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産炭地(福岡県筑豊田川地域)の 振興戦略プロジェクトに関わって 元富山県自治研究センター理事長 福岡工業大学大学院社会環境学研究科教授 はじめに 27年間勤めた富山大学を3年前に定年になっていま、母 校に近い私学に在職している。富山に来る前の数年、福岡(九 州)の経済シンクタンクで、石炭から石油への大きなエネル ルギー政策転換を受けて打ち捨てられた産炭地のこれから のあり方についての調査にも関わったことのある自分にと って、地元の公立大学客員研究員として今回の表記プロジェ クトに請われたのは人生のケジメのような仕事なのかもし れない。当時から産炭地域振興臨時措置法により関係道県が 国から負担金若しくは補助金の交付を受けて行う事業のう ちの道路、港湾施設等の輸送施設、住宅、その他施設の整備

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産炭地(福岡県筑豊田川地域)の

振興戦略プロジェクトに関わって

元富山県自治研究センター理事長

福岡工業大学大学院社会環境学研究科教授

桂 木 健 次

はじめに

27年間勤めた富山大学を3年前に定年になっていま、母

校に近い私学に在職している。富山に来る前の数年、福岡(九

州)の経済シンクタンクで、石炭から石油への大きなエネル

ルギー政策転換を受けて打ち捨てられた産炭地のこれから

のあり方についての調査にも関わったことのある自分にと

って、地元の公立大学客員研究員として今回の表記プロジェ

クトに請われたのは人生のケジメのような仕事なのかもし

れない。当時から産炭地域振興臨時措置法により関係道県が

国から負担金若しくは補助金の交付を受けて行う事業のう

ちの道路、港湾施設等の輸送施設、住宅、その他施設の整備

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に係る事業についての地方債についての特別配慮や利子負

担補給は、この3月で打ち切られた。この間に旧産炭地は工

場誘致や第三セクターによる人口流入施策を講じてきたの

だが、先だって財務破産による地域社会の融解の瀬戸際にな

った北海道夕張市の事例に見るまでもなく惨憺たる実情に

多くの地域が取り残されてしまっている。当地の田川地域も

また、革新県政時代に立地した公立大学以外にまともな機関

を誘致出来なかったほか鉱工業等の「急速かつ計画的な発

展」は実現出来ないまま、鉱害災害復旧に係る助成等によっ

て食いつないできたのである。

今回の田川地域のプロジェクトは、県振興課(産炭地域振興

センター)から地元公立大学が委託を受けた『長期産業振興

戦略プラン』の策定の為に設置されている。昨年 10 月から

この3月までの調査研究をこのほど、「中間報告」として取

り纏めることが出来た。本稿では、その大筋の紹介を兼ねて、

これからの地域振興に関わるプロジェクトの知見を開示し

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たい。

地域資源を活用する振興施策

田川地域(平成18年 総人口14万6千人余)では高齢

化率(65歳以上)25.9%、後期高齢化率(75歳以上)

13.0%と県内では有明地域についで高く、産業的には産

炭地臨時措置法や災害復旧による公需要に依存してきた建

設業の比率が高くなっていて、例えば公立大学卒修了生の地

元就労率が3%というように若い知的人材(ナレッジワーカ

ー)等の都市部流出が続いている。中高年層は子供世代を圏

外に就労させて、その後を追って自分たちが出て行くという

パターンが止まない限り、地域社会の瓦解は避け得ない。

田川プロジェクトが立ち上がって間もなく、かつての雄を

なした大牟田市が人件費削減(給与カット)による第三セク

ター負担減を諮ると言う報が飛び込んだ。田川市の財務内容

がそこまで追い込まれていないで皮一枚で堪え得ているの

は大型第三セクターをつくることなく一般財政からの経常

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費補填の持ち出しが軽微で済んできたからである。

そこで、中間報告を纏めるにあたって、地域の長期戦略を

立案する柱を以下のように纏めた。

・「産業振興による雇用創出」(とくに青壮年の)は不可欠で

ある

・ 地域資源活用による「産業創出」(とくに観光産業もしく

はそれにリンクした)を考える

そして図表1のように夕張・大牟田型と対照した「地域資源

活用型産業創出」を定義した。

従来型の産業振興

(資本投入型)

田川で必要な産業振興

(資源活用型)

・短期的な結果を最重視

・工業団地への企業誘致、テーマパーク

づくり

(無地域性型)

・投資コストが膨大

(ハイリスク、大企業型)

・大規模開発プロジェクト

(面的開発)

・失敗ができないプロジェクト

(損失が大きく、再チャレンジ不可能)

・新しい設備を年々更新

・短期と併せて中長期の振興戦略も

必要

・地域資源活用型

・投資コストは最小限

(ローリスク、中小企業型)

・小規模プロジェクト

(ネットワーク型、連携型)

・失敗できるプロジェクト

(だれでもいつでも再チャレンジ

可能)

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・雇用人数は大(労働者として)

・知的人材は依存(輸入)

・地元資源を長く大切に活用

・雇用人数は小

・知的人材は自前

(当面輸入しながら育成すること

も)

当然求められる作業は、田川地域に所在する資源の整理

であった。

○ 地域資源

・英彦山と修験道(山伏)

・筑豊鉄道(廃線の岐路)

・陶芸(上野焼・高取焼)

・炭坑文化(炭坑節・山本作右衛等の絵画)

○ 人材資源

・公立大学(社会福祉・看護・保健・教育社会学)

・技術系高校(植物科学・食品健康科学)

・技術専門学校(陶磁器製造)

・技能有する高齢者集積

そうすると、自ずからこうした資源制約下の当地の産業振

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興課題は、以下のように描ける。

【8つの長期戦略プロジェクトテーマ】

県立大学が中核となる先行テーマ

・田川地域のホスピタリティ・リサーチ

・薬草バイオリサーチ

短期プロジェクトのサポートテーマ

・陶芸(上野焼等)活用リサーチ

・田川地域炭田活用リサーチ

・英彦山修験道リサーチ

公的機関+県立大学プロジェクト

・地域魅力再発見リサーチ

・知的インフラリサーチ

(人材育成、ネットワーク形成)

こうして、プロジェクトは、田川地域振興の長期戦略とし

ての「目標像」を「癒学の郷」新田川の創生」としたのであ

る。

私議になるが、富山大学時代に「富山市新総合開発計画

(1986〜2000)」並びに「同 第1期基本計画(1986〜1990)」

の策定に専門委員・審議委員として関わる機会があった。そ

人間

再生

文化

再生

産業

再生

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の時、かつての海路輸送時代の遺産「岩瀬運河と中島閘門」

を保存する提言を強引なまでに地元住民の要望を背後にし

て積極的に行い行政当局とギクシャグした経験をもったこ

とがあるが、そうした自分のスタンスは、今回のプロジェク

トのなかに活かされていると自負する。時代が受け入れてく

るようになったのだろうか、自分が柔軟さを磨き挙げたのか

も知れない。そこは世間の評価に委ねることにする。

【目標像】 【基本方針】

「「癒癒学学のの郷郷」」新新田田川川のの創創生生

・持続可能なまち都市経営モデルの構築

・地域資源のポテンシャルなどを活用

・地元の人のココロをケアするサービス開発

・中長期には北九州・福岡都市圏からの利用拡大

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