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330 Copyright © 2019JAPT 石油技術協会誌 第 84 巻 第 5 (令和元年 9 月)330 337 Journal of the Japanese Association for Petroleum Technology Vol. 84, No. 5Sept., 2019pp. 330337 講   演 Lecture 1. 坑井健全性概要 坑井健全性とは,ノルウェーの基準である「NORSOK Standards D-010」において「application of technical, operational and organizational solutions to reduce risk of uncontrolled release of formation fluids throughout the life cycle of a well “坑 井のライフサイクルに,地層流体が制御不能な状態で流出 するリスクを削減することを目的とした,技術的,操業的, 組織的な解決法を適用すること”」と定義されている。 ライフサイクル ライフサイクルとは,「坑井設計と作井」から「生産 操業と評価」,「改修」,「仮廃坑と廃坑」まですべての 段階のことを指す。 地層流体の制御不能な状態 地層流体の制御不能な状態になりうる坑井の健全性が 保たれていない状態とは,Well Head やセーフティバ ルブの不全によるリーク,Sustained Casing Pressure などと呼ばれる外圧の上昇,セメントの不良・劣化に よる地層流体の侵入,スケールによるチュービングの 閉塞,チュービングやケーシングの摩耗・腐食,さま ざまな原因による坑口の沈下や上昇などが挙げられる。 ライフサイクルということで,設計段階から掘削,仕上 げ,生産,廃坑に至るまでの環境の変化に対して健全性を 保つことであり,その対策としては,技術的なもののみな らず,操業上の人員の訓練や,組織的な管理方法,掘削部 門と生産部門との坑井に関わる情報のやり取りの仕方な ど,広義にはかなり広い範囲を対象としている。坑井健全 性の管理を行うことで,地層流体が制御不能な状態で流出 するリスクの発生を削減又は失くし健全性を維持すること が可能になる。年数を経た坑井も監視・管理することによ り健全性を維持でき,また坑井の計画・デザインの段階か ら長期間経済的に健全性を維持できる坑井仕様を検討する ことができる。 1.1 坑井健全性管理システム(WIMSWell Integrity Management System坑井健全性を管理するためには坑井を管理評価するシス テムである,坑井健全性管理システム(WIMS Well Integrity Management System) が 必 要 で あ る。 NORSOK Standard 坑井健全性管理システム(Well Integrity Management SystemWIMSに対する JOGMEC の取り組み 南原  雄 ** ・北村 龍太 ** ・稲田 徳弘 ** Received July 30, 2019accepted August 20, 2019JOGMECs approach to Well Integrity Management SystemWIMSTakeshi Nambara, Ryuta Kitamura and Norihito Inada AbstractIn recent years, the needs for WIMS Well Integrity Management Systemhave been recognized worldwide. In response to the demand from Japanese E&P companies, JOGMEC conducted a trend survey of well integrity in 2012. We recognized the importance of WIMS, through our experience on the abandonment of an experimental well in Kashiwazaki test field TFduring 2016 2017. In 2018, we prepared a WIMM Well Integrity Management Manualfor the remaining experimental wells in Kashiwazaki TF, and in parallel, the trial of WIMS software was conducted using actual field data with the cooperation of a Japanese E&P company. Introduce the general outline of WIMS and JOGMECs approach on WIMS. Keywordswell integrity, WIMS, WIMS software 令和元年 6 12 日,令和元年度石油技術協会春季講演会作井部門シン ポジウム「坑井健全性の確保に対する取り組み」で講演 This paper was presented at the 2019 JAPT Drilling Symposium entitled Approaches to establish the Well Integrityheld in Tokyo, Japan, June 12, 2019. ** 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構 Japan Oil, Gas and Metals National CorporationJOGMEC

坑井健全性管理システム(Well Integrity Management System ...2019/06/12  · 坑井健全性とは,ノルウェーの基準である「 NORSOK Standards D-010」において「application

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    Copyright © 2019, JAPT

    石油技術協会誌 第 84巻 第 5号 (令和元年 9月)330~ 337頁Journal of the Japanese Association for Petroleum Technology

    Vol. 84, No. 5(Sept., 2019)pp. 330~337

    講   演Lecture

    1. 坑井健全性概要

    坑井健全性とは,ノルウェーの基準である「NORSOK Standards D-010」において「application of technical, operational and organizational solutions to reduce risk of uncontrolled release of formation fluids throughout the life cycle of a well “坑井のライフサイクルに,地層流体が制御不能な状態で流出

