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公共建築の屋根構成に関する考察および設計提案 - 近景と遠景に着目して - 首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 建築学域 小林研究室 | 大可 大 1. 背景と目的 屋根は降雨雪量や風、日射の状況などの外力に対するシェルターのような原初的な性格から始まり、気候や風土などの立地環境から 入手できる材料により可能な構法との関係によって形成されてきた。また連なることにより現れる屋根並みはコミュニティのまとまり を表現したり、平面的に大きい建物では外観上のシンボル性を担保するものとして発展してきた。しかし、近代以降モダニズムや高層化、 新たな建築材料の浸透により屋根は消去され、均質な矩形空間のみが残った。多様性を尊重する現代では、建物内の多様なアクティビティ を許容、誘発する建築が求められ、それに応答するかたちで屋根表現も多種多様となっている。一方で街並みのガイドライン等で半強 制的に形式だけ引用されるシンボリックなツールとして使用されている現状も多く見受けられ、現代建築における屋根の十分な位置付 けができていない。 そこで本研究では多くの人が利用する公共建築における屋根表現の傾向の位置づけと、大きな建築面積に付随する屋根の構成手法を 遠景と近景に着目して明らかにし、具体的な設計提案の作成を通して次世代の屋根表現の可能性を提示することを目的とする。 2. 傾向分析 屋根は身体と外部の境界を作るものから、持ち上げられたことで内部空間が強調され、内部と外部の境界を作るものとしての認識変 化がある。そこからモダニズムにより屋根が消去され、ポストモダニズムにより意味の記号として再登場するも、均質な矩形空間が一 般化し内部と外部の関係は希薄化、そして現代は構造解析技術の向上、3D-CAD ツールの普及に伴い、内部と外部の両方から考えるこ とができる形として取り上げられているという屋根表現の傾向を捉えた。(Fig.1) さらに、屋根が消去されたモダニズム以降に限定し、建築家・塚本由晴がまとめる住宅作品の屋根表現の系譜と社会背景に関する認 識をベースとして、公共建築における建築家の屋根表現の系譜を整理した。建築家・大高正人は近代主義を「止揚」すべく地域性に固 執し、内井昭蔵は人間性の「回復」を行うべく装飾の復権を提唱しており、両者のモダニズムに対する反動は、住宅建築における屋根 表現の「切断」や「引用」の表現と理念に共通項があることを指摘した。これを起点に住宅建築は「箱によるリバイバル」、公共建築は 屋根と壁が一体化したボリューム一体のものが多くあらわれ、内部と外部の関係が希薄した状態が続いたが、2010 年以降は震災の影響 もあり、SANAAによる街との「接続」を意識した屋根表現に見られるように、再び内部と外部の関係は親密化する傾向を明らかにした。 3. 建築作品分析 2000-2019 年の 20 年間に『新建築』誌に発表された 310 作品を対象として、作品分析を行う。 遠景では屋根面が、近景では端部が大きく知覚される屋根の両義的な性格を、それぞれ把握できる最小単位の「型」と、その単位が どうなっているかの「状態1」と、どう構成されているかの「状態2」に分けて修辞化を行った。(Fig.2) 屋根構成を修辞化するには、基本となる修辞を設ける必要があり、本研究においては単位を規定する「型」と、「型」がどう構成され ているかの「状態2」の組み合わせを基本となる修辞とし、「型」がどうなっているかの「状態1」を含むものを変形と扱う。基本形は 「型」と「状態」の関係が固定的であるのに対し、変形は様々な逸脱を許容していると言え、比較することにより変形が持つ屋根表現を 明白にすることができる。 これらから屋根面の変形の修辞として最も多い「高さを変え重なり合う」変形パタン、端部の変形の修辞として「端部を薄く見せる」 変形パタンを導出した。(Fig.3 4) 4. 計画敷地の概要 屋根面と端部における修辞の変形を統合し、敷地に内在する文脈に対して表現の読み替えを行うケーススタディを行う。 敷地は中野駅新北口駅前エリア再整備計画が行われる場所であり、(Fig.5)現区役所と隣接する中野サンプラザが文化・芸術発信の 機能を含んだ複合施設への建て替えが決まっている。さらに高層の建物が密集する都心エリアでもあり、建蔽率 80%、容積率 600% の 規制がかかるため、部分的に高層のヴォリュームが想定される。そこで不特定多数の人が利用する複合施設において、圧迫感を与えず、 街と接続する新しい内外の関係性を持った空間として提案する。 