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1 進化経済学論集第 20 2016 3 26 日~27 於東京大学 『外生的貨幣供給政策』に内包する制度学的諸矛盾の考察 横浜国立大学経済学部非常勤講師 内橋賢悟(Uchihashi Kengoキーワード:ボウルズ型抗争交換・貨幣需給の内生性・ミンスキー不安定性仮説・カレツキ 型景気循環論・外生的貨幣供給政策 Ⅰ.はじめに 1968 年,米国における非主流派経済学の中心組織としてラディカル経済学連合 URPE:Union for Radical Political Economics )が結成された。同連合会には 7 つの異なる アプローチ 1) が存在するが,うちニューレフト・マルクス主義派の代表的研究者としてサミュ エル・ボウルズ(BowlesS)の名が挙げられる。ボウルズの研究テーマは政治経済学のミク ロ的基礎づけはじめ広範囲に及ぶが,彼自らの研究姿勢は新古典派経済学の限界性を唱えてい る点で,終始一貫している。 新古典派経済学において市場参入者は,外生的に付与された選好に基づいて利己的に効用最 大化を図っており,したがって合理的経済人としての特質を備えながら労働力商品を含む商品 交換に基づいて経済行動に専念するとされる。したがってボウルズによる新古典派経済学批判 は,財交換の場である市場で権力作用が機能しており,権力に基づかないとされる経済行動の 実態が,政治権力を通じて操作されるという非合理性に基づく市場の存在に集約されている。 さらにボウルズは,同じニューレフト・マルクス主義派に属するハーバード・ギンタス(GintisH)とともに,この権力作用のもと新古典派経済学における市場参入者の経済行動が外生的選 好に基づく利己的行動が前提とされるものの,それは完備性を備えた費用のかからない契約で ある点に着目する。その際,ボウルズらは労働力商品を含む商品交換の契約施行にコストがか かるとされる抗争交換(contested exchange)モデルの存在を唱える 2) 市場において財の購 買選択肢が複数に及んでいるものの,権力は選好順序によって他者への懲罰をもたらすため, 両者の間に抗争交換が生じると認識されたのである。 ボウルズにとり市場とは,内生的・持続的均衡のもと相互作用を促す効果を保持するという 性質を兼ね備える場とされる。対してボウルズ型抗争交換は市場の政策主体に権力を集約させ, 政策主体自らが頑健性を通じて市場環境を抑え込むことで市場操作を達成する。絶対的な権力 の存在が前提とされる以上,新古典派経済学のモデルにおいて市場参入者が効用最大化に従事 したとしても,彼らを取り巻く環境は,非合理性に満ちたものになる。 このような需給不一致の均衡点が常態化する新古典派経済学モデルの具体例として,ボウル ズらは労働力市場を挙げる。同市場において雇用主は可能な限り労働力を雇用することができ るものの,労働者の一部は職を得ることすらなく失業を余儀なくされる。純粋資本制経済にお いて所有者(資本家)が富を所有するものの,雇用者(労働者)は富を全く所有しておらず, 富の所有が権力の源泉となるのである。 本稿の目的は,このボウルズらによる抗争交換をインフレターゲットはじめ外生的貨幣供給

『外生的貨幣供給政策』に内包する制度学的諸矛盾の考察webpark1746.sakura.ne.jp/jafee2015/pdf/UchihashiKengo.pdf · 歴史観による有効需要理論に基づく貨幣需要と貨幣供給の内生性について触れながら明らかに

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進化経済学論集第 20 集 2016 年 3 月 26 日~27 日

於東京大学

『外生的貨幣供給政策』に内包する制度学的諸矛盾の考察

横浜国立大学経済学部非常勤講師 内橋賢悟(Uchihashi ,Kengo)

キーワード:ボウルズ型抗争交換・貨幣需給の内生性・ミンスキー不安定性仮説・カレツキ

型景気循環論・外生的貨幣供給政策

Ⅰ.はじめに

1968 年,米国における非主流派経済学の中心組織としてラディカル経済学連合

(URPE:Union for Radical Political Economics)が結成された。同連合会には 7 つの異なる

アプローチ1)が存在するが,うちニューレフト・マルクス主義派の代表的研究者としてサミュ

エル・ボウルズ(Bowles,S)の名が挙げられる。ボウルズの研究テーマは政治経済学のミク

ロ的基礎づけはじめ広範囲に及ぶが,彼自らの研究姿勢は新古典派経済学の限界性を唱えてい

る点で,終始一貫している。

新古典派経済学において市場参入者は,外生的に付与された選好に基づいて利己的に効用最

大化を図っており,したがって合理的経済人としての特質を備えながら労働力商品を含む商品

交換に基づいて経済行動に専念するとされる。したがってボウルズによる新古典派経済学批判

は,財交換の場である市場で権力作用が機能しており,権力に基づかないとされる経済行動の

実態が,政治権力を通じて操作されるという非合理性に基づく市場の存在に集約されている。

さらにボウルズは,同じニューレフト・マルクス主義派に属するハーバード・ギンタス(Gintis,

H)とともに,この権力作用のもと新古典派経済学における市場参入者の経済行動が外生的選

好に基づく利己的行動が前提とされるものの,それは完備性を備えた費用のかからない契約で

ある点に着目する。その際,ボウルズらは労働力商品を含む商品交換の契約施行にコストがか

かるとされる抗争交換(contested exchange)モデルの存在を唱える2)。市場において財の購

買選択肢が複数に及んでいるものの,権力は選好順序によって他者への懲罰をもたらすため,

両者の間に抗争交換が生じると認識されたのである。

ボウルズにとり市場とは,内生的・持続的均衡のもと相互作用を促す効果を保持するという

性質を兼ね備える場とされる。対してボウルズ型抗争交換は市場の政策主体に権力を集約させ,

政策主体自らが頑健性を通じて市場環境を抑え込むことで市場操作を達成する。絶対的な権力

の存在が前提とされる以上,新古典派経済学のモデルにおいて市場参入者が効用最大化に従事

したとしても,彼らを取り巻く環境は,非合理性に満ちたものになる。

このような需給不一致の均衡点が常態化する新古典派経済学モデルの具体例として,ボウル

ズらは労働力市場を挙げる。同市場において雇用主は可能な限り労働力を雇用することができ

るものの,労働者の一部は職を得ることすらなく失業を余儀なくされる。純粋資本制経済にお

いて所有者(資本家)が富を所有するものの,雇用者(労働者)は富を全く所有しておらず,

富の所有が権力の源泉となるのである。

本稿の目的は,このボウルズらによる抗争交換をインフレターゲットはじめ外生的貨幣供給

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政策に応用展開することにある。具体的な手法として,先ず外生的貨幣供給政策の理論的背景

をなすワルラス的一般均衡モデルがボウルズ型抗争交換を発生させるに至る理論的根拠につい

て触れる。その上で,ポストケインジアンの代表的研究者の一人であるハイマン・フィリップ・

ミンスキー(Minsky ,H.P.)が唱える金融不安定性仮説を挙げる。本稿は,ミンスキー型の金

融不安定性仮説が機能する根拠の一つとして,ボウルズらによる抗争交換の概念を挙げている。

このような見方を示すに至った要因を,ミンスキーと同様にポストケインジアンの代表的研究

者の一人であるミハウ・カレツキ(Kalecki,M)の内生的貨幣供給論,すなわち彼自らの階級

歴史観による有効需要理論に基づく貨幣需要と貨幣供給の内生性について触れながら明らかに

していく。

最後に,ポストケインジアンの有効需要概念とは対立軸に位置する外生的貨幣供給政策が,

貨幣需給の内生性を打ち破り,金融システムにとどまらず経済構造全般への歪曲化へと導く経

緯について明らかにする。その作業を通じて,金融システムにおけるボウルズ型抗争交換が外

生的貨幣供給政策によってもたらされるに至る理論的背景および政策的実態を導き出す。

Ⅱ.一般均衡モデルによるボウルズ型抗争交換の展開

1.ワルラス・モデルによる抗争交換の成立

新古典派経済学の理論において整合的な形で展開し,現在に至るまでもっとも基礎的な理論

の枠組みを提供しているのは,レオン・ワルラス(Walras,L)の一般均衡理論と認識される。

ワルラス・モデルにおいて,生産過程は単なる技術的関係として把握されるため労使間の対立

関係は否定されている。そのため,同モデルでは常に完全雇用が実現しており,雇用者(労働

者)が所有者(資本家)にとり望ましい努力水準で労働を提供しない場合においても,前者が

後者を解雇するという条件付きの施行戦略,いわゆる雇用レントの支払い概念は存在しない。

しかし,いずれの市場においても労使間の対立が存在し,なおかつ労働需給の不一致が生じて

いる限り,失業者の発生は避けられない。この点に関して,ワルラス型の労働市場・外生性モ

デルは,たとえ失業者が存在したとしても最適点が不均衡状態にあるわけではないと指摘する。

すなわち労働需給の不一致が生み出す市場不均衡の状況が発生するにもかかわらず,それが所

有者(資本家)と雇用者(労働者)の行動を変える誘因にはならない限り,その状態は均衡状

態にあると認識された。この点に関してボウルズは,所有者(資本家)が市場を操作すること

によって財の分配が行われている以上,権力を伴わない市場の存在を仮定することはできない

と指摘し,ワルラス・モデルは成立不可能であるとの結論を導き出す。

このようにワルラス的一般均衡理論のモデルにおいて,市場の競争的体質を通じて所有者(資

本家)が市場を操作する階級構成をもたらされるのである。一般に企業ガバナンス統治におい

て,企業経営者は市場参入者に向けてシグナリング効果を適格に伝達させる必要がある。その

結果,企業の経営主体は彼ら自身に依存するトップダウンの経営手法に有利な技術投資の選

択・模倣を行うようになるため,機能的投資に向けた戦略(strategy)選択の際,企業主体の

計算・予知能力の限界,慣習を通じて一定の慣性・摩擦が生じる。そのため経営手法において

最も利益を得ている所有者(資本家)が支配的になり,トップダウンの経営手法は市場を有効

に機能させるようなる。

この状況を指し,青木(Aoki,M 1995 )は,市場における権力の存在は自らの直接的介入の

手法を通じてワルラス的一般均衡モデルを人為的に変質させ,或いは恣意的にデザインし,さ

らに裁量的に誘導するとの認識を示す3)。この青木による指摘は,方法論的個人主義,換言す

れば市場参入者の行為が社会構造や慣習を変化させるという点で特徴的である。すなわち所有

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者(資本家)の目的を制約するのは,もっぱら市場競争型の利己的目的においてのみ限定され

