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22 AD STUDIES Vol.22 2007 全世界の二酸化炭素排出量の4 分の1がアメリカによる、 と言われながら、京都議定書にそっぽを向くアメリカ。一 方、元副大統領のアル・ゴア氏による地球温暖化の危機を 説いた映画『不都合な真実』を生んだのもアメリカ。日本か らアメリカを見ると理解不能……という反応をする人が多 いが、こうした事実は、良くも悪くもアメリカのCSRを盛り上 げる要因となっている。というのも、環境 NPOはブッシュ 政権のあり方に疑問を抱き、より積極的に反対運動を展開 し、同時に企業に対してもCSRへの取り組みを求めるよう になっている。また「社会起業家」たちは、環境や社会にや さしいユニークなビジネスアイデアで次々と起業しているか らだ。その一例がスティーブ・ケイス氏である。ケイス氏は アメリカ・オンライン(AOL)設立者として知られているが、 最近レボリューションという新会社を立ち上げ、エコロジー をテーマに社会提言を開始している。また、マイクロソフト のビル・ゲイツ会長がマイクロソフトの仕事をパートタイムに し、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の仕事を本業にすると表明 したことも、CSR 業界はもとより、ビジネス界全体をあっと 言わせた話である。 では、最近の大企業はどうCSRを捉えているのだろう か? まず初めに、現在、米国の大企業がどのようなCSR コミュニケーションを展開しているかについて見てみたい。 2006年度にSocial Investment Research Analysts Network(SIRAN)が行ったCSR報告書に関する調査結果 を見てみよう。非常に興味深いのは、大企業における社 会・環境・ガバナンス面の情報開示が飛躍的に進んだのは、 実はつい最近のことであるということだ。 ・S&P100インデックス企業の4分の3以上(79社)が、自社 サイト内で社会・環境方針やパフォーマンスを公開してい る。2005 年は59 社なので、34%増加したことになる。 ・シスコ・システム、GE、タイムワーナー、ウェルズファーゴ などのグローバルに活動する米国企業が初めてCSR報 告書を発行したのは、2005 年のことである。 ・S&P100インデックス企業の約 3 分の1(34 社)が、Global Reporting Initiative(GRI)の基準にのっとった報告書 を作成している。2005 年は25 社であった。 ・S&P100インデックス企業のうち43 社が、CSR 報告書を 大企業における CSRコミュニケーションの現状 いま米国のCSRの最前線では何が起こっているのだろうか。 現在、米国でCSRコンサルタントとして活躍する筆者が、 米国におけるCSRコミュニケーションの動向を概観し、その進展の背景を明らかにする。 さらに、いま環境問題に積極的に取り組んでいる3つの米国企業を取り上げ、 その活動の詳細を紹介する。 斎藤 槙 米国LA在住。広告会社電通を経て、米国コロンビア大学大学院にて修士号取 得。専攻テーマは企業の社会的責任(CSR)。その後、NY の企業格付けリサー チ機関CEP並びにSAIなどを経て現在に至る。同志社大学大学院総合政策科 学研究科の特別講師。著書に『社会起業家~社会責任ビジネスの新しい潮流』 (岩波新書)などがある。近々、講談社から『自分が変わると世界が変わる(仮)』 (社会貢献のガイドブック)を出す予定。私生活ではケニアとフィリピンの子ども たちの支援をしている。 URL:www.asuinternational.com ASU International社代表 CSRコンサルタント 米国のCSRコミュニケーション ―3つの企業の環境への取り組み― 特集 進展するCSRコミュニケーション―環境広告を中心に―

米国のCSRコミュニケーション ―3つの企業の環境 …AD STUDIES Vol.22 2007 23 発行している。2005年の発行企業は39社であった。今やCSRに関する情報開示は多くの米国企業、特に大企

