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特集 58 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018 IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の 向上 Work-style Reform and Improved Productivity through IoT and IoH Technology Smart Work Innovationは、働き方改革の領域におけ る富士ゼロックスの貢献の方向性を示すコンセプトであ る。本稿では、このコンセプトに基づく具体的な仕組みを 「働き方のスマート化」と「モノのスマート化」に分けて 説明する。「働き方のスマート化」については、人の行動な どに関わるデータを、その背景情報なども含めて定量化し てとらえるIoH(Internet of Human)技術を基盤に、人 の充実感と、人や組織の生産性および創造性の向上を両立 する「行動分析による価値提供」について紹介する。「モノ のスマート化」については、モノがインターネットにつな がるIoT(Internet of Things)技術を基盤に、人がモノか ら自由でありながら、同時に最大限の価値を得られる「機 器の稼働状況管理を実現する仕組み」と「ワークプレイス シェアリング構想」を紹介する。 Abstract The Smart Work Innovation concept indicates the direction of Fuji Xerox’s efforts toward work-style reform. This paper describes the main services comprising this concept in two parts: smarter working and smarter products. Within smarter working, we introduce a service for behavioral analysis based on internet of humans (IoH) technology for the quantifying and capturing of human behavioral and biological data, relevant background information, etc. This service is designed to improve people’s health, life satisfaction, etc., while also benefiting the productivity and creativity of people and organizations. Within smarter products, we introduce a service for device operation management and a service for workplace sharing, both of which are based on internet of things (IoT) technology, which connects everyday objects and devices to the internet. These services allow people to have more freedom from, while simultaneously maximizing the potential value of, devices, products, and other connected items. 執筆者(Author京嶋仁樹(Masaki Kyojima荒井恭一(Kyoichi Arai丹野泰太郎(Yasutaro Tanno新成長事業創出部 New Business Creation【キーワード】 IoT、IoH、働き方、ワークスタイル、ワークプレイス、ウェア ラブル Keywordsinternet of things (IoT), internet of humans (IoH), work style, workplace, wearable

特集 IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性 …...特集 IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の向上 富士ゼロックス テクニカルレポート

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特集

58 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018

IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の向上 Work-style Reform and Improved Productivity through IoT and IoHTechnology

要 旨

Smart Work Innovationは、働き方改革の領域におけ

る富士ゼロックスの貢献の方向性を示すコンセプトであ

る。本稿では、このコンセプトに基づく具体的な仕組みを

「働き方のスマート化」と「モノのスマート化」に分けて

説明する。「働き方のスマート化」については、人の行動な

どに関わるデータを、その背景情報なども含めて定量化し

てとらえるIoH(Internet of Human)技術を基盤に、人

の充実感と、人や組織の生産性および創造性の向上を両立

する「行動分析による価値提供」について紹介する。「モノ

のスマート化」については、モノがインターネットにつな

がるIoT(Internet of Things)技術を基盤に、人がモノか

ら自由でありながら、同時に最大限の価値を得られる「機

器の稼働状況管理を実現する仕組み」と「ワークプレイス

シェアリング構想」を紹介する。

Abstract

The Smart Work Innovation concept indicates the direction of Fuji Xerox’s efforts toward work-style reform. This paper describes the main services comprising this concept in two parts: smarter working and smarter products. Within smarter working, we introduce a service for behavioral analysis based on internet of humans (IoH) technology for the quantifying and capturing of human behavioral and biological data, relevant background information, etc. This service is designed to improve people’s health, life satisfaction, etc., while also benefiting the productivity and creativity of people and organizations. Within smarter products, we introduce a service for device operation management and a service for workplace sharing, both of which are based on internet of things (IoT) technology, which connects everyday objects and devices to the internet. These services allow people to have more freedom from, while simultaneously maximizing the potential value of, devices, products, and other connected items.

