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浜松医科大学紀要 一般教育 第2号(1988) 学習意欲の診断法に関する一研究 (保健管理センター) A Study on Diagnosis of Motivation f Fumio INuzuKA 正lealth!ld〃z勿¢空’ηzガ。ηC(~nter Abstract We developed diagnosis of motivation for learning to 1986. This is the standardized test due to the questionaire made educational psychology. Naturally, it is different from the clinica performed for hypobulia and hyperbulia at the hospitals. This paper clarifies the developmental process of this diagnosis as the educational counselor. Contents are as following: 1. Structure of motivation for learning from viewpoint of educ 2. General view of studies on diagnosis of motivation for learning. 3. Process of development on the diagnostic test of motivation fo 4. Consideration on the diagnostic case of motivation for learnin Key words: motivation for learning, educational counseling intrinsic motivation, competence, personal causation. はじめに 筆者は,1979年から83年にかけて,中学・高校の学校カウンセラーとして,教育相談(educational counseling)に専門的に携わってきた。教育相談とは,一般に,「生徒自身が現在の自分および 自分の問題について理解し,どのようにすればその問題を解決できるかについて自己洞察をし, 自らの内に持つ力によって自己変容していくことを援助する過程である。」1)と規定されている。 換言すると,生徒の「問題の自己解決力」の発達を促す援助と言える。本論で取り上げる学習 意欲(motivation for learning)2)は,この自己解決力の中核をなすものである。また, 談において,学業相談・進路相談・適応(精神衛生)相談が3領域として大別されているが, 65

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浜松医科大学紀要 一般教育 第2号(1988)

学習意欲の診断法に関する一研究

犬 塚 文 雄

(保健管理センター)

A Study on Diagnosis of Motivation for Learnipg

  Fumio INuzuKA

正lealth!ld〃z勿¢空’ηzガ。ηC(~nter

Abstract We developed diagnosis of motivation for learning cooperatively from 1985

to 1986.

This is the standardized test due to the questionaire made up from viewpoint of

educational psychology. Naturally, it is different from the clinical psychlogical test being

performed for hypobulia and hyperbulia at the hospitals.

This paper clarifies the developmental process of this diagnosis from the point of view

as the educational counselor.

Contents are as following:

1. Structure of motivation for learning from viewpoint of educational counseling.

2. General view of studies on diagnosis of motivation for learning.

3. Process of development on the diagnostic test of motivation for learning.

4. Consideration on the diagnostic case of motivation for learning.

Key words: motivation for learning, educational counseling, achievement motive,

intrinsic motivation, competence, personal causation.

