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症例報告 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 46, pp. 69–76, 2018 1 川崎市立多摩病院 臨床研修センター 2 川崎市立多摩病院 総合診療センター 3 川崎市立多摩病院 内科学 (神経内科) 4 川崎市立多摩病院 内科学 (消化器肝臓内科) 5 川崎市立多摩病院 内科学 (総合診療内科) 6 聖マリアンナ医科大学 内科学 (神経内科) 特徴的な症状を欠き診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1 むら まり 1, 2 すず ゆう 2, 3 おく あき 2, 4 さくら けん ぞう 2, 3 うち けん 2, 3 もり 2, 3 ほり うち まさ ひろ 3 ひろ まさ のり 2, 5 やま とく まさ 6 がわ やす ひろ 6 (受付:平成 30 3 9 ) 我々は特徴的な症状を欠き診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1 例を経験したので報告する例は 32 女性2007 年に深在性エリテマトーデスと診断された2013 8 月の前医紹介時 はプレドニゾロン 20.0 mg/日を服用しており2016 7 月にシクロスポリン 100 mg/日が追加 された同年 10 月下旬から連日出現する頭痛を自覚していた同年 11 月上旬に経過が良好の ためプレドニゾロンが 17.5 mg/日へ減量された2 週間後より頭痛に加え 37ºC 台の発熱嘔気嘔吐が出現し精査されるも器質的疾患は認めなかったまたシクロスポリン中止に よる改善もなかった緊張型頭痛の診断にてアルプラゾラムとロキソプロフェンナトリウム頓 用が開始となったが症状改善に乏しいため当院紹介となった初診時連日出現し持続する中 等度の頭痛を有するも随伴する神経学的異常所見は認めなかった血液検査では炎症反応の 上昇と抗好中球細胞質抗体 (MPO-ANCA) が陽性であり頭部造影 MRI では右側頭部側円蓋部両側小脳テントに硬膜肥厚が認められMPO-ANCA 陽性肥厚性硬膜炎と診断され ステロイド療法にて症状は速やかに軽快しアザチオプリン併用にて再燃なく経過してい 頭痛以外に神経学的異常所見は認めず肥厚性硬膜炎の特徴的な主要症状を欠き診断に苦 慮したが難治性の頭痛の鑑別疾患として肥厚性硬膜炎を考慮し施行した頭部造影 MRI が有 用であった症例と考えられた索引用語 肥厚性硬膜炎頭痛頭部造影 MRI 肥厚性硬膜炎は慢性的な硬膜の炎症により頭痛 および脳神経麻痺や小脳失調などの神経障害を呈す る疾患である 1)2) その原因は特発性をはじめとして感染症や自己免疫性疾患など多岐にわたり 3–6) 近年 ではその病態に血管炎の関与が示唆されている 7) 厚性硬膜炎の診断には頭部造影 magnetic resonance imaging (MRI) の有用性が明らかになっている 8) 今回我々は頭痛以外の神経学的異常所見は認め 特徴的な主要症状を欠き診断に苦慮した肥厚性 硬膜炎の 1 例を経験したので報告する13 69

特徴的な症状を欠き診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/462/46-2-02-Murao.pdfANC; Aproteinas e-3 anti-neu trophil cyt opla smic

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症例報告 聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 46, pp. 69–76, 2018

1 川崎市立多摩病院 臨床研修センター2 川崎市立多摩病院 総合診療センター3 川崎市立多摩病院 内科学 (神経内科)

4 川崎市立多摩病院 内科学 (消化器・肝臓内科)

5 川崎市立多摩病院 内科学 (総合診療内科)

6 聖マリアンナ医科大学 内科学 (神経内科)

特徴的な症状を欠き診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1例

村むら

尾お

毬まり

那な

1, 2 鈴すず

木き

祐ゆう

2, 3 奥おく

瀬せ

千ち

晃あき

2, 4 櫻さくら

井い

  謙けん

三ぞう

2, 3

内うち

野の

賢けん

治じ

2, 3 森もり

華か

奈な

子こ

2, 3 堀ほり

内うち

正まさ

浩ひろ

3

廣ひろ

瀬せ

雅まさ

宣のり

2, 5 山やま

徳とく

雅まさ

人と

6  長は

谷せ

川がわ

泰やす

弘ひろ

6

(受付:平成 30 年 3 月 9 日)

