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1. はじめに 本研究では,対称性を用いて文様の構成要素(以下モチ ーフ)と,そのモチーフを配置する位置の両方を編集して 繰り返し文様を生成する手法を提案する. 人間と装飾の関わりは古く,世界中多くの文化圏で様々 なデザインや装飾が考案されてきた.特に近年の情報イン フラの整備やDTP(DeskTopPublishing)の発達により,個 人からもコンテンツが発信できるようなり,それらのコン テンツを彩るデザインの需要は日々高まっている. しかし, 思うとおりのデザイン素材を探しだすことや,自分で制作 するのは難しい. 文様と一言で言ってもその形や敷き詰められる領域,モ チーフの種類は様々に存在する.そして,その中には,そ の構造や文法が何らかの決まりに従って構築されているも のも多い.本研究では数ある文様とモチーフの中でも,日 本の古典文様の紋と割付文様に注目する.紋の多くは単純 な要素と対称性から構成されておりモチーフに使用できる. また,割付文様と呼ばれる繰り返し文様もまた対称性でそ の構造を説明できる. 本論文では,文様生成のヒントとなった日本の古典文様 の持つ対称性の性質と,本手法における文様の生成方法に ついて述べる. 2.関連研究 関連する研究として,閉じた図形領域内を植物モチーフ の装飾で埋めるための手法が提案されている[1] .しかしこ の手法では,モチーフが配置されるための領域自体を編集 する事には言及していない.また,モチーフの簡単な編集 はできるものの,空間を埋める際の手法は植物モデルのL システムを用いた自動的なものであり,そこに制作者の細 かい意図を反映させるのは難しい. 繰り返し文様については,Howardらが17種類の対称性 による繰り返し文様をFortranによって実現している[3] しかし,この手法も敷き詰められるモチーフそのものは数 本の直線の組み合わせである等,敷き詰められるモチーフ に着目したものではない. また,本手法では植物モチーフの編集を行うが,モデリ ングにはL システムは用いず, あらかじめ構造を定義して おき,それに則ってユーザがパラメータの編集を行えるよ うな手法を用いる[2] .植物モチーフを編集し,またモチー フをどう空間に配置するかも製作者の意図を反映しながら, 敷き詰め文様を編集・生成していく. 3.日本の古典文様と対称性 本研究では文様を生成するにあたって日本の古典文様に 着目した.これは,対称性を持つモチーフや,繰り返し文 様が多く存在することが理由である. 3.1 紋の構造 日本の紋は, 単なる装飾だけでなくマークとしての役割を 持つという背景から, シンプルかつ幾何学的な性質を持つ. 図1に示すのは,いずれも日本の古典文様の梅である.こ れらは72度ずつ回転させたときに元の形と重なる対称性 を持っている.そして,梅に限らず桜や菊,唐花など,多 くの古典文様における花の構造は(1) 中心(2) がく(3) 花弁の 要素によって構成されており,花の中心を回転軸としたn 分の1回転対称(n=1.2….) となっている.図2は同じ梅のモ チーフであるが,それぞれ花弁の数や形状の微妙な違いに よって, 違うモチーフとなっている. 梅の他にも唐花や桜, 菊等多くの古典文様の植物モチーフでも同様の解釈が行え る. 1 梅の紋 2 共通してみられる構造 3.2 繰り返し文様と対称性 平面上に一つのモチーフを用いて繰り返される模様は, 「対称性」をキーワードにすると全てで17種類の型がある. これらの対称群は,17種類の対称性とよばれている.図3 に矢印をモチーフとした17種類の対称性の図版を図3に示 [5] 3 17種類の対称性の図版例[5] 対称性によるモチーフと繰り返し文様の生成 Methods for Generating Motifs and Repetition Patterns Symmetricly 2DS06134S 城崎 佐和子 Sawako JOHZAKI p1 p2 p3 pmm pg pmg pgg cm cmm p3 p31m p3m1 p4 p6m p6 p4m p4g

対称性 によるモチーフと 繰り 返し文様 の生成gospel.aid.design.kyushu-u.ac.jp/~wiki/sotsuken07/abst/2...ターンが 出現 する .このパターンを 使ってモチーフを

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Page 1: 対称性 によるモチーフと 繰り 返し文様 の生成gospel.aid.design.kyushu-u.ac.jp/~wiki/sotsuken07/abst/2...ターンが 出現 する .このパターンを 使ってモチーフを

1. はじめに

本研究では,対称性を用いて文様の構成要素(以下モチ

ーフ)と,そのモチーフを配置する位置の両方を編集して

繰り返し文様を生成する手法を提案する.

