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32 January 2014 31 January 2014 医師として臨床を重んじ、医師の倫理性を大切にした古代ギリシアの「医聖」。 その精神を現代に受け継ぐ、福岡大学のヒポクラテスを紹介します。 卵巣がんの研究から創薬開発へ 医学の豊かな未来につながる一歩 38,0005,00040 3130 姿500g1,000g71004800NIH稿1995199810 500宿宮本 新吾 教授(医学部) 産婦人科診療部長 産科部門、新生児内科部門、新生児外科部門の3つか ら成る福岡大学病院の総合周産期母子医療センター。 新生児、低出生体重児の受け入れ病床数は西日本一。 「私の専門は悪性腫瘍ですが、産婦人科では 毎日新しい命が生まれている。やりがいのあ る仕事です」と宮本先生。「この子が大人にな るころ、私たちの創薬開発が成功していれば 医学の歴史は変わります」。 「患者さんの不安を少しでも和らげたい」と笑顔と 穏やかな声を心掛ける宮本先生。 総合周産期母子医療センターの診療部長も務めるため、 毎日の情報共有は欠かせない。 『サイエンス』に掲載された論文は、インテグリンという 細胞接着分子に関する研究。

産科部門、新生児内科部門、新生児外科部門の3つか 新生児 ...研究臨で床大でき培なっ成た果経を験残をす糧に 悪性医腫療瘍人のの克命服題にと挑もむいえる

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  • 医療人の命題ともいえる

    悪性腫瘍の克服に挑む

    臨床で培った経験を糧に

    研究で大きな成果を残す

    アメリカ留学でも大きな成果

    現在は国からの補助で創薬開発中

    32 January 2014 31January 2014

    医師として臨床を重んじ、医師の倫理性を大切にした古代ギリシアの「医聖」。

    その精神を現代に受け継ぐ、福岡大学のヒポクラテスを紹介します。

    卵巣がんの研究から創薬開発へ医学の豊かな未来につながる一歩

     

    命が生まれる瞬間に立ち会える産婦人科。

    ですが診療の範囲は幅広く、悪性腫瘍や不

    妊、女性のヘルスケアなど多岐にわたりま

    す。福岡大学病院の産婦人科診療部長を務め

    る宮本先生は、卵巣腫瘍のプロフェッショナ

    ル。子宮周辺のがんには、子宮頸がん、子宮体

    がんと卵巣がんの3種があり、中でも卵巣が

    んは全国で年間約8,000人がかかり、うち

    約5,000人が亡くなるという致死性の高

    い病気です。「医学の進歩で高齢出産の可能

    性が広がり、40歳以上で初めて出産を経験

    する方も増えています。一度も出産せずに年

    齢を重ねるということは、すなわち卵巣が休

    むことなく排卵を続けているということで

    す。どうしても卵巣や子宮に負担がかかり、

    がんを患う可能性も高くなります。今や3人

    に1人が命を落とす生活習慣病、悪性腫瘍の

    克服は、我々医療に携わる者にとって命題と

    言っても過言ではありません」。先生は、春秋

    に富む青年だったころから、その命題を常に

    胸に秘めて研究に励んできました。

     

    医師を志したきっかけを尋ねると、「父は

    仕事が終わるとすぐに帰ってきてくれる人で

    した。子どもとしてはうれしかったけれど父

    とは違う道というか、自分は専門性の高い仕

    事に就き、その仕事に没頭したいという気持

    ちを早くから持っていました」。その言葉通

    り、医師になって約30年、「土日に休みを取っ

    たことはない」というほど医学の道にまい進

    してきた宮本先生。医学部を卒業し、研修医

    になったばかりのころに憧れたのは、勤めて

    いた九州大学病院の産科婦人科病棟医長

    だったそうです。「とにかく周産期の診療・手

    術において患者さんからの信頼が厚い先生で

    した。分娩中に胎児の心音が聞こえなくなっ

    ても、焦らず速やかに帝王切開に切り替え、

    冷静かつ素早く執刀を続ける姿が目に焼き

    付いています。その判断力と手技の正確さこ

    そが臨床名医の証。『こんな医師になりたい』

    と思ったものです。医師の世界ではお腹を

    切って出てくるものといえば腫瘍、というの

    が通り相場ですが、産婦人科医が取り上げる

    のは新しい命。睡眠不足が続いていても、産声

    を聞き、ご家族の喜ぶ顔を見たら、毎回胸に

    込み上げるものがありました」。

     

