27
37 欧米大手金融機関の成長戦略 ~金融機関の将来像~ みずほ総研論集 2010年Ⅲ号 みずほ総研論集 2010年Ⅲ号 欧米大手金融機関の成長戦略 ~金融機関の将来像~ 金融調査部 上席主任研究員 新形 敦 E-Mail:[email protected] 1.欧米大手金融機関は、金融危機の際には、投資銀行(部門)の主力業務であるセールス&トレーディ ング業務(以下、トレーディング業務)で巨額損失を計上した。しかし、2009年以降は、このトレー ディング業務がけん引する形で収益が急回復するなど、金融危機を挟んで、業績は激しく乱高下し ている。 2.欧米大手金融機関の多くは、 「銀行」の機能と「投資銀行」の機能を併せ持つ総合金融機関であるが、 近年では、直接金融の進展に伴い、投資銀行のプレゼンスが上昇している。直接金融の進展は同時 に、投資銀行の業務内容においても、証券引受等の「投資銀行業務」に比べ、証券売買を仲介する 「トレーディング業務」の比重を高めている。背景には、①直接金融の進展の結果としての流通市 場の発達と、②プライマリー市場における競争環境の激化、がある。 3.欧米大手金融機関の成長戦略を、大企業や機関投資家を顧客とする法人・投資銀行部門(以下、 CIB 部門)と、個人や小規模企業を顧客とするリテール部門に分けてみると、直接金融の進展の影 響を最も受けているのが前者である。CIB 部門の収益の多くは、トレーディング業務で稼ぎ出され ており、今後もトレーディング業務が中心との戦略は総じて不変である。ただし、金融危機を経て、 リスクが高い自己勘定投資は縮小し、対顧客取引中心の体制に転換されている。 4.他方、リテール部門では、貸出という銀行業務の重要性は全く低下していない。リテール部門にお いては、「大規模な支店ネットワークを通じて高いマーケット・シェアを獲得し、金利収入を確保 する」という戦略が採られており、当面この戦略は不変の可能性が高い。 5.トレーディング業務を巡っては、①銀行が行うことの合理性、②金融規制強化の影響、③金利環境 変化の影響、といった問題が指摘できる。ただし、トレーディング業務もまた資金仲介というマク ロ経済的な意義を担い、業務遂行には財務基盤の頑健性が必要となることをかんがみれば、安定的 な資金調達手段を有する銀行がこれを行う合理性を見出せる。また、最近の金融規制強化は、逆風 であることは間違いないが、中身は業務内容を大きく変化させるものではない。さらに、金利環境 の変化も、トレーディング業務のプレゼンスを高めている構造要因とは一義的な関係はない。 6.トレーディング業務は、中・長期的にも持続的と考えられるが、短期的には市場環境に左右される 不安定な業務である。このため、誰しもが高水準の収益を実現できる業務ではない。ただし、業態 としては総合金融機関の強みが再評価されており、当面その優位性が保たれると考えられる。 要 旨 

欧米大手金融機関の成長戦略...37 欧米大手金融機関の成長戦略 ~金融機関の将来像~ みみずほ総研論集 2010年Ⅲ号ずほ総研論集 2010年Ⅲ号

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37

欧米大手金融機関の成長戦略~金融機関の将来像~

みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

欧米大手金融機関の成長戦略~金融機関の将来像~

金融調査部 上席主任研究員 新形 敦*

*E-Mail:[email protected]

1.欧米大手金融機関は、金融危機の際には、投資銀行(部門)の主力業務であるセールス&トレーディング業務(以下、トレーディング業務)で巨額損失を計上した。しかし、2009年以降は、このトレーディング業務がけん引する形で収益が急回復するなど、金融危機を挟んで、業績は激しく乱高下している。

2.欧米大手金融機関の多くは、「銀行」の機能と「投資銀行」の機能を併せ持つ総合金融機関であるが、近年では、直接金融の進展に伴い、投資銀行のプレゼンスが上昇している。直接金融の進展は同時に、投資銀行の業務内容においても、証券引受等の「投資銀行業務」に比べ、証券売買を仲介する

「トレーディング業務」の比重を高めている。背景には、①直接金融の進展の結果としての流通市場の発達と、②プライマリー市場における競争環境の激化、がある。

3.欧米大手金融機関の成長戦略を、大企業や機関投資家を顧客とする法人・投資銀行部門(以下、CIB 部門)と、個人や小規模企業を顧客とするリテール部門に分けてみると、直接金融の進展の影響を最も受けているのが前者である。CIB 部門の収益の多くは、トレーディング業務で稼ぎ出されており、今後もトレーディング業務が中心との戦略は総じて不変である。ただし、金融危機を経て、リスクが高い自己勘定投資は縮小し、対顧客取引中心の体制に転換されている。

4.他方、リテール部門では、貸出という銀行業務の重要性は全く低下していない。リテール部門においては、「大規模な支店ネットワークを通じて高いマーケット・シェアを獲得し、金利収入を確保する」という戦略が採られており、当面この戦略は不変の可能性が高い。

5.トレーディング業務を巡っては、①銀行が行うことの合理性、②金融規制強化の影響、③金利環境変化の影響、といった問題が指摘できる。ただし、トレーディング業務もまた資金仲介というマクロ経済的な意義を担い、業務遂行には財務基盤の頑健性が必要となることをかんがみれば、安定的な資金調達手段を有する銀行がこれを行う合理性を見出せる。また、最近の金融規制強化は、逆風であることは間違いないが、中身は業務内容を大きく変化させるものではない。さらに、金利環境の変化も、トレーディング業務のプレゼンスを高めている構造要因とは一義的な関係はない。

6.トレーディング業務は、中・長期的にも持続的と考えられるが、短期的には市場環境に左右される不安定な業務である。このため、誰しもが高水準の収益を実現できる業務ではない。ただし、業態としては総合金融機関の強みが再評価されており、当面その優位性が保たれると考えられる。

要 旨 

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38

欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

《目 次》

1.はじめに…………………………………………………………………………………39

2.金融機関の業務内容の変遷……………………………………………………………39

⑴ 金融機関の役割……………………………………………………………………………………… 39

⑵ 金融機関における業務内容の変化………………………………………………………………… 40

⑶ 直接金融の進展とトレーディング業務…………………………………………………………… 40

3.欧米大手金融機関の成長戦略…………………………………………………………45

⑴ CIB 部門 ……………………………………………………………………………………………… 45

⑵ リテール部門………………………………………………………………………………………… 54

4.トレーディング業務にかかわる幾つかの問題点……………………………………58

⑴ 銀行を保有する金融機関がトレーディング業務を行うことの合理性………………………… 58

⑵ 金融規制強化の動向………………………………………………………………………………… 59

⑶ 金利環境の変化……………………………………………………………………………………… 60

5.金融機関の将来像………………………………………………………………………61

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

1.はじめに

欧米大手金融機関は、金融危機が顕在化した2007年半ばからリーマン・ショック後の2008年末にかけ、巨額の損失を計上し、一部は経営破綻や大量の公的資金の投入を受けるほどまで事態は深刻化した。しかし、2009年以降は、一転して収益が急回復しており、金融危機を挟んで、業績は激しく乱高下している。

近年の業績の内訳をみると、金融危機の際には、投資銀行(部門)の主力業務であるセールス&トレーディング業務(以下、トレーディング業務)が巨額損失の主因だった。にもかかわらず、2009年以降の業績回復は、このトレーディング業務がけん引する形となっている。

果たして、この現象をどのように評価すれば良いのであろうか。

2009年以降のトレーディング業務の急回復は、競争相手の一時的な減少や、欧米各国当局の金融危機対策に伴う金融市場の安定といった特殊要因に多かれ少なかれサポートされたものであることは間違いない。そうであれば、この間のトレーディング業務の回復は、一時的でしかないのであろうか。それでは、中・長期的にみて、金融機関の将来像はどのような姿になるのであろうか。これが、本稿における最大の問題意識である。

本稿の構成は以下の通りである。まず第2節では、近年の金融機関の業務内容

について、直接金融の進展と競争環境の激化から、預貸業務や投資銀行業務に比べ、トレーディング業務のプレゼンスが増していることを確認する。そして第3節において、このような環境

変化の下での欧米大手金融機関の成長戦略について、大企業や機関投資家を主な顧客とする法人・投資銀行部門(以下、CIB(Corporate and Investment Bank)部門)と、個人や小規模企業を主な顧客とするリテール部門に分けて解説する。さらに第4節では、総体としてはトレーディング業務のプレゼンスが高まるなか、トレーディング業務が抱える幾つかの問題点について分析する。最後に第5節において、以上の分析を踏まえた上での金融機関の将来像について、若干の見解を示すことにしたい。

なお、実務上は、本稿で述べるような戦略の実践に向け、様々な具体的な取り組みが行われている。ただし、本稿の目的は、あくまで大きな潮流を捉えることにあるため、実践に向けた具体論については、必ずしも詳述はなされていない。同時に、特定の個別行の戦略ではない点にも留意されたい。

