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1 管理会計の計算問題に関する一考察 <論説> 管理会計の計算問題に関する一考察 猿山 義広 はじめに 「管理会計論」という名称の科目を大学で教えるようになってから 20 年が 経過した。当初は、米国会計学会による管理会計の定義や近代管理会計の本質 と体系といった管理会計の基礎理論を解説することに授業時間の多くを費や し、計算問題は少ししかやらなかった。自分が担当しているのは「管理会計論」 であって「管理会計」ではないという、いま思えば受講者である学生にとって は迷惑な気負いがあったのだろう。結果は、残念ながら、教員の空回りに終わっ た。学部の専門教育科目である「管理会計論」の受講者が求めていたのは、管 理会計という分野においてどのような会計計算がなされているか、あるいはな されるべきかであって、何度も諳んじなければ覚えられないような、しかも計 算問題を解くうえでは直接役立たない文言の解説ではなかったのである。 このことに気づいてからは、徐々にではあるが、授業の重点を計算問題の解 法に移していった。いまでは授業時間の約 80%は計算問題の解説であり、「管 理会計論」とは到底呼べないような授業内容になっている。担当者としては、 できれば科目名称も授業内容に合わせて「管理会計」に変更してほしいところ だが、最近は科目名称の変更のような簡単そうな手続きも 1 年半も前に届出 しなければならない決まりになっていて、それが少々煩わしくもあり、また誰 からも苦情が寄せられていないこともあって、科目名称は「管理会計論」のま ま計算問題中心の授業を行っている。

管理会計の計算問題に関する一考察repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29807/jke039...めのCVP 分析の計算問題を解くようにしている。それは、管理会計における

