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多様性ある食のエコシステム 実現を描く 2020.3.12 THU / 株式会社ユーザベースが主催するセミナーイベント「伝統企業発イントレプレナーが語る新規事業立ち上げ のリアル」が開催されました。日置氏が代表を務める株式会社リープスインは、キリンホールディングス株式会社の社内ベン チャーです。「食品メーカーと食品工場の空き稼働をつなぐマッチングプラットフォーム」をコンセプトに、2018年よりスター トした事業は、より多様なプレイヤーが集う食のエコシステムを構築しようとしています。今回の講演では、日置氏自らの経 験をベースに新規事業創出のポイントをレクチャー。伝統的企業とスタートアップのカルチャーの違いに触れながら 3 ステッ プに分けてお話しいただきました。また講演途中では、視聴者の皆様からの質問などをテーマに、ユーザベースの酒居、斎藤 とのトークセッションも行われました。では早速、日置氏だからこそ発信できる、新規事業立ち上げのリアルをお届けします。 01 WHITEPAPER まず自己紹介をさせていただきます。1983 年生まれで、 今年 37 歳です。大学院を卒業して、新卒でキリンビバレッ ジに入社。工場での生産管理や品質保証の業務を経験した 後、研究開発の仕事をし、2018 7 月にリープスインを立 ち上げました。キリンホールディングスの社内ベンチャー としてスタートさせた会社で、私自身は「イントレプレナー」 という肩書でやらせてもらっています。実はイントレプレナー という呼ばれ方は、なんとなく仰々しくてあまり好きではあり ません。しかし、セミナータイトルにもなっているということ で、今日に限ってはイントレプレナーを自負してお話ししてい こうかなと思っています。 リープスインという会社について、ざっとご紹介してい きます。事業コンセプトは「食品メーカーと食品工場の空 き稼働をつなぐマッチングプラットフォーム」。主に 2 つの 事業を展開しています。1 つは、食品会社様に向けた事業 開発支援。もう 1 つは、食品工場向けにシステムを開発し、 SaaS という形で提供していくというものです。ミッション は「食品業界における『情報の非対称性』を解消することで、 豊かな『食』の提供に貢献する」、フィロソフィーは「多様 性のあるエコシステムの創出」としています。 多くの皆さんがお気づきのように、従来型の大量生産、 大量輸送、大量消費のシステムは既に限界が来ています。 これに対して私が目指しているのは、リープスインを基盤 に様々な個性を持った商品がいろいろと生まれてくる、多 様性が生まれるエコシステムの実現です。 キリンのようないわゆる伝統企業においては、新規事業 は主に 2 つの枠組みから生まれてきます。社内ビジネスコ ンテストのような提案制度から創出されるケースと、〇〇 創造部や〇〇事業開発部など部署として新たなビジネスを 推進するケースです。リープスインはこのうち、社内ビジネ スコンテストから立ち上がった会社です。こうした経験を イントレプレナー が語る 新規事業 立ち上げ リアル 伝統企業発 日置 淳平氏 株式会社リープスイン 代表取締役 CEO/ 2008 年、キリンビバレッジ株式会社に新卒入社し、食品工場での生産管理、品質保証を経験。その後、研究開発部門 にて新規技術開発に携わる。2018 年に社内ベンチャーとしてリープスインを立ち上げ、代表取締役 CEO に就任。食品プロダクトの量産化を支援するサービスの開発に取り組む。

伝統企業発 イントレプレナー が語る新規事業 立ち上げのリアル · 多様性ある食のエコシステム 実現を描く 2020. 3. 12 thu / 株式会社ユーザベースが主催するセミナーイベント「伝統企業発イントレプレナーが語る新規事業立ち上げ

