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Meiji University Graduate School 003 大学院長挨拶 人工知能(AI)との共生社会に向けて AIが発展して 最近のAI技術の進展は目ざましい。 1990年代にチェ ス専用マシン「ディープ・ブルー」がチェス名人を破っ て以来、チェスよりも手数の多い碁はAIにはとても手 が出ないとされてきたのだが、 2016年「アルファ碁」が 囲碁の名人を破った。近年のディープラーニングをは じめとするAI技術の飛躍的な進歩によるものである。 1990年頃に企業でAIの研究開発を行っていた私に とっても、このところのAIの進歩には、目をみはるもの がある。 これほどAIが発展すると、人間の仕事がAIに奪わ れるとか、いずれ人類はAIに支配されるとかの危惧が 表明されるのもうなずける。じつは「AIによる支配」は 1980年頃にも懸念されたのだが、杞憂に終わった過去 がある。たぶんそれは今回も同様だろう。 しかし、「人間の仕事の減少」については真剣に考え 始めなければならない。 なくなる仕事が格差をうむ かつてパソコンが一般に普及しはじめたとき、タイピ ストや秘書の仕事が大幅に減少した。それでも、情報技 術の発展が新たな仕事をうみ、労働者は新規分野にシ フトして産業を支えた。 今回も同様なのだろうか。必ずしもそうではない。現 在のAIは、これまで高度とされてきた知識集約型の仕 事を担うように進歩しているからだ。AIに代替えされ た労働者が新規分野にシフトしようとしても、そこでも すでにAIが働いているとなりかねない。 このままでは、AIをつくる人や使う人に富が集中す るのに対して、それ以外の人がとり残されるという格差 が大問題となるだろう。 不都合な社会制度 1990年代に私が勤務していた電器メーカーでは、高 品質の製品を低価格で生産するために衆知を集め、日 夜努力を重ねていた。世界中の技術者の知恵を借りな がらも、その目標はおおかた実現し、人々の暮らしは飛 躍的に改善した。身の周りに安くて壊れにくい電器製品 があふれるようになったのだ。ところが反面、消費額が 低下しビジネスが成立しにくくなり、社員の仕事も縮小 していったのである。 企業の技術開発の大きな目標は、人類の生活向上・ 幸福増大である。しかるに、目標が達成されるとともに 社員は失業では、なんともやりきれない。 AIの進歩は、この傾向をさらに助長するのだろう。A Iロボットが人々の仕事を肩代わりしてくれるというのは、 かつてユートピアとして描かれた理想状態だった。それ が実現に近づけば近づくほど危機感が増すというので あれば、矛盾である。ここには、資本主義をベースにし た社会制度の限界がかいま見える。 理想の社会を築こう 大学を中心とした学術研究の目標も、人類の生活向 上・幸福増大にちがいない。企業が資本主義をベース にした社会制度に組みこまれてしまっているのに対し、 大学は、社会制度の変革に寄与できる立ち位置にある ことが強みである。 だから大学、とりわけ大学院は、企業内教育でも行え る水準の教育にとどまっていてはならず、現状の社会制 度を批判的にとらえ、人類や社会の将来を切り拓く独 創的な視点を確立する教育が求められる。 日本の学問分野は伝統的に、社会科学・人文科学・ 自然科学を基本とした縦割りの枠組みになっていた。し かし、情報技術が発展した社会において、来るべきAI との共生状況にある人類を考えたとき、枠組みを超え た横断的な取組みの必要性に、さいど気づかされる。 明治大学大学院では、これまでの伝統をまもると同 時に、異分野の院生が交流できる先進的な取組みを志 向している。ぜひ気概あふれる院生に集まっていただき、 交流の輪を広げていきたいと強く願っている。 大学院長 博士(工学) 石川 幹人 ISHIKAWA Masato

人工知能(AI)との共生社会に向けて · 2020-05-13 · にした社会制度に組みこまれてしまっているのに対し、 大学は、社会制度の変革に寄与できる立ち位置にある