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22 ● AD STUDIES Vol.22 2007

全世界の二酸化炭素排出量の4分の1がアメリカによる、

と言われながら、京都議定書にそっぽを向くアメリカ。一

方、元副大統領のアル・ゴア氏による地球温暖化の危機を

説いた映画『不都合な真実』を生んだのもアメリカ。日本か

らアメリカを見ると理解不能……という反応をする人が多

いが、こうした事実は、良くも悪くもアメリカのCSRを盛り上

げる要因となっている。というのも、環境NPOはブッシュ

政権のあり方に疑問を抱き、より積極的に反対運動を展開

し、同時に企業に対してもCSRへの取り組みを求めるよう

になっている。また「社会起業家」たちは、環境や社会にや

さしいユニークなビジネスアイデアで次 と々起業しているか

らだ。その一例がスティーブ・ケイス氏である。ケイス氏は

アメリカ・オンライン(AOL)設立者として知られているが、

最近レボリューションという新会社を立ち上げ、エコロジー

をテーマに社会提言を開始している。また、マイクロソフト

のビル・ゲイツ会長がマイクロソフトの仕事をパートタイムに

し、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の仕事を本業にすると表明

したことも、CSR業界はもとより、ビジネス界全体をあっと

言わせた話である。

では、最近の大企業はどうCSRを捉えているのだろう

か? まず初めに、現在、米国の大企業がどのようなCSR

コミュニケーションを展開しているかについて見てみたい。

2006年度にSocial Investment Research Analysts

Network(SIRAN)が行ったCSR報告書に関する調査結果

を見てみよう。非常に興味深いのは、大企業における社

会・環境・ガバナンス面の情報開示が飛躍的に進んだのは、

実はつい最近のことであるということだ。

・S&P100インデックス企業の4分の3以上(79社)が、自社

サイト内で社会・環境方針やパフォーマンスを公開してい

る。2005年は59社なので、34%増加したことになる。

・シスコ・システム、GE、タイムワーナー、ウェルズファーゴ

などのグローバルに活動する米国企業が初めてCSR報

告書を発行したのは、2005年のことである。

・S&P100インデックス企業の約3分の1(34社)が、Global

Reporting Initiative(GRI)の基準にのっとった報告書

を作成している。2005年は25社であった。

・S&P100インデックス企業のうち43社が、CSR報告書を

大企業におけるCSRコミュニケーションの現状

いま米国のCSRの最前線では何が起こっているのだろうか。現在、米国でCSRコンサルタントとして活躍する筆者が、米国におけるCSRコミュニケーションの動向を概観し、その進展の背景を明らかにする。さらに、いま環境問題に積極的に取り組んでいる3つの米国企業を取り上げ、その活動の詳細を紹介する。

斎藤 槙米国LA在住。広告会社電通を経て、米国コロンビア大学大学院にて修士号取得。専攻テーマは企業の社会的責任(CSR)。その後、NYの企業格付けリサーチ機関CEP並びにSAIなどを経て現在に至る。同志社大学大学院総合政策科学研究科の特別講師。著書に『社会起業家~社会責任ビジネスの新しい潮流』(岩波新書)などがある。近々、講談社から『自分が変わると世界が変わる(仮)』(社会貢献のガイドブック)を出す予定。私生活ではケニアとフィリピンの子どもたちの支援をしている。 URL:www.asuinternational.com

