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Title 「小説読解観点論」による小説読解指導 ―「読みの要素 」による「故郷」(魯迅)の読解指導― Author(s) 糸数, 剛 Citation 琉球大学教育学部教育実践研究指導センター紀要(1): 1-9 Issue Date 1993-10 URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/7887 Rights

琉球大学教育学部教育実践研究指導センター紀 …ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/.../20.500.12000/7887/1/No.1p001.pdf琉球大学教育学部教育実践研究指導センター紀要第1号1993年10月

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Title 「小説読解観点論」による小説読解指導 ―「読みの要素」による「故郷」(魯迅)の読解指導―

Author(s) 糸数, 剛

Citation 琉球大学教育学部教育実践研究指導センター紀要(1): 1-9

Issue Date 1993-10

URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/7887

Rights

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琉球大学教育学部教育実践研究指導センター紀要第1号1993年10月

「小説読解観点論」による小説読解指導

「読みの要素」による「故郷」(魯迅)の読解指導一

糸数剛*

(1993年6月30曰受理)

小説読解指導において主題主義ではなく,言葉の力をつけるための指導法として,筆者は「小説読解観点論」

(中学生向けには「読みの要素」)による手法を推し進めてきた。「小説読解観点論」とは,それぞれの小説の

本質に迫るために多様な観点(既存の観点も用いるが,既存の観点にふさわしいのがなければ創造的に観点を

開発していく)の中からふさわしい観点によって説明し,その観点を術語のレベルまで抽象化する(その際,

既存の術語も用いるが,ふさわしいものがない場合は新たにネーミングをしていく)ことを通して読解を定着

させていく手法である。

学習としての小説読解はじめに

筆者が国語教師になりたての頃,小説読解指

導の際,はたと困ったことがあった。それは,

新しい小説教材に入ったとき,その教材で何を

教えるか?ということである。

漢字・語句調べ,音読,感想文まではまず機

械的にもできる。問題は,その後の指導だ。そ

の小説で何を教えるかがはっきりしていればど

うにかなるのだと思うのだが,なにしろ何を教

えるかということから,国語教師は悩まなけれ

ばならない。国語教師になったことを悔やんだ

こともしきり。市販テストの問題から逆に教え

る内容を引き出したりと,今考えると恥ずかし

いような指導内容であった。

このことで長年'悩んだ末,すくなくとも小説

においては,教える内容をはっきりもてるよう

になろうと,筆者が試行錯誤しながら編み出し

た小説読解の手法が「小説読解観点論」である。

そして,その手法を用いて小説の教材研究を行

い,中学生にも親しみやすく応用できるように

したのが「読みの要素」である。

小説を読解する際(例えば,感想文を書く,

批評文を書く,教材研究をする等),どうして

も述べるべき内容が必要であることは当然であ

る。小説を読んで感動することは大事なことで

ある。しかし,単に読者が「感動した。」と思っ

ただけでは,これは個人の意識内の読解であり,

他の人には伝わらない。学校教育で扱う学習と

しての読解という場合には,個人の意識内の読

解にとどまるのではなく,感動の内容を他に伝

えられる形にまでもっていく必要がある。

観点に注目

そこで,述べようとする内容についてである

が,当然といえば当然だが,その内容は読んだ

小説に対するいろんな観点による内容であるは

ずである。それぞれの小説はいろんな観点から

述べることができる。要は,それぞれの小説に

ふさわしい観点をみつけることである。たとえ

ば,小説を読んで感動する。その感動はいった

いどこからくるものなのか,それを説明できる

*琉球大学教育学部(附属中学校)

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授業に生かされるか。その指導過程の-方法に

ついて述べたい。これは現在筆者が琉球大学教

育学部附属中学校3年生を対象に行っている方

法である。

ふさわしい観点は何だろうと,感動の説明のた

めの観点を見出すことによって,受け取った感

動を他に伝えることができる。

「小説読解観点論」とは

①難漢字,難語句調べ

②音読

③感想文(自由に書かせるが,「読みの要

素」が身についてくるとこの段階で自ら

「読みの要素」の手法で書いてくる生徒も

いる。)

