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研究紀要発刊に寄せて - sayamagaoka-h.ed.jp · 2学期期末考査に全力を 第 25号 「新連載:構文から攻める英文読解(その5)」 一般入試進学GDの内容

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Page 1: 研究紀要発刊に寄せて - sayamagaoka-h.ed.jp · 2学期期末考査に全力を 第 25号 「新連載:構文から攻める英文読解(その5)」 一般入試進学GDの内容
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研究紀要発刊に寄せて

校長 

小 

川 

義 

本校教職員の皆様の研究の足あとを、ここにまとめて頂いた。互いの研修を深める一里塚として活用して頂き

たい。

高等学校、中学校教職員の研究成果は、世に言う学術論文とは異なる。大学院で修士、博士の過程を踏んだ先

生方も本校には多いが、単に学術論文ならば、大学の学術誌、学会誌等に発表する機会は幾らもある。

我々教師、学園に働く事務職員は、生徒の幸せを願って活動する実践集団である。勢い、学術的なものばかり

でなく、実践の足あと、生徒の学校生活での息づかいが伝わる、感想文的な文章も、大いに歓迎される。むしろ

今後は、その方向を目指して進んでいきたいものである。

本年度に発刊する研究紀要が、生徒並びに教職員に取り、共に一途に生きてきた足あとを振り返る、一里塚と

なれば幸いである。

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目    

「学年通信」で生徒に何を伝えるか

米 

本 

信 

和………

都賀庭鐘の八百比丘尼受容態度について 

「肉食」・「功過」との関連をめぐって

樋 

口 

敦 

士………

16

村山党中氏の成立と展開 

狭山ヶ丘学園三ヶ島農園の応永三十二年銘板碑に関連して

山 

野 

龍太郎………

30

恵施の基本思想と命題解釈

小 

貫   

淳………

45

吉野作造を読む

大 

江 

基 

史………

56

高大接続改革と「狭山ヶ丘の教育」のこれから

石 

田 

慎 

介………

69

利休と宗旦

中 

村 

静 

子………

77

教育と研究の連関 

古文教材を例として ―

嶋 

田 

龍 

司………

87

「PC離れ」がもたらすセキュリティリスク

吉 

實 

大 

輔………

102

自由英作文の内容面でのつまずきはどのように起きるか

石 

井   

駿………

108

言語から考える世界史 

~神聖ローマ帝国を実践例として~

地 

挽 

保 

雄………

114

新教研レポート

新教育課程研究推進部……

214

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1

私の座右の銘の一つは「人間性豊かな実力主義」という言葉で

ある。

これからの時代は、知識もさることながら、知識を人類の幸福

のために役立てる知恵を兼ね備えた人間が必要であると考えるか

らだ。そして、そうした人間を育てることが教育機関の目的であ

ると思う。

その観点から、「進学指導」はそれと並行して、「生活指導」と「人

格指導」が成されなければならない。進学指導は裏を返せば受験

指導ともいえる。現行の受験制度では思考力・表現力以上に、圧

倒的な知識量が要求される。そのため、知識が豊富な人間は確か

に増えた。しかし知識を現実の社会でどう役立てるかという知恵

を、その後の学校教育の場で何処まで教えているかは甚だ疑問で

ある。

私が「通信」の中で書き綴ったことは二つある。一つは、受験

勉強に対するモチベーションである。勉強が苦手な生徒にも学習

意欲をかき立てるような内容になるよう工夫した。具体的な勉強

方法を、教科の先生方の協力を得て連載したこともある。

二つ目は、生徒一人ひとりに精神的に自信をつけさせることで

る。自分は独立した一個の人格であり、その能力には限界が無い

こと。さらには感謝の心、他者への思いやり、人の不幸の上に自

分の幸福を築かないこと、そして常に高見を目指して立ち向かう

勇気を持つことである。そのために、読書感想文や偉人の伝記、

日常の中で私が感じたことなどを紹介した。それは通信全体の紙

面の半分を使って大きく掲載した。

「通信」は担任や学年部長を仰せつかった年は、ほぼ毎年発行

した。始めは不定期に気が向くままにペンを執っていたが、そう

した恣意的な記録は40年の歳月を経てどこかへ消え去ってしまっ

た。定期的に最後まで発行し続けた通信だけが手元に保管された。

ここ10年程で現存している通信は以下の通りである。

1996年 

1G担任  

学級通信88号まで。

1999年 

1H担任  

学級通信33号まで。

「学年通信」で生徒に何を伝えるか

米 

本 

信 

1

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2

2006年 

3学年部長 

学年通信31号まで。

2008年 

3学年部長 

学年通信40号まで。

2010年 

2E担任  

学級通信40号まで。

2012年 

1D担任  

学級通信36号まで。

今回はこの中から、2006年に書かれた学年通信の一部を紹

介させて頂く。後学のための参考になれば幸いである。

形式

B4見開きで左側に学年部長、他の先生方の文章、右側に様々

な情報を掲載

第1号 

「新学期のスタートにあたり」

○特別自習室利用の奨め

      

①他人と比較するな 

ひたすら自己を鍛えよ

      

②感謝の心を忘れるな  

      

③勉強は気迫を持って挑戦せよ

第2号 

「どんな生徒が合格するのか」

○進路ガイダンスの日程と参加心得

第3号 

「志望校の決め方」

○偏差値ではなく行きたい大学を選べ

第4号 

「連載:英語の勉強法(その1)」米本信和

第5号 

「連載:英語の勉強法 (

その2)

」 

同上

第6号 

「連載:古典の勉強法(その1)古文編」飯村高宏先生

第7号 

「連載:古典の勉強法(その2)漢文編」 

同上

○部活動の結果

第8号 

「連載:数学の勉強法」佐口吉実先生

第9号 

「連載:化学の勉強法」山本覚先生

第10号 

「ストレスを解消するための食事」米本信和

    

「連載:地歴の勉強法(その1)」江藤美佐子先生

    

(その2も同じ)

第11号「連載:地歴の勉強法(その2)」最強のノートの作り

    

方と勝てる参考書選び

第12号 

「夏こそ飛躍の時 

最高に価値ある夏休みを送ろう」

第13号 

「どこまでも一般入試での合格をめざせ」質から量へ

    

の学習転換

    

「連載:生物の勉強法」松田光司先生

○推薦入試受験者への留意事項

第14号 

「新連載:難関大英語頻出問題(その1)」ここが狙わ

    

れる重要構文

○世界一行ってみたい狭高祭に

第15号 

「新連載:難関大英語頻出問題(その2)」

第16号 

「これからの英語勉強法」有元務先生 

東大特講担任

    

「新連載:難関大英語頻出問題(その3)」

○センター試験まであと120日

第17号 

「新連載:難関大英語頻出問題(その4)」

○吹奏楽部全国大会へ

第18号 

「新連載:難関大英語頻出問題(その5)」

○センター試験92%願書提出

第19号 

「新連載:難関大英語頻出問題(その6)」

2

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第20号 

「新連載:難関大英語頻出問題(その7)」

○付録:超頻出熟語と会話表現一覧

第21号 

「新連載:構文から攻める英文読解(その1)・入試頻

    

出漢字」

第22号 

「新連載:構文から攻める英文読解(その2)」

第23号 

「新連載:構文から攻める英文読解(その3)」

○私の高校時代はどんな3年間だったのかを問うて

 

みよ

第24号 

「新連載:構文から攻める英文読解(その4)」

○2学期期末考査に全力を

第25号 

「新連載:構文から攻める英文読解(その5)」

○一般入試進学GDの内容

第26号 

「新連載:構文から攻める英文読解(その6)」

○生徒臨休中の登校について

第27号 

「新連載:構文から攻める英文読解(その7)」

○入試は1点が命取り 

勉強に終止符を打つな

第28号 

「これ以上勉強できないという冬休みを送れ」

○休み中の自習室の利用

第29号 

「長期休業中の生活で留意すべきこと」

○学校施設の利用について

第30号 

「卒業式までの練習日程・式典を迎える心構え」

第31号 

「第47回卒業生に贈る 

人間を磨け

輝く未来のために」

    

米本信和

  

戦っているのは自分一人ではない

     柔道家古賀稔彦と駅伝アンカー樋口紀子

米 本 信 和

いい話というのは、身近なところにあるものである。

先日、生徒会室の前を通っていたら、掲示板に貼ってある一枚

の新聞に目が止まった。交通遺児育英会の機関誌「君とつばさ」

である。そこに、バルセロナオリンピックで金メダルを獲得した、

柔道家古賀稔彦さんの講演が載っていた。

古賀選手が初めてオリンピックに出場したのは二十歳のとき、

ソウルでの大会だった。優勝候補だった古賀選手の周りにはどこ

へ行っても多くのマスコミが集まった。ところが、3回戦で敗退

という不甲斐ない結果で終わると、スポーツ新聞は一斉に古賀選

手を貶け

した。帰国しても誰も待っていてくれなかった。その日か

ら人間不信に陥り、部屋に引きこもってしまった。ある日のこ

と、テレビでオリンピック総集編 

〝柔道惨敗特集〟 

をやってい

た。そこで、古賀選手は思わぬ光景を目にする。

カメラが、観客席で応援している古賀選手の両親を捉と

えたとき

だった。二人は、観衆に向かって息子の敗退を詫び、何度も何度

も深々と頭を下げていた。その姿を見て、古賀選手は自分が恥ず

かしくなったという。それまでは、負けたのも落ち込んだのも自

分の責任で、仕方がないことだと思っていた。しかし、世界の舞

台で戦っていたのは、自分一人ではなかったことに初めて気づい

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たのだ。自分の後ろには、家族や一緒に練習した仲間、そして全

国で応援してくれる人たちがいたのである。この人たちに喜んで

もらおう、そのために絶対に勝ってみせる。古賀選手はこの時、

そう決意したという。それが、バルセロナで金メダルを手にする

という、劇的な勝利に繋がったのである。

この講演の後半に、心に残る言葉が幾つかあった。紙面の関係

で二つだけ紹介する。「心の目で自分を見つめ直したとき、本当

の答えが見えてくる」(講演「人生の教科書」)「壁の向こうには

新しい自分が待っている」(同)

もう一つ。先月29日に、第24回全日本大学女子駅伝が杜の都仙

台で行われた。立命館大学が4区から一位になり、そのままゴー

ルを切った。2年ぶり3回目の優勝である。このレースの模様を

実況していたアナウンサーが、アンカーを走った樋口紀子選手の

試合前のインタビューを紹介した。樋口選手の答えが印象的だっ

た。「

いつも、陰で懸命に私たち選手を支えてくれるマネージャー。

負けそうなときに何度も励ましてくれた監督。私たちと一緒に

戦っているこの二人を、日本一のマネージャーにしたい。日本一

の監督にしたい。そのために絶対優勝します」その言葉通り、立

命館大学は優勝した。マネージャーも監督も、日本一になったの

である。

人間は、お互いを支え合って生きる動物である。自分だけでな

く、他ひ

と人をも幸せにしていける崇高な生き物である。他ひ

と人の幸せ

のためにしたことで、自分も幸せになる存在である。だから、〝自

分のため〟、と思っているうちは自分の力を発揮できない。自分

を支えてくれた、〝誰かのため〟、と思うとき本当の力がでるので

ある。〝誰かのため〟、と思うとき、その奥には、支えてもらった

人に対する深い感謝と、その恩に報いようという気持ちがある。

〝感謝の心〟こそ、自他ともに輝くためのキーワードではない

だろうか。優勝という栄冠を勝ちとった二人の選手が、私たちに

そのことを教えている。

第22号

  

かんじんなことは、目に見えない

    サン=テグジュペリ「星の王子さま」から

米 本 信 和

「ぼく」が操縦する飛行機が故障し、サハラ砂漠に不時着した。

ある晩、「ぼく」は砂漠の中で一人の男の子に出逢う。小惑星か

らやってきた、〝ほんとうのこと〟しか知りたがらない不思議な

男の子。それが星の王子さまでした。

「星の王子さま」は世界で5000万部、日本でも数百万部と

いう発行部数を記録し、国や民族を超えて多くの人々に愛読さ

れています。作者のサン=テグジュペリはフランスの飛行士で、

1944年、飛行中隊長として敵軍の偵察に向かう途中、コルシ

カ島沖で行方不明になりました。

物語の中で、大人が子どもに新しくできた友達のことを聞くと

ころがあります。「その人いくつ、目方はいくつ、お金はどのく

らい持っているの、兄弟は何人?」という具合で、大人は数字で

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相手がわかった気になるのというのです。「どんな声、チョウの

採集はするの、どんな遊びが好き?」という肝心なことはちっと

も聞こうとしません。

また王子がキツネから大切な秘密を打ち明けられるところがあ

ります。「心でなくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

かんじんなことは、目に見えないんだよ」と。

「かんじんなことは、目に見えない」王子さまはこの言葉をく

り返します。キツネはさらに「人間ていうのは、このたいせつな

ことを忘れてるんだよ。だけど、あんたは、このことを忘れちゃ

いけない」と王子に諭します。(台詞部分は内藤濯訳)

この言葉と同じような内容について、江戸風俗研究家の杉浦日

向子氏が興味深い話をしていたのを聞いたことがあります。山水

画の中には上の方に山の遠景が、下の方に里の近景が描かれ、そ

の間に霞が帯状にかかっている絵が多い。西洋人はこの白い霞の

部分を「ない」、つまり、描きかけであると思う。しかし日本人は、

霞の白い部分に山から里へ至るまでの距離や時間を読み取る。す

なわち白い部分には、「ない」けれど「ある」、という「意」が込

められている。全部描き込むことはできるが、どれだけ描かない

かが「意」の匠、つまり「意匠」というわけです。

「ない」ことが「ある」以上に意味を持つ。そのことは、足る

ことを知らない「物や数」のみを尊しとする考え方を問い直す大

切な視点だと思います。時間に追い立てられ、膨大な情報量の中

であくせくと生きている私たちは、人や物事を、外見や数字といっ

た表層部分でしか捉えられなくなっているのかもしれません。目

には見えない、人間にとって肝心なこと、思いやり、温かさ、誠

実さや感謝の気持ちなどに、いつの間にか目が届かなくなり、そ

して見る目を見失い、心まで失ってしまうのでしょうか。

「だけど、あんたは、このことを忘れちゃいけない」。サン=テ

グジュペリは、王子さまと仲良しのキツネを通して、私たちに警

告しているのです。

第15号

  

人生は「使命」を実現する場

    フランクル著「〈生きる意味〉を求めて」を読む

米 本 信 和

オーストリア生まれのヴィクトール・エミール・フランクルは、

「夜と霧」の著者として世界的に有名な神経科医兼精神科医である。

「夜と霧」(原題『ある心理学者の強制収容所体験』)は、第二

次世界大戦中、自らが捕虜として捕らえられたナチスの強制収容

所において、生き地獄の中で希望を失わず生きようとする人々の

姿と、それを支える人間精神の気高さを克明に記した体験記録で

ある。フランクルは、人生における真の「生きる意味」を追求し、

ロゴセラピー(「意味による治療」)と呼ばれる独自の心理療法を

生み出した。

私たちは一つの壁にぶつかったとき、どのように考え、行動す

るだろうか。試験で、努力したにもかかわらず、思うような結果

が出なかったとき、もう自分はだめだ、と落胆するだろうか、そ

れとも失敗は次に成功するために自分に与えられた試練である

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と、前向きに捉えることができるだろうか。

フランクルは、目の前にあるどんな困難も、すべて自分にとっ

て意味があるものであり、それをどのように捉えるかはこちらの

態度如い

かん何

によると主張する。

「どんな逆境にあっても、希望を見失ってはいけない。いかに

絶望的に見えようとも人生を意味あるものにする可能性は存在し

続ける。(中略)人生のそれぞれの状況は、私たちに、その意味

を満たすようにチャレンジしてくる。そしてその挑戦を引き受け

ることによって、初めて自己を実現するチャンスが私たちに与え

られるのである」と語る。

つまり、人生とはこちらが受動的に受け止めて、何かが得られ

るものと期待するものではない。こちらから能動的に得ようと努

力するとき何かが得られるのであり、その時初めて、人生が自分

にとって意味あるものになるというのである。フランクルは人生

のどの状況も、「私たちに呼びかけてくる一つの呼び声」である

とし、その「呼び声に耳を傾け、それに応えるべきもの」である

と述べている。

強制収容所という極限の状況下にあって、フランクルは同じ境

遇の仲間を懸命に励ましている。「どんな時も人生には意味があ

る。自分を必要とする何かがあり、自分を必要とする誰かが必ず

いて、自分に発見され実現されるのを待っている。だから希望を

捨ててはいけない」と。彼は、死に臨んでさえ、生きる意味を実

現できると言いたかったのかもしれない。

人間は状況の犠牲者ではない。運命を乗り越え、自分を変える

ことのできる存在である。そこに人間の尊厳がある。現代人は、

物の豊かさを追求し、物質的には満たされながら、精神的にはま

すます貧困になっているとは言えまいか。次代を担うはずの若者

は、理想を持たず、果たすべき使命もわからないまま、心に絶え

ず空腹感を覚えながらその日を刹那的に生きている。

そのような時代に、人生の本質を「各自に課せられた個人的な

『使命』を実現する場」と捉えたフランクルの哲学。それは「む

なしさの時代」に生きる現代の私たちに、限りない勇気と希望の

光彩を放ってやまない。

第11号

     シアトル・マリナーズ

     

イチローの真実

米 本 信 和

2000年12月、イチローは日本のオリックス・ブルーウエー

ブから14億円の移籍金でアメリカメジャーリーグのシアトル・マ

リナーズと契約し、日本人初の野手としてメジャーリーガーに

なった。

日本でも7年連続首位打者の実力を持つイチロー。入団後は、

日米通算8年連続首位打者、年間最多安打賞、盗塁王、新人王、

リーグMVPなど数々のタイトルを獲得し、昨年10月には258

安打を放ち、リーグの年間最多安打記録を84年ぶりに塗り替える

という快挙を成し遂げた。今年3月、王監督率いるWBC(W

orld

Base

ball C

lassic

)の日本チームでは選手の要として活躍し、チー

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ムを世界一へ導いたことは記憶に新しい。

「天才打者」といわれるイチローであるが、輝かしい功績の裏

舞台には、人一倍練習に励むもう一人のイチローがいたことを忘

れてはならない。マリナーズのチームメートたちもイチローの日

常の生活態度や職業倫理には一目置いているという。試合前の練

習は常に模範的で根気強い。ランニング、柔軟体操、ウエイトリ

フテイングなどを積極的にこなした上で、対戦相手のプレーをビ

デオで研究する熱心ぶり。野球に対する真摯な態度は道具の手入

れにも表れる。試合後にはグローブを磨き、オイルを塗る。バッ

トは加湿ボックスに納め、試合で使うものだけをダッグアウトに

持ち込み必ず自分の隣に立てかけておく。予備のバットは頭上の

網棚に大切に保管する。そのどれをとってみても、イチロー自身

の野球に対する姿勢がよく表れている。

入団1年目、NHKのインタビューでイチローは語った。

「記録、記録と騒がれるのはあまり好きではありません。記録

に価値がないとか、重要ではないとか言っているのではありませ

ん。一番大切なのはベストをつくしたかどうかです。準備をしっ

かりやって、全力を出し切ったかどうかが大切であり、準備もし

ないで記録を出しても満足できるわけがない。一生懸命努力して、

些細なことにもベストを尽くして初めて自分を克服できると思い

ます。そうすれば本当の意味で満足がいくはずです。そこまでやっ

て他の人に先を越されたら、それはもう仕方がない。誰が一番で、

誰が二番かと考える前に、果たして自分がベストを尽くしている

かどうかを、いつも反省すべきだと思います」

野球選手としての自分は、同時にどういう人間であるべきかを

問い続け、その果てにイチローは彼独自の哲学を生み出した。そ

れは一言でいえば、「好打者である前に、誠実な一人の人間であれ」

ではなかったか。

今年もまた、溌剌とプレーするイチローの姿がある。フィール

ドで演じる一つ一つのプレー。そこには技術を超えた「人間イチ

ロー」の輝きがある。

第8号

  

君自身の世界を築きたまえ

      「エマソン論文集」を読む

米 本 信 和

R・W・エマソンは、1803年、アメリカ、ニューイングラ

ンド州ボストンに生まれた。代々牧師を務めた由緒ある家系で、

父親も有名な牧師であったが、エマソンが八歳の時に亡くなった。

その後、残された五人の兄弟は苦しい生活を余儀なくされた。

アメリカは当時、産業革命によって社会が大きく変わりつつ

あった。宗教的権威や教会での伝統的な儀式も、科学の発達によ

り、次第に崩壊していった。価値観が変動する時代の空気を呼吸

しながら、エマソンは育ったのである。

少年時代、彼に影響を与えた人物に叔母の存在がある。彼女は

若いエマソンに、「高い目標をかかげよ」「崇高な人格は崇高な

動機から生まれる」と繰り返し諭したという。苦学の末にハー

バード大学神学部へ入学した後は、古今の哲学や文学に親しみ、

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二十五歳の若さでボストンの著名な教会の副牧師に就任する。

彼はヨーロッパ各地を旅して、新しい時代の到来を直接肌で感

ずる。それ以来、牧師としての真の役割は、先祖から伝えられて

きた古い教会の権威の継承ではなく、権威から人間を決別させる

ことにあると考えるようになった。決別とは、人間を教会の鉄

鎖から解き放ち、人間本来の姿を取り戻すことを意味している。

1832年秋には、教会での聖餐式のやり方を「死んだ形式」と

断罪し、権威あるボストン第二教会の正牧師の職を辞任している。

ヨーロッパから帰国した後は、ボストン郊外の田舎町コンコー

ドに居を構え、著作と講演活動に没頭する。1838年に行った

ハーバード大学での講演で、エマソンは、教会が宗教のための宗

教に堕落して人間を軽んじていることを、徹底的に非難した。人

間精神の解放を唱えたこの叫びは、同時代に生きた、ホイットマ

ンやソローとともに、アメリカ・ルネッサンスの到来を告げる、

勇気と英知にあふれた魂の宣言となった。

彼の思想の骨格をなすものは「自己信頼」の哲学であるといわ

れる。それは自己の魂以外にはいかなる権威の介入も認めない、

新大陸を照らす人間主義の曙光であったのだ。

彼は高らかに謳う。

「結局自分自身の精神の完全さ以外に神聖なものはない。自分

自身にとってみずからを清廉潔白なものとすることである。そう

すればその人は世界の賛同を得るであろう」

「アダムが自分の住居と呼んだのは、天と地だった。シーザー

が自分の住居と呼んだのは、ローマだった。君が自分の住居と呼

ぶものは、おそらく靴の修理業か、百エーカーの耕地か、学者の

みすぼらしい勉強部屋だろう。しかし線を一本一本くらべ、点を

ひとつひとつくらべてみても、君の支配が及ぶ世界は、たとい立

派な名前こそついていなくとも、彼らのものに劣らず偉大なのだ。

だから君自身の世界を築きたまえ」(「エマソン論文集」R・W・

エマソン 

酒本雅之訳)

南北戦争(1861

65)の渦中にあっても、窮乏する生活

の中、エマソンは徹底して奴隷解放を支持する言論戦を繰りひろ

げる。彼は自らの国土を愛し、町を愛し、家族と友人を愛し、人

間をこよなく愛した。ゆえに、それらのすべてから彼は愛された。

コンコードの哲人と仰がれ、常に暖かな人の輪に包まれた人生で

あった。当時住んでいた簡素で小さな家は、今もそのままの形で

残されている。

第12号

  

一枚の絵手紙

      「母の日」に寄せて

米 本 信 和

いつの頃からか、母は絵手紙を書くようになった。父が六年前

に他界したので、たぶん、その頃からではないかと思う。最初、

私の元に送られてきた絵手紙には、大きな椿の絵が描いてあった。

送り主が絵ごころとは無縁の母だと知って、いつからこんな絵を

描くようになったのかと驚いてもみたが、夫に先立たれてまもな

くのことであったので、母の心境をおもんばかると、少し理解で

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きたような気がした。

はがきの表には、楷書で丁寧に書かれた文字が、ところ狭しと

つづられていた。暮れに贈った肩掛けのお礼、絵手紙を描いたわ

け、そして、上手に描けない言いわけ。最後は「からだに気をつ

けて。いつも無事を祈っています。」という一文で結ばれていた。

母から送られてくる手紙の決まり文句である。

はみ出してしまうほど、はがき一面に描かれた赤い椿の下には、

小さな文字で「小峰公園にて」と書かれていた。小峰公園という

のは、父が生前、母とふたりでよく散歩をした思い出の場所であ

る。私も何度か歩いたが、小高い丘に囲まれた静かな公園で、老

夫婦が連れ立って歩くには格好の場所である。

父と寄り添って歩いた同じ小路を、母は一人でたどり、椿の一

輪にふと歩みを止めたのだろう。ひょっとしたら、そこは昔も同

じように立ち止まり、椿をめぐってふたりが言葉を交わした場所

なのかもしれない。

それ以来、ことあるごとに手紙が届く。胡瓜であったりトマト

であったり、茶碗や季節の花であったり。いつぞやは、大根おろ

しを添えた、うまそうな秋刀魚の塩焼きが描かれてあった。食事

の前に筆をとったのだろうか。早く食べればいいものを、色を塗っ

ている間に、せっかくのご馳走が冷めてしまうではないか。きっ

と描き終えたあとに、冷えてしんなりとした秋刀魚を、母はひと

りぽつねんと食べているのだろう。そんな母の姿を想像すると、

本当に、私の母らしいと思う。

赤い椿も、うまそうな秋刀魚も、今ではすっかり古物と化して

はいるが、私は手元に置いて大切にしている。古風な感傷と、人

は笑うかも知れない。しかし、私の心情はいささかも色褪せはし

ない。そこには、母の祈りが込められている。

第6号

  

「何ものにも壊せない自分」を築きたまえ

    H・D

ソロー著「ウオールデン

森の生活」を読む

米 本 信 和

たった一冊の書物にも人間を変え、時代を動かす力がある。読

むたびに感動があり、命が脈動する、そんな良書との出会いは、

人生の大きな喜びである。

私が高校時代に読み、今も読み継いでいる書物の中に「ウオー

ルデン

森の生活」がある。作者はヘンリー・ソロー(H

enry

David

Thore

au

)。19世紀のアメリカの詩人・思想家・博物学者

である。彼は1817年マサチューセッツ州コンコードに生まれ、

自ら師と仰いだエマソンの強い影響を受け、その哲学を実践した。

ボストン郊外のウオールデン湖畔に小屋を建て、二年余りの自給

自足生活を送ったが、「ウオールデン」は、その時の自然観察や

思索をまとめたものである。

湖畔での生活中には、奴隷制度とメキシコ戦争に抗議して

人じんとうぜい

頭税の支払いを拒否し投獄されたこともある。その信念を綴っ

た「市民の反抗」は、二十世紀の歴史をも動かす原動力になった。

マハトマ・ガンジーによる非暴力の独立闘争、ヨーロッパにおけ

る反ナチスの抵抗運動、アメリカのマーチン・ルーサー・キング

9

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博士の公民権運動、レイチャル・カーソン博士の環境保護運動、

東欧の民主化闘争など、ソローが故郷コンコードで発した叫びは、

国境を越えた民衆運動へと発展したのである。

「春を告げる最初のスズメよ。いつにもまして初々しい希望で

幕をあける年よ。若草のまだ生えそろわぬ湿った野原の向こうか

ら、ブルーバードやウタスズメやワキアカツグミの澄んだ囀

さえず

りが

かすかに聞こえてくる」

「ウオールデン」は、森や湖の自然が織りなす一大交響詩である。

そこには万物の鼓動があり、自然や宇宙へ開かれた人間の心の世

界の輝きがある。ソローは自然と向き合うことで、文明の産物に

酔うことを止め、四季折々の自然の律動、森を分かち合っている

動物たちの習性を通して、自然が教えてくれる教訓、人間のある

べき姿を模索したのである。

十九世紀アメリカ文学は、アメリカ・ルネッサンスと呼ばれ、

権力の抑圧や時代の変化にも動じることのない「独立した人格」

の確立を目指したところに特徴がある。それは人間の内面の追求

であり、変革を意味していた。人間はともすると、金銭、地位、

名声やイデオロギーなど、自分の外にある物に幸せを求め、それ

らを追い続けることに酔いがちである。二年に及ぶ森の生活は、

そうした精神の酩め

いてい酊

に陥ることなく、人間にとって本当に必要な

ものは何かを、冷静な眼

まなこ

で見極めるための実験であったといえる。

「現代の発明品にしても往々にしてこぎれいなおもちゃであり、

僕らの注意を大事な事柄からそらしてしまう」ソローのこの言葉

は、物質の豊かさに安住して人間本来の姿を見失いつつある、現

代の私たちへの警

けいしょう

鐘といえる。

ソローは「ウォールデン」の最終章に、英国の詩人ウイリアム・

ハミングトンの詩を掲げている。「君の眼差しを内側に向けたま

え、そうすれば君の心の中に未発見のあまたの領域が、きっと見

つかるはずだ。それらの領域を旅し、そして君自身の宇宙の形状

に精通したまえ」

自分の外に築いたものは崩れやすい。しかし、自分の内面に築

きあげたものは何ものにも壊すことができない。ソローは自然と

人間の奥底にある実在を見極めようとした。そしておそらく、全

ての存在の中に、輝く宝を発見したのである。

第18号

  

自己を鍛えよ、それが最高の芸術

     「衣裏珠の譬え」に学ぶ

米 本 信 和

ある貧しい男が裕福な親友の家に行ってごちそうになり、酒に

酔いつぶれて寝てしまった。親友は急な用事ができて出かけなけ

ればならなくなったため、酔いつぶれている友人の衣の裏に、高

価な宝の珠を縫いつけて出て行った。貧しい男は酔いつぶれて寝

ていたために、そんなことには全く気がつかなかった。

やがて目が覚めた男は、親友の家を出てあちらこちらで仕事を

しては、わずかばかりの賃金を得て命をつないでいた。衣の裏に

宝の珠が縫いつけられていることなど知るよしもなかった。男は

各地を流浪していたが、生活が苦しくなり故郷に戻る。その姿を

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あの金持ちの親友が見つけ、みすぼらしい姿に驚いて語りかけた。

「君はなんと愚かなんだ。どうして、そんなに衣食に窮してい

るのか。私はあのとき、君が安楽な暮らしができるよう、また、

欲しいものは何でも手に入るようにと思って、高価な珠を、君の

衣の裏に縫いつけておいたのだ。今もそのままあるではないか。

それなのに、君はそのことを知らないでひどく苦労し悩んでいる。

全く愚かだ」と。貧しい男は、親友が教えてくれた宝を取り出し、

大喜びした。

これは、仏典に登場する「衣え

裏珠の譬え」である。五百人の

*

阿あ

羅漢が小さな知恵で満足し、仏の教えを求めようとしなかっ

たことを悔いて、愚かな自分たちを〝貧しい流浪の人〟に譬えて

語ったのがこの話である。見方を変えれば「酒に酔い、流浪した

男」とは、世俗に翻弄されて本当の自分を見失った人。「高価な珠」

とは、何ものにも屈しない、確固たる自身の姿、ともいえるだろう。

幸福も不幸も、所詮、自分自身を離れて存在するものではない。

だから、自分を知り、自分を磨き、自分の中にある幸福を掘りあ

てるしかない。アメリカの哲人ソローは、人生の最大の関心事と

して「自分自身を知ることで、世界を最初に見いだしたときより

も、よりよいものにして人生を終えること」と述べている。また、

何が最高の芸術か、と問われて「一日の質を変え、自己を鍛える

こと、それこそが芸術の中でも最高のものだ」と答えた。

君たちは今、受験という目標に向かって悪戦苦闘している。し

かし受験そのものは人生の究極の目的ではない。そもそも学問の

修得は、人が幸福になるための手段であって、それ自体が目的な

のではない。受験に何らかの意味があるとすれば、ひとつの大き

な壁を乗り越えるために自身と格闘することで、人間的な成長が

あるということだろう。若いときの苦労は、惜しむべきではない。

苦労を重ねることで自分を知り、他ひ

と人の心がわかるようになる。

自分だけでなく、他ひ

と人の幸福をも願う自分に成長していけるので

ある。だから苦労は、心の財産であり、自己を育てる最大の栄養

である。

君たちは、空の容器に水が満たされるのを、ただ手をこまねい

て待っているような生き方ではいけない。自ら容器を抱えて水源

まで汲みに行くことだ。水源がいかに困難な岩場の奥にあろうと

も、装備を調え、勇気を出して這い上がることである。

学問の修得も、労せずして、他人の見いだした心的財産を横取

りするのではなく、自分の力で知識を得る方法を会得することだ。

自ら思考できるように、その潜在能力を引き出すことである。人

間の能力は無限であるという。しかし、それを無限にするか有限

にするかは、ひとえに、君たちの生き方によるのである。

  

*

小乗仏教の修行者の最高の地位。

第20号

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看護師をめざすNさんへの手紙

    

キューブラー・ロス著「人生は廻る輪のように」から

米 本 信 和

拝啓 

先日、看護師をめざすあなたに、精神科医エリザベス・

キューブラー・ロス女史の自伝「人生は廻る輪のように」(上野

圭一訳

角川文庫)を紹介しましたね。もう読み終えたでしょうか。

きょうは、ロス女史について少しお話をしたいと思います。

女史は1926年、スイスで生まれました。18もの博士号を持

ち、精神科医として、末期患者を精神的に支える仕事をしてい

ました。1969年に日本でも有名になった「死ぬ瞬間」を著

し、それがベストセラーになると世界的にも名が知られるように

なり、送られてくる手紙の数だけでも月平均3000通を超えた

といいます。その後も自らの体験と2万件以上に及ぶ臨死体験

を通し、亡くなる間際まで、人はいかに生き、いかに死んでい

くかを問い続け、生と死の考察に深いまなざしを注いだのです。

(

2004・8没)

自伝「人生は廻る輪のように」は、難民救済活動、ナチス強制

収容所での体験、結婚とアメリカへの移住、離婚、体外離脱体験、

詐欺と殺人未遂事件など、波乱に満ちた人生と女史が200人の

末期癌患者と面接し、彼らの心理状態をまとめあげたものです。

この本の中に感動的なエピソードがありますので紹介します。

ある時、ロス女史は、一人の黒人の女性清掃作業員が、死の床

にある患者の部屋から出て行ったあと、患者の表情が明らかに変

化していることに気がつきました。女史は不思議に思い、作業員

の女性に問いかけます。「あなたは患者さんと、どんなことを話

しているのですか」すると女性は「話すこともありますが、ほと

んど聞いているんです。誰も話す相手がいないので、私が聞いて

あげるのです」と答えました。

患者はよほど寂しかったのでしょう。死ぬことが分かっていて

も、いつもそばにいて、自分の思いを聞いてくれる人が欲しかっ

たのです。聞いてくれたことで、患者は安らぎを感じ、微笑みを

浮かべるようになったのです。

治る保証もなく、癒す人もなく、ただ絶望感を抱きながら死を

待つだけの毎日。当時は、瀕死の患者は病院の片隅に隔離され、

家族からも遠ざけられていた時代でした。たったひとりで死へ赴

く不安と恐怖。患者の悲しみはどれほど深かったことか。

女性作業員は、孤独な患者の病室に入り、話を聞いてあげ、時

には患者の手を握って優しく声をかけ、励ましていたのです。ま

もなく女史は、この黒人女性を自分の第一助手に抜擢します。彼

女は無類の細やかさを発揮して、熱心に女史の仕事を支えました。

人種差別が色濃かった時代です。周囲からは、黒人を助手にす

るなどとんでもないと非難もされました。そんな偏見と闘い、ど

んな学説や科学よりも事実の上で人を癒し、救った一人の人間の

力を重んじたロス女史もまた偉かったと思います。

人に尽くすことは、並大抵のことではありません。しかもそれ

が職業となれば、辛いことがあっても逃れるすべは何もないので

す。時には、患者よりも自分が絶望してしまうかもしれない。涙

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が止まらないくらい悲しいことも、経験しなくてはならないで

しょう。しかし、自分の本当の幸せは、人の幸せを願う生き方の

中にあるのです。

お世話した患者さんが元気になっていく姿、それを見守る家族

の喜ぶ様子を見るとき、それがあなたにとって、何にも代え難い、

幸せの瞬間なのではないでしょうか。看護師の仕事は本当に尊く、

素晴らしいですね。読み終えたらぜひ感想を聞かせてください。

敬具

第23号

  

人類の平和に捧げた生命

    カルチエ・ラタンのマリー

米 本 信 和

キュリー夫人(1867~1934)といえばある寒い冬の夜

のエピソードが思い浮かぶ。パリのソルボンヌ大学の学生時代、

屋根裏部屋に下宿していた彼女は、凍りつくような寒さのために

眠ることができず、ありったけの服をトランクから引っぱり出し、

着られるだけ着込んでベッドに潜り込む。それでも暖まらないの

で残りの服を布団の上に掛け、最後には椅子まで乗せたという。

そうした貧寒の学生時代の思い出を、彼女は一遍の詩に綴ってい

る。つ

ねにつねになつかしき心のふるさと/かの屋根のもとに帰り

ゆかん/そはひそかに、励み努めし日なり/思い出のいまもなお

とどまる地なり

次女のエーヴ・キュリーはこの詩にふれて次のように述べてい

る。「マリー(母親)は後年さまざまな喜びを味わった。しかし、

限りない愛情に包まれた日にも、勝利と栄光の時代にも、この永

遠の女学生は、貧苦とひたむきな努力に燃えていたころのような

誇りと満足を、決して感じたことはなかった」

のちにラジウムの発見者として、ノーベル賞を二度も受賞した

偉大な科学者の原点ともいうべきものは、実に、貧困と闘いなが

ら学問に没頭した、若き日のパリの学生街カルチエ・ラタンの屋

根裏の一室にあったのである。

マリーは28才の時、同じ大学で秀才と言われたピエール・キュ

リーと結婚する。この夫婦の名を歴史にとどめるようになったの

はラジウムの発見である。ウラン鉱石の中に微量しか含まれない

未知の物質を抽出するために、何トンもの鉱石を毎日1キロずつ

溶かす作業である。続けること4年、ついに二人で集めることに

成功したその物質「ラジウム」の量は、わずか10分の1グラムで

あった。しかし、想像を絶するような根気と体力の結果得られた

ささやかな物質が、放射線科学の地平を開き、世界を変えること

になるのである。

医療への応用によってラジウムは高価な金属となり、夫妻は莫

大な富を築くことができたはずだった。だが二人は特許権を放棄

し、七万フランのノーベル賞の賞金を私設の病院に寄付している。

マリーがしたことといえば、部屋の壁紙を張り替えただけで、身

を飾るものは何一つ買わなかったという。

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しかし、人類の平和のために私利私欲を捨てて研究を続ける

キュリー夫人に、運命の波は容赦なく襲いかかった。長年の研究

で、彼女の身体は実験中に受けた放射線によって蝕まれていたの

である。彼女の死因は放射能汚染による白血病であったと言われ

ている。放射能が人体に及ぼす悪影響を知りながら、彼女はラジ

ウムの平和利用のための研究を、生涯止めることはなかった。

「キュリー夫人」(ドーリー著)を翻訳した中山和子さんが「余筆」

で記した文章が印象的である。「自分で選んだ道をこんなにも強

く歩き通すことができたのは、何よりも彼女が素直であったから。

置かれた環境にしたがって、悲しい現実の中でも喜びと希望を失

わなかったその目の光は、発見されたラジウムの光よりも美しく

澄んでいました。純粋な心が、類いまれな才能を伸ばし、花開か

せたのだと信じています」

マリーが残した研究ノートからは、いまだに微量の残留放射能

が検出されるという。

第27号

  

香りの記憶

    近藤ちよ先生没後十年に寄せて

米 本 信 和

少し前のことになるが、日本経済新聞に「プルースト効果」の

ことが書かれていた。匂いが記憶を呼び起こす現象だそうである

が、その名称は、フランスの文豪プルーストの大作「失われた時

を求めて」に由来する。

主人公の「私」が、紅茶で湿らせたマドレーヌを口にした途端、

その沸き立つような香気に、まるでページを手た

ぐ繰るように過去の

自分を取り戻すという話である。

彼岸の頃、街を歩いていると、思いがけない香りにふと立ち

止まることがある。香りの正体は金き

んもくせい

木犀である。木犀というの

は桂

かつら

の木のことで、金色であることから金木犀と名づけられた。

中国の桂林を原産地とするこの常緑樹は、月の世界から地上に降

り立った仙せ

んぼく木

ともいわれる。古くは万葉集にも謳われ、庶民や多

くの歌人に親しまれた樹木である。

黄もみち葉

する 

時になるらし 

月つき

人ひと

の桂の枝の 

色づく見れば

「いよいよ地上でも木の葉が色づく季節になったようだ。月の

桂の枝が色づいて、光が一段と冴えてきたところを見ると」(万

葉集巻10

2202)

金木犀の香りは、私にも一つの記憶を甦らせる。十年前に他界

された創立者近藤ちよ先生のことである。自宅で突然倒れ、病院

に運ばれたのは、文化祭の片付けが終わろうとしていた日没の頃

であった。その翌日の未明、先生は帰らぬ人となったのである。

盛大に葬儀が営まれ、大勢の方が弔問に訪れた。出棺となり、

参列者が歩道に並んで最後のお別れをすることになった。生徒と

ともに、私も列の間に立った。霊柩車が目の前を通り過ぎるとき、

全員で黙も

くとう祷

を捧げ合掌した。この時、私の胸に熱い思いがこみ上

げ、思わず落涙したことを覚えている。

悠久庵の生垣には幾株もの金木犀が植えられている。毎年、黄

金色の花弁を咲かせて、秋の訪れを告げている。普段はさして気

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にも止めない香りであるが、この時ほど、その甘美な芳香が、私

の心を満たしたことはない。

本校に赴任して間もないころ、先生のご自宅で食事をご馳走に

なったことがある。その折り、先生から次のような言葉をいただ

いた。

「人の幸せを自分の幸せとして喜べる人に。人のこころの痛み

を、わがこころの痛みと感じられる人に」。私は慌ててノートの

切れ端に書き留め、しばらくは大切にしていたのだが、その俄仕

立ても、いつの間にかどこかへいってしまった。

ところが、金木犀の花が咲く季節になると、あの時の一言が、

忽こつぜん然

と甦るのである。私にとってこの香りこそ、近藤先生との邂

逅であり、この香りを辿って、先生の琴線に触れることができる

と信じている。

蛇足ではあるが、金木犀は銀い

ちょう杏

と同じように雌し

ゆういかぶ

雄異株で、日本

には雄ゆ

うぼく木

しか存在しないといわれている。それゆえ花粉を運ぶ相

手もなく実も結ばない。短い間に一度に放たれる甘い香りは、い

つか思いが届く日を夢見ながら、雄木が綴る雌し

ぼく木

への恋文のよう

である。そう考えると切ない気持ちにもなる。しかし、そんな孤

独な香気であるがゆえに、私たちに忘れていた時間を思い出させ

るのかもしれない。

黄色の花弁は、一息に散ると、木の周辺に金色の雪が降り積もっ

たようになる。それは颯さ

つさつ颯

たる秋風に乗ってそこかしこに飛び去

り、やがて何処へともなく消えていく。まるで一つの記憶が、ま

た元の住す

みか処

に戻っていくように。私はそこにも、格別の風情を感

じる。

第17号

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一 

はじめに

都賀庭鐘の三部作の掉尾を飾る天明六〈一七八六〉年刊『莠句

冊』第一篇「八百比丘尼人魚を放生して寿を益す話こ

」(以下、「八百」

と略す)は、中世から伝わってきた八百比丘尼伝説を都賀庭鐘が

独自の視点で捉え直して描いた作品であった。先行研究には、養

生の観点から葛洪の『抱朴子』や孫思邈の『千金方』の医学書利

用について論じた楊永良氏の考察⑴や『若狭国伝記』(桜井曲全

子著)所収の「蜻か

うろぎ蚓

橋逸話」を典拠と指摘した近藤瑞木氏の論考

⑵がある。特に近藤氏は、庭鐘が儒家的見地から比丘尼を「合理

的、道徳的に捉え」て、道教的な「仙」のイメージから遠ざけて

いると見ている。確かに、庭鐘が新たな八百比丘尼像を模索して

いたことは間違いないが、ここに彼の本草学者や医師としての見

地が投影されているとすれば、異なった解釈が加えられるのかも

しれない。

八百比丘尼については周知の通り若狭国に伝わる、人魚の肉を

都賀庭鐘の八百比丘尼受容態度について

   ―

「肉食」・「功過」との関連をめぐって

樋 

口 

敦 

口にした少女が不老不死の尼となる伝説であり、彼女の超常性を

無視してはこの話を成り立たせることはできない。庭鐘は「八百」

において、欽明天皇の時代に舞台を取り、遭難した漁師が人魚の

肉を携えて帰り、これを食した娘が健やかに成長する次第を庭鐘

は神秘性を包みながらも淡々とした筆致で語っている。

時に女子の十歳なるが、珍味として早く食ひ尽す。能く喰

ひたりと興じて事過ぎぬ。此女子其後より漸漸と健に病苦

を覚えず。心意快称改まるが如し。是なん年長ずるの兆と

思へり。廿とせ過ぐれども嫁しゆくこときらひ、漁人既に

百歳の後は姨を

と呼ばれて、七十、八十にいたれども老いを

見せず。面貌白皙に清らなれど、艶媚の婦態あることなし。

日々ますます清潔を好み俗塵を厭ふ。里人目な

けて白比丘と

呼ぶ。時改まれど其身衰へず。爰にいたりてこそ、幼年に

父の与へし仙肉の験

しるし

にやと思ひしることもありし。延長三

年、醍醐帝疱瘡の御悩に、高験の者に御祈りを命ぜらる。

比丘尼が除祓の符に「若狭国、四百歳の女」と書きたる迄

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は、過ぐる年を覚えしが、其よりは星霜も数へず、後は住

居定めず、他国に行くといへども、常に其国に在るが如し。

(中略)百年は幾かへりして後醍醐帝、南朝の尊そ

んいつ鎰

を聞いて、

昔符を奉りし時の帝鎰に同じと云ふにぞ、又四百年は経け

りと人も知り、此時大に信ぜられ、(「八百」)

欽明帝から醍醐帝までの四百年、醍醐帝から後醍醐帝までの

四百年、計八百年の歳月が経過した次第が語られており、長生し

た姿に焦点が当てられている。むしろ、庭鐘は彼女が八百歳になっ

たとき、「人も知り、此時大に信ぜられ」とその信憑性について

強調している。冒頭の「葛洪は八十一、遠く去つて師を尋ぬると

托し、思邈は百歳にして無む

何有の郷に遊ぶと告ぐ。只其終焉を称

せざるが其宗旨の常例なり」という記述をみると、百歳寿命説が

採用されているようにも見える。しかし、庭鐘はこの中ではっき

りと「百歳の上に久しければ失期の妖と目するは、例の名をおほ

せる漢人の故態なり」と述べて、とかく現実的な解釈を施そうと

する儒教観を難じている。また、「古より青牛は此大国に渡らず」

とか「是等(人麻呂・小野篁・都良香・久米仙人)はともに仏教

伝の不可思議流にて、西王母の派脈にはあらざるべし」と述べて

おり、我が国の仙人譚と中国のそれとは明確な線引きをしている

ようにも見える。また、彼女の誕生を「欽明の御宇」とする時代

設定にも仏教の伝来時期を示唆するものがあろう。

比丘尼の超常性は八百年の寿命を保っただけにとどまらない。

「八百」本文にも「面貌白皙に清らなれど」とあり、その容貌は

常に十五、六歳の少女のようであったという。寺島良安は『和漢

三才図会』(正徳二〈一七一二〉年序)巻七十一に、この伝説そ

のものを「わかさ」という地名の読みに由来したものと推測して

いるが、これに加えて庭鐘は作品中において、その比丘尼に関心

を持って付け狙うふとどきな少年達を登場させている。彼女の美

貌と不思議な力を印象づける場面でもある。

姨姑は三方の幽所に草舎を造りて棲みけり。其地の悪少年

の暴れたるもの三四人、密に計り合せ「長生の人の人道

は如何んなる、試みよ」とて、比丘尼往来の道に当つて

常に伺ひ等ま

つ。一日果して取とめて左右より夾み抱く。比

丘尼顔も驚かず。両の脇に挟みて走ること疾風の如く、徒

党の悪少追へども追ひ及ばず。比丘尼両人をからみながら

海中へ飛び入り、倶に沈みて見えず。実げ

にや、大海に死屍

を容れず。明朝、悪少の両尸を干潟に打挙げたり。悪少の

家より守護に訴へ出づるに及んで、尼姑は「きのふもけふ

も庵に静坐して、夢にも是を知らず」と申す。隣近にさぐ

り問ふに詐ならねば、比丘尼に問ひ窮むべきにもあらず。

其後も悪少等、比丘尼に害心あれば、いまだ手を下さざる

に白比丘来つて挟みて海に入る。此故に畏れて仇するもの

なし。(「八百」)

彼女に悪さを仕掛ける者は悉く海に沈められてしまうが、比丘

尼には庵に静座していたというアリバイがある。ここで彼女は「い

まだ手を下さざるに」海に沈めてしまうことから、庭鐘の処女作

『英草紙』第四篇における黒川源太主の体現するところの「分身

隠形の術」を彷彿とさせるが、いつしか「比丘尼即ち人魚の精な

るや」と噂されるまでになる。超人的な方法を用いて殺生すら辞

さないその冷酷な一面の他に、彼女のもう一つの特異性には異物

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との交信をする能力が挙げられる。

比丘尼四百歳の頃、高浜で捕獲された人魚は「撥は

ねおど躍

り頭をささ

げて姨姑にむかひ、涙を落とす事珠の如」くして、彼女に助けを

求めた。比丘尼は一計を案じて、漁師達に向かって人魚の薬能に

ついて説明しながら、解放する代わりにこの浦の漁獲量を増やす

よう人魚に約束させる。結果として、「此月の猟業大に益して、

其浦の尺八魚、小松原の鼻折鯛までも多かりければ、浦人いよ〱

比丘尼に信をなす」(「八百」)運びとなったのである。さらに、

近藤氏が指摘する比丘尼による架橋逸話の一件にも、和田の石を

選んだ理由について彼女は次のように語っている。

「問はずとも告げんとも思へり。此石能く言ふ。其言に『我

此地を興旺ならしめんと思ふに、功徳の善因なし。我を

き去つて小浜の揭

かちわたり

渡に架さば、そこはかの行人、足を湿さ

ず、後来に限りなき利益あらん。左ある時は此処福地とな

らん』ときこえたり。諸人方便をめぐらすべし」といふ。

(「八百」)

このように比丘尼は人魚や石の対話を通して、土地の人々に福

利を与えて信頼を受けていた温かな顔も持ち合わせていたのであ

る。ここで注意しておきたい点は、無機物たる石が「功徳」につ

いての観点を持ち合わせており、交信によって比丘尼の意識にも

影響を与えている。以上、仏門に仕える身の比丘尼は殺生をも厭

わない残虐性を持ちながらも人魚の命を助け、地域の人々のため

に架橋するなどの善行を施す場面は読者をして彼女の倫理性に不

可解な印象を与えることは否めないだろう。この点についてどの

ように読み解いていけばよいのだろうか。

 

二 

庭鐘の仏教観と「肉食思想」

八百比丘尼伝説を取り上げるにあたって、儒者である庭鐘は仏

教・道教に対してどのような認識をしていたのだろうか。庭鐘は

「八百」の冒頭には道教について「後に宗旨を混じて濫み

りに道家

と称し、其道場を観と名づく。仏家の寺の如し」、「老子を奉ずる

こと釈迦の奉に同じ」と述べながら両者の類似性を指摘する一方

で、「道は有と為して昇り、仏は無を示して往く。その有は常に

無をとなへ、無は仮りの生を説くのみ」といった相違点も掲げて

いる。

さらに、「本朝に語り伝へたる仙人」については、「是等(人麻

呂・小野篁・都良香・久米仙人)はともに仏教伝の不可思議流にて、

西王母の派脈にあらざるべし」と述べているため、庭鐘は八百比

丘尼伝説を仏教側に引きつけて捉えていることは明らかである。

庭鐘の仏教観が窺える箇所としては、その処女作『英草紙』(寛

延二〈一七四九〉年刊)第一篇「後醍醐の帝三たび藤房の諫めを

折く話」における藤房の仏教批判がある。藤房は後醍醐帝の失政

の一つに仏教への耽溺を指摘しているが、これを帝が反駁する場

面がある。

「まだも往古の僧哲は気性強かりしかば、公政をも恐れず。

今の僧徒は佞諛のもの多く、猶以て国法を害することなし。

近世は僧に雅俗の分出で来りて、中にも徳ある僧の、弟子

を指教して、宗儀の深意を釈し、仏語を表裏よりして推し

て悟らしめ、遂に仏身を成就するあれど、今の俗僧の、俗

男女に説き聞かしむる所は、理を浅く説くをもつぱらとし

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て、滑稽笑話の類なれば、二度童にかへりたる婆翁。理屈

話と同じ耳に聞けば、誰か聞き込んで発心するものもなく、

前に披ひ

きながら、目はひたすら空だきのかたにむかふ」

庭鐘は後醍醐帝の口を借りて、僧徒を一律に非難することはな

く、高僧と俗僧とに区分した上で、近年の堕落僧がいかなる振る

舞いをしていたのか風刺する。この箇所だけを取り上げると、庭

鐘はさぞかし僧徒を軽蔑していたかのようにも思われるのである

が、同じく『英草紙』の第五篇「紀任重陰司に到り滞獄を断わ

くる

話」の最後にある閻魔大王の仏教観には次のように見える。

「極楽は天堂とも云ふ。人の魂気物の為に凝らずして、火

尽き烟となりて空に昇り気と倶に消化して、天の空なると

倶に空となつて、些す

し形とすべき物なくなるを極楽とも弥

陀の本身ともいふ。僧徒は此の空を現世より期したるもの

也。貴所の見るところに近し。ここにいたる人も亦少から

ず。しかれども、かく取る所もなく消え果つると聴きては、

身勝手なる末世の衆生興なきことに思ひとりて、たとへう

きふし多き世なりとも、人界へ生れ来らば、復び眉を開く

こともあるべしと、残念のはしを起さんことを、聖の不便

がりて、仏菩薩の名を徇と

へ出だし、九品の浄土を説きて、

是を願ふべき到り所と、定められたると覚ゆ」

庭鐘は冷静に仏教を見つめており、その教義の中に真理を追求

していくよりも、人々の心の拠り所となったり、或いは不道徳の

抑止力になったりする効能については肯定的に受けとめている。

さらに、大王の口から「地獄」の一形態として禽獣の身に転生す

ることにも言及されており、仏教的な輪廻観も展開されているこ

ともわかる。さらに、庭鐘の第二作『繁野話』(明和三〈一七六六〉

年刊)第二篇「守屋の臣残生を草莽に引く話」は歴史上著名な聖

徳太子(厩戸皇子)と物部守屋の崇仏論争を扱った作品であり、

その結末では厩戸皇子の治世及び仏教伝来により秩序が安定した

次第を述べている。

厩戸皇子嗣の太子として政を摂り玉た

ひ、仏法時を得て興り、

大刹を建立し、僧尼成就す。使を唐に遣し、隋唐の式に従

きて、冠服を制し、位階を定め礼を肇は

め楽を正し、国に疾

疫なく五穀豊熟し、海内の治安前代に超えたり。

この篇において注目したいのは、厩戸皇子が開陳する仏教擁護

の弁の中に現れる儒仏間の対立を客観的に描いている場面であ

る。

「其道妄ならば、其教何ぞ漢土我国の今日につたはり、天

神鬼神心を傾くるにいたらん。又妄なれども、仏の妄は証

すべきなしといふものは、普通の論にして、愚者の見る所、

其人如何ぞ虚実の体を知らん。世の人、我に異なるを憎む

の意あるは、大智にあらず公道にあらず。其憎愛を以て取

捨せば、後世必ず互に相排斥して、勢二つながら立たずと

思ひ、仏家は儒生を愚人とし、儒生は僧家を姦人とし、若

し僧家人を品せば儒生を挙げず、儒生史を知るさば僧人を

列ねず、互いに温柔の和を失はん」

ここでは儒仏どちらにも偏らず、中立を貫いている庭鐘の姿勢

を窺い取ることができよう。儒者による仏教批判は林羅山や室鳩

巣の論が有名である。両者とも「そもそも宗旨の本道は人倫を教

えるものであるはずなのに、仏教は虚無・寂滅を求めているた

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め、もはや理とは言えない」点を痛烈に批判する⑶。儒医たる

庭鐘に近い所では、医道の師香川修庵が「及ビテ

仏教始メテ

入リテ

吾ガ

国ニ

蝕─中

変スルニ

神祖之聖法善教ヲ

、而愚俗惑─二

溺シ

邪説ヲ

然トシテ

皆陥─二

入シ

其ノ

術中ニ

」(『一本堂薬選』下「鹿肉」)と述べ

ている。我が国に「邪説」仏教が広まり、「其の術中に陥入」と

痛烈に非難した修庵の見解に比べれば、庭鐘がさほど仏教を毛嫌

いしていないことは明らかであろう。

『莠句冊』では「八百」以外でも、第四篇「玉林道人雑談して

回頭を屈する話」では「剃髪して大事を忘れずは善かるべし」と

述べた大徳人の話が見えていたり、第九篇「白介の翁運に乗じて

大に発跡する話」では初瀬観音について「此本尊の霊応、かぞふ

るに遑

いとま

あらず。遠近の士農もらすところなく渇仰して、其利益を

蒙る」と称えて、主人公白介も時間を要しながらも仏教の恩恵に

与る結末になっている点には注意を要したい。

この他に、庭鐘が手がけた作品の中に『通俗医王耆婆伝』(宝

暦十三〈一七六三〉年刊)があり、仏教を全面的に肯定的に捉え

ていることがわかる。第九回から第十回にかけて、金鶏国王が奇

病から救ってくれた医王耆婆に対して褒美の下問に答える場面を

見たい。耆

婆云「我本太子ト生レ。小国ナレトモ亦人民珍宝アツテ

具足ス。只国ヲ治コトヲ楽ズ。故意ニ医ヲ為な

テ四方ニ行テ

病ヲ治ス。土地婇女宝物皆用ル所ナシ。王前ニ我五願ヲ聞

キテ他ノ病愈い

タリ。重ネテ復一願ヲ聴

ゆるさ

バ王ノ内病愈い

ベシ」。

王ノ曰「唯仁者ノ教ヲ聴ベシ。請こ

一願ノ事ヲ説と

ケ」。(中略)

話かたり

説とく

。当そ

のとき時

耆婆説と

出いだ

シ来ル別事ニアラズ。王ニ請テ仏ノ

明法ニ従ヒ玉ハンコトヲ誘

すすめ

。当

まのあたり

面仏ノ功徳巍巍トシテ恃ひ

尊キコトヲ。説と

開ひらくコ

ト一言十句ナラズ。王聞テ大ニ喜テ曰、

「今烏神足白象ヲ遣シ仏ヲ迎ヘ奉ラン」。耆婆云「白象烏臣

ヲ用ルニ及バズ。仏一切ヲ解さ

リ遙ニ人心ノ念所ヲ知。但宿よ

ヨリ斎戒清浄。具ヲ供

そなへ

香ヲ焼た

。遙ニ仏ノ方ヲ向テ礼ヲ作な

長跪シテ白も

シ請バ。仏必ズ自ラ来ン」。王随や

便て

其言ノ如クス。

明日ニ至テ王ノ為ニ法ヲ説ク。王ノ意開さ

解り

テ便無上正真ノ

道心ヲ発シ。挙国大小ノ人皆五戒ヲ受う

。各恭礼シテ供養ス。

『通俗医王耆婆伝』の執筆について庭鐘は「世既ニ

有リ

柰女経一

号─二

称ス

漢ノ

安世高訳スル

者ト

。(中略)後世之徒念お

もフニ

茲ヲ

在リ

茲ニ

訂シテ

而授ク

梓ニ

」(序文)と述べており、『仏説柰女耆婆経』の翻

案作品であることを明かしている。医師である彼にとっては、こ

の作品が肉体面での救済である医と、精神面での救済である仏と

の結合を見たことに意味があろう。庭鐘は医道の先達である耆婆

の言葉を借りて、内面的な意味での仏教を是認している構図とな

る。この価値観を繙くうえで、仰誓の『妙好人伝』初篇巻上に記

載された逸話が参考となる。寛延の頃〈一七四八~一七五一年〉、

石見国の医師であった石橋寿閑の仏教批判には甚だしいものが

あったが、幼い孫娘の臨終に際しては、その気持ちを安らかにす

るために「南無阿弥陀仏」と唱えるように勧めている。寛延年間

は庭鐘三十代前半に相当するため、医師の立場から捉えたある種

の仏教観と通底するところもあろう。以上のように、庭鐘は儒仏

の対立を横目に見ながら、仏教に対しては正負の両面から極めて

冷静に結論づけている。教義には科学的な見地からの分析を加え

ながらも、心の安静をもたらす美点を受容している。庭鐘は『莠

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句冊』第一篇において不老不死たる仙人を描いており、仏教信仰

とは異なった面をテーマを掲げながらも、庶民に対する啓蒙的な

側面を忘れてはいなかった。

世の人が不死の道を知らば、子孫の図

はかりごとを

なさず、忠孝を思

はず、必ず人倫を乱らん。故に周魯密に自ら用て秘して人

に告げず。(「八百」)

それでは、庭鐘は仏教的な観点から八百比丘尼伝説をどのよう

に捉えているのだろうか。比丘尼による人魚の救助場面にその思

想性を垣間見ることができる。

其そのころ比

高浜にて異魚の六尺ばかりなるを得たり。紅

あかき

鰭ひれ

の間に

幕みづ

蹼かき

あり。其頭は人面にて眉耳備はり、肉白く髪赤く長し。

下半身は魚形なり。(中略)漁人等云ふ「是正しく人魚な

り。喰ひて長命を保つと聞く。肉を分ち、価を高く売らん」

と、人家を募る。富有の家是を買はんとするに、なれぬ食

品なればためらひて「白比丘尼こそ人魚服したると人いへ

ば、彼人に問ひて真偽を定めて、後買はん」といへり。浦

人肉を分ちて参らせん。見定めたまはれ」といふ。姨姑は

仏の戒禁を守るにもあらず。幼年に食して味も忘れぬれば、

今ひとたび食せんことを思ひ、高浜に到りてみるに、此魚

撥はねおど躍

り頭をささげて姨姑にむかひ、涙を流す事珠の如し。

姨姑心に思ふやう「此魚必ず肉を分たれん。憐れむべきこ

となり。地仙となるものは、一千三百の善事をなすと聞い

て、未だ施さず。我是を食ふとも、究めて年を延ぶるとも

知るべからず。いかにしても放ち得させん」と。(「八百」)

波線を施した箇所からもわかるように、庭鐘は比丘尼を「仏の

戒禁を守るにもあらず」と評した上で、助けを乞う人魚の姿を目

の当たりにした彼女の心境が変化する様を巧みに描いている。既

に人魚によって長命を獲得した比丘尼は、これを食したからと

いってさらなる長寿が得られるかどうかは確信していない。つま

り、彼女自身が長生の原因が何によるものか悟っていないのであ

る。そして、仏教の「放生」なる宗教的な手続きを踏むことで功

徳を積む形をとっているが、庭鐘はこれをあえて『抱朴子内篇』

に見える「功過思想」と関連づけていることが考えられる。ここ

では、八百比丘尼の「肉食」の罪を「放生」の功徳によって「地

仙」に位置づけようとしていることがわかる。庭鐘は「八百」本

文中で「思ふに、飢ゑず寒からぬの本意は、衣食の欲薄く世慮を

離るるをいふ。服薬なけれども病なく、滋食せざるは、これこそ

地仙にて楞厳十種の一つなるべし」と述べているが、『首楞厳経

略疏折衷』(元禄十〈一六九七〉年刊)には次のようにある。

復有リ

従ヒテ

人ニ

不下 

依リテ

正覚ニ

修セ

三摩地ヲ

、別ニ

修シ

妄想ヲ

存シ

念ヲ

固クシ

形ヲ

、遊ブモノ

於山林ノ

人ノ

不ル

及バ

処ニ

。有リ

十種ノ

仙一

。(中略)是等皆於イテ

人中ニ

錬シテ

心ヲ

、不レ

修セ

正覚ヲ

、別ニ

得テ

生理ヲ

、寿千万歳ニシテ

休く

─下

止し

深山或イハ

大海島絶スル

於人ヲ

境ニ

。斯レ

亦輪廻妄

想流転ナリ

。(巻八)

ここには絶境に棲んで長寿を保つ地行仙、飛行仙、遊行仙、空

行仙、天行仙、通行仙、道行仙、照行仙、精行仙、絶行仙の十種

類の仙人について描かれているが、同時にこの書には「肉食の禁」

についても記されている。

是ノ

食肉ノ

人、縦ヒ

得トモ

心開ケテ

似ル

三摩地ニ

皆大羅刹ナリ

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報終ラバ

、必ズ

沈マン

生死ノ

苦海ニ

。非ズ

仏弟子ニ

。如キ

是かくの

之人、相殺シ

相呑ミ

、相食スルコト

未ダ

已マ

。云い

ん何ガ

是人得ン

ヅルコトヲ

三界ヲ

。汝教し

メンニハ

世人修セ

三摩地ヲ

、次ニ

断ゼシ

メヨ

殺生ヲ

。(巻六)

