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中学校社会科のしおり 2016 ① 大洋の名称 面積(単位:10 6 ㎢) 太平洋 166.2 大西洋 86.6 インド洋 73.4 1  “小さなアクティブ・ラーニング”を 導入した授業の例 アクティブ・ラーニング(以下,AL)は次 期学習指導要領の目玉の一つといわれていま すが,多大な時間を要するALの導入は困難 と感じている先生も多いのではないでしょう か。そこで,5~10分程度で取り組み可能な “小さなAL”を取り入れた授業を提案したい と思います。例えば,『社会科 中学生の地理』 (以下,教科書)p.2~3「1 地球をながめて」 を,“小さなAL”を組み合わせて再構成する とどうなるでしょうか。次の課題1~4から 適宜選択し,3~4名のグループ単位で話し 合いながら取り組ませるプランです。 課題1:三大洋の大きさ比べ 地球儀で太平洋,大西洋,インド洋の三つ の大洋を確認し,大きさを比べてみましょう。 順位をつけたら,次に太平洋は大西洋の,大 西洋はインド洋の約何倍の大きさか,地球儀 や世界地図を見て比べてみましょう。 課題2:各大洋間の境界線はどこ? 三大洋の大きさは『理科年表』によると次 の通りです。 ところで,地球儀を見ればあきらかなよう に,海はつながっています。しかし面積が算 出できるということは,三大洋の境界,範囲 がはっきりしているからに違いありません。 では,三大洋の境界線はどこに引かれている のか,予想し合ってみましょう。 図1  『社会科中学生 の地理』p.3 中学校社会科で 実現可能なアクティブ・ラーニングを考える 帝京大学教職大学院教授 元文部省初等中等教育局教科調査官 澁澤文隆 A L 教科書を使った“小さなアクティブ・ラーニング”を! c t i v e e a r n i n g ~地理の最初の授業を例に~

教科書を使った“小さなアクティブ・ラーニング” …...学の016① 大洋の名称 面積(単位:106 ) 太平洋 166.2 大西洋 86.6 インド洋 73.4

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  • 中学校社会科のしおり 2016 ①

    大洋の名称 面積(単位:106㎢)

    太平洋 166.2

    大西洋 86.6

    インド洋 73.4

     1 �“小さなアクティブ・ラーニング”を�導入した授業の例

     アクティブ・ラーニング(以下,AL)は次期学習指導要領の目玉の一つといわれていますが,多大な時間を要するALの導入は困難と感じている先生も多いのではないでしょうか。そこで,5~10分程度で取り組み可能な“小さなAL”を取り入れた授業を提案したいと思います。例えば,『社会科 中学生の地理』

    (以下,教科書)p.2~3「1 地球をながめて」を,“小さなAL”を組み合わせて再構成するとどうなるでしょうか。次の課題1~4から適宜選択し,3~4名のグループ単位で話し合いながら取り組ませるプランです。

    課題1:三大洋の大きさ比べ

     地球儀で太平洋,大西洋,インド洋の三つ

    の大洋を確認し,大きさを比べてみましょう。順位をつけたら,次に太平洋は大西洋の,大西洋はインド洋の約何倍の大きさか,地球儀や世界地図を見て比べてみましょう。

    課題2:各大洋間の境界線はどこ?

     三大洋の大きさは『理科年表』によると次の通りです。

     ところで,地球儀を見ればあきらかなように,海はつながっています。しかし面積が算出できるということは,三大洋の境界,範囲がはっきりしているからに違いありません。では,三大洋の境界線はどこに引かれているのか,予想し合ってみましょう。

    図1 �『社会科�中学生の地理』p.3

    中学校社会科で実現可能なアクティブ・ラーニングを考える

    帝京大学教職大学院教授元文部省初等中等教育局教科調査官 澁澤文隆

    A L教科書を使った“小さなアクティブ・ラーニング”を!

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    ~地理の最初の授業を例に~

  • 中学校社会科のしおり 2016 ①

    課題3:大陸と州の大きさ

     アフリカと北アメリカ,南アメリカは大陸名と州名が一致していますが,面積は大陸と州のどちらのほうが大きいか(それとも同じか),理由も含めて考え,判断してみましょう。

    課題4:大陸と島の違いは?

     オーストラリアとグリーンランドはどちらも周囲を海に囲まれていますが,オーストラリアは「大陸」,グリーンランドは「島」として扱われています。両者は何が違うのか,考えてみましょう。

    【解答と解説】

    課題1:三大洋の大きさ比べ

     課題1は,これまでじっくりながめたことがなかった地球儀で行う作業であり,そして目測,目分量で行う作業ですから,答えは必ずしも明確には出てきません。だからみんなの課題になります。そこで,地理的分野の最初の学習で,のびのびと話し合い,自分たちなりの答えを調整するような課題として設定しました。 この作業を,地球儀だけでなく教科書p.3

    「④大陸と大洋の名前と位置」(ほかのミラー系の世界全図でも構いません)の両方で行えば,教科書p.10~11「4 地球儀と世界地図の違い」の予習になるでしょう。ただし,ここでは地球儀と地図の違いには深入りせず,生徒たちからなにげなく「地球儀と世界地図では大きさの関係が違って見える」,「おかしい!地球儀と世界地図では答えが違ってきてしまう?」などといった声がもれてくるような体験がさせられれば十分と考えます。

     なお,教科書の構成は,最初に陸地,次に海洋の順になっていることから,この地球儀と世界地図を使っての大きさ比べも,大陸から始めてもよいでしょう。その際には,世界地図は『中学校社会科地図』(以下,地図帳)p.1~3「①世界の国々」を使います。そうすると,地図上ではアフリカ大陸と北アメリカ大陸とではどちらのほうが大きいか,戸惑うことになるでしょう。しかし,地球儀で見ると明確にアフリカ大陸のほうが大きいことから,よりいっそう地球儀と世界地図の違いに関する疑問が出てくることになるでしょう。 両方を使用した場合,ここでの大きさ比べの結果は,地球儀の場合,世界地図の場合の二つに分けて報告させ,板書します。そして,なぜ両者の答えが違うかについては,教科書p.10~11の学習で改めて考えることを知らせます。 目分量ですから,比率は2.5などというように,小数第1位までで止めるよう指示します。また,教科書p.3「④大陸と大洋の名前と位置」の衛星写真,「⑤六つの州に分けられる世界」の地図は,ともにS字の大西洋の形状の全体がうまくとらえられないので,地図帳p.1~3の世界地図や地図帳p.72「①大西洋」の図などと併用するよううながします。 グループ活動の成果は報告,発表することを原則とし,ここでは各グループに答えをしっかり発表してもらい,板書します。そして,地球儀のほうの答えに着目し,課題2の表の数値を板書して大きいほうから順に太平洋,大西洋,インド洋となることを確認し,比率を計算します。太平洋は大西洋の約2倍(1.9倍),大西洋はインド洋の1.2倍です。 太平洋と大西洋は,北極から南極にかけて大きく広がる海洋ですが,太平洋は楕円形,

  • 中学校社会科のしおり 2016 ①

    大西洋はS字形をしており,大きさには約2倍の差があります。また,低・中緯度に広がるインド洋は,地図では大西洋と差があるように見えますが,理科年表による数値ではかなり接近しています。

    課題2:各大洋間の境界線はどこ?

     海はつながっていることはわかっていても,太平洋と大西洋の境界はどこか,などといったことをふだんはとくに意識していないでしょう。ですから,この課題は新鮮な驚きをもって生徒にむかえられると思います。グループのだれも答えを知らない(塾等で予習的に知る機会がない限りは…)ことから,戸惑いながらも予想し,みんなの意見を調整して決める協働的な課題となるでしょう。だからこそ,この課題も最初の授業に位置づけたいのです。 この課題の答えは,国際水路機関(IHO,国際水路機関条約によって1967年に設立され,2014年現在82か国が加盟。本部はモナコ)が編集・出版している『大洋と海の境界』の海図にもとづくことになります。 なお,各大洋間の境界線探しの作業を進めるにあたっては,地図帳p.9~10「世界の地形」,p.11~12「世界の気候」,p.58「②南極」などの地図を見比べることになるでしょう。なぜならば,「世界の地形」や「世界の気候」の地図は,南半球の各大陸と南極大陸との間が一部割愛されており,境界が見つけにくいからです。 太平洋と大西洋の境は,地図を見れば,南アメリカ大陸の南端部と南極半島を結ぶ線がうかび上がってくるでしょう。しかし,大西洋とインド洋の境は,アフリカ大陸と南極大陸の距離がはなれているだけに見つけにくい

    でしょう。それでもアフリカ大陸の南端部と南極大陸を結んだ線ということでおおよその見当をつけることができるでしょう。 インド洋と太平洋の境も,オーストラリアの北側と南側にわけて考えると,北側は大スンダ列島・小スンダ列島付近を結んだ線,南側はオーストラリアの南岸のどこかから南極大陸のどこかを結んだ線といった見当をつけることができるでしょう。 また,北極海との境は,太平洋の場合は,ベーリング海峡の両岸を結んだ線がすぐに思いうかびます。しかし,大西洋と北極海との境は,地図帳p.9~10などを見ても大きく広がっていることから検討しにくいでしょう。 IHOは,南緯60度以南の海域を南極海として認定しています。このため,各大洋間の境界線は,図3の通り,各大陸の最南端部を通る経線と南緯60度の緯線の交点というかたちできめられています。 オーストラリアの北側のインド洋と太平洋の境界線は,非公式ながらもIHOは,現時点ではマレー半島先端部から大スンダ列島,小