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Page 1: 人工知能(AI)との共生社会に向けて · 2020-05-13 · にした社会制度に組みこまれてしまっているのに対し、 大学は、社会制度の変革に寄与できる立ち位置にある

Meiji University Graduate School 003

大学院長挨拶

人工知能(AI)との共生社会に向けて

■ AIが発展して 最近のAI技術の進展は目ざましい。1990年代にチェス専用マシン「ディープ・ブルー」がチェス名人を破って以来、チェスよりも手数の多い碁はAIにはとても手が出ないとされてきたのだが、2016年「アルファ碁」が囲碁の名人を破った。近年のディープラーニングをはじめとするAI技術の飛躍的な進歩によるものである。1990年頃に企業でAIの研究開発を行っていた私にとっても、このところのAIの進歩には、目をみはるものがある。 これほどAIが発展すると、人間の仕事がAIに奪われるとか、いずれ人類はAIに支配されるとかの危惧が表明されるのもうなずける。じつは「AIによる支配」は1980年頃にも懸念されたのだが、杞憂に終わった過去がある。たぶんそれは今回も同様だろう。 しかし、「人間の仕事の減少」については真剣に考え始めなければならない。

■ なくなる仕事が格差をうむ かつてパソコンが一般に普及しはじめたとき、タイピストや秘書の仕事が大幅に減少した。それでも、情報技術の発展が新たな仕事をうみ、労働者は新規分野にシフトして産業を支えた。 今回も同様なのだろうか。必ずしもそうではない。現在のAIは、これまで高度とされてきた知識集約型の仕事を担うように進歩しているからだ。AIに代替えされた労働者が新規分野にシフトしようとしても、そこでもすでにAIが働いているとなりかねない。 このままでは、AIをつくる人や使う人に富が集中するのに対して、それ以外の人がとり残されるという格差が大問題となるだろう。

■ 不都合な社会制度 1990年代に私が勤務していた電器メーカーでは、高品質の製品を低価格で生産するために衆知を集め、日夜努力を重ねていた。世界中の技術者の知恵を借りながらも、その目標はおおかた実現し、人々の暮らしは飛躍的に改善した。身の周りに安くて壊れにくい電器製品があふれるようになったのだ。ところが反面、消費額が低下しビジネスが成立しにくくなり、社員の仕事も縮小していったのである。 企業の技術開発の大きな目標は、人類の生活向上・幸福増大である。しかるに、目標が達成されるとともに社員は失業では、なんともやりきれない。 AIの進歩は、この傾向をさらに助長するのだろう。AIロボットが人々の仕事を肩代わりしてくれるというのは、かつてユートピアとして描かれた理想状態だった。それが実現に近づけば近づくほど危機感が増すというのであれば、矛盾である。ここには、資本主義をベースにした社会制度の限界がかいま見える。

■ 理想の社会を築こう 大学を中心とした学術研究の目標も、人類の生活向上・幸福増大にちがいない。企業が資本主義をベースにした社会制度に組みこまれてしまっているのに対し、大学は、社会制度の変革に寄与できる立ち位置にあることが強みである。 だから大学、とりわけ大学院は、企業内教育でも行える水準の教育にとどまっていてはならず、現状の社会制度を批判的にとらえ、人類や社会の将来を切り拓く独創的な視点を確立する教育が求められる。 日本の学問分野は伝統的に、社会科学・人文科学・自然科学を基本とした縦割りの枠組みになっていた。しかし、情報技術が発展した社会において、来るべきAIとの共生状況にある人類を考えたとき、枠組みを超えた横断的な取組みの必要性に、さいど気づかされる。 明治大学大学院では、これまでの伝統をまもると同時に、異分野の院生が交流できる先進的な取組みを志向している。ぜひ気概あふれる院生に集まっていただき、交流の輪を広げていきたいと強く願っている。

大学院長 博士(工学)

石川幹人ISHIKAWA Masato