 はじめに

 筆者は,1979年から83年にかけて,中学・高校の学校カウンセラーとして,教育相談(educational

counseling)に専門的に携わってきた。教育相談とは,一般に,「生徒自身が現在の自分および

自分の問題について理解し,どのようにすればその問題を解決できるかについて自己洞察をし,

自らの内に持つ力によって自己変容していくことを援助する過程である。」1)と規定されている。

換言すると,生徒の「問題の自己解決力」の発達を促す援助と言える。本論で取り上げる学習

意欲(motivation for learning)2)は,この自己解決力の中核をなすものである。また,教育相

談において,学業相談・進路相談・適応(精神衛生)相談が3領域として大別されているが,

65

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学習意欲の診断法に関する一研究

学習意欲は,これ等いずれの領域の相談においても生徒理解の出発点となっている。

 こうした出発点の状態像を把握するための一つの手立てとして,筆者らは85 一一 86年置かけて,

筑波大の松原を中心に学習意欲診断法を共同開発した。3)4)これは,教育心理学のサイドから作

成した質問紙法による標準化検査であり,いわゆる,hypobuliaやhyperbuliaの診断のための病

院臨床用の心理検査とは異なる。本論は,この診断法の開発過程を,特に,筆者がフィールド

としてきた教育相談の視点から明らかにしていくことを目的としている。

 1.教育相談の視点から捉えた学習意欲の構造

 学習意欲診断法の開発にあたっては,まず,“学習意欲をどのように捉えるか”(学書意欲の

構造)について検討し,一応の規定をしておくことが不可欠な要件となる。本節では,この点

に対する教育相談の視点からの一つのモデルを呈示したい。これは,筆者の経験的知見に基づ

くモデル化であり,いわば,subjective dataと言える。

 教育相談において,学習意欲の低下を直接・間接的に訴える生徒たちに対して,筆者は,面

接過程の中で,彼らの自問自答を促す次のような2つの問いかけを行なってきている。(1)「何

でそのように意欲をなくしてしまっているのか」,(2)「意欲を自ら湧き立たせるにはどうした

らよいか,何かがきっかけとなって,学習意欲が湧いたというような経験は……」

 まず,(1)に対する彼らの反応の主だったものをあげてみると,「頭が悪い」「授業内容が分

からずおもしろくない」「先生の教え方が悪い」「先生はえこひいきしている」「親が口うるさい」

「成績だけで評価する先生」「比較したがる親」「自分が変化していっていることを認めてくれ

ない先生と親」「早く家に帰って勉強することが何か悪いことでもするかのような雰囲気がクラ

スに漂っていてなかなか帰れない」一一など,愚痴や周囲の人への責任転嫁的反応が目につく。

 次に,問いかけ(2)に対する彼らの反応の主だったものをあげてみると「自信を持って主体

的に打ち込めるものが見いだせた時」「自分にはこれができるんだと言い聞かせた時」「うぬぼ

れにならない範囲で自分の長所を意識した時」「将来の目標がはっきりし始めた時」「その目標

に向かって具体的に動き出した時」「人を好きになったり人に憧れた時」(生きている実感,相

手のためにもしっかりしなけれ.ばと発奮,学習意欲に反映)「反対に人から交際を断わられた時,

死にたいと思った時」(挫折からの立ち直りが学習意欲に反映)「心身のハンデを背負っている

人が必死に生きている姿を見たり聞いたりした時」(恵まれ過ぎている自分,不平不満だらけの

自分,これではいけないと奮起)など,肯定的自己像に裏打ちされた自信感を持ち得たり,将

来の展望が開け,学習の主体的意味づけがなされた時,また,感動体験や成功体験(ある時に

は,挫折からの這い上がり体験)を持ち得た時に,学習意欲が喚起されたと彼らは答えている。

 このような面接過程で投げかけた問いに対する彼らの反応内容を分析していく中で,筆者は,

表1にあげる6つの側面を,学習意欲を規定する要因として抽出し,図1のような学習意欲曲

線上に位置づけている。以下に,各側面の特徴を,教育相談(援助)の視点から記述してみた

い。

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浜松医科大学紀要 一般教育 第2号(1988)