執筆者(Author) 京嶋仁樹(Masaki Kyojima) 荒井恭一(Kyoichi Arai) 丹野泰太郎(Yasutaro Tanno) 新成長事業創出部 (New Business Creation)

【キーワード】

IoT、IoH、働き方、ワークスタイル、ワークプレイス、ウェア

ラブル

【Keywords】 internet of things (IoT), internet of humans (IoH), work style, workplace, wearable

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特集

IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の向上

富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018 59

1. はじめに

Smart Work Innovation(SWI)は、富士ゼロックスが

目指す働き方改革支援のコンセプトである。当社は創業以

来、「より良いコミュニケーションを通じて、人間社会のよ

り良い理解をもたらす」ことを経営哲学として、働く場に

おける人のコミュニケーションや働き方の改革による生産

性向上に目を向けてきた。自己の能力を最大限に発揮して、

健康的かつ充実したワークライフを送れることは誰にとっ

ても重要である。そのために、最新の技術革新の成果を取

り込んだ新たな働き方を提案し提供することは、当社に

とって不可避のミッションである。

SWIの具現化のために、最も重要な技術革新はIoT

(Internet of Things)である。従来コンピューター間の

接続がメインであったインターネットに、車やロボット、

家電やカメラをはじめ、工場や家庭内のさまざまな機器や

センサー群がつなげられるようになった。その数は急激に

増えつつあり、2018年現在、IoT技術によってネットワー

クに接続されているデバイスは300億台を超えるという

調査結果もある1)。その結果、有線または無線を通じて多く

の機器やセンサーが相互につながれ、情報を交換し合うこ

とが可能になった。一見これまでと同じように、多種多様

なモノが互いに無関係に存在するように見える街中であっ

ても、インターネットが見えない形でオーバーラップして

いるのが今や普通である。人が直接PCやモバイル機器を操

作せずとも、周囲のモノはインターネットとつながってお

り、人の仕事や生活に大きく影響するようになった。

インターネットにつながったのは、モノだけにとどまら

ない。人もまた同様である。携帯電話やスマートフォンに

加え、時計、眼鏡、衣服などさまざまな形態のウェアラブ

ルデバイスや音声デバイスの普及により、人自体も積極的

な意志を持たずとも常にインターネットに接続されている

状況になっている。

この技術は、IoH(Internet of Human)と呼ばれる。

IoHにより、人の位置や行動、各種生体情報、感情、嗜し

好こう

どが常時データ化されてインターネットに集められる。そ

れらを分析することで、人の行動や健康状態の改善、組織

の生産性向上の支援、高精度なマーケティング情報の入手、

といったことが可能になった。

当社は、IoTやIoHという大きな技術革新の流れを取り込

んでSWIのコンセプトを具現化し、お客様の働き方改革の

実現を目指す。そのためにお客様に提供する具体的な仕組み

の将来構想を、次の2つの領域に分けて検討している(図1)。

● 働き方のスマート化:IoH技術を応用し、人に関する諸

データをとらえ、活用することで、人および組織の力を

最大限に引き出し、かつ健康で充実した働き方を実現する。

● モノのスマート化:IoT技術を応用し、モノの位置や活

動および状態に関する諸データをとらえ、その稼働状況

を見える化し、最適な効果を継続的に得ることができる

よう消耗品の供給や保守を行うことで、モノの価値を最

大限に引き出す。

本稿では、「働き方のスマート化」および「モノのスマー

ト化」それぞれの領域で現在検討中の構想と、それを支え

る技術について述べる。

2. 働き方のスマート化:人をとらえ人の力

を引き出す仕組みの具体案

この章では、「働き方のスマート化」の領域で検討中の具

体的な仕組みとして「行動分析による価値提供」について

紹介する。この仕組みは、さまざまなIoH系センサーによっ

て人の行動に関する情報を集めて分析し、人や組織が能力

を最大限に発揮することを支援する仕組みである。

2.1 行動分析による価値提供

当社ではこれまで、各種センサーによって人に関わるさ

まざまなデータを集め、それを分析することで人の行動や

状態を可視化し、働き方の改革につなげる技術を数多く開

発してきた。行動分析による価値提供は、当社内にある諸

技術やノウハウを、社外の最新センサー群や分析技術と組

み合わせて実現するものである。

この仕組みによる価値提供では、人や組織の行動、さら

に創造性の発揮度合いを詳細にとらえて解析する。個人お

よび組織の生産性の向上に結びつけるとともに、個々人が

充実して働くことの支援を目指している。行動分析による

価値提供のコンセプトを図2に示す。

図1 「働き方のスマート化」と

「モノのスマート化」の将来構想

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特集

IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の向上

60 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018

当社は、上記のコンセプトを実現するための要素技術を

これまでに多く開発してきている。次に、行動分析による

価値提供の実現において特に重要である、「人の位置を把握

する技術」と、「人と人のコミュニケーションを把握する技

術」について述べる。

2.2 人の位置を把握する技術

人の行動を分析するために基本となるのは、人の位置を

詳細に把握する技術である。屋外であればGPS(Global

Positioning System)によってある程度の把握が可能であ

るが、屋内に関しては、いくつか方法が提案されてはいる

ものの、まだ絶対的な技術はない。当社では、2000年代

前半から、屋内の人の位置を把握する技術に関する開発と

実験を重ねてきた。その代表的な技術として「ROBAS

(Real Organizational Behavior Audit Service)」と、

価値検証中の「屋内位置情報システム」を紹介する。

1) ROBAS(Real Organizational Behavior Audit

Service)2, 3)

