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1 10 章 宇宙食について -宇宙日本食の開発を含めて- 宇宙航空研究開発機構 宇宙基幹システム本部 有人宇宙技術部 宇宙医学グループ 立花正一、中沢 孝 Space food, including development of Japanese Space Food Japan Aerospace Exploration Agency Human Space Technology and Astronauts Department Space Medicine Group Shoichi Tachibana, and Takashi Nakazawa ABSTRACT The International Space Station (ISS), which is being built in a 400km-high orbit, is a huge scientific project. The astronauts aboard the ISS suffer from various physiological and psychological stresses. Space food is one important measure for ameliorating these stresses. Space food has been developed and improved since the start of human space exploration in the 1960s. ISS food menu items still need to be increased to support long- duration missions, although there are currently about 300 items. JAXA has been developing Japanese space food to give variety to the ISS food, which is currently offered by NASA and the Russian Space Agency. This article describes space food development, types of food, and future challenges. 1 はじめに 現在宇宙飛行士3名を載せて地上約 400 kmの軌道上を回り続けている国際宇宙ステー ション(ISS)は、日本を含めて 15 カ国が参加している巨大な国際科学プロジェクトであ る。2007 年から 08 年にかけては、日本の科学実験棟「きぼう」も ISS に組み入れられ、 いよいよ日本の参加も本格化することが期待されている。飛行士たちは約 6 ヶ月交代の長 期滞在ミッションにおいて、宇宙ステーションの建設やメンテナンス、科学実験、地球や 天体の観測などに携わり、忙しい毎日を送っている。地表からはるかに隔たった小さな閉 鎖環境である宇宙ステーションで過酷で孤独な任務を続ける飛行士たちを、栄養面や心理 面で支える宇宙食は重要な役割を果たしていると言える。宇宙食と言えば、未だにチュー ブ入りやスティック状の味気ない栄養補給物と考えられている向きもあるが、今回は宇宙 食を正しく理解してもらうために、その歴史、現状、将来の課題なども含めて紹介したい。 特に、これまでアメリカとロシアによって供給されてきた ISS 宇宙食に、バラエティーと 国際色を加えるために宇宙日本食開発の努力が続けられてきたが、このほど認証基準や認 証手続きも確立し、いよいよ宇宙日本食が ISS に届けられる日も間近に迫ったので、この

第 10 章 宇宙食について -宇宙日本食の開発を含めて-...ABSTRACT The International Space Station (ISS), which is being built in a 400km-high orbit, is a huge

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    第 10 章 宇宙食について -宇宙日本食の開発を含めて-

    宇宙航空研究開発機構 宇宙基幹システム本部 有人宇宙技術部 宇宙医学グループ

    立花正一、中沢 孝

    Space food, including development of Japanese Space Food Japan Aerospace Exploration Agency Human Space Technology and Astronauts Department Space Medicine Group Shoichi Tachibana, and Takashi Nakazawa

    ABSTRACT The International Space Station (ISS), which is being built in a 400km-high orbit, is a huge scientific project. The astronauts aboard the ISS suffer

    from various physiological and psychological stresses. Space food is one important

    measure for ameliorating these stresses. Space food has been developed and improved

    since the start of human space exploration in the 1960s. ISS food menu items still

    need to be increased to support long- duration missions, although there are currently

    about 300 items. JAXA has been developing Japanese space food to give variety to the

    ISS food, which is currently offered by NASA and the Russian Space Agency. This

    article describes space food development, types of food, and future challenges.

