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総合プロデュース活動 NTT技術ジャーナル 2005.3 10 総合プロデュース活動の 取り組み背景 NTTは,技術革新に基づく将来構 想を「ビジョン」として作成するととも に,これに沿うかたちで研究開発や実 証実験を進め,その成果を新しいサー ビスとして花開かせてきました.1999 年のNTT再編成以来,NTT R&D は,着実にその成果をNT Tグループ に提供しています.2002年11月に, NTTは新しいビジョンとして,「“光” 新世代ビジョン」を発表しました.こ れは,5年先の光による本格的なブ ロードバンド& ユビキタス時 代 の安 全・豊かな社会生活・企業活動の変 革を展望するとともに,N T T グループ 共通のコンセプトを表したものです. このビジョンの発表に対応してN T T R&Dはその役割を見直し,研究開発 成果の事業化推進をさらに強化するこ とを目的として,2003年7月に「総 合プロデュース機能」を整備しました. この総合プロデュース機能の概念図を 図1に示します.N T T R & Dの取り組 みを,競争優位の源泉となる「コア技 術の確立」と事業導入に向けた「商用 化開発」に大別し,事業化に向けた商 用化開発は総合プロデューサが全権限 と責任を持って遂行する仕組みです. 総合プロデュース機能の概要 研究開発成果を事業化に結びつけ る間には,いわゆる「死の谷 (1) 」が存 在し,多くの研究成果がこれを超えら れずに埋もれているといわれています. これを克服するため,総合プロデュー サはNT T研究所で創出したコア技術 をどのようなかたちで商用化開発すれ 総合プロデュース活動の取り組み 情報通信市場の急速な発展のもと,多様化・複合化するお客さまのニーズ にこたえるため,NT Tでは総合プロデュース機能を整備して研究開発を推進 しています.本特集では,総合プロデュース活動の概要を示し,いくつかの 取り組み事例を紹介します. 総合プロデュース機能 商用化開発 市場展開 みぞぐち まさと おきむら たかゆき 溝口 匡人 /沖村 隆幸 まつだ あつし 松田 NTT第三部門 図1 総合プロデュース機能� 創出したコア技術の� 事業導入に向けた開発� 事業導入� リサーチ� リサーチ� リサーチ� コア技術開発� コア技術開発� 市中技術・製品� 市中技術・製品� 市中技術・製品� ・関連業界との� アライアンス� による実用化� ・事業会社での応用R&D ・目利き� ・市場・技術動向分析� ・マーケティング� ・開発企画&提案� ・マーケットクリエーション,� 新事業開拓� 総合プロデュース機能� 事業会社ニーズ� 商用化開発� 基盤技術の確立� 市場動向�

総合プロデュース活動の取り組み · トモニタリングサービス,アフィリエイ トサービスに必要なコード変換サービ ス等を,コンテンツホルダ,著作権管

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総合プロデュース活動

NTT技術ジャーナル 2005.310

総合プロデュース活動の

取り組み背景

NTTは,技術革新に基づく将来構

想を「ビジョン」として作成するととも

に,これに沿うかたちで研究開発や実

証実験を進め,その成果を新しいサー

ビスとして花開かせてきました.1999

年のNTT再編成以来,NTT R&D

は,着実にその成果をNT Tグループ

に提供しています.2002年11月に,

NTTは新しいビジョンとして,「“光”

新世代ビジョン」を発表しました.こ

れは,5年先の光による本格的なブ

ロードバンド&ユビキタス時代の安

全・豊かな社会生活・企業活動の変

革を展望するとともに,NTTグループ

共通のコンセプトを表したものです.

このビジョンの発表に対応してNTT

R&Dはその役割を見直し,研究開発

成果の事業化推進をさらに強化するこ

とを目的として,2003年7月に「総

合プロデュース機能」を整備しました.

この総合プロデュース機能の概念図を

図1に示します.NTT R&Dの取り組

みを,競争優位の源泉となる「コア技

術の確立」と事業導入に向けた「商用

化開発」に大別し,事業化に向けた商

用化開発は総合プロデューサが全権限

と責任を持って遂行する仕組みです.

総合プロデュース機能の概要

研究開発成果を事業化に結びつけ

る間には,いわゆる「死の谷(1)」が存

在し,多くの研究成果がこれを超えら

れずに埋もれているといわれています.

