19
講師:千葉大学大学院教授 福川 裕一 先生 とき 平成22年3月8日 場所 県立文学館 主催:山梨県 共催:山梨県都市計画協会 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書

第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

講師:千葉大学大学院教授

福川 裕一 先生

とき 平成22年3月8日

場所 県立文学館

主催:山梨県 共催:山梨県都市計画協会

第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書

Page 2: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

目 次

■主催者あいさつ ――――― 1

■基調講演

「実践 まちづくり」

~魅力的な都市空間がまちを再生する~

千葉大学大学院教授 福川裕一 ――――― 2

Page 3: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

1

■主催者あいさつ

県土整備部技監 小池一男 本日は、年度末の大変お忙しい中を多数

の皆さんが当セミナーにご参加いただきま

して、誠にありがとうございます。また、

今日ご講演いただく福川先生には、大変お

忙しい中にもかかわらず、講演依頼を快く

お受けいただきまして心から感謝していま

す。 さて、今回で 21 回目を迎えます当セミナ

ーでございますが、快適な都市づくりと各

地の個性豊かなまちづくりの推進のために、

これまで社会的な背景等を踏まえまして、

地域の皆さま方のさまざまなニーズに応じ

た身近な話題、こうしたものをテーマにこ

れまで開催してまいりました。近年のまち

づくりにおけます大きな課題としましては、

皆様もうご承知と思いますが、本県でもす

でに始まっております人口減少、それから

超高齢社会に対応しながら、厳しい財政状

況の中でまちづくりをどのように進めてい

くのか、また進めていくべきか、といった

ものでありまして、拡大を基調としました

これまでの都市計画から、持続可能なまち

づくりをどう進めていくべきかといったよ

うな、都市をいかにコンパクトに効率よく

つくっていけばいいのかという都市づくり

を展開しております。 また、人々の価値観、これも多様化しま

して、都市の規模的な充実というものから

風土に根ざした美しい景観、地域の歴史文

化などを生かした質的部分といったものを

目指すようなまちづくりへと変化してきて

おります。このような背景の下に、景観法

あるいは歴史まちづくり法などが施行され、

地域の特色あるいは歴史文化を生かしたき

め細かなまちづくりができる法的な裏づけ

も整理されているところです。 本日は、講師としまして、テーマに合わ

せてまちづくりを各県において実践されて

おられます、千葉大学の福川先生においで

いただいております。各地の取り組み事例

やまちづくりを実践する上での工夫、それ

から体験なされた貴重なお話をしていただ

き、今後の本県におけるまちづくりへの取

り組みに生かしていただければ幸いと考え

ております。 最後に、本日ご参加いただきました皆さ

ま方のまちづくりに対する日ごろの取り組

みに関しまして敬意を表するとともに、今

日セミナーを開催しまして県内各地域にお

きまして、さらなるまちづくり活動の機運

が盛り上がりますよう祈念いたし主催者の

あいさつとさせていただきます。本日は誠

にご苦労様でございます。

Page 4: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

2

○基調講演

「実践 まちづくり」

~魅力的な都市空間が

まちを再生する~

千葉大学大学院教授 福川裕一

講師紹介

それでは「実践 まちづくり~魅力的な

都市空間がまちを再生する~」と題しまし

て、講演に入らせていただきます。ここで

講師のご紹介をさせていただきます。千葉

大学大学院工学研究科建築都市科学専攻教

授、福川裕一先生でございます。

福川先生は東京大学大学院工学系研究科

都市工学専攻博士課程をご卒業され、現在

は千葉大学で教鞭を取られています。公職

といたしまして、川越一番街町並み委員会

副委員長、佐原市都市計画審議会委員長、

全国町並み保存連名常任理事や文化庁の文

化審議会専門調査会委員などを歴任されて

おられます。

また、全国各地でまちづくりを実践され

ておられますが、中でも埼玉県川越市蔵づ

くりの町や香川県高松市丸亀町商店街再開

発は有名で、伝統的建造物などを生かした

町並み景観、まちづくりにおいて日本の第

一人者でおられます。また現在は、ベトナ

ムの町並み保存プロジェクトにかかわられ

ておられ、海外においてもご活躍されてい

ます。本日は、こうした先生のご経験を踏

まえ、日本を代表するまちづくりのお話を

いただけるかと思います。

実践、まちづくり魅力的な都市空間がまちを再生する

2010年3月9日山梨県・第21回ふるさとまちなみデザインセミナー

福川裕一(千葉大学)