ASU International社代表 CSRコンサルタント

米国のCSRコミュニケーション―3つの企業の環境への取り組み―

特集 進展するCSRコミュニケーション―環境広告を中心に―

AD STUDIES Vol.22 2007 ● 23

発行している。2005年の発行企業は39社であった。

今やCSRに関する情報開示は多くの米国企業、特に大企

業にとって「常識」となっているのは周知の事実だ。しかし、

実はこうした動きは特に最近目立って活発になってきたので

ある。その背景には何があるのだろうか。

第1に挙げられるのが、アカウンタビリティ(説明責任)で

ある。アカウンタビリティを果たすことがステークホルダー

との良好な関係を形成していく上で、不可欠であると理解

されるようになったのだ。ボイコットや不買運動などが日常

的に行われる米国において、企業の行動次第で痛い目にあ

ったり、逆に好意的に受け止められたりもすることを企業側

が学習したといえる。高い授業料を支払った企業も少なく

ない。その結果、アカウンタビリティがいかに重要であり、

必須であるかがわかってきたわけだ。

第2に、企業内の各レベルでの認識の変化である。昨今

の環境問題の深刻化、NPOの活躍、社会起業家の台頭、ま

たそれを受けて環境・CSR特集を組むメディアの影響で

「企業の発展において、環境問題や社会問題などに取り組

むことは当然だ」と、担当者から経営者に至るまで、企業側

の全レベルで考えるようになっている。CSRは経営課題そ

のものであり、事業活動を通じてCSRを果たす、「責任ある

企業経営」の実践が問われているのだ。

ここで具体的に3つの企業における環境への取り組みを

見ていこう。CSRを積極的に果たす代表的な企業ともいえ

るウォルマート(流通)、スターバックス(飲料)、パタゴニア

(衣料)の3社だ。「ん? ウォルマートがCSR企業?」と思

われる方も多いかもしれない。というのは、実は同社はつ

い最近まで非人道的な労働環境が理由で、人権NPOのボ

イコットの対象になっていた企業だからだ。それがここに

きて、大変革を遂げた。何が起きたのか。どう変わったの

か。その取り組みを紹介する。一方、スターバックスとパタ

ゴニアは「米国の良心」とまで言われるCSRリーダー企業

である。なぜそうなのか。どうやってそうなったのかを見て

情報開示が進んだ背景

いこう。3社ともCSRに熱心であるという共通点があるが、

それぞれにそこに至った道のりは違う。

(1)ついに動き始めた巨大企業

ウォルマートはフォーチュン500、フォーチュン・グローバ

ル500のいずれでも堂々1位にランクされる、世界最大の企

業である。2006年の売り上げは3511億3900万ドル、従業

員数は190万人にのぼっている。

「Always Low Price」(いつでも安値)をキャッチフレーズ

に、低価格を最大の武器に拡大を続けてきた同社が、真剣

に環境問題に取り組み始めたとして注目を集めている。労

使関係、労働者の権利侵害などをめぐり、これまで何度も

法廷闘争やボイコット運動の標的となってきた同社。環境

や社会にやさしい企業というイメージとは無縁だった同社

が重い腰を上げたことは、当初、単なる「パフォーマンス」

か「リップサービス」としか受け止められていなかった。し

かし、フォーチュン誌が昨年、本気で変わろうとしている同

社の動きを特集記事として伝えたことなどから、流通業界

のみならず、環境NPO、そして消費者も同社の動きを詳細

にウォッチし始めた。

企業事例その(1)ウォルマート

ビジネス雑誌フォーチュンに特集されたウォルマートの環境イニシアチブ。「ウォルマートが地球を救うのか?」とある。

4

24 ● AD STUDIES Vol.22 2007

同社はキャッチフレーズを今年9月、「Always Low

Prices」から「Save Money. Live Better.」(お金を節約して、

よりよく暮らす)へ変更すると発表した。「Always Low

Prices」は同社がこれまで19年間使用してきたフレーズで

ある。安売りを前面に押し出すのではなく、「よりよい暮ら

