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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」 人工知能が 経営にもたらす 「創造」と「破壊」 ~市場規模は 2030 年に 86 9,600 億円に拡大~ EY Institute

人工知能が 経営にもたらす 「創造」と「破壊」 · 人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」 それでは機械学習・深層学習の進展によって、コン

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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」~市場規模は 2030年に 86兆 9,600億円に拡大~

EY Institute

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Ⅰ. 機械学習・深層学習の威力 ・・・・・03

Ⅱ. 統計的・確率的手法の限界とロジック・知識ベース手法の可能性 ・・・・・04

Ⅲ. システム自動化に関する課題 ・・・・・05

Ⅳ. 人工知能がもたらす市場 ・・・・・05

1.人工知能全体の市場規模 ・・・・・08

2.分野別市場規模(2030年時点) ・・・・・08

コラム 自動化のレベルと法的側面 ・・・・・13

Ⅴ. 人と人工知能のあり方 ・・・・・14

Ⅵ. 市場推計から考察される今後の課題 ・・・・・15

1 EY Institute

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 「人工知能(AI: Artificial Intelligence)」という言葉は 1950年代から存在し、

工学研究者だけでなく映画や SF小説などの多くのメディアを通じて、そのイメージだけは流布されてきている。そのメディアで「人工知能」がどのように取り扱われて

いるかによって、親近感を抱かせたり恐怖感をもたらしたりするなど、さまざまな反

応を引き起こしてきた。

 その「人工知能」が、近年にわかに注目されるようになってきている。しかも、か

つての「現実の場面での使い勝手は今一つ」といったイメージを次々と塗り替え、ビ

ジネスの現場でも活用される事例が増えてきている。

 しかし「人工知能」とは実は明確な定義は無く、利用されているテクノロジーもさ

まざまなものが混在している。「人工知能」研究者は何度かの「冬の時代」があったため、

あえて「人工知能」ではなく別の用語を使っていた事などがあり、その事が混乱に拍

車をかけている面もある。

 さらには「人工知能」が人間の能力を超えて暴走する※ 1、といった脅威論が喧けんでん

されたり、それには至らなくてもさまざまな事業や雇用に破壊的な影響をもたらすの

ではないか、といった危惧も囁ささやかれている。

 本レポートは、これらの「人工知能」にまつわる混乱した情報を整理し、現実に人

工知能には何が可能なのか・不可能なのか、また企業経営にどのようなインパクトを

与えるのかについて、考察を行ったものである。

未来社会・産業研究部 上席主任研究員 廣瀨明倫

2人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

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 人工知能を構成するテクノロジーには、さまざまなものがある。その多くは「機械学習(Machine Learning)」と呼ばれるもので、人間では処理しきれないような大量のデータを基にコンピュータに自動学習を行わせ、コンピュータはそのデータの中から自分で法則を導き出し、その法則に従って予測を行ったり、あるいはデータを分類したりしている。 昨今非常に注目されている「深層学習(Deep Learning)」も基本的には機械学習の一種である。深層学習は 60年代頃から考案されていたニューラルネットワーク※ 2の処理階層を多くしたもので、画像を見てそこにどの様なモノがあるのかをテキストで拾

い出す、といった、これまでコンピュータには難しいと考えられていたタスクを処理可能にした事で脚光を浴びている。 さらに深層学習が注目を集めているのは、これまで学習の際に必要であった「特徴量※ 3」と呼ばれる情報を、自動的に抽出可能としたことにある。特徴量はこれまで人間が手作業で指定し抽出してきていたが、これを自動化できたことで、音声認識など、適用できる領域が飛躍的に広がる事が期待されている。深層学習はこのような極めて画期的な利点を有しており、欧米では多数の関連ベンチャー企業が生まれてきている(<表 1>参照)。

分類 社名 本社所在地・設立年 技術・応用領域 備考

総合

AlchemyAPI 米国、CO、デンバー2005年

深層学習によるテキスト解析、画像認識、顔認識(クラウド API提供)

15年 3月IBMが買収

Deepmind 英国、ロンドン2011年

深層学習(DQN(アタリのゲームを攻略)、DRAW(キャプチャ生成)等)

14年 1月Googleが買収

Metamind 米国、CA、パロアルト2014年 7月

CNNを利用した画像分析(Vision)、自然言語解析エンジン(Language)、食事写真からのカロリー計算、撮影画像からのがん解析

14年12月800万 $(9.6億円)調達

基盤・クラウド

Nervana Systems

米国、CA、サンディエゴ2014年 深層学習のオープンソース(neon)を提供 2ラウンド 390万 $

(4.7億円)調達

Ersatz Labs 米国、CA、パシフィカ2014年

深層学習機能のクラウドサービス(GPUプロセッサの貸し出し)

Skymind 米国、CA、サンフランシスコ2014年

企業向け深層学習プラットフォーム音声認識、時系列データ解析、画像・顔認識、不正行為検出等

15年 4月資金調達(金額非公開)

動画・画像解析

Cortica 米国、NY、ニューヨーク2007年

画像や動画から核になるコンセプトを抽出、適切なリンク等を提示(広告応用)

4ラウンド 3,790万 $(45億円)調達

Vicarious 米国、CA、サンフランシスコ2010年

再帰皮質ネットワーク(Recursive Cortical Network)、画像処理(キャプチャの判読)等

4ラウンド 7,200万 $(86億円)調達

Orbeus 米国、CA、サニーベール2012年 5月

深層学習による顔認識、物体認識、画像⇒テキスト変換、動画タグ付け写真整理アプリ PhotoTime

2ラウンド 150万 $(1.4億ドル)調達

Madbits 米国、NY、ニューヨーク- 深層学習による画像認識(一般画像認識) 14年 7月

Twitterが買収

Clarifai 米国、NY、ニューヨーク2013年

深層学習による画像認識、動画解析、動画の中で「コーヒーを薦めるタイミング」を検知

15年 4月1,000万 $(12億円)調達

医療 Enlitic 米国、CA、サンフランシスコ2014年 医療画像解析 14年 10月 200万 $

(2.4億円)調達

医療・IoT Butterfly Networks

米国、CT、ギルフォード2014年

深層学習とデバイス、クラウド技術の連携スマートフォンサイズで安価な超音波画像診断装置を開発中

14年 11月 1億 $(100億円)調達

セキュリティ Signal Sense 米国、WA、シアトル2013年

深層学習を利用した情報セキュリティ対策ネットワーク内部からの脅威にも対応

出典:CrunchBase社公表情報等に基づき、EY総合研究所作成

表 1 海外ベンチャー(深層学習関係)