今ご紹介いただきました福川と申します。

それではただ今から「実践 まちづくり~

魅力的な都市空間がまちを再生する~」と

いうテーマでお話をさせていただきます。

初に、これまでまじめに努力をして取り

組んできたまちを紹介させていただきます

が、一つは川越の一番街です。それから黒

壁という会社で有名な長浜、それから千葉

大におりますので、現在は香取市ですが、

佐原の町並み。それからこの辺だと、小諸

にだいぶ通っております。それから先ほど

ご紹介いただいた高松市の丸亀町商店街。

今日はこのうちの川越と長浜と高松、これ

を取り上げて順番にお話ししていきたいと

思います。順番というのは、一番初めにや

ったのが川越で、次が長浜で、次が丸亀だ

からです。何十年もまちづくりをやってき

まして、その間にいろいろ学んできました

ので、それを振り返りながら、町の再生と

いうのはどうやっていくのか、何を注意す

Page 5: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

3

るかということをお話ししたいと思います。

あらかじめ結論を申し上げたいと思いま

す。結論は、昔からこれしか言っていない

のですが、まちづくりには二つの柱が必要

だということです。二つの柱とは、一つは

「合意形成のシステム」、もう一つが「開発

のシステム」です。

川越で言うと、合意形成のシステムは町

並み会という組織があります。それから開

発のシステムは川越ではある程度しか動い

ていないのですが、「まちづくり会社」とい

う考え方がありまして、それを開発のシス

テムと呼んでいます。これが協力し合いな

がら、あるいはある種一定の緊張関係の中

で動いていくことで、初めてまちづくりは

実践されていくと考えています。どちらか

ではだめです。

もう一点申し上げたいことは、下に三つ

の項目を書きましたが、上の二つはどうで

もいいのですが、 後に書いたデザインで

すね。今日はタイトルにも書いてあります

が、上に挙げた二つのシステムというのは

あくまでもやり方でありまして、つまり方

法でありまして、何を目指すかということ

は特に語っておりません。もちろん、合意

によってまちをつくっていくということ自

体は地域の活力を高めるという意味で目標

になりますけれども、やはり手段あるいは

プロセスなのです。何を出しているかとい

うことがその中では大事なわけで、一つは

デザインだろうと。もっと端的に言えば、

魅力的な都市空間をつくり出すことだと思

っています。これを見失うと、システムと

かスキームというところだけに関心がいく

のです。そちらの制度ばかりが肥大化して、

結局いいまちをつくれないということが日

本中で起きていることではないかと思うわ

けです。そういうフレームの中で、三つの

都市についてお話ししていきたいと思いま

す。

まず川越です。学生時代からこの町のこ

とはやっていまして、そういう意味では僕

の発想の原点、先ほどの二つの柱というの

もここから始まっている。それをまずお話

ししたいと思います。

これは 1975 年の報告に載っているもの

です。これは文化庁が伝統的建造物群保存

地区の制度をつくって、同時に全国で補助

金を出して調査を始めたときのごく初期の

Page 6: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

4

段階でこの川越は取り上げられて調査が行

われています。ところが、何ともなりませ

んでした。よく言われるのですが、川越と

いうのは東京からちょうど手ごろな距離に

ある、しかし歴史的な都市で、都市計画、

まちづくりのテーマもいろいろあるのです

が、必ず制度ができるとモデル都市とか何

とか調査というので必ず 初に取り上げら

れるのです。そうやってたくさんつくられ

る報告書はすべてお蔵に入ったのです。そ

れで蔵づくりの町並みだと言われているわ

けですね。まあ、この伝建地区の調査も例

外ではなくて、ずっと放置されていました。

しかし、だんだんいろいろな問題が実際

に起きてきた。その 大のきっかけが押し

寄せるマンションということです。反対運

動の末にできたマンションなのですが、こ

れをきっかけに市役所が予算をつけて、デ

ザインコード調査をしたいということを

1982 年におっしゃって、私はここで本格的

に川越のまちづくりに参加することになり

ました。

ここでのテーマは何かと言いますと、歴

史的な建物を守ることと近代的な生活の実

現という対立をどう取るか。これが 大の

テーマです。そしてもう一つは当時から言

われていましたが、町並み保存というのは

