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Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月 1 第1 はじめに 1 Myriad事件最高裁判決 本件は、その変異が乳癌や卵巣癌の罹患リスクを劇的に高めるBRCA1及びBRCA2 という2 つのヒト遺伝子に関する、Myriad Genetic社(以下「Myriad」という。)の保有特許に対する無 効確認訴訟の上告審において、米国連邦最高裁判所が、これまでの米国特許商標庁(以下 「USPTO」という。)の実務を覆して、天然に存在するDNAを単離しただけでは特許適格性を認 めることができないと判断したものである 本最高裁判決については、既に本誌2013年7月号において、井関涼子同志社大学法学部教授に より本件訴訟の経緯も含めた正確かつ精緻な判決速報が報告されている 判決の終章Ⅲでは、方法特許、知識の新しい応用、及び天然のヌクレオチド配列に変更を加え たDNAの特許性に対するものは本判断に包含されていない旨が言及されており、本判決の及ぶ 範囲が明確に画されることを示しているものと思料されるが、本最高裁判決がバイオテクノロジ ー分野を中心として特許実務に及ぼす影響は小さくないものと思われるため 、上記井関教授の 判例速報に重ねて、さらに本稿において報告する次第である。 Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13) 〜遺伝子特許の特許保護対象としての適格性〜 新判決例研究 知的財産事例研究会 小松法律特許事務所 弁護士・弁理士 辻 淳子 (第187回) 1 Association for Molecular Pathology v. Myriad Genetics, Inc., 569 U.S. _(2013) U.S. LEXIS 4540, http://www.supremecourt.gov/opinions/12pdf/12-398_1b7d.pdf 2 breast cancer susceptibility geneの略。癌抑制遺伝子の一種。Myriadがその染色体上の正確な位 置と配列を同定した。BRCA1及びBRCA2の変異による乳癌の発症リスクは50~80%に及ぶとされ、 予防的乳房切除手術も近時話題となっている。 3 結論については、9人の判事全員一致の判断である。 4 井関涼子「遺伝子特許の転換−単離遺伝子の特許保護性を否定した米国Myriad事件最高裁判決− 米国連邦最高裁判所2013年6月13日判決」知財ぷりずむ11巻130号1-5頁 5 USPTOは、本最高裁判決当日に、核酸に関する特許発明の特許適格性について本件判旨に沿った 判断基準を示したうえで、より包括的な特許適格性の判断指針を示す予定であることを公表してい る。

新判決例研究 (第187回) Myriad米国連邦最高裁判 …...obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title. 7 Diamond v. Chakrabarty,

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Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月― 1 ―

第1 はじめに

1 Myriad事件最高裁判決1

 本件は、その変異が乳癌や卵巣癌の罹患リスクを劇的に高めるBRCA1及びBRCA22という2つのヒト遺伝子に関する、Myriad Genetic社(以下「Myriad」という。)の保有特許に対する無効確認訴訟の上告審において、米国連邦最高裁判所が、これまでの米国特許商標庁(以下

「USPTO」という。)の実務を覆して、天然に存在するDNAを単離しただけでは特許適格性を認めることができないと判断したものである3。 本最高裁判決については、既に本誌2013年7月号において、井関涼子同志社大学法学部教授により本件訴訟の経緯も含めた正確かつ精緻な判決速報が報告されている4。 判決の終章Ⅲでは、方法特許、知識の新しい応用、及び天然のヌクレオチド配列に変更を加えたDNAの特許性に対するものは本判断に包含されていない旨が言及されており、本判決の及ぶ範囲が明確に画されることを示しているものと思料されるが、本最高裁判決がバイオテクノロジー分野を中心として特許実務に及ぼす影響は小さくないものと思われるため5、上記井関教授の判例速報に重ねて、さらに本稿において報告する次第である。

Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13)〜遺伝子特許の特許保護対象としての適格性〜

新判決例研究

知的財産事例研究会小松法律特許事務所 弁護士・弁理士 辻 淳子

(第187回)

1 Association for Molecular Pathology v. Myriad Genetics, Inc., 569 U.S. _(2013) U.S. LEXIS 4540, http://www.supremecourt.gov/opinions/12pdf/12-398_1b7d.pdf

2 breast cancer susceptibility geneの略。癌抑制遺伝子の一種。Myriadがその染色体上の正確な位置と配列を同定した。BRCA1及びBRCA2の変異による乳癌の発症リスクは50~80%に及ぶとされ、予防的乳房切除手術も近時話題となっている。

3 結論については、9人の判事全員一致の判断である。4 井関涼子「遺伝子特許の転換−単離遺伝子の特許保護性を否定した米国Myriad事件最高裁判決−

米国連邦最高裁判所2013年6月13日判決」知財ぷりずむ11巻130号1-5頁5 USPTOは、本最高裁判決当日に、核酸に関する特許発明の特許適格性について本件判旨に沿った

判断基準を示したうえで、より包括的な特許適格性の判断指針を示す予定であることを公表している。

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Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月― 2 ―

2 米国における特許適格性 米国特許法101条は、新規かつ有用であるプロセス、機械、製品、組成物またはそれらの改良は特許の保護対象であることを定めている(特許適格性、有用性)6。 そして、実務においては、「自然法則(laws of nature)、物理現象(physical phenomena)または抽象的アイディア(abstract ideas)」に該当しない限り、人間によって作られた物で太陽の下にあるものはすべて特許の対象となるとの規範に基づいて、人工的に4つのプラスミドが付加され原油の種々の成分を分解できるようになったバクテリアについて、自然界で見出されるものとは著しく異なる特徴(markedly different characteristics)を持ち、重要な有用性を有し得ると判断してその特許適格性を認めた1980年のChakrabarty事件最高裁判決7以来、バイオテクノロジー分野においても、多細胞植物である遊離トリプトファン高生産性トウモロコシ8、非ヒト哺乳動物であるトランスジェニックマウス9と、広くその特許適格性が認められてきた。 単離精製されたDNAについては、2001年にUSPTOが、DNA分子は自然界においては単離された形で存在しないので、天然の遺伝子と同じ配列を有するものであっても特許適格性を有すると審査ガイドラインにて公表している10。 しかし、2010年にビジネス方法についてBilski事件最高裁判決11が、米国特許法101条に定めるプロセスへの該当性の判断にあたり連邦巡回控訴裁判所(以下「CAFC」という。)の採用したMOT(機械または変換)テスト12は、有効ではあるが唯一の基準ではない13と判示したうえで、最高裁判所の先例に照らして、商品売買に伴うリスクを回避する当該発明は「抽象的アイディア」に該当するとしてその特許適格性を否定した。 さらに、上記判決を考慮した2012年のPrometheus事件最高裁判決14では、治療関連方法について、自然法則を真に応用したものであるということを実質的に保証する付加的な特徴がクレーム

6 35 U.S.C.§101. Invention patentable; Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title.

