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報 告 糖尿病新規マーカーの探索 秋 元 義 弘 1 福 冨 俊 之 2 菅 原 大 介 1 西 堀 由紀野 3 楊   國 昌 3 川 上 速 人 1 1 杏林大学医学部解剖学教室 2 杏林大学医学部薬理学教室 3 杏林大学医学部小児科学教室 糖尿病は,合併症として重篤な脳心血管疾患のほか, 腎症,網膜症,認知証なども引き起こし,近年問題となっ ている。しかし,現在のところ糖尿病マーカーは HbA1c やグルコアルブミンのみであり,これらの合併症を予測 する新たな糖尿病マーカーの開発が求められている。 O- グリコシド結合型 N- アセチルグルコサミン O-GlcNAc)は,タンパク質のセリンまたはスレオニン 残基に GlcNAc 1 個結合した修飾である。これまで我々 は,糖尿病モデルラットの腎臓,角膜などにおいて O-GlcNAc タンパク質が糖尿病と密接に関連しているこ とを明らかにし,O-GlcNAc タンパク質の糖尿病合併症 マーカーとしての可能性を示唆してきた。そこで本研究 は,糖尿病モデル動物の腎臓などの組織や血液において 発現が変動する O-GlcNAc タンパク質をグライコプロテ オミクス法により解析し,合併症予測マーカーの候補と なる O-GlcNAc タンパク質を明らかにすることを目的と する。 近年,ヘキソサミン代謝亢進による O-GlcNAc 修飾の 異常が,糖尿病を引起す一因であることが明らかになっ てきている。O-GlcNAc 転移酵素を過剰に発現させたマ ウスの筋肉や脂肪組織では,インスリン刺激によるグル コースの取込みが阻害され,インスリン抵抗性が誘導さ れる。 糖尿病性腎症では,糸球体基底膜,メサンギウム,上 皮細胞,内皮細胞に形態変化が生ずることが知られてい るが,これらの形態変化に伴う分子構築の変化について は不明な点が多い。 正常 Wistar ラットと 2 型糖尿病モデルの Goto-Kakizaki GK)ラットの腎糸球体における O-GlcNAc レベルを免 疫組織化学的に検討したところ,糸球体の上皮細胞,内 皮細胞,メサンギウム細胞において O-GlcNAc の染色性 は,糖尿病では対照に比べ有意に増強していた。また形 態的には,糖尿病で糸球体基底膜の肥厚,糸球体上皮細 胞の足突起の癒合,スリット膜の消失といった異常が観 察された。以上のことから O-GlcNAc の増加が糖尿病性 血管症と密接に関連していることが推測された。さらに O-GlcNAc 修飾が著しく変化するタンパク質について,2 次元電気泳動,抗 O-GlcNAc 抗体によるイムノブロッ ティング,質量分析を用いたグライコプロテオミクスに より解析を行った。その結果,糖尿病の腎臓ではアクチ ン,α- アクチニン 4α- チューブリン,ミオシンなどの 細胞骨格タンパク質や,ATP 合成酵素,ピルビン酸カル ボキシラーゼなどのミトコンドリアタンパク質に O-GlcNAc 修飾の顕著な増加が観察された。このうち, さらに α- アクチニン 4 に焦点をあてて組織細胞化学的解 析を行った。糸球体における α- アクチニン 4 の発現を免 疫組織化学的に検討すると,線状の反応が認められ,糖 尿病ではその反応の増強が認められた(図 1ab)。次に, 実際に O-GlcNAc 修飾された α- アクチニン 4 の局在と発 現量を in situ Proximity Ligation Assayin situ PLA 法)を 用いて検討したところ,正常糸球体ではドット状の反応 が主に糸球体上皮細胞に観察された。糖尿病では糸球体 上皮細胞における O-GlcNAc α- アクチニン 4 の有意な 増強が認められた(図 1c-e)。 α- アクチニン 4 はスリット膜関連分子の 1 つで,アク チンフィラメントと結合し,アクチンフィラメント相互 の架橋を安定化させ,スリット膜の維持や糸球体上皮細 胞の形態保持に寄与していると考えられている。以上の 結果から,糖尿病ではアクチニンの O-GlcNAc 修飾の増 加によりリン酸化が抑制されることにより,アクチンと 平成 25 年度 医学部共同研究プロジェクト 研究成果のまとめ

