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入賞・入選 作品 43回懸賞論文 ■論文「明日の広告ビジネス」 ■私の言いたいこと 一般社団法人 日本広告業協会

第43回懸賞論文 - JAAA 一般社団法人 日本 ......別の言い方をしてみよう。カンヌライオン ズ国際広告祭(Cannes Lions International Advertising Festival)が、2011年から、カ

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入賞・入選

作品

第43回懸賞論文■論文「明日の広告ビジネス」■私の言いたいこと

一般社団法人日本広告業協会

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論文

課題

「明日の広告ビジネス」

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筆者はここ数年、社内の人材育成の業務に

関わっているのだが、一つとても気になって

いることがある。毎年優秀な新入社員が入っ

てきたとしても、その高い能力を生かしきれ

ずに会社を去っていくケースが少なくない、

という事実である。いつの時代でも同じよう

なことは起きるのだろうが、彼らの中には、

広告業界のデジタル化やグローバル化を担う

ために採用された、新しいタイプの能力をもっ

た人たちも多い。つまり、これまでの広告業

界にはいなかった人材である。彼らがそうし

た能力を使いきれず他の業界へと移っていっ

たり、自ら新しいビジネスを起こしたりする

のを見るたびに、これからの広告ビジネスの

持つ可能性の広さについて、もっと大きなビ

ジョンを示すことができれば、と悔やまれて

ならない。

別の言い方をしてみよう。カンヌライオン

ズ国際広告祭(Cannes Lions International

Advertising Festival)が、2011年から、カ

ンヌライオンズ国際創造性祭(Cannes Lions

International Festival of Creativity)へとコ

ンセプトを変えた。世界的な潮流として、広

告ビジネスは創造性全般に関わるビジネスへ

と向かっている。しかし、その創造性を一体

何に使うのか?イノベーションが連呼される

昨今だが、そうしたイノベーションを活かす

目的とは?次々と生み出されるデジタルテク

ノロジーは何のために使うのだろう?もちろ

ん、創造性という広い枠組みの中で広告ビジ

ネスが活躍することに異論はないが、創造性

という手段を使って何を行うのか、という目

的意識については考察を深める余地があると

思われる。

消費を促進し国富を拡大することで、国民

が豊かになる。広告ビジネスにとって、そう

いう明快な役割やビジョンが曖昧になって久

しい。いや、広告業界に限らず、これからの

時代、大きな成長は望めず見通しも不透明で、

ビジョンや目標を描くのは簡単ではないだろ

論文

金賞 明日の広告ビジネス

和波 弘樹 ㈱博報堂わなみ ひろき

富のダイバーシティと広告ビジネスの新しいビジョン

1985年に広告業界に入って30年近く経ちました。その間の情報環境の変化はすさまじく、若い世代の価値観も大きく変わってきています。本当に戸惑うことばかりです。でも、その中で、上の世代としても、的外れになることを恐れずに、これからの広告業界に向けての大きなビジョンを考える思考実験をやってみたいと思いました。結果として「明日の広告ビジネス」というよりも、「未来の広告ビジネス」という遠大な論文になったかもしれませんが、こうしたビジョンが、今も現場で過酷な業務と格闘している若い世代に対して、少しでもインスピレーションを供給できれば幸いです。

はじめに ~人材流出の懸念と新しいビジョンの必要性~1

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論文

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う。それでも、一度、思い切り引いた目で時

代や世界を俯瞰的に見つめ、広告ビジネスの

持つ可能性について、あえて大所高所から考

えてみることも無駄ではないと思う。大きな

ビジョンへの思考実験をしてみたい。それが

本論考の出発点となっている。

経済や社会の在り方を根底から揺さぶるよ

うな、<富>についての革命的変化が起きて

いる。その富の革命を、次の広告ビジネスの

グランド・ビジョンを描く土台にできないだ

ろうか。

未来学者アルビン&ハイジ・トフラーは、

著書『富の未来(原題Revolutionary Wealth)』

(2006年)の中で、世界中で起きている激変

の本質を「革命的な富の体制変化」と捉え、

「産業革命によって『近代』が生まれたよう

に、全く新しい生活様式と文明が生まれる」

と指摘している。トフラー夫妻は「知識社会」

の到来を1970年代から予測してきたが、ここ

に来て、情報や知識が経済活動の中心となる

という認識だけでは不十分であって、富の概

念が革命的に変わると強調しているのであ

る。関連する議論は、日本の識者からも次々

と提示されている。

例えば、評論家・岡田斗司夫氏は、『評価

経済社会』(2011年)において、評価という

富がこれからの経済や社会にとって最も重要

な価値だと述べている。1億円稼ぐよりも

twitterで1万人フォロワーを持つことの方

に価値を置く人間が増えている、と。確かに、

ネット上の世界は、ある意味無償行為ともい

える行動が支えている。お金はいらないけれ

ど、自分を評価してほしい。そういう「経済

活動」が増えているのである。

また、「ソーシャル・キャピタル(社会関係

資本)」という概念も注目されている。個人

をつなぐ社会関係を経済活動上の資本とする、

という考え方であり、伝統的村落共同体や、

日本でいえば「縁」のようなものを<富>と

してカウントするということである。今後の

日本でも、共同体の崩壊と個の孤立によって、

富としての社会関係が重要性を増してくる

だろう。環境学者で起業家でもあるポール・

ホーケン氏は、『自然資本の経済』(2001年)

で、自然環境を資本・富とし、エコロジーと

資本主義の融合を試みている。エコノミスト

の藻谷浩介氏が提案する『里山資本主義』

(2013年)も、単に自然環境を守るだけでは

なく、里山という富を中核とした自律的な地

域社会を築くことを、新しい経済モデルとし

て構想している。一方で、経済学者の岩井克

人氏が、金融資本主義について「マネーが世

界中を飛び回っているという状態、つまり

『金余り』とは、お金の価値が低くなってい

ることに他ならない」(雑誌『広告』2013年

5月号)と述べているのも興味深い。

こうした時代変化を、経済成長からサステ

ナブルな社会への移行という捉え方ではな

く、<富のダイバーシティ>と見立てたとき、

広告ビジネスの新しい可能性が開けてくるよ

うに思える。周知のとおりダイバーシティは

多様性という意味で、現在は企業の人材多様

性について語られることが多いが、ここでは

生物多様性(bio-diversity)のイメージでと

らえたほうが分かりやすいかもしれない。

人々が富と感じるバリエーションが増えるこ

とで、複雑かつ豊かな社会となっていく。そ

んな状態を仮に<富のダイバーシティ>と呼

んでみたい。

富のダイバーシティ時代が始まる2

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そもそも、富の多様化が進んでいる背景に

は、国民国家なる存在が縮小しているという

歴史的状況がある。IT社会についての論客

である佐々木俊尚氏は、近著『レイヤー化す

る世界』(2013年)で、中世から近代、現代

までの歴史を追いながら、「国民国家の終わ

り」について説得力のある考察をしている。

超国籍企業の利益は必ずしも国の利益とは一

致せず、また金融資本の暴走による影響で、

多くの国々では国富の拡大どころか維持すら

難しくなっているのである。

しかし逆に言えば、国民国家の弱体化は、

消費活動によって国を豊かにするという画一

的な目標から、生活者一人一人が解放される

ということも意味している。国からの解放と

多様な富の世界。トフラー夫妻の「富の革命」

も、こうした歴史的段階をポジティブにとら

えた議論と言えるだろう。

他国の平和が富となる。

知識が富となる。

自然環境が富として見直される。

ごく一部の富裕層が独占していた美意識も

需要の裾野を広げる。

人の孤立を救うコミュニティも富として扱

われる。

あらゆる才能(タレント)が富として大切

にされる。

商品についても、マスプロダクトに加え、

地域発、個人発の商品まで広く富として評

価される。

そして、マネー。これまでマネーは最も重

要な富として、また富の交換道具として大

きな力を発揮していたが、徐々に地位を

失っていく。

これらは決して非現実的なことではない。

実際に、今の日本の若い世代の価値観や消費

行動からも、富の多様化の兆しが見てとれる

のではないだろうか。

国富の拡大に最適化されたのが20世紀型広

告ビジネスである。どんな国も近代化という

プロセスを経験する。国富を大きくすること

が個人を豊かにするという大前提に立ち、産

業を育成し、大量生産・大量消費によって経

済の規模を拡大する――産業資本主義を土台

とした消費社会の誕生である。そうした社会

は、日本でいえば戦後からバブル期までに発

展、飽和に向かい、そこでは2種類の富が主

役となってきた。<マネー>と<商品>であ

る。

しかし、これからは様々な富が台頭してく

る。広告ビジネスを「異なる価値の交換を促

す情報活動」と定義すると、20世紀の広告ビ

ジネスは、<マネー>と<商品>という2つ

の富の交換、すなわち消費促進という重要な

役割を担ってきたと言える。そして、21世

紀、<富のダイバーシティ>の時代に入ると、

広告ビジネスは多様な富の多様な交換を発生

させていく――そんな可能性が広がってくる

のではないか。

商品とマネーに加えて、知識、タレント、

美意識、自然環境、科学的発見、新技術、人

間関係などと多様化する富。これからの広告

ビジネスの役割を、世界に散在する様々な富

の交換を促す<富の調整者>と定義してみて

はどうか。これを、次世代広告ビジネスの大

きなビジョンにできないか、というのが筆者

の提案である。

国富からの解放が多様な富の世界をつくる3

<富の調整者>としての広告ビジネス ~国富の拡大から世界富の調整へ~

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論文

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デジタルネットワークの急速な進化によっ

て、様々な富の交換が容易になっており、特

に個人間の富の交換が劇的に増加しているこ

とは言うまでもない。それでも、そこに広告

ビジネスが介在する余地は大きい。美術の世

界で使われてきた「キュレーション」という

概念がIT用語としても使われるようになり、

「収集した情報を分類し、つなぎ合わせて新

しい価値を持たせて共有すること」(『知恵蔵

2013』より)が、まとめサイトなどの形を

取って定着しつつある。つまり、多様性を増

す社会では目利きの価値が増す。ネット上の

情報に加えて、知識全般にしても、新技術に

しても、自然環境にしても、その価値を判断

する目利きの能力が必要である。さらに、複

雑化する富の世界では、発見された富を、そ

れを必要とする別の組織・個人に届けたり、

別の富と交換したりするコーディネート能力

も存在価値を増してくるだろう。

例えば、「東京R不動産」というユニーク

な会社がある。彼らが従事しているのも、多

様な富の調整を行うビジネスと解釈すること

ができる。具体的には、普通の不動産屋が扱

わないクセのある物件をネット上で紹介して

いるのだが、そうしたサービス業態を彼ら自

身は次のように説明している(以下引用)。

「Real Tokyo Estate/ 東京R不動産」

は、新しい視点で不動産を発見し、紹介して

いくサイトです。人はそれぞれに、違ったこ

だわりや嗜好を持っていると思います。一風

変わった物件も、人によっては、それが宝物

のような空間かもしれないのです。重要なの

は、そのマッチングだと思います。今まで、

本当に欲しいと思う物件に出会うための情報

に、なかなか出会えないという体験はなかっ

たでしょうか?

「多少古くても良いので、雰囲気のある家

が良い」

「バルコニーが広かったり、ちょっと庭が

あるような物件に住みたい」

「倉庫のようなカッコいい物件を事務所に

したい」

「一戸建てを改装して住みたい」

しかし、よく探してみると実際にはそんな

こだわりに応える物件も数多く存在するので

す。私たちは日々、そんな物件を膨大な不動

産市場の中から丹念に探し出して、サイト上

で皆さんにご紹介していきます。普通の不動

産紹介では拾いきれないような、物件の隠れ

た魅力を掘りおこします。このサイトは不動

産のセレクトショップであり、同時にまった

く新しいタイプの不動産メディアなのです。

少し引用が長くなってしまったが、この会

社を立ち上げた建築家の馬場正尊氏は広告会

社に所属したこともあり、そこで培った経験

が今の仕事に生かされている、と様々なイン

タビューで語っている。富のダイバーシティ

時代の次世代型ビジネスは、既存の広告ビジ

ネスと少なからず接点がある、ということを

示唆するエピソードである。広告会社は日々

の実務の中で、クライアント企業、クリエイ

ター、生活者など、様々なタイプの組織や集

団・個人の間の調整役を行ってきた。多様化

する富を目利きとして発見し、巧みな情報活

動によって、社会の中で交換・流通させてい

く――そのような<富の調整役>という新し

いビジネス形態は、広告会社のコアコンピタ

ンスとなっている調整能力や審美的センスと

深い関わりを持つのではないだろうか。

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ここからは、さらに具体的な事例を挙げて

いくことで、すでに現れつつある<富の調整

者>の兆しについて検証してみたい。

○排出権取引市場

様々な批判や課題も多い仕組みではある

が、地球環境という究極の富を調整するため

の画期的な方法と言えるだろう。実際に、二

酸化炭素排出量に関する権利を金融取引の対

象とする取り組みは拡大しており、2011年時

点での市場規模はUS$1,760億になるという

(環境省市場メカニズム室2012年発表データ

より)。環境問題と金融市場という、一見か

けはなれた世界をつなげるという発想、そし

て、それを実現してしまう力には感嘆する。

○世界遺産

特に日本では注目度が高い世界遺産。この

仕組みの中では、様々な富の調整が行われて

いるのではないだろうか。人々が「後世に残

したい」と願う富を保全することで、波及効

果として、観光産業や映像コンテンツ産業が

活性化する。そして何よりも、地元の人々の

「誇り」という富が拡大される、という構造

になっている。

○Dumb Ways to Die

2013年のカンヌライオンズを席巻した、鉄

道人身事故防止を呼び掛けるキャンペーンで

ある。やはり究極の富である「人命」を守る

のが目的だが、その方法が「繰り返し見たく

なる魅力的な動画コンテンツ」というところ

が味靠。事故死という深刻で微妙なテーマに

も関わらず、つい口ずさんでしまう歌と不思

議な可愛らしさを持ったアニメーションに仕

上がっている。一つの動画に過ぎないのに、

ここでは多様な富の交換が行われている。そ

し て 、 そ れ を 可 能 に し て い る の は 、

YouTubeというテクノロジーに加えて、制

作者の圧倒的な心理洞察力と表現力である。

○コカ・コーラ社”Small World Machines”

キャンペーン

2013年3月、対立関係が続くインドとパキ

スタン両国で行われたキャンペーン。ウェブ

カメラとタッチスクリーンを搭載した自動販

売機を両国のショッピングモールに設置し、

そのマシーンを介して両国民が交流するよう

仕掛けたものである。国際紛争というシリア

スな問題に一つのブランドが関わることの是

非が問われるデリケートな事例ではあるが、

「平和」という世界富の調整に、商品ブラン

ドが、それも意外なアプローチで取り組んだ

画期的な事例だといえよう。

○iichi

日本の優れた作り手の仕事(クラフト、工

芸、美術など)を国内外に紹介することを目

的として立ち上げられたウェブサービス事

業。サイトには、「ものを作る人と使う人の

出会いは人の生活を楽しく充実したものにす

ると考えます。人と人の豊かなつながりが広

がることを私たちは目指しています」との説

明がある。作家や職人にとっては、作品を売

りやすくなるというメリットがあり、購入者

にとっては、様々なオリジナル作品を簡単に

購入できるというメリットがある。だが、単

にモノの売り買いにとどまらず、人のつなが

りという富が強調されているところが、この

事業の独自性だろう。このiichiは広告会社発

のベンチャー企業である。

○ペルーの工科大学UTECによる「水の出る

看板広告」

これも2013年のカンヌライオンズ受賞作

品。飲料水の不足する首都リマで、大気中の

水分を飲み水に変換する装置を開発し、看板

広告に搭載するという斬新なキャンペーンで

ある。実際に、市民に大量の飲料水を提供す

<富の調整者>、その兆しを検証する5

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論文

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ることに成功し、好評を博したようだが、ポ

イントはこの看板広告の第一の目的が「学生

募集」だったことである。優秀な学生を集め

るために、広告自体で大学の持つ技術開発力

を示し、それが社会貢献にもつながる。そう

した仕組みは広告の新しい可能性を示してい

るし、多様な富の調整という意味では示唆的

である。

以上、広告キャンペーンに近いものから遠

いものまで、いくつかの事例を紹介してみた

が、いずれも明日の広告ビジネスになる可能

性を秘めているのではないだろうか。特に最

後の工科大学のケースでは、最も古典的な看

板というメディアで、最も新しい広告が創造

されていることに感動を覚える。それがオー

ルドメディアであろうと、デジタルメディア

であろうと関係ない。多様な富の調整や交換

を促しているかどうかが問題なのである。そ

の上で、こうした優れたクリエイティブ群は、

コミュニケーションの細部を詰めきるプロ

フェッショナルの技なくして富の交換は成し

得ない、という当たり前の事実を突き付けて

いる。

新しい富の世界はすでに来ている。今、実

際に広告ビジネスで行われている仕事も、見

方を変えれば、多様な富を交換している事例

になる。同じCM制作でも、目的意識の変化

次第で新しい役割を担えるだろう。もちろん、

新しいテクノロジーに敏感になることは大事

だが、目的意識のほうがさらに大事なのであ

る。

ここからは少し視点を変え、これからの業

界を支える次世代人材のコンセプトについて

考察を加えることで、新しい広告ビジネスの

イメージを補強しておきたい。

『21世紀資本主義のイメージ』(1991年)の

著者である政治経済学者のロバート・B・ラ

イシュは、21世紀の新しい職業として「シン

ボリック・アナリスト」というコンセプトを

提示している。『クリエイティブ資本論』(リ

チャード・フロリダ、2002年)における「ク

リエイティブ・クラス」という新しい階層論

も、ライシュ氏の研究を下敷きにしていると

思われる。「多くの先進国では、クリエイティ

ブ・クラスと呼ばれるまったく新しいタイプ

の労働者が総労働人口の3割を占める、クリ

エイティブ経済の段階に入っている。クリエ

イティブ・クラスとは、新しいアイデアや技

術、コンテンツの創造によって、経済を成長

させる機能を担う知識労働者層を示す」。こ

の職業イメージは、広告会社が現在行ってい

る仕事の領域と極めて近いように見えるが、

逆に言えば、多くの企業や個人が広告会社と

競合しながらクリエイティブ・クラスを目指

していくという展開にもつながる。クリエイ

ティブ産業は、急成長しつつも、多くの新規

参入者が引き起こす激しい競争に晒されるこ

とが予想される。

ライシュ氏による「シンボリック・アナリ

スト」の説明は非常に興味深い。

シンボル分析の専門家である「シンボリッ

ク・アナリスト」は、シンボル操作によって

問題点を発見し、解決し、あるいは媒介する。

彼らは、現実をいったん抽象イメージに単純

化し、それを組み替え、巧みに表現、実験を

繰り返し、他分野の専門家と意見交換したり

して、最後には再びそれを現実に変換する。

イメージ操作は分析的方法を駆使し、実験を

行うことによっていっそう磨きがかかる。そ

の道具は、数学的アルゴリズムであったり、

法律論議、金融技法、科学の法則、説得や相

手を喜ばせる心理学的洞察であったり…(中

論文

シンボリック・アナリストの活躍6

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略)…イメージ操作の結果、資源の有効な活

用や金融資産の移動、あるいは時間・エネル

ギーの節約の仕方が発見される。

1991年の段階でこの鋭い指摘、まさに慧眼

である。ここで定義されているシンボリッ

ク・アナリストという職業コンセプトは、広

告業界が新しい領域として現在開拓中のビジ

ネスとも重なってくる。広告会社は、自らが

シンボリック・アナリストでもあるわけだ

が、内外のシンボリック・アナリストたちを

発掘し、結びつける調整者としても高い能力

を持っていると言えるだろう。

前述した『21世紀資本主義のイメージ』の

ライシュ氏も指摘しているように、シンボリッ

ク・アナリストには、いわゆる「クリエイティ

ブ」と言われていたようなジャンルの職業だ

けでなく、法律家や科学者、金融といった

様々な専門家が入ってくることになる。つま

り、富の調整という目的に向けて、その都度、

各種シンボリック・アナリストが集合離散す

るというようなワークデザインになるだろ

う。広告ビジネスは、その調整能力の高さを

武器にすることで、「シンボリック・アナリ

ストの生態系」の中核を担う存在になりうる

かもしれない。振り返ってみれば、20世紀型

の広告ビジネスも、マスメディア企業、広告

制作会社、SP制作会社をはじめ、実に多様

な協力機関から成り立つ業界生態系によって

成り立ってきた。ネットワーク型の社会にお

いては、単体だけではなく、生態系として広

告ビジネスを考えることがますます大事になっ

てくるのではないか。

また、シンボリック・アナリスト論の中で、

ライシュ氏が2つの章を割いて教育の重要性

を強調していることを見逃してはいけない。

「世界的にシンボリック・アナリストが増

えたとしても、この分野でアメリカ人が優位

を維持するだろうことは間違いない。その理

由の一つは、アメリカほど、最も恵まれ、才

能豊かな子供――シンボリック・アナリスト

の卵――をうまく教育している国はない、と

いう事実である」

この記述がなされたのは1991年だから、そ

の後のグーグルやアップルといった創造的企

業の隆盛を考えれば、実際、アメリカの学校

や企業での教育が着実に行われてきたのだろ

うと推測せざるをえない。世界に広がる<富

のダイバーシティ>の中で、広告ビジネス

が<富の調整役>になっていくというビジョ

ン。その着想をより現実に近付けるため、日

本の広告業界は、シンボリック・アナリスト

人材の発見と育成に遅まきながらも徹底的に

取り組んでいくべきではないだろうか。

そもそも、富の革命的変化という新しい事

態を最も敏感に察知しているのが今の若い世

代であり、明日の広告ビジネスを支えるのも、

その若い世代である。上の世代は、デジタル

ネイティブ、グローバルネイティブなどと呼

ばれる彼らの理解に加え、新しい世代特有の

価値観や志、センスに対する繊細な目利きと

しての役目も求められている。もちろん、現

実には、現場の泥臭いビジネス感覚を鍛え上

げていくことも必要だし、そう簡単に未来的

なビジネスへと移行していくわけではない。

しかしその一方で、新しい世界は新しいタイ

プの才能が支える、ということもまた道理な

のである。

筆者は冒頭、人材流出の懸念と記した。し

かし、新しい広告ビジネスを大きな生態系と

とらえ、一つの組織から別の組織へと多くの

才能が流動しながらビジネスのエコシステム

を緩やかにつくっていくというイメージを持

結論 ~人材のエコシステム(生態系)をつくる~7

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論文

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てば、会社という枠組みにこだわりすぎない

方がよいのでは、とも思えてくる。例えば、

一度会社を離れ、大学に戻って研究に専念す

る人間も生態系の一部。ベンチャーを起こす

人間も同様である。逆に、科学者や金融専門

家が広告会社にいっとき席を置くこともある

かもしれない。そうした人材の生態系を活か

しながら、明日の広告ビジネスが世界の富の

調整を行っていく。そんな新しいビジョンを

筆者は描きたい。

現実の広告ビジネスは、とにかく今を生き

抜くために熾烈な競争を戦っている。商品を

売るためのサポートをすることが収益源の根

幹であるという状態は当面変わらないだろう

し、拙稿を空理空論と見なす向きも少なから

ずいるだろう。それでも、現場で奮闘する若

い世代にささやかでもいいからインスピレー

ションを与え続けることが、上の世代に課せ

られた責任ではないかと思う。

●参考文献

ロバート・B・ライシュ(1991),『21世紀資本主

義のイメージ―THE WORK OF NATIONS』

(ダイヤモンド社)

アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー(2006),

『富の未来』(講談社)

佐々木俊尚(2013),『レイヤー化する世界』

(NHK出版)

岡田斗司夫(2011),『評価経済社会』(ダイヤモ

ンド社)

藻谷浩介,NHK広島取材班(2013),『里山資本

主義』(角川出版)

ポール・ホーケン(他)(2001),『自然資本の経済』

(日本経済新聞社)

ロバート・パットナム(2006),『孤独なボウリ

ング――米国コミュニティの崩壊と再生』(柏書

房)

馬場正尊・林厚見・吉里裕也(2011),『だから、

僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフ

リーエージェント・スタイル』(ダイヤモンド社)

岩井克人(2013),「お金は世界を面白くできる

のか」,雑誌『広告』2013年5月号

論文

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論文

15

私の中で強烈に印象に残っているエピソー

ドがある。

ある時、思うところあって一念発起して経

営学や会計などを総合的に学ぶことができる

セミナーに参加したことがあった。講師がセ

ミナーの趣旨とその意義を強調した後、参加

者が一人ずつ自己紹介をする段となった時、

自分はコピーライターであると名乗った一人

の人物がおもむろにこう講師に対して問いか

け始めたのである。「自分は会社から指名さ

れて渋々ながらこのセミナーに参加すること

になった。しかし、自分はコピーライターを

生涯の仕事とすることを決めている。数字と

かデータなんかそもそも嫌いだし、そんな自

分にとってこのセミナーに参加する意味が、

先ほどのあなたの説明を聞いていても僕には

サッパリ分からない。」それを聞いた講師は

想定外の問いかけに動揺し固まってしまい、

残念ながらコピーライターの彼を納得させら

れる答えを出すことなく、その場は終わって

しまった。

ところが、である。面白いことに、講義が

始まると、ケーススタディにおいて受講者の

誰よりも的確で鋭い指摘をしていたのが、そ

のコピーライター氏だったのである。数字や

データの読み込みには多少苦労していたもの

の、皆が彼の発言に一目置き、何に着目し、

どのような答えを導き出すかを注目したので

ある。私もクリエイティブの畑よりもマーケッ

ター寄りのキャリアを積み重ねてきて、それ

なりに数字やデータを扱うことには慣れてい

る自負があった。しかし悔しいかな、彼の指

摘や話の方が圧倒的に「面白い」のである。

これはたまたま彼が極めて優秀だった、と

いうだけの話なのだろうか?私がビッグデー

タをテーマに書こうと思ったきっかけは、そ

の答えを自分なりに考えてみたかったという

ことに端を発する。そしてまたその考察の先

に、広告ビジネスの新しい可能性が見い出せ

るのではないかと考えたのである。

銀賞 明日の広告ビジネス

井上 忠靖 ㈱電通いのうえ ただやす

「ビッグデータ」から「ビッグストーリー」を生み出す力~新しいビジネス創造のための「物語」づくりへの挑戦~

広告業界に足を踏み入れたことで、素晴らしい人たちと沢山出会うことができました。そうした素晴らしい出会いのひとつひとつが、本稿を書こうと思ったきっかけであり、論文内容そのものでもあります。これまでに出会った全ての方々と、これから出会うかもしれない同じ業界の素敵な方々に、この受賞の喜びを捧げたいと思います。本当にありがとうございました。