    するリスクを削減することを目的とした,技術的,操業的,

    組織的な解決法を適用すること”」と定義されている。

    ・ ライフサイクル ライフサイクルとは,「坑井設計と作井」から「生産操業と評価」,「改修」,「仮廃坑と廃坑」まですべての

    段階のことを指す。

    ・ 地層流体の制御不能な状態 地層流体の制御不能な状態になりうる坑井の健全性が保たれていない状態とは,Well Headやセーフティバ

    ルブの不全によるリーク,Sustained Casing Pressureなどと呼ばれる外圧の上昇,セメントの不良・劣化に

    よる地層流体の侵入,スケールによるチュービングの

    閉塞,チュービングやケーシングの摩耗・腐食,さま

    ざまな原因による坑口の沈下や上昇などが挙げられる。

    ライフサイクルということで,設計段階から掘削,仕上

    げ,生産,廃坑に至るまでの環境の変化に対して健全性を

    保つことであり,その対策としては,技術的なもののみな

    らず,操業上の人員の訓練や,組織的な管理方法,掘削部

    門と生産部門との坑井に関わる情報のやり取りの仕方な

    ど,広義にはかなり広い範囲を対象としている。坑井健全

    性の管理を行うことで,地層流体が制御不能な状態で流出

    するリスクの発生を削減又は失くし健全性を維持すること

    が可能になる。年数を経た坑井も監視・管理することによ

    り健全性を維持でき,また坑井の計画・デザインの段階か

    ら長期間経済的に健全性を維持できる坑井仕様を検討する

    ことができる。

    1.1 坑井健全性管理システム(WIMS:Well Integrity Management System)

    坑井健全性を管理するためには坑井を管理評価するシス

    テムである,坑井健全性管理システム(WIMS :Well Integrity Management System)が必要である。「NORSOK Standard

    坑井健全性管理システム(Well Integrity Management System:WIMS) に対する JOGMECの取り組み*

    南原  雄**・北村 龍太

    **・稲田 徳弘

    **

    (Received July 30, 2019;accepted August 20, 2019)

    JOGMEC’s approach to Well Integrity Management System(WIMS)

    Takeshi Nambara, Ryuta Kitamura and Norihito Inada

    Abstract: In recent years, the needs for WIMS (Well Integrity Management System) have been recognized worldwide. In response to the demand from Japanese E&P companies, JOGMEC conducted a trend survey of well integrity in 2012. We recognized the importance of WIMS, through our experience on the abandonment of an experimental well in Kashiwazaki test �eld (TF) during 2016 – 2017. In 2018, we prepared a WIMM (Well Integrity Management Manual) for the remaining experimental wells in Kashiwazaki TF, and in parallel, the trial of WIMS software was conducted using actual �eld data with the cooperation of a Japanese E&P company. Introduce the general outline of WIMS and JOGMEC’s approach on WIMS.

    Keywords: well integrity, WIMS, WIMS software

    * 令和元年 6月 12日,令和元年度石油技術協会春季講演会作井部門シンポジウム「坑井健全性の確保に対する取り組み」で講演 This paper was presented at the 2019 JAPT Drilling Symposium entitled “Approaches to establish the Well Integrity” held in Tokyo, Japan, June 12, 2019.

    ** 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構 Japan Oil, Gas and Metals National Corporation(JOGMEC)

  • 南原  雄・北村 龍太・稲田 徳弘 331

    J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 84, No. 5(2019)

    D-010」や「117-NORWEGIAN OIL AND GAS RECOMMENDED GUIDELINES FOR WELL INTEGRITY」では,WIMSの最低基準は以下の 5つの要素が挙げられている。

    1. Organizationa)roles and responsibilities; b) competency requirements; c)strategy and objectives; d)emergency preparedness.

    2. Designa)use of standards; b) establishing well barrier; c)equipment requirements; d) safety systems; e)qualification.

    3. Operational procedures

    a)operating limits and constraints; b) monitoring; c)transfer of information.