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1管理会計の計算問題に関する一考察

<論説>

管理会計の計算問題に関する一考察

猿山 義広

はじめに 「管理会計論」という名称の科目を大学で教えるようになってから 20年が

経過した。当初は、米国会計学会による管理会計の定義や近代管理会計の本質

と体系といった管理会計の基礎理論を解説することに授業時間の多くを費や

し、計算問題は少ししかやらなかった。自分が担当しているのは「管理会計論」

であって「管理会計」ではないという、いま思えば受講者である学生にとって

は迷惑な気負いがあったのだろう。結果は、残念ながら、教員の空回りに終わっ

た。学部の専門教育科目である「管理会計論」の受講者が求めていたのは、管

理会計という分野においてどのような会計計算がなされているか、あるいはな

されるべきかであって、何度も諳んじなければ覚えられないような、しかも計

算問題を解くうえでは直接役立たない文言の解説ではなかったのである。

 このことに気づいてからは、徐々にではあるが、授業の重点を計算問題の解

法に移していった。いまでは授業時間の約 80%は計算問題の解説であり、「管

理会計論」とは到底呼べないような授業内容になっている。担当者としては、

できれば科目名称も授業内容に合わせて「管理会計」に変更してほしいところ

だが、 近は科目名称の変更のような簡単そうな手続きも 1年半も前に届出

しなければならない決まりになっていて、それが少々煩わしくもあり、また誰

からも苦情が寄せられていないこともあって、科目名称は「管理会計論」のま

ま計算問題中心の授業を行っている。

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2 駒澤大学経営学部研究紀要第 39号

 計算問題の解説を中心とした現在の授業スタイルは、幸い自分の性に合って

いたようで、理論中心の授業を行っていた頃と比較すると楽しく喋ることがで

きるようになったし、受講者の退屈そうな顔を見ることも減少した。しかしな

がら、ごく 近になって、計算問題にも、それがひとつの問題として成立し、

特定の解法が与えられるからには、しかるべき理論的基盤あるいは前提がなく

てはならないという当たり前のことが気になるようになった。そこで、自分が

授業で用いている計算問題とその解説について改めて検討してみたところ、管

理会計教育において論点となりそうないくつかのポイントを見出すことができ

た。以下に述べるのは、計算問題中心の管理会計の授業を行っている教員によ

る管理会計の基礎教育に関する試論である。

1.「管理会計論」で取り扱うべき原価計算 専門教育科目として「管理会計論」と「原価計算論」が両方とも開設されて

いる経営・商学系の学部・学科は数多く存在する。むしろ、それが一般的であ

ろう。「管理会計論」と「原価計算論」で用いられる基礎概念は大部分重複し

ているため(1)、どちらの科目も担当する大学教員は大勢いるのだが、たとえ別々

の教員によって担当されている場合でも、「管理会計論」を担当する教員にとっ

ては、どこから計算問題をスタートさせるかは悩ましい問題である。それは、

たとえこちら側の希望として「原価計算論」を「管理会計論」の前提科目に指

定していたとしても、多くの無謀な学生が、細かな要素別計算を行う「原価計

算論」を回避して、いきなり「管理会計論」を履修してしまうからである。

 「原価計算論」の未履修者に対して「管理会計論」をいきなり教える場合の

大の問題は、製造間接費の概念とその配賦の手続きが理解できていないこと

にある。管理会計の主要テーマであるセグメント別損益計算や活動基準原価計

算(Activity-Based Costing: ABC)を教えるうえで、製造間接費の配賦に関する

理解は不可欠であり、そのため授業のできるだけ早い段階で製造間接費の配賦

は講義しておく必要がある。その際、当然のことではあるが、製品原価計算の

基本的な仕組みも講義することになる。これは、直接材料費および直接労務費

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3管理会計の計算問題に関する一考察

が製品原価の主要な構成要素であること、したがって製造業においては営業費

用の中心的要素であることを理解させるためにも有効である。

 ただし、ここでいう製品原価計算の基本的な仕組みとは、全部原価計算によ

るものであり、短期利益計画における CVP 分析に代表される管理会計の計算

問題を講義するうえでは、授業の初期段階で直接原価計算を理解させることの

ほうがより重要である。そこで、筆者の授業では、製造間接費の配賦を含めた

製品原価計算の基本を全部原価計算によって説明した後、全部原価計算と比較

する形で直接原価計算の仕組みを説明するようにしている。全部原価計算と直

接原価計算を比較する場合、期首と期末の棚卸資産の在庫量によって営業利益

の金額が相違し、直接原価計算による損益計算書を作成するにあたって固定費

調整という手続きが必要になってくるが、管理会計の計算問題としては、そこ

まで深入りしなくてもよいだろう。それは、「原価計算論」と違って「管理会

計論」には財務諸表作成目的による会計計算は求められていないからである(2)。

 とはいえ、管理会計の計算問題を教えるうえでも、営業利益段階までの損益

計算の構造については、きちんと理解させておく必要がある。それは、短期に

おける管理会計の目的が適正な営業利益の確保にあるからである。管理会計に

おいて直接原価計算による営業利益段階までの損益計算の構造は、以下のよう

な関数体系として表わされる。

① 売上高 (S)=販売価格 (p)×販売数量 (Q)

② 変動費 (VC)=単位当たり変動費 (v)×販売数量 (Q)