(ビッグ)データと広告人0

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論文

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最初にビッグデータの定義を確認すると、

狭義の意味では「Volume(量)」「Variety

(多様性)」「Velocity(速度)」の3つのキー

ワードで表現される、旧来の技術では管理が

困難であったとされるデータ群ということが

できる(注1)。そして重要なのは、データ群

そのものよりも、ハードやテクノロジーの進

歩を武器としつつ、それらをどのように活用

して行くのか、にあると思われる。

ビッグデータ活用に対する企業側の期待は

高い。例えば野村総研が2012年12月に行った

調査(注2)によると、今後ビッグデータの有

望領域として「マーケティング」をあげた企

業は67%にも及ぶとされている。しかしその

一方で61%もの企業が「ビジネスとして具体

的に何に活用するかが明確でない」とも答え

ている。

ビッグデータ活用については、ビジネス領

域で考えれば、大きく2つの方向性があると

考える。その一つが「マネジメントの精度を

上げていく」方向性である。

ピーター・ドラッカーとW・エドワーズ・

デミングが「測定の対象にならないものはマ

ネジメントできない」と言ったとされるよう

に(注3)、経営とはある部分では様々な企業

の諸活動の現状を数字・データを通じて「可

視化」し、必要に応じて改善策を検討・実施

して行くという「マネジメント(管理)」が

求められる。だから好むと好まざるとに関わ

らず、企業は「経営」という立場からの要請

上、ビッグデータによる計数管理精度の向上

に期待を寄せていくのも確かであろう。広告

やマーケティングの領域でいえば、自社の販

売データと膨大なシングルソースパネルや媒

体データなどを組み合わせた売上予測やその

検証をスピーディーに行う高速PDCA、広告

媒体配分の最適化を行う統合アトリビューショ

ン、等々がこれらに含まれるところであろう。

だがビッグデータを活用してマネジメント

の精度を上げていくこの方向性には、同じく

経営という観点から見た場合、根源的な課題

を抱えているように思われる。今から約20年

前に元・松下電工会長の三好俊夫がインタ

ビューに答えた以下の内容が、その問題点を

的確に突いている。

自分たちが活動する分野のあるドメインの

中で、改良商品を作っていく。それを松下電

工では「強み伝い」と言っています。自分が

持っている技術、販売網、人材を利用して、

一歩ずつ尺取り虫的に伸ばしていく、これは

自然の方向です。ほとんどの会社がこうした

「強み伝い」に動こうとしています。

このやり方は、管理者がいれば十分で、経

営者不在でもやっていけます。…(中略)…

これだと、会社が潰れるのをくい止める力は

あるかもしれないが、伸びはしない。「強み

伝い」をやっていくうちに、大体、斜陽産業

になってしまうのです。…自分は「強み伝い」

に動いたつもりなのだが、社会の動きに合わ

せたつもりなのだが、社会の動きの方が企業

の動きよりももともと早いということだと思

います。だからやはり(経営者は)跳ばない

といけないのです。(注4)

「メインフレーム」と呼ばれる大型コンピュー

ターの製造・販売で一時代を築いた企業が、

その後「パソコン」という小型のコンピュー

ターの登場というトレンドに乗り遅れたケー

スや、“ガラケー”と呼ばれた携帯電話での

大成功がその後の“スマホ”の時代への早期

の対応への足枷となったケースを思い浮かべ

れば分かりやすいであろう。目前の市場や顧

客しか見ない近視眼的な改善の連続という経

ビッグデータの可能性とその根源的な課題1

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営が続くと、その商品やサービスの機能は次

第に競合製品と差違が無くなっていき最後は

低価格化競争に陥らざるをえなくなったり、

しまいには市場そのものが消滅してしまい、

企業の持続性事態が困難になったりすること

がしばしば生じる。これらは日本企業が現在

直面しがちな問題に通じるものであろう。つ

まりビッグデータを「すでに目の前に見えて

いるもの」に対するマネジメント精度の向上

に使っているだけでは、出口の見えない隘路

にどんどんはまっていきかねないのである。

これは近年「広告がつまらなくなった」と

いう言説が広がっている遠因にもつながる話

ではないのだろうか。製品やサービスの本質

的な差違がどんどん小さくなっていく世界に

あっては、広告が果たすことのできる領域も

また狭まって行くことになるのではないか。

こうした隘路を抜け出すには、経営という

観点では「今はまだ目に見えない」新しい事

業領域へ「跳ぶ」こと、つまり今までにない

新しいビジネスを創造したり、これまで自社

では未開拓の事業領域に進出したりすること

が必要となる。

そしてそこに、ビッグデータの活用のもう

一つの方向性が、生かされる可能性があるの

ではないか、というのが本稿の主題である。

ビッグデータを通じて様々な事象への認識を

広く・深く掘り進めていくことで、新しいビ

ジネスを創造していくために不可欠な、「多

くの人を惹き付けられる、魅力ある骨太な

『物語』を創造していくこと」ができるので

はないか。そしてさらに言えば、その「物語」

づくりの担い手として「広告人」が大きな役

割を果たすことができるのではないか?そし

て、そのことが最終的に広告ビジネスに新し

い可能性を導くとしたらどうだろうか?

そんなことについて以下順に論じていって

みたい。

まずそもそもなぜ「物語」なのであろうか。

既存のビジネスの延長ではなく、新しいビ

ジネスの成長機会を探し、そこに踏み出すに

は、色々な人を説得し、人材を集めて、人脈

を広げて、カネやモノを調達していかなけれ

ばならない。しかし、今までにない新しいビ

ジネスであればあるほど、過去の現実を照ら

す数字やデータだけを基に「今はまだ目に見

えない」ものを語ることは困難になる。そこ

で近年経営の領域でも注目を集めているのが

「物語」というアプローチである。

特に起業の領域では人材や人脈こそが事業

の成否に大きく関わる。様々な人を惹き付け、

色んな人がノってくる儲かる話、つまり魅力

的で面白い「物語」の有無が全てを決めると

いっても過言ではない。そして、成功したベ

ンチャー企業のケーススタディをみると、こ

の事業立ち上げの初期段階に実に魅力的で面

白い「物語」が語られ、そのことで多くの優

秀な人材を引き寄せ、その後の躍進の原動力

となったという話は枚挙にいとまがない。

Amazon.comを立ち上げたジェフ・ベソスが

その事業モデルをレストランの紙ナプキンに

書き上げたという伝説のメモの話や、日本で

のネット生命保険の草分けとなったライフネッ

ト生命の創業者の一人・出口治明が後に共同

経営者となる岩瀬大輔を強く惹き付けるきっ

かけになったというホワイトボード・プレゼ

ンの話など、後からビジネス書などで読んだ

だけでもワクワクさせられるほど「面白い」

物語がそこにはある。

では、ビッグデータ時代の「物語」とは、

それまでの「物語」と何が異なってくるのだ

ろうか。それは、新しいビジネスを創造する

「物語」を生み出す前提となる事実認識の領

ビッグデータ時代の新しい「物語」とは2

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域が飛躍的に拡大することであり、そしてそ

れにより、①物語に深みを与える、②実現性

のより高い骨太な物語を見い出しやすい、点

にあると考える。

まず実際にビッグデータの解析を進めて行っ

てみると、そこには沢山の驚くような、もし

くは予想もできないような「物語」が埋まっ

ているのが実感できる。特に圧倒的に面白い

のが「顧客・消費者」の行動実態を示すデー

タの数々である。例えば、「食」をテーマに

した意識調査上で「自分の手で料理を作って

家族や友人に振る舞うのが好きだ」と回答し

た彼ら彼女らの実際の購買行動データを照合

してみると、「料理のための調理器具」の購

入は頻繁でありながら、肝心の食材料の購入

があまり進んでいないという現実との落差や

矛盾があらわになったりする。そのようなこ

とがわかると「手料理の好きな人」という物

語は、「料理を振る舞い家族や友人の賞賛を

集める願望の強い人」の物語へと深化する。

あるいは位置情報データの分析は、人々がイ

ベントを目指して集い、熱狂し、やがて少し

ずつ静かに家路についていく流れが手に取る

ように分かる。するとこれまでそのイベント

会場内での盛り上がり方だけで構成されてい

た物語に、前後の時間・空間軸という要素が

加わり、新しいプランニングのヒントが生み

出されうるのである。

次に、新しいビジネス創造の上で障害にな

るのが、それが単なる思いつきのアイデアで

実現が困難なものなのか、十分な実現可能性

が認められるものなのか、その見極めがわか

りにくい、点にある。これがビッグデータの

活用によって、客観的事実関係の誤認に基づ

く単なる思いつきを排除しやすくなり、ビジ

ネス成功の確率を上げることにつながると考

える。例えば突発的に生じたトラブル時に

(商品の不具合、天災の発生などのイレギュ

ラーな状況など)ソーシャルメディアを通じ

て消費者のリアルタイムの反応を確認するこ

とで的確な対応につなげていく事例がある

が、これも思い込みによる消費者の反応への

誤解を回避し仮説精度をあげることを可能と

する。ビッグデータ活用は、より実現可能性

があって、真に検討の価値のある、骨太な

「物語」を絞り込むことを助けてくれるので

ある。

このようにビッグデータを活用し、新しい

ビジネス創造の「物語」をより深め、かつ実

現可能性のより高い骨太なものにしていくこ

とは、かつて一部の天才経営者らにしか許さ

れなかった領域に、新しいアイデアを生み出

していこうという強い意欲を持つ者が近寄り

やすくなる、そんな可能性を秘めていると思

えるのである。

次に、なぜ私が新しいビジネスの「物語」

の創造に広告人らが大きな役割を果たすこと

ができると信じるのか。それは、優れた広告

人と優れた経営者の間には、「物語」を生み

出す源泉となる「対象に棲み込む」力を有し

ている点で共通しているところが多いのでは

ないか、と感じられるからである。それを論

じる前提として「良い広告を創るためには?」

というこれまで広告業界側で行われてきた議

論に少し遡ってみたい。

広告業界に入って間もない頃、広告クリエ

イターたちが次々と面白いアイデアを思いつ

き、それをどんどんとフレーズやビジュアル

の形にしていくことに最初はただただ驚いて

いた。私にはそんなクリエイティブなセンス

はとてもないとはなから諦める一方、そのマ

ジックのような創造力にひたすら憧れた。

ただ、少しずつ色々な広告人らの仕事に携

「物語」創造の源泉となる「対象に棲み込む力」3

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わっていく中で、あるところで彼らが決して

無からアイデアを生み出しているのではない

ことに気付く。特に私が気付かされたのが、

その商品やサービスといった対象に徹底的に

「棲み込む」力、とも言えるものだった。例

えば次のような話は、広告業界にいる人間に

は腹落ちしやすい話であろう。

広告を作るときに、自分が何を表現したい

かということは、もちろんあった方がいいん

ですが、取りあえず工場に行って、「作った

人が何を言いたいの?」を、知ることに尽き

ると思うんです。きれいごとに聞こえてしま

うかもしれませんが。

その商品をどうやって作っているのか、何

が訴求ポイントなのか、他社と比べてどこが

違うのか。その違いが、訳の分からない場合

もよくあるけれど、それでも、まずは現場に

行って、いろいろなことを聞いて、作ったや

つのパッションまでも全部理解しないと、広

告なんて作れません。(中略)この間もクラ

イアントの工場まで行ってきました。本当は

面倒くさいんだけどね。そこら辺のパンフレッ

トだけで、ちゃちゃっと作ったっていいじゃ

ないか、とも思うんだけど、ただ、行けば本

当に面白い話が絶対にありますよ。

(馬場康夫さん×澤本嘉光さん対談 日経

ビジネスオンライン20130911)(注5)

その商品やサービスといった対象について

目に見えるわかりやすい事項だけではなく、

直接目には見えないもの、その背後にあるも

の、そうしたものへの「洞察」を徹底して突

き詰めるために、自分をその対象に「棲み込

ませる」ことを行う。そのことで、クライア

ント側の思いと消費者側の受け止め方をつな

げられる、真に優れた広告が生まれることを、

優れたクリエイターらであればあるほど体感

的にそれを知っているのであろう。

そしてこの対象に「棲み込み」、目に見え

ないものにまで洞察を深めていくやり方は、

ビジネス創造の「物語」づくりに非常によく

似ている。優れた経営者の話を聞く機会に恵

まれると、彼らがいかに自らの事業やその置

かれている市場に対して、こちらが驚くほど、

目に見えるところだけではなく目に見えない

ところにまで徹底して「棲み込み」、そこか

ら洞察を深めていることに強く気付かされ

る。

松下幸之助、本田宗一郎、中内功ら歴史に

残る企業家をはじめとして、実業に就いた後

の事業経営の忙しい時期にわざわざ時間を割

いて学校やセミナーに通った優れた経営者の

話は少なくないという。それは、彼らが自ら

の目に見えるもの、経験したものから導かれ

る直感だけで物事を判断することの限界を自

覚し、例えば統計/会計といった視点からの

認識フレームを自らに取り入れ、自分の会社

の状況、顧客や市場、社会の状況、等々といっ

た対象に「棲み込む」ことの重要性を実感し

ているからではないだろうか。そうしたバッ

クボーンがあるからこそ、外部の人間から見

れば全く突拍子もなく見える新領域への「飛

躍」を行うことが可能となり、それらの幾つ

かを実際の成功に導けるのであろう。

このように優れた経営者と広告人に共通性

が感じられるのは、この「目に見えないもの」

を形にしていくという「アウトプット」志向

性が極めて強いこととも深い関係があるのだ

ろう。優れた経営者も広告人も、最終的にそ

のアウトプットにより、人を動かさなくては

ならない。そこから逆算して対象に深く棲み

込み、洞察を徹底して深めていく中で、いか

に優れたアウトプット、つまり人を動かし人

を魅了する「物語」を生み出すのかを問いつ

め続けているとも言える。これは「分析」す

ることがゴールになりがちなコンサルやアナ

リストといった立場の者との決定的な差であ

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る。この強いゴールイメージの違いが、広告

人らを相対的に優位なポジションに付かせて

いるように思われるのである。

4-1.新しい事業領域に「はみ出す」

では、ビッグデータの時代にあって、人を

魅了し新しいビジネスを創造しうる「物語」

を広告人らが本当に創り出すことが出来るの

だろうか。そしてその実現にあたっての課題

は何であろうか?次に私が携わったある企業

の経営改善プロジェクトの事例を紹介した

い。

このクライアント企業は、それまでの躍進

の原動力となった既存事業が市場環境変化に

伴い成長が鈍化しつつあった。ここからさら

なる成長を果たすためには新事業領域進出が

重要という意見もあったが、社内の体制や戦

略に一貫性がない状況に陥っていた。そこで

その新事業領域への進出の妥当性の検証と、

社内での意識改革プログラムの提供がプロジェ

クトには求められたのである。

このプロジェクトには競合状況を含む市場

構造や同社事業の課題分析を行う「分析チー

ム」と、社内改革を推進するためのインナー

ブランドを構築する「ブランディングチーム」

の2つが加わった。こういった場合に起こり

がちなのが、分析側とブランディング側が分

離し、両者の考察や提言が矛盾したりする事

態である。そこでブランディングチーム側に

は、まさに数字やデータから見える風景に

「棲み込んでもらう」ように努めてもらい、

その事実をベースにしたコンセプトやアウト

プットの開発を徹底してもらうこととした。

このプロジェクトの最終提案のクライマッ

クスとして、新しい事業領域に「はみ出す」

というフレーズを掲げた。これはこの企業が

置かれているポジションや企業体力・社内リ

ソースを分析すると既存事業と距離のある完

全な新事業領域は難しいものの、既存事業か

ら比較的近い周縁領域であれば、競合もまだ

積極的に進出していないホワイトスペースで

あることが確認できた。但しその実現には、

社内の商品開発側と営業側の垣根を越えて相

互の業務領域を担当し合うことが要求され

る。そこで、それらの全てのことを「はみ出

す」というフレーズに込めたのである。

この「はみ出す」というフレーズは現場担

当者を中心に深く刺さり、「新規の事業領域

に取り組みたい」という社員の意欲をかき立

て、社内での議論を活性化せる一助になった

と後に聞くこととなった。単なるフレーズの

次元を越えて、新しいビジネスを創造するた

めに、多くの人を巻き込み始める骨太な「物

語」の一部となったのである。

この「はみ出す」というフレーズは私も正

直「やられた」と思った。私がひねり出せた

としたらせいぜい「組織の縦割りの壁の撤廃」

だの「隣接事業領域への積極的な進出」といっ

た程度の平凡なフレーズで、これでは新しい

ビジネス領域に自分も関わりたくなるような

魅力的な「物語」にはとてもなりえない。た

だ一方でこの「はみ出す」というフレーズが

真の意味で「物語」たりえたのは、単に思い

つきのきれいなフレーズだったからではな

く、分析、ブランディングそれぞれのチーム

が徹底して協業し、数字やデータに棲み込む

ほどに徹底して客観的情勢分析を行い、それ

を下地として目に見えないものにまで深い洞

察を行っていった末に生まれた言葉だからだ

と確信している。

4-2.「物語にデータ」だけではなく「デー

タに物語」を

上記のエピソードは、今後広告人が新しい

ビッグデータを用いて広告人が魅力ある物語を生み出していくために4

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ビジネス創造のための「物語」づくりを行っ

ていく上での、いくつかの課題を示唆してい

る。

一つは、従来の広告人に多い「物語にデー

タを(与える)」というアプローチにだけ固

執するのではなく「データに物語を(与える)」

というアプローチも取り込むべきという点で

ある。

これまでの広告における物語の構築は、広

告人らの人生経験に裏打ちされた「勘と真心」

から編み出されるべき、ということが非常に

多かったように思われる。そのアプローチは

今日でもなお有効なことも少なくないが、一

方でありがちなのは、広告人らの「勘と真心」

によって編み出した物語に都合の良い数字や

データを探すということが横行しがちなこと

である。つまり「物語にデータを」与えてい

くアプローチである。

しかし、ビッグデータ時代の到来は確実に

こうしたアプローチの限界をあらわにする。

例えば、ある健康関連サービスのユーザーは

「健康意識の高いユーザーであろう」という

仮説に基づいてストーリーを構築、その裏付

けのために一応意識調査を実施して結果を示

した。ところが、クライアント側で実際のユー

ザーの購買行動に関するビッグデータ解析を

してみたところ、「唐揚げと特定保健用飲料

を一緒に購入するのが好きなユーザー」であ

ることが判明し、ストーリーの根底が崩壊し

てしまったのである。

ビッグデータを通じて現実世界をより克明

に描くことが可能となりつつある今日、広告

人らの人生経験に裏打ちされた勘と真心「だ

け」から紡ぎ出される論拠の薄い物語は、広

く可視化された解像度の高い現実描写の前で

あっという間に陳腐な物語へと転落していく

リスクが高い。だから従来のように「物語に

データを」当てはめていくアプローチ「だけ」

でクライアントの様々な課題に対処しようと

することの限界を認め、データの側に棲み込

み、数字・データの中から新しい「物語」を

見いだしていくこと、つまり「データに物語

を」というアプローチにも積極的に挑まなけ

ればならないように思われる。

4-3.「物語」の強度の重要性

もう一つの課題は、「物語」の強度への要

求の高まりにいかに応えるかであろう。

広告業界でも1990年代からすでに、商品や

サービスや企業ブランドらの、性能や機能差

を訴えるのではなく、体験や世界観といった

情緒的な付加価値を訴求することで共感を生

み出す、ブランドストーリー(物語)に関す

る議論が行われてきている。

一方で、新しいビジネスを創造するための

「物語」となるためには、実際にその未知の

ビジネスに人を積極的に巻き込み、人と人と

の間に新たな融合をもたらし、新しいビジネ

スへの情熱を生み出すだけの強度が必要にな

る。その意味で、ブランドストーリーの議論

における「物語」が、発信側の伝えたいメッ

セージをどのように伝えるかに力点が置かれ

ていたのに対して、ビッグデータ時代の新し

いビジネス創造の「物語」は、受け手側の感

情を動かすだけではなく、行動までも具体的

に喚起させるだけの強度があるかどうかに力

点が置かれているところに、大きな違いがあ

るように思われる。

そのためには、従来以上に、「経営」とい

うことに対する深い理解も要求されるように

なるだろう。経営者の相談相手として、突飛

なことを思いついてくれるちょっと面白い

人、という従来の飛び道具的な広告人の扱い

を越えて、真の意味で経営レベルの判断のパー

トナーとなりうるだけの知識や知見が要求さ

れる機会も増えてくると予想される。その意

味でも数字・データという強い事実認識のフ

レームを土台としながら、新しい「物語」を

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論文

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紡ぎ出していくことが益々重要になってくる

のではないだろうか。

ビッグデータというトレンドを生み出した

IT業界らにおいても、ビッグデータの今後

の進むべき将来像についてはまだ明確なコン

センサスが得られていないように見受けられ

る。確かに「データサイエンティスト」が脚

光を浴びるなど、大量のデータ群の中から有

益な情報を目利きする能力の重要性は認識さ

れているものの、そのような人材をどのよう

に育て、またはその目利きした情報をビジネ

スにどう有益に活用していくのか、まだ明ら

かになっていないところも多いように思われ

る。そうなってしまうのは、やはり数字や

データという「すでに目の前に見えているも

の」という可視化されたものから発想を行う

ことが多いため、可視化されたものにとらわ

れすぎるのであろう。

だからこそ、広告人にはチャンスがあると

思われる。新しい「物語」創造のためには

「今は目には見えない」不可視な領域まで洞

察を深めることが重要であり、広告人はその

面で能力を十分に有しているように思われる

からである。そうであるからこそ、一部の数

字・データ嫌いの広告人にはその苦手意識を

できるだけ払拭して頂き(冒頭に紹介した彼

などが典型例だ)、ビッグデータを通じて得

られるより広い事実認識の世界に棲み込む能

力も備えることで、新しいビジネスを創造す

る魅力的で骨太な「物語」づくりを行えるよ

うになり、ビッグデータの中から真の意味で

価値を引き出せる立場になりうると考える。

しばしばカンヌライオンズが「広告」の看

板を下ろした話が引用されるように、広告業

界内でも時代の要請を意識して、広告の定義

やその領域を見直そうという動きが出始めて

いると認識している。そうであるならば、広

告ビジネスもまたこのビッグデータを軸とし

て、従来の広告という手法だけではなく、新

しいビジネスを生み出すプロセスそのものに

「物語」づくりという形で関わり、そのこと

で今までに無いイノベーションを起こすこと

で人々の生活と世の中を変えることに貢献す

る、そんなもっと大きなところまで視野に入

れてもなんらおかしくはないであろう。そし

て、そうした事例を積み重ねていくことで、

広告ビジネスは、ビッグデータから今はまだ

目に見えない未来の社会の姿という「ビッグ

ストーリー」を生み出すビジネスへと進化で

きるのではないだろうか。

(注記:本文引用のビッグデータ活用の各

ケースについては、全て実際の例に基づいて

いるが、守秘義務の観点やクライアントの特

定を避けるために、幾つかのケースを組み合

わせるなどして脚色している点、ご留意頂き

たい。)

ビッグデータから「ビッグストーリー」を生み出す5

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● 引用文献・データ

注1)日経BP ITpro,「ビッグデータで日本のIT

は活性化するか」(http://itpro.nikkeibp.co.jp/

article/COLUMN/20120207/380351/),2012.2.13

注2)株式会社野村総合研究所,「ビッグデータの

利活用に関するアンケート調査」(http://www.

nri.co.jp/news/2012/121225.html),2012.12.25

注3)アンドリュー・マカフィー(他)(2013.2),

「ビッグデータで経営はどう変わるか」,『DIAM

ONDハーバード・ビジネス・レビュー』第38巻

第2号(ダイヤモンド社)

注4)石井淳蔵(2009),『ビジネス・インサイト』

(岩波書店)

注5)日経ビジネスオンライン,「『創作とは記憶

である』とクロサワは言った 馬場康夫さん×

澤本嘉光さん」,2013 .9 .11(http://business.

nikkeibp.co.jp/article/interview/20130826/25259

4/?rt=nocnt)

●本文引用以外の参考文献

楠木建(2010),『ストーリーとしての競争戦略』

(東洋経済新報社)

山根節(2008),『ビジネス・アカウンティング』

(中央経済社)

John Seely Brown, Stephen Denning, Katalina

Groh, Laurence Prusak(高橋正泰、高井俊次監

訳)(2007),『ストーリーテリングが経営を変え

る』(同文館出版)