「肉食(殺生)」は、「貪淫」「偸盗」「妄語」などとともに守ら

ねばならない四戒として取り扱われている。さらに、『大乗楞伽

経』巻第六「断食肉品第八」には肉食の過失理由について次のよ

うに記されている。「一切の衆生は無始より来、生死の中に在り

て輪廻して息や

まず、曽か

て父母兄弟男女眷属乃な

し至朋友親愛侍史と作

り、生を易へて鳥獣等の身を受けざるは靡な

し。云何が中に於て之

を取つて食せんや」とあり、これを禁ずる理由として輪廻転生の

観点から述べられている。やや後期の作品に当たる山東京伝の『本

朝酔菩提』(文化五〈一八〇八〉年序)巻之四にも同様の見解が

見られる。鯉をひたもの食いする一休を目の当たりにした遊女が

「一休は活仏なりとて人尊敬するよしを聞きつるが、出家の身と

して魚肉を食らふはあるまじきことなり。もしは禅機に託して人

を欺く売ま

す僧にはあらずやと疑心をおこし」た場面があり、やはり

仏教徒にとって「肉食」は禁忌と見られていた様子を窺わせる。

この線で眺めれば、『莠句冊』に見られる比丘尼の奇行(悪少年

達を海に沈めたこと)についての説明もつく。「凡お

そ生を殺す者は、

多く人の食の為なり。人若も

し食せずんば亦殺事無けん。是故に肉

を食すると殺すと罪同じ」(「断食肉品第八」)と述べており、『大

乗楞伽経』では「肉食」と「殺生」とが同義であると見なしている。

危害を加える者に対しては殺生戒すら破ることも辞さない比丘尼

の構えは、「仏の戒禁を守る」ことに縛られる必要もない。仏門

に仕える身でありながら肉食の禁を犯した破戒尼としての本質的

な存在と通底するのである。結果的に庭鐘は比丘尼の罪状に一つ

を付け加えたに過ぎないことになる。

仏教において厳禁とされる「肉食」という罪障を負った比丘尼

が「人の庶こ

ひねが幾

ふところ」であった寿福を手に入れるという設定上

の矛盾に庭鐘が気付かなかったわけはない。現に、仏教類書『法

苑珠林』第九十三・九十四巻「酒肉篇」にも生前酒肉を食したた

めに死後責め苦を受けた中国の僧俗の逸話が連なっているが⑷、

庭鐘がこれに目を通していたことは、『過目抄』巻四に書名が見

えることからも明らかである⑸。

 

三 

八百比丘尼における「功過思想」

本文中で八百比丘尼は「老君(老子)の言は学ばざれば我知ら

ず」と述べており、神仙道についての知識を持ち合わせていない

ような発言も見られる。しかし、冒頭には「漢土に仙人と名あるは、

家を離れ山に棲み、名山に入りて薬を錬り、雲物を慕ひ楼気を好

む」と紹介され、さらには「葛の抱朴の言に云ふ、『知ある者誰

か長生を悪まん』」といった記述からは、『抱朴子』との深い関連

を窺わせる。三国時代魏の曹操に幻術を披露した道士左慈の系統

を汲む東晋の葛洪は『抱朴子内篇』に「列仙の人は竹素に盈てり。

不死の道、曷な

す為れぞ之無からんや」(「巻二論仙」)と説きながら、

道教的神仙思想における長生について書き著し、仙丹及び修養の

方法を挙げている。この中には、ある人の「道を為を

むる者は、当

に先づ功徳を立つべし。審に然るや否や」の質問に対して次のよ

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うに答えている。

玉鈐経中篇を按ずるに云く、功を立つるを上と為し、過を

除くこと之に次ぐ。道を為むる者は、以て人の危きを救ひ

て禍を免れしめ、人の疾病を護りて枉死せざらしむるを上

功と為す。仙を求めんと欲する者は、要するに当に忠孝和

順仁信を以て本と為すべし。若し徳行修まらずして、但方

術を務むるも、皆長生を得ざるなり。悪事の大なる者を行

はば、司命、紀を奪ひ、小過は筭を奪ふ。犯す所に随つて

軽重す、故に奪ふ所多少有り。凡そ人の受命得寿は、自ら

本数有り。数の本より多き者は、則ち紀筭尽し難くして遅

く死し、若し稟くる所本より少なくして、犯す所の者多け

れば、則ち紀筭速に尽きて早く死すと。又云く、人にし

て地仙を欲せば、当に三百善を立つべし。天仙を欲せば、

千二百善を立つべし。(中略)又云く、善を積みて事未だ

満たざれば、仙薬を服すと雖も、亦益無きなり。若し仙薬

を服せざるも並びに好事を行はば、未だ便ち仙を得ずと雖

も、亦卒に死するの禍無かるべし。

(「巻三対俗」)

ここでは「天仙」と「地仙」とを分類したうえで、長生のため

には仙薬の服用よりも善行を積むことが重要であることが語られ

ている。「八百」においても「謂ひたる寿は養生にかゝれども、

命に得ると不得とあり。福は功労によりて、富の成と不成とあり」

とあって、「寿」と「富」は五福(『書経』洪範)の中に数えられ

るが、どちらも天命や功過に左右されるとする考え方は『抱朴子』

にしばしば現れる。「積善陰徳するに非ずんば、以て神明を感ぜ

しむるに足らず」(「巻六微旨」)と善行を勧める一方で、「命の脩

短は、実に値あ

ふ所に由る。胎を結び気を受け各〱星宿有り」(「巻

七塞難」)と運命論をも説いており、庭鐘が『莠句冊』を創作す

るに当たって念頭に置いていたことは間違いあるまい。

その一方で、『莠句冊』におけるある種潔癖な比丘尼像の造型

に当たって、「房中」の点が除外されていることもわかる。庭鐘

作品の中で長生する仙人譚を扱っているものには、『英草紙』第

四篇「黒川源太主山に入りて道を得たる話」、『繁野話』第五篇「白

菊の方猿掛の岸に怪骨を射る話」がある。前者は明末白話小説『警

世通言』巻二「荘子休鼓盆成」、後者は唐代伝奇小説『補江総白猿伝』

からの翻案作品である。『英草紙』の道士源太主、『繁野話』の猢

精飛雲はともに長生の術を会得しているが、両者に共通すること

は異性との接点である。これに対して、「八百」では「廿とせ過

ぐれども嫁しゆくことを嫌ひ」、「艶媚の婦態あることなし」とあっ

たり、悪少年による「長生の人の人道は如何んなる、試みよ」と

いうふとどきな悪戯に対しては海に沈める形で手酷くはねのけ、

俗人との性的な接触を遠ざけていることがわかる。

『英草紙』に登場する黒川源太主は養生の道を学んで実践し、『養

生新論』と『南華経(荘子)訳解』なる書を著したことが記され

ている。結末では彼が著した『養生新論』なる書物を灰の中から

拾いあげ、弟子である仁万道龍を弟子に手渡している。『養生新論』

という書籍については、貝原益軒が天和二〈一六八二〉年に著し

た『養生論(頤生輯要)』(竹田定直編)の書名が念頭に置かれて

いることが考えられる。これは『養生訓』の下書きともいうべき

作品であった。益軒は序文の中で「中華の多く養生を説く者多く

は是方外の徒。故に其の書往往虚妄不経。其の術徳義の則に順は

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ず。徒に人をして心迷惑せしむ。固も

より君子の取らざる所なり」

と述べており、養生が道教との密接な結びつきを持っていること

を説く一方で、医学的な見地から見直しをはからなければならな

いことも強調している。「八百」本文にも「漢土に仙人と名あるは、

(中略)早く養生の人を迷惑し」とあり、庭鐘が葛洪、孫子邈な

どの医学的な要素を持つ者を除き、道教の神秘を鵜呑みにはして

いないことは明らかである。

改めて表題を確認すると、「八百比丘尼人魚を放生して寿を益

す話」とあることからも窺えるように人魚を「食した」ことが長

生の理由とは断言せず、あくまでも「放生」の善行を積むことで「寿

を益す」状況に至った経緯を描く点に主眼が置かれている。ここ

で注意したいのは比丘尼の長生の理由については明らかにされて

はいない点である。人魚肉と長生の因果関係を一度解体し、人魚

肉がその要因の一つとして考えられると読者に提示するに過ぎな

い。かくして長生の後に善行を積み重ねることになった彼女は「地

仙」を目指すこととなった。つまり、源太主や飛雲のような自己

中心的で非情ともいえる登場人物から、比丘尼のように長寿のた

めには善行につとめさせるように書き換えたのは、庭鐘の長生観

にも何らかの変化が生じたものと考えるべきではなかろうか。つ

まり、庭鐘は「善行」の一点に着目し、ここでは「放生」なる仏

教思想と「功過思想」なる道家的神仙思想とを結び付けて描いて

いることがわかる。

作品の結末には「(仙の字を)古くひじりと訓よ

せたるは、秦国

の余風なり」と述べられるが、ここでは「仙」に「聖」を同一視

している漢土的な風潮に対して、両者を別物として切り離しなが

らも功過思想を利用した庭鐘のしたたかさが窺える。比丘尼には、

仏の戒律を守らずに肉食したり、不良少年達を溺死させたりなど

不気味さが潜んでおり、彼女が確固たる聖尼として描かれている

とは言い難い。庭鐘が彼女の「地仙」になるために課した善行と

は聖人性の強調などではなく、贖罪に近いものがあったのかもし

れない。

 

四 

医学・本草学の見地から魚肉観

『莠句冊』「八百」において人魚肉が登場するのは、比丘尼の父

である小浜の漁師(漁人)が漂着した後にたどり着いた「少女宮」

なる屋敷で供された食膳である。

象箸を把り玉椀の内を見るに、肥羹して人肉に似たれば、

漁人訝い

ぶかり

て箸を下しかねたり。庖人と思お

しきが云、「是は

人魚肉なり。飄放れて心胆を苦しめたる人、是を喰へば、

気力常に復る。実に島主の惻隠に及ぶ所なり」と。漁人聞

きて仍ほ喉の

に下りかね、其のしる

をすこしく吸ひて粱飯を食

し、肉をば包みて懐にす。

庖人から人魚肉の形態や効能について語られているが、ここで

は「不老不死」には直接言及されているわけではない。その後、

漁師が持ち帰った肉を娘である十歳の少女(八百比丘尼)が「珍

味」だと思って食すると、先述のように「此女子其の後より漸漸

と健に病苦を覚えず、心意快称改まるが如し。是なん年長ずるの

兆しと思へり」の流れになる。

人魚の記述については東晋郭璞の『山海経』の氐人国の記述に

24

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25

見える。「氐人国、建木の西に在り。其の人と為り人面にして魚

身なり。足無し」(巻十「海内南経」)と紹介されている。我が国

の八百比丘尼伝説は既に中世から既に『康富記』や『臥雲日件録』

に見える他、近世では林羅山の『本朝神社考』巻六(「都良香」項)

などにも現れている。また、『西鶴織留』(元禄七〈一六九四〉刊)

巻五の一「只は見せぬ仏の箱」には、人魚肉を食べぬのに女仙に

なった話があり、この頃には一般に普及していたことを窺わせる

⑹。この伝説を医学的な見地から捉えたものに貝原益軒の『西北

紀行』(正徳三〈一七一三〉年刊)がある。

八百比丘尼の事。世俗の語り伝へにいはく。古此辺に六人

の福徳長者あり。時々参会して貨物をくらべ争ふ。食膳も

又珍奇を尽す。或時人魚を料理す。五人の者は人魚を知ら

ず。怪しき物とて食らはず。其中の一人。人魚の肉五六片

懐之にして家にかへり。妻子に見せて捨てんとおもひ隠し

置けるを。一人の女子。人魚は薬なる由を聞て。窃

ひそか

に取て

食しける。是より長命にて。八百年生きて、此所に住せし

と云り。長生せし事は有なん。それも世俗の妄語多ければ、

正史にはしるさゝる事八百歳は信じがたし。

益軒はこの話に「丘処機が曰く『長生の術ありて長生の薬無し』

といへる。此事むべなり。信ずべし。人魚を食ひたるとて八百歳

はたもちがたし」と、道士丘処機の言葉を用いながら養生の術が

有るのみで、長生の薬はないという結論を付けている。さらに益

軒は肉食について次のようにも述べている。

篤信曰ハク

中華人ノ

気体強健与二

六畜ノ

肉一

相得テ

有リ

補益一

本邦ノ

人稟う

クルコト

気ヲ

薄弱。六畜ノ

肉堅硬気厚重。恐クハ

不レ

易カラ

二 

消化シ

。則チ

非ズ

風土之所ニ

一レ

宜シキ

。。如キハ

脾胃強

健之人ノ

一 

則チ

微ク

啖くら

フレ

之ヲ

亦可也。然レドモ

過多スレバ

復タ

能ク

生ズ

病ヲ

且ツ

損─二

傷ス

人ヲ

吾聞ク

之ヲ

矣。漁家及ビ

漁肆市人常ニ

啖フ

二 

生魚ヲ

多シ

矣。

其ノ

寿逾こ

ユル

六十ヲ

者少シ

矣。以テ

此ヲ

見レバ

之ヲ

多啖ハバ

生魚ヲ

有リ

害二

于人身ニ

。可キ

知ル

也。古語ニ

曰ハク

山気

多シト

寿。且ツ

山中之人啖フコト

魚ヲ

少シ

。所─二

以益ス

一レ

寿ヲ

也。

(『貝原益軒先生養生論』巻三)

益軒は「肉食」について日本人と中国人の体質の違いにまで触

れながら、彼の地の人は強健であるから六畜(馬・牛・羊・豕・犬・鶏)

の肉を食べても補益となるのに対して、本邦の人たちはもともと

身体の器官が弱く肉を食べても消化しにくい点を挙げている。や

はり、その著『養生訓』(正徳三〈一七一三〉年刊行)にも「海

辺の人、魚肉をつねに多く食らふゆえ、病多くして命短し」(巻二)、

「衰弱虚弱の人は、常に魚鳥の肉を味よくして少しづつ食ふべし」

(巻三)と説かれており、益軒が魚肉と長命との接点を否定的に

捉えていた様子が窺える。

しかし、医師として古方派に連なる庭鐘にとって「肉食」とい

う行為自体に無関心であったとは考えにくい。不老を感じ始めた

比丘尼は、「爰にいたりてこそ、幼年に父の与へた仙肉の験にや

と思ひしることもありし」と述懐していることからも、庭鐘には

「肉食」についての何らかの意識があったものと思われる。近世

中期において「肉食」を盛んに唱道したのが、他ならぬ彼の医術

の師でもある香川修庵である。本草学者である平賀源内が戯作中

において古方派の修庵の学説に対して名指しで批判を加えたこと

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は福田安典氏の研究に詳しい⑺。

「明応の大地震」が起きた明応七〈一四九八〉年に明から帰朝

した田代三喜が李朱医学を提唱した。これを曲直瀬道三が受け継

ぎ、世に広めたが、思弁的な李朱医学の短所を捨てて、実用向き

の簡明な医学を目指した。脾胃の温補及び補瀉療養を主張してい

る点に特徴がある。世に「後世派」と称され、室町後期から江戸

前期まで隆盛を極めた。

これに対して、伊藤仁斎が朱子学を排撃し、古学を提唱した時

期に医学においても復古の説が唱えられた。中でも名古屋玄医や

後藤艮山が有名である。特に、艮山の治療については薬剤よりも、

飲食の指導、看護法などに重点をおき、外邪による病気には薬剤

を用いるが、内傷には食物の指導を主とし、手近で費用のかから

ないありふれたものを用いて、病気を治療した点に特徴がある⑻。

この系統を「古方派」と呼ぶ。

この八百比丘尼伝説も庭鐘の医学的見地が反映したものと捉え

ることはできないだろうか。肉食については、古方派の確立者で

修庵の師でもある後藤艮山が提唱している。

後世ニテ神農ヲ医科者流ノ祖トス。本ヲ知ラザル也。又日

用食品ニ宜キ者ヲ撰トリテ五穀ノ助トス。即野菜ナリ、菜

ハ采ナリ、采リテ食スベキノ義ナリ。日本ハ海浜ナル故ニ

魚物多シ。サルニヨリ野菜ノ類ヲ用ルコト多カラズ。異国

ニテハサマ〱ノ野菜ヲ采テ食品トス。サテ其次ニ異性偏味

ニシテ不可常食之草ヲ以テ邪ヲ去ルノ薬トス。即薬草ナリ。

草ハ早卒ノ病ヲ去リ、常食トナスベカラザルノ義ナリ。故

ニ神農本経ニハ諸薬皆毒トアリ。カク偏性味ヲ以テ病ヲ治

スルハ、人ノ常ニ食スル所、先甘味ガモトナリ。肉モトヨ

リ甘シ。穀采尤モ甘シ。(中略)真元虚脱、肌膚血肉枯悴

シタル者何ゾ異味ノ毒草ヲ以テ、コレヲ補益スルコト有ン

ヤ。然ルニ宋元以来ノ医家者流コノ事ヲ不知シテ、虚ヲ補

ト云ヒテ服薬バカリヲ用テ、天然自然ノ大補タル肉味餌食

ヲ却テツヨキニ過ルナドトテ禁ゼリ。カナシキノ甚キコト

也。故ニ今虚冷ノ人ニハ肉味ヲ食ハシメテ、其補益ヲトル、

世医却テ此ヲ妄リトス。誤レル哉。(艮山述『師説筆記』)

艮山はこの中で「専ラ肉ヲ食ハシムレバ、其肉皆養トナル故ニ

一喫ノ肉モ十撮ノ薬、三包ノ薬ヨリハ益アリ。然バタダ肉食を専

トスベシ」と肉食を強く主張しており、益軒の消極的な肉食観と

は大きくかけ離れていることがわかる。著作らしいものをほとん

ど残さなかった艮山に対して、弟子の修庵はというと『一本堂薬

選』(享保十六〈一七三一〉年刊)、『一本堂薬選続編』(元文三

〈一七三八〉年刊)などを著しており、日本の食肉史を語る上で

の代表作と見なされている。修庵は「元明ノ

医流多ク

是悠々求ムル

活ヲ

之徒。専ラ

称シテ

薬能ヲ

賛誉過ギタリ

実ニ

。」(『薬選続編』序文)

と述べており、薬ばかり主張する「後世派(元明医流)」に批判

を加え、温泉、鍼灸などの治療効果を主張している。修庵と同門

の吉益東洞は「薬」について「薬と斗

ばかり

いふは後世の事なり。古書

には毒とあり。いまだ薬とばかりいふたる事を聞ず。周礼ニ

曰ハ

、聚テ

二 

毒薬ヲ

供ス

医事ニ

。素問ニ

曰ハク

、毒薬攻ム

邪ヲ

。又曰ハ

、攻病以テシ

毒薬ヲ

、養精以テス

穀肉果菜ヲ

」(『医事或問』巻

上)とあって、「薬」までも「毒」と見なしていることがわかる。

庭鐘の師である修庵が仏教批判をしていたことは先に述べたが、

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それは仏教により肉食を禁じられたことによるところが大きかっ

た。「八百」の中で比丘尼が人魚を食べたのが欽明朝とされてい

るのも仏教がまだ日本に伝来後まもなく根づいたばかりで、肉食

の禁がやかましくなかったころを示唆するものになろうか。その

修庵は「魚肉」を「鳥獣肉」に比較して次のように記している。

凡ソ

魚肉柔軟、較ブレバ

之ヲ

鳥獣ノ

肉ト

為ス

甚ダ

易シト

化シ

吾邦之為レ

体、四陲瀕シ

海ニ

、魚蝦至リテ

夥シク

、専ラ

啖フ

海味ヲ

。此其ノ

所─二

依テ

水土ニ

用ヰルコト

産物ヲ

、更ニ

饒フ

鳥獣ノ

肉ヨリ

也。六十六州、無キ

海者十三州ニシテ

而尚ホ

且ツ

運漕転輸、無シ

不ル

一所ノ

由ナラ

。故ニ

雖モ

重山回渓之

地ト

、亦魚肉不シテ

匱とぼ

シカラ

、而間有リ

啖フ

鳥獣ノ

肉ヲ

者上

此乃チ

由リテ

方土之便宜ニ

以テ

助クルノミ

活計ヲ

。唯宜シク

食ス

。不レ

可カラ

生喫ス

。此為ス

調摂之要務ト

(『薬選続編』「諸魚肉」)

このように、修庵は日本の国情として漁獲量が豊富である点や

鳥獣肉よりも消化しやすい点から、魚肉食を大いに勧めている。

やはり、益軒の見解とは著しく異なっていることは明らかである。

さらに、『薬選続編』には「人魚」についての説明も見える。

鯢魚  

一名人魚。多ク

在リ

渓澗中ニ

。俗ニ

称ス

山椒魚ト

人間謂フ

此物療スト

噎え

証ヲ

。誤矣。噎豈ニ

可キ

治ス

之病ナ

ラン

乎。

(『薬選続編』「鯢魚」)

ここでは「山椒魚」の別名であるとしており、医薬的効能は

「噎

むせび

」を治す程度の効果を述べている。庭鐘は「八百」の中で「人

魚」についての知識を余すところなく書き連ねている。比丘尼が

人魚を捕獲した高浜の浦人に向かってその放生を勧める場面であ

る。そこでは、この怪魚が様々な魚類としばしば混同されている

事実を明らかにしている。

「我、幼少の時異魚の肉を食したれども。人界にいまだ其

魚を見ず。名同じく物異なる多し。山

さんしやう

生とよぶ魚は

魚な

り。其微小なるは守宮に混れやすし。海法師は烏賊の醜

たぐひ

して脚に多子あり。鼈の入道は

なり。今此魚其類にて国

土異れば是をも人魚といふ。皆真の魞魚にはあらず。但

に牝め

を牡あり。晨旦は魚の住むこと河海を分たず。海辺

の人牝牡を得て大地に養へば交合すること人の如く子を生

ず。此魚を見るに牝なり。凡そ服食は牡雄の肉に非ざれば

益なし。味も美ならず。我は食ふべき念なし」

ここで真っ先に「山生(山椒魚)」を持ち出しているのは修庵

の書籍に影響を受けたものかもしれない。それ以前に山椒魚を「人

魚」と見なしたものに曲直瀬玄朔の『日用食性能毒』「鱗部」、貝

原益軒の『大和本草』巻之十三「にんぎょ魚

」、「鯢

さんせううお

魚」、寺島良安の『和

漢三才図会』巻四十九⑼などがあって、こうした先行文献を踏ま

えていることが考えられる。続いて比丘尼は「海法師」を人魚の

混同物の一例に挙げているが、これは清の屈大言の『広東新語』(康

煕三十九〈一七〇〇〉年序)の「人魚雄者ハ

為シ

海和尚ト

、雌者

為ス

海女ト

」(巻二十二「怪魚」)を下敷きにしているものと考

えられる⑽。また、安永七〈一七七八〉年に庭鐘自身が校刊し

た『康煕字典』を利用していることが窺える記述もある。「八百」

にはこの他に「

」という魚を「鼈の入道」に見立てている箇所

があるが、『康煕字典』巻三十九亥集中「魚部」「

」には「『類

篇』如クシテ

亀ノ

而行クコト

疾シ

。亦作ル

ニ」として、これが亀に似

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たものという説明がある。さらに、同「魚部」の「鯢」には「『爾

雅』ノ「

釈魚」ニ

鯢ノ

大ナル

者謂フ

之ヲ

ト一

」ともいう。「魞」には、

「『正字通』按ズルニ

魚。則チ

海中ノ

人魚。眉耳口鼻手爪頭皆具ス

。皮

肉白キコト

如ク

玉ノ

無ク

鱗、有リ

細毛一

。五色ノ

髪如クシテ

馬尾ノ

五六尺。体モ

亦五六尺。臨海ノ

人取リテ

養ヒテ

池沼中ニ

。牝牡交合

スルコト

与レ

人無シ

異」といった説明がなされているが、この記述

については、比丘尼自身の説明にも見えるように、「海辺の人牝

牡を得て大地に養へば、交合すること人の如く子を生ず」(「八百」)

の箇所とも共通しており、こうした書籍を利用していたことが明

らかである。

その後、比丘尼によって放生された人魚が高浜の浦にもたらし

た「鼻折鯛」については、『和漢三才図会』巻四十九には「黄穡

魚」の項目に記載されているいる一方で、やはり庭鐘自身が校訂

した本草書『閩書南産誌』(寛延四〈一七五一〉年刊)には「黄

穡魚」に「アマダイ」というルビが振られており、「略ほ

似ル

奇た

い巤一

身小ニシテ

而薄シ

。其ノ

尾薄黄。」という説明書きがある。こうした

事物の説明からは、「八百」の創作に当たって庭鐘の手がけた本

草書や字書などを駆使している状況が窺える。

  

五 

おわりに

結論として、庭鐘が『莠句冊』の中で「八百」を描いたのは中

世以来神格化されてきた比丘尼観を変えようとしたことは確かで

あり、その本質的な存在にメスを入れるものであったことが窺え

る。仏門に仕える身としては破戒僧尼に当たる彼女がなぜ長寿を

保つことができたのか。「人の言を信として人を欺くは多く善人

なり」(「八百」)と述べた庭鐘は、『法苑珠林』や『首楞厳経』な

どを目にしていたことからその矛盾点には当然気付いていたはず

である。仏教に対しては他の儒者よりも比較的好意的であった庭

鐘は、『通俗医王耆婆伝』などで肉体を救う医者の見地よりも魂

を救済する仏教の力を称賛さえしている。

また、彼の医術の師である香川修庵は肉食を奨励したことでも

有名であるが、これは八百比丘尼のイメージとは自ずから重なり

合うものがあった。つまり、仏教的な戒律からは外れる存在では

あったが、医学的な見地からも肉食長命のシンボルとして描くこ

とは可能であることを意味する。とはいえ、修庵の仏教批判とは

別の視点からこの伝説を受容していることも明らかである。

結果として、庭鐘はその篇題にもある通り「人魚を放生して寿

を益す話」という名目に書き換えることになった。比丘尼伝説の

うちに架橋の故事のある『若狭国伝記』を典拠に取ったのも、そ

の遺跡を彼女の功徳によるものと見立てたかったものではなかろ

うか。仏教的な「放生」を表に立てながらも、葛洪の『抱朴子内

篇』の「功過思想」を巧みに取り入れ、「地仙」としての「善行」

に焦点を当てた形跡が窺える。また、謎に包まれた「人魚」なる

怪魚をめぐり庭鐘は様々な書物を駆使しており、博物学者として

の一面も垣間見える。

つまり、この「八百」は中国の仙人譚とは切り離し、我が国に

おける比丘尼伝説の問題点を庭鐘が改めて見直しながら、肉食思

想と功過思想の中に本草学の知識を披瀝してその焼き直しを試み

た意欲的な作品であると結論づけられる。

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【注】

⑴楊永良「都賀庭鐘の小説に見る養生論―『抱朴子内篇』、『千金

方』との関連をめぐって」(『都大論究』三〇号 

一九九三年三月)

⑵近藤瑞木「『莠句冊』出典小考」(『都大論究』三三号 

一九九六年三月)

⑶林羅山「釈老」(『羅山林先生文集』巻五十六)、室鳩巣「夢の

浮き世」(『駿台雑話』巻二)などに見える。

⑷『法苑珠林』第九十四巻には、鶏卵を好んで食したため死後に

責め苦を味わった北周の武帝の話、生前肉を食べたために餓狗

地獄に落ちた僧慧熾の話、肉食により多くの畜生から詰め寄ら

れて仏教に帰依した趙文若の話などが見える。

⑸高田衛『江戸怪異綺想文芸大系二 

都賀庭鐘 

伊丹椿園集』

(二〇〇一年 

国書刊行会)解題による。

⑹九頭見和夫『日本の「人魚」像―『日本書紀』からヨーロッパ

の「人魚」像の受容まで (

福島大学叢書新シリーズ

9)

』(和泉

書院 

二〇一二年三月)による。なお、『莠句冊』と同年に刊

行された大槻玄沢の『六物新誌』には西洋の人魚も紹介されて

いる。

⑺「香川修庵という医師」(『平賀源内の研究 

大坂篇』ぺりかん

社二〇一三年一月) 

には、源内が『天狗髑髏鑑定縁起』跋文

に「陳皮」をめぐって「香川氏が薬選に譫た

わごと言

をついてより」と

修庵の学説を名指しで批判した事例を取り上げている。

⑻大塚敬節「近世前期の医学」(『日本思想大系6363近世科学

思想下』(岩波書店 

一九七一年一月)解説による。

⑼益軒は「一名人魚此二種アリ」と述べ、「

魚(鮎

なまづ

に似た)」と

「鯢魚(山椒魚)」に分類している。また、良安も「鯢魚」と「人

魚」の二つに区分しており、一つに絞りきれないものであるこ

とがわかる。

⑽庭鐘が『広東新語』を読んでいたことは、『過目抄』巻八にそ

の書名が見えることから明らかである。前掲⑸による。

【参考文献】

矢数道明『近世漢方医学史 

曲直瀬道三とその学統』

名著出

版 

一九八二年十二月

三井晶史『昭和新纂 

国訳大蔵経(オンデマンド版)《経伝部

第七巻》』 

大法輪閣   

二〇〇九年三月

横山俊夫『貝原益軒 

天地和楽の文明学』平凡社 

一九九五年

十二月

尾崎正治『鑑賞中国の古典9 

抱朴子・列仙伝』

角川書店 

一九八八年七月

本田済『中国古典文学大系8 

抱朴子 

列仙伝 

神仙伝 

山海

経』 

平凡社 

一九六  

九年九月

徳田武『日本書誌学大系5151日本近世小説と中国小説』

青裳堂書店 

一九九二年十月

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村山党中氏の成立と展開

   ―

狭山ヶ丘学園三ヶ島農園の応永三十二年銘板碑に関連して

山 

野 

龍太郎

 

はじめに

本稿は、狭山ヶ丘学園の三ヶ島農園で発見された中世の板碑を

紹介して、この地域を本拠地とした村山党の中(仲)氏について

検討するものである⑴。

狭山ヶ丘学園は、所沢市三ヶ島二丁目に三ヶ島農園を所有して

いるが、この地において、応永三十二年(一四二五)の銘文を持

つ板碑の断片が出土した。また、この板碑が造立された背景を知

るために、三ヶ島村の中世について調査していく過程で、中氏と

いう一族の存在が浮かび上がってきた。

中氏とは、武蔵国入間郡を中心に活躍した武士で、戦国期に中

資信という人物が現れて、古尾谷荘(川越市古谷・南古谷地区)

などに足跡を残したことで知られている。しかし、中世の古尾谷

荘には、古尾谷氏という武士も存在しており、両者の事績が錯綜

して後世に伝えられたので、それぞれの情報を正確に峻別するの

が著しく困難になっている。こうした事情もあって、資信の先祖

や子孫に関する研究は大きく立ち遅れている。中氏の政治的な活

動に至っては、ほとんど検討されずに埋没した状態といっても過

言ではない⑵。

そこで、以下では、三ヶ島農園で発見された板碑を紹介しつつ、

資信に代表される中氏の展開について、信頼できる史料を掘り起

こしながら考察していきたい。三ヶ島村を拠点とした中氏の実態

を分析することは、板碑が造立された背景を明らかにする意味で

も有効と思われるからである。

 

一 

応永三十二年銘板碑の発見

狭山ヶ丘学園の三ヶ島農園では、狭山ヶ丘高等学校付属中学校

の生徒たちが、総合的な学習の時間を利用して農作業を行ってい

る。平成二十七年(二〇一五)四月二十二日、農作業の引率で農

園に足を運んだ際、畑の端に寄せられた盛土に混じって、板状の

緑泥片岩の破片を発見した。すでに粉々に破壊された状態だった

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が、表面には銘文が刻まれており、中世に製作された板碑である

ことは一目で分かった。そこで、それらの欠片を回収することで、

それ以上の散逸は何とか防ぐことができた。破片は数十個に分裂

しており、一部しか復元できなかったが、それでも貴重な中世の

遺物であることに変わりはない。

板碑とは、鎌倉中期から戦国末期にかけて造立された石製の

塔婆である。

板状に加工

した石材の

上端を山型

に尖らせて、

その下に本

尊を梵字(種

子)で表現

し、

偈げ

ばれる経典

や、

造立の趣旨・

日・

主などを刻

むのが基本

的な形態で

ある。

に時代が下

ると、農村の人々が民間信仰で造立した結衆板碑なども現れるが、

それ以前の板碑は、武士や僧侶などの有力者によって造立されて

おり、死者の冥福を祈って営む追善供養や、生前に自身の冥福を

祈って営む逆修供養などの目的を持つものが多かった。

板碑の材料は、荒川上流の長瀞や槻川流域の小川町下里などで

産出される緑泥片岩であり、石材の運搬が容易な水運の範囲に応

じて、武蔵国の北部などの領域に集中的に分布している。埼玉県

は、こうした武蔵型板碑が数多く造立された地域で、古い寺院や

墓地などを探訪すれば、中世の板碑を見つけるのは、さほど難し

いことではない⑶。

さて、あらためて三ヶ島農園の板碑を観察すると、次のような

銘文を判読することができた。

「□

(応)

永三十二年」

「道金

  

逆□

(修)

」⑷

板碑発見状況

「□永三十二年」

「道金」「逆□」

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文字通り断片的な情報だが、板碑の性格を知る上での支障はな

い。まずは、「□永三十二年」という紀年銘だが、三十二年まで

続いた年号といえば、前近代では応永(一三九四‐一四二八)し

か存在しない。したがって、この板碑が応永三十二年(一四二五)

に造立されたことは確定できる。また、「道金」とは、板碑を造

立した人物の名前であり、出家して漢字二字の法名を名乗ってい

たと考えられる。さらに、「逆□」とは、逆修を意味しており、

生前に営まれた供養だったことを示している。

このように、三ヶ島農園の板碑は、応永三十二年(一四二五)、

道金と称した人物が、自身の死後の冥福を祈って造立した供養塔

であり、これまで知られてこなかった事実を伝える新発見の史料

として評価できるだろう。

事実、所沢市三ヶ島の周辺には、多くの板碑が存在したことが

確認されている。三ヶ島の地内に限っても、三〇基を越える板碑

が報告されており、その年代は正応二年(一二八九)から永正八

年(一五一一)までの長期間に及んでいる⑸。三ヶ島農園の応永

三十二年(一四二五)の板碑も、この一基だけで単独に存在した

わけではなく、この地域で継続的に造立されてきた板碑群の一部

だったと推定される⑹。したがって、三ヶ島農園の付近には、こ

の地域を治める有力者が存在しており、周辺は一族の供養の場と

して整備されていたと考えられる。

では、これらの板碑を造立したのは、どのようなルーツを持つ

人々だったのだろうか。こうした疑問に答えるために、中世の

三ヶ島村にどのような勢力が存在していたのかを追究していきた

い⑺。

 

二 

三ヶ島村の中氷川神社をめぐる武士

所沢市三ヶ島には、中氷川神社が鎮座しており、中世に作成さ

れた棟札が伝来している⑻。これらの棟札には、関係者の人名が

銘記されており、三ヶ島村を基盤とした勢力を考える史料として

貴重である。そこで、中氷川神社の棟札のうちで、三ヶ島農園の

板碑に近い紀年銘を持った一枚を検討してみたい⑼。

 

敬白左大檀那宮寺惣地頭

         

朝(臣脱ヵ)

蔵人入道沙弥道椿弾正重定   

四郎左衛門信重

武蔵国入東郡宮寺郷下村中氷川神社殿造営正長元年 

九月廿三日

 

奉造営右吾那安芸守久下筑前守神主左衛門太夫家吉

                   

時大工道栄(10)

正長元年(一四二八)九月二十三日、武蔵国入間郡宮寺郷(入

間市宮寺)に所在する中氷川神社の社殿が造営されたという内容

である。「平

朝(臣脱ヵ)

蔵人入道沙弥道椿」・「弾正重定」・「四郎左衛門

信重」が大檀那となり、「吾那安芸守」・「久下筑前守」らが造営

を推進しており、多くの人々が連携して中氷川神社を支えていた

様相が読みとれる。この棟札に記された人名を分析すれば、三ヶ

島村の周辺地域に存在した勢力の構成を明らかにすることができ

るだろう

(11)。

最初に、「平

朝(臣脱ヵ)

蔵人入道沙弥道椿」については、宮寺郷の惣

地頭とあるので、この地を本領とした宮寺氏の当主だったと推定

される

(12)。宮寺氏は、桓武平氏の流れを汲む村山党の一族で、鎌

32

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33

倉期には「宮寺蔵人政員」が御家人として活動していた

(13)。「平

朝(臣脱ヵ)

蔵人入道沙弥道椿」は、出家して「道椿」という法名を名乗っ

ているが、村山党と同じ「平」姓を称しており、政員と同様に「蔵

人」という通称を用いているので、政員の子孫に連なる宮寺氏の

嫡流だったと考えてよいだろう。

次に、「弾正重定」については、「平

朝(臣脱ヵ)

蔵人入道沙弥道椿」の

割書として記されているので、宮寺氏の当主だった道椿の親族と

みることができるだろう。「弾正」とは、弾正台の職員だったこ

とを意味するが、武士の通称として用いられることも少なくな

かった。たとえば、宮寺氏が属する村山党の武士では、戦国期の

難波田憲重が弾正と称したことで知られている。したがって、重

定は、道椿のもとで活動していた人物で、宮寺氏の一族だったと

考えられる。

また、「四郎左衛門信重」については、重定と並んで割書に記

されているので、それと同様の立場にあった人物とみられる。重

定と〝重〟が共通する点をみても、宮寺氏の親族だった可能性

が高いだろう。中氏に伝わった系図には、先祖に信重という人

物がいたことが明記されている。たとえば、「中氏先祖書」で

は、資信の嫡孫として信重がおり

(14)、「仲家由緒書」によれば、

資信の四男が信重だったという

(15)。ただし、資信は天正年間

(一五七三‐一五九二)の人物で、棟札より百年以上も後世に活

動しているので、信重の系譜に関しては、若干の混乱が見受けら

れる。これらの系図が、信重について資信の子孫としているのは

誤りで、正しくは資信の先祖に当たる人物だったと推測される。

いずれにせよ、信重が中氏の先祖だったという系譜には、一定の

史実が反映されていたとみてよいだろう。したがって、棟札の信

重は、宮寺氏の一族でありながら、中氏の先祖とも認識される人

物だったと考えられる。

さらに、「吾那安芸守」については、児玉党の吾那氏と考えら

れる

(16)。吾那氏は、越生氏から分かれた一族で、高麗郡吾那村(飯

能市吾野)を本領としていた。応永十三年(一四〇六)十月の長

尾憲忠請文写には、「吾那安芸守光泰」という武士がみえており、

安芸守という通称が一致することから、同一人物だったと判断で

きる

(17)。この光泰は、応永四年(一三九七)五月には、入間郡越

生郷(越生町越生)・浅羽郷(坂戸市浅羽)、高麗郡吾那村などに

所領を持っていた

(18)。三ヶ島村との関係は定かでないが、宮寺氏

との婚姻関係などを通じて、中氷川神社の造営に協力したのでは

ないだろうか。

最後に、「久下筑前守」については、私市党の久下氏と考えら

れる

(19)。久下氏は、大里郡久下郷(熊谷市久下)を本領としてい

たが、その親族に成木太夫と称した家信がおり、多摩郡成木郷(青

梅市成木)を拠点にしていたと推定される

(20)。成木郷は、三ヶ島

村とも往来できる距離にあり、宮寺氏の一族が進出していたこと

も確認できる

(21)。とすると、久下筑前守は、成木郷にいた久下氏

の一族で、三ヶ島村の武士と交流を持っている人物だったと思わ

れる。

このように、三ヶ島村に所在した中氷川神社は、村山党の宮寺

氏や中氏が中心となって、近隣の吾那氏や久下氏と連携しながら

造営されており、周辺地域の武士勢力が結集する場としても機能

していたと推察されるのである。

33

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三 

村山党の中氏と三ヶ島村の本領

中氷川神社の棟札によって、中世の三ヶ島村に宮寺氏や中氏な

どの武士が存在していたことが明らかになった。そこで、より三ヶ

島村に密着して活動していた中氏について考察していきたい。

中氏の基本文献としては、三ヶ島村の中家が所蔵する「中氏先

祖書」があるが

(22)、資信やその子孫の記載が中心であり、中氏の

成立事情を知るには不十分である。中氏の出自や本領などを考え

るためには、周辺的な史料も活用していく必要があるだろう。

中(仲)と称する人物は、鎌倉期から各地の史料に散見してい

るが、確実に東国武士だったと断定できるものは限られており、

三ヶ島村の中氏についても、成立した時期を物語る史料はきわめ

て乏しい。そもそも中という呼称は、中原姓の略称にも用いられ

ており、名字と明確に区別するのが難しいのである。

『古活字本承久記』によれば、承久三年(一二二一)六月十四

日、承久の乱における宇治川合戦で、鎌倉方の軍勢として「仲藤

八」が参戦しており、仲を名字とする東国武士がいたことを示唆

している

(23)。しかし、村山党の中氏との関連は明らかでなく、中

氏の成立を鎌倉期まで引き上げるには、なお慎重な検討が求めら

れるだろう。

三ヶ島村が開発された時期についても、それを特定できる材料

は少ないが、三ヶ島村に所在した高林寺龍蔵院は、宮寺家良が出

家して良円と称して、応長元年(一三一一)に創建したと伝えら

れている

(24)。家良は、「宮寺五郎平家平系図」によれば、弘安五

年(一二八二)二月十五日の誕生で、正応三年(一二九〇)に出

家して良円と称した人物だという

(25)。こうした由緒を参考にすれ

ば、三ヶ島村は、鎌倉期から宮寺氏が拠点とする地だったと考え

られる。

また、中氷川神社に伝来する天正五年(一五七七)九月の懸仏

には、「武州入東郡宮寺郷三ヶ島村」と刻まれており、三ヶ島村

が宮寺郷の領域に包摂されていたことが判明する

(26)。三ヶ島村を

流れる砂川堀は、宮寺郷の堂入沼を水源として周辺地域を潤して

いるので、上流の宮寺郷から開墾が進められたと考えるのが自然

である。したがって、中氏が拠点とした三ヶ島村は、宮寺郷の枝

村として成立した地であり、宮寺郷の領主によって開発された可

能性が高いだろう。

こうした三ヶ島村の性格を考慮すると、中氏は宮寺氏から分派

した一族だったのではないだろうか。正長元年(一四二八)の中

氷川神社の棟札に即して考えると、宮寺氏の当主である「平

(臣脱ヵ)

蔵人入道沙弥道椿」の一門に、「四郎左衛門信重」という人物が

おり、その一族が三ヶ島村に定着して本領としたことで、中氏と

いう家が確立されたと想定することができるだろう。

なお、「宮寺五郎平家平系図」には、宮寺良章の二男として「仲

五郎」がいたことが記されている

(27)。この仲五郎は、文安二年

(一四四五)八月の誕生とあるので、信重よりも後の世代に属す

る人物だが、宮寺郷の三ヶ島村を本拠とした中氏の関係者だった

と思われる。おそらく宮寺氏の家に生まれた二男が、中氏と養子

関係などを結んだことで、仲(中)五郎と称するようになったの

だろう。このように、三ヶ島村で活動していた中氏は、宮寺氏と

密接な関係にある支族だったと推定される。

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続いて、中氏が居住した本拠地であるが、「中氏先祖書」によ

ると、信重の子孫が三ヶ島を開発したと説明しており、「是を中

村と言」と付記している

(28)。そこで、『武蔵国郡村誌』を調べると、

三ヶ島村の字地として「中村」という地名が確認できる

(29)。中氏

が名字の地とした本領は、この中村と呼ばれる地であったに違い

ない。三ヶ島村には、その他にも「中村裏」「中村後」「中村前」

などの地名があり、中村がこの地域の要所だったことがうかがえ

る(30)。中氏は、三ヶ島村の中村に定着することで、中という名字

の家を確立させたのである。

やがて中氏の子孫は、入間郡を中心とする武蔵国の各地に広

がっていくが、三ヶ島村にも中氏という旧家が存続しており、後々

まで中村を一族の発祥地と認識していたと考えられる。

このように、中氏は、三ヶ島村の中村を本領として発展を遂げ

た武士であった。これまで、中氏の出自に光を当てた研究は皆無

だったが、宮寺氏から派生した一族であり、村山党の一員だった

と位置づけられるだろう。

 

四 

戦国期における中資信の事績

中氏の系図には、資信という人物が特記されており、一族の家

祖は資信だったという認識が示されている。むろん史実としては、

それ以前にも先祖の信重らが活動していたが、それだけ資信の事

績が突出していた表れといえるだろう。そこで、資信が地域社会

に残した足跡について、各地の史料を照合しながら検討していき

たい。

資信の活動が示された確実な史料としては、川越市古谷本郷の

古尾谷八幡神社に伝来した棟札が挙げられる。

(表)

当寺別当灌頂院十九代目住持法印猷山(花押)

 

多聞天 

地(持ヵ)

国天

当領主中筑後守殿藤原朝臣資信判

補主次名左近尉殿信明判

聖主天中天迦陵頻伽声哀愍衆生者我等今敬礼

本願多聞院権大僧都法印幸了(花押)

番匠大工遊馬五郎左衛門尉殿藤原包儀

 

増長天 

広目天

鍛冶榎本次郎衛門尉重吉

大工鍛冶目付黒野村吉川内匠助兼岡

(裏)

武州入東郡古尾谷八幡宮遷宮天正五年丁丑

二月九日成就了

(31)

天正五年(一五七七)二月九日、武蔵国入間郡に所在する古尾

谷八幡神社の遷宮が行われたという内容である。別当寺である灌

頂院の住持や、多聞院の寺僧が署名しており、社殿を造営した大

工や鍛冶などの関係者も名を連ねている。

しかし、何よりも注目されるのは、「当領主中筑後守殿藤原朝

臣資信」の存在である。この人物は、中氏の先祖である資信のこ

とを指しており、古尾谷八幡神社の檀那として遷宮を進めたと思

われるが、「筑後守」という受領名を名乗っていたことなどが確

認できる

(32)。また、「当領主」として署判しているので、古尾谷

八幡神社が鎮座する古尾谷荘の領主だったと考えられる

(33)。

古尾谷荘とは、鎌倉初期に成立した石清水八幡宮領の荘園で、

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南北朝期には内藤氏の流れを汲む古尾谷氏が領主として活動して

いた

(34)。しかし、古尾谷八幡神社の棟札によれば、資信が領主と

称して造営を進めているので、従来の領主だった古尾谷氏に代

わって、中氏が現地を統治するようになったと考えられる。古谷

上村について、『新編武蔵風土記稿』が「天正の頃は中筑後守資

信と云し人の知行なりき」と述べているのは、そのことを裏づけ

る記述といってよい

(35)。

では、中氏の一族である資信が、古尾谷荘の領主に成長した背

景には、どのような要因があったのだろうか。この問題を考える

手がかりは、川越市古谷上に所在する善仲寺の由緒に潜んでいる

ように思われる。この地は、古尾谷氏が本拠地とした館跡で、古

尾谷荘の支配拠点だったと推定されるが、天正年間(一五七三‐

一五九二)、資信によって善仲寺が創建されたという

(36)。元禄

十三年(一七〇〇)の鐘銘には、「古尾谷殿城跡、資信主君為

(ママ)

尾谷殿、開基当寺」と刻まれており

(37)、資信が古尾谷氏の城跡を

継承して、主君の古尾谷氏のために善仲寺を建立したことを物

語っている。したがって、資信は、古尾谷氏から支配拠点の管理

を一任されることで、古尾谷荘の領主として当知行を進めたと考

えられる。

これまでの研究は、古尾谷荘の中氏を在来の武士と認識してき

たが、正しくは三ヶ島村を本領としていた資信が、古尾谷氏の被

官となったことで、古尾谷荘に進出した結果とみなければならな

いだろう。

ところで、この善仲寺の来歴については、一つの興味深い故事

が伝わっている。それは、かつての善仲寺が、入間郡新宿村(川

越市新宿町)に存在していたが、天正の初年(一五七三)に古谷

村へ移転したという話である

(38)。善仲寺の跡地とみられる小字の

寺屋敷には、周辺一帯が宅地開発されるまで、土塁のような遺構

も残存していたという。この地は、所沢と川越を結ぶ所沢街道に

位置しているので、中氏が進出する過程で構築した館跡だった可

能性がある。すなわち、三ヶ島村を本拠地とした中氏は、川越へ

伸びる街道を通じて、新宿村に拠点を形成して、菩提寺として善

仲寺を建立したのだろう

(39)。そして、天正元年(一五七三)、古

尾谷氏の被官として、古尾谷荘へ移住するのに伴って、新宿村の

善仲寺を現在地に移して、主君を供養する寺院として整備したの

ではないか。このように、善仲寺の来歴をめぐる移転の伝承は、

新宿村を経由して古尾谷荘に進出した中氏の軌跡を暗示していた

のである。

さて、こうした資信の躍進にとって決定的な意味を持ったのは、

後北条氏の被官になった点だったと推察される

(40)。

岩付諸奉行、但今度之陣一廻之定、

 

小旗奉行

中筑後守

立川藤左衛門尉

潮田内匠助

(中略)

      

小荷駄奉行

(中略)

 

二番

宮城四郎兵衛

細谷刑部左衛門尉

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中筑後守

(中略)

  

右、定置所如件、

   

丁(天正五年)

     

七月十三日

(41)

天正五年(一五七七)七月十三日、北条氏政が下総国の結城晴

朝を攻めるに当たって、岩付城の諸奉行について規定した文書で

ある。小旗奉行や小荷駄奉行の二番として「中筑後守」が挙げら

れており、資信が岩付衆として編制されていたことを確認できる。

資信は、古尾谷荘の領主として活動していたが、その一方では、

後北条氏の家臣となって、戦場にも動員されていたのである。こ

のように、資信は、古尾谷氏や後北条氏と主従関係を結ぶことで、

自身の政治力を強化していったと考えられる。

しかしながら、中氏の動向を記した史料は残っていないので、

後北条氏の被官となった時期について、正確に特定することは

困難である。ただ、同じ村山党の宮寺氏を調べると、永禄四年

(一五六一)七月の横地吉信判物や、永禄五年(一五六二)五月

の北条氏照判物によって、後北条氏から所領を安堵されていたこ

とが裏づけられる

(42)。北条氏綱は、天文六年(一五三七)に河越

城を攻略して、武蔵国の支配を盤石なものとしており、宮寺氏も

天文年間(一五三二‐一五五五)に後北条氏に従った可能性が高

い(43)。したがって、宮寺氏の一族だった中氏も、それと同じよう

な経緯で、後北条氏の麾下に入ったと類推できるだろう。

中氏は、天正元年(一五七三)に古尾谷荘に進出したとみられ

るが、この時期には古尾谷荘を含めた武蔵国の大部分が、後北条

氏の勢力圏となっていた。とすれば、中氏が古尾谷荘に進出した

背景には、後北条氏から古尾谷荘を安堵されたという事情が想定

できるだろう。そうすると、中氏が主導した古尾谷八幡神社の遷

宮についても、実際には後北条氏の指示を受けた活動だったので

はないだろうか。

このように、資信の広域的な活動を可能にした要因は、武蔵国

に支配を広げた後北条氏と提携した点にあったと考えられる。資

信が地域社会に残した足跡としては、これ以外にも、入間郡大久

保村(富士見市東大久保)の阿蘇神社を産土神としたことや

(44)、

足立郡領家村(さいたま市桜区大久保領家)の地頭として光明院

を外護したことなどが挙げられる

(45)。これらの地域は、いずれも

戦国期には後北条氏の領地に組み込まれていたので、中氏は後北

条氏の手足となって働くことで、武蔵国の各地に所領を獲得した

と考えられる。

資信は、三ヶ島村の中村を本領とする武士だったが、武蔵国を

支配する後北条氏に従って、子孫が各地に発展する基盤を築いた

ことで、中氏の家祖として仰がれる存在となったのである。

 

五 

中資信の子孫たちの展開

中世以降の中氏は、資信の政治的遺産を継承しながら、武蔵国

の各地に勢力を広げていった。こうした中氏の子孫たちについて、

中世までの政治的な展開を確認していきたい。

資信は、天正十年(一五八二)十二月六日に世を去ったといわ

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れる

(46)。資信の死因については、村内の鎮守で舅に誘殺されて、

一家離散したという説があり

(47)、政治的な陰謀に巻き込まれた可

能性も否定できない。また、天正十八年(一五九〇)には、後北

条氏が小田原合戦で滅亡しており、中氏が仕えた岩付城も落城し

ている

(48)。中氏の一族が、資信の死と、後北条氏の滅亡によって、

深刻な危機に直面したことは想像に難くない。

しかしながら、小田原合戦の翌年に当たる天正十九年

(一五九一)には、中大蔵という人物が入間郡針ヶ谷村(富士見

市針ヶ谷)を検地してい

る(49)。また、資信には、

資高・資親・資明・信重

という息子がおり、それ

ぞれの子孫が入間郡の各

地に分散して存続して

いったらしい。

資信の子孫たちは、豊臣秀吉の天下統一後も政治的な地位を維

持して、武蔵国の地域社会で活動を続けていたのである。

資信の長男といわれる資高は、古谷氏と称されたというので、

古尾谷荘を継承する立場にある人物だったと考えられる

(50)。後世、

中氏と古尾谷氏の事績が混同された一因は、資高の子孫が古谷氏

と名乗った点にあったのだろう。資高は、父に先立って戦死した

が、その子孫が遺領を継承して、古尾谷荘の武士として存続して

いったと思われる

(51)。

資信の二男といわれる資親は、入間郡下南畑村(富士見市下南

畑)に住んでいたという

(52)。この地には、村山党の難波田氏が本

拠地とした難波田城があり、万蔵院や西蔵院などの寺院が存在し

ていた。そして、これらの寺院を創建したのは、資信の嫡孫だっ

たと伝えられている。資信の息子である資親は、行阿と称して当

地に滞在しており、その息子が如道という修験となって、西蔵院

などの寺院を建立したという

(53)。ちなみに難波田氏は、天文十五

年(一五四六)の河越合戦で、憲重が戦死したことで衰退したが、

一部の勢力は後北条氏の被官として活動を続けていた

(54)。中氏は、

難波田氏の本領だった地域に進出して、万蔵院や西蔵院などを建

立したと推定される。このように、資信の子孫は、下南畑村を拠

点として、修験として地域社会に貢献していたのである。

資信の三男といわれる資明は、入間郡福岡村(ふじみ野市福岡)

に住んでいたという

(55)。中氏が福岡村にいたという明証はないが、

古市場村(川越市古市場)に子孫が存在したことは確認できる。

古市場村には、佐五兵衛という旧家があったが、その先祖は資信

と伝えられており、難波田氏を頼って下南畑村に定着した後、古

市場村に移住した一族だったという

(56)。なお、「仲家由緒書」は、

かつて福岡村の小地名に古市場村が含まれていたことを考証して

いるが

(57)、両村は新河岸川を挟んで対面しているので、もともと

同一の村域だったとしても不思議はない。いずれにせよ、資信の

子孫が福岡村の付近に進出していたことは確実だろう。

資信の四男といわれる信重は、中氏の本拠地である三ヶ島村に

住んだという

(58)。中氷川神社の棟札から判断すると、信重は資信

の先祖とみるべきであり、中氏の系図には検討の余地があるが

(59)、資信が古尾谷荘に進出して以降にも、子孫が三ヶ島村の本領

を維持していたことは間違いない。ただ、従来の認識では、古尾

      

長男

       

資高 

古尾谷荘(川越市)

      

二男

       

資親 

下南畑村(富士見市)

    

中資信 

      

三男

       

資明 

福岡村(ふじみ野市)

      

四男

       

信重 

三ヶ島村(所沢市)

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谷荘で活躍した資信の末裔が、三ヶ島村に隠棲して命脈を保った

と解する傾向が強かった。しかし、中氏の発祥地である本領を継

承したとすれば、むしろ資信の本流としての積極的な意義を認め

るべきだろう。中氏が三ヶ島村で存在感を発揮していたことは、

近世に成立した地誌からもうかがえる。『新編武蔵風土記稿』に

よると、三ヶ島村に中氏の庄右衛門という旧家があり、中氷川神

社の祭礼では、第一に祭事に預かるのが慣例だったという

(60)。こ

のように、三ヶ島村の本拠地には、資信の遺領を相伝する子孫が

居住して、地域社会で地歩を築いていたのである。

また、資信の末孫である資忠は、文禄年間(一五九二‐

一五九六)に入間郡豊田新田(川越市豊田新田)を開発したとい

う(61)。この時期の三ヶ島村には、仲内蔵助という人物が住んでお

り、その二男に当たる仲左京亮が、豊田新田に移住して開発を進

めていった。その名残で、かつては豊田新田を左京新田と呼んで

おり、近世には清右衛門という子孫が住んでいたという

(62)。

それ以外にも、資信の子孫が進出したと推定される地域は少な

くない。たとえば、入間郡大仙波村(川越市仙波町)には、弾正

屋敷と呼ばれる館跡があり、「筑後弾正」が住んでいたと伝えら

れている

(63)。この「筑後弾正」については、弾正と称した難波田

憲重と考える説があるが、確たる証拠があるわけではなく、これ

までは実態が不明の人物とされてきた

(64)。

そこで私見を述べると、この弾正屋敷に住んだのは、資信の子

孫だったのではないだろうか。「筑後弾正」という通称は、筑後

守だった父祖を持ちながら、弾正という呼称を用いたことを意味

している。この人物を資信の子孫だったと仮定すると、「筑後」

と称するのは当然であり、「弾正」という通称も、村山党の一族

が用いた呼称として相応しいものである。しかも、弾正屋敷の跡

地は、仙波氏館跡といわれる長徳寺とも、指呼の距離に位置して

いる

(65)。そうすると、資信の子孫で「筑後弾正」と名乗った人物

が、同族である村山党の仙波氏に導かれて、大仙波村に定着した

のではないだろうか

(66)。このように、大仙波村の弾正屋敷は、中

氏の一族が拠点とした館跡だったと推定されるのである。

ところで、資信の子孫たちが進出した地域を一覧すると、それ

らに通底する共通点を見出すことができる。それは、中氏が拠点

とした地の多くが、村山党の一族が支配する領域に当たっていた

ことである。たとえば、三ヶ島村は宮寺氏、下南畑村は難波田氏、

大仙波村は仙波氏と、いずれも村山党の武士と関係の深い地域で

あった。また、中氏の家祖とされる資信は、新宿村に一時的な拠

点を構えたとみられるが、この地も仙波郷の近傍にあるので、仙

波氏の勢力圏だった可能性が高いだろう。さらに、資信の産土神

だった阿蘇神社が鎮座する大久保村は、中世には大窪郷と呼ばれ

ていたが、この地を本領とした大窪氏は、南北朝期に仙波氏の被

官として活動しており

(67)、仙波氏の影響力が強く及んでいる地域

だった。したがって、中氏は、同族である村山党の宮寺氏・難波

田氏・仙波氏らと連携して、かれらの所領を拠点とすることで、

武蔵国の各地に勢力を広げたと考えられる。

このように、中氏の子孫たちは、資信が築いた基盤を活かして、

武蔵国の各地に分散していったが、そうした一族の政治的な展開

は、村山党のネットワークを利用することで実現されたのであっ

た(68)。

39

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40

 

おわりに

以上、狭山ヶ丘学園の三ヶ島農園で発見された板碑の背景とし

て、中氏の政治的な活動について検討してきた。

中氏は、村山党の宮寺氏から分かれた一族で、三ヶ島村の中村

を本領とした武士である。中氏の先祖である信重は、正長元年

(一四二八)、宮寺氏の当主である道椿のもとで、三ヶ島村の中氷

川神社の造営に携わっている。

やがて戦国期を迎えると、中氏の家祖とされる資信が登場して、

武蔵国を支配した後北条氏の被官となることで、各地に拠点を獲

得して、一族が発展する基盤を築いていった。資信は、新宿村に

進出して足場を固めた後、天正元年(一五七三)に古尾谷荘へ移

住して、主君の古尾谷氏のために善仲寺を整備した。さらに、天

正五年(一五七七)には、古尾谷荘の領主として古尾谷八幡神社

を造営しており、後北条氏に仕える岩付衆の奉行として、結城氏

との合戦にも動員されている。

天正十八年(一五九〇)、中氏が主君と仰いだ後北条氏は、秀

吉に攻められて滅亡したが、資信の子孫は地域社会で勢力を維持

しており、村山党の宮寺氏・難波田氏・仙波氏らと連携しながら、

武蔵国の各地に活躍の場を広げていった。

なお、中(仲)姓の家は、現在でも入間郡域に多くみられるが、

それは戦乱の世を巧みに生き抜いた一族の帰結だったといえるだ

ろう。

さて、こうした中氏の展開を踏まえると、三ヶ島農園で出土し

た応永三十二年(一四二五)の板碑は、中氏の先祖によって営ま

れた供養の産物だったと考えられる。中世の三ヶ島村は、中氏の

発展を支えた本拠地だったので、この地を供養の場とした有力者

といえば、中氏と考えるのがもっとも自然な解釈だろう。また、

板碑を造立したのは、道金を法名とする人物だったが、宮寺氏は

道椿を法名としており、両者とも〝道〟の字を用いているので、

きわめて親しい間柄にある武士だったと推察される。あえて憶測

するならば、板碑に名を刻んだ道金は、道椿の近親者であると同

時に、信重の父祖にも当たるような存在だったのではないだろう

か。こ

のように、狭山ヶ丘学園の三ヶ島農園で発見された板碑は、

村山党の中氏が各地に進出する以前に造立した歴史的な遺産とし

て評価することができるだろう。

註(1)中氏の名字については、「中」「仲」という両様の表記がみられ

るが、古文書や棟札などの信頼できる史料では「中」と記載さ

れており、名字の地も三ヶ島村の「中村」だったと考えられる

ので、本稿では「中」という表記で統一した。

(2)中氏を本格的に論じた研究は、管見の範囲では以下の文献が挙

げられる。阿部徳之助『古尾谷小誌』(聚海書林、一九八七年)

一六四‐一七五頁、富士見市教育委員会編『富士見市史』通史

編 上巻(富士見市、一九九四年)四六五‐四六八頁、上福岡

市教育委員会・上福岡市史編纂委員会編『上福岡市史』通史編

上巻(上福岡市、二〇〇〇年)三八八‐三八九頁。

(3)板碑の概要については、主に以下の文献を参考にした。千々和

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到『板碑とその時代―てぢかな文化財・みぢかな中世―』(平

凡社、一九八八年)、諸岡勝「武蔵武士と板碑」(峰岸純夫監修・

埼玉県立嵐山史跡の博物館編『東国武士と中世寺院』高志書院、

二〇〇八年)、千々和到・浅野晴樹編『板碑の考古学』(高志書

院、二〇一六年)、磯野治司「武士名を刻む板碑」・中西望介「板

碑にみる鎌倉武士の習俗」(北条氏研究会編『武蔵武士の諸相』

勉誠出版、二〇一七年)。

(4)銘文の配置には検討の余地があるが、紀年銘が中央にあり、人

名は下部に刻まれていたと推定される。「道金」と「逆□」の

破片は接合するので、二行に続けて書かれていたことは間違い

ない。なお、石材の残存量から推して、出土したのは板碑のご

く一部とみられるが、残りの部分は未発見である。また、銘文

の梵字については翻刻を省略した。

(5)所沢市史編集委員編『所沢市史調査資料』一〇 中世資料編二(所

沢市史編さん室、一九七七年)三五‐三九頁。

(6)所沢市三ヶ島の中義智氏所蔵板碑には、応永二十三年

(一四一六)や同三十年(一四二三)などの紀年銘があり、三ヶ

島農園の板碑と同時期にも造立が続いていたことがうかがえ

る。

(7)本稿では、地域社会の実態を知る史料として、『新編武蔵風土

記稿』を積極的に利用した。これは、江戸幕府が編纂した武蔵

国の地誌で、武士勢力の史料的な空白を埋める文献としても有

用である。『新編武蔵風土記稿』第八巻、大日本地誌大系⑭(雄

山閣、一九九六年)。

(8)中世の棟札としては、正長元年(一四二八)九月二十三日と、

天文二十三年(一五五四)四月二十一日という二枚が確認でき

る。なお、『新編武蔵風土記稿』にも棟札の抄出があるが、若

干の異同がみられるので注意を要する。註

(7)前掲史料一八五頁。

(9)中氷川神社の棟札については、湯山学が具体的な分析を試みて

おり、本稿もその成果を参考にしながら検討を進めた。湯山学

『武蔵武士の研究』湯山学

中世史論集3(岩田書院、二〇一〇

年)二〇九‐二一一頁。

(10)正長元年(一四二八)九月二十三日銘棟札(埼玉県所沢市三ヶ

島中氷川神社所蔵、埼玉県編『新編埼玉県史』資料編9(埼玉

県、一九八九年)第一章第四節三二号)。

(11)湯山学は、平朝臣蔵人入道の一族に重定・道椿・重信がいたと

考えているが、これは『新編武蔵風土記稿』の抄出に基づいた

解釈である。また、『入間郡誌』は、この一族を中氏かと述べ

ているが、道椿は宮寺郷の惣地頭で、宮寺氏の当主とみるべき

なので、これを中氏に含めることには問題があるだろう。安部

立郎編『入間郡誌』(謙受堂書店、一九一二年)三六二‐三六三頁。

(12)北爪寛之「武蔵武士宮寺氏と居館」(北条氏研究会編『武蔵武

士の諸相』勉誠出版、二〇一七年)。

(13)『吾妻鏡』正嘉二年(一二五八)正月十日条、同八月八日条。

(14)「中氏先祖書」(稲村坦元編『新訂増補埼玉叢書』第四巻、国

書刊行会、一九七一年)。

(15)「仲家由緒書」(上福岡市教育委員会・上福岡市史編纂委員会

編『上福岡市史』資料編第二巻

古代・中世・近世、上福岡市、

一九九七年)。

(16)註

(9)前掲書二〇四頁。

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(17)(応永十三年(一四〇六))十月十五日長尾憲忠請文写(『法