7 Diamond v. Chakrabarty, 447 U.S. 303 (1980)8 Ex parte Hibberd, 227 U.S.P.Q.(BNA) 443(1985)9 米国特許4,736,866号。ハーバード大学を譲受人とする、いわゆる「ハーバードマウス」。10 66 Fed. Reg. 1092, 1093 (2001.1.5)  A patent claim directed to an isolated and purified DNA molecule could cover, e.g., a gene

excised from a natural chromosome or a synthesized DNA molecule. An isolated and purified DNA molecule that has the same sequence as a naturally occurring gene is eligible for a patent because

(1) an excised gene is eligible for a patent as a composition of matter or as an article of manufacture because that DNA molecule does not occur in that isolated form in nature, or (2) synthetic DNA preparations are eligible for patents because their purified state is different from the naturally occurring compound.

  1984年の米国特許4,472,502号がかかる特許の最初の例であると司法省が報告している。11 Bilski v. Kappos, 130 S. Ct. 3218(2010)12 CAFCがen bancの審理により、それまでの“useful, concrete and tangible result”テストを廃し

て採用した。当該プロセスが特定の機械若しくは装置と結びついているか、または、特定の対象を異なる状態若しくは物に変換するかによって、特許適格性を判断する。上記基準を充たすに十分なクレームへの限定が要求され、本テストによっても、判断対象となったビジネス方法の特許適格性は否定されている。

13 現在の情報化時代において、特に、ソフトウェアや先端診断医療技術等の分野において、発明の特許性を判断する唯一の基準たりえるか疑義を生じるとする。

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Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月― 3 ―

Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13)

に記載されていない限り、特許可能なプロセスではないと判示し、MOTテストを採用して特許適格性を認めたCAFCの判断15を覆して、血液中の特定の代謝物濃度と、薬剤の投与によって治療効果が生じないあるいは毒性が発現し得る可能性との相関関係という「自然法則」を記載したに過ぎず、クレームの各ステップは全体としても「自然法則」を超える重要な付加がなく、本来特許対象とならない当該相関性を特許可能なまでに応用したものと認めるに十分でないとして、特許適格性を否定している。 これらの先例以降、発明の特許適格性が否定された裁判例が複数報告されており16、また、特許適格性についてのUSPTOの審査基準も見直される17等、近年においては、従来と比較してより厳しく特許適格性を判断する傾向を認めるものである。

3 Myriad事件最高裁判決において問題とされた特許適格性 Chakrabarty事件最高裁判決には、当該判決以前の最高裁の先例を引用して「自然法則、物理現象、及び抽象的アイディア」は特許の対象とならないとされてきた、との判示に続いて、「したがって、地中に新しく発見された鉱物や野生で新しく発見された植物は特許の対象ではない。・・・かかる発見は自然・・・の発現であり、すべての人間が自由に使用できるものであって誰にも独占されない。」と、新しく発見された物であっても、もともと自然界に存在していたproduct of natureすなわち天然物については、特許の対象とならないことが明示されている。 他方、Prometheus事件最高裁判決は、自然法則、自然現象、及び抽象的アイディアは特許の対象とならないことを引用したうえで、「発見されたばかりであっても自然現象や、精神的プロセス及び抽象的な知的概念は、科学的及び技術的研究の基本的ツールであるから、特許されない」18ものであり、特許を付与することによってそれらのツールの独占を許せば、技術革新を促進するというより、どちらかというと妨げかねないことを指摘する一方で、すべての発明は少なからず自然法則や自然現象、若しくは抽象的アイディアを含み、利用し、反映し、基づき、または応用するものであるから、上記特許適格性の例外についての原則をあまりにも広く解釈することは、特許法を骨抜きにするということもあり得るとしている。 Myriad事件最高裁判決は、天然に存在する物には特許を与えないというルールも無限定ではなく、創造、発明及び発見に続くインセンティブを創出することと、発明を許容する(実際のところ促進する)情報の流れを阻害しないことの間で、繊細にバランスをとって特許による保護を

14 Mayo Collaborative Services v. Prometheus Laboratories, Inc. 132 S. Ct 1289 (2012).15 Prometheus Laboratories, Inc. v. Mayo Collaborative Services, 628 F.3d. 1347 (Fed. Cir. 2010)16 ビジネス方法について、村尾治亮他「コンピュータ関連発明について抽象的なアイデアに当たり無

効とした原審判決を維持したCLS事件CAFC大法廷判決」NBL1003号4頁、CLS Bank International v. Alice Corporation PTY. Ltd., 106 U.S.P.Q. (BNA) 1696 (Fed. Cir. 2013, en banc)。

  また、平成24年度日本弁理士会バイオ・ライフサイエンス委員会第2部会「Prometheus事件米国最高裁判決とその影響」パテント66巻7号、2013では、Prometheus事件最高裁判決以降に特許適格性を欠くとの判断がなされた医療関連の方法特許発明として、Smartgene, Inc., v. Advanced Biologi�Biologi�cal Laboratories SA, 852 F. Supp. 2d 42 (2012) 及 び PerkinElmer, Inc. v. Intema Ltd., 496 Fed. Appx. 65 (Fed. Cir. 2012) が紹介されている。

17 2012年8月に新たに発行された米国特許審査手続便覧の特許適格性に関する内容については、日本知的財産協会の医薬・バイオテクノロジー委員会第2小委員会による「米国判例を考慮した医薬・バイオテクノロジー分野の方法発明の特許出願における留意点」知財管理63巻5号713頁、2013に詳しい。

18 Gottschalk v. Benson, 409 U.S. 63 (1972)

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Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月― 4 ―

付与しなくてはならないとの視点から、Myriad特許がクレームする「単離されたDNA」19が米国特許法101条に規定する特許対象となり得る組成物であるか、それとも天然に存在する物つまり自然現象についてのものか、その特許適格性を判断したものである20。

4 単離されたDNA なお、本件において判断の対象となった単離されたDNAには、ヒトの体内に天然に存在するDNAとヌクレオチド21配列(つまりは塩基配列)が等しいDNA(以下「単離DNA」という。)と、実験室内において人工的に合成される相補的DNA(complementary DNA、以下「cDNA」という。)の両方が含まれ、本件においては区別してその特許適格性が判断されている。 cDNAは、天然に存在するDNAのヌクレオチド配列のうちのアミノ酸をコードする領域である「エキソン」に相当する配列を有するが、「イントロン」と呼ばれるアミノ酸をコードしない領域に対応する配列を欠く22。 本最高裁判決の理解の一助とする目的で、科学的正確性については筆者としてはなんら保証し得ないものではあるが(Scalia判事の意見が付されている)、DNA、RNA23、cDNAについて、本最高裁判決のⅠ章Aに沿って以下に簡単に説明する。