③ 貢献利益 (CM)=売上高 (S)-変動費 (VC) = (p - v) Q

④ 営業利益 (π)=貢献利益 (CM)-固定費 (FC) = (p - v) Q - FC

 管理会計における基本的な計算問題は、この「π = (p - v) Q - FC」とい

う利益関数を中心に論じることができる。利益関数を用いて、目標となる π

を達成するために、p、v、Q、および FC がどのような値である必要があるか

という形で企業利益の問題を検討することによって、受講者は企業利益には価

格決定、原価管理、販売管理といった諸々のテーマが総合的に影響を及ぼして

いるということが理解できるようになる。

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4 駒澤大学経営学部研究紀要第 39号

 以上のように、管理会計の計算問題を講義するに先立っては、 低限、製造

間接費の配賦を含めた製品原価計算の基本と直接原価計算の仕組みについて説

明しておく必要がある。もちろん、この 2つ以外にも「管理会計論」を講義

するのであれば、初期の段階で説明しておくべき「原価計算論」に属する項目

はあるだろう。例えば、原価概念の問題、部門別計算の問題、生産形態別の原

価計算の問題、予定原価計算の問題などである。しかしながら、これらの問題

まで手を広げてしまうと、授業時間がどうしても不足してしまう。そこで、筆

者の「管理会計論」では、原価概念の問題については必要な都度、簡単な説明

をすることにしているが、それ以外の問題については触れないようにしている。

 もっとも、欲をいえば、部門別計算だけは今後の授業では採り上げていきた

いと考えている。それは、部門別計算の計算問題を解くことによって、受講者

がものづくりの現場組織は製造部門と補助部門から構成されていること、そし

て、製造間接費の配賦は、たとえ ABC が実践されていない企業においても、

かなり緻密な手続きによって行われていることを理解できるからである。

2.短期利益計画のための CVP 分析 理論体系からいえば、CVP (Cost-Volume-Profi t) 分析は利益計画の中の一部

にすぎない。利益計画全体について講義を展開しようとするなら、企業の経営

計画における利益計画の位置づけ、長期利益計画と短期利益計画の関係、利益

計画と予算の関係など、説明すべき問題は数多くある。しかしながら、筆者の

授業では、こうした問題についての解説はほとんど行わずに短期利益計画のた

めの CVP 分析の計算問題を解くようにしている。それは、管理会計における

計算思考を も効果的に習得させられるテーマが CVP 分析だからである。前

述した利益関数を用いて CVP 分析の例題を解くことによって受講者は、中学

数学の応用問題として管理会計の計算を理解できるようになる。

(1) 損益分岐点分析

 一昔前に出版された管理会計の教科書では、損益分岐点分析を解説するにあ

たって、横軸が売上高を、縦軸が売上高・費用を表す利益図表を用いて企業損

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5管理会計の計算問題に関する一考察

益が売上高の変動によって増減する様子を示したうえで、次のような損益分岐

点売上高の公式を与えて、例題を解かしていた。

 このやり方は、損益分岐点売上高を機械的に計算させるためには有効だが、

販売価格、販売数量、および単位当たり変動費という企業経営における重要な

変数が省略されているため、政策上の含意が乏しい。また、なぜこうした公式

が導かれたのかという説明がしにくいので、公式を丸暗記しなければならない

という、あまり知的とはいえない負担を受講者に強いる可能性が高い。そこで、

筆者の授業では、利益関数を用いて公式を導出させている。

  π= (p - v)Q - FC

 損益分岐点においては、π= 0なので、

  0= (p - v)Q - FC

 よって、損益分岐点となる販売数量 Q は、以下ように示される。

 なお、損益分岐点においては、

  (p - v)Q = FC

となるので、「貢献利益=固定費」が成立することも同時に示される。損益分

岐点売上高は、損益分岐点販売数量に販売価格を乗じることで簡単に計算でき

る。

 損益分岐点の中心的指標を売上高ではなく販売数量に置くことによって、安

全余裕率の公式も次のように表わすことができる。

固定費損益分岐点売上高= ─ 変動費

1- ─ 売上高

FC 固 定 費Q = ─ = ─── p-v 販売価格-単位当たり変動費

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 上の式が意味するのは、予定販売数量が損益分岐点販売数量まで落ち込むま

でにはいくつの余裕数量があり、それは予定販売数量に対してどれだけの割合

であるかということである。このように説明することによって、安全余裕率の

概念がより理解しやすくなる。

(2) 目標利益達成売上高

 目標利益達成のための売上高を求める場合、目標利益をどのように決定する

かということが重要な問題になってくる。利益計画における目標利益としては、

次の 3つの指標が一般的とされている(3)。

 ① 投資利益率

 ② 期間利益額

 ③ 売上利益率

 3つのうち も理論的な指標は投資利益率(Return on Investment: ROI)であ

ろうが、投資利益率を目標利益の指標とした場合、投資額の指標として何を用

いるべきかという問題が発生し、また利益率の決定にあたっては利益のハード

ルとなる資本コスト概念にも言及する必要があるので、問題を解く前に講義す

べき事項が多くなってしまう。そこで、筆者の授業では、期間利益額と売上利

益率だけに限定して説明を行うことにしている。

 目標利益を期間利益額とした場合、利益関数を用いて、目標営業利益 π を

達成するための販売数量 Q は以下のように表わされる。

 π= 0のとき、上の式は損益分岐点販売数量を求める公式になるので、CVP

分析の公式としては、こちらのほうがより一般的といえる。

予定販売数量-損益分岐点販売数量安全余裕率= ── 予定販売数量

FC+π 固定費+目標営業利益Q = ─ = ─── p-v 販売価格-単位当たり変動費

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7管理会計の計算問題に関する一考察

 目標利益を売上利益率とした場合、公式の導出は若干複雑なものになる。売

上は販売価格×販売数量で表わされるので、目標利益率を r と置くと、目標

営業利益πは次のように表わされる。

  π= rpQ

 この式と利益関数の式から、目標利益率を達成するための販売数量を求める

公式を導くことができる。

  rpQ = (p - v)Q - FC

  (p - rp - v)Q = FC

 r = 0のとき、上の式は損益分岐点販売数量を求める公式になる。販売価格

に(1-目標利益率)を乗じるのは、固定費の回収に使えるのは、販売価格の

うち目標利益を達成するために必要な部分(=目標利益率 × 販売価格)を除

いた単位当たり貢献利益だからである。

 以上のように、CVP 分析のための公式は、丸暗記させずとも中学数学を用

いて簡単に導出することができる。計算思考を養うためにも、利益関数の変形

による公式の導出は採用されるべき方法と思われる。

(3) プロモーション効果を考慮した CVP 分析

 ここまで用いた利益関数では、販売価格、販売数量、単位当たり変動費、お

よび固定費が相互に独立であることを前提としていた。しかしながら、現実的

には、価格や一部の固定費は販売数量に大きな影響を及ぼしているので、企業

は利益獲得のためにこうした変数を臨機応変に操作している。価格の引下げや

広告宣伝費の増額といった形で実施される企業のプロモーション活動がその例

である。プロモーション活動の利益効果は、従来の CVP 分析ではあまり検討

されなかった問題だが、景気低迷期の昨今、CVP 分析をより実践的なツール

とするためにも、管理会計教育の項目として加えるべきだろう。

 まず、価格プロモーションについていうと、需要の価格弾力性という概念を

FC 固  定  費Q = ─ = ──── (1- r)p-v (1-目標利益率)×販売価格-単位当たり変動費

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導入して利益関数から 適価格が導かれることを示すべきである(4)。

 単一の製品を製造・販売している企業を前提に、その企業の販売数量が販売

価格のみによって決定されると仮定する。

  Q = Q(p)

