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組合員から 「必要とされる農協」 「見捨てられる農協」 有限責任監査法人 トーマツ JA 支援室 みず たに せい 30 経営実務 ’17 7 月号 1.職員に浸透していない自己改革の必要性 規制改革推進会議の主張する農協改革に関する「農協改革集中推進期 間」 (平成31年5月まで)も残すところあと2年を切り、同会議による農 協グループに対する急進的な要求など農協解体を目的とする“農協改革” の勢いはとどまることを知りません。そのうえ、農協経営を支える信用 事業を取り巻く環境は厳しさを増し、農林中央金庫が将来の信用事業の 在り方を検討するよう呼び掛ける状況になっています。 このように、農協の置かれた環境は、国内農業の衰退による組合員基 盤の弱体化、マイナス金利にはじまる信用事業の減収、マスコミ誘導に よる地域からの疑心暗鬼、規制改革推進会議による威嚇と、まさに四面 楚歌の状況です。 しかし、改革の当事者である農協の現場に訪問すると予想外に楽観論 がはびこっています。昨年あれだけ改革に向けた議論を重ねたにもかか わらず、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とばかりに“改革”などどこ吹 く風で、昨年と何も変わらず推進目標の達成にしか興味のない職員がそ こにいます。

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組合員から

「必要とされる農協」

「見捨てられる農協」

有限責任監査法人トーマツ JA支援室

水みず

谷たに

 成せい

吾ご

30 経営実務 ’17 7 月号

1.職員に浸透していない自己改革の必要性

 規制改革推進会議の主張する農協改革に関する「農協改革集中推進期間」(平成31年5月まで)も残すところあと2年を切り、同会議による農協グループに対する急進的な要求など農協解体を目的とする“農協改革”の勢いはとどまることを知りません。そのうえ、農協経営を支える信用事業を取り巻く環境は厳しさを増し、農林中央金庫が将来の信用事業の在り方を検討するよう呼び掛ける状況になっています。 このように、農協の置かれた環境は、国内農業の衰退による組合員基盤の弱体化、マイナス金利にはじまる信用事業の減収、マスコミ誘導による地域からの疑心暗鬼、規制改革推進会議による威嚇と、まさに四面楚歌の状況です。 しかし、改革の当事者である農協の現場に訪問すると予想外に楽観論がはびこっています。昨年あれだけ改革に向けた議論を重ねたにもかかわらず、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とばかりに“改革”などどこ吹く風で、昨年と何も変わらず推進目標の達成にしか興味のない職員がそこにいます。

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経営管理

経営実務 ’17 7 月号 31

 そもそも農協グループの掲げる自己改革とは、農協が地域において必要な存在であり続けるために、自分たちが必要と考えて実行する当たり前の事業活動であり、“農協改革”を迫られたから実行するものではありません。それにもかかわらず、自己改革が政府に対するパフォーマンスになってしまえば、職員にとっては中央会や経営層による政治活動でしかありません。これでは、改革が道に迷うのは当然であり、誰のための改革なのかわかりません。

2.失われる組合員との信頼関係

 改正農協法では、「組合は、事業を行うに当たって、組合員に利用を強制してはならない」と規定されました。この条文については、どこの農協で話を聞いても「今の時代、こんなことをやっている農協はない。農協の農業資材が高ければ、組合員は平気でホームセンターで買っている」という意見がほとんどです。 しかし、本当に組合員に利用を強制していないと言い切れるのでしょうか。LAは組合員に共済契約を繰り返しお願いして、組合員がしょうがないと根負けして半ばあきれて契約しているようなことはないでしょうか。『家の光』や『日本農業新聞』を読まない、必要ないといっている組合員に押し付けるようなことはしていないでしょうか。 これから先は組合員の世代交代が進み、「これまで仲良くしてきた農協さんの言うことだから」と受け入れてくれていた組合員はいなくなっていきます。新しい組合員は農協が頼りになるから、必要だからお付き合いをいただけるのです。組合員の相談に応えることで信頼関係を構築し、農協と付き合うことの価値を感じてもらわなければなりません。先人が築き上げた信頼関係を切り崩して短期的な実績を積み上げているだけの農協は、あっという間に地域から必要とされなくなるでしょう。

3.農協の現場はできない理由のオンパレード

 全国の農協を訪問するなかで、管理職以上の役職員から「○○農協だからできるが、自分たちの農協では規模が違う」「○○県だからできるが、自分たちの地域では環境が違う」という話を、これまで幾度となく聞い