るため,それらは暗黙のルール(rules of thumb)を押し付け,規範,慣行などを,社会的合

意に基づいて操作される。呼応して,市場の秩序維持に向けてコントロールする暗黙的ルール

が明文化,明確化,実効化されるようになり,既述したようにトップダウンの経営手法が構築

されるに至るわけである。

一般にワルラス的一般均衡モデルにおいて,その参入者は所与の集合から最も効果的な戦略

を考案し,それに基づいて行動するが,この手法は既述してきたように市場の秩序維持に向け

てトップダウン型経営主体の肥大化をもたらすようになる。同均衡モデルにおいて市場概念は,

その参入者同士が反応を引き起こす最適反応を通じて,お互いに調和したものとして認識され

るものの,この調和は政策主体による市場コントロールを強めるように機能するためである。

いずれにせよワルラス的一般均衡理論のモデルにおいて,トップダウン型の経営手法が市場を

有意義に機能させる要因をなすようになることは避けられなくなる。すなわち,所有者(資本

家)が富を所有するものの,雇用者(労働者)は富を全く所有しておらず,したがって富の所

有が権力の源泉となるボウルズ型抗争交換が機能するようになるわけである。

ボウルズによる抗争交換の見解は,このように生産的資産の私的所有および生産の所有者(資

本家)のコントロールを条件とする競争的資本家経済(competitive capitalist economy)を前

提としており,それはトップダウン型の経営手法を通じて実現に至るものであることが明らか

になった。ワルラス的一般均衡モデルに基づく市場均衡性とは,このようなトップダウン型の

市場階層性に基づいて機能するのであり,すなわち本来,平等性を重んじる市場主義的な制度

システム自らが,労使間の利害集団間において所有者(資本家)による対市場権力を強めると

いう皮肉な現象をもたらすのである。

2.ハイエク型「自生的秩序」概念による抗争交換の強化

既述してきたように,ワルラス的一般均衡モデルに基づく市場均衡性とはトップダウン型の

市場階層性に基づいて機能するのであるが,それは同時に経営主体が強固かつ封建的な市場操

作能力を通じて,さらに競争主義を強める傾向がある。この見方は,フリードリッヒ・ハイエ

ク(Friedrich August von Hayek)自らが唱える「自生的秩序」の封建的概念に合致してい

ると考える(Hayek ,F.A. 1960 )。ワルラス的一般均衡理論の達成は,すなわちハイエクの封建

的概念に基づいて機能すると認識するわけである。

そもそもハイエク型「自生的秩序」の封建的概念において,市場ルールは一般化或いは抽象

化に耐えたものに限られ,その他のルールは形骸化もしくは脱落を余儀なくされている

(Hayek ,F.A. 1980)。既述したように,市場ルールはトップダウンによる経営手法に基づいて

操作されるのであるが,それはハイエク型「自生的秩序」に基づく封建的性質を備える経営主

体の存在を前提としているのである。ワルラス的一般均衡を強力に機能させるためには,呼応

してハイエクの封建的概念もまた強める必要が生じるわけである。やがて,市場参入者の利益

最大化を図るルールそれ自らが,封建的ガバナンス統治に基づく効用最大化の手段と一体化し

て機能するようになる。すなわち市場参入者は,市場ルールと封建的概念を結び付ける暗黙の

ルール(rules of thumb),規範,慣行を,さらに「制度」として発展させ,それを社会的合意

のあるものと認識するようになるのである(Hayek ,F.A. 1948 )。

ワルラス的一般均衡モデルにおいて成立する市場とは,この「制度」に基づいて機能する政

策主体の存在を前提としている。その結果,ワルラス的一般均衡理論モデルを有効に機能させ

るハイエク型「自生的秩序」の封建的概念は,やがて市場における競争主義達成に必要な政策

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主体としての存在感を強めるようなる。すなわちハイエクは,いわば社会科学の領域にとどま

ることなく道徳概念に基づく規範科学の意義を正当に位置づけることで,新古典派経済学の方

法論的個人主義の概念達成を試みようとしたわけである。ハイエクは,自然科学の方法を無批

判に適用することの限界性を明確にしながらも,同時に道徳の問題について認識を深めようと

する必要性が生じていることを認めており,ゆえに市場を操作する政策主体の封建的体質を求

めようとしたことになる。

さらに,ワルラス的一般均衡モデルにおいて,市場は新古典派経済学に基づいて合理的に機

能すると認識され,したがって所与の市場ルールは,合理的に効用最大化を図るものとして認

識される点も軽視してはならない。すなわち,この合理性に基づく効用最大化とは,そもそも

市場が参入者の個人主義的な経済行動を操作している限りにおいて,利己主義をコントロール

する政策主体の存在を求めている。その状況に呼応して,市場均衡性維持に必要なハイエク型

「自生的秩序」の封建的概念は,他の経済システムにおいても,政策主体としての任務を果た

すようになる。すなわち,同概念はトップダウン型の企業ガバナンスによる手法にとどまるも

のではなく,さらに市場全般において封建的な政策主体の存在を求めるようになり,やがて市

場全般がヒエラルキー型の諸制度設計に基づいて機能せざるを得なくなるのである。

このヒエラルキー型の諸制度設計は他の経済システム,すなわち金融システムにおいても有

意に機能しており,それは中央銀行が政府との密接な関係を通じて市場影響力を発揮し得る点

を通じて明らかになる。市場が競争原理に基づいて機能している限り,借入企業は一般金融機

関の融資情報に基づいて経営を行わざるを得ず,しかも一般金融機関は中央銀行による政策影

響下に置かれている以上,中央銀行主導型の金融システムがより強固にならざるを得なくなる。

しかも市場競争主義の強化は借入企業にとり融資額の増加へと結び付くものの,それは一般

金融機関による貸出超過を生み出し兼ねない点を軽視してはならない。このオーバーローンの

現象は,やがて一般金融機関の自己資本比率の低下を余儀なくするようになる。呼応して,中

央銀行は政策金利や中央銀行当座預金を強制的に操作することで,一般融機関に対する影響力

をさらに強めるようになる。金融システム全般が,仏・独における大陸型制定法にみられる典

型的な設計主義ではなく,むしろハイエク型の道徳的なルール,所有制度,貨幣制度,(広義

での)法制度に基づいて,封建的に機能するわけである。その結果,金融システムにおける文

化的,生産的な進化は,「立法(legislation)」や「命令(command)」ではなく,市場主義の

自生的成長を自らのうちに交換・取引を規制するようになり,やがて金融市場全般が権力主体

の存在を求めるようになる。

このようにハイエク型「自生的秩序」の封建的概念に基づいて達成されるワルラス的一般均

衡理論の成立手法は,トップダウン型の企業ガバナンスにとどまらず,さらに金融システム全

般へと広がりをみせるようになる。後述するが,金融政策を操作する権力主体は,インフレタ

ーゲット政策はじめ外生的貨幣供給政策を通じて,有効需要に基づかない意図的貨幣供給政策

を展開している。すなわち金融システムにおいて成立する中央銀行による指示,もしくは法・

ルール自らが,強制的に貨幣需給の内生性を打ち壊すように機能しているのである。

やがて金融システムにおける市場競争主義の展開は,市場における非市場主義的要素,すな

わち封建的な官僚主義のシステムに基づいて達成される中央銀行の非独立性を通じて,政府に

よる金融市場介入を許すようになる。ハイエク型「自生的秩序」の概念が市場を操作するとい

う経済システムの在り方は,このように金融システム全般へと及び,貨幣需給の内生性を徹底

的に打ち壊すにとどまらず,中央銀行の独立性さえ毀損するようになるのである。金融システ

ムにおけるボウルズ型抗争交換は,このような政府と中央銀行との間の制度階層性を通じて,

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金融システムの歪曲化に向けて優れて機能するに至るわけである。