    4. Data systema)collection; b) storage; c) monitoring.

    5. Analysisa)trend monitoring; b) assessment of performance; c)risk status; d) continuous improvement.

    1.2 WIMSの重要性世界的に生産操業フィールドにおける坑井健全性管

    理の重要性が高まっている。古くは 1991年,アメリカMMS(Minerals Management Service:現 BOEMRE(Bureau of

    図 1 坑井のライフサイクルの各段階

    図 2 地層流体の流出リスクのイメージ図

  • 坑井健全性管理システム(Well Integrity Management System:WIMS)に対する JOGMECの取り組み332

    石油技術協会誌 84巻 5号(2019)

    Ocean Energy Management, Regulation and Enforcement))の調査によって,メキシコ湾の開発井の外圧に異常上昇が

    多数見いだされたことを契機に,坑井健全性管理に関心が

    集まり,アラブ首長国連邦のアブダビにおいては,国営石

    油である ADNOCが坑井健全性に関するガイドラインを統一することを目的として,タスクフォースを組成し,アブ

    ダビで操業中の各社に対して,WIMS:(人員体制,マニュアル,ソフトウェアなど)を整えて全坑井の状態を把握さ

    せるとともに,ADNOCに対する月例の作業状況報告を指示している例もある。

    2. 2011年度技術動向調査「Trend Survey of Well Integrity(坑井健全性に関わる技術動向調査)」(委託先 Intetec)

    2010年度,掘削技術に関わるどのような課題があるかについて,本邦石油開発会社数社に対してヒアリングを

    行ったところ,例えば掘削 /仕上げ /廃坑におけるアニュラスの Sustained Casing Pressureの管理手法が知りたい,というような坑井の健全性に関わる課題がいくつか確認で

    きた。この結果を受けて,坑井健全性についての理解を深

    め,各社において坑井健全性のルール作りをする際の参考

    となる坑井健全性ガイドラインを作成することを目標に,

    坑井健全性スタディとして取り組みを始めた。

    最初に行ったのが,2011年度の技術動向調査である。この調査においては,以下の内容をまとめる仕様とした。

    ・ 定義の整理 当時の E&P業界では,坑井健全性について定まった定義はまだなく,石油開発会社各社によって,その考

    え方はまちまちであった。文献調査・インタビューに

    より,各社の定義を調査し,最も妥当な定義を考えた。

    ・ 課題の抽出と解決手法 一般的な,坑井健全性に関わる課題をリストアップし,その解決手法を提案した。解決に当たっては,①健全

    性に問題のある坑井を修復する手法と,②次の坑井設

    計をする際にフィードバックする手法に分けた。

    ・ 最新技術動向 解決手法の最新技術開発動向を調査し,整理した。・ 法規と基準 世界各地の代表的な国における法規と,API(American

    Petroleum Institute)や ISO(International Organization for Standardization)といった基準を整理した。

    ・ サービス会社 坑井健全性に関わるサービスを提供している会社をリストアップし,インタビューなどに基づいてその能力

    を評価した。

    本調査の実施においては,Intetech Wells Ltd.社(現在はWood Group.の一部門)を選定し,2011年 1月 6日から 8月 31日にかけて行っている。概要を以下に示す。

    2.1 定義について17社からその坑井健全性の定義・とらえ方についてイ

    ンタビュー調査を行い,整理した。その上で,NORSOK Standard D-010を基に,最も妥当だと考えられる定義を検討・提案した。

    つまり,「坑井のライフサイクルにわたり,地層流体の

    制御不能な流出リスクを削減することを目的とした,技術

    的,操業的,組織的な解決法を適用すること(application of technical, operational and organizational solutions to reduce risk of uncontrolled release of formation fluids throughout the life cycle of a well)」とした。

    2.2 課題の抽出と解決手法坑井健全性の課題をリストアップし,その解決手法を解

    説した。

    技術的な課題としては以下が挙げられる。

    ・ SSSV(Subsurface Safety Valve) and control line failures・ Corrosion of tubing (both producers and water injector

    wells)・ Erosion of tubing or surface equipment arising from sand

    production・ Scaling of tubing or surface equipment・ Failures of Xmas tree valves or seals・ Failures of Wellhead tree valves or seals・ Movement of wellhead (beyond thermal expansion

    limits)・ External corrosion of conductors or surface casing・ External corrosion of wellheads or Xmas trees, particularly

    of bolts・ Excessive marine growth on sub-sea equipment・ Microbiological infestation and related corrosion of

    producing systems・ Corrosion of tubing from the annulus side related to

    incorrect completion or suspension fluids.・ Hydrate blockage of tubing or surface equipment上記の他にも,「情報が整理されておらず,必要なデー