 約22,000個の遺伝子を含むとされるヒトゲノム24においては、DNAのヌクレオチド配列に、タンパク質を構成する糸状につながったアミノ酸を作るのに必要な情報が含まれている。 DNAがRNAに転写される工程において、DNA分子のヌクレオチド配列は、「プレRNA」と呼ばれるRNA分子のヌクレオチド配列に相補的25に反映される。したがって、プレRNAは、元のDNAの「エキソン」、「イントロン」の両方の部分に対応するフクレオチド配列を有するものであるが、生体内で自然に起こるスプライシングという現象によって、プレRNAからイントロンに対応する部分が物理的に除去され、エキソンに対応するヌクレオチド配列のみを有するメッセンジャー RNA(以下「mRNA」という。)が結果として産生される。 生体内においては、このmRNAから翻訳という工程を経て糸状につながったアミノ酸分子が産生されタンパク質を構成することになる。 実験室においてmRNAを鋳型として相補的に合成されたDNAは、相補的DNAすなわちcDNAとして知られるものであるが、対応するmRNAの元となった天然のヌクレオチド配列を有する

19 クレーム中において、“An isolated DNA (molecule)”と表現される。遺伝子を構成するDNA(デオキシリボ核酸、塩基成分として、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)を含む。)で、自然状態のDNAから部分的に切り出されたもの、または合成等されたもので自然状態のDNAから独立して存在するものを指すものかと思料される。Myriad特許における具体的な意義については後述する。

20 本最高裁判決のⅡ章Aの判示部分。21 ヌクレオチドとは、A、G、C、T等の塩基、及びリン酸基、糖からなるDNA等の核酸の構成単位

である。『細胞の分子生物学第5版』(株式会社ニュートンプレス、2013)116頁参照。22 使用目的がタンパク質のアミノ酸配列の推定であったり、スプライシングができない細菌や酵母内

でのタンパク質発現であったりする場合には、イントロン部分を欠くcDNAが望ましい等の利点がある。前掲『細胞の分子生物学第5版』544頁

23 リボ核酸。塩基成分として、A、G、C、U(ウラシル)を含む。24 1個の生物体が担う遺伝情報の総体をゲノムという。25 A⇔T(RNAにおいてはU)、C⇔Gの関係を指す。

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Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月― 5 ―

Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13)

DNAとは、スプライシング工程で除去されたイントロン部分の配列を欠きエキソン部分のみのヌクレオチド配列を有する点で異なるものである26。

第2

(1

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特許適格性

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181 (S.D.N82,5,837,49伝子配列を

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ar Pathology

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6

判所判決27

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または BRCBRCA1 また

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第2 本件最高裁判決に至る経緯

1 ニューヨーク南地区連邦地方裁判所判決27(2010.3.29)⑴ 係争の対象となったクレーム Myriad事件において当初係争対象となったMyriadの7件の特許権28の15のクレームは、①BRCA1またはBRCA2に関連する単離されたDNAという組成物クレーム9件、②BRCA1またはBRCA2の変異の存在を検査する診断方法のクレーム5件、そして③変異したBRCA1を含む形質転換細胞の増殖率を計測して比較することにより癌治療薬候補化合物をスクリーニングする方法クレーム1件の3種類に分類される。

⑵ 単離されたDNAという組成物クレームについての判断 連邦地方裁判所は、略式判決において、上記①乃至③のすべてついてその特許適格性を否定した29。

26 本最高裁判決によると、BRCA1及びBRCA2の遺伝子の全長は各々約80,000ヌクレオチド長であり、エキソン部分のみについては、BRCA1が約5,500ヌクレオチド、BRCA2が約10,200ヌクレオチドの長さを有するとのことである。

27 Association for Molecular Pathology v. United States Patent and Trademark Office, 702 F. Supp. 2d 181 (S.D.N.Y. 2010).

28 U.S. 5,747,282、5,837,492、5,693,473、5,709,999、5,710,001、5,753,441、6,033,857。29 ②について遺伝子配列を「分析する」または「比較する」という抽象的な精神的プロセスにすぎな

い、③について、試験化合物を加えてはいるものの増殖率情報を得るというデータ収集ステップに過ぎず、クレームされている「プロセス」は基本的な科学原理に対して権利を主張しているものであるから、MOTテストを満たさないと判断している。

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Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月― 6 ―

 ①に関して、連邦地方裁判所は、「天然物」が特許として認められないことはChakrabarty事件最高裁判決を始めとする先例により十分に確立しており、発明が天然物とは「著しく異なる特徴」を有するとして保護されるためには、新しい、または特有の形状、質、若しくは特性を有することが求められる30が、Myriadがクレームする単離DNA及びcDNAが天然物と比較して著しく異なる特徴を有していない理由を主に次のように説示している。 情報の媒体であるという独自の特性を有する点において、DNAを従来特許の保護対象として認められてきた他の化学物質と相違しないものと捉えることは誤りであろうと考えられる。 上記に鑑みて判断すれば、自然の状態のBRCA1/2 DNAとクレーム中の単離BRCA1/2 DNA間に存するとMyriadが指摘する構造的及び機能的相違点のいずれも、クレームされた単離DNAに「著しく異なる特徴」を与えるものではない。本結論は、自然の状態における生物的機能及び単離DNAの備える有用性の両方に対して、DNAのヌクレオチド配列が有する決定的な重要性がもたらすものである。DNAの自然な形態及び単離形態においてこの決定的な特徴が保持されていることが、係争対象であるクレームが特許できない天然物であるという結論を命じる。 また、係争対象である組成物クレーム中に含まれるBRCA1/2のcDNA分子は、タンパク質をコードするエキソン部分のみであって、自然界に存するDNAに見られるイントロン部分を含まないという事実は、これらのcDNAとそれに対応する自然界に存在するDNAとの間に「著しく異なる特徴」を与えるものではない。クレームされたcDNAのコード領域配列は自然の状態のDNAの対応する配列と一致するのみならず、これらのコード領域配列の(イントロンを欠くという)特定の配置は、自然現象であるRNAスプライシングがもたらした結果である。

2 CAFCにおける判断⑴ 第1次CAFC判決(2011.7.29)の破棄差し戻し 上記地裁判決に対する控訴審31でのCAFC判決(以下「第1次CAFC判決」という。)は、②の診断方法クレームについて特許適格性がないという第一審の判決を維持し、①の単離されたDNAクレーム及び③のスクリーニング方法クレームについては特許適格性を認めなかった第一審の判決を覆した。 これについての上告を受理した最高裁判所は、2012年3月26日に、2012年3月20日のPrometheus事件最高裁判決を考慮し再考するよう第1次CAFC判決を破棄してCAFCに差し戻している32。

⑵ 第2次CAFC判決(2012.8.16) 差戻審33(以下「第2次CAFC判決」という。)において、CAFCは第1次CAFC判決の内容をほぼ維持し、①については、単離DNA及びcDNAの特許適格性を、前者については2:1、後者については全員一致で肯定した。 当該CAFCでの中心論点である単離DNAの特許適格性について、本最高裁判決は、「DNAを

30 American Fruits Growers, Inc. v. Brogdex Co., 283 U.S. 1 (1931)31 Association for Molecular Pathology v. United States Patent and Trademark Office, 653 F.3d 1329 (Fed. Cir. 2011).