クレイトン・クリステンセン(玉田俊平太監修/

伊豆原弓訳)(2001),『イノベーションのジレン

マ』(翔泳社)

松岡正剛(2013.2),「情報は物語をほしがって

いる」,『DIAMONDハーバード・ビジネス・レ

ビュー』第38巻第2号(ダイヤモンド社)

DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー,

「カンヌで木村健太郎が岸勇希に、『ストーリー

が切り開く広告の未来』を聞いた」(http://

www.dhbr.net/articles/-/1915),2013 .6 .27

TECH.ASCII.jp,「ビッグデータに欠けた『スト

ーリー』を補うEMCのプロジェクト」(http://

ascii.jp/elem/000/000/732/732112/),2012.10.4

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論文

24

近年、広告の未来を憂える議論は後をたた

ない。米国のデジタル・エージェンシーAKQA

を率いるレイ・イナモト氏は「広告の未来は

広告ではない」といったショッキングなタイ

トルで講演を行い、サーチ&サーチ・ワール

ドワイドのCEOケビン・ロバーツ氏はロンド

ンのトップ企業経営者が集まる会議で「マー

ケティングは死んだ」「ビッグ・アイデアは

死んだ」と語る(注1)。日本の状況について

は、今さら述べるまでもない。

確かに広告業界をめぐる環境は激変してい

る。マス広告の影響力低下だけではない。ソー

シャルメディアの登場により、消費者は同じ

消費者からの情報や評価を信頼して耳を傾け

る一方、企業発の情報である広告全般につい

ては関心や信用が低下している(注2)。透明

性が増し、リアルな情報が人々の判断を左右

する時代になった結果、広告が生み出すイメー

ジが機能しづらくなってきている。ネットで

大量の情報が氾濫する中、「広告表現」は他

の魅力的なコンテンツとの競争に常に晒され

ることとなった。企業にとって安価な情報発

信手段の選択肢が増え、広告会社を経由しな

い情報の流れが多数生まれている。そのよう

な中、2011年「カンヌ国際広告祭」という名

称から、「広告」の文字が消えた。全ては、

我々の業界にとって由々しき事態ばかりだ。

しかし、今回この論文で取り上げたいのは、

同じ広告の未来を憂える議論でも、これとは

別の視点からのものだ。前述の議論が我々の

ビジネスの“HOW(どのようにクライアント

のマーケティング目標を達成するか、いかに

コミュニケーションを成り立たせるか等)”

に関わる内容であるのに対し、次に述べる議

論は“WHAT(我々はどのような役割を担

い、クライアントにそして社会にどのような

価値を提供するのか)”“WHY(何故私達は

存在を許されるのか。我々の存在意義は)”

といった部分に関連する。

銅賞 明日の広告ビジネス

梅津 弓子 ㈱電通うめつ ゆみこ

~サステナビリティ?“ソーシャル”への流れは広告業界にとっての必然~

広告業界では昨今“ソーシャル・グッド”への関心が高まっていますが、それは裏を返すと、広告会社が世の中に提供できるソリューションはまだまだたくさんある!そういった可能性を信じている人が多いということではないでしょうか。私自身は、この動きを通じて、社会に「広告会社が持てる力」を再認識してもらえれば、との思いもあります。「明日の広告ビジネス」、現在に増してすてきなビジネスになりますように。

数多い「憂広告論」ー但し、最も根本的な問いについてまだ議論が始まっていない

1

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25

我々のクライアント企業、中でもグローバ

ルに事業展開する企業は、各社とも非常に真

剣に、自身の存在意義をつきつめ、それをも

とに経営方針を打ち立てるようになってきて

いる。環境問題や公正労働など、もともと

「企業の社会的責任(CSR)として配慮すべ

き」だった事柄は、今や「企業の持続可能性

(サステナビリティ)を左右する」重要事項

として、より切実な経営課題だと捉えられて

いる。これらの企業の取り組みに対し、「き

れいごと」「建前」といった印象を持ってい

る人には、各社が毎年発行するグローバル版

「サステナビリティ・レポート」を見てもら

いたい。その取り組みや姿勢に、各社のただ

ならぬ思いが見てとれる。特に欧米などでは、

高い見識と専門性を備えたNPOがシビアに

企業活動を監視し、問題ありとあらば実に理

路整然と改善要求をつきつけてくる。しかも

それらの情報がネット上で誰にでも公開さ

れ、消費者自身の社会課題への意識も自ずと

高まる環境にある。しかもソーシャルメディ

アにより瞬く間に情報が拡散する中、一度不

売運動が起これば企業にとってそれは死活問

題となる。一方、消費者が支持するような社

会的活動や配慮ある事業活動を先行して行う

ブランドに対し、人々は惜しみのないエールを

送る。その時ネット上で見られるブランドと

消費者の関係は、あたかも友人同士であるか

のように親密だ。

そのような緊張感のある環境に晒されてい

る企業は、何事も「きれいごと」で済ます訳

にはいかない。「我々は○○○○といった価

値を提供し、それはあなたの生活に役立つの

はもちろんのこと、あなたが必要と考えてい

る社会・環境課題の解決にも貢献します」と

コミットし、実際の行動でその思いが本物で

あることを証明していく。そして、消費者も

企業がそういった態度を示すことを、もはや

当然のこととして捉え始めている。

さらに、昨今しばしば話題となる“事業系

CSR”やポーターが提唱する“CSV(Creating

Shared Value)”といった概念(CSVはポー

ター自身がかつて提唱した「戦略的CSR=攻

めのCSR」を発展させたものらしい)が普及

し、企業が環境・社会課題に取り組むことは、

事業の存続だけでなく、より大きな成長をも

たらすという考え方が主流となってきた。か

つては「倫理」「社会的責任」「義務」といっ

た範疇で捉えられていたことが、いつの間に

か「価値」「事業シーズ」「競争力の源泉」に

なってきている。

さてここで、再び広告業界に話を戻す。で

は、広告業界の持続可能性(サステナビリ

ティ)や“CSV(Creating Shared Value)”

はどうなのか。広告業界は、消費者の目を絶

えず意識しているB to C企業と異なり、いわ

ゆる“黒子”意識からか自意識が非常に低い。

かつてNPO業界から「広告会社とコンサル

会社は、CSRの暗黒大陸」と揶揄されたよう

に、他の業界がみな「持続可能性」を模索し

ている流れの中でも、広告業界は自身の存在

意義についてつきつめて考えることを迫られ

ずに来てしまったと言える。先に提示した最

も根本的な問いである、明日の広告ビジネス

の“WHAT”や“WHY”について、日本で

はまだ議論が始まっていない。

この問題意識は、既に世界、特に欧米では

かなり前から芽生えていたようだ。そしてそ

の一つの結論を、私は2013年のカンヌに見た

ような気がする。

前述AKQAの共同設立者であるジェーム

ズ・ヒルトン氏は、アド・エージ誌の取材に

対し「ブランドは人々の生活に貢献するもの

海外の例に見る「広告業界の存在意義」の一つの形2

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論文

26

を提供しており、広告が人々の生活の中に不

要なノイズを発する時代はとっくに終わって

いる。カンヌのような場で、広告という言葉

の意味するものを再定義すべき時期に来てい

るのではないか」と語ったと聞く。カンヌラ

イオンズ(カンヌライオンズ国際クリエイティ

ビティ・フェスティバル)に参加する作品は

年々社会課題を意識した内容が多くなってき

ており、2013年はその特徴が一層際立った

年だったという。過去数回にわたり審査員を

務め、長年カンヌの変化を目にしてきたドリ

ルの現エグゼクティブ・アドバイザー鏡明氏

は「今世紀に入ってから、広告の社会的な意

味が語られるようになってきたが、2013年

のカンヌはそれが顕著になったように見え

る。各カテゴリーの結果にも社会的な問題

に関わるキャンペーンが多くなっているし、

セミナーの中にもゲイツ財団をはじめとして

社会的な活動をしている団体、そして社会的

な問題に対する取り組みを扱ったものが増え

ている。~(省略)~企業がものを作り売るこ

とだけでは、存在価値が疑われるという傾向

の反映であるし、企業や経営者の社会的な意

識が問われることが多くなっている(注3)」

と述べている。

もともと、海外、特に欧米の広告賞に出品

される作品は、“ソーシャル”なものが多く

見られる傾向にあった。ここで言う“ソーシャ

ル”とは、ソーシャルメディアのソーシャル

(=「人と人との間の、社交の」の意)では

なく、「社会課題(環境問題も含む)に取り

組み貢献する」、言わば“ソーシャル・グッ

ド(社会的善行や公益)”という意味である。

広告会社がプロボノ(各分野の専門家が、職

業上持っている知識・スキルや経験を活かし

て社会貢献するボランティア活動)で、

NPOなどの社会性の高いメッセージ広告を

無償もしくは低コストで制作し、自社の社会

貢献活動と位置付けると同時に、自社のクリ

エイティビティの高さをPRするショーケー

スとして活用する、そういったことは以前か

ら行われきた。しかし昨今のカンヌで顕著な

のは、一般の民間企業の応募作品の“ソーシャ

ル”化だ。今回受賞した作品のうち、まさに

半数もしくはそれ以上が何らかの社会課題を

扱っていたり、社会に良いことを目指すもの

だったのではないかとの印象すら受ける。そ

してその多くは民間企業によるものだ。しか

も賞狙いの作品では決してない。

日本から参加したあるクリエイティブ・ディ

レクターはこの現象を総括してこう語った。

「ブランドが何のために存在しているのか、

そして世界のために何ができるのか―ブラン

ドは“社会善を果たす存在”であることを証

明しなければビジネスとして立ち行かなくなっ

ているのではないか」。前節で述べた、自身

の“持続可能性(サステナビリティ)”のた

めに必死な企業の姿がここにある。そして、

それらの企業をパートナーの立場から支えて

いたのが、広告業界だ。

電通特命顧問白土謙二氏は同社が発行する

出版物の中で、21世紀的な広告の役割は「持

続可能な経済・社会モデルへのシフトを支援

すること」だと書いた(注4)。カンヌの作品

に携わった広告会社は、ある意味で、これを

実現していたと言える。カンヌに見られた

“ソーシャル”への傾倒は、決して一部の

“良いこと好きな人々”の思いによるもので

はなく、また一時的な流行でもなく、一つの

必然だったものと考えられる。

カンヌを見る限り、“ソーシャル”への志向

は欧米に限らないグローバルなトレンドのよ

うだが、その中でも英国と共に先頭を走って

欧米に見る“ソーシャル”へのトレンド3

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いる米国を見ると、企業の“ソーシャル”志

向は増加の一途をたどっていることがわか

る。米国で企業スポンサーシップのコンサル

テーションや研究・評価などを行うIEGの統

計によると、1990年には1.2億ドル規模だっ

た企業のコーズマーケティング(ここでは

コーズスポンサーシップと分類している)は、

ほぼ毎年増加し、2011年には16.8億ドル規模

にまで成長、2013年は17.8億ドル(4.8%増)

に到達する見込みだ(注5)。ここで言うコーズ

スポンサーシップは必ずしも、日本で捉えら

れている狭義のコーズマーケティング(売上

の一部が寄付される商品、サービスなど)に

限らない。NPOやソーシャル企業等への支

援や協働を通じた“ソーシャル”な活動を広

く指している。

このようなトレンドを受け、“ソーシャル”

施策の企画立案などを行う専門性を持つ人材

の層も厚くなっているようだ。グリーン・エー

ジェンシーの活躍は以前から日本でも知られ

ているが、それだけでなく、“ソーシャル”

(広義のコーズマーケティング)を得意とす

る広告会社、デジタル・エージェンシー、

PR会社が数多く存在、その市場の成長を支え

ている。2012年にはピュブリシス傘下の

MSLグループが、“ソーシャル”施策に関す

る専門性を持った広告会社「パープル」を立

ち上げたばかりである。また、米国の“ソー

シャル”施策に関する業界団体「コーズ・マー

ケティング・フォーラム」は、毎年コーズマー

ケティング(広義)のベストプラクティスを

称える賞(Halo Awards)を設け、業界の底

上げに力を注いでいる。ベストプラクティス

の数々は、企業のソーシャル施策の事例をふ

んだんに紹介するコトラーの新刊本“Good

Works!”にも多く取り上げられている(注6)。

このように米国では、企業の“ソーシャル”

な施策を支える環境が整っている。

何故これほどまでに“ソーシャル”志向が

高まっているのか。ここまでは企業の「持続

可能性」の観点から捉えてきたが、実はそれ

以外にも数多くの要因がある。“ソーシャル”

な活動を日本ではまだコーポレート部門の担

当領域と捉える向きが多いが、欧米では消費

者との関係性の上に立脚するブランディング

の文脈で語られることが多い。ここではブラ

ンディングにとっての重要性を、“ソーシャ

ル”志向が高まる背景にある4つの点からみ

ていきたい。

1)高まる消費者の意識〈“ソーシャル”は

カッコいい〉

古くからチャリティ文化が根付き、1990年

代には早くも“ソーシャル”と“マーケティ

ング”が融合されたコーズマーケティングが

登場・定着した欧米。しかし、昨今の“ソー

シャル”化に弾みをつけた一因は、“ソーシャ

ル”とほぼ同義で使われる“エシカル”なラ

イフスタイルの登場だろう。エコロジー、チャ

リティやフェアトレードなどの考え方を含

む、“倫理的な”ライススタイルがカッコい

いと脚光を浴び始めたのは、2008年頃のロ

ンドン。きっかけはU2のボノを始めとする

セレブが、この考え方を広く浸透させたこと

だったと言う(注7)。以降この動きはLOHAS

や高まる環境保護意識とあいまって、米国そ

の他の国々に広がった。

また、米国を始め世界的なトレンドとして、

“ジェネレーションY”(米国では1975年から

1989年までに生まれた世代。2000年前後もし

くはそれ以降に社会に出る世代として“ミレ

ニアルズ”と呼ばれることもある)の“ソー

シャル”意識の高さが注目されている。今後

の消費のボリュームゾーンに育つこの世代を

“ソーシャル”志向が高まる背景:ブランディングにとっての重要性4

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論文

28

ターゲットにするなら、“ソーシャル”の視

点は外せないというのが、欧米の広告業界で

は常識になっているようだ。

2)ブランドの“精神”としての“ソーシャル”

コトラーは著書「マーケティング3.0」の

中で、「マーケティング1.0(製品中心:機能

的価値の提案)→2.0(消費者志向:機能的・

感情的価値の提案)→3.0(価値主導:機能

的・感情的・精神的価値の提案)」とマーケ

ティングの変遷を示し、マーケティング3.0に

至った現在「消費者は今では自分たちのニー

ズを満たす製品やサービスだけでなく、自分

たちの精神を感動させる経験やビジネスモデ

ルも求めている」と言う(注8)。また、過去に

英国でコーズマーケティングの専門ユニット

を立ち上げたサーチ&サーチも、その知見を

「ブランド・スピリット~コーズ・リレイテッ

ド・マーケティングによるブランド構築~」

という本にまとめる中で、同様に、「理性的

なブランドプロミス、情緒的なプロミスに加

え、プロミスが“エシカル”もしくは“精神

性”の領域にまで拡大されてきた」と記して

いる。そして消費者調査に基づき「消費者は、

そのブランドが何をしてくれるのか、または

購入した人にどのような心象を与えてくれる

のか、だけではなく、そのブランドが何を

“信条としているのか”を知りたいと思い始

めている」ことを紹介、コーズ・リレイテッ

ド・マーケティングなどの“ソーシャル”施

策を通じて、自らの“信条”を具体的に示し

ていくことがブランディングの鍵となること

を示唆した(注9)。

3)「動詞型ブランディング」の有効な切り

口としての“ソーシャル”

ソーシャルメディア等の普及により、ブラ

ンディングの方法も変化した。電通小西氏は

「製品にイメージで付加価値をつけて、顧客

を惹きつけるマーケティング手段を『形容詞

のブランディング』、コミュニティ(人)を

中核に、共有された目的実現に向けて一緒に

価値を生み出していくアクションとダイナミッ

クなプロセスを『動詞のブランディング』」

と名付け、後者を「生活者主導の時代のブラ

ンディング」として提案している。そして、

『動詞のブランディング』の第一歩は「私た

ちが生み出す未来や、人と社会・生活のある

べき姿を描き、その構想や価値を人々と共有

すること」とし、「ユーザーが共感して参加

したいと思える行動をどのように生み出すか

を考えることが、これからのブランディング

には重要」と記している(注10)。ここで挙げ

られている先行事例を見ると、企業と消費者

が「共有し、そのために共に行動するための

価値」として“ソーシャル”なテーマが取

り上げられているものが複数ある(例えば

IBM Smarter Planet、アメリカンエクスプ

レスのSmall Business Saturdayなど)。この

観点からも、ブランディング、そして新しい

マーケティングのあり方である「共創モデル」

と“ソーシャル”は切り離せない関係となっ

ていることがわかる。

4)ソーシャルメディアでのコミュニケーショ

ンに不可欠な「共感」を生みだす“ソー

シャル”

「明日のコミュニケーション」を執筆した

佐藤尚之氏によると、ソーシャルメディア上

で情報が広まるためには、その情報が『共感』

されることが必須条件であり、まずは「共感

される企業」になることが企業コミュニケー

ションには必要不可欠だと言う。同氏はさら

に「マスメディア全盛時代は、広告やPRが

うまいアピール上手な企業が好かれたが、オー

プンかつ透明であることを求められるソーシャ

ルメディアでは、広告がいかにうまくても、

実際にその企業がどんな行動をしているかが

バレてしまう。『話術』だけでなく、『中身』

が伴って、初めて信頼と共感が得られるので

ある」と述べている(注11)。そして、この

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「中身」を伴い「共感」を生む切り口の一つ

としても、”ソーシャル”な施策の可能性は

大きい。

ここまでの議論を振り返ると、実は“ソー

シャル”は、本論文の冒頭に述べた、広告の

未来を脅かす様々な環境変化を乗り越えてい

く希望を与えてくれることに気づく。つまり、

“ソーシャル”は前述の“HOW”と“WHAT”

“WHY”のそれぞれの面において、広告業界

にチャンスを与えてくれると言えよう。

以上の内容を読んでもまだピンと来ない人

の方が、日本には多いかもしれない。その理

由は大きく二つあると考えられる。一つは、

日本ではまだ生活者の意識が欧米ほど顕在

化・先鋭化していないということ。二つ目は、

日本人のメンタリティー―「陰徳の美学」や

「善行を商売に利用するのはけしからん」。と

いった考え方―が企業の“ソーシャル”施策

を素直に受け入れられにくくしていること

だ。このことによって、日本では“ソーシャ

ル”がコミュニケーション上には現れにくく、

また経済ベースに乗りにくい構造となってし

まっている。これではブランディングは難し

く、広告業界もなす術を失う。

とはいえ、早晩日本にもソーシャルの波が

来るだろう。その兆しは既に見えている。

1)3.11を経て、日本人の意識は大きく転換

した

3.11を経て、日本でもソーシャル意識が急

激に高まった。あまりに甚大な被害を前に、

被災地支援に取り組み、周囲にも協力を呼び

掛ける声は、人間としてごく自然な感情の連

鎖を生み、ソーシャルメディアを介すること

でさらに大きなうねりとなった。偽善的であ

るか否かなどと言っている場合でも「陰徳の

美学」を気取っている場合でもなかった。ま

た“善意”だけでは到底解決できない課題の

大きさを目の当たりにし、“経済活動”を通

じて支援・復興を続けることが最適な方法だ

ということを人々は無意識のうちに感じ取っ

た。「善行を商売に利用するのはけしからん」

といった議論は依然として存在したものの、

ヤマト運輸が行った「宅急便1個につき10円

を被災地復興に寄付する」取り組みはその他

の様々な取り組みと共に、ヤマトのブランド

評価を大きく高める結果となった。企業の志

が本物であると感じられれば、“ソーシャル”

を経済ベースにのせることにポジティブな風

が吹き始めた。

震災後に日経MJが行った調査によると、

「社会貢献と収益を両立するビジネスモデル

を構築すべきだ」が40%、「企業は社会貢献

を通じて企業価値の向上を図るべきだ」が

17%と、社会貢献とビジネスをつなげること

に賛意を示す人々は半数を超えた。特にこの

傾向は20~40代に多く、それより上の年代層

における割合を上回ったという(注12)。

2)“ソーシャル”な若者層の出現

若者の社会貢献好きは震災以前からの傾向

だ。特に、多くの社会起業家を輩出してきた

80年代生まれの世代は、就職氷河期を経験し、

給与が低めでもそれなりに生活できるなら

ば、社会の役に立つことをやりたいと思う人

が多いと言う(注13)。奇しくも、この傾向は、

米国の“ジェネレーションY”と重なる。い

ずれ日本の購買力の中心となる彼らが、今ま

でと同じような消費者であり続けることはな

いだろう。

3.11以前、以降共に、日本でも実は多くの

企業が“ソーシャル”な施策を試みている。

日本にもその波は近づいてきている5

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論文

30

残念ながら、控えめなコミュニケーションし

かしていないため、気づかれにくいが、その

数は確実に増えている。ただ、それを欧米の

ようにブランディングにまで結び付けられて

いないのが日本の現状だ。ここで、日本の広

告業界の出番が待たれる、のだ。今後、日本で

も“ソーシャル”のトレンドが加速するか否

かは、企業のパートナーたる広告会社の志に

かかっている、というのは言い過ぎだろうか。

では、日本の広告会社はどのような能力を

磨けばよいのだろう。実は“ソーシャル”施

策を真に成功させるためには、高い専門性が

必要となる。

1)ソーシャル・インサイト

消費者の社会意識に関する知見が必要なの

は言うまでもない。が、“ソーシャル”施策

の企画に際しては、それに加えて、社会課題

に対する深い理解も重要である。「環境」な

ら木を植える、「女性」ならピンクリボン…

いずれも社会にとって重要な活動だが、もし

ステレオタイプ的な発想で安易に活動内容を

決定したとすれば、企業の「本気感」が疑わ

れ、生活者の真の共感は得られない。社会課

題に対する学びの姿勢を感じさせる選択が求

められる。

2)ソーシャル・プランニング(と実施)

“ソーシャル”な施策を導入する際は、高

度な戦略性が要求される。ブランドの存在意

義を伝え、効果的なブランディングにつなが

るテーマ選定が必要だ。しかも、消費者の共

感度が高く、参加意識を高める仕掛けが不可

欠となる。さらに、“ソーシャル”施策には

欠かせないNPO等のパートナー探しは、施

策の成功を左右する。企業とNPOの両者に

とっての共通領域を見いだし、シナジーを得

る―欧米には、“ソーシャル”施策をいかに

成功に導くかのノウハウが蓄積されている。

このあたりは、コトラー著「Good Works!」(注14)にも詳しく紹介されている。

3)ソーシャル・コーディネーション

欧米はNPOの歴史が長く人材の層も厚い。

資金力、会員などの支援基盤に恵まれ、企業

との協働能力に長けた団体が数多く存在す

る。一方日本には、すばらしいNPOが数多く

存在するものの、業界全体で見ると、NPO

法が成立してから15年に過ぎないこともあ

り、まだまだ発展途上段階にあると言えるだ

ろう。そういった中で、NPOを幅広く知り、

企業と最適な組み合わせを見つけ、また施策

の実施段階においては、両者の協働を側面支

援していく力も、広告会社に求められる。

4)ソーシャル・コミュニケーション

日本では欧米ほどチャリティ活動や“ソー

シャル”なコミュニケーションが活発ではな

い。その結果、まだ意識されていない社会課

題も多く、ソーシャル意識が十分顕在化して

いない部分があると思われる。既に顕在化し

ているメジャーな価値観にのることも重要だ

が、それだけでは消費者にとっても発見がな

く、メッセージの差別化も図れない。社会課

題への気づきを与え、共感を創り、人をモチ

ベートさせる―この部分こそ広告会社が最も

社会に貢献できる、存在意義を発揮できる役

割だろう。昨今広告業界のバズワードともなっ

ている「ストーリーテリング」の力がこれほ

ど望まれる分野はないのではないか。

さらに、「優等生的ソーシャルから、カッ

コいいソーシャルへ」―これも日本の広告会

社に与えられた課題だ。欧米で“ソーシャル”

がここまでブランディング面で機能している

のは、その描き方が見事だからだろう。例え

ば、スターバックスが提案するフェアトレー

ドはかっこいい。諭されるのではなく、「だっ

“ソーシャル”の波を前に、日本の広告業界が備えるべき能力とは6

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て、そういうことっていいことじゃん?」と

センスのよい、ちょっと進んだ友人からさり

げなく言われたような感じがする。

“ソーシャル”は説教臭くて儲からないと

いう人がいる。が、それはその価値の見せ方

について、幅広い可能性が存在することを十

分感じることができていないからではないだ

ろうか。ここにも広告会社がその存在意義を

発揮できる場所がある。

ここまで、企業のパートナーとしての広告

業界という視点から語ってきたが、最後に、

その枠を外した上で広告業界の存在意義に触

れ、この文章を終りにしたい。

アメリカ・マーケティング協会が2007年に

採用したマーケティングの定義は『マーケティ

ングとは、消費者、顧客、パートナー、およ

び社会全体にとっての価値のある提供物を創

造、伝達、流通、交換するための活動、一連

の制度、およびプロセスをいう』というもの

で、そこには新たに加わった『社会』という

文字がある(注15)。これにより、マーケティ

ングは営利企業だけのものではなくなった。

そしてこのことはそっくりそのまま、広告

業界にもあてはまる。社会課題解決への関心

が高まる中で、今後マーケティングやコミュ

ニケーションのニーズは、営利企業以外にも

拡大していくだろう。国や地方公共団体、

NPO、そして個人もあるかもしれない。社

会にとって価値を提供できるなら、我々のビ

ジネスの範囲を幅広くとらえて可能性を広げ

ていくべきだろう。

これからはクリエイティビティの時代だと

言われる一方で、米国などではクリエイティ

ブ人材が広告業界を離れ始めているという話

を耳にする。これからもクリエイティビティ

あふれる宝のような人材が、喜んで入ってき

てくれるような、ワクワクするような業界で

あり続けられるように、彼らが共感できる

“存在意義”が欠かせない。彼らを決して失

望させることのない業界へ。広告業界が提供

できるソリューションは、無限大なのだから。

広告業界の存在意義とサステナビリティ…広告人の誇りを再び!7

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論文

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● 引用文献・参考文献

注1)THE DRUM,””Marketing is dead”says

Saatchi & Saatchi CEO”(2012.4.25.),(http://www.

thedrum.com/news/2012/04/25/marketing-

dead-says-saatchi-saatchi-ceo ),2013.9.1

注2)及び 注11)佐藤尚之(2011),『明日のコ

ミュニケーション』(アスキー・メディアワーク

ス)

注3)鏡明「ボーダーが消えた60年目のカンヌ」,

『ブレーン』2013.9月号(宣伝会議)

注4)白土謙二,「広告を超えて。」,『アドバタ

イジング』第18号,2009.3.28(電通)

注5)IEG SPONSORSHIP REPORT,

“Sponsorship Outlook: Spending Increase Is

Double-edged Sword”(2013.1.7),(http://www.

sponsorship.com/IEGSR/2013/01/07/2013-

Sponsorship-Outlook--Spending-Increase-Is-

Dou.aspx),2013.9.1

注6)及び 注14)Kotler, Hessekiel, Lee(2012),

Good Works!( John Wiley & Sons.Inc)

注7)及び 注13)デルフィス エシカル・プロジェ

クト(2012),『まだ“エシカル”を知らないあな

たへ』(産業能率大学出版部)

注8)コトラー、カルタジャヤ、セティアワン(2011),

『コトラーのマーケティング3.0』(朝日新聞出版)

注9)Hamish Pringle and Marjorie Thompson

(1999),Brand Spirit( John Wiley & Sons. Ltd.)

