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知的集中と心理特性・精神状態との関連に関する実験研究 竹川 和佳子 *1 上田 樹美 *1 緒方 省吾 *1 下田 *1 石井 裕剛 *1 大林 史明 *2 An Experimental Study on Relationship between Intellectual Concentration and Personal Mental Characteristics Wakako Takekawa *1 , Kimi Ueda *1 , Shogo Ogata *1 , Hiroshi Shimoda *1 , Hirotake Ishii *1 and Fumiaki Obayashi *2 Abstract As a proposal of new diagnosis for mental diseases, this study focused on the relationship between intellectual concentration and personal mental characteristics. It is expected that the measurement of concentration characteristics may help the diagno- sis of the mental disorders because the mental characteristics such as psychiatric disease, developmental disorder and behavioral feature are supposed to be closely related to their mental activity such as concentration. When analyzing the relationship, the character- istics of concentration are expressed as 36 feature values by analyzing answering time distribution of cognitive task, and the values of concentration were compressed to 5 main factors by principal component analysis. Then the combination of the factors and one of 36 parameters of mental characteristics were given to a decision tree analysis tool. Keywords : Intellectual concentration, Mental characteristics, Decision tree analysis 1. 背景 近年、精神疾患の患者数は増加傾向にある [1] 。また、 これら疾患の診断において確実な判定基準を確立する ことは難しく、この難しさは精神疾患だけでなく発達 障害等に対しても見られる [2] 。この状況においてより 多くの潜在的患者が治療を受けられるようより確実な 診断を実現させるために望まれていることの 1 つとし て、測定が容易かつ定量的な判定基準を開発すること が考えられる。 そこで本研究では、精神面での活動といえる知的集 中を定量的に評価し、判定基準の 1 つとして将来的 に利用できる可能性を検討する。また、精神状態に影 響しうる要素として、精神疾患に加えて発達障害の傾 向、性格特性も調査し、知的集中との関連を調べる。 知的集中の定量的評価に関しては、過去に様々な研 究が行われてきた。河野らは、執務時の人間は大きく 分けて「集中」「非集中」の状態を遷移するものとし、 さらにその「集中」は「作業状態」「無意識の短期中 断状態」に細分化されるものとした [3] 。また大石らは 執務者が作業対象に認知資源を割り当てている状態を 「集中」として定義し、この概念をもとに図 1 に示す 3 状態変動モデルを提案した [4] ここから、内山らは集中時間の割合を表す指標 Concentration Time Ratio; CTR)を開発した [5] また、下中は集中状態の中でもどれだけ多くの認知 *1 :京都大学大学院 エネルギー科学研究科 *2 :パナソニック株式会社 *1 Graduate School of Energy Science, Kyoto University *2 Panasonic Corporation 1 集中の 3 状態変動モデル Fig. 1 Concentration model of three states. 資源を作業対象に割り当てたかを表す「集中の深さ」 の概念を提案し、深浅両方の集中を含めた集中時間の 割合を表す指標(Multi Concentration Time Ratio; MCTR)、および集中時間全体に占める深い集中の支 配率を示す指標(Concentration Depth Index; CDIを開発した [6] 本研究では、これらの指標を利用して認知タスクの 解答時間データにより知的集中を定量的に評価し、そ の指標と個人の精神症状や性格特性との関連を調査す ることを目的とする。 2. 方法 本研究では、まず個人特性と認知タスクの解答時間 データの両方を収集し、次にそのデータに対して関連 を見出すため統計的分析を行う。本章ではデータの収 集手順、認知タスクの解答時間データを用いた集中状 態の近似、及び分析の実行概要について述べる。 2. 1 個人の精神症状や性格特性の調査 個人の精神症状や性格特性を調査するため、合計 6 種類の尺度を用いた。 BIS/BAS 尺度は、行動抑制システム(Behavioral

知的集中と心理特性・精神状態との関連に関する実験研究hydro.energy.kyoto-u.ac.jp/publication/files/1414/PAPER_PDF/原稿.pdf · は、実験参加日の1 週間前を目安に回答ページへの

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知的集中と心理特性・精神状態との関連に関する実験研究

竹川 和佳子 ∗1上田 樹美 ∗1緒方 省吾 ∗1下田 宏 ∗1石井 裕剛 ∗1大林 史明 ∗2

An Experimental Study on Relationship between Intellectual Concentration and PersonalMental Characteristics