3.「自生的秩序」の概念にみる抗争交換成立の根拠

既述してきたように,ハイエク型「自生的秩序」の概念はワルラス型一般均衡理論を機能さ

せる点において,有意に機能する点を明らかにした。先ず企業ガバナンスにおいて,経営手法

で最も利益を得ている所有者(資本家)が支配的になり,トップダウンの経営手法は市場を有

効に機能させるため,ボウルズ型抗争交換が成立している点を明らかにした。次にハイエク型

「自生的秩序」の封建的概念は,金融システムにおいても中央銀行と一般金融機関と間,さら

に政府と中央銀行との間の制度階層性がもたらすボウルズ型抗争交換を通じて成立している点

を明らかにした。

しかし,ハイエクの方法論的個人主義の手法,すなわち「自生的秩序」の封建的概念は,あ

くまでもワルラス型一般均衡理論を達成するためにおいてのみ有用に機能する点を軽視しては

ならない。そもそもハイエクによる研究の主要テーマは,市場参入者の行為を通じて社会構造

や慣習が変化していく様子を解明することにあるが,その際に市場参入者の動機もしくは期待

の根拠を導き出そうとしていた。その点においてワルラス的一般均衡に極めて忠実であり,し

たがって新古典派経済学の手法に近い。さらにハイエクは,自生的なルールが多数の人々の行

為を集約したものとして認識した上で,それらを集約する行為を如何にコントロールするかに

ついて,分析の対象を据えるが,この集計論の手法は新古典派経済学における市場分析の手法

に近似している。その上でハイエクは,市場参入者の行為を制約するのは他の市場参入者の目

的ではあるものの,社会的な知識やルールは市場参入者の具体的経験から切り離されている点

について触れる。この見方は,市場参入者が各々効用最大化を図ることによる個人主義的な市

場概念,すなわち新古典派経済学における利己主義的行為の集計手法に近似している。ゆえに

ハイエクにとり市場とは,自主的ルールを通じて複数の市場参入者が繰り返しかかわりあう中

で成長し,決して固定的なものではない(Hayek ,F.A. 1967)。この手法は市場競争主義そのも

のであり,したがってワルラス的一般均衡理論に基づく手法である。

このハイエク型「自生的秩序」の概念が導き出された背景として,ハイエク自らが唱える人

間像が考えられよう。すなわちハイエクにとり人間とは,彼自らが「暗黙知の抽象概念」と表

現するように,情報の非対称性により知識的限界性を有する存在に過ぎない(Hayek ,F.A.

1962)。このように非人間的な市場参入者からなるワルラス的一般均衡理論に基づく市場は,

彼の言葉によれば「言語,伝統,慣習を用いるかの如く人間の欲望を制御する能力を発揮する場」

として捉えられ,市場自らが知識的限界性を有する人間行動に不可欠なコントロール手段とし

て機能すると認識される。ハイエクが唱える知識的限界性を有する人間行動に不可欠な規制手

段とは,すなわち新古典派経済学的な市場をコントロールする操作能力に相当する。

さらにハイエクにとり市場は,独立した諸国人の努力が信頼される場であるものの,市場参

入者らの限られた知識を最大限活用する場として機能する場であると認識される(Hayek ,F.A.

1935)。すなわち前述の情報の非対称性を通じて,市場参入者は知識を有する権力主体からの

情報提供を受けることを余儀なくするわけである。ここでも,ワルラス的一般均衡理論に基づ

いて効用最大化を図る新古典派経済学の人間像が前提とされている。すなわち,このハイエク

型「自生的秩序」を通じてこそ,ワルラス的一般均衡理論において市場の操作主体が下す指示,

もしくは指導部が設定するルールが強固に機能するようになるのである。このように命令と市

場との密接的連関関係が市場に反映される結果,市場は自らが生み出す略奪・窃盗の欲望や誘

惑をもたらすにとどまらず,やがて所有者(資本家)と雇用者(労働者)との間のボウルズ型

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抗争交換を強める場へと転化する。

すなわちハイエクにとり市場とは,競争に打ち勝つ少数派のみが階級構造の頂点に立てる場

として認識される(Hayek ,F.A. 1948)。この競争主義の成立が前提とされる点において,非人

格的メカニズムがワルラス的一般均衡理論を有意に満たし,したがって新古典派経済学の市場

価値観と同意の市場が前提とされるわけである。ゆえにハイエクは,所有者(資本家)が市場

構造の頂点に位置する強い人格を備える勝者として賞賛されるという競争主義型の市場階層性

についても触れる。その際,彼らが市場の頂点を目指す際,自らの権威欲と金銭欲達成のため

に払われた代償は,むしろ「個人的利益のカオス」を貫いた結果として賞賛される(Hayek ,F.A.

1960 )。この競争主義の原理を通じて,ハイエク自らが求める資本主義経済の競争性において,

新古典派経済学と同様の市場が前提とされている。ハイエクにとり市場とは,このように市場

頂点に上りつめる所有者(資本家)が様々な欲望を発散される場に他ならないため,自らが唱

える「自生的秩序」による市場秩序の維持を求めているものの,その見解は,すなわち市場競

争主義を操作する政策主体の存在を是認する見方に他ならない。

一方,新古典派経済学のワルラス的般均衡モデルにおいても,市場は自らの競争的体質を通

じて,所有者(資本家)が市場を操作する階級構成が前提とされる。この点に関連してハイエ

クも,市場において「個人的利益のカオス」の下,社会解体への不安・疎外・価値観の崩壊・

排除がもたらされる以上,道徳もしくは秩序が市場操作するため,階級構成が存在していると

の認識を示す(Hayek ,F.A. 1967)。この階級構成に呼応するかたちで新古典派経済学的な市場

競争主義がより強まるようになると,祖先より引き継ぐ冒険的「制度」,すなわち慣習・習俗や

道徳「中間組織」,すなわちハイエク型「自生的秩序」の封建的概念も一層,強力に市場を操作

するようになる。このように市場主義の競争性がさらに強まるにつれて,やがて市場において

家族,ムラ,教会コミュニティなどの擁護も強まるようになり,法・道徳・階級・国家・君主

制度・貴族制度・教会制度の改変を許さない「バーク流保守主義」の封建性が市場全体を覆い

尽くすようになることが避けられなくなる。

すなわちハイエク型「自生的秩序」の封建的概念とは,所有制度,貨幣制度,(広義での)法

制度による文化的,生産的な進化を肯定するものではなく,市場の競争性を強めるための手段

に他ならないのである。このように競争的市場が財分配を前提とする権力の存在を前提として

いる以上,市場機能は経済成長を図るために交換・取引を実現する場ではなく,むしろ物欲的

欲求を満たそうとする所有者(資本家)の効用を最大化させる手段に過ぎなくなる。ハイエク

も認めるように,市場は社会的上昇を目指す欲深い所有者(資本家)の欲求を満たす場である

が,それは新古典派経済学が唱える「機会の平等」実現の場もあった。呼応して,効率性を伴

わない経済的規制の撤廃,もしくは緩和に比重を置く「市場戦略的イセンティブ政策」が強調

されるようになり,市場の封建的体質はますます強まるようになる。

軽視してはならないのは,ハイエクも認めるこの競争主義的市場において,消費者の需要概

念が全く無視されている点である。有効需要概念に基づかない非人格的メカニズムからなる市

場では,いずれにせよ市場権力者による供給概念が絶対的な前提条件として求められるように

なる。このように動物的闘争本能のまま振舞う所有者(資本家)の供給概念からなる市場は,

彼らの動物的本能を最大限に発揮する場として機能するに過ぎない。すなわち需要概念を伴う

ことのない,いわば「理性を伴わない市場主義」が供給を通じて操作される限り,需要を満たす

側の雇用者(労働者)の欲求不満は頂点に達し,所有者(資本家)との対立状態が著しく高ま

るようになる。すなわち,雇用者(労働者)自らの有効需要に基づく需給の内生性が全く無視

された上で,市場を操作する所有者(資本家)による市場戦略のみが外生的に決められる結果,

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双方の対立は頂点に達するのである。ハイエク型「自生的秩序」の概念に基づくワルラス的一