I. 機械学習・深層学習の威力

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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

 それでは機械学習・深層学習の進展によって、コンピュータは一気に人間の知能を超える事になるのだろうか。 結論から言えば、「課題山積」だと考えられる。 先に紹介した機械学習でも深層学習でも、基本的にはデータに基づく統計的・確率的手法を用いて分析や予測を行っている。現在、既にさまざまな人工知能を応用したサービスが提供され始めており、医師への助言システムや、スマートフォンでの対話システム、不正メール検知システムなどが構築されているが、これらはほとんど全て、大量のデータを基にした統計的・確率的手法を利用しており、あくまでも提示される助言内容や回答などはこれまでのデータを参照した上で「確からしい」と判定されたものであって、論理的に導かれたものではない。 統計的・確率的手法を利用している場合、これまでにない事象(データ)が発生した場合の挙動が不安定になり得ることが指摘されている。あくまでもコンピュータはこれまでの事象(データ)に基づいて判定基準を構築しているため、それらに類似しないデータが現れた場合には、人間では考えられないような突

とっぴ

飛な判断を下してしまう可能性がある。 そのため、医師の診断や重要な機械装置の操作など、判断に万が一の事があっては危険なシステムについては、コンピュータはあくまでも補助的な役割しか担う事ができず、最終的な判断責任は基本的に人間が負う必要がある。従って、コンピュータの機能が高度化するにつれて、重要な判断を伴わない作業については機械に置き換えられていく事も想定されるが、そうでない作業については一定の役割が人間側に残されることになり、機械が人間を完全に駆逐する、といった事態は当面は考えにくい。

 統計的・確率的手法と対を成しているのがロジック(論理)やナレッジ(言語知識・世界知識)をベースにした手法である。これらについては包括的に表す用語は無いものの、80年代には、エキスパートシステムと呼ばれる手法が多く検討されてきた。こちらの取り組みは純粋に人間の思考形式や、常識のような、言語や世界そのものに関する知識体系を機械上に再構築していくというアプローチを取っており、統計的・確率的手法とは異なる方法論である。 最近でも、国立情報学研究所による「ロボットは東大に入れるか」という人工知能プロジェクト※ 4では、統計的・確率的な手法に加えて、数学などの問題を解く際に、ロジック・知識ベースによる手法※ 5が利用されている。世界的に見ても、こちらの方向性での人工知能に関する取り組みは少なく、また、高度な人工知能を作り上げていくためにはまだかなりのハードルがあるのが実状である。ただし、今後、完全に人間の思考を再現し、真に人間を代替しうる人工知能を作り上げていくためには、こちらの方面でのアプローチも必要不可欠であり、継続的な取り組みを行う事が望まれる。

II. 統計的・確率的手法の限界とロジック・知識 ベース手法の可能性

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IV. 人工知能がもたらす市場

 上記で、統計的・確率的手法による人工知能の利用に際しては、重要なシステムの場合、最終決定を人間が行う事が必要だと指摘した。ただし、一部のシステムでは既に機械側の判断を人間の判断に優先させることが発生している。その代表的なものは、自動車における自動ブレーキである。 現在の自動ブレーキは、事故の可能性を検知したのち、一定の時間がたっても人間がブレーキを踏まず、これ以上待つと危険と判定された場合、機械が優先してブレーキをかけるシステムとなっている。これは、重要な判断を機械側が下しているシステムと言える。現在の自動ブレーキに利用される判定手法は、基本的に統計的・確率的手法によるものである(カルマン・フィルターと呼ばれる確率理論に基づくものなどが利用されている)。そのため「前例の無い事態」が生じた場合に誤作動を起こす可能性は原理的にはゼロではない。しかし、自動車メーカーは長期間にわたるテストを行い、統計的・確率的手法に基づくアプローチであっても、事実上誤作動を起こすリスクがゼロに近いレベルまで完成度を高めた上で、自動ブレーキシステムを市販している。また、販売に際しては基本的に「運転支援システム」であり、自動ブレーキに頼り切る運転は避ける事をドライバーに念押しする事で、法的な問題を回避している。 今後、完全自動運転(運転に伴う法的責任が、ドライバー側から自動運転システムの提供者側に移行した状態)が実現されてきた場合、おそらく利用される人工知能の技術も現在の延長線上で考えれば統計的・確率的手法となるはずである。その際、複雑な一般道路での状況を的確に把握し、運転操作を適切に行うためには、自動ブレーキシステム以上に、さまざまな状況での事前テストが必要になる。完全自動運転を目指す企業が長い時間をかけて実環境でのテストを行っているのはそのためである。 このように、重要なシステムに対して統計的・確率的手法に基づく人工知能を適用する場合であっても、上記のとおり長いテスト期間を経ることで、限定的な領域において、人間の判断を超えてシステムが自動的に判断を行う部分は出現してくると考えられる。

III. システム自動化に関する課題

 EY総合研究所では、統計的・確率的手法を利用した人工知能(機械学習・深層学習を含む)が今後もたらす市場規模について推計を行った。以下にその推計内容(<図 1>参照)を紹介する。 なお、推計を行うにあたっては以下の影響を考慮している。

