8
Mater. Trans. 54(2013) 1200 1208 に掲載 日本金属学会誌 第 78 巻第 1 号(2014)52 59 Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響 大谷良行 1 兒島洋一 1 信義 2 1 株式会社 UACJ 技術開発研究所 2 東北大学大学院工学研究科 J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 78, No. 1 (2014), pp. 52 59 2014 The Japan Institute of Metals and Materials Influence of Silicon on Intergranular Corrosion for Aluminum Alloys Yoshiyuki Oya 1 , Yoichi Kojima 1 and Nobuyoshi Hara 2 1 Research & Development Division, UACJ Corporation, Fukaya 366 8511 2 Graduate School of Engineering, Tohoku University, Sendai 980 8579 In an effort to improve the tensile strength of aluminum silicon (Al Si) alloys used in heat exchangers, we investigated the influence of Si concentration and heat treatment at 453 K on the susceptibility of Al Si alloys to intergranular corrosion. It was found that the susceptibility to intergranular corrosion increased with an increase in Si concentration. It also initially increased with heat treatment at 453 K, but then decreased with long term heat treatment at 453 K. The addition of Mg and Mn, which af- fect the precipitation of Si, promoted precipitation and reduced the susceptibility of the Al Si alloys to intergranular corrosion. With longer heat treatment at 453 K, large Si precipitates were observed in the grains and at the grain boundaries, which reduced the susceptibility to intergranular corrosion. Short term heat treatment at 453 K formed a continuous Si depleted layer along the grain boundaries, which increased the susceptibility to intergranular corrosion. It is suggested that the susceptibility to inter- granular corrosion was dependent on the addition of Mg and Mn. [doi:10.2320/jinstmet.J2013058] (Received August 21, 2013; Accepted October 8, 2013; Published January 1, 2014) Keywords: aluminum alloy, intergranular corrosion, brazing process, heat treatment 1. 300331033203 に代表されるアルミニウム(Al )マン ガン(Mn)系合金は,高強度,高耐食性を示すことから,自 動車用熱交換器用材料として広く利用されている.冷媒には CFC 134a(CH 2 FCF 3 )が用いられる.このフロン系冷媒は, 地球温暖化係数のより低い二酸化炭素(CO 2 )冷媒へと切り替 わる可能性があるといわれている 1) CO 2 冷媒を用いた熱交 換器では,動作圧力および温度がともに高くなることが予測 されている.さらに,自動車用熱交換器は一般にはろう付プ ロセスによって製造される.したがって,製造過程ならびに 使用中の熱履歴によって組織変化を生じ,これが耐食性に影 響を与える. 銅(Cu)およびけい素(Si)は,Al Mn 系合金の強度を増大 させるためにしばしば添加される元素である.しかしながら, Cu Si によって高強度化した Al Mn 系合金を CO 2 冷媒熱 交換器に適用する場合,最高到達温度 453 K 1) では,固溶元 素が粒界上に析出する可能性がある.この析出は,粒内と粒 界との間に元素濃度差を発生させ,粒界腐食の原因となるこ とが推察される. Al Mn 系合金の粒界腐食感受性は比較的低いが,熱処理 条件や添加元素により増大すると報告されている 2 4) Al 6 Mn もしくは,Al 6 (Mn, Fe )が粒界に優先的に析出する 673 K 以上の熱処理は,粒界に沿った Mn 欠乏層を形成す る.この Mn 欠乏層の優先腐食が粒界腐食を引き起こす. Cu および鉄(Fe)は,Al Mn 系合金の粒界腐食感受性を増大 させ 2,3) Si は抑制する 4) と報告されている. Al 合金の粒界腐食発現機構は,Al Cu 系合金において詳 細に調査されている 5) Al 2 Cu 金属間化合物の析出する温度 に保持された場合,粒界は粒内よりも拡散係数が大きいため に,Al 2 Cu 金属間化合物は粒界に優先的に析出する.これに より,粒界に沿った Cu 欠乏層が形成される.固溶 Cu の減 少は Al 合金の孔食電位( E PIT )を低下させるため,粒界の E PIT は粒内の E PIT よりも卑になる.粒界と粒内との E PIT 差によって粒界が優先溶解し,粒界腐食が引き起こされる. このように,Al 合金への Cu 添加は粒界腐食感受性を増大 させる.しかし,Cu の添加されていない Al Mn 系合金の 強度は,CO 2 冷媒熱交換器の使用に際しては不足であり, 別の強化元素の添加が必要になる. Si Al 合金における主要添加元素のひとつである.Si 固溶強化,析出強化によって Al 合金を高強度化する.Si 含んだ様々な金属間化合物の析出は,熱処理の影響を受け, それに伴い粒界腐食感受性も変化する 6 11) .水焼入れした Al Si 系合金 8) および Al Si Mg 系合金 6,7,9) は,粒界腐食感 受性を有さないが,空冷した Al Si 系合金 8) および Al Si

Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

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Page 1: Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

Mater. Trans. 54(2013) 12001208 に掲載

日本金属学会誌 第 78 巻 第 1 号(2014)5259

Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

大 谷 良 行1 兒 島 洋 一1 原   信 義2

1株式会社 UACJ 技術開発研究所

2東北大学大学院工学研究科

J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 78, No. 1 (2014), pp. 5259 2014 The Japan Institute of Metals and Materials

Influence of Silicon on Intergranular Corrosion for Aluminum Alloys

Yoshiyuki Oya1, Yoichi Kojima1 and Nobuyoshi Hara2

1Research & Development Division, UACJ Corporation, Fukaya 36685112Graduate School of Engineering, Tohoku University, Sendai 9808579

In an effort to improve the tensile strength of aluminumsilicon (AlSi) alloys used in heat exchangers, we investigated theinfluence of Si concentration and heat treatment at 453 K on the susceptibility of AlSi alloys to intergranular corrosion. It wasfound that the susceptibility to intergranular corrosion increased with an increase in Si concentration. It also initially increasedwith heat treatment at 453 K, but then decreased with longterm heat treatment at 453 K. The addition of Mg and Mn, which af-fect the precipitation of Si, promoted precipitation and reduced the susceptibility of the AlSi alloys to intergranular corrosion.With longer heat treatment at 453 K, large Si precipitates were observed in the grains and at the grain boundaries, which reducedthe susceptibility to intergranular corrosion. Short term heat treatment at 453 K formed a continuous Sidepleted layer along thegrain boundaries, which increased the susceptibility to intergranular corrosion. It is suggested that the susceptibility to inter-granular corrosion was dependent on the addition of Mg and Mn. [doi:10.2320/jinstmet.J2013058]

(Received August 21, 2013; Accepted October 8, 2013; Published January 1, 2014)

Keywords: aluminum alloy, intergranular corrosion, brazing process, heat treatment

1. 緒 言

3003,3103,3203 に代表されるアルミニウム(Al)マン

ガン(Mn)系合金は,高強度,高耐食性を示すことから,自

動車用熱交換器用材料として広く利用されている.冷媒には

CFC134a(CH2FCF3)が用いられる.このフロン系冷媒は,

地球温暖化係数のより低い二酸化炭素(CO2)冷媒へと切り替

わる可能性があるといわれている1).CO2 冷媒を用いた熱交

換器では,動作圧力および温度がともに高くなることが予測

されている.さらに,自動車用熱交換器は一般にはろう付プ

ロセスによって製造される.したがって,製造過程ならびに

使用中の熱履歴によって組織変化を生じ,これが耐食性に影

響を与える.

銅(Cu)およびけい素(Si)は,AlMn 系合金の強度を増大

させるためにしばしば添加される元素である.しかしながら,

Cu や Si によって高強度化した AlMn 系合金を CO2 冷媒熱

交換器に適用する場合, 高到達温度 453 K1) では,固溶元

素が粒界上に析出する可能性がある.この析出は,粒内と粒

界との間に元素濃度差を発生させ,粒界腐食の原因となるこ

とが推察される.

AlMn 系合金の粒界腐食感受性は比較的低いが,熱処理

条件や添加元素により増大すると報告されている24).

Al6Mn もしくは,Al6(Mn, Fe)が粒界に優先的に析出する

673 K 以上の熱処理は,粒界に沿った Mn 欠乏層を形成す

る.この Mn 欠乏層の優先腐食が粒界腐食を引き起こす.

Cu および鉄(Fe)は,AlMn 系合金の粒界腐食感受性を増大

させ2,3),Si は抑制する4)と報告されている.

