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77 石油・天然ガスレビュー エッセー 縮小する投資機会に対応した 技術トレンドを読む JOGMEC 調査部 伊原 賢 じめに 世界全体の原油の残存確認可採埋 蔵量を見ると、全体の約8割もNOC (National Oil Company:国営石油会社) が支配しており、ロシア企業を除くと 民間企業はわずか 1 割未満の支配にす ぎない(図1)。現在の国際原油市場は、 メジャーズ等 IOC(International Oil Company:国際石油会社)の時代は遠 くなり、国営石油会社の時代になって いることを如実に示している。 従来、生産される原油は、需要が大 きく、利益への期待が大きい軽 ・ 中質 油の開発が進められてきたが、埋蔵量 の支配地図を考慮し、今後の需要に対 応するには、重質油やオイルサンドと いった非在来型の石油資源にも注目が 集まっている。 図2 に示すように、在来型の石油(既 生産、OPEC 中東原油、その他の在来 型)に比べ、例えば、重質油(オイルサ ンド、ビチューメンを含む)は可採埋 蔵量が 1 兆バレルにも迫るレンジにあ り、経済的に採算の取れるコストは、 在来型の10 ~ 20ドル/バレルよりも 生産・処理に手間がかかる分、30 ~ 4 0 ドル / バレルと高いレンジにあると される。 このように埋蔵量へのアクセスが縮 小する投資機会に対応した石油開発の 対象は、在来型から非在来型資源へシ フトするだろうが、その開発はどのよ うな技術トレンドをもって進められる のだろうか? 今般、筆者は、米国コロラド州デ ンバーのコロラド・コンベンション センターで2008年9月21日から24 日にかけて開催された2008年SPE (Society of Petroleum Engineers: 世界石油工学者協会、1 1 7 カ国の会員 数約 7 万 9,0 0 0 人)の ATCE(Annual Technical Conference and Exhibition: 年次総会)に参加し、最新の石油工学 に係る情報を収集した(写1写2)。 ここで、石油工学とは、石油 ・天然ガ スの掘削、油層管理、生産に関する技 術の総称を指し、これなくして、地下 の石油 ・ 天然ガス資源を地上に出すこ とはできないといっても過言ではな い。SPE はその技術者集団である。 本稿では、まず、2 0 0 8 年 SPE ATCE の概要を述べ、次にATCEで取り上げ られた下に示す五つのトピックスでの 情報交換、議論を紹介したい。最後に、 SPE ATCEで得られた情報を参考に、 当面の可採埋蔵量の積み増しをコント ロールすることになる石油開発技術の トレンドをまとめることにしたい。 ① タコ足状のマルチラテラル/水平 坑井からの石油生産技術の進歩 ② 非在来型資源と代替エネルギー源 の開発見通し 世界全体の原油の残存確認 可採埋蔵量の支配状況 図1 可採埋蔵量と採算コスト 図2 出所:PFC Upstream Competition Service ; PB 出所:IEA、SPE資料より作成 国際石油会社が完全に アクセス可能な埋蔵量 7% 国際石油会社が完全に アクセス可能な埋蔵量 7% ロシア系企業の埋蔵量 17% ロシア系企業の埋蔵量 17% 国営石油会社の埋蔵量 70% 国営石油会社の埋蔵量 70% 国営石油会社の権益持ち分 6% 国営石油会社の権益持ち分 6% Available oil in billion barrels 80 70 60 50 40 30 20 10 0 0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 Economic price 2004, USD/B Already produced OPEC ME Deep water Deep water Arctic Arctic Super deep Super deep EOR Heavy oil / Bitumen Oil shale Other conv. oil

縮小する投資機会に対応した 技術トレンドを読む...あったが、2010年はイタリアのフィ レンツェで開催予定とのこと(2009年 は、米国ルイジアナ州のニューオーリ

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77 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

 エッセー

縮小する投資機会に対応した技術トレンドを読む

JOGMEC調査部 伊原 賢

はじめに

 世界全体の原油の残存確認可採埋蔵量を見ると、全体の約8割もNOC

(National Oil Company:国営石油会社)が支配しており、ロシア企業を除くと民間企業はわずか1割未満の支配にすぎない(図1)。現在の国際原油市場は、メジャーズ等IOC(International Oil Company:国際石油会社)の時代は遠くなり、国営石油会社の時代になっていることを如実に示している。 従来、生産される原油は、需要が大きく、利益への期待が大きい軽・中質油の開発が進められてきたが、埋蔵量の支配地図を考慮し、今後の需要に対応するには、重質油やオイルサンドといった非在来型の石油資源にも注目が集まっている。 図2に示すように、在来型の石油(既生産、OPEC中東原油、その他の在来