し」のため、環境に配慮した製品を含め、生活の質を高め

るのに必要な高品質な製品を提供する。戦略変更は市場、

消費者の変化に伴い、安さだけでは競争に勝ち続けること

ができないと判断したためだが、この変更はウォルマート

が環境対策に真剣に取り組む意思があることを示す一例と

いってもよいだろう。

ウォルマートの環境イニシアチブ

ウォルマートは2004年、世界中にある店舗を対象に

した環境イニシアチブを立ち上げた。同社が目標とし

て掲げているのは以下の3つである。

①使用エネルギーを100%再生可能エネルギーに切り

替える。

既存店については今後7年間で25%エネルギー効率

を上げる。

新規店については今後4年間で30%エネルギー効率

を上げる。

②廃棄物ゼロの達成

今後3年間で廃棄物を25%削減する。

プライベートブランドの包装を2年間で削減する。

③環境にやさしい製品の販売拡大

今後3年間で全商品の20%を環境にやさしいものに

切り替える。

中国のGreen Company Programをサポートする。

(2)取り組みの具体例

それでは、ウォルマートが環境保護を目的に導入したプ

ログラムについて見てみよう。

まず同社は今年9月、衣料用洗剤に関しては、濃縮型し

か取り扱わないことを決めている。来年の5月までには、ウ

ォルマートと系列のサムズ全店で実現する予定だ。同社で

はこれにより、4億ガロン以上の水、9500万ポンド以上のプ

ラスチック樹脂、1億2500万ポンド以上の段ボールを節約

できるとしている。水の節約分のみについて見ても、1億回

のシャワー分にあたるという。

ウォルマートが販売する衣料用洗剤のシェアは全米の

25%を占めており、この決断が業界に与える影響は大きい

と見られている。ウォルマートが環境保護に対し「本気」か

どうかにかかわらず、サプライヤーに大きな影響力を持つ

同社が動き始めた意義は大きいというわけだ。なお、同社

にとっては、陳列台スペースが節約できることから、営業効

率が高まるなどのメリットがある。

サプライヤーを対象にしたイニシアチブでは、温室効果ガ

ス排出削減を目的に導入したプログラムも画期的だ。これは

今年9月に始まったもので、環境NPO、Carbon Disclosure

Project(CDP)とパートナーシップを組み、サプライチェー

ン上における特定商品のエネルギー消費量を測り、温室効

果ガス排出削減を目指すというもの。CDPは機関投資組織

が中心となって運営されているNPOで、企業活動と温室

効果ガス排出量を関連付ける取り組みを行っている。具体

的には、まず日用品に属する7分野の商品を提供する25~

30メーカーを選択し、商品製造から配送に至るまでのエネ

ルギー消費量を測定、温室効果ガス排出量を削減する手

段についてメーカーとともにパイロットテストを実施するとし

ている。

また、将来的には使用エネルギーのすべてを代替エネル

ギーに転換することを目標に掲げている同社は、今年5月、

ソーラーパワーへの転換計画も発表している。とりあえず

カリフォルニア州とハワイ州の22店舗に導入、結果を見て、

4000店舗に導入するかどうかを決めるとしている。

オーガニック製品の取り扱いも始まっている。オーガニ

ックコットン素材の衣類の取り扱いを始めたほか、昨年6月

からはMSC(Marine Stewardship Counsil:海洋管理協

特集 進展するCSRコミュニケーション―環境広告を中心に―

AD STUDIES Vol.22 2007 ● 25

議会)が認証した企業によってサステイナブルな方法で水揚

げされた魚介類の取り扱いを開始した。同社は今後3~5

年以内に、取り扱っている北米産シーフードについてはす

べて認証済みにするとしている。

この取り組みが注目されている理由のひとつは、ウォル

マートが単に市場に出回っている認証済みシーフードを調

達するのではなく、MSCによる認証水産会社を増やす努力

を自身がしている点にある。つまり他のシーフードサプラ

イヤーに対し、MSCの認証を取るよう推奨しているわけだ。

最終的には200~500アイテムを認証済みにするとしてい