 このとき、需要の価格弾力性εは、販売価格の変化率(dp/p)に対する需要(=

販売数量)の変化率(dQ/Q)の割合として、以下のように表わされる

 求めるのは、企業の営業利益πを 大にする販売価格 p なので、利益関数

  π= pQ - vQ - FC

を p で微分して、

としたうえで、d π /dp = 0と置いて解けば、

が得られる。したがって、貢献利益率(=(p-v)/p)の逆数と需要の価格弾力

性が一致する水準で、企業利益は 大化されることになる。

 販売価格の引下げが企業利益の向上に貢献するのは、需要の価格弾力性が十

分に高い局面においてであり、価格弾力性が低かったり、あるいは十分な貢献

dQ ─ Q dQ pε=- ─ =- ─ ・ ─ dp dp Q ─ p

dπ dQ dQ ─ = Q+p・ ─ - v・ ─ dp dp dp

p dQ p ─ =- ─ ・ ─ =ε p-v dp Q

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9管理会計の計算問題に関する一考察

利益率が得られていないような局面では、価格の引下げは、販売数量は増加さ

せても、利益に対しては悪影響を与えるということになる。こうした経済学の

常識を「管理会計論」の授業においても教えることによって、受講者は価格の

引下げは安易に行うべきものではないことを理解するようになる。

 次に、広告プロモーションの効果については、広告宣伝費が固定費の一部で

あることから、利益関数を以下のように修正したうえで分析を行う(5)。

  π= (p - v)Q - A - FC

 ただし、A は広告宣伝費を、FC は広告宣伝費以外の固定費を意味する。

販売数量が広告プロモーションのみによって決定されると仮定して、

  Q = Q(A)