般均衡理論のモデルとは,このように雇用者(労働者)の有効需要の基づかない供給サイド,

すなわち所有者(資本家)の目的によって一方的に決められるわけである。

この雇用者(労働者)自らの有効需要に基づかない需給の外生性は,貨幣の需給関係におい

て典型的に認められる。以下,ポストケインジアンの主張に基づいて,所有者(資本家)と雇

用者(労働者)との間のボウルズ型抗争交換が金融システムにおいても機能し,それは外生的

貨幣供給政策を通じて貨幣需給の内生性を打ち壊すことで実現するに至るとする根拠の理論的

側面について明らかにする。

Ⅱ.ポストケインジアンはじめ諸説にみる抗争交換の展開

1. ミンスキー不安定性仮説における抗争交換の成立

一般にケインズ経済学において,経済は不確実性に満ちており,したがって貨幣供給量は内

生的な変数に基づいて成立するとされる。さらに,貨幣供給量の変化に基づいて,銀行組織が

重要な役割を果たすとされる。ケインズ理論において投資はそれ自らの資金を調達しており,

それと等量の貯蓄を事後的に作り出す必要性が生じるためである。投資はそれに先行する貯蓄

ストックによる制約を受けないというケインズの「有効需要の原理」が機能する結果,このよ

うな現象が生じるわけである。

ポストケインジアンの一人であるミンスキーは,資本主義経済において金融構造それ自らに

おいて不安定性を内包しており,その影響は経済全般への不安定性を波及させるとの持論を展

開する。ミンスキーによる分析手法は経済の不確実性・期待・貨幣の連鎖を唱えるケインズ

(Keynes,J.M)のマクロ経済学を金融政策に応用しようとしている点で特徴的であるが,この

ような見解は,金融システムにおいてボウルズ型抗争交換が生じている点を明らかにする意味

で,極めて有意義である。そのように考えるに至った理由として,本稿は先ずミンスキーが唱

える「金融不安定性仮説」を挙げる。同説を通じて金融システムにおけるボウルズ型抗争交換

が生じていることが明らかになるためである。その上で,本稿はミンスキーと同じポストケイ

ンジアンのミハウ・カレツキ(Kalecki ,M)が唱えるコンフリクト理論,および景気循環論に

ついて触れる。カレツキによるこれらの主張においても,金融システムにおけるボウルズ型抗

争交換が求められるためである。以下,本稿は先ずミンスキー説を触れることにより,金融シ

ステムにおいてボウルズ型抗争交換が行われている実態を明らかにしていく。

ミンスキーの「金融不安定性仮説」は,その理論的根幹において経済の不確実性・期待・貨

幣の連鎖を唱えたケインズによる「雇用・利子および貨幣の一般理論」の影響を受けた点が挙

げられる。ミンスキーが認識する市場参入者の経済行動は将来に関する期待は著しく浮動的,

かつ激しい変化の影響を受けることが余儀なくされ,したがって市場は合理的なものではない。

とりわけ市場メカニズムの不確実性について,ミンスキーはそれが不安定な金融意思決定に基

づく投資の連鎖が資本主義経済の循環的変動に影響を及ぼし,やがて景気循環の要因をなすも

のであるとする主張を展開する(Minsky,H.P, 1986 )。このように経済の不確実性がもたらす貨幣

の連鎖を自らの景気循環論を組み入れることにより,貨幣供給の内生的性質を導き出すことに,

ミンスキーは自らの研究の重点に据えていた。

ミンスキーによると,企業家は自らの投資拡大を行うとする際,投資支出を賄うための外部

資金への依存性を高める傾向があるとされる。この負債依存型の企業ガバナンス構造が強まる

につれ,企業による借入増の構造がリバレッジ比率を上昇させ,金融機関の貸出超過がもたら

される可能性が強まるようになる。呼応して企業がさらに融資負債への依存を強めようになる

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8

と,今度は一般金融機関が自らのコストパフォーマンスを強める現象が生じるようになる。市

場は自らの競争性を前提として成立しているため,金融機関は企業向け投資に向けた貸出増を

競っている。そのため企業家は,自身の投資拡大を継続させるのであるが,やがてこの現象は

負債デフレーションの現象をもたらすようになる(Minsky,H.P, 1986)。貸出超過は,さらに中央

銀行による一般金融機関向け資金取引にも影響を及ぼすようになり,呼応して中央銀行が市場

に及ぼす影響を強めるようになる。この現象をボウルズ型抗争交換に当てはめると,中央銀行

が貨幣供給情報を所有するものの,一般金融機関は貨幣供給情報を全く所有しておらず,した

がって情報の所有が権力の源泉となることを意味する。金融システムにおけるボウルズ型抗争

交換は,このように貨幣供給情報の所有を富の源泉とする中央銀行主導型の金融システムにお

いて認められるわけである。

しかも市場が競争性を有している限り,企業向け融資に必要な投資額が増大を続けるのであ

るが,このことは一般金融機関の対企業向けモニタリングコストの削減効果も増大することを

意味している。すなわち一般金融機関によるコストパフォーマンスは,企業家による投資拡大

に呼応して高まるようになる。しかも,企業家による外部資金への依存性の高まりは,その借

入増に伴うリバレッジ比率を上昇させる。呼応して,一般金融機関のモニタリングコスト削減

効果がいっそう強まり,同機関のコストパフォーマンスも逓増化の傾向を強めるようになる。

情報の所有を富の源泉とするボウルズ型抗争交換は,したがって融資情報を所有する一般金融

機関と同情報を所有しない借入企業との間にも生じるわけである。のみならず,金融機関と借

入企業との間に生じた融資情報所有の格差は,やがて経済全般の不安定要素にも繋がるような

る。金融機関からの借入超過を余儀なくされる企業が増大するにつれ,負債デフレーションは

じめ負の影響が市場全般に及ぼす影響が強まるためである。

融資情報を所有しない企業の借入超過がもたらす負債デフレーションが慢性化すると,その

影響は不況から恐慌へと至る景気循環をもたらす。後に触れるが,ミンスキーと同じポストケ

インジアンのカレツキによる景気循環論が,それに相当する。このようにカレツキ景気循環論

に繋がるミンスキー型の負債デフレーションが及ぼす影響により,金融システムにおいてボウ

ルズ型抗争交換が機能していることが明らかになるのである。

2.カレツキ型内生的貨幣供給論による抗争交換発生の懸念

ケインズ経済学において貨幣・金融の役割を重視したミンスキーに対し,同じポストケイン

ジアンのカレツキはケインズ型の有効需要政策を自らの階級論として展開し,ケインズ経済学

の金融論的アプローチを目指した。ケインズ経済学では,雇用政策において貨幣資金が完全に

伸縮的である場合においても,市場経済の正常な機能を通じて不完全雇用の状況が生み出され

るとされる。このようにケインズ経済学は不完全雇用均衡を自らの理論の中心に据えていたの

であるが,さらにカレツキはケインズの不完全雇用均衡を自らの景気循環モデルとして応用展

開し,その一環として貨幣供給の内生性を唱えたのである。カレツキは貨幣供給の内生性を通

じて需要主導型モデルを唱えることにより,有効需要政策による需要増が企業投資を刺激し,

それが経済成長を高める賃金主導成長メカニズムを強調したのである3)。

したがってカレツキは,ケインズ型の有効需要の増加が銀行組織の信用膨張(credit inflation)

をもたらし,それに対応する銀行組織の信用供給拡大,すなわち貨幣供給量の増大へと結び付

く点に着目する。国民所得および一国の国民経済の総雇用量は,財・用役に対する実際の

貨幣支出の大きさ,すなわち有効需要により決定され,したがって有効需要の大きさ

は総供給と総需要とが均衡するところで決定されるケインズ型「有効需要の原理」を,自

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らの貨幣内生性理論に活かそうとするためである4)。すなわち,貨幣供給が所得分配と需要主