Wakako Takekawa∗1, Kimi Ueda∗1, Shogo Ogata∗1, Hiroshi Shimoda∗1, Hirotake Ishii∗1and Fumiaki Obayashi∗2

Abstract – As a proposal of new diagnosis for mental diseases, this study focused onthe relationship between intellectual concentration and personal mental characteristics.It is expected that the measurement of concentration characteristics may help the diagno-sis of the mental disorders because the mental characteristics such as psychiatric disease,developmental disorder and behavioral feature are supposed to be closely related to theirmental activity such as concentration. When analyzing the relationship, the character-istics of concentration are expressed as 36 feature values by analyzing answering timedistribution of cognitive task, and the values of concentration were compressed to 5 mainfactors by principal component analysis. Then the combination of the factors and one of36 parameters of mental characteristics were given to a decision tree analysis tool.

Keywords : Intellectual concentration, Mental characteristics, Decision tree analysis

1. 背景

近年、精神疾患の患者数は増加傾向にある [1]。また、

これら疾患の診断において確実な判定基準を確立する

ことは難しく、この難しさは精神疾患だけでなく発達

障害等に対しても見られる [2]。この状況においてより

多くの潜在的患者が治療を受けられるようより確実な

診断を実現させるために望まれていることの 1つとし

て、測定が容易かつ定量的な判定基準を開発すること

が考えられる。

そこで本研究では、精神面での活動といえる知的集

中を定量的に評価し、判定基準の 1 つとして将来的

に利用できる可能性を検討する。また、精神状態に影

響しうる要素として、精神疾患に加えて発達障害の傾

向、性格特性も調査し、知的集中との関連を調べる。

知的集中の定量的評価に関しては、過去に様々な研

究が行われてきた。河野らは、執務時の人間は大きく

分けて「集中」「非集中」の状態を遷移するものとし、

さらにその「集中」は「作業状態」「無意識の短期中

断状態」に細分化されるものとした [3]。また大石らは

執務者が作業対象に認知資源を割り当てている状態を

「集中」として定義し、この概念をもとに図 1に示す

3状態変動モデルを提案した [4]。

ここから、内山らは集中時間の割合を表す指標

(Concentration Time Ratio; CTR)を開発した [5]。

また、下中は集中状態の中でもどれだけ多くの認知

*1:京都大学大学院 エネルギー科学研究科*2:パナソニック株式会社*1:Graduate School of Energy Science, Kyoto University*2:Panasonic Corporation

図 1 集中の 3状態変動モデルFig. 1 Concentration model of three states.

資源を作業対象に割り当てたかを表す「集中の深さ」

の概念を提案し、深浅両方の集中を含めた集中時間の

割合を表す指標(Multi Concentration Time Ratio;

MCTR)、および集中時間全体に占める深い集中の支

配率を示す指標(Concentration Depth Index; CDI)

を開発した [6]。

本研究では、これらの指標を利用して認知タスクの

解答時間データにより知的集中を定量的に評価し、そ

の指標と個人の精神症状や性格特性との関連を調査す

ることを目的とする。

2. 方法

本研究では、まず個人特性と認知タスクの解答時間

データの両方を収集し、次にそのデータに対して関連

を見出すため統計的分析を行う。本章ではデータの収

集手順、認知タスクの解答時間データを用いた集中状

態の近似、及び分析の実行概要について述べる。

2. 1 個人の精神症状や性格特性の調査

個人の精神症状や性格特性を調査するため、合計 6

種類の尺度を用いた。

BIS/BAS 尺度は、行動抑制システム(Behavioral

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Inhibition System: BIS)・行動接近システム(Behav-