型)に比べ、例えば、重質油(オイルサンド、ビチューメンを含む)は可採埋蔵量が1兆バレルにも迫るレンジにあり、経済的に採算の取れるコストは、在来型の10 ~ 20ドル/バレルよりも生産・処理に手間がかかる分、30 ~40ドル/バレルと高いレンジにあるとされる。 このように埋蔵量へのアクセスが縮小する投資機会に対応した石油開発の対象は、在来型から非在来型資源へシフトするだろうが、その開発はどのような技術トレンドをもって進められるのだろうか? 今般、筆者は、米国コロラド州デンバーのコロラド ・コンベンションセンターで 2008 年 9 月 21 日から 24日にかけて開催された 2008 年 SPE

(Society of Petroleum Engineers:世界石油工学者協会、117カ国の会員数約7万9,000人)のATCE(Annual

Technical Conference and Exhibition:年次総会)に参加し、最新の石油工学に係る情報を収集した(写1、写2)。ここで、石油工学とは、石油・天然ガスの掘削、油層管理、生産に関する技術の総称を指し、これなくして、地下の石油・天然ガス資源を地上に出すことはできないといっても過言ではない。SPEはその技術者集団である。 本稿では、まず、2008年SPE ATCEの概要を述べ、次にATCEで取り上げられた下に示す五つのトピックスでの情報交換、議論を紹介したい。最後に、SPE ATCEで得られた情報を参考に、当面の可採埋蔵量の積み増しをコントロールすることになる石油開発技術のトレンドをまとめることにしたい。① タコ足状のマルチラテラル/水平

坑井からの石油生産技術の進歩② 非在来型資源と代替エネルギー源

の開発見通し

世界全体の原油の残存確認可採埋蔵量の支配状況図1 可採埋蔵量と採算コスト図2

出所:PFC Upstream Competition Service ; PB 出所:IEA、SPE資料より作成

国際石油会社が完全にアクセス可能な埋蔵量

7%

国際石油会社が完全にアクセス可能な埋蔵量

7%ロシア系企業の埋蔵量

17%ロシア系企業の埋蔵量

17% 国営石油会社の埋蔵量

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国営石油会社の権益持ち分

6%国営石油会社の権益持ち分

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Deep waterDeep water

ArcticArctic Super deepSuper deep

EOR Heavy oil /Bitumen

Oil shale

Other conv.oil

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782009.1 Vol.43 No.1

エッセー

JOGMEC

③ 石油埋蔵量推定法の過去・現在・未来④ 増進回収法の未来⑤ 石油工学教育の行方

2008年SPE ATCEの概要

 SPEが主催する情報交流の場は、過去の事実を議論する SPE Technical Conference and Exhibition(年次総会ほか)、現在の動向を議論するApplied Technology Workshop (ATW)と未来の技術展開を議論するSPE Forumで構成される。 今年のSPE ATCEは、世界中から9,800人以上もの参加があり、発表論文 ・ポ ス タ ー は 約 370 件 で、6 分 野/61セッションに分かれて発表された

( ① Drilling and Completions、 ②Project, Facilities and Construction、③ Production and Operations、 ④Reservoir Description and Dynamics、⑤Management and Information、⑥Health, Safety and Environment/HSE)。発表論文・ポスターはCDとして配布(図3)。 ATCEの テ ー マ は、Connecting Members: Exchanging Knowledge

(石油工学を中心とした情報交流を通じて、世界中の会員をつなぐ)。油価の高値(ATCE開催中100ドル/バレル台)、石油・天然ガスの需要拡大、技術者の中高年化ほかを反映して、SPEに属する技術者は、目先の利益追求のみならず、人材の確保と浸透性の低い天然ガス(タイトガス、シェールガス)、重質油、大水深開発といった非在来型の資源開発に注力すべきである。CO2の地下貯留といった地球温暖化対策への貢献も重要で、SPEとしても Carbon Capture&Sequestration