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多様性ある食のエコシステム実現を描く

2020. 3. 12 THU / 株式会社ユーザベースが主催するセミナーイベント「伝統企業発イントレプレナーが語る新規事業立ち上げ

のリアル」が開催されました。日置氏が代表を務める株式会社リープスインは、キリンホールディングス株式会社の社内ベン

チャーです。「食品メーカーと食品工場の空き稼働をつなぐマッチングプラットフォーム」をコンセプトに、2018 年よりスター

トした事業は、より多様なプレイヤーが集う食のエコシステムを構築しようとしています。今回の講演では、日置氏自らの経

験をベースに新規事業創出のポイントをレクチャー。伝統的企業とスタートアップのカルチャーの違いに触れながら 3 ステッ

プに分けてお話しいただきました。また講演途中では、視聴者の皆様からの質問などをテーマに、ユーザベースの酒居、斎藤

とのトークセッションも行われました。では早速、日置氏だからこそ発信できる、新規事業立ち上げのリアルをお届けします。

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 まず自己紹介をさせていただきます。1983 年生まれで、今年 37 歳です。大学院を卒業して、新卒でキリンビバレッジに入社。工場での生産管理や品質保証の業務を経験した後、研究開発の仕事をし、2018 年 7 月にリープスインを立ち上げました。キリンホールディングスの社内ベンチャーとしてスタートさせた会社で、私自身は「イントレプレナー」という肩書でやらせてもらっています。実はイントレプレナーという呼ばれ方は、なんとなく仰々しくてあまり好きではありません。しかし、セミナータイトルにもなっているということで、今日に限ってはイントレプレナーを自負してお話ししていこうかなと思っています。 リープスインという会社について、ざっとご紹介していきます。事業コンセプトは「食品メーカーと食品工場の空き稼働をつなぐマッチングプラットフォーム」。主に 2 つの

事業を展開しています。1 つは、食品会社様に向けた事業開発支援。もう 1 つは、食品工場向けにシステムを開発し、SaaS という形で提供していくというものです。ミッションは「食品業界における『情報の非対称性』を解消することで、豊かな『食』の提供に貢献する」、フィロソフィーは「多様性のあるエコシステムの創出」としています。 多くの皆さんがお気づきのように、従来型の大量生産、大量輸送、大量消費のシステムは既に限界が来ています。これに対して私が目指しているのは、リープスインを基盤に様々な個性を持った商品がいろいろと生まれてくる、多様性が生まれるエコシステムの実現です。 キリンのようないわゆる伝統企業においては、新規事業は主に 2 つの枠組みから生まれてきます。社内ビジネスコンテストのような提案制度から創出されるケースと、〇〇創造部や〇〇事業開発部など部署として新たなビジネスを推進するケースです。リープスインはこのうち、社内ビジネスコンテストから立ち上がった会社です。こうした経験を

イントレプレナーが語る新規事業立ち上げのリアル

伝統企業発

日置 淳平氏 株式会社リープスイン 代表取締役 CEO/ 2008 年、キリンビバレッジ株式会社に新卒入社し、食品工場での生産管理、品質保証を経験。その後、研究開発部門にて新規技術開発に携わる。2018 年に社内ベンチャーとしてリープスインを立ち上げ、代表取締役 CEO に就任。食品プロダクトの量産化を支援するサービスの開発に取り組む。

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踏まえ、本日は新規事業立ち上げのポイントを、1. 着想・構想  2. 提案・立ち上げ  3. スケールという 3 つのフェーズに分けてご紹介していこうと思います。1 つお伝えしたいのは、この 3 段階というのはそれぞれが独立して分かれているのではなく、常につながって連続しているという点です。着想段階で提案もするし、立ち上げをしながら構想もする。ぜひここに注意してお聞きください。

 まず新規事業に取り組む際に確認すべきは、そのポジショニングです。この時、2 軸 4 象限のポジショニングマップが役に立ちます。「上にトップダウン、下にボトムアップ」の縦軸と「左に個人、右に組織」の横軸を設定し、これから取り組もうとしている事業主体が 4 つのエリアのどこに位置しているのかを確認してみてください。目指したいのはマップ右上のエリア、「トップダウンがある、組織的な事業」です。トップのコミットメントがあるチームというのは、やはり予算もあるし最強です。私の場合、最初は左下のエリア、「ボトムアップで、個人的な取り組み」からはじまりました。1人で構想し、次に社内コンテストを通ってトップのコミットを得て、さらにリープスインというチームを作り、右上のエリアを目指していくという状況です。 この着想・構想の過程で私が大切にしていたのは「パーティは組むな、勇者であれ」。新規事業の提案を複数人でやってしまうと責任が分散してしまううえ、初期のチーム内でのコミュニケーションコストもかさみます。であるのならRPG の勇者の如く、ある程度 1 人でやりながら前に進んで行く。例えば、「私、魔法使いですから、フィジカルでは戦えません」というのではちょっと辛いなと感じますね。