④作品研究教師は教材研究によって,扱

う小説作品の「読みの要素」を抽出してお

く。

⑤ワークシート作成「読みの要素」の項目

に対する内容を書き込めるワークシートを

作成する。

その際,それぞれの「読みの要素」が読

みとれる部分のテキスト(教科書)のペー

ジを明示する。(これはワークシートの作

成で試行錯誤し,苦労した末に生みだした

方法である。いきなり作品全体の中から該

当部分を選ぶことにはやや無理があるよう

だ。該当部分がある場所を,ある程度限定

した範囲の中から見つけさせるほうが生徒

の学習意欲を高めるようだ。)

⑥項目説明ワークシートを配布し,教師

が-通りワークシート内のすべての「読み

の要素」の項目の意味について説明する。

特に新出の「読みの要素」については詳し

く説明する。その後項目に対する質問を受

けつける。

⑦個人学習ワークシートを配布し,生徒

各自でテキスト(教科書)をもとに記入さ

せる。教師は机間指導で理解の遅い生徒に

アドバイスを与える。

⑧発表黒板にワークシートの項目を板書

し,内容は生徒に指名して答えさせる。

(板書させる)。

⑨新発見一通りワークシートの内容の解

答が終わったら,今度はワークシートの項

目以外に「読みの要素」の発見がなかった

ここで提唱する「小説読解観点論」とは,小

説に関するあらゆる観点を採り込み,体系的に

位置づけていこうというものである。小説に関

するあらゆる観点とは,「作品論」はもちろん

のこと,「作者論」,「読者論」,「比較論」等も

含み込む。「作品論」ひとつをとってみても,

「主題」等の作品全体に関することから部分的

な描写の工夫(たとえば「比嚥」等),あるい

は表記法の工夫(「カタカナルビ」等)にいた

るまですべての観点を含む。

そして,「小説読解観点論」の特徴的なこと

は,小説についての観点を述べる際,その用語

についてだが,もちろん既存の術語はそのまま

用いる。例えば,「額縁構成」や「倒置法」「擬

人法」など。しかし,観点の説明にふさわしい

既存の術語がない場合には,ふさわしいように

柔軟にネーミングをして術語を創り出していこ

うというものである(例えば「半額縁構成」

「先取り構成」「隠し構成」等)。

なにしろ,筒井康隆氏によると「小説という

ものは,いうまでもなく,何をどのように書い

てもいい自由な文学形式なのだ」(『短篇小説

講義』岩波新書)。筆者も小説をそのようなも

のだととらえる。つまり小説というジャンルは

たえず新しい内容,形式,あるいはそれらの組

み合わせを追究していく。創造的な小説はこれ

までにない観点を生み出していくものである。

だから,読者の側も,それに負けないように観

点を生み出していく必要がある。読者にとって

小説に対する観点を発見していくことは楽しみ

でもあり,創造的といえよう。

「読みの要素」による授業過程の例

さて,この「読みの要素」(「小説読解観点

論」)がどのように中学校の国語の小説読解の

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力。どうか発表させる。〔「読みの要素」新

発見〕

⑩再音読読解の確認の意味で,もう一度

小説作品を音読する。その際,「読みの要

素」の該当部分では立ち止まらせ,その部

分の「読みの要素」を確認させながら進め

る。

⑪評価定期テストに「読みの要素」を出

題する。

この擬人法(比噛)が表している内容は?

(現在の持ち主では,この家を管理していく

のは無理だということ。)

「回想」(構成)のはじめ.「人物・情景描写」・

「象徴」(124ページ)

紺碧の空に,釜琶の丸い月が懸かっている。その下は海辺の砂地で,見渡す限り緑のすい

かが植わっている。その真ん中に十一,二歳

の少年が,銀の首輪をつるし,鉄の莉賛を手にして立っている。そして一匹の「チャー」

(猪)を目がけて,ヤシとばかり突く。する

と「チャー」は,ひらりと身をかわして,彼

のまたをくぐって逃げてしまう。

「情景描写」である

すいか畑と空を描いた,美しい,一幅の

絵になるような表現。

「人物描写」でもある

かわいらしい「銀の首輪の小英雄」ルン

トウ少年がチャーと戦うようす。

「象徴」でもある

「わたし」にとっての「美しい故郷」を

象徴する表現。

この表現の一部は結末にもう一度述べら

れる。(「まどろみかけたわたしの目に,

海辺の広い砂地が浮かんでくる。その上の

紺碧の空には,金色の丸い月がかかってい

る。」140ページ。寂しく故郷を去る時に,

もう一度「美しい故郷」の象徴となる面影

がちらつく。)