    タにすぐにアクセスできない」といったデータマネジメン

    トの課題や,「どの程度のリスクで対策を施すべきかとい

    うポリシーや評価基準が定まっていない」,「経験の社内共

    有が不十分」,「担当者の能力の差がある」などの組織上・

    操業上の課題も挙げられている。

    また,SSSVの試験・検査頻度についても,石油開発会社によってまちまちである。6か月ごとに行う会社もあれば,1年ごとにしている会社もあり,当時は 1社だけであったがリスクベースのMean Time To Failure(MTTF)分析によって検査頻度を定めている会社もあった。海底坑口装

    置の坑井の SSSVの検査は,2年ごとが主流であった。漏洩試験・検査の頻度も,各社で違いがあり,坑井圧力次第

    であるが,ネガティブテストを志向する会社が多いもの

    の,それができない場合にはポジティブテストで良しとす るケースが多く確認された。ただしそこには議論が残って

    いる。

    2.3 最新技術動向圧力漏洩個所の検知手法,セメント以外のプラグ材料,

  • 南原  雄・北村 龍太・稲田 徳弘 333

    J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 84, No. 5(2019)

    補修セメンチング,ケーシングパッチ,セメント評価ツー

    ルなどの最新動向を調査した。

    坑井健全性の問題の多くは,流体の漏洩を検知すること

    で判明する。少量の漏洩は,スピンナーや温度検層,ダ ウンホールカメラ,ノイズログなどの精度では検知できな

    いこともしばしばあり,チュービングの裏側の漏洩検知が

    難しいことはなおさらである。超音波による漏洩検知ツー

    ルは,以下を検知できるといわれている。

    ・Detect and locate oil, gas, water or multiphase leaks・ Detect leaks independent of flow direction・ Find leaks between tubing and annulus・ Detect casing leaks, even while logging from inside the

    tubing・ Identify leaking gas lift mandrels and other downhole

    equipment・ Identify wellhead leaks.補修セメンチングでは,スクイズセメンチングでもマイ

    クロアニュラスの充填が難しいとされている。そのような

    状況で効果を発揮すると考えられるのが LCS(lightweight cementing solutions)であり,以下の種類がある。・ Group I:Water extended systems・ Gel・ Sodium silicate・ Fumed silica・ Group II:Hollow microsphere systems・ Pozzolan (Micro Fly Ash Cement)・ Borosilicate (Hollow glass spheres)・Group III:Foamed cement systems・ Nitrogen・ In-situ gas generators・ Compressed airケーシングパッチの最新技術としては,エキスパンダブ

    ルチューブラー技術がいくつかのサービス会社から提供

    されている。セメント評価ツールとしては,Schlumberger社の Isolation Scannerは,以下の機能があるとされている。・ Differentiating high-performance lightweight cements

    from liquids・Map annulus material as solid, liquid, or gas・ Confirm hydraulic isolation・ Identify channels and defects in annular isolating material・ Determine casing’ s internal diameter and thickness他にも,坑井健全性管理ソフトウェアとしては,以下の

    サービスがリリースされていた。

    ・ Intetech Well Integrity Toolkit (iWIT)・ Exprosoft WIMS・ Expro Safewells・ BabelFish2.4 法規と基準世界 18の国・地域から法規を抜粋し,その概要をまとめている。また,API,NORSOKに加え現在作成中の ISOの基準について調査している。

    動向調査を実施した時点では,坑井健全性に関する以下

    の 2つのスタンダードがあった。・ NORSOK Standard D-010,Well integrity in drilling and

    well operations. (2004)・ API RP 90 “Annular Casing Pressure Management For

    Offshore Wells”調査当時はまだ準備段階であったが,ISOも 2010年から委員会を設け,操業時の坑井健全性について,ISO/PDTS 16530という文書を作成していた。他方,15か国のレギュレータがどのような基準を用いているかを 2009~ 2010年に OGPが調査をしていた。対象国は,オーストラリア,ブラジル,カナダ,中国,デンマー

    ク,EU,インド,イタリア,オランダ,ニュージーランド,ノルウェー,ロシア,タイ,イギリス,アメリカであり,

    いずれも国も基準を持っていた。国内基準や国際基準とい

    うより,業界の基準を参照しているケースが多いが,各国

    で差が見られた。MMS(現 BOEMRE)と PSA(Petroleum Safety Authority Norway)を除く多くの基準が更新日を明記していないものであった。