導型成長・循環を基盤として行われている点に着目することで,ケインズ型有効需要論を継承

したのがカレツキ型貨幣供給の内生性に相当するわけである。

具体的にカレツキは,労使関係の内生性から雇用水準の改善とともに特定労働力の不足が生

じ,さらに労働組合の交渉力が増すことで雇用増とともに賃金単位が上昇する「賃金コスト・

マークアップ・インフレーション理論」を展開することで,ケインズ経済学の不完全雇用均衡

を理論体系化しよう試みた。その際,労働者側による賃上げ圧力の強まりが労使間対立に基づ

く「インフレーションのコンフリクト理論」をもたらすと指摘した上で,この階級間コンフリ

クトがもたらすインフレ要因が貨幣需給の内生性にあるとの結論を導き出したのである。その

際にカレツキは,コンフリクト理論に基づく賃金上昇と,それに伴う貨幣需要増が銀行の貨幣

供給量を弾力的に変化させる点を挙げることで,貨幣需給の内生性を導き出そうとした。その

ため中央銀行による貨幣供給は,このコンフリクト理論に基づく賃金上昇がもたらす貨幣需要

増に対して弾力的な通貨供給を行うべきとの主張が展開されたのである。

このようにカレツキにとり貨幣とは貨幣需要に基づく銀行信用を通じて創造される信用貨幣

を意味し,したがってその供給量は(中央銀行に対する)信用に基づいて誘発されている。さ

らに,その供給量は国民所得水準,すなわち有効需要に応じて決定される。この見方は,市場

において雇用主は可能な限り労働力を雇用することができるものの,労働者の一部は職を得る

こともなく失業を余儀なくされるケインズ型の不完全雇用均衡を背景としている。ケインズ経

済学において,市場が自然的かつ正常に機能する限り失業者の発生は否めない点が強調された。

この点を,カレツキは自らの貨幣供給論に結び付けようとしたのである。富や所得が不平等に

分配される結果として非自発的失業者が発生する以上,不完全雇用均衡に基づく市場メカニズ

ムの不確実性に対処する必要が生じる。対してカレツキは,自らの貨幣需給内生性の理論を展

開することで,ケインズ型有効需要政策の意義を唱えようとしたのである。ケインズ『一般理

論』で展開された有効需要論に基づく需要サイドのアプローチは,このようにしてカレツキに

よる貨幣需給の内生性として活かされたのである。

ただし,中央銀行が融資情報量を集約するにつれて,一般金融機関が備える情報量との間に

生じる格差は拡大化の傾向を帯びるようになるため,この傾向はやがてカレツキが唱える貨幣

需給の内生性を打ち破る懸念をもたらす。後に触れるが,インフレターゲット政策はじめ貨幣

需要に連動することなく行われる貨幣供給政策は,ケインズ型「有効需要の原理」を無視して

展開され,したがって貨幣供給量はカレツキ型貨幣需給の内生性に連動することなく決められ

る。このように貨幣需給の内生性に基づかない貨幣供給は,貨幣供給に関する情報有意性を有

する中央銀行と,その情報を備えない一般銀行との間の情報量格差を拡大化させるばかりか,

さらに一般銀行による融資に依存せざるを得ない借入企業の投資にも影響を及ぼすようになる。

外生的な貨幣供給政策は,中央銀行と一般の金融機関との間に貨幣供給に関する情報量格差を

生じさせるにとどまらず,情報劣位にある一般の金融機関による融資に依存する借入企業の貸

出にも影響をもたらすわけである。やがて,その影響はカレツキ自らが唱える景気循環論へと

繋がる。

すなわち,コストパフォーマンスにおいて情報優位性を示している中央銀行は,貨幣供給量

を強制的に外生的にコントロールすることにより,自らの権力行使を維持・強化させようとす

る。その影響は金融システムにとどまらず,経済全般にも影響を及ぼすに至り,やがてカレツ

キ型景気循環論を生み出すのである。以下,ボウルズ型抗争交換がカレツキ型景気循環論に及

ぼす影響について触れながら,外生的貨幣供給政策が景気循環に負の影響を及ぼす理論的背景

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10

を明らかにする。

3.カレツキ型景気循環論にみる抗争交換発生の成立

以上,ボウルズ型抗争交換はカレツキ型内生的貨幣供給論において確認できる点を明らかに

してきたのであるが,それは経済全般にも悪影響を及ぼす懸念を生み出す。ここでは,経済全

般への悪影響がカレツキ型景気循環論によってもたらされるに至る理論的背景および政策的実

態について明らかにする。そのため先ず,金融システムにおけるボウルズ型抗争交換の理論的

側面について触れる。その上で,それが政策的実態を通じてカレツキ景気循環論に及ぼす影響

について明らかにしていく。

既述したように金融システムにおけるボウルズ型抗争交換は,貨幣供給の情報優位性を示す

中央銀行による一般金融機関向け操作を通じて認められ,したがって同情報の所有が権力の源

泉になることによって成立していた。このように中央銀行が自らの権力を行使するのであれば,

同行による貨幣供給は信用によって誘発されるものではなく,したがって有効需要に基づいて

決定されるものでもないことが明らかになる。すなわち,中央銀行による外生的貨幣供給政策

は,同行自らの頑健性を保ちながら環境変化を抑え込むかたちで展開されるわけである。カレ

ツキの言葉を借りるのであれば,「信用によって誘発され,需要によって決定される」

(credit-driven and demand-determined)はずの中央銀行の内生的変数を,中央銀行は強制的

に歪曲化させようとしているのである5)。このように有効需要の概念が一切,無視されている

貨幣供給政策は,当然のことながら信用を失うようになる。信用に基づかない貨幣供給政策の

継続により,一般金融機関への借入に依存する企業は経営上のリスク増にも直面する。この傾

向がさらに続くのであれば,やがて外生的貨幣供給政策によってもたらされる金融システムの

ボウルズ型抗争交換が,貨幣供給量の内生性を打ち破る可能性をもたらすようになる。

すなわち金融システムにおけるボウルズ型抗争交換は,やがて有効需要に基づいて成立する

労働者の所得分配ベースへと波及し,さらに資本主義の景気循環にも影響を及ぼすに至る懸念

をもたらすようになる。それゆえ,たとえば有効需要論に基づかない政策が景気上昇をもたら

したとしても,それは貨幣需要に基づかない追加的貨幣供給による信用拡大の結果に他ならな

くなる。企業家の投資決定と銀行の貸出決意の間に相互作用が図られることなく,信用供給額

と投資額が決まるため,中央銀行はさらなる貨幣供給を行うことを余儀なくされる。その結果,

中央銀行は自らの貨幣供給量を制御することすら困難になる。やがて,一般金融機関による融

資に依存する借入企業は借入超過に見舞われ,オーバーローンを通じて自己資本比率の低下が

余儀なくされるようになる。すなわち,金融システムにおけるボウルズ型抗争交換は,この負

債デフレーションの影響を通じて経済全般の不安定要素を強めるように機能するのである6)

さらにオーバーローンによる自己資本比率の低下が慢性化するようになると,やがて外部資

金の調達コストが内部資金よりも低くなるため,企業の投資増を賄う融資増は同コストの引下

げ要因をなすようになる。すなわち本来,内部資金によって制約される企業は,従来よりも引

き下げられた外部資金調達コストを通じて融資が受けられるようになり,オーバーローンへの

依存はさらに強まるようになる。のみならず,この現象は金融市場において不完全競争をもた

らし,内部資金以上に外部資金に依存する企業の数を増大せるようになる。呼応して,金融市

場において流動性のみが高まる状態が生じ,金融機関による対企業向け融資額が高まることに

より同市場の歪曲性はさらに強まるようになる。

鍋島(2001)によると,この高い流動性選好は,やがて景気を拡張局面から不況局面へと押

しやるカレツキ型景気循環の要因になる。この現象に呼応して,中央銀行による貨幣需要に基

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づかない貨幣供給量の意図的操作は,同行による追加的貨幣供給を余儀なくする。このように,

中央銀行による外生的な意図的貨幣供量の操作により,借入企業は貨幣需要量とは無関係に投

資を決めるようになる。その結果,好景気から不況期に向かう景気の変動幅が著しく大きくな

り,経済全般の不安定性はさらに強まるようになる。

このように金融システムにおけるボウルズ型抗争交換は,ケインズ型有効需要政策論を背景

に成立するカレツキ型の所得分配ベースを打ち壊し,やがて景気循環論全般へと及ぶわけであ

る。貨幣需給の内生性を無視する外生的貨幣供給政策は,代表的な政策としてインフレターゲ

ット政策,自国通貨安に向けの意図的為替政策,さらに中央銀行による国際買い入れなどが挙

げられるが,それらは経済状態をさらに不安定性にさせる懸念をもたらすのである。以下,そ

の経緯について,理論と実証の側面から明らかにする。

Ⅲ.外生的貨幣供給政策の理論と実証

1. 政策の前提条件としての貨幣「ヴェール」観

既述してきたように,本稿はポストケインジアンにミンスキー,およびカレツキによる主張

を通じて,外生的貨幣供給政策においてボウルズ型抗争交換が認められることを明らかにして

きた。すなわちケインズ型有効需要政策に基づかない中央銀行による貨幣供給政策は,貨幣需

給の内生性を打ち破るように機能する懸念を生み出すのである。では,外生的貨幣供給政策は

なぜ,貨幣需要の内生性を無視する供給サイドの手法を重視するのであろうか。そして,貨幣

需給の内生性に基づかない政策が,如何にして実行に移されたのであろうか。それらを明らか

にするため,先ず外生的貨幣供給政策が唱えられる理論的背景を導き出し,その上で同政策が

もたらした実証的側面の実態を明らかにする。同時に,この外生的貨幣供給政策の展開が,如

何にしてボウルズ型抗争交換を導き出すに至ったかについて明らかにする。

さてポストケインジアンによるマクロ経済学的視点に立つのであれば,貨幣供給量は総需要

の変動により増減を繰り返しており、外生的貨幣供給政策それ自体が機能するに値しないもの

とされる。したがって,外生的貨幣供給政策が強制的に貨幣供給量を操作することでもたらさ

れる金融市場の利害対抗についても,貨幣需給を内生的に処理する強制力を逸脱して成立する

現象とされた。一方,ポストケインジアンとは反対に供給サイドを重視するワルラス的一般均

衡理論において,市場は参入者の自由な行動に基づいて成立しており,複数の販売者および購

買者の存在が市場参入を繰り返すことが前提とされている。ただし,それが選好の自己中心性

に基づく自発的市場交換の均衡をもたらすように機能する限り,市場を操作する主体がワルラ

ス的一般均衡理論による財交換を外部から制約することは否定されない。たとえワルラス的一

般均衡理論が資源と所得を公平に分配したとしても,それが需給関係の内生性を無視している

限り,財交換を外部から強制的に制約する経済主体の存在が不可欠とされるのである。

この点に関してボウルズ(Bowles,S. 2004)は,このようにワルラス的一般均衡理論にお

いて市場を操作する経済主体が財交換を外部から制約している以上,公平な財交換においても

市場参入者は操作可能な経済的変数を制御しているに過ぎないと指摘する。すなわちワルラス

的一般均衡において状況改善には至らない均衡が成立する以上,財交換を外部から制約する強

制力の存在が不可欠となり,既述したように富の所有が権力の源泉に結び付く抗争的交換関係

が内包するボウルズ型抗争交換が生じるのである。また金融システムにおいても,このように

財交換を外部から制約する強制力は,貨幣供給に関する情報を集約する中央銀行の意図的な貨

幣供給政策として実現されたわけである。

貨幣供給に関する情報優位性を備える中央銀行を権力の源泉として認識するボウルズ型抗争

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交換は,したがって外生的な貨幣供給政策として反映されるわけであるが,そもそも同政策は,

消費者保有の貨幣残高の大きさに比例して需要増が図られるピグー効果の有効性を前提として

いる点を軽視してはならない。同効果が用いられた根拠として,貨幣は経済の実物的側面を覆

う「ヴェール」に過ぎない,いわゆる貨幣「ヴェール」観が挙げられた。すなわち貨幣は経済

の実物的側面を覆う「ヴェール」に過ぎず,したがって貨幣量の増減についても,同「ヴェー

ル」観により貨幣が経済活動の物々交換を仲介するにとどまるため,それは物価にのみ影響を

与えるにとどまると認識されたのである。さらに,いわゆる「貨幣の中立性命題」を通じて物

価変動は貨幣的現象と認識され,貨幣はその調整に時間を要するため短期において非中立的で

あるものの,長期において貨幣は中立的である点が強調された。このような主張が唱えられた

理論的背景として,物価安定に向けて貨幣流通量を操作する貨幣数量説の存在が挙げられる7)