「擬人法」(129ページ)

すいかには,こんな危険な経歴があるもの

なのか。(「経歴」はふつう人間のことに用

いる。)

「隠噛」(129ページ)(2箇所)

ルントウの心は神秘の宝庫で,

「読みの要素」による「故郷」(魯迅)のワー

クシートの内容

※教科書のページは平成5年度用光村図書

3年版による

※生徒へのワークシートには「読みの要素」

名と該当ページのみ印刷。「読みの要素」

名の次からの行の一宇下げの部分は解答例。

「故郷」の「読みの要素」

組番氏名

「心情と情景の一致」(122ページ)

もう真冬の候であった。そのうえ故郷へ近づ

くにつれて,空模様は怪しくなり,冷たい風が

ヒューヒュー音をたてて,船の中まで吹き込ん

できた。苔のすきまから外をうかがうと,鉛色

の空の下,わびしい村々が,いささかの活気も

なく,あちこちに横たわっていた。(覚えず寂

蓼の感が胸にこみあげた。)

登場人物「わたし」の帰郷のときの寂しい,

心細い気持ちが情景に反映している。「なぜ

なら,今度の帰郷は決して楽しいものではな

いのだから。」と対応。

「擬人法」(123ページ)

屋根には一面に枯れ草のやれ茎が,折からの

風になびいて,この古い家が持ち主を変えるほ

かなかった理由を説き明かし顔である。

四角な空だけを眺めているのだ。 ̄

「象徴」(129ページ)

彼らはわたしと同様,高い塀に囲まれた中

庭から四角な空を眺めているだけなのだ。

(金持ちの子供たちは敷地の中に閉じこめらこの文の主語は?(やれ茎が)

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「文末表現」「推量の助動詞」(134ページ)

わたしは身震いしたらしかった。

「わたしは身震いした。」という表現と

比べてどうだろう。自分のことなのに,推

量の助動詞「らしい」というのは変。しか

し,そのことが「わたし」のその時の気持

ちをよく表している。つまり,自分のこと

なのに自分でどうだったのかよくわからな

い,というくらい動揺していた。ショック

の強さを表す。

「象徴」(134ページ)

悲しむべき厚い壁

(何を象徴している?)

当時の中国における貧富の差,身分の差。

「人物描写」「境遇」(ルントウの)(137ページ)

子だくさん,凶作,重い税金,兵隊,匪賊

役人,地主,みんな寄ってたかって彼をいじ

めて,でくのぼうみたいな人間にしてしまっ

たのだ。

「皮肉」(139ページ)

繼篦用の底の高い靴で,よくもと思うほど速かったそうだ。(あさましいヤンおばさん

に対する皮肉がこめられている。)

「典型人物」(故郷の人物の三つの生活パター

ンと,その代表となる登場人物を挙げなさい。)

(140ページ)

①彼らが-つ心でいたいがために,わたし

のように,むだの積み重ねで魂をすり減ら

す生活を共にすることは願わない。(わた

しくシュン〉)

②ルントウのように,打しひしがれて心が

鱗する生活(ルントウ)③やけを起こして野放図に走る生活(ヤン

おばさん)

「主題」「語り手の言葉」「希望」(140ページ)

彼らは新しい生活をもたなくてはならない。

わたしたちの経験しなかった新しい生活を。

中国は長い歴史の間ずっと封建社会だっ

た。これからは民主社会(封建の対として

の民主)の生活をしてほしい。

れて自然の中での遊びを知らない。金持ちに

対する皮肉。)

「直嶬」(130ページ)

まるで製図用の脚の細いコンパスそっくり

だった。(ヤンおばさんの姿)

「擬物法」(131ページ)