(CCS)に係る委員会を新たに設置して、CCS実践の手助けとなるような技術ガイドラインの策定を行うとのこと。 再生可能エネルギーの台頭もあろうが、世界における石油・天然ガス資源の1次エネルギーに占める割合はゆるぎなく、原油需要は2030年には日量1億2,000万バレルに達するとも言われている。この時期の石油・天然ガス上流業界の好景気に人と技術を注入することで、上流業界は、巷

ちまた

で言われる斜陽産業どころか、石油・天然ガス資源の可採埋蔵量積み増しと環境面にも配慮した経済的開発に大きく貢献することができる。本総会における発表論

文や展示を見聞きすることで、その実現に必要な技術の進展を実感できる。 油価低迷時の90年代に多くの石油会社が、その研究開発活動を低下させたなかで、「将来の技術開発を担うのは誰か?」というのが、近年の石油開発業界の大きな命題。技術者として石油開発(いわゆる上流)業界に入る若者が減り続け、業界の平均年齢は、40歳代後半に入っており、30歳代が少なく、技術の空洞化の危機が迫っている。2004年以降の油価の上昇は、大学で石油工学を学ぶ学生数を増やしているが、現在業界にいる人たちとこれ

図3 発表論文・ポスターが収められたCD

筆者とコロラド・コンベンションセンターをのぞきこむ青いクマの像写1 SPE ATCEのスケジュール

紹介パネル写2

出所:筆者撮影 出所:筆者撮影

出所:SPE ATCE

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79 石油・天然ガスレビュー

縮小する投資機会に対応した技術トレンドを読む

JOGMEC

からの若者で業界を支えるには、各自が持つ知見を若者と共有するとともに、彼らにそれを伝授すること、若者が石油開発に夢や強い関心を持つよう草の根の啓蒙活動を精力的に行うことが極めて大事である。 3日目の24日にSPE会長主催の昼食会が催された(写3)。これまでATCEの開催場所は米国内の独占であったが、2010年はイタリアのフィレンツェで開催予定とのこと(2009年は、米国ルイジアナ州のニューオーリンズ)。7万9,000人にも達する会員数の半分以上が北米外に在住することを

考えても(10年程前には欧米の会員が大半であった。2003年からの会員数増加率は、なんと30%)、石油・天然ガスの掘削、油層管理、生産に関する技術はメジャーズのみならず、可採埋蔵量の 80 %を支配する産油国NOC、インド・中国ほかへと、全世界的な広がりを見せている。 JOGMECからは、筆者の他に、R&D推進部の稲田職員・河原職員が参加。日本人の参加者は、早稲田大学の森田教授、ConocoPhillipsの古井氏、国際石油開発帝石(INPEX)の平岩氏・鈴木氏、石油資源開発(JAPEX)の熊谷氏・

長井氏、アラビア石油の村田氏を加えて8名強が参加した。 なかでも、22日夜のAnnual Reception and Banquetにおいては、若手(35歳以下)の最近の発表論文で最高の評価であるCedric K. Furguson Medalを、平岩氏(アブダビのADMA-OPCO社に出向中)が日本人として初めて受賞。世界的に見て、日本人の石油開発技術者が少ないなかで、日本人技術者の高いレベルを世の中に知らしめた特筆すべきニュースとなった(写4、写5)。 展示会場は、約9,800m2(3,000坪弱)の広さで大小取り交ぜて450社の参加

SPE会長主催の昼食会風景写3 Cedric K. Furguson Medal授賞式写4

受賞した平岩氏写5 展示会場写6

出所:筆者撮影 出所:筆者撮影

出所:筆者撮影 出所:筆者撮影

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802009.1 Vol.43 No.1

エッセー

JOGMEC

(写6、写7、写8)。プレゼンテーション設備を持たない会社には、会場内において、時間割で詳細プレゼンテーションの機会あり(Exhibitor Showcase)。 展示場では、例年どおりSchlumberger、Halliburton、BJ Services、Baker Hughes、Weatherfordといったソフト・ハードをコンサルタント(専門家)とともにオペレーターに提供できる大手サービス会社がスペースを多く取り、景品や飲み物を取りそろえ、観衆を集めていた。ここ数年の傾向かもしれないが、製品のカタログを渡すというよりも、大型スクリーンでのPC画面やDVDの上映が目につく。油層シミュレーションモデルの紹介では、油層全体が3次元に、また時間経過とともに、油層飽和率の変化が視覚的に適切にとらえられるインターフェースがパソコン画面上で実現できるのは、3年程前から一般的な技術になっているようだ。2004年来、高い油価が継続し、油田操業により多くのお金がかけられ、リモートモニタリング技術や動く3次元油層モデルを使って、生産量増加をもくろみ、坑井の追掘や改修といった油層管理の意思決定時間の短縮化が図られている。もちろん、油田の現場