    図2 『中学校社会科地図』p.58

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  • 中学校社会科のしおり 2016 ①

    スンダ列島,ティモール海を通ってオーストラリアのケープヨーク半島先端部を結んだ線としています(地図帳p.33~34の地図でなぞってみるとよいでしょう)。 一方,太平洋と北極海の境界は公式に認定されており,ベーリング海峡のチェコト半島の東端とスワード半島西端を結んだ線となっています。しかし,大西洋と北極海の境界については今も公式見解はなく,一応,IHOはグリーンランド海,ノルウェー海と北極海との境界を結んだ線としています(図4)。 なお,この学習では,以上のようなそれぞれの境界線はどこかを知識化の対象とはせず,

    「海洋はつながっていても,各大洋間の境界はあるんだ!」ということを理解させるにとどめたいと思います。 ここで地球表面の海洋と陸地の面積の割合を確認し,「次は陸地に目を移そう!」と呼びかけ,教科書p.3⑤の地図を手がかりに,六つの大陸,六つの州を確認したうえで課題3に取り組ませてはどうでしょうか。

    課題3:大陸と州の大きさ

     この課題は小学校や塾で学習している可能性が高く,グループで考えるまでもなく,すぐに答えが出てしまうかもしれません。しかし,この段階でしっかり確認しておきたい事項なので,課題として設定しました。「州」はこれ以後の学習でも,地域区分に採用されていることから多用されますが,「大陸」はあまり使用されなくなります(地理学習では,アフリカなど,州と混同される形で使用されることはあります。歴史学習では,アフリカは大航海時代などでむしろ大陸としてしばしば使用されます)。それだけに,ここで両者の違いについて明確化しておきたいのです。 なお,教科書p.2の8行目末から「六つの大陸と数多くの島々があります」という記述があり,それに着目すれば答えはおのずから出てきます。すなわち,州は島をふくむけれど大陸はふくまないことから,州のほうが大きい,ということになります。 蛇足ではありますが,六つの大陸の境界はアフリカとユーラシアといった一部を除いて,周囲を海に囲まれていることもあり,明確であるといってよいでしょう。しかし,島をふくむ州の境界は,例えばカリブ海にうかぶ島々は南・北アメリカのどちらに属するか,アジアとオセアニアの境界はどこか,ヨーロッパとアジアのウラル山脈から南の境界はどこかなど,一応の見解はあるものの必ずしも明確になっていないところがみられます。ただし,ここでは教科書の記述に沿い,明確化していることを前提に,淡々と取り扱うようにしたいと思います(図1参照)。州別の区分が成り立たないと,次からの各州別の学習がやりづらくなるからです。

    図3・4ともに,澁澤文隆『中学校社会科定番教材の活用術(地理)─生徒の関心を喚起するアイデア集─』2010年,東京法令出版,p.15より

    図3 三大洋の境界

    図4 大西洋と北極海*南極海が認定される以前は,南極大陸に至るまでが各大洋の境界線であった。

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  • 中学校社会科のしおり 2016 ①

    課題4:大陸と島の違いは?

     これも小学校や塾で学習している場合があり,すぐに答えが出てしまうこともあるでしょう。しかし,既知のことでなければだれもが素朴にいだく疑問であり,全員の参加が期待できるでしょう。その場合は,いろいろな説が出されて大いにもり上がりそうです。しかし,答えは意外に単純で,「大きさの違い」です。 地球表面は陸地と海洋の面積が3対7の割合で,海洋のほうがずっと広いことから,たとえユーラシア大陸やアフリカ大陸であっても,周囲を海洋に囲まれており,その点では見ようによっては島にも見えます。ましてやオーストラリア大陸の場合は,ミラー図法の世界地図ではグリーンランド島よりも小さく見えます。こうなると,大陸と島の区別がわからなくなります。 しかし,実際にはオーストラリア大陸はグリーンランド島の約3.5倍もあり,グリーンランド島よりもずっと大きいことから,ここで大陸と島の線引きをしています。すなわち,オーストラリアまでの大きさの陸地を“大陸”,それより小さな陸地を“島”として取り扱う,ということです。