 では「トップダウン型/組織的」エリアを目指して、勇者としてのレベルをいかに上げていくか。答えはただ 1 つ、顧客と向き合うこと。もっと言えば、顧客が抱えているペインと向き合うことです。新規事業を立ち上げるために、人を集めて一生懸命ブレストを繰り返しているケースがよくありますよね。それでは何にもリーチしていません。専門家へのリサーチが有効だ」という論もありますが、やはり顧客のところに行って、悩んでいることやニーズを掘り下げるのが 1 番効果的かなと思います。 次に注意していただきたいのが、ゴールの設定です。新規事業立ち上げはあくまで手段に過ぎない。その先に何を実現したいのか、どんな世界を作りたいのかが重要です。ここを明らかにした上で、顧客と向き合い、レベルを上げて進んでいくことが大切です。 また「既存事業との距離感をいかに設計するか」も最初のフェーズにおける重要な観点です。これはメリットデメリットが諸説あるのですが、私の場合は「出島」として取り組むことを選びました。新規事業創出の拠点として、本社から切り離された組織を作る。オフィスも本社とは別の場所に置き、システムも分けてスタートしようと考えたのです。

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着想・構想

パーティは組むな、勇者であれ。

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「出島」として付き合っていけるのは大きかったでしょうね。その時、独立起業としてキリンの外でやる、と言う選択肢はなかったんですか。

日置 : 選択肢としてはありました。しかし、新しい社内提案制度ができ、そこで自分のプランが社内審査を通過して徐々に実現に近づいていくなかで今に至りました。キリンに蓄積されたアセットを活用できるという点も魅力的でしたが、振り返ってみると「独立起業して本当にうまくいくのか」自信がなかったのかも知れません。

酒居: 顧客のペインを知ることが重要というお話がありましたが、日置さんは最初、どのようにそういったペインを掴み始めたのですか。

日置 : 私は自分の業務の中で、工場探しに毎回苦労していましたが、第 3 者的に周囲を見てみると、実はみんなが同じ悩みを抱えていたんです。情報を集める場合、メインの手法は Web 検索か展示会でのパンフレット集め。展示会場に行って何時間もヘトヘトになりながら各ブースを回って、パンフレットを集める。それってめちゃくちゃ非効率じゃないですか。しかも、そんな仕組みに対して、誰も疑問を持っていなかった。ところが「こういうことありますよね」とお客様に聞くと、「ああ、まさにその通りです」とみなさんがおっしゃってくれる。そうやってお互いが現場で感じてきた課題、そしてこれに対する認識を共有しながら、ニーズを掘り起こしていきました。 

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質疑応答 -

酒居: 日置さんがそもそも新しい事業を始めようと考えたのは、どういう経緯や動機があったのですか?

日置 : 「食品メーカーと工場のマッチング」というコンセプトは、実は私自身のペイン、日頃業務を行う中での困り事から生まれたものなんです。自分が開発した商品を実際につくる工場を探すのに、いつも苦慮していました。でも、そこを橋渡ししてくれる仕組みはどこにも見当たらない。そこで「ないなら、自分でつくってしまおう」と考えたのがきっかけですね。キリン社内の提案制度がちょうどリニューアルされ、全社をあげて本気で取り組んで行こうというタイミングだった点も大きいですね。

酒居: 敢えて「出島」でやろうとされたのはどうしてですか。社内ベンチャーを分社化して、子会社としてやっていこうというのは特殊なケースに感じます。

日置 : これって実は、2 年がかりで提案を繰り返し、最後に辿り着いた結果なんです。最初のプランでは既存事業のリソースをがっつり使う予定でした。ところが、既存事業側から見るとカニバリのリスクが懸念されるということで、なかなか話が前に進まない。それなら出島としてやりますと。最終的にはフルコミット社員は私 1 人、兼務でキリンから法務担当および経理担当といった最小のチーム編成で始めました。

酒居: スピードを優先するために敢えて主事業と切り離したという形ですね。企業側としても日置さんのように新しいものを生み出そうとしている人材を外部に流出させることなく、