Al 合金の粒界腐食発現機構は,AlCu 系合金において詳

細に調査されている5).Al2Cu 金属間化合物の析出する温度

に保持された場合,粒界は粒内よりも拡散係数が大きいため

に,Al2Cu 金属間化合物は粒界に優先的に析出する.これに

より,粒界に沿った Cu 欠乏層が形成される.固溶 Cu の減

少は Al 合金の孔食電位(EPIT)を低下させるため,粒界の

EPIT は粒内の EPIT よりも卑になる.粒界と粒内との EPIT の

差によって粒界が優先溶解し,粒界腐食が引き起こされる.

このように,Al 合金への Cu 添加は粒界腐食感受性を増大

させる.しかし,Cu の添加されていない AlMn 系合金の

強度は,CO2 冷媒熱交換器の使用に際しては不足であり,

別の強化元素の添加が必要になる.

Si は Al 合金における主要添加元素のひとつである.Si は

固溶強化,析出強化によって Al 合金を高強度化する.Si を

含んだ様々な金属間化合物の析出は,熱処理の影響を受け,

それに伴い粒界腐食感受性も変化する611).水焼入れした

AlSi 系合金8)および AlSiMg 系合金6,7,9)は,粒界腐食感

受性を有さないが,空冷した AlSi 系合金8)および AlSi

Page 2: Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

53

Table 1 Chemical compositions of specimens.

SpecimenComposition (mass)

Si Fe Cu Mn Mg Al

0.4Si 0.4 0.4 0.0 0.0 0.0 Bal.

0.8Si 0.8 0.4 0.0 0.0 0.0 Bal.

1.2Si 1.2 0.4 0.0 0.0 0.0 Bal.

1.4Si 1.4 0.4 0.0 0.0 0.0 Bal.

0.2Mg0.9Si 0.9 0.4 0.0 0.0 0.2 Bal.

0.2Mg1.3Si 1.3 0.4 0.0 0.0 0.2 Bal.

1.1Mn0.4Si 0.4 0.4 0.0 1.1 0.0 Bal.

1.1Mn0.8Si 0.8 0.4 0.0 1.1 0.0 Bal.

1.1Mn1.2Si 1.2 0.4 0.0 1.1 0.0 Bal.

1.1Mn1.4Si 1.4 0.4 0.0 1.1 0.0 Bal.

1.1Mn0.2Mg0.6Si 0.6 0.4 0.0 1.1 0.2 Bal.

1.1Mn0.2Mg0.8Si 0.8 0.4 0.0 1.1 0.2 Bal.

1.1Mn0.2Mg1.2Si 1.2 0.4 0.0 1.1 0.2 Bal.

1.1Mn0.2Mg1.4Si 1.4 0.4 0.0 1.1 0.2 Bal.

53第 1 号 Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

Mg 系合金6,10)は,粒界腐食感受性を有する.AlSiMg 系

合金6,7,9)および AlSiMn 系合金10,11)の粒界腐食感受性は,

373~873 K の熱処理によって増大する.これら粒界腐食の

原因は,AlSiMg 系合金では,粒界上の Mg2Si 金属間化合

物の溶解7,9),AlSi 系合金,AlMnSi 系合金では,粒界に

沿った Si 欠乏層の溶解6,8,10,11)が原因とされる.このことは,

Si 含有合金の粒界腐食が,Si 以外の添加元素の影響を受け

ることを示している.しかし,これに関する系統的な研究は

報告されていない.本報では,Si 濃度およびろう付相当加

熱後の 453 K の熱処理時間が,粒界腐食感受性に与える影

響について,様々な Si 含有合金を用いて検討した.

2. 実 験 方 法

2.1 供試材

供試材の化学組成を Table 1 に示す.供試材は,Al に Si

を 0.4~1.4 mass(以下 mass を省略)添加した AlSi 合金,

Al0.2Mg 合金に Si を 0.9~1.3添加した AlSiMg 合

金,Al1.1Mn 合金に Si を 0.4~1.4添加した AlSiMn

合金および Al1.1Mn0.2Mg 合金に Si を 0.6~1.4添

加した AlSiMnMg 合金である.これらは溶解,金型鋳

造,873 K, 1.08×104 s の各均質化処理,面削,793 K 加熱,

3.5 mm まで熱間圧延,さらに冷間圧延を順次行い 1 mm の

板とし,次いで 673 K, 7.2×103 s の焼鈍,ろう付加熱に相

当する 873 K, 180 s の保持および 0.83 K s-1 での冷却を施

して作製した.これらに,先述した CO2 冷媒の 高使用温

度である 453 K での 0~7.2×106 s 保持の熱処理を施してか

ら各分析・評価に供した.ただし,ここでの 0 s 保持はろう

付加熱ままであることを意味する.以降,ろう付加熱後の

453 K における熱処理時間を,HTT(heat treatment time,

tHT)とする.

