上野 岳暁 先生横浜新緑総合病院 関節機能再建センター 整形外科部長

ドクタープロフィール

膝の痛みを抱えて外出もままならず、歳を取るってこういうことか…とあきらめの毎日を送っている人。その我慢している年月・時間がもったいない。歩けなくなる前に、もっともっと活動的な生活を手に入れるヒントを、お二人の専門医にうかがいました。

筋トレ、減量、骨切りから人工膝関節まで一人一人に合わせた治療法を提案します

筋トレ、減量、骨切りから人工膝関節まで一人一人に合わせた治療法を提案します

日本整形外科学会　専門医身体障害者福祉法第15条　指定医

平出 敦夫 先生芹が谷整形外科クリニック院長

ドクタープロフィール日本整形外科学会 専門医日本整形外科学会認定 スポーツ医日本整形外科学会認定 リウマチ医日本整形外科学会認定 リハビリテーション医身体障害者福祉法第15条 指定医義肢装具等判定医

01 中高年の膝痛、その原因は？

Q1. 動き初めに痛いのが変形性膝関節症上野　高齢の、特に女性の膝の痛みの原因は、ほとんど変形性膝関節症と思ってもいいかもしれません。変形性膝

関節症とは加齢変化の一種で、膝の軟骨が摩耗して変形、膝関節が痛くなる疾患です。進行すると軟骨を支える骨

も削れてしまい、歩行が困難になります。もともと関節が変形しやすい体質の

人に起こりやすいともいえますが、若いころから膝に過度な負荷をかけたり、

激しい衝撃を加えるようなことがあると、年齢とともに徐々に膝関節に影響が

出てきます。最も影響を与えるのが過体重、肥満が大敵です。

平出　変形性膝関節症の特徴は、動き始めると痛くなるけれど歩いていると治

まる、階段の昇降、特に降りるのがつらい、膝を曲げるのがつらく、腫れて水

がたまったりすることもあります。半月板損傷や、血流の障害によって起こる

大腿骨頭壊死症でも似たような痛みが生じてくることがありますから、早めに

整形外科を受診して原因を調べてもらいましょう。診察では膝の模型を使ってわかりやすく説明します。

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02 人工膝関節置換術について教えてください

Q1. まだ歩けるうちに行う手術平出　人膝関節置換術とは、傷んで変形した自分の関節を人工のものに置き換える

手術のこと。保存療法を頑張ったけれど改善しない、膝が痛くて日常生活に大きく

支障をきたしている場合、普通の生活ができない、買い物にも行けない、旅行もあ

きらめる、身の回りのことが自分でできない…、そういう人たちの中で年齢が進ん

で高位脛骨骨切り術の適応でない人たちが、社会から隠れて引きこもった生活をせ

ざるを得なくなる前に、人工膝関節置換術を勧めています。

上野　歩けなくなったら人工関節にしますという人がいますが、それは違います。

歩けないというのは筋力がなくなっていることなので、そこから手術をしても歩け

るようにはなりません。人工膝関節置換術は魔法ではありません。今歩けている人

が、よりスムーズに動くことができるようにする方法です。まだ歩けるうちに行う

治療法なので、歩く事が難しくなった人には勧められません。

Q2. どんな治療法がありますか？上野　膝が痛いからと大事にし過ぎてじっとしていると、よけいに悪くなります。膝周りの筋肉を強化することと減

量、この二つが症状を軽くする基本です。ふとものの筋力が弱いと膝により負担がかかりますから、大腿四頭筋を強

化する運動を中心に行ってください。関節の変形が初期の段階なら、筋トレだけでも十分に改善しますから、しっか

り目的意識をもって筋肉強化トレーニングを続けてください。ヒアルロン酸の注射も効果があります。一般的には月

に１～２回程度の患部注射で、膝の動きがスムーズになる人も多いですね。

平出　もしＯ脚があれば、サポート装具などを使って膝への負担を軽くする

方法を取る場合もあります。若いうちからＯ脚気味の人は、加齢や過体重が

重なってくるにつれてさらにＯ脚が進みます。膝の一部分にだけ重心がかか

り軟骨が傷んできますから、早め早めに手立てをしておいたほうがいいで

しょう。筋トレは、膝関節を守る大事な予防法にもなります。

Q3. 脚を修正する高位脛骨骨切り術上野　まずは保存療法を頑張って、それでも進行していく場合は手術になりますが、手術にもいくつかの方法があ

ります。関節鏡を使って関節の中をきれいにする方法や、高位脛骨骨切り術（HTO）、重度であれば人工膝関節置

換術が行われます。

平出　40 代、50 代の、まだ活動的でスポーツもやりたいという人に

は高位脛骨骨切り術を勧めています。膝の内側の骨を切って開きプレー

トを入れてＯ脚を修正、全体の形をＸ脚に持っていく手術です。軟骨

が減っている部分にさらに重心が通らないように調整するのですが、

残っている軟骨が再生するケースもあります。

サポート装具

高位脛骨骨切り術（HTO）

人工骨人工骨

Q2. 全置換と部分置換上野　人工膝関節置換術には、全置換と部分置換の二つの種類

があります。全置換術は、自分の関節をすべて切り取って金属

やポリエチレンなどでできた人工の関節に置き換える方法。大