    当時,坑井健全性に関わるレギュレーションは以下の 4つに大別できた。

    ・ No well integrity regulation・ Reference international standards, principally the

    NORSOK Standard D-010.・ Specific prescriptive requirements・ Interpret well integrity as part of the established “safety

    case” approach.石油会社が持つ社内基準に則って,坑井健全性に関わる

    課題に対処されていたため,例えば,中東やアフリカの一

    部では,レギュレーションは必要なかった。どの石油会社

    も,許容できるアニュラス圧を定めていたので,レギュレー

    ションに規定はなく,「good engineering practice」に基づく操業が求められていた。中国では,「生産・商業部門は,

    法律 /条令,その他の国内法,国内基準,業界の仕様に基づいて安全操業のための条件を定めること」と定められて

    おり,つまりは,坑井健全性に関わる具体的な,西洋のオ

    ペレータと同じレベルの基準は明示されていなかった。

    いくつかのレギュレーションには,特殊な条件もあっ

    た。例えばカザフスタンでは,「ICP MP(The Intercasing Pressure Management Programme)」というルールがあり,以下の実施が定められていた。

    ・ Monitoring of Wells with ICP・ Definition of Possible ICP Causes・ Calculation of Maximum Allowable Pressures (MAP)・ Classification of Wells with ICP on groups and categories.・ Analysis and Remedial Actions・ Remedial Actions in ICP Wells

    – Control Bleed-Off– ICP survey– Well Service Operations/Killing Operations– Work over Operations (WO)

  • 坑井健全性管理システム(Well Integrity Management System:WIMS)に対する JOGMECの取り組み334

    石油技術協会誌 84巻 5号(2019)

    – Safety Barrier Policy and Well Integrity Management Practices

    – Well Suspension and Abandonment– Research Programme– Independent Assessment– ICP Management of Wells located in Close Proximity

    to Injection Wells– Database– Reporting詳しくは,同調査報告書を参照されたい。

    機構ホームページ(http://www.jogmec.go.jp/pfdsearch/index_ja.php)から,請求可能である。

    3. 柏崎坑井健全性管理マニュアルの策定(2018年度)

    柏崎テストフィールド(以下,柏崎 TF)には現在 2坑の実験井(2号井および 4号井)が存在し,2坑は現在のところ特段の問題は観察されていないが,いずれも掘削後

    20年以上が経過している。今後も安全に坑井を利用していくために坑井の健全性を管理する体制の整備・導入が重

    要であると考え,2018年に坑井健全性管理システムに知見のある専門会社を企画競争公募により選定,委託し,一

    般的な坑井健全性管理マニュアルを作成した。現在,この

    マニュアルを基に,柏崎 TF用の実験坑井を対象とした坑井健全性管理システムを構築中である。

    以下,作成した一般的な坑井健全性管理マニュアルの概

    要を示す。

    3.1 総 括マニュアルの位置づけと目標,組織のポリシー,文書

    の構成と改訂について定めている。一般的に坑井を管理

    するポリシーは,坑井のライフサイクルを通して,坑井

    の健全性を損なうことによる資産や人員,環境を損なう

    リスクを,現実的な限り(ALARP:As Low As Reasonably Practicable)において適切に維持することにある。このため,以下に責任を持つべきである。

    ・ 石油天然ガス開発業界における国際基準やベストプラクティスの必要条件を満たすこと

    ・ 坑井のライフサイクルにおけるどの時点においても,坑井を管理する責任者や管理体制を明確にすること

    ・ 坑井の健全性に関わる予算を確保すること・ 保有する坑井に対し,検査・維持するため,リスク評価に基づいた対応を行うこと

    ・ 坑井作業においては,常に安全作業ができるしきい値を超えない範囲で行うこと

    ・ 坑口装置やクリスマスツリー,他適用すべき坑井装置に対し,適時・適切な検査や維持作業を行うこと

    ・ 坑井を構成する機器の修理,交換あるいは管理を行うこと

    ・ 機構の坑井健全性に関わるポリシーの行使に必要な適切な資産維持と継続的な向上を確実にするため,知見

    の共有と継承,効果的な訓練を通して,人員の能力を

    維持すること

    ・ 作業許可制度(PTW: Permit to Work),変更管理制度(MOC: Management of Change)を保持し,坑井健全性管理システムに対する不適合を伴う坑井作業の不具