 ①意欲的側面一これは,学習意欲曲線

の流れを下向きから5)上向きに切り替える際

のポイントとなる側面である。ここでは,

特に,いま何をやりたいのか,誘因価(興

味・関心の度合い)の高い学習内容が何で

あり,また,達成動機(成功・達成したい

欲求)の強い学習課題が何であるかを,本

人自身が発見できるような配慮が,援助す

る側に要求されている。実際に,多くの生

徒たちが,これらを発見しまた自覚した際,

瞬間的にやる気が湧いてきたと表明してい

る。

表1.学習意欲を規定する要因

学習意欲そのものを規定する要因一①意欲的,②価値的,③耐性的側面学習意欲を支える要因一④情緒的,⑤杜会的,⑥身体的側面

図1.学習意欲曲線上の位置

合@e@

 ②価値的側面一これは,学習意欲曲線の方向性を決定する際のポイントとなる側面である。

ここでは,生徒たちが,将来の展望を踏まえた,しかも周囲の人たちにもある程度承認を得ら

れそうな目標を,自ら見いだしていけるような援助と,自分は将来コレコレをしたいから,そ

の準備として00の教科を一生懸命やるんだという目標と教科学習の関連性を,本人自らが掴

めるような配慮が求められている。

 ③耐1生的側面一これは,学習意欲曲線を一定の方向に保ち続ける際のポイントとなる側面

である。学習活動を根気よく持続していくための配慮としては,特に,本人自らの意思決定で

踏み切った学習活動に関しては,その展開過程におけるいかなるつまずきも,自己の責任に帰

する(責任転嫁しない)という自己責任性の意識を高めていく援助の必要性があげられる。

 ④情緒的側面一学習意欲を間接的に支える情緒的・社会的・身体的各側面は,学習意欲曲

線のいわばbackboneと言える。(図1では,④⑤⑥の位置)まず,学習意欲を支える情緒面への

配慮としては,本人自らが,劣等感情や悲観的自己像に占拠されている心的状態に気づき,そ

こからの解放を図ることによって(例えば,成功体験を積み重ねるなどして),再び,自信感や

肯定的自己像を抱き描けるような援助が要求されている。

 ⑤三会的弓面一学習意欲を支える社会面への配慮としては,特に,感動体験の量・質面で

の拡充があげられる。具体的には,共同作業・奉仕活動への参加,意欲喚起モデル(実在・歴

史上の人物を問わず)の確保等を通して,「誰かをゆさぶりたい」「誰かからゆさぶられている」

という実感を,本人自らが深めていけるような援助が求められている。

 ⑥身体的弓面一学習意欲を支える身体面への配慮としては,健康管理もさることながら,

学習活動を能率よく進めていく上からも,本人自らが心身の状態をコントロールしていくこと

が可能となるような,三身・調息法,リラックス汝等を,個人に見合ったスタイルで取り入れ

ていけるような援助の必要性を最後に指摘したい。

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学習意欲の診断法に関する一研究

 2.学習意欲の診断法に関する先行研究の概観

 前節では,経験的知見に基づくモデル化を通して,学習意欲の構造に関するsubjective data

を呈示し,その特徴を記述してきた。本節では,内外の先行研究の検討を通して,学習意欲の

構造に関するobjective dataを明らかにしていきたい。

 学習意欲という言葉は,日常用語としてよく用いられるが,必ずしも確たる概念規定はなく,

この英語訳もまちまちであることを注2)で指摘してきた。教育心理学において,学習意欲に関連

する概念としては,今日までに,達成動機(achievement motive)・内発的動機づけ(intrinsic

motivation)・コンビテンス(competence)・自己原因性(personal causation)などが代表

的なものとして提起されているが,ここでは,まず,これ等4つの概念を,診断法(測定法)

に重点をおいて検討していきたい。

 (1)マックレランドの達成動機測定法

 マックレランド(McClelland,D.C.)を中心としたグループは,マレー(Murray,H.A.)の考

案した主題統覚検査(Thematic Apperception Test;TAT)を援用して,達成動機の測定法を

開発している6)。これは,被験者に4枚の図版を見せ,過去・現在・将来の状況,登場人物の思

考・感情・願望などをポイントに空想物語を作らせる,といった投影法(projective technique)

の手続きをとっている。物語の分析は2段階を経て行なわれる。まず,その物語が達成志向的

であるか否かを,以下の達成動機の基準7)により判定する。

 0卓越基準を設定しこれに挑むこと

 ○独自なやり方で達成しようとすること

 ○長期間の達成を期していること

 判定は,達成動機の含まれる物語(achievement imagery;AI),達成動機を含むかどうか疑

わしい物語(doubtful achievement imagery),達成動機と関係のない物語(unrelated imagery)

のいずれかになり,AIと判定された図版については,10の下位基準を設け8),情緒的・社会的・

認知的の各側面から,更に詳しく分析し,得点化を試みている。

 なお,この投影法に基づく診断法については,実施や採点が複雑で時間や労力を要するとい

う実用面の難点に加えて,信頼性に対しても批判的検討がなされている9)。

 (2)バーターの内発的動機づけ尺度

 ブルーナー(Bruner,J.S.)は外的な賞や罰による外発的動機づけ(extrinsic motivation)に

対して,「その動機が引起こす活動以外の賞には依存しない動機10)」を内発的動機づけと定義し

たが,ハーター(Harter,S.)は,この内発的動機づけを質問紙法により測定する尺度を開発し

ている11)。

 この尺度は,挑戦(challenge)・知的好奇心(curiosity)・達成(mastery)・判断(judgement)・

基準(criteria)という5つの因子,30項目で構成され,このうち,挑戦・知的好奇心・達成の

3つは,内発的動機づけに直接関連する因子,残りの判断と基準は,内発的動機づけに間接的

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浜松医科大学紀要 一般:教育 第2号(1988)