このように貨幣流通量が外生的なものとして捉えられるため,中央銀行を含む金融機関全般

による資金供給量,すなわち一般法人,個人,地方公共団体が保有する通貨量残高であるマネ

ーストック8)の実質価値を高めることで外生的に貨幣供給量を増大させることが,消費支出の

増加と総需要水準の上昇を図る手段として用いられると認識されたわけである。

ただし,このような理論に基づいて政策が展開されると,不況期に代表されるような産出量

の減少は貨幣供給量の低下をもたらし,雇用者の賃金切り下げへと通じる懸念が生じる。のみ

ならず,賃金切り下げによる貨幣需要を押し下げ,それに伴う物価下落が債務者から債権者へ

の購買力移転をもたらす可能性がある。すなわち物価下落は債権者の購買力を増大させるもの

の,債権者の負担が増加するため経済全体において総資産価格を上昇させるには至らず,した

がって社会全体の資産の実質価値も増加するには至らないのである。さらに,このような見解

に基づくのであれば,雇用市場の需給均衡にかかわらず賃金と価格が変動する現象が生じるこ

とになる。すなわち好況時において政府支出を減少させる一方,不況時において政府支出を増

加させても,裁量的な財政・金融政策の有効性を通じて有効需要の不足が解消されるとは限ら

ないのである。

このような理論の実証的展開の代表的事例として,IMF 主導の経済政策が挙げられる。同政

策はヒックス=ハンセンモデルにみられるように,国際貿易における財市場と貨幣市場との相

互依存関係を通じて国際収支の改善を求める点に政策的意義が強調された。同政策は国際収支

の改善を重要視するため,国内的には需要の引き締めを求めている。その一方で,GDP,消費

支出,投資,政府支出,政府財政赤字,経常収支,資本収支,総支出の合計額であるフローが

強調されるものの,マネーサプライ,政府債務額,対外資産残高,資本総量,資本総額の合計

額を意味する企業・銀行の負債ストックの側面を軽視する。このように金融政策が外生的なも

のとして扱われる以上,それが経済活動水準の変動に及ぼす影響は軽視されるようになる。さ

らに,この外生的ショックに基づく経済政策の手法に基づくのであれば,不安定な金融状況が

もたらす投資の負の連鎖は資本主義経済の循環的変動に影響を及ぼし,やがて不況から恐慌へ

と至るカレツキ型景気循環を強める要因になりかねない。

さらにヒックス=ハンセンモデルでは,IMF による引締め策的安定策が信用収縮をもたらし,

それが国内貨幣需要を変動させる点が重視される。しかし,同政策により購買力平価で存在感

を高めた外国人投資家は,自らの影響力を強めようとする。このように外国人投資家が外生的

に国内の貨幣需要を満たそうと行動するのであれば,貨幣供給量とマネーサプライターゲット

が連動しない状況がたらされ兼ねない9)。すなわち,引締め策的安定策に基づく信用収縮にも

かかわらず過剰流動性が高まるようになり,やがて不動産市場やクレジットカード市場などを

混迷させる現象がもたらされる懸念が強まる。その結果,たとえば外国人投資家の参入,さら

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に不動産市場,クレジットカード市場などの混迷につれて,やがて雇用状況の悪化にも繋がる

懸念が生じるなど,経済全般に及ぼす影響は計り知れない程度まで及び兼ねない 10)。

既述してきたように,資本主義経済は不確実性・期待・貨幣の連鎖によって成立し,資本主

義経済において金融構造それ自らにおいて不安定性を内包していると主張するミンスキー,さ

らにケインズ型有効需要政策の意義を貨幣供給論の立場から明確化するカレツキはじめ,ポス

トケインジアンらが唱える貨幣需給の内生性を無視する政策は,実証的側面の実態において負

の影響を及ぼす可能性を強めるわけである。次に,その可能性の実態をインフレターゲット政

策に求め,同政策が経済状況に及ぼす影響について明らかにしていく。

2.インフレターゲット政策にみられる抗争交換

既述したように外生的貨幣供給論は,貨幣は物価安定に向けて貨幣流通量を操作する貨幣数

量説を理論的な背景とする。同説に基づいて外生的に貨幣流通量を操作するために編み出され

たのが,物価を人工的に上昇させるインフレターゲット政策であった。同政策はマネタリーベ

ース 11)の残高の増大を通じて人々の予想インフレ率を上昇させ,一定の物価上昇目標の達成

まで金融を緩和する予想インフレ政策が機能することを目的とする。マネタリーベースの増加

が行われている間,人々は中央銀行が金融緩和政策を維持しようとしていると予想し,したが

って同ベースの増加が人々の予想インフレ率に影響を及ぼすと認識されたためである。このよ

うな政策が用いられた背景として,ケインズ型「流動性の罠」脱却のため,同政策が金利政策

に代わる需要喚起策の手法として有効であると認識された点が挙げられる。このように中央銀

行による貨幣供給量の増大が物価上昇を上昇させ,結果として金融緩和政策を維持することが

可能になると考えられたのである。

このような政策が用いられた理論的背景として,個別経済主体が最適かつ整合的に期待形成

を予測することで,合理的に効用最大化を図るとする合理性待形成学派の考え方が挙げられる。

この見解を貨幣供給政策に当てはめるのであれば,貨幣供給量の増大が人々の予想インフレ率

に影響を及ぼすことで,合理的に期待が形成されることになる。具体的には,インフレ率が主

観的割引因子×インフレ期待+係数×GDP ギャップとして認識された上で,今期のインフレ率

は来期のインフレ期待と今期の GDP ギャップによって決まるものとして認識された。すなわ

ち時系列的に現在から将来へと向かう名目貨幣供給流列が動学的な貨幣数量関係に基づいて形

成されており,経済主体は合理的判断に基づいて期待を形成すると考えられたのである。した

がって,将来において貨幣供給は増える,或いは貨幣供給の増加幅が上昇すると期待している

間,合理的な人々の予想インフレ率は引き上げられるようになる。

ただし,この外生的貨幣供給政策が行われる際,中央銀行による資産買入等基金 12)の創設,

もしくは同基金の総額増は,いずれも貨幣需要増を反映して行われるものではない点を軽視し

てはならない。このように市場の予想インフレ率が強制的に引き上げられている限り,それに

伴う国債市場,株式市場,外国為替市場などにおける投資家の取引増に基づくマネーストック

増の予想は,強制的なインフレ期待によってもたらされる予想に過ぎない。すなわち,このよ

うにインフレ期待が強制的である限り,インフレ予想も貨幣需要の増大に基づいてもたらされ

るわけではない。このような需要に基づかない一方的な貨幣供給政策は,結果として中央銀行

による対市場操作を強化する可能性を高める。すなわちインフレターゲット政策は,金融シス

テムにおいて中央銀行主導のボウルズ型の抗争交換を強める懸念をもたらす場に過ぎない。

その代表的な事例としてアーヴィング・フィッシャー(Fisher,I)による交換方程式が挙げ

られよう。インフレターゲット政策において,実質金利が名目金利から期待(予想)インフレ

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率を引いたものに等しくなるため,名目金利は実質金利に期待インフレ率を加えた値に相当す

ると人々は認識するとされる。このような見解が導き出された背景として,貨幣量と物価の相

関関係を唱えたフィッシャー交換方程式,すなわち M・V=P・Q の公式 13)が用いられた。し

かし,(植村・磯谷・海老塚 2001)が指摘するように,同式において貨幣の需給内生性がもた

らす貨幣需要の概念が無視されている。同説は貨幣数量の供給変化のみが物価水準の変化要因

であると認識しており,したがって貨幣需要が貨幣供給量に及ぼす影響については何ら触れら

れていない。このように フィッシャー式において貨幣需要が無視された上で貨幣流通速度(V)