酒居 潤平 : 株式会社ユーザベース 執行役員 B2B SaaS 事業マーケティング&ブランディング 斎藤 可奈 : 同社マーケティング&ブランディング(以下、酒居、斎藤)

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 出島として事業を立ち上げるにあたり、大事なのが既存事業との距離感です。事業戦略の伝統的なフレームワークに、有名な「アンゾフのマトリクス」があります。「製品/サービス」と「市場/顧客」を軸とし、それぞれ「既存」と「新規」という切り口で整理した 2×2 のマトリクスで、それぞれのエリアを左下「市場浸透」左上「市場開拓」右下「新製品開発」右上「多角化」と位置付け、戦略を整理するものですが、これって自分の新規事業アイデアをプロットしようとした時に、意外と使いにくい。アンゾフさんが論文を出したのは1957 年。今じゃあまり「多角化」なんて言いません。つまり時代に合わないのかもしれない。そこで、横軸を「ビジネスモデル/マネタイズモデル」、縦軸を「事業領域」として、それぞれ「既存」

「新規」で分類してみました。リープスインではこのオリジナルフレームワークを使って、2 × 2 マスの右上「ビジネスモデル:新規/事業領域:新規」のエリアに位置付けられるよう、既存事業との最適な距離感を創出し事業設計を行いました。例えば、「モノを売って儲ける」というキリンの既存の物販モデルは行わず、SaaS というマネタイズモデルでやりますと。さらに、ビールや清涼飲料水は取り扱わず、それ以外の食品領域で事業を立ち上げますというわけです。

 もし皆さんがこのマトリクスを用いて新規事業をプロットした場合、右下とか左上に来るようだったら「出島」としてではなく既存事業の中でやった方がいいと思います。また、既存事業とのシナジーやアセットの活用という面で考えると、

「飛び地」になるようなあまりに離れすぎる事業は厳しい。オセロのように角を取るのではなく、囲碁で最初に布石を打つようなイメージで右上のやや内側で事業を設 計したのがポイントでした。

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 しかし、このビジネスモデルという視点で新規性を出すというのは結構大変です。さらに、それ以上に社内理解を得るのが難しい。モノを作って売る伝統的なマネタイズで事業を展開してきたのに突然「SaaS で」と言っても、なかなか伝わらないからです。ではビジネスモデルの新規性をどのように構想すればいのか。5G、VR、ドローンなど「技術」という切り口から新規事業プランを訴求してしまうと、興味が得られにくい。プラットフォームやパーソナライズ、XaaS といった「事業コンセプト」に落とし込んでいく方が、経営層に受け入れられる新規性が創出できるという印象です。例えばリープスインは、当初「食品メーカーと工場のマッチングプラットフォーム」という事業コンセプトでスタートしています。現在は原材料メーカーさんや物流会社さん、販路パートナーも、新たにプレイヤーとして参加しています。プラットフォームとして、アイデアを実現するために必要な原材料や工場のマッチングから、実際にものをつくって運び、さらには販売するところまでをマッチングするトータルプラットフォームへと改良を続けています。

 設計した事業を提案する際には、相手に何をさせたいのか、というのを明確にしておくことが重要です。そして、何よりもまず獲得すべきは「自分の稼働」です。いきなり 1 億くださいと言ってもそれは通らない。「事業性の検証に向けて自分が動くので、専属担当者として取り組ませてほしい」というのが現実的な落とし所かと思います。また、スタートアップ界隈でよく見受けられる「事業計画書なんていらない説」ですが、ご存知のように伝統企業では書類はよく 1 人歩きするので、広く社内理解を得るツールとして事業計画書はやっぱり重要だということは実感しました。

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提案・立ち上げ

「出島」を成功に導く、既存事業との距離感

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酒居: 伝統企業とスタートアップでは、提案・立ち上げのフェーズでの社内理解を得るプロセスや方法に大きな違いがあるのかなと感じています。

日置: 多くの人が「提案→承認」というステップが当たり前だと捉えていますが、それって本当ですかっていう話なんですよね。やはり実際に動いて体験した自分の言葉じゃないと、提案にも説得力がない。まずやってみて発見したこと、実感したことをしっかり伝えていくべき。今日のセミナーの構成も、提案と立ち上げを同一のプロセスに置いたのは、これが意図です。特に大企業における社内理解は、実際に動きながら得ていくものだと捉えています。