抄 録我々は特徴的な症状を欠き診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1 例を経験したので報告する。症

例は 32 歳,女性。2007 年に深在性エリテマトーデスと診断された。2013 年 8 月の前医紹介時はプレドニゾロン 20.0 mg/日を服用しており,2016 年 7 月にシクロスポリン 100 mg/日が追加された。同年 10 月下旬から連日出現する頭痛を自覚していた。同年 11 月上旬に経過が良好のためプレドニゾロンが 17.5 mg/日へ減量された。約 2 週間後より頭痛に加え 37ºC 台の発熱,嘔気・嘔吐が出現し,精査されるも器質的疾患は認めなかった。また,シクロスポリン中止による改善もなかった。緊張型頭痛の診断にてアルプラゾラムとロキソプロフェンナトリウム頓用が開始となったが症状改善に乏しいため当院紹介となった。初診時,連日出現し持続する中等度の頭痛を有するも,随伴する神経学的異常所見は認めなかった。血液検査では炎症反応の上昇と抗好中球細胞質抗体 (MPO-ANCA) が陽性であり,頭部造影 MRI では,右側頭部,両側円蓋部,両側小脳テントに硬膜肥厚が認められ,MPO-ANCA 陽性肥厚性硬膜炎と診断された。ステロイド療法にて症状は速やかに軽快し,アザチオプリン併用にて再燃なく経過している。頭痛以外に神経学的異常所見は認めず,肥厚性硬膜炎の特徴的な主要症状を欠き診断に苦慮したが,難治性の頭痛の鑑別疾患として肥厚性硬膜炎を考慮し施行した頭部造影 MRI が有用であった症例と考えられた。

索引用語肥厚性硬膜炎,頭痛,頭部造影 MRI

緒 言

肥厚性硬膜炎は慢性的な硬膜の炎症により,頭痛

および脳神経麻痺や小脳失調などの神経障害を呈する疾患である1)2)。その原因は特発性をはじめとして,感染症や自己免疫性疾患など多岐にわたり3–6),近年ではその病態に血管炎の関与が示唆されている7)。肥厚性硬膜炎の診断には頭部造影 magnetic resonance

imaging (MRI) の有用性が明らかになっている8)。今回我々は,頭痛以外の神経学的異常所見は認め

ず,特徴的な主要症状を欠き診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1 例を経験したので報告する。

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Table 1. Laboratory Findings on Admission

Hematology Biochemistry Serology

WBC 9700/μl TP 6.4 g/dl CRP 5.63 mg/dl

Neutro 86.0 % ALB 4.2 g/dl ANA < 40 fold

Lymph 8.5 % T.Bil 0.4 mg/dl MPO-ANCA 32.1

Mono 5.5 % AST 14 U/l PR3-ANCA (-)

Eosino 0 % ALT 15 U/l C3 143 mg/dl

Baso 0 % LDH 134 U/l C4 35 mg/dl

RBC 479×104/μl γ-GTP 28 U/l IgG 663 mg/dl

Hgb 11.4 g/dl ALP 296 U/l IgA 224 mg/dl

Hct 35.1 % Cr 0.49 mg/dl IgM 83 mg/dl

Plt 37.8×104/μl BUN 7.7 mg/dl

ESR60 32mm/hr

Coagulation

PT INR 1.06

APTT 35.7

(25.4-36.9 sec)

Na 137 mEq/l

K 3.9 mEq/l

Cl 99 mEq/l

CK 306 IU/l

FPG 115 mg/dl

Cerebrospinal fluid

Cell count 3/mm3

Protein 41 mg/dl

Glucose 52 mg/dl

Bacteriological culture (-)

Acid-fast bacteria stain (-)

Abbreviations: erythrocyte sedimentation rate, ESR; ANA, antinuclear antibody; myeloperoxidase anti-neutrophil cytoplasmic antibody, MPO-

ANCA; proteinase-3 anti-neutrophil cytoplasmic antibody, PR3-ANCA.