単なる書割保存なのか。書割というのは舞

台の表面だけ書いたものですが、それに意

味があるのかということを多くの人が言う

わけです。そういうことをまとめると、町

並み保存とは、なぜ、何をどのように保存

することなのか。この基本的問いが出てく

るわけです。これは一貫した問いでありま

して、今でも一生懸命考えているのですが、

いろいろな解答が可能だと思います。それ

について川越で少し考えていきます。

これはデザインコード調査の報告書の表

紙なのですが、この中で「どうなる町並み」

「どうする町並み」「デザインコード各論」

ということが書いてあります。これはなか

なかよくできた報告書だと思っております。

例えば、こういうことを言われるのです

ね。これはご存じの妻籠です。お祭りを前

にして、ちょうど1階の格子をはずして縁

Page 7: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

5

側にしてあります。お座敷にいろいろ飾り

物をして、向こう側の中庭を見えるように

して開放するのが一般的です。それはどう

でもいいですが、安岡章太郎という小説家

は『街道の温もり』という紀行文の中でこ

う言っています。安岡章太郎は名古屋の方

から中津川、馬籠を通ってここに至るので

す。「ここには学者が調べた史実はあっても

歴史がないのである。家や道路は昔どおり

に復元されていても、そこに住んでいる人

たちの生活がないし、昔の人の感情がない」

これはかなり失礼な発言だと思いますが、

町並み保存の場所に行くと、多くの人がこ

ういうことを口走っていますよね。この写

真を見ると決してそうではない。これはち

ょっと人影が写って、町並みの写真を撮る

人は人がいないときに撮るものですからこ

んな感じですが、おばあちゃんがいて、お

祭りのときは格子をはずしてきちんとやっ

ているのですね。コミュニティが生きてい

ることを証明していると思うのですが、普

通はこう言われます。

こう言われると、どうしても反論せざる

を得ないわけでありまして、川越の場合は

どうなるか。これもまた人のいない写真で

すが、文化庁の町並みの連携地区の代表的

な写真を集めたパンフレットがあるのです

が、この写真は常にどうやって撮ったのか

と思うような写真です。この道で車がいな

いなんて信じられない。多分、影から見る

と朝撮ったのでしょうね。

川越の場合についてこの問題を形式的に

考えてみます。まず一つ注意したいことは、

蔵づくりの町並みということで知られてい

ますが、実は蔵づくりというのは少数であ

りまして、この通りで 20 棟もないのです。

そうではない普通の町屋がたくさんありま

す。要するに、蔵づくりに着目して、それ

がどんどん保存の方向というと、ここで見

誤るわけでして、こういうのは価値がある

のですが、これは建物で言うと、本質的に

はこの右側にある町屋を左側の豪華建築に

仕上げたものが蔵づくりなのです。

Page 8: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

6

これは川越の町屋の典型的な形を2棟並

べて描いたものです。ご覧のように通りに

沿って店棟がありまして、それから垂直に

住居棟が突き出します。南側に空地をつく

り北側に寄ります。それから中庭がある。

その後ろに離れと蔵。このような構造です。

これが基本的な川越の町屋の形です。これ

がずっと並んでいるわけです。これが並ん

でいるのは何かと考えていくわけです。

これはある街区の2階の連続平面図です

が、ご覧のように、右側が道路、2階です

のでまず店棟があって、それから後ろにこ

れがお座敷、それから中庭があります。こ

れは離れでこれはお蔵です。4間8間12

間で4間ずつ線が引いてありますが、こう

いう店棟のゾーンと住居棟のゾーン、そし

て庭のゾーンがこのようにして出来上がる

わけです。

それを少し別の角度から見てみると、上

は古い写真から起こしたものです。同じ角

度から現在の状態。といってもこれは写真

をデザインの状態を見たもの。ご覧のよう

に、先ほども言ったように、店棟が並んで、

住居棟が突き出して、ここに庭がつながっ

ています。そして後ろに離れ、蔵などの付

属屋が並んでいる。これはご存じの方も多

いと思いますが、埼玉銀行という近代建築

がありますので、その塔の上から撮った写

真の絵です。ですから、南から北を見てい

ます。お座敷が見えるのがわかりますね。

ずっとお座敷が並んでいるわけです。日当

たりも良い。そして庭がある。このような

状況です。それが戦後のいろいろな建築の

中で一番悪いのは看板建築だし、その看板