これを克服するため,総合プロデュー

サはNTT研究所で創出したコア技術

をどのようなかたちで商用化開発すれ

総合プロデュース活動の取り組み

情報通信市場の急速な発展のもと,多様化・複合化するお客さまのニーズにこたえるため,NTTでは総合プロデュース機能を整備して研究開発を推進しています.本特集では,総合プロデュース活動の概要を示し,いくつかの取り組み事例を紹介します.

総合プロデュース機能 商用化開発 市場展開

みぞぐち  ま さ と   おきむら たかゆき

溝口 匡人 /沖村 隆幸ま つ だ    あつし

松田 淳 

NTT第三部門

図1 総合プロデュース機能�

創出したコア技術の�事業導入に向けた開発�

事業導入�

リサーチ�

リサーチ�

リサーチ�

コア技術開発�

コア技術開発�

市中技術・製品�

市中技術・製品�

市中技術・製品�

・関連業界との� アライアンス� による実用化�

・・・�

・・・�

・事業会社での応用R&D・目利き�・市場・技術動向分析�・マーケティング�・開発企画&提案�・マーケットクリエーション,� 新事業開拓�

総合プロデュース機能�

事業会社ニーズ�

商用化開発�

基盤技術の確立� 市場動向�

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特集

NTT技術ジャーナル 2005.3 11

ば事業化に結びつくかをプロデュース

活動によって導き出します.具体的に

は,技術テーマごとに技術の目利き,

市場動向やニーズの分析,マーケティ

ングなどを実施し,各技術テーマに適

した商用化開発の企画提案を行いま

す.総合プロデューサは,プロジェク

トの実施にあたり,定量的な事業規模

からなるコミットメント*を設定し,事

業化に責任を持ちます.その責任を果

たすため,リソース配分やその見直し,

不採算プロジェクトの撤退などに全権

限を持ち,機動的にプロジェクトを遂

行します.

総合プロデュース機能では,NTT

R&Dが持つ幅広い基盤技術を,市中

技術と組み合わせながら,どのような

かたちでタイムリーに事業化していく

かを,NTTグループ内だけでなく,グ

ループ以外の企業や団体などとのアラ

イアンスも視野に入れ,積極的に事業

化を推進します.またこれまで培った

通信関連の技術を通信分野以外に応

用することも総合プロデュース機能を通

じて推進しています.総合プロデュース

機能の設置によって,商用化開発に向

けてリスク負担と責任の所在が明確化

され,着実かつ効率的な開発が行え

るようになってきました.2003年12月

にはNTTレゾナントを設立し,NTT

研究所で生まれたさまざまなビジネス

の種を基にサービスの商用化に取り組

んでいます.昨年11月に発表された

NTTグループ中期経営戦略に沿った

具体的な取り組みについても,この総

合プロデュース機能を最大限に生かし

て,効果的に取り組みます.

総合プロデュース活動の

取り組み事例

現在,総合プロデュース活動で取り

組んでいるテーマの事例として,図2

にその一部を示しました.本特集では,

『サイバーセキュリティプロジェクト』

『TypeB ICチップ搭載携帯のプロデュー

ス活動』『オープンソースソフトウェア

に関するプロデュース活動』『環境・

エネルギー分野におけるプロデュース活

動』『人の体を信号経路としたヒュー

マンエリア・ネットワーク技術“レッ

ドタクトン”』『指紋認証デバイスへの

取り組み』を個別記事にて紹介しま

す.NT T研究所が行う商品化開発

は,基本的にはすべて総合プロデュー

ス機能の下で進めています.また以下

では,個別記事に取り上げていない最

近の成果で,プロデュース活動が効果

的に機能している事例をいくつか簡単

に紹介します.

■楽曲検索サービス「あて!?メロ」

「あて!?メロ」は街中やTV,ラジ

オから流れる音楽を約20秒間携帯電

話に聞かせると,曲名,アーティスト

名などを知ることができるサービスで

す.NTTグループを代表するポータル

サイト「goo」を提供するNTTレゾナ

ントで,昨年の12月15日にサービス開

始されました(http:/ /mobi le.goo.ne.

jp/melody/).

サービス開始に先立って,昨年10月

には,音楽業界のイベント「in the city

TOKYO 2004」で実証実験を行い,

音楽ファン,コンテンツホルダの意見を

幅広く収集し,サービスに対するニーズ

を確認するとともに,サービス開始に向

けてのプロモーションを行いました.