32 Association for Molecular Pathology v. Myriad Genetics, Inc., 132 S. Ct. 1794(2012)33 Association for Molecular Pathology v. United States Patent and Trademark Office, 689 F.3d 1303 (Fed. Cir. 2012)

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Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13)

単離するという行為−染色体から特定の遺伝子またはヌクレオチド配列を分離すること−は最初にそれを単離した個人に特許を与える発明行為であるか否か」と表現している。以下に3人の判事の異なる意見の概要を示す。

Lourie判事の法廷意見: Prometheus事件最高裁判決等は価値ある洞察を提供し、広範で根本的な原理に光をあてるものであるが、単離DNA分子を含む組成物の特許適格性の判断では、Chakrabarty事件最高裁判決とFunk Brothers事件最高裁判決34が基本的な枠組みを与える。 Chakurabarty事件では、遺伝的に操作して天然のDNAプラスミドを付加したバクテリアは、特有の名前、性質及び用途を有する人間の創造性の産物であるとされた。他方Funk Brothers事件においては、いくつかの窒素固定バクテリアは相互に阻害し合わないことを発見してこれらを組み合わせた接種源について、当該バクテリアの相互作用は、太陽熱や電気、鉱物の品質のような「自然の作用」であって、どのバクテリアも異なる特性や用途を獲得したものではなく、特許性がないとされている。Chakurabarty事件最高裁は、両者の違いは、Chakurabartyのバクテリアは、特許権者の努力により、自然に見出されるものと著しく異なる特徴を有していたことにあると結論している。 この、人間の介入によって組成物が「著しく異なる」または「特有の」特徴を備えたかというテストを本件の単離DNAに適用した場合、特色ある化学構造及び独自性を有し天然のものと著しく異なる係争クレームは、特許適格性のある対象であると判断される。 単離DNAは、自然状態の染色体DNAの個別の部分を人間の介入によって共有結合を開裂させるか合成するかして得られ、自然状態のDNAと比較して特色ある化学的独自性を与えられたものである。精製された天然物についての101条の特許適格性の判断はまちまちであるが、今回の特許の単離DNAは、精製されているだけではなく、化学的に操作されて天然物とは著しく異なり、「名前、性質及び用途」において相違するものである。 原告は、クレームされた単離DNAは天然のDNAと同じヌクレオチド配列を有することから、著しく異なる特徴を有さないと主張する。しかし、クレームされた単離DNA分子は、より大きな全体の一部である点において天然のDNAと異なっており、内容として含まれる情報は関係しない。生物学者は分子をその用途に関連付けるかもしれないが、遺伝子は化学的特性を有する物質であって、特許においてはその機能ではなく構造によって最もよく記述される。実のところ、多くの異なる物質が同じ機能を有し得るものである。 我々は、政府が先に提案した「魔法の顕微鏡」テスト35も否定する。顕微鏡等を通して他の遺伝物質に結び付いたDNAを見ることと、単離DNA分子を手の中に使用できる状態で保有することは別物である。

Moore判事の同意意見: Prometheus事件最高裁判決の判示と併せて、Funk Brothers事件最高裁判決及びChakrabarty事件最高裁判決が与える枠組みを用いると、自然の発現(組成物)に適用されるべき原則は、⑴自然法則/自然の発現は特許適格ではなく、⑵天然のものと比較して「著しく異なる特徴」を持

34 Funk Brothers Seed Co. v. Kalo Inoculant Co., 333 U.S. 127(1948)35 米国司法省は本件についてCAFC及び最高裁判所にアミカスブリーフを提出しており、口頭弁論に

おいて意見を求められている。

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ち、重要な有用性を有し得る組成物は特許適格である、となる。 体内のDNAと同じヌクレオチド配列を有する単離DNAの特許適格性について、法廷意見は、ゲノムDNAと単離DNAの化学的相違(共有結合の開裂)を根拠としている。単離DNAが人間の手を介さない天然物とは異なる分子であることには同意するが、上記理由はヒト遺伝子に特許適格性を与えるのに十分ではない。特に、短い単離DNAの場合と異なり、長い単離DNAにおいては、単離DNAの天然のDNAとの化学的、構造的相違は、明確には有用性の範囲の拡大につながらない。 白紙状態で判断するのであれば遺伝子のほぼ全部を含むような単離DNAは、Prometheus事件最高裁判決の示す自然法則/自然の発現の例外の範囲を超えるものであり、特許適格性を欠くものとしたい。しかし、実務においてはUSPTOが数十年来かかる遺伝子に、あるいは何世紀にもわたって精製した天然物に特許を与えてきている。議会もDNAは特許可能と信じてきた。単離DNAを特許できないと判断することは、長期に及ぶバイオテクノロジー業界の期待を壊すことになる。 単離DNA配列の特許適格性を認める。 Bryson判事の反対意見: MyriadのBRCA遺伝子クレーム及び遺伝子断片36についてのクレームは特許の対象とならない。本法廷の判断が維持された場合には、全ゲノムの配列決定法が先取りされる等の広範な結果をもたらしうるものと思料する。 もっともシンプルな形で表せば、個人はヒトの遺伝子に対して特許権を取得できるかというのが本件の争点である。 クレームされた分子は化学結合を切断され、天然に存在する遺伝子に見られるものとは異なる末端基を有する。しかし、単離DNA分子の機能は、単離プロセスの性質や分子の末端基の種類に起因するものではなく、遺伝子のヌクレオチド配列により決定される。 Chakrabarty事件最高裁判決によって採用されたテストは以下の2点に集約される。⑴クレームされたものと天然に存在するものとの構造的な類似、⑵クレームされたものと天然に存在するものとの有用性の類似。BRCA遺伝子としてクレームされたものは遺伝情報物質であり、それは天然の遺伝子と単離された遺伝子の双方において、構造的にも機能的にも同じ物質である。 Prometheus事件最高裁判決において、自然法則を包含する特許が単なる記述を越えて「発明的概念」を有しなければならないとされたように、天然物を包含する特許は単に天然物に付随的な変化を加える以上の発明的概念を含まなければならない。本件のようにクレームされた組成物が天然物とほとんど変わらない場合には、出願された発明を類似の天然物と区別するのに十分なことを出願人が成したか否かを問うべきである。 遺伝子を単離する際に付随的に加えられる構造的変化はこれらのクレームに特許適格性を与えない。単離に付随する共有結合の切断はそれ自体発明性を有せず、切断された分子が天然に存在するヌクレオチド配列とは異なる末端基を有する事実は、クレームされた分子に何ら発明性のある特徴を与えるものではない。組成物に機能を与える部分−ヌクレオチド配列−は、天然に存在する遺伝子と同一のままである。 上記の構造の類似は、それ自体が発明性のないプロセスである共有結合の切断に単に付随するだけの構造の相違を上回るものと考える。