人間と装飾の関わりは古く,世界中多くの文化圏で様々

なデザインや装飾が考案されてきた.特に近年の情報イン

フラの整備やDTP(DeskTopPublishing)の発達により,個

人からもコンテンツが発信できるようなり,それらのコン

テンツを彩るデザインの需要は日々高まっている. しかし,

思うとおりのデザイン素材を探しだすことや,自分で制作

するのは難しい.

文様と一言で言ってもその形や敷き詰められる領域,モ

チーフの種類は様々に存在する.そして,その中には,そ

の構造や文法が何らかの決まりに従って構築されているも

のも多い.本研究では数ある文様とモチーフの中でも,日

本の古典文様の紋と割付文様に注目する.紋の多くは単純

な要素と対称性から構成されておりモチーフに使用できる.

また,割付文様と呼ばれる繰り返し文様もまた対称性でそ

の構造を説明できる.

本論文では,文様生成のヒントとなった日本の古典文様

の持つ対称性の性質と,本手法における文様の生成方法に

ついて述べる.

2.関連研究

関連する研究として,閉じた図形領域内を植物モチーフ

の装飾で埋めるための手法が提案されている[1].しかしこ

の手法では,モチーフが配置されるための領域自体を編集

する事には言及していない.また,モチーフの簡単な編集

はできるものの,空間を埋める際の手法は植物モデルのL­ システムを用いた自動的なものであり,そこに制作者の細

かい意図を反映させるのは難しい.

繰り返し文様については,Howardらが17種類の対称性

による繰り返し文様をFortranによって実現している[3].

しかし,この手法も敷き詰められるモチーフそのものは数

本の直線の組み合わせである等,敷き詰められるモチーフ

に着目したものではない.

また,本手法では植物モチーフの編集を行うが,モデリ

ングにはL­システムは用いず, あらかじめ構造を定義して

おき,それに則ってユーザがパラメータの編集を行えるよ

うな手法を用いる[2].植物モチーフを編集し,またモチー

フをどう空間に配置するかも製作者の意図を反映しながら,

敷き詰め文様を編集・生成していく.

3.日本の古典文様と対称性

本研究では文様を生成するにあたって日本の古典文様に

着目した.これは,対称性を持つモチーフや,繰り返し文

様が多く存在することが理由である.

3.1 紋の構造

日本の紋は, 単なる装飾だけでなくマークとしての役割を

持つという背景から, シンプルかつ幾何学的な性質を持つ.

図1に示すのは,いずれも日本の古典文様の梅である.こ

れらは72度ずつ回転させたときに元の形と重なる対称性

を持っている.そして,梅に限らず桜や菊,唐花など,多

くの古典文様における花の構造は(1)中心(2)がく(3)花弁の

要素によって構成されており,花の中心を回転軸としたn

分の1回転対称(n=1.2….)となっている.図2は同じ梅のモ

チーフであるが,それぞれ花弁の数や形状の微妙な違いに

よって, 違うモチーフとなっている. 梅の他にも唐花や桜,

菊等多くの古典文様の植物モチーフでも同様の解釈が行え

る.

図1 梅の紋

図2 共通してみられる構造

3.2 繰り返し文様と対称性

平面上に一つのモチーフを用いて繰り返される模様は,

「対称性」をキーワードにすると全てで17種類の型がある.

これらの対称群は,17種類の対称性とよばれている.図3 に矢印をモチーフとした17種類の対称性の図版を図3に示

す[5].

図3 17種類の対称性の図版例[5]

対称性によるモチーフと繰り返し文様の生成

Methods for Generating Motifs and Repetition Patterns Symmetricly

2DS06134S 城崎 佐和子 Sawako JOHZAKI

p1 p2 p3 pmm pg

pmg pgg cm cmm

p3 p31m p3m1 p4

p6m p6 p4m p4g

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これらの対称性は鏡映(mirror), 回転(360°/表記の数字),

すべり鏡映(glide)のいずれかの操作の規則正しい繰り返

しで実現しており,名称がそのまま繰り返し方を示してい

る.

