送検されていることが多いだろうと思います。松沢病院で,私が,実

際に診た人ですが……やはり,母親殺しで取調べ中に興奮し始めたので,精神科救急のルートに乗せて運ばれてき

たというケースがありましたけれども……この場合,やはり入院している間に精神鑑定をして鑑定書を作って,最終的

に不起訴処分という形にしています。ですから,おそらく書類上は,そういう送検といったことがなされていると思います。

人を殴って怪我をさせたくらいですと,殴られた人に,「この人は精神障害ですから被害届を出さないで下さい」という

説諭をすることも,実際にはある。精神科で救急をやっているときには,「そういうふうに被害者に説明しましたから」と

わざわざ警察官が教えてくれるときもあります。詳しい事情は,分からないですけれども,やはり人が死んでいたという

場合に関して,まるっきり立件しない,少なくとも書類送検していないということは無いと思います。

ただ,どういった処理がなされているのかということについては,病院の治療者に何も教えてくれなければ,本人にも

何も通知されない。最終的には,「病院に入って治療しているから」ということを考慮して不起訴にしているということが

あるのか否かについて,そういうところが治療者側にも本人にも分かり難い。

やはり,触法精神障害者の治療については,本人に,まず事件を起こしたということをきっちりと認識させるということ

が,やはり治療上,重要なことです。何処の国の治療の体制を見ても,やはり,そのことが重要なこととされている。日

本では,そういう認識を得させ難い状況になっている。むしろ,逆に,大阪の事件等を見れば分かるように,どうして起

訴されなかったかということすら,本人に説明されるわけでもなくて,「結局,俺は何をやったっていいのだ」,「罰せられ

ないのだ」,「せいぜい,病院へ入院すればいいのだ」というような認識を植えつけやすい。しかも,元々精神障害者は

通常の人よりも,認知機能とかそういうところに問題があるのですから,そういう誤解が生じ易い。ですから,そういう誤

った認識が助長されないようにするべきである。或いは,人格障害の人達は,非常に他力的です。自分の都合が良い

ように,良いように,いろいろなことを解釈する傾向がある人が多いわけです。だから,そういう人に今のような処遇をし

ていれば,正に「何をやったって大丈夫なのだ」ということを,むしろ教えこんでいるようなものであるというところがある

と思うのです。ですから,そういうことを防ぐために,きちんとした法的な手続を行って,「貴方は,精神障害があって,そ

れ故に,刑罰に服さなかっただけで,本来であれば刑罰になるような人なのだ」ということを教え込む。刑罰は科さない

けれども,再び同じような状態に陥らないように……例えば,幻覚妄想状態で犯罪を起こした人だったら,幻覚妄想状

態に陥らないように,薬を飲んで一生懸命に治療に励むとか,そのくらいのことはしなくてはいけないというような責任

を求めた方が,本当は良いのだろうと思うのです。

治療の技能についてですけれども……私は,山上先生の御骨折りで,日本のいろいろな所を……武井先生の所も

そうですけれども……拝見しました。松沢病院で,どういう治療をしているかということは,見当つくのですけれども……日本の精神病院でも,一生懸命,「触法精神障害者の治療は,我々の義務である」というように取り組まれているところ

の治療技能は,決して諸外国で治療している施設に劣るものではないと思うのです。モラルは,むしろ,日本の方が,

かなり高いですから,不祥事のあったイギリスの特殊病院に比べれば,ずっと優れた能力の治療をしていると思ってい

ます。

但し,制度全体のシステムが,まるっきりなっていない。要するに,個々の御医者さんの努力,個々の看護者の努力,

個々のケースワーカーの努力,或いは,個々の病院の努力という段階で行っているから,例えば,それまで一生懸命

に治療に取り組んでいた病院でも,医者が替わると途端に同じことができなくなる。同じ病棟でも,看護婦さんとか婦長

さんが替わると同じことができなくなる。そこが,問題なのです。まるで,経験の蓄積がない。

それと,先程も言いましたけれども,法的な枠組みがまるっきりできていないので,本人に自分の起こしたことに対す

る内省を求める根拠がまるで無い。病院に入ってしまえば,一般の患者と同じ扱いなのですから。そうすると医療の現

場では,本人の利益を,まず,考えなければいけないことになります。原則としては,インフォームド・コンセントに則っ

た治療,例外として,一部,精神保健福祉法に基づく強制的な治療という枠組みになるわけです。特に,精神保健法

以来,強制的な力はなるべく使わないようにしようというのは,精神科医の間では共通した認識だろうと思うのですけれ

ども……そうすると,例えば,病院にいるときには,薬を飲んで,幻覚もなく行動の異常もみられない。だけれども,本

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

人の病識がなくて,退院すれば直ぐに薬を飲まなくなる。また,元のように幻覚妄想状態になって危険が生じるだろう。

そういうような人達の措置を解除すべきかしないべきかということが問題になる。限定的に考えれば……例えば,厚生

省の公式的な見解では,そういう状態ならば措置は解除すべきであるというふうになっているのですけれども……しか

し,触法の治療は,やはり本人が病識をきちんともって,自分が犯した触法行為に対して内省する機会を持つというこ

とが必要なわけです。そういうことを本人に直面させるという治療課題を達成できるような法制度にも,日本の場合,な

っていない。

ですから,そういった問題があるので,治療施設を整備するだけでは不充分です。きちんとした制度全体の法的な枠

組みが必要なのだろう。

日本の御医者さんの仕事というのは,はっきり言って,外国の御医者さんの仕事に比べますと,非常にいろいろなこ

とをやっていると思います。例えば,イギリスの病院でもコンサルタントという人は,あまり病院にはいません。司法精神

鑑定を行うといった外回りの仕事の方が多いくらいです。実際,日本ですと家族との調整等も,全部,医者の方で一生

懸命やらないと,ちっとも進んでいかない。これは,ケースワーカーとか co-medical の方が少ないからですね。だけど,

イギリスでは,外泊の調整等は,ケースワーカーが,自分の専門領域だからということでやってくれる。だから,医者は,

医学的な面からの治療に専念する。看護者は,看護者としての側面から,看護に専念する。それぞれの職種の人が,

それぞれの立場から,それぞれの専門を活かして関われるから,イギリスのような高いレベルの治療ができるわけです。

それが,現状の日本では,普通の人と同じ,診療報酬の枠内ですし,人手も少ない。専門分化もあまりされていないと

いうところで,うまくいっていない。そういったことは,人手を多くかけた専門の治療施設が必要とされるところなのだろう

と思うのですけれども……

服部:

いろいろな話しが出てきて,私も,大分,混乱してきたのですけれども,今まで出てきた話題の中で,ところどころ感

ずるところをちょっとお話させて頂きます。

24 条通報についてですけれども……私は,今,静岡県で働いておりまして,この辺の地域性もあるのかもしれません

が……それ以前に長野県の方で 10 年間ほど働いたのですが……長野県の方で 24 条通報も含めて,措置の通報の

件数を 4 年間ばかり調べたことがあります。例えば,警察官通報だけ調べてみても,年度によって,大分,差があるの

です。ですから,警察官側の認識も,年度によって大分,動揺しているのではないかなという印象があります。そういう

意味で,先程,田口先生が,おっしゃったように,警察官側の戸惑いといいますか……判断をどうしたらよいのかなとい

う迷いもあるのではないかなと感じております。

これは,長野県の場合も,静岡県の場合もそうなのですが……警察官の方が,やたらに病院に触法の患者を押しつ

けようという意図をもっているといった雰囲気自体は,私は,あまり感じてはいないのです。2つの県の場合だけで,も

のを言ってはいけないとは思うのですが……行政の方の対応の不備が,むしろ目立っています。実際に,警察官通報

してもいいような例について,保健所等に相談すると,保健所が,通報そのものを取り止めさせるような動きにもってい

ってしまうことがある。それは,行政としては,やってはいけないようなことまでやってしまっているように思います。24 条

通報の問題を考えてみますと,警察官側の対応というよりかは,行政側の動きとして,疑問に思うような対応があるよう

に,私自身の中では感じております。

これは,話が変わりますが……公立病院の負担について。私自身も,いま静岡県の公立病院に勤務しておりますけ

れども……公立病院として触法の患者さんを抱えた場合に,どの程度負担になるかということなのですが……それは,

必ずしも,犯罪の罪種によらないと思うのです。殺人を犯した場合であっても,治療がうまくいけば,一般の患者さんと

同様に治療していくことが困難ではないように思うのです。むしろ人格障害があって,アルコールとか覚醒剤の依存と

いった場合の方が,病棟中を引っかき回しますし,治療する側としては非常な困難を強いられる。そういった患者が,

今後,増えてきた場合に,困るなというところを,今,私達は感じております。そういった意味で罪種だけで,負担の程

度が決まるものでもないのではないかというふうに思っております。

吉田:

触法精神障害者について,刑事処分における身請けということが,やはり現行刑法では明確に制度化されていない

という点に最大の問題点があるのではなかろうかと思います。検察官によって,武器は何かというと刑罰しかないので

す。刑罰の全体の志向は,御存じのように応報刑であり,犯罪者の道義的責任を問うということで,ずっと運用されてき

たわけです。

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

触法精神障害者の場合は,多くの場合,刑事上の責任は問えないということですから,それは,いわば刑法の管轄

外ということになる。しかし,その点が,やはり問題になるところでして……

現在,御存じのように犯罪被害者の問題,このことが大きく取り上げられているわけですが……これについても,従来

の刑法の流れからいけば,応報刑を志向する以上,被害者のことを考えて,厳罰の方向にいくしかない。だけれども,

それについても,少し問題があるのですが……ともかく,犯罪被害者というものを,刑事司法の中に入れて考えていこ

うとする傾向にある。何とか,犯罪者と被害者の関係を,強引に向き合わせて,一方を処遇し,一方を救済する。こうい

う方向に,現在,刑事司法は,運用されてきているわけです。そういう流れの中で,触法精神障害者の問題も,考えて

いかなくてはなかろうかというふうに思っているわけです。既に,御存じのように,外国では,刑事司法の中にそういっ

たことを念頭に置いた制度が採り入れられて,刑法典の中に規定されているわけです。

しかしながら,触法精神障害者の場合は,現在,全く,こういった制度から,切り離されているわけです。これを刑事

処分として,刑事司法の中に採り入れるということになれば,刑罰の執行,量刑について,裁判官,或いは,検察官,

御医者さんの方々が,共同して処遇していくという制度を,やはりつくらないといけないのではないかなというふうに思う

のです。そういうことで,裁判官の素養という問題もあるでしょうし,検察官の素養という問題もあるでしょう。

例えば,犯罪行為を犯したかどうかということについて,多少疑問があるが,しかし,精神障害であるということははっ

きりしているという場合もある。そういった精神障害があるかどうかということを,まず,制度的に解決すべきであると思い

ます。私は,必ずしも裁判所を通さなくても……勿論,裁判所を通しても良いのですが……場合によっては,裁判所を

通さない24条通報のような制度もあり得ると思います。しかし,こういった制度については,本人が,承服し難いというよ

うな場合,予め,反論する余地を残しておくべきだと思います。そして,検察庁から「司法精神医療審判所」を通じて,

直接,「司法医療精神病院」へ入れるというような制度もいいかなと……他の事案については,裁判所を経由して,精

神病院へという経路も悪くないというように考えるのです。

いずれにしろ,刑法の任務……これは,市民の安全な生活の保護というところにあるのではないかと,私は思ってい

ます。安全な生活というのは,やはり触法精神障害者が,きちんとしたかたちで社会復帰ができ,同時に,一般の人も

安心して生活ができるということを,考えなければいけないのではないかと思います。

安部:

今日,いろいろ御話に出てきたことの関連でコメントさせて頂きますと,私は,事実認定の問題が,非常に,大事だろ

うと思っています。今,吉田先生の方から,触法患者個人にとっても重要だという御話がありましたけれども,被害者の

知る権利との関連からいっても,「どうしてそういう人間になったのか」,「その事件の背景に何があるのか」,ということは

明らかにされるべきである。従って,触法精神障害者だからといって,例えば,検察庁から不起訴処分というかたちで

流れていくことによって,その背景にあるものが,被害者,或いは,一般市民に分かり難くなるというのはよくない。それ

に,予断に基づいた様々な報道が先行してしまって,話が混乱してしまう。むしろ,そういった問題は,きちんと犯罪事

実を確証していく場がないというところから来ているのではないかなと思っています。

裁判官の職務ということについても,今後は,もっと責任あるかたちでなされていくようにしていくだけの場をつくって

いくことが必要なのだろうと思います。それを,現行の裁判所のシステム,裁判官の資質で出来ることなのかということ

でいわれるならば,私も何とも言えません。けれども,それはしなければいけない。そういうことをやっていけるだけの枠

組みを作っていかなければいけない。病院の側にも,いろいろと問題はあるし,制度自体にも問題があるのかもしれま

せん。けれども,やはり裁判所や司法の枠組み自体に,法律上,大きな問題がある。先程から問題になっている起訴

便宜主義の問題にしても……フランスは,軽罪重罪という区分に応じて運用している。日本では,そういった分け方は

しておりませんけれども,ただ,時折,法案等に使われる用語としては,「禁固以上の罪にあたる刑を犯した」というよう

に,そういうかたちで,ある種の枠組みを作らなければならない。かつて出てきた言葉ですが,生命侵害,殺人・放火

等の重大犯罪,或いは,凶悪犯罪というかたちで限定するようにということで……先程,加藤先生がおっしゃいました

けれども,やはり起訴便宜主義というのは,ある意味での起訴手続に関する例外規定ですけれども……例外の例外を

つくるのではなくて,起訴便宜主義について濫用のないように歯止めをつくる必要があるのではないだろうか。

ドイツでも,起訴便宜主義を,一部,採り入れています。けれども,それは過失犯罪に限定されてきているわけです。

日本で,今後,司法の問題として考えていく場合には,起訴法定主義が起訴便宜主義かという問題の立て方ではなく

て,重大な犯罪については手続をきちんとしていく……そういうシステムをとらなければいけないのではないか。その

中で,触法問題を扱っていく,そういう方向ではないかなというふうに考えております。

19

第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

加藤:

この研究会を始めて改めて感じることは,本当に,今,この現場の司法精神医学の専門家の先生方と同じくらいのエ

ネルギーが刑事法学者にあるのか,ということです。この触法問題に関して,過去 20 年間,特に,刑事法学者が勉強

を重ねてきたかというと,ほとんどやっていない。学会レベルで,シンポジウムを開くこと自体がない。それが,全て,刑

事法学会での保安処分反対に象徴されている。

一方で,私は何度も言っているのですけれども……私は,死刑を廃止して,その後に,触法精神障害者をどうやって

処遇していったらいいのかということを考えるべきだと思っています。死刑制度があるために,全ての問題が先送りにさ

れているように思われます。凶悪な事件だったら死刑にしてしまえば,被害者も満足する。社会も満足する。そういう前

近代的な刑罰観が,未だに残っている。刑事法をやっている専門家……裁判官も,検察官も,それから,弁護士の方

も含めて,何かそういった前近代的な刑罰制度にあぐらをかいている。これだけ人間科学とか行動科学が発展し,そち

らの分野の先生方が,本当に,エネルギッシュに,いろいろな具体的な案を出して,具体的な事例を出して検討してい

るのに,刑法学者が,そういったことを勉強してきたかというと何もやっていない。それは本当に恥ずかしい限りです。

だから,そういう意味で,報道倫理,人道,或いは,医療とか,そういった分野に含まれる問題を解消していくためにも,

立法で制度を発展させていく。私が,刑法改正を,何度も,何度も,繰り返し言っているのは,そういうことなのです。精

神科医を中心とした現場の先生,専門家の人達は,日本の場合,余りにも責任から何から引き受けすぎているのでは

ないか。その上に,法律家が安住しているのではないか。そういうところに,非常に大きな問題が横たわっているので

はないかと思います。

皆さんの御話を聞いていまして,ちょっと感想を持ちましたので,意見を挟ませて頂きました。

山上:

ちょっと質問したいのですが……

吉田先生も,安部先生も,司法の側が,もう少し責任をとれるような制度という御考えを御話になったと思うのですけ

れども……現在,案として検討されているものとしては,不起訴処分をした後で,審判所に送られて,医者と裁判官が

対等に議論をするということになっているのですが……その不起訴処分にする段階で,既に司法を離れて一般患者と

一緒にされてしまっています。そういったところで,精神科医が危険性を評価して,特別の治療が要るかどうかの判断

をしなければいけないことを迫られては,私はいけないと思うのです。

やはり,制度の要は,先程,武井先生が言われたように,患者のために医療サービスをサポートするという側面にある。

私は,そういった審判を医者が行い,そういう幾つかの要素を医者がチェックすべきではないと思うのです。その点で,

不起訴処分を制度として残すとするならば,司法がどういう形で責任をとる余地があるのか。何か良い方法があるのか。

御考えを聞かせてほしいのです。

安部:

私は,制度として,不起訴処分というのは……軽微か重罪かという分け方をしますと,重罪犯罪については不起訴処

分ということはあり得ないといいますか……必ず起訴されるような枠組みをつくるべきだと思います,現行の刑事訴訟

法ではできない話ですけれど。そうしますと,重大事件に関わるものについては,全て,裁判所に行くわけです。その

後,事実関係について,責任が認められないという話になってくれば,行政的な処分ではなくて司法的な処分として,

裁判所が責任をとる形が望ましいと思っています。そういう制度が出来てしまえば,それが,一番,よいのですけれども。

現在のように,それが出来ない状況の中で,どういったことが可能なのかというのかということになりますと,裁判所のよ

うな所で,裁判官が責任をとるような形で,鑑定医(司法精神科医)の意見を受けつつ,決定していくということになるの

だろうなという気がします。

ただ,新しい制度を考える場合,あくまでも双方向通行……これはイギリス方式といっていいと思いますが,これは是

非,採り入れていって頂きたいと思います。医療側に御任せしてしまったら,司法は,それっきりというのではなく……

限定責任能力における場合の問題もあります。そのような場合には,当然,刑の執行中に治療ということも必要にな

ってくるわけですから,司法と医療が共同で当たる場面もあると思いますね。

AかBかということではなくて,もう1つの新しい選択肢,或いは,その他の選択肢というものを,制度としては,是非,

考えてもらいたいなというふうに思っています。

吉田:

20

第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

従来の刑事司法の制度の考え方として,裁判官は事実認定……事件の白黒をはっきりさせる,そして,検察官は証

明をする,立証責任があるというふうに役割分担をしていたと思います。私は,基本的には,それで良いと思うのです。

ただ,刑事司法も,ある共通の社会的な制度としてあるわけです。そういう社会的な目的を達成するためにある程度,

この役割分担というものを改変するということもあり得るのではないか。

ちょっと誤解を招くかもしれませんが……犯罪者の人権保障ということを充分に考えながら,しかし,社会に暮らす

人々の安全をどうやって配慮したらよいのかといった問題の場合,必ずしも,裁判所が関与しないでもよいのではない

だろうか。もちろん,被告人,被疑者の方から,事件を争うということがあれば,裁判所は関与しなければいけない。もう

少し,裁判官も検察官も合目的な方向に向けて,各々の役割自体を,変えていくべきではなかろうかというふうに,私

は考えます。

触法精神障害者が問題になった場合にどうするかといわれても,私には,まだ,具体的な考えはないのです。

繰り返しになりますが,刑事司法制度全体の中で,そういった制度の在り方そのものが,現在,問われているのでは

なかろうか。今まで通りというわけにはいかないのではなかろうかというふうに思うわけです。

現在,検察官というのは,検察庁の行政官です。しかし,その実質としては,半司法・半行政なのであって,何かそう

いった検察制度の中で良い方法はないかと考えている段階です。

更に,精神障害者への対応というものは,警察の段階……もっと前の段階から始まっているわけですね。いろいろな

手続が同時的にやれるにはどうしたらいいかという観点から考えていくことが,私は良いのではないかと思うのです。

小林:

私は,どういった立場からコメントしたら良いかと考えていたのですけれども……

科学警察研究所というところは,警察に所属する機関になっていまして……触法精神障害者は,最所に,警察で保

護されることが圧倒的に多いわけですし……そうでなくても,精神障害者の揉め事とか,緊急事態の場合は警察が関

与するわけです。

触法精神障害者に限らず,緊急事態の揉め事は,全部,警察へ来る。警察は,ゲームキーパーみたいな役割をもっ

ているわけです。今のように治安が悪い中で,警察人員が減って,検挙率が下がる一方で,沢山の処理すべき事案を

抱える状況にあるわけです。

警察の役割というのは,制度的には重大な決定的な役割ではなくて,あくまでゲームキーパー的な役割なのです。

ただ,ある意味,重要な役割も担っているわけですけれども,現場の警察官にトレーニングしても,あまり難しいことを

要求してもできるわけではない。

それから,警察に中にいるものの私的な意見ですけれども……触法精神障害者の問題は,最終的には,いろいろな

システムの中で扱わなくてはいけない問題だと思います。ただ,そういったことは,治安の問題に関わるので,警察とし

ても扱わなくてはならない問題であるということはあります。問題を起こした者について,最初に関わる段階と,そういう

人達が地域に戻ってきた時,単純に危険性が無いということになっているわけですから,社会の中で受け入れていく段

階については,多かれ少なかれ,当然,警察が考えるべき治安の問題も出てくるわけです。

治安の問題を何とかしていかなければいけないというのは警察の役割であって,非常に難しい。いろいろな人の権

利を守りながら,それと同時に公共の治安を維持していかなければならないという非常に難しい問題です。

加藤:

科警研は,警察官の教育機関みたいなものになっていくといった構想はあるのでしょうか。

やはり,検察官だけではなくて,ドイツでは警察とか保護監察官とか刑務官といったレベルの人達も,こういった触法

問題に関する教育をきちんとやっていかないといけないとされている。そういうスキルを持っている警察官に,特別の

職位を用意して給料も保障しているとか,研修にいったらそれだけの地位を与えるとか,そういったことをやっていかな

いと……いくら司法精神科医とか,心理学の専門家が育成されても,実際に,事件に携わる人についての養成も必要

です。そういった養成機関の核になるのは,例えば,科警研であるとか,警察大学校とか……そういうところで,こういっ

た触法精神障害者に関する問題について,研究会等があるのでしょうか。そういう問題意識をもったプロジェクトみたい

なものがありますか。

なければ,小林さんが中心になってやってもらうとか……

小林:

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

外部の人とも,こういった研究をやっていくべきでしょう。

ただ,役所というのは……うちだけではなくて法務省もそうですけど……閉鎖的で,外部の人を入れると手続的に難

しいこともあるのだと思う。

もう1つは,警察庁,法務省等の省庁の各々が分かれて研究や研修をやっていて,全体のシステムの流れに関わる

ような問題を統一的にやる研究がなかなか進まないということがあります。役所は縦割りなので,自分の役所に関わる

範囲でいろいろとやって,何とか折り合いをつけていこうということで……だから,各省庁に横断的なプロジェクトは,非

常に手間暇がかかる。大きなものは出しにくいという面はあるみたいです。

山上:

私は,たまに警察大学校で講義をすることがあります。そういったことをしても,全国的に,その効果をもっていくこと

はできません。ですから,一番,望ましいのは,仮に,こういった構想が実現して,各県に専門の施設ができてくれば,

そこでスタッフ同士の接触があって,実例を通しながら接点がもてることになります。そういうスタッフ同士の交流が,一

番,治療上,教育上に効果があるでしょう。

加藤:

ドイツでは,行刑法の中に,特に,刑務官,或いは,処分執行施設で働く者について,そういった専門家を育ててい

くための研究のフィールドを設けなければならないとされている。日本でいうところの「監獄法」に当たるドイツ行刑法の

中には,そういった処遇施設で,犯罪学的な研究をやりなさいということが義務づけられているのです。そういうかたち

で,スタッフをどんどん養成していく。そのように法律で義務付けていくというぐらいのことをやらないと,おそらくいけな

いのではないかなという気がするのですけれども……

澤口:

武井先生の御提案の方では,「司法精神医療審判所」となっておりますし,新聞の方では,全国の裁判所50 ヶ所に,

触法精神障害者の処遇を決める判定機関をおくということになっています。この判定機関に,裁判官と精神科医,その

他の専門家が含まれるということになっております。ここでは,おそらく精神学的な判断と,犯罪に関する事実認定と,

犯罪学的な判断というようなものが行われるということになっております。精神医学的な判断は精神科医が行い,事実

認定は裁判官が行うことになると思います。そして,犯罪学的な判断……例えば,再犯予測とか,処遇判定というような

ことは,誰が行うのかということですけれども,おそらく,これも裁判官が行うということになる。

先程,山上先生の方から,医師が犯罪学的な診断には関わることは望ましくないという御発言がありました。以前,山

上先生から,再犯予測というアプローチそのものが,人間の将来性を否定してしまうことになるので,問題があるという

御発言があったことを,非常に印象深く覚えています。

弁護士会の方で,裁判官に判定所で犯罪学的な判断を負わせるのは,非常に荷が重いのではないかという御発言

があったように思われますが,この点について,山上先生は如何思われますか。

それから,田口先生の御話で,フランスの精神鑑定として,1994 年の新しい刑法の制定以来,精神鑑定の中で精神

医学的判断と同時に犯罪学的な判断を精神科医に問われるようになったとありますが,このような鑑定の嘱託方法とい

うのは,日本と大きく変わっておりますのでしょうか。

フランスで,犯罪学的な診断を精神科医が行う場合に,学問的なバックグラウンドというものがあるのかどうかも伺いた

いと思いますし,また,一般精神医学で行われているリスクアセスメントというのと,再犯予測というものとは,一般には

関連づけられているのかどうかということも御教え頂きたく思っております。

山上:

リスクアセスメントとの関係でいいますと,精神保健福祉法でいうような自傷他害のおそれを評価して患者を拘束する

ということは,あくまで医療者の側として最小限に留めるべきであると思います。患者自身のメリットにもなるという要件が

備わっているときには,そういった拘束が例外的になされるだろうということだと思われるのです。そういう意味で,より

長期の厳密な管理を必要とすることは,医者が何らかの危険性の評価を行うということになって適切でない。そういった

評価は,患者のメリットに必ずしもつながるものとは言えないわけです。再犯予測について,彼らに 90%以上,そういう

危険性があると幾つかの要素から計算できたとしても,10%はない確率があるわけです。医療サービスをする側は,や

はり 10%の確率の方に注目して,それを大きくしていくのが役割なはずなのです。ですから,そういうような判断を医者

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

に迫るべきではないというふうに,私は思っています。そういった部分は,社会の安全に責任を負うべき司法の側の問

題であり,裁判官が最終的に判断を負うべきだと私は感じています。

弁護士会の御話がありましたけれども……現実に,責任能力の判定として,精神障害があった上で,物事の是非善

悪の判断,それに従って行動を制御する能力はどうだということを行っているわけです。これは,全く,裁判官の権能と

して,今まで認められてきているというか……そこまで判断できる人が,将来の再犯に関する問題を考えられないわけ

はない。裁判官は,そういった判断を行う資格のある人達だと思います。もし,今,そういう訓練がなされていないので

あれば,これから学んでいってもらうべきだし,社会の安全という側面は司法の側がすべきだと,私は思います。

田口:

日本では,実際に,公判になった場合に,鑑定人尋問という形で裁判所に呼ばれると,鑑定に関する意見を精神科

医として問われるという事情があります。ですから,やはり鑑定するにあたって,自分のどういう判断によるものかという

考えについては,鑑定書に書いておくという場合が多いと思っています。但し,フランスと違って,再犯危険性に関して,

鑑定事項として問われることは,日本ではありません。ただ,鑑定人尋問の中で,質問の1つとして訊かれることはあり

ます。しかし,それを押し進めると,司法側が精神科医に対して,そういった意見を安易に参考にしてしまう傾向をつく

ってしまうことになりますし……ただ,疾患のカテゴリーとして再犯をしやすい場合と再犯し難い場合というのがやはりあ

ることは言えるのでは……反社会性が高い人格障害であるとか,妄想型で非常に過激的で攻撃的であるとか,そうい

ったケースの場合,再び同じようなことを起こす可能性はあるだろうなというような判断はできます。

加藤:

藤井さんの方から,先程,刑務官とか検察官とかいう御話があったのですが,看護について……いわゆる「司法精神

科看護」というのは,大変な課題だと思うので,慶應の看護学部の方でも,是非そういったスペシャリストというか,看護

婦さんなり看護士さんが司法の領域でも働けるような……そういう教育システムが本当に必要だと思うのですけど,何

か,そういう点で御意見がありましたら,どうぞ。

藤井:

先日,精神科看護婦協会というところで,司法看護婦を育てたいということがあって参加することができました。その中

で,現場で働いている精神科看護の方々と話す機会を得たのですけれども,現場の看者は,医師とは違う本当の部分

を看護婦に見せることが多いので,退院した後のことが,よく分かるというふうに言っていました。

精神科看護というのは,看護の中でもかなり苦労している部分が多いです。そういった中でも,精神科看護婦協会は,

看護の素晴らしさを広めるために,自分達から社会の流れを変えていければいいのではないかと考えて,司法専門の

看護婦さんをつくりたいというふうな話が出ています。

現場の方から出てきたプログラムを見ていて,それで思ったのですけれども,現場で働く看護士,co-medical の人達

は,患者を守れなければいけないというので,やはりプライドをもてるように専門看護というのが良いなというふうに考え

ています。

やはり,看護も社会との関わりというところをもっと考えなければならないと思います。普段は,司法からは離れたとこ

ろにあるのですが,看護婦協会の 2 割が看護の賠償責任保険に加入したということになりました。看護の方も訴えられ

ることがあり,司法とは離れられない領域になったのかなと思っています。

是非,看護が何をしたら良いのかということも含めて,皆様に教えて頂けたらと思います。

加藤:

去年の9月に,Baselの司法精神科のクリニックに行きまして……そこには,スイスの司法精神医学の第一人者である

ビットマンという教授がいます。彼は,Nedpil教授が行っているドイツ司法精神医学の教育システムに,必ず,毎回参加

しておられる方なのですけれども……そこのクリニックに行きました。

そこは,処遇困難者施設ということで,重度の触法精神障害者が入っている病棟でして……しかも,そこは男女混合

で収容しているのですが,その病練の全体の責任者が看護婦さんでした。もちろん,医療的なものは医師,その医療

的な責任者は女性の司法精神科医なのです。

男女混合の収容で,問題はないのかということを訊きましたら,いわゆる看護教育システムがきちんと行われていて,

司法精神科での看護婦教育というものが施されていれば,決して,女性だからというような問題ない。ただ,そういった

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

基本精神とか,教育システムの中で,司法精神科の看護がどういった役割を果たすかといったような教育とか,技術が

ないと,とてもできるものではないということでした。特に精神科の場合には,いろいろな分野の方が絡んで,チーム医

療で行っているのです。

先程の武井先生の案で,御伺いしようと思っていたのですが……ドイツの外来治療で有名なHainaという司法精神科

に行きましたら,外来の治療チームが,患者の家に車でもって出かけていく。御医者さんとか,看護士とか,ソーシャル

ワーカーとか,何人かで,辺鄙な所に住んでいる患者をケアするために,かなり濃厚に外来をやっている。向こうから

来させるのではなく,場合によっては此方から出かけていくというサービスを行っている。そういったサービスがあること

を前提にして仮退院をさせている。

現在,考えられているのは,地域の医療機関におけるネットワークですけれども,病院の中でも,そういった各々の専

門分野のネットワークがあって,それが,地域医療と連携を行っていくといった縦横にネットワークを張り巡らしていかな

いといけないのではないか。危険性のある触法精神障害者の社会復帰というのは,それ程に難しい問題なので,そう

いう制度がきちっとしているならば,社会の信頼を得るのだと思います。

そういったことが目に見えるかたちで……やはり,何か,一般の人達に分かり易いように……先程の24条通報ではな

いですけれども……実際には,手続的には実施されているのかもしれないですが,本当に,令状主義のように目に見

えるようなかたちで,被害者の方にも,事実関係が明らかになっているのかといったようなことも必要なのではないかな

というふうに感じたのですけれども……そういう意味で,いろいろな分野の方の共同の統合的なエネルギーの結集み

たいな制度が必要なのではないかなという気がしています。

小川:

本当に,専門家から,現場の方から,両方の意見が聞けて大変に勉強になりました。

民主党としては,6 月からプロジェクトチームを立ち上げていますけれども,現場を踏まえたかたちでないと,法律を

つくってもうまくいかないというような思いがあります。ですから,現場の方の意見を聞きながら,法律的なエネルギーと

して結晶させていく。現場から,支持を受けるような体制をつくることが,一番,大切なことなのではないかなと感じてお

ります。精神医療が,果たしてどれだけ全体を……底上げも含めて,レベルを上げていけるのか。新しい法律をつくる

だけではなく,むしろ,こうしたことも,きちっとやる必要があるのではないかなというふうに思っています。現在,専門の

司法精神科病練は,全国 10 ヶ所ということで,考えられていますけれども,全国的に公平な医療を実現するためにも,

同じ水準で治療が行われなければならないでしょうし……新しい法律ができて,それで,終わりということではなくて,

むしろ,そこからも精神障害者への偏見がとれるようなかたちで,取り組めるようにしないといけない。そういうことを念

頭に入れた法律でなくてはいけないのではないかなというふうに思っています。

今回,そういう意味で,非常に貴重な御意見を伺いました。これから,国会でいろいろ審議等があると思いますけれど

も……

加藤:

民主党としては,与党案とは異なる何か対案みたいなものは,一応,用意されるのでしょうか。

小川:

党内的には,一応,中間的な報告というかたちで出したのですけれども……それについては,結論が出ているわけ

ではなくて,現状の法改正程度で済むのではないかという意見もある。例えば,全国自治体協議会のニューモデルで,

精神保健福祉法の改正程度のかたちでやった方がいいのではないかという意見が出てきている。幾つか,この問題に

ついてはプロジェクトがあるのです。

そういったようなかたちで,結論は出てないのですけれども,中間的な政策報告は出させて頂いております。

議論として,与党案は,現行制度との整合性という点で,疑問が残るのではないかという意見を頂いておりますけれど

も,それも含めて,一応,考えております。今後,対案も含めて,考えます。

山上:

今日,私が配布した冊子に書いてあるのですが,武井先生と一緒に経験したことなのですけれども……イギリスは,

現在,一般の精神科病棟で 2 万 5000 床,日本の 10 分の1以下,人口比で見ても 5 分の 1 以下です。それで,今後,

更に 2 万 5000 床よりも減らしていく傾向,減っていくだろうということでした。

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

一方で,非常に処遇の大変な触法精神障害者のために,約 2000 から 3000 床くらいのベッドを用意している。

ですから,一般の医療については,大変に危険な患者は受け入れないで済むので,本当に,短期間……1ヶ月もか

からない……急性期しか入院しないで,後は地域でサポートされるシステムができているのです。

日本では,元々,精神障害犯罪者のための特別の制度がなかったものですから,ライシャワー事件が起きたときに,

精神病院をどんどん増やすという方向で,一気に 10 万……20 万と,病床が増えてしまった経緯があります。現在,一

般の精神病院について,一部でも,そういう患者を受け入れる役割を持たされているために,治療の開放化が遅れる

原因にもなってしまっているわけです。

そういう明確な危険性を有している人達について,公的なところが責任をもって治療を行うという制度にするのならば,

残りは開放的に処遇できる患者達だけになりますから,開放化が,もっと速やかに進められるはずだというふうに思い

ます。

そういう意味で,こういう精神障害犯罪者の施設と一般の精神医療を同時に専門化することが,一般の精神病院を開

放化を進める要因になるのだということを分かって頂きたいと思います。

加藤:

民主党議員の古川君は,私の高校の後輩でして……この間も,高校時代の同級生の励ます会をやったんですけれ

ども,月尾嘉男君というのが,今度,総務省の審議官になりましたけれども……

ドイツも司法精神科の施設というのは,法務省と厚生省と社会労働秩序省という3つの省が,各々,責任をもって行っ

ているという状態なので,日本も,法務省と厚生労働省と総務省のようなところぐらいが,総合的な制度の運用に当たる

というか……月尾君にも,その内に,プレッシャーをかけようかなと思っているのです。

差し支えない範囲で,いいですけれども,何か井上さんの方でありますか?

井上:

問題をいろいろと御指摘頂きまして,大変,勉強になりました。

現在,厚生労働省と法務省は,与党のプロジェクトチームの報告について検討を進めておりまして,これから通常国

会が始まりますけれども,そこに法案を提出するよう検討を進めている状況であります。

その骨子なのですけれども,裁判所の中に判定機関を設け,そこに,裁判官と精神科医,或いは,PSW の方々に入

って頂きます。そして,重大な触法行為をした精神障害者で不起訴になった者と,責任無能力で無罪になった者につ

いて,今後,どういう処遇が必要であるかということを判定するわけでございます。そこにおきましては,精神科医により

ます精神鑑定が行われるわけでございますが,これは,従来の精神鑑定とは違いまして,責任能力のみならず継続的

な治療が必要かどうかの判定も行うということになっております。

その判定機関から移って,次は,入院か外来かということになりますけれども……こういったことも担当する専門の治

療施設を建設していかなければならないところであります。

また,新しいシステムにおきましては,保護監察所が加わることになりました。そこで,確実に継続的な治療を担当す

る…..そういうものをおくわけでございます。それと,重大な触法行為をした精神障害者に対する処置がありますけれど

も……それと同時に,一般的な患者に対する処遇も行っていかなければならないわけです。より地域に密着するような

精神科の治療の在り方ということも考えていかなければならないと思います。

今回の研究会でも,触法精神障害者への対応システムとして,警察官の問題とか,起訴便宜主義ということも問題な

のではないかという御発言がありました。こういったことにつきましては,今後,課題として残るわけでございますけれど

も,先生方におかれましては,こういった研究会を通して御協力頂ければと思っております。

加藤:

三笠さんは,産経新聞で,アメリカに行って,ずっと触法問題に関する連載を書いておられましたので,何か一言。

三笠博志(産経新聞社会部記者;以下,三笠):

特に,取材をさせて頂いている立場ですので,意見というものはないのですけれども……池田小の事件がきっかけ

で,こういう取材を始めるようになったわけですが……特に,先輩記者と喋っていますと,「産経新聞としては,治療処

分を導入すべきだ」とか,「一般の精神障害者と触法精神障害者を区別していなかったことが,こういう犯罪を生んだの

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

ではないか」という論調がありました。しかし,10 年前では,こういう記事は書けなかったのではないか。今は,書けるよ

うになっている。実際,抗議は,ほとんどありません。そういった風潮,そういう空気であるということで,是非,先生方に

は,頑張って頂きたいと思います。

浜谷:

すごく勉強になりました。特に,24 条通報の話は,全く,私が今まで意識していなかったことについての指摘でありま

して,イギリス,フランス,ドイツの制度についても,非常に参考になることが多かったように思います。

井上さんの御話で,ちょっと気になったのですけれども……安易な不起訴処分については,今後の課題であるという

一言があったのですけれども,与党案を見ていると,簡易鑑定とか起訴前鑑定の話というのが全く抜け落ちていて,そ

れはどうなのかなと思ったのですが……今日は,研究会の参加が,初めてだったので,今までに,そういった議論は済

んでいるのかなと思いましたので……また,機会がありましたら,いろいろと御教授頂きたいと思います。

加藤:

元々この研究会は,先程,三笠さんの御発言にもありましたけれども,池田小事件をきっかけにして,一気に触法問

題が出てきたことを受けて,基本的に,私はチャレンジ気味に,「立法の不作為責任」ということを言っているわけです

けれども……基本的に,私は,こういう混迷の時代については,立法権をもっている国会がきちっと国民に対して,法

律を整備して,それを示していくことが必要であり,社会の様々な基準,そして,責任の所在をはっきりさせていくという

ことが重要であると思っています。私が,刑法を改正したり,立法をしろということは,何も加害者の人権を侵害したり,

或いは,不当に押し込めたりということではない。治療を確保するということ,法律的にきちっと人権を確保していくこと

は,共に,社会の安全なり,被害者の人権も合わせて確保していくことになる。加害者と被害者が対立関係にあったと

ころから犯罪というものが出てくるわけですけれども,処遇とか社会復帰の段階では,それらを調和して和解の方向に

もっていかないといけない。これができないのならば,社会復帰ということは,不可能なわけです。そういったことに関し

て御手伝いをするのが,我々,専門家の義務ではないか。そして,そういった制度に基づいて,判断を下したら,それ

に対して責任をとらなくてはならない。イギリスにしてもドイツにしても,精神科医が,変な鑑定をすれば,責任をとらさ

れるというようなことがあります。

立法についても,一旦,法律をつくってしまえば……臓器移植法の場合ではありませんけれども……見直しさえもな

かなかできない。もう少し現代社会に見合うように,法律をつくっても,試行錯誤を経ながら,新たな改正を重ねていっ

て,当事者にとって,一番,良い制度が構築されるべきだと思うのです。

この会の名称としては,「医事刑法研究会」ということでやっております。これは,山上先生の方で,厚生労働省から財

政的な援助を頂いております。私が法律部門で,山上先生が医療部門で,2つの研究会が並行してやっているという

状況です。これは,一応,3 月までということですので。

今度,イギリスのロンドン大学から,Gunn 教授が来られまして,その先生の講演・シンポジウムのようなものを,ここで,

また,2月3日にやらさせてもらいます。

それ以外の予定としては,3月 20 日から 23 日まで,ミュンヘン大学のネドピル教授のところで,「国際司法精神医学

会」というのが開かれます。日本からも,何人かの先生が御出かけになります。私も行きます。今日の御話もそうでした

けれども,こういった問題は,どうしても国際的なネットワークが必要です。ドイツもそうですし,イギリス,スイスもそうで

す。平成 13 年版の犯罪白書は,「増加する犯罪と犯罪者」というタイトルなのです。その中で,一番,問題になっている

点として,外国人犯罪者の問題が指摘されています。ドイツは 10 年前に見学に行ったときには,そんな問題はなかっ

たのですけれども,1990 年の終わり頃に行きましたら,外国人患者の治療とか社会復帰の問題が,非常に大きな課題

になっていたのです。日本も,いくら単一民族とはいいながら,今度の 13 年版犯罪白書の中で,外国人犯罪,特に,

来日外国人の犯罪について問題視されるようになってきている。そういった人達の中に精神の障害をもっている人達も

当然に,含まれている。日本におられる外国人の中にも,やはり精神障害を有している方が,当然,おられるわけで,

民族が違う,宗教が違うといったような様々の葛藤から……ニューヨークのテロ事件の場合もそうですけれども,そうい

った大きな犯罪,凶悪な犯罪につながる可能性があるわけです。

司法精神医学というのは,そういう意味で国際的なレベルでやっていかなければいけないのではないか。それを受

けて,現在,慶應の方に 2 年計画で 3000 万くらいの予算を計上しまして,10 カ国くらいの研究者の友達と,比較法研

究を行おうと思っております。もし,予算が通れば,この会のメンバーである先生方は,一応,名前を出してありますの

で,是非,参加して頂きたい。

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第5回医事刑法研究会(20/Jan./2002)

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ただ,司法精神医学の問題だけではなくて,クローンの問題だとか,生命倫理の問題だとかも含めて考えていこうと

いうことであります。触法精神障害者を施設の中に収容することの便宜上の問題とか……そういうことについて,国際

的に,どのように考えていったらいいのか,国連の人権条約との関連で,日本はどういう対応をしていったらいいのかと

いったような,国際判断基準みたいなものを,10 カ国の仲間と共同でやっております。そして,2 年目に少し大きなシン

ポジウムを日本でやろうかなというふうに考えております。引き続き,この研究会で,また企画を致しましたら,先生方に

も通知を差し上げますので,御協力を御願いしたいと思います。

是非,小川さんに,御願いしたいのですけれども,国会議員の先生というのは,もぐら叩き的なところがあって……こう

いう触法の問題というのは,10 年,20 年の問題だと思いますので,専門家の英知を結集していく必要かあるように思い

ます。そうでなければ,国会に対する不信につながるし,司法に対する不信につながるし,医療に対する不信につな

がる。そういうことで,是非,頑張って頂きたいなと思います。

本日は,どうもいろいろと,有難うございました。