     2 課題設定の意図と考え方

     今回は,最初の地理学習の授業であることを考慮し,地図や地球儀を用いて事実的知識を問う,クイズっぽい課題にしました。また,教科書を閉じて取り組む課題ではなく,むしろ地図帳や教科書から読み取ったり,調べたりしながら取り組む課題をくふうしました。さらに,見開き2ページ全体にわたる課題と違って,分割し小さくすることで,より具体

    的で生徒の心を揺さぶる課題設定に努めました。なお,今回は課題1~4を列挙しましたが,この形式ですべて取り扱う必要はありません。例えば,課題2を採用してALで,それ以外は問答法による一斉学習で行う,などといったくふうを適宜行ってください。 ALの課題設定にあたっては,次の①~③に留意し,生徒の目の高さに立って検討することがポイントになるでしょう。①知的好奇心を喚起し,生徒が挑戦したくな

    るような課題をくふうする。②各生徒が自分らしく考え,発言,参加でき

    るような課題をくふうする。③がんばれば答えに手が届き(自己効力感),

    各生徒が自分なりに達成感を味わうことができるような課題をくふうする。

     なお,今回のような“小さなAL”に取り組む学習に慣れてきたら,教科書・地図帳等に掲載されている資料を協力して読み取ったり,調べたり話し合ったりしたことを地図やイラスト,4コマ漫画で表現する,関係図や構造図を描いてまとめる,15文字程度のキャッチコピーで表現するなど,生徒の感性や創造性を発揮させる場面を設定したいものです。多種多様な,それも短時間で取り組み可能な課題を取り入れた授業の例を,本年度を通した連載のなかで紹介していきます。

     3 中学校社会科で導入が困難な背景

     ALとは,「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり,学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。…発見学習,問題解決学習,体験学習,調査学習等が含まれるが,教室内でのグループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法

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  • 中学校社会科のしおり 2016 ①

    である」と示されています(中教審答申,用語集 平成24年8月28日)。換言すれば,

    の4つの要素を大切にした学習指導のくふうに努めようということです。前述の課題1~4は,このうち,2つ以上の要素がはいるよう配慮して設定したものです。 すでに小学校社会科では,このようなALに属する授業が広く行われています。一方,中学校社会科ではほとんど取り組まれていません。その背景には,下記のような中学校ならではの事情があります。・テスト改革が遅れており,ALの学習成果を問う出題は未開発の状態。だから入試には知識つめこみ学習のほうが効果的と判断される。・教科書の指導内容が豊富なため,教師主導型の講義式授業を多用しないと最後まで到達,消化できない。・中学校社会科は事実認識の学習が中心であり,創造的,解決的な学習よりも講義式,理解型の学習のほうがなじみやすい。・教員は教師主導型の講義式授業に慣れ親しんでおり,生徒の主体的,協働的な学習は不慣れである。

     以上のことは,高校進学率97%の現状をふまえると,改訂等によって教科書がうすくなり,入試問題が様変わりしなければ,これまでの社会科の授業を踏襲せざるを得ず,ましてや多大な時間を必要とするALを導入するのは困難であることを意味しています。

    ①主体的な学習

    ②協働的な学習

    ③問題解決的な学習

    ④創造的な学習

     4 今,なぜALの導入か

     今の子どもたちはどんな社会で働き,生きることになるのでしょうか。そうした社会で的確に自己実現をはかっていくためにはどんな能力,態度を身につけておく必要があるでしょうか。少なくとも主体的に参画し,互いに力を発揮し合って解決していく協働的,解決的な営みに対応できる能力,態度を身につけておく必要があります。そのため,ALの導入に象徴される指導方法のくふう改善が喫緊の課題になっているのです。 生徒の人生は高校入試後も続いていくので,高校入試はステップであってゴールではありません。だから中学生時代の勉強を「当面の入試,テストに有効な能力の育成」のみに割り切るわけにはいかないのです。進学だけでなく進路も視野に入れて,社会人になったときに生きて働く力もあわせてはぐくむ両立の授業改善が必要になっているのです。 こうした両立の要請に現実的に応えるためには,講義式の授業を全面的に改善するのではなく,部分的に,今回例示したような5~10分程度の“小さなAL”を適宜設定していくような方向で検討したらどうでしょうか。“小さなAL”でも,計画的に積み重ねれば授業は活気づき,受験学力だけでなく,主体性や問題解決能力などをはぐくむことに寄与できるでしょう。また,“小さなAL”ならば印象深く学習させることができる一方で,教科書の消化にそれほどの悪影響を及ぼさず,受験対策上の効果も期待できます。受験対策が無視できない中学校教育の現状を踏まえ,社会科で実現可能な方法として“小さなAL”を提案しました。大きなALは総合的な学習に任せて,ぜひ“小さなAL”から始めてみてください。

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