2.金融機関の業務内容の変遷

⑴ 金融機関の役割

金融機関の重要な役割のひとつに、資金余剰主体から資金不足主体に向けた、資金の流れの仲介がある1)。マクロ経済的観点からは、金融機関がこのような資金仲介を行うことで、資金の効率的配分が促進される。

銀行は、「預金の受入と資金の貸付を行う」金融機関であり、資金余剰主体である家計等から預金という形態で資金を集め、資金不足主体である企業等に貸付を行う。いわゆる、間接金融である。

また、証券会社(以下、投資銀行2))は、「証

* 本稿執筆にあたっては、欧米大手金融機関や本邦金融機関の実務関係者との議論から多くの示唆を頂いたことに謝意を表したい。ただし、本稿で示されている見解は全て筆者個人のものであり、筆者が所属するいかなる組織の見解を示すものではない。

1) その他、「銀行」の代表的な機能としては、決済機能、信用創造機能等。 2) 「投資銀行」に明確な定義はないものの、従来は、企業取引(ホールセール)に特化した証券会社との意味で使われてきた。

しかし、現在では、ホールセール特化型の証券会社は少数で、多くは個人取引(リーテル)も行っている。このため、現在では、フルラインの大手証券会社といった意味で用いられることが多く、本稿でもこの意味で使用している。

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

券市場(資本市場)での証券売買を仲介する」金融機関であり、資金不足主体である企業等が発行した株式や債券等の証券を、資金余剰主体である投資家(あるいは、資金余剰主体から資金を集めた機関投資家)に売却する際の仲介を行う。いわゆる、直接金融である。

なお、現在の欧米大手金融機関のほとんどが、こうした銀行の機能と投資銀行の機能の双方を併せ持っており、本稿では、こうした金融機関を、総合金融機関と呼ぶことにしたい(図 表 1)。

⑵ 金融機関における業務内容の変化

ところで、近年においては、総体としてみれば、銀行に比べた投資銀行のプレゼンスが上昇している。金融自由化の進展に伴い、特に大企業は、株式や社債の発行を通じて、資本市場で直接資金調達することが可能になるなど、いわゆる直接金融が進展しているためである。

ただし、先でみたように、直接金融においても、資金仲介を行う主体という点で、投資銀行

と、間接金融における銀行との間に、役割の差異はない。

間接金融と直接金融との大きな違いは、資金不足主体の信用リスク(債務不履行リスク等)や市場リスク(金利変動リスク等)について、金融機関(銀行)が負担するか、金融機関(投資銀行)は仲介のみ行いリスクは投資家が負担するかという、リスクの負担方法にある3)。

このように、資金仲介という金融機関の役割には変化はないものの、欧米では、近年、直接金融の進展に伴い、銀行に比べた投資銀行のプレゼンスが高まる傾向にある。

⑶ 直接金融の進展とトレーディング業務

本項では、直接金融の進展とともにプレゼンスが増す投資銀行の業務内容について、より詳しくみてみたい。

投資銀行の業務内容は、大別して、主に事業法人(大企業)を顧客として、資金調達時点での株式や債券等の証券引受を行う「投資銀行業

3) 厳密には、証券引受の場合、仮に証券が売れ残った場合には投資銀行が買い取ることになっているため、リスク負担が全くないというわけではない。

図表1:世界の金融機関の資産規模ランキング(2009年末)

順位 金融機関名 国 資産規模(10億ドル)業務内容

銀行 投資銀行

12345678910

BNPパリバRBSクレディ・アグリコルHSBCバークレイズバンク・オブ・アメリカドイツ銀行JPモルガン・チェース三菱UFJ フィナンシャルグループシティグループ

フランス英国フランス英国英国米国ドイツ米国日本米国

2,9652,7502,4412,3642,2352,2232,1622,0322,0261,857

●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●

2932

ゴールドマン・サックスモルガン・スタンレー

米国米国

849773

▲▲

●●

(注)●:保有。   ▲:業態的には保有可能だが、実質的に保有せず(資産規模は僅少)。

(資料)The Banker “TOP 1000 WORLD BANKS 2010”(July 2010)より、みずほ総合研究所作成

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41

みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

務」 4)と、主に機関投資家を顧客として、事後的に既発証券の売買を仲介する「トレーディング業務」、とに分けられる(図表2)。

直接金融の進展に伴い、投資銀行のプレゼンスが高まっているのは先に述べた通りであるが、直接金融の進展はまた、「投資銀行業務」に比べた「トレーディング業務」の比重も高めている(図表3)。

背景には、次に述べる、①流通市場の発達と、②銀行業務や投資銀行業務における競争環境の

激化、という2つの側面がある。a.流通市場の発達

資本市場は、株式や債券等の証券売買が行われる市場であるが、証券が売買される段階に着目すると、①資金調達時点での発行市場(プライマリー市場)と、②事後的に既発証券が売買される流通市場(セカンダリー市場)、とに区分できる。

企業が資金調達する市場がプライマリー市場であり、広義には、銀行貸出もこの範疇に入る

4) 「投資銀行業務」には、証券引受業務に加えて M & A 仲介業務も入る。本稿では、「資金仲介」の観点から議論を展開しているため、必ずしも資金仲介を伴わない M & A 仲介業務は、単純化のため、捨象している。

図表2:投資銀行の業務内容

主な業務内容 主な顧客

投資銀行業務 株式引受(ECM)・債券引受(DCM)M&A業務

事業法人・金融機関(主に大企業)

トレーディング業務 株式トレーディング債券・通貨・コモディティ(FICC)トレーディング

機関投資家・事業法人(ヘッジ・ファンド、ソブリン・ウェルス・ファンド、

ミューチュアル・ファンド、年金基金等)

(資料)みずほ総合研究所作成

<米国(旧)投資銀行>

▲30▲20▲10010203040506070

トレーディング業務投資銀行業務

(年)

(10億ドル)

1997 99 090705032001

<米国大手金融機関>

トレーディング業務投資銀行業務

▲30▲20▲10010203040506070

(年)

(10億ドル)

1999 090705032001

<欧州大手金融機関>

トレーディング業務投資銀行業務

▲30▲20▲10010203040506070

1999(年)

(10億ユーロ)

090705032001

(注)1.「トレーディング業務」は、株式、債券・通貨・コモディティトレーディング。「投資銀行業務」は、株式・債券引受、M&A 業務。

   2.米国(旧)投資銀行は、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、旧メリル・リンチ、旧リーマン・ブラザーズの合計。米国大手金融機関は、バンク・オブ・アメリカ、JP モルガン・チェース、シティグループの合計。欧州大手金融機関は、ドイツ銀行、クレディ・スイス、UBS の合計。

   3.クレディ・スイス、UBS は、各年末の為替相場でユーロ変換。(資料)各社(行)決算資料より、みずほ総合研究所作成

図表3:投資銀行業務とトレーディング業務の推移(純収入)

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42

欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

(以下、「プライマリー市場」は証券引受と銀行貸出の双方を含む概念として取り扱う)。そして、プライマリー市場で発行された株式や社債

(あるいは一部の銀行貸出)等を、当初購入した投資家から別の投資家に転売する市場がセカンダリー市場である(図表4)。

そして、このプライマリー市場とセカンダリー市場とは密接な関係にある。

というのも、直接金融においても、仮にセカンダリー市場が存在しなければ、ある企業が発行した証券を購入した投資家は、この証券を事後的に転売できないため、当初購入した証券は満期まで保有し続けるほか選択肢がなくなる。この場合、リスク負担の観点からみれば、当初の資金提供者(投資家)が、資金不足主体の信用リスクや市場リスク等の全てのリスクを満期まで背負い続けることになるため、間接金融における銀行の役割との差異が薄れ、リスク分散という直接金融が持つ効用が大きく減じられてしまうためである。逆に、セカンダリー市場が発達すれば、当初証券を購入した投資家にとっ

て、事後的に任意の時点で転売することが可能となる。このため、新規に発行された証券を購入する際の制約が低下することを通じて、投資家の資金供給が円滑化し、プライマリー市場も一層活性化することにつながる5)。

このように、直接金融は、プライマリー市場とセカンダリー市場との相互強化作用を通じて発展してきた。

ところで、セカンダリー市場が発達すれば、金融機関の業務範囲も、プライマリー市場ばかりでなくセカンダリー市場も、という形で拡大するのは自然な流れであろう。実際、トレーディング業務は、プライマリー市場で引受けた証券を投資家に販売するというディストリビューション機能も担っている。

ここで、プライマリー市場とセカンダリー市場とを、金融機関が資金仲介を行う回数という観点から比較してみると、プライマリー市場では、資金調達時点という1回限りであるのに対して、セカンダリー市場では日々売買が行われており、仮に同一の証券であっても、売買される

5) また、セカンダリー市場の発展に伴い、市場を通じた公正な価格が形成され、証券やローン等の価格の透明性が向上することで、プライマリー市場を活性化させるというフィードバック効果もある。

金融機関

市場

業務内容

銀行

プライマリー市場(プライマリー業務)

銀行業務(預貸業務) 投資銀行業務(証券引受)

投資銀行

セカンダリー市場(セカンダリー業務)

トレーディング業務(証券売買仲介)

取引概念図

資金余剰主体(家計等)