【ニーズ面】<経済的・社会的ニーズの強さ>• 経済的・社会的ニーズが強いほど早期に市場が拡大する事を想定

<対象データの性質>• 人工知能を利用しないと、解析や利用が困難な性質のデータであるかどうか

【シーズ面】<技術水準・人材>• 人工知能の技術レベルが、サービス提供のために必要十分なレベルに達しそうかどうか。必要な人材が十分に供給されうるかどうか

<データの取得可能性>• そもそも必要なデータ自体が、適切なコストで取得可能であるかどうか

【環境面】<法令・規制>• 法令面・規制面で障壁となるものがないかどうか

<リスク許容度>• サービス提供に付随するリスクが、社会的に許容されるレベルであるかどうか

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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

出典:各所公表資料等(注 1)に基づき、EY総合研究所作成   産業別の市場規模の概要・詳細については、次項の表 2を参照

図 1 人工知能関連産業の市場規模

生活関連分野, 40,015

医療・福祉分野, 21,821 教育・学習支援分野, 9,285

エンターテイメント分野, 15,104

広告分野, 36,047 専門・技術サービス分野, 6,149

物流分野, 5,035

運輸分野, 46,075

運輸分野, 304,897

不動産分野, 4,853

金融・保険分野, 47,318

卸売・小売分野, 46,844

卸売・小売分野, 151,733

情報サービス分野, 23,731

電力・ガス・通信分野, 18,810

建設・土木分野, 59,229

製造分野, 29,658

製造分野, 121,752

農林水産分野, 3,842

0

100,000

200,000

300,000

400,000

500,000

600,000

700,000

800,000

900,000

1,000,000

2015年 2020年 2030年

(億円)

86兆9,620億円

3兆7,450億円

23兆638億円

CAGR43.8%

CAGR14.2%

6

市場規模(億円)2015年 2020年 2030年

農林水産分野 28 316 3,842製造分野 1,129 29,658 121,752建設・土木分野 791 12,157 59,229電力・ガス・通信分野 300 5,217 18,810情報サービス分野 1,825 8,245 23,731卸売・小売分野 14,537 46,844 151,733金融・保険分野 5,964 22,611 47,318不動産分野 49 2,426 4,853運輸分野 1 46,075 304,897物流分野 465 1,443 5,035専門・技術サービス分野 90 2,440 6,149広告分野 6,331 19,305 36,047エンターテイメント分野 2,260 5,990 15,104教育・学習支援分野 2,030 5,039 9,285医療・福祉分野 343 5,761 21,821生活関連分野 1,308 17,111 40,015

合計 37,450 230,638 869,620

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2015年 2020年 2030年

№ カテゴリ 概要 市場規模(億円)

1 農林水産業関係 28 316 3,842 農林水産業用ロボティクス市場等 28 316 3,842

2 製造業関係 1,129 29,658 121,752 産業用ロボティクス市場等 60 6,164 17,571 自動運転車製造市場 1,069 23,494 104,181

3 建設・土木関係 791 12,157 59,229 建設用ロボティクス市場等 302 10,156 51,788 老朽インフラ監視システム市場等 488 2,001 7,441

4 電力・ガス・通信関係 300 5,217 18,810 電力市場(デマンドレスポンス、HEMS)等 249 4,734 15,112 通信トラフィック制御関係市場 51 483 3,697

5 情報サービス業関係 1,825 8,245 23,731 クラウド AI市場等 376 2,610 8,507 経営支援システム市場 1,381 5,289 14,359 ソーシャルメディア等監視システム市場 68 346 865

6 卸売・小売業関係 14,537 46,844 151,733 顔認証受付 /店舗監視 /顧客行動観察システム等市場 14 646 1,405 AI利用電子商取引市場(BtoB、BtoC) 14,523 46,198 150,328

7 金融・保険業関係 5,964 22,611 47,318 Fintech(与信・貸付審査、クラウドファンディング等)市場 15 8,327 17,171 HFT関係市場 5,949 10,129 22,555 自動運転車保険市場 0 4,155 7,593

8 不動産業関係 49 2,426 4,853 都市再開発設計支援システム市場等 49 2,426 4,853

9 運輸業関係 1 46,075 304,897 オンデマンド・モビリティ市場 0 8,630 106,449 自動運転トラック輸送市場 1 37,445 198,448

11 物流関係 465 1,443 5,035 倉庫業等システム対応機器、ドローン利用輸送システム等市場 465 1,443 5,035

12 専門・技術サービス関係 90 2,440 6,149 法務・財務等業務支援システム市場 21 1,068 2,718 デザイン作成支援システム市場 69 1,372 3,431

13 広告業関係 6,331 19,305 36,047 アドテクノロジー関連システム市場 6,331 19,305 36,047

14 エンターテイメント関係 2,260 5,990 15,104 旅行業関係市場(添乗員アプリ市場等) 127 1,946 6,341 ペット産業関係市場(体調診断・活動レコメンドシステム等) 2,025 3,735 8,028 興業場関係市場(来客者支援システム、イベント支援システム等) 108 309 735

15 教育・学習支援業関係 2,030 5,039 9,285 自学習支援システム等市場 664 1,880 5,424 教員用授業支援・評価支援システム等市場 1,366 3,159 3,861

16 医療・福祉関係 343 5,761 21,821 介護・手術支援ロボティクス市場 5 72 2,390 医療診断支援システム・医療助言アプリ等市場 31 2,064 5,536 遺伝子解析・新薬開発支援等システム市場 307 3,625 13,895

17 生活関連産業関係 1,308 17,111 40,015 職業紹介業関係(人材マッチングシステム等)市場 11 707 6,906 清掃用ロボティクス市場 641 13,542 26,645 警備業関係(警備用ロボティクス・警備警戒監視システム等)市場 591 2,038 3,110 コールセンターオペレーター補助システム市場 65 824 3,354

計 37,450 230,638 869,620

出典:各所公表資料等(注 1)に基づき、EY総合研究所作成

表 2 人工知能関連の産業別市場規模の詳細

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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