注10)小西圭介(2013),『ソーシャル時代のブ

ランドコミュニティ戦略―つながる、発信する、

共に創るためのプラットフォーム構築法』(ダイ

ヤモンド社)

注12)『日経MJ 』2012年1月1日

注15)この定義は2013年さらに以下のように改

訂されている:

Marketing is the activity, set of institutions, and

processes for creating, communicating, deliver

ing, and exchanging offerings that have value

for customers, clients, partners, and society at

large. (Approved July 2013)

(https://www.ama.org/AboutAMA/Pages/Defi

nition-of-Marketing.aspx)

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私の言いたいこと

<一般部門>

第1テーマ●営業、アカウントマネジメント

第2テーマ●メディア、メディアプランニング・開発

第3テーマ●マーケティング、ストラテジックプランニング

第4テーマ●クリエイティブ

第5テーマ●プロモーション、PR

第6テーマ●管理(総務、人事、教育、経理、システム、法務、広報、経営管理等)

第7テーマ●その他(第1~6テーマにあたらないもの)

<新人部門>テーマ●自由業界歴2年以内、26歳まで

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私の言いたいこと <一般部門>

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〝基礎代謝〟といってもダイエットの話を

したいわけではない。近年徹底した効率至上

主義のもと行われている広告現場の最前線に

おいて、そぎ落としてはならないのに、そぎ

落とされていったモノがあるのではないか、

という自身が感じる危機感から本稿は端を発

している。広告人の作業の現場を、人間のカ

ラダに置き換えることにより、失われたモノ

の再発見、改善案を導き出したい。そして、

今こそ見直すべき広告人としての意識改革と

して、自分を律するためにも本稿を進めてい

きたい。

2012年の総広告費は5兆8,913億円、前年

比103.2%と、5年ぶりの増加になり(注1)、ア

ベノミクスの効果もあり景気は回復傾向にあ

る。しかし、2008年の米国金融危機に端を発

した世界同時不況以来、日本全体が働き方の

見直しせざるをえなかったことには変わりは

ない。景気回復傾向の現在もその働き方に変

化はなく我々に定着した。長時間の労働、ム

ダな打ち合わせはすべて非効率、として日本

全体が認識をし、時間的・金銭的に効率化を

徹底することが美徳となっていった。効率化

を徹底することは良い影響をもたらす。これ

は、言うまでもないだろう。

しかし、この効率至上主義の台頭は良い側

面ばかり、なのだろうか。

効率化、を意識するがゆえに良い広告アイ

デアを生み出す業務に弊害がでてきているこ

とを現場で作業していて実感する。

3-1. 提案総量の低下例えば、効率化、を意識するがゆえ、業務

小笹 玲子 電通ヤング・アンド・ルビカム㈱こざさ れいこ

〝広告基礎代謝〟の高い広告人へ。~効率主義+能率主義 で 体質改善~

このたびは、権威あるJAAA懸賞論文に入選させていただき、ありがとうございます。今回の論文は、自分が普段の業務で出来てないこと、足りないこと、を自戒の意を込めて書きました。また、会社の諸先輩方との日々の会話や愚痴を紡いでいった結果、このような文章化をすることができました。一気に書き上げたので文章としては未熟ですが、少しでも“思い”が伝われば幸いです。本稿は、一緒に汗をかいていただいている会社のチームの皆様、日頃お世話になっている取引先の皆様なくしては書き上げられませんでした。心より深く感謝いたします。

入選 第1テーマ 営業、アカウントマネジメント

はじめに第1章

効率至上主義の台頭第2章

効率化がもたらす弊害第3章

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私の言いたいこと <一般部門>

40

内容の取捨選択をしすぎていないだろうか。

もちろん提案の精度をより高めるために、じっ

くりとオリエンに向かいあい一つの提案の精

度を高めよう、と留意している人がいる一方

で、時間的効率を意識するがゆえに、提案総

量が圧倒的に縮小してきている現象が起こり

始めている。

3-2. 提案コンテンツの画一化

また、効率化を念頭に置くと作業量の軽減

を行おうと意識が働くので、今までの自分の

実績・感覚から決まりやすいものを提案しが

ちになり、似たような提案内容が多くなる。

そして新しいことにチャレンジしづらくなり

提案の幅が狭まっていく。これでは、スペシャ

リストは生まれることはあっても、ゼネラリ

ストは生まれづらくなる環境に陥りがちだ。

特に営業は、あらゆる業務範囲をまたがって

仕事を進めるため、提案内容が画一化して同

じような動きしかできなくなってしまうこと

は、営業として問題である。

3-3. 提案瞬発力の鈍化

その時々で抱えている案件の精度を高めよ

うとして、既存の案件ばかりに従事しがち。

ルーティーンワークが多くなり、新規の自主

提案の頻度が減る。結果、自分の領域外のオ

リエンテーションがあった場合、苦手意識が

生まれ、提案瞬発力、スピード力が鈍化しが

ちだ。「確度の高い提案しかしたくない」と

いうマインドも生まれやすくなる。

3-4. チームの関係性希薄

上記の弊害が各部署で頻発すると、互いの

士気を下げるため、強いチームにはなれない。

チームリーダーとして各部署間が尊敬しあう

環境作りも営業の役目である。

以上、日々の業務からも垣間見る限り少な

からず弊害が生まれつつある。必ずしも、全

ての広告人がそうではない。しかし効率化と

いう抑止力が支持を得ている昨今、今までア

イデアを生み出してきた有能な広告人でも、

上記のようなムダを徹底的に排除しよう、と

する意識が引き金となり、仕事に対しての向

き合い方を無意識的に変えてしまっているの

ではないか、と思う。

つまり、効率をあげることにはうまくこな

せるようになってきたが、その効率という言

い分を盾にして、能率は下がっているのでは

ないだろうか。改めて、「効率」「能率」に関

しての基本的な定義を再確認したい。

国語辞典によれば、

「効率」とは

①得られた成果に対して費やした労力や

時間の割合。

と記載されている一方、

「能率」とは

②一定の時間内にすることのできる仕事

の割合。仕事のはかどり具合。

とある。(注2)

この単語をもう少し噛み砕くと、

「効率」とは

①́ 少ない投資に対していかに多くのリ

ターンを得られるかの《率》

とも言い換えられるし、

「能率」とは

②́ 一定の期間でこなせる仕事の《絶対

総量》

とも言い換えられると思う。

この二つの単語は「質」と「量」という概

念としては比較して使われやすい。

現状の広告の現場においては近年の作業効

率化の意識が強すぎるがゆえにこの能率《絶

対営業総量》が無意識的に圧縮されてきてい

るため、前述のような弊害が頻発するように

なってきたと思う。もっとシンプルに言うと

能率《絶対営業総量》の減少第4章

・・

・・・・・・・・・・・

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提案の量・頻度が減ってしまったということ

だ。

この能率≪絶対営業総量≫は、現状≪ムダ≫

という単語に取り違われ、ないがしろにされ

ている。例えば、長時間の打ち合わせは時間

的にムダ、決まりづらい新規得意先のドアノッ

ク営業は、投資している人件費に対して売上

があがりづらく効率が見合わないので控えよ

う、といったようにだ。確かに、目標設定が

なく質も伴わない能率《絶対営業総量》をあ

げることはムダである。ただし、その能率を

上げる=《絶対営業総量を増やす》ことの内

容・質を精査せずに、そもそも作業自体に取

り掛からないこと自体、営業売上げを生み出

さず、結果利益自体のボリュームを減らす、

という可能性をはらんでいる。しかし、本当

に全てがムダなのだろうか。この能率≪絶対

営業総量≫を人間のカラダに置き換えてみる

と、何が足りないのかが見えてくる。

効率市場主義の昨今、広告の現場も「ムダ

な作業=脂肪」をそぎ落とし、ストイックに

削りすぎたため、本来必要であった栄養素も

失いガリガリに痩せ細り、体力の持続力が無

くなってきているともいえる。何がムダでな

にが必要かをきちんと精査せず、自分自身に

対してインプットすることが少なくなってく

る。結果、前述のような広告現場における弊

害を引き起こしている。効率至上主義が生み

だした営業デフレスパイラルだ。(図1)

一般的に、脂肪というと、それこそムダで

ありそぎ落とすべき対象の一つとしてみられ

ている。しかし、脂肪・脂質は本来、私たち

の体の機能を維持するために欠かせない三大

栄養素でもある。(注3)脂質を極端に減らし

てしまうと、肌がカサカサになったり、髪の

毛がぱさついたり、潤いのない体になってし

まう、という指摘がある。脂肪の減らしすぎ

は人間的魅力を損なうことになる。

広告活動にも人間の持つ素晴らしい機能と

同じ働きをするはずだ。内容を吟味しうまく

広告の現場には、必要なムダがある

第5章

人間には脂肪が必要第6章

先細りしないよう より効率を意識する

提案量・質の先細り インプット/アウトプット

の総量が減る (=能率低下)

効率だけ 上げようとする

効率至上主義が生みだした 営業デフレスパイラル

業務時間の総量に 規制をかける

魅力的な広告人へ

インプットしたものを 自分の蓄えとして

アウトプットへつなげる

その分インプットアウト プットも多くなり

広告アイデアが出やすくなる

効率だけでなく能率 《絶対営業総量》もあげる

効率(筋肉質)+能率(体力) を持ち合わせることで 広告基礎代謝を上げる

業務時間は 多少増える

図1〝広告基礎代謝〟の定義

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私の言いたいこと <一般部門>

42

取り入れれば〝基礎代謝〟をあげ、単なる脂

肪も必要な栄養素としてエネルギーに転換し

ていく。

ビジネスにおける〝広告基礎代謝〟をあげ

るにはなにをしていけばよいか。人間の基礎

代謝をあげる方法論は、適切な食事の摂取と

運動(主に筋肉トレーニング)しかない、と

いう。

7-1. 広告人的 適切な栄養補給

時間の無駄だから、といって広告に触れる、

ことを怠っていないだろうか。外部セミナー

の講演も然り、カンヌ受賞作品を全て見るこ

とも然り、広告人として基本的なインプット

を行うべきである。視聴率の高い番組を見る

のも大事である。もっとミーハーになっても

いいのではないだろうか。ただし多くの広告

人はできていないのが現状なので、改めて広

告人において刺激となる情報は積極的に摂り

入れるべきだ。

7-2. 広告人的 筋トレ

私が広告人として実践しているのはとにか

く「相手・ターゲットの気持ちになってみる」

ということを筋トレとして課しており、それ

は対得意先であっても、対消費者ターゲット

論を掘り下げる時でも、役立っている。当た

り前かもしれないが、ついつい作業時間の短

縮からそのプロセスを飛ばしてしまう事も多

いのではないだろうか。相手の気持ちになっ

てみると、その相手との共感も生まれコミュ

ニケーションが深まっていくのである。広告

人として忘れてはいけない感覚(筋肉)の一

つである。

簡単にいえば、インプット/アウトプット

をとにかく増やす事だ。(図1)

このような作業は効率至上主義によってな

いがしろにされがちであった。〝広告基礎代

謝〟をあげることで、結果的には得意先に対

して提案質・量があがっていき、得意先との

信頼関係も築ける。結果的には、それが究極

の効率のよい作業になるはずだ。

「効率営業」はムダな脂肪をそぎ落とした

筋肉質な体をもつ営業であり、「能率営業」

は様々な外部要因にも左右されずぶれないカ

ラダをもつ体力がある営業だと思う。どちら

か一方を持つのではなく、どちらの体質も持

つことが今後求められてくる。

筆者自身こそが効率化、をもっとも重要視

して仕事を進めてきている。そうするとムダ

を意識するあまり、周りをみないようになっ

てきていたと思う。

最近は、業務外でも会社の同僚・先輩とな

にかにつけて業務時間外に会うようにしてい

る。そうすることにより自分の人となりを自

然と社内プレゼンすることになり、突然の競

合プレゼン、得意先の無理難題においても社

内メンバーから協力を得られるのを実感して

いる。

効率至上主義ではダメな世の中が確実に

やってくる。能率を上げ作業の絶対量を増や

すことにより、〝ほどよい筋肉をもった〟〝体

力〟のある、広告人をつくることが、強い会

社、ひいては強い社会をつくる。

効率+能率=〝広告基礎代謝〟をあげる

第7章

おわりに

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● 注釈

注1)株式会社電通『2012年(平成24年)日本の

広告費』,2013.2.21

注2)旺文社(2005.10.2),『国語辞典 第十版』

注3)日本医師会,「健康の森」,(www.med.or.jp/

forest/health/eat/02.html),2013.9.11

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私の言いたいこと <一般部門>

44

物語に登場する空飛ぶ絨毯が飛行機の形を

もって現実化した。その場にいない人とテレ

パシーで繋がる超能力は手の平におさまるサ

イズの携帯電話の形をもって現実化した。現

代は、ファンタジーの世界が現実となる時代

である。

様々な新技術がお互いに影響し合い、古い

常識を変えて行く。3Dプリンターなんて、

私が小さい頃はSFの世界にしか存在しない

ものだと思っていた。小学生の頃に熱中して

読んだハリーポッターの世界では新聞の記事

写真の中で人が生きているかのように動く。

なんて楽しそうなのだろうとハリーポッター

の世界に夢を馳せていたが、現在ではタブレッ

トのかたちで動画付きの新聞を読む事が可能

だ。つまり、少し前まではありえないと思っ

ていた事があっさり実現してしまったりする

時代なのである。ファンタジーはもはや昔話

や本や映画の中の世界ではない。

新たな技術が出現し、ユーザーのニーズと

スペックのアップデートによるオプティマイ

ズによってユーザーのメディア使用環境が変

わっていく。それにあわせて広告の環境も変

わっていくのだが、このファンタジーが現実

化する時代にこそ可能性はいたるところに隠

れているのではないかと感じる。

2013年は「ウェアラブル端末元年」とも言

われるが、スパイ映画に登場するようなウェ

アラブル端末の認知度を一気に高めたのは、

米グーグルが開発中の「Google glass」であ

る。Googleのあとを追うようにして、スマート

フォンメーカーの大手などもウェアラブル端

末の開発を急いでいる。私はこのGoogle

glassをはじめとするウェアラブル端末に新た

なメディアとして大いなる可能性を感じてい

る。本論文では、ファンタジーの世界が現実

化するこの時代において、広告業界がメガネ

型ウェアラブル端末を通してもたらし得る新

たな可能性について広告形態の観点から述べ

たいと思う。

ゾロタリョワ ソニヤ ㈱マッキャンエリクソン

ファンタジーを夢みる心が切り開く新たな時代の幕開け

まず、日本広告業協会の皆様、また、ご指導下さった先輩方に、この場を借りて深く御礼申し上げます。私は普段から、物事を一旦俯瞰し、可能な限りシンプルに捉えてみることを心がけています。今回のテーマとして取り上げた『ウェアラブル端末の可能性』をシンプルに捉えてみたところ、私には“ファンタジーを夢みる心”がヒントとしてあるように思えました。

入選 第2テーマ メディア、メディアプランニング・開発

ファンタジーの世界が現実となる時代

第1章

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2-1. 日常生活で抱く小さなファンタジーへの願望

Google glassを例にしてみていきたい。

Google glassとは前述した通り、米グーグル

が現在開発しているメガネ型情報端末であ

る。「今日の野球の試合結果は」「近くのド

ラッグストアと道順を教えて」などとGoogle

glassをかけながら話しかけると、右目の前

にある小型ディスプレーに次々と情報が映し

出される。試作品を手にした人からは「世界

が変わった」などと称賛する声も上がってい

るほどだが、スマートフォンとは違って、手

ぶらのままインターネット検索や写真・動画

撮影、翻訳機能などを使えることが特徴であ

る。それに伴い、米国では正式販売される前

から既にGoogle glassの着用をしての入店を

お断りする飲食店などが続出している。また、

盗撮問題や交通事故の発生を懸念する声もあ

がっている。しかし一方で、ファッション誌

の大御所であるVOGUEにてGoogle glassの

特集が大々的に組まれるなど、これまでギー

クの身につけるイメージのあったガジェット

がファッション業界へ参入する動きも表れて

いる。

今年初めにGoogleは開発者以外にもGoogle

glassの購入を認めるキャンペーンを行っ

た。このキャンペーンに応募するには、

#ifihadglassというハッシュタグでTwitterま

たはGoogle+に50語以内で「自分ならGoogle

glassをこう使う」という内容の投稿をしな

ければならなかった。このキャンペーンに参

加した人々の投稿内容の一部は以下のような

ものだ。《英語で喋るときに相手の言ったこ

とが字幕ででる》《江戸時代の古地図をみな

がら東京散歩》《食べ物のカロリーが常に表

示され、合計カロリーを計算してくれるとダ

イエットに使える》《釣りの時に目の前に広

がる海の深さをビジュアルで教えてくれる》

《マニュアル/職人の目線の表示》《電車の

窓を見ながら忍者を走らせたい》

これらは全て、日常生活を送る上でふとし

た瞬間に抱くような小さな希望=ファンタジー

であり、その実現をGoogle glassといった新

たなデバイス、ウェアラブル端末に期待して

いることが窺える。

2-2. 人々は広告に邪魔されることが嫌い現在、売上高の95%を広告から得ている

GoogleはしかしGoogle glassには一切広告を

導入するつもりはないと発表している。「今

回の目的は技術革新と実験であり、今後どの

ように展開していくかは決まっていない」と。

人々の目に映る新たなデバイス ~Google glassを例にして~

第2章

(左)広告が突如視界を遮ることを揶揄したパロディ映像のイメージ (右)メガネ型ウェアラブル端末着用イメージ

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私の言いたいこと <一般部門>

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今や世界中にユーザーをもつFacebookや

YouTubeもローンチ時には広告を導入して

いなかった。しかしユーザー数が増え、爆発

的な人気上昇に伴いビジネス形態も変化し、

今では広告が主な収益源となっている。

GoogleがGoogle glassに広告導入をする予定

はないと発表しているにも関わらず、いずれ

Google glassをはじめとしたウェアラブル端

末が普及した場合もまた広告が導入されるの

ではないかと懸念する否定的な声が既に多く

あがっている。

それでは何故、広告の導入が嫌がられるの

か。広告が導入された際にどのような大変な

こと(突然目の前に広告が現れ、視界を遮ら

れるために歩行者や電柱にぶつかってしまう

など)が起こるかGoogle glassのプロモーショ

ンビデオをパロディにした動画がYouTube

にもアップロードされており、それに対して

「ストレスになりそう」といったコメントが

多く寄せられている。

ハーバードビジネススクールのスニル・ク

プタ教授の“携帯端末への広告表示は嫌われ

る”という論文には以下のように論じられて

いる。「携帯電話はPCよりもプライベートな

スペースであり、モバイル広告はPC向け広

告よりも押しつけがましいと感じられる。ま

た、携帯電話の画面はPCのように右端に広

告が表示されるほど余白がないため意外な場

所で不意に広告に出くわすこととなる。ディ

スプレー広告は印刷媒体やデスクトップ型コ

ンピュータ上では十分機能しているがモバイ

ル機器ではまったく使い物にならない。新し

い媒体には新しい広告手法が必要である。」

以上のように携帯電話がPCよりもプライ

ベートである認識からすると、Google glass

は目の前の視界に情報が表示される端末であ

るため、更に“プライベート”な空間の認識

となるはずだ。つまり人は広告が“プライベー

ト”な空間に“侵略”してくるというイメー

ジを抱いているのではないか。人は“広告が”

嫌いなのではなく、“広告に邪魔されること

が”嫌いであると推測する。上記のイメージ

写真からもみてとれるが、従来のバナー広告

やレクタングル広告のようなものが視界に突

如出現するかたちではユーザーは日常生活を

邪魔されたと思い、広告に対してストレスを

抱いてしまうであろうことは想像するに難く

ない。それでは、新しい媒体に適応した新た

な広告形態とはどういったものであるのだろ

うか。

メガネ型ウェアラブル端末のメディアとし

ての最大なる特徴は、「目の延長線上を扱う

メディアであり、最も感覚に近いものである」

ということだと思う。言い換えれば、視覚と

同化し身体の一部と化したメディアであるが

ゆえに、それはユーザー自身の“体験”とし

て日常生活に溶け込むことができる特徴をもっ

ているのではないか。

そこで、本章ではユーザー自身の“体験”

と化すメディアの考えられる広告手法の可能

性について絵図を用いて二通りの提案をした

いと思う。

A:ブランド独自の世界観を演出

プロジェクションマッピングなどの技術を

用いたモーションピクチャーを投影し、リア

ルとバーチャルの融合にてブランドの世界観

を演出する。チーターのイメージを用いて広

告を展開している高級ブランド、カルティエ

を例にとると、例えば街を歩いていて曲がり

角からふとカルティエのチーターが優々と歩

く姿が見える。それは優雅に舞うようにして

メガネ型ウェアラブル端末に適応した広告手法の例

第3章

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47

ディスプレイウィンドウに跳んで入る。どこ

に消えたのだろうとウィンドウを覗くと、そ

こにはカルティエの商品と並んで先ほどの

チーターが寝そべっているのだ。まるでブラ

ンドのイメージがそこに息づいているかのよ

うに思える。その商品に内包された物語を垣

間見ることができたかのように感じるのでは

ないか。ブランドのビジュアルアイデンティ

ティが確立され、垣間みた世界の目撃者とし

て、その場でユーザーとブランドのエンゲー

ジメントが成される。これは手元ではあり得

なかったことだ。ユーザーが視界の延長線上

で起きた出来事を自らの“体験”として解釈

し、気付かないうちに広告と接触する手法で

ある。

B:娯楽性を取り入れた訴求

例えば道を歩いていて、小さな箱あるいは

キラキラ光るメダリオンが浮遊していること

を発見する。その浮遊するイメージに触れて

みるとそれはパカッと開き、中から自分が居

る場所の近くにあるお店のクーポンが出てく

る。まるでゲームの中の主人公になり、お宝

をみつけたかのような感覚になる。これもま

た手元ではありえなかったことだ。人は自ら

そのクーポンを発見し、自ら獲得したという

“体験”を通じて広告に接触する。スタンプ

ラリーを設けて観光名所をまわるツアーが存

在するが、そういったかたちでこのような広

告手法を取り入れて展開することも考えられ

る。

A B

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私の言いたいこと <一般部門>

48

架空の生物が突如日常生活のなかで目の前

に現れる、自分自身がゲームの中の主人公に

なって宝物をみつける、といった小さなファ

ンタジーがユーザーの“体験”を通じて現実

化される。その“体験”のなかで人は情報や

メッセージに出会うのだ。

広告会社は伝える情報やメッセージによっ

てメディアを使い分ける必要がある。テレビ、

新聞、インターネットなどのメディアはそれ

ぞれ効率的伝達力、社会的影響力と信頼性、

ターゲティング能力といった強みをもつ。私

はメガネ型ウェアラブル端末というメディア

は、視覚と同化し身体の一部と化すことがで

きるがゆえに、ユーザーのそれぞれの日常生

活に溶け込む強みをもつと思う。この新たな

メディアには印刷媒体やデスクトップ型コン

ピュータ上では十分機能しているディスプレー

広告は適さないかもしれないが、以上述べた

ような広告手法により新たなかたちでメッセー

ジ/情報開示を行うことができると考えてい

る。

人々が日常で抱く小さなファンタジーは無

数にあるのだ。日常の日々の中に眠る小さな

ファンタジーを広告業界が眠りから起こし

て、メガネ型ウェアラブル端末という新しい

メディアを通して現実化できるとしたら、新

たな時代の幕を広告業界が開けることになる

のではないか。新しいメディアを用いて人々

の情報やメッセージとの出会い方に新たな可

能性をもたらすことができると思うのだ。そ

のためには、「なにを戯けたことを」とファ

ンタジーを幻想のまま片付けるのではなく、

人がなにを日常生活に求めているのか、人の

抱くファンタジーから素直な気持ちでインサ

イトを掘り起こす必要があると思う。そこか

ら日常生活の一部として利用できるようなメッ

セージ/情報開示を行うことで、人々の体験

を介した広告訴求ができるのではないか。目

の延長線上を扱い、感覚やプライベートに限

りなく近いメディアであるからこそ可能であ

ると私は思う。

ファンタジーを夢みる心が新たな時代を切

り開くのだと私は信じている。

広告業界が新たな時代の幕を開ける!?