2.2 TEM 観察

453 K 熱処理した供試材について,結晶粒内および粒界の

化合物の析出状態を TEM(日本電子製,JEM3100FEF,

加速電圧 300 kV)により調査した.

2.3 粒界腐食感受性評価

453 K 熱処理した供試材から 15 mm×50 mm の試片を切

り出し,試験面 1.0×10-4 m2 を残してマスキングした.前

処理として,333 K の 5NaOH 水溶液中に 30 s 浸漬,イ

オン交換水洗浄,298 K の 30HNO3 水溶液中に 60 s 浸

漬,イオン交換水洗浄処理を施した.この試片を酢酸で pH

を 3 に調整した 5NaCl 水溶液中でアノード電流密度 10

A m-2 に 2.16×104 s 保持した.酢酸で pH を 3 に調整した

5NaCl 水溶液中における EPIT 直下の不働態保持電流密度

は,本論文における合金では約 0.1 A m-2 であり, 10

A m-2 のアノード電流の印加によって試片は EPIT よりも高

い電位に保持される.さらに,アルミニウム合金の粒界腐食

感受性は,10 A m-2 程度のアノード電流を印加することに

よって判定できると報告されている7).この後に試験面中央

部の断面を光学顕微鏡観察し,腐食形態の同定および腐食深

さの測定を実施した.ここでの腐食深さとは,8.3×10-4 m

長さの観察範囲 30 箇所における腐食の試片表面から板厚方

向への 大進行距離である.

3. 実験結果および考察

3.1 AlSi 合金

3.1.1 粒界腐食感受性

Al0.4Si,0.8Si,および 1.2Si 合金の tHT=0 s,8.64

×104 s,および 2.59×106 s におけるアノード溶解後の断面

光学顕微鏡写真を Fig. 1 に示す.tHT=0 s の腐食形態は Si

濃度に依存し,Al0.4Si および 0.8Si 合金では孔食であ

ったのに対し,Al1.2Si 合金では粒界腐食となった.tHT=

8.64×104 s における腐食形態は,Al0.4Si 合金では孔食の

ままであったのに対し,Al0.8Si および 1.2Si 合金では

明瞭な粒界腐食が見られ,1.2Si 合金における腐食深さは

tHT=0 s よりも深かった.tHT=2.59×106 s における腐食形

態は,Si 濃度によらずすべて孔食であった.

Al0.4Si,0.8Si,1.2Si,および 1.4Si 合金に関する

上述の試験結果等を HTT と腐食深さとの関係として,各試

片の腐食形態とともに Fig. 2 に示す.一定の電気量(10

A m-2×2.16×104 s=36×103 C m-2)を流したアノード溶

解において,電流効率等が一定で,一定体積の Al が溶解し

たと仮定すると,腐食深さは粒界腐食の傾向の大小を示す.

すなわち,腐食体積および結晶粒径が同じであれば,腐食深

さが深いほど粒内へ腐食がしにくく,粒界が優先的に溶解す

る傾向が強いといえる.Al0.4Si 合金では,腐食深さは

HTT の影響をあまり受けずにいずれも比較的浅く,腐食形

態は孔食であった.一方,Al0.8Si,1.2Si,および

1.4Si 合金では,腐食形態と腐食深さは HTT の影響を受け

た.Al0.8Si 合金では,tHT=0 s では孔食であったが,tHT

Page 3: Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

54

Fig. 1 Optical micrographs of the cross section after anodicdissolution for Al0.4Si, 0.8Si, and 1.2Si at tHT=0, 8.64×104,and 2.59×106 s.

Fig. 2 Relationships between HTT and corrosion depth forAl0.4Si, 0.8Si, 1.2Si, and 1.4Si. Pitting corrosion and inter-granular corrosion is denoted as PC and IGC, respectively.