コンパスのほうでは,それカゴいかにも不服、ン、ソベソベジヘジベンヘジベン、ジベジベゾヘゾ

らしく,(ヤンおばさんに対する皮肉力i感じ

られる)

「常套語」(きまり文句)(131ページ)

まるで,フランス人のくせにナポレオンを

知らず、アメリカ人のくせにワシントンを知

らぬのをあざけるといった調子で, ̄

「人物描写」「容貌描写」(133ページ)

背丈は倍ほどになり,昔のつやのいい丸顔

は,今では黄ばんだ色に変わり,しかも深い

しわがたたまれていた。目も,彼の父親がそ

うであったように,周りが赤くはれている。

わたしは知っている。海辺で耕作する者は,

-曰中潮風に吹かれるせいで,よくこうなる。

頭には古ぼけた毛織りの帽子,身には薄手の

綿入れ一枚,全身ぶるぶる震えている。紙包

みと長いきせるを手に提げている。その毛も,

わたしの記憶にある血色のいい,丸々した手

ではなく,太い,節くれだった,しかもひび

割れた,松の幹のような手である。(「人物

の変化」「容貌の変化」もあらわす。こども

の頃のルントウとの変化。)

「クライマックス」・「ピナクル」(134ページ)

(シュンとルントウの再会の場面)

彼は突っ立ったままだった。喜びと寂しさ

の色が顔に現れた。唇が動いたが,声にはな

らなかった。最後に,うやうやしい態度に変

わって,はっきりこう言った。

「だんな様!………。」

あまりよいことのない故郷だが,-つだ

け美しい思い出が残っていた。その美しい

故郷の象徴であるルントウと自分との間に,

「悲しむべき厚い壁」があることを,ガー

ンと思い知らされる場面。線の部分が

「ピナクル」。

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おい

あとから八歳になる甥のホンノレもとび出し

た。(中略)

③「--,二曰休んだら,親戚回りをしてね,

そのうえでたっとしよう。」と母は言った。

「ええ。」

「それから,ルントウ(閏土)ね。あれが,

いつも家へ来るたびに,おまえのうわさを

しては,しきりに会いたがっていましたよ。

おまえが着くおよその曰取りは知らせてお

いたから,いまに来るかもしれない。」

④この時突然,わたしの○のうりに不思議

な画面が繰り広げられた-藷藝の空に,釜琶の丸い月が懸かっている。その下は海辺の砂地で,見渡す限り緑のすいかが植わっ

ている。その真ん中に十一,二歳の少年が,

銀の首輪をつるし,鉄の莉賛を手にして立っている。そして一匹の「チャー」(猪)を

目がけて,ヤシとばかり突く。すると

「チャー」は,ひらりと身をかわして,彼

のまたをくぐって逃げてしまう。

⑤この少年がルントウである。彼と知り合っ

た時,わたしもまだ十歳そこそこだった。

もう三十年近い昔のことである。そのころ

は,父もまだ生きていたし,家の暮らし向

きも楽で,わたしは坊ちゃんでいられた。

(中略)

⑥ああ,ルントウの心は神秘の宝庫で,わ

たしの遊び仲間とは大違いだ。こんなこと

はわたしの友達は何も知ってはいない。ル

ントウが海辺にいる時,彼らはわたしと同

様,高い塀に囲まれた中庭から四角な空を

眺めているだけなのだ。

⑦惜しくも正月は過ぎて,ルントウは家へ

帰らねばならなかった。別れがつらくて,

わたしは声をあげて泣いた。ルントウも台

所の隅に隠れて,いやがって泣いていたが,

とうとう父親に連れてゆかれた。そのあと,

彼は父親にことづけて,貝殻を一包みと,

美しい鳥の羽を何本か届けてくれた。わた

しも-,二度何か贈り物をしたが,それき

り顔を合わす機会はなかった。

⑧今,母の口から彼の名が出たので,この

「主題」「語り手の言葉」「自己反省・他山の石・

ひとのふり見てわがふり直せ」(140ページ)