ROBASは、組織内の人の行動を、正確に把握するた

めの仕組みである。アクティブタイプのRFIDタグ(電

波によるデータ通信が可能なタグ)を人に所持しても

らい、測定領域内に複数設置された受信機によってタ

グからの発信をとらえ、人の動きを見える化する。さ

らには、人の間で交わされたメールや文書データもあ

わせて分析対象とし、組織内の人の行動をトータルに

把握するものである。

それまで主にアンケートやインタビューに頼ってい

た組織行動分析において、より具体的かつ説得力のあ

る分析や改善策の提案を可能にすることを目的に開

発された。

当社では以前、営業拠点の人員400名を対象に、営業

部門の組織行動を分析する実験を行った。その結果、

居室、ショウルーム、会議室などの利用状況に関する

実データや、人員の一日、あるいは、数カ月レベルで

の働き方の特徴が明確になるなど、これまで見ること

ができなかったデータを見える化することに成功し

た。ROBASの成果は、後述する「コミュニケーショ

ン可視化技術」に引き継がれている。

2) 屋内位置情報システムの価値検証4)

このシステムは、FXパロアルトラボラトリーで価値

検証中の、人の位置を把握するシステムである。

Bluetooth® Low Energy(BLE)方式のビーコンを

測定領域内の複数箇所に設置し、そこから発信される

信号をスマートフォンで受け取ることで、人の位置を

推定する。位置検知の方式としては、人が所持する

RFIDタグの発信を固定設置された受信機が受け取る

ROBASとちょうど逆の関係にある。ROBASタイプ

の技術と比較して、このシステムで採用した方式の利

点は以下の2つである。

● 端末としてスマートフォンを利用でき、新たなデバ

イスの必要がないため、低コストで実現できる。

● 人の位置情報とスマートフォン上のアプリとの連

動が容易であり、屋内でのルートナビゲーションな

どのソリューションと親和性が高い。

詳細については、本誌の特集内の論文「モバイルデバイ

スユーザー屋内位置推定のためのソフトウェアフレーム

ワーク」を参照いただきたい。

2.3 人と人のコミュニケーションを把握する

技術

当社は、前述した創業時の基本理念にならい、人のコ

ミュニケーションのあり方に注目してきた。文書を介した

コミュニケーションだけでなく、複数人による会話の状況

をとらえ、解析するためのさまざまな技術を開発している。

この節では、会話中心のコミュニケーションを対象にし

た技術について紹介する。ROBASの進化形として、人の

位置とコミュニケーションを同時にとらえる「コミュニ

ケーション可視化技術5)」である。

この技術は、ネックストラップ形状のウェアラブルセン

サーを使い、人の位置情報とコミュニケーションの状態を

同時に把握する技術である。ウェアラブルセンサーが「人

の位置情報」と「発話に関する情報」を収集し、発信する。

図2 行動分析による価値提供のコンセプト

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特集

IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の向上

富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018 61

それらの情報が、測定領域内に設置された複数の受信機お

よびエッジサーバーを経由して、クラウドに蓄積される仕

組みである(図3)。ウェアラブルセンサーが収集する「発

話に関する情報」とは、センサーを装着した人が発話を行っ

た際の時刻情報を指す。発話の内容そのものはとらえてい

ない。センサーに付いたマイクが、センサーを装着してい

る人の発話のみをとらえ、発話が行われた時刻情報と共に

クラウドに蓄積されるように作られている。

クラウド側に蓄積された位置および発話のデータを解

析すると、いつどこで、誰の間でコミュニケーションが起

こったかを把握できる。また、話者相互の発話のタイミン

グを見ることで、一方通行のプレゼンテーションタイプか、

相互の掛け合いのある対話タイプかといった、コミュニ

ケーションのタイプを推測することも可能である。上記を

通じて得たデータを解析することで、次の情報をお客様に

提供できる。

● オフィススペースの稼働状況

会議室や共有エリアなどの稼働状況と、その使われ

方、そしてそこで行われているコミュニケーション

のタイプ。

● 組織内のコミュニケーションの実態

各メンバーのコミュニケーションスタイル。組織内

対話の状況、あるいは外部との連携時におけるキー

パーソンの特定。

3. モノのスマート化:モノをとらえモノの

力を引き出す仕組みの具体案

この章では、「モノのスマート化」の領域で検討中の仕組

みとして2つの具体例について述べる。まず、人の能力を