    合の記録を維持すること

    ・ システムの向上機会を確実にするため,坑井健全性管理システムが効果的に施行されておりルールが順守さ

    れていることを,定期的に確認すること

    3.2 坑井健全性管理方法坑井健全性の管理においては,以下が重要である。

    ・ 異常や問題がある坑井を特定するための監視手順があること

    ・ 定められたスケジュールをもって,維持管理計画(PMR: Preventive Planned Maintenance Routines) が実施されること

    ・ 作業実施部隊への引継ぎが,引き継ぎ文書の健全な確認と完成を通して行われること

    ・ 健全性に関わる坑井に対する検査(診断的な試験)と対策が,許可された期間の間に実施されること

    ・ 全ての坑井健全性に関わるデータが包括的な記録として適切な場所に記録され,健全性の状態がリアルタイ

    ムに評価されていること

    ・ 坑井のライフサイクルにおけるすべての段階で健全性損失の恐れや機器の信頼性,坑井の性能に対する教訓

    は,機構の文書や手順書の向上と改訂のため,組織を

    通してフィードバックされること

    坑井健全性管理において,問題への対処はリスクマネジ

    メントのアプローチに基づいて行われる。最初に,坑井健

    全性に関わるハザードを特定し,その結果と発生頻度を分

    析,ALARPな範囲での対処方法を定めておく。このリスク削減の対処方法は,文書化されていなければならない。

    具体的には,WFAM(Well Failure Action Matrix)を定め,特定の状況に至った場合の対処方法を含む,リスク ランクにおける健全性評価の基準が必要である。坑井の

    日々の監視データや定期的な SCEやバリアの検査に基づ図 3 柏崎 TFの実験井(左:2号井, 右:4号井)

  • 南原  雄・北村 龍太・稲田 徳弘 335

    J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 84, No. 5(2019)

    いて,WFAMを行い,常に健全性の評価・確認ができている状態にしておくことが重要である。

    その際,同時並行作業(SIMOPS)などの危険性の高い作業を実施する必要がある状況などもあり,特別措置

    が必要なこともあり得る。この特別措置を取る際に,マ

    ネジメントの了承を得るための,MOC(Management of Change)の手続きも定めておく必要がある。また,予期せぬ結果として緊急時に陥ることもあり得るため,あらか

    じめ緊急時対応計画を策定しておくべきである。

    当然,この管理のための組織と役割,責任もクリアに定

    めておく必要がある。坑井健全性管理の組織は,操業部門

    とは切り離して独立した存在であるべきであり,担当者 はしかるべき資格を持った,訓練された人員であるべきで

    ある。

    これらの文書や情報は,常に更新され,関係者がいつで

    も参照できる状態で共有されなければならない。また,管

    理上の経験も文書化され,関係者間で共有されるべきで ある。

    3.3 文書管理前述のとおり,坑井健全性管理に関わる情報は,文書化

    され,関係者がいつでも参照できる状態で共有されていな

    ければならない。坑井の管理が異なる部署間で引き継がれ

    る場合には,引き継ぎ文書も対象とある。

    これらの文書管理の方法も管理システムとして明記さ れる。

    3.4 健全性管理状況の把握坑井健全性管理システムは,その有効性を示すために,

    管理状況を評価・報告されるべきである。そのためには,

    以下の事項を含む KPI(Key Performance Indicators)が定められ,定期的に見直される。

    ・ 坑井のコンプライアンスの健全性や坑井健全性の課題を持つ坑井の割合(%)

    ・ MAWOP(Maximum Allowable Wellhead Operating Pressureg)を超える A/B/C外圧など,外圧管理手順から外れる坑井の割合(%)

    ・ クリスマスツリーのバルブに不具合がある坑井の割合(%)

    ・ SCSSV(Surface Controlled Subsurface Safety Valve)に不具合がある坑井の割合(%)

    ・ 坑井健全性に関わるMOCの下で操業されている坑井の数

    ・ 定期的な PMR(Preventive Planned Maintenance Routines)試験に遅れている坑井の数

    ・ 改 修 作 業(Corrective Maintenance) と 防 止 作 業(Preventive Maintenance)の数・ 計画された腐食調査など,坑井調査計画からの逸脱 の数