たしかルントウが香炉と燭台を所望したと

き,わたしは相変わらずの偶像崇拝だな,い

つになったら忘れるつもりかと,心ひそかに

彼のことを笑ったものだが,今わたしのいう

希望も,やはり手製の偶像にすぎぬのではな

いか。ただ彼の望むものはすぐ手に入り,わ

たしの望むものは手に入りにくいだけだ。

自分が望んでいることは,はたしてほん

とうによいことなのか,反省し,確かめて

いる。偉い人間はこういうところが凡人と

違う。ただ自分の考えを押しつけるのでは

なく,自分もたえず反省している。

「主題」「語り手の言葉」「確信」(141ページ)

もともと地上には道はない。歩く人が多く

なれば,それが道になるのだ。

-度は自己反省をしてみたが,やはり正

しいと信じる。まだ,民主社会の良さを他

の人々は知らないだけなのだ。良い道があ

ると知ればきっとみんなその道を歩むのだ

という確信。

「読みの要素」をとり入れた定期テスト(教師

自作)の例

次の文章は「故郷」(魯迅)から援騨(抜き出すこと)したものです。この文章について,

後の問いに答えなさい。①~⑳までの番号は

この抜粋された中での形式段落の番号です。

①、厳しい寒さの中を,二千里の果てか

ら,別れて二十年にもなる故郷へ,わたし

は帰った。

(中略)

②明くる曰の朝早く,わたしはわが家の表

門に立った。屋根には一面に枯れ草のやれ

茎が,折からの風になびいて,この古い家

が持ち主を変えるほかなかった理由を説き

明かし顔である。。一緒に住んでいた穎競たちは,もう引っ越してしまったあとらし

く,ひっそり⑤閑としている。自宅の庭先

まで来てみると,母はもう迎えに出ていた。

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くはれている。わたしは知っている。海辺

で耕作するものは,-曰中潮風に吹かれる

せいで,よくこうなる。頭には古ぼけた毛

織りの帽子,身には薄手の綿入れ-枚,全

身ぶるぶる震えている。紙包みと長いきせ

るを手に提げている。その手も,わたしの

記憶にある血色のいい,まるまろした手で

はなく,太い,節くれだった,しかもひび

割れた,松の幹のような手である。

⑭わたしは感激で胸がいつぱいになり,し

かしどう口をきいたものやら思案がつかぬ

ままに,ひと言,

「ああ,ルンちゃん――よく来たね。……。」

⑮続いて言いたいことが,あとからあとか

ら,数珠つなぎになって出かかった。チア

オチー,跳ね魚,貝殻,チャー……だがそ

れらは,何かでせき止められたように,頭

の中を駆けめぐるだけで,口からは出なかっ

た。

⑯彼は突っ立ったままだった。喜びと寂し

さの色が顔に現れた。唇が動いたが,声に

はならなかった。最後に,うやうやしい態

度に変わって,はっきりこう言った。

「だんな様!…。」

⑰わたしは身震いしたらしかった。悲しむ

べき厚い壁が,二人の間を隔ててしまった

のを感じた。わたしは口がきけなかった。

(中略)

⑱彼が出ていったあと,母とわたしとは彼

の境遇を思ってため息をついた。子だくさひぞ《

ん,凶作,重い1ケt金,兵隊,匪賊,役人,

地主,みんな寄ってたかって彼をいじめて,

でくのぼうみたいな人間にしてしまったの

だ。母は,持っていかぬ品物はみんなくれ

てやろう,好きなように選ばせよう,とわ

たしに言った。

(中略)