症 例

症 例: 32 歳,女性。主 訴: 頭痛,嘔気・嘔吐および発熱。現病歴: 2007 年より初診医にて深在性エリテマトーデスと診断された。2013 年 8 月の前医紹介時からはプレドニゾロン (prednisolone, PSL) 20.0 mg/日により内服加療が行われた。2016 年 7 月に皮疹の増悪に対してシクロスポリン 100 mg/日が追加された。同年 10 月下旬から連日出現する非拍動性の頭痛を自覚していた。同年 11 月上旬に深在性エリテマトーデスが経過良好のため PSL が 17.5 mg/日へ減量された。約 2 週間後の同年 11 月下旬より頭痛に加え,37ºC 台の発熱および嘔気・嘔吐が出現したため精査加療目的にて前医へ入院となった。同院で施行された頭部単純 MRI 検査,上部内視鏡検査および胸腹部単純 CT 検査では,主訴の原因となり得る器質的疾患を認めなかった。また,シクロスポリンによる副作用も示唆されたため投薬を中止したが改善はなかった。このため,緊張型頭痛と診断されアルプラゾラム 0.4 mg/日およびロキソプロフェンナトリウム 60 mg 頓用による治療が開始となり,ロキソプロフェンナトリウム 60 mg の使用により一時的に軽快するも症状は消失することなく持続したため同年 12

月中旬に精査加療目的にて当院紹介受診となった。既往歴: なし。

生活歴: 喫煙なし,飲酒なし。家族歴: 特記事項なし。内服歴 (当院受診時): PSL17.5 mg/日,アルプラゾラム 0.4 mg/日,アルファカルシドール 0.5 μ/日,ラベプラゾールナトリウム 20 mg/日,スルファメトキサゾール・トリメトプリル 1 mg/日,酸化マグネシウム 990 mg/日,ロキソプロフェンナトリウム 60

mg/頓用。入院時現症: 身長 156 cm,体重 57 kg,体温 36.5ºC,脈拍 72/分 (整),血圧 124/90 mmHg,動脈血酸素飽和度 98% (室内気下)。胸 部: 心音ならびに呼吸音に異常なし。腹 部: 蠕動音正常。平坦,軟で圧痛なし,肝脾は触知せず。

表在リンパ節は触知せず,四肢に異常を認めず。その他の身体所見に異常なし。

入院時神経学的所見: 意識清明で見当識障害なし。脳神経に異常所見は認めず,運動系,感覚系,協調運動,自律神経および反射に異常所見なし。頭痛は両側性の締め付けられるような非拍動性頭痛で,嘔気・嘔吐を伴うこともあり,動作による増悪や光または音過敏は認めなかった。随伴症状は認めず,程度は日常生活に支障をきたす中等度であり,ロキソプロフェンナトリウム 60 mg の内服により一時的に軽快するも,1 日のうちに 2〜3 回の頓用を必要とするものであった。ロキソプロフェンは長期服用して

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村尾毬那 鈴木祐 ら70

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a b

c d

R L

T1WI

T1WI

Figure 2. Brain MRI with gadolinium en‐

hancement (T1WI).

Brain MRI with gadolinium en‐

hancement indicates dural thickening

in right temporal region (2-a) and bi‐

lateral cerebellar tentoriums (2-b) be‐

fore treatment, which improved after

treatment (2-c and d).

Abbreviations: MRI, magnetic reso‐

nance imaging; R, right; L, left.

T1WI T2WI FLAIR DWI

FLAIR DWI

R L

T1WI T2WI

Figure 1. Brain MRI without enhancement.

Brain MRI without enhancement shows no obvious abnormal findings.

Abbreviations: MRI, magnetic resonance imaging; FLAIR, fluid attenuated inversion recovery;

DWI, diffusion weighted image; R, right; L, left.

いたが効果は認めており,頭痛の性状も経時的な増悪は認められなかった。入院時血液および髄液検査所見: 白血球数 9700/μl,赤血球沈降速度 32 mm/1hr,CRP 5.63 mg/dl と炎症反応の上昇を認めた。また,抗好中球細胞質抗体(myeloperoxidase anti-neutrophil cytoplasmic anti‐

body, MPO-ANCA) が陽性であった。髄液検査では細胞数ならびに蛋白に異常を認めなかった (Ta‐

ble 1)。経 過: 入院後もロキソプロフェンナトリウム 60

mg の内服により一時的に軽快する頭痛が持続した。前医でも発熱ならびに炎症反応上昇が認められたことから血管炎症候群を含む精査は行われていたが,前医ならびに当院での再検査で MPO-ANCA が陽性となったため,頭痛の鑑別診断として肥厚性硬膜炎を考慮した。第 12 病日に施行した頭部 MRI にて,単純 MRI では明らかな異常所見はなかったが (Fig‐

ure 1),造影 MRI において右側頭部,両側円蓋部ならびに両側小脳テントに硬膜肥厚を認めた (Fig‐

ure 2a, b)。肥厚性硬膜炎の成因として特発性のほか,梅毒,結核,真菌などの感染症や関節リウマチ,全身性ループスエリテマトーデス,Sjögren 症候群,サルコイドーシス,Wegenaer 肉芽腫症などの自己免疫性疾患や血管炎症候群への続発が挙げられ,深在性エリテマトーデス以外に原因となり得る疾患の有