建築をさらに2階3階4階のいわゆるせん

べいビル、板チョコビルとも言いますが、

板チョコビルに変えて壁をつくってしまう

とどうなるか。すぐわかりますよね。これ

は問題がある。

Page 9: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

7

町並みは通り側に店棟がびっしりと隣と

同じ間隔を空けて並びますから、ここは非

常に町並みが連なって囲まれた空間ができ

ますよね。ここに賑わいがある。後ろ側は

なかなか快適な庭と日当たりのいいお座敷

になる。これが両立しているのが川越の町

です。これは別に川越に限らず日本の町並

みですね。そしてさらに城下町には十字路

がありませんので、必ず全部が閉じられて

いる。両側が町並みで閉じられ、両端がや

はり町並みで閉じられるということで完全

に囲まれた空間になる。日本にはヨーロッ

パのような広場がないと言いますが、実は

これがまさしく広場、囲まれた広場が日本

にもあったということです。

ただ注意したいのは、これは単純に囲ま

れているのではない、壁で囲まれているの

ではないということです。町並み正面とい

うのは実に複雑であります。基本的には軒

が出ていて、1階が飛び出ていてあとは何

か格子のようなものが使われていて、この

部分が非常に念入りに造られている。

これは普通の町並みの特徴であり、ここ

を保存しようという話に実はなっているの

です。それに対して、さびしい建物をここ

に書きましたが、これはちょっとさびしい

し、これはお金がかかっていそうだけれど

非常に閉鎖的なものが現代の建築です。通

りからドアを開けると家の中がみんな見え

てしまうというものではなくて、非常に念

入りな建築では、「中間領域」と呼ぶ空間が

つくられている軒下ですね。

このようにつくられているということで

す。その囲んでいる所は、境界線は実に凹

凸がありいろいろな装置があって、あるい

は中と外をつなぐ媒介だということです。

Page 10: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

8

そこに車の時代になってこのように引っ

込めたりしますと車置き場や畑になって、

せっかく並んでいたのがなくなってしまい

まして、これは単に景観を壊すだけではな

くて、コミュニティや人のつながりそのも

のを変えていってしまうという問題がある

ということです。

そういうセットバックを修復しながら、

町並みを修復していくということが実は重

要なのであって、これは単に歴史的な建物

を保存するためというよりは、実はコミュ

ニティそのものを維持し再生するために必

要なことです。

なおかつ景観的に言えば、歴史的建物は、

2階は凹み、1階は軒先がでます。そこに

境界線が引かれましたので、そこに普通に

ビルあるいは建物を建ててしまうと全く見

えない。だからこれを見えるように、これ

を守り立てていくように、ほかの建物は配

慮していこうと。これはデザインの原則に

なっています。

さらに、裏側を見て断面図を描いてみま

すと、まず店棟の断面図はここにつながり

ます。住居区での断面図は、棟を北側に寄

せて南側を空けている。庭のゾーンは庭に

なる。日当たりのことを考えると、先ほど

の鳥瞰図というか古い写真で見たように、

このように日が当たって、通り側は非常に

密な町並みができて、賑わいの舞台をつく

っていますが、裏側は商家になっています。

商家というのはなかなか文化水準が高いわ

けで、そういうお茶を嗜んだりする人々の

Page 11: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

9

豊かな文化空間を作り出していくことにな

ります。このように賑わいと静けさと言い

ますか、緑を両立させるというところが、

この町家という建築の優れたところだと思

います。

これはゾーニングのようになっています

が、地震学でマイクロゾーニングという言

い方があるので、ミクロゾーニングと呼ん

だのですが、これは建物を二個並べたとき

に、南側にどんな建物が建つとこちら側の

日当たりがどうなるか計算したのです。

これは川越です。しかしこの考え方は別

に川越だけではなくて、全国の歴史的な町

並みで成立いたします。

これは奈良。関西の町並みの調査をした

ときに気がついたことでありまして、関西

の町屋はあのように店棟と住居棟を直交さ

せるようなことはなくて、大きな屋根で全

体を覆います。それで庭があって離れがあ

ると、これがまたつながるわけです。これ

はなぜこんなことに気がついたかというと、

調査していたらこういうケースがあった。