このサービスは,NTT研究所の「高

速メディア探索技術」と「サービス連

携技術」を,プロデューサの目利きに

より組み合わせて実現しました.高速

メディア探索技術によって,携帯電話

で送られた音源から特徴情報(フィン

ガープリント)を抽出し,そのコンテ

ンツの属性情報を含むデータベースか

ら楽曲を特定します.またサービス連

携技術により,電話を受けるCTI

(Computer Telephony Integration)

サーバやフィンガープリントどうしを照

合する複数サーバの相互連携を行いま

す.この技術により,今後のサービス

の追加や変更に伴うシステム開発にも

柔軟に対応することができます.

今後は,フィンガープリントデータ

ベースをコアに,放送・インターネッ

トモニタリングサービス,アフィリエイ

トサービスに必要なコード変換サービ

ス等を,コンテンツホルダ,著作権管

理団体,放送事業者向けに提供する

「コンテンツ・アグリゲーション・プラッ

トフォーム」として,業界各社と実証

実験を積み重ねながら,構築していく

予定です(図3).

■gooラボでのナビゲーション・

プロジェクト

ブロードバンドの普及に伴い,日々

増え続けているインターネット上の情

図2 総合プロデュース機能で�取り組み中のテーマ例�

○:本特集の個別記事で紹介�◇:本巻頭記事で簡単に紹介�

■サービスプラットフォーム� ◇サウンド入力型楽曲検索サービス�

■レゾナントサービス� ◇ナビゲーション・プロジェクト�

■セキュリティ� ○セキュア企業網アクセス制御シス  テム� ○privangoメールシステム�

■ICカード� ○TypeB ICチップ搭載携帯電話�

■オープンソースソフトウェア(OSS)� ○OSS利用の推進�

■環境・エネルギー� ○公共系環境ITシステム� ○iDCシールドバウルト�

■ビジネスクリエーション� ○人の体を信号経路としたヒューマ  ンエリア・ネットワーク技術� ◇歌声合成技術“ワンダーホルン”�

■デバイス� ○指紋認証トークン“FingerQuick”� ◇スーパールミネッセントダイオード�

*コミットメント:プロデューサが達成に責任を持つ年間目標のこと.

