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花の縁 010108 1 1 8)ブルーベルとシラー ブルーベルと呼ばれるものには 2 種類あり、一つはカンパニュラ(ツリガネソウ) 1 種で、夏から秋にかけて長い花梗に青い釣鐘状の花をつける。これは陽当たり のよい草原などに生えるキキョウ科の多年草で、日本ではこれに近いものとしては 『シャジン』がある。英語では『 bluebell 』で、『 the bluebell of Scotland』と呼ばれて いるものも同じ仲間に属し、日本では『イトシャジン』(Campanula rotundifolia) がこれにあたる。 4 5 月頃キキョウを小さくしたような濃い青色の美しい花を咲かせて くれる。またイギリスでは日本のキキョウのことを『Japanese bellflower 』と呼んで いるが、どちらも球根植物ではない。 ここで取り上げるブルーベルは、ヒヤシンスに近い球根植物で、ユリ科の多年草で ある。日陰の湿り気の多いところや草の間などによく繁り、イギリスの南部サセックス 地方の森林地帯では、5 月ともなると落葉樹の下草として、この花が群れて咲く。 サセックス地方の南部田園地帯は海岸線に近く、温室園芸も盛んなところで、この 花に限らず春ともなるといろいろな花が大地を覆う。このブルーベルもその一つに 過ぎないのかも知れないが、バラやユリ、スミレなどと並んで、英国の書物や文学 作品にはよく登場する。もともとブルーベルはイギリス人にとっては、春を代表する 花の一つで、『the bluebell of Scotland』という民謡は、古くから人々に親しまれて おり、18世紀末には『交響曲の父ハイドン』により新たに曲が付けられ、『美しき』 として日本語にも翻訳されている。ブルーベルは何もこの地方に限らず、アイルランド 以外のところであれば、森の中いたるところで見ることができる。 一方我が国の森林や雑木林のなかでは、もはやドクダミだとか笹などが生い茂って、 ほとんど色の美しい花を見ることができないほど、荒れ果てていることははなはだ 残念である。これは人件費の高騰だとか円高のせいだとか、いろいろと言われて きたが、化石燃料を大量に使うようになったこととも無縁ではない。石油がこれほど 使用されるようになる以前、森は村落共同体の共有林として人々が薪を拾ったり、 茸をとったりウサギやイノシシを追ったりする、いわば採集と狩猟の場であった。 ところがまず石油の普及にともない、森に入って誰も薪を拾わなくなってしまった。 そして昔ながらの囲炉裏や火鉢は、ほとんど石油ストーブやガスストーブに代わり、 薪は無用となってしまったのである。このことは毎日必ずといっていいほど森の中に 入っていた人々が、森に入らなくなるという現象をひきおこした。その結果、森の 中は大きな樹から落ちる枯れ枝や枯れ木が堆積し、通風が悪くなっていっそう枯れ木 がふえた。大木などが台風で倒れて、これが更に下の方に茂っている低木類を押し つぶす。弱った樹には病害虫が追い討ちをかけて、森の生態系は取り返しのつか ないほどに壊れてしまったのである。中国地方では松林が枯れて、松茸がほとんど 取れなくなってしまったのが、このいい例であろう。こうなると森の中の小径にも

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8)ブルーベルとシラー

ブルーベルと呼ばれるものには 2 種類あり、一つはカンパニュラ(ツリガネソウ)

の 1 種で、夏から秋にかけて長い花梗に青い釣鐘状の花をつける。これは陽当たり

のよい草原などに生えるキキョウ科の多年草で、日本ではこれに近いものとしては

『シャジン』がある。英語では『bluebell』で、『the bluebell of Scotland』と呼ばれて

いるものも同じ仲間に属し、日本では『イトシャジン』(Campanula rotundifolia)がこれにあたる。4~5月頃キキョウを小さくしたような濃い青色の美しい花を咲かせて