 2015年現在における人工知能を活用した機器、システム等の国内市場規模は、EC市場でのレコメンド活用など IT領域を中心に卸売・小売分野として 1兆 4,537億円、広告分野 6,331億円、金融・保険分野 5,964億円など合計 3兆 7,450億円と推計される。今後、技術の成熟・安全性の向上・コストの減少などにより、運輸分野における自動運転の実用化、製造分野における情報化・知能化、生活関連分野への導入などさまざまな産業分野での市場形成が進むことが予測される。その結果、2020年には 23兆 638億円(15~ 20年:CAGR43.8%)、2030年には86 兆 9,620 億 円(20 ~ 30 年:CAGR14.2%、15~ 30年の全体:CAGR23.3%)へと市場が拡大することが期待される。 このように人工知能の活用分野は当初、電子商取引(EC)などのネット IT領域から普及が始まり、次第に IoT(Internet of Things)との連携により実世界へ展開され、運輸・製造・生活関連分野などで巨大な市場が出現・成長していくと考えられる。

① 運輸分野

 市場規模全体を俯ふかん

瞰した際に、最も大きく計上されているのは運輸分野である。これは現在の統計的・確率的手法に基づく人工知能のテクノロジーの延長線上で、自動運転を実現できることがほぼ確実視されてきている事が大きな要因として働いている。 最も大きな影響は、完全自動運転車によるトラック輸送への市場インパクトだと推計している。これは当該ビジネス領域で顕著な人手不足による供給制約を自動運転で緩和できる事や、人件費が多くを占めるコスト構造が改善され、より安価なサービスが提供可能になる事で、大きな需要が喚起されると見込まれるためである。 トラック輸送の場合、20年頃から高速道路を中心とする自動運転が先に普及し、隊列走行による輸送容量の向上なども徐々に採用されてくる。当初は高速道路用の自動運転トラックと一般道路用の普通のトラックが混在しているが、完全自動運転が実現する頃から自動運転トラックの普及が加速すると考えられる。 また、次に大きな影響は「オンデマンド・モビリティ」に現れると考えられる。IT企業によるタクシー配車サービスは各国への広がりを見せているが、自動運転車によるタクシー配送やカーシェアリングが実現した場合、自動車というアセットを 24時間フルに活用できる事に加えて人件費分のコスト構造改善を見込めることから、現在の公共交通機関と同程度の極めて低額な料金設定も可能になり、モビリティに関する大きな需要を喚起すると考えられる。 本稿ではこれらのサービスを「オンデマンド・モビリティ」と定義している。その普及は、東京 23区を除く人口集中地区(DID※ 6、補足 1参照)がやや先行すると考えられる。乗り合いなども考えた場合、普及には人口が集中している事が規模の経済上有利に働くものの、巨大都市圏である 23区では、コスト面なども含めて公共交通機関に匹敵するほどの利便性が即時には生まれないと考えられるためである。一方で、人口集中地区でない地方部においては、配車サービスを面的に十分な密度で供給可能となるまでには、相応の時間を要すると考えられる。

1. 人工知能全体の市場規模 2. 分野別市場規模(2030年時点)

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 なお、自動運転車そのものの製造に係る市場規模は別途製造業分野の枠組み内で推計を行っている(約10兆円の規模)。 ちなみに本市場推計の際には、前記のとおり「完全自動運転車(運転者不在で自動運転を行う車)」の存在を前提としているが、このためには法的側面などをクリアしている必要があることは留意したい(コラム参照)。トラック輸送にせよオンデマンド・モビリティにせよ、技術面は急速に高度化しており課題は少なくなりつつあるため、普及の最大のトリガーとなるのは政府による規制緩和の枠組みになると考えられる。 また、自動運転車の市街地走行に際しては、一般市民の受容の程度も普及に影響すると考えられる。この様な法的側面や一般社会の受容などに鑑みると、より低速な移動体(例えば欧州で普及している時速 10~20km程度の移動体)を利用するものから順に普及が進んでいくものと考えられる。

② 卸売・小売分野

 社会に相当に根付いたと考えられている電子商取引であるが、経済産業省の統計※ 7によれば、EC化率※ 8

は BtoC取引ではいまだ 4.37%にとどまっており、今後 30年にかけてさらに拡大していく事が想定される。この電子商取引において、人工知能が適用される機会も現在よりさらに拡大していくと考えられる。現時点でもテキストベースでのレコメンドなどは行われているが、今後は映像を対象とした一般物体認識※ 9

等の技術が進展することにより、20年を待たず早い段階で、スマートフォン・PC・TVの画面に映し出されている映像情報を解析し、ユーザーに最適な情報提供を行う機能などが提供される。また、顔認証による受付システム(いわゆる「顔パス」)も 20年頃には普及を開始しており、30年には一般の店舗にも普及する事が想定される。店舗監視システムなども、画像認識技術の向上と共に比較的早期に普及すると考えられる。 なお、当該分野の市場拡大にはオムニチャネルなどの取り組みに見られる「より深く顧客を理解する」事が重要であり、そのためにはパーソナルデータの取り扱いに関するルールが整っている事が必要となる。個人情報保護法は本年(15年)改正されているが、各

事業分野ごとの関連ガイドラインなどの整備が、今後の普及のためのトリガーになると考えられる。 また、監視カメラ等の画像をマーケティングのために、顧客行動観察用として利用するケースはガイドライン等が未整備であるが、現在の画像認識技術の高度化に伴い、店舗等の実空間における顧客行動の理解のため利用したいというニーズは強いため、ルール整備が行われた後、急速に普及していくと考えられる。