を良く知り、データ を 良 く 見 極 める目を持った専門家の存在が、その前 提 と し て あ るが、大手サービス会社の油田操業現場への技術提供がかなり細部にまで進 ん で い る よ うだ。極論すれば、油田操業会社の技術者はサービス会社の提供する技術の良し悪しを判断・管理する役割になっているように感じられた(詳しい技術の中身の理解はあまり要求されない)。 また、展示場では、Saudi Aramcoが2005年来、人材リクルートのコーナーを大きく設けていたのが印象に残った(いい人材が展示場にはあふれている?)。確認埋蔵量2,600億バレル・日産900万バレルを誇る世界最大の原油供給者Saudi Aramco。一方、Shell、BPといったスーパーメジャーの展示ブースがなかったのは、寂しい限り(Chevronのみ)。 SPE ATCEについて、もっとお知り に な り た い 方 は ホ ー ム ペ ー ジ

(www.spe.org/atce)を参照されたい。

タコ足状のマルチラテラル/水平坑井からの石油生産技術の進歩

 水平坑井とマルチラテラル坑井(タコ足状に配置された水平坑井)は、油層に沿って掘削される。通常の垂直・傾斜井に比べ、油層との接触体積が多く取れるため、一坑あたりの生産量を数倍に増やすことができ、80年代より広く、石油開発に使われるようになった技術である(図4、図5)。 筆者は2008年9月21日に開催されたショートコース「Reservoir Aspects of Horizontal and Multilateral Wells:水平坑井とマルチラテラル坑井の油層工学的側面」に参加した。講師のDr. Sada Joshiは80年代後半から、水平

フラクチャリング用ポンプを搭載したトラクター写7 SPE会長William Cobb氏による

2008年展示会場のテープカット写8

出所:筆者撮影 出所:筆者撮影

ケーシングを下げ区間ごとに油層に穿孔した水平坑井の仕上げ部図4

出所:SPE資料より作成

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81 石油・天然ガスレビュー

縮小する投資機会に対応した技術トレンドを読む

JOGMEC

坑井からの生産挙動に係る知見で有名になったコンサルタントである。水平坑井に係る油層特性や操業上の問題解決法を掘削・油層挙動・生産の観点から技術的に比較的平易に説明することで、彼には上流業界において高い評価がある。 具体的にコースで網羅された項目は、油層障害、排油面積、坑井間距離、可採埋蔵量、定常および疑似定常状態での水平坑井内の流体・圧力分布、ケースヒストリー、水平坑井の生産性解析であった。各種計算も高校程度の数学の知識で行えるため、水平坑井による生産量増加のメカニズムに興味のある方には、ショートコースで使われたテキスト(Reservoir Aspects of Horizontal and Multilateral Wells、SPE資料)は一読に値する。図6に示すようなマルチラテラル/水平坑井からの石油生産技術の進歩も解説された。

非在来型資源と代替エネルギー源の開発見通し

 上流業界における非在来型資源の位置づけの高まりに呼応したパネルディスカッションに出席した。そこでは、非在来型資源の開発収益性、開発課題、供給能力について議論がなされた。 米国エネルギー省エネルギー情報局

(EIA)のCaruso局長が司会者。パネリストは、米国国立再生可能エネルギー研究所、コンサルタント会社Raymond James社、油田操業機器・サービス会社AMECのオイルサンド部門、米国国立オイルシェール協会他からの専門家。EIAのCaruso局長は、ガソリン価格4ドル/ガロン、原油価格125 ~ 130ドル/バレルあたりが石油需要を控える傾向が見られる価格レンジと発言した(ただし、現実には原油価格70 ~ 80ドル/バレルのレンジで需要減は確認されている)。

  非 在 来 型 天 然 ガ ス(シェールガス、タイトガス、コールベッドメタン)生産井は生産開始初年に60 ~ 80 %の生産量減退、回収率50%

程度である。特に2002年頃から坑井の掘削、坑井の仕上げ・刺激、貯留層キャラクタリゼーションに係る技術の進歩が、その開発を加速化させている。頁岩や浸透性の低い(浸透率0.1ミリダルシー未満)砂岩に含まれる天然ガスは、従来、緻