第4章

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49

● 参考文献・記事・WEBサイト

徳力基彦,「浸透早い新技術 どう活用 消費者

行動変えるカギに」,『日経新聞』,2013.6.21

「スマホの次はウェアラブル端末?メガネ型、腕

時計型…国内外で開発競争激化」,(http://head

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bus_all),2013.8.5

“Augmented reality : What comes after eye

glasses?”(2011.8.5),(http://www.wearable-

technologies.com/2011/08/augmented-reality-

what-comes-after-eyeglasses/),2013.9.7

YouTube,“GOOGLE GLASS SUCKS”(2013.4.19),

(http://www.youtube.com/watch?v=4_X6Eyq

Xa2s),2013.9.28

NIKKEI,「Google Glass米国で使用禁止の動き」

(2013.5.8),(http://www.nikkei.com/article/

DGXNASFK08033_Y3A500C1000000/),2013.9.7

NAVERまとめ,「年内に発売か?!近未来なメ

ガネ型PC Google glass私ならこう使う!」,

(2013.3.28),(http://matome.naver.jp/odai/

2136175430293376201),2013.9.7

“Google Forbids Ads on Google Glass, Why Are

Smartphones Different?”(2013.5.2),(http://

pocketnow.com/2013/05/02/no-ads-allowed-on-

google-glass),2013.9.28

Sunil Gupta(2013),「携帯端末への広告表示は

嫌われる」,高橋由香理訳,『広告は変われるか』

第38巻第7号(DIAMONDハーバードビジネス

レビュー),pp.72-79.

「グーグルグラス、見開き12ページで米VOGUE

にて特集」(2013.8.27),(http://headlines.yahoo.

co.jp/hl?a=20130827-00010003-giz-prod),2013.9.28

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私の言いたいこと <一般部門>

50

今の日本は圧倒的にボケが少ない。もっとボ

ケたほうがいいのです。

―槙田雄司(芸名マキタスポーツ)

これは、書籍「一億総ツッコミ時代」(槙

田雄司/星海社新書)の冒頭にある一文であ

る。2012年に発売された本書は、お笑いの世

界において、芸人のネタに対しすべての生活

者が「ツッコミ」をいれる、つまり批判・批

評を行うツッコミの時代になったと論じた。

そして、批判的なツッコミ志向から、主体的

に行動するボケ志向になることが、これから

の時代を生き抜く方法であると提言してい

る。では、広告の世界ではどうだろう。論文

「『つっこみ』クリエイティブから、『ボケ』

クリエイティブへ。」(富田克人/ JAAA第

38回懸賞論文/2009)では、広告がお笑いの

構造を取り入れた手法で論じられているが、

こちらもあくまで広告が「ボケ」であり、生

活者を「ツッコミ」としたものであった。し

かし、SNSの発達により生活者が自己表現を

出来る場所を手に入れた今、生活者は「ツッ

コミ」よりもむしろ「ボケ」、つまり自らエ

ンターテインメントを生み出す“クリエイター

生活者”に変化しているのではないだろうか。

そして、そんな時代に拡散されるコミュニケー

ションとは一体どんなものか。

ここで筆者が前述のような考えに至った事

例を紹介したい。

選ばれたのは、綾鷹でした。

―綾鷹(日本コカ・コーラ)

このコピーは、日本コカ・コーラの緑茶

「綾鷹」のCMで使われたコピーである。こ

れをwebで検索すると、下記のような

Twitterの投稿が検索結果に表示される。

「私と仕事、どっちが大事なの?」選ばれた

のは、「綾鷹」でした。

あなたが落としたのは金の斧ですか? 銀の斧

宮崎 直人 ㈱日本経済社みやざき  なおと

広告は二度生まれる。~一億総クリエイター時代のコミュニケーション~

“ぜんぶ雪のせいだ。”日本が何十年ぶりかの大雪に見舞われたあの日、僕のツイッターのTLには何度もこのコピーが流れてきました。このコピーや論文で言及した綾鷹のコピーのように、みんなが面白がって使いたくなるようなコピーこそ、いま世の中で流通するコピーなのではないだろうか。そこをきっかけに書き始めたのがこの論文です。僕もいつか、好きなアイドルがブログのタイトルにするようなコピーを書けますように。ありがとうございました。

入選 第4テーマ クリエイティブ

生活者は「ツッコミ」から「ボケ」へ1

コピーが生まれ変わる瞬間2

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ですか? それとも、何の変哲もない普通の

斧ですか? 選ばれたのは、綾鷹でした。

「前田が卒業か、センターがいなくなった

なー」 「また選挙やるんだろうなー」 「大

島だろうねきっと」 ~選挙後~ 「第2位!

大島優子!」 …新しいセンターは #選ばれ

たのは綾鷹でした

これこそ、生活者がSNSで“ボケている”

状態であるが、ここで筆者が注目したのは、

生活者のボケに広告のコピーが使われている

点である。これまで広告会社はひとつのキャッ

チフレーズを世の中に浸透させるため、莫大

な予算とあらゆるメディアを使ってきた。し

かしこの事例では、生活者がタダで、勝手に、

コピーを拡散してくれているのである。しか

も、ある程度のクリエイティビティを発揮し

た状態で。つまり、広告のコピーが、クリエ

イター生活者のボケとして生まれ変わったの

である。このようなツイートをまとめた綾鷹

bot@Ayatakabot(bot:面白いツイートをま

とめ、定期的に投稿するTwitterアカウント)

というものも存在し、こちらのフォロワーは

2,000人を超えている。現在も2,000人以上に

対し24時間365日メッセージの伝達を行って

いることになり、自立した新しいコミュニケー

ションのシステムとして機能している。また、

そんなボケを集めた「いったいなぜ綾鷹は

『選ばれる』のか-NAVERまとめ」や「『つ

ぶやき大喜利』#選ばれたのは綾鷹でした-

NAVERまとめ」のようなまとめも広く閲覧

されるコンテンツとなっている。

このように、生活者がクリエイターとなり、

エンターテインメントを生み出しながら、広

告を拡散してくれているのである。

綾鷹の事例を考察するにあたり、筆者はひ

とつの問題意識を持った。それは、広告をきっ

かけとして生活者が生み出したクリエイティ

ブに対し、企業が一切アクションを起こして

いない点である。綾鷹のコピーが生活者によっ

て新たなエンターテインメントとして生まれ

変わり、拡散されていることについて、肯定

的であるのか、否定的であるのか、このよう

な現象についてどのような評価をしているの

か、それについての日本コカ・コーラの見解

が表明されることはなかった。しかし、ここ

で日本コカ・コーラが何らかのコミュニケー

ションをしていれば、生活者とのより強いエ

ンゲージメントの構築が可能になり、ブラン

ド価値を高めることが出来たのではないだろ

うか。

そこで、企業発信ではないアンオフィシャ

ルなクリエイティブに対し、企業がインタラ

クティブにコミュニケーションすることで、

ブランド価値を向上させた成功例として、森

永製菓の「グロス(144個入りチョコレート)」

発売の事例を紹介したい。その名の通り“虚

構”のニュースを、まるで本当に起こった事

実であるかのように掲載しているwebサイト

「虚構新聞」が、「森永チョコ、144個入り

『グロス』発売へ(2013.07.04)(注1)」という

虚構の記事を掲載。その後、2013年7月10日

に森永製菓が実際にグロスという商品を限定

発売し、一連の流れがweb上で拡散されたも

のである。そのきっかけとなったのは、森永

製菓のTwitterアカウントによる下記のツイー

トであった。

森永チョコレート@MorinagaChoco

虚構新聞… 是非ダースもネタにしてほしい

のダース… おっとっと、イルカの製造を中

企業と生活者のインタラクティブな関係3

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私の言いたいこと <一般部門>

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止 環境団体が抗議 http://kyoko-np.net/

2013062401.html(注2) 2013.06.27

このツイートは、同じお菓子の商品である

「おっとっと」に関する記事を虚構新聞が投

稿した際に、自社の商品である「ダース(12

個入りチョコレート)」を題材にした虚構の

記事を是非投稿して欲しいという旨を表明し

たツイートである。つまり、今回の事例の

ファーストアクションを森永製菓が起こして

いるのである。その後、虚構新聞はこのツイー

トに乗るかたちで虚構の記事を投稿、さらに

その虚構の記事に乗って森永製菓はグロスを

実際に発売した。この結果、web上で広く拡

散され、図1の通り、検索ワードも急上昇し

た。森永製菓のリアルタイムかつユーモア溢

れる対応が、生活者の興味を強く喚起したの

である。そしてさらに、虚構新聞はグロス発

売という虚構が現実になってしまったことに

ついて「4日付『森永、グロス発売』記事に

ついてお詫び(2013.07.10)(注3)」という記

事を掲載。この記事のTwitter、Facebookあ

わせた共有件数は1万件を超えており、綾鷹

の事例同様、生活者がタダで、勝手に、コミュ

ニケーションを拡散してくれているのであ

る。アンオフィシャルな形で生まれた商品に

関するクリエイティブに対し、企業がインタ

ラクティブに関与することで、生活者との新

たなエンゲージメントを構築することに成功

したのだ。

前述のようなコミュニケーションは、如何

にして生まれるのか。その考察をする中で、

筆者が辿り着いた一つの新しいコミュニケー

ションの形を提案したい。それが「フリ→ボ

ケ→リアクション型のコミュニケーション」

である。ここで改めてまた、お笑いに話を戻

そう。

押すなよ!

―上島竜兵(ダチョウ倶楽部)

これは、お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」

のネタのひとつで、メンバーの一人である上

島竜兵氏が熱湯風呂などを前にした時に言う

セリフである。暗に「押してくれ」と言うこ

とで、上島氏を熱湯風呂に入れるという「ボ

ケ」を行うための「フリ」となっているもの

であるが、筆者はここに、これからの広告ビ

ジネスにおける新しいコミュニケーションの

ヒントがあると考えた。冒頭の綾鷹の事例で

は、「選ばれたのは、綾鷹でした。」というコ

ピーが、生活者への「フリ」として機能して

いるのである。もちろんこのコピーは「フリ」

としての役割を意図して書かれたものではな

い。しかし結果的、偶発的に、生活者のクリ

エイティビティを刺激し、SNS上に多くの

「ボケ」を生むこととなった。生活者に対し、

フリ→ボケ→リアクション型のコミュニケーション4

図1:「ダース」および「グロス」のYahoo!リアルタイム検索結果の推移(2013年7月)

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エンターテインメントを生み出すためのひと

つの「ルール」を提供したのである。また、

グロスの事例では、森永製菓のツイートが、

虚構新聞に対する「フリ」として機能してい

る。この「フリ=クリエイティブの発火装置」

が、生活者による新しいクリエイティブの創

出を誘発しているのだ。

そして、もうひとつの大きな要素が、「リ

アクション」である。熱湯風呂に入った後の

リアクションこそ上島竜兵氏の芸の真骨頂で

あるが、博報堂ケトルの嶋浩一郎氏は、2013

年のカンヌを表すキーワードとして「リアク

ション芸」(注4)をあげている。生活者の

「ボケ」をそのままにするのではなく、企業

がしっかり「リアクション」することで、コ

ミュニケーションはよりインタラクティブな

ものに成長する。この「リアクション」が綾

鷹の事例では適切な形で行われておらず、そ

れ以上のエンゲージメントを望むことはでき

なかった。しかし、グロスの事例では、虚構

新聞の「ボケ」に対し、実際に商品を発売す

るという「リアクション」をすることで、コ

ミュニケーションを広く拡散することに成功

した。この「リアクション」の有無こそが、

生活者とのより強いエンゲージメントを構築

する上で、大きな鍵を握る要素なのである。

フリ→ボケ→リアクション型のコミュニケー

ションに、今回挙げた綾鷹、グロスそれぞれ

の事例を当てはめると、表1の通りになる。

企業が上手く「フリ」を提供し、生活者の

「ボケ」を誘発する、そしてその「ボケ」に

企業がしっかり「リアクション」することで、

企業と生活者のインタラクティブなコミュニ

ケーションが可能になるのである。

では最後に、一億総クリエイター時代にお

いて、私たちが心掛けるべきこととは一体何

なのか。それは、生活者のクリエイティビティ

を信じることである。

生活者の生み出すクリエイティブは、企業

がコントロールできない“アンコントローラ

ブル”なものである。コントロールできない

以上、リスクも大きい。企業がインタラクティ

ブなコミュニケーションをする上で、もっと

も恐れる「炎上」を引き起こす可能性もある。

しかし、そのリスクに怯え、一方通行のコミュ

ニケーションを続けるだけでは、生活者との

エンゲージメントはどんどん希薄になってい

くのではないだろうか。アンコントローラブ

ルなものにチャレンジする勇気は、生活者と

の強い絆を結ぶための起爆剤となる。

Youtubeやニコニコ動画など映像表現の場

は拡大し、ブログやTwitter、Facebookなど

の言語表現の場も拡大。webの発達とともに、

生活者の自己表現の場は急速に広がってい

生活者のクリエイティビティを信じる5

表1:フリ→ボケ→リアクション型のコミュニケーション

グロス

森永製菓のツイート

虚構新聞の記事

グロスを実際に発売

綾鷹

CMのコピー

生活者のツイート

なし

フリ

ボケ

リアクション

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私の言いたいこと <一般部門>

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る。さらに、クリエイティブ制作に必要な

ツールを安価で手に入れられる環境が整った

ことにより、生活者のクリエイティビティは

驚くほどに向上した。目覚ましい発展を遂げ

るテクノロジーについては常に多くの議論が

交わされているが、その恩恵を受ける生活者、

そしてそのクリエイティビティに目を向けら

れることは、意外と少なかったのではないだ

ろうか。テクノロジーにキャッチアップする

ことはもちろん必要なことであるが、それよ

りも大切なのは、そのテクノロジーの変化に

よって、生活者自身がどのように変化したか

である。自らもエンターテインメントを生み

出したい。そんなSNSの発達により生まれた、

クリエイティビティを発揮したいという生活

者の本質的な欲求は、たとえSNSの時代が終

わったとしても、きっと不変である。生活者

のクリエイティビティを信じ、生活者が自由

に表現できる、表現したくなるようなきっか

けをつくる。そこから生まれる生活者発信の

クリエイティブに上手く応え、一緒になって

もっともっと面白いものを世の中に発信して

いく。そんな生活者と切磋琢磨できるような

クリエイターが世の中に必要とされる時代が

すぐそこまできており、筆者自身、そうなり

たいと思う。

●参考文献・引用

タカハシマコト(2013),『ツッコミュニケーション』

(アスキー新書)

槙田雄司(2012),『一億総ツッコミ時代』(星海

社新書)

富田克人(2009),「『つっこみ』クリエイティブ

から、『ボケ』クリエイティブへ。」,『JAAA

REPORTS 臨時増刊号 第38回 懸賞論文 入賞・

入選作品集』通巻617号(一般社団法人 日本広

告業協会),pp.48-51.

注1)虚構新聞,「森永チョコ、144個入り『グロ

ス』発売へ」(2013.7.4),(http://kyoko-np.net/

2013070401.html),2013.8.4

注2)Twitter,「森永チョコレート」(2013.6.27),

(https://twitter.com/MorinagaChoco/status/35

0102347441123330),2013.8.4

注3)虚構新聞,「4日付「森永、『グロス』発

売」記事についてお詫び」(2013.7.10),(http://

kyoko-np.net/special06.html),2013.8.4

注4)DIAMOND ハーバード・ビジネス・レ

ビュー,「嶋浩一郎がVoiceVisionを立ち上げた

大高香世にソーシャルの声を企業の広告活動に

どう活かすのか聞いてみた」(2013.7.17),(http://

www.dhbr.net/articles/-/1968?page=3),2013.8.4

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私の言いたいこと <一般部門>

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広告と広報との統合、が語られ始めてから

何年が経ったでしょうか。「戦略PR」なるワー

ドの登場もあり、2013年現在、マーケティン

グプランを立案そして実行するにあたって、

PR的な要素を組み入れることはいたって普

通のことになってきました。職種を超えて、

広告に関わる人たちが「ぴーあーる」と口に

出さない日はないのではないか?と思うほど

に。その一方で、「PR」が大きく曲解されて

いることも事実だと感じています。広告的な

発想でPRプランニングをする、といった誤

解にもとづく施策も多く散見されるのかな…

と思うのです。

では「PR発想」とは何か?旧来型の広告

発想との違いはどこにあるのだろうか?たま

さか、ではありますが、現場業務において

マーケティングPRの仕事を11年、その後自

社の広報部門に移り、コーポレートPRの仕

事を7年ほど経験した人間として、「PR発想

とは何か」をスケッチしてみます。単なるパ

ブリシティにつながる企画、ではないところ

に近づくためのヒントでもありましょうか。

紙幅の都合もあり、ラフではありますがプラ

ンニングにおける立脚点の違い、そして実施

段階での違いを描写する試みです。

磁力は、人を引き付けます。広告であれば、

その磁力は商品やブランドに内在されている

ものであり、その磁力を広告として明らかに

提示することが発想の基本。PRにおける磁

力は、もちろん商品・ブランドにあるケース

も多々ありますが、それにプラスして、「商

品と生活者、あるいは社会の間にある磁石を

発見すること」が価値を生みます。磁石です

から、近くに寄れば、つまり情報を知ること

で自然と引きつけられてしまう。PR発想の

本質は、商品だけに内在しない磁石を、商品

発売に先立って顕在化させておくことで、広

告とは異なるアプローチ、あるいは引力を発

生させる仕組みを作ることだ、と云い換えら

れます。

加藤 昌治 ㈱博報堂かとう まさはる

PR発想を生むための「7つのヒント」。広告発想との違いはなんだろう?

入選 第5テーマ プロモーション、PR

栄えある賞を再度いただくことになりました。ありがとうございます。関係各位の方々にはこの場を借りてお礼申し上げます。ここ数年の広告業界の中で、PR実務の増加に加えて、PR発想の必要性が高まっていることを実感しています。その一方、“ぴーあーる”が大きな誤解のもとにあるのもまた事実です。微力ながら、こうした情報発信などを通じて「PRとは何か」の議論が広がり、深まっていくことに貢献できれば嬉しい限りです。

PR発想とは、「磁石を探すこと」である。スケッチ1

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私の言いたいこと <一般部門>

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実際のマーケティング業務では、この磁石

の持つ磁力が、有効期限の視点から、大きく

三種類に分類されるでしょう。まず一つめ、

効き目が短いもの。これは「話題」を喚起す

る磁石です。瞬発の情報発信力、拡散力はあ

るけれども、長続きしないタイプの企画。商

品の魅力がもうひとつ社会の現状にマッチし

ていない場合などに多くみられるケースかと

思います。もう少し効き目が長くなると、そ

れは「ブーム」になります。旧来型の広告キャ

ンペーンが3か月程度だったことからすれ

ば、かなり長めのマーケティング成果につな

がります。クライアントの期待が高くなるこ

ともうなづけます。そして最後に「習慣」に

まで磁力が続く場合。習慣を変えるに一番手

っ取り早いのは、法律を変えることだ、なん

て意見もありますが、マーケティング上のイ

ノベーションは生活習慣を変えてしまうこと

もできます。広告だけで行わず、PRの力を

加えたならば、より早く、よりコスト効率よ

く、こうした成果につながると思います。

そしてクライアントと社会の間にある磁石

を探すには、その双方をよく見ていることが

発見への近道。マスメディアを含めたメディ

ア、そして生活を知ることがPR発想の基本

にあります。近頃、広告パーソンも新聞を読

まなくなったとも聞きますが、それだと…で

す。

広告発想が嫌う考え方でしょう。シェア

100%達成は六つかしく、競合他社との共存、

すみ分けが成熟社会ゆえの姿でしょうが、

「買わない人はいても、反論は欲しくない」

と思うのが広告的な発想かなと思います。も

ちろん無用な議論は不毛に過ぎませんが、

PR発想には「異論反論を受け止める」度量

が必要です。細かく反論するべきかどうかは、

また別ながら。

一般的に記者や編集者、メディアの編集部

門は対立する構造をよく取り上げます。あえ

てその対立構造に乗っかっていくプランニン

グ、あるいは賛否両論をわざわざ巻き起こす

ような考え方。多くの商品、特に事業規模の

大きいブランドやクライアントにとってはか

なりの冒険であることは確かです。すでに一

部の商品では、そうしたプランニングが実践

されています。情報があふれかえる社会の中

で、生活者に「自分ごと」化してもらうため

には、あるいは新たにファンになってもらう

ためには、「最初は反対だったけど…」と生

活者からフェイスブック上で述懐されるよう

な企画もアリな環境です。

旧来型の広告と比較して、PR的な施策は

相当にインタラクティブです。PRの正式名

称は「パブリック・リレーション<ズ>」と

最後が複数形。成り立ちのそもそもから双方

向的でありました。人間同士のインタラクティ

ブなヤリトリとは、それが話し言葉であろう

と書き言葉であろうと、最終的には具体的に

表記できる言葉として結実します。ヤリトリ

する相手はメディアの記者・編集者であって

も生活者の方々であっても。広告的なキャッ

チコピーと違うのが、ここ。相手からの質問

に対してどんな言葉で応えるか。方針、コン

セプトは当然あるのです。それは分かるし共

感もしている。で、そこから先が実は相当な

ハードルで、具体的な言葉にすればするほど、

「ちょっと違う」などの異論が身内からも出

てきます。広告的なコピーとは違う言葉遣い

PR発想とは、「賛否両論を受け止める」ことである。

スケッチ2

PR発想とは、「具体的な言葉で表記することが必要」である。

スケッチ3

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が必要とされます。

特に“お詫び系”のコミュニケーションで

顕著になりますが、「じゃあ、なんて云うの?」

「それは、広報(PR担当者)が考えてよ…」

そんな応酬が行われることがそこかしこで起

こっているのではないでしょうか?