斎藤: 発見や気づきを得るために、日置さんはどういう工夫をされましたか。

日置: お客様にまずは無償ですが実際にサービスを提供しました。「これは嬉しい」「これがあったらさらに嬉しい」というようなお客様の言葉を集めて社内に伝えることで、動かしていった感じですね。

酒居: 会社の承認を得てからセールス活動をするわけではなくて、その前からお客様を集める。ある意味、水面下で事業をスタートしているわけですね。そして、実際にお客様にはこういう具体的なニーズがあるという発見や気づきを、社内理解のためのエビデンスにつなげていくという構造ですね。

日置: もう 1 つ理由があって、自分が提供しようとしているサービスに自信を持ちたかったというのも大きいです。いま新規事業の立ち上げについて、伝統企業内のいろいろな方から相談を受けて感じるのは、自信がない人が多いということです。私は結構信じているんです。我々リープス

インが提供しているサービスは本当に世の中に必要とされるものだと。

斎藤: 自信を持って前に進む。「勇者であれ」というところにもつながっていきますよね。

酒居: 提案・立ち上げのフェーズで、他にどんな問題が立ちはだかりますか。魅力的なアイディアが、一体どこでつまずいてしまうのか。リアルな体験からぜひ伺いたいと思います。

日置: 立ち塞がる問題は、大きく 4 つあります。まず「市場規模はどれくらいなのか」。社内理解を進める上で必ず聞かれる、新規事業提案の必須項目です。

酒居: いま我々は「FORCAS」という B2B のサービスを展開しています。立ち上げて 2 年半くらいですが、B2B の領域で「ABM という新しい概念のマーケティングを作っていこう」となると、スタート当時は果たして市場規模はどのくらいあって、それをどう定量化するべきか本当に悩みました。 僕らの場合は伝統企業と違って、そうした壁にぶつかっても「スタートアップとして、まずやってみよう」という形で始められるメリットはある。でも、日置さんのような環境で新しく何かを始めるとなると、数字での説明が必須になるのかなと思うんです。

日置: はい。ただ、そもそもこれから新しい市場を作るのに、それを適切に測るのは困難ですよね。「お客様がどのくらい課題を持っているか定量化して欲しい」ともよく指摘されますが、どう考えたって難しい。考えてみますとしか言えない。そして結局は TAM / SAM / SOM といった一般的なフレームワークを使うことになります。「一般論で言うとこうなんです。だからこういう事業を、この形で立ち上げます」と説明するしかない。 2 つ目の問題が「卵が先か、鶏が先か」。我々のようにマルチサイドのプラットフォーマーとして事業を始める場合には、商品をつくりたい人側を先に集めるのか、それとも実際に作ってくる工場側の数を広げるのかというのがよく論点として挙がります。解決手法としてはまずはどちらかを小さく集めて、その後もう一方の充実に力を注ぐ。そのようにして本当に少しずつ動かしながら集めていくしかないと感じています。 3 つ目が「シナジーはどこに」。これもよく聞かれます。

「うちがやる必然性ってどこにあるの?」と。これも本当に「難しいですね」って答えるしかないんですね。 

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りと事を立ち上げるってことに集中した話し合いをするのは重要なことですね。勉強になります。

 では最後のフェーズ、「スケール」です。重要なのは、成長のストーリーの描き方です。「小さく始めて大きく育てましょう」というのが基本ですが、そこには 3 つの壁があります。どの壁も乗り越えるためには、親会社に対しての適切な対応が必須と感じています。 1 つ目の壁は今まさに我々が直面している「出島からのシナジー創出の壁」です。既存事業の規模に対して、リープスインの規模ははるかに小さい。これでシナジーと言ってもなかなか説得力がありません。この壁を乗り越えるために、リープスインでは既存事業に対するメリットをしっかり説明しながら、協業体制をつくることが必要だと感じています。 次に「マネタイズのピボットの壁」です。ピボットとは、企業経営においては「方向転換」や「路線変更」を表す用語ですが、この壁は、例えば何らかの理由で一度策定した事業計画を変えなければならない時にやってきます。我々の場合も、会員制で決まった料金をいただく当初の想定が検証を進めていくうちに難しいことがわかり、マネタイズのモデルをピボットしたケースがありました。このピボットの必要性を理解してもらうのがなかなか難しかったです。例えば、いまは新型コロナウイルスへの対応が急がれていますが、こうした外部環境の変化などに対してもスピーディーに軌道修正して、変えるべきものは躊躇なく変えるべきだと個人的には思います。そして変更する際には、きちんとした説明をすること。私はピボットではなくヘリックス、すなわち螺旋と呼ぶようにしているのですが、単純に変更や切り替えを行うだけではなく「螺旋状に進化している」ことをしっかり説明することが重要です。