右側は建て替えられたお宅です。この中

に1軒このように建て替えている。手前が

南です。この方はとても日が良く当たるよ

うになりました。しかし当然この北側のお

宅は庭の日当たりが悪くなった。それだけ

ではなくて、こちら側の人は覗かれると洗

濯物が見える。

だから右側の家並みが 適なのです。何

か知らないうちにみんなこういう造り方を

していた。しかし一つとして同じ建物はな

いのですよ。造った人も違うし、大工さん

も多分違う。そのような中で自然にこうい

う秩序が生まれてくる。それを全く近代に

至って忘れて、右側の建て方をすると、こ

こでもう近隣関係がごちゃごちゃに崩れ始

めるということです。環境が崩れるだけで

なくて近隣が崩れ始めて、当然ながら隣の

人も建替えを考え始めるということになる

と、この秩序は完全に崩れるのです。

Page 12: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

10

今日は都市計画の関係者が多いと思いま

すが、都市計画というのは、道路を造り公

共事業をすることだけではなくて、個別の

いろいろな建築行為、建物を造るという行

為が全体としてよりよい公共空間を創って

いくと、こういうシステムあるいは仕組み

をつくることが、都市計画の基本的な役割

なのです。土地利用規制とか土地利用計画

はそのためにある。歴史的にはそういう仕

組みが実に上手にできていたということな

のです。しかし近代それが完全に崩れてし

まったということになれば、先ほどの歴史

的な町並みの保存とは一体何をどのように

保存することなのかということに対する解

答は、都市計画あるいは建築的には極めて

明快でありまして、このシステムを改めて

維持する。歴史的な町並みと言っても日本

では古い建物が残っている率はたいてい5

割ありません。伝統的建造物群保存地区で

も7割8割残っていたら、それは珍しい方

で、川越の場合も恐らく 45%ぐらいしか全

体の敷地の中で古い建物は残っていません。

そうなると 大の課題は、古い建物はもち

ろん保存していくのですが、新しい建物を

どう造るか。こちらの方が重要なのです。

そういうときに、ここにあるパターンを新

しい建物でも実践していくということが重

要になる。これはそのことによってまず環

境を守り、そしてその環境によって支えら

れてきたコミュニティを維持再生していく。

そして同時にこれは景観的に美しいという

ことです。そうでないと美しくない。こう

いうことが言えるのだろうと思います。

つまり、景観保全というと通りから見え

る部分をお化粧すればいいだろうと。先ほ

どの安岡章太郎の発言がまさにそうなので

すが、そんなことしたって無駄だろうと、

町並み保存をやっていると言われるのです

が、そうではないのです。景観を守るとい

うことは、その背後にある環境を守ってき

たシステムを守ることである思います。表

だけお化粧したってそんなに長持ちをする

わけがないということです。

これは京都の三条通りですが、このよう

になってはだめなのですね。

多分間違えていると思うのは、道沿いを下

げていますね。そうではないのです。道沿

いは高くしてもいいから、後ろ側を直す方

がいい。ただし、2階の空間ということは

多分重要なのだと思います。

一般的に、特に京都を代表としたこういっ

た歴史的な町並みで起きている状態を絵に

描いたものですが、ここにある通りで、母

屋があって庭がつながっていて離れがある。

Page 13: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

11

そしてそこにマンションがある。それによ

って中庭の連続が断ち切られているという

のが京都に行けば、あるいはその他の歴史

的な都市に行けば、先ほどの写真のように

たくさん見られます。余計なことを言えば、

特に防災関係から言うと、手前側は違法建

築で、奥のビル側は合法建築という事態が

発生しているわけです。これはとてもまず

いことだろうと思います。

少々しつこいですが、今の話をシミュレ

ーションしていきます。これは川越ですが、

店棟があって、住居棟があって、庭があっ

て、離れがあるというのが並んでいるとい

うのを原型とします。これによって環境と

コミュニティが維持されている。これが例

えば1軒の家がそれと関係ないせんべいビ

ル、板チョコビルを建てると、それが成立

しなくなるので壊れていく。それがどんど

ん広がっていくと、これも今度は地上げさ

れて、一つの大きなマンションに変わる。

これも壊れていくというようになって、こ

うなるわけです。これが美しい町とは、あ