密みつ

でコストのかさむ技術を要することから、開発が見送られる非在来型資源と看

み な

做されてきたが、21世紀に入ってからの米国での天然ガス需要の補完と天然ガス価上昇に支えられ、かつ、フラクチャリングを中心とした坑井刺激技術の進展に伴い、米国の天然ガス日産量 52.3Bcf/dの44%(シェールガス5%、タイトガス30%、コールベッドメタン9%)も占めるようになり(図7)、北米を中心に天然ガス供給源として注目を浴びている。 以下にパネリストからの発言骨子を資源ごとに記載。

【オイルシェール】 油ガス分を抽出するには 300 ~500℃の熱を加えることが必要で、開発コストのレンジは30 ~ 70ドル/バレルといまだ定かでなく(図2=P.77=参照)、補助金他のインセンティブ

固形物の産出を抑えるマルチラテラル坑井図5

ガスや水の水平坑井部へのコーニングを和らげる Inflow Control Valve図6 米国の天然ガス生産量図7

出所:SPE資料より作成

出所:SPE資料より作成出所:米国エネルギー省「Annual Energy Outlook 2007」

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1990 1995 2000 2005 2010年

非在来型ガス(48州)

在来型ガス(48州)

随伴ガス(48州)

メキシコ湾沖合

アラスカ

(Bcf/日)

アラスカメキシコ湾沖合随伴ガス(48州)在来型ガス(48州)非在来型ガス(48州)

13ft

20in

13ft

ICV

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822009.1 Vol.43 No.1

エッセー

JOGMEC

がなければ開発はおぼつかないとされる。昔の開発バブルで経験した心の傷もある。米国ワイオミング州グリーンリバー盆地には2兆バレルものオイルシェールが眠るとされる。その他の国としては、ブラジル520億バレル、オーストラリア310億バレル、ロシア2,710億バレル、中国3,280億バレルの原始埋 蔵 量 が 期 待 さ れ て い る。Shell、AMSO(American Shale Oil Co.)、ExxonMobil、Chevronが開発プレーヤー。SchlumbergerやPetrobrasも仲間入りか? 米国において開発一時停止の期間が解除された後の商業化基準ルール作りが注目される(2008年末が目途)。

【オイルサンド】  回 収 方 法 は 熱 を 加 え な い Cold Production( 人 工 採 油 法、CHOPS/Cold Heavy Oi l Product ion with Sand、水平坑井)と粘度を下げる加 熱 EORの 半 々。 回 収 率 は、Cold Productionで 5 ~ 6 %、加熱 EORであ る 水 蒸 気 圧 入 法( 水 蒸 気 攻 法、Cyclic Steam Stimulation、Steam Assisted Gravity Drainage)にしても

20 ~ 25%と決して高くない。SAGD法では回収率60 ~ 70%の報告もあるが、開発コストは高く、技術適用ノウハウも必要だ。

【風力】 2030年の米国の電力需要の20%を風力で賄うとすると、陸上で250ギガワット、海上で50ギガワットの発電能力が必要となる(現実味があるかどうかは別にして)。現在の発電コスト1,500 ~ 2,000ドル/キロワットは他のエネルギー源と比べても競争力あり。

 総論として、80 ~ 90年代は非在来型資源の開発があまり注目を集めなかったことを念頭に置くと、この資源開発のペースは近年の油ガス価の高値がいつまで続くか、それ次第であろう。開発課題は法規制、インフラ、ロジスティクスにある。非在来型資源の開発は、まずタイトガス・オイルサンド・バイオエタノール・風力を中心に進み、オイルシェール・地熱・太陽光は次のフェーズになろうとのこと。

石油埋蔵量推定法の過去・現在・未来

 9月23日のトピカル・ランチョンにおいて、埋蔵量評価で定評のあるヒューストンのコンサルタントRyder Scott社の名誉会長Ronald Harrell氏が2007年SPE新基準における資源量および埋蔵量の定義・分類、データの質の見分け方、評価手法について概説した。 資源量と埋蔵量に関する新基準

“Petroleum Resources Management System 2007”(PRMS)は、2007年3月末にSPE、WPC(World Petroleum Congress: 世 界 石 油 会 議 )、AAPG

(American Association of Petroleum Geologists:米国石油地質技術者協会)および SPEE(Society of Petroleum Evaluation Engineers:石油評価技術協会)の4組織の協力によって策定された。これら4組織は、2005年より2年間、現状の技術革新や経済的背景に沿 う 資 源 量 と 埋 蔵 量 の 世 界 基 準