補い、人と共に価値を生み出す機器の稼働状況をIoT技術

によって見える化し、その価値を最大限に引き出す「機器

稼働状況管理を実現する仕組み」について説明する。この

仕組みによって、人が機器に対して行う状況監視や各種管

理業務は最小化されつつ、機器から高レベルの効果を継続

的に得ることが可能になる。

人と共に価値を生み出すという意味では、人が働く場そ

のものも「モノのスマート化」の重要な対象である。場所

を対象とした「モノのスマート化」領域の仕組みの具体例

として、「ワークプレイスシェアリング構想」について述べ

るこの仕組みは、モバイルワーカーの移動動線上に快適に

働ける場を提供し、働く場所に関する制限を取り除いて人

の力を最大限に引き出すことをねらいとして検討している。

3.1 機器稼動状況管理を実現する仕組み

当社では、お客様が利用している複合機を、当社のバッ

クヤードシステムと接続し、リモートでその稼働状況を管

理するサービス「EP-BB(EP;Electronic Partnership

- BB;Broad Band)」を提供している7)。複合機メーター

カウントの自動確認、消耗品の自動配送、日々の状態監視、

そして故障時の自動通知などをインターネット経由で実施

し、必要に応じて各種ユーザーサポートや保守サービスを

提供する。管理対象となっている複合機数は、現在数十万

台に達している。

このサービスは、EP-BBの前身となるリモート管理シ

ステムを含めれば20年以上の運用実績を持っている8)。そ

れゆえ当社では、機器のリモート管理に関するさまざまな

ノウハウが蓄積され、また、日々集まるビッグデータの解

析によって、故障診断や故障予測の精度も向上させてきた。

この技術を基に、お客様との共創活動も実施され、複合

機以外の機器に対しても稼働データを解析し、成果を上げ

てきた9, 10)。扱う機器が複合機と異なるにもかかわらず、

稼働状況管理における課題はとても似通っており、扱う

データの中にも、機器から取得するトラブルログや保守に

関する訪問履歴、生産時の品質監視データなど、共通する

データも多く、当社の機器リモート管理のフレームワーク

やノウハウの多くが、複合機以外の機器にも適用可能なこ

とがわかった。

図3 コミュニケーション可視化技術システム構成

図4 機器稼働状況管理を実現する仕組み

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特集

IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の向上

62 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018

当社では、こうして得てきた知見を生かして、お客様が

利用している各種機器、あるいはお客様がほかのお客様に

提供している機器のリモート管理を行う新たな取り組みを

検討している(図4)。IoT技術を応用して機器の稼働デー

タを収集し、それを解析することで、機器の状態の見える

化や故障診断、故障予測が実施できる。保守が必要な機器

を販売しながらも、販売後の状態を把握する手段がなく、

売り切りの状態となり、その後のビジネスチャンスを逸し

ているケースは多い。そういったお客様に対して、本取り組

みは新たなビジネス拡大の機会を提供できると考えている。

3.2 ワークプレイスシェアリング構想の価値

検証

人の能力を最大限に引き出すためには、その人ごとに

合った働き方を選択できる仕組みを用意することが重要で

ある。職種あるいは子育てや介護といった個人のライフス

テージはもちろん、個々人の趣向によっても、最も働きや

すい環境は異なる。

特に、働く場所の自由度に関する注目度は高い。調査によ

れば11)、在宅勤務やカフェなどでのモバイルワークを認め

る企業は継続的に増加しており、それを支えるチャットや

オンライン会議システムの導入も進んでいる。

当社では、モバイルワーカーを主なターゲットに、さま

ざまな働き方に柔軟に対応できる“働く場”を提供するワー

クシェアリングの新たな仕組みを検討している。モバイル

ワーカーの移動経路上にボックスタイプのワークスペース

を設置し、移動の隙間時間にそこで業務を実施できる仕組

みである。働く場所に関する制約を軽減して、生産性の向

上につなげることを目的としている。

図5は、ある営業系ワーカーの一日における時間の使い

方について実例を示したものである。図5のスケジュール

を見ると、この日は顧客を3社訪問したあと帰宅している

が、その合間および前後で5時間の業務を実施している。

所属する企業のオフィスで業務できたのは朝の1時間のみ

であり、以降は顧客訪問や帰宅の移動経路の途中でモバイ

ルPCが使えそうな場所を探して業務を行っている。この日