⑲古い家はますます遠くなり,故郷の山や

水もますます遠くなる。だが砦震惜しい気はしない。自分の周りに目に見えぬ高い壁

があって,その中に自分だけ取り残された

ように,気がめいるだけである。すいか畑

子供のころの思い出が,電光のように一挙

によみがえり,わたしはやっと美しい故郷

を見た思いがした。わたしはすぐこう答え

た。

「そりゃいいな。で-今,どんな?…」

「どんなって……やっぱり,楽ではないよ

うだが……。」そう答えて母は,⑥戸外へ

目をやった。

「あの連中,また来ている。道具を買うと

いう口実で,その辺にあるものを勝手に持っ

ていくのさ・ちょっと見てくるからね。」

⑨母は立ち上がって出ていった。外では,

数人の女の声がしていた。わたしはホンル

をこちらへ呼んで,話し相手になってやっ

た。字は書ける?よそへ行くの,うれし

い?などなど。

「汽車に乗ってゆくの?」

「汽車に乗ってゆくんだよ。」

「お船は?」

「初めに,お船に乗って……。」

「まあまあ,こんなになって,ひげをこん

なに生やして。」不意にかん高い声が響い

ていた。

⑩びっくりして頭を上げてみると,わたし

の前には,頬骨の出た,唇の薄い,五十が

らみの女が立っていた。両手を腰にあてが

い,スカートをはかないズボン姿で足を開

いて立ったところは,まるで製図用の脚の

細いコンパスそっくりだった。

⑪わたしはドキンとした。

(中略)