(図8)を作成すべく、各石油会社や世界各国における埋蔵量の定義、分類に関する調査、基準について外部から意

技術革新と経済的背景を反映させた埋蔵量と資源量の分類図8

出所:2000年SPE、WPC、AAPG資料より作成

PRODUCTION

PROJECT STATUSRESOURCES CLASSIFICATION SYSTEM

RANGE OF UNCERTAINTY

PROSPECT MATURITY

TOTAL PETROLEUM INITIALLY IN PLACE(PIIP)

UNDISCOVERED PIIP

DISCOVERED HIIP

SUBCOMMERCIAL

COMMERCIAL

RESERVES

PROVED

LOW ESTIMATE HIGH ESTIMATEBEST ESTIMATE

UNRECOVERABLE

PLAY

LEAD

PROSPECT

ON PRODUCTION

UNDER DEVELOPMENT

PLANNED FOR DEVELOPMENT

DEVELOPMENT PENDING

DEVELOPMENT ON HOLD

DEVELOPMENT NOT VIABLE

UNRECOVERABLE

LOW ESTIMATE HIGH ESTIMATEBEST ESTIMATE

PROVED+PROBALEPROVED+PROBALE+POSSIBLE

CONTINGENT RESOURCES

PROSPECTIVE RESOURCES

LOW

LOWER RISK

HIGH

HIGHER RISK

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83 石油・天然ガスレビュー

縮小する投資機会に対応した技術トレンドを読む

JOGMEC

見聴取を行い、多くの会社からの意見を反映した新基準を策定した。 新基準の適用にあたっては、規制者、投資家、開発事業者の間で共通した認識が必要となる。規制者の1機関である米証券取引委員会(SEC)も新基準の採用にかなり前向きとのこと。 埋蔵量を取り扱う単位の変化(油層ごと→プロジェクトごと、図9)、非在来型資源の埋蔵量認定には回収率と処理施設の運転効率の評価が大事なパラメーター、埋蔵量算出に用いる決定論および確率論的手法についても言及された。

増進回収法の未来

 増進回収法(Enhanced Oil Recovery:EORまたはImproved Oil Recovery:IORともいう)とは、地下の岩石から原油や天然ガスを取り出す際に、各種の人工力を付与して原油採取を行う方法。人工力の付与には、自然力を付与する方法と排油メカニズムを変化させる方法がある。 2004年以降の油ガス価の高値を背景に、可採埋蔵量積み増しや資源回収率の向上を目指して、80年代初めに下火になった増進回収法が再び見直されてきている。 9月23日午後、筆者は、増進回収法の未来を明るく照らすべく、過去に培った技術を振り返るパネルディス

カッションに出席した。Petrobrasの埋蔵量・油層部長Sampaio de Almeida氏が司会者で、増進回収法の現状とその進歩を6人の識者が平易に解説した。

【水攻法】 油層圧力の低下を食い止めて油層圧力を維持、ないしは、油層内で移動するエネルギーを失った油を水で押し進め、採取率の向上を目指す方法(2008年SPE会長William Cobb氏)。

【熱攻法】 水蒸気押し、周期的水蒸気刺激法、SAGD法ほか(コンサルタントFarouq Ali氏)。

【化学攻法】 ポリマー攻法、アルカリ溶液攻法、界面活性剤法(ライス大Hirasaki教授、テキサス大Pope教授)。岩石の濡

れ性状の変化をキャッチするのが、界面活性剤法の成功の鍵となる。

【ミシブルガス圧入攻法】 リッチガスを用いる炭化水素ガスミシブル攻法、炭酸ガスミシブル攻法、窒 素 ガ ス 攻 法(Kinder Morgan社Larry Schoeling氏)。

