Upload
others
View
1
Download
0
Embed Size (px)
Citation preview
東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)・19
1.有機薄膜の配向性について
有機EL(Electro-Luminescence)やバルクヘテロ接合構造を有する有機薄膜太陽電池では、アモルファスあるいは結晶性が低い構造であるにもかかわらず有機分子が基板に対して配向性を有し、配向性がデバイス特性に影響を与えるとして注目されている。アモルファス有機薄膜の配向性を評価する方法としては、エリプソメトリーや赤外分光、発光スペクトルなど分光測定を中心に多様な方法が用いられている。本稿では、分子配向を評価する手法としては非常にユニークな、偏光X線を用いた角度分解XAFS(X-ray Absorption Fine Structure)測定および、高感度に分子配向性が議論可能なラマン分光法を利用した事例を紹介する。
2.角度分解XAFS分析による配向性評価
XAFSでは元素ごとに、主に価数や配位環境など化学状態に関する知見を得ることができる。一般的にXAFS測定は、SPring-8などの軌道放射光(放射光)と言われる施設を光源とする。通常、放射光は水平面内に直線偏光しているため、試料に対する入射角を変化させる角度分解測定を行うことにより、配向性に関する情報を得ることが出来る。図1に、HOPG(Highly Oriented Pyrolytic Graphite)など炭素六角網面が基板に平行な場合の、入射X線の電場ベクトルと電子軌道の関係模式図を示す。入射X線が基板に対して垂直に入射する場合、炭素π軌道と電場ベクトルの方向が一致しないため、スペクトルのπ*ピーク強度が弱くなる。一方、入射X線が基板に対してすれすれの角度で入射する場合、炭素π軌道と電場ベクトルの方向が一致するため、スペクトルのπ*ピーク強度は強くなる。このように入射角
度を変化させXAFS測定を行うことにより、分子面の方向をピーク強度の変化として捉えることが出来る。
2.1 HOPGの配向性評価 角度分解XAFS分析による配向性評価の一例として、図2にHOPGの角度分解C K端XANES(X-ray Absorption Near-Edge Structure)スペクトルを示す。各スペクトルの右側に記載している数値は試料面と入射X線が成す角(θ)である。図2より、285.5 eV付近にπ*︵C–C)由来、292.0 eV付近にσ*︵C–C)由来のピークがそれぞれ認められる。π*︵C–C)由来のピークに着目すると、ピーク強度に「高角度<低角度」の関係が認められ、平行配向していることが分かる。 XANESスペクトルでは、π共役面が基板などに対して平行に配向している場合、入射角θのcos2θとπ*ピーク強度は直線関係を示す1︶。そこで、角度ごとのσ*ピークに対するπ*ピークの強度比とcos2θとのプロットより直線近似式を算出し、θが0度の強度比の値を求めた。垂直配向における配向度(配向パラメータ)の算出を参考2︶
にし、以下の式より配向度を定義した。
配向度= I0-I90―――I0+I90
I0 :θ= 0 度のピーク強度 I90:θ=90度のピーク強度
上記配向度では、値の範囲は-1 〜 1となり、絶対値が大きい方が、配向が大きい。また、正の値は平行配向、負の値は垂直配向を表す。図2より算出したHOPGの配向度は0.97であり、非常に高い配向性を有していることが分かる。
2.2 有機薄膜太陽電池材料の配向性評価3)
本項では、Si基板上に製膜した有機薄膜太陽電池材料について、角度分解C K端XAFS分析により配向性を評価した事例を紹介する。
[特集]有機エレクトロニクス
(4)有機薄膜の配向性評価表面科学研究部 辻 淳一
研究部門 村木 直樹
π軌道
電場ベクトル
入射X線
図1 入射X線と電子軌道の関係模式図
280 285 290 295 3000
1
2
3
4
5
6
7
90度
70度
50度
30度
10度
Abs
orpt
ion
(a.u
.)