腿骨と脛骨に土台となる金属を埋め込んで、軟骨に代わる部分

を挟み込みます。

一方、部分置換術は、膝関節の傷んだ部分の表面を削って片側

だけを人工のものに置き換えます。健康な骨を温存できるし、

靭帯も切り取らずにすむので、置換後には自然な関節の曲がり

が期待できます。外側の軟骨が残っていて前十字靭帯が切れて

いない状態の人には、部分置換術を勧めています。

Q3. 状態に応じたオーダーメイドの治療法を平出　我々が目指しているのは、患者さんの状態に合った手術をしていくことで

す。専門外来で、患者さんの状態をより正確に把握するようにしています。例えば、

ひざの痛みで来られた方の診断を行ったところ、実は痛みの原因は腰であったと

いう事がありました。それぞれの患者さんの痛みの原因や状態を把握、さらにそ

の方がどのような事をしたいのかという事を考慮します。

その上で患者さんそれぞれに合わせた骨切術や部分置換術、全置換術という治療

の選択肢を多く持ち、最も適切な手術を行うのが我々のポリシーです。俗にいう

オーダーメイドの治療法です。

上野　長い間痛みを我慢して放置していると、靭帯が切れてしまうこともありま

す。早めに手を打てば、部分置換の膝関節で一生難なく歩くことができるかもし

れません。関節全部を人工膝関節にするよりも体に優しい部分置換術という方法

があるというのを、患者さんにもぜひ知っておいてほしですね。

Q4. 主流は低侵襲の手術上野　今、手術に関しては低侵襲の考え方が主流になっていますが、

部分置換術はまさにこれに当たるでしょう。傷口が小さいというこ

ともありますが、それよりも、内部の重要な組織、靭帯や筋肉など

をむやみに切らないということです。

平出　昔と違い、全置換術でも手術後の膝の曲がり具合などは

ずいぶんよくなりました。昔は人工膝関節にして痛みは取れた

けれど、膝が 90 度くらいしか曲がらないなどと言われたこともありました。でも今は、両十字靭帯を残す全置換

術も行えるようになり、手術後もより自然な動きができるのと、曲がりも悪くありません。正座は無理でも 130 度

程度は楽に曲がるし、日常生活に困ることはないでしょう。10 年前に全置換術を受けた人と、今受ける人とでは

満足度が全然違うのです。

全置換術 部分置換術全置換術 部分置換術

03 手術前の注意点とリハビリ

Q1. 体調管理を万全に上野　手術後のリハビリをスムーズに行っていただくために、入院前から足の筋肉を増やすことを意識したリハビリを

行って頂いています。そのほかに手術の合併症を予防する意味でも、適正体重を維持することは大事で、肥満は感染

のリスクが５倍に跳ね上がると言われています。また虫歯などの持病がある人は、手術前にきちんと治療をしておくこ

と。安全な手術のためには体調を整えておく必要があります。今、どこの施設でも手術前に自分の血液を採取しておき、

万一輸血が必要になった時にはそれを使うということが行われているようですが、私たちは自己血を取っておくことは

していません。それは手術中の出血がほとんどないからです。

Q2. 筋力強化のリハビリを継続上野　人工膝関節置換術を行ったらそれでおしまいなのではなく、それをうまく使いこなすために筋力強化のリハ

ビリが必要です。当院のリハビリ科では、理学療法士（PT）、作業療法士（OT）が運動器機能の専門家として専属

チームを組んで、一人一人の患者さんのリハビリを担当しています。退院後に、リハビリ専門の病棟に移って納得

いくまでリハビリを行います。最も大事なのは、手術後の定期的な受診を忘れないことです。

平出　手術後はどんどん動いてもらいます。でも、痛みが取れて

軽くなった気がするからと手術直後にあまり膝を深く曲げたり、

動かし過ぎたりしないようにと患者さんには話しています。階段

の昇降ができて、杖を使わずに安定した日常の歩きができるよう

になれば退院です。１か月ほどで傷の腫れが取れ、半年もすれば

バス旅行にも行けるようになるでしょう。ジョギング程度の運動

ならどんどんしてもかまいませんが、あまり強い衝撃を与えすぎ

ると、人工関節がすり減るのが早くなります。

Q3. 手術をためらう患者さんへのメッセージをお願いします上野　自分だけであれこれ悩まないでください。患者さんが抱えている不安や疑問を聞き、出来るだけ患者さんに有

効な方法を提案させて頂きます。まずは整形外科の、出来れば関節の専門医に相談をしましょう。人工膝関節にした

らかえって歩けなくなる、なんていうのは大昔のことですよ。

平出　Ｏ脚がひどくなってくると、転びやすくなります。

手術を先送りにしているうちに大腿骨を骨折、寝たきりに

なってしまった例も実際にあります。あの時、思い切って

膝の手術をしておいたほうが良かったと後悔しないよう

に、私たちは患者さんの歩き方をていねいに見て、必要だ

と思ったら、何度も手術を勧めることはあります。変形性

膝関節症は命にかかわる病気ではないのですから、無理に

人工膝関節置換術を勧めるものではありません。ただ、手

術にも適正な時期というものがあります。筋肉が衰えてし

まう前に決断してほしいと思います。

リハビリテーション室