無を精査したが,各種項目において他の疾患を示唆する所見は認めなかった (Table 2)。主要症状である脳神経障害や病理診断を欠くものの,頭部造影 MRI

および血液検査所見より MPO-ANCA 陽性肥厚性硬

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診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1 例 71

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Table 2. Additional Laboratory Findings for Evaluation of Underlying Illness

Serology and Immunology

Treponemal antibody (-) Anti ss-DNA antibody 2.9 U/ml

Rapid plasma reagin (-) Anti ds-DNA antibody 1.3 U/ml

T-spot ® TB Anti SS-A antibody (-)

(Interferon gamma release assay) Anti SS-B antibody (-)

Panel A (-) Anti-sm antibody (-)

Panel B (-)

HIV antibody (-) ACE 5.3 IU/l

HTLV-Ⅰ antibody (-)

β-D-glucan 14 pg/ml

Blood culture Negative

Abbreviations: HIV, human immunodeficiency virus; HTLV-1, human T-cell lymphotropic virus type 1; Anti ss-DNA antibody, anti-single

stranded DNA IgG antibody; Anti ds-DNA antibody, anti-double stranded DNA IgG antibody; Anti SS-A antibody, Anti-Sjögren’s-syndrome-

related antigen A; Anti SS-B antibody, Antibodies against Sjögren’s syndrome–related antigen B; Anti-smantibody,

Anti-Smith antibody; ACE, angiotensin converting enzyme.

17.5mg/day PSL 17.5mg/day

Admission Day 12 Day 15

mPSL 1000mg/day

PSL 30.0mg/day

Day 25

25.0mg/day22.5mg/day

13.0mg/day

Azathioprine 100mg/day

Headache

CRP (mg/dl)

ESR (mm/1hr)

5.63

32

5.26

37

0.21

15

0.11

9

Time course

Contrast-Enhanced MRI

Cyclosporin 100mg/day

PSL 20.0 mg/day

Fever, Nausea, and Vomit

Figure 3. Figure 3 shows clinical course.

Abbreviations: MRI, magnetic resonance imaging; PSL, prednisolone; mPSL, methylprednisolone.

CRP, C-reactive protein; ESR, erythrocyte sedimentation rate.

膜炎と診断,同日よりステロイドパルス療法 (メチルプレドニゾロン,methylprednisolone, mPSL; 1000

mg/日を 3 日間経静脈的投与) を開始した。頭痛および嘔気・嘔吐は速やかに消失し,第 15 病日から後療法として PSL30.0 mg/日の内服加療に切り替えた。以後,頭痛は再発無く経過し,CRP および血液沈降速度も正常値に回復したため PSL を漸減した。第27 病日 (治療開始後 15 日目) に治療効果評価目的にて施行した頭部造影 MRI では,硬膜の造影効果の改善傾向を認めた (Figure 2c, d)。その後は外来診療

とし,PSL の減量に伴う症状再燃防止のためアザチオプリン 100 mg/日を併用し,PSL13.0 mg/日にて頭痛や嘔気・嘔気は再燃なく経過してる (Figure 3)。

考 案

肥厚性硬膜炎は,特発性または感染,自己免疫性疾患および血管炎症候群などの様々な原因疾患を背景とし,慢性的な硬膜の炎症により頭痛や脳神経障害などをきたす疾患の総称である2)9)。近年ではその原因に ANCA 関連疾患の関与が知られており 1– 4),

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村尾毬那 鈴木祐 ら72

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MPO-ANCA 陽性肥厚性硬膜炎を限局型 Wegener 肉芽腫症ととらえる一方で10),基礎疾患に ANCA 関連疾患を有さずに MPO-ANCA のみが陽性となる場合もあり一定の見解は得られていない1)7)11)。代表的な臨床症状は,頭痛,脳神経障害および小脳失調などであり,頭痛または視力障害を初発症状とすることが多く,本邦からの報告では頭痛は約 70%で,脳神経障害は約 60%で認められている9)。また,炎症所見に関しては発熱は 12%と低頻度であるが,CRP 増加や赤血球沈降速度亢進などは 97%で認められる9)。診断は頭部造影 MRI における T1WI および T2WI