金融機関

預金 証券発行

証券引受

売買仲介

売買仲介

貸出

金融機関 金融機関

投資家 投資家

投資家 企業資金不足主体(企業等)

資金余剰主体(投資家)

資金不足主体(企業等)

図表4:銀行と投資銀行の業務内容(概念図)

(資料)みずほ総合研究所作成

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43

みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

回数分だけ、資金(売買)仲介回数も増加する。さらに、両市場を、市場規模という観点から

比較してみると、プライマリー市場は一定期間内での新規資金調達額という「フロー」の市場であるのに対して、セカンダリー市場は、それまでの資金調達額の累積という「ストック」の市場である。概念的には、仮に新規証券発行額は横ばいで推移しても、既発証券の残高は、それまでの発行額分だけ大きくなる6)。

実際、プライマリー市場とセカンダリー市場の規模を比較すると、後者の方が圧倒的に大きいことが分かる(図表5)。市場規模が大きければ、それだけ取引金額や取引回数が大きくなる素地を有していることになる7)。

これに加えて、近年では、間接金融である銀行貸出についてもセカンダリー市場の整備が進んでいる。代表的な市場としては、企業向け貸出では、シンジケート・ローン等を投資家に販売するローン・トレーディング市場が、個人向け貸出では、住宅ローンやクレジットカード債権等を証券化して投資家に販売する住宅担保証券(MBS)や資産担保証券(ABS)市場等がある。

このように、セカンダリー市場の規模は、間接金融経由の新たな市場の開拓とも相俟って、ますます規模を拡大させている。

セカンダリー市場の発展に伴い、金融機関の業務内容において、トレーディング業務の比重

6) 厳密には、ある証券が満期を迎えて償還されれば、その分、ストックも減少するため、フローの累積がそのままストックとなるわけではない。また、ストックを時価評価した場合、市場価格が下落した際には、ストック市場は縮小する。

7) もちろん、取引金額や回数が多くても、取引当たりの収益性が低ければ、総額としての収益水準が大きくなるとは限らない。とはいえ、プライマリー市場とセカンダリー市場の市場規模は圧倒的に格差があることから、実際には、セカンダリー市場関連業務の方が収益水準も大きくなっている。

<株式市場: セカンダリー市場(残高)とプライマリー市場(発行額)>

010203040506070

1990

株式市場時価総額株式発行額

(兆ドル)

(年)

(注)時価総額:世界の株式時価総額、発行額:グローバル株式発行額。(資料)WFE、Thomson Reutersより、みずほ総合研究所作成

<債券市場: セカンダリー市場(残高)とプライマリー市場(発行額)>

020406080100

債券市場残高債券発行額

(兆ドル)

(注)残高:世界の国内債残高+国際債残高、発行額:グローバル債券発行額。(資料)BIS、Thomson Reutersより、みずほ総合研究所作成

01234567

(兆ドル)

(年)

0.00.10.20.30.40.50.60.70.80.91.0

1990

(兆ドル)

グローバル債券発行額

グローバル株式発行額

(年)08060402200098969492

1990 (年)08060402200098969492

08060402200098969492

1990 08060402200098969492

図表5:世界の株式市場、債券市場

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44

欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

が高まっている。b.競争環境の激化

銀行貸出や証券引受という、プライマリー市場関連業務(以下、プライマリー業務)における競争環境の激化もまた、トレーディング業務の比重を高める要因となっている。

というのも、大企業向けの銀行貸出や証券引受等のプライマリー業務は競争環境が厳しく、預貸業務の収益源である金利マージンや、投資銀行業務の収益源である証券引受手数料率は低下傾向にある(図表6)。

背景には、大企業の資金調達において、直接金融の進展から銀行貸出に対する需要は趨勢的に低下していることがある。さらに、伝統的な銀行業務での収益性の低下を受け、大手銀行による投資銀行業務への参入が相次ぎ、投資銀行業務においても競争環境が激化している。

1980年代以降、各国で進んだ金融自由化の流れのなか、直接金融が進展し、特に大企業取引分野においては、預貸業務という伝統的な銀行業務では十分な収益性を確保できなくなっている。このため、欧米大手銀行は、買収等を織り交ぜながら投資銀行業務を強化した。

しかし、大手銀行による投資銀行業務への参入が続き、証券引受手数料率も低下しており、伝統的な投資銀行業務での収益性もまた低下傾向にある。

このようななか、当初は当時の米国の大手投資銀行8)が、センカンダリー市場の発達とも歩調を合わせる形でトレーディング業務の比重を高めてゆき、その後、他の大手金融機関もこの動きに追随した。

このように、トレーディング業務の比重が高まっている背景には、競争激化に伴い、プライ

8) ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、メリル・リンチ(2009年にバンク・オブ・アメリカと合併)、ソロモン・ブラザース(1997年にトラベラーズと合併、その後トラベラーズとシティコープの合併に伴いシティグループに)、リーマン・ブラザーズ(2008年破綻)等。このうち、現在でも単独で残っているのは、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーのみだが、両行とも、リーマン・ショック直後の2008年10月に金融持ち株会社を設立して FRB(連邦準備制度理事会)の監督下に入っており(厳密には、当初は銀行持ち株会社を設立し、その後、金融持ち株会社に転換)、業態としては、バンク・オブ・アメリカ、JP モルガン・チェース、シティグループ等と同じになっている。

<金利マージン>

0.00.51.01.52.02.53.03.54.0

米国 ドイツ 英国 フランス

(%)

(年)1990 060402200098969492

(注)1.ネット金利マージン:純金利収入/総資産。   2.米国、英国は大手商業銀行ベース、その他は全銀

行ベース。(資料)OECD より、みずほ総合研究所作成

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

1990

(%)

(年)

株式債券M&A

08060402200098969492

<投資銀行業務の手数料率>

(注)1.債券、株式引受手数料率:Gross Spread ベース(Thomson Financial 発表値)。

   2.M&A 手数料率:Imputed Fees ベース(Freeman発表値)。

(資料)Thomson Financial、Freeman より、みずほ総合研究所作成

図表6:銀行業務と投資銀行業務の収益性

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

マリー業務の収益性が概して低下傾向にあることも作用している。

3.欧米大手金融機関の成長戦略

本節では、以上の金融機関の業務内容の変化を踏まえた上での欧米大手金融機関の成長戦略について、大企業や機関投資家を顧客とするCIB 部門と、個人や小規模企業を顧客とするリテール部門に分け、述べたい。

⑴ CIB 部門

a.概要

先で述べたように、直接金融の進展や、その結果としてのセカンダリー市場の発達の影響を最も受けているのが、大企業や機関投資家向けの法人取引を担当する、CIB 部門である。通常

CIB 部門は、主に事業法人を顧客としたプライマリー業務(預貸業務、投資銀行業務)と、主に機関投資家を顧客としたトレーディング業務双方の業務を行う。

欧米大手金融機関の業績をみると、2009年以降は、個人や小規模企業を対象とするリテール部門は、金融危機に伴う景気減速の影響から相対的に低迷が続くなか、CIB 部門が、グループ全体の収益を引き上げている構図となっている

(図 表 7)。そして、そのCIB部門の収益の内訳をみると、

その多くがトレーディング業務で稼ぎ出されていることがわかる(図表8)。

欧米大手金融機関においては、トレーディング業務は、金融危機が顕在化した2007年半ばから、リーマン・ショック直後の2008年末までの

図表7:欧米大手金融機関の部門別業績推移<米国大手金融機関>

▲40▲30▲20▲100102030

2007

不良資産管理資産運用部門リテール部門中堅法人部門法人・投資銀行部門

(10億ドル)

(年)100908

(注)1.バンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェース、シティグループ、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーの合計。

   2.ゴールドマン・サックスのみ、税引前利益。

   3.ビジネスライン別収益は各行発表ベースの数値を、みずほ総合研究所が計算。

   4.「不良資産管理」はシティグループのもの。

(資料)各行決算資料より、みずほ総合研究所作成

▲40▲30▲20▲100102030

資産運用部門リテール部門中堅法人部門法人・投資銀行部門

(10億ユーロ)

2007 (年)100908

<欧州大手金融機関>

(注)1.ドイツ銀行、BNP パリバ、クレディ・アグリコル、ソシエテ・ジェネラル、クレディ・スイス、UBS の合計。

   2.ビジネスライン別収益は各行発表数値を、みずほ総合研究所が計算。

(資料)各行決算資料より、みずほ総合研究所作成

▲40▲30▲20▲100102030

不良資産管理資産運用部門リテール部門中堅法人部門法人・投資銀行部門

(10億ポンド)

2007 (年)100908

<英国大手金融機関>

(注)1.バークレイズ、RBS、ロイズ、HSBC の合計。

   2.ビジネスライン別収益は各行発表ベースの数値を、みずほ総合研究所が計算。

   3.「不良資産管理」は RBS、ロイズのもの。

   4.バークレイズの資産運用部門(BGI)売却益控除後の数値。

(資料)各行決算資料より、みずほ総合研究所作成

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

間、巨額損失の主因だった。にもかかわらず、欧米大手金融機関の CIB 部門では、金融危機後も、トレーディング業務を中心的業務に位置付ける、とのスタンスは総じて変化していない。