るが、これはオーガニック食品を専門に扱うスーパーマー

ケットチェーン、ホールフーズが現在揃えている18を大きく

上回る。ホールフーズではサプライヤーに対し認証を取る

よう勧めるという取り組みはしておらず、この点においては

ウォルマートの取り組みが一歩進んでいるといえる。MSC

はWorld Wildlife Fundという環境NPOとユニリーバのジ

ョイントベンチャーで、97年に設立、ロンドンに本拠がある。

さらには、廃棄物を減らすため、今年3月には、取引先で

ある食品・日用品メーカー約6万社を対象に簡易包装化を

要求している。これを受け、日用品大手のプロクター・アン

ド・ギャンブル(P&G)が既に商品小型化などに向けた行動

を開始している。同社は取引先に強い影響力を持つことで

知られるため、これにより食品・日用品メーカーの簡易包装

化が急速に進む可能性もあるとして注目を集めている。

また、ウォルマートでは、取引先を対象とした、包装材の

環境負荷の「格付けシステム」をつくるとしている。プラスチ

ックや紙の利用量など必要項目を入力すると、石油使用量

や温暖化ガス排出量などを自動的に算出する仕組みで、こ

れを今後、取引先の選別や、取引先との再生可能な素材な

どの共同開発に役立てる構えだ。

ウォルマートが環境保護に向けた活動を始めたことに対

し、「どこまで本気かわからない」「中途半端なプログラム

ばかりだ」と依然、懐疑的な環境NPOも多い。しかし、全

米に4000店、国外に2900店を展開する同社は、もともと環

境保護意識の高い消費者が多く暮らす都市圏だけでなく、

保守的な地域、共和党支持者が多い、いわゆる「レッドステ

ーツ」の消費者にリーチすることができる稀有な存在であ

る。また、サプライヤーに対し、強大な影響力を持つ同社

が旗振り役をすることで、大手メーカーのプラクティスが短

期間で大幅に改善される可能性も無視できない。これま

で、圧倒的なボリュームパワーで「安値」を実現してきた同

社。今後は同じ力をもって、一気に「アメリカ大衆」と米大

手企業の意識を変えていくのかもしれない。

(1)NPOとのパートナーシップ

CSRに積極的な企業のなかには、NPOとのパートナー

シップを上手に活用している例が数多くある。代表的なの

はスターバックスだ。同社は多数のNPOと協力関係を結ん

でいるが、第1号は1992年に始まったケア・インターナショ

ナルとの提携であった。ケアは世界各国で貧困に苦しむ人

に手をさしのべている団体である。

ケアとの提携を通してスターバックスは、中南米を中心と

したコーヒーや紅茶の生産国で行われている同団体の活

動に資金を提供している。具体的には、ケアの活動国で生

産されたコーヒーなどを取り揃えた「ケア・サンプラー」と

いう商品を製造販売し、売り上げ1個分につき2ドルを同団

体に寄付する、などの活動を展開している。

1998年には、環境に配慮したコーヒー栽培法の普及を目

指して活動しているコンサベーション・インターナショナル

ともパートナーシップを結んだ。コーヒー農園の周囲にあ

る森林を伐採せず、木立の日陰を生かしてコーヒー豆を栽

培する「シェードグロウン」(日陰栽培)を奨励し、メキシコ、

コロンビア、ペルーなどの実践農園からコーヒー豆を買い

つけている。さらに2000年からは、フェアトレード商品の認

証を手がけるアメリカの団体、トランスフェアUSAとパート

ナーシップを結び、フェアトレード認証商品を世界中の店舗

で販売している。2005年には、450万キログラムのフェアト

レード認証コーヒーを買いつけるという目標を達成。世界

のフェアトレード認証コーヒーの約10%はスターバックスが

企業事例その(2)スターバックス

4

26 ● AD STUDIES Vol.22 2007

こうしたNPOとのパートナーシップを通したCSRが、提

携するNPOに大きな資金力と事業力をもたらしていること

は間違いない。一方、スターバックスにとってのメリットは、

質のよいコーヒーを安定的に入手できること、そして顧客に

とっての価値を増すことである。