に影響を及ぼす因子とされている。具体的には,困難な問題に挑戦する傾向,興味や好奇心か

ら様々な問題に取り組む傾向,人に頼らず問題に取り組む傾向,達成課題のできばえを自分で

判断する傾向,達成課題のできばえを評価する基準が自分自身にある傾向を,それぞれ測定し

ている。

 なお,この尺度は,児童・生徒の教室学習場面における内発的動機づけを測定することを意

図として作成されている点を特徴としている。

 (3)バーターのコンビテンス尺度

 コンビテンスは,ホワイト(White,R.W.)により提唱された概念で,「生体がその環境と効果

的に交渉する能力」12)と規定されているが,単に能力を意味するだけでなく,その能力を発揮

することに伴う有能感,さらに,もっと環境に効果的に関わっていきたいという動機づけをも

含んだ幅のある概念である。

 バーターは,このコンビテンスを測定する尺度を開発しているが13),これは,②の内発的動

機づけ尺度と同様適用範囲を児童・生徒としている点が特徴となっている。尺度構成は,congnitive・

socia1・physical・general self・worthの4領域からなり,それぞれ,教室学習・友人関係・スポー

ツ・全般的な自分の生き方に対する有能感を,28項目からなる質問紙法で測定している。

 (4) ド・シャームの自己原因性尺度

 自己原因性は,前述の達成動機・内発的動機づけ・コンビテンスと密接に関係する概念で,

ド・シャーム(deCharms,R.)によって提唱されている。彼は,この概念について「人間の第一

次的動機傾向は,彼をとりまく環境に変化をもたらすことにある。人間は彼の行動に対して原

因主体であろうとし,第一因であろうとする。つまり,指し手(origin)であろうとする。要す

るに,彼は自己原因性のために努力するのである。」14>と論じている。ここでいう指し手とは,

自分の行動の起点(origin)を自分自身の中にもつ人,他人によって動かされるのではなく,自

分の目標を自ら選択し追求する人を指している。一方,他人の意志で引きまわされたり,他人

の目的達成のための手段に用いられるような人を,彼は,チェスの指し手に対して駒(pawn)