36 Bryson判事は15ヌクレオチドのDNA配列を要件とするクレームについて特許適格性を問題とする。

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Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13)

 なお、第2次CAFCの法廷意見は、②の診断方法クレームについて、かかる診断方法は本質的に自然法則をクレームすると判断したPrometheus事件最高裁判決に照らし、抽象的な精神的プロセスであるとして特許適格性を否定した第1次CAFC判決を再び維持した。 また、③のスクリーニング方法クレームについては、Prometheus事件における最高裁の判断基準によっても、当該クレームは天然物でなく人間の手による産物である形質転換細胞を応用する特定のステップを含み、単に自然法則を適用する以上のことをしていること、また、特定の遺伝子によって形質転換された宿主細胞等に結び付いており、すべての細胞、すべての化学物質及びその治療効果を測定するすべての方法に及ぶものでないことから、特許適格性を有するものと判断している。   上記第2次CAFC判決に対して、連邦最高裁判所が、上訴理由を限定して裁量上訴を認め37、

「ヒトゲノムから単離された、天然のDNAと同じ配列を有するDNA」及び「cDNA」が特許の保護対象かという論点について2013年6月13日に判断を下したのが本最高裁判決である。 判決内容については、既に井関涼子教授による判決速報に詳細に報告がされているので、以下には要点のみをまとめる。

第3 判決要旨

1 結 論 自然界に存在するDNA断片は天然物(product of nature)であり、単離されたというだけでは特許適格性をもたないが、cDNAは自然界に存在するものではないので特許適格性を有する。

2 単離DNAの特許適格性 MyriadがBRCA1及びBRCA2遺伝子にコードされた遺伝情報を作ったものでも変えたものでもないことについては、争いはない。Myriadの主要な貢献は、染色体17及び13にあるBRCA1及びBRCA2遺伝子の正確な位置と遺伝配列を明らかにしたことにある。問題はこれにより遺伝子が特許可能になるかということである。 Chakrabarty事件での当裁判所の判断が上記問いに対する中心的先例となる。当該事件において、当裁判所は、特許クレームは、それまで知られていなかった自然現象ではなく、自然にない製品(manufacture)または組成物(composition of matter)─すなわち、人の創造性の産物である、「特有の名前、性質、用法を有する」物に対するものであると説明して、遺伝子組み換えバクテリアを特許可能であるとした。当該バクテリアは、プラスミドの付加とその結果と得られた油分解能により「自然のものと著しく異なる特徴(markedly different characteristics)を有する」とされる新しいものであった。これに対し本件において、Myriadは何も創作していない。重要で有用な遺伝子を見つけたものだが、その遺伝子を周囲の遺伝物質から分離することは、発明行為ではない。 発明はそれ自体では米国特許法101条の要件を充たさない。Funk Brothers事件において、当裁判所は、特許権者はバクテリアをまったく変化させていないので、当該組成物には特許適格性がないと判示した(「自然法則自体の発見を発明と見做さない限り、バクテリアの混合物を物の

37 したがって、本最高裁判決で判断の対象とされた特許は、単離されたDNAという組成物クレームを有するU.S. 5,747,282、5,837,492、5,693,473の3件となる。

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発明と呼び得るものはなかった。」)。まさに自然法則の例外に該当した。Myriadも同じである。MyriadはBRCA1及びBRCA2遺伝子の位置を見出したが、その発見自体は、BRCA遺伝子を101条にいう「新規な・・・組成物」として特許適格性とするものではない。 Myriadの特許の多くは、Myriadが想定される遺伝子配列の位置を限定していく発明のための

「繰り返しプロセス」をただ詳細に記載している。しかし、膨大な努力だけでは101条の要件を充たすのに十分でない。 また、Myriadのクレームは、DNAをヒトゲノムから単離する際に化学結合を切ることによって天然に存在しない分子が創出されるという事実によって救われるものでもない。Myriadのクレームは、BRCA1及びBRCA2遺伝子中にコードされる遺伝情報に焦点をあわせているものと理解される。 米国政府は、単離DNAは101条に基づく特許適格性を有するものではなく、またUSPTOの実務は単離DNAが特許適格性を有すると判断する十分な理由にはならない旨CAFC及び当裁判所において主張しており、USPTOの実務の価値を減殺している。

3 cDNAの特許適格性 cDNAには、天然物である単離DNA断片と同様の特許性についての障害はない。cDNA配列はmRNAから作成されるため、エキソンのみの分子であって、天然に存在するものではない。cDNAは天然に存在するDNAのエキソンを有しているが、それが由来するDNAとは異なるものである。したがって、cDNAは「天然物」ではなく、101条に基づき特許適格性を有する。ただし、大変短いDNA群は、cDNAを作成する際に除去すべき介在イントロンがない場合があり得る。その場合には、短鎖のcDNAは天然のDNAと区別できないことになる。

第4 検 討

1 本最高裁判決の判断−Prometheus事件最高裁判決に照らして⑴ 判決の判断及びその判断基準 生体内に存在する天然のDNAと同じヌクレオチド配列を有する単離DNA及びイントロン配列を欠くcDNAの米国特許法101条に基づく特許適格性についての本最高裁判決の結論は、前者では否定、後者では肯定と極めて明快である(もっとも極めて短いcDNAの特許適格性に対する判決の言い回しは、その意味するところが必ずしも明確とは言い難い。)。 判決は、組成物クレームが101条の「組成物」にあたり特許により保護されるか、あるいは天然物についてのものであるとして特許適格性を欠くとされるかどうかについては、中心となる先例とするChakrabarty事件最高裁判決の判断を踏襲するとしているようである。しかしながら、本判決は、Funk Brothers事件最高裁判決との比較において判断するという枠組み以外、本件において、Chakrabarty事件でいう「著しく異なる特徴(markedly different characteristics)」及び「重要な有用性を有し得る(having the potential of significant utility)」を判断基準として採