この対称性を用いてモチーフを展開するとき,平面に繰

り返される際にモチーフに割り振られる領域を基本領域と

言う.基本領域は同じ形,同じ面積である.また,モチー

フの任意の一点に点を振り,それぞれの対称性に合わせて

展開すると点の集合が出現するが,その点の集合を格子と

呼ぶ(図5).対称性の名称にはpやcという記号が使われてい

るが,これらは格子の種類を表している.pは単純な格子 (primitive)を意味し,cは中心のある格子(facecenterd)

という意味である.

図4 p1(並行移動)における格子

3.3 割付文様

単位文様を規則的に散らしたものを総じて割付文様と

いう.割付文様は17種類の対称性の内のいくつかの型に

対応している(17種類全ての型はない) .以下にいくつか

の例を示す.

図5 割付文様と対称性の型[4]

割付文様には多くの変形型が存在し, 他の文様と組み合

わせたり, 文様の中に植物モチーフが埋め込まれたりする

等の様々なバリエーションが存在する(図6).

図 6 亀甲とそのバリエーション

単純な直線や曲線のモチーフだけではなく,このような

複雑な要素を含んでくると繰り返しの元となるモチーフを

考えだすのは難しくなってくる.次章では,こういった植

物意匠と繰り返しパターンをどうやって組み合わせ,繰り

返し文様を生成していくのかを説明する.

4.文様の生成

本研究では, より直観的に文様を作ることができるよう

に繰り返しパターンを作る工程を「モチーフの編集」「モ

チーフ配置位置の編集」「繰り返し文様の生成(レンダリ

ング)」の三つに分ける.敷き詰めパターンを生成する流

れは以下のようになっており,ユーザは常に生成される結

果を見ながら文様をデザインしていく.

図7 生成の流れ

4.1 モチーフの編集

本手法では,前章で述べたような中心・がく・花の要素

から成る植物モチーフのモデリングを行う(図8).それ

ぞれのモチーフは自分の座標を持ち, 花の中心が原点とな

る.各要素の持つパラメータは表のとおりである.

図 8 モチーフと各要素

中心(central) 大きさ(CSize)

がく(sepal) 縦の大きさ(SSize_X)

横の大きさ(SSize_Y)

原点からの距離(SDist) 個数(SNum)

花弁(petal) 縦の大きさ(PSize_X)

横の大きさ(PSize_Y)

原点からの距離(PDist) 個数(PNum)

モチーフは各々の座標において, 原点を中心に(1)花の中

心(2)がく(3)花弁の要素を配置していく. その際,(1)は中

心に一個のみ, (2)(3)はそれぞれ任意の数で配置していく.

また(2)(3)の要素の配置方法は基本的に同じである.表に

示してある変数の値を変えて,モチーフの編集を行う.各

要素の持つ形状の表現は,あらかじめ用意しておいた画像

ファイルを用いた. 各要素の形状の違いでモチーフaとモチ

ーフbを用意した.その結果を下図に示す.

図 9 モチーフ a(左)とモチーフ b(右)

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図 10 モチーフ aの編集例

図 11 モチーフ bの編集例

また, がく・花弁と同じように葉の要素を付け加えたり (図12左), 作成したモチーフをさらに他のモチーフの各要

素の形状にする事によって単純な花以外のモチーフを形

づくる事も考えられる(図12右).

図 12 要素の追加・置き換えによるモチーフの変化

4.2 モチーフの配置位置の編集

次に,作ったモチーフを空間に配置する際の座標の編集

方法について述べる.

モチーフの配置位置を決定するには,17種類の対称性を

利用する.17種類の対称性には,繰り返しの基本領域が存

在する.基本領域は,条件を満たせばどのような形状でも

基本領域たりえるが,本手法では回転の中心,鏡映軸,平

行移動の距離によって区切られる三角形や四角形の領域を

基本領域とする.