と呼んでいる。

 彼を中心とするグループは,指し手としての自己原因性の特性として,以下の6点を取り上

げている。内的統制(internal control)・自発的目標設定(goal setting)・内発的手段活動(instrumental

activity)・現実性知覚(reality perception)・自己責任性(personal responsibility)・自信

(self confidence)。また,この6つの特性を柱とし,28項目からなる質問紙法を開発している

15) Bこの尺度は,児童・生徒を対象としているが,特定個人の自己原因性を測定するものでは

なく,教室内の指し手雰囲気を測定することを意図して作成されたものである。

 (5)我が国における先行研究の概観

 2節では,これまで,学習意欲診断法に関連する先行研究のうち,代表的な外国文献を明ら

かにしてきた。本節の締め括りとして,我が国におけるこの方面の諸研究を概観してみたい。

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学習意欲の診断法に関する一研究

 ①学習意欲診断検査(LMT)一これは,京都教育大の四方実一を中心とするグループが開

発した質問紙法による検査で16),学習意欲を構成する要因として,学習への態度(積極性)・

学習への耐性(持続性)・学習への自覚(目的意識)・学習への適応(情緒安定性)の4つを

挙げている。80の質問項目からなり,その中には検証項目(Lie Scale)も含まれている、標準

化は,中学3学年男女各200名の計1200名の結果に基づいている。

 ②学芸大式学習意欲検査(GAMI)一これは,東京学芸大の下山剛を中心とするグループが

開発した質問紙法検査で}7)18)学習意欲の要素として,自主的学習態度・達成志向・責任感・従

順性・自己評価・失敗回避傾向・持続性の欠如・学習価値観の欠如の8つを選定し,このうち,

前5つの要素を学習意欲の促進傾向,残りの3要素を抑制傾向として大別している。40の質問

項目からなり,標準化のサンプリング数は,小学生(3年生以上)1260名,中学生1047名,高

校生378名の計2685名となっている。

 ③その他,奈良教育大の杉村健を中心とした「学習意欲調査」19),三重大の西川和夫を中心と

した「学習意欲阻害条件調査」20),東京工業大の坂本昂を中心とした「学習技能調査」21)が代表的

な先行研究として挙げられる。

 19)は,小学生を対象としたもので,学習意欲を,○新しいことに自発的に取り組む内発的意

欲,○困難なことを最後までやりとげる達成意欲,○計画をたてて実行する計画・実行意欲の

3つに類型化し,30項目からなる質問紙を作成し調査している。また,20)は,学習意欲の阻害条

件として,親・教師・友達・物理的環境(以上,外的条件)・能力・目的意識・精神状態(以

上,内的条件)の7領域を選定し,48項目からなる質問紙を作成し,中学生455名を対象に調査

している。さらに,21)では,学習意欲のある子どものタイプを,ひろげる子・おしだす子・つめ

る子・まもる子・つくる子・つなげる子・まとめる子・もとめる子の8つに類型化し,24項目

からなる質問紙を作成し,小学4~6年生856名を対象に調査を行なっている。

 3.学習意欲診断検査(FIGHT)の作成過程

 共同開発者各自の問題意識の明確化(1節では,筆者の問題意識のみを取り上げている)と,

学習意欲の診断法に関する内外の先行研究の検討(2節)を背景に,筆者らは,学習意欲診断

検査(FIGHT)を開発し,その中で,図2に記すような学習意欲の捉え方(構造モデル)を明

らかにしている。

 ここでいう「意欲のあらわれ方」とは,第三者的に観察可能な現象レベルからとらえた学習

意欲である。それに対して,「意欲の要因」は,第三者的に観察が困難な本質レベルからとらえ

た学習意欲で,「意欲のあらわれ方」の源泉とも言える。それぞれ4領域から構成されている。

 ①学習への主体性一これは,ものごとを自分で考え,判断し,決定し,自己の責任のもと

で,学習活動を積極的に行なう態度である。

 ②集中力   つの問題や一定の学習活動に対して,集中的に注意を向ける能力および態度

であり,いわば短距離選手型の意欲とも言える。

70

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浜松医科大学紀要 一般教育 第2号(1988)

 ③持続カーある目標に向

かい,一定の学習活動や計画

を,長時間または長期間続け

る能力および態度であり,こ

ちらは長距離選手型の意欲の

あらわれである。

 ④回復カー順調に進行し

ていた学習活動が,何らかの

障害によってその進行を妨げ

られたとしても,意欲を失わ

ずに学習を続ける能力および

態度,または,いったんは意

欲を喪失しても,すぐに自ら

の力で回復させ,再び学習に

取り組む能力および態度のこ

とである。

 ⑤学習への興味一学習活

動や学習内容そのものに対す

る関心の強さであり,わかる

こと,学ぶこと,発見するこ

との楽しさなどによって代表

される。

 ⑥学習への価値観一学習

活動や学習内容が自分にとっ

てどのような意味を持つのか

といった,いわば学習するこ

との目的意識・必要感のことである。

図2.FIGHTにおける学習意欲の捉え方

学習意欲

①学習への主体1生

②集  中  力

意欲のあらわれ方

③持  続  力

④回  復  力

⑤学習への興味

⑥学習への価値観

意欲の要因

⑦学習の達成動機

⑧学習の自己能力感

学習意欲をささえる要因

④一般的興味

⑧自 主性

◎健康度⑪対人関係

劣 等 感⑤性格

不安 傾向

気分の変化

@保養護育者態の度

家庭の雰囲気

過干渉 傾向

過保護 傾向

@学習

技術

家庭での学習習慣

授業の受け方

答案の利用法

 ⑦学習の達成動機一現在の自分の水準に甘んずることなく,今よりもさらに高い水準を目

指していこうとする欲求および態度である。

 ⑧学習の自己能力感一これは,自分には能力が備わっている(努力によって能力が成長し

た)という感じであり,自信ともいえる要因である。学習の結果が成功的であった場合,その

原因を自分の能力や努力,すなわち,自分の内的な要因に帰するこうした傾向は,次の学習活

動へ意欲的に向かわせるのみならず,たとえ失敗した時でも意欲を失わずに学習を続けること

を可能にすると言えよう。

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学習意欲の診断法に関する一研究

 FIGHTでは,学習意欲を,以上のように2層構造からとらえているが,さらに,その背後か

ら「学習意欲をささえる要因」として,7領域(④~◎)13尺度を設定している。これ等は,

学習意欲を促進したりあるいは阻害したりする要因であると同時に,学習意欲と学習行動とを

結びつける重要な要因でもある。従って,意欲があっても学習行動と直接結びつかない生徒に

対しての指導上の目やすを考える手がかりとしても,十分活用できる尺度群である。

 学習意欲を規定する諸要因を,上記のように構造化して捉えた上で,筆者らは,具体的な検

査項目の選定に入った。予備実験,本実験(層化多段抽出法による)の実施と,信頼性(内的

整合性)・内容的妥当性の検証を経て,最終的に,中学・高校生用145項目,小学校低学年用71

項目,中学年用113項目,高学年用124項目からなる質問紙検査を作成した。なお,標準化のプ

ロセスの詳細については,松原が発表している§2)23)24)ここでは,本実験のサンプリング数の呈

示にとどめたい。(図3・4)

 図3.本実験被験者数(中学・高校生)   図4.本実験被験者数(小学生)