③ 製造分野

 インダストリー 4.0※ 10やインダストリアル・インターネット※ 11といった動きと連動して、工場の情報化・知能化は注目を集めているところである。 現在の産業用ロボットや生産機械は、精密な操作を行うために事前に多大な時間を要して、位置決めや動作に関する指示・調整(ティーチング)を行う必要があるが、あらかじめ細かい指示を出さなくても人間が簡単にインストラクションを行う事で同じ様な動作を行う事のできるロボットや、試行錯誤を経て自ら最適な動作を学び取る生産機械などが登場すると考えられる。この様な柔軟性を有したロボット・生産機械が登場することにより、製造業の効率性も飛躍的に増大する事が考えられ、セル生産※ 12の自動化による変種変量生産への対応や、ラインの自動化・機器間の協調制御による全体最適化といった、人間の手による効率化がこれまで難しかった分野について、適用が進んでいく事が想定される。 当該分野については、工場内という人為的環境であるため人工知能も比較的早期から適用される事が想定される。ティーチングの自動化については現時点でも取り組みが行われており、20年頃には一定程度普及しているものと考えられる。さらにライン自動化や機器間協調制御といった高度化技術も 30年には相当に普及している事が想定される。当該分野には工場内の安全規制のほかには大きな規制枠組みなどは無く、その点でも早期の適用が期待されるところである。 ただし、工場間などの大域にわたる協調制御などは、交換情報に関する標準化が必要であり、特に複数の事業者を横断的に協調させるような制御については、セキュリティ面も含めた標準化が進むことが普及のためのトリガーになると考えられる。

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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

④ 建設・土木分野

 建設機械のオペレーションの自動化が進み、建設現場における人手不足を補う形で、人工知能の適用が進むと考えられる。通常の建設現場における敷均(しきならし)作業※ 13などは現在、試験的に自動化が進められつつあり、20年には一定の自動化が進展しているものと考えられる。また、これまで難しいとされてきたがれき撤去などの複雑な作業にも、深層学習を適用したものなど、高い自己学習機能を有した建設機械などによる自動化の適用が進んでいくものと考えられる。災害時の複雑な状況にも対応可能な自動土木機械と合わせて、これらは 30年にかけて普及をしてくるものと想定される。また、当該分野では、建設・土木現場での安全規制が主たる規制であり、比較的法令面・規制面での影響は少ないと考えられる。 20年までには一定程度の技術レベルには達してくると考えられるため、同年開催のオリンピックに向けた建設・土木事業が普及の一つのトリガーになると考えられる。

⑤ 金融・保険分野

 アルゴリズムトレードでは現在でも機械学習などが相当程度適用されており、HFT※ 14を含めて既に大きな市場を獲得している。また、金融分野では近年、IT技術を活用した Fintechと呼ばれるサービスが注目されており、ソーシャルメディアにおける書き込みなどを基に与信審査を行う人工知能なども登場している。Fintechでは、スマートフォンを中心とした決済や送金システムのユーザーインターフェイス最適化などに、早期(20年代以前)から人工知能の応用が開始されると考えられる。また、個人間の貸借をネット上で仲介するビジネスなどに、人工知能による信用度推計機能などが付随して利用される場面も想定される。この様なネットワーク外部性の働くマーケットプレイス※ 15については、比較的早期(20年代~)に普及する事が考えられる。深層学習の技術発展に応じて、掲載された画像や写真などを参照して与信判定等を行う人工知能も、同時期頃から登場すると考えられる。 当該分野に多数存在する金融関係の規制については

緩和の動きもあり、銀行法の出資規制などによりこれまで Fintech領域には進出が難しかった既存の金融機関が、大挙して同領域での事業に乗り出す可能性も指摘されている。これまで活躍してきたベンチャー企業との競争・協業もつうじて、規制緩和が同分野における人工知能適用拡大のトリガーになると期待されるところである。

⑥ 生活関連分野

 現在、応用が始められているコールセンターのオペレーター補助のシステムをはじめとして、職業紹介業、清掃用ロボティクス、警備分野等で市場が拡大していくと考えられる。自動運転技術と同様に、清掃用のロボティクス市場が比較的大きな市場として期待され、既に普及が始まっている家庭用の清掃ロボットに加え、路上やオフィスビルなども、限定された環境であるため清掃用ロボットの導入は比較的容易であり、20年代には一定程度普及し始めていると考えられる。 警備分野では特に監視システムについて、20年の東京オリンピック開催時に都心部に集中する大量の旅行者・観戦者に対する監視警備の必要性が高まる事から、同年を目途として人工知能の適用が急速に普及する事が想定される。 職業紹介(人材マッチング)における人工知能の適用も、ネットワーク外部性が働くため比較的早期(20年代以前)から市場が急速に拡大していくと思われる。

⑦ 広告分野

 アドテクノロジーと呼ばれる広告配信・流通のためのビジネス領域において人工知能の活用が拡大する。広告業自体の市場規模は国全体の経済規模(GDP等)との関連性が強く、一定の上限は想定されるものの、その中で他の広告手段に代わる形でアドテクノロジー関係の市場が拡大していく事が考えられる。既に DSP※ 16・SSP※ 17・DMP※ 18といったアドテクノロジーの各要素に人工知能は活用され始めており、パーソナルデータ関係以外では法的な規制などもほとんど存在しないため、20年代にかけて加速度的に利

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用が進展すると考えられる。逆に 30年代にかけてはそれ以前よりやや緩やかな伸びに移行すると想定される。

⑧ 情報サービス分野

 人工知能に関する基盤的な機能を提供する、クラウドの AI関連市場が拡大する。また、経営に関する高度な支援システムも企業経営に必要不可欠なサポートアイテムとして定着する。ソーシャルメディア等の監視、内部情報漏えい等に対する監視システム機能も利用が拡大する。 監視系のシステムについては、現在既に利用されている実システムもあり、市場が BtoB中心であることや、人手による労力を大幅に削減できる事から、今後 20年、30年と進むにつれて急速に普及していく事が考えられる。 経営支援システムも、既に一部では人工知能の利用が開始されており、30年代にはほぼ全てのシステムで適用されると考えられる。また、サイバー攻撃やマルウェア※ 19のタイプを予測する人工知能も 20年代には登場してくると考えられる。 業務システム用人工知能の基盤をクラウドで提供するサービスも、既存のクラウドと同様の急速な普及を示す事が考えられる。25年頃には現在のクラウドの国内市場と同程度にまで成長すると期待される。