Fig. 3 Bright field TEM images of precipitates on grain boundaries for Al1.2Si at tHT=0 and 2.59×106 s.

54 日 本 金 属 学 会 誌(2014) 第 78 巻

=7.2×103 s から粒界腐食となり,HTT とともに腐食深さ

が深くなり,tHT=8.64×104 s で 大値を示した.その後

tHT=6.05×105 s まで粒界腐食が見られたが腐食深さは減少

していた.tHT=2.59×106 s で腐食形態は孔食となった.

Al1.2Si および 1.4Si 合金では,tHT=0~6.05×105 s ま

で粒界腐食の進展が見られたが,tHT=2.59×106 s では孔食

に変化した.腐食深さは tHT=1.73×105 s が も深く,その

後は熱処理時間とともに急激に減少した.すなわち,Al

0.8Si,1.2Si,および 1.4Si 合金の粒界腐食感受性は,

HTT とともに一旦増大し,8.64×104~1.73×105 s でピー

クを迎えたあと減少に転じた.

3.1.2 TEM 観察

Al1.2Si 合金の tHT=0,および 2.59×106 s における粒界

析出物の明視野 TEM 像を Fig. 3 に示す.tHT=0 s では,粒

界に数 10 nm 程度の Si 析出相が存在しており,粒内では Si

析出相は見られなかった.一方,tHT=2.59×106 s では粒界

および粒内に 1 mm 程度の Si 析出相が認められた.このこ

とから,453 K の熱処理によって Si 析出相が析出,成長し

たことがわかる.

3.2 AlSi0.2Mg 合金

3.2.1 粒界腐食感受性

Al0.2Mg0.9Si および 0.2Mg1.3Si 合金の tHT=0,

8.64×104,および 2.59×106 s におけるアノード溶解後の断

面光学顕微鏡写真を Fig. 4 に示す.tHT=0 s の腐食形態は

Si 濃度に依存し,Al0.2Mg0.9Si 合金では孔食であったの

に対し,Al0.2Mg1.3Si 合金では粒界腐食となった.tHT=

8.64×104 s での腐食形態は,Al0.2Mg0.9Si 合金では明瞭

な粒界腐食であったが,Al0.2Mg1.3Si 合金では孔食であ

った.tHT=2.59×106 s では,Si 濃度によらず孔食であった.

Al0.2Mg0.9Si および 0.2Mg1.3Si 合金に関する上述

Page 4: Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

55

Fig. 4 Optical micrographs of the cross section after anodicdissolution for Al0.2Mg0.9Si and 0.2Mg1.3Si at tHT=0,8.64×104, and 2.59×106 s.

Fig. 5 Relationships between HTT and the corrosion depthfor Al0.2Mg0.9Si and 0.2Mg1.3Si. Pitting corrosion and in-tergranular corrosion is denoted as PC and IGC, respectively.

55第 1 号 Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

の試験結果等を HTT と腐食深さとの関係として,各試片の

腐食形態とともに Fig. 5 に示す.腐食形態と腐食深さは

HTT の影響を受け,Al0.2Mg0.9Si 合金では,tHT=0~

7.2×103 s までは孔食であったが,1.44×104 s から粒界腐

食となり,熱処理時間とともに腐食深さが深くなり 8.64×

104 s で 大値を示した.その後 3.46×105 s まで粒界腐食が

見られたが腐食深さは減少し,4.61×105 s で腐食形態は孔

食に変化した.

一方,Al0.2Mg1.3Si 合金では,tHT=0~2.88×104 s で

は粒界腐食で熱処理時間とともに腐食深さが増大した.8.64

×104 s で孔食に変化し,腐食深さが急激に減少していた.

すなわち,AlSi0.2Mg 合金の粒界腐食感受性は,HTT

とともに一旦増大し,2.88×104~8.64×104 s でピークを迎

えたあと減少に転じた.

3.2.2 TEM 観察

Al0.2Mg1.3Si 合金の tHT=2.88×104 および 8.64×104 s

における粒界析出物の明視野 TEM 像を Fig. 6 に示す.tHT

=2.88×104 s では,粒界に数 10 nm 程度の Si 析出相が存在

しており,粒内では Si 析出相は見られなかった.また,粒

界に沿って,いわゆる無析出物帯が観察された.一方,tHT

=8.64×104 s では,粒界に 100 nm 程度の,粒内に数 10

nm 程度の Si 析出相が認められた.このことから,453 K の

熱処理によって Si 析出相が析出,成長したことがわかる.