それでは、欧米大手金融機関は、金融危機の経験を反省しておらず、引き続き同じことを続けようとしているのであろうか。

実際には、金融危機を踏まえ、トレーディング業務においては、①リスク管理体制の見直しとともに、②トレーディング業務の中身が変化している。

以下では、まずは金融危機の際の問題点と危機後の動向を振り返った上で、CIB 部門の成長戦略を述べたい。b.トレーディング業務のリスクの所在

最初に、トレーディング業務におけるリスクの所在を明確にしておきたい。

トレーディング業務の中身をさらに区分すると、大別して、①ブローカレッジ業務9)、②マー

ケット・メイク業務、③自己勘定投資、に分けられる(図表9)。

ブローカレッジ業務とは、顧客(主に機関投資家)の証券売買の取次ぎであり、その際の委託手数料(コミッション)が収益源となる。次に述べるマーケット・メイク業務との違いは、ブローカレッジ業務は売買を取次ぐだけで、金融機関は証券保有に伴うリスクを負わないところにある。ただし、トレーディング業務の収益において、ブローカレッジ業務の割合はそれ程高くなく、マーケット・メイク業務が主たる収入源になっている。

マーケット・メイク業務は、顧客の証券売買の仲介という点ではブローカレッジ業務と同じだが、単なる取次ぎではなく、自らが顧客の取引相手になる業務である。ある投資家と売買した際、同時点で別の投資家から全く同額の反対売買の注文が入る保証はないため、結果として証券在庫を抱えざるを得ず、証券保有に付随す

9) ブローカレッジ業務とトレーディング業務とを、証券保有に伴うリスクの有無から区別する場合も多い。ただし、本稿では、欧米大手金融機関においては両業務とも CIB 部門において行われるのが一般的なため、ブローカレッジ業務を「広義の」トレーディング業務のひとつに位置付けている。

<米国大手金融機関>

▲30▲20▲1001020304050

2007

その他株式トレーディング債券トレーディング投資銀行業務

(10億ドル)

(年)100908

(注)1.バンク・オブ・アメリカ、JP モルガン・チェース、シティグループ、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーの合計。

   2.債券トレーディングは、FICC(債券、通貨、コモディティ)。

   3.その他は、企業(大企業+中堅法人)向け貸出等。

(資料)各行決算資料より、みずほ総合研究所作成

<欧州大手金融機関>

その他株式トレーディング債券トレーディング投資銀行業務▲15

▲10▲50510152025

(10億ユーロ)

2007 (年)100908

(注)1.ドイツ銀行、クレディ・スイス、UBS の合計。   2.債券トレーディングは、FICC(債券、通貨、

コモディティ)。   3.その他は、企業向け貸出等。   4.クレディ・スイス、UBS は、各期末の為替

相場でユーロ変換。(資料)各行決算資料より、みずほ総合研究所作成

図表8:欧米大手金融機関のCIB 部門の収益内訳(純収入)

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

るリスクを負う業務である。他方、ブローカレッジ業務とマーケット・メ

イク業務が顧客の売買に応じて、いわば受動的に対応した対顧客取引(フロー取引ともいわれる)であるのに対して、自己勘定投資とは、顧客取引とは関係なしに、自ら能動的に投資して投資収益を追求する、いわばヘッジ・ファンド等の機関投資家と同様の業務である(プロップ

(プロプライエタリ)取引ともいわれる)。このように、トレーディング業務においては、

ブローカレッジ業務を除き、証券保有に付随するリスクを負う必要がある。今般の金融危機の際、トレーディング業務において巨額損失を計上した背景には、マーケット・メイク業務に伴う証券在庫や、自己勘定投資による投資ポートフォリオが大きく毀損したことがある。c.金融危機の反省と対策:リスク管理体制

の強化と対顧客取引への「原点回帰」

前述した通り、マーケット・メイク業務においては、顧客間の売り注文と買い注文を一致

(マッチング)させて初めて取引が成立するブローカレッジ業務とは異なり、証券保有に伴うポジション・リスクを負うことは半ば不可避で

ある(図表10)。さらに、自己勘定投資は、自らの判断で証券投資を行う業務であり、常に投資ポートフォリオという形態で証券在庫を抱える業務である。この証券在庫のリスクこそが、トレーディング業務においては避けることのできないリスクであり、最も重要なリスク管理の対象となる。

金融危機の際にトレーディング業務で巨額損失を計上したのは、そこに至るまでには様々な要因が積み重なっているとはいえ10)、一義的には、マーケット・メイク業務や自己勘定投資における、証券在庫のリスク管理に失敗したためである11)。

すなわち、マーケット・メイク業務における損失の理由として、①流動性が乏しい CDO(債務担保証券)等の再証券化商品や複雑なストラクチャー商品等を大量に抱えていたこと、②顧客への販売目的で再証券化商品等を組成するためサブプライム関連商品等の大量の原債権を抱えていたこと12)、③証券化商品市場の混乱に伴い証券在庫が全般的に値崩れしたこと、等が指摘できる。また、この間、自己勘定投資も積極的に行っていたとされており、マーケット・メ

10) サブプライム・ローン等の融資実行時点での融資基準の緩み、格付け会社による格付けの不適切性、時価会計制度の問題等、今般の金融危機は複合的な要素が重なって発生した。

11) 投資銀行(部門)が巨額の損失を計上したのは事実であるが、主因はトレーディング業務であり、証券引受等のプライマリー業務は総じて堅調に推移している。

12) 証券化商品組成前の原債権在庫保有に伴うリスクであり、ウェアハウジング・リスクとも呼ばれる。

図表9:トレーディング業務の具体的な業務内容

取引相手 業務内容収益源

委託(取次仲介)手数料 売買価格差 証券在庫(ポジション)の価格変動

ブローカレッジ業務対顧客

顧客の証券売買の取次(マッチング) ○ - -

マーケット・メイク業務 顧客の証券売買の相手 - ○ ○

自己勘定投資 自己勘定 自らの投資判断での証券投資 - - ○

(資料)みずほ総合研究所作成

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

イク業務と同様、投資ポートフォリオという形態での証券在庫の値崩れから損失を計上した。

金融危機の反省を経て、欧米大手金融機関は、リスク管理モデルの見直しに始まり、リスク管理部門の人員の再配置や現場と経営陣とのコミュニケーションの円滑化、あるいは報酬体系の見直し等、リスク管理体制を全般的に見直している。

これに加えて、トレーディング業務の中身自体も見直されており、具体的には、証券在庫の価格変動のみに収益が依存するという意味で、他の業務に比べてリスクが高い、自己勘定取引を縮小し、対顧客取引であるマーケット・メイク業務(やブローカレッジ業務)中心の体制への転換が図られている。

すなわち、トレーディング業務は、対顧客取引を重視するという意味で、「原点回帰」されている。d.2009年の特殊要因

それでは、自己勘定投資を縮小して対顧客取引であるマーケット・メイク業務中心の体制に

転換した結果、トレーディング業務では、どの程度の収益水準(収益プール)が確保できるのであろうか。

マーケット・メイク業務の収益は、大別すれば、①売買価格差(ビット・オファー・スプレッド 13))、②市場での取引量(回転数)、③証券在庫の価格変動、の3つの要素から構成される

(図 表 11)。すなわち、マーケット・メイク業務において

は、顧客と証券売買した際の売買価格差に、取引量を乗じたものが、一義的な収益源となる。さらに、これに、証券在庫の価格変動分が加減される。これに対して、自己勘定投資は、証券在庫の価格変動に依拠した業務ということがで

13) オファー・ビット・スプレッド、ビッド・アスク・スプレッド等とも呼ばれるが、意味するところは、証券の買値(ビット)と売値(オファー / アスク)との差額のこと。

3ドル

10ドル 10ドル

10ドル7ドル

証券在庫

金融機関

マーケット・メイク業務

ブローカレッジ業務

機関投資家(売り手)

機関投資家(買い手)

図表10:トレーディング業務のリスク(概念図)

(資料)Goldman Sachs(2009)を参考に、みずほ総合研究所作成

売買価格差

マーケット・メイク業務の収益

+× 取引量(回転数)

証券在庫の価格変動=

図表11:マーケット・メイク業務の収益の構成要素       

(資料)みずほ総合研究所作成

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

きる。2009年以降のトレーディング業務の収益をみ

ると、金融危機前と遜色ない水準が確保されている。この間、トレーディング業務においては対顧客取引が中心だったことを勘案すれば、自己勘定投資を行わずとも、十分な収益水準が確保できることになる。

ただし、2009年以降の収益水準については、次の2つの要因を割引いて考える必要がある。すなわち、①一時的な競争相手の減少、②欧米各国当局の金融危機対策という政策効果、である。以下では、これら2つの特殊要因について記しておきたい。

金融危機を経て、周知の通り、米ベア・スターンズ、米リーマン・ブラザーズ、米メリル・リンチといったトレーディング業務においても有力プレーヤーだった大手投資銀行が、米 JP モルガン・チェース、英バークレイズ、野村證券、米バンク・オブ・アメリカに、それぞれ合併あるいは買収されるなどして、業界再編が進展した。また、この間、トレーディング業務で損失を被った一部の大手金融機関が、業務を大幅に縮小していたとされている。業界再編や一部の業務縮小の結果、トレーディング業務を行うプレーヤーの数が減ったことから、顧客との関係で既存プレーヤーの価格支配力(プライシング・パワー)が高まり、証券の売買価格差が拡大した。