⑫ある寒い冬の午後,わたしは食後の茶で

くつろいでいた。表に人の⑥気配がしたの

で,振り向いてみた。思わずアシと声が出

かかった。急いで立ち上がって迎えた。

⑬来た客はルントウである。一目でルント

ウとわかったものの,そのルントウは,わ

たしの記憶にあるルントウとは似もつかな

かった。背丈は倍ほどになり,昔のつやの

いい丸顔は,今では黄ばんだ色に変わり,

しかも深いしわがたたまれていた。目も,

彼の父親がそうであったように,周りが赤

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の銀の首輪の小英雄の面影は,もとは

①鮮明このうえなかったのが,今では急に

ぼんやりしてしまった。これもたまらなく

悲しい。

⑳母とホンルとは寝入った。

⑪わたしも横になって,船の底に水のぶつ

かる音を聞きながら,今,自分は,自分の

道を歩いているとわかった。思えばわたし

とルントウとの距離は全く遠くなったが,

若い世代は今でも心が通い合い,現にホン

ルはシュイションのことを⑧したっている。

せめて彼らだけは,わたしと違って,互い

に隔絶することのないように……とはいっ

ても,彼らが-つ心でいたいがために,わ

たしのように,無駄の積み重ねで⑪たまし

いをすり減らす生活をともにすることは願

わない。またルントウのように,打ちひし

がれて心が愚鋒する生活をともにすることも願わない。また他の人のように,やけを

起こして鍬菌に走る生活をともにすることも願わない。希望をいえば,彼らは新し

い生活をもたなくてはならない。わたした

ちの経験しなかった新しい生活を。

⑳希望という考えが浮かんだので,わたし

はどきっとした。たしかルントウが香炉と

燭台を①所望した時,わたしは相変わらず

の①偶像崇拝だな,いつになったら忘れる

問い

1「屋根には一面に枯れ草のやれ茎が,折か

らの風になびいて,この古い家が持ち主を変

えるほかなかった理由を説き明かし顔である。」

(1)この文の述語「説き明かし顔である」に対

する主語(「主部」ではなく,「主語」で答

えてください)は何ですか。(2)この文に用い

られている表現技法(「読みの要素」)を答

えなさい。

2(1)「回想」が始まる段落の番号と,(2)「回

想」の終わりの段落の番号を答えなさい。

3(1)「人物描写」であり,美しい「情景描写」

でもあり,しかも,その場面があることを意

味する「象徴」にもなっていることが書かれ

ている段落の番号を答えなさい。(2)そして,

その場面は「わたし」にとっての何を象徴す

ると考えられるかを答えなさい。

4「隠噛」が用いられている部分を一カ所だ

け抜き出しなさい。

5(1)第⑥段落の「彼ら」の中に,ルントウは、’、/、/L

入っているかいないかを答えなさい。(2)第⑥

段落から「象徴表現」を抜き出し,(3)それは,

どういうことを「象徴」しているか,説明し

なさい。

6第⑨段落でヤン(楊)おばさんが登場しま

す。(1)このヤンおばさんの登場の仕方の表現

の工夫について説明し,(2)それに「読みの要

素」の名前をつけてください。

7(1)第⑭段落から第⑯段落あたりまでは,構

成のうえから何にあたる部分ですか。(2)その

中から「ピクナル」にあたる部分を一文で答

えなさい。

8文末表現に「推量の助動詞」を用いて表現

効果を高めている文があります。(1)その文を

抜き出し,(2)どのように効果を高めているか

を説明しなさい。

9大人になったルントウの「境遇」について

描写している部分を一文で抜き出しなさい。

10第⑪段落で,「わたし」は,どんな生活を

願っていますか。(1)本文中の言葉で抜き出し

なさい。(2)そのことを,より具体的にいうと,

どんな生活でしょうか。

つもりかと,心ひそかに彼のことを笑った

ものだが,今わたしのいう希望もやはり手

製の偶像にすぎぬのではないか。ただ彼の

望むものはすぐ手に入り,わたしの望むも

のは手に入りにくいだけだ。

⑳まどろみかけたわたしの目に,海辺の広

い緑の砂地が浮かんでくる。その上の紺碧

の空には,金色の丸い月が懸かっている。

思うに希望とは,もともとあるものとも言

えぬし,ないものとも言えない。それは地

上の道のようなものである。もともと地上

には道はない。歩く人が多くなれば,それ

が道になるのだ。

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11第⑳段落から,「わたし」の考え方のどん

な面がみられますか。

12を引いた③~①の漢字はかなに,か

なは漢字に直して書きなさい。

13次の語句で意味をわかりやすく説明しなさ

い・

(1)でくのぼう

(2)偶像崇拝

○「話し声出現」(宮里曰出丈)

○いきなりセリフで入ってくる。「いきなり

セリフで入る構成」(與那嶺高道)〔説明の

ことばをそのままネーミング〕

○いきなり話し言葉から入ってくる。「口先

表現」(長嶺香苗)〔ネーミングのおもしろ

さ〕

○「いきなりセリフ登場」(具志堅美樹)

○説明もなしに,会話が真っ先にきている。

「真っ先会話表現」(安里志乃)

○「セリフスタート登場表現」(保坂南海恵)

〔「セルフスタート」とかけたネーミング〕

○「口出し登場」(上原秀美)

「読みの要素」に関する定期テストの解答例

問い6は授業では扱わなかったが,「読みの

要素」の生徒への定着度をみるために出題した

ものである。

正解は,

ある人物が名前や特徴を紹介されることなく

いきなりせりふで登場するから「せりふによる

人物登場」

のつもりだった。

しかし,生徒の解答を見て驚いた。よく内容

や表現をとらえ,いろんな観点で,しかも「読

みの要素」のネーミングを自由に楽しんでいる

例が多い。これこそ,創造的な国語の力につな

がるものだと思う。

ユニークな解答例を次に示したい。観点の多

様さと,ネーミングの楽しさを味わっていただ

きたい。〔〕は糸数のコメント。

議繊蕊蕊鑿i鑿蕊鑿霧|蕊蕊霧議蕊議議鍵霧霧議蕊艤観j篭嚢護灘麓擬;!

○「わたし」とホンルが話しているときにい

きなりわりこんで話しかけてきた。「わりこ

み表現」(神谷盛大)

○会話の途中で入ってきて,いきなり話を変

え,ヤンおばさんを引き立てている。「割り

込み登場」(山里杉明)

○「突然,おじゃま虫構成」(宮城健)

○いきなり表れてきていること。「飛び入り

表現」(高原吉史)

○呼んでもないのに,皮肉のような感じでい

きなり話しながら登場する。「およびでない

表現」(島袋希幸)

○「まあまあ,こんなになって,ひげをこん

なに生やして。」「あの…すいません。どなた?

表現」(石川あゆみ)〔ふだん着会話ネーミン

グ〕

○せっかく「わたし」がホンルと話している

ときにわって入ってきたから。「邪魔物構成」

(天久正美)

○ホンルとのなごやかな会話にとつぜん割っ

て入ってくることで,ヤンおばさんの意地の

悪さを表す。「静かな曲を真剣に聞いている

ときにいきなり邪魔をする登場」(伊佐和

朋)〔長いネーミング〕

○「とんじ-まん」(仲村和人)〔沖縄方言

俗語で「しやしやりでる人」「目立ちたがり

灘ilii蕊議ii蕊;i護議墓議議蕊||蕊!j鑿議霧饗|蕊Iii鑿霧灘’○いきなり甲高い声を出して「わたし」をびっ

くりさせている。「いきなり声でビックリ表

現」(小濱錦司)