Fig.1 | 年代別傾向分析 Fig.3 | 屋根面における修辞の変形 Fig.4 | 端部における修辞の変形 Fig.2 | 分析項目 Ba Db Bb Cb Eb Fb Ec Hb Ib Gb Gc Hc Hd Id Cd Jc Ic Aa 突出肥大 めくれ肥大 めくれ延長 切削肥大 切削延長 切削複合 雁行複合 ねじれ肥大 ねじれ延長 雁行延長 蛇行延長 同勾配高さ差異 延長 同勾配高さ差異 複合 異勾配高さ差異 複合 異勾配高さ差異 横ズレ複合 切削 横ズレ複合 反復複合 反復 横ズレ複合 集合複合 異勾配高さ差異 延長 反復延長 雁行肥大 蛇行肥大 Ca Cc Da Fa Ea 変化無し 肥大 1 突出 3 肥大 雁行 延長 2 ねじれ 延長 1 複合 1 横ズレ複合 1 パタン 状態 2 状態 1 変化無し 肥大 30 延長 5 めくれ 肥大 5 同勾配高さ差異 11 複合 切削 肥大 2 複合 1 異勾配高さ差異 2 複合 突出 7 肥大 集合 1 複合 変化無し 肥大 26 延長 12 複合 5 片基 肥大 18 変化無し 片 Ca 片 Ba 延長 3 肥大 1 めくれ 片 Db 複合 5 延長 1 片 Eb 複合 1 集合 肥大 4 切削 片 Ec 片 Hb 片 Gc 片 Hc 片 Hd 片 Jc 水 Ba 水 Aa 水基 水 Ca 水 Cc 水 Gc 水 Jc 水 Hc 自 Ba 自 Aa 自基 自 Ca 自 Da 自 Fa 自 Hc 切 Bb 切 Ba 切 Ca 切 Cb 切 Cd 切 Ec 切 Fb 切基 複合 6 同勾配高さ差異 延長 2 めくれ 肥大 1 横ズレ複合 1 切削 肥大 1 異勾配高さ差異 延長 1 延長 1 蛇行 複合 28 複合 2 雁行 蛇行 肥大 6 めくれ 肥大 2 切削 肥大 1 異勾配高さ差異 2 複合 ねじれ 肥大 1 横ズレ複合 2 変化無し 肥大 6 複合 1 反復 1 複合 集合 複合 3 同勾配高さ差異 1 複合 異勾配高さ差異 1 複合 切削 2 肥大 1 延長 異勾配高さ差異 1 複合 反復 複合 1 集合 複合 1 2 複合 反復 延長 1 変化無し 肥大 3 変化無し 肥大 1 反復 複合 2 同勾配高さ差異 1 複合 変化無し 肥大 9 蛇行 延長 1 複合 1 集合 複合 1 同勾配高さ差異 2 複合 めくれ 肥大 1 切削 肥大 1 同勾配高さ差異 2 複合 雁行 肥大 1 複合 5 横ズレ複合 1 延長 1 同勾配高さ差異 複合 11 切 Gc 切 Gb 切 Hc 切 Ic 切 Id そ Ib そ基 そ Ic む Fb む基 む Gc む Ic 寄 Ba 寄基 寄 Ca 寄 Gc 寄 Hc 寄 Jc 方 Ca 方基 方 Gc 折 Ea 折基 入基 折 Ec 折 Gc 折 Ic 折 Jc 特 Ca 特基 特 Cb 特 Gc 特 Hc 特 Ic 特 Jc 複合 3 異勾配高さ差異 変化無し 肥大 4 変化無し 肥大 4 複合 1 横ズレ複合 1 同勾配高さ差異 2 複合 切削 3 肥大 変化無し 肥大 1 反復 5 複合 複合 2 単一エレメントの肥大 単一エレメントの延長 複数エレメントの延長 単一エレメントの複合 複数エレメントの複合 単一エレメントの横ズレ複合 複数エレメントの横ズレ複合 山海の地形を接続する広場の創出 一体感の創出 折り紙状の屋根によるスカイラインの強調 閉鎖性と開放性の対比 ランドスケープとの一体化による街との接続 間のトップライトからの採光による間接的な室内照明 ランドスケープとの一体化による敷地形状との調和 二つの視点の導入 不定形な自由空間 不定形な自由空間 ランドマーク性 重層ハイサイドライトからの採光による内部空間の透明性の創出と連続する屋根架構の強調 トップライトふさぎによる一枚の大屋根形成 イメージ具象化(雲)による柔らかい場の形成 イメージ具象化(山) 切妻屋根の反復による山並みとの調和 棟線の共有による空間プロポーションの継承(屋根勾配) 街並みとの調和・ランドマーク性 天井の高低差による間のハイサイドライトからの採光 間のハイサイドライトからの採光による礼拝と祈りにふさわしい空間 ランドスケープとの一体化による人々を迎え入れる立体構成 屋根と壁の分離による質量的重さからの開放 イメージ具象化(波) 間のハイサイドライトからの採光と通風による環境との調和 樋無し 軒天無し 勾配無し 軒天無し 勾配有り 軒天隠し 勾配無し 軒天隠し 勾配有り 軒天あらわし 勾配無し 軒天あらわし 勾配有り 軒天無し 勾配無し 軒天無し 勾配有り 軒天隠し 勾配無し 軒天隠し 勾配有り 軒天あらわし 勾配無し 軒天あらわし 勾配有り 軒天無し 勾配無し 軒天無し 勾配有り 軒天隠し 勾配無し 軒天隠し 勾配有り 軒天あらわし 勾配無し 軒天あらわし 勾配有り 内樋 外樋 パタン 状態 1 軒天 勾配 状態 2 1 無し あらわし 無し ドブ ドブ ADa ドブ ADb 4 無し 無し 無し 2 有り 3 無し あらわし 有り 1 無し 隠し 有り 1 内樋 無し 有り 1 内樋 あらわし 無し 2 内樋 あらわし 有り 2 有り 2 無し あらわし 無し 6 有り 3 無し 隠し 無し 5 有り 3 有り 8 無し 隠し 有り 3 有り 3 内樋 隠し 無し エ ADb エ AEa エ AEb エ AFa エ BDb エ BFa エ BFb ドブ AEb ドブ AFb 下セ AEa 下セ AEb 下セ AFa 下セ AFb 下セ BEb ドブ BDb ドブ BEa 1 無し 無し 有り 1 内樋 無し 有り 下セ 下セ ADa 下セ ADb 1 無し 無し 無し 18 有り 6 無し あらわし 無し 30 有り 1 無し 隠し 無し 12 有り 矩形 矩形 ADa 矩形 ADb 矩形 AEa 矩形 AEb 矩形 AFa 矩形 AFb 矩形 BDa 矩形 BDb 矩形 BEb 矩形 BFa 矩形 BFb 矩形 CDa 矩形 CEa 矩形 CEb 矩形 CFb 2 無し 無し 無し 4 有り 3 内樋 あらわし 有り 1 内樋 隠し 無し 4 有り 3 内樋 無し 無し 1 外樋 あらわし 無し 2 有り 3 外樋 隠し 有り 1 外樋 無し 無し 1 内樋 隠し 無し 1 有り 1 外樋 隠し 無し 1 内樋 無し 有り 1 外樋 無し 無し 1 有り 外樋 外樋 CDa 外樋 CDb 1 有り 2 外樋 あらわし 無し 11 有り 1 外樋 隠し 無し 6 有り 1 外樋 無し 無し 21 有り 1 無し 隠し 有り 軒無 軒無 ADa 軒無 ADb 7 無し 無し 無し 1 内樋 無し 無し 2 有り 1 内樋 あらわし 有り 3 有り 3 無し あらわし 有り 2 無し 隠し 有り 斜下 斜下 ADa 斜下 ADb 斜下 AEb 斜下 AFb 斜下 BDa 斜下 BDb 斜下 BEb 斜上 AEb 斜上 AFa 斜上 AFb 外樋 CEa 外樋 CEb 軒無 AFb 軒無 BDb 軒無 CDa 軒無 CDb 外樋 CFa 外樋 CFb 斜上 BDb 斜上 BEb 斜上 CDb 3 無し 無し 無し 1 内樋 無し 有り 1 内樋 隠し 有り 1 外樋 無し 有り 6 無し あらわし 有り 5 有り 1 無し 隠し 無し 斜上 斜上 ADa 5 無し 無し 無し 1 内樋 あらわし 有り 1 有り 1 無し あらわし 有り 1 無し 隠し 有り 上セ 上セ ADa 上セ ADb 上セ AEb 上セ AFb 上セ BEb 下セ BFa 下セ BFb 下セ CFa 4 無し 無し 無し ADb ADa BDa BDb BEa BEb BFb BFa CDb CDa CEb CEa CFb CFa AEa AEb AFb AFa 屋根傾斜と低い軒によるヴォリューム感の軽減 線と面の構成による質量的重さからの開放・屋根存在の希薄化 低い軒による家並みとの調和・パッシブソーラー 低い軒と薄い端部による人々を迎え入れる軒下・視線の抜け 垂木の方向性の強調による内と外の連続性 低い軒と深い軒による街並みとの調和・ 雨水再利用 反射光の取り入れによる日本家屋のような周囲の風景と馴染む建築 材の混合によるリズム創出 深い軒による日射遮蔽・面上部材への視線誘導 人々を迎え入れる軒下による街との接続 2012 「浅草文化会館」 隈研吾 1979 「群馬県立歴史博物館」 大高正人 1971 「北山本門寺客殿」 内井昭蔵 1978 「今宿の家」 坂本一成 1964 1970 1979 1993 BC3000 794 BC300 1190 1900 1930 1990 2010 2011 高倉式倉庫 寝殿造り 庇の発達 天井の出現 桔木の発生 竪穴式住居 ビッグネス理論 モダニズム 帝冠様式 屋根の消去 屋根を主とした空間構成 屋根だけの構築物 屋根の再評価 屋根の再登場 ポストモダニズム 構造解析技術の向上 3D-CAD ツールの普及 東日本大震災 北海道・北東北の縄文遺跡群 外部空間とつながる 「連続」の屋根表現 外部空間とのつながりが 「切断」された屋根表現 京都御所紫辰殿 1931「サヴォア邸」L・コルビュジエ 1962「母の家」R・ヴェンチューリ 2018「荘銀タクト」SANAA 1952 「斎藤助教授の家」 清家清 装飾の復権による 人間性の「回復」 近代主義を 「止揚」する地域性 大地とボリュームの 「接続」 2013 「西野山ハウス」 妹島和世 建築と街の 「接続」 1975 「谷川さんの住宅」 篠原一男 文化的な参照空間と繋ぐ 「引用」の屋根表現 空間の秩序を標榜する 「断片化」の屋根表現 1986 「GAZEBO」 山本理顕 (単一エレメントによる構成) (複数エレメントによる構成) 内樋 勾配有り 外樋 樋無し あらわし 軒天無し 隠し 矩形 エッジ 外樋 下部 セットバック 上部 セットバック ドブ 斜め跳ね上げ 斜め折り下げ 勾配無し 把握できる最小単位 単位がどうなっているか 単位がどう構成されているか 反復 一枚屋根 二枚屋根 四枚屋根 複数枚屋根 集合 めくれ 突出 A B C A B C D E F D E a b c d a b F G H I J 切削 ねじれ 同勾配高さ差異 異勾配高さ差異 雁行 蛇行 状態1 状態2 (片流れ・水平・自由曲面) (切妻・そり・むくり) (寄棟・方形) (折れ・入母屋・特殊) 肥大 延長 複合 横ズレ複合 軒出無し