事実、スターバックスでは、コーヒー豆の袋にフェアトレ

ードのラベルを大きく貼り、店内の案内や表示を使い、こう

したCSR活動を熱心にアピールしている。また、店内には

NPOとのパートナーシップによるプロジェクトの説明や、オ

ーガニックコーヒー、フェアトレードコーヒーに対するこだわ

りを記したパンフレットを置き、顧客とのコミュニケーショ

ンに役立てている。

(2)C.A.F.E. 行動基準

NPOとのパートナーシップを活かしながら、地球環境に

配慮し持続可能性を追求する。スターバックスのこれらの

取り組みの核となっているものが「C.A.F.E. 行動基準」で

ある。2004年に導入されたこのルールの背景には以下の

3つの基本的考え方がある。

①持続可能性の全体戦略には、品質、社会、環境、経済

に関する基準を含める必要がある

②コーヒーに支払われるプレミアム価格は、最高品質と

の強い結びつきがある

③生産農家が収穫物の公正な対価を受けているかどうか

を評価するには、経済の透明性が必須かつ必要である

この目的は高品質のコーヒーの持続可能な供給、経済的

責任の遂行、コーヒーのサプライチェーンにおける社会的

責任の奨励、環境保護などであり、生産者保護のみならず、

コーヒー生産と生産者をとりまく広範囲な領域をカバーして

いる。また製品の品質、経済的責任、社会的責任、環境保

護リーダーシップの4つの重点領域においてそれぞれ基準

を設けていることも特筆すべき点である。スターバックス

は、NPOと協力しながら、各サプライヤーに対し、スコア

カードを導入し円滑な運営を支援している。

買いつける結果となった。また、米国のみについて見ると、

フェアトレード認証コーヒーの21%がスターバックスによる

買いつけとなっている。

スターバックスがNPOへの協力に積極的な背景には、創

業者ハワード・シュルツ会長の個人的な思い入れがある。

シュルツ会長は、日雇い労働者の父を持ち、ニューヨーク・

ブルックリンの低所得者向け集合住宅で育った。7歳の時

には、父が仕事中の事故で足を骨折し、一家は翌日から即、

収入も健康保険も失うという辛い経験もしている。「安定し

た仕事を持つことがどれほど重要か、子供の時に理解しま

した」と、シュルツ会長は語っている。

初のNPOパートナーとなったケアがスターバックスにア

プローチしたのは、1989年のことだ。当時のスターバック

スは中小企業で、黒字も出していなかった。ケアの活動地

域とスターバックスのビジネスと関係する地域が重なってい

たことから、シュルツ会長(当時CEO)はパートナーシップ

に興味を持ったというが、すぐに資金援助ができる余裕は

なかった。その後2年以上にわたり、ケアとスターバックス

は対話を続け、その後パートナーシップを結んだ。現在で

は大企業のスターバックスだが、創業者の個人的な思い入

れがCSRを動かしていることは間違いないといえるだろう。

スターバックスの店内にあるパンフレット。環境NPOとのプロジェクトの説明や、オーガニックコーヒー、フェアトレードコーヒーへのこだわりが書かれている。

特集 進展するCSRコミュニケーション―環境広告を中心に―

AD STUDIES Vol.22 2007 ● 27

C.A.F.E. 行動基準

製品の品質(前提条件)

C.A.F.E. 行動基準に認定されたサプライヤーから購

入されるすべてのコーヒーは、スターバックスの高品質

基準を満たす必要があります。

経済的責任(前提条件)

C.A.F.E. 行動基準に認定されたサプライヤーは、当社

のコーヒーサプライチェーンに沿って、生産農家に支払

ったコーヒー代金を示す領収書など、あらゆる段階で作

成される支払い証明書を提出する必要があります。

社会的責任(評価対象要素)

C.A.F.E. 行動基準に認定されたサプライヤーおよび

供給ネットワーク内のその他の組織は、安全、公平、お

よび人道的な労働条件、労働者の権利保護、十分な生

活環境を保証するように業務を設定する必要がありま

す。最低/生活賃金の要件および児童労働/強制労

働/差別に関する基準は必ず必要です。

環境保護リーダーシップ(評価対象要素)