るいは目指すべき景観環境とは誰も思えま

せん。これはだめだということです。

1982 年に川越市に頼まれて、デザインコ

ード調査をやったのですが、そこでの結論

は、単に通りの周りの景観をつくるのでは

だめだと。後ろ側の部分の環境を護ってき

た構造を守っていく必要がある。これをこ

こではミクロゾーニングと言います。さら

に、実は街区の後ろ側は再開発が進んでい

るのです。ここに関して言えば、一定の広

い意味での再開発、再開発と言っても新し

い再開発ではなくて密集市街整備のような

再開発ですが、そういうものが逆にこちら

で必要になるということです。これを考え

たときは、随分先進的なことを言っている

なと。日本の都市計画の制度に比べるとと

んでもないことを言っているなと思ってい

たのですが、その後いろいろ勉強するよう

になって、この程度のことを決める都市計

画は外国では当たり前となっています。

別に古い街角でなくても当たり前であり

まして、例えば同じゾーニングシステムと

言われるニューヨークのテラスハウスで決

められている項目です。

前庭を何メートル取りなさい、外庭を確

保しなさいなど全部含めて、単に容積率や

壁面線と高さだけでコントロールしている

のではないのです。

Page 14: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

12

日本の地区計画ではこんなことは決めら

れませんので、日本の地区計画をはるかに

超えています。アメリカのゾーニングは日

本と同じ都市計画制度だとお思いの方が多

いかもしれませんが、アメリカのゾーニン

グはドイツのBプランとほとんど同じです。

一般的に諸外国あるいはアジアのいくつか

の国を含めて、都市計画はこういう水準で

行われているということだろうと思います。

ですから私たちが歴史的な町並みで壁面の

位置や庭の位置などを都市計画の中で建築

基準法あるいは都市計画法の集団規定の中

で守っていくということは、少なくとも先

進国では当たり前のことだろうと思います。

そういうことを言っていると、多分皆さん

からは、マンションが建つような場所であ

んな容積率の低い建物で、そんなもつわけ

がないだろうという異論が出てくると思い

ますが、後で反論することにします。

先ほどベトナムのことをお話ししたので、

ベトナムのことも紹介しておきます。

これはベトナムの中部にあるホイアンと

いう、ダナルのそばにある昔日本人街だっ

た町です。その後中国人の方がたくさん住

んで中華街になりました。ここも同じ町家

です。

これが町家の断面図ですが、通りに母屋

があって中庭があって離れです。それから

非常に対称なデザインになっています。そ

Page 15: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

13

ういうところは違います。それから床がな

いのですが、床は昔あったようなので、な

いというのは別にそんな違いではないので

すが、一番の違いは真ん中を通るのですね。

これは今のホイアンにある町屋の断面図

です。これは京都の祇園新町の後白河があ

る町屋の断面図です。同じスケールです。

基本的には全く同じですね。

これを見て私は涙しました。日本の町屋

というのは実は世界の都市に普遍的なもの

なのです。アジアしか出していませんが、

実はヨーロッパも同じです。

細長い敷地に小路に沿って母屋があって、

中に中庭があって、またその後ろに離れが

くっついていく。

これは実は人類がメソポタミア時代以来

造ってきた住宅の形なのです。そういう意

味でこれを簡単に住みにくいとか何とか言

って、唾棄すべきものではないということ

です。直してしまうと、これは直し方の間

違いというもののほかは、日本の町屋と同

じように非常に快適な空間になっています。

初の解答は、このように答えられます。

なぜ町並み保存なのか。町屋は、建物、年

代がバラバラであるにもかかわらず、一定

のパターンに従うことで美しい町並み・優

れた生活環境、コミュニティを支える都市

空間を作り出してきたからだと。では、何

を保存していくのか。

古い建物は半分もありませんので、新し

い建物をどう造るかということになるので

すが、そうすると、それは何を保存するの

かというと、町屋というパターンを保存す

るのだと。単純に言えばそういうことです。

Page 16: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

14

ただ、これは町屋というように限定します

から、集落はどうするのだとかいうことが

出てくると思います。集落は集落なりに、