また、欧米各国当局による金融危機対策の結果、金融市場が安定を取り戻したことから、それまで投資を控えていた機関投資家が市場に回帰することで取引量が急増し、売買価格差の拡大と取引量の増加という相乗効果もあり、トレーディング業務の収益が急回復した。

他方、トレーディング業務の収益を構成するもうひとつの要素である、証券在庫はどうであろうか。この間の欧米各国当局の金融危機対策は、国債、MBS、投資適格社債の買入れや金融債の債務保証等、政策の対象となった証券や市場は明示されており、さらに、政策の目的も、金利低下(=証券価格は上昇)にあったことは明らかであった。このため、証券在庫のリスク・ヘッジも平時と比べて容易であり、証券在庫保有に伴う価格変動リスクも、アップサイド(想定より価格上昇=儲かる)だった点は無視できない。

ただし、金融市場の安定に伴い、2009年半ば以降は、いったんは業務を縮小していたプレーヤーも再びトレーディング業務の拡大を図っており、競争環境は平時に戻りつつある。また、各国の金融危機対策もあくまで一時的なもので、恒久措置ではない。

このため、トレーディング業務において、今後も2009年と同等の収益プールが常時保証されると考えるのは早計であり、競争相手の減少や政策対応といった特殊要因を割引いて考える必要がある。e.対顧客取引での収益プール

それでは、特殊要因が剥落した後の、平時におけるトレーディング業務の収益プールはどの程度であろうか。

トレーディング業務の収益は、前述の通り、売買価格差、取引量、証券在庫という3つの変数に依存し、それぞれがその時々の市場環境に左右されるため、実際問題として、適正水準や平均水準を計るのは困難である。

とはいえ、2009年は、前述の特殊要因があった一方、取引量については、2009年の水準が今

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

後も維持されてもおかしくはないだろう。というのも、2007年半ばから2008年末にかけては、金融危機の影響から市場での取引量は極端に枯渇しており、2009年以降は、それが平時の状態に戻ったとも考えられるためである。

さらに、取引量という観点からみれば、今後も趨勢的には増加する可能性が高い。というのも、先にみた通り、セカンダリー市場の規模は、プライマリー市場に比べて圧倒的に大きいことに加え、世の中から資金需要がなくならない限りは、常にプライマリー市場を通じて新規プロダクツ(新規の証券発行や銀行貸出)が供給され、ストックの市場であるセカンダリー市場は今後も拡大傾向が続くと見込まれるためである。また、主要顧客である機関投資家の資産規模についても、2008年と2009年は金融危機に伴う時価変動の影響を受けたとはいえ、世界経済

が成長する限り金融ストックは積み上がるため、拡大傾向は不変と見込まれる(図表12)。

トレーディング業務の舞台であるセカンダリー市場が今後も拡大し、主な顧客である機関投資家の資産規模も増加傾向が続くとみられることを勘案すれば、証券売買需要は常に存在しており、トレーディング業務において、今後も相応の収益プールは担保されていると考えられよう。f.CIB 部門の成長戦略

前述の通り、特に大企業取引分野においては、直接金融の進展や競争環境の激化から、預貸業務や証券引受等のプライマリー業務での収益は相対的に低下している。このため、欧米大手金融機関の CIB 部門において、今後も機関投資家を主な顧客とするトレーディング業務を中心的業務に位置付ける、という構図に大きな変化

<ヘッジ・ファンド>

0.00.51.01.52.02.5

2001

(兆ドル)

(資料)IFSLより、みずほ総合研究所作成

(年)0.00.51.01.52.02.53.03.54.0(兆ドル)

(資料)IFSLより、みずほ総合研究所作成

<ミューチュアル・ファンド>

051015202530(兆ドル)

(資料)ICIより、みずほ総合研究所作成

05101520253035(兆ドル)

(資料)IFSLより、みずほ総合研究所作成

<年金基金>

<ソブリン・ウェルス・ファンド>

0908070605040302 2001 (年)0908070605040302

2001 (年)0908070605040302 2001 (年)0908070605040302

図表12:機関投資家の資産規模

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

はみられない。欧米大手金融機関の CIB 部門における成長戦略は、総じて、トレーディング業務でいかに成長するかという観点から組み立てられている。

そのトレーディング業務については、前述した通り、金融危機を経て自己勘定投資を縮小し、対顧客取引中心の体制に転換している。このため、CIB 部門においては、トレーディング業務の主な顧客である機関投資家や、外貨取引、ヘッジ目的でのデリバティブ取引、コモディティ取引等でトレーディング業務の顧客となる事業法人(大企業)とのリレーションの維持が最も重視されている。具体的には、①顧客の囲い込みに向けた利便性の向上、②顧客基盤の拡大、③競争相手との差別化、といった戦略が打ち出されている(図表13)。

顧客の利便性に関しては、顧客にとって魅力的な売買価格を提示するというプライシングはもちろんであるが、顧客の売買ニーズも多様化するなか、株式、債券、通貨等のプレーン(単純)なプロダクツばかりでなく、デリバティブやコモディティ等まで取扱いの幅を拡張し、かつ顧客ニーズに応じてこれらを組み合わせてカ

スタマイズしたプロダクツを提供するなどといった、幅広なプロダクツ・ラインナップの整備が必要とされている。また、売買取引を円滑化するため、取引プラットフォームの整備も重視されている。さらには、有力顧客であるヘッジ・ファンドとの関係強化を目指し、バック・オフィス機能の提供等を含むヘッジ・ファンド向けの総合的なサポート・サービスであるプライム・ブローカレッジ機能も改めて強化されている。また、その際には、運転資金の融資やコミットメント・ラインの設定、あるいは資金決済サービスの提供等の、伝統的銀行業務の機能も、利便性を提供するためのツールとして活用されている。

他方、既存顧客とのリレーションの強化に加え、顧客基盤の拡大もまた追求されている。この分野では、広範な顧客基盤を有する総合金融機関が有利であり、欧米大手金融機関においては、CIB 部門のプライマリー業務(預貸業務や投資銀行業務)の顧客のトレーディング業務への紹介、機関投資家や富裕層を顧客に抱える資産運用 / ウェルス・マネジメント / プライベート・バンク部門や、事業法人を顧客に抱える資

図表13:トレーディング業務の戦略

目  的 内  容

顧客の利便性の向上

-プライシング-プロダクツ・ラインナップの整備-取引プラットフォームの整備-プライム・ブローカレッジ業務の強化

顧客基盤の拡大-シナジー効果の発揮(グループ内連携による、顧客・プロダクツの相互紹介)-グローバル展開

差別化のための戦略的商品-資金決済機能-貸付(ファイナンス)機能-リサーチ(調査)提供能力

(資料)みずほ総合研究所作成

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

金決済部門や中堅企業部門等と連携し、CIB 部門にそれぞれの顧客をつなぐ体制の構築が図られている。

さらには、地理的にも顧客基盤を拡大すべくグローバル展開にも積極的であり、現地の機関投資家や事業法人との取引拡大や、先進国の機関投資家への現地のプロダクツ販売を目指し、アジアやラテンアメリカ等の新興諸国への進出に総じて積極的である。

さらに、他行との差別化を図るためには戦略的商品の売り込みも重要であり、欧米大手金融機関においては、総じて、銀行業務のひとつである資金決済サービスが重視されている。皆が資金決済サービスを戦略的商品と位置付けてしまえば差別化にはならないが、外貨と組み合わせたグローバルな資金決済に強いなどといった形で強みはそれぞれ異なっている。また、先のプライム・ブローカレッジ業務の部分で言及した融資機能とともに、大手では業態としては消

滅しているものの、専業投資銀行との差別化の手段として重視されている。

以上をまとめれば、ポスト危機のトレーディング業務では、顧客リレーションの維持や強化が最重要課題となっている。このようななか、厳格なリスク管理を所与とした上で、広範な顧客基盤、様々なプロダクツ供給能力(プライマリー業務を通じた証券や証券化商品等)、融資機能や決済機能等の幅広い機能を有する総合金融機関の強みが再評価されている(図表14)。g.プライマリー業務の位置付け

特に大企業や機関投資家等を顧客とする CIB部門では、預貸業務や証券引受等のプライマリー業務の収益水準は、トレーディング業務と比べ、小さくなっている。

とはいえ、CIB 部門においても、プライマリー業務の重要性が必ずしも低下しているわけではない。というのも、プライマリー業務を通じて組成されたシンジケート・ローンや新規発行証

貸出機能

引受機能

法人・投資銀行部門

中堅法人部門

資産運用部門

リテール部門

決済機能

ディストリビューション機能

利便性の提供

顧客基盤

投資家

投資家

事業法人

囲い込み

プロダクツ

プロダクツ提供

新たな顧客に

トレーディング業務の顧客層

総合金融機関

機 

能 

事 

業 

図表14:総合金融機関の強み(概念図)