  性

w年男 女 計

中1  674i51.6)

 633i48。4)

1,307i17.9)

中2  908i50.4)

 895i49.6)

1,803i24.7)

中3  500i49。8)

 505i50.2)

1,005i13.8)

高1  580i50.4)

 571i49.6)

1,151i15,7>

高2  573i52.2)

 524i47.8)

1,097i15.0)

高3  468i49.5)

 478i50.5)

946i12.9)

計 3,703i50.7)

3,606i49.3)

7,309i100.0)

(注)( )は%

  性

w年男 女 計

1年生  765i50.6)

 748i49.4)

1,513i14.7)

2年生 1,051i50.7)

1,020i49.3)

2,071i20.1)

3年生  831i46.3)

 965i53.7)

1,796i17.5)

4年生  932i50.3)

 920i49.7)

1,852i18.0)

5年生  846i50.5)

 828i49.5)

1,674i16.3)

6年生  698i50.8)

 677i49.2)

1,375i13.4)

計 5,123i49.8)

5,158i50.2)

ユ0,281i100。0)

(注)( )は%

 4.学習意欲診断事例の検討

 学習意欲が低下していく現象を生起の仕方から見ると,長時間にわたってやる気が低下して

いる「慢性型」と,高いやる気を示していた生徒が急にやる気を失う「急性型」の2つのタイ

プに大別できよう。本節では,以下に,この後者のタイプの教育相談事例を取り上げ,FIGHT

検査を用いた学習意欲診断の効果性の検討を試みたい。

 (1)Mさんのprofile

72

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浜松医科大学紀要 一般教育 第2号(1988)

 普通科高校2年女子。入学時よりバトミントン部所属,2年の夏より部長。家族構成は,父

親(商店経営),母親(店に出ていることが多い,教育熱心),妹(中学2年),弟(小学6年),

本人の5人家族。健康状態は良好で,生育歴上の問題点も特になし。性格特性としては,責任

感が強く,行動派で,友達も多い。学業成績は,入学時より上位をキープしている。英文科進

学を希望しているが,2学期末の定期試験で英語の成績が予想外に悪く,そのためか,教室で

はいつもの生彩が見られない。クラス担任のすすめで,筆者の関係するカウンセリングセンター

に来所。ラポートのとれた段階で,FIGHT検査を実施する。

 (2)computer診断の結果(図5)

 Mさんは,診断4のファイト(学習意欲)偏差値44から明らかなように,現在やや学習意欲

低下の状態にあることが読み取れる。(なお,本事例については,知能学力バッテリー診断は行

なっていない)