強調画像で低信号,ガドリニウム造影 T1WI 強調画像で高信号を呈する硬膜の肥厚所見の証明によりなされる6–9)11)12)。治療は原因が同定されるものは原因に対する治療を行うが,特発性や自己免疫性疾患による場合はパルス療法を含む副腎皮質ステロイド投与が行われる。しかしながら副腎皮質ステロイド療法では減量過程,特に PSL20.0 mg/日以下での再燃が経験され,他の免疫抑制剤の併用が必要になることがある2)9)。1869 年の Charcot らによる報告以来,稀な疾患として取り扱われてきたが13–15),近年では疾患に対する理解や認識が深まり,日常診療において念頭に置くべき疾患に変遷してきた。

肥厚性硬膜炎において頭痛および脳神経障害はいずれも高頻度で認められる特徴的な症状であり9),自験例が診断に難渋した主たる理由として肥厚性硬膜炎に特徴的な臨床症状の一つである脳神経障害を認めなかったことが挙げられる。加えて頭痛の性状が緊張型頭痛に類似していたことも要因の一つであった16)。肥厚性硬膜炎では肥厚した硬膜による直接圧迫や循環障害,神経周膜への炎症細胞の浸潤または脳圧亢進などにより脳神経障害が出現する可能性が指摘されている2)6)7)9)。自験例では両側小脳テントに硬膜肥厚を認めたものの,その画像所見からは著しい肥厚には至っておらず,直接圧迫や神経周膜への炎症の波及などが軽微であり脳神経障害を呈さなかった可能性が考えられる。頭痛の性状に関しては,持続性で頭部挙上にて軽快するとの報告17)や,自験例の如く非拍動性頭痛または頭部全体の締め付けられるような痛みを主訴とした症例が報告されていた6)12)。肥厚性硬膜炎では非拍動性の痛みや締め付けられる痛みなど,緊張型頭痛に典型に類似する症状を呈するため16),頭痛の診断ではその鑑別診断に注意を払う必要がある。一方,自験例や既報の如く発

熱や炎症反応増加を伴うことも多く6)7)9)11),これらの所見は肥厚性硬膜炎を診断する一助になると考えられる。また,ANCA 関連疾患との関連が示唆されており,明らかな血管炎症候群合併の有無にかかわらず MPO-ANCA が陽性を示した報告が蓄積されている1–4)7)10)11)。自験例においても MPO-ANCA が陽性であったことが鑑別疾患として肥厚性硬膜炎を念頭に置く契機となったことから,診断に苦慮する頭痛診療では血管炎症候群の有無を問わず MPO-ANCA の測定を一考すべきと考えられる。

肥厚性硬膜炎の診断基準はいまだ確立されていないが,硬膜生検による炎症細胞浸潤を伴う線維性肥厚や頭部造影 MRI による硬膜肥厚の証明により診断され,特に頭部造影 MRI 所見が有用とされる2)6–9)11)12)。自験例では当初頭部単純 MRI が施行されていたが診断に結び付く所見を得ることができず,MPO-ANCA などの血液検査所見から肥厚性硬膜炎を鑑別に挙げられたことから頭部造影 MRI を施行し確定診断に至った。このように,診断に難渋する頭痛の精査では CT や単純 MRI に加え,必要に応じ頭部造影 MRI を行うことを考慮すべきである。

肥厚性硬膜炎の治療として副腎皮質ステロイドの有用性が報告されているが 2)3)6)7)9)11)12),一方でPSL20.0 mg/日以下への減量の過程で再燃に伴う他の免疫抑制剤の併用が必要となる場合が経験される2)9)。自験例では深在性エリテマトーデスに対して一日当たり PSL20.0 mg およびシクロスポリン 100