3.3 AlSi1.1Mn 合金

3.3.1 粒界腐食感受性

Al1.1Mn0.4Si,1.1Mn0.8Si,および 1.1Mn1.4Si

合金の tHT=0,8.64×104,および 2.59×106 s におけるア

ノード溶解後の断面光学顕微鏡写真を Fig. 7 に示す.ろう

付加熱ままの腐食形態は Si 濃度に依存し,Al1.1Mn0.4Si

および 1.1Mn0.8Si 合金では孔食であったのに対し,

1.1Mn1.4Si 合金では粒界腐食となった.tHT=8.64×104 s

での腐食形態は,Al1.1Mn0.4Si 合金では孔食,1.1Mn

0.8Si,および 1.1Mn1.4Si 合金では粒界腐食であった.

tHT=2.59×106 s では,Si 濃度によらず孔食であった.

Al1.1Mn0.4Si,1.1Mn0.8Si,1.1Mn1.2Si,およ

び 1.1Mn1.4Si 合金に関する上述の試験結果等を HTT

と腐食深さとの関係として,各試片の腐食形態とともに

Fig. 8 に示す.Al1.1Mn0.4Si 合金では,腐食深さは熱処

理時間の影響をあまり受けずにいずれも比較的浅く,腐食形

態は孔食であった.一方,Al1.1Mn0.8Si,1.1Mn

1.2Si,および 1.1Mn1.4Si 合金では,腐食形態と腐食深

さは HTT の影響を受けた.Al1.1Mn0.8Si 合金では,tHT

=0~7.2×103 s では孔食であり,tHT=1.44×104 s から粒界

腐食となったが,腐食深さはほとんど変化せず,tHT=3.46

×105 s まで粒界腐食が見られ,tHT=6.05×105 s で孔食とな

った.Al1.1Mn1.2Si 合金では,tHT=0 s では孔食であっ

たが,tHT=7.2×103~3.46×105 s で粒界腐食の進展が見ら

れ,tHT=6.05×105 s では孔食に変化した.腐食深さは tHT

=3.46×105 s が も深く,その後急激に減少していた.Al

Page 5: Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

56

Fig. 6 Bright field TEM images of precipitates on grain boundaries for Al0.2Mg1.3Si at tHT=2.88×104 and 8.64×104 s.

Fig. 7 Optical micrographs of the cross section after anodicdissolution for Al1.1Mn0.4Si, 1.1Mn0.8Si, and 1.1Mn1.4Si at tHT=0, 8.64×104, and 2.59×106 s.

Fig. 8 Relationship between HTT and corrosion depth for Al1.1Mn0.4Si, 1.1Mn0.8Si, 1.1Mn1.2Si, and 1.1Mn1.4Si.Pitting corrosion and intergranular corrosion is denoted as PCand IGC, respectively.

56 日 本 金 属 学 会 誌(2014) 第 78 巻

1.1Mn1.4Si 合金では,tHT=0~3.46×105 s で粒界腐食の

進展が見られ,tHT=6.05×105 s では孔食に変化した.腐食

深さは tHT=8.64×104 s が も深く,その後は熱処理時間と

ともに急激に減少した.

3.3.2 TEM 観察

Al1.1Mn1.2Si 合金の tHT=0 および 7.2×106 s における

粒界析出物の明視野 TEM 像を Fig. 9 に示す.tHT=0 s で観

察される析出物は,灰色の円もしくは楕円状であり,Al

Mn 系化合物であった.tHT=7.2×106 s では,AlMn 系析

出物の分布に変化はなかったが,AlMn 系析出物の位置に

濃い黒色の相が認められ,EDS 分析の結果,Si 析出相であ

った.このことから,453 K の熱処理によって Si 析出相が

析出,成長したことがわかる.