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32 経営実務 ’17 7 月号

てきました。誰に聞いても、自分たちには特別な事情があり、改革を実行することがいかに困難かということを雄弁に語ります。 「農業所得を増大させるための取組みをしたいが、高齢化が進み農家がそれを望んでいない」「農地を集約して農作業を効率化したいけど農家の理解が得られない」など、自己改革が進まないのは仕方がない、忸怩たる思いだと訴えます。しかし、できない理由を完璧に説明することに価値はありません。現在の環境下において自分たちに何ができるのかを考え、実践しなければ状況が改善することはありません。 また、改革が進められない理由で多いのが「改選時期だから今は動けない」という理由です。そのうえで、新しい理事が就任すれば「まずは現状を把握することからはじめる」といって、さらに“改革”は先送りにされます。役員改選は農協の都合であり、その間に農家の営農活動が止まるわけではありません。 未曽有の危機ともいえる環境に直面している日本の農業にとって改革は待ったなしのはずです。それが「農協の理事を決めるのでちょっと待ってください」というのは、外から見たときに本気で改革をする意思がないと捉えられてもおかしくありません。

4.組合員から「必要とされる農協」と「見捨てられる農協」  の違い

 この1年で、口では何と言っていようと、改革の意思があるのか、ないのか、はっきりと差が出たように感じます。政府を批判したり、日本農業の将来を嘆いたりするだけで、改革の当事者としての自覚がない農協で自己改革の進捗状況を問えば、多くの職員から「何も変わっていない」「よくわからない」という答えが返ってきます。 このような職員は、自己改革が必要なことはわかっているが、“忙しい”ので余計なことはしたくないというのが本音です。 支店長と話をすれば、農協を改革する姿勢の違いはすぐに感じられます。改革の意思がない農協の支店長は、自己改革といっても全く自分のこととして捉えていません。むしろ、そんなことを考える暇があるなら、今期の目標達成のために LAを叱咤するほうが有効と本気で考えていま

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経営管理

経営実務 ’17 7 月号 33

す。 また、農協の存在意義は何かと問いかければ「農業振興」と言葉ではいうものの、実際にはどうかと聞けば「役員、部長の意識が低い」「うちの農協はこれまで農家との関係構築をしてこなかった」など、他責の言い訳しか出てきません。 このような農協で支店長向けに研修などで話しても、はっきりいって目が死んでおり、改革意欲などまったく感じません。 現在のような厳しい環境を乗り越え、将来にわたって地域から必要とされる農協は“改革”する意思のある農協です。“改革”する意思のある農協では、「経営者としての資質を持った」理事が「地元農家と覚悟を持って向き合い」、自己改革をチャンスと捉えるくらい「柔軟な発想で自己改革という変化に対応」しています。 衰退する地域農業と向き合い、どのような困難に直面しても「絶対に地域農業を守る」「組合員のくらしを守る」という覚悟がなければ地域からの信頼を得ることはできません。評論家気取りで政府を批判し、地元農家と向き合うこともせず、「現在のままで大丈夫」「農協がなくなるはずがない」と楽観的に考えているような農協は、存在価値を失っていくでしょう。

5.問われる「地元農家と向き合う覚悟」

 地域営農振興の担い手は、政府でも農協でもなく、あくまでも農家です。地域営農を活性化するために、農協は農家を支援し、農家が“やりがい”を感じて営農を継続できる環境をつくることが求められているのです。農家と農協とが一体となって取り組まなければ、日本農業が直面している難局を切り抜けることはできないでしょう。 全国には、農業所得30%アップを目指して徹底的に地元農家と向き合っている農協があります。営農指導員が農家の経営を真剣に考え、本気の提案をすることで農家も農協と二人三脚でやっていこうと農協を信頼しています。 その他にも、地元農産物の販売力強化に向けて地元農家(部会)の意見を集約し、広域での一元分荷を実現している農協もあります。地域ブ