【海洋での増進回収法の適用】 総論としては、油価が60ドル/バレルを下回らない限り、海洋での増進

回収法の適用は進むだろうとのこと(StatoilHydro社 Hafsteinn Agustsson氏)。

 さて、ここで「2008年SPE ATCEの概要」で触れた若手(35歳以下)の最近の発表論文で最高の評価であるCedric K. Furguson Young Technical Author Medalを受賞した平岩氏の業績に触れておこう。彼の論文「New Method of Incorporating Immobile and Non-vaporizing Residual Oil S a tu r a t i on i n t o Compos i t i o na l Reservoir Simulation of Gasflooding」は、まさしく“増進回収法の未来”を感じさせる内容だ。 平岩氏の業績は、ガス圧入攻法のシミュレーションによる評価精度向上のための新理論を提案したことにある。近年の油価の高値安定を背景に、生産中の油田での増進回収法の需要は高まっている。ガス圧入は、増進回収法の一環として、数多くの油田で実施されている。特に、地球温暖化の一因として考えられている二酸化炭素は、その地中への固定と増進回収を兼ねる圧入ガスとして近年注目を浴びている。ガス圧入攻法の一つ、ミシブルガス圧入攻法では、ある圧力以上で油・ガスの間の界面張力が消失する性質により、圧入されたガスと接した油の残油飽和率がゼロになるミシブル状態を利用して、飛躍的な回収増進が期待できる。 ガス圧入攻法の技術的評価には通常、成分系油層シミュレーションモデルを使ったスタディーが実施されるが、現行のシミュレーション技術では、ミシブル状態達成の有無にかかわらず、シミュレーションセルの残油飽和率がゼロになってしまい、回収率を現実より多く評価してしまうという問題点のあることが知られている。本論文では、その問題を解決するため、成分系油層シミュレーションにおいて残油

埋蔵量を取り扱う単位の変化(油層ごと→プロジェクトごと)図9

出所:2007年SPE、WPC、AAPG、SPEE資料より作成

油ガス層(原始埋蔵量)

プロジェクト(生産・投資見込み~キャッシュフロー)

鉱区資産(権益比率、契約条件)

netrecoverableresource

新基準「Petroleum Resources Management System 2007(PRMS)」の概念

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842009.1 Vol.43 No.1

エッセー

JOGMEC

飽和率を正しく設定する画期的な新理論が提案され、検証事例が示されている。 SPEにおける技術貢献では比較的影の薄かった日本人がアブダビでの油田開発技術への貢献を材料に、存在感を目に見える形で世の中に発信したことは、技術屋が産油国にとってためになる技術力の発露と位置づけたい。幾つかの石油開発技術分野ではメジャーズを中心としたIOCと肩を並べるようになったことを実感した。 もう一つ、“増進回収法の未来”を感じさせる油田開発を紹介する。2008年7月にChevronはナイジェリア沖合のアグバミ/Agbami油田(可採埋蔵量10億バレル)の生産を開始した。回収率向上のため最初から油層頂部にガス圧 入 を 実 施 し て い る。Chevronは、Halliburtonとともに、油田操業の半自動化を推進するデジタルオイルフィールド(Chevronはi-Fieldと呼ぶ)の概念をアグバミ油田開発に適用した。坑井内に流量計や圧力・温度センサーを装備し、生産挙動の遠隔操作を行うIntelligent Well Completionを採用。油層や操業の管理にITを全面的に採用し、各種計算ソフトやデータベースを生産現場と陸上の管理基地とで共有化し、施設の信頼性評価や次の作業の意思決定をタイムリーに行っている(図10)。作業効率と回収率の向上を目指すもので、増進回収法とITを融合させたもの。デジタルオイルフィールドは遠隔地の油田管理ツールとして一つのトレンドとなるかもしれない。

石油工学教育の行方

 石油工学教育の行方について6人の識者(マリエッタ大Chase教授、テキサス工科大Heinze教授、Hart Energy出版社Pike編集長、Chevron Horizons ProgramのHoweマネージャー、コン

サルタント会社PetroSkill社Brett社長、ヒューストン大Strategic Energy AllianceのSloanディレクター)が議論するパネルディスカッションに参加した。 大学の石油工学教育の履修状況、カリキュラムへの要件、SPEの教育研修・啓蒙プログラム(continuing education, energy4me, eMentoring)について、先に実施されたセミナー「SPE Colloquium on Petroleum Engineering Education」の概要が説明された。 業界の好況を反映して石油工学を専攻する学生数は増加。例えば、筆者が留学したタルサ大では、2008年秋学期に石油工学科へ履修届を提出した者は1学年70名(外国人と米国人は半々)にも上る。2005年の2.5倍の数字だ。大学院生も学部生ほどではないが増加した(2007年57名→2008年84名)。米国で石油工学を履修する学生数は数年で2 ~ 3倍に膨れ上がったが、教育に十分な教員数の充足に各大学とも苦労している。一方、高油価に支えられ、石油開発事業が活発化しつつある一方、大学教員から企業への人材の流出