使用した場所は、ビルの1階ロビーや混雑したカフェなど

であった。こういった働き方は、移動の多いモバイルワー

カーにとっては日常的だが、次のような不便さやリスクを

内包している。

�● 業務遂行可能な場所を見つけるのに、時間を取られる場

合がある。探し回っても適切な場所が見つからないこと

や、移動経路から遠い場所で業務をせざるをえないケー

スも多い。

�● 電源やWi-Fiなど、業務に必要なファシリティーを備え

た場所を見つけるのが難しい。そのため、多くのモバイ

ルワーカーは、モバイル充電機器や携帯型のWi-Fiルー

ターを持ち歩いている。

�● 混雑するカフェなどでは、周りのノイズで業務に集中す

ることが難しい。

�● 電話でのやり取りやリモート会議への参加は、周囲の迷

惑となるのでできない。あるいは、カフェなどの店舗側

から禁止されている場合が多い。

�● 周囲に多くの人がいる中で機密情報を扱う業務を行う

ことは、のぞき見や、写真・動画の盗撮対象となりえる

ため、セキュリティー上のリスクが大きい。

�● モバイルワーカーを管理する組織側からは、各自の隙間

時間の利用法が把握できない。労働実態が見えず管理不

能であるとともに、カフェなどの場所を利用する際に発

生する費用の負担責任も曖昧である。

図5 ある営業系ワーカーの一日における時間の使い方

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特集

IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の向上

富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018 63

モジュール型ワークプレイスボックスの設置

スマートフォンで、簡単にプレイス予約

利用決済もスマホで完了

当社では、上記のようなモバイルワーカーの不便さやリ

スクを解消するために、移動中の隙間時間に安心して業務

を遂行できる場所を提供する、「ワークシェアリングの仕組

み」を検討中である。この仕組みは、ボックスタイプのワー

クスペースを、モバイルワーカーが隙間時間にアクセスし

やすい場所に置き、手軽に利用できるようにする仕組みで

ある。構想中の、予約画面イメージ、設置場所マップイメー

ジ、ボックスイメージを図6に示す。提供するワークスペー

スのポイントは次である。

1) ワークスペースの仕様

● 個人が落ち着いて業務できる広さを持ち、外からの

視線や音から十分に遮断された、鍵のかかる空間で

あること。

● 内部には電源やWi-Fiなどの、業務遂行のための基

本的なファシリティーが備わっていること。

● 内部のファシリティーは、スペースとワンパッケー

ジとし、短時間に設置可能で、設置後すぐに稼働可

能なものであること。

2) 設置場所

● 多くのモバイルワーカーが移動する経路の近くや

一時的に滞留する場所に設置され、余計な移動を伴

わずにアクセスできるようにすること。たとえば、

鉄道や地下鉄の駅構内、あるいは駅近くのビルの1

階ロビー、空港ロビー、展示会などが行われるイベ

ント会場が好適である。

3) 予約および課金

● 個々のワークスペースは、スマートフォンから簡単

に時間指定予約ができること。隙間時間の有効利用

の意味から最短15分からの予約を可能とする。

● 個々のワークスペースは、予約システムと連動して

鍵(スマートロック)がかかり、予約者のみがスマー

トフォンを用いて開閉できること。

● モバイルワーカーが所属する企業・団体との契約が

可能であり、ワーカーの利用履歴が所属団体に提供

され、団体に対して課金できること。

この仕組みの名称に「シェアリング」という言葉が付与

されているのは、この仕組みが、空きスペースの所有者と、

それを利用したい人との間で新たなシェアリングエコノ

ミーを形成するプラットフォームとなることを意図してい

るためである。現在は、モバイルワーカーの単独利用を想

定して、ワークプレイスの設計を行っている。今後、ほか

の利用形態に対応したワークプレイスや新しい仕組みも検

討中である。

4. おわりに

人の働き方は、企業のパフォーマンスにとって大きな影

響力を持つため、これまでも多くの議論がなされてきた。

しかし、その多くは、人事や労務の観点からのアプローチ

にとどまり、技術面からの議論がなされることは少なかっ

た。というのも、このテーマに関しての問題を把握する手

段は、これまではアンケートやヒアリングといった間接的

なものしかなく、定量的な評価が難しかった。技術で語る

には不向きな対象であったといえる。

しかし現在、IoT、中でも特に人を対象としたIoHの技術

が進展し、人そのものの動きや内面を定量的かつ克明にと

らえることができるようになったことで、人の働き方を技

術で本格的に扱うことが可能になった。「より良いコミュニ