かつ、広告コピーと違う点が「理解を得ら

れる表記・言葉であるかどうか」。ある意味

で相手の想像に任せてしまうことが悪い方向

に出ることもありえます。あえて表現ではな

く、表記と記する理由です。PR発想には、

具体的な表記力が必要なのです。

俳句には季語が必要です。PR発想にも季

語=歳時記に基づいたアイデアが欠かせませ

ん。それもあって、PR発想で大事になるの

が「●月●日」という日付。コミュニケーショ

ンを「上旬」などの期間で区切るのではなく、

デイの単位でシナリオ化していくのがPR発

想ゆえの特長です。

現実として、クライアントからのオリエン

テーションにおいて、新商品の発売日、は鉄

板のルールとして降ってくるのが基本だと思

いますが、PRパーソンは(そうそう簡単に

いかないことは重々承知ながらも)「発売日

を変えませんか?」と提案したくなることが

あります。割とビックリされることがあった

りして…そうか、PRらしさはこんなところ

にもあるんだな、と自覚する次第です。

さらに、俳句には5・7・5の厳しい字数

制限があります。限られた字数の中で商品や

ブランドの、あるいは経営計画や社長、そし

て企業ブランドの魅力、磁力をどうやって表

記するか。いつも頭を悩ませるところです。

PR的な5・7・5、いくつかあります。例

えばヤフー!トピックスなら、俳句より少な

いたったの13.5字。テレビのニュースや情

報番組のテロップは、一行あたり15文字程度

で、二行あって30字。もちろん編集権はそれ

ぞれのメディアにありますので広告会社が直

接的に13.5字や30字の原稿を納品すること

はありませんが、「どうなるのか」をキチン

と予想し、そのゴールイメージに沿って、前

項のように具体的な発言、あるいは報道用資

料に表記することが必要なのです。その磁石

を、魅力を、どうしたら15字程度で云えるだ

ろうか?PR発想の起点になります。

笑いを獲る、ではありません(そういうこ

ともありますが)。要はスピード。記者との

応対にしても、SNS上の返信にしても「じっ

くり考えて来週までに」とは問屋がおろしま

せん。一秒で返信を、とは申しませんが、

「今日の今日で返す」がPR発想。もちろん

「具体的な言葉で」です。このスピード感も

広告発想とかなり違うかもしれません。広告

の基本は、キチンと時間をかけて練り上げる

もの(当然です)。一方ネット社会では「い

つでもβ版」と堂々と宣言されるあたりに、

こうしたスピード感を感じざるを得ません。

PR発想が広告業界、マーケティング業界に

より必要とされ始めているな、と痛感します。

また、どんなお題が降ってくるのか、その

場まで分からないのも大喜利と称した所以で

す。担当させていただいている商品や企業の

情報をどこまで熟知しているのか。それを誤

解のないように分かりやすく、かつ端的に表

記できるのか。自分の知識量の足りなさや、

語彙の貧困さに直面せざるを得ません。日曜

日の夕方は、一般的に云われている意味とは

また別の視点でため息をつくこともしばしば

PR発想とは、「俳句を詠むこと」である。

スケッチ4 PR発想とは、「大喜利」である。スケッチ5

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私の言いたいこと <一般部門>

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です。

マーケティングPRよりも、コーポレート

PRの実務に携わるようになって思いを強くし

ている項目がこちら。顕わになるのは、トッ

プをはじめとするスピーチ原稿の草稿を作成

する作業を行う時です。

話を聞く側に立ってみるとそうですが、社

長が話し始めて1分もしないうちに、「なー

んだ、事務方が書いている原稿を棒読みして

いるだけじゃないの??」なんて疑念がむく

むくと湧いてくるようなケース、あるように

思います。もちろん、原稿の骨子自体は間違っ

てないし、スピーチ、プレゼンテーションさ

れる方の意志やご要望がきちんと反映されて

いるに決まっています。しかしどうしてなの

か、血の通ってない印象を受けてしまうこと

がある。PR発想に基づくスピーチ原稿書き

では、モノマネの精神が効果的。Tips的には

なりますが、プレゼンターのしゃべり癖、よ

くおっしゃるフレーズを原稿の中に取り込む

だけで、グッと変わってきたりするものです。

こうしたモノマネの対象は、情報発信側だ

けではありません。相対する社会、生活者側

をモノマネするのも必須の視点。いまメディ

アの中ではやっている言葉は何か?その言葉

と担当商品を絡められないか?旬のネタをク

ライアントに絡ませるのはまだまだ初級編。

凄いモノマネ芸人さんは、声や振る舞いが似

ていることは当然として、しゃべっている内

容が本人のそれとは全然違うことであって

も、うまく合体させている芸を拝見すること

があります。そうした芸が成立するのは、表

面的な声などの表現だけではなく、モノマネ

対象者の思考や人格を奥深いところで把握、

理解しているからだと思うのです。PR発想

には、対象をどこまでも見つめ通す、モノマ

ネ芸人のような観察力も必要です。

ここまで6つのスケッチ、PR発想のヒン

トを提示してきました。最後は総まとめ。私

論の試論ながら、「PR発想とは演劇的だ」と

考えています。

まずは観客と舞台を結び、捉えて離さない

磁石を作らなければなりません。演劇の主題

をどうするか、客が入るかどうかを考えなけ

ればならない。新旧のファンを満足させられ

るテーマだろうか?テーマが決まれば配役

も。主役俳優は誰にするのか?そして大事な

ストーリー。観客を喜怒哀楽の渦に巻き込み

たいのは当然で、こうした大きな流れと同時

に一つひとつの台詞を書かなければなりませ

ん。ハムレットじゃありませんが名作には名

台詞が付き物。人に覚えてもらってこその名

台詞ですから、文字数だって限られます。

マーケティングPRにせよ、コーポレート

PRにせよ、PRの実務にはライブの側面が多

くあります。時にはアドリブも必要でしょう。

また初日からの反省なども踏まえて、楽日に

向かって舞台は成長していくものでもありま

す。日本人俳優がイギリス人役を演じるよう

に、見た目だけではない本質を捉えることも

大事なことです。

舞台は映画のように再撮影、再編集ができ

ません。生きた人間が生身でやることですか

ら、哀しいながらも調子の良し悪しもあるで

しょう。初日の翌朝、劇評に一喜一憂するの

はシェイクスピアの昔から21世紀まで変わら

ないようです。場合によっては不評も頂戴す

るでしょうが、目指すはロングラン!です。

クライアントがどんな業種であれ、どんな

PR発想とは、「モノマネ」である。スケッチ6PR発想とは、「演劇的」である。スケッチ7

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商品・ブランドであれ、PR発想を組み込む

ことが時代の要求になりつつある環境の中、

職種を超えて広告会社の全員がこうしたPR

発想をもってプランニングすることが、あら

ゆるコミュニケーションをもっと豊かにする

ことができると信じています。

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私の言いたいこと <一般部門>

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日頃の広告活動において、優れたアイデア

を出すための手法やノウハウについての議論

は多くなされるが、その元になるチームや知

識創出の仕組みについては、あまり話題に上

らないように思う。また、創発のベースとな

る人材育成のシステムやキャリアプラン、ナ

レッジ共有はそれぞれ該当する部署が個別に

取り組んでいるのが実態ではないだろうか?

広告会社は知識産業であるため、リソース

(資産)と製品(またはサービス)を分けて

考えることはできない。つまり、リソースで

ある人材(タレント)と製品にあたる企画や

作業実績(ケース)、ナレッジはプランニン

グプロセスのなかで一体になっているため、

本来は人材管理・育成・成果評価・ナレッジ

が同一のスキーム・ものさしのもとで管理さ

れるべきであると考える。

一方で、同じ知識産業であるコンサルティ

ング業界においては、各人材のプロフェッショ

ナル(専門性)に早くから着目し、人材ナレッ

ジをベースにした知識開発のプログラムを

1990年代から既に導入している。たとえば、

マッキンゼーでは、グローバルに業種やテー

マの専門家を検索しアクセス/アサインでき

る仕組みがあるほか、自分の専門分野を研究

し社内外での知名度をあげることが高く評価

される、など人材管理とナレッジが密接に結

びついた経営がなされている(注1)。

広告会社にふさわしい、創発を促せる新し

い仕組みが作れないか。日頃のプランニング

最前線で感じる課題をもとに、現場の視点か

ら新しいアイデアを考えてみたい。

事例や企画書のアーカイブ化・勉強会や共

有会・アワード。キャンペーン単位でみると

ナレッジマネジメントに関する仕組みはだい

たいこの3つであろう。現状、いずれについ

千々岩秀丈 ㈱電通ちぢいわ ひでたけ

「オープン・タレント・マネジメント」創発を生み出す組織運営に関する論考

18年前に新人部門に入選させていただきました。その時の華やかなパーティにまた出たくて頑張りました、でもやっぱり荒削りで躍動感ある筆致、将来への向う見ずなほどの希望など、あのころの若さには叶いません。ともあれ受賞させて頂きありがとうございました。

入選 第6テーマ 管理(総務、人事、教育、経理、システム、法務、広報、経営管理等)

ナレッジマネジメントが難しい2

はじめに・人材とケースのマネジメント一体化1

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ても会員各社とも思考錯誤を続けているのが

実情だと思われる。アーカイブの作成につい

ては、参加/登録を促すことと、探しやすい

UIづくりがカギ。しかし、登録作業のわず

らわしさや、的確な情報へのアクセスの難し

さなどから、「ケースが増えない→見ない」

というマイナススパイラルになりがち。勉強

会も、日々の業務が多忙ななか、参加するモ

チベーションが薄れていき、いつの間にか休

会してしまう。アワードは大きな作業や常連

ばかりで、憧れはあっても日々の業務からは

遠い。ナレッジスキームに全員を参加させ、

活きた情報を蓄積させるためには、情報を提

供する動機づけと、業務フローや成果評価の

中への組み込みを通じて、業務遂行に必須の

プロセスになるよう仕向けていく必要があ

る。しかし、企画作業に追われる現場では、

報告や学習に時間を割きたくないのが現実

だ。

経営学のなかの、「組織学習」(組織が新た

に得た知識をもとに新しい知識を創造する)

という研究テーマによれば、組織として知識

を高めるためには、「組織全体が何を覚えて

いるかではなく、組織の各メンバーが他メン

バーの『誰が何を知っているか』を知ってお

くことが重要」というトランザクティブ・メ

モリーという考え方が主流になっているとい

う。つまり、ナレッジ勉強会やアーカイブで

重要なのは、情報そのもの以上に、このケー

ス/この分野の担当は誰で、誰に聞けばいい

のか、という人材のインデックスを増やすこ

とが効率的に強い組織を作るポイントになる(注2)。

本来、ウォーターフォール型の組織におい

ては、こうした情報は上司が相談などに応じ

て部下に提供するものであるが、多様化/専

門化するクライアントオーダーに応えるため

の情報アクセス手段としては心もとない。属

人的な知識や能力に頼る以上、社内のリソー

スを完全に把握し、企画やテーマの知見に完

全にフィットするレベルの高い情報を提供す

ることは不可能。そのため、網羅的に整備さ

れ開放された人材リソースデータベースの整

備が求められる。

一方で、この議論には常に反対意見が出て

くる。コンサルティングファームと異なり人

材や仕事のナレッジ共有が容易に進まないの

は、1業種1社体制をとらない日本の広告会社

においてクライアントの情報管理が重要な責

務であり、競合社の担当においそれと情報を

出せないのが理由である。

このときの情報とは、①クライアントのマー

ケティング戦略などの情報②クライアント情

報をもとに提案した企画書③具体的なアイデ

アや表現案④CMなど世に発信された表現/

制作物(アウトプット)⑤それらを誰が担当

しているか、の5つが該当する。①~③につ

いては、徹底的な情報管理が必要であること

は自明だが、あるキャンペーンの担当が誰で

あったか、という④⑤の情報を内外で発信/

共有することは許されるのではないか?クラ

イアントの利益代表である営業としては、新

商品情報などの機密を保持している人間が誰

か、を明かしたくないところであるものの、

広告作品が各種雑誌などに掲載される場合、

以前よりクリエイティブスタッフなどの担当

者リストは詳細に記載されており、近年では

AEやPL(戦略プランナー)まで書かれてい

ることが増えてきた事実もある。仕事を「担

トランザクティブ・メモリーという考え方3

広告会社の情報管理4

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私の言いたいこと <一般部門>

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当」と捉えるのではなく世に出た「作品」と

解釈することでクリエイターだけでなく企画

に携わったスタッフ全てが「自分はどんな仕

事をしたか」を発信すべきではないだろう

か?

作品という視点でみると、クリエイティブ

職においては、自分の作品集を作り、プレゼ

ンの場などで自身のプロフィールとして紹介

することが既に一般的になっているが、戦略

プランナー/メディアプランナーや営業につ

いては、クライアントに仕事歴を丁寧に紹介

する機会は少なかった。ところが近年、作業

着手時やプレゼン時にプロフィールの提示を

求められることが増えてきたように思う。ク

ライアント側が、クリエイティブ以外の担当

者についても経歴や実績を吟味するようにな

ってきている。加えて、コアアイデアからア

ウトプットまで手掛けるスタッフが、ストプ

ラ・PR・キャンペーンプランナーなど、ク

リエイティブ担当だけではなくなってきてい

るのも理由として挙げられる。そこで、クリ

エイティブだけでなく全てのチームメンバー

が仕事集を作り、自身の強みやキャリア、専

門性を自覚し、発信しなくてはならなくなっ

てきた。

ここに、仕事集を社内で公開し共有するシ

ステムの構築を提言したい。

人材個々人がどんなアカウントや商品を担

当し、どんなキャンペーンをしてきたか、と

いう「タレント」を組織横断的に公開するこ

とで、ナレッジ共有の円滑化をはかるだけで

なく、モチベーションUP、チームビルディ

ング、評価の精緻化まで、創発を促すマネジ

メントにおける様々な効果が期待される。し

かも、お互いの仕事を批評しあうという手法

が、SNSの仕組みによって可能になった。以

下にその詳細を説明したい。

5-1.「動的な」情報をつくる仕組みづくり仕事(ケース)と人材(タレント)が組み

合わさるかたちでデータベース化を進めるこ

とが前提となろう。冒頭説明したように、広

告業(の企画部門において)は個人の仕事と

ナレッジが一体化しているため、人材マネジ

メントとナレッジマネジメントもシステムに

よる一体管理が可能である。ケースについて

は、世に出た制作物を中心にキャンペーンを

入力/リスト化するが、SNSの仕組みを取り

入れることで、ケーススタディを「動的な」

情報に変えたい。自分が携わったケースが社

内同僚から評価されたり(評価ボタンを設け

たり)、会話がなされる環境をSNSでつくる

ことで、情報の鮮度を保ち参加動機を高める

だけでなく、駄作を作らないプレッシャーや、

小さくても光る仕事の発見を創出するのが狙

い。クリエイティブ職は、作品が世に披露さ

れるために常に同僚から評価されるプレッ

シャーがあるが、企画・戦略・メディアなど

のプランについても同様の環境にさらされる

べきである。そうして、仕事について活発に

議論する風土を作り上げ、自分の仕事をその

中で披露したくなる気持ちを喚起し、古い知

識と古い経験を排した新鮮なデータベースを

充実させてゆく。

タレント管理については、携わったケース

を個々人の仕事集で一覧できるようにし、自

分が知りたい情報は誰に聞けばいいのか、を

検索できるようにする。また、これを人材カ

ルテとして扱い、実績をベースにしたフェア

な評価が行われるようにする。会議に出てい

ただけなのに担当としての実績をアピールす

るような、自己申告での「盛り」を排除でき

るほか、規模は小さくても周囲から評価され

た(たとえば、共有することでプラクティス

として役立つと認められた、というような)

仕事集を共有すべき5

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仕事を見落とさず成果にすることができる。

5-2.チームビルディングが変わるプランニング業務においては、チームづく

りが企画内容やビジネスの成否を大きく左右

する。メンバーの専門性や実績、性格や相性

などを総合的に判断し、幅広くスタッフを探

していく必要があるにもかかわらず、ディレ

クターや上司の限られた人材知識や経験をも

とにアサインメントがなされているのが現

状。不本意なメンバーと組まされ、チームが

ぎくしゃくしたままコンペに敗北したこと

は、クリエイティブやプランニング部署に長

くいるならば誰にでも1度はある経験だろう。

知識創造のためのアプローチとして、「ア

ジャイルスクラム」という考え方がある。各

知識を持ったメンバーが「場」を通じて思い

を共有し、逐次的な分業やフォーマルなプロ

セスを排して一丸となって業務を完遂する手

法である。複雑な課題や仕様の変更に俊敏に

応えるために、ソフトウェア産業などで採用

されているという(注3)。広告プランニング

においても、前段の戦略→表現案→メディア

という分業擦り合わせプロセスを排し、骨太

なコンセプトの探索からコミュニケーション

デザインまでストプラ/CR/媒体各担当が

全て固まりになってプランを組み立てていく

やり方にトライすることが増えてきた。その

場合、オープンで自由な関係性のもとでメン

バー同士が性格から能力まで信頼しあってい

ることが大前提となるため、チームビルディ

ングも幅広く人材を検索し、さらにメンバー

同士が相手を理解し納得したうえで進めるこ

とが重要になる。ゆえに、ディレクターや上

司の属人的な人材情報に従ってチームができ

るのではなく、タレントデータベースを現場

にオープンにし、メンバーたちがディスカッ

ションしながら気に入ったスタッフをアサイ

ンすべき。そうして自律的で互いを信頼しあ

うチームができ、難しい課題に対してもその

チームがモチベーション高くオリエンに向か

っていくことが理想だ。

5-3.これからのマネジメントの在り方マネジメントの特権であった人材情報やナ

レッジ、チームビルディングを現場に開放す

ることになった場合、マネジャー、特にミド

ルマネジメントは、新たに何をすべきか?部

下のタレント情報の価値を高めるための様々

な取り組みを通じて、日常的に部下の評価を

高める作業に時間を割きたい。部下の仕事内

容・実績や専門性などの強みをアピールしてい

くためのサポート、それから、これらデータな

どの定形的な情報を補うように「実はあいつ

のこの仕事はね…」とナラティブに魅力を伝え

ていくことが必要であろう。FACE to FACE

でのアピールのほか、SNS型の仕組みがあれ

ば、ITシステムも語りの場、部下を応援演

説する場として活用できる。そうして、個々

の人材同士の直接的な出会いを創り出してゆ

く。部下が内外の評価にさらされる環境にな

ることで、仕事の遂行や業績に責任を持つ従

来の役割を担うだけでなく、部下の人材価値

や将来のプロフェッショナルキャリアをもっ

と真剣に考えるようになるのだ。

クライアントからの課題の高度化に対応し

ていくためには、彼らの学習能力や学習スピー

ドを先取りする組織文化を作り上げていくし

かない。クライアントは、オープンイノベー

ションなどの新たな手法を使い、今までのや

り方では得られなかった知恵を探索するよう

になった。広告会社に対してもクリエイティ

ブやマーケティングの専門性に加え、多様な

業種の担当を通じて経験した様々な「解」を、

自分たちにはない知見として強く求めるよう

になってきている。現場では、ケーススタディ

最後に・学習能力に優れた組織文化へ6

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私の言いたいこと <一般部門>

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が企画書のコンテクストに重要な役割を担う

ことが増えている。今こそ多様な人材価値や

ナレッジがオープンかつフラットに行きかう

仕組み「オープン・タレント・マネジメント」

を構築し、さらに智恵を創発する産業として

活発に発信してゆくときである。もちろんク

ライアントからの了解は必要であり、個々人

の知識の質量を増やす風土づくりやモラル管

理は業界全体で行わねばならない。

広告業は、業界誌やアワードが多数存在し、

作品を通じてそれぞれの仕事を比べ競いあう

ユニークな業界であり、作品を評価すること

は優れた仕事を産みだし成長する原動力のひ

とつだ。マスメディア広告と歩んできた雑誌

「広告批評」が廃刊し(注4)アウトプットの領

域がCMなどの「作品」に留まらなくなった

今、各社の多様なプロフェッショナルがぶつ

かり合い、各々の誇れる仕事が「批評」され

あって、切磋琢磨する業界風土が形成される

ことを願いたい。

●参考文献・注釈

注1)倉重英樹(2003),『プロフェッショナリ

ズムの覚醒―トランスフォーメーション・リー

ダーシップ』(ダイヤモンド社)

HARVARD BUSINESS SCHOOL Case#305-

J05(2000),『マッキンゼー 知識と学習の管理

運営』

注2)入山章栄(2013),『世界の経営学者はい

ま何を考えているのか――知られざるビジネス

の知のフロンティア』第5章(英治出版)

注3)野中郁次郎/紺野登(2012),『知識創造

経営のプリンシプル 賢慮資本主義の実践論』

(東洋経済新報社)

注4)『広告批評』2008年4月号 編集後記(マ

ドラ出版)

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筆者は、現在、韓国出身のマーケティング

プランナーとして、日本の広告会社で、日本

の大手グローバルメーカーを担当している。

国を跨ぎ、曲折する環境の下で、日本の広告

会社の強みとなるアイデンティティーはなん

なのかを掘り起こし、筆者なりの視点から、

日本ならではのグローバル化するビジネス

の中での道を、模索出来るのではないか、と

思った。

「グローバル」と言うと、大概「日本人特

有の垂直統合型事業モデルはグローバル企業

化に向いていない」だとか、「現地適合化か

世界標準化か」だとか、既存の思考のフレー

ムワークに嵌って議論が進んでしまう。むや

みに、現在グローバルで優勢を誇るメガエー

ジェンシーグループと比較し、日本は遅れて

いる、と焦って、現地法人のM&Aに走る前

に、一旦、自身を俯瞰し、今の日本の広告会

社が直面するグローバル化の問題を、多角的

なアングルで見つめなおすのが、まずはスター

トなのではないか。

今、グローバル化の中で、広告ビジネスの

舞台が急速に広がっている。日本の広告会社

にとって、「グローバル化」は長いこと、重

要な経営レベルでの課題であり続けてきた。

また、広告会社のみならず、どの企業も、さ

らなる繁栄を求めて、あるいは生き残りをか

けて、グローバル化に真剣に挑み、取り組ん

できた。少子高齢化、経済成長率の低下を目

の前に、例えば、トヨタ、キヤノンなどの日

本の一部メーカーは、海外売上げが売上げ全

体の二分の一を超え、また各地域のGDP比率

におよそ見合う地域別売り上げを記録する、

本格的なグローバルカンパニーへの変身を遂

げた。

一方、日本の多くの広告会社は、長いこと、

その国内市場中心のビジネス形態、いわゆる

「ガラパゴス市場」や、マス媒体代理業モデル

の継続、日本の広告ビジネス特有のコミッショ

ン主体の報酬制度からの恩恵を受けてきた。

しかしここ数年、電通のMcGarryBowen、

Aegis買収を筆頭に、日本の広告会社も海外

M&Aを通した本格的なグローバル進出の姿

勢を見せている。日本の広告会社が、現在よ

私の言いたいこと <一般部門>

盧 知恵 ㈱博報堂の ちへ

日本の広告会社らしいグローバル化とはなにか~自らのコア・コンピタンスを生かし、真のグローバルマインドを得る~

今回の論文は、純粋に自分が知りたいことを題材にすることで、自分なりの答えが得られるのでは、というモチベーションで書き始めました。私自身、外国人として日本の広告会社で働きながら、日本の広告会社の更なる繁栄の為のグローバル化にどう貢献していけるか?を常に意識していた為です。執筆中は、社内外の方々に、唐突にインタビューのお願いをしてしまいましたが、皆さん快く助けて下さいました。この場を借りてお礼申し上げます。最後に、いつも応援してくれる家族に感謝致します。

入選 第7テーマ その他(第1~6テーマにあたらないもの)

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りもさらにグローバルに展開していくこと

は、時代の自然な要求であり、流れであるの

は確かだ。しかし、現代のグローバル化とい

うダイナミックなパラダイムシフトの渦の中

で、焦って既存の成功フレームを追ったり、

闇雲に自己批判に走ったりするよりも、もっ

と日本の広告会社らしいグローバル化がある

のではないかと思った。

まずは、グローバルな視野で、広告ビジネ

スで起こっているパラダイム変化を押さえて

おきたい。グローバル事業の拡大には、主に

縦と横の2方向ある。縦方向は、既に担当で

あるクライアント企業が様々な国で事業を展

開する際に、より多くの国での扱いを勝ち取

ること。つまり、理想的には、その企業が行

う、国内外のすべてのマーケティングコミュ

ニケーション関連の仕事を受け持つことだ。

横方向としては、ネットワークを広げ、グロー

バル企業や海外ローカル企業の新規から仕事

をもらうことだろう。縦に、横に、広がるこ

とで、グローバル市場の各エリアの売上、成

長率の違いからくるリスクの分散ができ、企

業の海外へのマーケティングコストシフトを

掴め、より安定したビジネスが実現できる。

これまで、グローバルに成長を続けてきた、

いわゆる「世界の4大メガエージェンシー」

である、WPP、Omnicom、Publicis、IPGは、

縦横の拡大をともに強力に実践してきた。自

国以外での担当クライアント企業の扱いに対

応するため、そのローカルで即戦力になる、

ローカルでの知識、ノウハウ、マーケットの

理解をもったエージェンシーの合併買収を繰

り返し成長し、ローカルでのクライアントコ

ネクションを持ったエージェンシーを合併買

収することで、新規クライアント獲得という

横の広がりも押さえてきた。

上記のような、縦横の拡大の動きと、「デ

ジタル力」と「コンサルティング力」を強化

する動きが高まる中で、グローバルにおける

日本の広告会社の強みとなりうるユニークネ

ス、アイデンティティーとは何か?筆者は、

主に下記の3点だと考える。それは、「御恩と

奉公イズム」、「団結力が生むプラスアルファ

の力」、「高濃度の造り込み」だ。

「御恩と奉公イズム」

日本の広告業界の文化で、よく皮肉られる

のが、クライアントをお殿様、自身をお殿様

の下で仕える武士とするような、献身的な高

い忠誠心が挙げられる。自身のアイデンティ

ティーを、「広告屋」とするより、「クライア

ントの問題解決の為の何でも屋」とした精神

だ。筆者は、この精神的文化こそ、逆にグロー

バル舞台でも強みになるのではと考える。こ

の精神は、現在の広告会社の構造にも反映さ

れている。日本の大手広告会社では、基本的

な制作・メディア・プロモ・PR・戦略とい

う機能の部署以外にも、パートナーのクライ

アントの問題解決に繋がりうるありとあらゆ

る部署が存在する。

例えば、電通は、トヨタと共にロボット宇

宙飛行士「KIROBO」を共同研究し、博報堂

は、キリンと共に「フローズン生 ビアガー

デン」のスペース建築まで請け負っており、

もはや広告業とは直接関係のないような領域

まで、自主的に取り組んでいる。又、2012年

8月、東急リゾートが発表した自発的エネル

ギーシステムが装備されたスマートハウス

「ミライニホン」のケースでは、広告会社が

生活者のニーズ発想で企業のテクノロジーを

汲み取り、商品開発から広告開発までを同時

私の言いたいこと <一般部門>

広告業界ビジネスの動き

日本の広告会社の認識すべき強み

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に進めた。技術力は高いながらも、消費者ニー

ズを汲み取った効果的な商品化で苦労するク

ライアント企業の為に、広告会社がプロトタ

イプを作成し、製品化まで繋げた。

欧米のエージェンシーは、自らを「広告屋」

のエキスパートとすることで、効率性を追求

し、広告としてのベストを納品する反面、日

本の広告会社は、自らを、「クライアント課

題解決の為の何でも屋」とすることで、ビジ

ネスが広告の領域内に留まらず、クライアン

トビジネスの過程の内から、新たなビジネス

イノベーションの創造、開拓の可能性を秘め

る。クライアントの持つデータとマーケティ

ング力と、広告会社がさらに密接に融合する

必要性が高まるこれからの時代に、この、ク

ライアントに忠誠を尽くし、すべてを捧げて

課題解決の為にアクションしていく力は、

益々価値のあるものになるだろう。

「団結力が生むプラスアルファの力」

いわゆる4大メガエージェンシーは、グルー

プとして巨大であり、そのネットワークとナ

レッジには目を見張るものがあるが、構造を

見てみると、広告・メディア・デジタル・PR

などの各領域で、個々の独立性の高いエー

ジェンシーをグループ内に持っている。例え

ば、WPPなどは、広告にはOgilvy&Mather、

メディアにはGroupM、プロモにはActionが、

グループの傘下に存在する。その為、各国で、

個々の会社が元々担当してきたクライアント

を主に様々な業務を行っているが、それぞれ

の横串の繋がりはそれほど高くない。それぞ

れの会社は、主要拠点で数百人程の従業員を

抱えるエキスパート集団で、組織体系も効率

性を高めており、研ぎ澄まされた能力分担に

は強みもある。

一方、日本の大手広告会社である電通・博

報堂・アサツー ディ・ケイなどは、従業員

は数千人単位であり、尚且つ、同じ組織内で

様々な機能を持つ専門スタッフが情報交換や

業務を行う、極めて一丸意識の高い団結した

集団構成だ。一度、筆者がある大手広告会社

の研修に参加した際、まったく別の部署から

集まっていた社員ら同士が、その会社のスロー

ガンにある言葉を、同じ観点で、しかも頻繁

に使用しているのを見て、よくもここまで根

強く共通のDNAが浸透しているものだと驚

かされたことがあった。この団結力により、

1つの仕事が会社のフロントライン(営業)