酒居: 実際にそう問われた局面では、日置さんはどうお答えになったのですか。

日置 : 「今はシナジーはありません」と正直に答えました。「私がこの会社の社員であることがシナジーです」と。

斎藤 : なるほど!でも、シナジーないですって最初から言ってしまうと事業評価としては厳しくなりませんか。

日置 : はい。そうなるので、こちらはもう最後の手段ですのでオススメはしません。シナジーに関しては、最初は「確かに重要な問題ですね、やりながら一緒に考えましょう!」と言うしかなかったのです。事業を進めながら常に模索していくべき課題だと考えています。

酒居: 実際にシナジーって、起こそうとして起こすのは難しいです。ドラッカーの「予期せぬ成功に注目せよ」という言葉が僕は好きなんですけど、確かに何かを進めていると、自分たちが想定していないところで「こういうシナジーがあったんだ」という発見に出会えることが多々あります。

日置 : 同感です。最近では既存事業の部署からも「何か一緒にやろう」、という話が出てくるようになりました。立ち上げ当時は曖昧だったシナジー問題が、今なら創出できそうだという自信が湧いてきています。

斎藤 : しかしキリンさんから人的リソースをお借りして進めているとのことですが、既存事業との優先順位の関係で稼働が落ち、事業の進捗に影響が出ることはありませんか。

日置 : リープスイン単体として事業を回せるような社外とのパートナーシップを構築します。その仕組みを作った上で、キリンの人に入ってもらう。

酒居: 人的なリソースの活用方法や人員に関する考え方も、大企業とスタートアップでは大分違いがありそうですね。

日置 : また見逃してはいけない 4 つ目の問題として「お前が言うのか問題」があります。つまり、私が私の立場から言っていいことといけないことがあるんですね。例えば、

「1 億円欲しいです」と提案して「出せない」となった場合、「無駄なお金が余っているじゃないですか」などとは言えませんよね。相手を不愉快にさせるというより、そう言ってしまうことで、自分が感情的になってしまうのを避けたい。常に自制心を持って冷静に応対するように心がけています。

酒居: 提案の理解を得るためには感情論ではなく、しっか

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スケール

「3 つの壁」を乗り越える

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 3 つ目が「リソース調達の制約の壁」。人、物、金の調達は、既存事業の仕組みに従って進めるしかありません。では何をしておくかというと、この壁への対処法として事業計画と行動計画に、最初から組み込んでおくことが必要です。例えば我々リープスインの場合、当初、エンジニアなどの人材は外部から調達するつもりで分社化を計画したのですが、キリンの人事制度がある中でリープスイン独自で人材を採用するのは難しいことがわかって、それなら全てを業務委託でやろうと、事業計画段階で盛り込んだという経緯があります。 このフェーズではまた、親会社から「スケールする確からしさ」を要求されるケースがあります。まさに「究極の課題が来たな」という瞬間です。例えば、追加投資を得たい時、その投資が必然なのか、根拠や裏付を説明するのは不確実性の高い新規事業においては本当に難しい。営業獲得件数何件といった「KPI 達成度」はもちろん、「経営指標」の視点から客観的に見た際に悪化しすぎないように注意しておきたいところです。また、スケールする「自信」を最後までなくさないことが大切だというのはありますね。 ここまでお話しして改めて痛感したのが、大企業の戦略のわかりやすさに比べて、スタートアップは本当に複雑だなと。ジグソーパズルのように枠を作って 1 つずつ当てはめていく大企業のやり方は、進捗もパッとわかりやすい。これに対して、スタートアップはいわゆるルービックキューブ型です。ある 1 面を揃えるために、せっかく揃えた 1 面を崩さないといけない局面がある。直線的に進化して当然だと見られると、やはりしんどいですね。

酒居: スケールフェーズにおける 3 つの壁をご紹介していますが、日置さんが特に悩んだポイントはどこでしたか?