公共建築の屋根構成に関する考察および設計提案-近 …...水Gc 水Jc 水Hc 自Ba 自Aa 自基 自Ca 自Da 自Fa 自Hc 切Bb 切Ba 切Ca 切Cb 切Cd 切Ec 切Fb

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Page 1: 公共建築の屋根構成に関する考察および設計提案-近 …...水Gc 水Jc 水Hc 自Ba 自Aa 自基 自Ca 自Da 自Fa 自Hc 切Bb 切Ba 切Ca 切Cb 切Cd 切Ec 切Fb

公共建築の屋根構成に関する考察および設計提案 -近景と遠景に着目して - 首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 建築学域 小林研究室 | 大可 大

1. 背景と目的

 屋根は降雨雪量や風、日射の状況などの外力に対するシェルターのような原初的な性格から始まり、気候や風土などの立地環境から

入手できる材料により可能な構法との関係によって形成されてきた。また連なることにより現れる屋根並みはコミュニティのまとまり

を表現したり、平面的に大きい建物では外観上のシンボル性を担保するものとして発展してきた。しかし、近代以降モダニズムや高層化、

新たな建築材料の浸透により屋根は消去され、均質な矩形空間のみが残った。多様性を尊重する現代では、建物内の多様なアクティビティ

を許容、誘発する建築が求められ、それに応答するかたちで屋根表現も多種多様となっている。一方で街並みのガイドライン等で半強

制的に形式だけ引用されるシンボリックなツールとして使用されている現状も多く見受けられ、現代建築における屋根の十分な位置付

けができていない。

 そこで本研究では多くの人が利用する公共建築における屋根表現の傾向の位置づけと、大きな建築面積に付随する屋根の構成手法を

遠景と近景に着目して明らかにし、具体的な設計提案の作成を通して次世代の屋根表現の可能性を提示することを目的とする。

2. 傾向分析

 屋根は身体と外部の境界を作るものから、持ち上げられたことで内部空間が強調され、内部と外部の境界を作るものとしての認識変

化がある。そこからモダニズムにより屋根が消去され、ポストモダニズムにより意味の記号として再登場するも、均質な矩形空間が一

般化し内部と外部の関係は希薄化、そして現代は構造解析技術の向上、3D-CADツールの普及に伴い、内部と外部の両方から考えるこ

とができる形として取り上げられているという屋根表現の傾向を捉えた。(Fig.1)