    また,坑井健全性管理システムの主要事項が,システム

    の全体的な有効性を決めるために定期的に評価されている

    ことを確実にするため,内部監査を実施する。改善点の実

    施や問題の補修がその管理の下で実施されているかどうか

    などを確認する。内部監査や見直しの組み合わせにより,

    坑井健全性の性能に対して評価し,フィードバックがある

    かなど,坑井健全性管理システムの実施や有効性が確認さ

    れる。

    監査は,独立して手順を踏める人員が実施し,定期的(業

    界の実績としては 2・3年ごと)に行われる。全ての監査の指摘事項や改善点は追跡され,全ての改善提案が完全に

    実施されていることを確実にする。ベストプラクティスや

    教訓は,適宜全ての現場やアセットに共有される。

    上述の内容の他,補足として,ライフサイクルにおける

    仕上げ,生産,改修,廃坑といった各操業ステージにおいて,

    注意するべき事項の他,MAASPの計算方法ガイド,API基準による内部リークのしきい値などをまとめている。ま

    た,資料として,国際基準や文書管理上の各種フォーマッ

    ト,関連文書のリストをまとめている。

    4. 坑井健全性管理ソフトウェアの試験運用(2018年度)

    動向調査,柏崎 TFのマニュアル策定を通じて坑井健全性管理の理解を深めた。そこで,坑井健全性管理ソフトウェ

    ア(WIMSソフトウェア)はWIMSの中でも重要な要素と考え,WIMSソフトウェアの運用の知見・ノウハウの蓄積ないしは確立を目的として,本邦企業の坑井データを用

    いてWIMSソフトの試験運用を約 4か月間実施した。・ 坑 井 健 全 性 管 理 ソ フ ト ウ ェ ア(Well Integrity

    Management System Softwear:WIMS software) WIMSソフトウェアは,掘削 /仕上げ計画の時点から,仕上げ作業,生産,坑井改修,廃坑までの坑井のライ

    フサイクルを記録,監視することで,健全性を失った

    坑井に対する対策を従来に比べ素早く検討できるツー

    ルである。

    ・ 試験運用の実施内容– 本邦石油会社より秘密保持契約の締結後借用した,約 30坑分の坑井データを用いてWIMSの構築を行った。

    – WIMS構築に際し,WIMSソフトウェア導入のため,公募により選定・契約したソフトウェア会社と協議

    のもと,ソフトウェアに入力するデータの整理。

    (WIMSのソフトウェアは数社あるが,本質的な部分は共通しており,1つのソフトウェアで蓄積した知見は他のソフトウェアでも活用可能であると考え

    た。)

    – WIMSソフトウェアにデータを入力し,ソフトウェア運用(坑井の状態を監視 /分析など)を実施。

    4.1 WIMSソフトウェアに入力するデータWIMSソフトウェア会社からの指示のもと,初めに下記

    に記載したデータを集めWIMSソフトウェアを構築した。WIMSソフトウェア構築は最低でも過去半年分あれば可能である。また,項目によってデータを保有していない場合

    があってもソフトウェアの構築には問題はなく,データ入

    手後にデータの入力を行えばよい。

  • 坑井健全性管理システム(Well Integrity Management System:WIMS)に対する JOGMECの取り組み336

    石油技術協会誌 84巻 5号(2019)

    ・ 初めに入力するデータ 1. Well header and well data 2. Drilling program 3. Casing & liners program 4. Deviation / directional survey 5. Formations 6. Tubing program 7. Packers 8. Perforations 9. Details of installed maintainable Safety Critical

    Equipment and Well Barrier Elements10. Details of last test of Safety Critical Equipment and

    Well Barrier Elements such as11. Last pressure readings (THP(Tubing Head Pressure),

    annulus pressures)12. Annulus maintenance details such as13. Well activities / interventions・ データの入力方法 データの入力方法として,ソフトウェアへ直接入力する方法と,データの入った Excelシートを読み込ませる方法の 2種類がある。ソフトウェアへ直接入力する方法だと処理できるデータ量が少ないため,本試験運

    用では基本的にはデータ入力は Excelシートを用いて行った。また,リアルタイムデータをWIMSソフトウェアにつなぎこむことも可能である。

    4.2 BenefitWIMSソフトウェアを運用して,有用な点を以下に示す。・ データ保存

    すべての坑井データ,テストおよびメンテナンス記録などを共通データベース(WIMS ソフトウェア)に保存することができる。データベース(WIMS ソフトウェア)へは登録者は簡単にアクセスすることができ,効