この基本領域に任意の線を描き込み,それぞれの対称性

にしたがって平面上に展開すると線で描かれた繰り返しパ

ターンが出現する.このパターンを使ってモチーフを配置

していき,新たな繰り返し文様を生成する.

本論文においては,線上にモチーフを並べることで実現

する.以下,17種類の対称性のうちcmmでの例を示す.cmm

は二回の鏡映操作を行い,直角三角形が基本領域となって

展開される(図13).

図 13 cmmと基本領域

この基本領域にライン1とライン2の二本の直線を描き

こむ. その始点と終点の位置を変更することによって, 様々

な繰り返しパターンが出現する(図14).

図14 二本の直線と繰り返しパターン

繰り返し展開された各ラインにモチーフを何個,どのよう

な大きさで配置するのかを指定する(図15).

図15 各ライン上にモチーフを配置する

5.結果

文様の生成のために本手法を実装したソフトウェアを

試作した. 使用言語はC/C++, 画像の表示とユーザーイン

ターフェースにはOpenGLを使用してある.

図16 試作ソフトウェア

(①繰り返し文様 ②生成モチーフ ③ライン編集

④モチーフパラメータ編集)

本ソフトウェアでは17種類の対称性のうち,日本の古典

文様にその型が見られるcmm, p4g, p3m1, p31mを実装した.

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aとbの二つのモチーフを編集し, それぞれをライン1とライ

ン2上に配置して平面空間に繰り返していく.

図17 p3m1(左),p31m(右)

図18 p4g(左) ,cmm(右)

以下に結果画像を示す.リアルタイムに図16の①に示さ

れる 結果を見ながら, モチーフやラインを編集して制作し

た.

図19 結果画像(cmm)

cmmは日本古典文様の中でも, 多く見られる対称性の型で

あり,実際に文様を生成してみると,大振りなモチーフか

ら小さなモチーフまで,見栄えのする文様を作りやすいと

いう結果が出た.

図20 結果画像(p3m1)

p3m1やp31mは他の対称性の型に比べて繰り返しの数が多

く,大きなモチーフよりも小さくシンプルなモチーフが適

している. 亀甲や麻の葉などの日本伝統の柄が制作できる.

図21 結果画像(左:p31m 右:p4g)

以上のように,本手法を考えるにあたり参考にした,日本

の古典文様の型と同じデザインや,逆に日本の伝統の柄に

は当てはまらないデザインなど様々な文様が生成できた.

6.まとめ

本研究では, 繰り返し文様を直観的に生成するため, そ

の製作ステップをモチーフとモチーフの配置位置の編集

に分け, それぞれ対称性を用いて編集するという手法を提

案した.

その手法を用いて文様の生成を行った結果, 一般的な文

様もそれ以外の繰り返し文様など様々なバリエーション

を生成することが可能となった.

しかし, 現在はまだ形の表現しか実現しておらず, 色彩

の表現はできない. その形状も, 基本となる中心等の要素

は別のペイントツールで制作した画像ファイルを使用し

ているなど課題がある. 今後表現力の向上のために以下の

ことが考えられる.

・中心,がく,花弁の各要素の形状の生成

・ライン以外のモチーフの配置位置の編集

・対称性ごとの最適なモチーフのパラメータの把握

・色彩の編集

また, より文様製作者の意図をアルゴリズムに反映でき

るような, 使いやすいインターフェースになるよう, 文様

生成ソフトウェアとしての改良も行っていきたい.

参考文献

[1] Michael T. Wong et al: Computer-Generated Floral

Ornament, Proceedings of the 25th annual conference on

Computer graphics and interactive techniques, p.423-434, 1998

[2] Takashi Ijiri, et al:Floral diagrams and inflorescences:

Interactive flower modeling using botanical structural

constraints, Transactions on Computer Graphics, ACM

SIGGRAPH 2005, Los Angels, Vol.24, No.3, 2005

[3] Howard Alexander: The computer/plotter and the 17

ornamental design types, Proceedings of the 2nd annual

conference on Computer graphics and interactive techniques,

p.160-167, 1975

[4]伏見康治:アジアの形を読む,工作舎,p28-41,1993

[5]日本図学会編:美の図学,森北出版,p85-92,1998