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脳神経外科と漢方 56 【教育講演】 洋漢統合処方からみた頭痛治療 井齋偉矢 医療法人静仁会 静仁会静内病院病院長 総合診療科・漢方外来担当 頭痛は日常診療においてしばしば遭遇する症候のひとつであり、頭痛を訴える患者は脳神経外科を訪 れることが多い。しかし、脳神経外科医は必ずしも頭痛の専門家ではないので、治療に難渋することがある のも事実である。 西洋医学的な頭痛の一般的な分類は、緊張型頭痛、片頭痛、群発頭痛である。このうち群発頭痛は純 酸素吸入療法が主体となるので、専ら西洋医学で治療するのが原則である。 洋漢統合処方研究会は西洋医学の薬剤と東洋医学の薬剤を同時に服用したときに、どのような相互作 用や副反応が起るかということを研究する目的で秋葉哲生先生が提唱されて設立された時限研究会で、5 年の研究期間ののち現在は消滅した幻の研究会である。この研究会では前述のほかに西洋薬と漢方薬の 効果的な併用法も研究された。これを洋漢統合処方と呼ぶ。 では、洋漢統合処方からみた頭痛の分類はどのようになるであろうか。緊張型頭痛と片頭痛はそのまま 残るが、もうひとつ西洋医学的には発想し得ない「水毒による頭痛」が含まれる。 水毒による頭痛とは、色々な原因によって脳が少しだけ腫れることによる頭痛である。有効な漢方薬と頭 痛の種類を結びつけて表すと、(1) 根湯が効く緊張型頭痛、(2) 呉茱萸湯が効く片頭痛、(3) 五苓散が 効く水毒による頭痛、となる。 【緊張型頭痛】 国際頭痛分類第 2 版による緊張型頭痛の診断基準を表 1 に示す。病態としては僧帽筋の張りが頸部の 筋肉の張りになり頭部に上がって頭を締めつけるような痛みになる。治療法に関して Clinical Evidence (British Medical Journal) により緊張型頭痛の西洋医学的治療法を薬物療法と非薬物療法に分けてエビ デンスの高い順に表 2 に示す。エビデンスのある薬剤が抗うつ薬しかないという点で、心身相関を効果的 に治療する体系になっていないと考えられる。

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脳神経外科と漢方

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【教育講演】

洋漢統合処方からみた頭痛治療

井齋偉矢

医療法人静仁会 静仁会静内病院病院長 総合診療科・漢方外来担当

頭痛は日常診療においてしばしば遭遇する症候のひとつであり、頭痛を訴える患者は脳神経外科を訪

れることが多い。しかし、脳神経外科医は必ずしも頭痛の専門家ではないので、治療に難渋することがある

のも事実である。

西洋医学的な頭痛の一般的な分類は、緊張型頭痛、片頭痛、群発頭痛である。このうち群発頭痛は純

酸素吸入療法が主体となるので、専ら西洋医学で治療するのが原則である。

洋漢統合処方研究会は西洋医学の薬剤と東洋医学の薬剤を同時に服用したときに、どのような相互作

用や副反応が起るかということを研究する目的で秋葉哲生先生が提唱されて設立された時限研究会で、5

年の研究期間ののち現在は消滅した幻の研究会である。この研究会では前述のほかに西洋薬と漢方薬の

効果的な併用法も研究された。これを洋漢統合処方と呼ぶ。

では、洋漢統合処方からみた頭痛の分類はどのようになるであろうか。緊張型頭痛と片頭痛はそのまま

残るが、もうひとつ西洋医学的には発想し得ない「水毒による頭痛」が含まれる。

水毒による頭痛とは、色々な原因によって脳が少しだけ腫れることによる頭痛である。有効な漢方薬と頭

痛の種類を結びつけて表すと、(1) 根湯が効く緊張型頭痛、(2) 呉茱萸湯が効く片頭痛、(3) 五苓散が

効く水毒による頭痛、となる。

【緊張型頭痛】

国際頭痛分類第 2 版による緊張型頭痛の診断基準を表 1 に示す。病態としては僧帽筋の張りが頸部の

筋肉の張りになり頭部に上がって頭を締めつけるような痛みになる。治療法に関して Clinical Evidence

(British Medical Journal) により緊張型頭痛の西洋医学的治療法を薬物療法と非薬物療法に分けてエビ

デンスの高い順に表 2 に示す。エビデンスのある薬剤が抗うつ薬しかないという点で、心身相関を効果的

に治療する体系になっていないと考えられる。

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第 18 回日本脳神経外科漢方医学会学術集会(2009)講演記録集