 さらに、屋根が消去されたモダニズム以降に限定し、建築家・塚本由晴がまとめる住宅作品の屋根表現の系譜と社会背景に関する認

識をベースとして、公共建築における建築家の屋根表現の系譜を整理した。建築家・大高正人は近代主義を「止揚」すべく地域性に固

執し、内井昭蔵は人間性の「回復」を行うべく装飾の復権を提唱しており、両者のモダニズムに対する反動は、住宅建築における屋根

表現の「切断」や「引用」の表現と理念に共通項があることを指摘した。これを起点に住宅建築は「箱によるリバイバル」、公共建築は

屋根と壁が一体化したボリューム一体のものが多くあらわれ、内部と外部の関係が希薄した状態が続いたが、2010 年以降は震災の影響

もあり、SANAAによる街との「接続」を意識した屋根表現に見られるように、再び内部と外部の関係は親密化する傾向を明らかにした。

3. 建築作品分析

 2000-2019 年の 20 年間に『新建築』誌に発表された 310 作品を対象として、作品分析を行う。

 遠景では屋根面が、近景では端部が大きく知覚される屋根の両義的な性格を、それぞれ把握できる最小単位の「型」と、その単位が

どうなっているかの「状態1」と、どう構成されているかの「状態2」に分けて修辞化を行った。(Fig.2)

 屋根構成を修辞化するには、基本となる修辞を設ける必要があり、本研究においては単位を規定する「型」と、「型」がどう構成され

ているかの「状態 2」の組み合わせを基本となる修辞とし、「型」がどうなっているかの「状態1」を含むものを変形と扱う。基本形は

「型」と「状態」の関係が固定的であるのに対し、変形は様々な逸脱を許容していると言え、比較することにより変形が持つ屋根表現を

明白にすることができる。

 これらから屋根面の変形の修辞として最も多い「高さを変え重なり合う」変形パタン、端部の変形の修辞として「端部を薄く見せる」

変形パタンを導出した。(Fig.3 4)

