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67. SeV による画期的抗腫瘍ワクチンの開発 米満 吉和 Key words:センダイウイルスベクター,樹状細胞,抗腫瘍 免疫,体外増幅,サイトカインカクテル 千葉大学 大学院医学研究院 遺伝子 治療学 難治性腫瘍に対する免疫療法の期待は高く,特に樹状細胞 (DC) を用いた細胞療法は多くの腫瘍に対し有用であると考えられ ている.しかしながら,腫瘍免疫療法の奏功率は,期待に達していないのが現状である 1) .これまで本研究に関連して我々 は,RNA ウイルスベクターであるセンダイウイルス(SeV)ベクター 2) が血球系に親和性の高いベクターであり 3) ,これを DC に 感染させることにより,DC を成熟化させ,その DC をマウス腫瘍内に接種すると抗腫瘍免疫が亢進し腫瘍を退縮させることを示 してきた 4,5) .本研究では,DC 療法の臨床効果向上のために新技術開発を行った.具体的には,転移抑制効果を示す DC 療法を開発し,動物実験において優れた肺転移抑制に成功した.さらに臨床効果の隘路 6) となっている樹状細胞の数的問 題,即ち臨床において DC の投与量が動物実験で効果が得られる量に比して相対的に低い点を克服すべく,DC の体外増幅 方法を開発した. 1.ラット前立腺癌の肺転移に対する,欠失型 SeV 感染樹状細胞によるワクチン効果 1) コペンハーゲンラット(7 週齢♂)の大腿骨より前駆細胞を分離し,ラット GM-CSF(顆粒球マクロファージコロニー刺激因 子),IL(インターロイキン)-4添加培地にて1週間培養し,DCに分化誘導した. 2) DC に F 欠失 SeV を moi100 で感染,翌日にラット尾静脈より一頭当たり 3×10 6 の感染樹状細胞を投与する.さらにその 翌日ラット前立腺癌細胞 AT6.3 7) を 1×10 6 ,尾静脈より接種した.腫瘍細胞接種 3 週後に肺における転移の測定(転移数, 肺重量)を行った. 2.サイトカインによるマウス DC の増幅と増幅 DC の性状と機能 1)C3H マウス(7 週齢♀)大腿・脛骨骨髄より造血前駆細胞を分離した. 2)これらを Flt3-L(FMS-like tyrosine kinase 3 ligand), SCF (stem cell factor),IL-3, IL-6 (FS36) を加えた培 地で 3 週間培養を行い,DC 前駆細胞(proDC)として増幅した.この DC 前駆細胞を GM-CSF と IL-4 を添加した(GM/ IL-4 培地)で 1 週間培養することで DC に分化させ増幅 DC (増幅 DC)とした.対照として造血前駆細胞を GM/IL-4 培地 で一週間培養して得られる通常 DC(cDC)を用いた. 3) 増幅 DC について,表面抗原(CD11b, CD11c, CD40, CD80 等) の発現,FITC-デキストランの取込み能,リンパ球混合 反応による T 細胞刺激能力,各種炎症性サイトカイン等の産生能の確認を行った. 4)マウス骨肉腫細胞 LM8 8) で作製した皮下腫瘍に対し抗腫瘍効果と実験肺転移に対する抑制効果を調べるため,それぞれ SeV 感染増幅 DC を腫瘍内,経静脈的に投与し,その後の腫瘍容積,肺転移を測定した. 1.ラット前立腺癌の肺転移に対する,欠失型 SeV 感染樹状細胞によるワクチン効果 腫瘍接種 3 週後の肺転移結節数は,無治療群では数百に及ぶのに対し,SeV 感染 DC 治療群は数十個と強力に肺転移を抑 制した(図1).肺転移抑制は,未熟 DC や他刺激 DC を投与しても SeV 感染 DC 治療群にみられた強力な効果は見られな かった.興味深いことにこの転移抑制効果は,腫瘍融解物との接触による DC の教育も不要であり,DC の一回投与でもほとん 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008) 1

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67. SeV による画期的抗腫瘍ワクチンの開発

米満 吉和

Key words:センダイウイルスベクター,樹状細胞,抗腫瘍免疫,体外増幅,サイトカインカクテル

千葉大学 大学院医学研究院 遺伝子治療学

緒 言

難治性腫瘍に対する免疫療法の期待は高く,特に樹状細胞 (DC) を用いた細胞療法は多くの腫瘍に対し有用であると考えられている.しかしながら,腫瘍免疫療法の奏功率は,期待に達していないのが現状である1).これまで本研究に関連して我々は,RNA ウイルスベクターであるセンダイウイルス(SeV)ベクター2)が血球系に親和性の高いベクターであり3),これを DC に感染させることにより,DC を成熟化させ,そのDC をマウス腫瘍内に接種すると抗腫瘍免疫が亢進し腫瘍を退縮させることを示してきた4,5).本研究では,DC療法の臨床効果向上のために新技術開発を行った.具体的には,転移抑制効果を示すDC療法を開発し,動物実験において優れた肺転移抑制に成功した.さらに臨床効果の隘路6)となっている樹状細胞の数的問題,即ち臨床において DC の投与量が動物実験で効果が得られる量に比して相対的に低い点を克服すべく,DC の体外増幅方法を開発した.