3.4 AlSi1.1Mn0.2Mg 合金

3.4.1 粒界腐食感受性

Al1.1Mn0.2Mg0.6Si,1.1Mn0.2Mg0.8Si,およ

び 1.1Mn0.2Mg1.4Si 合金の tHT=0,8.64×104,およ

び 2.59×106 s におけるアノード溶解後の断面光学顕微鏡写

真を Fig. 10 に示す.tHT=0 s の腐食形態は Si 濃度に依存し,

Al1.1Mn0.2Mg0.6Si,1.1Mn0.2Mg0.8Si 合金では孔

食であったのに対し,1.1Mn0.2Mg1.4Si 合金では粒界腐

食となった.tHT=8.64×104 s における腐食形態は,Al

1.1Mn0.2Mg0.6Si 合金では孔食で,1.1Mn0.2Mg0.8Si

および 1.1Mn0.2Mg1.4Si 合金では粒界腐食に変化した.

tHT=2.59×106 s では,Si 濃度によらず孔食であった.

Al1.1Mn0.2Mg0.6Si, 1.1Mn0.2Mg0.8Si, 1.1Mn

0.2Mg1.2Si,および 1.1Mn0.2Mg1.4Si 合金に関する

上述の試験結果等を HTT と腐食深さとの関係として,各試

Page 6: Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

57

Fig. 9 Bright field TEM images of precipitates on grain boundaries for Al1.1Mn1.2Si at tHT=0 and 7.2×106 s.

Fig. 10 Optical micrographs of the cross section after anodicdissolution for Al1.1Mn0.2Mg0.6Si, 1.1Mn0.2Mg0.8Si,and 1.1Mn0.2Mg1.4Si at tHT=0, 8.64×104, and 2.59×106

s.

Fig. 11 Relationships between HTT and corrosion depth forAl1.1Mn0.2Mg0.6Si, 1.1Mn0.2Mg0.8Si, 1.1Mn0.2Mg1.2Si, and 1.1Mn0.2Mg1.4Si. Pitting corrosion andintergranular corrosion is denoted as PC and IGC, respectively.

57第 1 号 Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

片の腐食形態とともに Fig. 11 に示す.Al1.1Mn0.2Mg

0.6Si 合金では,腐食深さは熱処理時間の影響をあまり受け

ずにいずれも比較的浅く,腐食形態は孔食であった.一方,

Al1.1Mn0.2Mg0.8Si,1.1Mn0.2Mg1.2Si,および

1.1Mn0.2Mg1.4Si 合金では,腐食形態と腐食深さは

HTT の影響を受けた.Al1.1Mn0.2Mg0.8Si 合金では,

tHT=0 s では孔食であったが,tHT=7.2×103~3.46×105 s

で粒界腐食の進展が見られ,tHT=6.05×105 s では孔食に変

化した.腐食深さは tHT=2.88×104 s が も深く,その後急

激に減少していた.Al1.1Mn0.2Mg1.2Si 合金では,tHT

=0~3.46×105 s で粒界腐食の進展が見られ,tHT=6.05×

105 s では孔食に変化した.腐食深さは tHT=2.88×104 s が

も深く,その後急激に減少した.Al1.1Mn0.2Mg1.4Si

合金では,tHT=0~1.73×105 s で粒界腐食の進展が見られ,

tHT=3.46×105 s では孔食に変化した.腐食深さは tHT=

2.88×104 s が も深く,その後一定値を示したが,tHT=

3.46×105 s で急激に減少していた.

4. 考 察

Fig. 1 および Fig. 2 に示したように,Al0.4Si 合金では

熱処理によらず粒界腐食が発生しておらず,tHT=0 s では

1.2以上の Si 濃度,tHT=8.64×104 s では 0.8以上の Si

濃度で粒界腐食が発生し,同じ HTT では Si 濃度とともに

粒界腐食感受性が増大した.したがって,本報で実施したろ

う付加熱およびそれに次ぐ 453 K の熱処理後の供試材に発

生した粒界腐食は,Si に起因していたと推察される.

Si は Cu と同様に Al に添加することで EPIT を上昇させる

元素である12)ため,本論文で報告する,Si に起因する粒界

Page 7: Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

58

Fig. 12 STEMEDS line analysis for Si on grain boundary forAl1.4Si at tHT=0 and 2.59×106 s.

Fig. 13 Relationships between HTT, when (A) corrosion depth is the deepest, or (B) corrosion morphology changes from inter-granular corrosion to pitting corrosion, and Si concentration for specimens.