38 判決は、Chakrabartyのバクテリアに関して、「プラスミドの付加」と「油分解能」を適示していることから、「著しく異なる特徴」に加えて(またはその中に)「重要な有用性を有し得ること」を要件として押さえているものと考えられる。もっとも、 本件でMyriadのクレームするBRCA遺伝子が重要な有用性を有することは問題なく認められる事実であって、判決も“an important and useful gene”であると言及している。

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Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13)

用しているか、さらに対象を遺伝子分野の発明に限っても、上記各要件38への該当性をどう量るかについては、具体的には示していないように思われる。 判決は、Myriadのクレームに対して、ⅰ発見それ自体は特許適格性を有さず、また膨大な努力が特許適格性をもたらすわけではない、ⅱ遺伝子をその周囲の遺伝物質から分離することは発明行為ではない、と判断している。いずれもその判断自体は異論なく受け入れられるものであるが、ⅱについては、どのような人的介入であれば、(人の創造性の産物を創り出したと評価される)発明行為とされるのか、その質あるいは程度についての手掛かりを与えていない。 また、ⅲ化学結合の切断によって天然に存在しない分子が創り出されることを理由として特許適格性は与えられないとの判断についても、判旨からは、Myriadのクレームはその形式から、単離DNA分子の化学的構造よりも単離DNAがコードする遺伝情報に重きを置くと理解されることを判断の根拠とすると読めるところである。しかし、その真意とするところは、当該化学的構造に関する相違が当該クレームにおいて発明の構成要件を特定し発明の特許性に寄与するものであるかどうか等をクレームから検討したものと考えれば、遺伝子特許における遺伝情報の重要性との比較により、単離するための化学結合の切断による構造的な相違は当該クレームの発明的な価値に貢献しておらず「著しく異なる相違」に当たらないと判断したものと解し得るかもしれない39(もっとも上記要件について判決中の当該箇所には何ら言及がない)。また、そのように解することで、本判決の結論がこの種の遺伝子特許に普遍的に及ぶことを理解しやすい。

⑵ Prometheus事件最高裁判例との関係について 本最高裁判決は、そのⅡのAにおいて、Prometheus事件最高裁判例の判示を数多く引用して、Prometheus事件における自然法則の例外についての判旨のある部分は、本件における天然物の例外ルールにおいても妥当することを明示しており、判断対象がプロセスクレームであったか、組成物クレームであったかの相違はあるものの、Prometheus事件最高裁判例の視点が本最高裁判決にその影響を及ぼしているものと思料される。 すなわち、自然法則におけるルールと同様に、自然現象である天然物は特許対象とならないとするルールにも限界があり、天然物であるとの解釈を拡大するあまり本来特許すべき発明の保護までを怠ってはならず、一方で特許の保護を及ぼすべき範囲を超えて科学及び技術研究の基本的なツールとすべき天然物にまでその独占性を及ぼすことのないよう、本最高裁判決は、特許を付与することによって発明等へのインセンティブを促進することと特許の独占性によって発明の促進を妨げないことの間での微妙なバランスをとりつつ、Myriadの特許クレームが101条に定める

「組成物」に該当するか、自然現象をクレームするものかを判断しなければならないとしている。 したがって、Myriad事件最高裁判決は、本稿において先に示した、「Prometheus事件最高裁判決において、自然法則を包含する特許が単なる記述を越えて『発明的概念』を有しなければならないとされたように、天然物を包含する特許は単に天然物に付随的な変化を加える以上の発明的概念を含まなければならない。本件のようにクレームされた組成物が天然物とほとんど変わらない場合には、出願された発明を類似の天然物と区別するのに十分なことを出願人が成したか否かを問うべきである」との第2次CAFC判決のBryson判事の反対意見(本最高裁判決と同じ結論に至っている)における見解ほどには、直接的にPrometheus事件における規範を取り込むものではないにしろ、Myriadのクレームにおける単離DNAの特許適格性の判断にあたっては、Prometheus事件最高裁判決に脈打つ利益衡量的な配慮がなされているものと思料される。

39 第2次CAFCのBryson判事の意見に親和性を有する捉え方である。

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 なお、単離DNA及びcDNAの特許適格性について本最高裁判決と同じ結論を支持してきた米国司法省が、連邦最高裁判所に2013年1月に提出したアミカスブリーフにおいて40、Prometheus事件最高裁判決におけるプロセスクレームについての分析には組成物クレームと共通する基本原理を反映する部分があり、公衆が天然物を研究し使用することを妨げる組成物クレームは、自然法則を研究し利用することを妨げる方法クレームと同じように望ましくないものである、また、改変された天然物がそこに内在する天然物質と「著しく異なる」ものであって特許適格性を有するかの判断に当たっては、改変物に特許を付与することによって、公衆から改変物に内在する天然物質を先取りしてその使用を不可能にすることにならないかを問うべきことをPrometheus事件最高裁判決は示唆しているとして、特に改変された物質と元の物質の相違点が当該物質を自然環境から取り出したことから必要的にもたらされた結果に過ぎない場合には、改変された天然物に特許適格性を及ぼすことがそこに内在する天然物質を独占させることになり得ると結論付けている点は、本最高裁判決のⅡのAの説示に照らして興味深い。

2 本最高裁判決の意義⑴ 本最高裁判決の特徴 本件は、これまでの特許実務において特許保護対象であると認められてきた遺伝子特許の単離されたDNAというカテゴリーのクレームの特許適格性が、初めて訴訟で争われ連邦最高裁判所において判断されるに至ったものである41。 本件訴訟は、特許侵害訴訟の中で特許の無効が争われたものではなく、乳癌及び卵巣癌の発症にかかわり遺伝子診断において重要な役割を果たすBRCA1及びBRCA2という遺伝子についてのMyriadの攻撃的なビジネス手法(診断事業の独占、高額な診断料、収集データの非公開、診断希望者の機会喪失等)に対して、公益的、倫理的目的から分子病理学協会42等の非営利団体や個人を米国自由人権協会43が代理して無効確認訴訟を提起したという社会的背景に特徴がある44。  このため、本件については特に、政策的見地、公益的見地からバランスをとった結論が求められたものである。発明政策についてではあるが、本最高裁判決の配慮については上記第4の1⑵で指摘したとおりである。 本件の争点は「組成物」クレームの特許適格性であるから、当該類型の他のクレーム同様、本件においてもクレームされた単離DNA及びcDNAについて、天然物に該当して、特許の付与に個人が独占することが許容されないものかが問題とされた。 もっとも、判断の対象となったDNAは、特定の構造を有する化学物質が「物」として発揮する作用効果ではなく、DNAのヌクレオチド配列によって伝達される「遺伝情報」にその重要性