方 法

1.ラット前立腺癌の肺転移に対する,欠失型 SeV感染樹状細胞によるワクチン効果1) コペンハーゲンラット(7週齢♂)の大腿骨より前駆細胞を分離し,ラット GM-CSF(顆粒球マクロファージコロニー刺激因子),IL(インターロイキン)-4添加培地にて1週間培養し,DC に分化誘導した.2)  DC に F欠失 SeV を moi100 で感染,翌日にラット尾静脈より一頭当たり 3×106 の感染樹状細胞を投与する.さらにその翌日ラット前立腺癌細胞 AT6.37)を 1×106,尾静脈より接種した.腫瘍細胞接種 3 週後に肺における転移の測定(転移数,肺重量)を行った.2.サイトカインによるマウス DCの増幅と増幅DCの性状と機能1)C3H マウス(7週齢♀)大腿・脛骨骨髄より造血前駆細胞を分離した.2)これらを Flt3-L(FMS-like tyrosine kinase 3 ligand), SCF (stem cell factor),IL-3, IL-6 (FS36) を加えた培地で3 週間培養を行い,DC前駆細胞(proDC)として増幅した.このDC 前駆細胞を GM-CSF と IL-4 を添加した(GM/IL-4 培地)で 1週間培養することで DC に分化させ増幅DC (増幅 DC)とした.対照として造血前駆細胞を GM/IL-4 培地で一週間培養して得られる通常DC(cDC)を用いた.3) 増幅 DC について,表面抗原(CD11b, CD11c, CD40, CD80 等) の発現,FITC-デキストランの取込み能,リンパ球混合反応による T 細胞刺激能力,各種炎症性サイトカイン等の産生能の確認を行った.4)マウス骨肉腫細胞 LM88)で作製した皮下腫瘍に対し抗腫瘍効果と実験肺転移に対する抑制効果を調べるため,それぞれSeV感染増幅DC を腫瘍内,経静脈的に投与し,その後の腫瘍容積,肺転移を測定した.

結 果

1.ラット前立腺癌の肺転移に対する,欠失型 SeV感染樹状細胞によるワクチン効果腫瘍接種 3 週後の肺転移結節数は,無治療群では数百に及ぶのに対し,SeV 感染 DC 治療群は数十個と強力に肺転移を抑制した(図1).肺転移抑制は,未熟 DC や他刺激 DC を投与しても SeV 感染 DC 治療群にみられた強力な効果は見られなかった.興味深いことにこの転移抑制効果は,腫瘍融解物との接触による DC の教育も不要であり,DC の一回投与でもほとん

 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008)

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ど同様の効果が得られた.また,SeV 感染 DC の数を減少させるとそれに伴って,効果も薄くなった.さらに,抗体投与によりNK細胞を枯渇させると,SeVDC の転移抑制効果が消失することから,SeV 感染 DC がもたらす転移抑制にNK細胞が大きく関わっていることが明らかになった. 

 図 1. ラット前立腺癌AT6.3 の肺転移モデルにおける転移抑制.腫瘍接種3週後の結節画像と結節数グラフ.

SeV感染DC(3×106)を3回経尾静脈投与後 AT6.3 を同じく経尾静脈投与した.腫瘍投与3週後転移結節数を調べたところ,SeV 感染DC は未熟DC,LPS 刺激 DC に比べ強く肺転移を抑制した.(lys: 腫瘍溶解物) 

 2.サイトカインによるマウス DCの増幅と増幅DCの性状と機能前駆細胞は FS36 の効果により 3 週間で 1,000 倍にまで増幅できた.増幅期間の長さにより,GM/IL-4 添加培養後に得られる DC (CD11b+CD11c+,増幅DC) の数は変化し 3週間増幅後のものが最大であった(図2).増幅 DC と cDC とを比較した結果,特徴的な表面抗原の発現,種々の刺激 (各 Toll 様受容体リガンド 及び SeV) に応答した炎症性サイトカイン (IL-1β,IFN-β,IL-12 等) の産生能力,リンパ球混合反応における T細胞刺激増殖能,抗原取り込み能において同等の性質,機能を示した.また,SeV 感染増幅 DC は in vivo における抗腫瘍効果においても,腹部皮下腫瘍成長の抑制,実験的肺転移の強力な抑制(図 3)の点で cDC と同等の効果を発揮した.