    1 はじめに

    現在宇宙飛行士3名を載せて地上約 400 kmの軌道上を回り続けている国際宇宙ステー

    ション(ISS)は、日本を含めて 15 カ国が参加している巨大な国際科学プロジェクトであ

    る。2007 年から 08 年にかけては、日本の科学実験棟「きぼう」も ISS に組み入れられ、

    いよいよ日本の参加も本格化することが期待されている。飛行士たちは約 6 ヶ月交代の長

    期滞在ミッションにおいて、宇宙ステーションの建設やメンテナンス、科学実験、地球や

    天体の観測などに携わり、忙しい毎日を送っている。地表からはるかに隔たった小さな閉

    鎖環境である宇宙ステーションで過酷で孤独な任務を続ける飛行士たちを、栄養面や心理

    面で支える宇宙食は重要な役割を果たしていると言える。宇宙食と言えば、未だにチュー

    ブ入りやスティック状の味気ない栄養補給物と考えられている向きもあるが、今回は宇宙

    食を正しく理解してもらうために、その歴史、現状、将来の課題なども含めて紹介したい。

    特に、これまでアメリカとロシアによって供給されてきた ISS 宇宙食に、バラエティーと

    国際色を加えるために宇宙日本食開発の努力が続けられてきたが、このほど認証基準や認

    証手続きも確立し、いよいよ宇宙日本食が ISS に届けられる日も間近に迫ったので、この

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    開発経緯についても触れたい。

    2 宇宙における身体の変化と代謝

    「宇宙環境」と言うと誰でも連想するのは、体が空中をふわふわと漂う無重力状態であ

    る。人間が1Gという慣れ親しんだ地球の重力環境から離れて、無重力(実際は微小重力)

    状態に曝されると、下半身の水分や血液が上半身にシフトし、顔が腫れぼったくむくんだ

    状態になる。また宇宙酔いという乗り物酔いに似た吐き気、嘔吐、めまい、倦怠感などが

    60~70%の飛行士を襲うとされている。しかし、これらの症状はたいてい数週間のうちに

    消失する急性期の変化である。

    宇宙ステーションに数ヶ月間滞在して無重力状態に長期間曝されるとなると、別の問題

    が生じてくる。すなわち、筋肉の萎縮、骨量の減少などである。無重力状態では重力に対

    抗して体を動かしたり、姿勢を保持する必要がないため、寝たきりの患者の筋肉が萎縮す

    るように廃用性の萎縮が起こると考えられている。骨量も、重力に抗して骨が体を支える

    必要が無いから減ると考えられている。確かに、骨量の減少は体を支える大腿骨や坐骨、

    腰椎などで顕著である。

    栄養や代謝面で特に懸念されることは、骨量減少に伴う体内からのカルシウムの喪失と

    筋萎縮による蛋白の喪失である。ISS での健康管理の経験では、飛行士の骨量は 1 ヶ月に

    1~1.5%ずつ減少することが知られており、6 ヶ月の滞在では平均 6%以上の骨量が失わ

    れ、極端なケースでは 10 数%喪失することがわかっている。このようなケースでは地球

    に帰還し再び 1G の重力を受けた時に、骨が体を支えられずに骨折を起こす危険性が出て

    くる。筋肉についても体を支える抗重力筋、特に下半身の筋肉が減ることが知られており、

    やはり地上での転倒や歩行障害の原因となりうる。ある長期フライトミッションでは体重

    が平均 2.7kg 減ったというデータがあり、これは主に下半身の筋萎縮が関わっていると考

    えられている。

    3 宇宙食の役割

    宇宙において上述したような身体に加わる変化やストレスに耐え、宇宙環境に適応し体

    のコンディションを整えることは、飛行士がミッションを遂行するために重要な要素とな

    る。十分なカルシウム・ビタミン D・蛋白などの骨や筋肉の生成材料の補給だけでなく、

    宇宙では不足勝ちの、ビタミンやミネラルの適正な補給も大切である。

    一方、栄養補給だけできればいいからと宇宙食が全てチューブ入りでは食事が味気ない

    ものになる。いろいろな制限の多い閉鎖環境であるステーションの中での生活において大

    きな楽しみの一つが食事であることは強調しておかなければならない。ISS という閉鎖隔

    離環境で、人種も文化も異にする少数の同僚クルーと一緒に生活し、責任の大きい仕事を

    するという心理的ストレスの大きいミッションの中で、美味しい物を食べるという行為の

    ストレス解消効果は大きい。

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    以上のように、「栄養の確保」と「食の楽しみ」の二つの観点から宇宙食の開発がなさ