恩寺年譜』、埼玉県編『新編埼玉県史』資料編5(埼玉県、

一九八二年)六五四号、越生町史研究会編『越生の歴史』(越生町、

一九九一年)六〇頁)。

(18)(応永四年(一三九七))五月三日足利氏満挙状写(『法恩寺年

譜』、埼玉県編『新編埼玉県史』資料編5(埼玉県、一九八二年)

六〇二号、越生町史研究会編『越生の歴史』(越生町、一九九一年)

五五‐五六頁)。

(19)註

(9)前掲書二一〇‐二一一・二六六頁。

(20)高橋修「武蔵国における在地領主の成立とその基盤」(浅野晴樹・

齋藤慎一編『中世東国の世界1

北関東』高志書院、二〇〇三年)。

(21)中氷川神社に伝わる天文二十三年(一五五四)四月二十一日の

棟札には、「成木郷住人宮寺下野守」とあり、宮寺氏が成木郷

に居住していたことが読みとれる。

(22)註

(14)前掲史料。ただし、世系の順序や代数などに不可解な記述

があり、厳密な史料批判を要する文献でもある。

(23)「仲藤八」は、藤原姓の人物なので、平姓の村山党と関連づ

けるのは無理があるかもしれない。別の部分には、「那波藤八」

という類似した人物がいるので、上野国の那波氏が誤記された

可能性もあるだろう。『古活字本承久記』下(新日本古典文学

大系四三、岩波書店)三九一・三九五頁。

(24)註

(7)前掲史料一八七頁。良円の俗名は「家吉」と表記されてい

るが、読みが〝イエヨシ〟で共通するので、系図の「家良」と

同一人物だったと判断できる。

(25)「宮寺五郎平家平系図」(稲村坦元編『新訂増補埼玉叢書』第

四巻、国書刊行会、一九七一年)二三〇‐二三一頁。この系図

には、玉蔵坊を継承した宮寺氏の活動が詳述されているが、家

良を鎌倉初期の家平の息子とするなど、系譜に年代的な断絶が

あることも指摘されている。註

(12)前掲論文。

(26)天正五年(一五七七)九月吉日銘懸仏(埼玉県所沢市三ヶ島村

中氷川神社所蔵、埼玉県編『新編埼玉県史』資料編9(埼玉県、

一九八九年)第一章第二節一八一号)。

(27)註

(25)前掲史料二三二頁。

(28)註

(14)前掲史料。

(29)埼玉県編『武蔵国郡村誌』第四巻(埼玉県立図書館、一九五四

年)八〇頁。

(30)註

(29)前掲史料。所沢市史編集委員編『所沢市史調査資料』二

地誌資料編一(所沢市史編さん室、一九七五年)七〇‐七一頁。

所沢三ヶ島郵便局の北西に、石造物の並ぶ交差点があるが、そ

の北方一帯が中村の現在地である。この区域に、かつて中氏の

館が存在していたと推定される。

(31)天正五年(一五七七)二月九日銘棟札(埼玉県川越市古尾谷

八幡神社所蔵、埼玉県編『新編埼玉県史』資料編9(埼玉県、

一九八九年)第一章第四節一〇一号)。傍線は引用者による。

(32)この棟札では、資信が「藤原朝臣」として署判しているが、中

氏は平姓の村山党とみられるので、藤原姓を名乗っているのは

不審である。この点については今後の課題だが、内藤氏の流れ

を汲む古尾谷氏の被官となったことで、主君と同じ藤原姓に改

姓したと一応は推測しておきたい。

(33)資信に次いで署判している「左近尉殿信明」は、〝信〟が共通

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する点からも、資信の息子だったと考えられる。信明は系図に

ない人物だが、中氏の子孫が古尾谷荘の領主として存続して

いったことを示唆している。

(34)阿部徳之助『古尾谷小誌』(聚海書林、一九八七年)、落合義明

「古尾谷荘についての一考察」(『川越市遺跡調査会調査報告書

第十五集

西河原遺跡』川越市遺跡調査会、一九九三年)。

(35)註

(7)前掲史料三一〇頁。

(36)埼玉県教育委員会編『埼玉の城館跡』(国書刊行会、一九八七年)

三二頁。

(37)註

(7)前掲史料三一一頁。

(38)安部立郎編『入間郡誌』(謙受堂書店、一九一二年)一六〇‐

一六一・二〇一頁。善仲寺の旧地は、川越市新宿町の寺屋敷だっ

たと推定されるが、雀ノ森氷川神社の地だったという説もある。

(39)「善仲寺」という名称は、仲(中)氏に作善をする寺という意

に解せられる。とすれば、当初の善仲寺が、中氏の菩提寺だっ

たことは否定しがたいだろう。

(40)後北条氏については、主に以下の文献を参考にした。齋藤慎

一・浅野晴樹『中世東国の世界3

戦国大名北条氏』(高志書院、

二〇〇八年)、湯山学『三浦氏・後北条氏の研究』湯山学

中世

史論集2(岩田書院、二〇〇九年)、黒田基樹『戦国北条氏五代』

(戎光祥出版、二〇一二年)、森幸夫『小田原北条氏権力の諸相

―その政治的断面―』(日本史史料研究会、二〇一二年)。

(41)(天正五年(一五七七))七月十三日北条家朱印状(「豊島宮城

文書」、埼玉県編『新編埼玉県史』資料編6(埼玉県、一九八〇年)

九一五号、『戦国遺文

後北条氏編』三巻一九二三号)。傍線は

引用者による。

(42)(永禄四年(一五六一))七月三日横地吉信判物(「大江文書」、

埼玉県編『新編埼玉県史』資料編6(埼玉県、一九八〇年)

付三二号、『戦国遺文

後北条氏編』一巻七〇五号)、永禄五年

(一五六二)五月十九日北条氏照判物(「大江文書」、埼玉県編

『新編埼玉県史』資料編6(埼玉県、一九八〇年)三四五号、『戦

国遺文

後北条氏編』一巻七六六号)。

(43)註

(9)前掲書。

(44)『江戸名所図会』巻之四、天権之部「阿蘇明神祠」(『新訂

戸名所図会』四、筑摩書房、一九九六年)三一〇‐三一一頁。

(45)註

(7)前掲史料一一七頁。

(46)註

(7)前掲史料三一一頁。

(47)註

(38)前掲史料一九八頁。資信が暗殺された村内の鎮守について

は、古尾谷八幡神社を指している可能性もあるだろう。

(48)黒田基樹編『北条氏房』(岩田書院、二〇一五年)。

(49)註

(7)前掲史料二七一頁。

(50)註

(15)前掲史料。資高は、資信の嫡子だったが、「古谷ノ戦」で

早世したことで、「古谷」と称されたという。

(51)「中氏先祖書」は、資高の息子が信重だったと記している。こ

れは、信重の系譜に多々みられる錯誤と考えられるが、資高の

子孫が継続していったことの傍証ともいえるだろう。

(52)註

(14)・

(15)前掲史料。

(53)註

(7)前掲史料二八一‐二八二頁。

(54)難波田氏については、主に以下の文献を参考にした。川又辰次

編『軍記

武蔵七党』上巻(私家版、一九八五年)、富士見市教

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育委員会編『富士見市史』通史編

上巻(富士見市、一九九四年)、

大圖口承「国人難波田氏の研究―その存在形態を中心に―」(黒

田基樹編著『扇谷上杉氏』戎光祥出版、二〇一二年)。

(55)註

(14)・

(15)前掲史料。

(56)註

(7)前掲史料二九六頁。

(57)註

(15)前掲史料。

(58)註

(15)前掲史料。

(59)場合によると、資信の四男に当たる信重が、棟札の信重とは同

名の別人だった可能性もあるだろう。三ヶ島村に居住した子孫

が、当地を開発した先祖の名を踏襲したということも、あなが

ち考えられない想定ではない。

(60)註

(7)前掲史料一八七頁。

(61)註

(14)前掲史料。

(62)註

(7)前掲史料二五七頁。

(63)註

(7)前掲史料二五一頁。

(64)註

(36)前掲書三三頁。

(65)註

(36)前掲書三三頁。

(66)仙波氏については、主に以下の文献を参考にした。川又辰次

編『軍記

武蔵七党』上巻(私家版、一九八五年)、富士見市教

育委員会編『富士見市史』通史編

上巻(富士見市、一九九四

年)、拙稿「村山党仙波氏の軌跡」(『武蔵野ペン』第一七一号、

二〇一七年)。

(67)富士見市教育委員会編『富士見市史』通史編

上巻(富士見市、

一九九四年)三六四‐三六六頁、磯川いづみ「南北朝初期にお

ける河野通盛の軍事統率権」(北条氏研究会編『武蔵武士の諸相』

勉誠出版、二〇一七年)。

(68)本稿では、村山党の一族が連携しながら勢力を維持していたと

考えたが、後北条氏の伸張によって、仙波氏や難波田氏が政治

的に没落していた可能性もある。その場合、村山党の中氏は、

仙波氏や難波田氏の一族として、その闕所地を給与されたと解

釈できるだろう。笠松宏至「中世闕所地給与に関する一考察」(同

『日本中世法史論』東京大学出版会、一九七九年)参照。

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恵施の基本思想と命題解釈

小 

貫   

 

一、初めに

恵施は「名家」もしくは「辯士(者)」と呼ばれ、詭弁を以て

論をなすものとされてきた。多くの論者が、恵施は荘子の論敵で

あり、荘子の論を基盤とするもの、もしくは荘子の論を正当化す

るためのものとする認識が強くあり、思想的には従来は重要視さ

れてこなかった。

しかし近年では、山室三良氏

(1)

によって恵施の「歴物十事」や辯

者たちが説いたとする「弁者廿一事」の命題が、ソフィストであ

るエレア派のゼノンの命題に酷似している点、また謠口明氏

(2)

よって現代の科学的認識や命題に限りなく近い点から再検討され

ている。

本論文では、簡単ではあるが、恵施における先行研究に触れつ

つ、恵施の基本思想と「歴物十事」の命題解釈を行うものとする。

 

二、恵施の基本思想

恵施「歴物十事」における中心思想として挙げられる命題は、

第一命題

「至大は外無し。之を大一と謂う。至小は内無し。之を小一と

謂う。」

第五命題

「大同にして小同と異なる。此を之れ小同異と謂う。萬物畢く

同じく畢く異なる。此を之れ大同異と謂う。」

第十命題

「氾く萬物を愛す。天地は一體なり。」

という三つの命題である。他の命題は中心思想を説明するために

作られたものとなっている。特に第一・五命題では全体に共通す

る「大同異」「小同異」という思想が示されており、第十命題で

は全体をまとめた思想が表れている。以下では第一・五命題の解

釈を通して「大同異」「小同異」の思想をまとめていく。

第五命題は前述のとおり

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「大同にして小同と異なる。これをこれ小同異と謂ふ。萬物畢

く同じくして畢く異なる。これをこれ大同異と謂ふ。」

というものである。この命題に関して胡適氏

(3)

は次のような図を挙

げる。

また胡適氏は具体的な例として

「松と柏は「大同」であり、松と薔薇の花は「小同」であり、

これは全て「小同異」である。」

を挙げる。「松」と「柏」は「樹木」という同グループである。「松」

と「薔薇」は「植物」という同グループである。「樹木」のグルー

プとして「同」とされる「松」「柏」と比較すると「松」「薔薇」

は「植物」のグループではまとめられるが、「樹木」と「花」に

分けられる。小さなグループにまとめられることを「大同」、大

きなグループにまとめられるものを「小同」とする。この「大同」「小

同」による分類が「小同異」である。これを高田淳氏や山室三良

氏(4)

は「類概念や種概念」

と述べている。

以上の解釈を整理すると、「小同異」とは人間における判断基

準による同異の分類のことである。

次に「大同異」の解釈についてである。胡適氏

(5)

によると、「物」

には「自相」と「共相」というものが存在する。

胡適氏

(6)

は「自相」「共相」に関して次のような具体例を挙げる。

「同じ生まれの兄弟が完全に同様ではないこと。一本の樹から

芽吹いた花がそれぞれ違って同じでないこと。ひとつの花の花

弁が一枚一枚異なり完全に同じではないこと。同じ鋳型により

つくられた銅銭の紋様が異なること。」

同じ親から生まれた子供であっても生まれた順で「兄」「弟」に

分かれる。同じ樹(例えば桜)から咲いた花であっても一つ一つ

は異なったものであり、かつ花弁も一枚一枚が異なる。同じ金型

で造られた同価値を持つ銅銭であっても、一枚一枚の模様は微妙

に異なっている。この共通概念の中における独自性を萬物の「自

相」といい、「萬物畢く異なる」としている。

 

また

「男女には別があるといえども同じ人であること。人と禽獣に

は別があるといえども同じ動物であること。動物と植物には別

があるといえども同じ生物であること。」

「男」と「女」という性別による区別があるといっても、「人」

という概念でまとめることができる。「人」と「禽獣」という区

別はあるが、「動物」という概念でまとめることができる。「動物」

と「植物」という区別はあるが、共に「生物」という概念でまと

めることができる。この個々の「物」にある共通性を萬物の「共

相」といい、「萬物畢く同じい」としている。

この個々の「物」における独自性である「自相」と個々の「物」

              

雙子葉的

         

被子的

    

顕花的       

単子葉的

植物       

裸子的

    

隠花的

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にある共通性である「共相」が「物」に併存する「萬物畢く同じ

く畢く異なる」ものを「大同異」というとしている。そしてこの

点から

「同異は全て絶対的に区別ができない」

と述べる。

胡適氏の挙げた「大同異」とは次のようなものであろう。「物」

には「自相」と「共相」が存在する。「自相」とは自他を区別す

る絶対的な独自性である。「共相」は全てのものに必ずある共通

性である。この「自相」「共相」が一つの「物」の中に併存する

状態こそが「大同異」である。

また浅野裕一氏

(7)

「「至大」即ち極限大を基準にして物に對し判斷を下せば、 

相互間の一切の差異性は解消されて天下の萬物は「畢く同じく」

なり、また逆に「至小」即ち極限小を基準に据えて物に對し判

斷を下せば、物相互間に於けるあらゆる共通性は否定されて天

下の萬物は「畢く異なる」ことになり得るからである。」

とし、第一命題である

「至大は外無し。之を大一と謂う。至小は内無し。之を小一と

謂う。」

における「至大=大一」「至小=小一」の概念との関連を説くこ

とで、「大同異」の側に重点が置かれているとする。そして「大

同異」を特殊な判断様式とし、既成概念を崩壊させるものと考え

る。胡

適氏の挙げた「自相」「共相」が一つの「物」の中に共存す

る「大同異」にも、個として独立していた「外在的」な「物」の

否定することで、既成概念の崩壊を期していると考える。「自相」

という独立性のみが「物」にあるのであれば、「外在的」な「物」

の地位は絶対的なものとなる。しかし同時に「共相」を持つとす

れば、完全な独立性を持った「物」には成り得ない。これにより

既成概念としてあった「外在的」な「物」の地位は崩壊すること

になる。この点で浅野裕一氏と共通性を見出すことができる。

以上のことから「大同異」とは「物」における人知を超えた「自相」

と「共相」の併存を指すものであろう。そのために「物」を完全

に区別することは不可能となる。これは「外在的」な「物」の否

定であり、既定概念の崩壊をも示唆する。

これら先行研究の共通項をまとめる以下のとおりである。第一

命題の解釈は「物」は須らく不可分である。そして「物」を分け

るのは必ず人知によるということである。また第五命題は、人知

によって「物」を完全に区別することは不可能とすることで、「外

在的」な「物」を否定し、既定概念の崩壊を企図している。二つ

の命題を総括すると、やはり人知における「物」の認識を疑うも

のであり、「物」は須らく不可分であるということになろう。

第一・五の二つの命題の解釈を受け、第十命題では、

「氾く萬物を愛すれば、天地は一體なり。」

と述べ、全ての「物」は元来一つのものであるとして、「物」の

不可分性を説くことで「歴物十事」の結論としている。

47

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48

 

三、恵施の思想に関する試案

以上述べてきたように、恵施の思想にみられるのは「物」の不

可分の思想である。ある「物」であるP⑴とP⑵が存在した場

合、それぞれが持つ「自相」により、個別性を有する。一方でP

⑴とP⑵の「共相」も存在し、それをP⑶で包括することができ

る。また、P⑶にも「自相」と「共相」が存在しており、P⑶を

包括するP⑷が存在する。これが永遠と繰り返されることで全て

の「物」は包括され、「一體」となる。次の図はこの思想を整理

したものである。

以下はこの図をもとに前述の「大同異」「小同異」「自相」「共相」

についてより詳しく考えてみる。

胡適氏

(8)

の挙げた例を当てはめると次のようになる。

[

小同異の例]

「松と柏は「大同」であり、松と薔薇の花は「小同」であり、

これは全て「小同異」である。」

7

。こ

の「

、「

P ( 3 )

P ( 2 )

P ( 3 )

P ( 4 )

P ( 1 )

P ( 2 ) P ( 1 )

8

」「

」「

」「

P ( n )

P ( 1 )

P( n - 1)

P ( 3 )

・・・・・

P ( 2 )

9

氏⑴

[

]

。」

」「

、「

」「

花 薔 薇

48

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「松」「柏」は「樹木」という狭小の概念による共通性を持つこと

で「大同」であり、「松」「薔薇」は「植物」という広大の概念に

よる共通性を持つことで「小同」である。しかしこれら全てをい

う「小同異」は人知の範囲による不確かなものである。例えば「松」

「花」の「小同」を「生物」という「植物」よりも広範な概念に

した場合、「植物」は「生物」よりも狭小な概念であるため「大同」

とすることが可能となり、矛盾が生じてくる。

[

大同異の例]

①「自相」について

「同じ生まれの兄弟が完全に同様ではないこと。一本の樹から

芽吹いた花がそれぞれ違って同じでないこと。ひとつの花の花

弁が一枚一枚異なり完全に同じではないこと。同じ鋳型により

つくられた銅銭の紋様が異なること。」

ここでは「兄」「弟」「花①」「花②」「銅銭①」「銅銭②」を「小一」

(無限小)とすることで、他との独自性を確立している。また「子」

という概念で「兄」「弟」、「樹(花)」という概念で「花①」「花②」、

「銅銭」という概念で「銅銭①」「銅銭②」は共通する。しかしこ

こで定めている「小一」は人知による規定である。たとえば「花」

より小なるものとして「花弁」や「額」などが挙げられる。また「花」

の中に含まれる小なる概念にも「自相」が存在する。そのため「自

相」は限りなく広がりを持っていく。

②共相について

「男女には別があるといえども同じ人であること。人と禽獣に

は別があるといえども同じ動物であること。動物と植物には別

があるといえども同じ生物であること。」

「生物」は「動物」「植物」に分けることができる。「動物」は「人」

と「禽獣」に分けることができる。「人」は「男」「女」に分ける

ことができる。これは「人」が「男」「女」を、「動物」が「人」

と「禽獣」を、「生物」が「動物」と「植物」を包括し、共通性

を有していると考えることができる。このように考えると、全て

の「物」はある概念に包括され、共通性を有している。また、こ

こでの例に挙げられている「生物」も「物体」に包括され「物体」

は「萬物」へと、「共相」は永遠と続いていく。

[大同異と小同異のまとめ]

一見「大同異」と「小同異」は矛盾した思考のように思える。

しかし「大同異」が全ての「物」における「自相」「共相」の併

存を説いていることから、「小同異」のように無限大・無限小が

拡大していったとしても、全ての概念に共通してあてはまるため

10

」「

、「

。 [

]

。」

」「

」「

」「

」「

」「

」(

」、「

)」

」「

」、「

銅 銭

花 ①

銅 銭 ①

花 ②

銅 銭 ②

弟 兄

11

」「

。」

」「

。「

。「

」は「

」「

」に

。こ

は「

」「

、「

、「

動 物

男 女

禽 獣

植 物

生 物

49

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に矛盾は見られない。このように考えると「小同異」を包括する

思考として「大同異」が生まれたと考えるべきである。前述した

浅野裕一氏

(9)

の特殊な判断様式としての「大同異」の重視はこの点

を述べているのであろう。

「歴物十事」の第一命題の外無き「至大」が概念を永遠と広げ

ていき、内無き「至小」が概念を永遠と分割し続けることで無限

に続いていく。「至大」の面からみればすべての概念を包括する

ことになり、「至小」の面からみればすべての概念に包括される

ことになる。このように考えると、ある概念が概念を包括してい

くと考えている。また「歴物十事」の第一・五命題で挙げられて

いたように「物」の概念を決めているのは人間である。そのため

概念は固定されるものでなく、分割されるものではない。よって

すべての概念同士には明確な境界は存在しない。すなわち概念の

同一性を示しており、堀池信夫氏

)(1(

に倣えば『概念包括の理論』と

でも名付けられよう。以上の点から恵施の「物」に関する思想の

イメージは上の図のようになるであろう。恵施の思想のイメージ

が上の図のようなものであるとすれば「歴物十事」の他の命題の

解釈は以下のようになる。

 

四、「歴物十事」の命題解釈

前述にあるとおり第一・五・十命題は例として具体的な「物」が

挙げられていないため、恵施の中心思想であると考える。よって

以下は「歴物十事」の命題は第二・三・四・六・七・八・九命題につい

て論じる。

[

第二命題] 

「厚さ無きは積むべからざるも、其の大いさは千里。」

「大いさ」とは「千里」とあることから「広さ」と考えるべき

であろう。とすれば「厚さ」は「高さ」と考えられる。「広さ」

は面積を示すため、第二命題では面積と体積にの関係ついて論じ

ている。

「厚さ」という概念には「有」「無」が含まれる。また「大いさ」

にも「有」「無」が含有する。前述のとおり二者の「有無」は人

知による区別である。(「千里」とは「有」を人知により数値化し

たものである。)「体積」に「厚さ」「大いさ」が含有されている。

「体積」

①「厚さ」

→①「有」「無」

②「大いさ」→②「有」「無」

の順に概念に内包されているということである。

体積を求める際に「縦辺×横辺×高さ」の数式を用いるが、見

る角度を変えると全ての辺が「縦辺」「横辺」「高さ」に為り得る。

つまり「厚さ」「大いさ」の区別は人知によるものであり、見方

によれば「厚さ」は「大いさ」にもなり、「大いさ」は「厚さ」

にもなり、本来同一のものである。概念の同一性を説くことによ

り既定概念を否定している。

[第三命題]

「天は地與りも卑く、山は澤與りも平らかなり。」

「天」と「地」は「地球」の一部であり、「山」と「澤」はとも

に「地」の一部である。

「空間」→「地球」

①「天」

②「地」→②「山」「澤」

と内包される。

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また「卑い」(「高い」)の概念があるから「平らか」(「凹凸」)が

生まれる。

「空間」

①「平らか」→「無」(「卑い」「高い」)

②「凹凸」→「有」(「卑い」「高い」)

これらをまとめると「天」「地」「山」「澤」「卑く」(「高く」)「平

らか」(「傾き」)は全て「空間」の概念の中に含まれ

「空間」

①「天地」→①「山」「澤」

②「凹凸」→②「卑」「高」

となる。

第三命題では二つのことを示す。一つは第二命題にも挙げられ

た見方による問題である。「卑い」「地」にいる人間にとっては「天」

は高いものであるが、例えば雲の上にあるような山のように高き

「地」にいる者にとっては「天」は「卑き」ものとなる。(また「天」

と「地」の境界を人知によって明確に定めることができず、「地球」

の一部と考えれば、本来同一のものである。)

二つ目は人知による比較の否定である。「卑高」は比較対象が

存在しなければ生じない概念である。人知によらなければ存在し

ない概念であるということである。つまり本来は「山澤」の比較

は人的なものである。「山」「澤」はともに「地」の一部であり、

本来同一もの比較している。そのため「卑高」は人知によるもの

であり、実際は「卑高」は同一のものである。

すなわち第三命題では、第二命題で挙げた見方による問題と比

較対象による問題から概念の同一性を示し、既定概念を否定して

いるのである。

[

第四命題]

「日は方に中し方に睨き、物は方に生き方に死す。」

「中す」とは「日」が天中まで昇ることを示し、「睨く」とは天

中から「日」が天中から降ることを示す。二者はともに「日」の

廻りを表したものである。

「日の廻り」→「中す」「睨く」

ここでいう「物」とは実体をもつ物体のことであろう。「生」は

生きること・生まれることであり、「死」は死ぬこと・壊れるこ

とであろう。

「物」→「生」「死」

問題は人知によってどのように捉えられているかと言うことであ

る。ある地域で「日」が「睨」いても、西に移れば「日」は「中し」

ている。また、「日の廻り」は、自然の摂理であり、その動きに変化・

違いはない。つまり「日の廻り」という同一の概念を人知により

分類していることになる。

全ての「物」は「生まれ」「生き」ると同時にまた「死」や「破

壊」に向かっている。そして「死」や「破壊」と同時に新たなも

のに「生まれ」変わる。例えば植物が枯れると分解され土となる

ように、新たな「生」を生み出すようなものである。これは全て

のものに共通する循環作用である。

「日」の「中」「睨」と「物」の「生」「死」はともに運動の概

念を示している。「物」は常に運動している。その運動法則は一

定であり不変であり、「中」「睨」「生」「死」は人知による分類で

ある。しかし運動という概念の同一性を示すことで既定概念の否

定をしている。

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[第六命題]

「南方は窮まり無くして窮まり有り。」

「南方」は「方角」の一であり、「窮まり」とは果てを意味して

いる。

「方角」→「南方」(「北方」「東方」「西方」)→「窮まり」→「有」

「無」

「南方」は「方角」である東西南北の四方の一部である。「南方」

を目指して真直ぐ歩く者にとっては果てしなく続く「窮まり」「無

い」ものである。しかし「北方」を目指し歩く者にとっては自身

が「南方」と「北方」の境であり、「南方」の果てとして「窮まり」「有

り」と言えるであろう。つまり「方角」の規定は場面次第で認識

は変化するということである。このことは概念の同一性の証明と

既定概念の否定を示している。

[

第七命題]

「今日越に適きて、昔来れり。」

本命題では「今日」と「昨日」という「時間」の概念、「適く」

と「来れり」という「運動」の概念について述べている。

「時間」→「日」→「今日」「昔」

「運動」→「動作」→「適く」「来れり」

越に行き着いた日は、着いた日には「今日」といい、次の日に

は「昨日」という。「今日」「昨日」は同日の出来事である。また

「今日」には「適く」といい、「昨日」には「来れり」というが、

本来は同一の動作である。(また、越に行く者にとっては「適く」

であるが、越で待つ者にとっては「来れり」となる。)

つまり「今日」と「昨日」、「適く」と「来れり」は移動を表す

同一の概念である。そのため人知によるこれらの分類は否定を表

している。

[

第八命題]

「連環は解くべきなり。」

第八命題を考える前に、先ず不自然な点が存在することに注目

しなくてはならない。「歴物十事」における今まで挙げてきた命

題には反対概念が組み込まれていた。しかし第八命題には「解く」

のみが書かれている。つまり「解かざるべき」という反対概念が

書かれていたことが予測できる。このように考えると「連環は解

かざるべくして解くべきなり。」とするのが妥当であろう。

「連環」は知恵の輪のことを示す。「連環」は本来二つの輪を「解

く」(場合によっては「解い」た後に「戻す」)ことを目的として

作られたものである。

「連環」→「解く」「解かざる」(「繋がる」「戻す」)

つまり「連環」には「解いていない」(「繋が」っている)状態と

「解い」てある状態がある。しかしどちらの状態であっても「連環」

であることは変わらない。「解く」「解かざる」は概念として同一

であると言える。この点から物体に対する形態の概念と「解く」「解

かざる」の二つの運動概念の分類を否定している。

[第九命題]

「我は天下の中央を知る『燕の北なり』と、『越の南なり』

と、是なり。」

「天下の中央」に対して二つの解を示している。

「天下の中央」→「燕の北」「越の南」

仮に「天下の中央」を問えば、人によって様々な答えが返ってく

るであろう。「天下の中央」は無数にでてくる。恵施はその全て

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を「是」であるとしている。それは全てが「天下の中央」に為り

得るという概念の同一性を示した。しかし人知において「天下の

中央」が複数存在すること、ましてや全てが当てはまることは本

来ありえない。恵施は「燕の北」「越の南」という極端な例を挙

げることで、人知の矛盾を明らかにすることで人の持つ既成概念

の否定を試みたのである。

以上、試案をもとに命題の解釈を試みた。結果、概念が概念を

包括することで同一の概念であることを示し、人知による規定と

いう既成概念の否定を説くという一貫性を見てとれた。これは第

十命題で

「氾く萬物を愛すれば、天地は一體なり。」

と述べ、全ての「物」は元来一つのものであり、「物」の概念既

定の否定を説くことで「歴物十事」の結論としての恵施の思想と

も一致する。よって前述した試案は一定の整合性を持っていると

考える。

 

五、終わりに

本論文は恵施の思想の根本思想を論じてきた。

恵施の思想で注目すべきは、中国従来の「物」との関わり方が

「外在的」(「物」=「名」が既定のものであるという考え方)であっ

た中で、「概念の再検討・再構成」を企図した「内在的」な「物」

との関わりを考えた点である。「内在的」な「物」との関わり方とは、

「「物」を自己の内側の観念的存在にしたうえで、命題・問題に対

する思想を明らかにしていくということ」である。

恵施は従来の中国思想とは異なる観点から「物」を捉えること

で「概念の再検討・再構成」を企図した。つまり、「物の不可分性」

を説くことで、既定概念である人知による「物」の観念を否定し、

「概念の再検討・再構成」の第一としたのである。

恵施は西洋哲学に多くの類似点がみられ、古代中国思想におい

て特殊な思想の持ち主である。恵施の思想は当時の思想家たちに

とって、批判・軽蔑の対象や都合の良い論敵として扱われていた

と考えられる。現に「歴物十事」は命題本文しか残されておらず、

恵施自身の解釈は載せられていない。そのため恵施の他の文献を

もとに探ること、もしくは他の思想家との比較をおこなうことが

必要になってくる。(多くの場合は、荘子の研究や公孫龍等の名

家の研究の一環としてしか行われていない。)

表意文字を扱う中国文化では、言葉による概念の既定が前提と

して存在することが当然とされてきた。(儒家や道家だけでなく、

あらゆる流派において、基本思想や徳目が言語(文字)によって

規定されている。)この中国文化の中で、「歴物十事」が生まれた

ことは、極めて稀であり、特筆すべきことである。西洋の文化的

な影響を受けていない独自の命題は、中国ではほとんど見られな

い。それはアジア各国にも共通して言えることである。また恵施

の思想にみられる「物の不可分性」「概念の再検討・再構成」は、

現在でも考察の対象とされている記号論・言語論、物体観等の西

洋哲学的思考方式と共通している。そのため恵施の思想は現近代

の哲学思想の域に近かったのではないかと考えられる。

本論文が、恵施の思想の独自性・近代性を鑑み、「歴物十事」

の価値を捉え直し、深い考察を加える端緒となり、研究の発展の

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一助となることを期待する。

【注釈】

(1)山室三良氏「恵施(恵施のEleaとZenon,1)」(人

文論叢・福岡大学二・一・1970)において、ソフィストで

あるギリシャ哲学者のエレア派のゼノンとの命題や思想形式

の類似性から両者について論じている。

(2)謠口明氏「『荘子』天下篇―歴物十事に見る恵施の科学哲

学」(『鎌田正博士八十寿記念漢文学論集』・大修館書店・

1991)では、『荘子』に記載される十三の記述を整理す

ることによって恵施の思想に科学の原初的な実証性が存在す

ることを説いた。

(3)胡適氏「先秦名學史」(『中國哲學史大網』商務印書館・

1926)

(4)注釈(1)と同上

(5)注釈(3)と同上

(6)注釈(3)と同上

(7)浅野裕一氏「恵施像の再構成」(日本中國学會報第二十八集・

1976)

(8)注釈(3)と同上

(9)注釈(7)と同上

(10)堀池信夫氏「「荘子」に見られる名家の思想について」(漢

文学会会報 

通号30・1971)

【参考文献】

・山田史生氏「『荘子』斉物論篇の相対主義」(集刊東洋学

89・2003)

・石田志穂氏「肉體から道へ―荘子思想の一考察」(中国文化

58・2000)

・関口順氏「釈名辯―「名家」と「辯者」の閒」(埼玉大学紀要

29・1995)

・馮友蘭氏「恵施・公孫龍とその他の辯者」(『中国哲学史 

立篇』・富山房・1995)

・謠口明氏「『荘子』天下篇―歴物十事に見る恵施の科学哲

学」(『鎌田正博士八十寿記念漢文学論集』大修館書店・

1991)

・岸本良彦氏「「荘子」秋水篇における「物」の観念」(明治薬

科大学研究紀要人文科学社会科学17・1987)

・池田知久氏著・日原利国氏編『中国思想史上』(ぺりかん社・

1987)

・室谷邦行氏「逍遙遊の大小概念」(『竹内博士記念論集』竹内照

夫博士古稀記念論文集刊行会・1981)

・石田秀實氏「荘子における「物」」(集刊東洋学43・1980)

・室谷邦行氏「荘子における道の概念」(日本中國学會報

32・1980)

・浅野裕一氏「恵施像の再構成」(日本中國学會報第二十八集・

1976)

・島一氏「恵子について」(集刊東洋学43・1976)

・池田知久氏「『荘子』秋水篇第一章解釋試論序」(高知大学学術

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研究報告22(人文科学1)・1974)

・赤塚忠氏「天下篇所載の名辯について」(中哲文学会報一・

1974)

・堀池信夫氏「「荘子」に見られる名家の思想について」(漢文学

会会報 

通号30・1971)

・池田知久氏「「荘子」における「気」と「物」の生成(上)」(高

知大学学術研究報告20・1971)

・山室三良氏「恵施(恵施のEleaとZenon,1)」(人文

論叢・福岡大学二・一・1970)

・高田淳氏「先秦名家の思想」(『講座東洋思想四』東京大学出版会・

1966)

・呉康氏「天下第三十三」(『荘子衍義』臺灣商務印書館・

1966)

・新田大作氏「荘子の思想における形象性についての一考察」(東

京大学東京支那学会報第十一・1965)

・高田淳氏「名弁の思想Ⅱ」(東洋学会報四五・二・1962)

・毛利勉氏「名家の成立とその終焉」(富山大学文理学部文学紀

要 

通号5・1956)

・郭沫若氏「恵施與荘子」(『十批判書』群益出版社・1950)

・栗田直躬氏「上代シナの典籍に於ける「物」の觀念」(『中国上

代思想の研究』岩波書店・1949)

・津田左右吉氏「第四章辯者及び名家の思想」(『道家の思想と其

の展開』岩波書店・1939)

・胡適氏「先秦名學史」『中國哲學史大網』商務印書館・

1926)

・章太炎氏「国胡論衡」(

『章氏叢書』上海右文社・1900)

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吉野作造を読む

大 

江 

基 

現在、民主主義(デモクラシー)が岐路に立たされている。そ

う感じている人は多いのではないか。イギリス、フランス、アメ

リカなど民主主義の「先進国」においてポピュリズムと呼ばれる

政治運動の高揚が顕著である。欧米諸国において、国政、地方議

会を問わずポピュリズム政党が躍進を続け、その過激な言説は大

きな影響力を有するに至っている。彼らは既に「泡沫候補」なの

ではなく、いわば「メインプレイヤー」の一角をなしている。こ

の風潮は、日本においても決して例外ではない。

政治学者の水島治郎氏は『ポピュリズムとは何か』(中央公論

新社 

2016)において、「ポピュリズムとは、デモクラシー

に内在する矛盾を端的に示しているのではないか」と問題提起を

し、その理由を、「現代デモクラシーを支える「リベラル」な価値、

「デモクラシー」の原理を突きつめれば突きつめるほど、それは

結果として、ポピュリズムを正統化することになるからである」

と述べている。そして、「現代のデモクラシーは、自らが作り上

げた袋小路に迷い込んでいるのではないか」と指摘している。

であるならば、デモクラシーとは一体何なのか。これを知りた

いと、私は強く感じた。まだデモクラシーが実現されていなかっ

た時代において、その有益性はどのように論じられたのか。どの

ような目的意識をもってデモクラシーの実現は主張されたのか。

これを学ぶことで現状認識を深めたい。これが本稿執筆の動機で

ある。テキストには吉野作造「憲政の本義を説いて其そ

有終の美を

済な

すの途み

を論ず」(以下、「憲政の本義」論文と略す)を選んだ。

それは、近代日本において「大正デモクラシー」と呼ばれる風潮、

それは天皇主権の明治憲法のもとで、限度いっぱいまで「民主主

義」的に政権を運用しようとする風潮であったが、その指導的理

念の一つが吉野作造の民本主義であり、吉野の民本主義と言えば

「憲政の本義」論文であるからである。以下、「憲政の本義」論文

を概観しつつ、吉野の思索から現代を考えるヒントを得たい。

Ⅰ 

時代背景

「憲政の本義」論文は『中央公論』一九一六(大正五)年一月

号を初出とする。当時の内閣総理大臣は大隈重信。第二次大隈内

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閣は、後に普通選挙法を成立させる加藤高明を総裁とする立憲同

志会を与党とする政党内閣であった。しかし、後継首班は寺内正

毅(寺内内閣は一九一六(大正五)年十月に成立)。寺内は陸軍

長州閥の首領であり、政党政治とは基本的に対立する超然内閣と

して寺内内閣は成立した。後述のように、吉野の民本主義とは、

具体的な制度としては普通選挙制による政党内閣の成立を説くも

のであるが、「憲政の本義」論文は、まだ超然内閣が容易に成立

しうる状況下において発表された。ただし、一九一二(大正一)

年に起きた第一次護憲運動によって、デモクラシーの風潮は高揚

しつつあり、寺内内閣も、その成立そのものが非立憲的だと批判

されていたのも事実である。吉野の民本主義とは、デモクラシー

の高揚期においてその理論的根拠を与えたと評価できる。

Ⅱ 

論文の構成

「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」という論

文のタイトルは、意訳すれば、「憲政とは何物であるかを明らか

にして、その憲政に有終の美を飾らせるための方策について論ず

る」ということになろう。したがって、「憲政の本義」論文では、

まず憲政とは何であるかが論じられている。そのうえで、論文の

前半部では、ともにデモクラシーの訳語である「民本主義」と「民

主主義」の相違についての議論が展開され、後半部においては、

民本主義に「有終の美」を飾らせるための方策、つまり、普通選

挙制と議院内閣制の確立(これが吉野の結論である)を説いてい

く、という論文構成になっている。

なお、本稿において引用する「憲政の本義」論文は、二〇一六

年に中央文庫として刊行された『憲政の本義 

吉野作造デモクラ

シー集』(中央公論新社 

二〇一六)に収録されているものであり、

初出当時のものではないことを明示する(漢字が新字体とされて

いること、明確な誤字が修正されているなど、いくつかの変更点

がある)。

Ⅲ 

民本主義への「誤解」

「民本主義という文字は、日本語としては極めて新しい用例で

ある。従来は民主主義という語をもって普通に唱えられて居った

ようだ。時としてはまた民衆主義とか、平民主義とか呼ばれたこ

ともある。しかし民主主義といえば、社会民主党などという場合

におけるが如く、「国家の主権は人民にあり」という危険ある学

説と混同されやすい。また平民主義といえば、平民と貴族とを対

立せしめ、貴族を敵にして平民に味方するの意味に誤解せらるる

の恐れがある。独り民衆主義の文字だけは、以上の如き欠点はな

いけれども、民衆を「重んずる」という意味があらわれない嫌い

がある。我々が視てもって憲政の根柢と為すところのものは、政

治上一般民衆を重んじ、その間に貴賤上下の別を立てず、しかも

国体の君主制たると共和政たるとを問わず、普ねく通用するとこ

ろの主義たるが故に、民本主義という比較的新しい用語が一番適

当であるかと思う。」

「憲政の本義」論文の一節であるが、教科書や史料集などの高

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校日本史の教材においても引用されている、吉野の民本主義を学

習する上で最も有名な箇所ではないだろうか。国民主権原理を「危

険なる学説」として退ける一方で、国家の政治の基本的目標は一

般国民の利益追求にあるべきだと説いている。教科書の記述を見

ても、民本主義を「国民主権を意味する民主主義とは一線を画し、

天皇主権を規定する明治憲法の枠内で民主主義の長所を採用する

という主張」(山川出版社『詳説日本史』)と説明しており、少な

くとも高校日本史においては、吉野の民本主義は、国民主権論か

らは一線を画している点が極めて重視されている。

もちろんこの点は重要である。しかし、そこから、吉野の民本

主義を不完全なデモクラシー、つまり、当時の明治憲法体制(天

皇主権体制)と妥協して国民主権を求めなかった不十分なデモク

ラシーであったと理解してはならない(註)。ただし、この視角

からの批判は、国民主権が確立された現在に限定されたものでは

ない。社会主義者山川均は「吉野博士及北教授の民本主義を難ず

デモクラシーの煩悶」(『新日本』一九一八(大正七)年四月号)

において、吉野は現行の体制に妥協した「民本主義」にとどまり、

「民主主義」の本旨を徹底していないと批判した。吉野の民本主

義が思想として正確に理解されず、正当に評価されないことから

起こる「誤解」は今も昔もあった。以下、この点に留意しつつ「憲

政の本義」論文を概観し、帝国憲法下の戦前の日本において、デ

モクラシーの確立がどのように主張されたのかを明らかにしてい

きたい。

註  

この観点からの吉野に対する批判については、近代憲法の

憲法制定権力という観念と憲法改正権限との関係を留意する

必要がある。憲法の改正には限界があるという考え方が一般

的である。憲法の改正は、それが法手続き上憲法に規定され

ていても、憲法の基本原理を憲法の条文改正によって変更す

ることは不可とする考えが「憲法改正の限界」という論点で

ある。つまり、憲法制定権力によって構築された国家の基本

原理そのものを、その基本原理の枠内で法制度化される憲法

改正権限が変更することは出来ないという理解である。具体

的には、明治憲法は天皇による憲法制定権力の行使によって

制定され、基本原理として天皇主権を規定している(第1、

4条)。憲法学では、この基本原理を条文の改正では変更で

きないと理解する議論が有力なのである(実際に、美濃部達

吉は明治憲法の改正手続きによって国民主権の日本国憲法を

制定したことを批判しているし、宮沢俊義の「八月革命説」

はこの批判を乗り越えるための議論である)。山川均ら、戦

前において主権在民を主張した人物は、そもそも明治憲法体

制そのものの変革を志向している。その点が吉野とは根本的

に異なっている点である。国家体制の変革(それは歴史上、

多くの場合、暴力革命として「実行」されたが)を志向しな

い以上、国民主権は主張し得ない。「革命」を志向するか否

かと、デモクラシーとして十分であるか否かという議論とは

必ずしも噛み合わない。よって、吉野の民本主義に対するこ

のような視角からの批判は、多少論点がずれているように思

われる。

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Ⅳ 

憲政とは何か 

吉野がまず論ずるのは、憲政とは何か、ということである。憲

政とは立憲政治のことで、立憲政治とは「憲法に遵拠して行う所

の政治」という意味であると定義するが、この「憲法」の意味す

るところが重要であると説く。憲法を単に「国家統治の根本の原

則」とのみ理解しては、近代において特別な意味を有する立憲政

治を正確に理解することはできないと断じる。憲法とは、国家の

最高法規として一般の法律に対する優位性を有するとともに、そ

の主たる内容として「(イ)人民権利の保障、(ロ)三権分立主義、

(ハ)民選議院制度の三種の規定を含むものでなければならぬ」

と論ずる。これが、現代でも「憲法に基づいて政治が行なわれる

ことで、法による権力の制限を通じて個人の権利と自由を守ろう

とする政治のあり方」(山川出版社『政治経済用語集』)と定義さ

れている立憲政治(立憲主義)が念頭に置かれていることは言う

までもないだろう。つまり、吉野が「其有終の美」を飾ろうとす

る憲政とは、現代でも民主主義国家の根幹に据えられる立憲主義

に他ならないという点は重要である。その上で、吉野は「民本主

義」と「民主主義」の相違についての議論を進めるのである。

Ⅴ 

民本主義と民主主義の相違

民主主義も民本主義もデモクラシーの訳語である。吉野は、デ

モクラシーに二つの要素を見いだす。「国家の主権は法理上人民

に在り」という法理上の要素と、「国家の主権の活動の基本的の

目標は政治上人民に在るべし」という政権運用上の方針とである。

もちろん、前者の意味を民主主義、後者の意味を民本主義と捉え

るわけであるが、ここで注目に値するのは、吉野は主権在民論と

しての法理上のデモクラシーを否定する理由である。

吉野は、明治憲法第一条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統

治ス」と同第四条「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此憲法

ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」の条文を根拠に、「憲法の解釈上毫も民

主主義を容るべき余地がない」として主権在民論としての民主主

義を否定するのだが、一方でアメリカやフランスについては、そ

の憲法解釈については「主権在民の意義極めて明白」と評価して

おり、さらにその両者の価値判断について言及していない。つま

り、少なくとも「憲政の本義」論文を読む限りにおいては、主権

在民論は明治憲法の解釈上肯定し得ないのであって、主権在民と

いう法理そのものを否定的に解釈している、とは言い切れないの

である。というよりもこの点についての吉野の本音は分からない

と評した方が正確だろう。近代史研究者坂野潤治も「吉野の主権

論の本当のところはわからない」と言及している(坂野潤治・田

原総一郎『大日本帝国の民主主義』 

小学館 

二〇〇六)。

主権在民論としての民主主義に対して、民本主義は国家の主権

がどこに所在するかは問題とせず、その主権を行使するにあたっ

て、「主権者は須らく一般民衆の利福ならびに意い

う嚮を重んずるを

方針とすべし」とする政治上の主義として説明される。そして、

この民本主義は主権在民論としての民主主義をともないやすい傾

向にあることは言及しつつ、君主制の憲法を有する国家において

も、民本主義が「君主制と毫末も矛盾せずに行われ得ることまた

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疑いない」として、民本主義の確立を主張する。

帝国憲法は条文解釈上、主権在民論を採用する余地はない。こ

れは今も昔も変わらない理解だと思われる。よって、吉野の民本

主義は、確かにある意味では「まどろっこしい」ものとして捉え

られる余地がある。何しろ、「憲政の本義」論文の発表の二年後、

一九一八(大正七)年にはロシア革命が勃発しているのだ。実際

に「主権を取りにいく」運動の方が魅力的にうつるのも理解でき

る。事実、吉野の影響を受けた東京帝大法学部の学生たちも共産

主義運動に流れていく。この原因を吉野の「不十分さ」に求める

のは妥当なのだろうか。近代日本憲政史研究の第一人者である坂

野潤治をして「吉野の主権論の本当のところはわからない」のだ

から、私程度が考えても詮無いことではある。しかし、近代憲政

史のなかで吉野の主張を位置づけると、その意義の大きさは自明

である。

抑そもそも憲

法ヲ創設スルノ精神ハ、第一君く

んけん権

ヲ制限シ、第二臣民ノ権

利ヲ保護スルニアリ(『帝國憲法制定會議』岩波書店 

一九四〇)

明治憲法を制定する際の最後の過程、枢密院での審議において

の枢密院議長伊藤博文の発言である。先述した立憲主義を理解し

た上での発言であることは言うまでもない。つまり、明治憲法の

制定は、日本を欧米水準の立憲君主国にする意図に基づいていた。

したがって、ある種の「クーデタ」である王政復古の大号令によっ

て政権を掌握した薩長藩閥政府も、立憲主義の要素をもつ憲法の

制定までは努力した。しかしながら、実際に帝国議会がひらかれ

ると、政党の動向に左右されずに政策を推進することを志向する、

超然主義の立場から政権を運用していくことになる。形式上、欧

米水準の立憲主義にこだわりながらも、明治期における実際の政

権運用状況は、立憲主義とはかけはなれたものであったと言える。

吉野の民本主義は、そのような情勢に対して、立憲主義の要素を

持つ憲法体制を立憲主義に見合うように運用していくための政治

上の方針を明示したものであった。民本主義を「かたち」の立憲

主義化ではなく、「中身」の立憲主義化を目指したものと理解す

るならば、主権在民論に対する姿勢で吉野を批判するのは多少議

論の的を外している感がある。後述のように、吉野は民本主義の

内容について、(女性参政権を除けば)現代と同じく普通選挙制

に基づく政党内閣制(議院内閣制)の確立を説くからである。国

民による普通選挙によって成立した多数党が内閣を発足させる制

度が確立されれば、その結果は有権者(国民)が主権者であろう

となかろうと同じである。民本主義の意義はここにあるわけだが、

この観点から見れば、主権所在論争はある種の「神学論争」とな

るだろう。現在刊行されている吉野の評伝で、吉野の主権論につ

いてあまり触れられていない理由はここにあるのかもしれない。

Ⅵ 

民本主義の内容

吉野は民本主義を、「一般民衆の利益幸福ならびにその意嚮に

重きを置く政権運用上の方針である」と定義し、その内容を二つ

に区分する。一つは政権運用の目的が「一般民衆の利福に在る」

ということ、もう一つは政策の決定が「一般民衆の意嚮に拠る」

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ということである。つまり、国民の意向に従って決定された政策

が、その国民の利益を増大させるような政策でなければならない

と説き、この二つを民本主義の二大綱領と位置づける。さらに、

その二つの内容に対して想定される反対意見に対して反論を加え

ていく。

まず、一つは政権運用の目的が「一般民衆の利福に在る」とい

うことについては、政治の究極の目的が「人民一般のため」でな

ければならないとすると、国民の利益の追及と主権者である天皇

の利害が対立するような状況が生じた場合に不都合ではないか、

という反論が想定されるとする。これに対して吉野は、民本主義

は「主権者の主権行用上の方針」を示すものであって、主権者、

つまり天皇が主権を行使するに際して、みだりに人民の利益を無

視するべきではないとの原則を立てることは、天皇が主権を有し

ていることとなんら矛盾しないと説明する。さらに興味深い点は、

それでもなお「国家が国民に多少の度を超えたる犠牲を要求する

場合に、これに応ずべきや否やは、国民の道徳的判断に一任する

ことにしたい。制度としては、どこまでも漫み

りに人民の利福を無

視することはせぬということに極き

めて置きたいと思う」と述べ、

私権制限についての制度化には反対の立場を表明していることで

ある。現在(2018年2月)、自民党の憲法改正推進本部にお

いて議論が展開されている緊急事態条項における私権制限規定の

明文化については、様々な意見があり見解の統一が見られていな

いようだが、「道徳的関係に一任すべき事柄であって、法律上こ

れをいずれかに強制することはかえって面白くないと思う」とい

う吉野の指摘は、現代的な問題にもまだまだ通用する見解である

と言える。

民本主義の二つ目の内容、すなわち政策の決定が「一般民衆の

意嚮に拠る」べきである、という主張には3つの批判を想定する。

一つ目の批判は、政策の決定を一般国民の世論に従って決定すべ

きという要求は、天皇主権を規定した憲法に抵触するのではない

かという批判である。これに対して吉野は、君主の大権が政治上

の制限を受けているか否かが立憲専制と立憲君主制との相違で

あって、「いわゆる立憲的諸制度なるものは実に君主大権の制限

を目的とする政治的設備に外ほ

ならない」と断言する。吉野は、絶

対君主の主権者がいかなる場合にも無制限に主権を行使すること

に数多の弊害を認めたからこそ、主権の行使に関する種々の制限

を認める近代的立憲主義が歴史的に成立したという認識から、「こ

の制限を厭い

うならば、初めから立憲政治を採用せぬがよい。苟

いやし

も世界の趨勢にしたがって立憲政治を採用した以上は、君主の大

権が諸般の制限を受くるはこれを当然と見なければならない」と

断ずるのである。総じて、吉野の民本主義には、彼の「グローバ

ルスタンダード」に対する強い意識が感じられる。吉野にとって、

日本の憲法体制として追求すべきは国際社会と軌を一とするもの

である。「憲政の本義」論文には、各国の制度や情勢についての

分析に多くの文量が割かれているが、国際社会で通用する水準な

のか否かについての強いこだわりが議論の端々に滲み出ている。

二つ目に想定される批判は、およそ大多数の人民は愚かなもの

であって、自らの利益が何たるかを知らない、むしろ少数の賢者

による政治の方がメリットが大きいという議論である。吉野はこ

れに対して、大多数の一般国民の知的水準に対する、少数の賢者

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の聡明さは一部の真理として否定しない。さらに、その少数の賢

者の中には、真に社会公共のために身の犠牲を厭わない愛国者が

いることも認める。そのうえで、吉野が主張するのは、少数政治

は密室政治に陥る傾向が強く、それは汚職の温床である、と論ず

る。「多数者の政治はいわゆる衆愚政治に陥るという。これも一

応は真理である。けれども少数政治は常に暗室の政治であるとい

うことを忘れてはならぬ。」つまり、「賢者の少数政治」の方が大

多数の国民に政策決定を委ねるよりもデメリットが大きい。これ

が吉野の反論である。ここには、より悪いものを排除しようとす

る意識が明示されている。英国の名宰相ウィンストン・チャーチ

ルの名言「民主主義は最悪の政治形態だ。歴史上試されてきた他

の全ての政治形態を除けば」に共通する感覚である。さらに「む

ろん多数政治にも訓練を加えざれば幾多の弊害を生ずるは免れな

い」という吉野の指摘には、現代人の我々にとっても耳が痛いの

ではないか。

第3の批判は、そもそも「民意」なるものは実存するのか、と

いうものである。これについては、明確に反論していない。「今

日の学界の多数説としてはいわゆる「民意」の実在を疑わぬよう

である」と述べる程度であって、「このことはなお学問上大いに

論弁するを要する問題である」としている。確かに能動的に一定

の方向に向かって意識的に活動する「民意」の実存性を証明する

のは現在でも困難であろう。この点については吉野も多少歯切れ

が悪いと言わざるを得ない。いずれにしても、政策の決定を民意

に委ねることが不当ではないと論ずる吉野は、一般国民の民意に

従って政策を決定していくのであれば、直接民主政でなければな

いのだが、それは実際の問題としては困難で代議政治を採用せざ

るを得ないと論じ、論文の後半部、普通選挙制と議院内閣制の確

立への議論を展開していく。

Ⅶ 

代議政治

吉野が「民本主義的政治の唯一の形式」と評価する代議政治(間

接民主制)であるが、あくまで変則的に採用されているとの理解

を示している。本来であれば、直接民主制が望ましいが、それは

あくまでも古代ギリシャの都市国家のような地域の狭い、人口の

少ない小国家にしか適用し得ない。したがって他に方法がないた

め間接民主制を採用している、という論である。したがって、間

接民主制という方法には多くの批判がある。特に、通常であれば

間接民主制を適用するが、国家にとって極めて重大な事案につい

ては国民の直接投票を採用して、間接民主制の欠点を補おうとす

る方法を紹介する。現在で言うところのイニシアティブやレファ

レンダムのことである。吉野はこの方法について、スイスやイギ

リスの事情を解説しつつ、「その結果は公平に言うて非常な不都

合もないが、さればと言うて代議政体の欠点を補うという程の積

極的な利益もまたない」と分析する。特に、国民投票にかけるには、

「問題を「然り」「否」によって決し得るが如き最も単純な形にし

なければ事実行われない」との指摘は現代にも十分通用する論点

であろう。欠点は多いが、「代議政治はどの途今日これを止める

ことは出来ない」のである。であれば、どのような条件のもとで

代議政治は最も民本主義の本旨に適うように機能するのか。吉野

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の主張はこの点に続いていく。具体的には、「人民と代議士との

関係」「議会と政府との関係」の2点についての議論を展開して

いく。

前者「人民と代議士との関係」について、吉野は「人民が常に

主位を占め、議員は必ず客位を占むる」ことが最も重要であると

論ずる。そのうえで、人民と代議士との関係正常化のために3つ

の方法を採る必要があると主張する。選挙道徳を鼓吹すること、

選挙法における取締り規則を厳重にすること、できるだけ選挙権

を拡大すること、の3つであるが、ここでは3つ目の選挙権の拡

大、つまり普通選挙制の導入が重要な議論である。

吉野は、選挙という制度は広く一般国民の代表者を選出するこ

とが本来の趣旨であって、代議士は一部分の階級のみの代表者で

あってはならないと説く。普通選挙制を要求する最大の理由はこ

こにある。「憲政の本義」論文が発表された一九一六(大正五)

年当時、有権者資格は満二五歳以上の男子で直接国税一〇円以上

納入の者に制限されていた。有権者の総人口比はわずか3%であ

る。吉野はこの現状を政治腐敗の温床と糾弾し(もっとも男女の

普通選挙制が実現している戦後の日本にも汚職事件は数多く起

こってはいるのだが)、さらに納税額について選挙権を制限する

ことは不適格と論ずる。納税額で選挙権を制限する制度的起源は

英国の議会にあるが、それはもともと英国議会が租税を承認し、

予算を審議するための機関であったからである。したがって、納

税者でなければ議員になれない制度が可とされたのだが、大正当

時の議会の性格は、かつての英国議会のそれとは大きく異なって

いる。さらに、「今日にあっては財産の有無は最早人類教養の分

つ有力な標準ではない」のだから、納税額による選挙権の制限は

現在の趨勢からして極めて不当なる制限であると論ずる。

そして、諸外国の情勢を例に出しつつ、「一般文明国においては、

普通選挙制を採用すべきや否やは、すでに過去の問題」であって、

日本においては上級社会のみならず、「一般社会までがこの制度

を衷心から歓迎しないのは極めて不思議な現象である」と嘆いて

いる。吉野はその原因を、もともと普通選挙制は社会主義者が熱

心に主張していたからだと推測しているが、「この点の誤解を解

いて、我々が衷心から普通選挙制の採用にあらずんば憲政の円満

なる進行見る能わざる所以を納得し、またこれを国民一般に徹底

せしむるでなければ我が国の憲政の前途は実に暗澹たるものであ

る」と述べている。

ここで重要な点は、吉野が「憲政の本義」論文を発表した当時、

普通選挙制導入に関する議論は国民的な広がりを見せていなかっ

たことである。決して普通選挙制を要求する運動そのものが展開

されていなかったわけではない。一九一一(明治四四)年には初

めて普通選挙法が衆議院を通過している(貴族院で否決。ちなみ

に普通選挙法が初めて帝国議会に提出されたのは一九〇二(明治

三五)年のことである)。しかしながら、普選運動は広範な国民

の支持を得られなかった。理由としては、吉野も指摘しているよ

うに、明治期において普選運動を主導した人々には多くの社会主

義者が含まれており、総じて普選運動は非常に強い反政府色を有

していたことが挙げられよう。吉野の普選要求は、現政府に対す

る支持不支持から超越して、日本の立憲政治進歩ためのものであ

り、それゆえに一般国民に受け入れられていった点が重要である。

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次に「議会と政府との関係」についての考察が続く。吉野によ

れば、「人民が常に主位を占め」るべきとは言え、実際に政権を

掌握しているのは政府である。したがって、議会が政府を監督で

きなければ政治の公明正大さは担保されない。よって、「政府を

して議会に対し政治上の責に任ぜしむること」の必要性を主張す

るのだが、それ故に吉野は超然内閣を批判するのである。超然内

閣とは、議会の意思から超然として政府は政策を進めていく姿勢

の内閣のことだが、政党の動向に左右されないという姿勢は、選

挙の結果を無視するということでもあり、政党政治の否認につな

がる。吉野はこの超然内閣を否定するのである。

しかしながら、明治憲法には第五五条に「国務各大臣ハ天皇ヲ

輔弼シ其ノ責ニ任ズ」とあり、法理上政府が超然主義を採用する

ことは可能である。吉野もこの点については認める。その上で、

政府が超然主義の立場を採用することは、明治憲法の法理上違憲

とは言えないが、そのような非立憲的な政権運営は適切ではない

と説く。そして、吉野の主張は議院内閣制の採用である。超然内

閣は、法理上可能である。しかし、明治憲法第五五条は常に超然

内閣を要求している条文ではない。したがって、超然主義を政府

の方針として採用しないという選択肢は違憲ではない。同じ理由

で、立憲主義という憲法の精神に照らし合わせて、議院内閣制を

採用することも違憲ではない。明治憲法第五五条は議院内閣制を

要請する条文ではないが、拒否する条文でもないからである。

「かくて憲政の円満なる運用如何の問題を論ずる場合には、た

だそのことが違憲ならざるや否やの点のみを見たのでは定まらな

い。更に非立憲ならざるや否やの点をも見なければならない。」

一九一六(大正五)年の論文の一節ではある。しかし、ながら、

2018年現在に発表されたとしてもなお、その輝きは一遍も失

われない指摘ではないだろうか。

議会における多数派が内閣を組織する議院内閣制では、選挙の

結果として内閣が変更されていくので、国民の支持・不支持によっ

て内閣が決定されることになる。もちろん、その支持・不支持の

動向は内閣の政策如何によって左右されるだろうから、国民の意

向によって政策が決定されることとなる。その選挙が普通選挙で

実施されれば、一般国民の支持によって政権が成立し、一般国民

の利益を追求する政策が展開され、その結果は一般国民によって

判断される。これによって吉野の説く民本主義は成立するのであ

る。普通選挙制に基づく議院内閣制の成立が吉野の結論である。

「憲政の本義」論文は、この制度の確立が、明治憲法下において

法理上も政治論上も違憲ではない、つまり実現可能であることを

論証する論文であった。そして、普通選挙制と議院内閣制の確立

によって、国家政策の追求目標が一部の特権的階級に限定される

ことなく、一般国民の利益拡大を図ることができると吉野は説く

のである。

最後に、吉野の民本主義の目的について触れておきたい。つま

り、吉野は何を目的にデモクラシーの「導入」を主張し、それを

民本主義と説いたのか。吉野は「憲政の本義」論文においては明

文化してはいないが、吉野の民本主義は格差の是正をはかるため

に主張されたものである。本稿が「憲政の本義」論文の出典とし

た『憲政の本義 

吉野作造デモクラシー集』には、「民本主義・

社会主義・過激主義」という論文も収録されている(初出は『中

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央公論』一九一九(大正八)年六月号 

「憲政の本義」論文の3

年後である)。その論文中で、

「しかしながら吾々はこの問題(=貧困や経済格差の問題のこ

と 

大江註)を国内のある特殊階級の問題としたくない。かく如

き社会組織(=貧困層のこと 

大江註)をそのままに放任するこ

とが正しいか正しくないかは本質上国民全体の問題でなければな

らない。社会の現状はあるいは特に資本家階級に利益であろう。

しかし正義の要求の何であるかを尋ね、これに合するように社会

を改造するというのは国民の一人として、また資本家の問題でな

ければならない。これを階級の問題とするか社会全体の問題とす

るかは我々の議論の出発点である。」

と述べている。ここで吉野は、明確に低所得層に対する社会政

策によって経済格差を是正していく政策への志向を示している。

吉野は、日本経済において本格的に資本主義が成立してから20

年程後の時代に「憲政の本義」論文を執筆しているが、資本主義

経済体制のもと発生している貧困の問題を解決していくことこそ

が一般国民の「利益」であり、国家全体にとっての「利益」と認

識していた。民本主義もそのための主張であった。立憲政治とい

う理念に照らし合わせ、そちらの方が制度上相応しいという理由

だけでデモクラシーを主張したわけではない。多数派を占める一

般国民に参政権を与えて普通選挙を実施すれば、その選挙によっ

て成立する政党内閣は、貧困層の経済的不平等性を是正する政策

を採る(採らざるを得ない)という判断があった。これが民本主

義の目的である。

Ⅷ 

民本主義の今日的意義 

~民主主義への考察~

最後に、吉野の民本主義から、今日の民主主義についての考察

を展開したい。私たちは現在、民主主義社会に生きている。国民

主権を規定する現行憲法が施行されて、今年(2018年)で

七一年目。国民の多くは主権が国民に存しなかった時代や政治制

度を、自らの体験としては知らない。国民主権は当たり前の制度

であり、普通選挙による議院内閣制もまた当たり前の制度である。

現在の日本は、吉野が説いた民本主義よりも高度に「デモクラ

シー」を実現している国家なのである。さらに、多少政治が行き

詰まっても、民主主義国家の内部から民主主義に代わる新しい政

治制度が提唱されることもない。民主主義国家に生きる私たちに

とって、民主主義という政治制度は、(その病理の認識において

程度差はあっても)まさにチャーチルが言うように「現在のとこ

ろ最も良い」(と思われている)政治制度なのである。だからこそ、

私たちはデモクラシーがどのような制度で、どのような利点があ

り、どのようなデメリットがあるか考えることが少なくなったの

ではないか。しかし、冒頭述べたように、現在、民主主義は岐路

に立たされている。民主主義にとって「危機の時代」と言っても

過言ではない。その「危機の時代」だからこそ、私たちはデモク

ラシーとは何かを再認識すべきだろう。百年前の吉野作造の問題

提起から学べること、私たちにとって何が今要求されているのか、

についての私見を提示したい。

65

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①選挙民の質

吉野の民本主義は、普通選挙を実施すること、その結果として

多数党が内閣を組織する議院内閣制を成立させること、この2点

によって一般国民の利益拡大を図ろうとするものであった。ちな

みに、戦前において国民の選挙によって内閣が交替した例は、護

憲三派内閣と称される第一次加藤高明内閣の成立、たった一回の

みである(一九二四年の出来事で、この内閣が普通選挙法を成立

させることになる)。したがって、吉野の民本主義は制度として

具現化したとは言い難い。ただし、これが(法制化されずに慣例

の程度でとどまったとしても)成立すれば、選挙によって、国民

の支持/不支持によって政権が交替していくことを意味するの

で、現在の政治制度とほとんど差がないと言える。

ここで重要なのは、吉野は普通選挙制の導入の意図を、政権の

「正当性」という問題意識で主張しているわけではないというこ

とだ。吉野は、超然主義内閣を非立憲的と厳しく批判したが、そ

の存立について法的に問題があるとは言っていない。むしろ、明

治憲法の条文に基づけば、超然内閣も違憲ではないと明言してい

る。吉野の問題意識は、自身の利益を認識しているはずの一般国

民によって政権を選択させることが彼らの利益拡大につながる

し、憲政の発展に資するのだ、というものであった。つまり、選

挙は政権を選択する手段であって、それによって正当に成立した

政権の諸政策にまで正当性を付与するものではない、ということ

である。言い換えれば、正当に成立した政府の展開する政策だか

ら、その政策の正当性も担保されていると思考を停止させない必

要があるということだ。政策の正当性や妥当性については、一つ

ひとつ検証して判断していく必要がある。

その際に、何が私たちにとって「利益」なのかを正しく認識す

る必要がある。国家には、その時代その時代の「利益」、言い換

えれば「目指すべき社会」といったものがある。そのことについ

ての議論を深めていかないと民主主義は正しく機能しない。欧米

諸国において移民排斥を要求する政党の勢力伸長は、経済停滞の

もとで起こっているヒステリックと見えるが、そこに「目指すべ

き社会」についての建設的議論はない。とは言え、個々の国民に

そこまでの「知的水準」を要求するのは現実ではない。現に「分

からない」という理由で投票しない有権者は少なくない。ではど

の層に要求するかというと、現実的には代議員、つまり国会議員

ということになろう。

とすれば、問題はそのような人物を私たちが選びえているか、

ということである。政治家の劣化が指摘されて久しいが、政治家

は試験を合格して議員となっているわけではない。選挙民である

私たちが選んでいるわけだ。選ばれる側の質の問題は、当然、選

ぶ側の質の問題である。有権者である私たちがその点について、

どこまで自覚的でいられるかが重要なのである。

この点、吉野は、高級官僚に代表されるエスタブリッシュメン

トと比較して知的水準の劣る一般国民に、政権選択や政策決定の

主導権を委ねるのは不可であるとする議論に対し、「憲政の本義」

論文において、

「そこで人民はこの際冷静に敵味方の各種の意見を聴き、すな

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わち受動的にいずれの政見が真理に合して居るやを判断し得れば