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総合プロデュース活動

NTT技術ジャーナル 2005.312

報を有効に活用するための新しいナビ

ゲーション技術の重要性が高まってい

ます.NTTとNTTレゾナントは,ビ

ジネスや娯楽など生活のさまざまな場

面で必要となる情報に適切に出会うこ

とのできる第3世代検索サービスの実

現を目指し,共同実験プロジェクト

「ナビゲーション・プロジェクト」を立

ち上げました.NTTの研究成果を実

際に評価する場として運営してきた

「gooラボ(ht tp : / / labs.goo.ne. jp /)」

上でさまざまな公開共同実験を行い,

商用サービスに向けたマーケティング

を進めています.本プロジェクトで開

始した公開実験には,ニュース記事の

検索結果を分類表示する「トピックマ

スター(TopicMaster)」,ブログ記

事の全文検索や話題になっている記事

の検索を効率よく行う「ブログスコー

プ(2月1日より,gooの本サービス

へ移行)」,自分好みのコンテンツをド

ラッグ&ドロップで自由なレイアウト

に組み合わせて閲覧できる「パーソナ

ルサマリ」,ニュースサイトやブログサ

イトの最新のホットトピックを抽出して

自動的に提示する「ホットウインドウ

図3 コンテンツ・アグリゲーション・プラットフォームと�コンテンツ市場向けサービスイメージ�

サウンド入力型�携帯楽曲検索サービス�

「あて!?メロ」�携帯楽曲検索+検索結果からのアフィリ�エイト(CD販売,着うた,着メロ等)�

キャンペーンへの活用,消費者行動デー�タ提供などマーケティング関連サービス�

�サービス連携のための�プラットフォーム提供�

放送モニタリングサービス�

放送された楽曲のリスト提供�

アーティストオンエア通知�ランキング情報提供�

メディア露出と販売情報の�相関分析データ�

インターネット�モニタリングサービス�

インターネット上における�プロモーション効果の測定�

違法ファイルのモニタリング�

フィンガープリントデータベース� メタデータ�データベース�

連携�コンテンツ・アグリゲーション・�プラットフォーム�

CTI設備�インターネット�巡回ロボット�放送受信設備�

消費者�

著作権管理団体�

CD 着うた�・メロ�チケット�グッズ�

JASRAC CPRARIAJ

データベース� コンテンツホルダ�レコード�会社�

音楽�出版社�

プロダク�ション�

データベース�

データベース連携�

コンテンツ市場の活性化�

(コンテンツを探すためのデータベース提供・維持管理)�

図4 ナビゲーション・プロジェクト�

ブログ検索高度化実験� 最新話題提示実験�

ニュース記事分類・検索実験� Webページパーソナライズ高度化実験�

●検索結果をカテゴリ分けされた� ラベルで提示�  ・結果が概観可能�  ・絞込みが容易�●新たな情報の発見が可能�

●ドラッグ&ドロップによる� 直感的な操作�●RSS,HTMLで記述された� コンテンツを表示可能�

●類似記事検索技術�●高効率な独自データベースに� よるリアルタイムリンク解析� 技術�

●話題語を抽出し,ジャンルに分けて表示�●興味や関心に応じたジャンルの選択が可能�●利用シーンに応じた3タイプの気付き支援� インタフェース�

RSS: Resource Description Framework Site Summary

第3世代の検索�サービス創出�

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特集

NTT技術ジャーナル 2005.3 13

(Hot Window+)」等があります(図

4).本プロジェクトによって新しいナ

ビゲーション技術を広くお客さまに直

接体験していただき,お客さまの生の

声をフィードバックすることで,技術・

サービス双方の早期充実を図っていき

ます.

■歌声合成技術「ワンダーホルン」

「ワンダーホルン」は,あらかじめ

個人の実声収録によって作製した個人

歌声データベースと,その場で入力さ

れた楽譜と歌詞から,人間の歌声をコ

ンピュータで合成する技術です.歌声

特有の倍音構造を忠実に再現するモ

デルの採用と,個人の歌声から実際に

抽出した特殊ノイズをミックスする技

術により,歌声データベースを用意し

た人の声で思いどおりの歌声メッセー

ジを作成することが可能です(図5).

ワンダーホルンはすでにNTTアドバ

ンステクノロジ(NTT-AT)を通じて,

ゲームなどのエンタテインメント分野,

および音楽教育分野への提供が開始

されています.NTT-ATが運営する

「うたばら.com(http://www.utabara.

com/)」では,用意されたサンプル歌

声データベースを使って実際に歌声合

成機能を試してみることができます.

総合プロデュース機能により,今後と

も精力的に有望な用途開拓を継続し

ていく予定です.

■医療計測用スーパールミネッセント

ダイオード

NTTでは光通信システムの大容量

化,高度化に対応するために,高度な

光デバイス技術を蓄積してきました.

総合プロデュース機能に基づき,こう

して蓄積された技術を通信以外の分

野へ応用することにも取り組んでいま

す.その1つとして,医療用機器であ

る光干渉断層計(OCT: Optical Cohe-

rence Tomography)への適用が可能

なスーパールミネッセントダイオード

( SLD: Super Luminescent Diode)

光源を開発しました.

OCTは,光干渉断層イメージング

技術を活用した無侵襲生体断層計測

装置です.図6に,財団法人山形県

産業技術振興機構によるサクラマスの

魚卵のOCT観測例を示しました.

OCTは今後,内視鏡との融合が進み,

ガンの早期発見・治療に活用されると

見込まれています.開発したSLD光源

は,内視鏡融合OCT装置に適した長

波長帯で,広い波長帯域と高い光出

力を両立させることに成功しました.

これにより,鮮明かつ精細な断層画像

を得る内視鏡融合OCT装置の実現が

期待されます.

今後の取り組み

NTTでは,今後も総合プロデュース

機能を最大限に活用して,研究所技術

の事業化を機動的に進めていきます.

■参考文献(1) http://www.atp.nist.gov/atp/secy-rept/

events_rpt.htm

図5 歌声合成技術「ワンダーホルン」の利用例�

あらかじめ作製した�個人歌声データベース�

自作の歌詞�

バッハの曲�自分だけの�

歌声メッセージ�

好きな歌手の声�

(左から)沖村 隆幸/ 溝口 匡人/

松田 淳

総合プロデュ-ス機能を導入し,まもなく2年です.急速に発展する情報通信市場で多様化・複合化するニーズにこたえるため,NTTのR&Dは総合プロデュース機能を活用して機動力のある研究開発に取り組みます.

◆問い合わせ先NTT第三部門 プロデュ-ス担当

TEL 03-5205-5343FAX 03-5205-5329E-mail [email protected]

図6 山形県魚・サクラマスの�   成長の様子を示すOCT像�

直径3mm

受精6時間後�

2日後�

サクラマスの魚卵�

2mm

3mm