(資料)みずほ総合研究所作成

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

券等が、トレーディング業務において、機関投資家向けのプロダクツとなる、という関係にあるためである(図表15)。

マクロ経済的観点からみても、セカンダリー市場の機能は、あくまで既存証券の売買(マクロ経済的にはリスク移転や価格の再評価)であり、プライマリー市場のように新規の付加価値を生み出すわけではない。このため、新規のプロダクツがなければ、セカンダリー市場もいずれは縮小せざるを得ない。換言すれば、プライマリー市場なきセカンダリー市場は存在しない。

このように、プロダクツの供給源という質的な観点からみて、プライマリー業務の重要性は全く低下しない。さらに、前述の顧客基盤の拡大の部分で記述した通り、プライマリー業務の顧客は、潜在的なトレーディング業務の顧客でもあり、例えば、証券引受をした企業に対し、為替やヘッジ商品(デリバティブ)等、トレーディング業務で取り扱うプロダクツの販売を行う(クロスセル)といったことも行われる。

さらに、証券引受に関していえば、トレーディング業務が証券保有に伴い多くの自己資本(あるいは資産)を必要とする業務であるのに対し、

自己資本は相対的に少なくて済むことから、資本効率的な業務である。

とはいえ、収益水準の観点では、プライマリー業務単独では、トレーディング業務に劣後してしまう。

このため、欧米大手金融機関の CIB 部門においては、特に利鞘が薄い法人向け貸出業務等は、証券引受等の投資銀行業務、あるいはトレーディング業務との総合採算ベースで判断される場合が多い。h.トレーディング業務の課題

それでは、トレーディング業務の課題は何であろうか。

トレーディング業務の収益は、その時々の市場環境に左右されるという意味で、持続性と安定性が最大の課題といえよう。

まずは、持続性についてみると、時価変動により一時的に規模が縮小することは起こるであろうが、今後、セカンダリー市場が大幅に縮小し、かつその傾向が継続するといった事態は想定しにくい。また、機関投資家の資産規模も、中・長期的にみた拡大傾向は変わらないであろうし、資産運用ニーズが無くなるといった事態も非現実的である。短期的な市場変動の影響を

企業 機関投資家株式・債券発行一部の銀行貸出 証券化

プライマリー業務-証券引受(投資銀行業務)-貸出(預貸業務)

トレーディング業務-証券売買(販売)-ローン売買(販売)

金融機関

図表15:プライマリー業務とトレーディング業務の関連性(概念図)

(資料)みずほ総合研究所作成

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

捨象すれば、業務全体での相応の収益プールは担保されていると考えられ、トレーディング業務は持続的といえよう。ただし、単純な株式、債券、通貨等のプレーンな商品はコモディティ化(定型商品化)が進んでおり、売買価格差は薄くなっている。トレーディング業務においても、適切なリスク管理体制を所与として、顧客ニーズに則して常に新たな商品を開発する必要がある。

他方、安定性という観点からは、トレーディング業務は、中・長期的に持続的でも、市場環境に応じて収益が振れることから、少なくとも短期的な不安定性は、完全に除去することはできないのもまた事実であろう。

すなわち、トレーディング業務は、「中・長期的にも持続的だが、短期的には不安定」というのが実体であり、経営上の課題は、完全に除去できないにせよ、短期的な不安定性をいかに平準化できるかにあるといえよう。

ちなみに、不安定性の平準化という意味では、広範な顧客基盤や多様な機能・サービスを有し、収益基盤も多角化されている、総合金融機関の優位性が発揮できる分野である。

⑵ リテール部門

本項では、銀行業務の重要性が何ら低下していない分野として、リテール部門の成長戦略と課題について述べておきたい。なお、欧米大手金融機関におけるリテールの定義は、詳細は各行で異なるものの、対象は「個人ならびに小規模企業」、という部分は共通である。

欧米大手金融機関の業務内容は、これまでみてきた通り、総体としてみれば、投資銀行業務やとりわけトレーディング業務の比重が増して

いる。とはいえ、個人や小規模企業にとって、いくら直接金融が進展したとしても、大企業のように市場で自ら証券を発行して資金調達することは実際問題として不可能であり、リテール部門においては、銀行業務の重要性は全く低下していない。

さらには、欧米大手金融機関のリテール部門は、平時においては、収益水準や収益性という観点からみても CIB 部門と遜色が無く、グループ内において CIB 部門と双璧を成す枢要な地位を占めている。a.概要

欧米大手金融機関のリテール部門の業績をみると、短期的には、金融危機後の景気減速に伴い、貸倒引当金の繰入や不良債権償却等の与信関係費用が膨らみ収益を圧迫しているものの、米銀を除き、総じて堅調である。米銀のリテール部門も2010年に入ると回復傾向にあることから、欧米大手金融機関のリテール部門の成長戦略には、基本的には、危機前後で大きな変化はみられない。

欧米大手金融機関のリテール部門の成長戦略とは、すなわち、「大規模な支店ネットワークを通じて高いマーケット・シェアを獲得し、金利 収 入 を 確 保 す る」 と い う も の で あ る

(図 表 16)。欧米大手金融機関の支店数をみると、日本の

3倍近くの人口を有する米国はともかく、日本の人口の半分程度のフランス、英国等においても、圧倒的な支店ネットワークを有している

(図 表 17)。そして、広範な支店ネットワークを背景に、大手金融機関のマーケット・シェアも高く、概して寡占的な市場となっている

(図 表 18)。そして、リテール部門の収益水準

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

も平時においては CIB 部門と比肩するものの、非金利収入比率は30%程度であることから明らかなように、その源泉の多くは、預貸業務を通じた金利収入である(図表19)。

金利収入が圧倒的なことからも明らかな通り、欧米大手金融機関のリテール部門において、銀行業務の重要性は低下していない。また、近い将来、個人や小規模企業が市場で直接資金調達できる環境になるという事体は想定しにく

い。市場が寡占状態にあることから現状でも十分な収益を確保できることとも相俟って、現状、成長戦略には大きな変化はなく、この先も当面変わらない可能性が高い。b.リテール部門の課題

このように、リテール部門の業績は総じて堅調なものの、短期的には、景気低迷に伴う貸出残高の減少や、各国の金融危機対策の結果としての預金スプレッドの縮小やイールド・カーブ

支店ネットワーク-圧倒的な支店ネットワーク

マーケット・シェア-プライシング・パワーの維持

金利収入クロスセル

図表16:リテール部門の戦略(概念図)

(資料)みずほ総合研究所作成

0三井住友みずほ

三菱UFJ

サンタンデール(英国部門)HSBC

バークレイズRBSロイズ

BNPパリバソシエテ・ジェネラルクレディ・アグリコル

シティグループJPモルガン・チェースバンク・オブ・アメリカ

(支店数)

9,0008,0007,0006,0005,0004,0003,0002,0001,000

図表17:欧米大手金融機関の国内リテール支店数        

(注)欧米金融機関は2009年末時点、グループ全体の値。日本の金融機関は2010年6月末時点、傘下の銀行+信託銀行の本支店。

(資料)各行資料より、みずほ総合研究所作成

5757 6363

121213131111 1010

9 88 4

3 2

<米国大手金融機関>

57 63

121311 10

9 88 4

3 2

0102030405060708090100

貸出

その他USバンコープシティグループJPモルガン・チェースウェルズ・ファーゴバンク・オブ・アメリカ

(%)

預金

(注)貸出、預金とも国内対象(2009年末時点)。

(資料)FDIC より、みずほ総合研究所作成

2626 23239 7

1616 20201717 1313

2525 3030

7 7

26 239 7

16 2017 13

25 30

7 7

0102030405060708090100

貸出

その他クレディ・ミューチュエルバンコ・ポピュラールBNPパリバソシエテ・ジェネラルクレディ・アグリコル

(%)

預金

<フランス大手金融機関>

(注)2009年9月末時点。(資料)Citigroup(2010)より、みずほ

総合研究所作成

2626 2323

7 1010

4141 3131

1212 1515

121289

6

26 23

7 10

41 31

12 15

1289

6

0102030405060708090100

貸出

その他HSBCRBSバークレイズサンタンデール   (英国部門)ロイズ

(%)

預金

<英国大手金融機関>

(注)貸出、預金ともリテール部門の数値(2009年末時点)。

(資料)Deutsche Bank(2010)より、みずほ総合研究

図表18:欧米大手金融機関のマーケット・シェア(国内リテール)

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

のフラット化、といったネガティブ要因にも直面している。ただし、これらの要素は、いずれも景気循環と連動するものである。今後は、景気回復とともに、資金需要の回復に伴い貸出残高も増加に転じ、長短金利はともに上昇すると見込まれる。景気が回復に向かえば、与信関係費用の減少と相俟って、従来の姿に戻る可能性が高い。

ちなみに、個別論でみた課題としては、例えば、マーケット・シェア獲得のための手段とはいえ、支店数の多さは経費率上昇の要因であり、オンライン・バンキングや携帯電話等のモバイル・ツールへの顧客誘導等が試みられている。より効率的なオペレーションを目指した業務体制の見直しは、今後も断続的に行われるだろう。また、従来からも取り組まれてきていることであるが、クロスセル(同一顧客に対する複数商品の販売)の向上や、そのためのマーケティング技術のスキルアップ、あるいは顧客満足度を