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34 経営実務 ’17 7 月号

ランドにこだわる農家と向き合い、産地を維持するために何をしなければならないかを真剣に議論し、時には怒鳴られながらも地元農家のためと信じて行動しているのです。 しかし、全国の農協の役職員と意見交換していると、農家に対して全く物が言えない役職員の姿勢に驚かされることも少なくありません。このような農協では、農業所得増大に向けた取組みとして、新規就農者への支援や新しい品目への挑戦などを掲げていますが、既存の農家に対しては物が言えないために、新規就農者への支援ということでお茶を濁しているのが実態です。 もちろん、新規就農者への支援や新しい品目への挑戦などは必要な取組みです。しかし、数十億円という共選品目への取組みをおざなりにして、話を聞いてもらえる新規就農者を支援することで数百万円の農業所得増大に貢献したと得意げに語っているのであれば自己満足でしかありません。

6.問われる「経営者としての資質」

 広域合併を繰り返し規模が拡大した農協の経営は、地域農家が持ち回りで農協経営を実践できる範疇を超えており、経営者としての資質を持った適任者が経営することが必要です。特に農協を取り巻く環境が大きく変化している今の時代には、外部環境の変化や組合員・利用者からの農協に対する期待の変化を見極め、組織を正しい方向へと導いていく経営者としての力量が問われます。 しかし、農協の理事の中には、農協全体の利益よりも出身地域の利益にこだわり、改革には賛成だが出身地域に不利益になることは一切認めないという理事もいます。拠点統廃合の議論になるとその姿勢が顕著にあらわれ、農協は経営の合理化・効率化をしなければならないと主張する一方で、話が出身地域の拠点の廃止となると急に地域住民のよりどころになっているから反対だと主張します。なかには、優秀な営農指導員を自分の地域で囲い込み、人事異動に対して口出しするケースもあるようです。 農協の理事は、経営者として俯瞰的に事業全体、地域全体を見る視野

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経営管理

経営実務 ’17 7 月号 35

の広さが必要です。特に拠点の統廃合や人事異動などは、特定地域のエゴ(既得権)ではなく、農協全体の観点からの必要性に対する理解を各地域から得ていくようにすることが理事の役割ではないでしょうか。そのためには、自分が納得できるまで各種委員会等において建設的な議論をすることは不可欠です。ここでいう建設的な議論とは、重箱の隅をつつくような指摘を繰り返して結論を先送りすることではありません。

7.問われる「変化対応力(柔軟性)」

 現在の農協を取り巻く過去に経験のない状況に対応するためには、前例や固定観念に縛られることなく、柔軟に発想し、改革をチャンスと捉えるくらいでなければなりません。 「農協は特別だから他の業界の事例は参考にならない」「農協は特別だから外部の人間には理解できない」など、農協は特別だと言って殻に閉じこもり外部の声に聴く耳を持たないという役職員は最近少なくなったように感じます。実際、必要に応じて外部の専門家を活用したり、異なる業種・業態の事業会社へ視察に行ったりする農協も少なくありません。なかには、系統組織ではなく他の金融機関や証券会社等へ職員を出向させ勉強させている農協もあります。 しかし、信用・共済事業を中心に事業利益が右肩上がりに成長してきた環境下で、今まで通り仕事をしていれば利益が出るという状況が当たり前となり、変化が求められることについていけない職員も存在しています。このような職員は、外部環境の変化に鈍感で問題意識を持つことができず、自己改革と自分の仕事とを結び付けて考えることができません。 また、昨日までの業務を少し効率化したり、改善すれば利益が出ていたため、わざわざ新しいことを始めたり、リスクのあることに挑戦するべきではないという誤った認識を持ち、「変わらないことが農協の価値だ」と、変われない自己を正当化する職員も存在しています。 農協を取り巻く環境が急激に変化している状況において、変わらないことこそがリスクであると認識しなければなりません。組合員や地域から農協に対する期待が変化するなかで、農協がそれに対応して変化でき

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36 経営実務 ’17 7 月号

なければ、農協に対する期待は不満や失望に変わるでしょう。

8.農協の存在意義を判断するのは組合員

 最終的に農協の存在価値を決めるのは、外部の有識者でもなければ、国でもなく、出資者である組合員です。出資者である組合員が「農協に存在価値がない」というのであれば農協は解体すべきでしょう。しかし、組合員にとって存在価値があるのであれば、外部の有識者や国が存在意義を議論する必要はなく、農協は地域にとって必要な存在ということです。 各農協が組合員に対して農協の存在意義について問いかけてみてはどうでしょうか。これまで組合員と向き合い、地域農業を中心に地域社会を支えるパートナーとして取り組んできたのであれば、必ず「農協は必要だ」と答えてくれるはずです。 あなたの農協はどうでしょうか?

掲載内容について掲載内容は筆者の個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です。