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報 告

糖尿病新規マーカーの探索

秋 元 義 弘 1  福 冨 俊 之 2  菅 原 大 介 1

西 堀 由紀野 3  楊   國 昌 3  川 上 速 人 1

1杏林大学医学部解剖学教室2杏林大学医学部薬理学教室3杏林大学医学部小児科学教室

 糖尿病は,合併症として重篤な脳心血管疾患のほか,腎症,網膜症,認知証なども引き起こし,近年問題となっている。しかし,現在のところ糖尿病マーカーはHbA1cやグルコアルブミンのみであり,これらの合併症を予測する新たな糖尿病マーカーの開発が求められている。O-グリコシド結合型N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)は,タンパク質のセリンまたはスレオニン残基にGlcNAcが1個結合した修飾である。これまで我々は,糖尿病モデルラットの腎臓,角膜などにおいてO-GlcNAcタンパク質が糖尿病と密接に関連していることを明らかにし,O-GlcNAcタンパク質の糖尿病合併症マーカーとしての可能性を示唆してきた。そこで本研究は,糖尿病モデル動物の腎臓などの組織や血液において発現が変動するO-GlcNAcタンパク質をグライコプロテオミクス法により解析し,合併症予測マーカーの候補となるO-GlcNAcタンパク質を明らかにすることを目的とする。 近年,ヘキソサミン代謝亢進によるO-GlcNAc修飾の異常が,糖尿病を引起す一因であることが明らかになってきている。O-GlcNAc転移酵素を過剰に発現させたマウスの筋肉や脂肪組織では,インスリン刺激によるグルコースの取込みが阻害され,インスリン抵抗性が誘導される。 糖尿病性腎症では,糸球体基底膜,メサンギウム,上皮細胞,内皮細胞に形態変化が生ずることが知られているが,これらの形態変化に伴う分子構築の変化については不明な点が多い。 正常Wistarラットと2型糖尿病モデルのGoto-Kakizaki(GK)ラットの腎糸球体におけるO-GlcNAcレベルを免疫組織化学的に検討したところ,糸球体の上皮細胞,内

皮細胞,メサンギウム細胞においてO-GlcNAcの染色性は,糖尿病では対照に比べ有意に増強していた。また形態的には,糖尿病で糸球体基底膜の肥厚,糸球体上皮細胞の足突起の癒合,スリット膜の消失といった異常が観察された。以上のことからO-GlcNAcの増加が糖尿病性血管症と密接に関連していることが推測された。さらにO-GlcNAc修飾が著しく変化するタンパク質について,2次元電気泳動,抗O-GlcNAc抗体によるイムノブロッティング,質量分析を用いたグライコプロテオミクスにより解析を行った。その結果,糖尿病の腎臓ではアクチン,α-アクチニン4,α-チューブリン,ミオシンなどの細胞骨格タンパク質や,ATP合成酵素,ピルビン酸カルボキシラーゼなどのミトコンドリアタンパク質にO-GlcNAc修飾の顕著な増加が観察された。このうち,さらにα-アクチニン4に焦点をあてて組織細胞化学的解析を行った。糸球体におけるα-アクチニン4の発現を免疫組織化学的に検討すると,線状の反応が認められ,糖尿病ではその反応の増強が認められた(図1a,b)。次に,実際にO-GlcNAc修飾されたα-アクチニン4の局在と発現量を in situ Proximity Ligation Assay(in situ PLA法)を用いて検討したところ,正常糸球体ではドット状の反応が主に糸球体上皮細胞に観察された。糖尿病では糸球体上皮細胞におけるO-GlcNAc化α-アクチニン4の有意な増強が認められた(図1c-e)。 α-アクチニン4はスリット膜関連分子の1つで,アクチンフィラメントと結合し,アクチンフィラメント相互の架橋を安定化させ,スリット膜の維持や糸球体上皮細胞の形態保持に寄与していると考えられている。以上の結果から,糖尿病ではアクチニンのO-GlcNAc修飾の増加によりリン酸化が抑制されることにより,アクチンと