    れてきた。現在の宇宙食は 1960 年代のマーキュリー計画(米国)時代のチューブ入り宇宙食

    とは格段に違うメニューの多様性(約 300 種)を持ち、テーブル、食器など地上の食事環境

    にできるだけ近づけた快適性を確保するに至っている。

    4 宇宙食の歴史

    宇宙での最初の食事は、米国では 1962

    年にジョン・グレン飛行士がマーキュリー

    6 号によって米国初の有人軌道飛行をした

    時に、食物を口にしたのが最初である。こ

    の当時は宇宙で食物を口に入れること自体

    が未知の体験であり、食べた物が本当に胃

    腸に運ばれ吸収されるかどうかも議論が分

    かれ、宇宙での最初の食事は勇気を必要と

    する“冒険”であったという事実は興味深

    い。なお、マーキュリー計画(1961~63

    年)時代の飛行士はチューブ入りや一口サ

    イズの固形物などを口にしなければならず、

    これらの食品は総じて飛行士の不評を買っていたようである(図 1)。

    ジェミニ計画(1965~66 年)時代には、一口サイズの食品がぽろぽろと砕けないよう

    にゼラチンで表面加工されたり、水分を含む食品が増えたり、パッケージやメニューに改

    良がなされた。シュリンプカクテル、チキン、野菜、スコッチプリンなどのメニューが加

    わった。

    アポロ時代(1968~72 年)になると食品の質も向上し種類もさらに増える。初めてお

    湯が使えるようになり、フリーズドライ食品の質の向上につながった。また、レトルト食

    品が登場したり、スプーンを使って食事ができるようになったのもこの時代である。

    スカイラブ時代(1973~74 年)には、宇宙での食事風景が地上のそれに大きく近づい

    た。これまでの宇宙機に比べて格段に広いスペースを確保できたスカイラブでは、食卓を

    備えたダイニングルームを設け、スプーン、フォーク、ナイフなどでクルーが楽しく食卓

    を囲むという風景が出現したのである。また冷凍冷蔵庫を完備し、広い食品庫には 72 種

    類の食材がストックされた。

    シャトル時代(1981 年~)に入ると、さらに宇宙食の種類や質は充実し、もはや宇宙食

    は得体の知れない謎めいた食べ物ではなく、一般の食品ストアーに並べられている加工食

    品と同じものを宇宙用に転用したメニューが沢山加えられた。

    図 1:マーキュリー計画時代の NASA の宇宙食

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    一方ロシアでは、1961 年に旧ソ連時代の

    ヴォストーク 2 号で軌道上に 1 日滞在した

    チトフ飛行士がはじめて食物を口にしてい

    る。当初は、ピューレ(野菜などを煮てす

    りつぶしたスープ)や液状食が主体であっ

    た。サリュート 6 号(1977~82 年)で 184

    日間の長期飛行をした飛行士を食の面で支

    えたのは 2~3 ヶ月ごとにプログレス貨物

    機で届けられる新鮮な野菜や果物の食材で

    あった。宇宙ステーション・ミール(1986

    ~2001 年)で 437 日の最長滞在記録を打

    ち立てたポリヤコフ飛行士も定期的に届けられる食材を楽しみにしていたことであろう。

    ちなみに、ロシアでは伝統的に缶詰食品がよく使われてきた(図 2)。

    最近では第 3 の宇宙大国となった中国の飛行士が軌道上で中華料理の宇宙食を楽しんだ

    ことが話題になった。この時飛行士は、「宮保鶏丁」(角切り鶏肉の辛味あんかけ)や「魚

    香肉絲」(細切り肉のからしいため)などを食べ、食後には漢方薬と栄養剤入りの飲料を飲ん

    だと報道された。1960 年代の「宇宙食」と比べると格段の進歩が遂げられていることが理

    解できる。

    5 宇宙食の種類

    現在国際宇宙ステーションで用いられている宇宙食メニューは約 300 種類あり、大別す

    ると、加水食品(フリーズドライ)(図 3)、温度安定化食品(レトルト、缶詰)(図 4)、自然形態

    食品、放射線照射食品(図 5)、生鮮食品、調味料(図 6)などに分類される。

    図 2:ロシアの宇宙食(缶詰が多い)