日置: 1 番は、人材の調達ですね。ずっと一人じゃ辛いし、相談ができるだけでもだいぶ違うなと。最初に紹介したことと矛盾してくるんですが、事業が立ち上がってスケールするフェーズにおいては、今度はパーティーをどうつくるかが重要になってくる。

酒居: どのタイミングで仲間を集めるのかっていうのも、ポイントですよね。1 人目の仲間というのはどのタイミングでジョインされましたか?

日置: 経理担当と法務担当の方はキリンからの兼務という形で会社設立の時からいてくれたのでありがたかったです。

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自分の苦手な領域だったりしたので。そこでキリンの新規事業管轄の方がこういう人たちが必要だろうと、アサインをしてくれました。今では、それがキリンのデフォルトのような形になっています。

酒居: 日置さんが立ち上げられたスキームがキリンさんの新規事業プログラムでモデルとしてうまくフレームワーク化されているということですか?

日置: 私というよりも、私がやって行く中でキリン側が作った仕組みがよかったのだと思います。結局子会社なのでグループとして経理上のつなぎこみなどが必要で、そこを見据えてやってくれたのだと思います。これはありがたかったですね。

斎藤: 人を増やす時って段階的なコミットラインを掲げて、達成できたらリソースをいただくというような感じですか?

日置: そうですね。ただし、伝統企業内の新規事業の場合は必ずしもうまくいっている時だけに人が来るわけではありません。今ここでスピードを上げることが必要だから、人を入れようというパターンもあると思います。

酒居: そういった判断は非常に難しそうですね。いざ実行段階に入ると、計画段階で想定できなかった状況の変化もあると思います。それに応じて必要な人員も変わるはずですし、投入するべきタイムラインも変わって来ると思います。

日置: リープスインとキリンの場合、定例のミーティングを月1 回開催しています。そこで新規事業を統括している経営企画部の担当の方と情報交換し、都度調整を図っています。

酒居: 「スケールの確からしさ」の要望もそういう場所で出てくると。

日置: これは仕方ないですね。私が逆の立場なら、同じように心配しますから。ただそれを言われた通りに示すだけでは、良くない。納得いくまでディスカッションすべきです。また、時に経営判断というものは無情な一面があります。仮に何らかの要因で親会社からの協力が得られなくなったとしても、しっかり会社として存続していけるような体制を、日頃から構築しておかなければならないと考えています。

酒居: 実際今日のお話のような形で立ち上げやスケールを経験される中でイントレプレナーとしてご自身の考え方とか、仕事の仕方が変わられたりした部分はありますか?

日置: 難しい質問ですね。でも思ったほど変わっていないと

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質疑応答 -

Page 8: 伝統企業発 イントレプレナー が語る新規事業 立ち上げのリアル · 多様性ある食のエコシステム 実現を描く 2020. 3. 12 thu / 株式会社ユーザベースが主催するセミナーイベント「伝統企業発イントレプレナーが語る新規事業立ち上げ

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思いますけどね。ただ社交的にはなりました。家族に驚かれるくらい。キリンという看板なしで、毎日新しい人と会っては、「私はこういう者でこういうことがしたい」と伝えるシーンが絶対的に増えてくる。そうしているうちに、自然と社交的になっていった感じです。

酒居: 勇者としてお客様を含めた仲間集めを行うためには、人間関係をうまく作っていかないと成り立たないですよね。

日置: 仲間集めを行う時に心掛けていることがあります。実はお手本にしていた年下のアントレプレナーがいるんです。初めて会った時、その方は「僕に何かできることはないですか」と結構グイグイきて。ああ、こういうスタンスの人って大企業にはなかなかいないなと、その時とても衝撃を受けたんです。以来、同じセリフを私も使わせてもらい、自ら相手に飛び込むようなコミュニケーションを心がけるようになりました。

酒居: 新規事業をどのように企画立案し、いかに社内理解を得ながら、事業を発展させていくべきか。様々な方向からお話ししてくださったおかげで、今日は新規事業創出のリアルな側面に触れられたような気がします。本当に勉強になりました。ありがとうございました。