    果的に各坑井の歴史と現在の状況を共有できる。

    ・ 坑井の状態の可視化 坑井の健全性状態をWIMSソフトが判断し,緑 /黄 /赤に色分けを行い,坑井の状態を一目で判断できる。

    (色分けの判断はWIMSソフトウェアが独自に行うのではなく,事前に設定したしきい値をもとに表示され

    る)

    ・ MAASP,Corrosionの計算 MAASP(Maximum Allowable Annulus Sur face

    Pressure),CorrosionをWIMSソフトウェアで計算できる。MAASPは圧力,温度やチューブラーのスペック,坑口装置のスペック,アニュラス部分にセメン

    トがない場合は,アニュラス部の流体,地層強度な

    どをもとに計算を行い,これらには,The Hencky-Von Mises theoryを用いて計算した,ケーシングなどに係る 3軸方向の応力(軸方向,半径方向および接線方向)も考慮されている。

    Corrosion, Erosionによって起こる,Tubingの板厚の損失も必要な数値を入力することにより計算すること

    ができる。

    ・ 坑井健全性の効率的な管理 坑井数が少ない場合はソフトウェアの活用をせずとも管理を行えるが,坑井数が数百,数千になると坑井健

    全性管理に係る作業量や時間も増える。ソフトウェア

    は数が多くても,坑井ごとに必要なしきい値を入力し

    ておけば,WIMSソフトウェアがしきい値に対応して判断してくれるので作業量や時間を減らすことがで

    き,坑井健全性を効率的に管理できる。

    ・ その他1. リマインダ機能(SCE test, スケジュールなど)2. アラート機能3. レポート作成機能

    レポートは大きく分けて以下の 4タイプ,計 20種類のレポートを作成することができる。

    図 4 WIMSソフトウェアのイメージ図(坑井の状態の色分けによる可視化)

  • 南原  雄・北村 龍太・稲田 徳弘 337

    J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 84, No. 5(2019)

    ・ Annulus Pressure Reports, (アニュラスプレッシャーに関するレポート)

    – Pressure Report – Annulus Pressure Trend Report・Operational Reports, (坑井の状態や実施したイベントなどのオペレーションに関するレポート)

    – Well Status – Field Survey Report – Activities Report – Reminder Report – Well Dispensation Report – Estimated Wall thickness loss report – Well life report・ SCE(Safety Critical Equipment’s)(バルブなどの安全機器に関するレポート)

    – SCE valves report – SCE reliability report – Test Dates report – SCE leak test report – SCE MTTF report・ Integrity Reports(リスクマトリックスなど健全性管理に関するレポート)

    – Field statistics – WIMS schedule – Remedial action report – Field integrity summary – Risk assessment report – Well failure Model

    4.3 WIMSソフトウェア試験運用のまとめWIMSソフトウェアは基本的には過去からのデータを蓄

    積し保存するデータボックスであると感じた。WIMSソフ

    トウェアにはさまざまな機能があるが,これらの機能は保

    存したデータを用いたものである。データの入力方法,デー

    タの見方などの改善点も多数あるが,AIや機械学習が騒がれている昨今,過去からのデータを 1つのフォーマットで保存しておく機能だけみても,有益なソフトウェアであ

    ると考える。

    5. 坑井健全性への今後の JOGMECとしての取り組み

    柏崎 TFのマニュアル策定,WIMSソフトウェアの試験運用で得た知見・ノウハウを足掛かりに本邦他社への

    WIMS導入支援を行っていきたい。

    謝 辞

    本稿の公表を許可された石油天然ガス・金属鉱物資源機

    構,ならびにデータを貸与していただいた本邦石油会社,

    また,シンポジウム講演および本稿作成にあたっては,石

    油技術協会シンポジウム世話人ならびに査読者の方々にご

    協力を賜りました。心より感謝いたします。

    参 考 文 献

    NORSOK,2013:D-010 Well integrity in drilling and well operations, Rev. 4, 38–39.

    Norwegian Oil and Gas Association, 2016 : 117 –Norwegian Oil and Gas Association recommended guidelines for Well Integrity, Rev.5,36–38.

    ISO, 2017:ISO-16530-1, First edition.Intetech Wells Ltd, 2012:Trend Survey of Well Integrity.

    図 5 WIMSソフトウェアのイメージ図