    図 3:ソーセージパテとシュリンプカクテル(フリーズドライ食品)

    図 4:スモークターキーとバターライス (レトルト食品)

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    加水食品は文字通りお湯や水を加えて食べたり飲んだりするもので、スープ、ジュース、

    コーヒーなどの飲料や、スクランブルエッグ、シュリンプカクテル、シリアルなどである。

    温度安定化食品はオーブンで温めたり、そのまま食べるもので、ツナ、サーモンなどの缶

    詰、フルーツ缶、及び多くのレトルト食品である。レトルト食品はカレーなど日本でも多

    種類作られ今や日常の食卓でも一般的なものになっている。自然形態食品はナッツ類、グ

    ラノラバー、クッキーなどそのまま食べられるものをいう。放射線照射食品は日本ではあ

    まり馴染みのない食品加工法だが、米国では肉類の殺菌に用いられており、温度安定化食

    品と同様に温めて食べる。

    生鮮食品はリンゴ、バナナ、オレンジなどの果物やニンジン、セロリなどの野菜、パン

    やトルティーヤなどであるが、現在のステーションには残念ながら冷蔵庫は搭載されてい

    ない(科学実験用の冷凍冷蔵庫はあるが)ので、賞味期間は打ち上げ後数日と限られてく

    る。ちなみに、トルティーヤはメキシコ料理には欠かせない薄い円盤状の柔らかいパンの

    ようなものだが、適当な粘り気があり食べやすく人気が高いようである。調味料は食事を

    おいしく食べるためには欠かせないもので、塩、こしょう、ケチャップ、マスタード、マ

    ヨネーズなどが揃っているが、塩、こしょうは空間に飛び散らないように液体状になって

    いるところが宇宙的である。

    6 宇宙日本食の開発

    現在 ISS で飛行士が食べている宇宙食はアメリカとロシアが半々で供給しており、それ

    ぞれの食品ラボで栄養や味、衛生面を考慮して開発したもので、良質で安全な食品を飛行

    士に提供するように開発努力が続けられている。メニューは 300 種類ぐらいあるといって

    も、献立にするとせいぜい 10 日間分にしかならず、言い換えると飛行士は 11 日目には同

    じメニューを繰り返し食べることになる。また、米露製の宇宙食は日本人には味がくどか

    ったり、脂肪分が多すぎたり、嗜好と異なったりするという問題がある。

    図 6:宇宙仕様の調味料(マヨネーズと液体状の塩・コショウ)

    図 5:放射線により殺菌した肉製品 (日本では使用されていない方法)