に落ちてきても、後ろで別々の機能がまとまっ

て効果的なアウトプットを生み出し、プラス

アルファのシナジー効果を期待できる。

日本の大手の広告会社が担当した、Honda

の海外全域広告コミュニケーションの例や、

ユニ・チャームの大人用おむつ「ライフリー」

の海外ブランド展開の例で見られる、企業本

社と支店、広告会社の本社と支店の4点間で

の潤滑なマネジメント力の高さなどは、団結

した企業文化がもたらすプラスアルファの力

として見て良いだろう。

メディアバイイング力・クリエイティブ

力・プラニング力などの個別の能力の高いメ

ガエージェンシーに対抗するには、上記の能

力を高めつつ、元々の日本の広告会社が培っ

てきた、個々の機能の横串的連帯感が強く、

総力が各ユニット力の合計以上の力を秘める

「団結力が生むプラスアルファの力」を強み

に、クライアントからの信頼を獲得していく

べきだ。

「高濃度の造り込み」

日本は島国ということもあり、社会の中の

普遍性、共通意識や思考のコンテクストの誤

差がかなり低い環境の為、コンセプトはより

深く、造り込みはより細かく練り上げられる

傾向にある。この「造り込みの高濃度」とい

う日本的なエージェンシーの特性は、世界か

ら見るとニッチで複雑に捉えられるリスクを

孕むが、これに、世界を捉えたフラットな普

遍性を加えられれば、強力な武器になる。カ

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ンヌ、サイバー部門受賞の1:1000スケール

の東京の都市模型を利用した「Tokyo City

Symphony」、アジア太平洋広告祭、デザイ

ン・ロータス部門受賞のレーザーカッターを

利用し繊細な模様を海苔に施した「Design

NORI」、カンヌ、チタニウム部門でサイバー

部門を受賞した、時計、ダンス映像、音楽を

融合した表現フォームの「UNIQLOCK」な

ど、世界的にも高い評価を受けた、造りこみ

のクオリティーの高さは、広告をアートの領

域まで押し上げ、芸術としての普遍的な付加

価値を生む、凄みを持ち合せている。

これまで、クライアントへの献身的な奉仕

意識から新たなビジネス創造へと繋がる「御

恩と奉公イズム」、日本の大手広告会社の強

み・特徴である、一つの会社で、共通した

DNAを持つことから生まれる「団結力が生む

プラスアルファの力」、卓越したクオリティー

の高さの「高濃度の造り込み」を、浮き彫り

にしてきた。

終わりに、こうした強みは強みとして明確

に認識した上で、我々が超えてゆくべきグロー

バル化の上での課題について進言したいと思

う。その課題とは、広告会社の全ての社員が

主に以下の2点を意識的に持つことだ。

1)「世界を普通と思う感覚を持つ」

組織対応としての課題は、グローバルパー

トナーの強化、グローバル人材育成、などが

挙げられるが、それ以前に、まずは、社員の

マインド自体がグローバルに開かれることが

始まりだと考える。その為の具体的な方法と

して、会社の中にある「グローバル」と名の

つく部署をなくしてしまうのも、荒業ではあ

るが有効かもしれない。なぜなら、その存在

により、社員らが、グローバルの事は、グロー

バル部署のすること、駐在員のやる他人事、

とイメージし易くなり、グローバルの意識を

自分ゴト化しにくいからだ。最も大事な意識

の面で、内向きの国内思考を変えずに、方法

論や組織論だけでグローバル化し、手足のみ

を外に出して取り組んでも意味はない。

「世界を普通と思う感覚を持つ」とは、己

の世界観の枠を日本に留めず、世界人として

の自分、その中の日本という地域の文化と価

値観に最も理解の高い個人としての自分、と

いう俯瞰した認識を持つことだ。日本内では

個人の思考やコンテクストの違いがかなり低

いということを認識し、その上で、自らの核

心能力を、世界仕様に変換する力を伸ばし競

争力に変えて行かなければならない。

2)「海外を含む消費者・生活者に対して責

任意識を持つ」

国内の業務に挑む際、もちろんクライアン

トの利益最大化を目的とするが、唯一ではな

いはずだ。クライアントのこの商品が、この

技術が、イノベーションが、消費者の生活に

どう変化をもたらし、結果として幸せな時間、

感情を与え、より良い人生を積み上げていく

のか、の過程を自分ゴト化して、真剣に向き

合うからこそ、仕事に生き甲斐を感じる。こ

の意識を、同じく喜怒哀楽を持ちながら生活

をしている海外の人々に対しても持ち、彼ら

の生活の向上やイノベーションへ貢献するマー

ケティング施策立案や実施を目指す時、消費

者の一番の理解者であり、彼らの一番近いと

ころで企業の志を通訳して伝える役割である

広告会社の一員として、真のグローバル化の

スタートが切れるのではないか。

その為には、BRICSの成長率が何%とか、

富裕層市場から攻めるとかで、海外の顔を見

るのではなく、少なくとも一度は、海外の消

費者・生活者に直接会って人生や価値観を聞

くという経験を持つことが、先ずは有効な手

段だ。

私の言いたいこと <一般部門>

日本の広告会社が超えていくべき課題

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広告会社の個人一人ひとりが、日本の経済

を担うマーケティングの第一線で世界を開い

て行くという現代の坂本龍馬のような志を胸

に挑んでいけば、目の前に広がるグローバリ

ゼーションは、自らの人生にエキサイトメン

トを与え、人生を豊かにし、ひいては人類の

幸福への進歩に繋がっていく機会となる。広

告やコミュニケーションの力が発揮する、世

界を動かす力を信じる広告会社の社員として

これ以上の喜びはないはずだ。

●参考文献

大石芳裕,『日本企業のグローバル・マーケティ

ング』(白桃書房)

大石芳裕,『グローバルブランド管理』(白桃書

房)

原田将,『ブランド管理論』(白桃書房)

茂木友三朗,『キッコーマンのグローバル経営』

(生産性出版)

林廣茂,『AJINOMOTOグローバル競争戦略』

(同文館出版)

ドンシュルツ,『ドンシュルツの統合マーケティ

ング』(ダイヤモンド社)

デイヴサットン/トムクライン,『利益を創出す

る統合マーケティングマネジメント』(栄治出版)

おわりに

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私の言いたいこと <新人部門>

70

私は栃木県出身だ。栃木県には何も無い。

これは、栃木県内に地域ブランドとして確立

され、全国の誰もが知っているというモノが

まだ無いからだ。そういう意味で、「栃木県

には何も無い。」のである。しかし、「何も無

い。」は逆説的にも考えられる。栃木県には

「まだ誰も気づいていない、誰も知らない、

隠された○○○」があり、実はたくさんの

可能性を秘めた何かが眠っている。この「何

も無い。」を「何かある。」という発見へ。そ

して、「見てみたい、触れてみたい、行って

みたい。」へと変化させることが地域ブラン

ディングにおける広告会社のあり方だと、私

は思う。

今や広告の領域はどんどん広がり、コミュ

ニケーションが存在する有りとあらゆる場

所に、広告会社のビジネスは生まれるように

なった。地域ブランディングも、広告会社が

担うビジネスの一つである。地域ブランディ

ングを主とした地域活性化事業は、2011年に

起きた東日本大震災以来、次第に注目を集め

るようになった。東北地方を中心に、全国各

地の街おこしが評判になった。多くのゆる

キャラが生まれ、B級グルメ選手権も開かれ

た。しかし、私はこの現状を危惧している。

メディアに取り上げられることで、確かに認

知度は上がるが、これではほんの一時的な

ブームで終わってしまう。ブームが終われば、

地域はこのまま忘れ去られて終わりである。

地元市民は一過性のキャンペーンを行うため

に、税金を納めたのではない。

では、本当の意味で「地域を元気に」して

いくには、どのようなブランディングが必要

か。そのプロセスにおける広告会社の使命は

何か。本文では、地域ブランドづくりにおけ

る広告会社の必要性を整理することにより、

その役割を考えてみたい。

大和沙也佳 ㈱ジェイアール東日本企画やまと さやか

引き出す、磨く、持続可能な地域ブランド

この度は、身に余る程の素晴らしい賞をありがとうございました。入社して最初に配属された部署が、地域活性化事業を担う部署でした。そこで学んだことや感じたこと、自分の中のモヤモヤを、論文を書きながら整理することができました。執筆をする上で、ご指導してくださった皆様に心から感謝申し上げます。今後も、自分なりの探求心を持ちながら、邁進していこうと思います。

入入選 テーマ 自由

はじめに第一章

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71

そもそも「地域ブランド」とは何なのか。

現在、地域ブランドづくりは日本各所で行わ

れており、行政、民間企業、第三セクター、

ボランティア団体等、様々なスキームで事業

が推進されている。地域ブランドの商材に関

しても、観光地のお土産として商品開発をす

る事例もあれば、歴史に紐づいた切り口で地

域のPRをしていく事例、街でつくる商品の

パッケージやカラーを全て統一するような事

例もある。このように地域ブランドの推進形

態は多種多様であり、したがって「誰が」

「何を使って」地域ブランディングに取り組

むかは、その地域の判断によるのである。し

かしながら、どのような推進形態であったと

しても、地域全員が共有すべき「地域ブラン

ドの概念」として参考になるのが、経済産業

省による「地域ブランドの概念図」(図1)

である。

経済産業省によれば、「地域ブランド化と

は、(Ⅰ)地域発の商品・サービスのブラン

ド化と、(Ⅱ)地域イメージのブランド化を

結び付け、好循環を生み出し、地域外の資

金・人材を呼び込むという持続的な地域経済

の活性化を図ること」とある。つまり、地域

名を冠した商品の売上と、地域イメージが共

に向上し、相互に影響し合うことで、双方の

評価が高まっていくことが本当の地域ブラン

ドということである。(Ⅰ)地域発の商品・

サービスのブランド化と、(Ⅱ)地域イメー

ジのブランド化は、あくまで地域ブランド形

成のためのステップということになる。※

※財団法人 九州地域産業活性化センター

の定義づけに基づく。

つぎに、地域ブランドづくりの具体的フロー

のなかから、広告会社の地域ブランドづくり

における役割について考えてみたい。

図2は、財団法人 九州地域産業活性化セ

ンターによる「地域ブランドづくりのフロー」

である。図を通して、地域ブランドづくりに

はコンセプトづくりやマーケティング、プロ

モーション等の作業が不可欠であり、いかに

広告会社のノウハウが活かせるかがわかる。

フローの中でも、特に注目したいのがSTEP

1~3である。これは地域ブランドづくりの

なかでも川上にあたる作業であるが、ブラン

ドの根幹を決める部分であり、且つ広告会社

が携わるべき部分であると考える。

STEP1.ブランド化対象選定戦略では、

ブランディングを行う素材を地域から発掘す

る。しかしながら、この作業を地域の人々だ

地域ブランドとは第二章

(Ⅰ)地域発の商品・ サービスのブランド化

商品 サービス

地域イメージを強化 付加価値

連続的に展開

新たな商品 サービス

(Ⅱ)地域イメージの ブランド化

新たな商品 サービス

地域のイメージ

地域ブランドづくりにおける広告会社の位置づけ

第三章

図1 地域ブランドの概念図(経済産業省)

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私の言いたいこと <新人部門>

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けで行うと、地元の人は素質(商品力)の高

いものを見落としてしまうことが多々ある。

例えば、ある沿岸部の村では「うにめし」を

普段食卓で日常的に食べている。実はこの

「うにめし」には、その地域でしか行わない

調理方法を用いているため、この村に行かな

ければ食べられない珍味である。都会の人々

にとってはヨダレが出るような地域料理であ

るにも関わらず、地元の人はこのうにめしが

「当たり前」であり、その価値に気づかない

のである。素材の価値を見極めた上で、日本

全国で受け入れられる地域素材を発見する作

業は、広告会社が普段行っている商品の魅力

を見つけて市場へと売り出す作業とよく似て

いる。第三者的目線により地域事情を考慮し

た上でマーケティングを行えば、その地域だ

けではなく都市部でも魅力的に感じられるよ

うな宝モノを発掘できるに違いない。

STEP2.推進組織戦略では、リーダーと

なる存在を決定しなければならない。ここで

一つ誤解してはならないのが、広告会社はあ

くまでアドバイザーであり、リーダーではな

い、ということである。リーダーは地域の行

政や自治体でなければ地域ブランドづくりは

何の意味もなさない。なぜならば、広告会社

が全ての体制を整えてしまえば、地域は広告

会社に投げ出したカタチになってしまい、地

域にノウハウは残らないため、結果的に持続

可能な地域社会づくりが達成されないからで

ある。

しかしながら、全国へのネットワーク構築

という意味で、推進組織への第三者の加入は

必要不可欠である。例えば、STEP5の販売

流通戦略では流通のプロに助言を求めること

が有効である。バイヤーマッチングにより新

しい販路を開拓する必要性が出てくる可能性

STEP 3.

そのブランドならではの 「他とのちがい」を決める

ブランドの優位性戦略

STEP 1.

地域ブランドづくりを実行していく 組織体制を構築する

ブランド化対象選定戦略

STEP 2. 推進組織戦略

何を地域ブランドとして 育てていくのかを決める

STEP 7. 顧客管理戦略 顧客にどう評価されているかを把握した上で顧客との向き合い方を検討する

STEP 5. 販売流通戦略 生産されたものを

「売りの現場」に乗せていく

顧客・市場

STEP 4. 生産戦略 設定されたブランドの優位性を確実に守りながら生産する

STEP 6. ブランドプロモーション戦略 そのブランドの存在、優位性を知って もらうために広告・販促活動等を行なう

STEP 8.

ブランド価値を生み出す 「強み」を絶えず点検する

ブランド管理戦略

市場の状況・顧客の評価

継続的な取り組み 継続的な取り組み

市場の状況・顧客の評価

そのブランドならではの特別の評価を消費者の意識の中に形づくる

図2 地域ブランドづくりのフロー(財団法人九州地域産業活性化センター)

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もあれば、インターネットによる流通システ

ムを構築することも考えられる。もちろん流

通に関しても、プレイヤー当事者はあくまで

地域の人々であるが、流通だけをとって見て

も地域の人々だけでゼロから築きあげるには

負担が大きすぎる。

ここで、行政・自治体・生産者以外の第三

者を人選するために地域が利用して欲しいの

が広告会社の人的ネットワークである。人と

人をつなぐサービスを広告会社が行い、地域

で決めたプランや目標に応じて、その分野の

プロを地域に派遣する。その他に、STEP5.

販売流通戦略と、STEP6.ブランドプロモー

ション戦略を連動して行うソリューション提

案も、豊富なネットワークを持つ広告会社な

ら可能であろう。実際に、首都圏では地域発

の商品でテストマーケティングを行うため

に、広告会社がイベントを開催してバイヤー

マッチングを行う例も見られる。どのような

方法で行うにしても、地域ブランドを、地域

から全国へと広める推進組織を整えるために

は、多様なプランニングが可能な広告会社の

ネットワークが力を発揮できると考える。

STEP3.ブランドの優位性戦略では、広告

会社は、地域ブランドの軸となるコンセプト

を規定するためのアドバイザーとして機能す

る。「ブランド」は元々、自分の家畜に焼印

を押すことで、ほかの家の家畜と区別するた

めに行われたものを意味する。つまり、どこ

の誰もが見てもその地域ブランドである、と

いう「他とのちがい」がなければならない。

また、ブランドには関係者全員が共通認識と

する、地域色を反映したストーリー(哲学)

が必要である。その土地ならではの歴史や自

然、生活を上手く組み合わせることで哲学は

生まれる。地域と地域発の商品が哲学を持つ

ことで、その哲学に惚れ込んだファンが生ま

れ、地域と商品の相乗効果はより一層高まる。

広告会社は、地域のアドバイザーとなり、

「他とのちがい」が商品に表れているか、ス

トーリーにきちんと地域色が反映されている

かを見守る。STEP3に関しては、広告会社

は見守る程度でよいと思っている。自分たち

が行ってきたブランドづくりのノウハウを、

地域の人々と共有し、「ブランドとは何か。」

をアドバイスする。ブランド=高級品と思い

がちであるが、決してそうではない。地域ブ

ランドは、その地域のストーリーと地域色が

詰まったものであればよい。したがって、地

域が背伸びをして、継続して運営できないよ

うなハコモノを作ったり、身の丈に合わない

キャンペーンをしたりしないように推進組織

の第三者的メンバーが見守るのである。

地域ブランドづくりの流れを見てわかるの

が、地域ブランドづくりの成功には緻密な計

画と、それを継続して行うための熱意や体力

がいるということである。この大変さに気づ

かないで地域ブランドづくりをスタートする

と、一時的なメディアへの露出で終わってし

まったり、途中で事業自体を投げ出したりす

ることになる。

地域ブランドづくりは、ソーシャル・ビジ

ネス的要素を多く含む。したがって、地域ブ

ランドがお金になるには、きちんとした仕組

みとかなりの体力が必要になる。ユヌスは著

書『ソーシャル・ビジネス革命』で、「ソー

シャル・ビジネスは、飢饉、ホームレス、病

気、公害、教育不足など、長きにわたって人

類をむしばんできた社会問題、経済問題、環

境問題の解決に専念するビジネス」であると

述べている。地域ブランディングに取り組む

には、自社の利益よりも、他社の利益のため

に動く姿勢が必要になる。しかし、利己心と

ソーシャル・ビジネスとしての地域ブランドづくり

第四章

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私の言いたいこと <新人部門>

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利他心の両立を目指すビジネスに取り組むこ

とで、社会は人間にとって一段と住みやすい

ものになる。これはまさに広告会社が自身の

クリエイティビティを活かして行うべきコミュ

ニケーション・デザインであり、ここに広告

会社が地域ブランドづくりに取り組む意義が

あると感じている。

地域ブランディングが中途半端に終わって

しまう他の理由として、事業の目標となる出

口を設定していないことがある。ここでいう

出口とは、地域で開発した商品が販売・利用

される場のことである。具体的には、地域性

に特化した百貨店での物産展や、地域産品イ

ベント、アンテナショップでの販売に加え、

レストランやホテルといった卸し先が考えら

れる。今の地域ブランドづくりで不足してい

るのは、この出口である。せっかくゼロから

スタートして、作り上げた地域産品も、出口

がないために在庫だけが増えてしまってい

る。最も重要なことは、目標となる出口を明

確に描いた上で地域ブランドづくりを推進す

ることと、地域ブランドによる一連の流れが

持続可能な地域社会の構造を作り上げる、と

いうことなのである。

私は、地域ブランドづくりに着手する広告

会社は、きちんと最後まで役目を果たすべき

だということを言いたい。地方出身者として、

首都圏の広告会社に入社した人間として、互

いが知恵や資産を持ち合わせることができれ

ば、きっと日本をもっと元気にすることがで

きるはずだと思う。東京オリンピックの開催

まで、あと6年。日本の魅力は東京だけでは

ないことをこの機会にアピールできるだろう

か。都市部だけにスポットライトが当たるの

ではなく、それぞれの市町村が主役になれる

持続可能な地域づくりを目指して、地域ブラ

ンドづくりは今、見直しの時を迎えていると

考える。

●参考・引用文献

田中章雄(2012),『地域ブランド進化論 資源

を生かし地域力を高めるブランド戦略の体系と

事例』(繊研新聞社)

ムハマド・ユヌス(千葉敏生訳)(2010),『ソー

シャル・ビジネス革命 世界の課題を解決する

新たな経済システム』(早川書房)

鈴木浩(2011),『日本版コンパクトシティ 地

域循環型都市の構築』(学陽書房)

株式会社ブランド総合研究所,「第1回:地域ブ

ランドとは?~地域ブランドの定義」,(http://

tiiki.jp/column/brand_manual/manual_v01.html),

2013.9.1

財団法人 九州地域産業活性化センター,「~地

域ブランド新時代にむけて~ 地域ブランドづ

くり実践行動マニュアル 地域ブランドづくり

による地域再生の調査研究報告書(本編)」,

(http://www.kiac.or.jp/var/rev0/0000/3182/ma

nual.pdf),2013.9.15

地域ブランドの出口をつくること第五章

まとめ

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私の言いたいこと <新人部門>

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1-1.父親の病気と死2年ほど前、父を亡くした。初めての葬儀

であり、しかも実の父親の葬儀という自分の

中で受け入れ難い場ではあったのだが、葬儀

店の方々の仕事を肌で感じた経験が、「伝え

たい」と「伝わる」を近づけ「好動(こうど

う)」(喜んで行動を起こすことを「好動」と

定義する)をつくる広告の仕事について入社

前に考えるヒントになっていく。それについ

て私は、入社して携わっている「プランニン

グ」の視点で論じていきたい。

父の病気がわかったのは亡くなる1年ほど

前だった。耳が痛いと会社を休み病院に行き、

脳に問題があることが判明した。「1年間の

生存率は50%」、そう主治医に聞かされた。

スポーツマンで人間ドックはほぼ満点、バリ

バリ働いていた父が徐々に話を理解できなく

なり、会話もできなくなっていった。父が亡

くなった際、覚悟はしていたものの、何も考

えられない精神状況だった。そのような中、

急いで葬儀の準備をしなければならず、私は

かろうじて葬儀店に友人が就職したことを思

い出し、電話をかけた。

1-2.葬儀で感じた広告会社の仕事とのリンクその縁もあり友人が勤める葬儀店に依頼す

ることに決めたが、葬儀までの1週間近く、

担当の方が何度も家に足を運んでくださっ

た。葬儀のご案内をする人数、場所など段取

りの話から、父の好きな物などの話まで引き

出してくださった。母や私はまだ実感がない

ままだったが、その方を頼りにしながら準備

を進めた。何度も相談を重ねるうちに母や私

もいつのまにか「返礼品は来てくださる方に

役立つものにしよう。」などと葬儀をできる

だけいいものにしようと注力していた。

葬儀当日、会場には父が好きだったマウン

テンバイクやサボテンなどが飾られ、葬儀店

の友人が作ってくれた家族写真のパネルも飾

られた。とても悲しかったが、父らしい素晴

らしい式だった。参列してくださった皆様に

も「よかった」と言ってもらえた。

佐藤 美沙 ㈱ジェイアール東日本企画さとう みさ

葬儀店の仕事から感じた広告の仕事~肌感覚で「好動」を生む~

この度は新人部門に入選させていただきまして、驚きと共に大変嬉しく思っております。ありがとうございます。自分が「伝えたい」ことが、人に「伝わる」文章は、一人の力では書けない、と心底感じた経験でした。今回の入選は、先輩方のご指導があったからこそです。お忙しい中、お世話になった先輩方にこの場をお借りして心から御礼申し上げます。これから仕事でもクライアントの「伝えたい」が「伝わる」に変わるようなお手伝いをさせていただきたいと思います。