高めるための接客サービスの改善等は常時取り組まれている。

とはいえ、リテール部門は、基本的に預貸業務中心のビジネスであり、銀行業務の重要性は低下しないという状況は当面不変であろう。c.グローバル・リテール戦略

ただし、先進国経済は既に成熟している上、市場は寡占状態にあるため、中・長期的にみて、国内リテール業務で収益力のさらなる向上やマーケット・シェアの上昇を実現するのにも限界がある。このため、米国の場合は国内市場が大きいことから必ずしも積極的ではないものの、欧州大手金融機関は、リテール部門においても積極的にグローバルに進出しており、海外収入比率は既に相当程度高まっている(図 表 20)。

アジアや中南米等の新興諸国の経済成長は続いており、今後もさらなるグローバル化が続くであろう。とはいえ、海外リテール業務の戦略も、総じて、「支店ネットワークを通じたマー

<米国大手金融機関>

0

10

20

30

40

50

60

70

80

2006

バンク・オブ・アメリカJPモルガン・チェースシティグループ

(%)

(年)10090807

(注)リテール部門:個人・小規模企業、クレジットカード、住宅ローンの合計。

(資料)各行決算資料より、みずほ総合研究所作成

0

10

20

3040

50

60

70

80

2006

BNPパリバ

(%)

(年)10090807

<フランス大手金融機関>

(注)リテール部門:個人部門・小規模企業(住宅ローンを除く)。

(資料)決算資料より、みずほ総合研究所作成

0

10

20

30

40

50

60

70

80

2006

バークレイズRBSHSBCロイズ

(%)

(年)10090807

<英国大手金融機関>

(注)1.リテール部門:個人・小規模企業、クレジットカード、住宅ローンの合計。

   2.HSBC は、欧州リテール部門。(資料)各行決算資料より、みずほ総合

研究所作成

図表19:非金利収入比率(国内リテール部門)

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

ケット・シェア獲得と金利収入の確保」というものである。進出地域は各行間で差異はみられるものの、戦略自体には、国内リテール業務との間に大きな違いはない。d.CIB 部門との連携

本節の最後に、リテール部門と CIB 部門との関係について述べておきたい。

両者の間には、グループ全体でみて、事業ポートフォリオが分散されることから財務基盤が安定するといった間接的な効果の他、リテール部門が CIB 部門へのプロダクツの供給源となるといった直接的な補完効果も存在する。今般の金融危機の際に問題となった、貸出債権の証券化である。

個人や小規模企業は、資金調達時点では銀行

貸出に依存せざるを得ないものの、特に住宅ローンやクレジットカード債権等、与信の際に定型化された信用モデルを用いて供与されたローンは、銀行が事後的に複数の貸出債権を束ねて証券化するのが比較的容易である。欧米大手金融機関においては、個人向け貸出残高は、貸出債権全体の半分以上を占めるなどボリュームは大きい。例えば、米国の住宅ローン市場は、米国債市場と比肩する広大な市場である。個人向け債権は、CIB 部門の顧客である機関投資家向けプロダクツの有力な供給源ともなっている。

もちろん、金融危機の際には与信基準の緩みや安易な証券化といった問題が指摘され、証券化についても規制が強化される方向にはあるものの、証券化自体が完全になくなるとは考えにくい。

<海外/国内比率>

0

5

10

15

20

25

30

35

0

(海外収入、10億ドル)

(国内収入、10億ドル)

海外>国内

海外<国内ソシエテ・ジェネラル

BNPパリバ

シティグループ

HSBC バークレイズRBS

クレディ・アグリコル

ロイズ

3530252015105

(注)1.円の大きさは、リテール部門全体(国内+海外)の総収入の大きさを表す。

   2.英銀、欧銀の数値は、2009年末の為替相場でドル変換。

(資料)各行決算資料より、みずほ総合研究所作成

0

5

10

15

20

25

0

(新興国収入、10億ドル)

(先進国収入、10億ドル)

新興国>先進国

新興国<先進国

シティグループ

ソシエテ・ジェネラル

バークレイズHSBC

BNPパリバ

クレディ・アグリコルロイズRBS

252015105

<新興国/先進国比率>

(注)1.円の大きさは、海外リテール部門全体の総収入の大きさを表す。

   2.英銀、欧銀の数値は、2009年末の為替相場でドル変換。

   3.先進国:北米、西欧、新興国:左記以外(シティグループの新興国には、日本(アジア)が含まれる)。

(資料)各行決算資料より、みずほ総合研究所作成

図表20:海外収入比率(リテール部門)

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

セカンダリー市場との関係でいえば、リテール部門もまた、事後的な証券化等を通じて資本市場とつながっており、セカンダリー市場の規模をますます拡大させている。

4.トレーディング業務にかかわる 幾つかの問題点

これまでみてきた通り、リテール部門では銀行業務の重要性は低下していないとはいえ、総体としてみれば、欧米大手金融機関においてはトレーディング業務の比重が増加しており、この傾向は今後も続くと見込まれる。

本節では、トレーディング業務にかかわる幾つかの問題について、見解を述べておきたい。具体的には、下記3点である。

第一に、欧米大手金融機関の多くは、銀行と投資銀行をともに有する総合金融機関の形態になっているが、銀行を保有する金融機関がトレーディング業務を行うことの合理性、第二に、金融危機を受けて欧米各国を中心に金融規制を強化する動きが続くなか、金融規制強化がトレーディング業務に及ぼす影響、第三に、今後の金利環境の変化がトレーディング業務に与える影響、についてである。

⑴ 銀行を保有する金融機関がトレーディング

業務を行うことの合理性

まずは、銀行という、経営破綻した場合には金融システムを不安定化させる可能性が高い機能を有する金融機関が、短期的にせよ収益が大きく振れる可能性があるトレーディング業務を行うことに対する合理性への問題が出てこよう。この観点からは、①金融システムの安定性、②金融機関経営、という2つの切り口から記述

しておきたい。まずは金融システムの安定性の観点からみて

みたい。金融機関の役割が、冒頭で述べた通り、資金

余剰主体から資金不足主体への資金仲介であるとすれば、トレーディング業務もまた、既発証券という事後的なものではあるが、資金調達と資金提供の時期が異なるという意味で異時点間にせよ、当該証券での資金調達者(資金不足主体)と資金提供者(資金余剰主体である投資家、あるいは資金余剰主体から資金を集めた機関投資家)との間の資金仲介であり、マクロ経済的には資金の効率的配分を促進させる業務である。これに加えて、前述の通り、セカンダリー市場の発展は、プライマリー市場の一層の活性化にもつながる。

ここで、取引所に上場されている証券であれば、金融機関が証券保有リスクを負ってマーケット・メイク業務を行わなくても、取引所経由で売買することが可能である。ただし、取引所に上場されているのは、株式、債券(国債先物等)、通貨先物等の定型化商品が中心であり、必ずしも投資家のニーズに合致しているとは限らない。ここで問題となるのは、取引所に上場されていない、カスタマイズされた証券やデリバティブ等の売買である。投資家のニーズが多様化するなか、定型化商品だけでは必ずしもニーズに対応できないところに、金融機関が投資家の取引相手となるマーケット・メイク業務の存在意義がある。

マーケット・メイク業務は、これまで述べてきたように、一定の証券在庫を抱えることが不可避であり、この業務を行う金融機関は、一定の損失や流動性ひっ迫といった事態に耐え得る

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

ことができるだけの、財務基盤の頑健性が求められる。金融危機の際に明らかになった問題のひとつは、市場の流動性ひっ迫時における、市場性資金調達に過度に依存した金融機関の財務基盤の脆弱性であった。すなわち、負債構造が市場性資金に依存する度合いが高いと、流動性危機が発生した際に資金調達に支障をきたし、マーケット・メイク業務を円滑に進めることができなくなる14)。銀行の主たる資金調達源である預金は、市場性資金調達に比べ、より安定的とされている。財務基盤の頑健性の観点からは、銀行を有する金融機関がトレーディング業務を行う合理性があるともいうことも可能である 15)。

他方、金融機関経営という観点からは、第 3 節で述べた通り、総合金融機関は、①顧客基盤、②プロダクツ供給(プライマリー業務や証券化商品の原債権)、③融資機能等のサービス、を通じ、トレーディング業務においても優位性を発揮することができる。また、事業ポートフォリオの分散という観点からも、総合金融機関の事業内容の多角化は合理的ともいえる。事業ポートフォリオの分散は、金融ショックへの耐性を高め、金融システム安定に寄与する効果も見込まれよう。

ただし、総合金融機関であるがゆえに、何らかの要因で経営困難が発生した際の金融システムに与える影響は甚大となる可能性が高く、この観点からは、次項で述べる、過度なリスクテイクの抑制という金融規制の強化もまた必要とされている。