⑨ 電力・ガス・通信分野

 電力改革の後押しも受けて、デマンドレスポンス等の電力取引市場や HEMS※ 20などの複合電力利用システムにおいて、人工知能の利用が拡大していく。特にデマンドレスポンスにおいては、人工知能による需要家の分析・判断などが重要となってくる。HEMSでも同様であるが、こちらは BtoCのビジネスが中心であり、かつ要となる HEMSコントローラーは各家庭による購入が必要であるため、デマンドレスポンスに比較すると普及はやや遅れると考えられるが、16年からの電力小売自由化は普及のための一つのトリガーになると考えられる。 また、通信事業者が利用する通信機器においても、人工知能を利用したトラフィック制御が行われるよう

になり、NFV※ 21や SDN※ 22といったネットワークシステムと、OSS※ 23や BSS※ 24といった顧客・課金管理システムが連携するようになる。 20年の東京オリンピック開催期間中には、大量の旅行者・観戦者により通信のトラフィックが急激に増加すると考えられる。同イベント開催に向けての準備がトリガーとなり、20年代にかけて、これらの高度なトラフィック管理も普及していくと考えられる。

⑩ 医療・福祉分野

 遺伝子解析・新薬開発等の支援システムなどが大きな市場として期待される。現在の人工知能では薬品の立体構造や細胞内の反応過程などを物理化学的知見から読み解くといった論理的推論は困難であるが、数千万件といった論文情報を読み込むことによる候補化学物質のスクリーニングなどには威力を発揮し始めている。また、介護や手術支援用ロボティクス市場や、医療診断支援システムなども成長が期待されている。 医療助言アプリなどは、規制対象外となる場合には比較的早期(20年代以前~)に普及し始める事が想定される。医療診断支援システムや、手術支援ロボティクスは、20年代に本格的に普及し始めると考えられる。画像診断システムは特に先行して人工知能が搭載され、現在恒常的に不足している専門医をカバーする形で、急速に適用が進んでいくものと考えられる。遺伝子解析・新薬開発等の支援システムは市場規模は大きいものの、長期にわたる研究開発に組み込まれるため、立ち上がりには若干の時間を要するものと考えられる。

⑪ エンターテイメント分野

 旅行業において添乗員の代わりをするアプリ、ペットの体調管理等のシステム、興業場における来客監視やイベントの発生タイミングを最適化するシステムなどが登場する。基本的に大きな規制枠組みの無いビジネス領域であるため、サービスの展開は早期に行われやすい。添乗員アプリなどは東京オリンピック開催の20年にかけて、特に外国人対応のなされているものは急激に市場を獲得すると考えられる。

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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

⑫ 教育・学習支援分野

 自学習を支援するシステムや、教員用の授業サポートを行うシステムが登場し、より個人の習熟度などに応じたきめ細かい教育を行う事が可能になる。また、進路相談を支援するシステムなども登場する。 文部科学省が 11年に取りまとめた「教育の情報化ビジョン※ 25」では 20年に生徒一人に一台の情報化端末を配布することとされており、自学習支援システムや、教員用授業サポートシステムは政策の後押しを受けて、同時期に急速に普及が進むことが考えられる。

⑬ その他

 物流分野では倉庫内の棚を移動させる無人搬送車への人工知能の搭載などが進んでいるが、商品の種類が多く、かつ頻繁な変更があるため、商品を倉庫から取り出す作業(ピッキング)については自動化が困難であった。 今後は多様な対象物を柔軟に学習する画像認識や、ロボット制御の簡易化が大幅に進展すると考えられることから、20年頃からピッキングも含めて倉庫全体を自動化する動きが顕著になると考えられる。

【補足 1 都市計画への影響】

 前述の自動運転技術はタクシー・レンタカー・カーシェアリングから公共交通機関に至るまで、人間の移動に関するサービスのあり方を根源的に変えてしまうと共に、自動車所有の形態・インフラの整備・都市設計のあり方まで変革をもたらすと考えられる。上記推計においても、①東京 23区、②左記を除く東京の人口集中地区(DID)および地方の DID、③ ①・②以外の地域で自動車の所有率や自動運転タクシーの利用率が異なってくると考えられたため、それらを計算に反映している。 一方で、自動運転車・自動運転タクシーの普及は、各自治体において取り組みが行われているコンパクトシティ※ 26に関する施策に影響を与えると考えられる。都市計画の計画立案から実行までは 10年以上の歳月がかかる事も珍しくはなく、各自治体においては現時点から、将来の自動運転を見越した都市づくりを検討しておくことが必要になるはずである。

【補足 2 介護ロボット】

 介護に関しては介護保険料制度の現行枠組みを前提としている。そのため、現在以上の高額な介護費用を前提として市場を想定するのは困難である。しかし、人工知能クラウドに接続された介護ロボットを想定すれば、劇的な価格破壊が起こる事も想定される。介護ロボットの場合、自動運転車の様なミリ秒単位でのレスポンスは必要ではない(むしろ「ゆっくり」とした反応の方が望ましい)ため、認識に関する頭脳部分は全てクラウド側に持たせ、現場にあるロボットは単純に動作を行うだけの躯体とセンサーのみで構成する事が可能なためである。

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 自動車の自動運転については、自動化のレベルが定義されている。内閣府の SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)研究開発計画では、国際的潮流も加味して自動化のレベルを 4段階で捉えている(<表3>参照)。 現在、自動車各社からはレベル 1~ 2のものが一部で市販されている。また、幾つかのメーカーではレベル 3の取り組みが行われると共に、レベル 4の取り組みを行う企業も存在する。 なお、事故を起こした際の法的責任については、自動化のレベル 4からシステム(車両)側になると考えられる。法的責任が運転手からシステム(車両)側に移行する事で、事故時の対応や保険の枠組みなども今後変わってくることが予想される。 ちなみに航空機や工業用プラント等、自動化機構が