入選 テーマ 自由

葬儀店と広告会社第1章

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私の言いたいこと <新人部門>

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私は当時、広告会社への就職が決まってい

たが、そのときふと思ったことがある。

「広告会社の仕事は、こういうことなので

はないか。」

何度も遺族のもとに通い会話をして、遺族

と参列者、両方の想いを汲み取ってセッティ

ングをする。遺族が「伝えたい」と思ったこ

とが“ちゃんと”参列者に「伝わる」ように

することで参列者の心を動かし、「よかった」

という発言に繋げる。

クライアントと生活者を深く理解した上で、

クライアントの「伝えたい」を生活者に「伝

わる」ようにし、生活者に購買などの「好動」

を起こさせる。広告の仕事は今回の葬儀店の

仕事とリンクするのではないか。私は葬儀で

はなく広告を通じて、今回の葬儀店の方のよ

うな「好動」をつくりたいと思った。

1-3.「伝えたい」と「伝わる」の乖離一方で「伝えたい」と思ったことが、相手

に「伝わらなかった」例も知った。ある女性

の身近な方が亡くなった。その次の日は、女

性の誕生日だったそうだ。誕生日当日、彼女

のFacebook上では「誕生日おめでとう」と

いうコメントがたくさん掲載された。しかし、

当日彼女の隣にいた人は「おめでとう」とは

言えなかったはずだ。

Facebook上の友達も「彼女のことを思っ

ている」という気持ちを「伝えたい」と思っ

ている点では隣にいた人と同じだ。しかし、

彼女の状況を直接知らなかったために、彼女

に「伝わった」ことは「伝えたい」こととは

違うものになってしまった。直接相手を感じ

ることで、今は嬉しいのか悲しいのかなど状

況がわかり、何をどう伝えるべきか見えてく

る。そして「伝えたい」ことと「伝わる」こ

とは近づけることができる。

しかし広告会社では、すべての生活者に会っ

てその人のことを知り、伝えることはできな

い。では、どうすれば「伝えたい」ことが

「伝わり」、「好動」に繋げることができるの

だろうか。私は、入社して広告の企画を考え

たり調査をしたりする機会に恵まれた。その

中で「好動」に繋がるものをつくるために特

にプランニングにおいて必要だと感じたこと

を論じたい。

2-1.生活者としての「主観性」まず、一番に大切なのは生活者としての

「主観性」を持ち続けることだと考える。

入社して数ヶ月しか経っていないが、人の

心を動かすことを考え続けると生活者として

の感覚が薄くなってきてしまっているように

感じている。仕事をしている以上仕方がない

ことだと思うが、なるべく「生活者」に常に

近づいているべきだ。

『アカウントプランニングが広告を変える』

という書籍の中で、アカウントプランナーと

してスター的存在と言われている著者ジョ

ン・スティール氏は、主観性の必要性につい

て下記のように論じている。

「クリエイティブ開発の場においては、(中

略)プランナーはどこをどう手直しする必要

があるのかを読み取り、状況によってはコ

マーシャルの改善点、削除すべき点の提案ま

で行わねばならない。そこで必要なのは客観

性ではなく、主観性とクリエイティビティで

ある。」

プランナーというと、冷静に分析をして戦

略を立てるために客観性が重要だと思われが

ちだ。確かに客観的な視点を加えて広告主が

より納得できる企画にすることは大切だが、

場合によってはむしろ主観性が必要になって

くる。

私はまだプランニングにほんの少ししか携

わっていないが、企画を考える際、主観性の

「伝わる」をつくるために第2章

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重要性を感じている。何かアイデアを考える

時、そのタネになるのは、普通にスーパーで

買い物をしたり、公園にピクニックに行った

りして感じたことだったりするのだ。電車に

乗る、お祭りに行く、映画にいく等の時間を

意識的に作って普通の生活者として生活をす

ること、そのときの感覚を忘れないことが大

切だと考える。

2-2.足を使う→感じる〈セレンディピティ〉次に、行動して気づきを得る感性も大切だ

と考えている。

私は昨年まで就職活動をしていたが、その

際、企業のことを知るために私がやっていた

のは「ひたすらOB訪問」だった。その会社

で働いている方にとにかくお話を伺いに行く。

何人にも聞いてまわると、HPに掲載されて

いる「会社概要」を熟読する以上に、その会

社が大切にしている想いや姿勢を肌で感じる

ことができるのだ。

広告会社でクライアントと向き合う際も同

様だと思う。クライアントが大切にしている

志を理解するためには、会って話すことがな

により重要だと考えている。それは営業職だ

けではなく、現在のプランニング職において

も同じである。

生活者に対しても、なるべく足を使って感

じにいくことが重要だと考える。現在、情報

や調査データなどはインターネット上で簡単

に手に入り、それを元に企画もできてしまう。

しかし、それでは本当に生活者の心を動かす

企画はできないはずだ。生活者を感じて、そ

れをヒントに「生活者の心を動かせる」と自

分でも確信できる企画にすることが必要なの

ではないか。

一例として、R25創刊のエピソードを紹介

したい。R25創刊者の藤井大輔氏は、創刊の

際、ビジネスマンのインサイトを探すのに苦

労した。最終的にそれが発見できたのは通常

の調査ではなく、「居酒屋インタビュー」の

場だった。ターゲットにしていたM1層は

「なんとなく広がる社会の閉塞感の中で『何

とかしなきゃ』『変わらなきゃ』と思ってい

る」人たちだそうだ。その特徴は、M1層自

身ですら自覚していなかったはずだ。それが

顔を突き合わせて話をし、藤井氏が相手のこ

とを感じ取る力があったからこそわかったの

だ。そして「ちょうど首都圏の電車で駅一つ

分の移動で読める分量のコラム」という、現

在も人気の高い、今までにない雑誌R25が生

まれることになった。

行動し気づきを得るために重要なのが「セ

レンディピティ」という概念だと考える。セ

レンディピティは「偶然の幸運に出会う能力」

と訳されている。脳科学者・茂木健一郎氏は、

セレンディピティを高めるために必要な要素

としては「行動」、「気づき」、「受容」として

いる。このセレンディピティは、広告の企画

を考える際も決してインターネット上のデー

タを見ているだけでは高められないと思う。

まず足を使うこと。クライアントや生活者が、

何を見て、何を感じ、何を求めているのかを

知りに行く。そしてその先に気づきを得て、

受け取る力があるからこそ、セレンディピティ

を得られるのだと感じる。そしてそれが人の

心を動かす企画に繋がっていくと考える。

2-3.それでも強いデジタルの力前章「1-3『伝えたい』と『伝わる』の乖

離」では、デジタル上でしか相手の状況を知

らなかったがために「伝えたい」と「伝わる」

が乖離してしまう例を紹介した。しかし、デ

ジタルを介して相手のことを知りコミュニケー

ションすることが全て間違っていると言って

いるのではない。

私は「1人暮らしの料理【かんたん節約レ

シピ】」というレシピ紹介のFacebookページ

(http://www.facebook.com/recipe.recomme

nd)を作成している。平日の夕方にレシピ

を配信しており、1,200人程度の方が読んで

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私の言いたいこと <新人部門>

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くださっている。その中でまったく知らない

人からでも「これおいしそう!作ります!」

というコメントを頂いたり、「いいね!」が

増えたりすると嬉しい。「このレシピいいな」

と「伝えたい」と思っていることが、私の状

況を直接知らない方からでもデジタルを介し

て私にちゃんと「伝わって」いる。

これは個人的な例だが、クックパッドもデ

ジタルにより「伝えたい」と「伝わる」を繋

げることができている例だ。クックパッドユー

ザーは少なくない時間をかけてレシピを投稿

する。報酬はなくとも知らない人からの「あ

りがとう」というメッセージをモチベーショ

ンに2013年9月現在、150万以上のレシピが

投稿されている。これは、会って話すことに

比べ深さはないものの、相手を直接知ってい

る土台がなくてもデジタルを介して「伝えた

い」が「伝わり」、「好動」を起こせていると

いえるだろう。

『明日のコミュニケーション』で佐藤尚之

氏は「RTやいいね!は自分の共感を友人に

伝える、控えめながらも立派な発信」と言っ

ている。RTはただ引用しただけのように見

えるが、「このツイート面白い」と発信した

ことになる、ということだ。ブログが流行し

ていた時代にはただ記事を読むだけだった人

が、RTやいいね!などを利用することで発

信者になったという。

人とコミュニケーションをする際、常に会っ

て話そうと思っても限界はある。そのような

中、デジタルを利用すれば多少なりとも相手

のことがわかり、時間をかけず離れた場所へ

も、気軽な気持ちで発信ができる。クライア

ントの「伝えたい」が生活者に「伝わる」→

その生活者が「好動」し、さらに周りの人に

「伝えたい」と思う→そこでデジタルの力を

持った生活者から、別の生活者に「伝わり」、

さらに多くの「好動」が生まれる。そこまで

広がりをつくることが現在の広告には求めら

れているのだろう。

3-1.「好動」を生む広告、生まない広告以前、「最初の晩餐」と書かれたの味の素株

式会社の雑誌広告に出会った。何人もの赤ちゃ

んがご飯を食べ「硬い」「粉っぽい」「塩っぱ

い」などそれぞれの味を感じている姿が並ぶ。

この広告を目にして以降、私は同社の製品を

よく購入するようになった。「味わい豊かな

食を通じて日本の未来をつくっていく子ども

たちの、毎日の晩餐を応援しています」とい

うメッセージが私に「伝わった」ことで、

「好動」が生まれたといえる。

一方で、好きな広告に出会っても「好動」

に繋がっていないこともある。人を動かすと

いうのは相手に面と向かって説得しても容易

ではなく、しかも直接会わずにメディアを通

じて伝え行動を起こさせることは、より一層

難しい。それでも生活者に喜んで「買いたい」

と思わせ、「好動」を生むような広告をつく

るためには、前章に記したこと以外に、もう

一つ重要だと考えることを最後に書きたい。

3-2.広告で「好動」をつくる「好動」をつくるために、最後に必要なの

が「伝わる」ように相手に合わせて「伝える」

姿勢だと考える。

私は以前、ブックディレクターの幅允孝

氏に話を伺う機会があった。幅氏は本を読

む楽しさを伝えるために、書店以外で本を

手に取る機会をプロデュースされており、

「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」をはじ

めカフェや国立新美術館、東急ハンズなどに

おいても「本」を切り口にした新しい場をつ

くり出している。

「人が本屋さんに足を運んでくれないのな

ら、人がいる場所に本を持っていけばよいと

「好動」をつくるために第3章

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いう発想になったんです。」

広告もそうだが、あることに対して興味を

持って欲しいと「伝えたい」と思う相手は、

それに対して興味がないことも多々ある。そ

のため、ただ伝えてもたいてい伝わらない。

そこで、幅氏が「書店に人を集める」のでは

なく、「人がいる場所に本を持っていった」

ように、「伝えたい」相手に合わせることが

「伝わる」をつくる上で重要だと思う。

前述の「最初の晩餐」の広告は、料理雑誌

に「鶏肉カブおろし煮」など料理名と簡単な

レシピと共に掲載されていた。「料理をしよ

う」という気持ちで料理雑誌を読んでいる時、

レシピ付きの広告に目がいき、さらに料理と

関係するメッセージに感銘をうけたことで、

「好動」に繋がった。これは、私という生活

者がよく理解された上で私に「合わせた」広

告だったと考える。

『明日の広告』で佐藤尚之氏は「広告は消

費者へのラブレター」として「ラブレターが

相手の手に届きにくくなった。」「ラブレター

自体に興味をなくしている。」と述べている。

いわば、広告の発信者側はモテなくなってし

まったというのだ。では、そのようなモテな

い人間が広告というラブレターをどう渡せば

いいのか、そこで大切なのは「相手の趣味や

行動を調べ、よくよく観察し、相手の身になっ

てみる。」「相手の行動を待ち伏せし、確実に

ラブレターを渡す」ことだとしている。

このように、自分が伝えたいように伝える

のではなく、相手がいる場に行き、相手に

「伝わる」ように「伝える」、それによって相

手に興味を持ってラブレターを読ませること

ができるようになると考える。

ネット上のデータで「人」を把握している

ように錯覚している気がする。何か伝えたい

相手が目の前に座っていてもついメール送信

で済ましてしまう。そうではなく自分自身も

普通の生活者として生活をし、実際に足を運

んで生活者の気持ちを感じる。そしてクライ

アントのことはクライアントと会って話して

感じ取る。その上で、伝えたい相手がいる場

所で、相手に「伝わる」ように「伝える」。

「ビッグデータ」と騒がれ、社会全体がデータ

化される時代、デジタルツールを利用し簡単

にコミュニケーションできる時代だからこそ、

人と人との間で生まれる肌感覚こそが重要な

のではないか。それによって、広告は生活者

の心を動かし「好動」させるビジネスができ

るようになるのではないだろうか。簡単なこ

とではないと思うが、「伝えたい」がちゃん

と「伝わり」、「好動」に繋がる広告をつくっ

ていきたい。

●参考文献

ジョン・スティール(丹治清子,牧口征弘,大

久保智子訳)(2000),『アカウント・プランニン

グが広告を変える』(ダイヤモンド社)

藤井大輔(2009),『「R25」のつくりかた』(日本

経済新聞出版社)

佐藤尚之(2008),『明日の広告』(株式会社アス

キー・メディアワークス)

佐藤尚之(2011),『明日のコミュニケーション』

(株式会社アスキー・メディアワークス)

●引用

「1人暮らしの料理【かんたん節約レシピ】」,

(http://www.facebook.com/recipe.recommend)

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私の言いたいこと <新人部門>

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2013年現在、ウェアラブルデバイスなるも

のが次世代の技術として注目されている。本

論文では、ウェアラブルデバイスがどのよう

なものかを説明した上で、広告・コンテン

ツ・メディアにいかなる影響を及ぼしていく

か、記述することにする。

井上 雄太いのうえ ゆうた

ウェアラブルデバイスとメディアの変遷

このたびは、一般社団法人日本広告業協会主催・第43回懸賞論文にて、入選を頂きまして、誠にありがとうございます。大変光栄に存じます。今回の論文に書いたウェアラブルデバイスのような次世代技術がメインストリームになる頃には、我々若手世代が責任ある立場で、それらと向き合わなければなりません。その意味で言うと、非常に重みのある入選を頂いたと考えております。今後とも、皆様のなお一層のご指導とご鞭撻をお願い申し上げ、御礼のご挨拶とさせていただきます。

入選 テーマ 自由

㈱博報堂DYメディアパートナーズ

久保 翔達くぼ しょうた

このたびは、私どもの書いた論文がJAAA懸賞論文に入選したとのこと、誠にありがとうございます。私は昨年度4月に博報堂DYメディアパートナーズに入社したばかりですので、メディアやデバイスについては右も左も分からないまま執筆を始めました。いま論文を読み返してもところどころに未熟さが目立つのですが、自身が日頃考えていることが人の目に触れ、評価されたことは大変光栄に思います。本当にありがとうございました。

㈱博報堂DYメディアパートナーズ

霜田 愛美しもだ まなみ

この度は名誉ある賞にお選び頂き大変光栄に思います。日本広告業協会の皆様、お世話になっている皆様、共同執筆者の2人に感謝致します。学生時代はITベンチャーで起業し、スマートフォンアプリやWebサービスの開発をしておりました。広告とテクノロジーの進化には密接な関係があり、革新的な未来が訪れると信じています。今後もウェアラブルデバイスとメディアの変遷に注目し、仲間とともに未来を創っていきたいです。

㈱博報堂DYメディアパートナーズ

はじめに

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ウェアラブルデバイスとは、マサチューセッ

ツ工科大学(MIT)のメディアラボで最初に

提唱された概念で、「服やカバン、腕時計の

ように身につけて(wear)利用するデバイ

ス」のことを総称する(注1)。

ウェアラブルデバイスは、その装着方法・

形状によってスマートグラス・スマートウォッ

チの2種類に大別できる。スマートウオッチ

は、「時計型の端末で、時間に加え、メール

着信や天気など各種情報の表示、内蔵された

センサーによるバイタルデータ(体温、血圧

など)の検知・収集が行えるもの」と定義で

きる。スマートグラスは、「頭部に装着して

視覚的なAR(拡張現実)を伴う眼鏡型のディ

スプレイ端末で、バッテリー、無線機能を搭

載し、さまざまな情報を表示できる他、音声

入力による操作が行えるもの」と定義できる。

両者の違いとしては、スマートウオッチは視

覚的なAR(拡張現実)を伴わないが、スマー

トグラスはAR(拡張現実)を伴って身体と

環境をつなぐ機能を持つ点が挙げられる。

次に、スマートウオッチ・スマートグラス

の市場規模をそれぞれ見てみる。2012年のス

マートウオッチの世界出荷台数は95万台であ

るが、大手IT機器メーカーの市場参入が見

込まれる2014年は3500万台に、2016年には1

億台に達すると予測する。一方、ヘッドマウ

ントディスプレイを含む、2012年のスマート

グラスの世界出荷台数は15万台であるが、

2013年は45万台を見込むが、2014年の第4四

半期以降になると、スマートグラス市場に参

入する企業が増え始め、2016年には1000万台

にまで急成長すると予想する(注2)。

以上のように、2013年現在から数年後の、

2010年代中盤頃までには、ウェアラブルデバ

イスが市場を席巻していることが予測されて

いるが、ウェアラブルデバイスの登場により、

人々の暮らしはどのように変化するのであろ

うか。

20年ほど前に「ユビキタスコンピューティ

ング」という言葉が現れて以来、誰もが簡単

にコンピュータにアクセスでき、その恩恵を

受ける時代がくるであろう、という予測がさ

れてきた。「ユビキタスネットワキングへの

道」(注3)では、こうした社会の構築に必要な

アプリケーションシナリオと技術的な課題が

述べられているが、その目的はいずれも「ネッ

トワークに偏在するコンピューティング/コ

ンテンツ資源を自在に利用できるネットワー

クを構築し、これらの資源を全人類で共有す

る」ことであるといえよう。さらにいえば、

10年前の人類はまだ、デバイスを媒介してコ

ンピュータにアクセスし、より便利な生活を

手にすることを目指していた。ところがウェ

アラブルデバイスの出現は、人類とデバイス

の関係を「逆流」させはしないだろうか。

ウェアラブルデバイスの特徴は何と言って

も、身体と外界の両側をセンサリングし、何

らかのアクションによって両者の摩擦を軽減

してくれるところだ。SNSや音楽プレイヤー

など小型コンピュータとしての機能に加え、

スマートグラスはARによって交通情報を

補ってくれるし、スマートウオッチは心拍

数と同期してライフログを収集してくれる。

もう一つ忘れてはならないのが、ウェアラブ

ルデバイスは常に装着することを前提として

いるので、ユーザーが意識して使用するもの

ではない、という点である。これらの特徴は、

1990年代後半からヨーロッパを中心に広がっ

ていった「アンビエントインテリジェンス」

ウェアラブルデバイスの概論

ウェアラブルデバイスがもたらすデバイスと人間の関係性

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私の言いたいこと <新人部門>

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を、ようやく実現に近づけたように思える。

「アンビエントインテリジェンス」とは、身

体を取り囲むあらゆる環境をITによって知能

化し、それらをネットワークでつなぐことに

よって、人間がもとめることをわざわざ指示

せずとも自ら実現してくれる、というコンセ

プトである。ここでいう環境とはもちろん時

間や気温だけなく、交通情報やスケジュール

や経済を含む、身体以外の事情を指す。

2000年代初頭、我々は「アンビエントイン

テリジェンス」という考えを持ちつつも、そ

の実現には遠く及ばず、技術の行く末は「便

利な生活を実現するためのデバイス」に向

かっていた。しかしウェアラブルデバイスの

出現によって今まさに、身体がデバイスを利

用し環境に寄り添う関係から、デバイスが身

体に寄り添い、環境との摩擦を軽減してくれ

るという関係へ、移り変わろうとしているの

である。

しかしながら、機器端末としてのウェアラ

ブルデバイスが発展・進化を遂げたところ

で、「アンビエントインテリジェンス」の考

えは実現し得ない。なぜなら、デバイスが環

境の情報を取得することは、機器端末として

のウェアラブルデバイス、とりわけセンサー

機能の発展・進化により実現可能であるが、

デバイスが環境に適合したアウトプットをす

ることは、「身体を取り囲むあらゆる環境を

ITによって知能化」することが必要だから

である。その具体的な内容は、どのようなも

のであろうか。

ウェアラブルデバイスの普及により、取得

できる個人の情報は、その種類・量・質とも

に、従来のデバイスに比べて飛躍的に増加・

向上することになると考えられる。それによっ

て、下記の事柄が実現可能になると予想でき

る。

まず、ウェアラブルデバイスによって得ら

れた多数の個々人の情報を集約・分析するこ

とによって、個々人の趣向を予見するシステ

ムが構築可能になると考えられる。これは、

ビッグデータと呼ばれるものだ。すなわち、

多数の個々人から集めた情報、たとえば視界

情報・音声情報・位置情報・脈拍などの生理

情報・デバイス操作の挙動などを分析するこ

とにより、人々が何を欲しているのか、人々

が何をして欲しくないかなどについて一定の

傾向を導き出すことがきる。(なお、ビッグ

データについては、日進月歩の進化を遂げて

おり、現在では現実に利用されている技術と

なっている。ビッグデータについては、昨年

の論文(注4)に譲りたい。)

そして、ウェアラブルデバイスにより取得

された個人の情報を、上記ビッグデータで得

られた傾向に当てはめることにより、従来よ

りも精密かつ多面的な切り口で、個人の趣向

を分析することができるようになると考えら

れる。たとえば、従来のインターネット広告

であれば、インターネットの回遊履歴を基に

して個人の趣向に合わせた広告を掲載するこ

とが出来るにすぎないが、ウェアラブルデバ

イスの場合、あらゆる種類のライフログを切

り口に、しかも詳細な個人の情報に基づいて

広告をターゲットに向けて掲載することが可

能になるのである。

以上一連のシステムにより、「身体を取り

囲むあらゆる環境をITによって知能化し、そ

れらをネットワークでつなぐ」ことができ、

デバイスが環境に適合したアウトプットをす

ることが実現可能になる。すなわちビッグデー

タの存在は、機器端末としてのウェアラブル

デバイスの発展・進化と密接不可分である。

よって、機器端末としてのウェアラブルデバ

イスに、ビッグデータを含んだシステム自体

背景技術としてのビッグデータ

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が、「ウェアラブルデバイス」として総称さ

れるべきであると言える。

以上にて、ウェアラブルデバイスの展望に

ついて述べた。それでは、このようなウェア

ラブルデバイスが普及した環境の中で、広告

とコンテンツはいかなる変容を遂げると考え

られるだろうか。

我々がもっともなじみ深く古典的なコンテ

ンツと広告の関係といえば、コンテンツとコ

ンテンツの間に広告がはさみ込まれているも

の方式が挙げられる。たとえば、テレビやラ

ジオのスポット広告・雑誌やインターネット

の純広告のようなものである。これらは、人々

が欲している情報であるコンテンツをインセ

ンティブに、生活者が特に欲してはいない情

報である広告を見せる方法、であると評価で

きる。

しかしながら、「アンビエントインテリジェ

ンス」によれば、我々が意図せずして快適な

環境を手に入れることができる。すなわち、

ウェアラブルデバイスの利用者が欲している

情報を、ウェアラブルデバイスが見繕って提

供することが可能になるのである。この意味

でいえば、ウェアラブルデバイスの利用者は、

欲しい情報のみ与えられることが当然となっ

ているため、広告は、非常にコンテンツに近

い形に進化しなければならないと我々は考え

る。(詳細については、【結びに】にて述べる

ことにする。)

以上のように広告とコンテンツが進化を遂

げるとして、メディアビジネスはどのように

進化するのであろうか。

これまでのメディアビジネスは、程度の差

さえあれ、コンテンツとコンテンツの間に広

告を挿入し、その対価として広告収入を得て

いた。また、一方でコンテンツの受け手の環

境情報を汲み取ることは稀で、ある程度一方

的に配信されていた。しかし今後は、デバイ

スが個々人の環境状況を汲み取り、広告に反

映させることができるため、従来のメディア

ビジネスでは当然であった「枠概念」が希薄

になることも考えられる。

これまでに述べてきたように、ウェアラブ

ルデバイスは人間とコンピュータとの付き合

い方を変え、データの質を変え、ひいてはメ

ディアを変える。「アンビエントインテリ

ジェンス」の中で我々が意図せずして快適な

環境を手に入れるかたわら、我々の体験と身

体の状態は隅々まで情報化され、再び環境を

構築する要素になる。この循環の中でメディ

アは、垣根を超えて自由に干渉し合い、統合

と分離を繰り返すに違いない。なぜならウェ

アラブルデバイスを身にまとった我々はい

ま、動画を見ているのかテレビが映っている

のか、音楽を聞いているのかラジオが流れて

いるのか、地図を読んでいるのか道案内され

ているのか、区別しなくなるからだ。メディ

アだけでなくすべての機器が「アンビエント

インテリジェンス」に従うとすれば、我々は

さらに積極的にモノに触れようとはしなくな

る。我々が体験した(あるいは体験するであ

ろう)情報を、すでにデバイスは知っていて、

我々よりも先に対応してくれる。寒いと感じ

る前に、部屋は温度を取り戻しているのだ。

広告とコンテンツの関係

メディアがとるべき方向性

結びに

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私の言いたいこと <新人部門>

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メディアの垣根が低くなったとき、それぞ

れのコンテンツは「体験」となり統合される。

我々はその中を通過することで、潜在的な欲

求を満たすことができる。そうなれば、未来

の広告はどうあるべきか。当然、コンテンツ

の隙間に入り込んで「体験」を一時停止させ

るものであっては、「アンビエントインテリ

ジェンス」の循環を破壊してしまいかねない。

デバイスが人間の潜在的な欲求を自発的に満

たしてくれるのであれば、広告も当然、ユー

ザーが自覚していないニーズに応えるもので

ある必要がある。むしろ、そうした特徴は広

告の最たるものではなかっただろうか。

ネイティブアドとは、メディア内でコンテ

ンツと同様、もしくはコンテンツに近い形で

掲載される広告だが、ウェアラブルデバイス

が充分に普及した世界では、このネイティブ

アドの在り方が重要になってくる。人類が必

要な情報を自ら探しにゆく必要がなくなった

時代、広告はユーザーが直感的に「受け入れ

たい」と思えなければならないし、またそこ

に入り込む余地は充分にあると我々は考える。

●参考文献・引用文献

注1)IT用語辞典 e-words, 「ウェアラブルコン

ピュータ 【 wearable computer 】 ウェアラブ

ル端末」,(http://e-words.jp/w/E382A6E382A

7E382A2E383A9E38396E383ABE382B3E383B3

E38394E383A5E383BCE382BF.html),2013.9.2

注2)矢野経済研究所(2013),「2013年版 スマー

トフォン連携サービス・機器市場展望」

注3)森川博之・南正輝・青山友紀(2002),

『ユビキタスネットワキングへの道』,(一般社団

法人情報処理学会)

注4)澤田有彩美(2013),「広告会社と『ビッグ

データ』の付き合い方 ~変わらない価値観を

大切にして、強くなる~」※第42回懸賞論文 私

の言いたいこと新人部門・入選作品(一般社団

法人 日本広告業協会)