と経済の取引量(Q)が所与の前提条件とされるのであれば,貨幣と物価との間において前者か

ら後者へと向かう因果関係は,強制的に中央銀行の政策意思として反映される。すなわち,フ

ィッシャー方程式においてマネタリーベースが増大したとしても,その現象はあくまでも強制

的な金融緩和の結果に他ならなくなる。したがって,たとえばインフレターゲット政策に基づ

く金融緩和政策が株価上昇をもたらし,さらに家計・企業・金融機関のバランスシート改善を

通じて,たとえ将来,人々が貨幣供給は増大すると予想したとしても,それらは必ずしも貨幣

需要を反映したものとは言えない。

さらに外生的貨幣供給論者は,予想インフレ率と経済成長の期待との間に相関関係が認めら

れるとの見方を示す際,その根拠としてイールドカーブ理論,すなわちインフレ予想が将来の

インフレ流列からなるカーブの見方を挙げる。しかし,たとえ同理論において金利が将来のイ

ンフレ予想で決まるリスクプレミアムが指摘されたとしても,中央銀行が強制的に貨幣供給操

作を行っている限り,それに基づいて成立する金利は貨幣需要に基づいて成立したものにはな

らない。さらに外生的貨幣供給論者は,満期が短いほど金利形成における将来のインフレ期待

ウエートが高まり,逆に満期が長いほどリスクプレミアムのウエートが上昇する点を挙げるこ

とで,経済主体による合理的な期待形成の行動を唱える。ただしインフレターゲット政策を通

じて強制的に金利が引き下げられているため,たとえイールドカーブ理論に基づいて将来のイ

ンフレ期待ウエートが満期に依存したしても,それは貨幣の需給関係を反映したものにはなら

ない。何よりも,貨幣需給の内生性に基づかない強制的な金利操作が行われている限り,それ

に伴って反応する合理的とされる経済行動も貨幣需要を反映するものにはならない。貨幣の需

給関係が内生的に成立している以上,金利のリスクプレミアムと将来の成長期待との間には連

動性は認められなくなり,外生的貨幣供給論者の理論的背景,すなわち合理性期待形成学派が

唱えるところの合理的な期待形成行動が達成するには至らないのである 14)。

以上,インフレターゲット政策の展開を通じて,貨幣需給関係に伴うことなく決定される外

生的貨幣供給政策が市場に及ぼす影響について触れてきた。同政策は貨幣数量の供給変化のみ

が物価水準の変化要因であると認識され,したがって貨幣需要が及ぼす影響については全く言

及されていないため,このような懸念が生じるわけである。のみならず,貨幣の有効需要原理,

すなわち貨幣需要がもたらす民間銀行の貸出意欲を無視して成立するインフレターゲット政策

は,ワルラス的一般均衡における財交換を外部から制約する市場の権力主体による操作が及ぼ

す影響を強め,さらなる懸念を生み出し兼ねない。

たとえば政府が金融の緩和を求めている場合,中央銀行はインフレターゲット政策を通じて

政府の政策意思を代行して市場に反応させることが可能になる。すなわち政府自らが金融緩和

政策を行おうとする場合,独立性を満たさない中央銀行は,インフレターゲット政策を通じて

政府による政策意思が市場に反映されるようになる。インフレターゲット政策にみる金融シス

テムのボウルズ型抗争交換とは,このように政府権力による市場介入をもたらすことを通じて,

より強化されるという懸念を生み出すのである。以下,このような中央銀行の非独立性がもた

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15

らす影響を,自国通貨安を唱える外生的為替政策,さらに中央銀行の長期国債買い上げによる

外生的な通貨供給政策を通じて明らかにする。

3.中央銀行の非独立性にみられる抗争交換

外生的貨幣供給論によると,ケインズ型「流動性の罠」から抜け出す方法として,さらに名

目為替レートを減価させる政策について提示された。このような状況が掲げられた背景として,

政府による金融緩和策は限界に達しており,需要の増加を図ることは困難であることが挙げら

れる。そのため,中央銀行が自国通貨安に向けて無制限の介入,すなわち自国通貨売り・外貨

買いを行うことで,名目為替レートの減価を図る手法が編み出されたのである。同政策が用い

られた理論的背景として,市場参入者による合理的な「予想」の概念が挙げられた。すなわち,

このように名目為替レートを減価させる政策においても,市場参入者の経済行動は合理性期待

形成学派の見方に基づいて行動しており,したがって彼らは予想に基づいて効用の最大化を図

ることが前提とされたのである。

具体的には,物価と金利との間の「予想」という概念を通じて,名目為替レートの減価政策

を通じて貨幣から物価へと向かう因果関係が構築できるとの認識が示された。その際,テーラ

ールール,すなわち i=π+α(y-y*)/y*+β(π―π*)+r の式に基づくマネタリーベースのコ

ントロールが挙げられた 15)。このルールのもと,実際のインフレ率が目標インフレ率を上回る

場合,中央銀行は短期金利を引き上げる金融政策を行う。すなわち,インフレターゲット政策

と同様に物価と金利との間に「予想」という概念を埋め込むことで,金融資産と実物資産とが

同様に扱われることが可能になるとの認識が導き出されたのである。

このように為替政策において予想インフレ率の概念が重視されるのであれば,短期的な為替

レート変動は金融政策間の格差を通じてもたらされるようになる。この場合,確かに予想イン

フレ率の上昇を通じて為替相場に下落圧力が生じるようになり,通貨安に伴う輸出拡大がもた

らされる可能性はある。その結果,もたらされた輸出拡大は需給ギャップ縮小に基づくインフ

レ率の上昇要因になることも予想されよう 16)。ただし,為替政策に対する介入権限は大多数の

国では政府に属し,中央銀行が主体的に実行できる政策ではない点を軽視してはならない。し

かも,強引な為替引下げを通じて貿易相手国の反発による周辺国の為替切り下げ競争,いわゆ

る近隣窮乏化論を引き起こす可能性がある。情報優位性を示す中央銀行の強制的な貨幣供給が

行う外生的貨幣供給政策の展開,すなわち貨幣需給の内生性を打ち破る政策に基づくボウルズ

型抗争交換の現象は,一国の金融システムにとどまらず,やがて国際間の経済関係を緊張化さ

せる懸念をもたらすに至るわけである。

しかも,中央銀行による自国通貨安政策に向けて行われる無制限の介入,すなわち自国通貨

売り・外貨買いによる名目為替レートの減価は,需要の不安定さを考慮したものではなく,し

たがって貨幣需要に対するストック面に及ぼす影響を軽視している点を軽視してはならない。

すなわち金利低下に伴う名目為替レートの減価は,必然的に購買力平価を高める外資による金

融市場への大量流入を許し,外資系銀行の市場占有率や民間金融株の外国人持分をさらに増加

させる可能性を高める。外国人投資家を中心とする経済システムへの変化は,たとえば米国人

投資家が得意とする株主の短期利益重視の政策を強めることでハイリスクハイリターンの経済

状況を生み出し,結果として経済の不安定化を強める懸念をもたらし兼ねない 17)。

さらに外生的貨幣供給論者は,中央銀行が無制限に長期国債を買い上げることで通貨供給量

を増大させることを指摘する。この中央銀行の国債買いオペを通じて行われる貨幣供給量の増

大が,短期名目金利の低下とインフレ予想上昇による予想実質金利の低下をもたらすためであ

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る。その結果,消費と投資が刺激され,貨幣発行が実質生産を増加させるようになると認識さ

れたのである。このように貨幣発行が実質生産を増加させるとする指摘の要因として,価格の

硬直性が貨幣発行増によるインフレ予想を上昇させるものの,現在の物価水準は殆ど変わらな

い点が挙げられた 18)。

ただし,内生的貨幣供給論が主張するように貨幣供給は信用により誘発され,需要により決

定されている以上,貨幣需要そのものが政府支出,貨幣賃金、産出水準などの影響を受けてい

る点を軽視してはならない。このように貨幣供給量が需要との相互関係で決められる点は,現

代の政策をみる上でも重要視すべきである。今日,多くの国でみられるように短期金利のみな

らず長期金利もゼロに近づいている状況において,中央銀行の国債買いオペによる貨幣供給量

の増加策が行われたとしても,民間金融機関の貨幣需要や貸出意欲に影響を及ぼすことはない。

このような状況では,国債買い切りオペにより長期国債が中央銀行預け金に振り替わるだけで,

民間金融機関の貸出意欲に変化は生じない。

さらに中央銀行が政府の意向に従う政策が慢性化する場合,やがて政府発行国債の中央銀行

引受けによる財政赤字の穴埋め措置,いわゆるマネタリゼーションの現象へと導く可能性があ

る。この政策は財政規律を破壊させる劇薬であり,慢性化する中央銀行の国債引き受けにより

中央銀行の独立性は決定的に失われる。しかも,中央銀行の国債買いオペは外生的に貨幣供給

量を増加させる点において,需要の不安定さを考慮したものではなく,したがって貨幣需要に

対するストック面に及ぼす影響を軽視する政策である。すなわち供給サイドを通じてのみ,ワ

ルラス的一般均衡理論に基づく均衡が達成されると認識されたのである。同均衡概念の達成に

向けて,供給サイドが経済システム全般に及ぼすショックを重要視されるものの,たとえば経

済主体が合理性を失った場合,それが需要に及ぼす影響は無視されている。すなわち,このワ

ルラス的一般均衡理論の背景をなす合理的な経済行動概念が機能不全に陥った場合の需要変動

については.全く想定されていない。

合理的な経済行動概念が機能不全に陥った場合の需要変動は,国債買い上げにより独立性を

失った中央銀行がもたらす市場影響力が一層強まることにより,政府による直接的な市場介入

さえ可能にする。金融システムにおいて生じるボウルズ型抗争交換の現象は,このように独立

性を失った中央銀行が政府の政策意思を代弁することにより,政府自らの政策意思を反映する

中央銀行の成立を可能にするわけである。

Ⅳ.結論

本稿は先ず,レオン・ワルラス(Walras,L)による一般均衡分析が完全雇用を前提として

いる点について触れ,そこにはボウルズ=ギンタス流の市場を操作する所有者(資本家)と雇

用者(労働者)の概念が欠けていることを明らかにした。すなわち,同均衡分析において方法

論的個人主義が機能しており,したがって効用の最大化は,合理的経済人からなる市場ではな

く,むしろハイエクが唱える市場の秩序維持政策,すなわち「自生的秩序」の封建的概念によ

って操作される市場を求めていると認識した。その結果,所有者(資本家)の絶対的権力が平

等性を重んじる市場を操作するという,一見して相矛盾する現象が導き出されたのである。こ

の現象は,いわば社会科学の領域にとどまることなく道徳概念に基づく規範科学の封建的意義

を正当に位置づけることで,新古典派経済学の方法論的個人主義の概念が達成されることを意

味する。本来,平等性を重んじる市場主義的な制度システム自らが,労使間の利害集団間にお

いて所有者(資本家)による対市場権力を強めるというボウルズ型抗争交換の現象が,「自生的

秩序」の封建的概念を導き出されるに至るわけのである。

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このように「自生的秩序」の封建的概念によって操作される市場は,金融システムにも及び,