 学習意欲低下の状態を診断2から検討してみると,まず,④回復力を発揮できないでいる点

が,特に目につく。⑥勉強することへの目的意識や,⑦高い目標に向かって努力しようとする

姿勢は強くうかがわれる。また,①学習に自発的に取り組む姿勢や,⑤勉強することへの興味

と関心もそれなりに持っているが,いざ実行となると,②注意散漫になったり,③長続きしな

かったウで,そうした状態の持続から,⑧勉強することへの自信感も揺らぎ始めている傾向が

読み取れる。

 次に,そうした傾向の背景となる要因を診断3から探ってみると,⑭親が干渉的であると強

く感じていること,⑱精神面で不安傾向が強く,気分の変化が大きいことなどが,学習意欲の

阻害要因としてクローズアップされてくる。さらに,資料1か日は,進路に対する不安や,時

間をかけてやっている割には部活が忙しく,勉強が思うようにはかどっていない状況がうかが

われる。

 (3)診断結果の生徒へのfeedback

  診断結果を生徒へfeedbackするにあたっては,ムート(Muth,J.)も述べているが,「生徒

にとって軽く消化できる一口の食事に分けてやる」25)配慮が,教師側に強く求められていると言

えよう。今回,Mさんにfeedbackするに際しても,この点を踏まえ,(2)で取り上げた診断内容

をさらにかみくだいて,しかもMさんのH常生活のことと関連させて具体的に伝えていくこと

に意を払った。

 それと,ただこちら側が一方的に伝え返すだけに終わらず,Mさんが結果を聞きながらどん

なことを考え感じているかを,3直(正直・率直・素直)に尋ねてみるように心掛けてみた。

さらに,どんな反応が返ってきてもいきなり評価したり説得したりしないで,まずはMさんの

表現するものをじっくり受けとめ,その背後にある気持ちに耳を傾けるようにも努めてみた。

 こうしたプロセスの繰り返しを経る中で,Mさんは,検査結果に示された客観的自己像と,

結果を知らされる以前に描き抱いていた主観的自己像との照合を行ない,自己理解を深めていっ

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学習意欲の診断法に関する一研究

図5.Mさんの学習意欲診断検査(FIGHT)の結果

検証尺度 ●まじめに回答していないおそれ

 ある□  ややある□  ない囲 無回答が多い口

要求水準 ●自分をきびしくみつめているか

 高い(きびしくみつめている)□  普通因 低い口   ●要求水準が高い場合は結果が辛くでやすく、低い場合は甘くでやすい。

【診断1】ファイト指数

40%

R0%

Q0%

P0%

指 数 55     70     85    100    115    130    145

偏陛値. 20    30    40    50     60    70    80

低い←一一一普通一→高い

【診断2】ファイト診断プロフィール

5  段  階

1 2 3 4 5

①学 習 へ の 主 体性@(学習に自発的に取りくむ態度)

②集    中    力@(学習に対する注意集中力)

③持    続    力@(学習に対するねばり強さ)

④回    復    力@(失敗感からの脱出力)

⑤学 習 へ の 興 味@(わかることの楽しさ)

⑥学 習 へ の 価 値 観@(学習することの目的理解)

⑦学 習 の 達 成 動 機@(高い目標に向っての努力)

⑧学習の自己能力感@(学習能力に対する自信)

【診断3】学習意欲をささえる要因

3  段  階

1 2 3

④一般的興味 高い

⑧自  主  性 普通

◎健  康  度 普通

◎対 人  関 係 普通

家庭の雰囲気 普通⑭保養護育者態の度

過干渉傾向 強い

過保護傾向 普通

劣  等  感 普通⑭性  格

不 安 傾 向 強い

気分の変化 大きい

家庭での学習習慣 普通◎学習技術

授業の受け方 普通

答案の利用法 普通

【診断4】知能学力バッテリー診断

5  段  階    段階

?レ 1 2 3 4 5

知能偏差値

学力偏差値

修正成就値

ファイト偏差値 44

低い←一普通一→高い

資料1 調査項目 (教科のすききらい)

授業についていけなくて不安である は     い

部活(課外のクラブ)が忙しくて勉強できない は     い

教科

国語 社会 数学 理科 英語 音楽 美術雲璽 保健 体育 技術 家庭

進路のことで悩んでいる は     い

異性のことで悩んでいる い い  え大好き ◎ ◎

勉強のことで困ったとき相談する人がいますか い い  え好 き o o O o O

家での平均勉強時間 2時間程度 、モつつ ◇ ◇

テレビをみる時間(一日平均) 1時間程度嫌 い △

塾や家庭教師に習っている科目はi国,社,数,理,英,他) 習っていない 大嫌い

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浜松医科大学紀要 一般教育 第2号(1988)