よい。更に双方の人物経歴声望等を公平に比較し、いずれが最も

よく奉公の任を果すに適するや、いずれが最もよく大事を托する

に足るの人物なりやを間違いなく判断し得るならば、それで十分

である。この位の判断は相当の教育を受け、普通の常識を備うる

ものには誰にも出来る。必ずしも個々の問題について自家独自の

積極的政見を有することを必要としない。この点において今日の

開明諸国の人民は、概して民本主義の政治を行うに妨げなき程度

には発達して居るものと断言して差し支えない。」

と述べ反論しているが、果たしてどうか。この点が機能しなけ

れば民主主義は健全には機能しないが、選挙民の質の問題は、百

年前も現在も難しい問題であると言わざるを得ない。少なくとも、

代議政治を採る以上、選ぶ側の質によって政治の質が左右される

という自覚を私たちが忘れてはいけないと認識し続けることが要

求されているし、有権者としての責任でもあるのだろう。そして、

現在もなお、民主政の実施において代議制以外の方法は考えられ

ない。民主政の有用性についての前提は未だに「完成」していな

いと認識せざるを得ない。

②デモクラシーは制度の整備で「完成」しない

民本主義は政権運用上の方針として主張されている。それはデ

モクラシーの有する意味合いを、主権在民論と国家政策の追求目

標とに分類し、その後者の方を

「一般民衆の利益幸福ならびにその意嚮に重きを置く政権運用

上の方針である」と定義し、民本主義として主張したのである。

そして、この民本主義に国民主権原理を加えたものが現代日本の

民主主義であるので、民主主義には政権運用上の方針の側面が今

でもある。

つまり、吉野の構想では、一般民衆の利益拡大を目的とする民

本主義は、制度や体制についての何らかの法的整備によって成立

するものとして認識されていない。この点が最も重要と考える

が、吉野は民本主義について、法的手続きや制度や体制を「デモ

クラシー」として整備すれば、自動的に民主的な政治の展開に成

功するとは全く考えていない。これは真理と思われる。民主主義

は、手続きや制度や体制のことではない。無論、制度設計は重要

であろう。民主主義を実現するための法手続き、制度設計の存在

は必要不可欠である。しかし、それは民主主義そのものではなく、

民主主義を成立させるための条件(の1つ)に過ぎないのではな

いか。民主主義の本質は、一定の法的条件のもとで展開される政

策についてのバランスをどのように取るか、にあるのではないか

(多数間の利害調整が政治であると定義するならば、政治とはバ

ランスをとることである)。吉野作造の「憲政の本義」論文を読

み、現在の民主主義の「隘路」について思いをめぐらすとき、最

も重要な「教訓」と認識できる点がこれである。つまり、私には、

現在の風潮として、法手続き上において合法であれば、その結果

制定される法律や展開される政策が「自動的」に正当なものとし

て「設計」され得ると考える傾向を有しているように思われるの

だが、吉野の議論は、そのような傾向の危険さを指摘している理

論であると理解できるのだ。

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ポピュリズムと称される政治運動は、制度上、合法性を有する

手続きによって展開される、既成の政治体制への激しい対立姿勢

を特徴としている。そして、その主張のうち、外国人や移民など

の少数派の人権について抑圧的傾向を有する点が問題視されてい

る。現代においては、少数派の人権保護は立憲主義という意味合

いで想定される民主主義においては、必須の要件であろう。つま

り、現在、法的制度上民主主義として確立されている国家におい

て、合法的に民主主義とは言えない政治が展開されつつあるので

ある。一方で、吉野の民本主義は、(現代の基準で評価すると)

民主主義を制度として法整備することを要求せずに、民主主義を

現実政治のなかで展開し得ることを説いた。このことは多くの示

唆に富む。

「かくて憲政の円満なる運用如何の問題を論ずる場合には、た

だそのことが違憲ならざるや否やの点のみを見たのでは定まらな

い。更に非立憲ならざるや否やの点をも見なければならない。」

再度の引用になるが、この姿勢が重要なのである。合法である

という正当性も重要であろう。その点がいささかの疑念もない。

しかしながら、制定される法律が、展開される政策が、本当に私

たちの社会全体の利益に資するか否かで付与される正当性にこ

そ、吉野はデモクラシーの真髄をみている。現代における民主主

義の「隘路」は、この2つの正当性の相互関係がバランスを欠い

ている状況で展開されている政治運動である、と理解することが

可能ではないだろうか。

民主主義は、決して制度として「完成」するものではない。政

策決定の手続き上は合法であるというだけでは、その政策の正当

性は完全なものにはならないという意識。現代デモクラシーにお

いて、強く要求されるべきものはこのような意識ではないか。合

法的に展開される政策の先に、どのような未来が構築されるのだ

ろうか。政策の「中身」を追求し続けること、結果を検証し続け

ること。民主主義社会に主権者として参加している私たちの責務

であろう。現代日本は、制度上民主主義として設計されている。

一方で、その民主主義を機能させるものは制度のみではないこと

に気づかされることを改めて指摘し、本稿の結びとする。

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高大接続改革と「狭山ヶ丘の教育」のこれから

石 

田 

慎 

  

高大接続改革と学習指導要領改訂

一昨年度(平成二八年度)末、中学校までの指導要領が改訂さ

れた。高等学校については昨年度末改訂された。指導要領の改訂

自体は十年に一度行われており、科目の構成が変わったり、教え

るべき内容が増減したりしてきた。それだけならいつも通りの改

訂なのだろうが、今回の改訂はもっと根本的な、我が国の教育の

在り方について、その「これから」を本気で考えようという内容

である。指導要領だけでなく、大学教育改革も、そして高校と大

学をつなぐ入試改革も同時に進行している。我々がこういう変化

を他人事と流してしまえば、それでもしばらくは今のままの教育

活動を続けられるだろうが、いずれ需要のない学校となるのは間

違いない。この教育改革の動きに対し危機感を持つのと同時に、

飛躍のチャンスとすべきなのだ。

今回の改訂において、特に重要度の高いポイントは「総則」で

ある。現行の指導要領においても述べられてはいたことも含むが、

実際の学校現場では検証されないまま前例踏襲されてきた各学校

の「教育課程」に突っ込んで言及している。以下、中学校指導要

領の総則に新たに加わった項目について引用する。

第1 

中学校教育の基本と教育課程の役割

3 

2の(1)から(3)【注 

基本的な知識・技能の獲得、道徳教

育、体育・健康に関する指導など】までに掲げる事項の実現

を図り、豊かな創造性を備え持続可能な社会の創り手となる

ことが期待される生徒に、生きる力を育むことを目指すにあ

たっては、(中略)どのような資質・能力の育成を目指すの

かを明確にしながら、教育活動の充実を図るものとする。そ

の際、生徒の発達の段階や特性等を踏まえつつ、次に掲げる

こと【学力の3要素】が偏りなく実現できるようにするもの

とする。

① 

知識及び技能が習得されるようにすること

② 

思考力、判断力、表現力等を育成すること

③ 

学びに向かう力、人間性等を涵養すること

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4 

各学校においては、生徒や学校、地域の実態を適切に把

握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科

等横断的な視点で組み立てていくこと、教育課程の実施状況

を評価してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必

要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っ

ていくことなどを通して、教育課程に基づき組織的かつ計画

的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと(以下「カ

リキュラム・マネジメント」という。)に努めるものとする。

第2 

教育課程の編成

1 

各学校の教育目標と教育課程の編成

教育課程の編成に当たっては、学校教育全体や各教科等にお

ける指導を通して育成を目指す資質・能力を踏まえつつ、各

学校の教育目標を明確にするとともに、教育課程の編成につ

いての基本的な方針が家庭や地域とも共有されるよう努める

ものとする。(後略)

2 

教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成

① 

各学校においては、生徒の発達の段階を考慮し、言語能

力、情報活用能力(情報モラルを含む。)、問題発見・解

決能力等【注 

一般に「汎用的スキル・ジェネリックス

キル」と呼ばれる】の学習の基盤となる資質・能力を育

成していくことができるよう、各教科等の特質を生かし、

教科等横断的な視点から教育課程の編成を図るものとす

る。

② 

各学校においては、生徒や学校、地域の実態及び生徒の

発達の段階を考慮し、豊かな人生の実現や災害等を乗り

越えて時代の社会を形成することに向けた現代的な諸課

題に対応して求められる資質・能力を、教科等横断的な

視点で育成していくことができるよう、各学校の特色を

生かした教育課程の編成を図るものとする。

[平成29年3月改訂 

中学校学習指導要領より]

引用文中、傍線を引いたところに今回の改訂の本質が見える。

現行指導要領の主題である「生きる力」をより強く、具体的に追

求しようという意図があると考えられる。また、「改訂の基本方針」

として中央教育審議会での審議のまとめ(平成28年8月)には次

のようなことが強調されている。

将来の予測が難しい社会の中でも、伝統や文化に立脚した広

い視野を持ち、志高く未来を創り出していくために必要な資

質・能力を子供たち一人ひとりに育む学校教育

学校教育を通じて子供たちが身に付けるべき資質・能力や学

ぶべき内容・学び方の見通しを示す「学びの地図」として

学習内容の削減は行わず、「アクティブ・ラーニング」の視

点から学習過程を質的に改善

知識重視か思考力重視かという二項対立的な議論に終止符

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目標と評価の観点を一致させるとともに、資質・能力を多角

的・多面的に見取る評価の工夫を促進

「学び」の本質として重要となる「主体的・対話的で深い学び」

の実現を目指す授業改善の視点が「アクティブ・ラーニング」

の視点

学ぶ意味と自分の人生や社会の在り方を主体的に結び付けて

いく「主体的な学び」

多様な人との対話や先人の考え方(書物等)で考えを広げる

「対話的な学び」

各教科等で習得した知識や考え方を活用した「見方・考え方」

を働かせて、学習対象と深く関わり、問題を発見・解決した

り、自己の考えを形成し表したり、思いをもとに構想・創造

したりする「深い学び」

「何ができるようになるか」「何を学ぶか」「どのように学ぶか」

教師が生徒に「何を教えるか」「どう教えるか」からではなく、

生徒が学校で、教師から「何を学ぶか」「どう学ぶか」という視

点で教育課程を組み立てるという考え方が示されている。内容そ

のものを変えようというより、質的向上を図るための提案である

と捉えるべきである。

  

カリキュラム・マネジメントとは

カリキュラム・マネジメントという言葉が総則の中で定義され

ている。「教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活

動の質の向上を図っていく」とある。つまりは、

① 

学校の建学の精神や理念、教育目標や経営計画に基づいた教

育課程を教職員の共通理解のもとで運用すること、

② 

そしてそれを学校全体・教科・分掌などそれぞれの行動計画

に落とし込み、

③ 

実践の中での反省を次の行動計画に反映させ改善していくこ

とで教育活動の質的向上を図る

というP

DC

A

(Pla

n

→Do

→Check

→Actio

n

)サイクルのこ

とを意味している。こうした学校教育活動の中で、「未来の創り

手となるために必要な資質・能力」を育む「社会に開かれた教育

課程」の実現を目指すことが提唱されている。新設される「高校

生のための学びの基礎診断」もカリキュラム・マネジメントへの

活用を目的としたものである。

これが今、そして今後学校教育に求められることであり、それ

に応え得る学校なのかどうかが学校の魅力となり、学校選びの基

準となっていくものでもあると考える。進学実績という一つの結

果だけでは選ばれる学校足りえないということは言うまでもない

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が、むしろ本校の進学実績の不安定さの原因は、学校としての教

育活動の不安定さにある。「どんな生徒が入学したか」「誰が担当

したか」に完全に依存した結果しか出ていないのだ。どの学年も

3年間でここまで成長させる、これは絶対できるようにさせると

いった「狭山ヶ丘の教育」を我々は形にしていかなければならな

いし、それを外に向けて発信していかなければならないのである。

新教育課程研究推進部では、このカリキュラム・マネジメント

の起点となる「学校教育目標」を整理・検討してきた。校訓や自

己観察教育など、これまでの狭山ヶ丘の教育、そして本校の強み、

本校のニーズといったことについて研究し、その本質を浮かび上

がらせて形にしたい。それが本校の向かう道を示すコンパスにな

ると考えたからである。

   

学力の3要素

「学力の3要素」については現行の学習指導要領でも述べられ

ていた。この教育改革の動きの中でようやく周知されるに至った

ものである。学力の3要素とは

① 

基礎的・基本的な知識・技能の習得

② 

知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・

判断力・表現力等

③ 

主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度

である。これらがどれも重要な要素であることは、我々にとって

は当たり前のことではある。今、この高大接続改革で改めてこれ

が注目されているのは、この3要素をバランスよく育み、きちん

と評価しようという動きにある。

教育現場の捉え方としても、大学入試での捉え方としても、バ

ランスよく評価できてはいなかったし、これを意識して教育活動

に取り組めていたかも疑わしい。「結局、知識・技能次第だろう」

という思いは無かったか。ただ、普段の教育活動から一歩引いて

考えると、知識・技能だけは優れているが主体性も協調性もなく、

自分の頭で考える力のない人と一緒に働きたくはないし、そうい

う生徒を世に送り出すのは心苦しい。その人の先天的な性質も無

くはないだろうが、それを言い訳にしてしまえば、教育の意義は

失われる。知識・技能だけを身に付けるのが目的なら、学校など

という大げさなものは要らない。

「本校なら、社会に出て活躍できる人間力を身に付けられる」

と言えるような、学校にしかできない教育を追求していく姿勢が

我々に求められている。

  

アクティブ・ラーニングの「視点」

アクティブ・ラーニングという言葉だけが世間に広まり、それ

を受けた学校現場で「アクティブ・ラーニング的授業」が行われ

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るようになった。ただ、アクティブ・ラーニングの本質とはその

言葉通り「能動的学習」であって、グループワークなどといった

取り組みはそれを促す方法の一つに過ぎない。グループワークを

すること自体がアクティブ・ラーニングだというような誤解をし

ている教員はいないと思うが(中教審があくまで「視点」だと改

めて説明したのは教員に向けてなのだろうか)、実際グループワー

クをさせてみたがアクティブ・ラーニングになっていないという

ケースは多いのではないだろうか。

アクティブ・ラーニングは学力の3要素をバランスよく育てる

ためには必要な視点である。授業で効果を生むには、

① 

本質的かつ効果的な「問い」

② 

生徒の能動を引き出す「仕掛け」

③ 

「ねらい」・到達目標の明示

④ 

ねらいに対する「自己評価」

⑤ 

教員による「記録」と「評価」

が必要である。例えばグループワークでやること自体は②であっ

て、それだけでは授業として成立しない。①に対する解決策とし

て協働することが有効と考えられるから②として4~5人程度で

のグループワークを取り入れる、というようにして組み立ててい

くものである。

授業を組み立てる上で核になるのが「問い」である。良質な問

いは知の連鎖を生む。一方的な教授よりも効果的に知を獲得させ

る可能性を持っている。方法の如何ではなく、内容の充実度の問

題である。

仕掛けは解決しようとする問題に合わせて選択しなければなら

ない。講義、グループワーク、プレゼンテーション、ディスカッ

ション、テストなど様々な形が考えられるが、いずれにせよ、生

徒の主体的学びを引き出すには「問い」「仕掛け」「ねらい」が噛

み合っていることが必要である。

軽く見られがちであるのは「評価」である。生徒が自己評価す

ることでその授業で何ができるようになったのか、何が分かった

のかを明確に認識でき(メタ認知)、次の学びに繋げていく。教

師がその授業でのねらいに対して到達度を詳細に評価することで

生徒の到達度、授業の改善点などを把握し、次に繋げていく。こ

のように授業でのPDCAを回していくことで授業の質的向上を

図るのである。

「アクティブ・ラーニングの視点を」とは、これまでの授業は

だめだから新しい形の授業をやりなさいということではなく、例

えば生徒の主体性を引き出せるように、よりよい授業を展開でき

るよう心掛けるだけでなく具体的にこう取り組んでいきましょ

う、という提案である。

  

汎用的スキル

OE

CD

(経済協力開発機構)のD

eSeC

o

(能力(コンピテンシー)

の定義と選択)プロジェクトの報告で提言され、国際的合意を得

たキー・コンピテンシーという能力概念が、P

ISA

(生徒の学習

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到達度調査)の枠組みの基本となっている。「変化」「複雑性」「相

互依存」に特徴づけられる世界への対応の必要性を背景に、知識・

技能とそれを活用して問題を解決する力(コンピテンシー)の中

で特に主要かつ汎用的なものをキー・コンピテンシーとして次の

ように定義している。

「考える力(思慮深さ)」を核として次の3領域に分類される。

① 

言語や知識、技術を相互作用的に活用する能力

言語・シンボル・テクストを活用する能力、知識・情報を活

用する能力、テクノロジーを活用する能力

② 

多様な集団における人間関係形成能力

他人と円滑に人間関係を構築する能力、協調する能力、利害

の対立を御し解決する能力

③ 

自律的に行動する能力

大局的に行動する能力、人生設計や個人の計画を作り実行す

る能力、権利・利害・責任・限界・ニーズを表明する能力

これを始めとして、これからの社会で生き抜いていくために必

要な資質・能力(力・知恵)が提言されている。知識・技能それ

自体(コンテンツ)に加え、それを活用する資質・能力(コンピ

テンシー)の獲得までが「教養」であり、その意味での教養を身

に付けさせることが学校教育に求められている。コンテンツ・ベー

スかコンピテンシー・ベースかという議論がなされていたことも

あったが、そもそもどちらかのみで成立するものではない。知識・

技能を獲得する過程において汎用的スキルを磨かせるかという点

について研究・工夫と実践が必要である。

これまで世界中で提言されてきたジェネリックスキルについ

て、細かな分類や表現は異なるが、本質的にはどれも同じである。

大きく

  

『対問題』   

『対自己』   

『対他者』

の3方向へ分類される。

『対問題』スキル…問題発見・問題解決・情報収集分析・論理的思考・

批判的思考・判断・計画立案・表現・実践・評価

改善

『対自己』スキル…内省・メタ認知・感情制御・探究・キャリア創造・

主体性・言語

『対他者』スキル…協調・人間関係構築・協働・リーダーシップ・

異文化理解・コミュニケーション

こういったスキルを使う場面を授業やその他活動の中に埋め込

んでやることで、自然と身に付いていくようにする。その授業・

活動の中で、知識・技能に加えてどんな能力が育つように仕掛け

るかを考慮しながら、年間を見通して一回一回の授業・活動を組

み立てていく必要がある。

  

「狭山ヶ丘の教育」

現(平成30年度)高校1年生から、大学入試センター試験に代

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わる「大学入学共通テスト」を受験することになる。試行調査の

内容についても研究しなければならない。ただ、思考力・判断

力・表現力をより強く問う内容になっていくことは明らかなのだ

から、授業の見直しは急務である。今の取り組みで良い点、改善

を要する点など、個人レベル・教科レベル・学校レベルそれぞれ

で研究を進めていかなければならない。

完全無欠な授業、すべての生徒にとって最適のカリキュラムな

どというものが存在するのならば、それを実行していけばよいの

かもしれないが、それが存在しないことを我々は知っている。し

かし、それを目指すことが我々の仕事であることも事実である。

完全体が存在しないからこそ無限の可能性が広がっていると言え

る。だからこそカリキュラムには学校の「個性」が表れる。では、

本校の「個性」とは?

何を期待されているのか?

何を目指しているのか?

どういう学校として受け止めてほしいのか?

個々の取り組みは蓄積しているが、それはいろんな部品が積み

あがっているだけである。それをどういう形にしたいのか。ビジョ

ンが共有されていなければ、積みあがった部品をどう組み立てて

いけばよいのかがわからない。私は今の「狭山ヶ丘の教育」はそ

んな状態にあると感じている。これを皆で考えていきたい。明確

なビジョンのもと、PDCAサイクルを実践することによって教

育の質的向上を図る。そうして、すべての教員が自信を持って、

「これが「狭山ヶ丘の教育」です。安心してついてきてください」

と言える学校にしていかなければ、仮に今の進学実績を維持でき

たとしても、本校を選ぶ生徒の数は減衰していくだろう。また、

今まで通りの授業を工夫無く続けていれば遠からず大学入試に対

応できなくなるだろう。学校(中学・高校だけでなく大学も)選

びの指標が多様化しつつある現状に鑑みればそのように推測せざ

るを得ない。「売り」がない学校は淘汰されていく。狭山ヶ丘が

そうならない保証など今後一切無いのである。

高大接続改革の目指すものは、これからの社会で生き抜いてい

くために必要な力を身に付けさせられるような教育を実現すると

いうことなのだと私は理解した。我々が見てきた世界と、これか

らの教育を受ける世代の子どもたちが見る世界は同じではない。

教育が我々の価値観の押し付けであってはならない。子どもたち

の主体性を引き出すものでなければならないのだ。

まず、我々が社会の変化を受け止めきれずに立ち止まっていて

はいけない。生徒達に遠く先を見せていくには、まず我々が遠大

な視野を持っていなければならない。生徒達を未知の領域に踏み

出させるには、まず我々が挑戦する姿を見せなければならない。

理想をあきらめた大人から生徒達は何も学ばない。逆に、教師の、

学校の「本気」は生徒達に必ず響く。

我々が体感してきた社会の変化とはまた違った形で変化してい

くこれからの社会の中で、たくましく生き、創ってゆける人間を

育てていきたい。例えばそんな教育の理想を実現する学校にする

チャンスなのではないか。「狭山ヶ丘を出れば間違いない」とい

75

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う評価を得られるような学校を目指して、行動を起こす好機なの

ではないか。今何もしなければ、二十年後には狭山ヶ丘学園は無

くなっているかも知れないという危機感とともに、今動き出せば、

良質な教育で全国に名を轟かせる学校になれるかもしれないとい

う期待感をもって、新たな一歩を踏み出したい。

【参考資料】

文部科学省

 高大接続システム改革会議「最終報告」H

28.3

.31

 高大接続改革の実施方針等の策定についてH

29.7

.13

中央教育審議会

 新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学

校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について(答

申)H

26.1

2.2

2

 チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について

(答申)H

27.1

2.2

1

 幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校

の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)

H28.1

2.2

1

その他これらに関連する資料

※「新教研レポート」の中で、本校のカリキュラム・マネジメン

トについて具体的に提案している。

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利 休 と 宗 旦

中 

村 

静 

 

はじめに

茶の湯の世界で尤も名の通った人物と言えば、誰躊躇うことな

く千利休を挙げるであろう。利休は「茶聖」、「

侘び茶の大成者」

などの呼び名でも呼ばれ、従来と大きく異なる茶の湯を打ちだし

た人物であり、秀吉との関係における衝撃的な結末に於いても、

人口に膾炙した茶人である。

千宗旦は利休の孫である。宗旦は利休の侘び茶を継承し、今に

続く千家の基礎を構築した。その息子たちは、表千家、裏千家、

武者小路千家の三千家を興したこともあり、宗旦は、千家の歴代

の中で中興の祖とも目される人物である。しかし、その生涯は病

気がちで不分明な部分が多く、残された資料からは全体的な姿を

解明することは難しい。中年以降は、表千家に所蔵されている消

息文『元伯宗旦文書』(

注一)

などの記述がみられるが、二十歳位か

ら五十六歳位までは、ほとんど記録がない。しかし、少ない資料

から垣間見られる利休との関係は、かなり濃蜜なものであったと

考えられる。

この論稿では、初めに利休の茶の湯の特徴をあげ、利休と宗旦

の関係を述べ、次に宗旦の茶の湯、宗旦の利休に対する想いなど

についても明らかにする。

 

利休の茶の湯を育んだ堺の街

利休は大永二年(一五二二)堺に生まれた。利休の生まれたこ

の都市は、摂津・和泉・河内の三国の境に位置し、そのことに由

来する地名を持つ。応仁の乱の後、遣明船が入港して以来、勘合

貿易の港として発展した都市である。

利休の茶の湯は、堺の街から多くの影響を受けて形成されてお

り、利休の茶の湯の解明には、堺の街の特異性を無視することが

出来ない。

十六世紀の堺は自治都市として賑わい、この土地の商人達の中

には、大きな経済力を持つ者も多かった。信長の矢銭二万貫の要

求に屈し、その直轄地となり松井有閑が奉行となるが、当時は信

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長が如何にしても手に入れたい魅力的な都市であった。

ポルトガル人のイエズス会士、ジョアン・ロドリーゲスは、茶

の湯と堺について、『日本教会史』(

注二)

に次のように記している。

「日本最大の市場で、最も商取引の盛んな土地であり」「すこぶる

裕福で生活に不自由しない市民やきわめて高貴な人たちが住んで

いる土地であり、商業都市堺は大いに繁栄していた。又、その都

市で資産を有している者は、大がかりに茶の湯に傾倒していた」。

この文章からは、当時の堺では茶の湯が盛んであったことが窺い

知れる。

利休の家業は、干物魚を主とする商家であった。このことは、

利休が末期に息子道安に送った財産処分状『末期の文』(

今日庵蔵)

に「塩魚座」の文字が見られ、「問、座…」などの処分について

述べられていることから確認できる。

利休の茶の師である武野紹鷗は、利休の弟子山上宗二の記した

『山上宗二記』(注三)

に、「

名物六十ほとあり」

とあるように、皮屋

を営む裕福な商人でもあった。又、紹鷗の娘聟の今井宗久は、鉄

砲や火薬などで財を成している。津田宗及も天王寺屋の号をもつ

堺の会合衆の一人である。

後に利休は、今井宗久、津田宗及と共に、信長の三宗匠と呼ば

れるようになる。

堺は土地が狭い為、茶室にも工夫が必要であった。しかし何よ

りも、外国との窓口の場であり、珍しいもの、新しいものに触れ

られる環境があった。そしてこのことは、茶人として新しい発想

を得る為に、他に追随を許さぬ好条件であった。

『山上宗二記』に、

宗易ハ名人ナレハ、山ヲ谷、西ヲ東ト、茶湯ノ法ヲ破リ、自

由セラレテモ、面白シ、平人ソレヲ其儘似セタラハ、茶湯ニ

テハ在ルマシキゾ

とある。この記述のように、利休の茶の湯は、新しい発想の許

に工夫された茶の湯である。それを為し得た大きな理由の一つ

は、最も新しい海外情報が入手出来る堺で生まれ育ったことであ

ろう。

『天王寺屋会記』(

注四)

永禄九年(一五六六)の条には、利休が

高麗茶碗を使用したことが記述されている。高麗茶碗は本来茶の

湯の茶碗として作られた物ではなく、朝鮮半島では飯茶碗として

使われていたものとされており、〝見立て〟で茶道具として使わ

れたものである。貿易港で生まれ育った利休であればこそ、海外

からの品物も容易に入手出来たのであろう。

更に、利休が少年、青年時代を堺で過ごしたことは、人的交流

に於いても重要な意味を持ったと考えられる。信長との関わりが

生まれ、秀吉との交誼を結ぶことになるのも、この地で茶を嗜ん

でいたからである。

 

利休の茶の湯に見られる創意工夫

表千家には、「緑苔の墨蹟」 (

注五)

と呼ばれる一軸が所蔵されて

いる。この軸には利休が祖父道悦の七回忌に法要も営めず、苔む

す墓石に涙を流すばかりであると記されており、このことから利

休の若い頃は、あまり裕福で無かったことが窺える。

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利休の新しい工夫は、当時茶人の間で流行った、高価な唐物道

具を持つことが叶わなかったところからの発想と考える。しかし、

利休は後に道具を持てる環境となっても、唐物道具にこだわらな

い新しい発想による侘び茶を続ける。

西田哲学の継承者である久松真一氏は、『茶道における人間形

成』の中で、「茶道の全盛期には、無相の自覚が主体となって用

き、それの自然な内面的な創造が茶道文化となっていたのであ

る。」(注六)

と述べている。利休は無相の自覚、無相の自己から自

由自在の発想を繰り出すことが出来、他者にまねの出来ない道具

が生み出されたのである。更に利休は、天性からの鋭い観察力も

持ち合せていた。

『利休居士伝書』(

注七)

には、奈良の大茶人松屋に、利休が女婿

万代屋宗安と息男少庵を連れて、道具の拝見に訪れた時のことが

記されている。

香合さりとハ見事ナリ。彫物ハ新ラ敷か様に持(候)事肝要

なり。此うへのし

ゝをきを見て棗のしゝ置をこのみたるぞト

両人へ御語り候なり。

とあり、香合の肉合彫の見事な物を拝見し、自分も目新しい肉

合彫の棗を好みたいとの思いを語っている。

茶書『僲林』(

注八)

には、次の記述がある。

一、当世の茶湯とハ、宗易と云数寄者、むかしのくときこと

を除、手まへかるく、手数すくなく、か

簡んなる所ヲ本とす、

茶わんにても、こ

き・う

薄すきの替をかんようにたてつれハな

り、座敷のひろき・せはきのよらす、左かまへなり、又、道

具ヲはこふ事、ミな侘数寄の仕舞也、殊ニ茶のいきぬかすま

しきため、ひしやく大にして、一ひしやく立ル也、

当世風の茶は、利休が昔風を改めて手数を少なくし、簡素を基

本とした点前を行い、左構えである。道具を運び点前ですること

は、侘数寄の仕方であるとしている。

利休は珠光茶碗や灰被天目などの、それまで取り上げられな

かった下手の道具を、積極的に茶の湯に使用する。又、日用品で

ある釣瓶や手桶を点前道具とした。更に、聚楽第の屋根瓦職人が

焼いた楽焼を、茶の湯の茶碗とするなど、斬新な道具の開発を行っ

ている。

又、それ以前は棚に置かれた道具を使い点前を行っていたが、

道具を別の場所から運び出して行うこととしたことも、新しい発

想である。

これらの資料からは、利休には良いと感じると直ぐに取り入れ

自分のものとする、すぐれた能力が在った事が分かる。そしてこ

のことが、茶の湯の世界に新風を巻き起こしたと認められ、「茶聖」

と讃えられ、神聖化された所以である。

 

利休と秀吉

信長は茶の湯に政治的な役割を持たせ、茶の湯を許可制にした。

手柄を立てた大名は、信長から茶道具を下賜され、茶頭と茶の湯

を楽しんでも良いとの許しを得た。

このように茶の湯が政治と密接な関係であった為、信長の茶頭

であった利休と、信長の家臣秀吉は交誼を重ねることとなる。そ

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して利休は信長の死後秀吉の茶頭となる。

『山上宗二記』(

注九)

の「関白様へ被召置当代ノ茶湯者」の中に

利休の名前があり、利休が秀吉の茶頭八人衆の一人であったこと

が分かる。

秀吉も信長同様、政治に茶の湯を利用した。名物道具で招くこ

とにより権力を誇示し、大規模な茶会を計画して人々を驚かすな

ど、茶の湯を様々な場で活用している。この時、茶頭として大き

な役割を担ったのが利休である。

秀吉が行った大きな意味を持つ茶会は、天正十二年十月十五日

の大坂城茶会、天正十三年九月七日の禁中茶会、天正十五年正月

三日大坂城の関白茶会、天正十五年十月一日の北野大茶の湯等が

挙げられるが、利休はその全てに重要な関わりを持った。

天正十二年十月十五日の大坂城茶会について、『天王寺屋会記』

には次の記載がある。

秀吉様之於御座敷、各茶湯ヲ仕候、何にても御茶まできこし

めし候、

又、同書には、大名茶人や当時の名だたる茶の湯者である松井

友閑、細川幽斎、今井宗久、津田宗及、今井宗薫、千紹安、山上

宗二、万代屋宗安等総勢二十九名を集結させて、茶の湯を行わせ

ていることも記載されている。

天正十三年十月七日の禁裏茶会では、秀吉が参内し、小御所で

正親町天皇や公家衆に自ら点茶をしている。この時利休が秀吉の

後見人をしていたことが、天正十三年十月七日付の大徳寺の僧、

春屋和尚宛の書状(不審庵蔵)から窺える。

博多の商人神谷宗湛の日記には、天正十五年正月三日大坂城の

関白茶会の記載がある。

大名小名カ歩

行チ乗物ニテ出頭ノ躰、ヲビタヽシキ様子也、…

この文章から、秀吉が大名や武家を招いて大茶会が行っていた

ことが確認出来る。

又、北野大茶の湯の高札の文面には、茶会を催した秀吉の、開催

の主旨が次のように記されている。

一、茶湯執心においては、また若党・町人・百姓以下によら

す、釜一、つるへ一、呑物一、茶なきものは、こかしにても

不苦候間

(

注一〇)

ここでは身分や貴賤貧富に関係なく、一般民衆に茶会を催すよ

う呼び掛けている。しかし、一方では秀吉の蒐集した名物道具、

黄金の茶室の展示も行っており、庶民に自身の権威を示すことも

目的の一つであったようである。

このように秀吉は、大坂城茶会では、大名茶人や当時の名だた

る茶の湯者、禁裏茶会では、正親町天皇や公家衆、関白茶会では、

大名や武家、北野大茶の湯では、一般民衆にまで範囲を広げ、各

階層に対し茶の湯を媒体として権威を示している。

利休は茶会のみならず、茶室の造営にも深く関わっている。有

名な黄金の茶室を始め、天正十一年の大坂城内山里丸の茶室群、

天正十五年の聚楽第の茶室にも、利休の構想が此処彼処に織り込

まれている。

天正十四年の大友宗麟の書状「大坂城見聞録」には、

内々の儀は宗易、公儀の事は宰相存じ候

宗易ならでは関白様へ一言も申し上ぐる人これ無しと見及び

申候…

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とある。私的な事は利休(宗易は利休の法名)に、公の事は秀

吉の弟である羽柴秀長に相談するようにとあり、この言葉からも、

利休が秀吉の側近としていかに重い立場であったかが窺われる。

 

利休と宗旦の関係

宗旦は天正六年(一五七八)に生まれた。宗旦の父少庵は、利

休の後妻宗恩の連れ子である。宗旦の生まれた時期は、利休は信

長の茶頭として活動していた。

宗旦が五歳の時、本能寺の変が起こり、信長が自刃する。天正

十三年、宗旦が八歳の時に、秀吉が関白となり、利休は秀吉の茶

頭として大いに活躍し始める。当時大徳寺で修行していた宗旦は、

利休に伴い、秀吉の面前で度々利休の手伝いをするようになる。

表千家五代目家元、随流斎の自筆覚書『寛永八年本』(

注一一)

には、

次のような記述がある。

一、太閤様十し

楽ニテ宗易所へ御成被成候、其時かしき

`

`

`

いまた

少年之時分御膳き

し立ニ御出候也、大名衆何も太コウ様の御かほ

見るなと御申被成候、☐抹

ちんばか子ニ而御座候と大名衆御申

被成候、能キ子ニ而有候由申被成候、太コウ様御申候ハ女な

らは宗

まこむこニならず物者

をと申被成候、かしき

事外こわき由

ニ候

一、宗易十し

楽茶之湯之たひたひかしき

立き

し給被致候也、其度々

ニ白金一枚ツヽかしきニ被下候也

かしき

と記され、給仕をしている子供の僧が宗旦である。秀吉

は宗旦に会うたびに白金一枚ずつを小遣いとして与え、労をねぎ

らっている様子が窺える。

このように、宗旦は生まれながらにして天下人と交流を持つ立

場にあり、利休の華々しい姿を目の当たりにしていた。しかし、

利休が秀吉から切腹を賜ったのは、それから間もなくのことであ

る。同書には次の一文がある。

一、少庵召カエラレ候時利休かナ

カモチイクサヲとやらん

申か

し候ニとらせ候御意ニ候

利休の没後、秀吉が没収していた利休の茶道具入りの長持が、

宗旦に戻される。息子達を差し置いて、孫の宗旦に茶道具が与え

られた理由としては、利休を手伝う宗旦の喝食姿が、秀吉にはか

なり印象深いものだったからであろう。

 

宗旦が語る利休の姿

『茶話指月集』(

注一二)

には、次のような記載がある。

宗易、太閤の命に背く比、予大徳寺より京へ出るに、山門の

前にて、利休が乗り物にのりて内へ入ル

に逢ぬ、休、乗り物

のすだれをあげて挨拶あり、おもへはそれが永訣にて有し也

利休と宗旦の最後の場面が、粛々と綴られている。大徳寺を駕

籠で訪れた利休は、宗旦と門前で出会ったのである。宗旦はこの

頃、十三歳位であったと思われる。

宗旦と利休の関わりは短いものであった。しかし宗旦は、限ら

れた時間の中で繰り広げられた二人の出来事を思い出し、息子達

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に伝えている。宗旦の三男江岑宗左が記した「江岑咄之覚」、「伝

聞事」、「江岑夏書」や、宗旦自身の記した『宗旦文書』からは、

利休と宗旦の細やかな愛情に溢れた交流を確認することが出来

る。ここで、いくつかそれらの史料を取り上げてみる。

楽阿弥の壷、利より少庵、金三十枚ニもらわれ候、二十五枚

黄金残ル五枚調不申候へハ、利請取出シ不申候、扨五枚調候

て宗旦所持候参候へハ、請取出し申候、五枚黄金は宗旦ニく

れ被申候、(「江岑咄之覚」)

利休が楽阿弥の壷を息子少庵に金三十枚で譲り、後日、不足し

ていた金五枚を届けに来た宗旦に、その金を小遣いとしてあげた

話である。利休は少庵に対しては厳しくお金の請求をするが、宗

旦に対しては優しい祖父ぶりを見せており、日頃から可愛がって

いた様子が窺える。

旦ニ前在之候茶杓、易へ旦、竹見出シ見せられ候へハ、けづ

り候て旦へやり被申候、小ぶりナル茶杓、我等覚申候(「伝

聞事」)

宗旦の所に以前に在った茶杓は、宗旦が良い竹を見付け、利休

に見せたところ茶杓に削ってくれた物である。「小ぶりの茶杓で、

自分はその時のことを覚えている」とあり、利休が幼い宗旦に使

いやすいようにと短めに茶杓を削っている様子が窺え、孫を思う

利休の優しさが伝わる話である。

易、小広間ニ而、二重筒へかいとう入被申候、跡へよりとか

く花ハ白キカ能と被申候、(中略)旦、そばニ居被申候(「伝

聞事」)

利休が小広間で二重筒に海棠を活け、やはり花は白いものが良

いと言っていたことを宗旦は傍で見聞きしている。宗旦は後に「宗

旦槿」と呼ばれる白地に底紅の槿を好むが、そこには、利休の白

い花に対する思いを拠り所としたとも考えられる。

阿弥陀堂釜、有馬の阿弥陀堂ノ坊大釜望申候、(中略)阿弥

陀堂ノ坊主頼候て、易へ申候へハ、紙形切て与二郎ニ申付ら

れ候、扨与二郎出来候て持参致候へハ、事外見事出来候故、

易所持被申、(中略)初ノ釜、与二郎ニ申付候時、易被申候ハ、

地をくわつくわつとあらし候へと被申付候、其時宗旦年十一

ニ而、そばニい候て覚申由被申候、(「江岑夏書」)

「阿弥陀堂の釜は、有馬の阿弥陀堂の僧が利休に注文した物で

ある。利休は切形を作り与二郎に釜を作らせた所、出来があまり

にも良かったので自分で所持することにした。(中略)初め与二

郎が釜を作って来た時、利休は釜肌を荒くするように助言した。

その時宗旦は十一歳で、利休の傍にいてそのことを聞いており、

大変印象深かったようである」と記されている。宗旦は自身が茶

の湯の宗匠となってからは、自分好みの釜の製作も数多く手掛け

ているが、四方釜や闘犬釜など、利休形を踏襲したものも少なく

ない。

『宗旦文書』の慶安二年十一月十日付条には、「今程我等茶湯ハ 

ゆういさせたる釜にて‥」とあり、承応元年七月四日付条には、「ゆ

う釜上、入御意候由 

満足候」とある。

自分が手掛けた釜で茶の湯を楽しむ様子や、釜を進上した所、

喜ばれたことなどが記されている。

易、少、二条之屋敷ニ而茶之湯ニ被参候時、旦、迎ニ被参候、

小袖易き被申候時、気ニ不入三ツひきさき被申し候、いかや

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うまてぎんみ被申候、散々機嫌悪敷候、(「伝聞事」)

利休が少庵の茶の湯に呼ばれ、宗旦が利休を迎えに行った時、

利休は着ていく小袖が気に入らないと言って三つに引き裂いた話

である。利休の物に対するこだわりの凄さを目の当たりにして、

宗旦は驚いた様子である。全てに妥協を許さない利休の姿勢を窺

うことの出来る話であり、後に宗旦が自分の茶の湯に対して頑な

態度で臨んだのも、利休から学んだ姿勢とも考えられる。

古渓、旦、シユ筆ニ和韵被成候ヲ、易へ旦持参候ヘハ、則易、

表具致シ被申候、 (「伝聞事」)

宗旦が詠んだ和韵を利休が表装した話である。表具の裂地など

も詳しく書かれており、宗旦にとり、思い出深い嬉しい出来事だっ

たことが窺える。

休、壺ニかごかきト云名有、旦、一僕ト名ヲ付被申候(「伝

聞事」)

利休は壺に「駕籠かき」というおもしろい名前を付けた。宗旦

も真似て「一僕」という名前を付けている。一僕とは召使いとい

う意味である。利休の気のきいた面白い一面を見ることが出来、

宗旦も利休の銘の付け方などを、大いに参考にしていることが分

かる。

 

利休から教わる宗旦の客本意の茶の湯

 炉、風炉の事

炉と風炉は、炭火を入れて湯を沸かす設えである。歴史的には

風炉が古く、炉は囲炉裏を模して造られた。現代では概ね、風炉

は五月から十月まで、十一月から四月は炉を使用している。

『宗旦文書』の正保三年(一六四六)二月十六日条には、

炉中上、少茶湯候て人よはせ度候、我等も先日、以外あつく

候て風炉上候へ共、又炉ニなし候、利休度々如此候、…

「炉中を上げて、茶の湯をして人を呼びたい」、「先日、以外と

暑いので風炉にしようと思ったが、又、(寒くなったので)炉に

した。利休も度々、寒暖によって風炉と炉を入れ替えている」と

している。

同書、承応元年(一六五二)八月二十五日条には、

風炉ニ而大方よひ候て、二三日以前よりいろりをあけ候、俄

ニすゝしく成候ゆへ候、

「風炉で人をお招きしているが、二、三日前より炉を開けた。急

に涼しくなって来たから」とある。

現代では一度、炉・風炉を入れ替えると変更することはない。

宗旦は、暑ければ風炉、寒ければ炉というように臨機応変に考え

ている。又、利休もそのように考えていたとある。

客本位に考えれば、寒ければ炉の時期を長く、暑ければ風炉の

時期を長くするのは至極当然のような気がする。昔は「柚子の色

づく頃」に炉を開けるなど、その年の気候の違いにより調整して

いたのである。

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 濃茶の事

茶には濃茶と薄茶があり、濃茶とは一人分の抹茶の量は一匁

(3・75g)で、人数分の量を茶碗に入れて練り上げる。一方、

薄茶は、一人分の分量は一匁の半分で、一人分ずつ茶碗に入れて

泡だてる。

こい茶のふくの事、利時分ニは今時のふく也、織部時こくね

ちきるやうニ立候、今のふくうすきと申候、旦は一代、利時

のことく立被成候、こくはやり立候時もうすく御座候

(「逢源斎書」)

利休の時代は茶を濃く練るのが流行ったようであるが、利休は

薄く練っている。そして、宗旦は利休の濃茶の練り加減を踏襲し

ている。客の飲みやすさを第一に考えたとも考えられる。

 懐石の事

茶会で出される食事を懐石というが、修行僧が空腹をしのぐた

め、温めた石を懐に入れたことからこの字があてられる。

奈良春日大社の神職、久保利世が記した『長闇堂記』(

注一三)

には、

宗易華美をにくまれしゆへか、わひのいましめのための狂歌

よみひろめ畢、(中略)

振舞はこ小

まめの汁にえ海

老びな

鱠ます 

亭主給仕をすれはすむ也

とある。利休は質素な料理でも亭主が心をこめて給仕をすれば

良いとしている。

「江岑夏書」には、

亭主せうばんいたし申事在之、かつてニい候てせうばんいた

し申候、客同前之膳持て出申候、(中略)相伴御所望被成候

事も在之候

とあり、又、『閑夜茶話』にも次のように同様の話が記されて

いる。千

宗旦ハ、懐石ハ四客ノモノ也ト云、或人懐石膳椀五人前ア

ルヲ尋シカハ、其一人前ハ亭主相伴ノ為ナリト宗旦答しト也、

宗旦ノ見識カクアルヘキコト殊勝也

宗旦は、亭主相伴を勝手でせずに、席中に膳を持ちだして客と

一緒に頂く事を良しとしている。

 

利休への敬慕の念

 宗旦狐の話

尾張藩士深田正韶の茶書『喫茶余禄』には、宗旦狐の話が記さ

れている。

宗旦狐ノ図アリ、相国寺ノ内ニ年古キ狐夜寒ノ比、宗旦ニハ

ケテ近キアタリノ茶人へ夜々行、茶ヲノミ菓子ヲクヒアラシ

帰ルコト度々也、後ミナ是ヲシリテ、宗旦狐ト名ク、是ヲモ

テ其比宗旦ノ盛ニ行ハレシコト可知

相国寺内に、宗旦に化けた狐が夜毎現れ、茶を飲み、菓子を食

べ散らかして帰る事が度々である。人は皆これを知って、宗旦狐

と名付けた。

この様な話の残された理由であるが、ここには単なる伝説では

終わらない宗旦の秘話が隠されているのである。

相国寺は臨済宗相国寺派の大本山、京都五山の第二位の寺で、

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観光名所として有名な金閣寺、銀閣寺は相国寺の山外の塔頭であ

る。相

国寺と千家の関係は、宗旦の父少庵と、相国寺の塔頭慈照院

住職、昕

きんしゅくけんたく

叔顕晫との交流から続いている。

相国寺の塔頭慈照院には、宗旦が四畳半下座床の茶室

「頣し

しんしつ

神室」を造立している。

歴史学者の林屋辰三郎氏は、

この茶室点前畳の左に円窓のある持仏堂がつくられ、そこに

安置された一尺ばかりの楽焼の布袋像は、右手に黒楽の茶碗

をもっていて、その首をとりはずすと、利休のかえ首がはめ

られるようになっていたという。これも井口氏の見解だが、

宗旦の時代には世間体をはばかって、公然と利休を祀ること

はしていなかったから、そのようなことも考えられるし、ま

るで潜伏切支丹のマリア観音によく似た方法として、ずいぶ

んおもしろい話だと私も思う。

としている。文中の井口氏とは、裏千家十三代家元の息男の井

口海仙氏である。

慈照院に照合したところ、確かにこの布袋像は存在している。

表千家に伝わる史料によると、裏千家の御祖堂(

利休堂)

は、

元禄三年(

一六九〇)

利休百年忌に際して、宗旦の四男仙叟によっ

て建立された。これが千家における利休堂の始まりと伝えられて

おり、宗旦の時代は自宅に御祖堂がなかったことは確実である。

このように公に利休を祀ることをはばかられた時期に、宗旦が相

国寺の慈照院に造られた利休像をお参りしていた可能性は大き

い。

この宗旦好みの茶室「頣神室」の名前だが、「頣」(い)と云う

字は「眉をあげて人を見る」と云う意味で、「頣神室」の神とは

利休のことであろう。この命名から宗旦にとり利休は神のように

神聖な存在であったと考えられる。

宗旦狐が良く出る話の裏には、茶の湯にかこつけてここを訪れ、

利休のお参りをしていた宗旦の秘話があった事が確認出来る。

 

むすびに

利休が堺で生を受けたのは、堺が貿易港として最も発展し、市

中に異国の文化が満ち溢れていた時代である。利休の本来持って

生まれた非凡な性質が、斬新な文化や品々を目の当たりにするこ

とにより、既成の概念に囚われない新たな茶の湯の発想に繋がっ

た。利

休という創造力豊かな茶人の形成には、堺の町の特異性が必

要不可欠であったと考える。

更に利休は禅の修行により、「無相の自己」とも「本来の面目」

とも言える境地を体得し、無からの自己表現として様々な発想を

実現していく。

利休は堺の商人と言っても門閥商人ではなく、父親が早く亡く

なったこともあり、手許不如意の時期もあった。名物道具や唐物

道具に対する思いはあっても、なかなか手が届かない状況もあっ

たようである。そのようなことからも、既存の道具を使用するの

ではなく、見立て道具を使用することや、新しい茶室や茶道具を

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開発していかざるを得なかったのであろう。又、裕福な身となっ

てからも、自身の侘び茶に似合う道具の工夫に余念がなかった。

宗旦は幼い時から利休の後ろ姿を見て育ち、利休から色々な示

唆を受ける。宗旦が利休と一緒に過ごした期間は短いながら、多

くのことを吸収することが出来た。中でも茶の湯に於いての創意

工夫ということは最も重要なことであった。宗旦の発想の基は、

利休の薫陶によって築かれたとも言える。

宗旦は大徳寺での仏道修行の経験もあり、利休と同様に自由無

碍の境地から、利休の侘び茶を土台として、宗旦独自の茶の湯を

生み出している。尊敬する利休の存在は、宗旦の心の支えとなり、

千家の再興を果たし、隆盛に繋げる原動力となったのである。

『元伯宗旦文書』/千宗左監修(不審菴文庫、二〇〇七年)

『大航海時代叢書』/「日本教会史」ジョアン・ロドリーゲ

ス著(岩波書店、一九七三年)三十三章第二節から引用。

『山上宗二記』/『茶道古典全集』第六巻所収。(淡交社、

一九七七年)一〇二頁より引用。

『天王寺屋会記』『茶道古典全集』第七巻所収。(淡交社、

一九七七年)

『利休大辞典』(淡交社、二〇一〇年)

四二頁。

『茶道における人間形成』/久松真一著『茶道の哲学』所収。

(講談社、二〇〇七年)

『利休居士伝書』/『茶道四祖伝書』所収。(

思文閣、一九七四年)

『僲林』/『『茶道古典全集』 

第十一巻補遺所収。(淡交社、

一九七七年)

『山上宗二記』/『茶道古典全集』 

第六巻所収。(淡交社、

一九七七年)

一〇

『群書類従本』/『秀吉の智略「北野大茶湯」大検証』竹内順一、

矢野環、田中秀隆、中村修也著(

(淡交社、二〇〇九年)

一一

「江岑宗左と随流斎―新出史料の紹介と検討―」千芳紀(

宗員)

(

四)

、『茶道雑誌』平成六年二月号 

二二頁から引用。

一二

『茶話指月集』(淡交社二〇〇二年)一五四頁。

一三

『長闇堂記』/『茶道古典全集』第三巻所収。(淡交社

一九七七年)春日神社神職久保権大輔利世が寛永十七年に記

述した一巻。

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教育と研究の連関  ―

古文教材を例として

嶋 田 龍 司

 はじめに

私は狭山ヶ丘高等学校奉職中、大学院の博士後期課程に在籍し

ていた。そのため、高等学校での古典教育と大学を中心とする研

究機関における古典文学研究を併せて見てきた。その観点から今

回は考えていきたい。というのも高等学校における古典教育と、

大学における古典文学研究の専門的内容とは今後ますます密接な

関係を持っていくことが推測されるからである。

現在の大学入試センター試験に代わるものとして検討されてい

る新テスト(「大学入学共通テスト」)の試行調査が平成二九年

一一月に実施された。その調査に先立って独立行政法人大学入試

センターが平成二九年一〇月に出した「平成二九年一一月に実施

する大学入学共通テスト導入に向けた試行調査(プレテスト)の

趣旨について」では、国語の問題の構成や内容で留意すべき点に

ついて、

言語を手がかりとしながら、与えられた情報を多面的・多角

的な視点から解釈したり、目的や場面等に応じた文章を書い

たりすることなどが求められます。大問ごとに固定化した分

野から一つの題材で問題を作成するのではなく、分野を越え

て題材を組み合わせたりする問題も含まれます

としている。実際の試行調査の問題の大問三、古文では『源氏物

語』の青表紙本系の本文と、河内本系の本文が提示されて、さら

に南北朝期成立の注釈書『原中最秘抄』が引用されていた。伝本

間の校異(異同)(1)について、古注釈書の解釈に関わる問題

も出題された。つまり、異なる本文が採られた理由を初見の古文

の説明で理解する必要がある問題であった。これはまさに留意す

べき点として挙げられていた「多面的・多角的な視点」から考え

る問題だろう。この新テストや新学習指導要領を踏まえて作られ

ていく今後の教科書には、単元で扱う本文に関連する古注釈資料

等が載って、その異なる解釈について考えさせることを提供する

形で発展していく可能性も十分ある。実際、すでに東京書籍の国

語総合の教科書(国総三三五 

平成二八年検定済)では漢詩の単

元に井伏鱒二の『厄除け詩集』や土岐善麿の『新訳杜甫詩選』の

訳詩が載せられており、漢詩と訳詩を対比して扱えるようになっ

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ている。これはまさに「分野を越えて題材を組み合わせたりする

問題」で出題される可能性があるものである。このような新テス

トの傾向からみても、今後の高等学校における古典教育では今ま

で以上に内容の専門性や生徒が複数の資料をもとに主体的に考え

る力が求められることになろう。

しかし、教育現場では時に厳密にしてしまうと非常に込み入っ

た内容になってしまうものを単純明快にならしてしまう場合(2)

や、新たな研究成果が高等学校の教育に反映されていない、もし

くは反映されていたとしても共通認識として教員側に十分に浸透

していないこと(3)もある。そのような点について、改めて検

証や補足を加えて、研究の現在を少し示しておきたい。扱う教材

は、多くの教科書に採録されている、いわゆる定番教材を選んだ。

一、『伊勢物語』第六段「芥川」の「足ずり」

『伊勢物語』第六段「芥川」の話は、高等学校第一学年、国語

総合で扱うことが多い。男が高貴な女を盗む話で、最終的には女

が鬼に食われてしまう。教科書では省略されることが多いが、そ

の実、女の兄弟達が取り返したという話が付随している。以下、

多く教科書に採用されている部分の本文を掲げる。

むかし、男ありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよ

ばひわたりけるを、からうじて盗みいでて、いと暗きに来

けり。芥河といふ川を率ていきければ、草の上に置きたりけ

る露を、「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。ゆく先おほく、

夜もふけにければ、鬼ある所ともしらで、神さへいといみじ

う鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる倉に、女をば奥

におし入れて、男、弓・胡籙を負ひて戸口にをり、はや夜も

明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。

「あなや」といひけれど、神鳴るさわぎに、え聞かざりけり。

やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来し女もなし。足ず

りをして泣けどもかひなし。

 

白玉か何ぞと人の問ひし時露とこたへて消えなましものを

(一一七~八頁)(4)

ここで着目したいのは、女を失った男が行う「足ずり」という行

為についてである。これは一般的に立った状態で「足を地にすり

つけるようにじだんだを踏むこと」(『日本国語大辞典』第二版)

と認識されているかもしれない。また、そのように教員側が簡潔

に言ってしまう場合もあるかもしれない。ただし、この部分には

用例から考えるともう少し深い意味合いがあるのである。

まず、用例を見ていく前に辞書の説明を参照する。『日本国語

大辞典』(第二版)の語誌は、

「あしずり」の動作の実態については一般に「じだんだ」と

解されている。これに対して、倒れた状態で泣きながら足を

こすり合わせる、子供などの動作を表わすという説がある。

また、「あしずり」の「摺」の動作に着目し、足と足とを摺

り合わせたり、足を地面などに摺り合わせ、こいまろぶ動作

や倒れ伏す動作を表わすとする見方もある

としている。一般的なイメージを紹介しつつ、もう一方の倒れた

状態の動作にも言及している。つまり大きく分けて、立った状態

で地団太を踏むという説と、倒れた状態で足と足、もしくは地面

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と足をすり合わせるという説の二種類があることがわかる。

一方、小学館『古語大辞典』の語義解説では、「(

転んだなりで)

足をすり合わせて嘆くこと。取り返しのつかない状態になったこ

とを強く悔しがる時の動作」と、立った状態ではなく倒れながら

する動作の方のみを採用している。その理由としては後に掲げる

『万葉集』の事例と、『類聚名義抄』(観智院本)に「跎

タフル

マロフ

タカヒニ

ヒサマツク

アシスリ」とあり、さらに『日葡辞

書』に「A

xizu

ri

(アシズリ)〈訳〉両足をすり合わせる」とある

ことに基づいているのだろう。語誌は以下の通りである。

じだんだを踏む、大地に足をこすりつけるなどと解する説は

誤りであろう。万葉集では、転んで足ずりするといい(

二例)

類聚名義抄では「跎」字をタフル・マロブとも訓じている。

また、日葡辞書の「両足をすり合わせる」という説明からも、

倒れた状態で泣きながら足をこすり合わせる、小児などの動

作とみるのが適解であろう。

このように、いくつかの事例からそのように倒れたままする動

作と判断しているわけであるが、実際に見られる用例を改めて見

ていくことでその具体的な用いられ方を確認する。

『万葉集』には三例ある(5)。一例目は九〇四番歌「男子名古

日といふに恋ふる歌三首」と題するものの一首目である。これは

長歌であるが、該当する箇所の末尾を挙げる。なお、「足ずり」

の部分は万葉仮名も示した。

朝な朝な 

言ふこと止み 

たまきはる 

命絶えぬれ 

立ち

躍り 

足すり叫び(足須里佐家婢) 

伏し仰ぎ 

胸打ち嘆き 

手に持てる 

我が子 

飛ばしつ 

世の中の道

(二‐九四頁)

これは幼い子を亡くした親の嘆きの部分で「立ち躍り 

足すり

叫び 

伏し仰ぎ 

胸打ち嘆き」という様子であることを描く。

二例目は一七四〇番歌「水江の浦島子が詠む一首」の長歌で、

その末尾を挙げる。いわゆる浦島太郎の原型の話である。

玉櫛笥 

少し開くに 

白雲の 

箱より出でて 

常世辺に 

なびきぬれば 

立ち走り 

叫び袖振り 

臥いまろび 

足ず

りしつつ(足受利四管) 

たちまちに 

消失せぬ 

若かりし 

肌も皺みぬ 

黒かりし 

髪も白けぬ 

ゆなゆなは 

息さへ絶

えて 

後遂に 

命死にける 

水江の 

浦島子が 

家所見ゆ

(二‐四一六頁)

水江の浦島子が箱を開けた際のしぐさとして出てくる。煙によっ

て老化するわけであり、頭注には「地団太を踏むこと。激しい悲

嘆や無念の情の具体的表現」とあり、倒れることについての言及

はないが、直前に「臥(こ)いまろび」とあるのは着目してよい

だろう。ここでも倒れた状態での動作と見なせる。

三例目は一七八〇番歌「鹿島郡の刈野橋にして、大伴卿を別る

る歌一首」の長歌で、これは全体を挙げる。

牡牛の 

三宅の潟に 

さし向かふ 

鹿島の崎に 

さ丹塗りの 

小船を設け 

玉巻きの 

小梶しじ貫き 

夕潮の 

満ちのと

どみに 

み船子を 

率ひ立てて 

呼び立てて 

み船出でなば 

浜も狭に 

後れ並み居て 

臥ひまろび 

恋ひかも居らむ 

ずりし(足垂之) 

音のみや泣かむ 

海上の 

その津をさし

て 

君が漕ぎ行かば

(二‐四三四~五頁)

大伴旅人が検税使として東海道諸国を巡歴して、最後の常陸国で

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の任務を終えて帰京の途に就いた時のもの(6)であり、この

一七八〇番歌の反歌後の左注に「右の二首、高橋連虫麻呂が歌の

中に出でたり」とあり、この記述によると高橋連虫麻呂作である

ようだ。離別の悲しみの際のしぐさとして見える。ここでも「臥

(こ)いまろび」と近接してあるのは立った状態と倒れた状態が

どちらも想定されている「足ずり」のあり方を考える際に着目し

てよいだろう。以上三例を見てみると、それぞれ嘆きを表してい

る。死別や離別、元の姿との離別と考えると、より具体的に言え

ば失われていったものを希求する表現とも言えるのではないか。

さらに用例を見てみよう。

『源氏物語』には二例見られる。一例目はいわゆる第三部の「総

角」巻で宇治の大君の死に際する男君薫の表現として見える。

見るままにものの枯れゆくやうにて、消えはてたまひぬるは

いみじきわざかな。ひきとどむべき方なく足摺もしつべく、

人のかたくなしと見むこともおぼえず。  

(五‐三二八頁)

「しつべく」とあって、実際にしたわけではないが、思慕してい

た大君との死別に際して、「足摺」とあることによって「ひきと

どむべき方」がなくとも、失われていく命を求めていく気持ちを

表すのである。

二例目は「蜻蛉」巻で、浮舟失踪により、侍女の右近が悲しむ

場面では、

「さればよ。心細きことは聞こえたまひけり。我に、などか

いささかのたまふことのなかりけむ。幼かりしほどより、つ

ゆ心おかれたてまつることなく、塵ばかり隔てなくてならひ

たるに、今は限りの道にしも我をおくらかし、気色をだに見

せたまはざりけるがつらきこと」と思ふに、足摺といふこと

をして泣くさま、若き子どものやうなり。

(「蜻蛉」六-

一九二)

とあり、この場面での「足摺」は「若き子どもの」よう、つまり

幼児が駄々をこねるようなものと描写されているため、倒れた状

態と解せる。ここでも行方知れずになった浮舟に対して右近がそ

の離別を嘆き、希求しているととれる。

その他、『栄花物語』に二例見られる。巻第一「月の宴」で村

上天皇の崩御が語られる場面である。

ここらの殿上人、上達部たち、足手をまどはかしたり。「わ

が君の御やうなる君には、今はあひたてまつりなんや。われ

も後れたてまつらじ、後れたてまつらじ」と足ずりをしつつ

ぞ泣きたまふ。

(一‐五九頁)

殿上人や上達部のような高官達は村上天皇の死を悼み、「足ずり」

をする。これは死別に対する嘆きであり、今までのものと同様、

失われていく村上天皇を希求する表現とも言えるだろう。

 