40 「いずれの当事者も支持しない法廷助言者としての米国意見書」16及び17頁41 本判決前の検討であるが、詳細な試算により、最高裁が天然と同じヌクレオチド配列を有する単離

DNA分子を天然物と判断した場合、現在有効に存在する米国特許の8,073件がかかる組成物クレームを有しているため無効になると考えられるとの報告がなされている。Nature Biotechnology 31巻5号404頁、2013年5月号。

42 Association for Molecular Pathology43 American Civil Liberties Union44 詳細については、井関涼子「医療行為の特許保護」『現代知的財産法講座Ⅰ知的財産法の理論的研究』(日本評論社、2012)85頁以下参照。個人の遺伝子を解析し各々に適した治療や薬を処方するパーソナルゲノム医療を含め遺伝子診断全般については、フランシス・S・コリンズの『遺伝子医療革命ゲノム科学がわたしたちを変える』(NHK出版、2011)が参考になる。

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Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13)

が認められるという特殊性を有しているため、連邦最高裁判所は、Chakrabarty事件最高裁判決を中心とする従来用いられてきた枠組みを適用して判断する際に、人の介入によって判断対象物が天然物と異なる物となっているかについては、組成物の化学的構造ではなく、遺伝情報を比較している(単離DNAについて化学結合の切断によって天然に存在しない分子が創り出される点ではなく遺伝情報が一致する点に着目し、cDNAについてエキソンのみでありイントロンを欠くことに着目している。)。 本判決において、連邦最高裁判所は、普遍性を有し得る基準または規範を新たに用いることを注意深く避けて、提示された命題に即した限定的な結論を導いているように見受けられる。 米国における天然物についての過去の裁判例を概観すると、鉱物元素については、精製しても天然に存在するものと同一としてその特許適格性が認められず45、一方、アドレナリン46、ビタミンB12

47といった生体天然化合物については、主に精製物の有益性等を評価して特許適格性が認められてきた傾向があるが、いずれもChakrabarty事件最高裁判決以前の判断である。 Myriad事件最高裁判決は上述したように、物そのものではなくて遺伝情報が重要であるDNAを扱っているという特殊性を有し、なおかつ新たな規範を呈するものではないことから、遺伝子特許ではない「組成物」クレームの特許適格性については、本判決が単離物・精製物の判断を厳しくする方向に影響を及ぼし得るものであろうが、基本的にはChakrabarty事件最高裁判決の判断基準を用いて、天然物に該当するかの101条に基づく特許適格性の判断が今後もなされていくものではないかと思料される。

⑵ 遺伝子特許に与える影響 他方、遺伝子特許についても、判示内容からは、本判決の射程がヒトDNAに限定されず、他の動物種やおそらくは植物に及ぶであろうことは理解されるものの、それ以外に、本最高裁判決から得ることのできる手掛かりは少ない。 例えば、RNAについて、マイクロRNA48等天然に由来し特有の機能を有するものがあるようであるが、かかる分子におけるヌクレオチド配列もDNAと同じ程度に遺伝情報としての重要性を有するとして本判決の判断に従うべきものか検討が必要のようにも思える。 また、天然のDNAやRNAと同じヌクレオチド配列を有しているが、単離するのに必要な以上の化学変化、化学的修飾が施されている場合について、本判決はなんら判断を示していないため、Chakrabarty事件最高裁判決を中心とする従来の判断基準を用いるものとしても、どの程度の変化を施せば、「著しく異なる特徴」を有すると評価されるか、その際に「重要な有用性を有し得ること」という要件との関係で、当該物質の有用性がどの程度斟酌されるものか等、本判決が射程としないと明言している天然のヌクレオチド配列自体に変更を加えた場合も含めて、USPTOの新しい審査基準の作成を始めとする方向付け及び実務の蓄積の待たれるところである49。

45 General Electric Co. v. De Forest Radio Co., 28 F.2d 641 (3rd Cir. 1928)、In re Marden, 47 F.2d 957 (1931), In re Marden, 47 F.2d 958 (1931)

46 Parke�Davis & Co. v. H.K.Mulford Co., 189 F.95 (C.C.S.D.N.Y. 1911)47 Merck & Co. v. Olin Mathieson Chem. Corp., 253 F. 2d 156 (4th Cir. 1956)48 miRNA。天然に存在する小分子の非翻訳RNAで、mRNAに結合して調節機能を発揮するようであ

る。前掲『細胞の分子生物学第5版』493頁以下。49 Promethus事件最高裁判決の判断基準、及びそれに対応して改訂された審査基準も大変参考になる

ものと考えられる。

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 なお、101条の特許適格性の判断に当たっては、これまでの先例の判断も、また、本最高裁判決の立場も、新規性や非自明性、あるいは有用性といった他の要件とオーバーラップし得る事項を総合的に101条の評価に取り込んで判断している面があると思料され、特許適格性の判断において考慮される当該「組成物」の新しさや有用性が他の要件と比較して質、程度、その他においていかなるものか明確に整理されれば、米国特許法における当該要件の判断の予測可能性に資すものではないかと、日本の特許法との比較において考えるところである。

⑶ Myriad特許の係争対象クレームについての若干の検討 ところで、判決は単離DNA及びcDNAが特許適格性を有するかという命題に対してその判断を示しているため、係争対象となったMyriadの各クレームについて具体的な有効・無効の判断を行っていない。 Myriadの各クレームは、単離DNA、cDNAと明確に区別されて請求されているわけではない。 本最高裁判決の結論に沿って、特定の遺伝子特許のクレームの有効性を判断するに当たっては、まず各クレームに包含される「単離されたDNA」群、あるいは「精製されたDNA」群等に何が包含されるかの解釈することが前段階として要求されることになるかと思われるため、本件で係争対象となったMyriad特許のクレームのいくつかを取り上げてみることとする。

 例えば、米国特許5,747,282号(以下「282特許」という。)のクレーム1及び2は、以下のとおりである(日本語訳は筆者による仮訳である。正確な記載は脚注の英文で確認されたい。)。

 クレーム1:BRCA1ポリペプチドをコードする単離されたDNAであって、前記ポリペプチドは配列番号2で表されるアミノ酸配列を有する50。 クレーム2:配列番号1で表されるヌクレオチド配列を有するクレーム1記載の単離されたDNA51。

 ここで、配列番号1には、BRCA1タンパク質(ポリペプチド)をコードするcDNAのヌクレオチド配列、配列番号2には、BRCA1タンパク質のアミノ酸配列が記載されている。 282特許の明細書に記載された「コードする」52、「単離された」53という用語についての広い定

50 Claim 1:An isolated DNA coding for a BRCA1 polypeptide, said polypeptide having the amino acid sequence set forth in SEQ IDNO:2.