    しかし、当然ながら患者さんの幸せな瞬

    間に立ち会うことばかりではありません。

    今でこそ、医学が進歩し、500g以下の超

    低出生体重児が助かることも珍しくありま

    せんが、当時は1,000g以上ないと救うこ

    とができないというのが常識でした。妊娠7

    カ月ごろにかかることの多い妊娠中毒症と

    いう病気で命を落とす妊婦や胎児も少なか

    らずおり、そのような状況を憂えた宮本先

    生は、妊娠中毒症と高血圧の関連性について

    の研究を開始。臨床の合間を縫って、100

    人以上の患者さんの血圧を

    4時間置きに計るため、休ま

    ず、家に帰らず、睡眠も十分

    に取らない日々が続きまし

    た。そのかいあって、夜間の

    血圧上昇と妊娠中毒症との

    関連性に関して重大な発見

    をすることができました。時

    を経て、人事異動により九州

    大学病院の分院の九州大学

    病院別府病院へ。ここでもほ

    ぼ休むことなく臨床と研究に日夜没頭しま

    した。共に研究を進めた循環器内科医や、海

    外の雑誌での論文掲載実績が豊かな先輩医

    師をはじめとする出会いに恵まれ、研究テー

    マの選び方や手法についても大きな収穫が

    あったそうです。別府では医局長も務めた宮

    本先生。「ゴルフコンペの幹事や飲み会の主

    催など雑用も多く、これはこれで今につなが

    るいい経験だったように思います」と笑いな

    がら振り返ります。

     

    程なく転機が訪れ、世界中から一流の研

    究者が約800人も集まるアメリカ国立衛

    生研究所(NIH)へ留学。研究に集中する

    日々が始まりました。最初は全くなじめず、

    どの研究者も自分より大きな存在に思え、

    互いの研究の情報交換をしても難解過ぎて

    理解ができないという疎外感を味わってい

    た宮本先生。そんな先生を見かねた研究所

    の仲間が「サイエンスは本気でやった方が

    いい。もっとボスに食らいついていけ」とア

    ドバイスをくれたそうです。「もちろんそれ

    までも土日も休まず研究に明け暮れていま

    したが、いい結果が出るま

    ではボスとあまり接触を

    持たないように、萎縮して

    避けていた部分がありま

    した。同僚からのその言葉

    を機に、物おじせず、積極

    的にコミュニケーション

    を取り、納得がいかないこ

    とはそのままにしないよ

    うに自分を変えました。

    バージョンアップしたと

    いう感覚に近かったかもしれません」。やが

    てボスとの距離感が近くなり、「こうしたら

    どうか」「この雑誌に投稿してはどうか」と

    助言をもらえるように。それからしばらく

    経った1995年、世界的に権威のある学

    術雑誌の一つ『サイエンス』に論文が掲載さ

    れ、研究所内を歩いていると知らない研究

    者から声を掛けられ、講演依頼まで来るよ

    うになりました。その後も研究成果をまと

    めた論文が著名な医学雑誌に掲載され、

    1998年には、取り上げられた論文の累

    積ポイント数が日本人史上ベスト10に入る

    という快挙を成し遂げました。

     

    大きな成果を土産に、帰国後は九州がんセ

    ンターへ。昼は臨床、夜は研究の両輪で走るス

    タイルに戻り、頼もしい共同研究者も得まし

    た。「当時、久留米大学に在籍し、今は大阪大

    学にいる研究パートナーと、卵巣がんが広が

    る原因を探るべく腹水や細胞膜の油に目を

    向けて研究を進めました。この研究のため

    に、夏休み返上で大阪に出向き、一泊500円

    の留学生用宿舎に泊まり込んだのもいい思

    い出です」。これらの研究の成果の一つとし

    て、抗がん剤よりも高い効果が出る可能性の

    ある薬の糸口を得た宮本先生。まさに今、国

    から補助金を受け、パートナーや福岡大学病

    院の産婦人科チームと共に、創薬開発のス

    テップを着実に上がっています。

     

    最後に学生の皆さんへのエールをお願い

    すると、「卒業後は研究や勉強がもっと面白

    くなります。なぜならば、私が取り組む創薬

    開発もそうですが、勉強したことで人を助

    けられるからです。今はそのための大切な

    準備期間。見識を広げ、人に尽くし、医師で

    ある前に、信頼される人になるための土台

    を築いていってください」と実感のこもっ

    た、厳しくも温かい言葉が返ってきました。

    宮本 新吾 教授(医学部)産婦人科診療部長

    産科部門、新生児内科部門、新生児外科部門の3つから成る福岡大学病院の総合周産期母子医療センター。新生児、低出生体重児の受け入れ病床数は西日本一。

    「私の専門は悪性腫瘍ですが、産婦人科では毎日新しい命が生まれている。やりがいのある仕事です」と宮本先生。「この子が大人になるころ、私たちの創薬開発が成功していれば医学の歴史は変わります」。

    「患者さんの不安を少しでも和らげたい」と笑顔と穏やかな声を心掛ける宮本先生。

    総合周産期母子医療センターの診療部長も務めるため、毎日の情報共有は欠かせない。

    『サイエンス』に掲載された論文は、インテグリンという細胞接着分子に関する研究。