二例目は巻第二九「たまのかざり」で三条天皇の中宮姸子の死

去が語られる場面である。その娘の死去の場面で道長が「また足

ずりをして泣かせたまふ」(二‐一三三頁)と描写される。ここ

でも娘に先立たれた嘆きと失った者を希求する表現であった。

先行研究においては、

子供が倒れた状態で泣きじゃくる姿を連想させるが滑稽さを

誘う行為というよりはむしろ愛する人の死や失踪に遭遇して

動揺し泣き叫び嘆き悲しみ挙措を失ったさまと理解したい。

王朝物語において「足摺り(す)」は、慟哭を伴うほどどう

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しようもなく悔しい、悲しい、あるいは嘆き、怒る時に行う

しぐさであった 

(7)

と嘆きの部分のみを捉えているが、用例を見ていくと死別や離別

の際、失われていくものを希求するような表現でもあった。それ

を『伊勢物語』第六段「芥川」の「足ずり」に戻って考えてみる

時、男が失った女を希求するしぐさであることが浮き彫りになる

のである。これは用例を見ていくことで明確になる。

 

参考として、国宝指定されている『紙本著色華厳宗祖師絵伝』(鎌

倉時代)に義湘が出航したあと、嘆き悲しむ善妙が描かれる。そ

の姿はまさしく倒れた状態で足を上げている「足ずり」のしぐさ

である。このような様々な時代に描かれた絵画資料も授業中に提

示することでイメージがしやすくなることだろう。「足ずり」と

は単なる嘆きの表現ではなく、失われていくものを希求する表現

なのであった。

 二、『更級日記』の「太秦」について

『更級日記』は菅原孝標女が書いた日記文学である。物語の享

受、特に『源氏物語』享受を考える上では非常に重要な作品であ

る。教科書では冒頭の旅立ちの部分と『源氏物語』五十余巻をお

ばから貰う部分が多く採録されている。冒頭部では、物語作品を

さらに読みたい孝標女は、薬師仏に祈願する。薬師仏は現世利益

の仏であり、まさしく孝標女の願いをかなえるものとしては合う

ものだろう。

そして、父親の任期終了につき、孝標女は帰京する。そして、

京の都においても物語を希求する。その際、親(ここでは母親と

目される)が「太秦」に参詣するのに同行して、物語を求めてい

ることを祈願する。この部分について、脚注や指導書の「太秦」

の説明としては、京都の広隆寺であること、国宝の弥勒菩薩半跏

思惟像があることのみである。しかし、ここで抑えておきたいの

は、平安時代においてこの「太秦」の本尊が薬師仏であること

である。『広隆寺資材交替実録帳』(『続群書類従』第二七輯・上 

釈家部所収)には仏像の第一として「霊験薬師仏壇像」が挙げら

れており、本尊だと目される。つまり、孝標女は上京前、上総国

において薬師仏に物語の閲覧を希求し、京に帰ってからも「太秦」

において薬師仏に祈っているのである。これは見境なく様々な仏

に祈っているわけではなく、一貫して薬師仏に祈っているのであ

る。このことはすでに『更級日記』研究の中では指摘されている

こと(8)であるが、それは現在、指導書や教科書の記述を見るに、

教育現場にまで広まっていないのではないか。このことがわかる

と孝標女の冒頭で薬師仏に対して物語を希求するあり方と、場面

を隔てた箇所の参詣のあり方の一貫性や、薬師仏の意味合いにも

生徒の興味が及ぶことであろう。

 結 び

例えば『徒然草』についての作文を課した際、多くの生徒は「作

者、吉田兼好は」としていた。これも小川剛生氏の研究(9)に

より後世、吉田兼倶によって系図に組み込まれたものであること

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がわかった。このように生徒にとっては従来習ってきたことが最

新の研究によって揺らぎ、覆ることがあるわけである。これは決

して悪いことではなく、辞書類の説明や定説を鵜呑みにせず、大

学において自ら検討・研究していく意識改革のきっかけにもなる

だろう。今回、定番教材の表現の内実に迫って考えた。高等学校

における古典教育と研究の現在との連関は、さらに繫がりを強め

ていくだろう。教員側の更なる研鑽の必要がある。

注(1)校異(異同)は本文の差異であり、『源氏物語』では従来、

鎌倉時代に藤原定家が校訂に関わる本文とその派生とされる

青表紙本系と、河内守光行・親行親子によって校訂された本

文とその派生とされる河内本系、どちらの系統か分類できな

い別本という区分がされている。現在は青表紙本系が多く注

釈書の本文に採用されているが、区分方法も含めていまだ多

く検討されている部分である。

(2)例えば、『枕草子』は単純に「をかしの文学」として中宮定

子の周辺の華やかな宮中生活など描いたものとされるが、そ

の当時定子方は藤原道長率いる彰子方に押されており、定子

の父、道隆の死去や兄弟の配流など必ずしも優美な生活だっ

たわけではない。しかし、『枕草子』はその暗い部分を全く

描かない。

(3)後述する『徒然草』の「吉田兼好」についてはまだ十分に

浸透していない例だろう。東京書籍の国語総合の教科書(国

総三三五 

平成二八年検定済)では本文に小川剛生氏の『新

版 

徒然草』を採用して、説明でも「なお、後に吉田神社(京

都市)の社司である吉田家(卜部姓)の系図に組み込まれた

ため、吉田兼好とも呼ばれた」と新説を正しく紹介している。

(4)本文の引用は小学館の新編日本古典文学全集に拠り、頁数

を示した。以下同じ。

(5)小学館『古語大辞典』で言及されているのは二例であり、「転

んで足ずりする」という説明から、一七四〇番歌と一七八〇

番歌をさしているようである。

(6)一七五三番歌の題詞に「検税使大伴卿の、筑波山に登りし

時の歌一首」(四二二頁)とある。

(7)糸井通浩

神尾暢子 

編『王朝物語のしぐさとことば』精文

堂出版、平成二〇年、本田恵美執筆項目。

(8)久保朝孝「更級日記の薬師仏」『古典解釈の愉悦

平安朝文

学論攷』世界思想社、平成二三年。福家俊幸『更級日記全注

釈』KADOKAWA、平成二七年。

(9)『新版 

徒然草 

現代語訳付き』角川ソフィア文庫、平成

二七年。『兼好法師 

徒然草に記されなかった真実』中公新書、

平成二九年。

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参考文献

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  https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/data/H28cyber_

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  最終アクセス日:2017.10.26

[7] Security NEXT『標的型攻撃メール、添付は圧縮ファイルが 9 割 - 「.js」増加、実行ファ

イルも引き続き注意を』

  http://www.security-next.com/080094

  最終アクセス日:2017.10.26

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とで改善可能である。把握が早ければ、危険に対して無防備な者へ速やかに指導することが

可能となる。それを元にした演習の採点や、速やかな指導が行えるはずである。

2 つ目の要因は、日常的に PC を使わない者には一朝一夕では技術的知識が身につきにく

いということである。「社会と情報」は高校 3 年生では 1 単位の履修科目である。今回座学

にて拡張子の解説を行ってから、演習を実施するまで授業が 2 回開いた。つまり生徒にとっ

ては最低 2 週間のブランクとなる。2 週間前に 1 度説明されただけの事柄を覚えていられる

者はまずいないだろう。「社会と情報」が入試用の科目でないため、わざわざ復習する者も

ごく少数と考えられる。日常的に PC を使う者であれば、拡張子を目にする度に説明を思い

出す可能性があるものの、拡張子を目にすることのないスマートフォンユーザの場合は思い

出す機会すらない。実際、高校 3 年生の PC 利用率と拡張子の問題の正答率について比較す

ると、PC を日常的に使う者の正答率は 47%(こちらも低すぎるように感じるが…)なのに

対し、PC を滅多に使わない者の方が 38% と、やや低くなっている。

このような「PC 離れ」による知識不足の問題は、解決が極めて困難である。コンピュー

タの基本構造や基本操作を覚えることに手一杯で、セキュリティの話まで辿り着けない者は

想定以上に多い。加えて、万人にとって手軽さ・使いやすさに特化したスマートフォンが普

及した現代において、生徒達には「別に中身を知らなくても困らない、便利なツールをただ

使えれば良い」という考えが染みついてしまっている。こうした知識不足や無関心こそが、

社会の抱える大きなセキュリティホールであると言えるだろう。

セキュリティにおいて最終的にリスクになるのは、システム自体ではなく操作する人間で

ある。主要な機器のトレンドは常に移り変わるものなので、最新の機器でも内部構造に興味

を持ち、どうなると危険なのかを自ら想像できるような生徒を育成することが情報教育者の

務めだと言える。最新の iOS がファイラを用意したように、今後コンピュータ業界のトレ

ンドがさらに内部構造を意識させる形に進展することにも期待をしつつ、我々は生徒自身が

様々な操作環境へ適応し、当事者意識を持って最新のセキュリティ事情へ興味を抱くよう指

導していく必要がある。

(情報処理安全確保支援士)

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を用いたりする攻撃の方が主流になっている。これらより、現在では「.exe」を用いて攻撃

されることは稀であると予想される。しかし本問では、わかりやすさを重視して敢えて「.exe」

ファイルを扱うこととした。

拡張子は最も右にあるものが有効になるので、このファイルの拡張子は「.exe」であり、

正解は勿論「実行ファイル」である。出題においては実施クラスごとに選択肢を変更してお

り、正解の「実行ファイル」以外はダミーからランダムに 3 種類を選択して 4 択問題とした。

その結果、この問題の正答率は学年全体の 42% となった。最も成績の良かったクラスでも、

クラス内の 62% の正答率にとどまった。繰り返しの指導と演習にもかかわらず、決して良

いとは言えない割合である。全生徒にマルウェアが送信されたとしたら、不用意にそれを起

動して、端末にマルウェアを感染させてしまう者がまだ約 6 割もいる、ということを意味

しているためだ。答案返却の際にこれを伝えると、正解者からは笑いの声、不正解者からは

不安の声が上がった。

事後指導の中では、マルウェアの感染は当人のみの問題ではない、ということを入念に伝

えた。端末がネットワークに接続されている場合、ネットワーク上のその他の全端末に感染

を拡大させる危険性がある。即ち、組織内にセキュリティ意識の低い者が 1 人でも存在す

ることによって、その人間がセキュリティホールとなり、組織全体にダメージを与えること

になる。無知や過失であっても、感染源となった者が責任を問われることは免れない。今回

の不正解者はシミュレーションの中でのミスなので大事にならないが、これが実生活や業務

であれば大きな被害を生むミスに繋がっているということを充分承知してほしい、という旨

で指導を締め括った。

6.結果と今後の課題

本稿で述べた指導法では、「.exe」ファイルを用いた攻撃手法およびその危険性がすべて

の生徒に充分伝わりきらなかった。その原因について次のように分析する。

1 つ目の要因は、PC 演習において、机間巡視のみでは誰がどのファイルを開いたかを正

確には把握し切れなかったことである。NAS 上のファイルにアクセスがあった際のログは

syslogを用いてサーバに送信・記録するよう設定してあり、アクセス元のIPアドレスや、ファ

イルの閲覧および上書き保存をした時間を後から確認することができる。しかしファイルを

開くのではなく、コピーしただけではログは残らない。今回の指導では、該当ファイルのコ

ピーを各自の端末へ保存してから開かせる、という形式を取る必要があったため、各自の端

末にどのファイルがコピーされて開かれたのかを追跡することができなかった。加えて、本

題である演習を実施する時間を確保する上で、該当のファイルを早く配布し終える必要もあ

り、正解ファイルの提示およびコピー作業を急いだため、机間巡視も大まかにしか行えてい

ない。よって演習段階で正しいファイルを選べた者とそうでない者を充分には把握できず、

その場での指導に手が回らなかったことが要因としてある。

これに対しては、ダミーファイルが開かれたら教員 PC へ通知を送るような設定を作るこ

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アクセス可能な NAS を設置しており、普段の PC 演習において課題ファイルの配布および

提出には、この NAS 内に作成した共有フォルダを用いている。今回はその共有フォルダへ、

正しいサンプルファイルだけではなく、異なる拡張子のダミーファイルを複数用意して並べ

た。

ダミーファイルの内容は、警告文を記載した文書ファイル「sample.txt」や、アドウェア

を模したメッセージが現れるようプログラムした実行ファイル「sample.exe」である。さ

らに注意を欠いた者が引っかかりやすくなるように、「sample.xlsx     .exe」という

ように、二重拡張子を設けた上、スペースで大きく間を開けたファイル名を付けたものも用

意した。

なお事前に座学の中でも拡張子について解説をし、「.exe」という拡張子が実行ファイル

であり、何らかのソフトウェアが起動するものであることは指導済みである。また、近年の

標的型メールに添付された「.exe」ファイルによる被害事例も紹介している。

各クラスでの PC 演習にて、上記の実践を行った。ファイルの配布方法については、共有

フォルダと生徒端末内フォルダについてエクスプローラ画面を起動して並べ、ドラッグアン

ドドロップするよう指示した。説明ののち、その様子を机間巡視で確認した。

結果として、まず「.xlsx」ファイル以外のダミーファイルを選択して開いてしまった者

はごく少数だった。演習説明用に配布したプリントに「sample.xlsx」と明記したことや、フォ

ルダの場所とエクスプローラ画面の開き方を再確認しながらファイル名を入念に説明したこ

とが要因として挙げられる。

それよりも、今更ドラッグアンドドロップに手間取る者や、見せたばかりなのにフォルダ

の場所がわからないと言う者、またドラッグアンドドロップではなく切り取りの操作をして

共有フォルダから原本のファイルを削除してしまう者など、操作上の問題の方が多かった。

その者達は操作を手伝わねばならず、本人にファイルを選択させる時間を充分与えることが

できなかった。

後日、実践の成果を確認するために、高校 3 年生用の1学期期末考査の問題として、以

下の問いを用意した。この問題は、ある高校生が様々なセキュリティリスクに巻き込まれる

という、現実に起こり得るシチュエーションを模した大問の中で出題したものである。

問:届いた電子メールに『変更同意書 .xlsx_.exe』というファイルが添付されている。こ

れは何の種類のファイルか。

選択肢:「文書ファイル」「表計算ファイル」「動画ファイル」

    「音声ファイル」「実行ファイル」

近年のメールシステムでは、マルウェア送付の防止のため、拡張子が「.exe」のファイ

ルを添付できない仕様のものが増えている。加えて、「.exe」への対処法が周知されたため

か、圧縮ファイルにまとめて送付したり、JavaScript によるプログラムファイルである「.js」

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ルは文字通り、標的を絞って電子メールを送りつけ、主にマルウェアの送付などを行う攻撃

手法である。

標的型メールの特徴は、標的について入念に情報を集め、油断させることにある。不正ア

クセスのような技術的な手段だけでなく、シュレッダーにかけずに捨てられている書類を持

ち去ったり、知人や関連業者になりすまして電話をかけたりといった、ソーシャルエンジニ

アリングによる情報収集の手口も取られている。こうして得た情報をもとに、攻撃者はなり

すましメールを作成・送信する。届いたなりすましメールを見た受信者は、信頼の置ける相

手からの電子メールだと思い込み、疑うことのないまま添付ファイルを開くように誘導され

てしまう。

警察庁の発表では、2016 年度に警察に報告のあった標的型メール攻撃の件数は 4046 件

に上ったとしている [6]。標的とされたメールアドレスは、その 84% が社外に非公開のもの

であり、攻撃者が組織内部の情報を事前に収集していたことが伺える [7]。

現代における企業間のやり取りは、電子メールが主流である。電子メールは手紙を電子化

したものであり、ビジネスマナーや形式を重んじる。また、データの受け渡しや備忘録とし

ての活用も多く、今日の業務において電子メールを使用せず済むことはあり得ない。

対して現在の高校生は、電子メールを使用していない者が大多数である。スマートフォン

の普及や SNS の人気、そして Naver 社のコミュニケーションアプリ「LINE」の台頭により、

コミュニケーション媒体は電子メールから SNS やコミュニケーションアプリに移った。

2017 年度の本校高校 2 年生 341 名(2017 年 4 月段階での在学者)に対して実施したア

ンケートでは、何らかの SNS かコミュニケーションアプリを利用している者は 87% だった。

それに対し、電子メールの利用者はわずか 23% という結果である。携帯電話を所有する以上、

必ずメールアドレスを 1 つは持っているはずだが、それを利用する場面は少ないものと見

られる。

LINE でのチャットにおいて、画像や動画などを送信する場合は、メッセージへの添付で

はなく、ファイル単体で送ることができる。加えて、ファイル形式を気にすることもほとん

どない。ファイルの拡張子を意識する場面もやはりここにはない。

5.授業実践と試験結果

これまで述べた背景より、現在の高校生がファイルの種類や形式に疎いことは確定的であ

る。そのため、電子メールで標的型攻撃を受けた時、不審なファイルを不用意に開いてしま

う危険性が高く、そうしてしまわないための指導が必須である。これを受け、1 学期の高校

3 年生の「社会と情報」における PC 演習の中で、以下のように多数のダミーファイルの中

から正しいファイルを選択させる実践を計画した。

1 学期の PC 演習の主な内容は、表計算ソフトによる事務処理の体験である。それに必要

なサンプルファイル「sample.xlsx」を共有フォルダに置き、生徒 PC からそのファイルを

各自の端末へコピーさせる。PC 演習に利用する本校情報室は、生徒用ノート PC 全台から

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するという回答は 54%、情報端末の中で PC を最も用いるという回答はわずか 7% である。

このことから、そもそも拡張子を見た覚えのない者が多いと推測される。

ファイル自体の形式以前に、ファイル保存のためのディレクトリ構造そのものに無知であ

る生徒も多く存在する。各ファイルの保存場所は OS の提供するディレクトリ構造によって

管理され、ユーザはそのフォルダの階層を追うことで、ファイルの場所を容易に探すことが

できる。ところが毎回の PC 演習の度に、繰り返しの注意にもかかわらず、他者の課題ファ

イルを誤って上書き消去したり、誤ったフォルダにファイルを保存して行方が分からなく

なったりといった事故が後を絶たない。

この理由もおそらく、彼らの日常使うスマートフォンでのファイル操作が、ディレクトリ

構造を意識せず済むようになっているためであると推測できる。多くのスマートフォンにお

いては、ディレクトリ構造が基本的に隠されており、ユーザ自身がフォルダの階層を意識し

てファイルを保存・読込する必要がない。画像や動画などのファイルをユーザが保存しよう

とすると、アプリケーション側が自動的に保存場所を決定して振り分ける。いつも決まった

場所へファイルが保存されるため、ユーザが管理を怠ってもファイルを紛失することなく、

すぐに目的のファイルを見つけられる。しかしこれによって、ユーザ自身がファイル管理を

しなくなるために、ディレクトリを自ら操作せねばならない場面に遭遇したとき、何もわか

らないという状態に陥るだろう。さらに言えば、ユーザの目に触れないフォルダに悪質なファ

イルが入り込んだ場合、その発見・対策も遅れる可能性が充分に高いと言える。

 こうした現状について私は、利便性のためのブラックボックス化が、技術的知識を得る

機会を損ね、ユーザのセキュリティ意識を低下させていると考えている。知識や熟練度によ

らず万人がツールを扱えるように配慮するために、複雑な仕組みをなるべく簡易なインタ

フェースで覆ってしまうという手段が一般的に用いられる。確かに利便性は向上するが、そ

れが行き過ぎることで、日常的に使用しているのに内部の仕組みはよくわかっていない、と

いう事態を招く。「よくわからないもの」を使わされて不安はないのだろうか、と私は心配

している。

 余談だが、本稿を執筆している現在、Apple 社のスマートフォン向け OS の新バージョ

ン「iOS11」が利用可能となり、その新機能の 1 つにファイラ機能が実装された [4]。スマー

トフォンユーザにもフォルダの概念を浸透させることができそうである。私個人としては、

拡張子の表示がデフォルト設定されることにも期待を寄せたい。

4.標的型メール

無差別に大量送信されるスパムメールは、マルウェアの拡散に利用されているとイメージ

されがちであるが、近年では寧ろ減少傾向にある。Symantec 社の 2015 年 6 月のインテリ

ジェンスレポートによると、全世界でやり取りされている電子メールのうち、スパムメール

と認定されたのは 49.7% であった。最も多かった 2009 年 6 月の 90.5% という記録を大き

く下回っている [5]。

現在ではスパムメールに代わって、標的型メールによる攻撃が流行している。標的型メー

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る。暗号化されてしまったデータを自力で復号することは不可能である。復号できるのは攻

撃者のみであり、被害者が要求された条件に従い身代金を支払ったとしても、攻撃者がシス

テム復旧に応じない可能性もある。よって重要なデータは、管理担当者が LAN 外の端末や

外部の記憶装置に定期的にコピーしておくことが望ましい。

3.ファイル形式とディレクトリ

様々なファイルの形式は、ファイル名の末尾につけられる拡張子によって判別できる。拡

張子は 3 文字程度の文字列で表わされ、コンピュータはファイルの拡張子から種類を区別

して、関連付けられたソフトウェアでそのファイルを開く。拡張子の一例を以下に示す。

種類 拡張子

画像ファイル .bmp, .jpg, .png, .gif,…

音声ファイル .mp3, .aac, .wma, .wav,…

動画ファイル .mp4, .mov,…

実行ファイル .exe

前章で述べた実行ファイルの拡張子は、主には「.exe」である。実行可能なプログラムファ

イル全般にこの拡張子が使われるので、一般的なプログラムファイルにも同様についており、

当然「.exe」がついているものがすべて怪しいというわけではない。身元不明の実行ファイ

ルだから不審なのである。なお「.exe」以外のファイルに自動実行プログラム(マクロ)を

仕込む攻撃手法などもあるが、本稿では割愛する。

PC 上でソフトウェアをインストールして使用する際には、こうした拡張子を自然と目に

することになる。日常的に PC を操作する人ならば、インストール画面を見たり、ファイル

の編集をしたりといった行為の中で、ファイルの拡張子に触れ、ユーザ自身が作業をしなが

ら知識を得ることが容易い。

一方で、現在普及しているほとんどのスマートフォン上では、拡張子の表示がほとんどな

く、ファイル形式を意識せずにファイルを扱うことができる。そのためスマートフォンユー

ザの中で、ファイル形式や拡張子そのものに馴染みがない、または知らないという者が多い

ようである。

2017 年度の高校 3 年生に対して前年(つまり 2 学年時に)、日常的に最も用いている情

報端末についてアンケートを実施した。その結果、358 名(2017 年度 1 学期終了段階での

在学者)のうち、スマートフォンを日常的に使用するという回答は 96%、情報端末の中で

スマートフォンを最も用いるという回答は 79% あった。これに対して、PC を日常的に使用

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識を持っており、世間で騒がれているサイバー攻撃は「コンピュータ」の問題だから自分た

ちには関係がない、と思い込んでいるのではと私は推測している。

そこで本稿では、サイバー攻撃の一例として、一連のランサムウェアの事件をまとめると

ともに、それを身近なものと捉えていない高校生のギャップを述べる。そしてこうした高校

生に対して注意喚起を行った授業内での実践例、およびそこから明らかになったセキュリ

ティリスクについて述べる。技術分野に明るくない教職員の方々へ向けたセキュリティ事案

の解説も兼ねているので、是非参考にされたい。

2.ランサムウェアとは

ランサムウェアは、侵入した端末内のデータを暗号化したり、操作をロックしたりするこ

とで使用不可にし、ユーザに対して身代金を要求するというタイプのマルウェアである。身

代金として奪われる金銭的な損失よりも、コンピュータや重要データが扱えなくなることに

よる業務支障や信頼の損失が大きい。また、身代金を支払ったにもかかわらず、システムが

復旧されなかったケースも多数報告されている。

2017 年世界的に猛威を奮った WannaCry は、日本国内でも多くの企業に被害を与えた。

例えば、あるショッピングモールでは、案内表示板に Microsoft 社の OS である Windows

を搭載した組み込みシステムを用いていた。そのシステムが WannaCry に感染して、案内

表示板に身代金要求画面が表示された。この様子は SNS をはじめ各種メディアによって広

められ、セキュリティを破られた、あるいは充分な対策を実施していなかったというイメー

ジがその企業につきまとい、顧客からの信頼を失う危機に直面した [3]。

WannaCry による暗号化は、Windows の脆弱性を利用したものであるが、Microsoft 社

は WannaCry の登場より前に、脆弱性を改善したアップデートを配布していた。つまり被

害にあったのは、Windows を最新の状態に保つことを怠っていた端末と言える。

こうしたランサムウェアの主な侵入経路としては、スパムメールや標的型メールに添付し

て送られてくることが多い。知識のないユーザがそれを誤って開き、起動してしまうことで

感染する。一方、WannaCry の特徴として、ユーザが操作をせずとも感染が広がるという

ことが注目された。1 台の端末が WannaCry に感染すると、同一ネットワークにある別の

端末へも自動的に WannaCry が送られ、同様に内部のファイルが暗号化されて身代金要求

画面が表示される。

ランサムウェアに対する防衛策は、他のマルウェア同様、感染を未然に防ぐことにある。

ランサムウェアは OS の脆弱性を利用して攻撃を仕掛けるため、OS を頻繁にアップデート

することが求められる。また、電子メールにファイルが添付されていた場合に、信頼のおけ

る相手からの電子メールであっても不用意に開かないことが必須である。開いてしまう前に、

アンチウイルスソフトウェアでスキャンをかけたり、送信元に問い合わせたりするなどして、

充分気を付ける必要がある。

 また、万一感染してしまった場合に備え、バックアップを作成しておくことも重要であ

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「PC 離れ」がもたらすセキュリティリスク

吉 實 大 輔

1.はじめに

本校情報科では、「自らの身を守れるようになる」ことを学習目標に据えている。ここには、

ソーシャルメディア上でトラブルを起こさないことや、「歩きスマホ」で事故に遭わないこ

となど、ごく基本的な内容も勿論含まれる。しかし最終的に身に着けさせたいのは、高度な

サイバー攻撃から自分の身を守っていく方法である。

サイバー攻撃は年々多様化・複雑化し、件数も増加している。中でも、マルウェアの感

染例は、日々報道されているように後を絶たない。情報処理推進機構(IPA)の調査では、

5.1% の中小企業が何らかのマルウェアの被害を受けたことがあると回答している [1]。特に

2017 年度、世界中においてランサムウェア「WannaCry」が猛威を振るい、多くの企業や人々

がその被害を受けたことは記憶に新しい [2]。

こうしたサイバー攻撃は決して対岸の火事ではなく、インターネットに接続している以上

は世界中のどこからでも攻撃される可能性があり、万一に備えて個々人が正しい対処法を

知っている必要がある。現代社会において情報は金銭以上の価値を持つこともあり、それを

他者に狙われるリスクがあるのは明白である。生徒が将来就職する企業、あるいは生徒個人

がその標的になることも充分にあり得る。もしマルウェアに感染して企業や個人が損失を出

してしまった場合、攻撃を仕掛けた者による犯罪行為であっても、明らかなリスクに対して

充分なセキュリティを用意していなかった被害者側にも責任が生じる。

ところが当の生徒達自身は、こうした脅威を身近なものとは捉えておらず、少なくとも授

業で彼らと接している限りでは、どこか楽観視しているように感じられる。自分がサイバー

攻撃の対象になる危険性は極めて少なく、何かしらの被害に遭ったときは誰か詳しい人が代

わりに何とかしてくれるだろう、という意識が見て取れる。現代の情報社会において、我々

の高校時代よりも遥かにコンピュータを利用する機会が多いにもかかわらず、である。

この意識はいわゆる「若者の PC 離れ」から来るものと考えられる。勿論、元々 PC を利

用していた者が離れたわけではなく、彼らは最初からPCを使用しないで生活を送ってきた。

Apple 社の iPhone3GS が発売された 2009 年頃を日本におけるスマートフォンの普及開始

時期とすると、現在の高校生は小学生のうちからスマートフォンが当たり前に手元にあった

ことになる。従来 PC でなければできなかったことがスマートフォンでさらに手軽にできる

ようになり、現在 PC の必要性は彼らにとって非常に薄いものであるだろう。その結果か、

彼らは「コンピュータといえば PC」「スマートフォンはコンピュータとは別物」という意

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生徒が少なからず存在することも明らかになった。英語の授業においては、必要以上に論理

や国語力といった点に踏み込まずに、まずは生徒の英語力を上げるための効果的な指導法が

議論されるべきである。もちろん、英語という教科の特性上、生徒の母語である国語とは切っ

ても切り離せないことは言うまでも無い。しかし、教科本来の役割を全うすることに焦点を

当てることも大切である。

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表3.Step 4 で多く見られた Step 1 に取り組んだ際の感想

生 徒 感   想

B 自分が英語で書ける範囲の中で文を作るのは日本語でも難しい。

C 言いたいことをかなり分解しないと表現することができなかっ

た。

E 英語で表現できる日本語はあまり多くないことが大変。

F 英語に直しやすい日本語を選んで使うこと。

G 意外と単語がわかりそうにない理由が多く。理由の内容がかた

よってしまった。

H 英語で書かなければいけないことを考えすぎて、どうしても内

容が大まかなことだけになってしまった。

I 英語で書けることが少ないから、書ける事が限られてくる。そ

して言い換えしなければならない。

 特筆すべきは、多くの生徒が最終的に英語に直すというプロセスがあるために、内容に大

きく制限をかけざるを得なかったと回答している点である。英語に直すということが、書

こうとする内容自体にも影響を与えているということである。実際、English-based Japa-

nese と Pure Japanese で書いている内容が大きく違う生徒も見られた。中には理由のみな

らず、自分の立場すらも変えている者がいた。Step 4 で自由記述をさせた困難な点につい

ても、Step 2 では特に無かったと書いている生徒も数人見られた。日本語では困難さを感

じていないことを考えれば、英語に直すというプロセスの影響は、生徒にとって非常に大き

いと考えられる。

 さらに、English-based Japanese と Step 3 で書かせた英作文を比較すると、前者が書け

ているからといって、後者の英語もきちんと書けているとは限らないことがわかった。例え

ば、生徒 B の「行きたいところにいける」という文は”we can go there to want to go”となっ

ていた。English-based Japanese から実際に英語に直す段階においても、生徒にはさらに

障壁があると言える。教員が英作文の指導をする時には最終的な英語を添削することが多い

が、そこでは生徒が様々な壁を何とかして乗り越えてきた結果に過ぎず、その情報のみから

生徒のつまずきを推測することはかなり困難である。

結論と示唆

 本研究では、日本語では説得力のある文章が書ける生徒でも、英作文になると、英語で書

くというプロセスによって内容に制限がかかるために、より説得力のない文章を書かざるを

得ないことが明らかになった。すなわち、生徒が英作文において論理の破綻した文章を書く

からといって、彼らに日本語を構成する力がないとは限らないということである。むしろ、

日本語を構成する力があるにも関わらず、英語力による制限を受けることによって、結果的

に説得力のない回答になっている場合も十分にある。教員としてはそれを前提として英作文

の添削を行うべきである。

 さらに、英語力を上げることによって、論理的な英作文が書けるようになる可能性のある

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作っている。これは日本語の文章構成力はあるが、英語になると何らかの原因によって

文章を構成できないということを意味する。よって研究課題への答えは Yes である。

② 英語においてのみ内容面でつまずいている場合、何が原因と考えられるか。

 表2はパターン3の生徒の回答を抽出したものである。特に下線部で示した部分は理

由としての説得力があまりないところで、二重下線部は日本語で書かせた場合には、情

報が足されることによって、より説得力が増しているところである。それぞれの回答の

変化を見てみると、English-based Japanese では田舎や都会、それぞれの利点につい

て述べているのみで、明らかに情報不足である。例えば、生徒 A の「トラブルが起きない」

という利点は、「田舎だと協力しながら生活していくことが多い」という田舎の特徴を

表す情報と組み合わされて述べられることによって説得力が増す。従って、生徒の英語

における内容面のつまずきは、書こうとしている内容自体が少ないという点が挙げられ

る。日本語では十分に書けるが、英語で書くとなると、書こうとする内容が少なくなっ

てしまうのである。

表2.パターン3の生徒の回答例

生徒立場 Step 1 (English-based Japanese) Step 2 (Pure Japanese)

A田舎

トラブルが起きないから。おいしい食べ物が手に入る。

田舎だと、協力しながら生活していくことが多いのでトラブルがおきにくいから。自然が豊かなのでおいしい食べ物が手に入りやすいからです。

B都会

お店がたくさんある。行きたいところにいける。学校や会社の近くに住める。

都会は田舎よりも交通の便がよく、その場所から行けるところが多く、また学校に関しては都会にある学校は偏差値的にもいいところが多い。

C都会

色々なものがあるから。ほしい物が手に入るから。電車があるので、移動しやすいから。

各地からいろいろなものが集まってくるので、ほしい物が手に入るから。交通が整備されていて、移動がしやすいから。

D田舎

静かな場所が好きだからです。また、景色がきれいだからです。そして、都会に住むと、都会の楽しさがわからなくなってしまうと思うから。

現在田舎に住んでいて田舎の方が都会よりも静かで落ち着くからです。また、田舎の景色はとてもきれいで、好きだからです。他には田舎に住んでいると都会に行くことが珍しいため、都会で遊ぶことがより一層楽しめると思うからです。

 この英語においてのみで生じている情報不足の原因は何であろうか。表3は Step 4 にお

いて、各ステップで感じた困難を書かせた際に、多くの生徒が共通して書いた感想である。

なお、B と C の生徒は表2の生徒と同一人物である。

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Step 3:Step 1 の日本語を元に英作文を書かせる課題。

     内容が大きく変わらないように注意しつつ English-based Japanese と同じ内

容の英文を書かせる。

Step 4:各ステップで難しいと思ったことを自由記述させる課題。

     生徒が各課題でつまずいたポイントを記述させ、質的に分析する。

分析

 各生徒の回答の中から、内容面においてどのような誤りのパターンが見られるのか質的

に分析する。分析対象としたものは Step 1 の English-based Japanese と Step 2 の Pure

Japanese である。前者は英語で書こうとした内容。後者は日本語で書いた内容である。そ

れぞれの内容が説得力のあるものになっているかいないかを研究者が判断し、説得力の無い

ものは unconvincing、比較的説得力があると判断できるものは convincing と分類する。

 不完全な回答、特に時間が無くなったために Step 1 や Step 2 が中途半端になっている回

答は分析から除いた。最終的には 28 名の回答が分析に使われた。

結果と考察

 生徒の回答における説得力の有無のパターンを表1にまとめた。人数は参考である。

パターン Step 1 (English-based Japanese) Step 2 (Pure Japanese) 人数

パターン 1 convincing convincing 5パターン 2 unconvincing unconvincing 15パターン 3 unconvincing convincing 7パターン 4 convincing unconvincing 1

表1.生徒の回答のパターン

 パターン1の生徒は英語でも日本語でも説得力のある内容を書いていた者である。パター

ン2の生徒は英語でも日本語でも説得力のある内容が書けなかった生徒である。パターン3

は日本語においては説得力のある内容が書けるが、英語においては書けなかった生徒である。

パターン4は日本語においては説得力のある内容が書けなかったが、英語では書けた生徒で

ある。なお、パターン4の生徒がいることは予想していなかったが、その生徒の回答には、

English-based Japanese には書いていない情報を Pure Japanese において新たに足してい

て、その内容が情報不足であったために unconvincing だと判断されたためである。ともあ

れ、英語の内容としては convincing なので英語によるつまずきではないと考えられる。よっ

てこれ以上考察には取り上げない。

① 自由英作文において、内容面でのつまずきが英語においてのみ発生することがあるか。

 表1より、パターン3の生徒が存在することが明らかになった。彼らは日本語ではよ

り説得力のある内容を書けるにもかかわらず、英語の内容になると説得力の無い回答を

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研究目的

 自由英作文において、生徒の内容面でのつまずきの様子を明らかにする。

研究課題

① 自由英作文において、内容面でのつまずきが英語においてのみ発生することがあるか。

② 英語においてのみ内容面でつまずいている場合、何が原因と考えられるか。

被験者

 高校二年生 34 名。全員が日本語母語話者で英語を外国語として学んでいる。

手順

 教員は意見文の典型的な型を講義する。生徒によって文章の展開に大きな差異が出ないよ

うにするためである。その後プリントを配布し、以下のように Step 1~ 4 の課題に取り組ま

せる。

 問題には「都会と田舎に暮らすのではどちらがあなたにとってより望ましいですか。自分

の立場を明らかにしその理由を具体的に説明しなさい」という、意見文英作文を採用し、内

容の分析はその「理由」の部分を対象とした。なぜならば、意見文は感想文などと比べ、比

較的論理的な文章が要求されるからである。すなわち、生徒の答案の内容面での評価をする

際に、意見文の理由に焦点を当てると説得力があるかどうかの判断がしやすいということで

ある。なお、問題文を日本語にしたのは原因1によるつまずきを排除するためである。

Step 1:英語に直すことを前提とした日本語(English-based Japanese)を書かせる課題。

     生徒が英語で書こうとしている内容を分析するために、英語に直すことを前提

とした日本語 (English-based Japanese) で意見文の理由を書かせた。これは最

終的な英作文の回答として書こうとしている英語を日本語にしたものである。い

きなり英語で書かせると、わからない所が一つでもある時点でその文を丸々書

かないという生徒もいるはずである。それでは内容を見ることができない。En-

glish-based Japanese を書かせることで生徒が英語で書こうとしている内容の

みを炙り出そうとしているのである。

Step 2:英語に直すことを前提としない日本語(Pure Japanese)を書かせる課題。

     生徒に日本語で文章を組み立てる力があるかどうかを確認するのがこの課題で

ある。ここでは生徒は英語に直すことを前提としない日本語(Pure Japanese)

で理由を書く。これがきちんと書けていることで原因3によるつまずきが無いこ

とが証明される。なお、この課題で書く内容は必ずしも Step 1 と同じである必

要は無い。同じ問題に対して、日本語で説得力のある文章を書く力があるのかど

うかを見るだけである。

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自由英作文の内容面でのつまずきはどのように起きるか

石 井   駿

背 景

 生徒の中には自由英作文において説得力のある文章を書くことに困難のある者が多い。英

作文の添削をしていると、内容に関しての論理的な飛躍が見られたり、情報が不足している

ことによって説得力がなかったりする場合が良く見られる。その原因を生徒の日本語におけ

る文章の構成力に帰する人もいるが、実際に生徒がどの部分でつまずいているのか探ろうと

する試みはあまりない。生徒は実際にどこでつまずくことで結果的に説得力の無い文章を書

いてしまうのか。本研究ではこのような疑問を出発点に生徒が自由英作文で陥るつまずきの

中でも、特に内容におけるつまずきに焦点を当てる。

 まず、生徒が自由英作文において誤りを起こす原因には以下が考えられる。

原因1:そもそも問題文が理解できていない。

原因2:問題文は理解しているが、書くべきことが思いつかない。

原因3:書くべきことはあるが、内容に問題がある。

原因4:書くべきことはあるが、英語にできない。

 さらに、それぞれの原因において不足している力を考えると以下のように仮説が立てられ

る。

原因1:英語の問題文であれば、英語の読解力が不足している。

原因2:背景知識が不足している

原因3:日本語で文章を組み立てる力が不足している。

原因4:書く内容を英語で表現する力が不足している

 英作文を添削する際に、生徒がどの原因による誤りを起こしているか判断するのは、特に

原因3と原因4において難しい。なぜならば、教員に与えられた情報は生徒の書いた説得力

の無い英語の文章のみだからである。すなわち、生徒が日本語で文章を組み立てている時点

で失敗しているのか、英語に直すところで失敗しているのか、あるいはその間に何か他の原

因があるのかは、生徒の答案を見ただけでははっきりしない。そこで本研究では、原因3と

原因4の生徒の存在を明らかにすることで生徒がどこでつまずいているのかを探っていく。

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 「Empire」よりも「Reich」の方が、支配体制が穏やかであると感じる生徒が大半であった。

中には原義にまで言及する生徒も見受けられた。この感想を背景として、もう一度、教科書

の記述を見直させていく。「各部族を支配する諸侯の選挙で王が選ばれるようになった。」(『詳

説 世界史B』山川出版 ) という部分を確認させ、多くの諸侯が存在する地域を統治したの

が神聖ローマ皇帝であるという形でその存在を再認識させていった。生徒たちは、「Reich」

のイメージから、東フランクの地域を支配するのが神聖ローマ帝国であるといった形で理解

を示してくれた。そこからさらに意見を求めると、以下のような意見が生徒の中から上がっ

た。

生徒の意見

○王ではなく皇帝になる必要性は?

○何故、神聖とつくのか?

 質問という形になっているが、生徒たちが明らかに歴史的事象に興味を抱いた瞬間であっ

た。この問いに関しては、3 学期までにそれぞれレポートとしてまとめるよう指示し、定期

的に中間発表を指せるなどを行いながら興味を深めていこうと進めているところである。

4、まとめ

 あえて言語に注目させ、調べ学習を経て、生徒はそれぞれ神聖ローマ帝国に興味を抱き、

独自の研究課題という形につなげられた。だが、今後の私の課題としては、ゲルマン社会・

ドイツ社会にまで言及しながら、言語が用いられた文化的・社会的背景にまで踏み込んでい

くことで、世界史の面白さを伝えられたらと考えている。大学入試という課題も抱える中で、

単なる興味に終わらせるのではなく、物事を多角的に捉え論述問題等に対応できる形での授

業計画の作成である。

参考文献

『詳説 世界史 B』山川出版 2015 年 3 月

『世界史 B』東京書籍 2015 年 3 月

『世界史用語集』山川出版 2014 年 12 月

『西洋の歴史基本用語集』 朝治啓三編 ミネルヴァ出版 2008 年 8 月

『ジーニアス英和辞典 第五版』 大修館書店 2014 年 12 月発刊

『アクセス独和辞典 第三版』 三修社 2010 年 4 月発刊

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○「Empire」だと思う。

○言葉の違いであり、どちらもかわらない。

○「Empire」のほうが権力で支配している感が強い。「Reich」は富で支配している感が強い。

○「治世」という語源がある「Reich」のほうが「命令・権力」という語源をもつ「Empire」

より穏やかな印象をうける。よってより強固な支配体制は「Empire」だと感じる。

○「Reich」は語源より、一定の地域を厳しすぎないルールにより統治して、比較的穏や

かに支配していくイメージがある。「Empire」には語源より支配の意のままに、強固な

支配をしているイメージがある。

○「Empire」の方が命令とか支配という語源だから、上から強制的に支配されていると感

じ、「Reich」の方が「Region」という語にもなっているように広く各地域を統治して

いるように感じた。

○「Reich」は「地域・地方」を「支配」する権力が分散している状態で、「Empire」は

逆に集権的なイメージがあるので、より強固な支配体制だと思います。

○「Empire」の方が強い支配をしているイメージがある。インペラートルとの関連もそれ

を裏付けるように感じる。

○「Reign」と「Region」を語源とする「Reich」は「地域を統治する」という事実を表

していて、「Empire」は強力に統治することから「命令」などの意味が出ていると思うので、

「Empire」の方が強固に感じます。

○「Reich」は「治世・地域」というような広い範囲を領有しているようなイメージであ

る一方、「Empire」は「命令・権力」といった意味を含んでいるので強固な支配体制であっ

たように感じる。

○「Empire」の方が強固な支配体制だと考える。まず、二者の原義を比較すると「統治」

してできたのが「Reich」。「命令・権力」によってできたのが「Empire」。単なる統治で

はまだ、支配されている人々に自主性や自由があるように感じられる。1 人の皇帝が命令

をし権力をふるう「Empire」ではそれは少ないように思える。

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「Reich」の語源を調べよう!

Ⅰ:「Reich」は英語の「Reign」や「Region」と語源 ( ラテン語 ) を同じとする

 「Reign」 意味:

「Region」意味:

Ⅱ:「Empire」の語源はラテン語で「命令・権力」( ローマ史で学習したインペラートル )

である。「Empire」と「Reich」ではどちらがより強固な支配体制であると感じるか。感想

を 2 ~ 3 行程度でまとめなさい。

注:「インペラートル」が「最高司令官」を意味するもので、「絶対的な権力」のような意味

合いが含まれていることはすでに学習済み

 ここで注意しなければならないのは、アジアには「帝国」という単語はそもそも存在せず、

欧州言語の訳をしていく中で作られたものである。日本では江戸時代に作られたと言われて

おり、現地と同じ認識で使用しているかと考えると、全く同じとはいいがたい。その事実を

生徒に伝えたうえで感想を書かせていく。

生徒の感想 (16 人の履修者 )

○「Empire」は皇帝が独裁して国を治めるイメージを彷彿とさせるので、「Reich」という

統治・君臨という意味合いよりははるかに強い統治体制が施行されていると感じる

○「Empire」の方が皇帝という意味があるので、しっかりとした主権国家として国を統治

しているイメージを持ちました。

○「Empire」のほうがより強固な支配体制であると感じる。

○「Reich」より「Empire」のほうが、範囲が広くより強固な支配体制であると感じた。

○「Empire」のほうが強固な支配体制であると感じた。権力という意味が他者を支配する

のにより重要だと感じた。

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3、実践例

 授業ではオットー1世の神聖ローマ皇帝戴冠までを 1 つの区切りとして授業を構成し、

基本的にはプリントを用いた講義形式の授業を展開していく。最後の部分にて、生徒に以下

のプリントを配布し、宿題として課した。

宿題プリント

Q:神聖ローマ帝国は英語表記では「Holy Roman Empire」・ドイツ語では「Heiliges Romisches Reich」となる。「Empire」「Reich」それぞれの意味を調べなさい。

Empire 意味:

Reich 意味:

 生徒たちは電子辞書を使って「Empire」については「帝国・帝王の領土」という意味を

調べ上げるが、ドイツ語の辞書を内蔵した電子辞書を持っている生徒はほとんどいない為、

図書館で調べることを指示した。「Reich」を調べると、「大規模な領域を持つ国・帝国」と

出てくる。意味としては同義で使用されていることが確認できるのである。

 しかし、この意味調べ自体が次へのステップとなる。言語には「語源」が存在し、その「語

源」についてさらに調べてみることを意図したものである。特に「神聖ローマ帝国」が存在

したドイツの言語である「Reich」に的を絞って、次回の授業の導入を計画していく。その

導入に際しては、次のようなプリントを使用した。

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 『世界史 B』東京書籍―第9章 ヨーロッパ世界の形成―

138 ページ~ 139 ページ

 西ヨーロッパ世界の形成は、古代ローマ、ゲルマン、キリスト教の融合にもとづくもの

であり、その基礎はカール大帝の時代にすえられた。しかし、フランク王国のまとまりは、

大帝個人の力量によるところが大きかった。彼の死後、王国の相続をめぐって争いがおこ

り、結局、ヴェルダン条約とメルセン条約によって王国は 3 分された。これらの王国は、

後のドイツ、フランス、イタリアの 3 国のもとになった。

 東フランク(ドイツ)では、カロリング朝の断絶後、各地に割拠する大諸侯の間で、国

王が選出された。ザクセン朝第2代オットー 1 世は侵入するノルマン人やマジャール人を

撃退し、その威信により、大諸侯の勢力をおさえた。また、聖職者の任命権を確保して教

会組織を王権の統制下に置いた(帝国教会政策)。彼は、イタリアの司教たちの招請に応

じてイタリアに遠征し教皇を援助したので、962 年、教皇から帝冠を授けられた。ここに

ドイツ王がローマ皇帝の称号を受けつぐこととなり、これが神聖ローマ帝国の起源となっ

た。

 このように見ていくと、どちらの教科書ともフランク王国の分裂からオットー1世戴冠ま

での過程を記述していることが伺える。私の勤務校である狭山ヶ丘高等学校(以後、本校

と記載)では、『詳説 世界史 B』を使用しており、生徒もこの部分の記述には触れている。

授業展開をしていく中で、一番苦慮する事は、王権の在り方をどのようにして生徒に意識付

けさせるかである。生徒からよく受ける質問の中で、「王朝とは?」という質問がある。特

に、授業が中世ヨーロッパ史に入った時にその質問が多くなる。それまでの授業展開を見て

いくと、「~王国~朝」という形に触れる機会が生徒たちは少ないのが現実である。古代イ

ンドにしても、イスラーム史にしても王朝を1つの国家として認識し、王朝が代われば国も

代わるといった認識に陥りやすい。この中世ヨーロッパ史になって初めて、王国はそのまま

で王朝が交替してく歴史に触れるのである。特にこの神聖ローマ帝国は教科書の記述にもあ

るように、各地を支配する大諸侯たちによって選挙による王の選出が行われていた地域であ

る。この生徒にとって特殊に感じられる状況をいかにして理解しやすくするかという形で授

業展開を模索した。

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言語から考える世界史

~神聖ローマ帝国を実践例として~

地 挽 保 雄

1、はじめに

 近年、グローバル化を求められている教育において、歴史科目とグローバル化の融合をど

のように図って行くかが課題と私は考えている。その中で言語に注目し、授業の中で史料(出

来うる限り原文)を用いたり、現地での表記から語源を考えさせ、どのように認識されてい

るかを考えさせる授業展開を模索している。今回は、その一端として、高校2年生の世界史

の授業において、神聖ローマ帝国を教えていく中で行った実践例を紹介した。

2、各教科書に見られる神聖ローマ帝国の記述

 主な各教科書において、神聖ローマ帝国の歴史はどのように記述されているのか。『詳説 

世界史 B』(山川出版)と『世界史 B』(東京書籍)の記述を見ると、以下の通りである。

 『詳説 世界史B』山川出版―第 5 章 西ヨーロッパ世界の成立―

126 ページ~ 127 ページ

 

 カールの帝国は一見中央集権的であったが、実態はカールと伯との個人的な結びつきの

上に成り立つものにすぎなかった。そのため彼の死後内紛がおこり、843 年のヴェルダン

条約と 870 年のメルセン条約により、帝国は東・西フランクとイタリアの三つに分裂した。

これらはそれぞれのちのドイツ・フランス・イタリアに発展した。

東フランク(ドイツ)では、10 世紀初めカロリング家の血統がとだえ、各部族を支配す

る諸侯の選挙で王が選ばれるようになった。ザクセン家の王オットー1世は、ウラル語系

のマジャール人やスラヴ人の侵入を退け、北イタリアを制圧して、962 年教皇からローマ

皇帝の位を与えられた。これが神聖ローマ帝国の始まりである。

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4時間目の目標 • 簡単な文であれば各時制の表現を使うことができる。 • 自分の高校について、他人に英語で紹介することができる。 • 積極的にコミュニケーションを取ろうとすることができる。 • 他国の学校について知りつつ、自分の高校の特徴を考えることなどから自らの考えを

深めることができる。 • SAOKA CAN-DO リストの L1, R1, S1, W1。

4時間目の授業の流れ 活動 留意点

予習 和文英訳テスト対策 6分 3分 3分 5分 10分 12分 10分 1分

和文英訳テスト Input Output Try ・各自で高校の特徴を考える ・発表する特徴を3つに絞って、自分の原稿を作成 ・グループ内で発表 ・発表で挙げられたものからグループで3つの特徴を

選ぶ ・次回はグループの代表者に発表させることを予告す

教員は英語で指示を出しつつ、机間巡視 生徒はグループメンバーの挙げた特徴を

メモしておく。

5時間目の目標

• 簡単な文であれば各時制の表現を使うことができる。 • 自分の高校について、他人に英語で紹介することができる。 • 積極的にコミュニケーションを取ろうとすることができる。 • SAOKA CAN-DO リストの L1, S1, W1。

5時間目の授業の流れ 活動 留意点

予習 グループでの原稿作成 5分 3分 30分 2分 10分

グループで最終確認 発表者の決定 代表者による発表 教員によるコメント ここまで出てきた全ての特徴から、各自で3つに絞

って原稿を作成(英作文テスト)

くじなどで決める。 他のグループの生徒は特徴をメモする。 褒める。 時間内で提出させ、評価に加える。 机上には筆記用具と原稿を書くプリント

以外置かせない。

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付録5.指導案(高1 英語表現Ⅰ) 単元

英語表現Ⅰ Lesson 1 フィンランド be English Grammar 46 Lesson Lesson 4, 5, 6, 7 時制(1), (2), 完了形(1), (2)

単元目標 • 教科書の例文を読んで理解、聞いて理解することができる。 • 教科書の例文を和文英訳できる。 • 簡単な文であれば、各時制の表現を使うことができる。 • 簡単な表現を用いて、自分の高校を紹介する文章が書ける。 • 積極的に英語でコミュニケーションを取ろうとしたり、英語を通して学校などについ

て考えを深めようとしたりできる。

単元指導計画 1時間目:時制の導入、時制の説明、例文音読、例文和文英訳練習 2時間目:例文和文英訳テスト、問題演習、完了形の説明 3時間目:例文音読、例文和文英訳練習、問題演習 4時間目:例文和文英訳テスト、Express yourself、原稿作成、スピーチ練習 5時間目:スピーチ

1時間目の目標 • 基本時制、進行形、未来を表す表現、時・条件の副詞節の現在形が使われた例文を理

解できる。 • 例文を和文英訳できる。 • 積極的にコミュニケーションを取ろうとすることができる。 • SAOKA CAN-DO リストの L1, R1, S1

1時間目の授業の流れ

活動 留意点 予習 興味があれば be 総合英語で時制について読んでおく。 15分 20分 3分 4分 7分 1分

教科書の会話文で時制を導入 ・教科書を見ずに会話を聞いて TF を解く ・答え合わせしてから教科書を見て会話を聞く ・使われている時制を確認 時制の説明 例文のリピート 個人で音読練習 和文英訳練習 例文和文英訳テストの予告

教科書の例文を使用する。もしも追加事

項があれば be English Grammar 46 Lesson などの例文を追加で用いる。 ペアで、相手が躓いたらヒントを出す。

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資料 ① 穴あき音読シート Every time I go into space, I ( discover ) my love for the earth. I have been in space on the International Space Station (ISS) three times. It goes around the earth 400 kilometers ( above ) us. It takes 90 minutes to fly around the earth. For 45 minutes you see the day ( view ), and then in the next 45 minutes you see the night view. It is very ( dark ) at night. The stars are ( shining ), and the ( Milky Way ) ( stretches ) on and on. Our blue ( planet ) Earth looks like an ( oasis ) in the ( vastness ) of space. (略) ② ターゲット文 表面 (1) I have been in space on the International

Space Station (ISS) three times. (2) It takes 90 minutes to fly around the

earth. (3) I feel so lucky to have a beautiful home

planet.

裏面 (1) 私は国際宇宙ステーションにいままでに三

回滞在しました。 (2) ISS は地球の周りを周回するのに 90 分かか

ります。 (3) 私には美しいふるさとの惑星があり、とても幸

運だと感じます。

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15分 2分 10~ 15分 1分

TF 問題、ターゲット文の和訳、答え合わせ ターゲット文のリピート 音読練習 ・CD で一通り音声を確認 ・個人読み 単語テストの予告

答え合わせや文法解説は簡潔に行う。 重要な文のみを和訳で精読させる。解説後にその

文のみを数回リピートさせる。 常に机間巡視。最後にスピーチを行うという点を強

調しておく。時間が余ればシャドーイングやディクテ

ーションなどを行う。

2時間目の目標

• Section 1 本文を読んで理解、聞いて理解することができる。 • Section 1 本文の単語・熟語・表現を使うことができる。 • Section 1 本文の形であれば現在完了形と不定詞の副詞的用法を使うことができる。 • 積極的にコミュニケーションを取ろうとすることができる。 • 本文の内容などから自らの考えを深めることができる。 • SAOKA CAN-DO リストの L1, R1, S1, W1。

2時間目の授業の流れ 活動 留意点

予習 単語テスト対策 5分 15分 5分 8分 8分 5分 1分

単語テスト 音読練習 ・CD ・個人読み Q&A ・What does the earth look like? ・Why does Koichi Wakata feel lucky? など Retelling 穴あき音読 ターゲット文練習 ・リピート ・ペアで和文英訳練習 ・フリップライティング ターゲット文和文英訳テストの予告

机間巡視。 教員は質問をし、ペアで応答を確認させ、1名指名

する。 ペアで、相手に本文の内容を伝える。 ペアで、相手が躓いたらヒントを与える。 ペアで、相手が躓いたらヒントを与える。 時間制限を厳しくする。

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付録4.指導案(高1 コミュニケーション英語Ⅰ) 単元

コミュニケーション英語Ⅰ Lesson 2 Going into Space

単元目標 • 教科書本文を読んで理解、聞いて理解することができる。 • 教科書本文で用いられている表現が使える。 • 教科書本文の暗唱スピーチができる。 • 現在完了形・不定詞・SVO 疑問詞節/if 節の基本的な表現が使える。 • 積極的に英語でコミュニケーションを取ろうとしたり、英語を通して宇宙開発や自然科学、生き

方などについて考えを深めようとしたりできる。

単元指導計画 1時間目:若田光一に関する動画視聴、Section 1 新出語彙導入、本文の内容理解と文法事項

の解説、音読 2時間目:Section 1 単語テスト、音読、Q&A、Retelling、ターゲット文の練習 3時間目:Section 1 ターゲット文テスト、Section 2 新出語彙導入、本文の内容理解と文法事項

の解説、音読 4時間目:Section 2 単語テスト、音読、Q&A、Retelling、ターゲット文の練習 5時間目:Section 2 ターゲット文テスト、Section 3 新出語彙導入、本文の内容理解と文法事項

の解説、音読 6時間目:Section 3 単語テスト、音読、Q&A、Retelling 7時間目:暗唱スピーチ、(ターゲット文の練習) 8時間目:Section 3 ターゲット文テスト、文法事項まとめ

1時間目の目標 • Section 1 本文を読んで理解、聞いて理解することができる。 • 現在完了形と不定詞の副詞的用法の基本的な表現を理解できる。 • 積極的にコミュニケーションを取ろうとすることができる。 • 若田光一の動画や本文の内容から自らの考えを深めることができる。 • SAOKA CAN-DO リストの L1, R1。

1時間目の授業の流れ 活動 留意点

予習 ウェブで ISS や若田光一について調べさせる。 授業で質問をすることを伝える。 わかりやすい英語のサイトがあれば示す。

6分 8分 3分

ISS や若田光一に関する質問 ・How many countries made the ISS? ・Who is Koichi Wakata? What’s his job? など

新出単語の導入、読み方の確認 ワードハント、答え合わせ

教員は基本的に英語で質問を投げかける。 説明は簡潔に行う。数回リピートさせる。 時間制限を厳しくする。答え合わせは簡潔に行う。

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付録3.教科指導計画例

科目名 学年 高3 単位数 3

CROWN English Expression Ⅱ

be総合英語

Vintage 英文法・語法

1.年間目標①②③

2.科目の特色・・・・・・・・・

3.学習の計画月 評価方法

4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照

1112

4参照

※学習内容についての補足説明・・

4.評価の観点・方法

・ 各技能における知識・技能・ 英語を使って積極的に学ぼうとする態度・ 英語を使って積極的にコミュニケーションを取ろうとする態度

【評定】54321

ペアワークやグループワークなど、協働学習の機会を含める。「読むこと」については文法知識を用いて活動を行うことが主となる。

大学入試に対応できる知識・技能を身に付ける。英語を用いて高度なことに取り組む。SAOKA CAN-DOリストの高3の目標を達成する。

教科書を用いて4技能統合型の授業を展開する。教科書の内容をさらに深めたり、関連する情報を導入したりする。

教科名 英語 英語表現Ⅱ

使用教科書

副教材等

「聞くこと」については教科書のCDや提示した教材のみならず、教員や生徒同士の英語を聞く機会も作る

単元 項目 主な学習活動と評価のポイントPart2: Lesson 1 感情を表す表現 教科書の活動

「書くこと」については定期的に英作文の課題を課す。「話すこと」については音読などから始まり、最後にはスピーチ・ディスカッションなどの発表活動を行う。be総合英語は主に参照用であり、生徒が各々のわからないところを調べることに使用する。Vintage 英文法・語法は適宜小テストを行いつつ、主に家庭学習に用いる。

教科書の活動

Speaking 3 Are They Just Like Us? スピーチ

Lesson 5 時間的順序 教科書の活動

Lesson 2 希望・願望/依頼・要請/許可

教科書の活動忠告・義務/必要/提案・勧誘Lesson 4教科書の活動原因・理由/目的/結果Lesson 3

教科書の活動Speaking 4 International Students in Japan プレゼンテーション

Part3: Lesson 1 例証/比較・対照/譲歩 教科書の活動

Lesson 8 賛成・反対

教科書の活動

Speaking 6 Debate 発表

Lesson 2 要約

29~0点

教科書の活動を用いて、ターゲットの表現を使う練習を行う。家庭学習として定期的に和文英訳課題を与える。

【評価方法】年間5回の定期考査(それぞれ考査得点80点+平常点20点)※平常点については、作文・発表などから統合的に点数を付ける。【観点】

100~80点79~65点64~45点44~30点

英作文

Paragraph Writing 1 パラグラフの構成 英作文

発表DiscussionSpeaking 5

英作文つなぎ言葉Paragraph Writing 2

Paragraph Writing 4 パラグラフ/エッセイ・ライティングの実際 英作文

教科書の活動

教科書の活動

方法・様態/数量6

7・8

910

45

Paragraph Writing 3 言い換え/繰り返し空間配列・方向

Lesson 7

Lesson 6

120

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付録3.教科指導計画例

科目名 学年 高3 単位数 4

CROWN English Communication Ⅲ

be総合英語

Data Base 4500

Change the World [Standard]

1.年間目標①②③

2.科目の特色・・・・・・・・・

3.学習の計画月 評価方法

4参照4参照4参照4参照

910

4参照

1112

4参照

※学習内容についての補足説明・・

4.評価の観点・方法

・ 各技能における知識・技能・ 英語を使って積極的に学ぼうとする態度・ 英語を使って積極的にコミュニケーションを取ろうとする態度

【評定】54321

ペアワークやグループワークなど、協働学習の機会を含める。「読むこと」については新出単語の導入・概要把握・精読という流れで進める。

大学入試に対応できる知識・技能を身に付ける。英語を用いて高度なことに取り組む。SAOKA CAN-DOリストの高3の目標を達成する。

教科書本文を用いて4技能統合型の授業を展開する。教科書本文の内容をさらに深めたり、関連する情報を導入したりする。

教科名 英語 コミュニケーション英語Ⅲ

使用教科書

副教材等

「聞くこと」については教科書のCDや提示した教材のみならず、教員や生徒同士の英語を聞く機会も作る

単元 項目 主な学習活動と評価のポイント45

Lesson 1 An American in the Heart of Japan エッセイライティングLesson 3 God's Hand インタビューのスキット

「書くこと」については最後には教科書の内容に関連した英作文などを行う。「話すこと」については音読などから始まり、最後にはスピーチ・リテリングなどの発表活動を行う。be総合英語は主に参照用であり、生徒が各々のわからないところを調べることに使用する。Change the Worldや教員の与える教材を用いて大学入試長文読解演習を行う。

67・8

Lesson 8 Green Revolution, Blue Revolution 本文の内容に関するスピーチ(準備あり)Lesson 10 Stay Hungry, Stay Foolish 自分のことに関するスピーチ(準備あり)

Unit 1~10 長文読解 演習

Unit 11~20 長文読解 演習

演習においても訳読は行わない。教員は取り上げるべき設問を選び、簡潔にポイントを説明する。大量に記述させる問題では希望制で添削を行う。

64~45点44~30点29~0点

【評価方法】年間5回の定期考査(それぞれ考査得点80点+平常点20点)※平常点については、発表などから統合的に点数を付ける。【観点】

100~80点79~65点

121

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付録3.教科指導計画例

科目名 学年 高2 単位数 3

CROWN English Expression Ⅱ

be総合英語

be English Grammar 46 Lesson

Vintage 英文法・語法

1.年間目標①②③

2.科目の特色・・・・・・・・・・・

3.学習の計画月 評価方法

4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照

※学習内容についての補足説明・・・

4.評価の観点・方法

・ 各技能における知識・技能・ 英語を使って積極的に学ぼうとする態度・ 英語を使って積極的にコミュニケーションを取ろうとする態度

【評定】54321

文法問題演習

スピーチ

Lesson 7 関係詞 教科書のtry

12・3

Lesson 8 仮定法 教科書のtry

1112

Lesson 5 分詞構文 教科書のtrySpeaking 1 Bouldering

教科書のtry比較Lesson 6

910

Part1: Lesson 1 時制

64~45点44~30点29~0点

1学期間でbeの残った文法事項を導入する。教科書のtryを用いて、ターゲットの文法を使う練習を行う。

【評価方法】年間5回の定期考査(それぞれ考査得点80点+平常点20点)※平常点については、作文・発表などから統合的に点数を付ける。【観点】

100~80点79~65点

家庭学習として定期的に和文英訳課題を与える。

67・8

Lesson 37 名詞・冠詞(1) 文法問題演習Lesson 38 名詞・冠詞(2)

Lesson 44 前置詞(2) 文法問題演習

代名詞(2) 文法問題演習Lesson 41 形容詞・副詞(1) 文法問題演習

Lesson 43 前置詞(1) 文法問題演習Lesson 42 形容詞・副詞(2) 文法問題演習

文法問題演習代名詞(1)Lesson 39Lesson 40

45

Lesson 31 疑問文 文法問題演習Lesson 32 否定文(1) 文法問題演習

Lesson 36 様々な表現 文法問題演習

文法問題演習話法Lesson 34Lesson 33 否定文(2) 文法問題演習

Lesson 35 強調・倒置・挿入・省略 文法問題演習

教科名 英語 英語表現Ⅱ

使用教科書

副教材等

より広く深い知識・技能を身に付ける。

「話すこと」については音読などから始まり、最後にはスピーチ・ディスカッションなどの発表活動を行う。be総合英語は主に参照用であり、生徒が各々のわからないところを調べることに使用する。beEnglish Grammar 46 Lessonは主に文法知識の補填や家庭学習に使用する。