51 Claim 2:The isolated DNA of claim 1, wherein said DNA has the nucleotide sequence set forth in SEQ ID NO:1.

52 “Encode”. A polynucleotide is said to "encode" a polypeptide if, in its native state or when ma-nipulated by methods well known to those skilled in the art, it can be transcribed and/or translat-ed to produce the mRNA for and/or the polypeptide or a fragment thereof. The anti-sense strand is the complement of such a nucleic acid, and the encoding sequence can be deduced therefrom.

53 “Isolated” or “substantially pure”. An “isolated” or “substantially pure” nucleic acid (e.g., an RNA, DNA or a mixed polymer) is one which is substantially separated from other cellular compo-nents which naturally accompany a native human sequence or protein, e.g., ribosomes, polymeras-es, many other human genome sequences and proteins. The term embraces a nucleic acid se-quence or protein which has been removed from its naturally occurring environment, and includes recombinant or cloned DNA isolates and chemically synthesized analogs or analogs biologically synthesized by heterologous systems.

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Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月― 15 ―

Myriad米国連邦最高裁判所判決(2013.6.13)

義にしたがって解釈すると、クレーム1に記載された「単離されたDNA」は、転写及び/または翻訳によってBRCA1タンパク質になり得る複数のヌクレオチド配列を包含することになる。本件においてはイントロン配列を有する「単離DNA」を含むものと解されているようである54。 もっとも、上記解釈については実務家としては異なる意見もあるようであり55、同様のクレームの記載であっても、そこに包含される単離されたDNA分子群がいかなる類型に属するか、無効等の主張をする際には、当該クレームにおける解釈について検討すべきものかと思われる。 一方、クレーム2の「単離されたDNA」とは、クレーム1に記載された単離されたDNAのうち、配列番号1のヌクレオチド配列を有するものに限定されるため、当該cDNAを意味することになる。 また、282特許のクレーム5及び6は以下のとおりである。

 クレーム5:クレーム1記載のDNAの少なくとも15のヌクレオチドを有する単離されたDNA56。 クレーム6:クレーム2記載のDNAの少なくとも15のヌクレオチドを有する単離されたDNA57。

 クレーム5及びクレーム6は各々クレーム1記載のDNAまたはクレーム記載のDNAの少なくとも15ヌクレオチド配列を有する「単離されたDNA」であって、字義からするとこれらのクレームはそのヌクレオチド数や配列においてかなり多様なDNA群を包含するものではないかと思料される。 これらのクレームには、最少の場合には15ヌクレオチド長の短いものが包含され、この場合には当該分子の有するヌクレオチド配列が天然のDNAのヌクレオチド配列に一致することも十分あり得る(例えば、cDNAであるクレーム2記載のDNAの少なくとも15ヌクレオチド配列を含むクレーム6の場合であって短いDNAのヌクレオチド配列が複数のエキソンに及ぶものでなければ「イントロンを欠く」わけではないので天然のDNAと一致する。)。 本最高裁判決のcDNAについての判示の末尾部分はこのような場合を含めて指しているものと考えられ、結論は明言されていないが、論理的には天然物に当たるとして特許適格性を否定され得ることになる58。

3 日本における状況 日本においては、特許法第29条第1項柱書に規定される「産業上利用することができる発明」の要件が、「発明」59であることの要件と、「産業上利用することができる発明」60であることの要

54 第2次CAFC判決におけるBryson判事の反対意見等。55 米国知的所有権法協会のバイオテクノロジー委員会副会長であったMercedes K. Meyerは、一般に

タンパク質を暗号化する単離されたDNAとはイントロンを含まないDNAであると解釈されており、本件でイントロン配列やその他の配列を含むと考えられるのは、米国特許5,693,473号のクレーム1ぐらいであるとしている。「Prometheus事件−米国における特許適格且つ権利行使可能な主題の特許請求に及ぼす影響−」AIPPI 57巻11号708頁(2012)

56 Claim 5:An isolated DNA having at least 15 nucleotides of the DNA of claim 1.57 Claim 6:An isolated DNA having at least 15 nucleotides of the DNA of claim 2.58 クレームを工夫する余地はあろうかと考えられる。なお、第2次CAFC判決のBryson判事の反対

意見で15のヌクレオチドの特許適格性が問題とされていることは既に指摘した。

Page 16: 新判決例研究 (第187回) Myriad米国連邦最高裁判 …...obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title. 7 Diamond v. Chakrabarty,

Vol. 11 No. 131 知財ぷりずむ 2013年8月― 16 ―

件に分けて判断される。 審査基準61は、「発明に該当しないもの」として、「単なる発見であって創作でないもの」をあげ、以下の説明のとおり、単離した天然物は「発明」に当たるという、従来の米国実務と共通する基準を示している。 「『発明』の要件の一つである創作は、作り出すことであるから、発明者が意識して何らの技術的思想を案出していない天然物(例:鉱石)、自然現象等の単なる発見は『発明』に該当しない。しかし、天然物から人為的に単離した化学物質、微生物などは、創作したものであり、『発明』に該当する。」 さらに、生物関連発明特有の事項として、遺伝子に係る請求項は以下のように記載することとしている(③及び④省略)。 「①遺伝子は、塩基配列により特定して記載することができる。 ②構造遺伝子は、当該遺伝子によってコードされたタンパク質のアミノ酸配列により特定して記載することができる。 例:Met−Asp−・・・・Lys−Gluで表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子。」 つまり、特に天然のDNA配列と異なるヌクレオチド配列であることを要求してはいない。また、構造遺伝子の意義についてもイントロン部分を含むものか否か審査基準からは明らかではない。 したがって、実務においてこれまで、特許請求の範囲に記載したDNA群に天然のDNAと同じヌクレオチド配列を有するDNAが含まれることがあっても、「発明」として認められてきたことは米国と同じではないだろうか62。 遺伝子診断の活用状況や保険制度、あるいは特許権者の権利行使の状況等、米国とは異なる事情もあるものと思われるが、米国における遺伝子特許の保護方針の転換を踏まえて、天然のDNA配列に特許権を及ぼすことの米国と共通する問題について、今後我が国としても改めて検討がなされることになるものと思料する。

59 特許法2条1項によって「自然法則を利用した技術的思想のうち高度のもの」と定義される。60 人間を手術、治療または診断する方法が該当しないとされている点で米国と異なる。61 第Ⅱ部第1章、第Ⅳ部第2章生物関連発明。62 本件で争われたMyriadの282特許等の対応日本特許である特許第3241736号では補正により請求項

の記載に変更が加えられており、その包含するDNAの範囲はにわかに明らかではないが、「単離核酸」の用語が用いられ、明細書中の「コードする」「単離された」の定義事項も同様の内容のようである。