⑵ 金融規制強化の動向

この度の金融危機を受け、欧米各国を中心に金融規制強化の動きが進んでいる。対象は、金融監督体制や監督機関の見直しから消費者保護まで、非常に広範に渡るものの、トレーディング業務という観点から特に影響があると思われるのは、次の4つの分野であろう。すなわち、①自己資本比率規制や流動性規制、②トレーディング勘定に対する自己資本賦課の強化、③通称「ボルカー・ルール」、④店頭(OTC)デリバティブ規制、である(図表21)。

自己資本比率規制や流動性規制(バランスシートの負債側の構成に関する規制)は、金融機関の資産規模の抑制や資金調達構造への制約を目的としたもので、必ずしもトレーディング業務のみを対象としたものではない。しかし、資産規模の拡大や資金調達構造が制約されれば、マーケット・メイク業務に不可避の証券在庫保有にも制約がかかり、トレーディング業務に対して、間接的にせよ、抑制させる方向に作用するであろう。

また、より直接的には、トレーディング目的での保有証券が計上されるトレーディング勘定 16)に対しては、バーゼル銀行監督委員会の下、既存のリスク・ウェイトを見直し、従来以上に自己資本賦課が強化される。

他方、ボルカー・ルールと OTC デリバティブ規制は、2010年7月成立の米金融規制改革法

(ドッド・フランク法)に盛り込まれたもので、ボルカー・ルールにおいては、トレーディング業務における自己勘定投資を原則禁止とする内

14) さらには、マーケット・メイク業務が円滑に行われないことで、市場の流動性を一層低下させるという悪循環が発生する可能性もある。

15) ただし、米国の場合、厳密には、トレーディング業務は持ち株会社傘下の証券子会社、銀行業務は同銀行子会社が行っており、業務を行う主体(会社)は異なる。とはいえ、グループ全体(連結ベース)でみた場合の健全性は高まるとみることができる。

16) これに対して、銀行勘定は、通常のローンや満期保有目的の証券等の金融資産が計上され、BIS 規制上のリスク資産の算出に際しては、トレーディング勘定とは異なるリスク・ウェイトが適用される。

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

容となっている。また、OTC デリバティブ規制に関しては、

マーケット・メイク業務で対応している OTCデリバティブ取引について、原則、取引所や中央清算機関(CCP)を介した取引への移管、デリバティブ取引業務の分社化、あるいは担保要件の強化や自己資本の積み増し等を求める内容となっている。

ただし、規則の詳細は今後制定される予定であり、現状未定であるものの、例えばボルカー・ルールにおいては、自己勘定投資は原則禁止となるものの、現在のトレーディング業務の主力であるマーケット・メイク業務については、対顧客取引を条件に許容されると明記されており、米国において銀行業と証券業を分離した、1933年グラス・スティーガル法の時代に戻るわけではない。また、そもそもユニバーサルバンクが許容されている欧州においては、ボルカー・ルールの適用自体に懐疑的である。

ボルカー・ルールはトレーディング業務自体を否定するものではなく、資金仲介というマーケット・メイク業務の必要性を認めつつ、自己

勘定投資等の過度なリスクテイクを抑制するというスタンスのものであるといえよう。

一連の規制強化の動きは、いずれも逆風ではあるものの、金融危機の際にはトレーディング業務において巨額損失を計上したのは事実であり、規制が強化されるのもやむを得ないであろう。

過度のリスクテイクの抑制という観点では、例えば通常の銀行業務においても、従来から貸出先のリスク管理等について、常時、金融監督当局から検査されるのが普通である。トレーディング業務においても、業務内容を制約されるのはやむを得ず、程度問題ではあるものの、唐突な規制とはいえないだろう。

このように、現在の金融規制強化の動きは、収益性を低下させる方向に作用することはほぼ確実なものの、金融機関の業務内容を根本的に変化させるものではない。

⑶ 金利環境の変化

2007年半ばに金融危機が顕在化するまでの証券市場やトレーディング業務の活況の要因のひ

図表21:金融規制の動向

目的 主な内容 主な議論の場

自己資本比率規制流動性規制

資産規模の抑制資金調達構造の制約

-自己資本の質と量の強化-流動性カバレッジ規制、安定調達比率規制

バーゼル銀行監督委員会

トレーディング勘定 トレーディング勘定の規模の抑制 -トレーディング勘定、再証券化商品に対する自己資本賦課強化 バーゼル銀行監督委員会

ボルカー・ルール トレーディング業務の制限-自己勘定投資の原則禁止-ヘッジ・ファンド、PEファンド投資の制限

米国

OTC(店頭)デリバティブ規制 店頭取引の制限-取引所、中央清算機関への移管-証拠金要件の強化-自己資本の積み増し

米国EU

(資料)みずほ総合研究所作成

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

とつには、世界的な低金利があると指摘されている。すなわち、世界的な低金利によりグローバルに過剰流動性が発生し、資産価格の全般的な上昇を通じて信用ブームを発生させたというものである。

トレーディング業務の観点からみると、金利低下局面は、通常、資産価格が上昇するため、概して市場の取引が活発となり、好環境であることは間違いない。また、低金利の下では資金調達コストも低下するため、機関投資家にとっても、借入を通じた投資(いわゆる高レバレッジ投資)を行いやすい環境となる。2009年の各国当局による金融危機対策も、金利低下局面(資産価格上昇)の創出を目的としたものであり、これがトレーディング業務の回復に貢献したのは先に述べた通りである。

それでは、今後、利上げ局面に入った際には、トレーディング業務の収益もまた、縮小せざるを得ないのであろうか。

利下げ局面と比較すれば、トレーディング収益が鈍化する可能性が高いということは事実であろう。しかし、トレーディング収益を構成する、①売買価格差、②取引量、③証券在庫管理という3つの要素は、必ずしも金利水準やイールド・カーブの傾きと連動するとは限らず、その時々の競争環境、市場のボラティリティの高さ、証券在庫管理の巧拙等、他の変数にも影響を受ける。例えば、金利上昇局面でも売買価格差は拡大するかもしれず、市場のボラティリティが高まれば、通常取引量は増大する。また、証券在庫管理の巧拙と、金利環境とは直接的な関係はない。

さらに、セカンダリー市場や機関投資家の資産規模の拡大は、この間の利下げ・利上げ局面

とは関係なく継続しており、いわば構造的な現象である。

短期的には、その時々の金利環境等によって時価評価額は変動するものの、金利環境のみで、これまでの傾向が反転することはないであろう。

実際、欧米大手金融機関の業績をみても、トレーディング業務の比重は、金利環境にかかわらず、増加傾向が続いている。短期的には収益の振幅はあるにせよ、金利環境の変化が、これまでの傾向を転換させる契機になるとは考えにくい。

5.金融機関の将来像

以上、本稿では、欧米大手金融機関において、リテール部門では銀行業務の重要性は低下していないものの、CIB 部門ではトレーディング業務の比重が高まっており、総体としてみれば、この傾向は今後も続くとみられること、現在議論されている金融規制の強化や、マクロ経済・金利環境の変化も、この構造を大きく変化させるものではないと考えられることをみてきた。

金融危機を経ても欧米大手金融機関のビジネスモデルは基本的に変化しておらず、金融危機の教訓を何も学びとってないのではないか、との指摘を受けるかもしれない。

とはいえ、特に先進国においては、経済も成熟しており、今後、新規の資金需要が大きく盛り上がるとも考えにくい。預貸業務や証券引受業務といったプライマリー業務の重要性には変化はないものの、これまで低下傾向が続いてきたプライマリー業務の収益性が、今後は上昇傾向に転じるというシナリオも描きにくいのも事実である。他方、仮に水準は低くとも、経済成

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欧米大手金融機関の成長戦略欧米大手金融機関の成長戦略

長が続く限りにおいては金融資産の蓄積もまた進むため、セカンダリー市場の拡大は今後も続くであろう。このようななか、機関投資家のプレゼンスの拡大は続いており、資産運用ニーズの多様化とも相俟って、トレーディング業務の収益プールは、プライマリー市場より大きいというのは、構造的現象のようにも見受けられる。トレーディング業務が、今後も有望な成長分野とみられる理由もここにある。

ただし、トレーディング業務は参入しさえすれば誰しも高水準の収益を上げることが可能な業務ではないこともまた、最後に記しておきたい。先に述べたように、トレーディング業務は、短期的には市場環境に左右されるという意味で、持続的ではあるが不安定な業務である。

これに加えて、マーケット・メイク業務に伴い証券在庫を抱える必要性があることから、高

度なリスク管理とともに、相応の財務基盤や資産規模が必要となる。

さらには、機関投資家の運用ニーズの多様化に応じて、幅広なプロダクツ・ラインナップの整備や、これらをサポートする IT システムや取引プラットフォーム等のインフラ整備も必要となる。また、機関投資家の所在地も資産選好ももはやグローバルであり、国際的なネットワークの拡充も不可欠である。

以上のことをかんがみれば、トレーディング業務全体では相応の収益プールが確保されているとみられるものの、そのなかでの優勝劣敗は今後も当然生じるであろう。

ただし、業態としては、総合金融機関が有利なこともまた、本稿で指摘した通りであろう。総合金融機関の優位性が改めて再評価されており、当面はその優位性が保たれると考えられる。

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みずほ総研論集 2010年Ⅲ号みずほ総研論集 2010年Ⅲ号

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