そして町屋のことは一言で言いましたら、

川越とベトナム、あるいはほかの場所、そ

れぞれ固有にそれぞれの風土、歴史に根ざ

してつくられた細かいパターンがたくさん

あります。それが個性を作り出しているわ

けです。基本的な構造というのは、実は万

国古今東西共通だということです。

さて、川越のまちづくりですが、川越で

は、先ほどの文化庁の報告書以来お蔵入り

しておりました。その後、マンションの話

があって、町がデザインコードをつくった

というあたりをピークにして、市役所の若

手の方々が中心になって地元の方に呼びか

けて蔵の会を発足させました。それが 1983

年です。そのときのスローガンがこの三つ

です。住民が主体となったまちづくり、北

部商店街の活性化による景観保存、町並み

保存のための財団形成。

今まで申し上げたのはデザインの話です

が、もう一つは、合意形成のシステムと開

発のシステムです。開発のシステムはここ

に書いてあります。実は財団形成というの

は、83 年ごろ千葉大学におられた千原先生

という元朝日新聞の記者でナショナルトラ

ストを日本に紹介して、ものすごいブーム

になったのです。緑や町並みを買い取って

保存すると。そういう運動が全国で展開さ

れていたときです。ここでも町並み保存の

ための財団をつくろうということが蔵の会

のスローガンです。

ところが、知床で買い取るのはいいので

すが、川越のような都市というのは大変で

す。そういった所で何か同じような構造は

できないのだろうか、ナショナルトラスト

の買い取りとは違うシステムで、できない

のだろうかということを考えたときに、地

元の方々が言い出したのが、「そうだ、僕ら

がある意思を持った、哲学を持った不動産

屋をやればいい」と言い出したのです。デ

ベロッパーになれと。そのデベロッパーは

利益を 大化するというデベロッパーでは

なくて、まちづくりにふさわしい開発をす

ることを目的としたデベロッパーだと。し

たがって、経済、行政が担保しないわけで

す。維持しながらそのデベロッパーができ

るようにすればいいのであるとおっしゃい

ました。そういうわけで、そこからまちづ

くり会社という発想が始まります。現在中

心市街地活性化の法律の中では、基本計画

をつくるときにまちづくり会社は必須条件

になっておりますが、これはまちづくり誕

生の瞬間でありました。

Page 17: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

15

その後蔵の会の活動を受けて、当時のコ

ミュニティマート構想事業という、アメリ

カの刺激をいろいろ受けて通産省が商店街

に多額の補助金を出した事業がありまして、

そのときにもう少し理論的にまとめたので

す。それで今日は時間がないので飛ばしま

すが、そのときに映画も作ったのです。商

売とは何だろうということを追及しようと

思って作った映画があります。

古い金物屋さんが金物を売るシーンと、

これを真摯に作る職人さんと、鎌問屋さん

との関係が出てきて、つまり商売というの

は、職人さんと消費者をつなぐ役割を果た

すということを言った上で、売り方の様子

を示しています。会社をやめて鎌づくりを

始めた人がいて、その人の商品を仕入れる

というところもあるのです。そういうもの

です。私たちの商売は、大手流通資本に負

けない商売をしていますというものです。

商売というのはそういうものをしなけれ

ばいけないということが一方であるのです

が、このコミュニティマートの報告書の中

で、先ほど申し上げた 初に挙げた二つの

丸、二つのシステムを提案したわけです。

一つは、先ほど言った合意形成のシステ

ムで、これはまちづくり規範と町並み委員

会。まちづくり規範というのは、先ほど町

屋の説明をしたときにいろいろ見出された

ルールパターンです。それを文章にし、そ

れを運用していく町並み委員会。これは合

意形成です。

もう一つは、ナショナルトラスト運動で

買取り保存と言ったのを、買取りはとても

できないから不動産屋、意思を持ったデベ

ロッパーになろうというのがまちづくり会

社です。それでこの二つを柱にしていくと

いうことがまちづくりの基本になるだろう

と。これしかないだろうということです。

Page 18: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

16

さて、川越の場合は、残念ながらまちづ

くり会社はうまくいきませんでした。街並

み委員会は早々とできまして、この写真は

発会式の模様で、ここに当時の市長さんが

います。

これはまちづくり規範です。

町づくり規範(抜粋)