 広告プロモーションの効果についても、販売価格と同様、弾力性概念を用い

て説明できる。需要の広告弾力性αは、広告宣伝費の変化率(dA/A)に対す

る販売数量の変化率(dQ/Q)の割合として、以下のように表わされる。

 求めるのは、企業の営業利益πを 大にする広告宣伝費 A なので、修正さ

れた利益関数を A で微分して、

としたうえで、d π /dA = 0と置けば、

dQ Aα= ─ ・ ─ dA Q

d π dQ ─ = (p - v)・ ─ - 1 dA dA

dQ1= (p - v)・ ─ dA

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となる。需要の広告弾力性の式は、

と変形できるので、これを代入して整理すれば、

が得られる。上の式の左辺は貢献利益に対する広告宣伝費の割合を表わしてい

るので、均衡状態においては、

  貢献利益広告宣伝費率=需要の広告弾力性

が成立していることになる。

 したがって、貢献利益が十分に確保されている企業においては、広告宣伝費

を増やすことによって利益を増やすことが可能だが、逆に貢献利益が乏しかっ

たり、広告弾力性が低いような場合、広告宣伝費の増額は、販売数量は増やせ

ても、結果的に利益を損なうことにつながる(6)。

 数学的には若干難しくなるが、プロモーション効果を考慮した CVP 分析を

学ぶことによって、受講者は利益の確保のためにはさまざまな方法があり、し

かもそれは企業が置かれた状況次第であることが理解できるようになる。

3.管理会計における意思決定の問題 筆者が管理会計を学び始めた約 30年前は、管理会計を業績評価会計(また

は業績管理会計)と意思決定会計に区分して論じることが一般的だった。しか

しながら、今日、この区分法はあまり重要なものでなくなってきたようである。

それはおそらく、バランスト・スコアカード(Balanced Scorecard: BSC)、「無

形の資産」のマネジメント、原価企画などのように、業績評価会計か意思決定

dQ Q ─ =α・ ─ dA A

A ─ =α (p-v)Q

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11管理会計の計算問題に関する一考察

会計かという問題を超えて、経営戦略に直接関係するテーマが管理会計におい

て重要になってきたからであろう。とはいえ、企業の経営管理における管理会

計の役割が経営者による適切な判断を導くことにあるという考え方に立てば、

管理会計における意思決定の問題の重要性は、少しも低下していないと思われ

る。以下においては、筆者の授業において意思決定会計に関連する計算問題を

説明するときのポイントについて 2つ示したい。

(1) 意思決定会計の範囲

 一般的な考え方によれば、意思決定会計は企業の基本構造に関わる構造的意

思決定の問題と、一定の企業構造を所与とする業務的意思決定の問題とに区分

される。そして、前者については長期的な意思決定問題として、長期にわたっ

て獲得されるキャッシュ・フローの現在価値を基準に採否を決定し、後者につ

いては一定期間を対象とした増分分析によって判断を下すというのが基本的な

対応である。しかしながら、近年、意思決定会計の範囲は以前よりも拡大した

ようである。例えば、櫻井通晴教授は、経営意思決定のための管理会計の領域

に 適プロダクト・ミックスの決定や価格決定の問題を含めている(7)。

 従来、意思決定会計における意思決定とは、特定の目的を達成するための企

業行動に関する代替案からの選択を意味し、以下のようなプロセスから構成さ

れるものとされていた。

① 解決すべき問題の特定

② 問題解決のための諸代替案の作成

③ 定量的データによる各代替案の比較・考量

④ 定性的データを用いての再評価

⑤  善と考えられる代替案の決定

 この考え方に立てば、 適プロダクト・ミックスや 適価格や経済的発注量

(Economic Order Quantity: EOQ)の決定といった問題は、意思決定会計の範疇

には入らないことになるが、筆者はこうした 適水準の決定も意思決定会計に

含めることにしている。それは、これらの問題を意思決定会計以外の領域に区

分することは意思決定会計に含めること以上に無理があるからであり、また

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12 駒澤大学経営学部研究紀要第 39号

適水準の決定は 適な代替案の発見に直接結びついていると考えることもでき

るからである。

 筆者は、以上のような理由から、業務的意思決定を、「加工か販売か」や「自

製か購入か」に代表される増分分析による意思決定問題と、 適プロダクト・

ミックスや経済的発注量に代表される 適分析による意思決定問題に区分して

いる。増分分析による意思決定に関する計算問題はすでにパターン化されてい

るため、比較的講義しやすいテーマだが、 適分析による意思決定に関する計

算問題は、資格試験等における過去問題がそれほど多くないので、管理会計の

標準的なテキストだけでは効果的に学習させるのが難しいテーマといえる。

(2) 不確実性下の意思決定

 企業経営における不確実性下の意思決定とは、事象発生の可能性が複数存在