教科書を用いて4技能統合型の授業を展開する。教科書の内容をさらに深めたり、関連する情報を導入したりする。ペアワークやグループワークなど、協働学習の機会を含める。「読むこと」については文法知識の導入と文法知識を用いた活動が主となる。「聞くこと」については教科書のCDや提示した教材のみならず、教員や生徒同士の英語を聞く機会も作る。「書くこと」については定期的に英作文の課題を課す。

英語を用いて様々なことに取り組む。SAOKA CAN-DOリストの高2の目標を達成する。

高1で扱いきれていない文法項目をbe English Grammar 46 Lessonを使って導入し、その後教科書に入る。Vintage 英文法・語法は適宜小テストを行いつつ、主に家庭学習に用いる。

単元 項目 主な学習活動と評価のポイント

Lesson 9 特殊構文 教科書のtry

Speaking 2 Kenya プレゼンテーション

Lesson 2 助動詞教科書のtry不定詞Lesson 3教科書のtry

Lesson 4 動名詞 教科書のtry

教科書のtry接続詞Lesson 10

教科書のtry

122

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付録3.教科指導計画例

科目名 学年 高2 単位数 4

CROWN English Communication Ⅱ

be総合英語

Data Base 4500

1.年間目標①②③

2.科目の特色・・・・・・・・・

3.学習の計画月 評価方法

4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照

4.評価の観点・方法

・ 各技能における知識・技能・ 英語を使って積極的に学ぼうとする態度・ 英語を使って積極的にコミュニケーションを取ろうとする態度

【評定】54321

64~45点44~30点29~0点

より広く深い知識・技能を身に付ける。

【評価方法】年間5回の定期考査(それぞれ考査得点80点+平常点20点)※平常点については、単語テスト・発表などから統合的に点数を付ける。【観点】

100~80点79~65点

12・3

Lesson 10 Grandfather's Letters 手紙の英作文Reading 2 A Fall Before Rising 本文の内容に関するスピーチ(準備あり)

Optional Lesson MJ 本文の内容を深める活動

1112

Lesson 7 Why Biomimicry? 自由英作文Lesson 8 Before Another 20 Minutes Goes By 改変スピーチLesson 9 The Long Yoyage Home 改変スピーチ

910

Lesson 5 Txtng メールの英作文Reading 1 Sun-Powered Car 本文の内容を深める活動Lesson 6 Ashura 改変スピーチ

67・8

Lesson 3 Paul the Prophet 改変スピーチLesson 4 Crossing the Border 改変スピーチ

Data Baseは家庭学習用であり、小テストなどを定期的に課す。

単元 項目 主な学習活動と評価のポイント45

Lesson 1 A Boy and His Windmill 改変スピーチLesson 2 Into Unknown Territory インタビューのスキット

「読むこと」については新出単語の導入・概要把握・精読という流れで進める。「聞くこと」については教科書のCDや提示した教材のみならず、教員や生徒同士の英語を聞く機会も作る「書くこと」については最後には教科書の内容に関連した英作文などを行う。「話すこと」については音読などから始まり、最後にはスピーチ・リテリングなどの発表活動を行う。be総合英語は主に参照用であり、生徒が各々のわからないところを調べることに使用する。

英語を用いて様々なことに取り組む。SAOKA CAN-DOリストの高2の目標を達成する。

教科書本文を用いて4技能統合型の授業を展開する。教科書本文の内容をさらに深めたり、関連する情報を導入したりする。ペアワークやグループワークなど、協働学習の機会を含める。

教科名 英語 コミュニケーション英語Ⅱ

使用教科書

副教材等

123

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付録3.教科指導計画例

科目名 学年 高1 単位数 2

CROWN English Expression Ⅰ

be総合英語

be English Grammar 46 Lesson

1.年間目標①②③

2.科目の特色・・・・・・・・・

3.学習の計画月 評価方法

4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照

※学習内容についての補足説明・

4.評価の観点・方法

・ 各技能における知識・技能・ 英語を使って積極的に学ぼうとする態度・ 英語を使って積極的にコミュニケーションを取ろうとする態度

【評定】54321

64~45点44~30点29~0点

【評価方法】年間5回の定期考査(それぞれ考査得点80点+平常点20点)※平常点については、作文・発表などから統合的に点数を付ける。【観点】

100~80点79~65点

12・3

Lesson 9 仮定法 教科書のtryLesson 10 接続詞 教科書のtry

まとめ 文法の復習 文法問題演習

教科書のtryを用いて、ターゲットの文法を使う練習を行う。

1112

Lesson 7 比較 教科書のtryLesson 8 関係詞 教科書のtryまとめ 文法の復習 文法問題演習

910

Lesson 5

不定詞

教科書のtryLesson 6

文法の復習

教科書のtryまとめ 文法の復習 文法問題演習

動名詞分詞

67・8

Lesson 3 受動態 教科書のtry

文法問題演習教科書のtryLesson 4

まとめ

単元 項目 主な学習活動と評価のポイント文法問題演習英語の語順、文の成り立ちはじめに

be総合英語は主に参照用であり、生徒が各々のわからないところを調べることに使用する。beEnglish Grammar 46 Lessonは主に文法知識の補填や家庭学習に使用する。

45

Lesson 1 時制 教科書のtry

文法の復習教科書のtry助動詞Lesson 2

まとめ 文法問題演習

ペアワークやグループワークなど、協働学習の機会を含める。「読むこと」については文法知識の導入が主となる。「聞くこと」については教科書のCDや提示した教材のみならず、教員や生徒同士の英語を聞く機会も作る。「書くこと」については定期的に英作文の課題を課す。「話すこと」については音読などから始まり、最後にはスピーチ・ディスカッションなどの発表活動を行う。

基礎的な知識・技能を身に付ける。英語を用いて簡単なことに取り組む。SAOKA CAN-DOリストの高1の目標を達成する。

教科書を用いて4技能統合型の授業を展開する。教科書の内容をさらに深めたり、関連する情報を導入したりする。

教科名 英語 英語表現Ⅰ

使用教科書

副教材等

124

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付録3.教科指導計画例

科目名 学年 高1 単位数 4

CROWN English Communication Ⅰ

be総合英語

Data Base 4500

1.年間目標①②③

2.科目の特色・・・・・・・・・

3.学習の計画月 評価方法

4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照4参照

※学習内容についての補足説明・・

4.評価の観点・方法

・ 各技能における知識・技能・ 英語を使って積極的に学ぼうとする態度・ 英語を使って積極的にコミュニケーションを取ろうとする態度

【評定】54321

改変スピーチ:生徒のレベルに応じて、教科書に文を足したり、少し変えたりしてスピーチさせる。

改変スピーチLesson 9 Crossing the “Uncanny Valley” 改変スピーチ

暗唱スピーチ:教科書本文そのままをスピーチさせる。

Not So Long Ago

本文の内容を深める活動Love PotionReading 2

79~65点64~45点44~30点29~0点

【評価方法】年間5回の定期考査(それぞれ考査得点80点+平常点20点)※平常点については、単語テスト・発表などから統合的に点数を付ける。【観点】

100~80点

1112

Lesson 7 Paper Architect 改変スピーチLesson 8

12・3

Lesson 10 Good Ol' Charlie Brown 改変スピーチ

Optional Lesson Heroic Losers 本文の内容を深める活動

910

Lesson 5 Food Bank 改変スピーチReading 1 Homework 本文の内容を深める活動Lesson 6 Roots & Shoots 改変スピーチ

67・8

Lesson 3 A Canoe Is an Island 暗唱スピーチLesson 4 Seeing with the Eyes of the Heart 暗唱スピーチ

単元 項目 主な学習活動と評価のポイント45

Lesson 1 When Words Won't Work 暗唱スピーチLesson 2 Going into Space 暗唱スピーチ

「読むこと」については新出単語の導入・概要把握・精読という流れで進める。「聞くこと」については教科書のCDや提示した教材のみならず、教員や生徒同士の英語を聞く機会も作る。「書くこと」については最後には教科書の内容に関連した英作文などを行う。

be総合英語は主に参照用であり、生徒が各々のわからないところを調べることに使用する。Data Baseは家庭学習用であり、小テストなどを定期的に課す。

「話すこと」については音読などから始まり、最後にはスピーチ・リテリングなどの発表活動を行う。

英語を用いて簡単なことに取り組む。SAOKA CAN-DOリストの高1の目標を達成する。

教科書本文を用いて4技能統合型の授業を展開する。教科書本文の内容をさらに深めたり、関連する情報を導入したりする。ペアワークやグループワークなど、協働学習の機会を含める。

教科名 英語 コミュニケーション英語Ⅰ

使用教科書

基礎的な知識・技能を身に付ける。

副教材等

125

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付録2. 英語科 学習指導計画例

学習到達目標

学年 年間目標 学習内容 学習の特色

高校1学年

基礎的な知識・技能を身に付ける

英語を用いて簡単なことに取り組む

・CROWN English CommunicationⅠ

・CROWN English ExpressionⅠ

・基本的な文法事項の導入 (英語の語順・時制・完了形・受動態・不定詞・ 動名詞・分詞・関係詞・比較・仮定法・接続詞など)

教科書をメインに4技能をバランスよく伸ばす授業を展開する。

副教材は主に文法知識の補強に用いる。

生徒ができるだけ英語に触れる機会を作ったり、段階的に英語を使う活動を入れたりする。

教科書本文の内容を深める機会を作る。

話すことに対する評価は平常点を利用する。

高校2学年

より広く深い知識・技能を身に付ける

英語を用いて様々なことに取り組む

・CROWN English CommunicationⅡ

・CROWN English ExpressionⅡ

・その他の文法事項の導入 (疑問文・否定文・話法・強調・倒置・挿入・省略・様々な表現・名詞・冠詞・代名詞・形容詞・副詞・前置詞など)

教科書をメインに4技能をバランスよく伸ばす授業を展開する。

副教材は主に文法知識の補強に用いる。

生徒ができるだけ英語に触れる機会を作ったり、段階的に英語を使う活動を入れたりする。

教科書本文の内容を深める機会を作る。

話すことに対する評価は平常点を利用する。

高校3学年

大学入試に対応できる知識・技能を身に付

ける

英語を用いて高度なことに取り組む

・CROWN English CommunicationⅢ

・CROWN English ExpressionⅡ

・大学入試レベルの長文読解

・大学入試レベルの文法問題

ある程度の時期までは教科書をメインに4技能をバランスよく伸ばす授業を展開するが、それ以降は大学入試レベルの問題に触れる機会を作る授業を行う。

話すことに対する評価は平常点を利用する。

① 英語を使って読んだり、聞いたり、話したり、書いたりできるようにする。② 英語を通じて、自分の興味・関心があることや、広く社会や世界のことについて積極的に独学しようとする態度  を身に付ける。③ 英語を通じて、自ら積極的にコミュニケーションを図りつつ、目標を達成しようとする態度を身に付ける。④ 大学入試において進路の実現が可能な力を身に付ける。

126

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付録

1.

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成例

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年高

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年高

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科書

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伝達

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とが

でき

る。

(R2)学

習や

試験

を目

的と

して

書か

れた

文章

を読

むこ

とが

でき

る。

(R3)一

般向

けに

書か

れた

文章

を推

測し

なが

ら概

要を

つか

むこ

とが

でき

る。

(RA

)学術

的な

文章

や英

字新

聞を

推測

しな

がら

概要

をつ

かむ

こと

がで

きる

授業

(R1)コ

ミュ

ニケ

ーシ

ョン

英語

Ⅰレ

ベル

の文

章が

初見

で辞

書を

使わ

なくて

も読

める

。(R

2)コ

ミュ

ニケ

ーシ

ョン

英語

Ⅱレ

ベル

の文

章が

初見

で辞

書を

使わ

なくて

も読

める

。(R

3)コ

ミュ

ニケ

ーシ

ョン

英語

Ⅲレ

ベル

の文

章が

初見

で辞

書を

使わ

なくて

も読

める

。(R

A)最

難関

大レ

ベル

の文

章が

理解

でき

る。

検定

試験

(R1)英

検準

2級

合格

~英

検2級

不合

格A

(R2)英

検準

2級

合格

~2級

合格

、TEA

P(3

0-50)

(R3)英

検2級

合格

、TEA

P(5

0-70)

(RA

)英検

準1級

合格

、TEA

P(8

0)

実生

活(W

1)身

近な

こと

や自

分の

こと

につ

いて

、簡

単な

文章

が書

ける

。(W

2)身

近な

こと

や自

分の

こと

につ

いて

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る程

度の

まと

まっ

た文

書や

、簡

単な

メー

ル・手

紙な

どが

書け

る。

辞書

を使

えば

、あ

る程

度社

会性

の高

いこ

とに

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簡単

な文

章が

書け

る。

(W3)あ

る程

度社

会性

の高

いこ

とに

つい

てエ

ッセ

イが

かけ

る。

説明

や指

示な

どを

含む

、メ

ール

や手

紙な

どが

書け

る。

(WA

)学術

的な

こと

につ

いて

、簡

単な

論文

が書

ける

。実

用的

なメ

ール

や手

紙の

やり

取り

がで

きる

授業

(W1)身

近な

こと

や自

分の

こと

につ

いて

の質

問に

簡単

な応

えを

書くこ

とが

でき

る。

コミ

ュニ

ケー

ショ

ン英

語Ⅰ

レベ

ルの

文章

の概

要を

自分

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葉で

書き

換え

るこ

とが

でき

る。

(W2)身

近な

こと

や自

分の

こと

につ

いて

の質

問に

まと

まっ

た文

章で

応え

られ

る。

コミ

ュニ

ケー

ショ

ン英

語Ⅱ

レベ

ルの

文章

の概

要を

自分

の言

葉で

書き

換え

るこ

とが

でき

る。

(W3)あ

る程

度社

会性

の高

いこ

とに

つい

て自

分の

意見

を述

べた

り、

説明

や指

示な

どを

書くこ

とが

でき

る。

コミ

ュニ

ケー

ショ

ン英

語Ⅲ

レベ

ルの

文章

を自

分の

言葉

で書

き換

える

こと

がで

きる

(WA

)最難

関大

レベ

ルの

英作

文や

要約

が書

ける

検定

試験

(W1)英

検準

2級

合格

~英

検2級

不合

格A

(W2)英

検準

2級

合格

~2級

合格

、TEA

P(3

0-50)

(W3)英

検2級

合格

、TEA

P(5

0-70)

(WA

)英検

準1級

合格

、TEA

P(8

0)

Lis

tenin

g

Spe

akin

g

Read

ing

Writing

127

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「話し方」と「内容」をスピーチ評価シート(別紙③)を用いて相互評価する。

※スピーチの評価・振り返りを必ず行い、活動自体が目的にならないようにする。

〇全体発表

机間巡視中に、相互評価のポイントが高かった生徒を確認し、数名を指名し全体に対するスピーチを求める。

授業で生徒につけたい力

知識 能力 意欲・態度

つけたい力

小説・評論などの読み方

・表現法(比喩・擬人法)

・風景描写=心情描写

・新聞の紙面構成、面立て

語彙

文化史

社会についての幅広い知識

想像力/考え抜く力

・授業で文章を読み、物事を心に思い浮かべた

り、根拠を持って推し量ったりする(想像力)

・授業で文章を読み、疑問点をあげ、その疑問

をみんなで話し合って解消していく。

要約力/伝える力/傾聴力

・授業で文章を要約し、自分の意見を加えて原

稿にまとめ、生徒同士で発表と傾聴をする。

文章を読むのが面白いという感覚

・文章を読んで気づきを得る面白さを味わう

自分の気持ちをもち、伝える楽しさ

・意見を述べ、理解された時のうれしさを体感

人の意見を聞くことの楽しさ

・人の意見から気づきを得る楽しさを味わう

社会に目を向ける態度

その力が将来どう生きる?

物語の表現意図を読み取れる

・小説や映画やドラマなどを、作者がその表現

に込めた意図を読み取って一層楽しめる。

情報収集が的確にできる

・ニュースを理解することや、仕事相手や友人

のメッセージを的確に読み取ることができ

文章や社会事象への理解力が高まる

・文章の読解力も、社会に対する理解力も高ま

る。

見通しをもった行動ができる

・さまざまな資料をもとに根拠をもって先のこ

とを予測し、見通しをもって行動できる。

チームで課題発見・解決に取り組める

・課題を見つけ仲間と話し合って解決していけ

る。

人と向き合う柔軟性が高まる

・主張もすれば他の意見にも耳を傾け、思いを

共有したり立場の違いを理解したりしてい

ける。

読書や表現を楽しんでいける

語彙力を伸ばすエネルギーになる

・読むことや聴くこと、伝えることをもっと楽

しむために、語彙を増やしたくなる。

よりよい社会を構築していける

・社会に関心をもち、自分事としてとらえて、

よりよい社会の構築を目指すことができる。

〇生徒の変化

この実践者が国語の授業で目指しているのは、思考力や表現力を一段高めることである。生徒が提出する記述問題の課題では白

紙の目立ち、教師の授業での質問に対してはすぐに「わかりません」と答える。実践者はその状態を、「わからない」のではなく「考

えていない」ととらえた。現在の社会ではチームで協力して課題を解決していく力が求められていることに鑑みて、国語の授業を

通してコミュニケーション力や課題発見・解決力をつけさせることを目指した。

上記のように授業構成を固定化し、単元ごとに文章要約・文章読解・スピーチを繰り返すことで、最初は恥ずかしがったり、短

いスピーチしかできない生徒も、徐々に読んで話し合うことを楽しむようになり、生き生きとした発表をするようになった。

テストや宿題では、記述式の問題への無回答が大幅に減少し、全国模試の偏差値が上昇する生徒も見られた。また、スピーチの

経験を試験や面接で生かすことができたと実感する生徒もいた。

128

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〇アクティブラーニングの実践例② 公立 Y 高校 国語

授業での目的

①発表に対する条件や評価項目を工夫し、自分に結び付けて読んで考えることを促す

読んだことや調べたことの発表では、既存情報を抜き出しただけで終わることがある。生徒自身がどう思うか「考える」ように

するため、発表に「体験例を入れる」「根拠を明らかにする」などの条件をつけたり、評価項目に「自分なりの考えが入っている

か」を入れたりしている。

②今回の教材で一番考えてほしいことを、根拠にもとづき生徒自身が考えるように導く

教材で一番考えてほしこと(例:羅生門の主題)をまず設定し、「そこを生徒が自分で考えるには足掛かりとして何を思考すれば

よいか」(例:原典との違い)を思い描き、ワークシートを作る。

③学び合いや生徒のアウトプットの共有で、生徒同士で思考を深めていく機会を増やす

スピーチの授業でも新聞記事の授業でも、生徒たちは意見を出し合い、話し方やその内容をお互いに評価までする。また、代表

に選ばれた生徒の発表内容は、原稿で配布・共有する。そのように授業でさまざまな人の意見や見方にふれて思考を深めさせる。

④生徒の実態をつかんだうえで、その生徒たちに必要だと思う授業を展開

生徒に合わせて授業を変える。実践校(工業高校)では新聞を読む授業を3年生に実施。社会に出る前に専門性だけでなく視野

も広げるためである。その一方で普通高校では、納屋目に社会に目を向けさせ、キャリア教育につなげるため1年生で実施した。

文章の読み方や意見の組み立て方の段階的な学習

〇5月 教材:論評「何のために『働く』のか」

読み方:要約の仕方を学ぶ/本文のキーワードを探す/生徒一人一人の要約を、まずはペアで、次に全体で検討する

スピーチテーマ:この文章のキーワードを抜き出し、それについて思うことスピーチしよう

〇9月 教材:評論『水の東西』

読み方:要約に改めて挑戦/要約をペアで、次に全体で検討

スピーチテーマ:この文章の着眼点の面白さはどこにあると思うかスピーチしよう

〇11月~12月

教材:小説『羅生門』

読み方:朗読 CD を聞きながら各自が疑問に思うことを3つ探す

グループでこの小説を読んで解決したい「疑問点」を決める

スピーチテーマ:疑問点に対する答えを出したうえで、『羅生門』の主題について考えよう

各単元の授業構成

1時間目

〇要約(+疑問点探し)

本文を読み、ワークシート(別紙①)を参考に、各自要約をしたり、グループで「この文章で考えたい疑問点」をあげたりする。

生徒がグループごとにあげた疑問点は後日用紙にまとめて配布する。

〇スピーチテーマ設定

初回ワークシート(別紙①)に単元の最後の授業で生徒一人ひとりがスピーチすることになるテーマを提示する。

2時間目以降

〇本文読解

ワークシート(別紙②)をもとに本文読解を行う。このワークシートでの取り組みは、単元の最後にスピーチするテーマについ

て、生徒自身が考えを深めるための材料にもなる。

※1時間目に「単元の最後でスピーチをすること」を予告されているので、生徒はスピーチテーマを胸にきざみ、その点を自分

の頭で考えながら主体的に文章を読むようになる。

単元ラストの時間

〇ペアでスピーチ

ペアでスピーチし合うことを、相手を替えて2回行う。

〇相互評価

129

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授業で生徒につけたい力

知識 能力 意欲・態度

つけたい力

生きるうえでのパーツとしての知識

・社会の変化をつかむための史実に基づく知識

・アジアの中での「日本」を考えるための知識

・日本が直面している課題を歴史的に明らかに

し、解決する方向性を見定めるための知識

※上記のような視点を授業の「本日の問い」で

投げかけ、生徒が歴史を学びながら、その知

識をパーツとして活用して思考も深めてい

思考力

・穴埋めプリントなど、生徒が自ら文章を読み

込んだり調べたりして理解を深める機会を

増やす

・対話や文書提出を通して、生徒が感じたこと

や浮かんだことを形にするところまで思考

する

聴く力・訊く力・対話する力

・話を聴く、質問する、対話して考えを深める

ことが大事と位置付けて、グループで活動す

主体的・積極的に学ぶ姿勢

・主体的・積極的に学ぶという授業の目的を最

初に掲げ、毎授業、最後に生徒が振り返る

・対話しやすい場、穴埋めプリントや読み物プ

リント、参考になる映像、教育 SNS などを用

意し、生徒がさまざまな学び方を体験しなが

ら、自分の学びのスタイルを築けるようにす

その力が将来にどう生きる?

職業人や市民として知識を活用できる

物事を俯瞰して総合的に考えられる

・行政やビジネスで課題に取り組むときや、市

民として地域社会にかかわるときに、目の前

で起きていることだけで短絡的に物事を判

断せず、過去から現在に至るまでの流れや、

国際境における自分たちの立場なども踏ま

えて、意見をまとめることや、行動すること

ができる。

自分で課題の発見や解決をしていける

・自分で情報を整理して仕事や私生活の課題を

はっきりさせたり、必要なことを自分で調べ

て、課題の解決策を考えたりしていける。

他者と協働して課題解決をめざせる

・社会・組織・家族の問題について、相手の意

見を引き出し、自分の考えもきちんと表明し

て、議論を深めながら解決策を考えていけ

る。

知識基盤社会で活躍していける

・社会の変化が早く、仕事でも地域社会でも従

来の手法をただ踏襲するのではなく、自分た

ちでより良い道を探らなければいけなくな

った現代において、常に学び続け、知識を創

造していける。

自分らしく物事を学習していける

・歴史だけでなく、受験全般も社会人になって

からの勉強も、自分に適した方法で学んでいけ

る。

この授業による実現と課題

この実践例はある大学の付属高校のものである。2010年から、「授業は静かに受けるもの」というイメージから「授業に生徒が

主体的に参加する」ことを志向し、先進の授業例を参考に転換した。当初は生徒に戸惑う様子が見られたが、実践していくうちに徐々

に効果が表れたという。

〇実現

・生徒が授業中に寝なくなるだけでなく、対話を心がけることで、前から積極的だった生徒だけでなく、様々な生徒の授業への参

加度が高まる。

・授業スタイルに生徒が慣れるにつれて定期考査の平均点が上がるようになった。(わからないところをほかの人と協力して学ぶこ

とができ、人に教えると自分の理解も深まるため)

〇課題

・生徒の授業への参加は積極的になるが、「思考が働いている」とは限らない。

・授業内でもっと解説をしてほしいという要望も出る。

130

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〇アクティブラーニングの実践例① 私立 S 高校 日本史

授業での目的

①生徒が、対生徒・対教師・対外部にアウトプットして思考を深める機会をつくる

頭に浮かんだことを言語や絵でアウトプットするというプロセスを授業の中に増やすことで、生徒が思考することを後押しする。

②生徒が対話したくなる仕掛けを重視する

生徒同士の対話は、思考を深め、仲間と課題に取り組む体験になる。生徒の発信をまず教師が受け止めて褒めたり、あえて時計

回りで意見を回して、意見が周囲に受け入れられる機会を設けたりして、生徒の対話への意欲を高める。

③授業で学ぶ歴史の用語・知識についてどんな意味を持つか考えたくなる問いを出す

ただ歴史の用語や知識を覚えようとするのではなく、その習った知識をもとに物事の因果関係や対比まで考えることを目指す。

④授業の目的・目標・評価方法を明確にして、生徒にもはっきりと示しておく

年度初めのガイダンスで目標を生徒に示す。また、目標が達成できたかどうかは「試験」や「振り返りシート」などでみると評

価方法も伝える。

日本史1時間(50分)の基本的な流れ

テーマ:「旧石器時代と縄文時代の生活様式を学ぶ」

授業の流れ 教育活動 ねらい

①【講義】学習内容との対話1(10分)

[本日の問い]の提示、扱う単元内容につ

いての説明

〇教師は[本日の問い]である「地球の温暖

化は日本列島の人々にどんな影響を与

えたか」を板書。

〇教師は KP 法*を用いて、伝えたいことを

項目ごとに整理し、各項目のキーワード

を記した用紙を貼りながら解説する。

〇講義形式で行い、基本的な用語や知識を

教える。

〇生徒が親近感を持てるような問いを設

定する。

②【作業】学習内容との対話2(5分)

基礎知識の確認作業

〇生徒は基礎用語を、プリントに書いて確

認する。

〇生徒間の教え合いが自然と生まれるよ

う、机を生徒同士が向き合う形にする。

〇生徒が教科書をよく読み込み、内容や関

係性をよく考えるようにするため、プリ

ントは「用語ではない箇所」の穴埋めに

する。

③【学習】学習内容との対話3

+仲間との対話(15分)

〇生徒は教科書の用語が空欄になったプ

リントを、教科書を読みこんで穴埋めす

る。

④【試練】自己との対話1(5分)

①②③で学んだ内容の試験

→答え合わせ

〇生徒は学習内容を〇×問題の小テスト

で確認する。

⑤【メタ認識】自己との対話2

+担当者との対話

「振り返りシート」記入

→担当者との対話

〇生徒は「振り返りシート」でおのおのが

授業に主体的に臨めたかを振り返り、

「本日の問い」への答えを書くことで、

学習内容も振り返る。

〇教師は「振り返りシート」を一人一人提

出させ、コメントをしながら受け取る。

〇教師に提出させるために並ばせること

で、生徒同士での情報交換が自然と生ま

れるようにする。

*KP 法:紙芝居プレゼンテーション法

131

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『羅生門』芥川龍之介(第四段落)

一年

名前

下人の心理

形㉕

下人の心にはある勇気が生まれてきた。

さっき門の下では欠けていた勇気

老婆を捕えた時の勇気とは反対な方向に動こうとする勇気

➡(

勇気

○「きっと、そうか。」…老婆の話が終わると、下人はあざけるような声で念を押した。

なぜか。

形㉖

「では、おれが引剥をしようと恨むまいな。おれもそうしなければ、飢え死にをする体なのだ。」

形㉗

下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎ取った。

夜の底へ駆け降りた。

形㉙

下人の行方は、誰も知らない。

◎主題

『羅生門』芥川龍之介(第四段落)

一年

名前

下人の心理

形㉕

下人の心にはある勇気が生まれてきた。

さっき門の下では欠けていた勇気

老婆を捕えた時の勇気とは反対な方向に動こうとする勇気

➡(

悪を憎む勇気

盗人になる勇気

勇気

(「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを積極的に肯定するだけの勇気)

○「きっと、そうか。」…老婆の話が終わると、下人はあざけるような声で念を押した。

なぜか。

老婆の主張は、そっくりそのまま老婆自身の首を絞めるような

理屈になっていることに気づき、ばかにする気持ち。

形㉖

「では、おれが引剥をしようと恨むまいな。おれもそうしなければ、飢え死にをする体なのだ。」

形㉗

下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎ取った。

夜の底へ駆け降りた。

黒洞々たる夜

形㉙

下人の行方は、誰も知らない。

◎主題

人間の生のエゴイズム

人間の善悪の相対性

近代的倫理の葛藤(理性と本能)

132

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『羅生門』芥川龍之介(第三段落②)

一年

名前

老婆の描写について

・猿のような

・鶏の脚のような

・肉食鳥のような

野生的・動物的・本能的

人間的・理知的

・鴉のような

・蟇のような

老婆の論理

①死人の髪の毛を抜くことは

悪いこと

と知っている。

じゃが(しかし)

ここにいる死人どもは、それくらいのことはされてもいい人間ばかりだ。

悪いことをした人間には、悪いことをしてもよい。

蛇を干し魚だと言って、売っていたこと

②しかし、この女のしたことを

悪い

とは思わない。

なぜなら、そうしなければ

飢え死に

をするから。

生きるために仕方なくする悪は許される。

※生存を最優先する論理

だから、自分のしたことも許される。(悪いことではない)

『羅生門』芥川龍之介(第三段落②)

一年

名前

老婆の描写について

・猿のような

・鶏の脚のような

・肉食鳥のような

・鴉のような

・蟇のような

老婆の論理

①死人の髪の毛を抜くことは

と知っている。

じゃが(しかし)

ここにいる死人どもは、それくらいのことはされてもいい人間ばかりだ。

②しかし、この女のしたことを

とは思わない。

なぜなら、そうしなければ

をするから。

だから、自分のしたことも許される。(悪いことではない)

133

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『羅生門』芥川龍之介(第三段落①)

一年

名前

下人の心理③

形⑳

「何をしていた。言え。言わぬと、これだぞよ。」

形㉑

初めて明白に、この老婆の生死が、

全然、自分の意志に支配されていることを意識した。

今までけわしく燃えていた

を冷ましてしまった。

安らかな

「おれは検非違使の庁の役人などではない。…旅の者だ。(略)

なぜ嘘をついたのか。

老婆「この髪を抜いてな、…かつらにしょうと思うたのじゃ。」

老婆の答えが存外、平凡なのに

した。

下人はなぜ失望したのか。

同時に、前の

が、

と一緒に心の中に入ってきた。

『羅生門』芥川龍之介(第三段落①)

一年

名前

下人の心理③

形⑳

「何をしていた。言え。言わぬと、これだぞよ。」

燃え上がる

正義感

形㉑

初めて明白に、この老婆の生死が、

全然、自分の意志に支配されていることを意識した。

支配の意識

優越感

今までけわしく燃えていた

憎悪の心

を冷ましてしまった。

安らかな

得意と満足

「おれは検非違使の庁の役人などではない。…旅の者だ。(略)

下人はなぜ嘘をついたのか。

老婆を安心させ、何をしていたのかしゃべらせようと思ったから。

老婆「この髪を抜いてな、…かつらにしょうと思うたのじゃ。」

老婆の答えが存外、平凡なのに

失望

した。

下人はなぜ失望したのか。

非日常的で下人の好奇心を満足させるような答えを期待したのに、あまりに現実

的なものだったため。

同時に、前の

憎悪

が、

冷ややかな侮蔑

と一緒に心の中に入ってきた。

134

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『羅生門』芥川龍之介(第二段落)

一年

名前

直喩(警戒心が強い・敏捷)

○形⑩「それから、何分かの後である。一人の男が、猫のように身を縮めて、息を殺しながら…」

緊張感

「一人の男」という表現にはどのような効果があるか。

改めて下人を客観的にとらえ、新たな局面に転換したことを読者に伝える

効果。

「楼上からさす光が~男の頬をぬらしている。短いひげの中に、赤くうみを持ったにきびのある頬」

隠喩

下人と同一人物

○楼上の様子

・誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと、動かしているらしい。

どうせただの者ではない。

(なぜか?)

この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているから。

(異常な時)

(異常な場所)

○下人の心理

・形⑬「ある強い感情が、ほとんどことどとくこの男の嗅覚を奪ってしまった」

六分の恐怖と四分の好奇心

・猿のような老婆

・死骸の髪の毛を抜く

恐怖

が少しずつ消えていった…(なぜか?)

老婆が髪の毛を一本ずつ抜いているのが分かって

それと同時に

少しずつ冷静になり、事態を理解することができる

ようになったから。

この老婆に対する激しい憎悪

が少しずつ動いてきた。

あらゆる悪に対する反感

…一分ごとに強さを増してきた。

悪を憎む心

…老婆の床に挿した松の木切れのように、勢い

よく燃え上がり出していた。

○「老婆が死人の髪の毛を抜くこと」=下人にとっては

許すべからざる悪

(非合理的・直観的な正義感によるもの)

『羅生門』芥川龍之介(第二段落)

一年

名前

○形⑩「それから、何分かの後である。一人の男が、猫のように身を縮めて、息を殺しながら…」

「一人の男」という表現にはどのような効果があるか。

「楼上からさす光が~男の頬をぬらしている。短いひげの中に、赤くうみを持ったにきびのある頬」

○楼上の様子

・誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと、動かしているらしい。

どうせただの者ではない。

(なぜか?)

○下人の心理

・形⑬「ある強い感情が、ほとんどことどとくこの男の嗅覚を奪ってしまった」

・猿のような老婆

・死骸の髪の毛を抜く

が少しずつ消えていった…(なぜか?)

それと同時に

が少しずつ動いてきた。

…一分ごとに強さを増してきた。

…老婆の床に挿した松の木切れのように、勢い

よく燃え上がり出していた。

○「老婆が死人の髪の毛を抜くこと」=下人にとっては

135

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『羅生門』芥川龍之介(第一段落③)

一年

名前

○形⑦ 下人の心理

どうにもならないこと

明日の暮らし

どうにかするためには(

手段

)を選んでいる(

いとま

)はない。

・「選んでいれば」…

飢え死に → 否定

・「選ばないとすれば」…

盗人になるより他に仕方がない

肯定

★下人は何度も同じ道を低回したあげくに、やっとこの局所に逢着した。

(結論を出した)

しかし、いつまでたっても「すれば」であった。(仮定であって、決定ではない)

○形⑧

「下人」…大きなくさめ

立つきっかけ

大儀そうに立ち上がった。=

肉体的・精神的疲労

「蟋蟀」…もうどこかへ行ってしまった。

時間の経過

いっそうの物寂しさ

下人の孤独

の強調

今後何かが起こりそうな予兆を表している。

『羅生門』芥川龍之介(第一段落③)

一年

名前

○形⑦

下人の心理

どうにかするためには(

)を選んでいる(

)はない。

・「選んでいれば」…

・「選ばないとすれば」…

○形⑧

「下人」…大きなくさめ

大儀そうに立ち上がった。=

「蟋蟀」…もうどこかへ行ってしまった。

136

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『羅生門』芥川龍之介(第一段落②)

一年

名前

○形⑤「作者はさっき『下人が雨やみを待っていた』と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別ど

うしようという当てはない。…(略)」

作者の登場

下人の状況や心理を説明

○作者の分析

京都の衰微

×

「雨やみを待っている」

暇を出された

下人

夕方の雨

「途方に暮れている」(どうしたらいいの

かわからず困り

果てる)

「下人のS

antim

enta

lisme

に影響」

問「なぜフランス語を用いたのか」

この小説を現代的にする工夫

下人の心情が現代の私たちの心情に通じるものだと感じさせるため

(※「感傷」=物事に感じて悲しがったり、寂しがったりすること。心が感じやすいこと。)

○形⑥「雨は羅生門をつつんで、遠くから、ざあっという音を集めてくる。①夕闇は次第に空を低くし

て、見上げると、門の屋根が、斜めに突き出した甍の先に、②重たく薄暗い雲を支えている。」

【小説のセオリー】

《下人の心情描写》

①段々と追いつめられていく下人の心の暗さ

風景描写

②行き場を失った、重苦しい、切迫した心情

心情描写

『羅生門』芥川龍之介(第一段落②)

一年

名前

○形⑤「作者はさっき『下人が雨やみを待っていた』と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別ど

うしようという当てはない。…(略)」

作者の登場

○作者の分析

・ ・

下人 →

「下人のS

antim

enta

lisme

に影響」

問「なぜフランス語を用いたのか」

○形⑥「雨は羅生門をつつんで、遠くから、ざあっという音を集めてくる。夕闇は次第に空を低くして、

見上げると、門の屋根が、斜めに突き出した甍の先に、重たく薄暗い雲を支えている。」

【小説のセオリー】

137

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『羅生門』芥川龍之介(第一段落①)

一年

名前

※原典…『

問1

冒頭の「ある日の暮れ方のことである」という文は、この小説にどのような効果をもた

らすか。

問2

原典の冒頭部との違いは何か。

問3

「雨やみを待っていた。」とあるが、原典では雨は降っていない。雨を降らすことでどの

ような効果をあげているか。

問4「蟋蟀が一匹とまっている」という描写は、この場面にどのような効果をもたらすか。

問5「仏像や仏具を打ち砕いて、…売っていたということである」という記述は、人々のどの

ような様子を示しているか。

問6「大きなにきび」から、下人がどんな人物であることがわかるか。

『羅生門』芥川龍之介(第一段落①)

一年

名前

※原典…『

今昔物語集

問1

冒頭の「ある日の暮れ方のことである」という文は、この小説にどのような効果をもた

らすか。

特定の日を設定しない書き出しによって、物語的な内容であることを暗示している。

問2

原典の冒頭部との違いは何か。

「今は昔摂津の国のほとりより、盗みせむがために京に上りける男の、日のいまだ明

かりければ、羅城門の下に立ち隠れて立てりけるに…」

芥川は「下人」を初めから「盗人」と定めておらず、「飢え死に」と「盗み」との

間に揺れる人物として描いている。

(※この問題は投げかけだけしておき、答えは最後に振り返って確認する。)

問3

「雨やみを待っていた。」とあるが、原典では雨は降っていない。雨を降らすことでどの

ような効果をあげているか。

暗くて陰気な雰囲気を醸し出す効果を上げている。

問4「蟋蟀が一匹とまっている」という描写は、この場面にどのような効果をもたらすか。

人気がなく物寂しい、荒廃した羅生門の様子を強調する効果をもたらしている。

問5「仏像や仏具を打ち砕いて、…売っていたということである」という記述は、人々のどの

ような様子を示しているか。

仏教の信仰の厚かった当時において、仏像や仏具まで薪にして売ったということか

ら、人々の貧しく困っている様子、さらには心の荒廃ぶりを示している。

問6「大きなにきび」から、下人がどんな人物であることがわかるか。

まだ生命力のあるれる年若い青年であることがわかり、また子供と大人の過渡期に

いる人物であることがわかる。

138

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一 年 国 語 総 合 小 説 『 羅 生 門 』 芥 川 龍 之 介

1 読 ん で 、 疑 問 に 思 っ た 点 を 書 こ う 。 ( 内 容 面 で も 表 現 面 で も 可 )

2 初 読 感 想 文 を 書 こ う 。

3 グ ル ー プ で 、 こ の 文 章 を 読 ん で 考 え た い 疑 問 点 を 一 つ 決 め よ う 。

4 学 習 後 ( 深 い 読 解 後 ) 、 疑 問 点 に 対 す る 答 え を 出 そ う 。

5 ★ ス ピ ー チ テ ー マ 『 羅 生 門 』 の 主 題 に つ い て 考 え を 述 べ よ う 。 ( 表 現 面 で 気 づ い た こ と な ど 、 根 拠 を 示 し な が ら 意 見 を 述 べ る こ と )

① 私 は 『 羅 生 門 』 の 主 題 に つ い て と 考 え ま し た 。

② そ の 根 拠 は 、

③ こ の 主 題 を 通 し て 私 が 考 え た の は 、 と い う こ と で す 。

一 年 科 番 名 前

意 味 段 落

形 式 段 落

疑 問 点

意 味 段 落

形 式 段 落

疑 問 点

意 味 段 落

形 式 段 落

疑 問 点 に 対 す る 答 え ( 根 拠 も 書 く こ と )

139

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一 年 現 代 文 小 説 『 羅 生 門 』 芥 川 龍 之 介 初 読 後 の 疑 問 点 ( 読 解 に お け る テ ー マ 設 定 ) Z 1

疑 問 点 は 、 「 第 一 ・ 二 段 落 」 は 表 現 面 に つ い て 、 「 第 三 ・ 四 段 落 」 は 内 容 面 に つ い て の 疑 問 点 が 上 が り ま し た 。

こ の 作 品 の 読 解 上 の 山 場 は 後 半 に あ る よ う で す ね 。 表 現 の 面 で も 細 か な 点 に 気 づ く こ と が で き て い て 、 「 表 現 に

注 目 し て 読 む 」 「 作 者 の 表 現 意 図 を 考 え て 読 む 」 こ と が で き る よ う に な っ て き ま し た ね 。

「 疑 問 を 持 ち 、 そ の 答 え を 予 測 し な が ら 読 む 。 」 そ う す れ ば 筆 者 の 意 図 や 主 題 が 見 え て き ま す 。 も う 既 に 、 疑

問 点 を 並 べ る だ け で も 主 題 が 見 え て き そ う で す ね … ! そ れ で は 、 深 い 読 解 に 入 り ま し ょ う !

4 班

8 班

6 班

5 班

2 班

3 班

9 班

7 班

1 班

第 四 段 落

第 三 段 落

第 二 段 落

第 一 段 落

意 味 段 落 ㉙

形 式段 落

最 後 に 「 下 人 の 行 方 」 を 明 ら か に し て い

な い の は な ぜ か 。

下 人 は な ぜ 老 婆 の 着 物 を は ぎ 取 っ た の

か 。

老 婆 は な ぜ 他 の 盗 み を せ ず 、 効 率 の 悪 い

髪 を 盗 む こ と を 選 ん だ の か 。

髪 を 抜 く 対 象 の 女 の こ と を 老 婆 は な ぜ

詳 し く 知 っ て い た の か 。

下 人 の 「 今 ま で け わ し く 燃 え て い た 憎 悪

の 心 」 が 急 に 冷 め た の は な ぜ か 。

作 者 は な ぜ 下 人 の こ と を こ こ だ け 「 一

人 の 男 」 と 呼 ん で い る の か 。

な ぜ 「 サ ン チ マ ン タ リ ス ム 」 と フ ラ ン

ス 語 を 用 い た の か 。

小 説 な の に 、 な ぜ 「 作 者 」 が 本 文 中 に

登 場 し た の か 。

疑 問 点 ( 読 解 に お け る テ ー マ 設 定 )

・ 小 説 の 最 後 の 部 分 で 、 最 も 強 く

印 象 に 残 っ た か ら 。

・ 飢 え 死 に す る か 盗 人 に な る か の

間 で 迷 っ て い た は ず な の に 、 そ の

迷 い は ど う な っ た の か 。

・ も っ と 大 き な 悪 事 を 働 け ば お 金

は 入 る の に 、 な ぜ 髪 を 抜 く こ と を

選 ん だ の か 。

・ 髪 を 抜 く 対 象 の 若 い 女 の こ と を

詳 し く 説 明 す る 意 図 は 何 か 。

・ 正 義 感 と は 、 時 間 の 経 過 で 変 化

す る も の な の か 疑 問 に 感 じ た か

ら 。

・ 他 の 部 分 は す べ て 「 下 人 」 な の

に こ の 部 分 だ け 違 う 呼 び 方 に し

て い る 意 図 は 何 か 。

・ 平 安 時 代 に は 入 っ て き て い な い

外 国 語 を わ ざ わ ざ 使 っ て い る 意

図 は 何 か 。

・ 普 通 は 小 説 に 作 者 は 登 場 し な い

か ら 。

・ 第 三 者 の 目 を 感 じ る か ら 。

テ ー マ 設 定 の 理 由

内容

内容

内容

内容

内容

表現

140

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1年 国語総合   スピーチ評価シート

①評価 (              )さん…【話す力の評価】

目線

感情

間・速さ

主張

根拠

感動

小計

②聞き取り・感想 (              )より…【聞く力の評価】

主張

感想

内容

(15点)

根拠が明確で、説得力がある。(具体例や本文引用)

主張が明確である。(主題文)

話し方

(15点)

評価項目

相手を惹きつけるような話し方の工夫ができている。(メリハリ・魅力的)

はきはきと明瞭に大きな声で話すことができる。

相手を見て話すことができる。

/30点

根拠を述べているが、

説得力があまりない。も

しくは根拠になっていな

い。

主張が弱く、あまり伝

わってこない。

早口や棒読み気味

で、話すというより読

むに近い。

根拠を述べることが

できている。

何を言いたいかが伝

わってくる。

ところどころ間をとっ

たり、適切な速さで話

している。

主張の根拠が明確で、

納得できる。独自の鋭

い着眼点がある。

主張が論理的で明確

に伝わってくる。

抑揚をつけたり、感情

を込めたり、適切な間

をとって話している。

自分なりの考えを伝えることができている。(自己解説・評価)

自分が感じたことや思っ

たことを伝えることがで

き、強い説得力がある。

自分なりの考えを述

べることができてい

る。

 A(5点) 

B(3点)

C(1点)

相手と目線を合わせ

ながら話している。

原稿に時々視線を落

としながら話してい

る。

相手を見ずに原稿を

見ながら話している。

相手にわかりやすい

ようにはっきりと大き

な声で話している。

聞こえるように話すこ

とができている。

やや聞き取りづらいと

ころがあった。

主題に対する自分なり

の考えがやや弱かっ

た。(または短すぎた。)

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SAOKA AP(アドミッション・ポリシー)

…DP・CP を踏まえた入学者受入の方針

本校の教育目標に共感し応える意志のある人

学校生活の一つ一つに意義を見出す人

自ら進んで学ぶ意思と行動力がある人

自分の可能性を信じ、歩み続ける気概のある人

を本校では求めています。

142

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10.学校教育目標(案)

ここまで述べてきた通り、将来の発展を見据えた教育活動の質的向上には、カリキュラム・マネジメン

トの大本となる学校教育目標が確立され、内外に周知されることが必要です。これまで、教育目標とそ

れをもとにした授業計画の立案・運用などに取り組んで来なかった本校の教育の質的改善・向上には

まず、学校教育目標の確立が急務であると考えます。今後、議論の場を学校全体に広げ、本校の目指

す教育の姿を描き出していくためのたたき台として、以下のように提案いたします。

新教育課程研究推進部

校訓 「事に当たって意義を感ぜよ」

…なすべきことに自ら進んで積極的な姿勢で取り組むこと

に加えて、

SAOKA MIND(教育理念)

自己を高め、世界を知り、未来を創る

→これを実現するための 3 つのポリシー

SAOKA DP(ディプロマ・ポリシー)

…育てたい生徒像、身に付けるべき資質・能力

自分を育て支える人や環境への感謝を忘れず、自分が為すべき事を見定められる人

課題を発見し、多角的な視点を用いて新たな価値を創造する人

未来を切り拓く意志を持ち、社会に貢献する行動力を持つ人

SAOKA CP(カリキュラム・ポリシー)

…DP を踏まえた教育課程編成の方針

DP を達成するために必要な次の 5 つの力を獲得するカリキュラムを展開します。

内省力

自己を見つめることで心を磨き、何事にも真摯に向き合う力を身に付けます

探究力

物事に疑問を持ち、その本質を探究して学び取る力を身に付けます

共感力

他者と協働する中で様々な価値観に触れ、新たな価値を共に創造する力を身に付けます

表現力

他者を尊重しつつ、自己を表現し伝える力を身に付けます

実現力

知識・技能・経験を活用し、志の実現へ向け行動する力を身に付けます

143

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逆に、教師の、学校の「本気」は生徒達に必ず響く。

我々が体感してきた社会の変化とはまた違った形で変化していくこれからの社会の中で、たくましく

生き、創ってゆける人間を育てていきたい。例えばそんな教育の理想を実現する学校にするチャンスな

のではないか。「狭山ヶ丘を出れば間違いない」という評価を得られるような学校を目指して、行動を起

こす好機なのではないか。今何もしなければ、二十年後には狭山ヶ丘学園は無くなっているかも知れな

いという危機感とともに、今動き出せば、良質な教育で全国に名を轟かせる学校になれるかもしれない

という期待感をもって、新たな一歩を踏み出したい。

144

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9.「狭山ヶ丘の教育」のこれから

現(平成 30 年度)高校1年生から、大学入試センター試験に代わる大学入学共通テストを受験するこ

とになる。試行調査の内容についても研究しなければならない。ただ、思考力・判断力・表現力をより強

く問う内容になっていくことは明らかなのだから、授業の見直しは急務である。今の取り組みで良い点、

改善を要する点など、個人レベル・教科レベル・学校レベルそれぞれで研究を進めていかなければな

らない。

完全無欠な授業、すべての生徒にとって最適のカリキュラムなどというものが存在するのならば、それ

を実行していけばよいのかもしれないが、それが存在しないことを我々は知っている。しかし、それを目

指すことが我々の仕事であることも事実である。完全体が存在しないからこそ無限の可能性が広がって

いると言える。だからこそカリキュラムには学校の「個性」が表れる。では、

本校の「個性」とは?

何を期待されているのか?

何を目指しているのか?

どういう学校として受け止めてほしいのか?

個々の取り組みは蓄積しているが、それはいろんな部品が積みあがっているだけである。それをどう

いう形にしたいのか。ビジョンが共有されていなければ、積みあがった部品をどう組み立てていけばよい

のかがわからない。私は今の「狭山ヶ丘の教育」はそんな状態にあると感じている。これを皆で考えてい

きたい。明確なビジョンのもと、PDCAサイクルを実践することによって教育の質的向上を図る(=カリキ

ュラム・マネジメント)。そうして、すべての教員が自信を持って、

「これが「狭山ヶ丘の教育」です。安心してついてきてください」

と言える学校にしていかなければ、仮に今の進学実績を維持できたとしても、本校を選ぶ生徒は減衰し

ていくだろう。また、今まで通りの授業を工夫無く続けていれば遠からず大学入試に対応できなくなるだ

ろう。学校(中学・高校だけでなく大学も)選びの指標が多様化しつつある現状に鑑みればそのように推

測せざるを得ない。売りがない学校は淘汰されていく。狭山ヶ丘がそうならない保証など一切無いので

ある。

高大接続改革の目指すものは、これからの社会で生き抜いていくために必要な力を身に付けさせら

れるような教育を実現するということなのだと私は理解した。文科省がどうとか、国がどうとかではなく、世

の中がそういう方向に向かっていることである。我々が見てきた世界と、これからの教育を受ける世代の

子どもたちが見る世界は同じではない。教育が我々の価値観の押し付けであってはならない。子どもた

ちの主体性を引き出すものでなければならない。

まず、我々が社会の変化を受け止めきれずに立ち止まっていてはいけない。生徒達に遠く先を見せ

ていくには、まず我々が遠大な視野を持っていることが求められる。生徒達を未知の領域に踏み出させ

るには、まず我々が挑戦する姿を見せることだ。理想をあきらめた大人からは、生徒達は何も学ばない。

145

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最後に

以上、新課程の英語教育において求められること、本校の現状と照らし合わせた場合の問題点、その

解決策、そして教科指導計画の例示とその限界を延べてきた。先にも述べたが、これは例である。実際

に本校の英語教育において改革を行うのであれば、このように進めることができるという大まかな流れを

提案することが目的である。実際に改革が行われる際には、まず学校全体でどのような方向へ進むの

かを、明確にしなければならない。その上で、英語科としてどのように改革を行っていくべきか、具体的

に考えることができる。

私はこの改革に際して本校の英語の授業の指導法を大きく変える必要があると思っている。学校の発

展は生徒募集が土台となる。すなわち、本校を志望する生徒の数を増やすこととその生徒の質を高め

ることが学校の発展には不可欠である。そのためには、進学実績だけでなく、学校の印象が大きな影響

を与える。学校の印象の中には様々な要素があるが、その中でも教育内容という面は非常に大きい。

昨今、英語教育に対する関心は全国的に高く、先進的な英語教育を実践していることを前面に押し

出すことが、学校の教育内容を魅力的にさせるはずである。そうなれば、入学する生徒の質は徐々に

上がっていき、長い目で見たときには、指導法を変えなかった場合よりも、結果として進学実績が出るよ

うになるかもしれない。もちろん、改革の直後は上手くいかないことも多いかもしれない。しかし、リスクを

負わずに何かが劇的に変わるということもない。そのリスクを負うタイミングこそが、この度の高大接続改

革なのではないかと思う。

本章では、具体的に改革を行う場合のガイドラインとなるような改革例を提供した。大きな改革により、

多かれ少なかれ教授法の改善が求められているこのタイミングで、本章が本校英語科のさらなる発展

の一助となれば幸いである。

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紹介したい特徴を三つに絞り、評価を伴う英作文テストを行う。

新課程に対応した授業の限界

ここまで新課程に対応した授業例を提示してきたが、このように指導法の大きな転換を図ることによっ

てこれまでにできていたことができなくなるリスクもある。ここではその欠点について議論をしておく。

○ 高度な文法知識・あまり頻度の高くない表現の知識をつけるのが遅くなる

英語を「使える」ようにするためには、知識を増やすことよりもすでに知識のある文法や表現を練

習することに時間が使われる。したがって、従来では扱うことができた高度な文法項目や高頻度で

ない表現などを扱う時間が無くなる。これによって、特に模試における難易度の高い文法問題の

点が取れるようになるまで、従来よりも時間がかかってしまう。そういった状況では、生徒はもちろん、

教員自身が不安に思ってしまうことも十分に考えられる。

まずは教員自身が従来の伸ばし方とは根本的に異なるのだということ理解し、それを常に生徒に

伝えていく必要がある。

○ 授業の統制が取れなくなる恐れがある

言語活動、協働学習の視点を導入した場合、活動への取り組み方など、生徒に委ねられるとこ

ろが大きくなる。教員は期間巡視を行うことしかできないために、常に全体を把握することも難しく

なる。教員の目を盗んで、真面目に取り組まない生徒が出てくることも考えられる。万が一そのよう

な生徒が増えれば、授業が成立しないということもあり得る。

理想を言えば、クラスサイズを小さくすることによってこの問題は解決できる。しかし、そうできない

場合には、上手くいかなかった時にその原因をきちんと議論し、改善していくことが大切である。そ

の積み重ねも本校の英語教育のノウハウの蓄積である。

○ 生徒や保護者のニーズに答えられない恐れがある

本校の生徒や保護者の中には、いわゆる予備校のような大学入試対策をメインに行ってくれるこ

とを希望している者も一定数いる。その中では、4 技能をバランスよく伸ばすことよりも、従来のよう

に Reading 偏重の授業に対する要求が出ることも十分に考えられる。大学の個別入試がどのよう

に変化するかは予測できないため、生徒や保護者のニーズが新課程に合わせて変わるという保

障がない上に、もしも個別入試に関してはほとんど変化が無ければ、ニーズは依然として従来型

のままである可能性が高い。そうなれば予備校へ通う生徒が増えることは容易に予想できる。

後に述べる欠点とも関係するが、本校が何を打ち出して生徒を募集するかが論点であるように思

う。学校が予備校の機能を兼任しているという点でアピールするのか、それとも学校にしかできな

い教育を行うという点でアピールするのか、徹底的に議論をすることが必要である。

○ 進学実績への影響が不明である

指導法の大きな転換があれば、これまでの進学実績を維持できるかどうかは定かではない。進

学実績で学校を選んでいる者が多ければ、それは本校の生徒募集に悪影響を与えるだろう。しか

しながら、先進的な教育を行っているという点で学校を選んでいる者がいれば、むしろプラスに働

くだろう。先に述べたように、本校が何に主眼を置いて生徒募集を行うかが鍵になる。

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って難しいと判断させるもの(3~5 文程度)に限定する。ターゲット文の解説と共に文法事項の確認を簡

潔に行い、リピートをさせて定着を図る。最後に音読をはじめとした音声重視の定着活動を行うことで、

1 時間目は終了とする。

2 時間目は単語テストを行ってから、振り返りも兼ねて、再度音読活動を行う。次に教員が英語で発し

た質問に対して、生徒が英語で答える Q&A 活動を行う。質問の難易度は生徒の状況によって調整する。

教科書の Question を使ってもよい。次にペアになって、1 分の準備時間の後に、教科書を閉じて相手

に各パラグラフの内容を伝えるRetelling活動を行う。相手は本文を見つつヒントを与える。その後、穴

あき音読をすることで本文の内容がどの程度頭に入ったか確認する。活動はペアで行い、相手は本文

を見つつヒントを与える。穴あき音読は暗唱スピーチにつながる活動としての機能もあるため、意識させ

ながら行いたい。最後の活動は主にWritingに関するものである。ターゲット文の和文英訳練習を行い、

フリップライティングでスペリングまで確認することで、重要表現や重要文法事項の英作文練習になる。

次の授業で和文英訳をテストすれば Writing の定着具合の評価もできる。なお、フリップライティングと

は表面に日本語、裏面に英語が書かれたプリントを用い、時間制限を付けながら和文英訳をさせるも

のである。生徒は日本語の面を見ながら英語に直していくのだが、途中でわからなくなった時に英語の

面を見ることができる。しかし、その英語を書き始める前に、もう一度プリントを日本語の面に戻さなくて

はならない。

単元指導計画及び授業案「高 1 英語表現Ⅰ」(付録5)

コミュニケーション英語同様、英語表現についても、単元目標と単元指導計画、指導案を作成した。

文法項目の導入から、スピーチとその原稿作成までを段階的な活動となるよう留意した。

まず、1 時間目では文法事項の導入として教科書の会話文を用いる。そこから教員による長めの説明

が入るが、これは文法知識の伝達であるという特性上仕方のないことである。しかし説明のみで終わる

のではなく、説明で使用した例文を用いて音読や和文英訳の練習を行うことによって定着活動を設定

した。最後に家庭学習として和文英訳の小テスト対策を課す。

2 時間目では例文が頭に入ったところで、文法問題演習を行うことでより深い文法の理解を図る。しか

しながら、授業で扱うのは教科書内の問題のみにして、be English Grammar の問題は家庭学習などで

演習させる。

4 時間目では教科書の Express yourself を用いてスピーチの準備に入る。各自で原稿作成とグル

ープメンバーへのスピーチ発表を終えた後に、グループで一つの原稿を作成するという課題を課す。こ

れは授業外の時間を使って話し合い、原稿作成、練習まで行わせることが目的である。もちろん、原稿

作成は学力の高い生徒が中心となるだろうが、最終的にできた原稿は全員で共有され、各自でスピー

チの練習までも行う必要があるため、苦手な生徒も関わろうとする姿勢が求められる。今回の指導案に

は含めていないが、もしも代表者のスピーチをグループ全員の評価とするようにすれば、学びあいが起

きる可能性が高い。

5 時間目になって初めて代表者が発表される。代表者の決め方は様々にあると思うが、生徒の様子な

どに応じて決めたい。各グループの代表者が発表を行う間、他グループの生徒はその発表の中で挙げ

られている特徴を記録しておくようにする。最後に、ここまで出てきた全ての特徴の中から、自分が最も

148

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年における年間目標としては、英語の知識・技能に関する目標に加え、学習到達目標②③に対応する

ものとして、英語を使って何かをすることに主眼を置いた目標を設定した。いずれも学年によって段階

的になるような目標にし、かつ 3 年次の目標に大学入試を設定することで学習到達目標④に対応させ

た。

コミュニケーション英語では基本的には教科書を用いて 4 技能を伸ばす授業を行うことを念頭に置い

た指導計画を作った。3 学年においては 1 学期後半あたりから大学入試対策へと大きく舵を切る。本校

がこれまで積み重ねてきた長所を活かすためである。なお、教科書の早期使用は想定しない計画とな

っているが、類によっては早期使用の可能性がある。その場合は 3 年次の大学入試対策が増える。

英語表現では 1 年次と 2 年次のある程度の時期までは、be English Grammar を用いて高校文法の

導入をする。基本的に be English Grammar で文法を体系的に教えつつ、その中で特にきちんと使い

こなせなければならない項目を CROWN English Expression を用いて「使える」ようにするといったイメ

ージである。3 年次にはディスカッション・ディベートなどという高度な表現活動を行いたい。

年間指導計画作成例(付録3)

年間指導計画は学年ごとに指導内容をより具体化した指導計画である。学習到達目標と年間目標を

常に念頭に置きつつ、「主な学習活動」の欄にはその単元の集大成とすべき活動を設定した。なお、そ

の活動は年次が上がるにつれて難易度が上がるようにしている。例えば、1 年次に本文の暗唱を主とし、

そこから自由度を上げていき、最後には本文の内容に関するスピーチやディスカッションなどという活動

につなげていく。これらの活動は横並びの教員で話し合ったり、教科会で検討をしたりして、常に見直

しをしていくことでそれぞれの単元や生徒の様子に合った活動を行うことができる。その積み重ねが本

校独自のノウハウの蓄積になる。

単元指導計画及び授業案「高 1 コミュニケーション英語Ⅰ」(付録4)

ここでは年間目標と SAOKA CAN-DO リストにしたがって単元目標、単元指導計画を設定する。なお、単

元目標は単元指導計画を全て完了した時点で達成されているべきものである。一つ一つの授業にお

ける目標としては本時の目標を設定する。ここでは、各単元において本文を扱う授業例を実際に考案し

た。コミュニケーション英語では各セクションの本文をどのように扱うかが、根幹を成すからである。

最初の活動は基本的に背景知識の活性化を目的や本文の内容について深めることを目的として設

定した。予習では参考となる HP や動画を見ておくことをことで、最初の活動とつながるようにした。家庭

学習にすることによって、生徒自身がさらに関連するサイトや動画を見る可能性を残している。授業で

はやり取りを英語にすることによって Listening 力を鍛える。次に、新出単語・熟語の説明を行う。発

音・アクセントや派生語などの解説を簡潔に行い、リピートさせる。次にそれを本文中から探し出す活動

であるワードハントを行う。あらかじめ新出単語・熟語に印を付けておくことで、後々学習するときに意識

しやすくなる効果がある。

ワードハントの後には、TF 問題で概要レベルの内容理解を問い、あらかじめ教員側で設定したターゲ

ット文を和訳させることで精読の練習を行う。ターゲット文はターゲットになっている文法項目や生徒にと

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学校教育目標ではそれだけにとどまらない教育を目指しているため、そのレベル目指す際に前提とな

る項目である。英語を「使う」という表現を用いることと、4 技能を全て含めることで新課程のニーズを反

映させた。これによって、生徒が全ての技能において英語を「使える」ようになることを念頭に授業を構

成しなければならないということが明確になる。先に議論した、生徒が英語に触れる量を増やしたり、言

語活動を導入したりするという解決策はこの目標につながってくる。

次に、②では英語を通じて独学できるようにすることを設定した。学校教育目標では、一つ目の柱に

なりたい自分をはっきりさせること、二つ目に主体的に広く深く学ぶことが掲げられているが、それに関

連する目標である。英語の授業が言語の知識・技能に限定されるべきでなく、生徒が自らの目指すべ

きところに向かって、自ら学ぼうとする力も育成しなければならないという点が明確になる。先に議論し

た背景知識を活性化させたり増強させたりする活動や、教員が英語を使うことによってロールモデルと

なることが実践として考えられる。なお、「なりたい自分」になるためのステップとして大学入試を意識さ

せることが有効であるため、本校の強みである大学進学への指導の必要性も否定していない。

③は英語を通じて他者と関わったり、社会に貢献したりしようとする態度を身に付けることを設定した。

独学で得たものを用いて他者へ貢献するという構図から、学習到達目標の②とも関わりが深い目標で

ある。学校教育目標ではジェネリックスキル、新課程では英語を通して社会や世界と関わる力を獲得す

ることを目指す。こちらも英語の授業が言語の知識・技能に限定されるべきでないことが前提であり、生

徒が積極的に他者と関わりながら、問題を解決したり、社会に貢献したりできるような態度を育成しなけ

ればならない点が明らかになる。

最後に、これまでの本校の教育で大きな位置を占めており、今後も残していきたい目標として大学進

学を④に掲げた。あえて、学習到達目標の①と並列の目標としたことで、先進的な英語教育を行いつ

つも進学実績への配慮を忘れないことが明確になる。具体的な実践としては、3 年次に大学入試対策

へと方向転換を図ることなどが考えられるだろう。

CAN-DO リスト作成例(付録1)

ここでは、コンピテンシーベースの指導計画としての CAN-DO リストを作成する。まず横軸に学年、縦軸

に技能を設定し、それぞれの技能には実生活における目標、授業における目標、検定試験における目

標の欄を設けた。横軸の Advanced はレベルの高い生徒向けの目標である。

各技能において実生活の欄を設けたのは、「使える」英語の育成を目指すためである。授業の欄にお

ける目標は、最終的に日常生活で使用する場面を想定した上で、設定されなければならない。実生活

でこのくらい使えるようにするために、授業内でこれをできるようにするというつながりを考えた目標設定

が、「使える」英語を達成するために重要である。また、横軸の CEFR 基準と各技能に検定試験の目標を

含めたのは、新課程における 4 技能外部検定試験導入に合わせたものである。

学習指導計画作成例(付録2)