•41. 建物は一体でなく棟に分けて

•42. 高さは周囲を見て決める

•47. 中庭を生み出すよう棟を配置

•49. 棟(建物)は次々と連結する

•50. 四間・四間・四間のルール

•53. 屋根のある建築

•55. 建物の正面を連続させて街路空間を形づくる

•56. 庇下空間を開放し、連続させる

•62. 中庭を店づくりにいかす

これは地元の方々が結んだまちづくり規範

に関する協定書です。

みんながはんこを押してつくった協定書

によって維持されています。

これを全部説明していると時間がないの

ですが、要するにまちづくり規範を定めて、

家を直す人はその提案を、規範を運用して

いる町並み委員会に出して、町並み委員会

はそのまちづくり規範に即して意見を言う。

そういう構造をつくったわけです。これも

全部話している時間はないのですが、一つ

だけ申し上げておくと、この協定書の基本

になっているのは、文化財の保存、生活環

境の改善、商店街の経済の活性化。これは

先ほど言った歴史的な建物パターンこそが

環境を守っていくのです。通常これらはそ

れぞれ対立し合うわけですが、これらがそ

れぞれ三つとも並立するようなパス(道)

を見出していくことがまちづくりの基本で

あるということです。それを原則にしてこ

の協定書はできている。それを町並み委員

会で運営しているということです。

これはまちづくり規範です。全部で 67 パタ

ーンあるのですが、特に建築に関係ある所

は、建物は一体でなくすとか、高さは低く

するとか、中庭をつくり出すなどです。先

ほどの母屋、住宅、離れの4間4間4間の

部分ですが、屋根をつけるとか、軒をつく

るなど、そういうことを決めています。

Page 19: 第21回ふるさとまちなみデザインセミナー報告書 · まえ、日本を代表するまちづくりのお話を いただけるかと思います。 実践、まちづくり

第 21回ふるさとまちなみデザインセミナー

17

これは町並み委員会審議第1号になった

建物です。実は鉄骨です。庭があるお店で

す。それから、町並み委員会にしばらくし

てマンション問題が起きました。

江戸時代の蔵が壊されるという悲劇が起

きました。これは実は軒を借りて商売され

ていた方との権利関係を整理するために、

せっかく建っていた江戸時代の3階建ての

土蔵の真ん中で境界線を引いて、土地を分

けて決着したという悲劇があります。壊さ

れてしまったのですね。ここにマンション

を建てたいという話が出てきて、これは町

並み委員会がその当時活発に動いていて、

説得して、こちらは止まったのです。こち

らは壊されてしまった。改めてまちづくり

会社の必要性が痛感された事態が起こるわ

けです。しかし、残念ながらそういう活発

なまちづくり会社は川越の場合、まちづく

り会社的なものはできていますが動いてい

ません。

そもそも川越の場合、今のマンション問

題が引き金になって、市長がようやく伝建

地区にしないともう止められないという決

意をされたものですから、現在はこの青い

線の伝統的建造物群保存地区を設定して、

これを国の重伝建に設定しています。

• 1998.6.23 伝建地区条例公布

• 1999.4.9 都市計画決定告示・都市計画道路変更・伝建地区指定

• 1999.10.15 重伝建地区選定

• 町並み委員会はかえって活発化

伝建地区

町並み委員会が発足してから 10 年目によ

うやく重伝建に指定されました。重伝建に

指定されると、川越市が全部建物をチェッ

クするようになりますので、町並み委員会

は何もしなくてもよさそうなものですが、

川越の場合は委員会が入った方が元気にな

っていいということで、市役所の人と一緒

になってああだこうだとやって、23 年目に

なります。しかし、まちづくり会社がない

ものですから、これは 近修理しましたが、

空き地、空き家が残ったままです。