し、それぞれ異なる企業行動に対応して異なるペイオフ関係を示すような状況

で、行動についての代替案のうち 善のものを探索することである。ただし、

管理会計において「不確実性下の意思決定」というときは、将来起こりうる状

態が発生する確率分布を知りうる場合、言葉を換えればリスクを数量的に処理

しうる場合の意思決定のことをいう。そこで、 善の代替案を探索するにあたっ

ては、各状態が発生する確率とその状態でのペイオフに応じて各代替案の期待

値と分散を計算し、経営者の期待効用を 大化するような期待値と分散の組合

せを示す代替案を選択するという手順が採用されることになる。こうした考え

方に立つと、例えば、設備投資の意思決定において行う現在価値計算は不確実

性下の意思決定問題には含まれないことになってしまうのだが、はたしてそれ

でいいのだろうかというのが、筆者が長年抱いている疑問である。

 設備投資の意思決定は、いうまでもなく、長期にわたる意思決定であり、必

然的に不確実性の要素が含まれてくる。このことは、おそらく、高校生にも分

かる理屈であり、それなのに不確実性の意思決定と切り離す形で設備投資の意

思決定を論ずるというのが、筆者にはどうも釈然としないのである。

 そこで、筆者の授業では、不確実性下の意思決定を、確率分布が推定可能な

リスクにおける意思決定と、確率分布を知りえない狭義の不確実性下の意思決

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13管理会計の計算問題に関する一考察

定とに区分し、前者を期待値計算によって、後者を割引価値計算によって代替

案の選択を行うものとして説明している。

 筆者がこのように「割り引く」という計算プロセスを不確実性の意思決定に

含めたのは、「割り引く」という言葉が私たちの日常生活のいかなる局面で主

に使用されているかを考慮してのことである。典型的な「割り引く」の使い方

としては、例えば、「あいつは当てにならない奴だから、あいつのいっている

ことは『割り引く』ほうがいいよ」のような忠告が挙げられるだろう。当てに

ならない(=不確実な)ことは割り引いて受けとめなさいということである。

これを企業経営において定量的に行う方法が割引価値計算であるとすること

は、きわめて自然なものの見方のように思われる。この考え方に立った場合、

割引価値計算における割引率が不確実性の大きさを表わすことになる。経営者

が不確実性は大きいと判断するなら、割引率は大きくなり、逆に不確実性は小

さいと判断するなら、割引率も小さくなる。

 しかしながら、不確実性下の意思決定問題に割引価値計算による設備投資の

意思決定を含めることには、2つの大きな問題点もある。第一に、不確実性は

割引率に反映されるとして、それは将来のキャッシュ・フローに関する不確実

性なのか、それとも貨幣価値に関する不確実性なのかという問題、第二に、確

率分布を知りえない不確実性の大きさがどうやったら定量的に測定でき、そし

てその不確実性はどのようなプロセスで割引率に変換できるのかという問題で

ある。この 2つは、設備投資の意思決定のみならず、M&A の際の企業評価や

ブランド価値の測定にも関係する問題であるが、決定的な結論が出しづらい問

題であり、次節以降でも引き続き検討したい。

4.設備投資の意思決定 設備投資の意思決定は、「管理会計論」の授業計画において後半に属するテー

マである。したがって、管理会計の基本的な概念を前提に講義することになる

のだが、それでもキャッシュ・フローの概念と資本コストの概念については、

きちんと説明し直しておくことが望ましい。それは、この 2つが投資案の価

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値計算の中心的変数だからである。

(1) 設備投資の意思決定で用いるキャッシュ・フロー概念

 キャッシュ・フロー概念は、「管理会計論」の授業では、授業計画の前半に

おいて管理会計で用いるさまざまな利益概念を補完する概念として説明され

る。そのとき、この概念が管理会計でも財務会計でも重要性が高まってきたこ

とを指摘したうえで、とくにフリー・キャッシュフローが重視されているとい

う 近の傾向を述べるのが一般的なやり方ではないかと思われる。しかしなが

ら、設備投資の意思決定について講義する場合、フリー・キャッシュフローは

ほとんど役立たない概念のように思われる。それは、設備投資の意思決定にお

いては、投資キャッシュ・フローを営業キャッシュ・フローによって長期的に

回収するプロセスに焦点が当てられており、一定期間に対応する営業キャッ

シュ・フローと投資キャッシュ・フローの差額であるフリー・キャッシュフロー

とは視点が異なるからである。

 以上のように、設備投資の意思決定で取り扱うキャッシュ・フロー概念は、

現金流出額としての投資時点の投資キャッシュ・フローと、当該投資から生じ

る将来の現金流入額と現金流出額の差額である増分営業キャッシュ・フローの

2つということになる。ただし、営業キャッシュ・フローについては、財務会

計で説明されるような、棚卸資産の増減や売上債権・仕入債務の増減による影

響、ならびに利息・配当金の受取額や損害賠償金の支払額まで計算問題に含め