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緊張型頭痛の漢方治療では、僧帽筋の張りが基本的な病態であると捉え根湯を第一選択とする(図

1)。症例集積研究では、中等度有用と軽度有用を合わせて65.2%が有用であった(図2)1)。

根湯はエフェドリンを含む麻黄が構成生薬に入っているので、エフェドリンの副反応が出現する場合

は桂枝加根湯を選択する(図3)。

症例を提示する。35歳、男性。2ヵ月前から肩こりと頭痛があり、悪心・嘔吐を伴った。耳鼻科を受診したと

ころ前頭洞の副鼻腔炎との診断でレボフロキサシンを2週間処方された。しかし、副鼻腔炎は治ったはずな

のに頭痛と嘔気が取れないので脳神経外科を受診した。MRI、CSF検査などを施行した結果、異常なしと

言われた。そこで神経内科を受診したが、異常なしで、首の筋肉を鍛えなさいと言われてしまった。嘔気が

残っていたので消化器内科を受診したところ胃炎があるので制酸剤が処方された。結局、どの治療法でも

症状が良くならなかったので、著者の漢方内科を初診された。

一応CTと血液検査は行ったが、もちろん何の異常もみとめられなかった。経過と診察から、僧帽筋の強

ばりと心身相関による緊張型頭痛と診断し、桂枝加根湯と鍼灸で治療を始め2週間でほとんどの症状は

消失した。表面に現れている身体症状の治療のみにしか目が行かず、それを惹起させている心の部分が

なおざりになっているのがよく分かると思う。

釣藤散も緊張型頭痛に適用されるが、頭痛のほかにもめまい、肩こり、いらいらなどの症状を伴い、早朝

の頭痛を特色とする(図4)。

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脳神経外科と漢方

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症例集積研究では、緊張型頭痛患者20例に釣藤散を投与し、投与後4週では著効+有効が60%であっ

たが、8週では70%とさらに有効率が上昇した。釣藤散には根湯や桂枝加根湯ほどの速効性はないが、

2〜4週投与して効果が出てくる2)(図5)。

漢方薬の効果は恐らく予想以上だと思うので、最初は西洋薬を併用せず、漢方薬のみで治療することを

お薦めする。

【片頭痛】

国際頭痛分類第 2 版による緊張型頭痛の診断基準を表 3 に示す。治療法に関して Clinical Evidence

により片頭痛の西洋医学的薬物療法をエビデンスの高い順に表 4 に示す。

トリプタン系薬剤によって片頭痛は全て解決するかと思われたが、実際には片頭痛は単に頭の血管が

広がって起こるというような単純な病態ではないことが最近明らかになってきた。血管性プラスαの要因が

複雑にからんでいる病態に対し、トリプタン系薬剤以外の薬剤を病態の変化に即してきめ細かく使う必要が

ある。

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第 18 回日本脳神経外科漢方医学会学術集会(2009)講演記録集

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片頭痛の漢方治療の第一選択は呉茱萸湯である(図 6)。傷寒論と金匱要略には「からえずきをして、口