導入されているシステムは既に多く存在している。航空機などは、既に離陸時以外はほとんどが自動操縦となっているのが実態であり、パイロットは飛行時間中の 3~ 4%程度しか、自ら操縦を行っていないと言われている※ 27。パイロットが操縦席にいるのは「万が一」が生じた際のバックアップのためでもあるが、では本当に「万が一」が生じた場合に、航空機の様な複雑なシステムの管理がスムーズに人間側に移行され、緊急対応が行えるのかどうかについては、現在でも議論があるところである。 いずれにしても、「自動化」と「人間の判断」のあり方については、航空機や工業用プラントといった先例においてもまだ完全な整理はついておらず、引き続き現実の状況を確かめながら、実際的な対応を行っていく事が必要であると考える。

Column 自動化のレベルと法的側面

自動化レベル 概要 左記を実現するシステム

レベル 1 加速・操舵・制動のいずれかを自動車が行う状態 安全運転支援システム

レベル 2 加速・操舵・制動のうち複数の操作を同時に自動車が行う状態

準自動走行システム自動走行

システムレベル 3 加速・操舵・制動を全て自動車が行い、緊急時のみド

ライバーが対応する状態

レベル 4 加速・操舵・制動を全てドライバー以外が行い、ドライバーが全く関与しない状態 完全自動走行システム

事故が起きた時の責任: システム(車両)側となるレベル

出典:内閣府「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)自動走行システム研究開発計画」より EY総合研究所作成

表 3 自動化レベル

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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

 前述のとおり、人工知能は今後の経済拡大に多大な貢献を行うものと期待されている。一方で、人工知能が人間の仕事を奪ってしまうのではないかという懸念も、特にホワイトカラーの分野でささやかれているが、実際のところはどうなのであろうか。 歴史に学ぶ一つの示唆として、職業分類の変遷を追いかけてみたところ、これまでにも既にかなり多数の職業分類が消滅してきていることが分かっている。職業分類が無くなる事は、少なくとも統計情報を取得する意義が薄れてくるほどに、その職業に就いている人口が少なくなってきたことを示唆している。しかし、これらの変遷に伴い、社会不安などに至った例は報告されていない。むしろ経済学的に通常(?)と捉えられている「恐慌」「不況」「経済停滞」による雇用への悪影響の方がはるかに深刻であると考えられる。

 なお、前記Ⅱ.で述べたとおり、人間のロジックやナレッジを再現できる人工知能の到来はまだ先の事だと考えられている。文学作品を理解するといったタスクは今でも困難であるし、思考のフレームワークそのものを新たに考え出す(例えばリンゴの落下を見て重力を発見するなど)といったタスクに至っては、理論的な目星すらついていない(<図 2>参照)。 前述の人工知能がもたらす経済市場についても、基本的にはこの考え方で統一して推計を行っている。当面の人工知能の能力は人間の能力にはまだまだ及ばないものの、現状の統計的・確率的手法による人工知能ですら、経済社会に飛躍的な変化をもたらす可能性があることに注目すべきである。

V. 人と人工知能のあり方

出典:EY総合研究所作成

図 2 タスクごとに異なる人工知能の進化速度

時間時間時間1960年代 2030年?現在

人間のレベル

人工知能の能力

【四則演算】 電卓の登場時期に、 既に人間を上回る

【自動運転】 2030年頃? 完全自動運転へ

統計的・確率的手法

【文学作品の理解】 ロジック・知識ベース利用手法でも、 将来見通し困難

統計的・確率的手法

ロジック・知識ベース利用手法

現在

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 前述したとおり、人工知能の市場へのインパクトで最大のものは自動運転であった。この市場効果が大きいのは、完全自動運転の実現を前提としているためであり、統計的・確率的手法に基づく人工知能でありながら、人間による最終意思決定を(常には)要求せず、機械によるほぼ完全な自動化が達成されていることに起因している。 従って、その他のビジネス領域においても同様に、人工知能による完全な自動化が可能な部分の経済効果は大きいと考えられ、例えば HFTなどはその先行事例として挙げることができる。逆に上記推計においても、最終意思決定権が人間に残り、完全な自動化が困難なビジネスに関しては「支援システム」までしか構築できず、市場規模も一定程度にとどまる事となる。 そのため、人工知能を活用しつつ大きな経済効果を狙う場合には、当面の間主流となる、統計的・確率的手法に基づく人工知能を活用する事で、いかに「完全」に近い自動化システムまで完成度を高められるかが重要となってくる。Ⅲ.で述べたように、IoTのような現実世界との相互作用のある分野では、時間をかけて十分な実証を積み重ね、発生するリスクを極めて小さくしていくと共に、必要に応じて特区や規制緩和措置などの法令面での対応を行い、後押しをしていく事や、実際に事故などが起きた事を想定した責任分界点の考え方・保険制度のあり方を事前に十分に検討しておく事、あるいは社会実証なども経て市民の受容を徐々に促していく事も必要になってくると考えられる。 さらに、特に深層学習への注目度が高い事から、現在世界的に当該分野の技術者・研究者人材へのニーズが強く、必要な人材の確保が困難になりつつある。既存の企業が人工知能関連ビジネスを手掛ける場合には、これらの人材の直接確保を進めるほか、ベンチャー企業との協業や提携等を活用することも選択肢に含めるべきである。 人工知能ビジネスの興隆のためには、単純な技術開発だけではない複合的な取り組みが必要となってくる。その取り組みに先行できた国家・企業が人工知能ビジネスで競争優位に立つことができると考えている。

VI. 市場推計から考察される今後の課題

<人工知能関連ビジネスの課題>

 なお、本稿では、全てのビジネスにおいて闇やみくも

雲に自動化を進めよと主張しているつもりはない。場合によっては、経済効果よりも安全性や確実性を優先させるべき分野もあるはずである。人間が、人間による対応を求める様な高度な接客業などは、そもそも機械による代替需要そのものがあまり存在しない事も確かである。ただし、人工知能による多大な経済効果が期待されているビジネス分野については、一定程度の慎重さを伴いつつ、実験的な取り組みを進めていくべきではないかと考えている。 人工知能が浸透し、単純な(知的を含む)労働を任せる事が可能となれば、人間の労働はよりクリエイティブな、創造的な方向にシフトしていくはずである。複数の人工知能を手足の様に使う、総合プロデューサー・ディレクターといった役割を担う層が増えてくると共に、ベンチャー企業など少人数の組織であっても、大企業に匹敵する業務量をこなす事も可能になるはずである。一方で、コールセンター業務支援の様に、人間のいる現場での、人間による対応においても、人工知能が多様な補佐・支援を行っていく事が考えられる。 このように、人と人工知能の創造的かつ相補的な協働により、経済社会が大きく飛躍していく姿こそ「より確からしい」未来予想図ではないかと考えられる。EY総研では、この飛躍する各産業に対して、共に歩みつつ、支援を行っていきたいと考えている。