も見られる。 業界活動は当面活発化が続くだろうが、その活動を支える若年層の教育レベルの維持向上には、大学のみならず、SPEのような学会やコンサルタント会社による教育研修プログラムおよび一般への啓蒙プログラムの充実も欠かせない。最大手サービス会社Schlumbergerは過去2年間、それぞれの年に80カ国から6,000名のエンジニアを採用。しかし、戦力とするべく行う研修の労力も相当なものとなるとのこと。 さて、ここで米国における“石油工学教育の行方”に係るニュースを一つ紹介しよう。 筆者のタルサ大学留学時代の恩師で、かつ管内の多相流体挙動解析の権威であるDr. James P. Brillの米国の工学系大学認定協会(ABET)への石油工学教育に関する長年にわたる貢献が、今年 の SPE ATCEに お い て DeGolyer Distinguished Service Awardを受賞して認められた(写9、写10)。石油工学の発展は、油価や投資・政治環境に大きく左右されることは再認識されており、石油工学の専門知識のみなら

ナイジェリア沖合アグバミ油田におけるデジタルオイルフィールド(PC画面より)図10

出所:SPE資料(SPE115367)より作成

Page 9: 縮小する投資機会に対応した 技術トレンドを読む...あったが、2010年はイタリアのフィ レンツェで開催予定とのこと(2009年 は、米国ルイジアナ州のニューオーリ

85 石油・天然ガスレビュー

縮小する投資機会に対応した技術トレンドを読む

JOGMEC

執筆者紹介

伊原 賢(いはら まさる)1983年、東京大学工学部資源開発工学科卒業。1991年、タルサ大(米国オクラホマ州)大学院石油工学修士課程修了。1994年、東京大学博士号(工学)取得。石油学会奨励賞受賞。1983年、石油公団(当時)入団。技術部、石油開発技術センター、アラブ首長国連邦(UAE)ザクム油田操業、生産技術研究室長、天然ガス有効利用研究プロジェクトチームリーダー、JOGMECヒューストン事務所長ほかの勤務を経て、2008年7月より石油・天然ガスの上流技術の調査・分析業務に従事。専門は石油工学とC1化学。趣味はへぼゴルフ、ホットヨガ、グルメ(和食中心)。故郷の博多に加え、現在横浜の住環境も堪能中。

ず、環境・政治・経済に係る一般教養教育も、若手技術者の育成に必要だとのABETへのメッセージがSPEに評価されたとのこと。

まとめ

 上昇する探鉱開発コストにもかかわらず、坑井あたりの発見埋蔵量は減り続 け て い る。 ま た、 現 在 埋 蔵 量 の80%弱が産油国のNOCに握られている状況下では、IOCやインディペンデント(Independent:独立系石油会社)は、新規油田開発よりも既発見油田からの生産促進に軸足を置かざるを得ず、投資機会は縮小していると考える。 このように縮小する投資機会に対応

して開発技術のトレンドを整理するには、石油価格変動下における石油開発技術の適用とそれを担う人材確保の行方という観点から物事を分析する必要がある。今回のSPE ATCEからの情報を基に技術トレンドをまとめてみよう。 IOCやインディペンデントは、新規油田開発よりも既発見油田からの回収率向上や生産効率向上を目指した技術

(水平坑井、坑井刺激、EOR/IOR、インテリジェントウェル)の適用や非在来型資源(タイトガス、オイルサンド、オイルシェール)の開発に軸足を移している。一般に油価の高い状況下では、技術改良・技術開発が進む。油価の長期的な動向を十分意識しつつ、開発資

材コストの高騰と、改良・開発された技術適用の兼ね合いが、当面の可採埋蔵量の積み増しをコントロールすることになりそうだ。 今回のATCE において、SPE会長は William Cobb氏 か ら Shellの Leo Roodhart氏に交代した。新SPE会長のメッセージも“Building the bridges”から“Your SPE”に変わった。これは、石油開発技術のグローバル化を強く意識し、環境対策を採りつつ、可採埋蔵量の積み増しを着実に進め、石油需要の伸びに応える供給態勢を目指し努力する技術者全員へのメッセージであると受け止めたい。

DeGolyer Distinguished Service Awardを受賞したタルサ大ブリル名誉教授写9 ブリル名誉教授(右)への授賞式写10

出所:筆者撮影 出所:筆者撮影