からよだれを流し、頭痛がする場合は、呉茱萸湯で主治する」との記載があり、まさに片頭痛の発作を想像

させる。症例集積研究3)では、慢性頭痛患者に呉茱萸湯を投与した結果、全般改善度で著明改善が

10.9%、改善が 41.5%、やや改善が 46.7%となり、血管性に最も有効ではあるが、他のタイプの頭痛にも効か

ないわけではないことが分かる(図 7)。

片頭痛の中でも月経がらみのものは治療に難渋することが多い。Brandes4)によると、月経初日の前後2

日間に起る前兆のない月経片頭痛と、前述の期間以外にも起り前兆のあることもある月経関連片頭痛は、

治療抵抗性で、一般的に前兆がなく、持続時間が長く、機能障害が重いというやっかいな代物である。

急性期の治療は、鎮痛剤(NSAIDs、アセトアミノフェン)、各種鎮痛剤の組み合せ、エルゴタミン製剤、トリ

プタン系薬剤のどれを使っても、有効率はせいぜい20-30%にしかならない。また、短期間予防法としてトリ

プタン系薬剤を月経開始予定日の2日前から5-6日間投与しても有効率は約50%である。筆者の妻は月経

関連片頭痛であり、呉茱萸湯にトリプタン系薬剤を併用しても効果がなかった。

そこで筆者が考え出したのが、呉茱萸湯+苓桂朮甘湯(月経前症候群やある種の頭痛に有効)であっ

た。この組合せを服用することで、片頭痛が完全になくなったわけではないが、全く寝込むことがなくなっ

た。

洋漢統合処方のポイントを示す。漢方薬単独で不安がある場合は、漢方薬を主方とし、西洋薬を頓服と

すればよい、つまり、呉茱萸湯をベースにしてトリプタン系薬剤を頓服とする。または、漢方薬から頓用に適

したものを選択する方法もある。つまり、呉茱萸湯をベースとして苓桂朮甘湯を頓服または月経開始日前

後の短期間投与するのである。

【水毒による頭痛】

水毒とは体液の偏在によって惹起される各種病態のことで、脳においては脳細胞に過剰に体液がシフト

することによって色々な程度の脳浮腫が起きる。この脳が少し腫れることによる頭痛という考え方は西洋医

学にはなく、従って診断基準も治療法も存在しない。強いて言えば「身体の水分滞留のために頭が重く、

めまい、嘔気、あるいは嘔吐などの症状を伴う」という漠然としたものになるであろうか。でも確かにこのよう

なタイプの頭痛は存在するし、緊張型頭痛や片頭痛に併発することも少なからずあると思われる。

水毒による頭痛には何といっても五苓散(図 8)が奏効する。病態としてはアクアポリンの変調によって脳

細胞に水がシフトすることにより脳浮腫が起きる。アクアポリンとは植物・動物を問わず細胞膜に存在する膜

蛋白の水チャネルで、水分子はここを通って細胞に出入りする。五苓散は脳細胞に発現するアクアポリン 4

を阻害して脳細胞に過剰に水がシフトするのを防ぐ。その結果、脳浮腫が改善して水毒による頭痛も改善

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脳神経外科と漢方

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する。

脳が腫れることによる頭痛のいい(?)例として二日酔いの頭痛がある。アルコールを飲むと脳が少し腫

れるが、これにも五苓散が奏効する。究極の二日酔い対策を示す(図 9)。まず、飲み会などでたくさんお酒

を飲む予定のときには飲む前に五苓散を一服、飲んで帰って寝る前にはどんなに泥酔していても忘れず

に五苓散を一服、これを忘れては元も子もない。そして翌朝二日酔いを感じたらすかさず五苓散を一服、こ

れで完璧である。

五苓散は現在、脳浮腫対策の有力な手段として脳神経外科領域で注目されている。実例を示す。木元

博史5)の、急性期脳梗塞14例に五苓散を使った症例集積研究では、急性期脳梗塞の症例全例に五苓散

を投与し、同時に抗炎症薬として三黄瀉心湯、柴胡桂枝湯、黄連解毒湯、古今録験続命湯をそれぞれ心

下痞、胸脇苦満、赤ら顔、失語/再発という使用目標によって使い分けている。同時に西洋医学的治療法

として、ノバスタン 10mg/日(少量)を5日間投与し、補液を500~1,500 mL/日で5日間使い、エリスロシンと

降圧剤については主治医の判断で投与した(図10)。

成績はJapan Standard Stroke Registry Study (JSSRS)と比較している。JSSRSでは成績をラクナ梗塞と血

栓性梗塞に分けている。入院期間では、ラクナ33日、血栓36日に対して漢方薬併用では29日と短縮してい

た。しかしこれでは大幅な改善とはいえない。これに対して入院時と退院時の症状をJapan Stroke Scale

(JSS)を用いて比較すると、ラクナは入院時2.1が退院時1.3、血栓は入院時4.9が退院時3.6に改善してい

るが小幅である。これに対して漢方薬併用では入院時は再発例などもあったため8.9と高値であったが、退

院時はわずか0.3に大幅改善していた(図11)。退院時には14例全例が杖をついて歩いて退院したという。

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第 18 回日本脳神経外科漢方医学会学術集会(2009)講演記録集