る必要はないだろう。

(2) 割引率としての資本コスト

 管理会計の標準的テキストでは、設備投資の意思決定において、例えば、投

資案の正味現在価値(Net Present Value: NPV)を説明するにあたって、割引率

として資本コストを用いることが常識であるかのような記述がされている。筆

者も学生時代、それを当り前のことと受け取って、そのように暗記し、計算問

題を解いていた。しかしながら、自分が教える立場になって、できるだけ分か

りやすく丁寧に説明するようにしようと心がけたところ、設備投資の意思決定

において割引率として資本コストを用いることは一種の便法にすぎないのでは

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15管理会計の計算問題に関する一考察

ないかと思うようになった。それは、前述したように、設備投資の意思決定を

不確実性下の意思決定に含めて考えた場合、割引率に反映される不確実性とは、

将来のキャッシュ・フローに関する不確実性や貨幣価値に関する不確実性とい

うことになるのだが、資本コストはどちらでもなく、投資を行う企業に資金の

提供者が求める利益のハードルとしかいえないからである。

 一般的な加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital: WACC)につ

いていうと、これは資金の源泉別に個別資本コストを推定したうえで、資金の

構成割合でウエートづけした資本コストであるが、管理会計の計算問題におい

ては株式による資金調達の個別資本コストは通常、借入金による個別資本コス

トよりもかなり高めに設定される。企業経営についての素人談義では、銀行か

らの借入金は返済しなければならないし、支払利息もつくから控えるべきであ

り、株式による直接金融は配当金の支払いだけで済むので推奨されるというこ

とになるのに、なぜこうした個別資本コストのギャップが生じるのかといえば、

株式の個別資本コストには株主の期待リターンが反映されているからである。

もちろん、銀行からの借入金の金利も、銀行が融資先に期待するリターンと考

えることができるし、留保利益の個別資本コストの場合、企業が自らに期待す

るリターンと解釈することもできる。このように考えていくと、加重平均資本

コストというのは、資金提供者の加重平均期待リターンということになり、不

確実性の指標である割引率とは別次元の指標を意味することになる。

 しかしながら、現在の管理会計の研究水準では、前述の問題、すなわち不確

実性の正確な測定と割引率への適切な変換は未解決のままなので、ひとつの便

法として、加重平均資本コストを割引率として用いることは十分意義のあるこ

とと思われる。それは、長期にわたる企業価値の創造を目的とする場合、加重

平均資本コストという利益のハードルを超える部分が求めるべき正味現在価値

と考えられるからである(8)。

(3) 内部利益率の計算

 学部教育であっても、専門教育科目として「管理会計論」を講義するのであ

れば、設備投資の意思決定において、欧米における標準的な判断基準である内

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16 駒澤大学経営学部研究紀要第 39号

部利益率(Internal Rate of Return: IRR)はどうしても解説しておくべき項目で

ある。とはいうものの、内部利益率の考え方自体はそれほど複雑なものではな

いが(筆者の授業では、ギリギリ超えられる高さの利益のハードルを見つけ出

す方法として説明している)、計算問題を解くにあたっては、かなり面倒な試

行錯誤を強いられることになる。例えば、以下のような設例で新設備の投資案

の内部利益率を計算することとしよう。

 ① 新設備の取得原価  5,000万円

 ② 新設備の耐用年数  3年 ③ 新設備の 3年後の予定売却価額  500万円

 ④ 新設備による年々の増分営業キャッシュ・フロー  1,920万円

 ⑤ 現価係数表

 例えば、税引後資本コストを 10%とした場合の新設備による増分営業キャッ

シュ・フロー(以下、CF と略す)の現在価値は、

1年度末の CF の現在価値 = 1,920万円× 0.909= 1,745.28万円

2年度末の CF の現在価値 = 1,920万円× 0.826= 1,585.92万円

3年度末の CF の現在価値 =(1,920万円+ 500万円)×0.751=1,817.42万円

3年間の CF の現在価値 = 1,745.28万円+1,585.92万円+1,817.42万円

= 5,148.62万円

となるので、この新設備の投資案の正味現在価値は、

正味現在価値=- 5,000万円+ 5,148.62万円= 148.62万円

と計算できる。

 この投資案は、資本コスト 10%のハードルを超えられることは分かったの

で、さらにハードルを上げていくと、3年間の CF の現在価値は次のようにな

る。

n / r 9% 10% 11% 12% 13%1 0.917 0.909 0.901 0.893 0.8852 0.842 0.826 0.812 0.797 0.7833 0.772 0.751 0.731 0.712 0.693