  • 6

    近い将来 ISS への長期滞在を予定している日本人飛行士に、日本人の嗜好にあった宇宙

    食の供給をすることにより彼らの活躍を栄養面と心理面から支えるとともに、最近世界的

    にもポピュラーとなっている日本食を外国人飛行士にも提供することにより、ISS 宇宙食

    のバラエティーを増すことに貢献するという二つの目的で、2001 年から実施した調査検討

    の結果を踏まえて、2004 年から宇宙日本食の開発が始められた。ちなみに、それ以前はス

    ペースシャトルに日本人飛行士が搭乗したときに、特別枠(ボーナス・メニュー)としてカレ

    ーライス、五目炊き込みご飯、ラーメン(図 7)、肉じゃが、日の丸弁当(図 8)、せんべいな

    どを持ち込んだ経験はあったが、独自に宇宙食を開発するとなると、いろいろな条件をク

    リアーしなければならなかった。

    当初、日本食品科学工学会(学識経験者と主要食品メーカーからなる食品の専門家

    団体)に協力をお願いし、アメリカやロシアの宇宙食製造状況や認証基準・調達基準の調査

    から始め、その厳しい基準をクリアーできる食品の候補品の試作、パッケージの試作、

    JAXA 独自の認証基準・調達基準の制定準備等の作業を進めるとともに、JAXA が認証

    (図 9)した食品をスムーズに ISS に届けるためのシステムや手順(図 10)を確立するための

    国際調整も進めてきた。

    図 7:スペースラーメンを食べている 野口飛行士

    図 8:土井飛行士がシャトルに持ち込んだ 日の丸弁当

    図 9:宇宙日本食の認証プロセス

    図 10:宇宙日本食の搭載までの流れ

  • 7

    食品の候補品の試作と選定では「常温で 1 年間の保存に耐える物」という条件が大きな

    ハードルとなった。ISS への食糧供給は数ヶ月に 1 回程度しか出来ず、また打ち上げ前の

    地上搬送、諸検査、準備に時間がかかるため、最低 1 年間の常温保存に耐えるものでなけ

    れば、ISS のレギュラーメニューにはなれない。日本食と言うと誰でも「スシ」や「てん

    ぷら」を連想するが、これらの食品はまだ技術的に長期間の保存には耐えられないのであ

    る。結局選定された試作候補品(図 11、図 12)は、ラーメン、カレーライス、おにぎり、お

    かゆ、わかめスープ、いわしトマト煮、さばの味噌煮、緑茶、ウーロン茶、トマトケチャ

    ップ、マヨネーズといったもの 25 種 35 品目で、まずは日本人が日常家庭で食べている食

    事の宇宙化を目指したのである。もちろん将来技術的に可能になれば、ぜひ「スシ」、「て

    んぷら」、「すき焼き」など、誰もが和食と認める食品を宇宙に打ち上げたいという希望は

    残している。

    次に我々が努力した点は、日本が製造した食品をいちいちアメリカかロシアの食品ラボ

    で検査を受けて認証してもらうのではなく、既に一般食品の製造では高い技術と安全性を

    誇るわが国が独自のシステムと基準で認証すれば、そのまま ISS の参加宇宙機関が受け入

    れる態勢を作ることであった。このために、国際調整では大いに努力した。この合意をと

    ることにより、今後第1弾の宇宙日本食の開発に協力したメーカー以外でも、JAXA の定

    めた認証基準を満たす食品を開発さえすれば、ISS への宇宙食を供給できる枠組みができ

    たわけである。ISS の食品に関しては、MMOP(多数者間医学運用パネル:ISS 参加の 5

    つの宇宙機関の医学メンバーより構成される合同のパネルで JAXA もメンバー)の栄養ワ

    ーキンググループが所掌しているので、このワーキングループに米露以外の参加宇宙機関

    も宇宙食を供給できるよう「ISS フードプラン」という基準合意文書の改訂を働きかけた。

    また技術的な点では、アメリカやロシアの現有パッケージをそのまま使うのではなく、

    日本独自の工夫も加えた。つまり飲料用パッケージ(図 13)では、具入りの味噌汁でもスト

    ローに詰まることなく吸えるように呑口を太めにしたり、飲みかけで口を離しても液体が

    出てこないよう簡単に蓋が出来る工夫を加えた。

    図 11:宇宙日本食試作品の一例 左:山菜おこわ 右:シーフードラーメン

    図 12:宇宙日本食試作品の一例 左:ビーフカレー 右:白がゆ

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    こうして宇宙日本食を ISS のレギュラーメニューに入れ込むこ