た。また,照合していく中で,いままで見えてこなかった自分の問題に気づき始め,「何とかし

てみよう」といった動きも実際に起こってきた。

 Mさんの気づきと動きの具体的内容を,以下に取り上げてみたい。期末試験の英語が予想外

に悪く,ショックを受ける。さらに追い打ちをかけるように,母親から部活を辞めるように言

われる。部員が思うように動いてくれないためストレスがたまって,一時放り出したい気持ち

に駆られたことがある。それでも,3年の1学期までは,何とか責任を果たさなければという

気持ちでいたので,母親の一言はこたえた。現在,“何とか両立させてみよう”という気持ちで

いるが,気ばかり焦って,自分のペースをつかむまでには至っていない。

 (4)総合所見

 computer診断の結果(obj ective data)と,結果のfeedback時の聴き取り内容(subjective

data)を総合すると, Mさんは,スラ「ンプ克服の糸口が掴めない急性型の学習意欲低下をきた

していると言えよう。Mさんの学習意欲低下の状態は,特に,回復力を発揮できないでいる点

を特徴としており,その背景としては,親とのあつれき,部活と勉学の両立の困難さ,進学に

対する不安と焦りの状況などが推察できる。

 (5)指導方針

 Mさんとの個人面接を継続する。まず,スランプが力の後退ではなく,次の飛躍に向けての

準備の時であり,準備のために力が一時的に停滞しているに過ぎない,といったスランプの積

極的意味を伝える。その上で,スランプの乗り切り方(克服法)の自己検討を促す。勉学と部

活の両立を工夫してみることと,セルフコントロール法(自分のstressfulな感情を自分でコント

ロールする方法)の自己開発の3点を,指導上の重点ポイントとする。

 (6)指導経過

 (3)の主観的・客観的自己像の照合を経る中でMさんの内面に起こってきたことは,スランプ

の泥沼状態にいることへの気づきと,いまの自分にとって必要なことは,自分の感情を自分で

コントロールしていくこと,自信の回復,それと両立の工夫であり,こうしたことに何とか取

り組んでいきたいといった動きに要約される。

 こうした動きは,Mさんが自らの問題を解決していく(問題の自己解決)プロセスでもあり,

継続面接では,こうしたプPセスが円滑に推進していくように,必要に応じて情報モデルの呈

示に努めていくことを心掛けてみた。なお,生徒にモデル呈示するにあたって,筆者なりに日

頃配慮している点は,モデルそのものをそのまま伝えるのではなくて,教師が十分そしゃくし

たものを,できれば教師自身もやってみた(体験学習した)上で,あくまでも参考資料の一つ

として生徒にすすめてみることである。前述のムートの言葉は,ここでも問われていると言え

よう。

 Mさんには,スランプ克服法26)・セルフコントロール法27)・勉学とクラブの両立法28)の3点

に関するモデルを,適宜呈示していった。毎週1回の継続面接は,検査の実施とfeedbackを含

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学習意欲の診断法に関する一研究

め6回行なわれ,本人側からの要請で,一応の終結をみた。その後,Mさんから,○モデルを

参考にしながら自分に見合ったセルフコントロール法を工夫中である,○何とか両立させなが

ら,次の定期試験に向けてマイペースで準備を始めている,との経過報告を受けている。

 おわりに

 学習意欲低下に対する原因究明の手立てとしては,教師側の日頃の行動観察と生徒側からの

自己申告資料の収集が,2本柱として挙げられる。前者によって,普段教師の目に触れる顕在

的な問題か明らかにされ,後者によって,普段教師の目に触れることのない潜在的問題が明ら

かにされよう。

 今回取り上げてきた学習意欲診断検査(FIGHT)は,この潜在的問題を,多面的かつ迅速に

捉えていく上で,一つの手がかりとなり得ることが,前節の事例検討を通して明らかとなった。

今後,さらに事例数を増やしていくことによって,本検査の効果性に対する教育相談の視点か

らの検証をすすめていきたい。

 本論は,学習意欲診断法研究の第一報,いわば序説であり,上記以外にも,掘り下げていく

必要のある研究課題は山積している。例えば,○学習意欲そのものの概念規定の明確化,○学

習意欲の捉え方(構造モデル)の妥当性の検討,○質問紙法の限界を補填するためのtest battery

編成法に関する研究?9>さらに,学生相談や患者指導に適用可能な意欲診断法の開発研究30>など

が代表的なものとしてあげられる。いずれにしても,今後,この拙論を,目的・内容・方法・

対象の各面から,より精緻なものへと再構成していきたい。

注および引用文献

1)文部省.生徒指導上の問題についての対策.P-59,1975.

2)学習意欲の英語訳は統一されておらず,academic achievement motivation(下山剛)・learning

 volition(北尾倫彦)・will to learn(渡辺秀敏)・self-initiative to learn(松原達哉)などま

 ちまちであるが,筆者は,motivation for learningと訳出したい。

3)

4)

5)

6)

7)

8)

9)

 松原達哉,橘川真彦,犬塚文雄.学習意欲診断検査FIGHT一中学・高等学校用一.日本文化

科学社,1985,

 松原,橘川,犬塚.学習意欲診断検査FIGHT一小学校用一.日本文化科学社,1986.

 学習意欲曲線が下降している状況を,生徒たちは“めげる”といった言葉で表現している。

 McClelland,D.C.et al. The achievement motive. Appleton-Century-Crofts,1953.

 Ibid,ppllO-114.

 Ibid,p-109.

 達成動機研究会(宮本美沙子他).達成動機づけ測定に関する研究の動向.教育心理学年報,

 第16集,pp117-133,1977.

10) BrunerJ.S. Toward a theory of instruction.Norton,p-114,1966.

11) Harter,S. A new self-report scale of intrinsic versus extrinsic orientation in the classroom :

 Motivational and informational components. Developmental Psychology,17,pp300-312,1981.

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