学習指導計画は、学習到達目標を達成するために指導すべき事項を 3 年間のスパンで表したもので

ある。何ができるかではなく、何を教えるかという記述である点において CAN-DO リストとは異なる。各学

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醸成、「なりたい自分」を描くことなどに通じる。自らの進路を実現させるという意味で、本校が力を入れ

ている大学進学はこの項目に対応させることができる。後者は主に世界についての知識や、生きていく

ための技能を提供する教育であり、探求学習や協働学習を通じて主体的な広く深い学びの実践やジ

ェネリックスキルの獲得を目指す。英語の知識や技能はもちろんのこと、それ以外の知識について深め

たり、協働学習の視点を導入し、コミュニケーション力や問題解決能力を鍛えたりすることを目標として

含めるべきであることがわかる。

○ SAOKA MIND の実践目標としての二つの柱と関連する項目

1. 自己観察教育

黙想、対話 ⇒ 倫理観、向上心、なりたい自分

2. リベラルアーツ教育

探求、協働 ⇒ 主体性を持った広く深い学び、ジェネリックスキル

教科の学習到達目標には、これらと共に新課程において必要とされている要素を交えて作成される

べきである。新課程において必要とされる要素の中で、特に学習到達目標と深く関連する事項を挙げ

ると以下のようになる。一つ目の「使える」英語の獲得は、英語に触れる量や英語を使う機会の確保す

る必要性があることについての記述である。二つ目は文字通り、4技能をバランスよく伸長させることに

ついて、そして三つ目は英語を使って、あるいは英語の授業を通して身につける一般的教養やコミュニ

ケーション能力、問題解決能力などといった力についての記述である。

○ 新課程の中で学習到達目標に含めるべき要素

「使える」英語の獲得

4 技能のバランスよい伸長

英語を通した、社会や世界と関わる力の鍛錬(学際的知識の獲得、協働学習)

以上の学校教育目標と時代の変化に伴うニーズ、すなわち新教育課程で求められる事項を合わせる

ことで、以下のような学習到達目標が作成できる。

○ 学習到達目標設定例

① 英語を使って読んだり、聞いたり、話したり、書いたりできるようにする。

② 英語を通じて、自分の興味・関心があることや、広く社会や世界のことについて積極的に独学

しようとする態度を身に付ける。

③ 英語を通じて、自ら積極的にコミュニケーションを図りつつ、目標を達成しようとする態度を身に

付ける。

④ 大学入試において進路の実現が可能な力を身に付ける。

まず、英語教育の目標は言語の知識・技能の習得であり、①の目標はそれを反映させたものである。

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つの授業、あるいは一つの単元についてのものである。指導方法の転換は、より長い目で見た教科指

導計画の上に成り立つものである。そうでなければ、なんとなく言語活動が入っているちょっと新しい感

じのする授業にしかならない。そこでは、例え問題点が浮き彫りとなって何かを改善しようにも、何を柱

にして改善すればよいのかが定まらなくて、結局毎年同じようなことを変えたり戻したりするという状況に

なりかねない。それでは改革の意味が無くなってしまうし、ノウハウの積み重ねもわずかなものにしかな

らないので、実績もあまり出ないだろう。

指導計画を作成する際に強調されているコンピテンシーベースの視点は、CAN-DO リスト無しでも考え

ることは可能であるが、あった方がより作りやすいように思う。本校においても全英語科教員が共有する

目標としての学習到達目標・教科指導計画を作成・設定することが必要である。その後は、毎年見直し

を行っていくことによって、本校の独自の英語教育の形成が期待できる。

本校英語教育のおける解決案

・教員が説明する時間を減らし、生徒が英語に触れたり、使ったりする時間を

多くする。

・段階的に活動を展開し、最終的には言語活動が行えるようにする。

・教員が英語を使う時間を作る。

・学習到達目標及び教科指導計画を設定する。

(エ) 教科指導計画作成例

ここからは新課程を念頭に置いた指導計画(CAN-DO リスト)を作成・設定した場合の作成例を提示した

い。はじめに断っておきたいのが、これはあくまでも作成例であって、このような指導計画にすべきだと

いう提案ではないということである。実際の指導計画の作成にあたっては、もちろん英語科内での時間

をかけた議論が必要である。ここでは、もし作ってみるとすればこのような手順で作ることが望ましいとい

う一つの例を提示したい。

学習到達目標の設定例

まずは学習到達目標についての記述を考えたい。学習到達度を考える際に出発点とすべきは学校

教育目標であり、そこから学習指導要領などの時代の変化に伴うニーズを反映させる形で、教科の目

標へと落とし込むことが望ましい。そこで、ここではこれまでのところ新教育課程研究推進部(新教研)の

中で議論されている学校教育目標案を用いて、英語の学習到達目標を作成してみたい。もちろん、こ

の新教研の案は作成途中であり完成までに内容が変わる可能性が高い。しかし、あくまで本項目は「学

校教育目標を反映した教科の目標をこのように作成することができる」という例を示すことが目的である。

たとえ学校教育目標の内容が変わっても、作成の手順は変わらない。

新教研の案(2018 年 1 月時点)では本校の教育ポリシーを SAOKA MIND とし、「遠くまで行こう」をスロ

ーガンとしている。そのための実践として二つの柱、すなわち自己観察教育とリベラルアーツ教育を掲

げている。前者は主に自己の人間形成に関する教育であり、黙想や対話を通じて倫理観や向上心の

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例えば、教科書本文の内容と関連したことについてスピーチをさせるなどという活動は、実際に他者

へ情報伝達をするという点から言語活動と定義され、本文の語彙や言い回しを使用する機会を提供

しているために、この段階の活動として機能していると考えられる。他にも Retelling(再話)は本文の

内容を自分の言葉で相手に伝える活動であり、スピーチと同様に言語活動の選択肢の一つとなる。

補足ではあるが、本文の内容面をさらに深める活動は、①だけでなく、他の段階にも入れることができ

る。その場合には背景知識の活性化というよりも、背景知識を増強することで本文と生徒の知識とのつ

ながりを強め、結果的に言語知識の定着に寄与することが期待できる。さらには教科の知識を超えた教

養教育としての機能を果たすこともなる。いずれにせよ、本文の内容に関する動画を見たり、ウェブサイ

トや文献などを読んだりすることは新課程に沿った活動として推奨できる。

教員が英語使う時間を作る

はじめに断っておきたいのが、これは全ての授業をオールイングリッシュにするわけではないというこ

とである。これまで文科省では英語の授業は英語で行うことを基本とする方針を打ち出してきた。しかし、

文法説明などをはじめ、日本語を基本とすべき時間もある。そこで、ここでは特に活動を中心とする授

業の時において、教員が基本的に英語を話すようにする時間を作るという方法を提案する。つまり、基

本的に日本語で授業する時もあれば、基本的に英語で授業する時もあるというイメージである。

英語を 4 技能の中で英語力全体と最も相関関係を持っている技能が Listening であると言われてい

る。言語習得の過程を考えても音声によるインプットは最も基本的であることは言うまでも無い。生徒が

大量に英語の音声に触れることは英語力全体に対して非常にポジティブな影響を与える可能性が高

い。しかし、生徒の Listening の機会を十分に確保することは難しい。従来の授業では基本的に本文

を読み上げる CD 音声と、リピーティングさせる際の教員の音声だが、どちらも本文のみにとどまる。ペア

ワークやグループワークで他の生徒が話す音声もあるが、発音や正確さに難があることが多い。そこで

教員が英語を話す機会を作れば、より音声英語に触れる時間を確保できる。

さらに、教員が基本的に英語を使用することで、生徒の英語を話すことに対する心理的な障壁が小さ

くなるという利点もある。できる限り生徒が英語を使う機会を増やすためには、まず教員の側が積極的に

英語を使う姿を見せることが効果的だろう。

また、日本人英語教師が英語を話しているということが、生徒の動機付けに影響する可能性もある。

生徒がやる気になるために、具体的な目標となる人間の存在が影響を与えることもある。自分と同じよう

な人種やバックグラウンドを持つ人間が英語を使っている姿は生徒のよいロールモデルとして機能する

だろう。

これらの利点を考えれば、授業中に教員が英語を使用することは非常に有効であり、4 技能をバラン

スよく伸ばす授業を行う際には欠かすことのできない点だと考える。

学習到達目標・教科指導計画を作成・設定する

ここまでは、訳読一辺倒の授業から脱出するための解決策を述べてきた。しかしながら、その多くは一

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言語活動を導入する

説明の時間を削ることで他の活動に割く時間を確保することができたならば、次に考えるべきは言語

活動の導入である。言語活動を効果的に導入するためには、4技能のバランスよい育成を達成しつつ、

段階的に言語使用のレベルを上げる活動を設定していくことが望ましい。例えば、未知語を推測する

習慣を付けたいからという理由で、新出単語を一切導入せず、辞書無しでいきなり新しいレッスンの文

章を読ませても、生徒はあまり理解できないだろう。また、「読みなさい」と言う指示だけでは生徒の活動

に対する取り組み方に大きく差が出てしまう。教員が説明する時間は最低限にして、いかに生徒が無

理なく自ら学ぶことのできる段階を設定した授業展開を達成できるかということが大切である。そのため

に、ここでは効果的な英語の授業で考慮すべき段階とその各段階に用いることのできる可能性がある

活動例について触れていきたい。

① 導入

生徒にとって新しい基本的な知識を入れる段階。既習内容や背景知識とのつながりを意識させるこ

とで、心理的障壁は小さくなり、新しい知識も頭に入りやすくなる。

ここでは初期学習者であればあるほど、説明の必要性が大きくなる。これまでのように文法事項の説

明や、語彙の導入といった活動を行うことが必要である。コミュニケーション英語であれば、本文の内

容に関する動画を見たり、ウェブサイトや文献などを読んだりして、背景知識を活性化させることも考

えられる。

② 理解

新しい知識を用いて実際に本文を読んだり、例題を解いたりする段階。ここで初めて生徒はその知

識が使われている場面に遭遇する。知識の運用が求められるためにレベルが上がるものの、多くの場

合、教員の助けによって達成される。先の項では、この段階を短くするか、生徒がより英語に触れる活

動を入れ込むことを提案した。

先に述べたように、ここでは生徒が徐々に深い内容理解へと進むような TF、Q&Aなどを提供し簡潔に

答えあわせをすることが考えられる。和訳をすることも可能であるが、その場合は訳読一辺倒にならな

いように、選択的にするなどといった工夫をしたい。

③ 定着

理解したものを自分の頭の中に入れたり、類題をたくさん解いたりする段階。生徒は段階②におい

て初めて使った知識を忘れないようにするため、そして、応用することができるようにするためにより広

く深い知識を形成していく。多くの練習を必要とする。

音読練習はこの段階における典型的な活動である。リピーティングのみならずシャドーイングやオー

バーラッピング、パラレルリーディング、ディクテーションなど様々な音読・音声活動を用いたい。

④ 応用

頭の中に入れた知識を実際に使う段階。言語活動を取り入れることができるのはこの段階である。

③における知識をできるだけ実際の言語使用に近い形で使う機会を提供するのが目標である。レベ

ルの高い活動であるため、学年や類を考えて難易度を調整したい。

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本校の文法訳読式授業の問題点

・生徒の英語に触れる量が少ない。

・育成している技能が精読や文法知識に偏っている。

・内容理解や文法解説の時間が大半を占め、定着活動や言語活動などを導入する時間がない。

・教員によって差が出やすい。

・生徒の受け身の姿勢を促す可能性がある。

・遅れた学校であるという印象を植え付ける可能性がある。

(ウ) 解決方法の検討

(イ)では本校の英語教育(特に文法訳読式の授業)の問題点を挙げた。ここではそれぞれの問題を

解決する具体的な方法を提案し、その有用性を検討したい。もちろん、それぞれの方法を組み合わせ

ることでより効果的な授業展開が可能になる。

説明の時間を削る

訳読の授業を脱出するには、まず何よりも授業時間のほとんどを占める内容理解・文法解説の時間、

すなわち、教員が説明している時間を減らすことが重要である。そうすれば、削った時間を他の技能や

言語活動などに充てることができる。そのための具体的な方法としては以下が考えられる。

① 和訳例・解答解説の配布

和訳例や解答解説を配ることで、当然のことながら説明の時間は減る。もちろん、配布するタイミン

グや組み合わせる活動は注意が必要だが、少なくとも本文や設問を長い時間かけて解説する必要

はなくなる。

② 選択的な和訳、解説

訳読は基本的に全ての文(設問)に触れる。それを選択的にすれば、それだけ説明に割く時間は

少なくなる。①と組み合わせれば、説明を省いた部分のフォローもできる。精読(解説)が必要な部

分とそうでない部分を見極めることで、従来鍛えていた精読力をできるだけ落とさずに、他の技能へ

時間を割くことができる。

③ 説明以外の方法で内容理解を行う(コミュニケーション英語)

これは特にコミュニケーション英語の授業に当てはまることである。生徒の内容理解は教員が一方

的に説明するという方法だけでなく、内容理解を促す活動をさせることでも達成できる。例えば、TF

や Q&A などの活動は難易度を調整することができる。そういった問題を段階的に提示することで、生

徒は繰り返し本文に触れながら、無理なく徐々に深い理解へ到達することができる。そういった活動

の中に、英語でのやり取りやペアワーク、グループワークなどを入れれば、生徒の英語に触れる量

を確保することや様々な技能を使用する機会までも設定できるのである。

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こちらもコミュニケーション英語と同様に「生徒の英語に触れる量が少ない」、「育成する技能に偏りが

ある」「教員による差が出やすい」といった注意点が挙げられる。英語表現では問題の解説が中心とな

るが、やはり定着活動や言語活動に割くことができる時間は設定されていない。

高大接続改革と本校の英語教育の現状

訳読の授業では、「英語に触れる量の不足」や「育成する技能の偏り」、「内容理解や文法解説のため

に時間がかかること」、「教員による差が大きいこと」が明らかになった。これらの問題点から、新課程で

求められる「英語が使える生徒の育成」、「4 技能のバランスよい育成」、「言語活動・学際的視点、アク

ティブ・ラーニング的視点の導入」は本校の現状では困難であると言える。

学習目標や指導計画に関しても、現在本校には CAN-DO リストの作成がなされていない。CAN-DO リスト

のようなコンピテンシーベースの学習目標と、それに対応した指導計画を作成・設定することが求めら

れる。

以上から、高大接続改革に際しては、文法訳読式の授業からの大きな転換と、CAN-DO リストに代表さ

れるコンピテンシーベースの視点を取り入れた長期的・段階的な学習目標と指導計画の設定が求めら

れる。

補足ではあるが、英語教育の枠を超えた問題点にも触れたい。まず、訳読の授業は生徒の学習に取

り組む姿勢にも影響を及ぼす可能性があると考えられる。講義型の授業では生徒は教員の話を聞くだ

けである。教員からの発問に対して能動的に参加しなければならない場面もあるが、主に一対一のやり

取りであったり、そもそも頻度が少なかったりするため、基本的に生徒は受け身の姿勢で授業に臨む。

生徒にとって授業は教員が英語についての知識を教える場であり、自分たち自身が英語を使ったり練

習したりする場であるという感覚は持ちにくいだろう。逆に、英語は自分が使ったり、練習したりするもの

であるという感覚を持てば、学習へ取り組む姿勢はより能動的になる可能性が高い。

また、全国的に高大接続改革が話題になっている現在では、学校の改革に対しての関心が高まる。

例えば、個別相談などをしていると、高大接続改革に対する本校の取り組みについて質問されることも

少なくない。その流れの中で従来の訳読を続けていくことは、学校として遅れている印象を抱かせてし

まう危険性もある。反対に、この機会を利用して本校の英語教育を改革すれば、学校の特色として打ち

出すこともできる。これまでも関心の高かった英語教育が、この改革でさらに注目されることとなった現

状では、特色ある英語教育を打ち出すことは生徒募集にポジティブな影響を与えることは十分に期待

できる。

本校の英語の授業でスタンダードとなっている文法訳読式の授業は、高大接続改革とのギャップに加

え、生徒の授業への姿勢、学校の評判など、多くの点で問題があることが明らかになった。したがって、

もし本校がこの改革に対応した教育を行うのであれば、早急に抜本的な見直しをする必要があるだろ

う。

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い。なお、焦点が当てられている Reading に関しても、行われていることは和訳を伴う精読のみである。

生徒の読み方にも偏りがあることは否めない。

第三に、内容理解に時間がかかるという点もある。一文一文の訳を確認していくことは非常に時間が

かかる。そうなれば、音読などの定着活動にかけられる時間はあまり無い。ましてや言語活動を導入す

ることはほとんど不可能である。

第四に、訳読の授業ではほとんどが教員の話す時間に費やされるため、教員による差が大きいことも

挙げられる。教員の話し方や解説の仕方、発問の仕方、教員の人間性、クラスとの相性などによって、

授業の質は大きく変わる。もちろん、先に述べたように予習の質も変わる。授業が教員主体である訳読

では、どのクラスにも安定した質の授業を提供することは難しいと考えられる。

本校の英語の授業「英語表現」

本校の「英語表現」では、全学年で文法の問題集を使用した授業を行っている(3 学年Ⅰ類のみ、英

作文の教科書を使用している)。CROWN の教科書はあまり使用していない。1 学年では教師が各文法項

目を講義で教え、生徒は予習で問題集を解き、教師が授業で解説しながら答え合わせをしていくという

方法を取っている。2、3 学年では文法項目の講義がほとんどなくなり、問題の解説が主となる。予習を

させて授業で解説するという流れはコミュニケーション英語と同じである。文法・文構造の解説や和訳が

授業の中心である点から、ここでもこの授業形式を「文法訳読式」と呼ぶ。

表 2.典型的な英語表現の展開(訳読)

指導

事項

時間

(分) 学習内容

生徒の触れる

英語

使用す

る技能

予習 問題集を解く。わからないところは調べる。 問題集の英語 R

導入 5~10 前回の内容を振り返る。(小テストがあれば実

施する。)

展開

35~40 教師はそれぞれの問題の文法事項等を解

説する。

教科書本文

( 教 師 の 解 説

で使われる例

文などの英語)

R

整理 3 振り返りと次回の予告をする。

表2は、前項と同じように表した典型的な英語表現の授業である。予習において生徒は自力で問題を

解く。解答を配布していないため、生徒は答えが出ない場合に文法書や辞書を使って答えを出す。な

お、教員によってはそれぞれの問題文を和訳できるようにしておくよう指導する人もいる。

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表 1 は典型的な訳読の授業例である。生徒が初めて本文を読むのは予習の時であり、たいてい辞書

で未知語を調べながら和訳をしていく。ここで生徒は本文の英語に一通り触れることになる。予習で本

文を精読することは効果的だが、予習という特性上、留意しなければならないこともある。

第一に、全ての生徒がきちんと予習をしてくるわけではないという点が挙げられる。何も教えられない

状態で初見の文を全て訳せるようにするのは、かなり要求されるものが多い。そもそも CROWN のレベル

には適していないような生徒の存在を考えれば、生徒の学力ややる気によって大きな差が出るだろう。

それをカバーするために教員が指導するわけだが、教員の影響が大きいということは、それだけ各教員

の特性による差が出てしまう。

第二に、わからないところを調べながら初見の英文を読むと、全く推測をしない生徒がいるという点も

ある。わからないところを適宜調べることは、知識を増やす目的では効果的であると思われる。しかし、

自然な読解プロセスである未知語や未知の表現の推測や、文構造がつかめない文を文脈で理解した

りする経験が伴わないことによって、わからないところは推測せずにすぐあきらめてしまうような読み方を

促す可能性もある。

第三に、インターネットなどを通じて、正しい和訳にアクセスできてしまうという点もある。先に述べたよ

うに、初見の文章を訳せるまで予習することは大変な作業である。もしもそれをインターネットですぐに

終わらせることができれば、それを利用する生徒が出てくるはずである。教師が授業中に和訳を聞いて

も、そのような生徒は手に入れた和訳を読み上げることで乗り切ってしまうことができる。そうなれば、教

員にとって生徒が予習をしているかどうか判断することはより困難になる。以上の留意点を考えれば、

訳読の授業における前提条件である予習は、生徒に求められることが多いために成立しない危険性が

ある。そして、後にも述べるが、予習のみならず、授業でも求められる読み方は主に精読であるために、

生徒の行う読み方に偏りが出てしまう。

訳読の授業は講義形式であり、教員が本文を日本語で説明する時間が大半を占める。ここにも留意

点がある。

第一に、生徒の英語に触れる量が圧倒的に少ないということが挙げられる。訳読の授業では生徒が

英語ではなく教員の話す日本語に触れる機会の方が多い。本文の英語は非常にゆっくりしたペースで

一通り触れていくだけである。CD や音読で何度か本文に触れる機会はできるが、「使える」ようになるた

めに十分なほど確保できているとは言いがたい。教員は解説しながら模範的な和訳を言っていくので、

生徒の焦点も英語を日本語でどう表現するかという点に置かれる。したがって、生徒がノートを取る場合、

英語を書くことよりも、和訳や解説などに含まれる日本語を書いていることの方が多くなる。

第二に、育成する技能に偏りがあるという点も注目すべきである。表1を見ると、生徒の使用する技能

のほとんどが Reading であることがわかる。これでは生徒の聞く力や話す力を伸ばすことは期待できな

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(イ) 本校英語教育の現状

(ア)においては、新課程英語教育に求められていることを述べてきた。本校の英語教育の基本は言

うまでも無く「授業」にあるので、ここでは本校の英語の授業に関して議論し、新課程において求められ

ることとのギャップを明らかにしたい。

本校の英語の授業「コミュニケーション英語」

本校の「コミュニケーション英語」では、1 学年と 2 学年において CROWN の教科書、3 学年において教

科書ないしは入試の過去問を集めた長文読解問題集を用いて、いわゆる「文法訳読式(訳読)」と呼ば

れる授業を行っている。訳読とは、教科書の本文を文法や文構造等の説明を加えながら和訳をしてい

く教授法である。生徒は予習の段階で本文のわからないところを調べ、正しい和訳が言えるようにして

おくことが求められる。

表 1.典型的なコミュニケーション英語の授業(訳読)

指導

事項

時間

(分) 学習内容 生徒の触れる英語

使用す

る技能

予習

本文の内容を読み、和訳して

おく。わからないところは自分

で調べる。

教科書本文 R

導入 5~10 前回の内容を振り返る。(小テ

ストがあれば実施する。)

展開

30 程度

5

3~5

5~10

教師は本文の解説をする。

教科書の Q&A

CD を流し、読み方を確認する。

音読練習をする。

(リピートなど含む)

教科書本文

(教師の解説で使われ

る例文などの英語)

教科書本文

教科書本文の音声

教科書本文

(教師の話す教科書本

文)

R

R

L

R,S

(L,R,S)

整理 3 振り返りと次回の予告をする。

※ R:Reading / L:Listening / W:Writing / S:Speaking

159

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の伝達・やり取りを中心とした活動が「言語活動」と定義されている。この定義における「言語活動」を導

入することで、生徒はコンテクストの中で英語を使う練習ができる。もちろんレベルが高い活動であるた

め、初期段階から導入することは難しいが、最終的には言語活動が成立する段階へ生徒を持っていく

ことが求められる。したがって、言語活動の導入を目的とした長期的・段階的な指導計画を立てる必要

がある。

③では、英語学習を「社会や世界に生かす」という視点が含まれている。言語知識のみに終始せず、

一般教養や他人や社会との関わり方にも、生徒が目を向けるようにしなければならない。例えば、教科

書本文の内容を深めるような、教科の枠を超えた学際的な知識・教養に触れることや、他者と関わりな

がら学んでいくアクティブラーニング(協働学習)の視点を取り入れる必要もある。

最後に、学習目標について触れたい。育成すべき資質・能力が変化するということは、当然それに合

わせた学習目標の設定も必要となる。学習目標の設定は指導計画を立てる上で不可欠であり、それに

よって生徒の長期的・段階的な指導が可能になる。新学習指導要領強調されている「何ができるように

なるか」というコンピテンシーベースの視点は、すでに平成 25 年に文科省が手引きを作成している

CAN-DO リストによって、各学校への導入が促されている。依然として CAN-DO リストを作成・設定していな

い学校においては特に早急な作成・設定を試み、それを基に長期的・段階的な指導計画を立てること

が求められる。

大学入学共通テスト

大学入学共通テストでは 2023 年度まで Reading と Listening のみを課す共通テストに加え、4 技能

(Reading, Listening, Writing, Speaking)を評価する民間の英語資格・検定試験を認定試験とし

て活用することが決定している。各大学はいずれか、または双方の試験を選択利用する。なお、2024

年度以降は認定試験に一本化する予定である。

この改革における大きな影響は、全生徒に対して 4 技能をバランスよく伸ばす教育を提供する必要性

が出てくるということである。従来では入試において Reading が非常に大きな割合を占めていたため、

英語教育の目標として、長文読解や文法知識の詰め込みに主眼が置かれがちであった。しかし、今後

は全生徒に対して、授業内で 4 技能を育成しなければならない。これは従来の Reading 一辺倒の教授

法に大きな転換を迫る改革である。

新課程英語教育において求められること

・英語に触れる時間、英語を練習する時間を増やす必要がある。

・言語活動を導入する必要がある。

・学際的な視点や、アクティブ・ラーニングの視点を入れる必要がある。

・CAN-DO リストを作成・設定する必要がある。

・長期的・段階的な指導計画を立てる必要がある。

・全生徒に対して 4 技能のバランスのよい伸長を目指す必要がある。

160

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8.英語教育

はじめに

本章では、この度の高大接続改革において大きな影響があると言われる教科である英語について、

本校の現状と照らし合わせながら議論する。その前に、この章は英語科としての総意ではないということ

を断っておく。高大接続改革が行われるものの、それに沿った英語教育をするかどうかは、学校全体や

英語科全体で議論をした上で決められなければならない。その議論において「もしも高大接続改革に

沿った英語教育を行うのであればこのようになる」というイメージがあれば、より充実した議論ができるは

ずである。本章ではこの改革に沿った英語教育を考えることで、そのイメージをできるだけ具体的にし

ていくことが目的である。繰り返しになるが、これから英語科として高大接続改革に沿った教育へと大き

く舵をとることが決まったということではない。どのように舵を取るか決める際の材料を提供するものであ

る。

なお、理想としては高入生と内進生や各類における差なども考えたいところだが、まずはこの改革に

際してどのような動きをするのかという、大まかな方向性を決めることが先決である。したがって、今回は

高校における教育のみに焦点を絞って進める。

(ア) 高大接続改革における英語教育

本項目では高大接続改革において本校英語教育に対して特に影響が大きいと考えられる「育成す

べき資質・能力の変化」と「大学入学共通テスト」を取り上げて議論したい。

育成すべき資質・能力の変化(学習・指導方法の改善)

中教審の「論点整理」(8 月 26 日)では、学力の3要素規定(①知識・技能、②思考力・判断力・表現

力等、③学びに向かう力、人間性)に対応する、次期学習指導要領のあり方として以下のような表現が

用いられている。

①「何を知っているか、何ができるか」

②「知っていること・できることをどう使うか」

③「どのように社会・世界と関わり、よりより人生を送るか」

これらの項目を英語教育に照らし合わせることで、高大接続改革において特に重視されている点が

明らかになる。まずは、英語を「知っている」状態から「使える」状態することを目指さなければならないと

いう点である。言語の特性上、「知っている」が「使えない」状態が存在しうる。例えば、ある英文が文法

的に誤っていることはすぐにわかるが、その文法項目を使って会話や作文を行う場合には、誤った使い

方をしてしまう生徒は目にすることが多い。言語は練習することによって「使える」ようになるので、生徒

に練習する機会を提供しなければならない。英語の授業においては、生徒が英語に触れる機会を増

やしたり、生徒が英語を使う機会を設けたりすることが求められるということである。

②では、英語を「使える」というレベルに関してもより高い目標が求められていると解釈できる。より高い

レベルとは、生徒があるコンテクスト(文脈)の中で適切な英語を使うことができるということである。新学

習指導要領では、音読やシャドーイングといったメカニカルな練習は「言語活動」とはみなされず、意味

161

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例2 国語

話者・発表者用チェックシート 聞き手・質問者用チェックシート

伝え方の工夫 姿勢・態度

 □ 声の抑揚・トーン、区切れの意識ができる  □ 発問内容を正確に聞き取れる

 □ 区切れの意識はできる  □ 発問内容を聞き取れる

 □ 意識できていない  □ 発問内容を聞き取れない

声の大きさ  □ 自身の考えを踏まえて質問できる

 □ 教室後方まではっきり聞こえる  □ 質問できる

 □ 聞き取ることができる  □ 質問できない

 □ 聞き取りにくい 質問内容

 □ 聞き取れない  □ 誤りや他の考えを指摘できる

説明内容  □ 疑問点やわかりにくい点を質問できる

 □ 品詞分解  □ 聞き逃した点や一度出た質問をする

 □ 主語述語関係

 □ 修飾関係 グループワーク用チェックシート

 □ 助動詞(意味) 話す

 □ 種類  □ 積極的に自分の考えを述べる

 □ 敬意の方向  □ 自分の考えを班員に伝える

 □ 語の省略  □ 自分の考えを述べるが伝わらない

 □ その他  □ 自分の考えを述べられない

 □ 文意に沿った訳ができる  □ 班員との議論を通して理解を深める

 □ 直訳できる 聞く

 □ 不足はあるが訳している  □ 班員の意見を聞き出すことができる

 □ 訳せていない  □ 班員の意見を聞くことができる

 □ 班員の意見を聞くが自身の考えを優先する

 □ 班員の意見を聞かない

 □ 班員全員の意見をまとめることができる

(

現代語訳

)(

敬語

)

(

聞く姿勢

)(

聞き取り

)(

質問有無

)

主張)

162

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生徒用簡易アンケートの例

例1 グループ学習の場合

課題 振り返りアンケート

1) あなたはどのくらい自分の意見や考えを言うことができたか。 1 2 3 4 5

<どのような点で> 全くできなかった 充分できた

2) あなたはどのくらい他のメンバーの意見や考えを聞くことができたか。 1 2 3 4 5

<どのような点で> 全くできなかった 充分できた

3) 課題に取り組んでいる間のグループ全体の様子(コミュニケーションの様子、意思決定のされ方、進め方や手順、

リーダーシップや影響関係、全体の雰囲気やその変化など)について、感じたことや気づいたことを記入して

ください。

4) 各メンバー(あなたを含め)の言動について、どのような言動がどのような影響を与えたかなど記入してください。

5) その他、今回の学習から気づいたこと、学んだことを記入してください。

163

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■発表(グループ発表)

技法 A B C

話し方

説明する内容や流れが

よく把握され、発声は明瞭

かつ間の取り方も適切であ

った。

説明する内容を原稿に

頼る部分もある。それによ

って、発声は不明瞭な部

分もあり、説明が単調にな

りがちであった。

説明する内容が頭に入

っておらず、秩序立った説

明がなされない。

提示資料 重要な点がよく強調されて

おり、図表などを用いてわ

かりやすく伝えられてい

た。

重要な定理・公式、問題を

解くために重要な考え方

や参照すべき、文献につ

いての詳細な記述もあり、

後学に役立つ資料となっ

た。

問題を解くにあたっての筋

道がわかりやすく提示され

ていた。論理の飛躍もな

く、発表を助けるための資

料となり得るものであった。

問題を解決へ導くために

必要な情報を集めることが

できず、論理に飛躍がある

資料であった。

知識の共

班内で説明事項に関する

話し合いが十分になされ、

内容理解においても情報

が良く共有されていた。誰

がどの問題を説明しても申

し分なかった。

問題によっては、内容を理

解している人とそうでない

人の差があり、班内で各々

の得手不得手を解消でき

なかった部分が見受けら

れた。

班内での話し合いが不十

分で、内容理解において

班 内 で 差 が 歴 然 で あ っ

た。

発表の内

説明すべき内容の取捨選

択がよくなされていた。図

や模型、板書を上手に利

用し、論理的な説明の下、

正確な内容を伝えていた。

質疑応答では、全ての質

問に対して的を射た返答

をした。

説明が不足したり過多にな

ったりすることがあった。言

葉や文字だけでは説明し

づらい部分に、対応できて

いない部分もあった。質疑

応答では、いくつかの質問

には答えることができた。

全体的に説明が不足して

おり、内容もわかりづらいも

のとなってしまった。

質疑応答では、ほとんどの

質問に答えることができて

いなかった。

164

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■グループ学習

技法 S A B C

問題に取り

組む態度

グループ内で複数

の 解 法 が 共 有 さ

れ、それぞれの解

法を考察すること

で、多面的な見方

ができる。

教え合い、学び合

いの場があり、各自

でわかったことや解

法の筋道を班内で

共有し、班として一

つの結論を得ること

ができる。

各自で問題を解く

ことが中心となり、

取り組んでいる課

題に対して、班とし

ての結論を得ること

ができていない。

課題に対して集中

して取り組むことが

できていない。(話

が脱線することが

多いなど)

問題に関す

る情報を収

集する

教科書や問題集を

基に原理・公式や

別解を確認し、イン

ターネットなどを利

用して、その問題

の背景まで探ること

ができる。

教科書の問題集を

基に既習事項の確

認 を 重 点 的 に 行

い、基本事項と課

題となっている問

題との繋がりを明ら

かにできる。

課題となっている

問題に対する結論

を得るための最低

限の情報を集め、

問題の取り組み方

に見通しを持つこと

ができる。

問題を解決へ導く

ために必要な情報

を集めることができ

ず、論理に飛躍が

ある結果となる。

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例6 数学

■授業・自主学習

技法 S A B C

知識・技能を

身につける

原理・公式を深く

理解し、公式を利

用して問題を解い

たり、公式を自ら

証明したりすること

ができる。

原理・公式を理解

するとともに、状況

に応じて使うべき

公式を適切に選

択して、問題を解

くことができる

原理・公式を理解

し、使いどころを明

示されることによ

り、適用することが

できる。

原理・公式を覚え

たり、理解したりす

ることができていな

い。

問題を解く 題意を把握して問

題を解き、出題者

の意図や問題の

背 景 を 考 慮 に 入

れて解答できる。

題意を把握して段

階別に分解し、各

段階に対して基本

問題を対応させ、

解くことができる。

基本問題に対して

題意を把握し、原

理 ・ 公 式 を 適 用

し、問題を解くこと

ができる。

題 意 を 把 握 で き

ず、公式・原理を

問題に対して適用

できない。

既 習 事 項 を

活用する

既習事項と問題と

の 関 係 を 深 く 解

し、一つの問題に

対して、様々な見

方ができる。

既習事項を問題

に対して適切に対

応させ、問題を解

くことができる。

得られた条件を基

に、既習事項を活

用することで、部

分的な問題を解く

ことができる。

既習事項が身に

ついておらず、問

題と既習事項との

関連も見いだせな

い。

論 理 を 展 開

する

論理的な根拠に

基づき、多角的な

説明がなされ、筋

道を立てて結論を

導くことができる。

論理記号と言葉に

よる詳しい説明を

もとにして、論理の

飛躍なく結論を導

くことができる。

数学的な論理記

号を用いながら、

答案として見やす

く工夫できている。

解答を導く過程の

説明が乏しく計算

処理に留まり、答

案が相手に伝わり

にくい。

他と関連づけ

問題の条件の表

現 方 法 を 目 的 に

応じて変えながら

問題を解くことが

でき、積極的に別

解を探すことがで

きる。

問題の条件によっ

て複数の分野との

関連を想起し、関

連のある最適な分

野に置き換えて解

答を展開できる。

与えられた問題を

ある特定の分野の

問 題 に 置 き 換 え

て、解答を展開で

きる。

他の問題に関連

づけたり置き換え

て解答を展開した

りすることができて

いない。

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例5 国語

話者・発表者(発表時)

聞き手・質問者(発表時)

資料(発表時・提出時)

グループワーク

    尺度 項目

5点 3点 1点

説明内容

下記の5点を過不足無く説明し、現代語訳している。 品詞分解 主語述語関係 助動詞(意味) 敬語(種類・敬意の方向) 語の省略

下記の4点の説明ができ、ある程度現代語訳できる。 品詞分解 主語述語関係 助動詞(意味) 敬語(種類のみ)

下記の3点の説明や現代語訳が不十分である。 品詞分解 主語述語関係 助動詞(意味)

姿勢・態度

資料を見ず、聞き手に目を向けて話すことができる。

資料を見ながら、聞き手にも目を向けて話すことができる。

聞き手に目を向けず、資料を見ながら話してしまう。

    尺度 項目

1点3点5点

声の大きさ

教室後方までしっかり聞き取ることができる。

大きくはないが、聞き取ることができる。

聞き取りにくい箇所がある。はっきりと聞き取れない。

伝え方の工夫

声の抑揚やトーン、区切れを意識し、聞き取りやすく、理解をしやすい工夫がなされている。

話のまとまりを意識し、区切れを意識して話している。

抑揚や区切れを意識せず、資料を読むだけになってしまう。

姿勢・態度

発表内容を正確に聞き取り、自身の考えを踏まえて質問ができる。

発表内容を聞き、質問ができる。 発表をきちんと聞かず、質問ができない。

質問内容

発表の誤りや他の考え方を指摘できる。

疑問点や発表時にわかりにくい箇所について質問できる。

聞き逃した点や同一箇所を質問してしまう。

資料内容

下記の7点を正確にし、文意に沿う現代語訳ができる。 品詞分解 主語述語関係 修飾関係 助動詞(意味) 敬語(種類・敬意の方向) 語の省略 その他

下記の5点を踏まえ、直訳だが、現代語訳ができる。 品詞分解 主語述語関係 修飾関係 助動詞(意味) 敬語(種類のみ)

下記の3点を軸に、現代語訳ができる。 品詞分解 主語述語関係 助動詞(意味)

    尺度 項目

5点 3点 1点

聞く

・班員の意見を聞き出す。・全員の考えを聞き、グループでの考えをまとめる。

・班員の意見を聞くことができる。 ・班員の意見は聞くが、自身の考えを優先してしまう。・班員の意見を聞かない。

    尺度 項目

5点 3点 1点

話す

・積極的に自身の考えを述べる。・班員との議論を通して理解を深める。

・自身の考えを班員に伝える。 ・自身の考えを話すが、うまく班員に伝わらない。・自身の考え述べることができない。

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実験報告書

A B C

実験報

告書の

記載

・ワークシートに結果を有効数

字を含め的確にまとめられ、滴下

量平均値が、あらかじめ予測され

た数値からおおむね 1%の範囲

である。

・「日時、天気、気温、湿度、終

点の色」等を全て記載している。

・滴下量の精度に疑問を感じた

際、主体的に再度滴定を行い、

確認している。

・滴下量等の精度に疑問を感

じ、その原因を考察し、報告書の

記述している。

・ワークシートに結果を有

効数字を含め的確にまとめ

られ、滴下量平均値が、あら

かじめ予測された数値から

おおむね 5%の範囲であ

る。

・「日時、天気、気温、湿

度、終点の色」等を全て記

載している。

・ワークシートに

結果を有効数字

を含め的確にまと

められていない。

・結果をあらかじ

め予測できていな

い。または、滴下

量平均値が、あら

かじめ予測された

数値から大きく外

れている。

事後学習

評価規準

中和滴定実験を振り返り

整理する

・実験の結果から中和反応における量的関係について考察

し、表現している。

滴定曲線について学ぶ ・中和反応における滴定曲線について理解し、知識を身に付

けている。

168

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実験操作 評価規準 A…十分満足できる B…おおむね満足できる C…努力を要する

A B C

実 験 器

具 の 知

識・扱い

・器具の名称や操作の仕方を理解してい

る。

・的確な容量の器具を用いることができる。

<メスフラスコ>

・液面を標線に合わせている。

・標線の合わせ方がスムーズである。

・栓をしてよく振り混ぜ、均一な溶液にして

いる。

<ホールピペット>

・液面を標線に合わせている。

・標線の合わせ方がスムーズである。

・的確に操作し最後の一滴まで滴下してい

る。

<ビュレット>

・コックをスムーズに操作している。

・滴下の仕方がスムーズである。

・終点で溶液の滴下を止めることができる。

・目盛りを的確に読み取ることができる。

・器具の名称や操

作の仕方を理解して

いる。

<メスフラスコ>

・液面を標線に合わ

せている。

・栓をしてよく振り混

ぜ、均一な溶液にし

ている。

<ホールピペット>

・液面を標線に合わ

せている。

・的確に操作し最後

の一滴まで滴下して

いる。

<ビュレット>

・コックをスムーズに

操作している。

・終点で溶液の滴

下を止めることができ

る。

・目盛りを的確に読

み取ることができる。

・各器具の名

称や操作の仕

方を十分に理

解 で き て い な

い。

・液面を標線

に合わせること

ができない。

・目盛りを的

確に読み取る

こ と が で き な

い。

169

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例3 発表の場合

A(5点) B(4点) C(3点)

声 相手にわかりやすいように

間や抑揚に気を付けなが

ら、はっきりと大きな声で

発表している。

部分的に間や抑揚に気を

付けたり、ところどころ聞こ

えない声で発表したりして

いる。

聞き取りにくく、間や抑揚

に工夫がない

目線・態度 相手と目線を合わせなが

ら発表している(堂々として

いる)

原稿に時々目を落としな

がら発表している(3 回ま

で)

相手を見ず、原稿を見な

がら発表している

見た目 話に合わせてタイミングよ

く、効果的に写真やジェス

チャーを使っている

話に合わせて写真やジェ

スチャーを使っているが、

効果的でなく、情報が少

ない

写真やジェスチャーを話し

に合わせて使っていない

発表内容 情報量が多く、内容がわ

かりやすい。聞き手が興味

を持つように工夫がみられ

情報量は多いが、内容が

少しわかりづらい。聞き手

が興味を持てるように、少

し工夫が必要である

情報量は少なく、内容もわ

かりづらい。聞き手が興味

を持てるように、工夫が必

要である

質疑応答 質問に対して、全て答える

ことができる

質問に対して、ときどき答

えることができる

質問に対して、答えること

ができない

例4 理科 中和滴定実験

予備知識

評価規準

酸・塩基の基本概念 ・酸、塩基の定義と基本的概念について理解し、意欲的に探究しようと

している。

酸・塩基の価数と強弱 ・酸、塩基の価数と強弱について理解し、知識を身に付けている。

水素イオン濃度と pH ・水素イオン濃度と pH の関係について理解し、考察や表現ができてい

る。

指示薬と pH ・指示薬と pH の関係について理解し、知識を身に付けている。

中和反応と塩の生成と

分類

・中和反応による塩の生成と分類について考察し、表現している。

・酸、塩基の性質及び中和反応に関する基本的な概念を理解し、知識

を身に付けている。

170

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(ウ)ルーブリック・アンケート事例集

例1 テーマに対する思考過程

技法 S A B C

比較する

背景に潜む相違点

と共通点をもとに自

分の意見を持つ

背景に潜む相違点

と共通点を指摘で

きる

明示的な相違点と

共通点を指摘でき

相違点、共通点の

指摘が不正確

関連づけ

物事の体験とのつ

ながりをもとにして

心理的社会的背景

に迫ることができる

物事の体験とのつ

ながりを図や言葉

で表現できる

物事の体験とのつ

ながりを指摘するこ

とができる

物事の体験とつな

がりが、明らかにミ

スマッチ

推論する

経験や常識とつな

げながら、筋道立て

て予想ができたり結

論を導き出したりす

筋道立てて予想が

できたり結論を導き

出したりする

知識や経験をもと

に見通しを持つこと

ができる

勘や当て推量を超

えられない

変換する

状況に応じて柔軟

に、情報の表現形

式を変えることがで

きる

目的に応じて、情

報の表現形式を変

えることができる

情 報 の 表 現 形 式

を、自分なりに変え

ることができる

変換したことによっ

て内容が大きく元と

変わる

S‥Super(期待する思考活動以上に、何かプラスαがみられる)

A‥十分期待できる(期待する思考活動が十分みられる)

B‥概ね満足できる(期待する思考活動はみられるが、未到達な部分もみられる)

C‥努力を要する(期待する思考活動がみられない)

例2 グループ学習

項目 秀逸(4点) 達成(3点) 要改善(2点) 努力を要する(1点)

情報収集 体系的に必要な情

報を十分集め、発

展的に広げられた

体系的にトピックに

関する情報を十分

に集められた

情報は集められた

が体系的ではない

トピックに関する情

報を集められなか

った

役割責任 役割を果たし、他

者も支援した

役割に応じた責任

を果たした

役割を果たしきれ

ず人の助けを借り

役割を果たそうとす

る意思がなく人任

グ ル ー プ

での議論

自分の意見もまぜ

ながら、全員の意

見をうまく調停した

自分の意見を聞く

と同時に他のメン

バーの意見もよく

聞いた

意見を主張しすぎ

人の意見を聞かな

議論に全く参加し

ていない

171

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提案1 定期考査に学習成果を確認できるような問題を入れる。

定期考査の問題は、授業内での「意欲」「思考力」「判断力」「答えにたどりつくまでのプロセス」だけで

なく、授業後の学習で習得した内容も結果に影響する可能性が高いため出題内容を含め、評価の妥

当性を検討していく必要がある。ただし、授業内の成果のみを単独で評価することは難しいと思われ

る。

提案2 平常点の中で点数化していく。

平常点(最大 20 点分)の中に、授業内でのルーブリック評価等を点数化し入れる。従来の平常点で

は、小テスト・ノート提出・レポート等を評価しているため、それらとの評価のバランスを考慮する。現状

では、平常点の扱い方は教科や類によって異なるため、公平性や妥当性についても検討していく必要

がある。

提案3 多面的評価の点数化について、方法・ルールを新たに確立させる。

様々な議論がなされた結果、本校が、授業内での「意欲」「思考力」「判断力」「答えにたどりつくまで

のプロセス」に対する評価を重要視することになった場合、上記のような扱いではなく、全ての教科にお

いての公平性や評価の透明性のために、教務内規の見直しも視野に入れて議論する必要がある。

172

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(3)ルーブリック評価の課題

① テスト等の通常の定量的評価に比べると手間がかかる。

② ルーブリックを作成するだけでは評価者間の誤差が完全にはなくならず、継続的にワークショップ

などで評価者間の誤差を調整し続けることが必要である。

③ 共通ルーブリックの作成は規準間のレベル設定などが難しく、誰もが作成できる訳ではない。(PD

CAサイクルによる精選化も必要)

【5】生徒自身における「自己評価」「相互評価」の必要性

(1) 「自己評価」の効果

① 自分自身を振り返って自分なりに吟味してみる機会を与える。

② 外的な評価の確認を伴った形でなされることで、客観的で妥当性を持つ自己認識を成立させる。

③ 自己評価の項目や視点により、これまで意識してなかった面に気づき、そこに潜む問題点を明確

にすることができる。

④ 自分の次のステップについて、新たな決意や意欲を持つ。

(2) 「相互評価」の効果

① 生徒をより自律的にさせ、学習動機を高める。

② 他の生徒を評価することにより、相手の成果から学び、自己の内省を促進する。

③ 他の生徒の指摘を受けることで、自己と他者の認識の違いに気づき、自分に対する客観視がより

可能となる。

④ 生徒同士からのフィードバックは理解しやすく、教師が考えつかないような有用で多様なフィード

バックを期待することができる。

⑤ 教師が1人で採点を行うよりも多人数で評価を行った方が、信頼性が高くなる。

⑥ 相互評価は、さらなる自己評価へつながる。

【6】本校の今後の課題

今回の指導要領の改訂に伴い、本校でも「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指していくことと

なると思われる。

授業において、各教科に応じた考え方・見方を働かせ、知識を相互に関連付けて深く理解し、情報

を取捨選択し考えを構築し、問題を見出して解決策を模索し、思いや考えを創造していく力を育むこと

が重要視される。そして、繰り返し述べるが、授業内での「意欲」「思考力」「判断力」「答えにたどりつくま

でのプロセス」等を学習の成果として評価する必要がある。教科や類で共通性を持ち、どのように実践

し、評価していくかが今後の検討課題となるため、今まで以上に教員間での深い議論が重要である。

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【4】ルーブリック評価について

(1) ルーブリックとは、生徒が到達すべき目標と評価規準を具体的・段階的にマトリクス形式で記述し

た評価指標のことである。アクティブ・ラーニングのようなパフォーマンス課題の評価には、現状と

して最も有効なものとされている。

ルーブリックの共通化

次学期の授業への

シフト容易化

※ 関連する事項として、教材やテキストや生徒の学習スキルの伸長状況を教員間で共有できる。

以下の方法で活用すると効果的である。

① 評価の観点・規準を共有する。

② 期間を調整してレポートを課す。

③ タイミングを調整し、フィードバックする。

(レポートとフィードバックのタイミングは調整)

④ 学習スキルの伸長状況を教員間で共有する。(課題レポートの回覧等)

(2)ルーブリック評価の利点

① 到達目標と評価の観点・規準を可視化することで、評価者の主観的ばらつきを縮小し、評価の標

準化ができる。

② 生徒があらかじめ到達目標や評価の観点・規準を意識して学習に取り組むことができる。

③ 形成的評価と総括的評価に一貫して利用可能であり、生徒へのフィードバックが理解しやすくなり

容易となる。(テスト等の定量的評価よりは手間はかかる)

④ 単独科目の評価にとどまらず、構造的・体系的な評価に活用していくことができる。

⑤ 評価と生徒の達成度評価の両方の用途で利用可能である。

生徒の成績やレポートの自己点検の容易化

学習計画の容易化

共通ルーブリック

到達目標の明確化

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(イ)アクティブ・ラーニング評価法

【1】アクティブ・ラーニングにおける評価法とは

アクティブ・ラーニングが『学習者の能動的な参加』を目的とするならば、授業内での「意欲」「思考力」

「判断力」「答えにたどりつくまでのプロセス」等を学習の成果として評価する必要がある。しかし、従来、

多く行われている答えがひとつになる「単語」や「数字」のテストの結果では判断することが難しく、評価

の設定には、目標と授業と評価を一致させることが重要である。生徒の学習意欲と成長度合いは相関

しているべきで、参加度合いが成績に反映されていない場合は、どこに問題点があるのか、必ず探究し

なければならない。

評価とは、「成績や点数をつけること」だけでなく、

教員が「生徒は何ができて、何ができないのか」を知ることであり、

生徒自身が「自分は何ができて、何ができないのか」を知ることである。

【2】評価の目的

評価には3つの目的がある。

① 診断的評価‥‥学習する以前に、生徒は何ができるのかを知ること。

② 形成的評価‥‥学習の途中で、生徒が学習目標に正しく向かっているかどうかを知り、フィー

ドバックすることにより、後の学習の改善につながるものを知ること。

③ 総括的評価‥‥学習の最後に、生徒は何ができるかを知ること。成績付けのために行うもの

(定期テスト)や形成的評価の側面を持つものもある。

※評価の目的がわからないようなものではなく、生徒の学習意欲につながるような実質的な評価に

する。

【3】「知の構造」と評価方法

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(3)eポートフォリオの活用

eポートフォリオとは、生徒の授業や行事、部活動などでの学びや、自身が取得した資格・検定、学校

以外の活動成果を、情報として記録し蓄積したものである。大学入試時の利用だけでなく、大学教育に

おける初年次教育への反映、就職活動のエントリー時の活用も検討されている。eポートフォリオは、紙

ベースの記録に比べて、情報の編集や統合が容易であり、保存データは劣化せず、写真や映像等の

大容量のデジタルデータも記録ができる。情報共有がしやすく、3年間の内容について、不断に生徒1

人ひとりの情報を効率・効果的に管理することが可能となる。

新たな調査書イメージ(案)

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(2)ルーブリック評価

知識やスキル成功の度合いを示す数レベル

程度の尺度と、それぞれのレベルに対するパ

フォーマンスの特徴を示した記述語(評価規

準)からなる評価規準表による評価。

(3)ポートフォリオ評価

生徒の学習・活動の過程、成果などの記録や作品を計画的にファイル等に集積。そのファイルととも

に、生徒の学習状況を把握するとともに、生徒や保護者に対し、その成長の過程や到達点、今後の課

題等を示す。

【6】大学入試での多面的評価

《現行》 《2021 年》

・一般入試 ・一般選抜

・AO入試 ・総合型選抜

・推薦入試 ・学校推薦型選抜

※ 一般選抜では、筆記試験に加え、「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」をより積極

的に評価するため、調査書や志願者本人が記載する資料等を活用する。

※ 総合選抜、学校推薦型選抜では、調査書、推薦書等の提出書類だけでなく、小論文、プレゼン

テーション、口頭試問、各教科・科目に関するテスト、「大学入学共通テスト」等のうち、少なくとも

1 つの活用が必須化される。

(1)調査書の様式の見直し

生徒の資質・能力を適切に評価するため、18 年度高校入学生から調査書の様式が見直される。

(2)調査書の具体的な変更点

現行の様式から「指導上の参考となる諸事項」の欄が拡充され、時系列で6つの項目ごとに記載され

るように分割される。また、裏表の両面1枚の制限を撤廃する。これまでは調査書は3年の学級担任が

作成し、不足部分は過去の担任に聞きとりをする必要性が生じていたが、今後は3年間を通じた計画

的な対応が求められる。

6つの項目

①各教科・科目及び総合的な学習の時間における特徴等

②行動の特徴、特技等

③部活動、ボランティア活動、留学・海外経験等

④取得資格・検定等

⑤表彰・顕彰等の記録

⑥その他

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【3】多面的評価の実践上の留意点

◎ 自校が育成を目指す資質・能力を全校で共有し、教師間でベクトルを合わせる。

◎ 主体性等をはかる際、発言回数などだけの表層的な評価にならないよう、評価規準等を定める。

◎ 教師からの評価だけでなく、自己評価・相互評価も取り入れ、他面的に評価する。

◎ 総括的な評価だけでなく、eポートフォリオ等を通じて形成的な評価も行う。

◎ 生徒が自己の成長や変容を認識できる、振り返りの場面や仕掛けを設定する。

◎ 社会で必要とされる人材の育成の結果、多様な資質・能力を身に付けた生徒が大学の多様な入

試に対応できるという意識を持つ。

【4】各教科等の学習評価の観点

学習評価の観点 資質・能力の3つの柱 学習評価の観点

【5】多面的評価の方法

生徒1人ひとりが多様に学びを作り上げていく過程や、どのような資質・能力がどのようにどの程度伸

びているかを把握するための形成的評価の方法。

(1)パフォーマンス評価

知識やスキルを使いこなす(活用・応用・統合する)ことを求めるような評価方法。論説文やレポート、展

示物といった完成作品、スピーチやプレゼンテーション、協働での問題解決、実験の実施といった実演

(狭義のパフォーマンス)を評価する。

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7.高大接続改革における多面的評価の推進

高大接続改革の実施おいて高等教育では、生徒の学びや学習過程を含めて評価する必要があり、

現在の評価法ではなく、「多面的評価」が求められる。

その評価は、日々の授業に加え、学校行事・部活動・生徒会活動等も含まれる。日々の活動を通じ

た幅広い資質・能力について行われ、今まで以上に複雑化されることとなる。その場合において最も重

要視されるのは、本校がどのような生徒を育てる教育を行うのかという教育理念を、全教職員が共有す

ることである。全教職員の共通認識のもと、本校の教育活動全体を体系化し、育成すべき資質・能力を

具体化し、その育成に向け、指導目標と評価方法を設定する。かなり大がかりなことではあるが、今回

の高大接続の改革が、本校の改革の大きな機会と捉え、学校全体で取り組むべきものと考える。

多面的評価の評価するポイントにおいては、生徒の学習目標と連動させるため、生徒自身が評価内

容を知ることが学びには効果的となる。多様な教育活動が自身の成長に関連し合っていることに気づき、

どのような資質・能力が伸びているのかを客観的に把握し、認識することが可能となり、自身の描く将来

像の実現に必要な学びを理解することができるようになる。

【1】多面的評価の目的と課題

◎ 資質・能力を育成するためには、前の学びからどのように成長しているか、より深い学びに向かっ

ているかどうかなどを捉えることが求められる。

◎ 各教科等の学習評価は、「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の3つ

の観点で行う。それらの観点は、毎回の授業ですべてを見取るのではなく、単元や題材を通じた

まとまりの中で行うことが重要である。

◎ 資質・能力のバランスの取れた評価を行うために、レポート作成、発表、グループワークといった多

様な活動によるパフォーマンス評価などを取り入れるとともに、総括的評価を行い、資質・能力がど

のように伸びているか、日々の記録やポートフォリオを通じて把握することが必要である。

◎ 生徒1人ひとりが自らの学習状況やキャリアを見通したり、振り返ったりすることができる

教師からの評価だけではなく自己評価を行うことも求められる。

【2】多面的評価の意義

◎ ペーパーテストだけでは測れない生徒の隠れた力や可能性が見えることで、教師の生徒理解が

深まり、指導の質や意欲が向上する。

◎ これからの時代に求められる力や授業・活動で育みたい力を伝えることで、生徒は、授業が自身

の資質・能力を高める場になると理解し、前向きに取り組むようになる。

◎ これまでは気づかれなかった資質・能力が評価され、認めてもらえることで、生徒の自己肯定感の

向上につながり、日常生活や学び、将来への意欲が高まる。

◎ 生徒も教師も生き生きとし、学校全体が活性化する。

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出す。

(3) 個人思考2 さらに、その反対の立場をとったと仮定し、その場合の論拠を5つ以上書き出す。

(4) ディベート1 3人組になり、肯定・否定・ジャッジの役割を順にとり、3回のディベートを行う。

例 1 肯定側立論(2分) → 2 否定側立論(2分)

→ 3 肯定側反論(1分) → 4 否定側立論(1分)

→ 5 自由討論(2分) → 6 判定 → 7 振り返り(3分)

(5) ディベート2 授業外学習として調べ学習を行い、次の授業時にグループを変えてディベート

を行う。

(6) まとめ 反論の想定を含めた意見レポートを提出する。

●「話し合い」の基本原理

① 参加者はすべて対等である。

② 他者に対する先入観を捨てる。

③ 相手の語る言葉そのものを問題にする。

④ 自分の実感や体験に基づいて対話する。

⑤ 他者の質問や疑問を禁じない。

⑥ 他者との対立やズレを積極的に見つけ展開する。

⑦ 自他の意見が同じか違うかという二分法を避ける。

⑧ 社会通念や常識にとらわれず常に新しい了解へと向かう。

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(ウ)アクティブ・ラーニングの技法

①Think-Pair-Share(ペアワーク)

自分で考える → 他人と意見交換 → 全体で考える

(1) 課題明示 教師が話し合いの課題を与える。

(2) 個人思考 一人で考える。

(3) 集団思考 ペアで意見を交換し、ペアとしての意見をまとめる。

(4) まとめ 各ペアがクラス全体に発表し、意見交換する。

②ラウンド・ロビン

新しい考えを次々と生み出していくことを目標に、課題について4~6人組で順番に意見を述べて

いく。ブレインストーミングの簡易版。何巡するのか、制限時間を設けるのか、調整する。

(1) 課題明示 教師が話し合いの課題を与える。

(2) 個人思考 一人で考える。

(3) 集団思考 グループ内で順番に考えを述べ、グループとしての意見をまとめる。

(4) まとめ 各グループがクラス全体に発表し、意見交換する。

③ジグソー法

1つの長い文章を3つの部分に切って、それぞれを3人グループの1人ずつが受け持って学習す

る。それを持ち寄り、互いに自分の学習部分を紹介しあって、ジグソーパズルを解くように全体像を

浮かび上がらせる手法。

課題明示 3種類の課題を準備し、3人1組でそれぞれ担当者を決める。

(1) エキスパート活動 担当別に集まり、課題別「専門家」グループを作る。意見交換し、学習を深め

る。

(2) ジグソー活動 「専門家」グループを解き、もとのグループに戻って担当内容を教え合う。

(3) クロストーク 各グループがクラス全体に発表し、意見交換する。

④ピア・レスポンス/ピア・ラーニング

レポートやプレゼンテーションなどの準備過程で、自分たちの書いた文章を他者の目を通して改善

点や多様な視点を得ることができる。書き手と読み手の双方の視点を体験しフィードバックし合うこと

で、表現能力を高める。良い点、わかりにくい点を指摘する。

⑤マイクロ・ディベート

疑似ディベートとして、2コマ程度で行う。

(1) 課題明示 教師が話し合いの課題を与える。

(2) 個人思考1 個別に肯定または否定のいずれの立場をとるか決め、その論拠を5つ以上書き

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・ 事象の中から自ら問を見いだし、課題の追及、課題の解決を行う探求の過程に取り組む

・ 精査した情報を基に、自分の考えを形成したり、目的や場面、状況等に応じて伝えあったり、考え

を伝えあうことを通して集団としての考えを形成したりしていく

・ 感性を働かせて、思いや考えを基に、豊かに意味や価値を創造していく

資料①

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教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、

教養、知識経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学修、問題解決学習、体験学習、調査

学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有

効なアクティブ・ラーニングの方法である。」

「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて(答申)」用語集より

答申では、「学校教育における質の高い学びを実現し、学習内容を深く理解し、資質・能力を身に付

け、生涯にわたって能動的(アクティブ)に学び続ける」ことを目標とし、「主体的・対話的で深い学びの

視点に立った授業改善を行う」こととある。実際に、どのようなことに気をつけ授業改善を行えばよいの

か、答申では次の3つの視点で示されている。

【主体的な学び】

学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って粘り

強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる「主体的な学び」が実現できているか。

・ 学ぶことに興味や関心を持って粘り強く取り組むとともに、自らの学習をまとめ振り返り、次の学習

につなげる

・ 「キャリア・パスポート(仮称)」などを活用し、自らの学習状況やキャリア形成を見通したり、自ら振り

返ったりする

【対話的な学び】

生徒同士の協働・教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ自己

の考えを広げ深める「対話的な学び」が実現できているか。

・ 実社会で働く人々が連携・協働して社会に見られる課題を解決している姿を調べたり、実社会の

人々の話を聞いたりすることで自らの考えを広める

・ あらかじめ個人で考えたことを、意見交換したり、議論したりすることで新たな考え方に気が付いた

り、自分の考えをより妥当なものとしたりする

・ 子ども同士の対話に加え、子どもと教員、子どもと地域の人、本を通して本の作者などとの対話を

図る

【深い学び】

習得・活用・探究という学びの過程の中で、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、

知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを基に創造したりすることに向かう

「深い学び」が実現できているか。

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6.「アクティブ・ラーニングの視点」からの授業改善

(ア)学習指導要領改訂の方向性

平成29年3月に公示された新学習指導要領において、「現行(当時)の学習指導要領の枠組みや教

育内容を維持した上で、知識の理解の質をさらに高め、確かな学力を育成」することを基本的な考えと

して改訂が行われた。その中で「豊かな創造性を備え持続可能な社会の創り手となることが期待され

る生徒に、生きる力を育むことを目指すに当たっては、学校教育全体並びに各教科、道徳科、総合的

な学習の時間及び特別活動の指導を通してどのような資質・能力の育成を目指すのかを明確にしな

がら、教育活動の充実を図るものとする。」とある。またその際に、次の3点が偏りなく実現できるように

しなければならない。

(1)知識及び技能が習得されるようにすること。

(2)思考力、判断力、表現力等を育成すること。

(3)学びに向かう力、人間性を涵養すること。

(中学校学習指導要領 第1章 第1の3)

したがって、これまで曖昧だった「生きる力」を育むために伸ばす資質・能力が学習指導要領で明確

に示され、教科の目標や内容はこの3本柱に基づいて再整理されることになった。

(例)高校の新科目「公共」の新設等

上記で明確にされた資質・能力の育成を目指す教科の授業等については、次のように記されてい

る。

「単元や題材など内容や時間のまとまりを見通しながら、生徒の主体的・対話的で深い学びの実現

に向けた授業改善を行うこと。特に、各教科等において身に付けた知識及び技能を活用したり、思考

力、判断力、表現等や学びに向かう力、人間性等を発揮させたりして、学習の対象となる物事を捉え

思考することにより、各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方(以下「見方・考え方」とい

う。)が鍛えられていくことに留意し、生徒が各教科等の特質に応じた見方・考え方を働かせながら、知

識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見出して解決策

を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう過程を重視した学習の充実を図ること。」

(中学校学習指導要領 第1章 第3の1の(1))

生徒が授業等で得た知識・技能は主体的・協働的な問題発見・解決の場面を経験することで定着す

ると考えられる。そのような場面、つまり「主体的・対話的で深い学び」を各教科の特性に応じて提供す

ることが必要だと述べられている。ただし、目指すものは質の高い学びを実現するために「授業の工夫・

改善を重ねること」であり、「形式的な対話」を授業に取り入れたり、「ある特定の授業の型」を目指すも

のではないと答申では説明している。

(イ)主体的・対話的で深い学びの実現

(「アクティブ・ラーニング※」の視点からの授業改善)

※アクティブ・ラーニングの定義

「教員による一方的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた

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モデルケースとして取り上げられている、3年間を通して志望理由書、自己推薦書を書けるように指