○人物の姿からでなく声から登場している。

「声登場表現」(新里希望)

○きてからすぐ会話ではじまっている。「い

きなり会話表現」(岡松祐)

○「台詞から登場構成」(末吉清彦)

○いきなり人物が話してきていて,この人は

だれかと思い出して,あとからちゃんとわか

る。「発言的登場表現」(城間義勝)

○「いきなり話し言葉登場」(儀間朝寛)

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や」などの意。〕 悪口を言っていそうな声での登場。「めざま

し登場」(新垣愛里沙)

登場L<Zj唐突さに観点鶏澄蝉'だ例;i

○ホンルの話し相手をしているときに,いき

なり登場してくる。「唐突登場」(宮平直木)

○いきなり話しかけて登場してくる。「突然

登場」(砂川龍馬・仲宗根充・渡口純)

○「突然構成」(新垣智恵美)

○いきなり登場してきたくせにあいさつもせ

ずににぎやかに話を独占する。「クラッカー

表現」(パーティーに使う。ひもを引くとパ

ンとなりみんな驚く。)(國仲理紗子)

○いきなり急に登場してきている。「いきな

り登場表現」(宮城仁子・富名腰若奈・仲

間暁美・長嶺守洋・伊波牧子)

○紹介もなしにいきなり声から登場している。

「いきなりとびでてジャジャジャーン!」(仲

座大輔・儀間真理子)〔擬音語入りネーミ

ング〕

○いきなりセリフを言いながら登場するので,

インパクトがあり,ヤンおばさんの性格が少

しわかる。「いきなりセリフ・インパクト強

登場」(山城咲乃)〔複合型ネーミング〕

読者が受ける感じ瞳観点をおいた例「

○いきなり会話の形で登場するので読者も実

際に呼びかけられたような感じがし,その人

が誰か考えたくなるような表現である。「読

者も主人公表現」(小橋川天馬)

○いきなり出てきて印象を強める。「アピー

ル構成」(外間秀人)

○「おどかし構成」(宮城匡寿)

○「不意打ち表現」(宮城昭仁)

○「不意討ち会話文法」(本若睦子)

○「不意討ち」(上間真紀)

○今までの和気あいあいとした雰囲気に甲高

い声で横やりを入れるような登場の仕方でヤ

ンおばさんの存在を印象づけている。「会話

による存在の強調」(新垣英理)

おわりに

「小説読解観点論」の全体体系化の試みは

「小説の『読みの要素」について」(注1)で

おこなった。

「小説読解観点論」の「作品論」の部分の

体系化の試みは「小説読解体系論」(注2)

でおこなった。

「小説読解観点論」の項目の解説と具体例

の収集は『「読みの要素」辞典』(注3)で

おこなった。

龍|{1溌澄臓誉海li翰篭?薄i溌憲鰯篝漉漉勵践篭例})!

○女の人なのに女らしくない登場のしかた。

「おかま飛び出し」(大城孝江)

○オパサン特有の甲高い声と「まあまあ」な

どという言葉を使う世話やき風な口調から,

読む人の頭の中にその姿をオバサンだと想像

させてしまう。「出てきてビックリ1オバサ

ン表現」(豊里美生)

○いかにもなつかしいような顔をしているが,

下心の方が多い。「なれなれ言葉」(徳元優)

○「オバタリアンふう,会話での登場」

(砂辺千寿子)

参考資料

(注1)研究発表「小説の『読みの要素』に

ついて」(糸数剛・兵庫教育大学国語教育研

究会・1990年8月25曰)

(注2)拙稿「小説読解体系論」(「国語教

育孜第7号」・「国語教育孜」の会・1991年8

月15曰)

(注3)琉球大学教育学部附属中学校国語科

『読みの要素」辞典』(1990年11月)

|諺鰯鰯鱒鴬鐘i蕊灘蕊蝋灘蝋醗○ヤンおばさんが言葉で登場すると読者に強

い印象を与える。「よくしゃべる嵐」

(金城留依子)〔ネーミングの妙)

○いかにもうるさそうなきんきん声で,人の