くれる。またイギリスでは日本のキキョウのことを『Japanese bellflower』と呼んで

いるが、どちらも球根植物ではない。

ここで取り上げるブルーベルは、ヒヤシンスに近い球根植物で、ユリ科の多年草で

ある。日陰の湿り気の多いところや草の間などによく繁り、イギリスの南部サセックス

地方の森林地帯では、5 月ともなると落葉樹の下草として、この花が群れて咲く。

サセックス地方の南部田園地帯は海岸線に近く、温室園芸も盛んなところで、この

花に限らず春ともなるといろいろな花が大地を覆う。このブルーベルもその一つに

過ぎないのかも知れないが、バラやユリ、スミレなどと並んで、英国の書物や文学

作品にはよく登場する。もともとブルーベルはイギリス人にとっては、春を代表する

花の一つで、『the bluebell of Scotland』という民謡は、古くから人々に親しまれて

おり、18世紀末には『交響曲の父ハイドン』により新たに曲が付けられ、『美しき』

として日本語にも翻訳されている。ブルーベルは何もこの地方に限らず、アイルランド

以外のところであれば、森の中いたるところで見ることができる。

一方我が国の森林や雑木林のなかでは、もはやドクダミだとか笹などが生い茂って、

ほとんど色の美しい花を見ることができないほど、荒れ果てていることははなはだ

残念である。これは人件費の高騰だとか円高のせいだとか、いろいろと言われて

きたが、化石燃料を大量に使うようになったこととも無縁ではない。石油がこれほど

使用されるようになる以前、森は村落共同体の共有林として人々が薪を拾ったり、

茸をとったりウサギやイノシシを追ったりする、いわば採集と狩猟の場であった。

ところがまず石油の普及にともない、森に入って誰も薪を拾わなくなってしまった。

そして昔ながらの囲炉裏や火鉢は、ほとんど石油ストーブやガスストーブに代わり、

薪は無用となってしまったのである。このことは毎日必ずといっていいほど森の中に

入っていた人々が、森に入らなくなるという現象をひきおこした。その結果、森の

中は大きな樹から落ちる枯れ枝や枯れ木が堆積し、通風が悪くなっていっそう枯れ木

がふえた。大木などが台風で倒れて、これが更に下の方に茂っている低木類を押し

つぶす。弱った樹には病害虫が追い討ちをかけて、森の生態系は取り返しのつか

ないほどに壊れてしまったのである。中国地方では松林が枯れて、松茸がほとんど

取れなくなってしまったのが、このいい例であろう。こうなると森の中の小径にも

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草が繁り、茸とりにも道案内や枝葉を払う道具までも必要になってくる。さらに人件

費の高騰は森で採るよりも、輸入食品を買った方が安いという風潮を生み出した。これ

に拍車をかけたのが円高である。海外からの安い商品はとりわけ食料品の値段を押し

下げた。もはや農業は日本では成り立たないほどの大きな痛手をこうむったのである。

しかも政府は一貫して日本の農業を保護し続けたから、いわば温室育ちの過保護な

体質となり、海外とはとうてい太刀打ちできない。この点、海外の技術革新の波に

もまれて競争力をつけてきた電気や機械、自動車産業とは大きく異なっている。日本

でも森の中の下草を刈って、ブルーベルのような美しい花を一面に咲かせたいもので

ある。しかし残念なことに日本の花屋さんでは、この花をほとんど見ることができない。

一方シラーはユリ科に属する多年草で、ヒヤシンスによく似た形の花を咲かせる。

原産地はスペイン・ポルトガルで、同じ仲間はヨーロッパ、アジア、アフリカなどにも

広く分布し、世界では約 100 種が知られている。寒さにも暑さにも強く、よく殖える。

花色は淡いピンク、薄紫、紫、青、白などである。しかしこのシラーと前述のブルーベル

は以下の点でよく似ている。派手な目立つ花ではない点、ヤマユリなどと同様に日陰

でもよく育ち、林の中で下草をかたち作っている点、さらには丈夫で手間がかからず、

いつの間にか殖えている点などで、ちょっと横着な園芸家にぴったりである。

シラーの中でも特にお勧めしたいのは以下の 3 種類である。まず 2~3 月頃に咲く

シビリカは、美しい青色で草丈は 10cm ほどで小さく愛らしい。クロッカスなどと

一緒に植えておくとよくマッチする。ベルビアナは草丈 20~30cm、4~5 月ごろに

青い星型の花を傘状に着けて、やはり半日陰ぐらいで十分に花を咲かせてくれる。

最後がカンパニュラータで、草丈 30~40cm ぐらいで 4~5 月ごろピンク、白、淡い

ブルーの釣鐘状の花を、スズランのように下向きに付けて、花の季節は見ごたえがある。

この種は日本でも比較的簡単に手に入るので、ぜひ一度育ててみることをお勧めしたい。

また中国にはシラー・シネンシスという品種もあり、こちらの方は薬用とされている。

カンパニュラータのいいところは落葉樹林の中で、他の雑草にも負けずに花を咲かせ

てくれることだろう。このため規模の大きな自然公園の疎林などに植えることが

できる。そして何も手をかけなくても4~5年はどんどん株だちを殖やし、分球すれば

さらに殖えてくれる。球根は 2~3cm の大きさで小さなジャガイモの様な形をして

おり、あまり浅植えにしないほうがよい。しかしこの球根もクロッカス同様、天地が

わかりにくいので注意が必要である。派手な花ではないから、ついつい見落としがちで

あるが、ブルーベルとこのシラーは、半日陰ぐらいの庭にぜひお勧めしたい花なの

である。前述のスノードロップやスノー・フレークとともに、山野などに植えたい

ものである。カンパニュラータ以外はあまり見かけないが、カンパニュラータは花屋

さんの片隅で水仙やヒヤシンスに混じって一袋 300~400 円ぐらいで、秋口から年末

頃にかけてよく売られている。

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シャジンはキキョウ科ツリガネニンジン属で、美しい花を咲かせる植物が多い。このイワシャジン

『Adenophora takedae』もその一つ(04-01-02)で、夏から秋にかけて開花する(長野県軽井沢町)。

イトバキキョウは球根植物ではなく、春から夏にかけてキキョウのような花を咲かせる

ナス科の植物で、ニーレンベルギアとも言う。

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シラー:シビリカ、拡大して撮影したが、この花の花径は 1.5cm程度である(埼玉県嵐山町)。

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このイングリッシュ・ブルーベルの学名は『Hyacinthoides. non-scripta』である。しかし

この花を青色のシラー・カンパニュラータとして売られていることも多い。

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ブルーベルの白花。これも白花のシラー・カンパニュラータとも呼んでいる。紅花も同様である。

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紅花のブルーベル、これもシラーとして売られている。 目次に戻る