ioral Approach System: BAS)からなる行動制御の

概念に基づいて開発された尺度であり [8]、性格特性を

調査する一環として行動抑制・促進の傾向を調べるた

め採用した。

自閉症スペクトラム指数 (AQ)は、Baron-Cohenに

よって作成された自閉症傾向の判定尺度であり、連続

性 (スペクトラム)の概念に基づいて「典型的な自閉

症障害と定型発達の状態を両極と捉えた次元上での個

人の位置付け」を判定することができる [9]。自閉症障

害かどうかだけではなく、定型発達者が併せ持つ自閉

症傾向の程度も測定できるという点で、多方面で利用

されている実績があるため採用した。

YG性格検査 (矢田部・ギルフォード性格検査)は、

Guilfordが考案したギルフォード性格検査を原型とし

て、日本の文化環境に合うように構成された尺度であ

る [10]。性格特性の各要素を細かく抽出できること及

び採点処理の簡易さから、産業界や教育・医療方面で

広く活用されている実績があるため採用した。

精神健康調査票 (The General Health Question-

naire: GHQ)は、Goldbergによって開発された尺度

で、主として神経症患者の症状把握・評価・発見にき

わめて有効であるとされている [11]。原版は 60項目か

らなるが、後に Goldbergらは検査項目の簡略化を図

り、60項目を因子分析したのち 11因子を抽出した。

そのうち因子性が明確であった 6因子の代表項目を 5

項目ずつ採用し、30項目版として作成されたものを

今回は用いた。

グローバルうつ病評価尺度 (Global Scale for De-

pression: GSD)は、うつ病の重症度及び定型・非定型

の定量化を目的として千葉テストセンターが作成した

尺度である [12]。当尺度は精神疾患の 1つとしてうつ

病の有無を調査できるだけでなく、うつ病の型も併せ

て考察できるため採用した。回答方法としては自己記

入式と観察者記入式の 2通りのが可能であるが、本研

究では年齢層のばらつきを抑えつつより多くの参加者

を募るため、大学生・大学院生を対象としており、一

人暮らし等の理由で特定の観察者が存在しないケース

を考慮して自己記入式を採用した。

NEET/Hikikomori Risk Scale(以下、NHR)は、

内田らによって開発された、社会進出に問題を抱える

者に共通する心理的傾向の尺度である [13]。ここでは

「NEET」及び「引きこもり」が、社会で疎外されうる

心理的傾向に起因するものとしている。本研究では、

このような心理的傾向は集中力に影響を与えている可

能性があると考えたため、当尺度を採用した。

2. 2 知的集中の計測手法

本研究では京都大学の大学生・大学院生から 236人

の参加者を募集し、個人特性のデータと認知タスクの

解答時間データを得るための実験を行った。参加者に

は、実験参加日の 1 週間前を目安に回答ページへの

URLを記したメールを送信し、 2. 1節に示した 6つ

のアンケートに全て回答してもらった。実験当日は、

午前 9時または午後 2時 30分から約 2時間の実験を

実施した。その流れを図 2に示す。

図 2 実験の流れFig. 2 Protocol of the experiment.

認知タスクとして使用したのは、オフィス作業で用

いる能力を要する、難易度の均一なタスクとして上田

らが開発した比較問題 [7] である。タスク実施画面の

説明を図 3に示す。

図 3 比較問題の解答画面の説明Fig. 3 Answering screen of comparison task.

タスクの出題部分には 2つの単語と 2つの数字が表

示され、単語の意味カテゴリーの同異と不等号の正誤

をそれぞれ 2種類に分類し、その結果を 4個のボタン

の中から選んでタッチして解答する。各問題の解答が

終わると、正誤に関係なく次の問題が表示される。

参加者には「間違えないように注意しながら、なる

べく速く解き進めてください」と教示した上で、タ

スク時間終了まで問題に解答し続けるよう指示した。

解答は各参加者の座席に設置している iPad を用い、

サーバー上にある問題ページに随時アクセスさせる形

で行った。iPadはスタンドに立てかけた状態で設置し

たが、机上に寝かせて解くことを希望した参加者に対

してはそれを許可した。時間感覚がタスクの結果に影

響することを避けるため、iPad上の時間が表示され

る部分には参加者番号を示したテープを上から貼り、

参加者には現在時刻が分からないようにした。

なお、タスク中において 100秒以上の無回答時間が

見られた参加者 10人に関しては眠っていたものと見

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なし、分析への影響を避けるため今回は分析の対象外

とした。

2. 3 知的集中の定量的評価

認知タスクの解答時間をヒストグラムにするとおお

よそ図 4のような分布となる。ここに 3状態変動モデ

ル [4] の概念を適用して集中状態と非集中状態に分け

ると、集中状態は第 1位集中(より深い集中)、第 2

位集中(浅い集中)と称される 2つの対数正規分布に

近似することができる。この近似にあたって、集中時

の解答数、集中時間、対数正規分布のパラメータ等が

算出される。

図 4 解答時間のヒストグラムFig. 4 Histogram of answering time.

算出された数値のうち、分析対象として用いたもの

を表 1に示す。

表 1 知的集中を示す特徴量Table 1 Feature values to express intellectual

concentration.