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五苓散と抗炎症作用を持つ漢方薬を脳梗塞早期の治療に組み込むことにより西洋薬との相乗効果が発揮

され、早期から効果的なリハビリテーションが行われた結果、退院時のADLが飛躍的に向上した。

もう一例は小児の広範囲脳静脈洞血栓症で、沖縄県那覇市立病院小児科の渡久地鈴香医師から提供

された症例である(図12、13、14)。

症例は2ヵ月の男児。顔色不良で血便も認めたため近くの小児科で血液検査と腹部CT検査を行おうとし

た矢先にショックバイタルを示したため、那覇市立病院に緊急搬送された。到着時、ショックバイタルで、pH

6.9、高カリウム血症を呈していた。すぐにICU管理となり、人工呼吸器が装着され、循環作働薬投与、GI療

法、重炭酸Na・抗菌薬・血液製剤投与が行われた。

その結果血圧や動脈血酸素分圧は改善傾向を示したが、その夜に痙攣重積が起こった。ドルミカム、ア

レビアチン、フェノバールにて頓挫したが、頭部CT撮影で上下矢状静脈洞、直静脈洞、横~S状静脈洞に

わたる広範囲脳静脈洞血栓症と著明な脳浮腫が認められ、DICと腎不全に陥っていた。著明な全身浮腫と

腹水が認められ、血管透過性も亢進していた。交換輸血とCAVHDF(持続動静脈血液透析)が行われ、脳

神経外科に相談したところ、血栓が広範囲過ぎるので手術適応はなく、血管透過性が亢進している時はマ

ニトールも血管外に漏出するので、かえってサードスペースに水を引くことになり逆効果なので使えない、

正直、打つ手なしとの回答であった。血栓症にはヘパリンの投与が考えられたが、脳浮腫対策に難渋した

ため、この時点で渡久地医師は筆者にメールで相談してきた。

筆者は五苓散投与を進言した。早速脳浮腫治療のため五苓散の経管投与が行われた。1週間後に腎

機能が回復しCAVHDFを離脱した。この時点で頭部CT撮影が行われたが、その結果は左の硬膜下に血

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脳神経外科と漢方

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腫は認めたが、脳静脈洞の血栓は完全に消失し、脳浮腫は血腫周囲に残存するものの他の部位は正常

に近いdensityであった。その後、ミルクを自力で飲むようになり、筋のトーヌスは不十分ながら四肢の動き

活発で麻痺はなく、よく泣きよく笑って順調に回復した。現在は、後遺症は全く認められず、発達も正常範

囲内である。本症例は五苓散を投与していなければ到底救命し得なかったと考えられる。

【まとめ】

頭痛の治療では、従来の西洋医学的治療体系では十分な効果が得られないことにしばしば遭遇する。

西洋医学と漢方医学の得意技をうまく組み合わせた洋漢統合処方を使うことによって、より効果的な頭痛

の治療体系が構築できる。

特に五苓散はこれからの脳神経外科領域で大きな力を発揮できる可能性を秘めた方剤であり、近い将

来において全ての脳神経外科医に必須の薬剤になることを確信する。

【参考文献】

1) 山本光利:肩頸部のこりに起因する慢性緊張型頭痛に対する根湯の臨床効果 .

臨牀と研究 72:2085-2088, 1995

2) 高田 理:慢性緊張型頭痛に対する釣藤散の有効性について. 漢方医学 22:121-124, 1998

3) 前田浩治他:慢性頭痛に対する呉茱萸湯の効果 . 漢方医学 22:53-57, 1998

4) Brandes JL: The influence of estrogen on migraine A systematic review.

JAMA, 295:1824-1830, 2006

5) 木元博史:急性期脳梗塞に対する漢方薬併用14例の検討:Japan Standard Stroke Registry Study

(JSSRS)との比較を中心として. 和漢医薬学雑誌 20:68-73, 2003