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 図 2. マウス DC前駆細胞の増殖曲線(左)と増幅期間と CD11b,CD11c 両陽性細胞相対数の変化(右).

造血前駆細胞を FS36 によって培養すると,総細胞数は 107 倍まで増加する.その後 1 週間 GM-CSF/IL-4 で分化誘導すると,3週増幅させた場合に,通常(増幅させない場合に比べ)CD11c,CD11b 陽性細胞は最大となり,その比は 1,000 倍に及ぶ.

   

 図 3. マウス増幅DCの皮下腫瘍への投与による治療効果(左)と経静脈投与による実験的肺転移抑制(右).

増幅DC は,通常のDC と同様強い抗腫瘍効果を示したが,前駆細胞では抑制効果が見られなかった.また,肺転移に関しても SeV感染依存的な抑制効果は通常DC と増幅DCで差は見られなかった.

  

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考 察

SeV ベクターは,高率に DC に感染し特有の経路により DC を賦活化する 9).SeV 感染 DC 投与特異的に実験肺転移を抑制した点は,非常に新しい発見である.NKの寄与の点から,SeVDC は獲得免疫のみならず自然免疫の賦活化にも重要であることが推察され,この効果から今後の臨床的応用を期待させる.またサイトカイン投与により機能的 DC を大幅に増幅することに成功した.本技術はヒトへの応用の可能性も高く,十分量のDC を供給することによる治療効果の向上と,患者への低侵襲化が期待される. 本研究の共同研究者は,千葉大学大学院医学研究院遺伝子治療学の上田泰次、喜納宏昭である.

文 献

1) Rosenberg, S.A., Yang J.C., & Restifo. N.P. : Cancer immunotherapy: moving beyond current vaccines.Nat. Med., 10 : 909- 915, 2004.

2) Li, H.O., Zhu Y.F., Asakawa M., Kuma H., Hirata T., Ueda Y., Lee YS., Fukumura M., Iida A., KatoA., Nagai Y. & Hasegawa M. : A cytoplasmic RNA vector derived from nontransmissible Sendai viruswith efficient gene transfer and expression. J. Virol., 74 : 6564- 6569, 2000.

3) Yoshida K., Yonemitsu Y., Tanaka S., Yoshida S., Shibata S., Kondo H., Okano S., Ishikawa F., AkashiK., Inoue M., Hasegawa M. & Sueishi K. : In vivo repopulation of cytoplasmically gene-transferredhematopoietic cells by temperature sensitive mutant of recombinant Sendai viral vector. Biochem.Biophys. Res. Commun., 361 : 811-816 2007.

4) Shibata S., Okano S., Yonemitsu Y., Onimaru M., Sata S., Nagata-Takeshita H., Inoue M., Zhu T.,Hasegawa M., Moroi Y., Furue M. & Sueishi K. : Induction of efficient antitumor immunity usingdendritic cells activated by recombinant Sendai virus and its modulation of exogenous interferon-ßgene. J. Immunol., 177 : 3564-3576, 2006.

5) Yoneyama Y., Ueda Y., Akutsu Y., Matsunaga A., Shimada H., Kato T., Kubota-Akizawa M., OkanoS., Shibata S., Sueishi K., Hasegawa M., Ochiai T. & Yonemitsu Y. : Development ofimmunostimulatory virotherapy using non-transmissible Sendai virus-activated dendritic cells.Biochem Biophys Res Commun., 355 : 129-135, 2007.

6) Figdor., C.G.., de Vries., I.J., Lesterhuis, W.J. & Melief, C.J. : Dendritic cell immunotherapy: mappingthe way. Nat. Med., 10 : 475-480, 2004.

7) Nihei N., Kouprina N., Larionov V., Oshima J., Martin GM., Ichikawa T. & Barrett JC. : Functionalevidence for a metastasis suppressor gene for rat prostate cancer within a 60-kilobase region onhuman chromosome 8p21-p12. Cancer Res., 62 : 367-370, 2002.

8) Asai T., Ueda T., Itoh K., Yoshioka K., Aoki Y., Mori S. & Yoshikawa H. : Establishment andcharacterization of a murine osteosarcoma cell line (LM8) with high metastatic potential to the lung.Int. J. Cancer., 76 : 418-422, 1998.

9) Yoneyama M., Kikuchi M., Natsukawa T., Shinobu N., Imaizumi T., Miyagishi M., Taira K., Akira S,& Fujita T. : The RNA helicase RIG-I has an essential function in double-stranded RNA-inducedinnate antiviral responses. Nat. Immunol., 5 : 730-737, 2004. 

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