Energy (eV)
C K端XANES
σ*(C–C)
π*(C–C)
図2 HOPGの角度分解C�K端XANESスペクトル
●[特集]有機エレクトロニクス (4)有機薄膜の配向性評価
20・東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)
測定試料は、Si基板上に約100nmの厚さで成膜された有機薄膜太陽電池のドナー材料2試料とした。一つはポリ3–ヘキシルチオフェン(P3HT)であり、もう一つはフルオレン共重合体(N-P7︶₄︶である。それぞれの分子構造を図3, 4に示す。 角度分解XAFS測定は立命館大学SRセンターにて行った。C K端XAFS測定はBL2にて実施し、検出法は試料電流計測による全電子収量法とした。全電子収量法での分析深さは約100nm以下である。入射角θについて、10, 30, 50, 70, 90度の5角度にて測定した。エネルギー校正として、HOPGのπ*ピークを285.5 eVに合わせた。S K端XAFS測定はBL10にて実施した。検出法はC K端測定と同様に、試料電流計測による全電子収量法とした。入射角として、20, 30, 50, 70, 90度の5角度にて測定した。エネルギー校正として、K2SO4のホワイトラインを2481.7 eVに合わせた。 P3HTについて、図5に角度分解C K端XANESスペクトルを、図6に角度分解S K端XANESスペクトルを、それぞれ示す。図5より、P3HTでは、285.5 eV付近にπ*
(C–C)由来、287.5 eV付近にσ*(C–H)由来、293.0 eV付近にσ*(C–C)由来のピークが、それぞれ認められる。角度の変化に伴い、強度が変化するため、P3HTは配向性を有していると考えられる。π*(C–C)由来のピーク強度変化に着目すると、「低角度<高角度」の関係が認められる。また、図6より、2473.0 eV付近に認められるπ*(S–C)由来のピーク強度も同様に「低角度<高角度」の関係である。これらの結果より、P3HTのチオフェン環のπ共役面は基板に対して垂直に配向していると推察される。 N-P7について、図7に角度分解C K端XANESスペクトルを、図8に角度分解S K端XANESスペクトルを、それぞれ示す。図7より、N-P7では、P3HTと同様に、角度変化に伴いπ*(C–C)由来のピーク強度が変化している。このため、P3HTと同様にN-P7も配向性を有していると考えられる。ただし、角度変化に対するπ*(C–C)由来のピーク強度の変化はP3HTと逆であり、「高角度<低角度」の関係が認められる。N-P7では、炭素を含む化学状態として、チオフェン環、キノキサリン環およびフルオレン環などがある。C K端XANESスペクトルのみの情報では、それらの状態別の切り分けが困難であり、全体の平均情報が得られていると考えられる。一
図3 P3HTの分子構造
図4 N-P7の分子構造
280 285 290 295 3000.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
90度
70度
50度
30度
10度
Abs
orpt
ion
(a.u
.)
Energy (eV)
C K端XANES
π*(C–C)
σ*(C–H) σ*(C–C)
図5 P3HTの角度分解C�K端XANESスペクトル
2460 2470 2480 2490 25000
2
4
6
8
10
90度
70度
50度
30度
20度
Abs
orpt
ion
(a.u
.)
Energy (eV)
S K 端XANES
π*(S–C) σ*(S–C)
図6 P3HTの角度分解S�K端XANESスペクトル
280 285 290 295 3000
1
2
3
4
90度
70度
50度
30度
10度
Abs
orpt
ion
(a.u
.)
Energy (eV)
C K 端XANES
σ*(C–H) σ*(C–C) π*(C–C)
図7 N-P7の角度分解C�K端XANESスペクトル
●[特集]有機エレクトロニクス (4)有機薄膜の配向性評価
東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)・21
方、図8より、2473.9 eV付近のπ*(S–C)由来のピーク強度には「低角度<高角度」の関係が認められる。この傾向は、C K端XANESスペクトルで得られた傾向と逆の関係を示しており、硫黄を含むチオフェン環は基板に対して垂直に配向していると推察される。そのため、C K端XANESスペクトルより得られた平行配向の情報は、主にキノキサリン環やフルオレン環の状態を反映していると考えられる。このようにXAFSでは、元素ごとのスペクトル情報から総合的に判断することにより、官能基ごとに切り分けた情報を引き出すことが出来る。 表1に、各試料の吸収端ごとに算出した配向度を示す。表1より、P3HTとN-P7のそれぞれの配向方向はXANESスペクトル形状から定性的に得られた結果と一致する。また、配向度の絶対値を比較すると、N-P7よりP3HTの方が大きい。そのため、P3HTの方が配向性は高いと考えられる。これより、P3HTではチオフェン環がほぼ垂直に配向しているのに対し、N-P7ではキノキサリン環やフルオレン環は平行配向であるが、チオフェン環は弱く垂直配向しているものと考えられる。
表1 各試料の吸収端ごとの配向度試料 吸収端 配向度
P3HTC K端 -0.49S K端 -0.57
N-P7C K端 0.23S K端 -0.17
ここで示した事例のように、角度分解XAFS測定により、元素ごとの配向性を定量的に評価することができ、複数吸収端の結果から官能基ごとの情報を得ることも可能である。また、今回は示していないが、本項で実施したXAFS検出法である全電子収量法に加えて、数nm程度の分析深さである部分電子収量法による結果を組み合わせることにより、表面とバルクの両方の配向性を評価できることもXAFS分析の特徴である。