mg の投与下にて頭痛を発症しており,PSL17.5 mg

への減量後に発熱や嘔気・嘔吐が発現していた。肥厚性硬膜炎の発症と PSL 減量の時期が偶然に重なった可能性もあるが,PSL が肥厚性硬膜炎に対し鎮静的に作用したため,PSL の減量に伴い炎症が顕性化した可能性もある。また,PSL が十分ではないにせよ作用していたのであれば,自験例において脳神経障害の発症を欠いた要因の一つとして挙げることができる。副腎皮質ステロイド減量に伴う再燃時にはアザチオプリンまたはシクロホスファミドが併用され2)18),自験例においても PSL の減量に伴う症状再燃防止のためアザチオプリンが併用され良好な経過が得られている。一方,深在性エリテマトーデスに対して PSL に併用されていたシクロスポリンに関する検討はなされておらず,その効果は不明であるが,少なくとも自験例においては臨床経過からは効果的な作用は有さなかったと考えられた。現時点で肥厚

17

診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1 例 73

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性硬膜炎の治療法に一定の見解はないが,今後の症例の蓄積による治療法の確立が望まれる。

結 語

特徴的な主要症状を欠いたことから診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の 1 例を経験した。難治性の頭痛診療においては,肥厚性硬膜炎を鑑別疾患として念頭に置く必要がある。

本報告の要旨は,第 639 回日本内科学会関東地方会で発表した (2018 年 2 月)。

※本論文に関連し,開示すべき COI 状態にある企業,組織,団体は有りません。

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15) Charcot JM, Joffroy A: Deux cas d’atrophie

musculaire progressive : avec lésions de la sub‐

stance grise et des faisceaux antérolatéraux de

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1 Clinical Training Center, Kawasaki Municipal Tama Hospital, Kawasaki, Japan2 Tama Medical Practice Center, Kawasaki Municipal Tama Hospital, Kawasaki, Japan3 Division of Neurology, Department of Internal Medicine, Kawasaki Municipal Tama Hospital, Kawasaki, Japan4 Division of Gastroenterology and Hepatology, Department of Internal Medicine, Kawasaki Municipal Tama Hospital, Ka‐

wasaki, Japan5 Division of General Internal Medicine, Department of Internal Medicine, Kawasaki Municipal Tama Hospital, Kawasaki,

Japan6 Division of Neurology, Department of Internal Medicine, St. Marianna University School of Medicine, Kawasaki, Japan

Abstract

A Difficult to Diagnose Case of Hypertrophic Pachymeningitis with

Absence of Characteristic Symptoms

Marina Murao1, 2, Yu Suzuki2, 3, Chiaki Okuse2, 4, Kenzo Sakurai2, 3,Kenji Uchino2, 3, Kanako Mori2, 3, Masahiro Horiuchi3,

Masanori Hirose2, 5, Masato Yamatoku6, and Yasuhiro Hasegawa6

We present a difficult-to-diagnose case of hypertrophic pachymeningitis with the absence of characteristicsymptoms. A 32-year-old woman was diagnosed as having lupus erythematosus profundus in 2007. In August2013, she was prescribed oral prednisolone at 20.0 mg/day for her condition, and cyclosporine 100 mg/day wasadded in July 2016. From October, she experienced headache daily. In November, the prednisolone dosage wasreduced to 17.5 mg/day because her lupus erythematosus profundus showed good improvement. About twoweeks after the dosage reduction, she complained of fever of over 37 °C, general malaise, and vomiting, in addi‐tion to her headache; thus, she was closely examined by her previous doctor, but no organic disease was found.Her symptoms did not improve even when the cyclosporine was stopped. She was diagnosed as having tension-type headache and was prescribed alprazolam and loxoprofen sodium as needed. However, her symptoms barelyimproved. On her first visit to us, she presented with medium-severity continuous headache occurring every day,but no clearly associated neurological abnormalities were found. Blood test results showed an enhanced inflam‐matory response and positivity for myeloperoxidase anti-neutrophil cytoplasmic antibody (MPO-ANCA). Brainmagnetic resonance imaging (MRI) indicated enlargement of the pachymeninx on the right side of her head,bilateral fornices, and bilateral cerebellar tentoriums, and she was diagnosed as having hypertrophic pachyme‐ningitis. Her symptoms rapidly improved after the administration of a corticosteroid and did not exacerbatedeven with the combined use of azathioprine. The diagnosis in this patient was difficult because no characteristicsymptoms of hypertrophic pachymeningitis except for headache were observed. The enhanced brain MRI washelpful in determining the underlying cause of headache in the absence of any other clear neurological abnor‐malities and in making the final diagnosis of hypertrophic pachymeningitis.

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