数値 意味N 総解答数N1 第 1位集中での解答数N2 第 2位集中での解答数T1 第 1位集中の時間T2 第 2位集中の時間

CTR 集中時間比率MCTR 第 2位集中を考慮した集中時間比率CDI 第 1位集中の支配率

µ1・σ1 第 1位集中曲線のパラメータµ2・σ2 第 2位集中曲線のパラメータµ比 µ2/µ1

σ 比 σ2/σ1

CTR、CDI、µ1、µ2、SET間比 σ1、σ2、µ比、σ 比 それぞれの

(SET2での値)/(SET1での値)

表の横線以下に示す数値は、分析対象として新たに

追加した特徴量である。まず、第 1位集中と第 2位集中

の違いを数値化できると推測し、µ2/µ1および σ2/σ1

(以下、µ比、σ 比)を追加した。さらに、休憩を挟

んで作業を再開した場合の知的集中の変化を数値化で

きると推測し、CTR、CDI、µ1、µ2、σ1、σ2、µ比、

σ比に関しては SET1での値と SET2での値の比(以

下、SET間比)を追加した。

これらの数値を新たに追加したのは、個人の特性が

第 1位集中と第 2位集中の違いや休憩前後の差に表れ

る可能性を考慮したためである。このようにして、知

的集中を定量的に示す指標として合計 36個の数値を

分析に用いた。

2. 4 相関係数による評価

個人特性と知的集中との関係を調べるため、まず第

一に個人特性を表す数値と知的集中の指標との間でピ

アソンの積率相関係数を求めた。個人特性を表す数値

として用いた 36項目を表 2に示す。知的集中の指標

として用いた数値は 2. 3節で述べた 36個であり、こ

れら全ての組み合わせに対して 36 × 36個の相関係数

を算出した。

表 2 個人特性データとして用いた数値Table 2 Values to express personal character-

istics.

名称 得点範囲BAS-接近ドライブ 5 - 20BAS-報酬応答性 5 - 20BAS-新たな報酬体験の追求 5 - 20BIS-懸念・罰感受性 5 - 20BIS-回避ドライブ 5 - 20BIS-抑制性 5 - 20AQ-社会的スキル 0 - 10AQ-注意の切り替え 0 - 10AQ-細部への関心 0 - 10AQ-コミュニケーション 0 - 10AQ-想像力 0 - 10AQ-合計点 0 - 50YG-抑うつ性 0 - 20YG-回帰性傾向 0 - 20YG-劣等感 0 - 20YG-神経質 0 - 20YG-主観性 0 - 20YG-非協調性 0 - 20YG-攻撃性 0 - 20YG-活動性 0 - 20YG-のんきさ 0 - 20YG-思考的外向性 0 - 20YG-支配性 0 - 20YG-社会的外向性 0 - 20GHQ30-一般的疾患傾向 0 - 5GHQ30-身体的症状 0 - 5GHQ30-睡眠障害 0 - 5GHQ30-社会的活動障害 0 - 5GHQ30-不安と気分変調 0 - 5GHQ30-希死念慮うつ傾向 0 - 5GHQ30-合計点 0 - 30GSD-第 1段階 17 - 51GSD-第 2段階 -13 - 13NHR-フリーター生活志向 -3 - 3NHR-自身の能力欠如 -3 - 3NHR-将来への意志不明瞭性 -3 - 3

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2. 5 決定木分析

関連を調べるための別なる分析手法として、本研究

では決定木を使用した。この手法の最大の利点は、帰

結の決定に重要であった要素とそうでない要素が視覚

的に判断しやすく、分析結果を容易に解釈できるとい

うことである。

この分析の実行イメージを図 5に示す。

図 5 分析の実行イメージFig. 5 Procedure of analyze.