4. 計画敷地の概要

 屋根面と端部における修辞の変形を統合し、敷地に内在する文脈に対して表現の読み替えを行うケーススタディを行う。

 敷地は中野駅新北口駅前エリア再整備計画が行われる場所であり、(Fig.5)現区役所と隣接する中野サンプラザが文化・芸術発信の

機能を含んだ複合施設への建て替えが決まっている。さらに高層の建物が密集する都心エリアでもあり、建蔽率 80%、容積率 600%の

規制がかかるため、部分的に高層のヴォリュームが想定される。そこで不特定多数の人が利用する複合施設において、圧迫感を与えず、

街と接続する新しい内外の関係性を持った空間として提案する。

Fig.1 | 年代別傾向分析

Fig.3 | 屋根面における修辞の変形

Fig.4 | 端部における修辞の変形Fig.2 | 分析項目

Ba

Db

BbCb

EbFb

Ec

HbIb

Gb

GcHc

HdId

Cd

JcIc

Aa 突出肥大

めくれ肥大

めくれ延長

切削肥大

切削延長

切削複合

雁行複合

ねじれ肥大

ねじれ延長

雁行延長

蛇行延長

同勾配高さ差異延長

同勾配高さ差異複合

異勾配高さ差異複合

異勾配高さ差異横ズレ複合

切削横ズレ複合

反復複合

反復横ズレ複合

集合複合

異勾配高さ差異延長

反復延長

雁行肥大

蛇行肥大

Ca

Cc

Da

FaEa

自 変化無し 肥大 1突出 3肥大

雁行 延長 2ねじれ 延長 1

複合 1

横ズレ複合 1

型 パタン状態 2 数状態 1

水 変化無し 肥大 30延長 5

めくれ 肥大 5

同勾配高さ差異 11複合

切削 肥大 2複合 1

異勾配高さ差異 2複合

突出 7肥大

集合 1複合

切 変化無し 肥大 26延長 12複合 5

片 片基肥大 18変化無し

片 Ca片 Ba

延長 3

肥大 1めくれ

片Db

複合 5

延長 1

片 Eb

複合 1集合

肥大 4切削

片 Ec

片 Hb片 Gc

片 Hc片 Hd片 Jc

水 Ba水 Aa

水基

水 Ca水 Cc水 Gc

水 Jc水 Hc

自 Ba自 Aa自基

自 Ca自 Da自 Fa自 Hc

切 Bb切 Ba

切 Ca切 Cb切 Cd切 Ec切 Fb

切基

複合 6同勾配高さ差異

延長 2

めくれ 肥大 1

横ズレ複合 1

切削 肥大 1

異勾配高さ差異 延長 1

延長 1蛇行

複合 28

複合 2雁行

蛇行 肥大 6

めくれ 肥大 2切削 肥大 1

異勾配高さ差異 2複合

ねじれ 肥大 1

横ズレ複合 2

変化無し 肥大 6複合 1

反復 1複合集合 複合 3

同勾配高さ差異 1複合異勾配高さ差異 1複合

切削 2肥大1延長

異勾配高さ差異 1複合

反復 複合 1集合 複合 1

2複合反復 延長 1

む 変化無し 肥大 3

そ 変化無し 肥大 1

反復 複合 2同勾配高さ差異 1複合

寄 変化無し 肥大 9

蛇行 延長 1

複合 1

集合 複合 1

同勾配高さ差異 2複合

めくれ 肥大 1切削 肥大 1

同勾配高さ差異 2複合

雁行 肥大 1複合 5

横ズレ複合 1

延長 1同勾配高さ差異複合 11 切 Gc

切 Gb

切 Hc切 Ic切 Id

そ Ibそ基

そ Ic

む Fbむ基

む Gcむ Ic

寄 Ba

寄基

寄 Ca寄 Gc寄 Hc寄 Jc

方 Ca

方基

方 Gc

折 Ea折基

入基

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特 Ca

特基

特 Cb特 Gc特 Hc特 Ic特 Jc

複合 3異勾配高さ差異

変化無し 肥大 4折

方 変化無し 肥大 4複合 1

横ズレ複合 1

同勾配高さ差異 2複合切削 3肥大

変化無し 肥大 1

反復 5複合

複合 2

単一エレメントの肥大

単一エレメントの延長

複数エレメントの延長

単一エレメントの複合

複数エレメントの複合

単一エレメントの横ズレ複合

複数エレメントの横ズレ複合

山海の地形を接続する広場の創出

一体感の創出

折り紙状の屋根によるスカイラインの強調

閉鎖性と開放性の対比

ランドスケープとの一体化による街との接続

間のトップライトからの採光による間接的な室内照明

ランドスケープとの一体化による敷地形状との調和

二つの視点の導入

不定形な自由空間

不定形な自由空間

ランドマーク性

重層ハイサイドライトからの採光による内部空間の透明性の創出と連続する屋根架構の強調

トップライトふさぎによる一枚の大屋根形成

イメージ具象化(雲)による柔らかい場の形成

イメージ具象化(山)

切妻屋根の反復による山並みとの調和

棟線の共有による空間プロポーションの継承(屋根勾配)

街並みとの調和・ランドマーク性

天井の高低差による間のハイサイドライトからの採光

間のハイサイドライトからの採光による礼拝と祈りにふさわしい空間

ランドスケープとの一体化による人々を迎え入れる立体構成

屋根と壁の分離による質量的重さからの開放

イメージ具象化(波)

間のハイサイドライトからの採光と通風による環境との調和

 樋無し軒天無し勾配無し

軒天無し勾配有り

軒天隠し勾配無し

軒天隠し勾配有り

軒天あらわし

勾配無し

軒天あらわし

勾配有り

軒天無し勾配無し

軒天無し勾配有り

軒天隠し勾配無し

軒天隠し勾配有り

軒天あらわし

勾配無し

軒天あらわし

勾配有り

軒天無し勾配無し

軒天無し勾配有り

軒天隠し勾配無し

軒天隠し勾配有り

軒天あらわし

勾配無し

軒天あらわし

勾配有り

 内樋

 外樋

型 パタン数状態 1

樋 軒天 勾配状態 2

1無し あらわし 無し

ドブ ドブ ADaドブ ADb

4無し 無し 無し2有り3無し あらわし 有り1無し 隠し 有り1内樋 無し 有り1内樋 あらわし 無し

2内樋 あらわし 有り

2有り2無し あらわし 無し6有り3無し 隠し 無し5有り

3有り8無し 隠し 有り

3有り3内樋 隠し 無し

エ エ ADbエ AEaエ AEbエ AFaエ BDbエ BFaエ BFb

ドブ AEbドブ AFb

下セ AEa下セ AEb下セ AFa下セ AFb下セ BEb

ドブ BDbドブ BEa

1無し 無し 有り

1内樋 無し 有り

下セ 下セ ADa下セ ADb

1無し 無し 無し

18有り6無し あらわし 無し30有り1無し 隠し 無し12有り

矩形 矩形 ADa矩形 ADb矩形 AEa矩形 AEb矩形 AFa矩形 AFb矩形 BDa矩形 BDb矩形 BEb矩形 BFa矩形 BFb矩形 CDa矩形 CEa矩形 CEb矩形 CFb