それは中央銀行による強大な市場操作を通じて達成された。すなわち市場の秩序維持に向けて

唱えられた「自生的秩序」の封建的概念が金融市場の階層性をもたし,中央銀行の市場権力と

して反映されたのである。すなわちボウルズ型抗争交換の現象は,金融システムにおいても認

められると本稿は認識したのである。

この金融システムにおけるボウルズ型抗争交換の現状は,ポストケインジアンによる金融不

安定性仮説を通じて,より明確化することができる。その一人であるミンスキーは,資本主義

経済において金融構造それ自らにおいて不安定性を内包しており,その影響は経済全般への不

安定性を波及させると指摘する。同様にポストケインジアンの一人であるカレツキは,ケイン

ズ型「有効需要の原理」による所得分配を通じて階級・権力・所得と富の分配を重視する貨幣

供給政策の立場から,ケインズ型有効需要理論に基づく貨幣供給の内生性を唱えた。以上,ポス

トケインジアンの立場によると,金融システムにおけるボウルズ型抗争交換が需要者の所得分

配ベースを打ち壊し,やがて景気循環に悪影響を及ぼすに懸念をもたらすのである。

外生的貨幣供給論は,この貨幣需給の内生性を無視した上で,貨幣数量説を唱えている。同

説において貨幣は経済の実物的側面を覆う「ヴェール」に過ぎず,消費者保有の貨幣残高の大

きさに比例して需要増が図られる。具体的な政策としては,貨幣供給量の増加が物価を人工的

に上昇させるインフレターゲット政策が掲げられた。同説は貨幣数量の供給変化のみが物価水

準の変化要因であると認識する。したがって,貨幣需要が及ぼす影響については何ら触れられて

いない。この点において,ポストケインジアンによる主張とは著しく対立している。

貨幣需給の内生性に基づかない貨幣供給政策は,ケインズ型「有効需要の原理」を無視して

いる点において,経済を不安定にさせる懸念が生じる。典型的な事例として,本稿は中央銀行

による無制限の長期国債買い上げを挙げた。同政策は中央銀行の政治的独立性を損なう懸念を

強めるばかりか,政府発行国債の中央銀行引受けを通じて財政赤字の穴埋め措置,いわゆるマ

ネタリゼーションの現象へと導く可能性をもたらすためである。

外生的貨幣供給論者は,さらに名目為替レートを減価させる政策を提示したが,同政策にお

いてフローの側面が強調され,負債ストックの側面が軽視された。引締め策的安定策を通じた

信用収縮が国内貨幣需要を変動させるものの,この現象は購買力平価で外国人投資家の存在感

を強める懸念をもたらす。その結果,引締め策的安定策に基づく信用収縮にもかかわらず過剰

流動性が高まるようになり,市場をより不安定にさせ,さらに不安定な市場は雇用状況の悪化

へと繋がり兼ねない。外生的貨幣供給政策によってもたらされる金融システムの抗争交換は,

このようにして貨幣需給の内生性を打ち破り,やがて経済構造全般への歪曲化へと導くように

至る懸念をもたらすのである。

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1)マサチューセッツ大学大学院におけるコッツ(D.Kotz)による分析に従うと,1.「独占資本」派,2.

マルクス原理派,3.伝統的マルクス主義派,4.構造主義的マルクス主義派,5.ニューレフト・マル

クス主義派,6.分析的マルクス主義派,7.スラッファ派,以上の7種に分けられる(佐藤良一「第5

章.US ラディカル派と新古典派」『マルクスの逆襲―政治経済学の復活―』1996 年 p.145)。

2)ボウルズによれば,この抗争交換の場において財交換が行われると,市場参入者は自らが操作可能な経

済的変数を制御しても状況改善には至らない均衡が成立する。この均衡点は需給の不一致を所与とするた

め,権力の行使を余儀なくする。ボウルズ=ギンタスによる「ショートサイドの原理(the principle of

short-side power)」では,労働力市場において雇用主は可能な限り労働力雇用に努めるショートサイド

の立場に立つものの,一部労働者が失業を余儀なくされるロングサイドの立場に立つ点が挙げられている。

したがって企業経営者は自らの条件付き更新戦略(contigent renewal strategy)に基づいて,自らは所

有者(資本家)として富を有する一方,雇用者(労働者)は富を全く有さない資本制経済が成立する(詳

しくは,サミュエル・ボールズ『制度と進化のミクロ経済学』植村博恭・塩沢吉典・磯谷明徳翻訳,NT

T出版,2013 を参照のこと)。

3)特筆すべきは,1936 年にケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』において「有効需要の原理」

を唱える 1 年前の 35 年,既にカレツキは『エコノメトリカ』において同政策の有効性を唱えていたこと

である。詳しくは,鍋島直樹『ケインズとカレツキ』名古屋大学出版会 2001 年を参照のこと。

4)「金融不安定性仮説」を唱えるミンスキーの内生的貨幣供給論も,同様の見方から有効需要政策の意義

を明確化しており,同供給論の源はカレツキによる説にまで遡るとされる。詳しくは,鍋島直樹『ケイ

ンズとカレツキ』名古屋大学出版会 2001 年を参照のこと。

5)Moore,B.J. Horizontalists and Verticalists: The Macroeconomics of Credit Money,Cambridge :

Cambridge University Press Ch.9.1988.

6)カレツキは投資が行われるにつれて逓増するリスク懸念にもかかわらず銀行貸出によりファイナンスさ

れる状況を指し,それを「危険逓増の原理」と名付けている。既述した金融市場が内包する抗争的性格に

ついても,この「危険逓増の原理」を通じて強まる傾向がある。なぜなら,一般に中央銀行は金融市場の

安定性を図る主体であり,マネーストックの決定要因は,主として生産企業の投資決意,それに対応して

行われる民間銀行の貸出意欲,すなわち需要に求められるためである。既述したように貨幣供給政策が外

生的に行われる場合,貨幣供給はその需要によって決定される内生的変数にとどまるものではなかった。

「危険逓増の原理」に基づいて,金融機関の頂点に位置する中央銀行は自らの対市場権力を通じて外生的

に貨幣供給をより一層抑制しようとする。このように中央銀行による対市場権力の行使がさらに強化され

ることで,やがて貨幣の内生性が打ち破られるようになる。「危険逓増の原理」に関して詳しくは,

Kalecki,M. ”The Principle of Increasing Risk”,Economica, Vol,4,No.16,revised version is Kaleck

ch.8.1937. を参照のこと。

7)同効果において物価下落は消費者保有の貨幣の実質的価値を高めるとされる。呼応して消費は促され,

物価上昇は消費者保有の貨幣の実質的価値を低下させ,したがって消費を抑える。詳しくは,堀塚文吉

郎『貨幣数量説の研究』東洋経済新報社 1988 年などを参照のこと。

8)M3 と称され、現金要求払預金・定期性預金+外貨預金・譲渡性預金,すなわち現金通貨+預金通貨。

銀行以外の一般法人,個人、地方公共団体などが保有する通貨量の値。金融機関もしくは国が保有する預

金などは含まれないため,市場で流通している全ての貨幣量に相当する

9)具体的な事例として,アジア金融通貨危機後 1998 年における韓国の実例が挙げられる。当時,8~10%

のインフレターゲットが掲げられたものの。実際の卸売・消費者物価指数はターゲットに沿うことなく同

年度後半にかけて急落したため,翌 99 年に政府は中期のインフレターゲットとして2~4%増に修正し,

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呼応して物価上昇もターゲットの範囲内に収まっていた。ところが実際の貨幣供給量は,その後徐々に高

いと増加幅を示すようになり,99 年前半においてターゲットの値(約 13~14%)に沿う貨幣供給量の増

加が認められたものの,01 年後半以降においてターゲットの値(約 6~10%)を上回る約 12%を示し,

さらに 02 年には約 14%という高い貨幣供給量の増加を示すようになった(詳しくは,韓国銀行「年次報

告書」の 1998 年版から 02 年版を参照のこと。)。

10)不動産市場とクレジットカード市場の混迷が及ぼした悪影響の典型事例として,アジア金融通貨危機後

の韓国が挙げられる。韓国雇用情報院『毎月労働調査 2003 年度版』が作成した毎月労働調査により 10

名以上事業所の常用雇用者の実質賃金をみると,国民経済計算(SNA)ベースの一人当たり雇用者報酬

は 2000~03 年において 1.5%にとどまり,93~96 年を大きく下回る結果となった。さらに、1993 年に

は 60%に達していた正規労働者の比率が 99 年には 48.4%にまで落ち込み,以後 02 年まで 50%を割り込

んだ。韓国統計庁 が発表した「経済活動人口付加調査 2006 年度版」は労働市場の二極化が進行している

と懸念した上で,正規労働者が 96 年の 740 万人から 99 年に 613 万人に減少したのに対し,非正規労働

者は 566 万人に達した点を指摘している。さらに、その後も非正規労働者の増加が続き,04 年には 800

万人を上回り,全労働者の 55%超を占めるようになり,正規職の賃金を 100 としてみた場合,非正規職

の賃金は 00 年の 50%台の前半にとどまった。その結果,賃金不平等(下位 10%台に対する上位 10%台

の賃金比)は 01 年の 4.8 倍から 03 年には 5 倍を上回り、韓国は OECD 加盟国で最も賃金不平等が著し

い国になった。

11)中央銀行券発行高+貨幣流通高+中央銀行当座預金

12)国債,指数連動型上場投資信託,不動産投資信託などを購入する基金

13)M=任意の時点tにおける流通貨幣の総量,V=貨幣の流通速度で,特定期間内における貨幣の回転率,

Q=特定期間内における取引量の総量

14)外生的貨幣供給論者によるイールドカーブ理論の有効性については,安達誠司「第2章.金融政策はス

トック市場からどのように波及するか」(岩田規久男・浜田宏一・原田泰編『リフレが日本経済を復活さ

せる-経済を動かす貨幣の力』中央経済社 2013 年)に詳しく既述されている。

15)ここに,i は短期名目利子率,yは(過去の趨勢的な成長率が実現した場合の)実際の実質国内総生産,

y*は金融政策上の目標実質国内総生産,π は実際のインフレ率,π*は予想のインフレ率,および r は定

数<実質利子率>を,それぞれ示す。

16)安達誠司(2013)pp.73‐74.

17)アジア金融通貨危機後の韓国において,その具体的事例が示される。05 年前後における外資系銀行の

市場占有率を(OECD 2006)の調査結果をもとに明らかしてみてみよう。同占有率は 1998 年の 5.0%か

ら 05 年の 22.1%に増加し,民間金融間の外国人持分は,05 年 9 月現在において国民銀行 85.1%,ハナ

銀行 75.7%,新韓持株会社 64.9%を占めた。株式市場における外国人投資持分も著しく増加し,上場株

式の外国人持分率は 1997 年の 13.7%から 04 年には 42.0%に上昇した。さらに 05 年 9 月現在,時価総

額上位 10 企業の外国人持株比率は 52.8%,十大財閥系企業の同比率は 46.8%に達した。外国人投資家を

中心とする経済システムへと変化するにつれて株主の短期利益重視型のリスク志向が強まるようになり,

ハイリスクハイリターンで短期に得られる配当金のうち外国人に支給される比率は約 40%に達した。

18)矢野浩一(2013)pp.98-99.

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参考文献

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