58 日 本 金 属 学 会 誌(2014) 第 78 巻

腐食感受性の発現機構は,AlCu 系合金のそれ5)と同様と考

えられる.すなわち,粒界に沿った Si 欠乏層と粒内との固

溶 Si 濃度差に応じた EPIT 差による Si 欠乏層の優先溶解が

起こる.この機構に従えば,Si 添加濃度とともに EPIT 差が

大きくなることで腐食深さは深くなるはずであるが,この傾

向は Fig. 2 からも確認された.

Fig. 2 に示したように,腐食深さは 453 K の熱処理時間

とともに一旦増大した後に減少した.このように腐食深さが

熱処理時間依存性を示す理由は以下のように推察できる.

Fig. 3 から明らかなように,ろう付後の冷却過程およびその

後の 453 K の熱処理によって Si 析出相が析出する.ろう付

後の冷却過程および短時間の熱処理では,粒界に優先的に

Si 析出相が析出し,粒界に沿って連続した Si 欠乏層が形成

されるため,粒界の優先溶解の傾向が強くなり,腐食深さが

増大する.一方,長時間の熱処理では,粒内においても Si

析出相の析出が進行し,粒内の Si 濃度が Si 欠乏層と同程度

まで低下することで,粒内にも腐食が進行し,腐食深さが減

少する.こうした機構に従って Fig. 1 および Fig. 2 で見ら

れるような,tHT=2.59×106 s での粒界腐食感受性の消滅が

起こったと考えられる.このことの確認するために,Al

1.4Si 合金の tHT=0,および 2.59×106 s における粒界付近

を STEMEDS 分析し,得られた Si のライン分析結果を

Fig. 12 に示す.分析は Si 析出相の無い場所に対して行い,

粒界付近における Al 母相中の Si 強度を測定した.tHT=0 s

では,Si 強度は粒界近傍で減少していた.これは粒界に沿

った Si 欠乏層に相当すると考えられる.tHT=2.59×106 s で

は,粒内および粒界近傍とで Si 強度の差は見られなかった.

Fig. 6 および Fig. 9 に示したように,453 K の熱処理によ

って Si 析出相は析出,成長していた.このことから,Al

0.2MgSi 系合金,Al1.1MnSi 系合金,および Al

1.1Mn0.2MgSi 系合金における粒界腐食の発現および

消失の機構も,AlSi 系合金と同様に,粒界に沿った Si 欠

乏層に起因すると考えられる.各合金におけるアノード溶解

後の 大腐食深さを示す HTT(A)および腐食形態が粒界腐

食から孔食に変化する HTT(B)の Si 濃度依存性を Fig. 13

に示す.これらの HTT は,同じ合金系においては,Si 濃度

依存性は小さかった.合金系の影響として,AlSi 系合金が

も HTT が長く,Si 以外の成分添加によって短くなった.

これは,Mn や Mg の添加によって,Mn や Mg を含む金属

間化合物が形成され,これを核形成サイトとすることで,Si

析出相の析出が促進されたためであると推察される.

5. 結 言

ろう付加熱まま,およびろう付加熱後に 180°C 熱処理し

た AlSi 系合金,AlSiMg 系合金,AlSiMn 系合金およ

び AlSiMnMg 系合金に関する粒界腐食の感受性の発

現・消滅機構について以下の知見を得た.

合金系によらず Si 添加により粒界腐食感受性が発現

する.ろう付加熱ままでは,Si 濃度 1.2以上で粒界腐食が

発生する.

ろう付加熱後の 453 K 熱処理により,粒界の優先腐

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5959第 1 号 Al 合金の粒界腐食感受性に及ぼす Si の影響

食傾向は一旦増大するが,長時間熱処理により減少する.

短時間の 453 K 熱処理では,粒界に優先的に Si 析出

相が析出し,粒界に沿って連続した Si 欠乏層が形成される

ため,粒界の優先溶解の傾向が強くなり,腐食深さが増大す

る.長時間の 453 K 処理では,粒内においても Si 析出相の

析出が進行し,粒内の Si 濃度が Si 欠乏層と同程度まで低下

することで,粒内にも腐食が進行し,腐食深さが減少する.

Mn や Mg を含む金属間化合物が核形成サイトとなる

ことで,Si 析出相の析出を促進する.このため,Mg および

Si 添加は粒界腐食感受性を発現しやすくする間接的要因と

なる.

Mg および Si 添加は粒界腐食感受性を発現しやすく

するが,長時間 453 K 熱処理による感受性消滅も起こりや

すくする.

文 献

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