2無し 無し 無し

4有り3内樋 あらわし 有り1内樋 隠し 無し4有り

3内樋 無し 無し

1外樋 あらわし 無し2有り3外樋 隠し 有り

1外樋 無し 無し

1内樋 隠し 無し1有り1外樋 隠し 無し

1内樋 無し 有り1外樋 無し 無し1有り

外樋 外樋 CDa外樋 CDb1有り

2外樋 あらわし 無し11有り1外樋 隠し 無し6有り

1外樋 無し 無し

21有り1無し 隠し 有り

軒無 軒無 ADa軒無 ADb

7無し 無し 無し

1内樋 無し 無し2有り1内樋 あらわし 有り

3有り3無し あらわし 有り2無し 隠し 有り

斜下 斜下 ADa斜下 ADb斜下 AEb斜下 AFb斜下 BDa斜下 BDb斜下 BEb

斜上 AEb斜上 AFa斜上 AFb

外樋 CEa外樋 CEb

軒無 AFb軒無 BDb軒無 CDa軒無 CDb

外樋 CFa外樋 CFb

斜上 BDb斜上 BEb斜上 CDb

3無し 無し 無し

1内樋 無し 有り1内樋 隠し 有り1外樋 無し 有り

6無し あらわし 有り

5有り1無し 隠し 無し

斜上 斜上 ADa5無し 無し 無し

1内樋 あらわし 有り

1有り1無し あらわし 有り1無し 隠し 有り

上セ 上セ ADa上セ ADb上セ AEb上セ AFb上セ BEb

下セ BFa下セ BFb下セ CFa

4無し 無し 無し

ADbADa

BDaBDbBEaBEb

BFbBFa

CDbCDa

CEbCEa

CFbCFa

AEaAEb

AFbAFa

屋根傾斜と低い軒によるヴォリューム感の軽減

線と面の構成による質量的重さからの開放・屋根存在の希薄化

低い軒による家並みとの調和・パッシブソーラー

低い軒と薄い端部による人々を迎え入れる軒下・視線の抜け

垂木の方向性の強調による内と外の連続性

低い軒と深い軒による街並みとの調和・

雨水再利用

反射光の取り入れによる日本家屋のような周囲の風景と馴染む建築

材の混合によるリズム創出

深い軒による日射遮蔽・面上部材への視線誘導

人々を迎え入れる軒下による街との接続

2012 「浅草文化会館」 隈研吾

1979 「群馬県立歴史博物館」 大高正人

1971 「北山本門寺客殿」 内井昭蔵

1978 「今宿の家」 坂本一成

1964

1970

1979

1993

BC3000

794BC300

1190

1900

1930

1990

2010

2011

身体と外部の境界

内部と外部の境界

内部と外部の関係の希薄

内部と外部の関係の親密

接続

連続

切断

引用

断片化

止揚

回復

箱のリバイバル

高倉式倉庫

寝殿造り

庇の発達

天井の出現

桔木の発生

竪穴式住居

ビッグネス理論

モダニズム

帝冠様式

屋根の消去

屋根を主とした空間構成

屋根だけの構築物

屋根の再評価

屋根の再登場ポストモダニズム

構造解析技術の向上

3D-CAD ツールの普及

東日本大震災

北海道・北東北の縄文遺跡群

外部空間とつながる「連続」の屋根表現

外部空間とのつながりが「切断」された屋根表現

京都御所紫辰殿

1931「サヴォア邸」L・コルビュジエ

1962 「母の家」 R・ヴェンチューリ

2018「荘銀タクト」SANAA

1952 「斎藤助教授の家」 清家清

装飾の復権による人間性の「回復」

近代主義を「止揚」する地域性

大地とボリュームの「接続」

2013 「西野山ハウス」 妹島和世

建築と街の「接続」

1975 「谷川さんの住宅」 篠原一男

文化的な参照空間と繋ぐ「引用」の屋根表現

空間の秩序を標榜する「断片化」の屋根表現

1986 「GAZEBO」 山本理顕

(単一エレメントによる構成)

(複数エレメントによる構成)

内樋

勾配有り

外樋

樋無し

あらわし

軒天無し

隠し

矩形

エッジ

外樋

下部セットバック

上部セットバック

ドブ

斜め跳ね上げ

斜め折り下げ

勾配無し

把握できる最小単位 単位がどうなっているか 単位がどう構成されているか

反復

一枚屋根

二枚屋根

四枚屋根

複数枚屋根

集合

めくれ

突出

A

B

C

A

B

C

D

E

F

D

E

a

b

c

d

a

b

F

G

H

I

J

切削

ねじれ

同勾配高さ差異

異勾配高さ差異

雁行

蛇行

型 状態1 状態2

屋根面の作り方

端部の作り方

(片流れ・水平・自由曲面)