導・研究していくことなど、現状のような各学年での対応ではなく、学校としてこの『総合的な探究の時

間』をどのようにしていくか固めていく必要がある。

変化の激しい時代を生き抜くために必要な、多様な意見や考え方を広く受け入れ、自分なりに問い

を立てて解決に向かう力を身に着けさせる、伸ばす指導をどのように行うか、学校全体で育成できる教

育課程を編成していかなければならない。

③ 各教科の学習評価の観点

「資質・能力」の3つの柱に基づいて再整理される。学習評価の観点が「知識・技能」「思考・判断・表

現」「主体的に学習に取り組む態度」3つに整理され、指導要録の様式も改善される。

「資質・能力」をバランスよく評価するためには、ペーパーテストの結果のみにとどまらず、論述・発表・

話し合いなど、生徒が学んだことを活用して思考・判断・表現する場面を設定することも必要となる。

問題点としては、「主体的に学習に取り組む態度」の評価が、挙手の回数やノートの取り方などで評価

されることなど。「主体的・対話的で深い学び」の視点から授業と評価方法を研究し、改善する必要があ

る。

評価を行う際には、単元等のまとまりを見通した計画を立てる必要がある。(後述6.7.)毎回の授業

すべてで見取るのではなく学習内容と評価の場面を適切に組み立てることが重要である。

VIEW21 2017 4 月

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卒業に必要な単位数は現状と同じく 74 単位である。大きな改訂がある国語、地理歴史・公民、外国

語は本校で行っている現行のカリキュラムを置き換えることで対応することになる。必修科目に関しては

以下のとおり。

『国語総合』においては、『現代の国語』、『言語文化』に。

『世界史A』、『日本史A』、『地理 A』、『現代社会』においては、『歴史総合』、『地理総合』、『公共』に

『コミュニケーション英語Ⅰ』においては、『英語コミュニケーションⅠ』

『社会と情報』においては、『情報Ⅰ』に対応

その他の科目に関しても、現行で割り振れている単位数で割り振ることになる。

大きく科目構成の変わる国語・地歴公民が大学入学共通テストでどの科目を必修としてどういう形で

実施されるのかによって2・3年次のカリキュラムを再検討する必要が生じる。また、学校型推薦選抜に

おける必履修科目を各大学がどのように設定してくるのかという点にも注視せねばならない。

今後、学習指導要領が公表され、それに応じた大学側からの入学者選抜の条件提示によってカリキ

ュラムを柔軟に変更する必要が出てくるであろう。また、名称上大きな変更のない数学、理科などにお

いても、学習指導要領の内容によっては、単位数や履修学年の調整、見直しが必要となる。

また、新設選択教科の理数探究を扱うのか否かについても議論を要する。

数学の知識・技能を総合的に活用して探究的な学習を行う新たな科目として設置された。履修単位を

『総合的な探究の時間』の単位に替えられる方向に進んでいる。SSH 指定校では、指導体制・教員の

指導力の育成・必要経費の確保・環境設備など確保されているが、ハード・ソフトの両面から考えて、狭

山ヶ丘の現状では即導入することは困難と思われる。しかし、以前示された大学入学共通テストのモデ

ル問題でもその系統の問題が提示されたことを考えると前向きにとらえる必要がある。

② 総合的な探究の時間

現行課程の「総合的な学習の時間」から名称が変更される。しかし、単なる名称の変更だけではなく、

答申によると、「小・中にわたって、教科横断的な総合学習の取り組みの成果を活かし、生涯にわたっ

て探究する能力を育むための総仕上げ」としての位置づけが強調されている。「複数の高校で現状行

われている進路選択に関する取り組みは(総合の時間ではなく)特別活動に位置づけるべき」との見解

もある。現在、狭山ヶ丘高校の2年生で行っているオープンキャンパスへの参加、進路ガイダンスなどの

進路行事や3年生で行っている『茶道』を今後も『総合的な探究の時間』として扱い続けていくのか。ま

た、『総合的な探究の時間』として認められるのかが今後のカリキュラム検討の焦点となる。

万が一、『茶道』が『総合的な探究の時間』の1単位として認めることが困難な場合は、『茶道』の存続

も考える必要が出てくる。現在、3年生Ⅰ類、ⅡⅢ類理系に関しては、『茶道』を『総合的な学習の時間』

の1単位とみなして週当たりの授業数が34時間であり、『茶道』と『総合的な学習の時間』を別に設定す

ると、1時間授業数が増え7時間授業の日が存在することになる。また、『総合的な探究の時間』の共通

教材が作成されるという発表もある。

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4.次期学習指導要領の変更点

① 高校教育課程の変更

改訂後 現⾏

教科 科⽬標準単位数

必修 ← 教科 科⽬標準単位数

必修

現代の国語 2 〇 国語総合 4 〇※⾔語⽂化 2 〇 国語表現 3論理国語 4 現代⽂A 2⽂学国語 4 現代⽂B 4国語表現 4 古典A 2古典探究 4 古典B 4地理総合 2 〇 世界史A 2 △地理探究 3 世界史B 4 △歴史総合 2 〇 ⽇本史A 2 △⽇本史探究 3 ⽇本史B 4 △世界史探究 3 地理A 2 △公共 2 〇 地理B 4 △倫理 2 現代社会 2 △政治・経済 2 倫理 2 △数学Ⅰ 3 〇※ 政治・経済 2 △数学Ⅱ 4 数学Ⅰ 3 〇※数学Ⅲ 3 数学Ⅱ 4数学A 2 数学Ⅲ 5数学B 2 数学A 2数学C 2 数学B 2科学と⼈間⽣活 2 △ 数学活⽤ 2物理基礎 2 △ 科学と⼈間⽣活 2 △物理 4 物理基礎 2 △化学基礎 2 △ 物理 4化学 4 化学基礎 2 △⽣物基礎 2 △ 化学 4⽣物 4 ⽣物基礎 2 △地学基礎 2 △ ⽣物 4地学 4 地学基礎 2 △体育 7~8 〇 地学 4保健 2 〇 理科課題研究 1⾳楽or美術or⼯芸or書道Ⅰ 2 〇 体育 7~8 〇⾳楽or美術or⼯芸or書道Ⅱ 2 保健 2 〇⾳楽or美術or⼯芸or書道Ⅲ 2 ⾳楽or美術or⼯芸or書道Ⅰ 2 〇英語コミュニケーションⅠ 3 〇※ ⾳楽or美術or⼯芸or書道Ⅱ 2英語コミュニケーションⅡ 4 ⾳楽or美術or⼯芸or書道Ⅲ 2英語コミュニケーションⅢ 4 コミュニケーション英語基礎 2論理・表現Ⅰ 2 コミュニケーション英語Ⅰ 3 〇※論理・表現Ⅱ 2 コミュニケーション英語Ⅱ 4論理・表現Ⅲ 2 コミュニケーション英語Ⅲ 4家庭基礎 2 △ 英語表現Ⅰ 2家庭総合 4 △ 英語表現Ⅱ 4情報Ⅰ 2 〇 英語会話 2情報Ⅱ 2 家庭基礎 2 △理数探究基礎 1 家庭総合 4 △理数探究 2~5 ⽣活デザイン 4 △

3~6 〇※ 社会と情報 2 △※2単位まで減らせる 情報の科学 2 △△教科内選択必修 3~6 〇※(理科→科学と⼈間⽣活を含む2科⽬か基礎3科⽬) ※2単位まで減らせる

△教科内選択必修(理科→科学と⼈間⽣活を含む2科⽬か基礎3科⽬)

総合的な探究の時間

国語

地理歴史

公⺠

数学

理科

体育

外国語

家庭

芸術

情報

理数

国語

公⺠

数学

体育

芸術

総合的な学習の時間

家庭

情報

地理歴史

理科

外国語

187

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*教科・総合学習における特徴 *行動の特徴および特技

*部活動やボランティア活動 *取得資格・検定

*表彰・顕彰 *その他

様式を、裏表両面 1 枚の制限を撤廃し、弾力的に記載する

(推薦書)

◎ 「学力の 3 要素」に関する評価を明記することを必ず求める

(志願者本人の記載する資料)

◎ 「総合的な学習の時間」において取り組んだ課題研究や学校の内外で意欲的に取り組んだ活動

(生徒会活動、部活動、ボランティア活動 … etc)についての記載を求める

◎ 記載内容を入学希望理由に留まらず、入学後の学習計画や大学卒業後を見据えた目標につい

ての記載を求める。

◎ 志願者本人の記載書類についてのプレゼンテーションなどを求める

◎ 実技に関し評価を行う際に、活動報告書や学修計画書を積極的に活用する

188

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を行える体制を整えていくことが肝要である。

(3)AO 入試/推薦入試

【AO 入試/推薦入試】は、平成 33 年度入試より【「総合型選抜」/「学校推薦型選抜」】に名称を変

える。(AO 入試/推薦入試)では、各々のアドミッション・ポリシーの下、丁寧な方法で多面的・総合的

な評価が実施されることが望ましい。しかし、現状としては課題が多くあり、この入試形態についても改

善の必要性がある。

〈課題〉

◎ (「知識技能の習得状況に過度に重点を置いた選抜としない」/「原則として学力検査を免除」)と

する実施要項の記述を理由に、知識・技能および思考力・判断力・表現力の評価が不十分である

◎ 早期に合格が決定されることにより、高等学校教育の充実や本人の学習意欲の向上に寄与して

いない

◎ 入学手続きをとった者に対して、多くの大学が入学前教育を実施しているが、本人の学習意欲の

維持には繋がっていない

〈改善の方策〉

◎ 各大学が実施する評価方法(小論文、プレゼンテーション、口頭試問、実技、教科に関わるテスト)

や検定試験、大学入学共通テストのうち少なくとも一つの活用を必須化する

◎ 推薦書内で、「学力の 3 要素」に関する評価の記載を増やす

→ 選抜の際にこの欄の活用を必須化する

◎ 教育課程に基づく学習を終える時期にできるだけ近い時期に、出願・合格発表を行う

→ 総合型選抜(現行、AO 入試)…出願:(現行 8 月→)9 月以降、合格発表:11 月以降

学校推薦型選抜(現行、推薦入試)…出願:(現行通り)11 月以降、合格発表:12 月以降

◎ 高等学校は大学と連携して、学習意欲を維持するために必要な指導と入学前教育を充実させる

→ 本人に学習計画を立てさせ、その取り組み状況を大学に報告するなど

(4)調査書や提出書類の扱いについて

「学力の 3 要素」を多面的・総合的に評価するためには、「主体性を持って多様な人々と協働して学

ぶ態度」に対する評価を充実させることが必要不可欠である。一人一人が積み上げてきた大学入学前

の学習や多様な活動をより積極的に評価する方法を用いる。この評価方法については、高等学校で作

成される調査書や提出書類に関する評価のあり方を見直すことによって、その後の大学教育に十分に

活かされるようにする必要がある。また、将来的には調査書の電子化を構想している。(→Japan

e-Portforio)

〈改善の方針〉

(調査書)

◎ 各大学が、調査書や志願者が記載する資料を「どのように」活用するかを、募集要項に明記する

◎ 「指導上参考となる諸事項」の欄を拡充し、内容毎に欄を分割して、記載内容を具体化させる

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果を公表することを求める(その仕組み作りも行っていくことが急務)

各大学の個別選抜において、検定試験の結果は、出願資格/試験免除/得点加算/総合

判定の一要素などの活用方法がある

大学入試センターが行っている成績提供業務の観点から、認定試験の結果をセンターに一

元的に集約し、各大学へ提供する

各大学に送付する試験結果は、高校 3 年生の 4 月~12 月の 2 回までとする

←受検者の負担/高等学校教育への影響/受検機会の回数制限を設ける

有効期限の取り扱いや既卒者の対応については、今後検討する

(2)一般入試

一般入試は、平成 33 年度入試より「一般選抜」に名称を変える。

国公立大学、私立大学の双方の入学試験においても、「学力の 3 要素」が十分に評価される必要が

あることには変わりがない。現行の入試形態の、「学力の 3 要素」を評価するにあたっての課題と改善点

を以下に挙げる。

〈課題〉

◎ 出題科目が 1、2 科目に限定されている場合がある

◎ 記述式を導入していない場合がある

◎ 英語 4 技能を総合的に評価ができていない

◎ 「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」の評価が不十分である

〈改善の方策〉

◎ 教科・科目に関わる試験の出題科目の見直しを行う

◎ 記述式問題を導入し、その充実を図る

◎ 英語 4 技能を適切に評価する

◎ 難関私大に対し、記述式問題を導入するよう指示があった

◎ ※調査書や志願者本人の記載する資料を積極的に活用し、それらをどのように評価するかについ

て、各大学の募集要項に明記をする

※ 面接、集団討論、各種大会の顕彰の記録、探究的な学習の成果等

ここで注目すべきは、一般入試でも、「学力の 3 要素」の一つである「主体性を持って多様な人々と協

働して学ぶ態度」についても十分かつ適切な評価をするということである。これについては、調査書を

十分に活用し、各種活動や顕彰の記録を加味することにより、受験生のこれまで歩んだ軌跡も適切に

判断される。各担任は生徒の諸活動に対して、細やかに記録をつけ、教員全体でその情報を共有して

いく必要があり、そこには「学力の 3 要素」についての生徒への評価に関する記載も加えることが好まし

い。また、次の「(3) AO 入試/推薦入試」でも記載するが、調査書や推薦書の「指導上参考になる諸事

項」の欄は今後拡充する方針であるため、多角的に、全教員が一人一人の生徒の活動や行動の評価

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正解を選択式にするのではなく、必要な数値や記号をマークさせる問題

・ 英語の 4 技能評価

高等学校学習指導要領が抜本的に改革されることが予定されており、その中でも特に英語の指導

要領の改訂が顕著である。現行の学習指導要領でも、各学校段階に応じて、英語を用いて授業を

行うこととし、統合的な言語活動を重視することとしている。

一方で、その言語活動はまだまだ十分に整備されておらず、多くの課題が挙げられている。その

一つとして、中等教育における英語教育としてはコミュニケーション能力を身に付けることを設定しな

がら、「何ができるようになったか」ではなく、「(知識として)何を知ったか」が重視されがちだということ

がある。この現状から、コミュニケーション能力の育成を意識した取り組みも不十分であるとの指摘が

ある。

これを受けて、学校内で英語の 4 技能(Reading・Writing・Listening・Speaking)をバランスよく育成

し評価できる体制を整えるとともに、大学入試においても、受検生の英語の 4 技能を適切に評価して

いく必要がある。この英語の 4 技能を適切に評価するため資格・検定試験を活用することが望ましい

とされている。

→資格・検定試験の活用の必要性

Writing・Speaking の試験を、50 万人規模で一斉実施することは困難である

資格・検定試験は、4 技能を総合的に評価するものとして認知され、一定の評価が定着して

いる

資格・検定試験が、推薦入試や AO 入試を中心に大学入学者選抜にも活用されている実績

がある

文部科学省が、高等学校や大学等における資格・検定試験の活用を奨励している

以上より、大学入学者選抜において資格・検定試験を活用することで、英語 4 技能を適切に評価できる

ことが期待されている。

・ 現在の動向

共通テストの英語試験を平成 35 年度まで実施する(英語以外の外国語の試験についても同

様)

←平成 36 年度からは、次期学習指導要領に対応する共通テストの実施される

大学入学者選抜に資格・検定試験を活用することにより、制度の大幅な変更が生

じ、受検生の混乱を招くことが予想される

平成 35 年度までは、各大学の判断で共通テストと資格・検定試験のいずれか、または、双方

を選択利用することを可能とする

成績表示は、各検定試験の試験結果または CEFR に対応した段階別評価により各大学に提

供される

異なる検定試験の結果の比較については、実施団体に採点基準が CEFR と対応した検証結

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様々な事象と数式、図表、グラフ等の数学的な表現を関連付けて考察し、問題解決の方向を

構想する力を記述式問題で評価する (数学)

※ 他への影響

高等学校への「主体的・対話的で深い学び」に向けた授業改善を促す (国語)

各大学の個別選抜では、自らの考えを立論し、表現するプロセスを評価できる記述式問題を

導入するよう各大学に促す

→共通テストと個別選抜の双方において記述式問題が導入されることにより、高等学校教育・大学教育の

改革を充実する

共通テストでは、数学的処理によって数値等の解答を得たり、結果を得るために数式、図表、

グラフなどで表現をしたりする問題に加え、問題解決の方略を表現する問題については、条

件付記述式として出題する。また、証明問題等の複数の解法が存在する場合があるため、各

大学の個別選抜で出題する方針とする (数学)

※ 記述式問題の要領

国語

一、 記述式問題は「国語総合」で導入し、古文・漢文の原文の内容

を把握したり、解釈したりする出題は除く

一、 マーク式問題と記述式問題を分けて出題し、合計の試験時間は

100 分程度とする

一、問題数は 80~120 文字程度の記述式問題を含め 3 問程度とする

数学

一、 記述式問題は「数学Ⅰ」「数学Ⅰ・A」双方において、「数学Ⅰ」の

範囲で導入する

一、 マーク式問題と記述式問題を混在して出題し、合計の試験時間

は 70 分程度とする

一、問題数は 3 問程度とする

・ マーク式問題の見直し

思考力・判断力・表現力を重視した問題の出題へ

→改善の方針

問題解決のプロセスを自ら選択しながら解答する問題

複数のテキストや資料から、必要な情報を組み合わせて考える問題

分野の異なる文章の内容を検討する問題

学習内容と他教科、日常生活、社会との関わりについて考える問題

正解が一つに限られない問題

複数の段階にわたる判断を要する問題

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大学入学共通テストの方針

■共通テストの目的

・ 高等学校段階における基礎的な学習の達成の程度を判定する

・ 大学教育を受けるために必要な能力を把握する

・ 各教科および科目の知識・技能・思考力・判断力・表現力を有しているかを評価する(具体的には、

【知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力】を評価することに

重点を置く)

■実施主体

大学入試センターが問題作成、採点、その他一括して処理することが適当な業務を行う。

■実施開始年度

平成 32 年度(2018 年度高校 1 年生該当年度)より実施される。

平成 29 年度(今年度) → 実施方針の公表、プレテストの実施(11 月)

平成 30 年度 → プレテストの実施

平成 31 年度 → 実施大綱の公表、確認プレテストの実施

平成 32 年度 → 大学入学共通テストの実施

次期学習指導要領が抜本的に見直され、教科の枠組みおよびその指導要領が大きく変わった。平

成 36 年度から実施される次期学習指導要領に対応する共通テストの方針についても検討を重ねてい

る段階である。平成 36 年度以降は、教科・科目を簡素化することも検討されている。その方針について

は平成 33 年度を目途に公表を行う。

■出題教科・科目

出題教科・科目は、現行の「大学入試センター試験」通りである。(~平成 35 年度)

・ マーク式問題に加え、「国語」「数学Ⅰ」「数学Ⅰ・A」においては記述式問題を導入する

←高等学校学習指導要領で「国語総合」「数学Ⅰ」が共通必科目として設置されている

ため

・ 平成 36 年度のテストからは、地理歴史・公民分野、理科分野でも記述式問題を導入予定

←現行の学習指導要領では、地歴公民や理科は共通必履修科目が設定されていな

い。次期学習指導要領では、歴史総合・地理総合・公共が共通必履修科目となる

※ 記述式問題導入の背景

【知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力】等を育むため

に国語をはじめとする全教科等における「言語活動」を充実する (国語)

大規模の受検者が臨むと予想される共通テストで、言語活動を通じて育成された資質・能力

を的確に評価する (国語)

これまでのセンター試験では、構想から結論に至るプロセスが予め文脈として提示され、問題

解決の過程を再現する力を図る問題が中心となっている (数学)

193

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3.大学入学者選抜改革

(ア)大学入学者選抜に求められるもの

従来から何度も行われてきた教育改革の中で、常に目指してきたものは、人間一人一人がそれぞれ

の目標に向かって、自己を磨き、他者と協調して助け合いながら、豊かな生活を送っていく「生きる力」

を育んでいくということである。この「生きる力」は、「豊かな人間性」「健康・体力」「確かな学力」の 3 つか

らなると定義されており、教育が人間一人一人に授けるものに学力が含まれているのである。

この学力を授けるための教育方法として、「ゆとり」か「詰め込み」か、どちらが良いかの議論がなされ

てきたが、今後はその 2 択ではなく、

① 知識・技能の確実な習得

② (①を基にした)思考力、判断力、表現力

③ 主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度

の 3 つの事柄を要素にした「学力の 3 要素」を育んでいくことが必要であるという方向性が定まってきて

いる。当然ながら、高校の課程における「学力の 3 要素」は、それまでの義務教育課程の成果を確実に

受け止め、さらに向上し発展させていく必要がある。したがって、大学入学者選抜においても、大学入

学希望者が「学力の 3 要素」を基にした能力をどれほど有しているかを問うような選抜方法に変化を遂

げていかなければならないとしている。(イ)以降で述べるように、大学入試の形態にも変化が伴うため、

本校もこの改革の意図を深く理解し、この変化に対応していかなければならない。

また、この大学入学者選抜は、高校生が自らの夢や目標を実現していくために大学教育に求めるも

のと、大学がどのような力を有した学生を求めているのかの、双方の思いをマッチングさせ、その資質・

能力を測るものとして適切な選抜方法でなければならないとしている。この点に関しても、本校は進路

指導において、生徒の各々の目標と各大学が提供する教育内容の双方を深く理解して、生徒に対して

適切な情報を提示し、生徒には自らの目標を基にした大学調査をするように指導していかなければな

らない。そして、大学側に生徒に関する情報を適切に伝達し評価をしてもらうために、生徒の諸活動に

関する情報を適宜記録して、共有できるように努めていく必要がある。

(イ)大学入学者選抜の改革

(1) 大学入学共通テスト

現行では、ほとんどの受験生が受験する共通試験として、センター試験がある。このセンター試験が

(ア)で述べたような「学力の 3 要素」を基にした能力を適切に測ることができるものであるかどうかは、

(ア)に基づき議論を交えなければならないところである。

現行のセンター試験では、記述式問題は出題されていない。しかし、記述式問題を導入しなくとも思

考力・判断力・表現力を問う問題を出題する傾向にはあるが、より正確に受験生の知識に裏付けられた

思考力・判断力・表現力を適切に評価するために、記述式問題を導入することとなった。この大学入試

センター試験に代わる新テストを「大学入学共通テスト」と呼ぶことに決まった。

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が求められている。その評価方法の内容とその相互関係を各大学がアドミッション・ポリシーに明示し、

「学力の 3 要素」の多面的・総合的な評価方法を提示する。これを通して、個別の大学がディプロマ・ポ

リシー、カリキュラム・ポリシーに合うと考えられる多様な入学者を選抜できるようにするとともに、入学希

望者にとっては、大学入学者選抜を、人生の最終目的に見立てるのではなく、卒業後の自分の人生を

開くに値する大学かどうかを見極める有意義な手段にできるようになっていくのである。

アドミッション・ポリシーをより具体的に記載している大学がある中で、抽象的な表現に留めている大学

もある。今後、総合型選抜入試など入学希望者の能力を多面的・総合的に評価される中で、大学側も

入学者に求める能力や、評価基準・方法をより具体的にしていく必要がある。そうすることで、大学の特

徴や大学側が求める人材に合った生徒を高校側が受験させることができ、理想的な選抜が可能である

と考える。

入学試験の基本方針として興味深いところは、東京大学が「高等学校までの教育からできるだけ多く

のことを、できるだけ深く学ぶよう期待します」と明記していることである。いかにして、高等学校で学習

する範囲を体系的により深く学ばせていくかが教員側の課題となる。

-参考-

ディプロマ・ポリシー

各大学、学部・学科等の教育理念に基づき、どのような力を身につけた者に卒業を認定し、学位を授

与するのかを定める基本的な方針であり、学生の学修成果の目標となるもの。

カリキュラム・ポリシー

ディプロマ・ポリシーの達成のために、どのような教育課程を編成し、どのような教育内容・方法を実施

し、学修成果をどのように評価するのかを定める基本的な方針。

アドミッション・ポリシー

各大学、学部・学科等の教育理念、ディプロマ・ポリシー、カリキュラム・ポリシーに基づく教育内容等

を踏まえ、どのように入学者を受け入れるかを定める基本的な方針であり、受け入れる学生に求める学

習成果(「学力の 3 要素」についてどのように成果を求めるか)を示すもの。

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このように法学部は、入学志願者に対して高校等での幅広い教科の学習を求めています。

【東京理科大学】

・期待する学生像

建学の精神と実力主義の伝統に基づく、本学の教育研究理念のもと、

1.高等学校段階までの基礎知識と思考力、判断力、表現力を備え、専門分野の学習に必要な学力

を持つ人。

2.将来広く国内外で国際的な視野を持って活躍するための基礎的な素養を身に付けている人。

3.自らの考えを表現する力を備え、主体的に多様な人々と協働して学ぶ意欲のある人。

を多様な選抜方法により広く求める。

・入学試験の基本方針

(A 方式入学試験)

幅広い科目に対する基礎的知識と思考力、判断力を持つ人を、大学入試センター試験の得点を用

いて選抜する。

(B 方式入学試験)

本学の各学部・学科の特性に見合う基礎知識とそれを応用する能力及び思考力、判断力を持つ人

を、各学部・学科独自の学力試験の得点を用いて選抜する。

(C 方式入学試験)

理数系科目を中心に幅広い基礎知識と思考力、判断力を持つ人を、本学独自の学力試験と大学入

試センター試験の得点を用いて選抜する。

(グローバル方式入学試験)

本学の特性に見合う基礎知識と思考力、判断力及びコミュニケーションスキルとして英語力を持つ人

を、本学独自の学力試験と英語の資格・検定試験の成績を用いて選抜する。

(推薦入学試験)

高等学校段階までの基礎知識と思考力、判断力、表現力を持ち、自ら学ぶ意欲のある人を、書類審

査、小論文、面接等により選抜する。

(社会人特別選抜、帰国子女入学者選抜、外国人留学生入学試験)

企業等で得た経験に基づく判断力、学問に対する姿勢や考え方、海外で身に付けた能力を持ち、

自ら学ぶ意欲のある人を、大学入試センター試験、資格・検定試験の成績、小論文、面接等により選

抜する。

最後に

これら三つのポリシー、および入学者選抜方法の間の緊密な関係が外部者に理解できるように表現

し、それが当該大学に関心を持つ人、入学希望者、社会人、外国人等、三つのポリシーを理解しようと

する多様な人々が十分理解できるような内容と表現であることが求められる。

その中でも特にアドミッション・ポリシーに関しては学力の 3 要素について、具体的にどのような能力を

どのレベルで求めるかを重視する必要があり、それを大学入学者選抜において適切に評価されること

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統を築いてきました。グローバル化する現代の社会でこの理念を実現してゆくために、ICU では日本全

国および世界各地からの次のような資質を持つ学生を求めています。

・文系・理系にとらわれない広い領域への知的好奇心と創造力

・的確な判断力と論理的で批判的な思考力

・多様な文化との対話ができるグローバルなコミュニケーション能力

・主体的に問題を発見し、果敢に問題を解決してゆく強靭な精神力と実行力

日本ありは世界各国の教育制度で、文系・理系にとらわれず幅広く学び、各教科・科目の基礎知識

を関連づけて行動する知性への変革する能力や外国語によるコミュニケーション能力を備えていること

を重視します。

・入学試験の基本方針

自己と世界の変革に挑戦する様々な可能性に満ちた学生を受け入れるために、教養学部では多様

な選抜方法と多元的な評価尺度による入学者選抜を実施しています。

【明治大学】(法学部)

・期待する学生像

法学部では、幅広く高度な教養教育・基礎法学教育・多様な法律分野にわたる専門教育を行い、こ

れを基礎とした豊かな人間性・人権感覚・法的思考の涵養を通じて、現代社会の要請に応えうる自律

的な市民社会の担い手を育成することを教育目標としています。

こうした教育目標を十分に達成するため、法学部では次のような学生を求めています。

1 自律心を持ち、自ら学ぶ意欲のある者

2 社会への興味関心を持ち、広い視野から事象を探求する意欲のある者

3 他者への寛容な精神を持ち、他者との共生を目指すことができる者

4 物事を論理的に考えることができる者

5 異文化交流について理解のある者

・入学試験の基本方針

法律を学ぶためには複雑な法律用語を理解しなければなりません。そのためには一定の国語力が

必須(特に、放冷の解釈にあたっては、古文や文語体についての理解も必要)となります。また、法律

の解釈・運用は、ちょうど外国語の修得のように、どのような場面でどのような言葉が使えるのかを学習

する作業に似ていますから、外国語学習も法律の理解にも有用です。もちろん、国際性が求められる

現代において、英語等の外国語が重要であることは言うまでもなく、法学部では入学後 2 カ国語以上

の語学の履修を課しています。入学志願者には、外国語において高等学校までに学習する全ての範

囲をカバーする学力が望まれます。

さらに、法律は社会と不可分ですから、日本史や世界史、政治・経済、地理などの基本的な理解も

必要とされます。とりわけ近代市民社会の歴史や社会情勢などを重視しています。また、法律の学習に

は論理的な思考力も必要とされますから、数学や物理、化学、生物といった理科系の科目の学習も有

益です。

197

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・入学試験の基本方針

この使命の実現のため、知的好奇心・個性あふれる学生を選考する入試制度、すなわち一般入試、

帰国生入試、留学生入試、指定高校長入試、そして自己推薦形式での FIT 入試といった多様な入試

制度を設けています。なお、FIT 入試では地域ブロック枠を設定した方式も行われています。

【早稲田大学】(法学部)

・期待する学生像

早稲田大学法学部では、私たちの教育理念に賛同し、私たちの教育方針のもと、ともに学ぶことによ

って、将来、さまざまな分野で先頭に立ち、自らの力で時代を切り開いていこうという、進取の気風に富

んだ、地力のある学生を、広く受け入れたいと考えています。そのために、私たちが入学者に求めるの

は、小手先だけの受験技術や知識ではなく、入学後に行われる法学専門教育、および、語学・教養教

育に対応できるための基礎的な学力と、それらを関連付けて論理的に分析・総合する能力、そしてい

かなる権威をも恐れぬ強い意志を持って、真理を獲得しようとする力です。

・入学試験の基本方針

このような能力を持った学生を受け入れるために、私たちは、まず、一般入学試験により、入学者を

選抜しています。一般入学試験で私たちが受験生に課している法学部の入学試験問題は、基礎的な

知識を問うとともに、それらの知識を総合して論述する能力や、文脈を読み取る能力を問うものとなって

います。これは、このような素養と能力を持った学生を募集したいとの、私たちの意思を示すものです。

また、私たちは、幅広い学習をしてきたことにより、広い視野を持つ学生や、地方からの学生など、多

様な学生も、積極的に受け入れたいと考えています。このため、私たちは多教科による大学入試センタ

ー試験を利用した入学試験によっても、入学者を選抜しています。

さらに、私たちは、十分な学力を備えていると同時に、さまざまな分野で活躍するために必要な、責

任感、リーダーシップなど、筆記試験だけでは測れない能力を有し、本学部への入学を強く希望する

優秀な学生を、全国各地から受け入れたいと考えています。このため、複数の推薦制度による入学者

の受け入れも行っています。

その他にも、私たちは、帰国生、外語学生の入試制度、学士入学の入試制度なども設けて、内外か

ら多様な学生を受け入れています。そして、これらの制度により、早稲田大学法学部は、いずれも将来

それぞれの分野でリーダーとなりうる、さまざまな出身や背景を有する多様な学生が、ともに学び、交流

する場となっています。

【国際基督教大学】

・期待する学生像

ICU は、世界人権宣言の原則に立ち、「責任ある地球市民」として世界の平和と多様な価値観を持つ

人々との共生を実現するためにリベラルアーツ教育を実践しています。献学以来、その名に示されるよ

うに、国際性への使命、キリスト教への使命、学問への使命を掲げて、「行動するリベラルアーツ」の伝

198

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論理的に思考し明晰な言葉で表現する力の鍛錬は、法学部のカリキュラム全体を通じてはかられると

ころですが、基礎的な能力は入学時にも求められます。論説文の読解や数学的思考の訓練は、論理

的思考力・表現力の涵養につながるものと思われます。

最後に、本学部で習得することのできる知識や能力の前提条件として、高い言語能力は必要不可欠

です。ここでいう言語能力には、外国語だけでなく、日本語の読解力・表現力も含まれます。日本語に

ついては、入学の時点で、さまざまな文章の論旨を正確に把握する能力および比較的長い論理的文

章を作成する能力を有していることが求められます。また、優れた国際的感覚を身につける前提とし

て、英語を中心とする外国語でのコミュニケーション能力も重要です。グローバリゼーションの進展のな

かで、国内の実定法を専門的に学ぶことを企図する学生や法律専門職を志す学生にも、外国語の基

礎学力は欠かせません。これらの能力は、多様化、グローバル化が進む世界の中で、立場や考えを異

にする人々と交わり活躍してゆくための基盤となるものです。

・入学試験の基本方針

記載なし

【東京工業大学】

・期待する学生像

科学技術への知的好奇心や探求心と社会に貢献したいという志を有し、その基本的概念や基礎知

識とそれを活用できる力を身に付けた人材を求めます。

求める力

専門力:理数系分野に関する基本的概念や基礎知識

教養力:社会に関する基礎的知識と語学力

コミュニケーション力:自らの考えを具体的に表現できる力

展開力:論理的に思考して自らの知識を活用できる力

・入学試験の基本方針

選抜方針

幅広く多様な人材を確保するため、複数の試験及び日程の入試を実施します。

選抜方法

学力検査、面接、書類審査などによる試験のいずれかを又は組み合わせて行い、本学で学修するに

足る学力又は適性があるかを測ります。

【慶應義塾大学】(法学部)

・期待する学生像

法学部では慶應義塾の建学の精神を理解し、国際的な視野に立ちつつ、新しい社会を創造し先導

する気概を持つ人材を求めています。

199

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・入学試験の基本方針

本学部では、教育目標実現に必要な基礎能力の確認を主眼とし、同時に多様な学生を受け入れる

ことができるよう、複数の選抜方法を採用しています。

1.一般入試(前期日程)では、主要科目全般の総合的な達成度を重視して、国語・数学・外国語の試

験を課し、大学入試センター試験の成績と併せて、入学者を選抜します。

2.一般入試(後期日程)では、主要科目全般の総合的な達成度の評価に加え、柔軟な理解力、的確

な分析能力、論理的な表現能力等を測るために小論文(英文を含む)を課しています。この結果と大学

入試センター試験の成績とを併せて、入学者を選抜します。

3.AO 入試Ⅱでは、主要科目全般の創造的な達成度に加えて英語能力を重視し、英語学力試験及

び日本語と英語による面接試験を課し、大学入試センター試験の成績と併せて、入学者を選抜しま

す。

4.この他、帰国子女や私費外国人留学生を対象とする選抜方法も採用しています。帰国子女入試で

は、基礎学力検査に加えて、面接を実施します。私費外国人留学生入試(4 月入学)では日本留学試

験及び本学の日本語試験の成績に加えて、面接を行います。

【北海道大学】(法学部)

・期待する学生像

・法律家や行政官、外交官など法知識が必要とされる専門職として社会に貢献したいと考えている学

・社会の多様な問題に関心を持っている知的好奇心の旺盛な学生

・社会の多様な問題の解決に進んで取り組みたいと考えている学生

・入学試験の基本方針

後期日程の狙い

大学入試センター試験によって基礎的学力をみるとともに、小論文試験を課し、法学・政治学教育に

おいて必要とされる能力と適性、とくに論理的思考力を評価する。

【一橋大学】(法学部)

・期待する学生像

一橋大学法学部は、一橋大学のリベラルな学風の下で、豊かな人権感覚と社会的公共性に裏打ち

された法学の専門的素質と国際的洞察力を兼ね備える人材を育成することを目標としています。

本学部では、社会問題への関心が高く、論理的思考力、言語能力に優れた意欲的な学生を求めて

います。

実社会で生じる問題を多く扱う法学と国際関係の学習には、学生にとっては必ずしも身近とはいえな

い事象も含め、様々な社会事象に広く関心をもつことが必要です。日々報道される社会問題に関心を

向け、広く情報収集をはかって知見を広め、自ら理解を深めようとする姿勢が重要です。現在進行中

の社会問題だけでなく、日本と世界の歴史から学ぶことも多いはずです。

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AO 入試Ⅲ期

現代社会に生じる法的・政治的諸問題についての幅広い関心と、法律・行政に関する実務や研究に

将来携わろうとする強い意欲を持つ人を求めています。そのため、大学入試センター試験の成績に加

え、出願書類の審査と面接試験を通して、基礎学力と上記の関心・意欲を評価します。

国際バカロレア入試

現代社会に生じる法的・政治的諸問題について国際的視野も含めた幅広い関心と、法律・行政に関

する実務や研究に将来携わり国内及び国際社会に貢献しようとする強い意欲を持つ人を求めていま

す。そのため、出願書類審査で国際バカロレアの成績を、また面接試験では、学問や研究に対する熱

意や積極性、視野の広さ等を評価します。

【名古屋大学】(法学部)

・期待する学生像

「論理的思考力と想像力」の養成は、名古屋大学が重点をおく共通の教育目標です。これらの力を備

えた勇気ある知識人の行動方針として、①機会を「つかむ」、②困難に「いどむ」、③自律性と自発性を

「育む」学生像を追求します。したがって、基礎学力の上に立った、

主体的な創造心

立ち向かう探求心

こうした心を醸成する豊かな人間性に優れた素養のある人を、広く日本全国及び国外から受け入れま

す。

・入学試験の基本方針

記載なし

【九州大学】(法学部)

・期待する学生像

本学部を志望する学生には、法学・政治学を専門的に学ぶための前提として、現代社会の諸問題へ

の関心はもとより、歴史・科学・文化・外国語などの基礎教養に裏打ちされた広い視野をもって勉学に

取り組む意欲、自己の問題関心に即して主体的に学ぶ姿勢を期待しています。具体的には、

1.歴史や社会問題に関心を持ち、解決すべき課題を自分で発見する力

2.必要な情報を各方面から収集する技能

3.情報の分析・加工を通じて自分なりの視点・意見を作り上げようとする意欲

4.それを他者の前でわかりやすく、論理的・説得的に説明する力

5.他者との議論を通じて意見や価値観の多様性を学び、自己反省の機会を持って柔軟に修正案・改

善案を見つける姿勢

6.法的知識と語学力を身に着けてグローバルな舞台で活躍しようとする意欲

の 6 つです。本学部は、みなさんの持つこれらの潜在能力を伸ばし、将来への確かな地歩を築く場を

提供します。

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・入学試験の基本方針

京都大学は、本学の学風と理念を理解して、意欲と主体性をもって勉学に励むことのできる人を国内

外から広く受け入れます。

受入れにおいては、各学部の理念と教育目的に応じて、その必要とするところにしたがい、入学者を

選抜します。一般入試では、教科・科目等を定めて、大学入試センター試験と個別学力検査の結果を

用いて基礎学力を評価します。特色入試では、書類審査と各学部が定める方法により、高等学校での

学修における行動や成果、個々の学部・学科の教育を受けるにふさわしい能力と志を評価します。

【大阪大学】(法学部)

・期待する学生像

法学部では、大阪大学のアドミッション・ポリシーのもと、理解力、論理性、説得力、構想力を養い得る

人材を受け入れることを目指しています。このような人材は、具体的には次のような人であると考えま

す。

1)ものごとを深く、多面的・複眼的に理解しようとする人

2)論理的に考え、活発に議論しようとする人

3)日本と世界の将来について、夢を語ることのできる人

4)他者の痛みへの感受性と創造力を持ち、問題を見つけ、その解決策を探ろうとする人

・入学試験の基本方針

法学部は、このような人材を選抜するために、適切かつ多様な選抜方法を採用します。法学部で学

ぶために必要な外国語能力、論理的思考力、知的素養を備えているかを判断するため、前期日程入

試では、大学入試センター試験の成績とともに、個別学力検査の国語、数学、外国語の成績をあわせ

て評価します。世界適塾 AO 入試では、大学入試センター試験の成績とともに、提出書類と面接試験

の成績をあわせて評価します。

【東北大学】(法学部)

・期待する学生像

東北大学では、上記の本学理念に共感し、

1.21 世紀の人類社会の課題に対し研究者として真剣に取り組み優れた貢献をしようとする志と

2.豊かな学識とリーダーシップを備える職業人として社会の発展に優れた貢献をしようとする志

を抱き、これを実現する固い意志と学問に対する強い好奇心を持つとともに、上記の本学学士課程教

育を受けるにふさわしい高水準の学力を備えた学生を求めています。高水準の学力とは、具体的に

は、高等学校等で幅広い教科目を履修して優れた成績を収め、論理的思考力や問題発見、分析解決

能力、豊かな創造力や発想力、表現力・コミュニケーション能力を有することを指します。さらに倫理性

や、学問の課題に主体的にリーダーシップを発揮しながら他の学生と協働して取り組むことができる態

度を備えていることを求めます。

・入学試験の基本方針

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【東京大学】

【京都大学】

・期待する学生像

京都大学は、学生諸君に、大学に集う教職員、学生、留学生など多くの人々との交流を通じて、自ら

学び、自ら幅広く課題を探究し、解決への道を切り拓く能力を養うことを期待するとともに、その努力を

強く支援します。このような方針のもと、優れた学知を継承し創造的な精神を養い育てる教育を実践す

るため、自ら積極的に取り組む主体性をもった人を求めています。

京都大学が入学を希望する者に求めるものは、以下に掲げる基礎的な学力です。

1.高等学校の教育課程の教科・科目の修得により培われる分析力と俯瞰力

2.高等学校の教育課程の教科・科目で修得した内容を活用する力

3.外国語運用能力を含むコミュニケーションに関する力

このような基礎的な学力があってはじめて、入学者は、京都大学が理念として掲げる「自学自習」の

教育を通じ、自らの自由な発想を生かしたより高度な学びへ進むことが可能となります。

・期待する学生像

東京大学では、このような教育理念に共鳴し、強い意欲を持って学ぼうとする志の高い皆さんを、

日本のみならず世界の各地から積極的に受け入れたいと考えています。東京大学が求めているの

は、本学の教育研究環境を積極的に最大限活用して、自ら主体的に学び、各分野で創造的役割を

果たす人間へと成長していこうとする意志をもった学生です。何よりもまず大切なのは、上に述べたよ

うな本学の使命や教育理念への共感と、本学における学びに対する旺盛な興味や関心、そして、そ

の学びを通じた人間的成長への強い意欲です。そうした意味で、入学試験の得点だけを意識した、

視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも、学校の授業の内外で、自らの興味・関心を活かして

幅広く学び、その過程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野、あるいは自らの問題

意識を掘り下げて追及するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人を東京大学は歓迎しま

す。

・入学試験の基本方針

第一に、試験問題の内容は、高等学校教育段階において達成を目指すものと軌を一にしていま

す。

第二に、入学後の教養教育に十分に対応できる資質として、文系・理系にとらわれず幅広く学習

し、国際的な広い視野と外国語によるコミュニケーション能力を備えていることを重視します。そのた

め、文科各類の受験者にも理系の基礎知識や能力を求め、理科各類の受験者にも文系の基礎知

識や能力を求めるほか、いずれの科類の受験者についても外国語の基礎的な能力を要求します。

第三に、知識を詰めこむことよりも、持っている知識を関連づけて解を導く能力の高さを重視しま

す。

東京大学では、志望する皆さんが以上のことを念頭に、高等学校までの教育からできるだけ多く

のことを、できるだけ深く学ぶよう期待します。

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大学 判断力と論理的で批判的な思考力、多様な文化との対話ができるグロ

ーバルなコミュニケーション能力、主体的に問題を発見し、果敢に問題

解決してゆく強靭な精神力と実行力を持つ学生。

明治大学

(法学部)

自律心を持ち、自ら学ぶ意欲のある者。

社会への興味関心を持ち、広い視野から事象を探求する意欲のある

者。

他者への寛容な精神を持ち、他者との共生を目指すことができる者。

物事を論理的に考えることができる者。

異文化交流について理解のある者。

東京理科大学

高等学校段階までの基礎知識と思考力、判断力、表現力を備え、専門

分野の学習に必要な学力を持つ人。

将来広く国内外で国際的な視野を持って活躍するための基礎的な素

養を身に付けている人。

自らの考えを表現する力を備え、主体的に多様な人々と協働して学ぶ

意欲のある人。

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大学名 期待する学生像(抜粋)

東京大学

東京大学の教育研究環境を積極的に最大限活用して、自ら主体的に

学び、各分野で創造的役割を果たす人間へと成長していこうとする意

志をもった学生。

学校の授業の内外で、自らの興味・関心を生かして幅広く学び、その過

程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野、あるいは自

らの問題意識を掘り下げて追及するための深い洞察力を真剣に獲得し

ようとする人。

京都大学 優れた学知を継承し創造的な精神を養い育てる教育を実践するため、

自ら積極的に取り組む主体性をもった人。

大阪大学

(法学部) 理解力、論理性、説得力、構想力を養い得る人材。

東北大学

(法学部)

21 世紀の人類社会の課題に対し研究者として真剣に取り組み優れた

貢献をしようとする志と、豊かな学識とリーダーシップを備える職業人と

して社会の発展に優れた貢献をしようとする志を抱き、それを実現する

固い意志と学問に対する好奇心を持つとともに、高水準の学力を備え

た学生。

名古屋大学

(法学部)

主体的な創造心、立ち向かう探求心を醸成する豊かな人間性に優れた

素養のある人。

九州大学

(法学部)

法学部を志望する学生には、現代社会の諸問題への関心はもとより、

基礎教養に裏打ちされた広い視野をもって勉学に取り組む意欲、自己

の問題関心に即して主体的に学ぶ姿勢する。

北海道大学

(法学部)

法知識が必要とされる専門職として社会に貢献したいと考えている学

生。

社会の多様な問題に関心を持っている知的好奇心の旺盛な学生。

社会の多様な問題の解決に進んで取り組みたいと考えている学生。

一橋大学

(法学部)

社会問題への関心が高く、論理的思考力、言語能力に優れた意欲的

な学生。

東京工業大学

科学技術への知的好奇心や探求心と社会に貢献したいという志を有

し、その基本的概念や基礎的知識とそれを活用できる力を身に付けた

人材。

慶應義塾大学

(法学部)

国際的な視野に立ちつつ、新しい社会を創造し先導する気概を持つ

人材。

早稲田大学

(法学部)

将来、さまざまな分野で先頭に立ち、自らの力で時代を切り開いていこ

うという、進取の気風に富んだ、地力のある学生。

国際基督教 文系・理系にとらわれない広い領域への知的好奇心と創造力、的確な

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2.大学教育改革

現在の大学教育

従来から、ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)、カリキュラム・ポリシー(教育課程編

成・実施の方針)、アドミッション・ポリシー(入学者受け入れの方針)の三つのポリシーを策定することの

重要性が指摘されていた。しかし、実際は抽象的で形式的な記述にとどまり、相互の関連性が意識さ

れていない。

「学士課程教育の構築に向けて」(平成 20 年 12 月 24 日中教審答申)において、改革の実行では「学

位授与の方針」、「教育課程編成・実施の方針」、「入学者受入れの方針」を明確にして示すことがもっ

とも重要であると指摘している。

これからの大学教育改革

そこで、三つのポリシーをより具体的に実行していくために、「新たな未来を築くための大学教育の質

的転換に向けて」(平成 24 年 8 月 28 日中教審答申)において、学士課程答申が期待した学位を与え

る課程(プログラム)としての「学士課程教育」という概念が未定着であることを指摘している。そのため、

「学位授与の方針」を明確化→担当教員が個々の授業で能力育成の担う部分を認識→他の授業と連

携しながら組織的に教育を展開→成果をプログラムの共通の考え方や尺度(アセスメント・ポリシー)に

則って評価→結果をプログラムの改善・進化につなげるというサイクルが回る構造を定着させることが必

要であると提言している。また、三つのポリシーに基づき、入学者選抜(入口)から卒業認定・学位授与

(出口)までの教育活動を一貫したものとして再構築し、その効果的な実施に努めることにより、学生に

対する教育をより密度の濃い、充実したものにすることが期待される。

大学教育を充実させるためには、三つのポリシーを起点とする PDCA サイクルをポリシーの策定単位

ごとに確立し、教育に関する内部質保証を確立することが必要である。(P…各ポリシーの策定を通じて

具体化された入学者選抜、教育の実施および卒業認定・学位授与の各段階における目標 D…各ポリ

シーに基づいて実施される入学者選抜および体系的組織的な教育 C…D を通じて達成されているか

どうかの自己点検・評価 A…学位プログラムについて必要な改善・改革)

「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の

一体的改革について」(平成 26 年 12 月 22 日中教審答申)において、アドミッション・ポリシー等の策定

を法令上位置づけるとともに、大学入学者選抜実施要項を見直すよう提言された。各大学の入学者選

抜の設計図として必要なアドミッション・ポリシーにおいて明確化し、高等学校および大学において育

成すべき「生きる力」「確かな学力」の本質を踏まえつつ、入学者に求める能力は何か、それをどのよう

な基準・方法によって評価するのかをアドミッション・ポリシーにおいて明確に示すことが求められる。

各大学のアドミッション・ポリシーの比較

次に主要大学(学部)のアドミッション・ポリシーの特に重要な部分である「期待する学生像」および高

校教員側の重要な部分である「入学試験の基本方針」の比較を行う。主要大学の「期待する学生像」の

抜粋を以下にまとめた。

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(オ)汎用的スキル

OECD(経済協力開発機構)の DeSeCo(能力(コンピテンシー)の定義と選択)プロジェクトの報告で

提言され、国際的合意を得たキー・コンピテンシーという能力概念が、PISA(生徒の学習到達度調査)

の枠組みの基本となっている。「変化」「複雑性」「相互依存」に特徴づけられる世界への対応の必要性

を背景に、知識・技能とそれを活用して問題を解決する力(コンピテンシー)の中で特に主要かつ汎用

的なものをキー・コンピテンシーとして次のように定義している。

「考える力(思慮深さ)」を核として次の3領域に分類される。

① 言語や知識、技術を相互作用的に活用する能力

言語・シンボル・テクストを活用する能力、知識・情報を活用する能力、テクノロジーを活用する能力

② 多様な集団における人間関係形成能力

他人と円滑に人間関係を構築する能力、協調する能力、利害の対立を御し解決する能力

③ 自律的に行動する能力

大局的に行動する能力、人生設計や個人の計画を作り実行する能力、権利・利害・責任・限界・ニ

ーズを表明する能力

これを始めとして、これからの社会で生き抜いていくために必要な資質・能力(力・知恵)が提言されて

いる。知識・技能それ自体(コンテンツ)に加え、それを活用する資質・能力(コンピテンシー)の獲得ま

でが「教養」であり、その意味での教養を身に付けさせることが学校教育に求められている。コンテンツ・

ベースかコンピテンシー・ベースかという議論がなされていたこともあったが、そもそもどちらかのみで成

立するものではない。知識・技能を獲得する過程において汎用的スキルを磨かせるかという点について

研究・工夫と実践・検証が必要である。

これまで世界中で提言されてきた汎用的スキルについて、細かな分類や表現は異なるが、本質的に

はどれも同じである。大きく

『対問題』 『対自己』 『対他者』

の3方向へ分類される。

『対問題』スキル…問題発見・問題解決・情報収集分析・論理的思考・批判的思考・判断・計画立案・表

現・実践・評価改善

『対自己』スキル…内省・メタ認知・感情制御・探究・キャリア創造・主体性・言語

『対他者』スキル…協調・人間関係構築・協働・リーダーシップ・異文化理解・コミュニケーション

こういったスキルを使う場面を授業やその他活動の中に埋め込んでやることで、自然と身に付いてい

くようにする。その授業・活動の中で、知識・技能に加えてどんな能力が育つように仕掛けるかを考慮し

ながら、年間を見通して一回一回の授業・活動を組み立てていく必要がある。

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しまえば、教育の意義は失われる。知識・技能だけを身に付けるのが目的なら、学校などという大げさな

ものは不要である。

「本校なら、社会に出て活躍できる人間力を身に付けられる」と自信を持って言えるような教育を追求

していく姿勢が我々に求められている。

(エ)アクティブ・ラーニングの「視点」

アクティブ・ラーニングという言葉だけが世間に広まり、それを受けた学校現場で「アクティブ・ラーニン

グ的授業」が行われるようになった。ただ、アクティブ・ラーニングの本質とはその言葉通り「能動的学習」

であって、グループワークなどといった取り組みはそれを促す方法の一つに過ぎない。グループワーク

をすること自体がアクティブ・ラーニングだというような誤解をしている教員はいないと思うが(中教審が

あくまで「視点」だと改めて説明したのは教員に向けてなのだろうか)、実際グループワークをさせてみ

たがアクティブ・ラーニングになっていないというケースは多いのではないだろうか。

アクティブ・ラーニングは学力の3要素をバランスよく育てるためには必要な視点である。授業で効果

を生むには、

① 本質的かつ効果的な「問い」

② 生徒の能動を引き出す「仕掛け」

③ 「ねらい」・到達目標の明示

④ ねらいに対する「自己評価」

⑤ 教員による「記録」と「評価」

の 5 つの観点が必要である。例えばグループワークでやること自体は②であって、それだけでは授業と

して成立しない。①に対する解決策として協働することが有効と考えられるから②として4~5人程度で

のグループワークを取り入れる、というようにして組み立てていくものである。

授業を組み立てる上で核になるのが「問い(トリガー・クエスチョン)」である。良質な問いは知の連鎖を

起こす。一方的な教授よりも効果的に知を獲得させ得るアプローチである。

仕掛けは解決しようとする問題に合わせて選択しなければならない。講義、グループワーク、プレゼン

テーション、ディスカッション、テストなど様々な形が考えられるが、いずれにせよ、生徒の主体的学びを

引き出すには「問い」「仕掛け」「ねらい」が噛み合っていることが必要である。

軽く見られがちであるのは「評価」である。生徒が自己評価することでその授業で何ができるようになっ

たのか、何が分かったのかを明確に認識でき(メタ認知)、次の学びに繋げていく。教師がその授業で

のねらいに対して到達度を詳細に評価することで生徒の到達度、授業の改善点などを把握し、次に繋

げていく。このように授業でのPDCAを回していくことで授業の質的向上を図るのである。

「アクティブ・ラーニングの視点を」とは、これまでの授業はだめだから新しい形の授業をやりなさいと

いうことではなく、例えば生徒の主体性を引き出せるように、よりよい授業を展開できるよう心掛けるだけ

でなく具体的にこう取り組んでいきましょう、という提案である。

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(イ)カリキュラム・マネジメントとは

カリキュラム・マネジメントという言葉が総則の中で「教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の

教育活動の質の向上を図っていく」と定義されている。

① 学校の建学の精神や理念、教育目標や経営計画に基づいた教育課程を教職員の共通理解のも

とで運用する

② そしてそれを学校全体・教科・分掌などそれぞれの行動計画に落とし込む

③ 実践の中での反省を次の行動計画に反映させ改善していくことで教育活動の質的向上を図る

という PDCA(Plan→Do→Check→Action)サイクルのことである。こうした学校教育活動の中で、「未来

の創り手となるために必要な資質・能力」を育む「社会に開かれた教育課程」の実現を目指すことが提

唱されている。新設される「高校生のための学びの基礎診断」もカリキュラム・マネジメントへの活用を目

的としたものである。

これが今、そして今後学校教育に求められることであり、それに応え得る学校なのかどうかが学校の

魅力となり、学校選びの基準となっていくものでもある。進学実績という一つの結果だけでは選ばれる

学校足りえないということは言うまでもないが、むしろ本校の進学実績の不安定さの原因は、“学校とし

ての”教育活動の不安定さである。現状では「どんな生徒が入学したか」「誰が担当したか」に依存した

結果しか出せていないのだ。どの学年も3年間でここまで成長させる、これは絶対できるようにさせると

いった「狭山ヶ丘の教育」を我々は形にしていかなければならないし、それを外に向けて発信していか

なければならないのである。

新教育課程研究推進部では、このカリキュラム・マネジメントの起点となる「学校教育目標」を整理・検

討してきた。校訓や自己観察教育など、これまでの狭山ヶ丘の教育、そして本校の強み、本校のニーズ

といったことについて研究し、その本質を浮かび上がらせて形にしたい。それが本校の向かう道を示す

コンパスになると考えるからである。これについては今後、学校全体で継続して議論する必要がある。

(ウ)学力の3要素

「学力の3要素」については現行の学習指導要領でも述べられていた。この教育改革の動きの中でよ

うやく周知されるに至ったものである。

学力の3要素とは

① 基礎的・基本的な知識・技能

② 知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等

③ 主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度

である。これらがどれも重要な要素であることは、言うまでもないことである。今、この高大接続改革で改

めてこれが注目されているのは、この3要素をバランスよく育み、きちんと評価しようという動きである。

教育現場の捉え方としても、大学入試での捉え方としても、バランスよく評価できてはいなかったし、

これを意識して教育活動に取り組めていたかも疑わしい。「結局、知識・技能次第だろう」という思いは

無かったか。ただ、一人の社会人として考えると、知識・技能だけは優れているが主体性も協調性もな

い人が社会に出て活躍できるわけがないことは明らかだ。「そういう人だから仕方ない」と言い訳にして

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2 教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成

① 各学校においては、生徒の発達の段階を考慮し、言語能力、情報活用能力(情報モラルを含

む。)、問題発見・解決能力等【注 一般に「汎用的スキル・ジェネリックスキル」と呼ばれる】の

学習の基盤となる資質・能力を育成していくことができるよう、各教科等の特質を生かし、教科

等横断的な視点から教育課程の編成を図るものとする。

② 各学校においては、生徒や学校、地域の実態及び生徒の発達の段階を考慮し、豊かな人生

の実現や災害等を乗り越えて時代の社会を形成することに向けた現代的な諸課題に対応し

て求められる資質・能力を、教科等横断的な視点で育成していくことができるよう、各学校の特

色を生かした教育課程の編成を図るものとする。

[平成29年3月改訂 中学校学習指導要領より]

引用文中、傍線を引いたところに今回の改訂の本質が見える。現行指導要領の主題である「生きる力」

をより強く、具体的に追求しようという意図があると考えられる。また、「改訂の基本方針」として中央教育

審議会での審議のまとめ(平成28年8月)には次のようなことが強調されている。

将来の予測が難しい社会の中でも、伝統や文化に立脚した広い視野を持ち、志高く未来を創り出

していくために必要な資質・能力を子供たち一人ひとりに育む学校教育

学校教育を通じて子供たちが身に付けるべき資質・能力や学ぶべき内容・学び方の見通しを示す

「学びの地図」として

学習内容の削減は行わず、「アクティブ・ラーニング」の視点から学習過程を質的に改善

知識重視か思考力重視かという二項対立的な議論に終止符

目標と評価の観点を一致させるとともに、資質・能力を多角的・多面的に見取る評価の工夫を促進

「学び」の本質として重要となる「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指す授業改善の視点が

「アクティブ・ラーニング」の視点

学ぶ意味と自分の人生や社会の在り方を主体的に結び付けていく「主体的な学び」

多様な人との対話や先人の考え方(書物等)で考えを広げる「対話的な学び」

各教科等で習得した知識や考え方を活用した「見方・考え方」を働かせて、学習対象と深く関わり、

問題を発見・解決したり、自己の考えを形成し表したり、思いをもとに構想・創造したりする「深い学

び」

「何ができるようになるか」「何を学ぶか」「どのように学ぶか」

教師が生徒に「何を教えるか」「どう教えるか」ではなく、生徒が学校で、教師から「何を学ぶか」「どう

学ぶか」という視点で教育課程を組み立てるという考え方が示されている。内容そのものを変えようとい

うより、質的向上を図るための提案であると捉えるべきである。

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1. 高大接続改革の概要

(ア)高大接続改革と学習指導要領改訂

平成二十八年度末、中学校までの指導要領が改訂された。高等学校についても平成二十九年度末

に改訂された。指導要領の改訂自体は十年に一度行われており、科目の構成が変わったり、教えるべ

き内容が増減したりしてきた。それだけならいつも通りの改訂なのだろうが、今回の改訂はもっと根本的

な、我が国の教育の在り方について、その「これから」を本気で考えようという内容である。指導要領だ

けでなく、大学教育改革も、そして高校と大学をつなぐ入試改革も同時に進行している。我々がこういう

変化を他人事と流してしまえば、それでもしばらくは今のままの教育活動を続けられるだろうが、いずれ

需要のない学校となるのは間違いない。この教育改革の動きに対し危機感を持つのと同時に、飛躍の

チャンスとすべきなのだ。

今回の改訂において、特に重要度の高いポイントは「総則」である。現行の指導要領においても述べ

られてはいたことも含むが、実際の学校現場では検証されないまま前例踏襲されてきた各学校の「教育

課程」に踏み込んで言及している。以下、中学校指導要領の総則に新たに加わった項目について引

用する。

第1 中学校教育の基本と教育課程の役割

3 2の(1)から(3)【注 基本的な知識・技能の獲得、道徳教育、体育・健康に関する指導など】まで

に掲げる事項の実現を図り、豊かな創造性を備え持続可能な社会の創り手となることが期待され

る生徒に、生きる力を育むことを目指すにあたっては、(中略)どのような資質・能力の育成を目指

すのかを明確にしながら、教育活動の充実を図るものとする。その際、生徒の発達の段階や特性

等を踏まえつつ、次に掲げること【学力の3要素】が偏りなく実現できるようにするものとする。

① 知識及び技能が習得されるようにすること

② 思考力、判断力、表現力等を育成すること

③ 学びに向かう力、人間性等を涵養すること

4 各学校においては、生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に

必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと、教育課程の実施状況を評価

してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するととも

にその改善を図っていくことなどを通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育

活動の質の向上を図っていくこと(以下「カリキュラム・マネジメント」という。)に努めるものとする。

第2 教育課程の編成

1 各学校の教育目標と教育課程の編成

教育課程の編成に当たっては、学校教育全体や各教科等における指導を通して育成を目指す

資質・能力を踏まえつつ、各学校の教育目標を明確にするとともに、教育課程の編成についての

基本的な方針が家庭や地域とも共有されるよう努めるものとする。(後略)

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新教研レポート

目次

1. 高大接続改革との概要(石田)

(ア) 高大接続改革と学習指導要領改訂

(イ) カリキュラム・マネジメントとは

(ウ) 学力の 3 要素

(エ) アクティブ・ラーニングの「視点」

(オ) 汎用的スキル

2. 大学教育改革(間野)

3. 大学入学者選抜改革(中⻆)

(ア) 大学入学者選抜に求められるもの

(イ) 大学入学者選抜の改革

4. 次期学習指導要領(須田)

5. 資料:改訂高等学校学習指導要領(抜粋)

6. 「アクティブ・ラーニングの視点」からの授業改善(船戸)

(ア) 学習指導要領改訂の方向性

(イ) 主体的・対話的で深い学びの実現

(ウ) アクティブ・ラーニングの技法

7. 多面的評価(井場)

(ア) 高大接続改革における多面的評価の推進

(イ) アクティブ・ラーニング評価法

(ウ) ルーブリック・アンケート事例集

8. 英語教育(石井)

(ア) 高大接続改革における英語教育

(イ) 本校英語教育の現状

(ウ) 解決方法の検討

(エ) 教科指導計画作成例

(オ) 付録

9. 「狭山ヶ丘の教育」のこれから(石田)

10. )案(標目育教校学

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新教研レポート

高大接続改革と「狭山ヶ丘の教育」のこれから

平成30 年3月

新教育課程研究推進部

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執筆者一覧

米 

本 

信 

英語科

樋 

口 

敦 

国語科

山 

野 

龍太郎

国語科

小 

貫   

国語科

大 

江 

基 

地歴公民科

石 

田 

慎 

数学科

中 

村 

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田 

龍 

司 国語科

地 

挽 

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地歴公民科

石 

井   

駿

英語科

吉 

實 

大 

情報科(情報処理安全確保支援士)

新教研レポート

石 

田 

慎 

数学科(新教育課程研究推進部長)

間 

野 

直 

理科科

中 

⻆   

数学科

須 

田   

数学科

船 

戸 

昭 

英語科

井 

場 

美 

国語科

石 

井   

駿

英語科

この度、『狭山ヶ丘学園研究紀要』が五年ぶりに刊行され

たことを喜ばしく思う。今回は各教科から寄せられた十一本

の論文に加えて、新教育課程研究推進部会の研究成果「新教

研レポート」も掲載することもかなった。近年の教育改革は

めまぐるしい変化を見せ、平成二十九年及び三十年に続けて

告示された中学校、高等学校の学習指導要領の改訂において

は「主体的な学び、対話的な学びを通して深い学びの実現」

の項目が盛り込まれた。これは、中高生が職業選択に際して

各教科における課題に関心を持って取り組み、対話を通して

主体的に学びを深めていく姿勢が求められるようになったこ

とを意味する。生徒の関心を引き寄せて学習効果を高める上

では教師側にも相応の深い学殖と経験が必要となろう。この

紀要が教員一人一人に新たな課題を提起し、互いの教科観を

深める材料として資することができれば幸甚である。

出版部長 

樋口 

敦士

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狭山ヶ丘学園研究紀要 

2018

発行年月日  

平成三十年七月三十日

発行者    

狭山ヶ丘学園

埼玉県入間市下藤沢九八一

〇四-

二九六二-

三八四四

編集責任者  

狭山ヶ丘学園出版部

印刷所    

有限会社 

埼玉県所沢市中新井四八五-

〇四-

二九四二-

一五八九