目的変数には表 2に示す個人の特性の調査結果を用

いており、AQ、GHQ、GSDに関しては得点から判定

した症状の有無を、BIS/BASに関しては行動抑制要

素と促進要素それぞれの合計点を、YG、NHRに関し

ては得点そのものを目的変数に設定した。

説明変数には知的集中の指標を設定したが、要素数

が 36個のままでは非常に多く、有用な結果が得られ

なくなるため、標準化したのちに主成分分析で次元を

圧縮した。

標準化したのは、全てのパラメータを同じ平均・分散

に揃えておくことで、分析結果が値の大きいパラメー

タだけに左右されることを防ぐためである。

また、主成分分析においては何次元にまで圧縮する

かを指定する必要があり、一般的には累積寄与率 1が

80%以上になるまでの主成分が分析に使われるため、

本分析では累積寄与率が 80%を超過した第 5主成分

までを分析対象とした。

分析にあたっては、Pedregosaらによって開発された

Pythonのオープンソース機械学習ライブラリ「scikit-

learn」を用いた [14]。

1:各主成分がデータをどの程度説明しているかを示す割合(寄与率)を、第 1主成分、第 2、第 3…と合計した数値。

3. 結果と考察

3. 1 相関係数による評価の結果

2. 4 節に示す手法で相関係数を算出した結果、求

まった相関係数の中で絶対値が 0.20以上 2となった

組は「BIS/BAS-回避ドライブ × SET1 の MCTR」

「GHQ30-身体的症状 × SET1の N2」「GHQ30-不安

と気分変調 × SET2のN2」の 3組のみであった。こ

れら 3 組の散布図の代表例を図 6 に示すが、特に明

らかな相関は見られず、いずれも外れ値による影響や

データ数が十分でないことによる偶然により、弱いな

がらも相関があると判断された可能性が高いと考えら

れる。

図 6 BIS/BAS-回避ドライブ × SET1 のMCTR (r=0.21)

Fig. 6 Scatter plot of BIS/BAS-avoidanceand SET1-MCTR (r=0.21).

よって、相関係数により個人特性と知的集中の各要

素の関連をこれ以上議論することは難しく、異なる手

法で関連を評価する必要が生じた。

3. 2 主成分分析の結果

2. 5節に示す手法で、36個ある知的集中の指標に対

して主成分分析を行った結果、以下に示す特徴を持つ

5つの主成分に圧縮された。

第 1主成分は、µや σのような集中曲線のパラメー

タと強い正の相関を示した。3状態モデルの概念にお

いて eµ は解答時間の分布の最頻値、σ は標準偏差を

意味しており、µが大きい場合は σも大きくなる傾向

がある。つまり、µや σの大きさは解答時間の長さを

意味し、第 1主成分は「解答に要する時間」の指標で

あると捉えることができる。

第 2主成分は、第 1位集中における解答数N1、第 1

位集中の時間 T1 及び CTR、MCTRと強い正の相関

を示した。T1、CTRが大きいことは第 1位集中時間

が長いことを意味し、それゆえに第 1位集中における

2:一般に弱い相関があると解釈される基準値。

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解答数 N1 も大きくなると考えられる。また MCTR

は第 2位集中を含めた集中時間の指標であるが、これ

も第 1位集中時間が長くなれば大きくなる。よって、

第 2主成分は「第 1位集中の度合い」の指標と捉える

ことができる。

第 3主成分は、第 2位集中曲線のパラメータ µ2、σ2

の SET間比及び µ2/µ1、σ2/σ1の SET間比と強い負

の相関を示した。µ2や σ2は第 2位集中における解答

時間の長さに対応し、µ2/µ1や σ2/σ1は第 1位集中に

対する第 2位集中の解答時間の長さに対応するので、

これらの SET間比が小さいことは、SET1に対して

SET2における第 2位集中の解答時間が短くなること

を意味する。また、CDIの SET間比とは強い正の相

関を示しており、これが大きいことは、SET1に対し

て SET2における第 1位集中の割合が大きいことを意

味する。よって、第 3主成分は「休憩を挟んで作業を

再開した場合の集中の深化」の指標と捉えることがで

きる。

第 4主成分は、特に SET2において第 2位集中にお

ける解答数N2、第 2位集中の時間 T2と正の相関を示

し、両 SETにおいてCDIと負の相関を示した。T2が

大きいことは第 2位集中にあたる時間が長いことを意

味し、それゆえに第 2位集中における解答数N2も大

きくなると考えられる。また、CDIが小さいことは第

1位集中の割合が小さい、すなわち第 2位集中の割合

が大きいことを意味する。よって、第 4主成分は「第

2位集中がいかに多く見られるか」の指標と捉えるこ

とができる。

第 5主成分は、CTRの SET間比と強い負の相関を

示し、CDIの SET間比とも負の相関を示した。CTR

の SET間比が小さいことは、SET1に対して SET2に

おける第 1位集中にあたる時間が少ないことを意味す

る。よって、第 5主成分は「休憩を挟んで作業を再開

した場合の集中時間の減少」の指標と捉えることがで

きる。

3. 3 決定木分析の結果

決定木分析の結果は、逆さの樹木状の図として出力

される。顕著な傾向が見られた例として、自閉症スペ

クトラム指数を目的変数とした分析結果の簡略図を図

7に示す。

分岐条件は第 2 主成分が 0.983 以下であれば「は

い」、0.983より大きければ「いいえ」となる。第 2主

成分とは 2.3節で述べた通り第 1位集中の程度を示す

成分であるため、全体で 226個のデータに対し「いい

え」側に分岐した 82個のデータは、第 1位集中の程度

が比較的大きいことになる。ここで自閉症傾向を伴う

割合に着目すると、全体では 226人中 25人 (11.1%)

であるのに対し、「いいえ」側に分岐した 82人の中で

図 7 分析結果の簡略図(目的変数:AQ)Fig. 7 Simplified figure of the result - AQ.