図6 ワークプレイスシェアリング構想の概要

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特集

IoT/IoH技術を応用した働き方の変革と生産性の向上

64 富士ゼロックス テクニカルレポート No.27 2018

ケーションを通じて人間社会のより良い理解をもたらす」

という理念をもとに、働く場における人のコミュニケー

ションや働き方の改革による生産性の向上について目を向

け続けてきた当社にとって、幸運な舞台が整ったといえる。

Smart Work Innovationは、当社が働き方改革の領域

で力を発揮するための方向性を指し示す。本稿では、この

コンセプトのもとで検討中の新しい仕組みを、人の力を引

き出す「働き方のスマート化」、モノの価値を最大限に引き

出す「モノのスマート化」の2つの領域に分けて説明した。

「働き方のスマート化」により、人や組織の状態は常に

見える化され、継続的に改善される。人や組織の生産性や

創造性は、人の健康や充実感と両立しながら向上する。「モ

ノのスマート化」は、人の能力を補い、人と共に価値を作

り出すモノそのものが自律的に動き、人がモノに合わせる

ことなく、モノの制約から解放されながら最大限の価値を

得ることを可能にする。モノの中には、人が働く場そのも

のも含まれている。

Smart Work Innovationにおいては、IoT/IoHの技術

に加えて、人の間でやり取りされるドキュメントに関する

諸技術や仕組みの構築も重要な要素である。ここでいうド

キュメントには、文書やメール、SNS上のコミュニケー

ションといった蓄積されている文字や画像などすべての

データを含んだ概念である。当社はこの領域で長く多様な

技術・商品開発の経験を持っており、この知見とIoT/IoH

の新技術を融合させることで、当社独自の特徴的な仕組み

をお客様に提供することが可能である。

本稿で触れたもの以外にも、新たな商品や仕組みの検討、

技術の開発が進行中である。単品の技術や商品の提供にと

どまらず、お客様の働き方改革をトータルにサポートする

ソリューション・サービスをますます充実させていく予定

である。

商標について

Bluetoothは、Bluetooth SIG, Inc. USAの商標または登録商標です。

Wi-Fiは、Wi-Fi Allianceの商標または登録商標です。

その他の商品名、会社名は、一般に各社の商号、登録商標または商標

です。

参考文献

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https://cdn.ihs.com/www/pdf/IoT-Trend-Watch-eBook.pdf ( 参 照 日 :

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http://www.fujixerox.co.jp/company/technical/tr/2007/t_02.html ( 参 照

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2018.03.08)

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日: 2018.03.08).

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No.22, (2013).

http://www.fujixerox.co.jp/company/technical/tr/2013/s_04.html ( 参 照

日: 2018.03.08)

10) 高野昌泰, “IoTを実現する稼働データマイニング技術”. 富士ゼロッ

クス テクニカルレポート, No.26, (2017). http://www.fujixerox.co.jp/company/technical/tr/2017/s_06.html (参照

日: 2018.03.08) 11) 働き方改革の実態調査2017 ~Future of Workを見据えて~ 調査

報告書 サマリ版 ヒューマンキャピタル(組織・人事コンサルティン

グ)ディビジョン

https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/human-capital/hcm/jp-hcm-workstyle-survey2017-result.pdf ( 参 照 日 :

2018.02.10).

筆者紹介

京嶋仁樹 新成長事業創出部に所属

専門分野:新規事業開発、情報セキュリティー

荒井恭一 新成長事業創出部に所属

専門分野:新規事業開発、組織改革

丹野泰太郎 新成長事業創出部に所属

専門分野:新規事業開発、マーケティング