(切妻・そり・むくり)

(寄棟・方形)

(折れ・入母屋・特殊)

肥大

延長

複合

横ズレ複合

軒出無し

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6. 修辞の変形の読み替え

 遠景 1 | 中野駅に近接するエリア 1はメインアプローチとして、街との接続が達成される屋根表現が望ましいと考えられる。 街路

の植栽との連続性を獲得し、街との接続を達成した屋根表現として読み替えを行う。(Fig.7)

 遠景 2 | 新駅前広場や歩行者デッキのエリア 2は、来街者の印象に残るような屋根表現が望ましいと考えられる。中野の新しいシン

ボルとなる象徴性を獲得し、来街者の印象に残るような屋根表現として読み替えを行う。(Fig.8)

 遠景 3 | 新区役所・セントラルパーク等の開放性が高いエリア3は、市民の人々を迎え入れるような屋根表現が望ましいと考えられる。軒下空

間のヒューマンスケールとスカイラインへの抜けを獲得し、人々を迎え入れるアプローチを達成した屋根表現として読み替えを行う。(Fig.9)

 遠景 4 | 中野ブロードウェイ等の建物が密集しているエリア4は、対比的に開放性の高さを感じられる屋根表現が望ましいと考えられる。直交

するH鋼による架構の方向性を強調し、内部空間が浮遊したような印象を獲得し、開放性の高さを達成した屋根表現として読み替えを行う。(Fig.10)

 近景 1 | 大きな自由曲面屋根をのぞむメインエントランス付近は、圧迫感を与えないスカイラインへの抜けを促すような屋根表現が

望ましいと考えられる。面上部材へ視線を誘導しスカイラインへの抜けを獲得した屋根表現として読み替えを行う。

 近景 2 | 可展面屋根をのぞむもう一つのメインエントランス付近は、ビルと対面する場所であるため、歩道の圧迫感を軽減するよう

な屋根表現が望ましいと考えられる。ボリューム感を軽減し歩道への圧迫感の軽減を獲得した屋根表現として読み替えを行う。(Fig.11)

 近景 3 | 金属屋根をのぞむ広場付近は、軒下での内外のバッファーゾーンが広く確保できるため、内と外の流動性を高めるような屋

根表現が望ましいと考えられる。内と外の連続性を獲得した屋根表現として読み替えを行う。

 近景 4 | エリア 1からエリア 4にかけての軒下付近は、立面の圧迫感が軽減されるような屋根表現が望ましいと考えられる。現れる

線が増え立面の圧迫感軽減を獲得した屋根表現として読み替えを行う。(Fig.12)

5. 設計プロセス

 実際の再整備計画の基本方針を整理し、建蔽率 80%、容積率 600%を考慮したヴォリュームを配置する。さらに再整備計画の基本方

針より動線計画を踏襲し、プログラムのゾーニングを行った上でヴォリュームを修正する。次にそれぞれのエリアに内在する文脈に対

して、遠景での視点を設置し、適した屋根面の修辞を選択して、表現の読み替えを行う。最後に遠景により構成された屋根面に対して

近景での視点を設置し、シークエンスに適した端部の修辞を選択して、表現の読み替えを行う。(Fig.6)

7. 総括

 屋根面と端部の構成において、設計者の言説が得られたものをピックアップし、同じ修辞の変形で統合することによって変形が内在

する普遍的な表現を獲得し、屋根構成と表現の一貫性を担保することができた。さらに、屋根面と端部における修辞を統合し、敷地に

内在する文脈に対して表現の読み替えを行うことで、人や自然と有機的な関係性を持つ屋根の有用性を示し、次世代の屋根表現の可能

性を提示した。

Fig.6 | 設計プロセス

Fig.5 | 敷地周辺

対象敷地

中野四季の森公園

中野ブロードウェイ

中野駅

新駅前広場

歩行者デッキ

新中野区役所

みどりのネットワーク

集いの広場

出会いの広場

中野四季の森公園

商業空間

多目的ホール

オフィス・レジデンス

エリア 1

エリア 2

エリア 3

エリア 4

遠景 1

遠景 2

遠景 3

遠景 4

エリア 1

エリア 2

エリア 3

エリア 4

近景 1近景 4

近景 2

近景 3

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Fig.9 | 西側立面図 S=1/2500

Fig.7 | 東側立面図 S=1/2500

Fig.8 | 南側立面図 S=1/2500

Fig.10 | 北側立面図 S=1/2500

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Fig.11 | A-A’ 断面図 S=1/1500

Fig.12 | B-B’ 断面図 S=1/1500

Drainage

Ventilation

Skylight

Drainage

Ventilation

Skylight

A

A’

B B’