    とにより、単に日本人に供給するだけでなく他の国の飛行士にも

    食べてもらい、日本食のおいしさを楽しんでもらうことが可能と

    なった。JAXA の宇宙食開発に刺激を受けて、ESA(ヨーロッパ

    宇宙機関)や CSA(カナダ宇宙機関)も独自の特色を生かした宇

    宙食の開発に着手し始めた。将来、宇宙で日本食、フランス料理、

    イタリア料理、カナダ料理などを楽しめるという夢が広がってい

    る。

    7 宇宙食の今後の課題

    現在利用されている宇宙食は 1960 年代の開発当初と比べれば

    種類も豊富で、味も栄養価も格段に良くなり、6 ヶ月以上の長期

    間の宇宙滞在を支えるだけの品質を持っていると言える。しかし、

    まだ高所登山や極地探検時の携行保存食と似たような特殊な食品

    の域を出ず、宇宙日本食について言えば、その開発は始まったば

    かりで、まだ本格的な「和食」を宇宙で楽しめる段階にはない。一

    般人の宇宙旅行が現実のものとなりつつある今日、食品加工技術の進歩を基盤に、我々が

    地上で楽しんでいる食事に限りなく近いものを宇宙空間でも再現できるようになるのが、

    宇宙食開発に携わる者の一つの課題と考えている。

    宇宙環境では蛋白やカルシウムが失われやすいことや、貧血傾向になることが知られて

    いる。これらに対処するために、単純に高蛋白食を取ったりカルシウムや鉄を余分に加え

    ることは、高尿酸血症(痛風)や尿路結石を誘発したり、鉄の過剰蓄積の危険性もあり今後

    研究を要するところだが、宇宙での栄養・代謝の変化に対処するために 特定の栄養素を加

    えた特定保健用食品の開発なども今後の課題だと考えている。また、放射線被曝は宇宙環

    境では避けては通れない問題である。最近の知見によればカロテンなどの抗酸化作用のあ

    る物質は放射線から体を守る効果もあるということがわかってきた。十分なカロテンを含

    む食品を摂取することで、宇宙放射線による被曝から飛行士を守ることができれば、長期

    滞在に伴う大きな問題の一つが解決されるかも知れない。

    現在のステーションには食品保存用の冷凍・冷蔵庫は搭載されていないため、果物や野

    菜などの生鮮食料品は宇宙機がステーションにドックされて数日間しか賞味できない。宇

    宙滞在が長期化すればするほど新鮮な食材確保のニーズが高くなる。今後は頻繁な貨物機

    の打ち上げや冷蔵庫の搭載などで対処していくことが望まれる課題である。

    また、単に地上から食料を宇宙に持ち込むだけでなく、宇宙環境で野菜や穀物を育てる

    という研究も行われている。月・火星への有人探査活動においては、ぜひこのような技術

    が実用化され、現地における新鮮な食材の供給がなされることを期待している。

    図 13:JAXA 開発の食品用パッケージの例

    吸い口を広くし、蓋に紛失防止用のひもを付けるなどの工夫をしている。

  • 9

    8 おわりに

    宇宙食はもはや謎めいたチューブ入りの食べ物などではなく、近所の食品ストアーにも

    並べられている加工食品と大して変わらない素材でできており、種類も多くなり、味、栄

    養、衛生面でも十分に考慮された食品となっている。宇宙での長期滞在は心身両面に種々

    のストレスを及ぼすが、その対策の一つとして宇宙食の果たす役割は大きいものがある。

    また近い将来日本人飛行士が宇宙ステーションに滞在する頃には、日本食メニューもレギ

    ュラーメニューの中に組み込まれていることを目指して、宇宙日本食の搭載準備を着々と

    進めているところである。

    参考文献

    1 関口千春、栄養・代謝.p93-103 宇宙医学・生理学.関口千春 他著.宇宙開発事業

    団編.1998

    2 Space Food. NASA Facts.

    FS-2002-10-079-JSC

    3 立花正一、宇宙食の現在. P82-85 日仏工業技術. Tome49 No.2. 日仏工業技術会. 2004

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