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• 十分な実証に基づくリスクの最小化• 法令・規制面での後押し• 責任分解点の設定と保険制度の再検討• 社会の受容• 人材の確保• ベンチャー企業との協業・提携

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人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

※1 レイ・カーツワイル著「The Singularity is Near :When Humans Transcend Biology」では、2045年頃にこのような「シンギュラリティ」と呼ばれるイベントが発生するとされている

※2 脳の神経回路にヒントを得て考案された情報処理モデル※3 例えば「人の顔」を認識するためには、局所的な明暗差が特徴量となり、「人間」を認識するためには輪郭を特徴量として機械的に捉える

必要がある。対象物が変わる毎に、これまでは人間が「何が特徴量となっているのか」を指定していた※4 http://21robot.org/ 参照※5 例えば問題文を一階述語論理式と呼ばれる数学的表現に変換した上で、ロジックを基に解答を導く、といった方法が採用されている※6 Densely Inhabited District。人口密度が一平方キロメートルあたり 4千人以上いる区域が互いに隣接し、全体の合計人口が 5千人以上と

なる地域のこと※7 経済産業省「平成 26年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)」※8 経済産業省では「全ての商取引金額(商取引市場規模)に対する、電子商取引市場規模の割合」として定義※9 画像を見て、そこに何が写っているのかを一般的な名称で認識すること※10 ドイツ政府が提唱する ICTを活用した製造業の革新に向けたムーブメント※11 米国で提唱された産業機器をインターネットで統合管理する概念※12 数人以下の作業員で、製品の組み立て工程の全てを行う生産方式※13 搬入された土砂などを所定の厚さに均す作業※14 High Frequency Tradeの略。コンピュータを活用する超高速取引※15 ネット上での取引市場の総称※16 Demand Side Platformの略。広告主(広告を依頼する側の企業)のための広告配信用ツール※17 Supply Side Platformの略。媒体社(ポータルサイト等、広告枠を提供する側の企業)のための広告配信用ツール※18 Data Management Platformの略。顧客に関連する社内外のデータを一元管理するツール※19 ウィルス、ワーム等の悪質な動作を行うソフトウェアやコードの総称※20 Home Energy Management Systemの略。家庭用のエネルギー管理システム※21 Network Functions Virtualisationの略。汎用のハードウェアを活用して通信の専用機器として利用する方式※22 Software Defined Networkの略。ネットワークの機能をソフトウェアによって動的に変更できる技術の総称※23 Operation Support Systemの略。通信事業者がサービスを運営するために必要なネットワーク管理システムの総称※24 Business Support Systemの略。通信事業者が経営管理を行うために必要な、課金システムや顧客管理システムの総称※25 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/1305484.htm 参照※26 中心市街地の活性化を伴い、職住その他の諸機能が中心に集中した都市の形態のこと※27 国立大学法人筑波大学 稲垣敏之氏「人と自動走行システムが織り成す光と影の交錯模様 -課題解決へ向けたデザインの視点-」参照

注1 総務省「国勢調査」「産業連関表」「経済センサス」「情報通信白書」、国税庁「国税庁統計年報」、厚生労働省「人口動態調査」「介護サービス施設・事業所調査の概況」「薬事工業生産動態統計年報」、経済産業省「ロボット産業の市場動向」「情報セキュリティの市場調査」「特定サービス産業動態統計調査」「特別サービス産業実態調査」「企業活動基本調査」「我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)」、中小企業庁「中小企業白書」、国土交通省「住宅着工統計」、日本貸金業協会「年次報告書」、日本損害保険協会「日本の損害保険ファクトブック」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」、日本ロボット工業会「年間統計推移表」、日本自動車工業会「乗用車市場動向調査」、全日本トラック協会「日本のトラック輸送産業 現状と課題」、日本ロジスティクスシステム協会、日本物流システム機器協会「物流システム機器生産出荷統計」、日本交通公社「旅行年報」、日本建設機械工業会「建設機械出荷金額統計」、全国警備業協会「警備業の概況」等

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“人と人工知能の創造的かつ相補的な協働により、経済社会が大きく飛躍していく姿こそ「より確からしい」未来予想図ではないか”

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<執筆者>

廣瀨 明倫EY総合研究所株式会社未来社会・産業研究部上席主任研究員

【専門分野】

• 国内外 ICT(情報通信)の業界・政策動向• ICT事業政策の戦略立案• 情報通信分野の法令対応

<執筆協力>

鈴木 将之 EY総合研究所株式会社 未来社会・産業研究部 エコノミスト

山口 若菜 EY総合研究所株式会社 未来社会・産業研究部 研究員補

18人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」

<サービスメニューの例>

【調査・分析】

• 業界動向、市場動向、企業動向調査(海外スタートアップ等含む)• 新事業領域における最新トレンド・エコシステムの分析• 法令、規制等のグローバルな動向調査• 上記を踏まえた市場規模予測(短期~中長期)

【戦略立案支援】

• 中核事業/非中核事業分析支援• オープンイノベーション:他企業/スタートアップ企業との協業・提携戦略策定支援• M&A/カーブアウト戦略の策定支援• 法令、規制等対応支援

EY総合研究所では、今後到来する社会や産業の在り方について、情報発信を積極的に行っています。弊社 HP(http://eyi.eyjapan.jp/)をご参照ください。

また、企業の将来戦略立案にあたり、ご支援をするサービスメニューをご用意しています。こちらにつきましても、当総合研究所までお問い合わせください。

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