コーヒーの栽培や加工では、環境保護の手段を設定

し、廃棄物の管理、水質保護、水・エネルギー使用量

の節約、生物多様性の保護、農薬使用量の軽減が必要

になります。

2004年以来、最大規模のコーヒーサプライヤーから多数

の零細生産農家や組合まで、数千に及ぶ参加者が申請し、

C.A.F.E.行動基準にサプライヤーとして認定されている。サ

プライヤーから申し込みがあった場合は、業務内容がどの

程度、基準に則しているかを確認するため、第三者の評価

を受けることになっている。サプライヤーとして認定されな

かった場合でも、再評価条項が規定されており、投資や取

り組みの結果を確認したり、改善度を確認したりするため

に、再評価を希望することも可能だ。

スターバックスは2006年、C.A.F.E.行動基準に認定され

たサプライヤーから全体の63%にあたる1億5500万ポンド

のコーヒー豆を調達しており、2007年にはこれを2億2500

万ポンドまで増やすことを目標に掲げている。現在は認定

サプライヤー以外からも調達していることになるが、近い将

来、全サプライヤーを認定レベルに引き上げたいとしてい

る。単にガイドラインを設け、基準に満たない生産者を切

り捨てるのではなく、同社スタッフが生産国に赴き、スコア

を伸ばす方法をアドバイスし、必要な支援や教育、トレーニ

ングを行うなどの活動も活発に行うことで、コーヒー生産、

加工における持続可能性を追求している。こうした取り組

みをすべてコンサベーション・インターナショナル、African

Wildlife FoundationなどのNPOと一緒になって行ってい

る点がユニークだ。

NPOを巻き込んだサプライヤーへの働きかけは、さまざ

まな利害関係者との良好な関係を構築するのに役立ってい

ると言えよう。創業者シュルツの「個人の思い」がきちんと

「社の哲学」として体系化され、しかも、それを具現化するシ

ステムがあるからこそ、同社はフォーチュン誌の「もっとも賞

賛すべき企業」などの格付けでもトップ3にランクされるのだ。

(1)拡大路線から前向きなダウンサイジングへ

アウトドア用アパレルとアウトドア用品を製造販売するパ

タゴニアは、日本でもよく知られた存在だ。直営店は首都圏

のほか、大阪、名古屋に11店舗、正規取扱店は全国にあ

り、カタログ販売も実施している。

80年代半ばより、質の高いアウトドア用品を愛するファン

に根強く支えられてきた同社。ここで同社の歴史を簡単に

振り返ってみよう。

同社の創業者でありオーナーであるイヴォン・シュイナー

ドは登山愛好家だ。趣味が高じて選んだ職業は鍛冶屋。

登山の際、岩に打ち込むハーケンという金具を鋳造し、生

計を立てていた。当時、価格の安い鉄製ハーケンは、山に

残していってもよいと考えられていた。しかし、登山愛好家

5.企業事例その(3)パタゴニア

4

28 ● AD STUDIES Vol.22 2007

は足跡を残すべきでないという哲学を持っていたシュイナ

ードは、19歳にしてクロムスチールを使い、岩の割れ目にさ

しこむことができる画期的なハーケンを発明する。

シュイナードがパートナーと経営するハーケンメーカーは

まもなく、登山用具製造業としてその規模を拡大していっ

た。1970年代の登山の人気の拡大に伴い、シュイナードの

経営する「シュイナード・イクイップメント・カンパニー」の業

績も伸びたが、スチールのハーケンが岩を傷つけるという

無視できない問題が拡大していた。そこでシュイナードは、

アルミ製のくさびを使ってアンカーを固定する方法を開発、

「クリーン・クライミング」の提唱者となる。

しかし、1970年代を通じて、登山が山にもたらす悪影響

は改善されることがなかった。自身が製造する製品が自然

を破壊していることに悩んだシュイナードは、1984年に同

社の破産申告を提出し、1989年までに資産の一部を従業

員に売却した。

シュイナード・イクイップメント・カンパニーの姉妹会社と

して設立されたパタゴニアは、80年代を通じて着実に規模

を拡大した。製品を増やし、小売店を増やし、販売店を増

やし、海外進出も成功させた。パタゴニアの製品は大多数

のアウトドア専門店で売られ、これ以上事業規模を拡大す

るには、一般のアパレル店やデパートに参入する以外に道

がないところまで来ていた。

1991年、シュイナードはこのままのペースで事業が拡大

すれば、11年後の2002年には10億ドル企業になるという

試算結果に危機感を抱く。品質の高さを最大のセールスポ

イントにしているアウトドアの衣料品メーカーが、ナイキの

規模に拡大し、果たして品質を守ることができるだろうか。

パタゴニアはアウトドアのニッチを飛び出し、過剰生産、過

剰供給、過剰消費のサイクルに入ろうとしていた。これは、

事業哲学そのものの危機だった。

シンプルで高品質という根源の哲学を再発見する一環と

して、シュイナードは経営コンサルタントの意見を求めた。

コンサルタントはまず、「なぜ事業を営んでいるのか」と聞い

た。この問いに対しシュイナードは、自分はむしろ職人で、

たまたま始めた事業が成功してしまっただけであること、十

分にお金を貯めたら南の海に向けて漕ぎ出すのが夢だっ

たこと、会社を売却しないでいるのは、世界の行方を案じ

ていて、何かしなければならないと感じているからである

こと、環境問題に取り組んでいる個人や団体200以上に年

100万ドルを寄付していること、などを説明した。

コンサルタントのアドバイスは、会社を売却し、200万ド

ル程度を生活のために残し、残りは財団に譲ればいい、と