は 3人 (3.7%)である。すなわち、比較的高い集中力

をもつ人は自閉症傾向を伴わない可能性が高いと推測

できる。

同様の手法で考察した結果、自閉症スペクトラム指

数の例ほど顕著ではなかったものの、他にも関連する

可能性がある要素の組み合わせが見られた。それらの

例を以下に示す。

図 8に示すYG-支配性に対する分析結果では、第 1

位集中の程度が比較的大きい場合、平均得点がやや低

い、すなわち支配的でない(従順である)傾向が見ら

れた。

図 8 分析結果の簡略図(目的変数:YG-支配性)Fig. 8 Simplified figure of the result - YG-

dominance.

図 9に示すNHR-フリーター生活志向に対する分析

結果では、第 1位集中の程度が比較的小さい場合、平

均得点がやや高い、すなわちフリーター生活志向がよ

り強い傾向が見られた。

図 10に示すYG-回帰性傾向に対する分析結果では、

休憩を挟んで集中が浅くなる場合、平均得点がやや高

い、すなわち情緒がより不安定である傾向が見られた。

図 11に示す BAS(行動促進傾向)に対する分析結

果では、休憩を挟んで集中時間が増す場合、平均得点

がやや高い、すなわち行動促進傾向がより強い傾向が

見られた。

図 12に示す YG-劣等感に対する分析結果では、休

憩を挟んで集中時間が増す場合、平均得点がやや低

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図 9 分析結果の簡略図(目的変数:NHR-フリーター生活志向)

Fig. 9 Simplified figure of the result - NHR-freeter lifestyle preference.

図 10 分析結果の簡略図(目的変数:YG-回帰性傾向)

Fig. 10 Simplified figure of the result - YG-recurrence.

図 11 分析結果の簡略図(目的変数:BAS)Fig. 11 Simplified figure of the result - BAS.

い、すなわち劣等感が低い(自信家である)傾向が見

られた。

図 13に示す YG-社会的外向性に対する分析結果で

は、休憩を挟んで集中時間が増す場合、平均得点がや

や高い、すなわち外向的である傾向が見られた。

なお、精神疾患に関連するGHQ、GSDを目的変数

とした分析からは、顕著な結果が得られなかった。

図 12 分析結果の簡略図(目的変数:YG-劣等感)Fig. 12 Simplified figure of the result - YG-

inferiority complex.

図 13 分析結果の簡略図(目的変数:YG-社会的外向性)

Fig. 13 Simplified figure of the result - YG-social extroversion.

以上の考察により、知的集中と個人特性との間に絶

対的な関連を見出すまでは至らなかったものの、関連

をもつ可能性が高い要素を抽出することができた。

4. 結論

本研究では、個人の精神症状や性格特性を調査し、

かつ知的集中を定量的に評価したデータを取得するた

めの実験を行った。次いで、統計的分析手法により両

者の関連を調査した。その結果、個人特性の中には知

的集中を示す指標の一部と関連を持ちうる要素が存在

するという形で、可能性を示唆することができた。

現段階では知的集中の指標を精神疾患や自閉症傾向

の診断材料、及び性格特性の判断基準として実用化す

ることは難しいが、今後の展望として、サンプルを大

学生・大学院生以外からも募集して議論できる年齢の

幅を広げること、個人特性の調査のために用いる尺度

の再考などが挙げられる。さらに、認知タスクの解答

時間の時系列分析も試行の価値があると考えられる。

謝辞

本研究は JSPS科研費 JP17H01777の助成を受けた

ものです。

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参考文献[1] 厚生労働省: こころの健康対策~うつ病~,

(http://www.mhlw.go.jp/kokoro/nation/dyp.html,2018年 6月 25日現在).

[2] 木村: 医療化現象としての「発達障害」―教育現場における解釈過程を中心に―, 教育社会学研究第 79集,pp.5-24 (2006).

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