平成25年度 医学部共同研究プロジェクト 研究成果のまとめ

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秋元 義弘 ほか 杏林医会誌 45巻3号s22

アクチニンの結合が阻害され,細胞骨格の形成が障害された結果,スリット膜の消失や糸球体上皮細胞の形態変化が起こり,さらにはタンパク尿の生ずる原因になるのではないかと考えられる。また,O-GlcNAc化α-アクチニン4は糖尿病新規マーカーとして有用であると考えれる。今後,糖尿病発症ならびに合併症におけるO-GlcNAc修飾タンパクの果たす役割の更なる解明,O-GlcNAc修飾をターゲットとした治療薬の開発が期待される。

文献1) Hart, G. W., Housley, M. P., Slawson, C.: Nature 2007, 446:

1017―1022.2) 秋元義弘,三浦ゆり,戸田年総,Gerald W Hart,遠藤玉夫,川上速人2013,病理と臨床31(8): 847―851.

3) Ruan, H.-B., Singh, J. P., Li, M.-D., et al.: Trends in Endocrinology and Metabolism 2013, 24: 301―309.

講演1. Akimoto Y, Miura Y, Toda T, Fukutomi T, Sugahara D, Wolfert

MA, Wells L, Boons G-J, Hart GW, Endo T, Kawakami H: Changes of the O-GlcNAc modification of proteins accompanied with diabetic nephropathy. 12th HUPO World Congress, Yokohama, Sept. 14―18, 2013

2. 秋元義弘:O-GlcNAc修飾と糖尿病。第11回糖鎖科学コンソーシアムシンポジウム 仙台,平成25年10月25―26日

3. 秋元義弘,福冨俊之,菅原大介,西堀由紀野,楊 國昌,川上速人:(H25年度医学部共同研究プロジェクト中間

報告)糖尿病新規マーカーの探索。第42回杏林医学会総会,三鷹,平成25年11月16日

4. Akimoto Y, Miura Y, Toda T, Fukutomi T, Sugahara D, Wolfert MA, Wells L, Boons G-J, Hart GW, Endo T, Kawakami H: Morphological changes in diabetic kidney are associated with increased O-GlcNAc modification of cytoskeletal proteins. World Diabetes Congress 2013, Melbourne, Dec 2―6, 2013

5. 秋元義弘,三浦ゆり,戸田年総,福冨俊之,菅原大介,Gerald W Hart,遠藤玉夫,川上速人:糖尿病性腎症に伴う糸球体タンパク質の糖修飾異常の解析。第119回日本解剖学会総会・全国学術集会 下野,平成26年3月27―29日

論文1. Mitsunaga-Nakatsubo, K, Akimoto Y, Kusunoki S, Kawakami

H: Novel structure of hepatic extracellular matrices containing arylsulfatase A. Okajimas Folia Anat. Jpn., 90: 17―22, 2013.

2. Nikzad H, Kashani HH, Kabir-Salmani M, Akimoto Y, Iwashita M: Expression of galectin-8 on human endometrium: Molecular and cellular aspects. Iran J Reprod Med 11: 65―70, 2013.

著書1. 秋元義弘,三浦ゆり,戸田年総,Gerald W Hart,遠藤玉夫,川上速人(2013)糖鎖と疾患 4.蛋白質のO-GlcNAc修飾と糖尿病 病理と臨床31(8): 847―851。

2. 秋元義弘,平野 寛(2013)人体の構造と生命機能。A. 人体の構造。「健康・栄養科学シリーズ。人体の構造と機能及び疾病の成り立ち・総論(香川靖雄,近藤和雄,石田 均,門脇 孝編)」第2版,南江堂,東京,1―15。

図1 (a,b)糸球体におけるα-アクチニン4の局在。共焦点レーザー顕微鏡像。(a)正常。(b)糖尿病。糖尿病では,α-アクチニン4の染色性の増強が認められる。(c-e)糸球体におけるO-GlcNAc化α-アクチニン4の局在。In situ PLA法。(c)正常。(d)糖尿病。ドット状の反応が主に糸球体上皮細胞(矢印)に観察される。核染,ヘマトキシリン。(e)糖尿病においてシグナル密度の有意な増加が認められる。*p<0.01。