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17管理会計の計算問題に関する一考察

資本コスト 11%の場合= 5,057.98万円> 5,000万円

資本コスト 12%の場合= 4,967.84万円< 5,000万円

 したがって、この投資案がギリギリ超えられる利益のハードルとしての内部

利益率は 11%と 12%の間に存在することになるが、このとき、次のような図

を示すと補間法を分かりやすく説明することができる。

 上図より内部利益率は、次のように計算できる。

5.「無形の資産」のマネジメント 「無形の資産(Intangibles)」のマネジメントが管理会計における新たな重要

課題であることについては、疑問の余地はない。しかしながら、このテーマが

管理会計における計算問題として定着するには、相当長い時間がかかるように

思うし、はたして計算問題となりうるかどうかについても疑問な点がある。そ

のように考えているので、筆者の「管理会計論」では、こういうテーマもあり

ますよと紹介するにとどめ、深入りしないようにしているが、以下においては、

なぜ現時点では、「無形の資産」のマネジメントが管理会計の計算問題になり

にくいかということについて少々述べてみたい。

 一番の問題は、やはり、特許権・商標権・著作権のような知的財産や IT 関

連資産は別にするとしても、ブランド力、レピュテーション、従業員のスキル、

品質、トップのリーダーシップのような貨幣的尺度によって測定しがたい要素

11% 内部利益率 12% 資本コスト

現在価値

5,057.98万円 5,000万円 4,967.84万円

5,057.98万円- 5,000万円  内部利益率= 11%+ 1%× ── 5,057.98万円- 4,967.84万円       = 11.643%

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18 駒澤大学経営学部研究紀要第 39号

を、しかもその要素の拡充のための支出が会計システム上は費用に分類される

にもかかわらず、「無形の資産」という言葉で括ってしまったことにある。本

来は会計学上の資産にはなりえないものまで「無形の資産」に含めてしまった

ことによって、却って管理会計上の取り扱いが難しくなっているのである。管

理会計において取り扱うなら、「無形の資産」という用語は財務会計において

も認められる無形資産に限定して、例えば、ブランド力やレピュテーションと

いった要素は、長期的な経済効果が期待できる「無形の経営資源」と考えたほ

うが無難であろう。

 こうした考え方は、特別なものでも斬新なものでもなく、例えば、広告宣伝

費や研究開発費の予算設定にあたっては、政策費(Policy Cost)として、一定

期間内に使いきることを前提に、コントロールの対象を費用対効果に求める割

当予算の形で設定するという考え方とほとんど同一のものである。違いは、効

果の指標として短期的な経済効果を用いるか、あるいは長期的な経済効果を示

しうる何らかの定量的データを用いるかである。当該企業の目的に適い、かつ

獲得すべき経営資源の評価に相応しい変数(単一である必要はない。合成変数

でも可)についてのデータが継続的に得られるなら、費用効果分析によって予

算の事前評価と事後評価を実践することで、前述した「無形の経営資源」に関

する管理会計上の統制も果たせるはずである。さらに、多数の要素間の因果関

係まで言及したければ、バランスト・スコアカードの使用も可能である。

 ただし、どうしても「無形の資産」という用語に拘りたいというのであれば、

設備投資の意思決定計算のような評価手法を用いるというのも、ひとつの考え

方ではある。例えば、企業ブランドの価値を一種の資産として評価しようとい

うなら、その企業が今後獲得していくと予想されるフリー・キャッシュフロー

に基づいて、企業ブランド力が反映された割引率を用いて現在価値を計算する

といった方法が考えられる。この方法であれば、会計学の問題として「無形の

資産」を取り扱うということについての理論的整合性はある程度保てるが、割

引率の推定において恣意性が入り込む余地が少なからず残されることになる。

したがって、評価の信頼性ということについては、どうしても疑問符がつく。

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19管理会計の計算問題に関する一考察

 「管理会計論」のテーマとして「無形の資産」は重要であっても、管理会計

の計算問題で取り扱うことは難しいという理由は以上に述べたとおりだが、さ

らにいえば、「無形の資産」は企業経営において大変重要な要素であっても、

製造業の場合、企業価値の構成要素としての重要性には一定の限界があるよう

に思われる。それは、製造業に属する企業の典型的な経営プロセスとは、原材

料の仕入→製品の製造→製品の販売→販売代金の回収→キャッシュ・フローの

獲得→株価の形成→次期の活動へ向けての資金調達→設備投資→原材料の仕入

→…と続く、連続的かつ循環的な価値連鎖として理解することができるが、「無

形の資産」の役割は、このプロセスを活性化・効率化することにあり、プロセ

スのインプットでもアウトプットでもないからである。企業価値を主として構

成するのは、現金預金であり、工場や機械などの設備であり、土地や建物であ

り、企業が生産する財であり、「無形の資産」ではないからである。

結びにかえて 「管理会計論」において語るべき項目と管理会計の計算問題として講義すべ

き項目は、必ずしも一致していない。したがって、「管理会計論」だけで管理

会計のすべてを習得させることも、管理会計の計算問題だけで「管理会計論」

を構成することも、どちらも不可能である。だが、管理会計の教育効果を考え

るなら、簿記学と会計学の関係が如実に示すように、理論よりも計算問題を先

行させるやり方のほうが、その逆のやり方よりも有効であるように思われる。

したがって、管理会計教育においては、学部の専門教育科目では計算問題を中

心とし、ゼミや大学院では理論を中心とする内容が望ましいといえる。

 本論文は、計算問題を中心に「管理会計論」を組み立てる場合の問題点や、

計算問題の理論的背景と分かりやすい教え方について、筆者が日頃思っていた

ことを学術論文の体裁でまとめてみたものである。そのため、独善的な記述を

した箇所も少なからずあるように思う。筆者が目標とするのは、計算問題を 1題ずつ丁寧に解いていくことによって理論も習得できるような「管理会計論」

の授業であり、本論文で示した考え方はそのための基礎である。

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20 駒澤大学経営学部研究紀要第 39号

  後に、筆者が大学において「管理会計論」を講義できる時間は、残りせい

ぜい 19年程度だろうが、その限られた時間の中で少しでも多くの実践的かつ

理論の習得にも役立つ計算問題を受講者に解かせていきたいと考えている。

(1) 英米では、Management & Cost Accounting というタイトルの標準的テキストが管

理会計の授業で用いられているようである。例えば、Bhimani et al.(2008)や

Drury(2004)を参照されたい。

(2) 同様のことは標準原価計算についてもいえる。財務諸表作成目的を考えるなら、

記帳方法について詳しく述べる必要があるだろうが、原価管理目的に限定して

標準原価計算を論じるのであれば、差異分析の計算方法だけに絞って講義する

ほうが有効と思われる。加えて、記帳方法について述べようとすると、どうし

ても工業簿記の知識も教えなければならなくなってくるので、限られた授業回

数の中で消化することが難しくなる。

(3) 櫻井(2009)、196頁。

(4) 以下の記述については、中原(2000)、193-196頁を参照されたい。

(5) 以下の記述については、猿山(1998)、82-84頁を参照されたい。

(6) 現実的には、販売価格と広告宣伝費の両方が需要に影響を及ぼしているので、Q

= Q(p, A) という需要関数を前提にした説明も必要なのだろうが、そこまで深入

りしなくてもプロモーション効果の説明としては十分であろう。なお、販売価

格と広告宣伝費の間に成立する均衡条件については、Dorfman and Steiner(1954)

を参照されたい。

(7) 櫻井(2009)を参照されたい。

(8) 短期における企業価値の創造を目的として、加重平均資本コストを利益のハード

ルとして用いたのが経済的付加価値(Economic Value Added: EVA)の考え方で

ある。

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<参考文献>

Bhimani, A., C. T. Horngren, S. Datar, and G. Foster (2008), Management & Cost Accounting,

4th ed., Financial Times Press.

Dorfman, R. and P. O. Steiner (1954), Optimal Advertising and Optimal Quality, American

Economic Review, 44 (5), December 1954, pp.826-836.

Drury, C. (2004), Management and Cost Accounting, 6th ed., Thomson Learning.

櫻井通晴(2009)『管理会計〔第四版〕』同文舘出版。

猿山義広(1998)「モデルベース・アプローチによる広告費予算設定の基礎」『駒大

経営研究』第 28巻第 3・4号、1998年 3月、69-92頁。

中原章吉 (編著) (2000)『管理会計論』税務経理協会。