3.ラマン分光法による配向性評価5,6)
ラマン分光法などの振動分光法では、基板に対する入射光の角度を変えることにより、バンド強度の異方性から分子配向を議論することができる。特にラマン分光法では赤外分光法と比較して骨格振動に由来する振動モードの強度が相対的に高いため、分子配向に対する感度が高いことが特徴である。一例として、有機ELの正孔輸送材料であるα-NPD(Bis[N-︵1-naphthyl︶-N-pheny]benzidine)薄膜の蒸着速度依存性について分析した事例を紹介する。図9にα-NPDの分子構造を示す。α-NPDは、中心にビフェニル構造、周辺にフェニル基やナフチル基を有しており、方向による屈折率の異方性が比較的小さい。そのため、エリプソメトリーでは分子配向を感度よく測定することが難しい材料である。
蒸着速度を0.3, 3, 30 Å/sec、膜厚を200nmとした薄膜断面の偏光ラマンスペクトルを図10に示した。1605cm-1
付近のビフェニル環C=C伸縮振動モードで規格化した。α-NPDのビフェニル骨格、ナフチル環、フェニル環に由来するラマンバンドをそれぞれ、B、N、Pで表した。ラマンスペクトルの比較からα-NPDのビフェニル環の相対強度が平行偏光配置で増大しており、分子は基板面に対して平行方向に配向していることが分かる。さらに、蒸着速度が大きいほど垂直偏光配置のスペクトルではP、Nに由来するBバンドの相対強度が大きくなっており、α-NPDの基板面に対する分子配向性は蒸着速度が大きいほど大きくなることを示している。 そこで、分子配向性を表現する次のような現象論的なパラメータを定義した
分子配向パラメータ= I16₀₅(//︶/I13₇₀(//︶――――――――I16₀₅(⊥︶/I13₇₀(⊥︶
I1605︵//):平行偏光配置での1605cm-1付近のラマンバンド強度I1605︵⊥):垂直偏光配置での1605cm-1付近のラマンバンド強度
上記の分子配向パラメータは基板に対する配向度が大きいほど大きくなるパラメータであり、無配向のときに1になる。図11に蒸着速度に対する分子配向パラメータ
2460 2470 2480 2490 25000
2
4
6
8
10
90度
70度
50度
30度
S K 端XANESA
bsor
ptio
n (a
.u.)
Energy (eV)
20度π*(S–C) σ*(S–C)
図8 N-P7の角度分解S�K端XANESスペクトル
図9 α-NPDの分子構造
●[特集]有機エレクトロニクス (4)有機薄膜の配向性評価
22・東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)
を、同条件でITO基板上に蒸着した結果も含めてプロットした。分子配向性は蒸着速度が大きいほど大きくなり、ガラス上とITO上とで分子配向度は変化しないことが示された。 このような分子配向の蒸着速度依存性はタクトタイムが問題となる有機ELの生産工程において重要な意味を持ち、蒸着速度の制御が特性の改善やデバイスの安定性に重要であることを示している。
4.おわりに
有機ELや有機薄膜太陽電池など、駆動原理として電荷移動が重要な役割を果たすデバイスでは、使用される有機材料の配向性がデバイス特性を決定する重要なファ
クターの一つと考えられる。本稿では、配向性を評価する分析手法として角度分解XAFS分析およびラマン分光法を紹介した。これら分析がお客様の研究開発やトラブル解決のお役に立てば幸いである。
6.参考文献
1) J. Stöhr: “NEXAFS Spectroscopy”, p.276(1996︶,︵Springer, Berlin).
2) 丸山隆浩,石黒祐樹,石井秀司,太田俊明:立命館大学SRセンター ナノテクノロジーネットワークプロジェクト 成果報告書,2011,立S23–05.
3) 柴森孝弘,宮本隆志,国須正洋,辻淳一,山本修平, 北澤大輔,山中恵介,小川雅裕,太田俊明:有機EL討論会第19回例会予稿集,2014,29.
4) Daisuke Kitazawa, Nobuhiro Watanabe, Shuhei Yamamoto, Jun Tsukamoto: Appl. Phys. Lett. 95, 053701(2009).
5) Naoki Muraki, Masanobu Yoshikawa: Chem. Phys. Lett. 481, 103(2009).
6) 村木直樹,関洋文,棚橋優策,宮本隆志:有機EL討論会第12回例会,2011,p.S8⊖2.
■辻 淳一 (つじ じゅんいち) 表面科学研究部 表面科学第3研究室 室長 趣味:走ること、推理小説
■村木 直樹 (むらき なおき) 研究部門 主幹 趣味:音楽鑑賞、史跡・旧跡散歩、けん玉
Inte
nsity
/ ar
b. u
nits
18001600140012001000 Wavenumber / cm-1
0.3 Å/sec
3 Å/sec
30 Å/sec
垂直偏光配置 B
BN
BP
Inte
nsity
/ ar
b. u
nits
18001600140012001000 Wavenumber / cm-1
0.3 Å/sec
3 Å/sec
30 Å/sec
平行偏光配置
N
BB
P
B
図10 偏光ラマンスペクトルの蒸着速度依存性、 上:平行偏光配置、下:垂直偏光配置
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
4.5
5
0.1 1 10 100
Deposition Rate / Å/sec
I 1605/
I 1370(/
/)/I 1
605/I 1
370(
⊥)
on ITO
on GLASS
図11 ラマン分子配向パラメータの蒸着速度依存性
●[特集]有機エレクトロニクス (4)有機薄膜の配向性評価