いうものだった。そうすれば、毎年600万~800万ドル寄付

できるだろうということだった。

しかし、シュイナードは金銭で解決できることには限りがあ

ることを思い、悩んだ。そして、パタゴニアとしてできる最善

のことは、「社会を変えるための道具として会社を使うこと」

であるという結論に達した。長期的な視点に立って正しい

ことを行い、企業が社会に対し貢献できることがこんなにあ

ると他企業に示す。それが新たな事業哲学となった。

命を危険にさらす登山というスポーツを通じて、シュイナ

ードが学んだ人生の教訓は「決して自分の限界を超えない

こと」。己を知り、己の強さと限界を知り、己に与えられた

範囲で生きる。シュイナードはこの教訓に立ち返り、生活

を簡素化し、物質の消費を減らし、菜食中心の食事をし、

地球に対する負荷を減らす努力をすることを決心した。

そして、パタゴニアは従業員の20%を解雇し、企業理念

にそぐわないすべての事業を廃止するという、前向きなダ

ウンサイジングを敢行する。本来あるべき規模に留まり、ア

ウトドアのスペシャリストであり続けるためだった。

(2)環境を徹底的に配慮した製品づくり

パタゴニアの環境への取り組みは徹底している。カタロ

グからオフィス内で使う紙まで、100%再生紙を使っている

のはもちろん、野生のサケを守るための取り組み、環境団

体への寄付など、活動の幅広さも際立っている。当然のこ

とながら、本業である衣服づくりに関しても、細心の注意を

払っている。

製造している衣服が環境に与えている影響を自己監査し

た結果に基づき、93年からペットボトルを再生したフリー

特集 進展するCSRコミュニケーション―環境広告を中心に―

AD STUDIES Vol.22 2007 ● 29

スを導入し、96年には100%オーガニックの綿を使用する

という方針を打ち出した。また、洗濯やアイロン、ドライクリ

ーニングなど、衣服がもたらす環境へのダメージは、製造

後、購入後にも発生することを考慮に入れ、ドライクリーニ

ングやアイロンの必要がない製品に力を入れている。

「環境に最も優しい衣服とは、最高の品質で長く着用でき

るものだ。流行に左右されるものではいけない。また、特

定のパーツだけが傷みやすいような作りにもしない」とシュ

イナードは語っている。

パタゴニアでは、製品の環境負荷をトータルのコストとし

て評価している。Tシャツをオーガニックにすることで価格

が高くなれば、富裕層しか買わないのではないか。彼らが

既にたくさん持っている使い捨ての洋服の1枚に加わるだ

けではないのか。合成繊維を綿に混合させることでパンツ

が2倍長持ちするようになるのであれば、混合させるべき

ではないのか。有毒な化学染料と色落ちが激しい自然染

料では、果たしてどちらが環境に優しいのだろうか。テク

ノロジーを駆使して機能的で耐久性のある衣類が作れるの

なら、ナチュラルであることにこだわるより、むしろ環境に

対するダメージを減らすことができるという考え方だ。

しかし、環境負荷をゼロにすることは不可能だ。そこで

考案されたのが、「地球税」と呼ばれるユニークなシステム

だ。これは売り上げの1%、もしくは税引前利益の10%のど

ちらか高いほうを、環境への投資に使うというものである。

2006年に同社は、220万ドルの地球税を300以上の団体に

寄付している。

また、従業員には自身で選んだ社会貢献活動をするため

の有給休暇を与えることで、ボランティア活動を推進してい

る。さらには、ハイブリッドカーを購入する従業員には、

2000ドルの援助金も提供している。

実業界に向けて、リーダーシップを発揮することも忘れて

いない。2001年にシュイナードは、1%フォー・ザ・プラネッ

トというNPOを設立し、パタゴニアのモデルを模倣し、売

り上げの1%を環境保護努力に充てるよう、企業に働きか

けている。

2005年には、「つなげる糸リサイクルプログラム」も開始

した。これは、着古したフリースやTシャツをリサイクルす

るプログラムで、他社製品も対象にしている点がユニーク

だ。消費者は直営店に設けられた回収ボックスに入れるほ

か、同社流通センターへ郵送することでもリサイクルプログ

ラムに参加できる仕組みになっている。また、2007年秋は、

北極圏国立野生生物保護区を守ることに焦点をあてており、

同保護区の沿岸平野150万エーカーを原生地域として指定

し、保護することを目標としている。同キャンペーンでは、

期間限定のTシャツを発売、1枚につき5ドルをAlaska

Wilderness Leagueに寄付している。

最近、タイム誌はシュイナードを「ヒーロー・オブ・ザ・プ

ラネット」として表彰した。彼のこれまでのこうした環境へ

の取り組みは全て「ビジネス界初」である。ビジネスの世界

では「考えつきもしなかったこと」であり、仮に思いついた

としても、「採算に合わない」、「非効率」として見捨てられて

きたことを実現した。しかも、「採算」や「効率」を達成して

である。業種、業態の枠を軽 と々越えて企業のあるべき姿

を示したこうした取り組みは「死滅した惑星ではビジネスは

できない」という彼の一貫したビジネスに対する姿勢の現れ

である。斬新な取り組みに、今後も注目したい。

パタゴニアによる「地球税」のロゴ。売り上げの1%、もしくは税引前利益の10%のどちらか高いほうを寄付することを謳っている。

パタゴニアの店内に設置されている「つなげる糸リサイクルプログラム」の回収ボックス

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